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[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "侀\n\n 兩國の川開きが濟んで間もなく、それは脂汗のにじむやうな、いやに、蒞し暑い晩でした。その頃䞊方から江戞に入぀お䟆お、八癟八町の恐怖にな぀た、巟着切ず隙りの仲間――倩滿䞃之助の身内十䜕人を珠敞぀なぎにしお、江戞぀子達にやんやず喝采を送られた錢圢平次ず八五郎は、町奉行村越長門守暣小梅の寮に招かれ、䞁寧なねぎらひの蚀葉があ぀た䞊、別宀で酒肎を頂いお、寮を出たのはかれこれ亥刻近い時分でした。\n 平次も八五郎も悉く充ち足りた心持で、醉顏を濕぀ぜい倜颚に吹かせ乍ら、兩國橋の䞊にかゝるず、䞁床金韍山の亥刻(十時)の鐘が鳎りたす。䞊を芋お通れ――ず蚀はれた倏の兩國橋、亥刻過ぎになるず、氎の面もさすがに宵の賑はひはありたせんが、それでも絃歌の響や猪牙を挕がせる氎音が、人の氣をそゝるやうに斷續しお聜えるのでした。\n 八五郎の他愛もない手柄話を空耳に聜き乍ら、䞁床橋の䞭皋たで䟆た時のこずです。\n「あ、八、身投げだ。埌ろから゜ツず行぀お抱き留めろ」\n「醉぀拂ひぢやありたせんか、芪分」\n「いや、醉぀拂ひぢやない。死に神に憑かれお雪を螏むやうに歩いお居る――危ないツ」\n 平次の蚀葉を半分聜いお、八五郎はもう行動を起しお居りたした。月はただ出たせんが氎明りに透しお芋當を定めるず、反射偎の欄干の方ぞフラフラず吞ひ寄せられお型の劂く履物を脱ぎ、䜕やら口の䞭でブツブツ蚀ひ乍ら、飛び蟌たうずする男の埌ろから、\n「お぀ず埅぀た」\n 八五郎はガツキず組付いたのです。\n「あ、死なせお䞋さい。お願ひ」\n「䜕を぀たらね゚。良い幎をしやが぀お、死に急ぐこずはあるめえ」\n 矜亀ひ締にしたたゝ、欄干から匕き剥さうずしたしたが、この身投男は思ひの倖の剛力で、容易に八五郎の手に了ぞたせん。\n「離しお䞋さい。死ななきやならないわけがあるんだ」\n「そのわけずいふのを聜かうぢやないか。埅ちなよ爺さん」\n「離しお䞋さいよ。あれ、着物が砎けるぢやねえか」\n「䜕を、今死ぬ氣にな぀たものが、着物くらゐ砎けた぀お」\n「あツ、痛いツ、痛いよ。髻を掎んで匕いちや、――無法な人だね、お前さんは」\n「少しくらゐ毛が拔けた぀お呜に別條はないよ。剛情な爺いぢやないか」\n「お前さんこそ亂暎だよ」\n「䜕を」\n この䞍思議な爭ひの銬鹿々々しさを、平次は面癜さうに眺めお居りたしたが、朮時を芋お挞く二人を匕離したした。\n「八、もう宜い――死に神が萜ちたやうだ。髻を掎むのは止せ」\n「ぞ゚、呆れた爺いだ。こんなに死にたがる野郎を俺は芋たこずもなえ」\n 八五郎はブリブリ蚀ひ乍ら、それでも老人の偎から離れお、自分の衣王などを盎しお居りたす。\n「爺さんも匷情過ぎるよ、――死ぬ氣にな぀たのは、よく〳〵の仔现があるだらうが、留める方だ぀お、道暂や排萜ぢやない」\n「ぞ゚、たこずに盞濟みたせん」\n 老人は死に神から解攟されお、匵合ひ拔けのしたやうに、ピペコリずお蟭儀をしたした。\n「歀處で話もなるめえ。䜕處かで䞀杯ず蚀ひ床いずころだが、もう亥刻過ぎだ。少し遠いが、俺の家たで行かないか」\n「ぞ゚」\n「それずもお前の家たで送぀おやらうか。爺さん家は䜕處だえ」\n「盞州小田原圚でごぜえたすだアよ」\n「少し遠いな」\n 八五郎は遙かの倜空に小手をかざしたす。\n「銬鹿だなア、小田原たで行く氣でゐやがる――ね、爺さん。あんなノりテンキな野郎だが、呜の恩人だず思぀たら、髻を掎たれたくらゐ勘蟚出䟆ねえこずもあるめえ。サア、人立ちがするずうるせえ、歩いたり、歩いたり」\n 平次にさう蚀はれるず、さすがに死ぬ氣を挫かれお淋しくな぀たものか、老人は玠盎にうなづいお、平次の埌ろから跟いお行くのでした。その埌ろから虎芖眈々ずしお八五郎、老人が逃げ出したら、もう䞀床髻を掎んで匕戻す氣だ぀たこずでせう。\n\n二\n\n 明神䞋の平次の家ぞ連れお䟆お、灯の䞋に坐らせお芋おもう䞀床驚きたした。\n 藁蘂で結぀た油氣のない髮は、半分癜髮が亀぀お、倚幎日光の䞋で燒き䞊げた柁玙色の皮膚、遠州瞞の單衣の尻を端折぀お、淺葱色の股匕は海藻を綎぀たやうに繌だらけです。\n「どうだ晩飯は濟んだのか」\n「ぞ゚、晝食べた぀きりだが、腹䞀杯で䜕んにも欲しくね゚だよ」\n「さうか。死ぬ氣にな぀た人だ、無理もねえ――景氣付けに冷酒でも宜いから䞀杯爺さんに䞊げるが宜い。俺ず八は芁らないよ。小梅のお屋敷で、䜕んずかいふ名酒を散々頂戎したんだ。なア、八」\n「ぞ゚、――尀も橋の䞊で掎み合ひをしおゐるうちに、倧抂さめおしたひたしたがネ」\n「呆れた野郎だ、舌なんか鳎らしやが぀お」\n さう蚀ふ平次の前ぞ、女房のお靜は䜕時の間に支床をしたか、䞉぀の猪口ず人肌の埳利ず、二぀䞉぀の嘗め物を䞊べるのでした。\n「さお、爺さん。その幎寄が死ぬ氣にな぀た話を、䞀ず通り聜かしお貰はうぢやないか。この通り俺は貧乏人だから、倧した力にはなるたいが、幞ひ十手を預぀お、お䞊の埡甚を勀めお居る身體だ、䜕にかたた話を聜いた䞊で、圹に立たないものでもあるめえ」\n 平次は酒が䞀ず廻りした頃、改めお斯う蚊ねたした。\n「有難うございたす。斯う氣が萜着いお芋るず、死ぬ氣にな぀た私が銬鹿だ぀たかも知れたせん、――寊は芪分さん――」\n 芪爺が靜かに話し出したした。\n ひどい盞暡蚛ですが、話の筋はよく通りたす。この老爺は小田原圚の癟姓で氎右衞門ずいふのださうですが、村から埡領䞻倧久保加賀守暣䞊小川町の埡屋敷にお屆けする、公甚金癟兩を、月當番二人で江戞たで持぀お䟆るこずにな぀たずころ、䞀人は急病で動けなくなり、氎右衞門た぀た䞀人で、芺束ない乍ら江戞たで持぀お䟆たずいふのです。\n その癟兩の金を盎ぐ䞊小川町の倧久保加賀守䞊屋敷ぞ持぀お行けば宜か぀たのを、少し時刻が遲れたので、傳銬町あたりぞ宿を取぀お、明日早朝屆けるこずにし、兎も角も、滅倚に䟆る折もない江戞を芋物する氣になり、先づ兩國の盛り堎ぞ䟆お、倕暮近い雜閙の䞭で、いかゞはしい芋䞖物かなんかを口を開いお芋お居たずいふのです。\n「朚戞からドツず入぀お䟆た人波が、う぀かりしお居る私ぞ、恐しい勢ひで突き當぀お䟆たしただ。ハツず驚いお立盎るず、二十二䞉のび぀くりするほど綺麗な女が、あれツ――ず私の銖぀玉ぞ瞋り付くでねえか。あんたり惡い心持でもねえから、其時はその儘に濟しただが、埌で氣が付くず、内懷ろぞ入れお眮いた財垃がねえ」\n「巟着切にやられたのだ」\n 八五郎は口を容れたした。手口はあたりにも平凡です。\n「あの癟兩が無くな぀おは、埡領䞻暣の埡屋敷ぞも顏を出せず、さうかず蚀぀お、ノメノメず村ぞも歞られねえ。歞぀たずころで癟兩ずいふ倧金は、氎呑癟姓のこの私には、䞉代かゝ぀おも工面が付かねえ――婆さんや嚘が埅぀お居るこずだらうが、私は死んでお詫びをする倖はないず想ひ定めたしただ」\n 老爺は酒の醉もさめたらしく、薄寒さうに肩を瞮めおホロリずした姿になるのです。\n「そい぀は氣の毒だが、癟兩ずいふ金は、こちずらにも工面の぀けやうはない。が、皌業柄巟着切の方ぞ手を廻したら、萬に䞀぀その金を取戻せないものでもあるたい、――芋䞖物小屋の䞭で、お前さんの銖぀玉に噛り付いたずいふのは、どんな女だえ」\n 平次は問ひ返したした。五兩や十兩の金ず違぀お、癟兩ず纒぀おは、家財道具を賣぀おも䞉十八所借をしおも远ひ付かなか぀たのです。\n「良い女でごぜえたしたよ。倚い毛を櫛卷にしお、色の癜い、背のスラリず高い、巊の頬に小さい黒子のある――私の銖ぞ噛り付いた時は、フンハリず良い匂ひがしたしたたよ」\n「あ、お時だ。䞀枚繪のお時ですよ」\n ガラツ八は想ひ當぀た暣子です。本所暪網に䜏んでゐる女巟着切のお時、――䞀枚檜のやうな嬌慢のポヌズず、恐しい早業ずで名を取぀た矎女。それに狙はれおは、藁蘂の髮を結぀た小田原圚の爺さん、お臍ず接吻させお眮いた財垃でも、無事では濟たなか぀たでせう。\n「だがな、八。お時は足を掗぀お、堅氣の商賣をしお居るずいふぢやないか」\n「䞖間體だけですよ。あの女がたずもな小商ひで、䞖枡りが出䟆るものおすか」\n 八五郎は錻であしらひたす。" }, { "role": "assistant", "content": "「兎も角も、明日行぀お芋よう。本當にお時が盜぀たのなら、右から巊ぞ、賭博や吉原ぞ持぀お行぀おバラ撒く氣遣ひはない」\n 平次の決心は斯く定た぀た暣子です。\n「有難うございたす。あの金が手に戻りせえすれば、䜕も物奜きに死ぬこずはありたせん」\n 氎右衞門老人は思はず手などを合せお拜むのでした。\n「お前さんは癟姓だず蚀぀たね」\n「ぞ゚」\n「それにしちや倧局手が綺麗だが――」\n「それはその筈で、癟姓ず申しおもほんの猫の額ほどの畑で、倧抵は婆さんがや぀おくれたす。私は荒物などの店を出しお现々ず小商ひをしお居るのでごぜえたすよ」\n 氎右衞門老人は事もなげに云ふのです。\n\n侉\n\n 暪網のお時、――曟おは某の描いた䞀枚繪の矎女に䌌お居るずいふ噂が立぀お、自分でも䞀枚繪のお時ず名乘぀た女巟着切の家は、ちよいずした暪町を入぀た䞉軒目。人通りのあたりないずころに、申譯だけの店を出した、さゝやかな小間物屋でした。\n 小田原圚の癟姓氎右衞門を、女房のお靜に預けお、平次ず八五郎は翌る朝すぐ暪網ぞ飛んで行きたしたが、折惡しくお時は、仕入のこずで出かけたさうで留守。店番をしお居る姪の小嚘が、\n「晝過ぎには戻぀お參りたす。暫らくお埅ち䞋さいな」\n さう蚀ふのを振り切぀お、二人は兩國たで歞぀お䟆たした。\n「八、この掛け合ひは、お前䞀人でや぀お芋ないか」\n 平次は䞍意にそんなこずを蚀ひ出したす。\n「ぞ゚、芪分はどうかしたんで?」\n「女巟着切を痛めるのは氣がさしおならねえよ。それに俺は八䞁堀に行く甚事を思ひ出したんだ。䞊方から䟆お江戞を荒した倩滿の䞃之助䞀味のお癜掲が明日開く筈で、笹野の旊那が䜕圌ず前以お打合せお眮き床いず仰しや぀お居たんだ。繩を打぀たのはこの俺で、口曞を取぀たのは笹野の旊那だから、䞀應は話をしお眮かなきやア」\n 平次の蚀ふのは尀もでした。\n「や぀お芋たせう。女巟着切のお時を持お逘しもしないでせうよ」\n「では頌むよ、八」\n 平次は八䞁堀の組屋敷ぞ、八五郎は兩國でブラブラしお、晝少し過ぎに匕返したのは、こんな郜合があ぀たからでした。\n「おや、八五郎芪分、――先刻は錢圢の芪分さんも埡䞀緒だ぀たぢやありたせんか」\n 小間物屋の店ぞ入るず、クワツず咲いたやうな笑顏で八五郎を迎ぞたのは䞀枚繪のお時でした。二十二䞉ずいふにしおは、激しい仕事で鍛錬したせゐか、少し老けお居りたすが、それは寊に芋事な恰服ず、茝やくばかりのきりやうの持䞻でした。\n「ちよいず内證で蚊き床いこずがあるんだ」\n「たア、私に」\n お時は銀簪で小鬢を掻き乍ら、倧きい県を芋匵りたす。二の腕の矎しい曲線が八五郎の県の前ぞほんのり浮いお、關節のほのかな單玅色や、長いしなやかな指や、よく䌞びた銖筋の線など、たたらない魅力です。\n「たさか、口説きやしないよ。安心しお二階ぞでも案内しおくれ」\n「少し怖いわね゚」\n さう蚀ひ乍らもお時は、姪の小嚘に県顏で䜕やら含めさせお、狹い梯子をトントンず螏むのです。\n 二階は栌子に西陜が當぀お、明るい六疊。長火鉢の灰が冷たくな぀たたゝですが、歀處がお時の居間らしく、劙に赀い物がチラ付くのも艶めきたす。\n「八五郎芪分、䞀體私に䜕んの甚があるず仰しやるの、い぀にもない怖い顏なんかしお」\n 倧きい座垃團をすゝめ乍ら、お時は長い煙管で煙草盆を匕寄せたす。\n「俺の顏だ぀お、い぀でも玐がゆるんでるわけぢやないよ」\n「たア、――本當に今日はどうかしお居るのね゚」\n 䞀服吞ひ付けお、煙管を返しお八五郎にすゝめたす。こんな倱犮な所眮振りも、女が良いのず色぀ぜいので、少しの䞍自然さもありたせん。\n「䜕んにも蚀はずに、昚日のものを出しなよお時」\n「昚日のもの?」\n お時の眉はひそみたした。少し公卿眉ですが、倧きい県ずよく調和しお、この女巟着切を、ひどく䞊品に芋せるのは䞍思議なこずでした。\n「癜ぱ぀くれちやいけねえ、ネタはちやんず擧぀お居るんだ」\n「――」\n「昚日の晝過ぎ、兩國の芋䞖物――やれ突けかなんか、どうせ筋のよくねえ芋䞖物だらうが、その小屋の䞭でお前は、幎を取぀たお癟姓の懷䞭物を拔いた筈だ」\n「たア」\n「お癟姓は小田原圚の氎右衞門ずいふ、日本䞀の正盎者さ。埡領䞻倧久保加賀守暣埡屋敷に屆ける村の幎貢の金が癟兩、それを取られお思案に逘り、昚倜兩國橋からドブンずやらうずしたずころを、錢圢の芪分ず俺が助けたんだ」\n「――」\n「聜けば、その爺さんの財垃を拔いたのは、二十二䞉のび぀くりする皋良い女で、髮を櫛卷にしお、頬に小さい黒子があ぀たず蚀はれるず、埡府内では䞀枚繪のお時の倖にはねえ」\n「飛んでもない、八五郎芪分。私はこの春から足を掗぀お、こんな现々ずした商賣を始めたこずは、芪分も、よく埡存じぢやありたせんか」\n お時は眞劍にな぀お、八五郎に向き盎りたした。嬌瞋を癌した顏が近々ず薫じお、八五郎は思はず手を擧げお自分の額に迫るあやかしを拂ひ退けたほどです。\n「それは䞖間體を誀魔化す手段ぢやないか」\n「たア、口惜しいツ。第䞀私は、昚日䞀日、歀處を䞀寞も動きやしたせん。嘘だず思぀たら䞋に居る姪のお雪に蚊いお䞋さい」\n「姪も共謀だ぀たら?」\n 八五郎が矎女の前に、こんな匷硬な陣を垃いたのは前䟋のないこずですが、それにはたた仔现があ぀たのです。\n お時が女巟着切の芪分ずしお、盛んに掻躍しお居る頃、感の惡い八五郎は、この隌のやうな女を远ひ廻しお、幟床ひどい目に逢はされたこずでせう。\n「そんな事があるものですか。あれは十四にな぀たばかりだし、ツむ去幎の暮田舍から呌んだ嚘ぢやありたせんか」\n「蚀ひわけを聜きに䟆たんぢやないよ。䜕うしおも癜を切るなら、氣の毒だが歀處から繩を打぀お匕぀立おるばかりだ。䞀枚繪のお時が、瞛られお町内の衆のさらし者になるのも排萜お居るだらうよ」\n「それは、錢圢の芪分さんも埡承知」\n「さうずも、芪分も䞀緒に䟆る筈だ぀たんだ」\n「その暣子ぢや、お靜さんも知぀お居るだらうね」\n「そりや知぀お居るずも。小田原圚のお癟姓が、神田䞀パむに聞えるほど匵り䞊げおの話だ」\n 八五郎の話には、少しづ぀誇匵が加はりたす。\n「お靜さんはね、兩國の氎茶屋に奉公しおゐる頃からの顏銎染さ。私より幎は䞊だけれど、――あの人が錢圢の芪分ず䞀緒にな぀た時私やどんなに口惜しか぀たか」\n「぀たらねえこずを蚀ふな。女巟着切のお前が、錢圢の芪分なんか匕合ひに出しやがるず承知しねえよ」\n「それは知぀お居るよ。だから私はお前さんなんかずおずなしく附き合぀お居るぢやないか――聜いおおくれよ、錢圢の芪分さんがお靜さんず䞀緒にな぀た頃から、私やぐれ出しお――」\n「止さないか。サア、歀處で玠盎に癟兩出しや、衚向はならねえこずだが、歀儘默぀お歞぀おやる。どうしおも嫌だずいふなら、仕方がねえ、お前を瞛぀お、家搜しをするばかりだ。どうだお時」\n 八五郎は袖の䞭の捕繩などを爪搜り乍ら、入口を塞いでいきり立぀のです。\n「䜕んずいふ運の惡いこずだらう、私は長い間骚を折぀お溜めた金が䞁床癟兩。衚店ぞ匕越す぀もりで、その甚意をしお居るのだよ。口惜しいけれど猫の子に家搜しされおも芋付かるにきた぀お居る」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 埡通行埌の二日目は、和宮様の埡䞀行も犏島、藪原を過ぎ、鳥居峠を越え、奈良井宿お小䌑み、莄川宿埡昌食の日取りである。半蔵ず䌊之助の二人は連れだっお、その日䞉留野お継ぎ所の方から銬籠ぞ匕き取っお来た。䌊之助は䌊那助郷の担圓圹、半蔵も父の名代ずしお、いろいろずあず始末をしお来た。ちょうど吉巊衛門は䞊の䌏芋屋に老友金兵衛を蚪ねに行っおいお、二人茶挬けを食いながら、話し蟌んでいるずころだった。そこぞ半蔵ず䌊之助ずが垰っお来た。\n その時だ。䌊之助は声を朜めながら、朚曟の䞋四宿から京郜方の圹人ぞの祝儀ずしお、先方の求めにより二癟二十䞡の金を差し出したこずを語った。祝儀金ずは名ばかり、これはいかにも無念千䞇のこずであるず蚀っお、お継ぎ所に来おいた犏島方の圹人衆たでが口唇をかんだこずを語った。䌊那助郷の亀枉をはじめ、越埌、越䞭の人足の䞖話から、埡䞀行を迎えるたでの各宿の人々の心劎ず尜力ずを芋る目があったら、いかに匷欲な京郜方の圹人でもこんな暗い手は出せなかったはずであるず語った。\n「埡通行のどさくさに玛れお、祝儀金を巻き揚げお行くずは――実に、蚀語に絶したやり方だ。」\n\n ず蚀っお、金兵衛は吉巊衛門ず顔を芋合わせた。\n 若者ぞの関心にかけおは、金兵衛ずおも吉巊衛門に劣らなかった。黒船来蚪以来はおろか、それ以前からたずいいかに封建瀟䌚の堕萜ず䞍正ずを痛感するような時でも、それを若者の目や耳からは隠そう隠そうずしお来たのも、この二人の村の長老だ。庄屋颚情、もしくは幎寄圹颚情ずしお、この芪たちが日ごろの願いずしお来たこずは、埳川䞖襲の䌝統を重んじ、どこたでも暩嚁を暩嚁ずし、それを子の前にも神聖なものずしお、この䞖をあるがたたに譲っお行きたかったのである。䌊之助が語っお芋せたずころによるず、こうした圹人の腐敗沙汰にかけおは、京郜方も江戞方もすこしも異なるずころのないこずを瀺しおいた。二人の芪たちはもはや隠そうずしお隠し切れなかった。\n 六日目になるず、宮様埡䞀行は和田宿の近くたで行ったころで、お道固めずしお本山たでお芋送りをした尟州の家䞭衆も、思い思いに匕き返しお来るようになった。奥筋たでお䟛をした人足たちの䞭にも、が぀が぀垰路に぀くものがある。䞃日目には、もはやこの街道に初雪を芋た。\n\n\n 人䞀人動いたあずは䞍思議なもので、埡幎も若く繊匱い宮様のような女性でありながらも、こずに宮䞭の奥深く育おられた金枝玉葉の埡身で、䞊方ずは党く颚俗を異にし習慣を異にする関東の歊家ぞ埡降嫁されたあずには、倚くの人心を動かすものが残った。遠く江戞城の方には、埡母ずしお仕うべき倩璋院も埅っおいた。十䞀月十五日には宮様はすでに江戞に到着されたはずである。あの薩摩生たれの剛気で男たさりな倩璋院にもすでに埡察面せられたはずである。これはたれに芋る埡運呜の激しさだずしお、憐みたいらせるものがある。その犠牲的な埡心の女らしさを感ずるものもある。二十五日の朚曟街道の埡長旅は、埳川家のために蚈る老䞭安藀察銬らの政略を助けたずいうよりも、むしろ皇宀をあらわす方に圹立った。\n 長いこず歊家に圧せられお来た皇宀が衰埮のうちにも絶えるこずなく、たた回埩の機運に向かっお来た。この島囜の䜍眮が䜍眮で、たずい内には戊乱争闘の憂いの倚い時代があったにもせよ、倖に向かっお事を構える堎合の割合に少なかった東掋の端に存圚したこずは、その日たで皇宀の平静を保ち埗た原因の䞀぀であろうず蚀うものもある。過去の皇宀の衰え方ず蚀えば、諞囜に荒廃した山陵を歎蚪しお勀王の志を起こしたずいう蒲生君平や、京郜のさびしい埡所を拝しお哭いたずいう高山圊九郎のような人物のあらわれお来たのでもわかる。応仁乱埌の京郜は乱前よりも䞀局さびれ、公家の生掻は苊しくなり、すこし倧げさかもしれないが䞉条の倧橋から埡所の燈火が芋えた時代もあったず蚀わるるほどである。これほどの皇宀が、たた回埩の機運に向かっお来たこずは、半蔵にずっお、実に意味深きこずであった。\n 時代は混沌ずしお来た。圊根ず氎戞ずが互いに傷぀いおからは、薩州のような雄藩の擡頭ずなった。関ヶ原の敗戊以来、隠忍に隠忍を続けお来た長州藩がこの圢勢を黙っおみおいるはずもない。しかしそれらの雄藩でも、京郜にある垝を䞭心に仰ぎ奉るこずなしに、人の心を収めるこずはできない。倩朝の嚁をも畏れず、各藩の意芋のためにも動かされず、断然ずしお倖囜に通商を蚱したずいうあの井䌊倧老ですら、幕府の䞀存を楯にしお単独な行動に出るこずはできなかった。埌には䞊奏の手続きを執った。井䌊倧老ですらそのずおりだ。薩長二藩の有志らはいずれも争っお京郜に入り、あるいは藩䞻の密曞を臎したり、あるいは埡剣を奉献したりした。\n 䞀庄屋の子ずしおの半蔵から芋るず、これは理由のないこずでもない。氎戞の『倧日本史』に、尟匵の『類聚日本玀』に、あるいは頌氏の『日本倖史』に、倧矩名分を正そうずした人たちのたいた皮が深くもこの囜の人々の心にきざしお来たのだ。南朝の回想、芳野の懐叀、楠氏の厇拝――いずれも人の心の向かうずころを語っおいないものはなかった。そういう䞭にあっお、本居宣長のような先芚者をはじめ、平田䞀門の囜孊者が䞭䞖の吊定から出発しお、だんだん垝を求め奉るようになっお行ったのは、臣子の情ずしお匷い綜合の結果であったが......\n 幎も文久二幎ず改たるころには、半蔵はすでに新築のできた本陣の家の方に匕き移っおいた。吉巊衛門やおたんは味噌玍屋の二階から、お民はわびしい土蔵の仮䜏居から、いずれも新しい朚の銙のする建物の方に移っお来た。銬籠の火灜埌しばらく萜合の家の方に垰っおいた半蔵が匟子の勝重なぞも、たたやっお来る。新築の家は、本陣らしい門構えから、郚屋郚屋の間取りたで、火灜以前の建お方によったもので、䌚所を家の䞀郚に取り蟌んだずころたで䌌おいる。衚庭のすみに焌け残った䞀株の老束もずうずう枯れおしたったが、その跡に向いお建おられた店座敷が東南の日を受けるずころたで䌌おいる。\n 矎濃境にある恵那山を最高の峰ずしお埡坂越の方に続く幟぀かの山嶜は、この新築した家の南偎の廊䞋から望たれる。半蔵が子䟛の時分から奜きなのも、この山々だ。さかんな雪厩の音はその廊䞋の䜍眮からきかれないたでも、高い山壁から谷たで癜く降り埋める山々の雪を望むこずはできる。ある日も、半蔵は恵那山の䞊の空に、矎しい冬の朝の雲を芋぀けお、倜ごずの没萜からたた朝玅の茝きにず倉わっお行くようなあの倪陜に比范すべきものを想像した。ただ埡䞀人の垝、その䞊を措いお時代を貫く朝日の埡勢にたずうべきものは他に芋圓たらなかった。\n\n\n 正月早々から半蔵は父の名代ずしお犏島の圹所ぞ呌ばれ、朚曟十䞀宿にある他の庄屋問屋ず同じように金癟䞡の分配を受けお来た。このお䞋げ金は各宿救助の意味のものだ。\n ちょうど家では二十日正月を兌ねお、暮れに生たれた男の子のために小豆粥なぞを祝っおいた。お粂、宗倪、それから今床生たれた子には正己ずいう名が぀いお、吉巊衛門倫婊ももはや䞉人の孫のおじいさん、おばあさんである。お民はただ産埌の床に぀いおいたが、そこぞ半蔵が犏島から匕き取っお来た。和宮様の埡通行前に、䌊那助郷総代ぞ玄束した手圓おの金子も、远っお尟州藩から䞋付せらるるはずであるこずなぞを父に告げた。\n「助郷のこずは、これからが問題だぞ。今たでのような埡奉公じゃ癟姓が承知したい。」\n ず吉巊衛門は炬燵の䞊に手を眮きながら、半蔵に蚀っお芋せた。" }, { "role": "assistant", "content": " その日半蔵はお䞋げ金のこずで金兵衛の知恵を借りお、埡通行の日から残った諞払いをした。やがおそのあず始末もできたころに、人の口から口ぞず䌝わっお来る江戞の方のうわさが坂䞋門の倉事を䌝えた。\n 決死の壮士六人、あの江戞城の倖のお濠ばたの柳の暹のかげに隠れおいたのは正月十五日ずあるから、山家のこずで蚀えば巊矩長の枈むころであるが、それらの壮士が老䞭安藀察銬の登城を埅ち受けお、たず銃で乗り物を狙撃した。それが圓たらなかったので、䞀人の壮士が銳せ寄っお、刀を抜いお駕籠を暪から突き刺した。安藀察銬は運匷く、重傷を被りながらも坂䞋門内に駆け入っお、わずかに身をもっお難をたぬかれた。この芁撃の光景をたるで芋お来たように蚀い䌝えるものがある。\n「たたか。」\n ずいう吉巊衛門にも、思わず父ず顔を芋合わせる半蔵の胞にも、桜田事倉圓時のこずが来た。\n 刺客はいずれも斬奞趣意曞なるものを懐にしおいたずいう。これは幕府の手で秘密に葬られようずしたが、六人のほかに長州屋敷ぞ飛び蟌んで自刃した壮士の懐から出お来たもので明らかにされ、それからそれぞず䌝えられるようになった。それには申幎の䞉月に赀心報囜の茩が井䌊倧老を殺害に及んだこずは毛頭も幕府に察し異心をはさんだのではないずいうこずから曞き初めお、圌らの態床を明らかにしおあったずいう。圌らから芋れば、井䌊倧老は倷狄を恐怖する心から慷慚忠盎の矩士を憎み、おのれの嚁力を瀺そうがために奞謀をめぐらし、倩朝をも䟮る神州の眪人である、そういう奞臣を倒したなら自然ず幕府においおも悔いる心ができお、これからは倩朝を尊び倷狄を憎み、囜家の安危ず人心の向背にも泚意せらるるであろうずの䞀念から、井䌊倧老を目がけたものはいずれも身呜を投げ捚おお殺害に及んだのである、ずころがその埌になっおも幕府には䞀向に悔心の暡様は芋えない、たすたす暎政の぀のるようになっお行ったのは、幕府圹人䞀同の眪ではあるが、぀たりは老䞭安藀察銬こそその第䞀の眪魁であるずいう意味のこずが曞いおあったずいう。その趣意曞には、老䞭の眪状をもあげお、皇効和宮様が埡結婚のこずも、おもおむきは倩朝より䞋し眮かれたように取り繕い、公歊合䜓の姿を瀺しながら、実は奞謀ず嚁力ずをもっお匷奪し奉ったも同様である、これは畢竟皇効を人質にしお倖囜亀易の勅諚を匷請する手段であり、もしそれもかなわなかったら垝の埡譲䜍をすら謀ろうずする心底であっお、実に埳川将軍を䞍矩に匕き入れ、䞇䞖の埌たでも悪逆の名を流させようずする行為である、北条足利にもたさる逆謀ずいうのほかはない、これには切歯痛憀、蚀うべき蚀葉もないずいう意味のこずが曞いおあったずいう。その䞭にはたた、倖倷取り扱いのこずをあげお、安藀老䞭は䜕事も圌らの蚀うずころに埓い、日本沿海の枬量を蚱し、この囜の圢勢を圌らぞ教え、江戞第䞀の芁地ずもいうべき品川埡殿山を残らず圌らに貞し枡し、あた぀さえ倖倷の応接には骚肉も同様な芪切を芋せながら、自囜にある忠矩憂憀の者はかえっお仇敵のように忌みきらい、囜賊ずいうにも䜙りあるずいうような意味のこずが曞いおあったずいう。\n しかし決死の壮士が曞きのこしたものは、ただそれだけの意味にずどたらなかった。その䞭には「明日」ぞの䞍安が、いろいろず曞きこめおあったずもいう。もし今日のたたで匊政を改革するこずもなかったら、倩䞋の倧小名はおのおの幕府を芋攟しお、自己の囜のみを固めるようになっお行くであろう、倖倷の取り扱いにさえ手に䜙るおりから、これはどう凊眮する぀もりであろうずいう意味のこずも曞いおあり、䞇䞀攘倷を名ずしお旗を挙げるような倧名が出お来たら、それこそ実に危急の時である、幕府では皇囜の颚俗ずいうものを忘れおはならぬ、君臣䞊䞋の倧矩をわきたえねばならぬ、かりそめにも倩朝の叡意にそむくようなずころが芋えたら、忠臣矩士の茩は䞀人も幕府のために身呜をなげう぀ものはあるたいずいう意味のこずも曞きのこしおあったずいう。\n これらの刺客の倚くが氎戞人であるこずもわかっお来た。いずれも䞉十歳前埌の男ざかりで、䞭には十九歳の青幎がこの芁撃に加わっおいたこずもわかっお来た。安藀察銬の灜難は䞍思議にもその傷が軜くお枈んだが、倚くの人の同情は生呜拟いをした老䞭よりも、珟堎に斃れた青幎たちの䞊に集たる。しかし、その人の傷぀いたあずになっお芋るず、䞀方には䞖間の誀解や無根の流蚀がこの悲劇を生む因であったず蚀っお、こんなに思い詰めた壮士らの暎挙を惜しむず蚀い出したものもあった。安藀察銬その人を倱ったら、あれほど倖亀の事に圓たりうるものは他に芋いだせない、アメリカのハリスにせよ、むギリスのアヌルコックにせよ、圌らに接しお滞るこずなく、屈するこずもなく、倖囜公䜿らの専暪を挫いお、凜然ずした態床を持ち続けたこずにかけおは、老䞭の右に出るものはなかったず蚀い出したものもあった。\n 幕府はすでに憚るべき人ず、憚るべき実ずがない。井䌊倧老は斃れ、岩瀬肥埌は喀血しお死し、安藀老䞭たでも傷぀いた。四方の䟮りが競うように起こっお来お、儒者は経兞の立堎から、歊士剣客は士道の立堎から、その他医者、神職、和孊者、僧䟶なぞの思い思いに勝手な説を立おるものがあっおも、幕府ではそれを制するこずもできないようになっお来た。この䞭で、露囜の船将が察銬尟厎浊に䞊陞し駐屯しおいるずの報知すら䌝わった。枯は鎖せ、ペヌロッパ人は打ち攘え、その排倖の颚がいたるずころを吹きたくるばかりであった。\n\n四\n\n 䞀人の旅人が京郜の方面から矎濃の䞭接川たで急いで来た。\n この旅人は、近くたで江戞桜田邞にある長州の孊塟有備通の甚掛りをしおいた男ざかりの䟍である。かねお長州ず氎戞ずの提携を実珟したいず思い立ち、幕府の嫌疑を避くるため品川沖合いの䜍眮を遞び、長州の軍艊䞙蟰䞞の艊長ず共に氎戞の有志ず䌚芋した閲歎を持぀人である。坂䞋門倖の事倉にも倚少の関係があっお、氎戞の有志から安藀老䞭芁撃の盞談を持ちかけられたこずもあったが、埌にはその暎挙に察しお危惧の念を抱き、次第に手を匕いたずいう閲歎をも持぀人である。\n 䞭接川の本陣では、半蔵が幎䞊の友人景蔵も留守のころであった。景蔵は平田門人の䞀人ずしお、京郜に出お囜事に奔走しおいるころであったからで。この旅人は恵那山を東に望むこずのできるような䞭接川の町をよろこび、人の泚意を避くるにいい䜍眮にある景蔵の留守宅を遞んで、江戞麻垃の長州屋敷から朚曟街道経由で䞊京の途にある藩䞻(毛利慶芪)をそこに埅ち受けおいた。その目的は、京郜の屋敷にある長藩䞖子(定広)の内呜を受けお、京郜の圢勢の激倉したこずを藩䞻に報じ、かねおの藩論なる公歊合䜓、航海遠略の到底実行せらるべくもないこずを進蚀するためであった。それよりは埓来の方針を䞀倉し、倧いに砎玄攘倷を唱うべきこずを藩䞻に説き勧めるためであった。雄藩擡頭の時機が到ったこずは、長いこずその機䌚を埅っおいた長州人士を雀躍させたからで。\n 旅にある藩䞻はそれほど京郜の圢勢が激倉したずは知らない。たしお、そんな旅人が䞖子の内呜を垯びお、䞭接川に自分を埅぀ずは知らない。さきに幕府ぞの建癜の結果ずしお、公歊間呚旋の䟝頌を幕府から受け、いよいよ正匏にその呚旋を詊みようずしお江戞を出発しお来たのであった。この倧名は、日ごろの競争者で薩摩に名高い䞭将斎圬の匟にあたる島接久光がすでにその勢力を京郜の方に扶怍し始めたこずを知り、さらに勅䜿巊衛門督倧原重埳を奉じお東䞋しお来たほどの薩摩人の掻躍を想像しながら、その幎の六月䞭旬には諏蚪にはいった。あだかも痳疹流行のころである。䞀行は諏蚪に䞉日逗留し、同勢四癟人ほどをあずに残しお眮いお、䞉留野泊たりで朚曟路を䞊っお来た。銬籠本陣の前たで来るず、そこの門前には諞倧名通行のおりの定䟋のように、すでに甚意した札の掲げおあるのを芋た。\n\n束平倧膳倪倫様 埡䌑所\n\n 束平倧膳倪倫ずあるは、この倧名のこずで、長門囜䞉十六䞇九千石の領䞻を意味する。\n その時、半蔵は出お、䞀行の䞭の甚人に挚拶した。\n「わたしは吉巊衛門の忰でございたす。父はこの四月から䞭颚にかかりたしお、今だに床の䞊に臥たり起きたりしおおりたす。お昌は申し付けおございたすが、䜕か他に埡甚もありたしたら、わたしが承りたしょう。」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "幎頭所感――\n芭蕉は芭蕉、良寛は良寛である、芭蕉にならうずしおも芭蕉にはなりきれないし、良寛の真䌌をしたずころで初たらない。\n私は私である、山頭火は山頭火である、芭蕉にならうずも思はないし、たた、なれるものでもない、良寛でないものが良寛らしく装ふこずは良寛を汚し、同時に自分を害ふ。\n私は山頭火になりきればよろしいのである、自分を自分の自分ずしお掻かせば、それが私の道である。\n × × ×\n歩く、飲む、䜜る、――これが山頭火の䞉぀物である。\n山の䞭を歩く、――そこから私は身心の平静を䞎ぞられる。\n酒を飲むよりも氎を飲む、酒を飲たずにはゐられない私の珟圚ではあるが、酒を飲むやうに氎を飲む、いや、氎を飲むやうに酒を飲む、――かういふ境地でありたい。\n䜜るずは無論、俳句を䜜るのである、そしお随筆も曞きたいのである。\n\n 䞀月䞀日 二日 䞉日 四日 五日......岡山、皀也居。\n\n倫、劻、子䟛六人、にぎやかだ぀た。\n幞犏な家庭。\nたいぞんお䞖話にな぀た。\nあんたり寒いので、九州ぞひきかぞしお春を埅぀こずにした。\n竹原の小西さん倫婊、幞犏であれ。\n私は新らしい友人を恵たれた。\n\n 二月䞀日 柄倪居。\n\n柄倪君は倧人である、柄倪君らしい柄倪君である。\n私は友ずしお柄倪君を持぀おゐるこずを喜び䞔぀誇る。\n黙壺居。\n黙壺君も有難い友である。\n初めおお目にかゝ぀た小野さん倫婊に感謝する。\n広島の盛り堎で私は颚呂敷を盗たれた。\n日蚘、句垖、原皿――それは私にはかけがぞのないものであり、泥坊には䜕でもないものである。\nずにかく残念な事をした、この旅日蚘も曞けなくな぀た、旅の句も倧方は芚えおゐない。\nや぀ぱりぐうたらの眰である。\n岡山から広島たでの間で、玉島のF女史を蚪ねたこずも、忘れがたい旅のおもひでずならう。\n円通寺、良寛和尚。\n(二月)\n奈良、桂子居。\n(二月)\n赀穂附近。\n\n 二月十䞀日 十二日 十䞉日\n\n今日から新らしく曞き初める。――\n雪、玀元節、建囜祭。\n黙壺居滞圚。\n第四句集雑草颚景の句箋を曞く。\nこゝでたた改めお柄倪君の枩情に觊れないではゐない。\n\n 二月十四日\n\n日本晎、出立。\n\n 二月十六日 十䞃日\n\n堎末の安宿にお䌑逊、いひかぞるず、孀独気分になりきるために。\n\n 二月十八日\n\nぶら〳〵歩いお宮嶋たで、そこで泊぀た。\n\n 二月十九日 倧霜、快晎。\n\n生死去来は生死去来である。\n倧竹に泊る。\n\n 二月二十日 二十䞀日 柳井接滞圚。\n\nこの日、この身、この心。......\n\n 二月廿二日\n\n癜船老を蚪ねる、泊れずいふのをふりき぀お別れる。\n雪、雪、酒、酒、泥、泥。\n\n 二月廿䞉日\n\n 宮垂の安宿で感慚無量。\n\n 二月廿四日 岔氎居。\n\nあゝ友はたこずにありがたい。\n\n 二月廿五日 曇぀お寒い。\n\n戞畑ぞ、倚々桜君を蚪ねる。\n\n 二月廿六日 廿䞃日 牡䞹雪が降぀た、星城子居。\n\nあたゝかなるかな、友のこころ。\nこゝで重倧事件(二・二五事件)を知぀た。\n省みお、自分の愚劣を恥ぢるより倖ない。\n\n 二月廿八日\n\n八幡の人々を蚪ねたはる。\n井䞊さん、仙波さん、その他。\n\n 二月廿九日 雪、霰。\n\n土筆君に招かれお行く。\n寝苊しい倜が぀ゞく、あたりたぞだ。\n\n\n 远加\n (䌊豆海岞、信濃路、その他にお)\nたた䞀枚ぬぎすおる旅から旅ぞ\n氎の䞊は぀きり春の雲\nはおなき旅の遠山の雪ひかる\nあれがふるさずの山なみの雪ひかる\n街の雑音しづもれば恋猫の月\n枯葊の䞀すぢの氎のながれ\n春颚のテヌプちぎれおたゞよふ\n手から手ぞ春颚のテヌプ\n\n\n 䞉月䞀日 緑平居、雪、霜、霙。\n\n緑平老は私の第䞀の友人だ。\n\n遠山の雪ひかるどこたで行く\n\n\n 䞉月二日\n\n今日は事務家ずな぀お句集発送。\n雪、雪、雪だ぀た。\nヘツドランプをうたふ。\n\n 䞉月䞉日\n\n酔うお、ぬかるみを歩いお、そしお、たた飯塚ぞ、それから二瀬ぞ。\n逢うおはならないKに逢ふたが。\nずろ〳〵どろ〳〵、ほろ〳〵がろがろの䞀日だ぀た。\n死に堎所が、死に時がなか〳〵に芋぀からないのである!\n\nふりかぞるボタ山ボタン雪ふりしきる\n雪ふる逢ぞばわかれの雪ふる\n\n\n 䞉月四日 岔氎居。\n\n䜕ずいふ憂欝、歩く倖ない。\n若束ぞ、倚君に事情を打明けお旅費を借る、そしお門叞ぞ。\n黎君を蚪ねる、理髪、䌚食、同䌎で岔君を蚪ふ。\n岔氎君はうれしい人だ、黎々火君も。\nさびしいけれどあたゝかい家庭。\n\n 䞉月五日 ばいかる䞞。\n\n神戞盎航の汜船に乗り蟌む。\nさよなら、黎々火君、さよなら、岔氎君よ。\nさよなら、九州の山よ海よ。\nテヌプのなげき。\nこゝろやすらかな海䞊の䞀倜だ぀た。\n\n 䞉月六日 詩倖楌居。\n\n朝、神戞着。\n䞊陞第䞀歩、新らしい気分であ぀た。\n詩倖楌居。\nめいろ君を蚪ふ。\nあたゝかく、ぐ぀すり睡れた、ありがたか぀た。\n詩倖楌君に感謝する、奥さんにも。\n\n 䞉月䞃日 詩倖楌居。\n\n曇、花ぐもりのやうな。\n朝湯のあ぀さ、こゝろよさは。\nめいろ居を蚪うお、おいしい昌飯をいたゞく、それから新開地を散歩しお、忍術映画芋物、銬鹿銬鹿しいのがよろしい。\n賀英子嬢をめぐたれためいろ君のよろこびをうたふ――\n\n雛をかざらう\n雛のよにうたれおきた\n\n䜕だか寝苊しか぀た。\n旅の袂草の感想。\n\n 䞉月八日 愚郎居。\n\n雪䞭吟行、神戞倧阪の同人ずい぀しよに、畑の梅林ぞ、梅やら雪やら、なか〳〵の傑䜜で、忘れられない远憶ずなるだらう、西幞寺の䞀宀で句䌚、句䜜そのものはあたりふるはなか぀たが、句評は愉快だ぀た、酒、握飯、焌酎、海苔巻、各自持参の埡銳走もおいしか぀た。\n倕方私䞀人は豊䞭䞋車、やうやく愚郎居をたづねあおゝほ぀ずした、䟋によ぀お酒、火燵、ありがたか぀た。\n雪は矎しい、友情は枩かい、私は私自身を祝犏する。\n\n・暮れお雪あかりの、寝床をたづねおあるく\n・朚の葉が雪をおずせばみそさゞい\n・雪でもふりだしさうな、唇の赀いこず\n・春の雪ふるヲンナはたこずにう぀くしい\n・春比䜐良画がくずころの嚘さんたち\n・からたちにふり぀もる雪もしづかな家\n 远加䞀句\n みんな掋服で私䞀人が法衣で雪がふるふる\n\n\n 䞉月九日 愚郎居。\n\n晎、雪はただ消えない、春の雪らしくもなく降り぀も぀たものだ。\n敎理、裂く捚おる、掗ふ。\n朝湯朝酒ずはも぀たいない、今日にはじた぀たこずではないけれど。\nほろよい人生、ぞゞれけ人生であ぀おはならない、酒、酒、肎、肎ず埡銳走責めにされた、奥さんの手料理はおいしい。\n倜はSさん来蚪、曞いたり話したり笑぀たり。\n\n・火燵たで入れおもろうお猫がおさきに\n (愚郎居)\n・雪あかりの日あかりの池がある畑がある\n\n\n 䞉月十日\n\n比叀君の厄介になる。\n比叀君は私にピタリず觊れおくれる、うれしか぀た。\n奥さんに連れられお、倧阪劇堎で、束竹レノナヌ芋物、たこずに春のおどり!\n倜は新町でのんきに遊ぶ。\n\n・こどもに雪をたべさしたりしお぀ゝたしいくらし\n・きたない池に枯葊の葉も倧阪がちかい\n・春颚の旗がはた〳〵特別興行ずいふ\n・うらはぬかるみの、女房ぶりの、倧根やにんじん\n・雲のゆききのさびしくもあるか\n\n\n 䞉月十䞀日\n\nほ぀かり芚める。\n新町のお茶屋の二階、柄にもない。\n比叀君が方々を連れ歩いおくれる。\n汁ずいふ店で汁を食べた、さすがに倧阪だず思぀た。\n倜はたた新町ぞ。" }, { "role": "assistant", "content": "\n 䞉月十二日 曇。\n\nぶら぀くうちに日が暮れた。\n比叀居、蔵の䞭に寝せお貰ふ、よか぀た、よか぀た。\n\n 䞉月十䞉日\n\n今日も遊び暮らす。\n\n 䞉月十四日 うらゝか。\n\n束平さんず同行しお、街はづれのお宅ぞ、しづかな生掻であ぀た。\n石仏図を芳せお貰ふ、束平さんは尊敬すべき画家だ。\n\n 䞉月十五日 滞圚。\n\n比叀君、印君来蚪。\n終日歓談。\n\n 䞉月十六日 た぀たく春。\n\n十時出立、束原たで歩いお、そこからは電車で富田林に埌藀さんを蚪ふ、泊めお貰ふ。\n匘川寺の西行塚に詣でる。\n近圚には叀蹟が倚い、楠公の遺蹟も所々にある。\n田園颚景がうらゝかだ぀た。\n\n滝池山匘川寺\n\n西行堂 朚像、䌝文芚䞊人䜜\n西行塚 円信䞊人、西行法垫のこずなり\n䌌雲法垫の墓\n\n\n 䞉月十䞃日 曇、時々雚。\n\n八時出立、京郜ぞ。\n柏原たで電車、そこから歩く。\n瓢箪山。\n河内平野、牛はふさはしい。\n枚方で泊る、うるさい宿だ぀た。\n小楠公の墓、倧暟。\n淀川颚景はよい。\n\n 䞉月十八日 曇、肌寒い、圌岞入。\n\n早起出発。\n石枅氎八幡宮。\n或るお婆さん、二銭の喜捚拝受。\n電車で京郜ぞ、北朗居にころげこむ。\n北朗君ず同道しお陶工石黒さんを蚪ねる。\n寞栗子翁の蚃を聞いお驚く、いよ〳〵近火を感じる。\n倕方、みんない぀しよに――奥さんも子䟛さんも――南犅寺境内の豆腐料理を賞味する、さすがにおいしか぀た。\n京郜の豆腐はうたい。\n倜は別れお䞀人、新京極を散歩する、そしおそこに寝おしたふ。\n――飲む食べる、しやべるふざける、――それだけが人生か!\n\n 䞉月十九日 晎。\n\n朝は寒く昌は暖か。\nどこずいふあおもなく、歩きたい方ぞ歩きたいだけ歩いた。――\n八坂の塔、芭蕉堂、西行庵、智恩院、南犅寺、氞芳堂、銀閣寺、本願寺、等々等。\n桂子さんから速達で手玙を受取぀た、䜕だか誀解されおゐる、嫌な気持にな぀た。\n倜の北朗居は賑やかだ぀た、句䌚ずいふよりも坐談䌚だ぀た。\n仙酔楌君ず逢ふ、たこずにしばらくだ぀た。\n䞖間はうるさいね、女もうるさいね。\nこだはるなかれ。\n自分の信ずる道を行く倖ない。\n\n 䞉月廿日 曇、花ぐもり。\n\n朝湯朝酒。\n蛇が穎を出おゐた。\n同人ず共に北野吟行。\n鷹ヶ峯、庵、光悊寺、金閣寺、酔぀ぱらうお、仙酔楌居ぞ自働車で送られる。\n\n 䞉月廿䞀日 雚――晎、滞圚。\n\n午后、物安居士、いく子刀自を蚪ふ。\n愉快な埮酔。\n\n 䞉月廿二日 晎。\n\nも぀たいなや、けふも朝湯朝酒。\n十時出立、宇治ぞ。――\n平等院、うらゝかな栄華の跡。\n汜車で朚接たで行぀お泊る。\n\n 䞉月廿䞉日 晎。\n\nうらゝかな雀のおしやべり。\n早朝出発、乗車、九時倧河原䞋車、途䞭、笠眮の山、氎、家、すべおが奜たしか぀た。\n川を枡船で枡されお、旅は道連れ、快掻な若者ず女絊らしい嚘さんらずい぀しよに山を越え山を越える。\n山城倧和の自然は矎しい。\n山路は快い、飛行機がたうぞを掠める。\n母ず子ずが重荷を負うお行く。\n二里ばかりで名匵川の岐流に添うお歩く、梅がちらほら咲いおゐる。\n歩々春だ、梅だ、月ヶ瀬梅枓は奜きなずころだ぀た、だいぶ名所じみおはゐるけれど。\n\nこゝから月ヶ瀬ずいふ梅ぞ橋をわたる\n\nバスで䞊野町ぞ、遊廓近くの安宿に泊る、うるさい宿だ぀た。\n\n五月門䞀目䞇本月瀬橋\n\n\n 䞉月廿四日 晎。\n\n芭蕉遺蹟を探る――\n故郷塚、瓢竹庵。\n䞊野は奜印象を䞎ぞおくれた。\n阿保たで䞉里、うらゝかな道。\n阿保から接たで電車。\n接はいかにも城䞋らしいおち぀いた郜䌚であ぀た、梅川屋ずいふのに泊る、䞀宿二飯で䞉十四銭!\n二角さんを蚪ねお埡銳走になる。\n\n 䞉月廿五日\n\n朝、郜圱さんを蚪ねる、二角君に連れられお、郜圱さんは䞀芋奜きになれる人だ。\n自働車ずいふものもよしわるしだず思ふ。\n二角君に案内されお山田ぞ。\n内宮倖宮はたゞありがたか぀たずいふより倖はない。\n二芋ヶ浊。\n\n裞朚塚\n芭蕉塚\n平□塚\n\n郜圱居泊、私にはぜいたくすぎるほどだ぀た。\n倜は自家甚で癜子町たでドラむノ、郜圱君はドクトルずしお、私は劙なお客さんずしお。\n\n\n おち぀いおしづけさは青朚の実\n (比叀君か印君に)\n 鎧着おおよろこび申す春の颚吹く\n (匘川寺)\n 春の山鐘撞いお送られた\n けふのよろこびは山たた山の芜ぶく色\n ちんぜこの湯気もほんによい湯で\n (京郜)東山\n・旅は笹山の笹のそよぐのも\n たるい山をたぞに酔぀ぱらふ\n 束笠の萜ちおゐるだけで\n こんやはこゝで雚がふる春雚\n・旅の袂草のこんなにたたり\n ぬかるみも春らしく堀りかぞしおゐる\n (宇治)\n うらゝかな鐘を぀かう\n 埡堂のさびも春のさゞなみ\n・春日ぞ扉ひらいお南無阿匥陀仏\n・たゞずめば颚わたる空の遠く遠く\n (月ヶ瀬ぞ)\n 萜葉ふる岩が腰かけずしお\n・どこで倒れおもよい山うぐひす\n 萜葉しおあらはなる巌が぀ちり\n 蕗のずうあしもずに䞀぀\n 埌になり先になり梅にほふ\n (䌊勢神宮、五十鈎川)\n そのながれにくちそゝぐ\n たふずさはた぀しろなる鶏の\n 若葉のにほひも氎のよろしさもぬかづく\n (二芋ヶ浊)\n 春波のおしよせる砂にゑがく\n 旅人ずしお小雪ちら぀くを\n (接にお)\n・けふはこゝにきお枯葊いちめん\n・麊の穂のおもひでがないでもない\n こどもずい぀しよにひよろ〳〵぀くし\n 春の倜の近県ず老県ずこんがらが぀お\n 圱は竹の葉の晎れおきさうな\n 春めく雲でうごかない\n (蟚倩島)\n すう぀ず束䞊朚が、雚も春\n ずほく癜波が芋えお束のたがりやう\n 裞朚に䞀句䜜らしたずいふ猿がしよんがり\n ぬくい雚ずなる砂の足あず\n どうやら晎れおる花ぐもりの氎平線\n・春の海のどこからずもなく挕いでくる\n これから旅も、さくら咲きだした\n・茶どころの茶の朚畑の春雚\n\n\n 䞉月廿六日 あたゝかく。\n\n病宀の二階䞀間を占領しお終日、読む、曞く、飲む。......\n\n 䞉月廿䞃日\n\n九時の列車にお出立、さよなら、さよなら、ありがたう、ありがたう。\n途䞭、四日垂䞋車、折から開催䞭の博芧䌚芋物、぀たらなか぀た。\n郜圱君から貰぀た正宗をラツパのみしたのはおもしろか぀た。\n倕方、接島君、おもひでの道をたど぀お持眠掞蚪問、な぀かしい家庭である、坊ちやんはよい児だ。\n\n鉊たゝきが鉊をたゝいおゐる\n\nなどゝ俳句する、ただ小孊二幎なのに。\n\nひさしぶりの話が぀きない倜の雚になり\n\n\n 䞉月廿八日 曇。\n\n身蟺敎理。\n坊ちやんお嬢さん同行で、朚曜川あたりぞ遊ぶ、お蟚圓に家人の心づくしがこめられおゐた、酒――それは私にだけの――には殊に。――\n鈎鹿山がひかる、䌊吹山も。\n颚が出た、颚は䜕よりもい぀も寂しい。\nめづらしいよい遊びの䞀日ではあ぀た。\n\n 䞉月廿九日 晎。\n\n朝酒はありがたすぎる。\n私を旅に出お来お、も぀たいないず思ふ。\n私は私の友の友情に倀しないこずを私みづからよく知぀おゐる。\n接島地方の産物は毛織物ず蕗、面癜い取合である。\n濃矎平野はうらゝかだ぀た。\n午后、持君ず同道しお、蓎蓮亭を蚪ふ、倜は句䌚。\n䟋によ぀お飲みすぎる、しやべりすぎる。\n\n 䞉月䞉十日 晎。\n\nきしめん――名叀屋名物の䞀぀ずいはれる揚豆腐をあしら぀たうどん――を埡銳走になる。\nそれから秋圊君ず共に林五舎ぞ。\n森有䞀君はほんたうに奜きな友人だ。\nヱロ貝! その埡銳走もよか぀た。\n秋圊君去り歊朗君来る。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 島田からお手玙で、富雄さんが手぀だうこずはお断りになったそうですね。運転手が、华っお気兌ねだからずいうからずのこずです。仲仕もおいおいらっしゃる由。倜の仕事はやめお安党第䞀にやっおいらっしゃる由、そちらにもそのようなおたよりがありたしたでしょう。野原では春になっお土地を凊分なさる由。林町のうちは氎道が凍っお颚呂がたおられず、目癜ぞ颚呂を貰いに来る由。倧笑いをしおしたいたした。きっず今に「今䜕時でしょうっお目癜ぞききに来るんだろう」。だっお林町は家じゅう電気時蚈で、停電すればそれっきり。目癜のはボンボン時蚈ですから。呚囲の䞀般のレベルをぬきにしお䞀぀の家の䞭だけやったっお、䞍䟿のずきは、極床に䞍䟿になる。こういう悲喜劇があるから、私は石炭が質を䜎䞋させられる぀れ煙突掃陀を䜙蚈たのむので閉口し぀぀、あたり前のフロが倧奜き。倪郎はカれがなおっお遊びに来お、「アッコオバチャン、おぜんぜが痛くなくなったらアボチャン、トシマ゚ンヘツレテッテダルペ」ず倧いに慰めおくれたした。では又明日。この分ではしずかな倩気そうですね。おめにかかっおいろいろ。栄さんの小説が芥川賞候補に䞊っおいる由。そういうものはあのひずに、今のずころ栌別あった方が倧いによいずいうようなものでないず考えたす。賞の䞎えかたにも、やはり倧局からの考慮がいるものであろうず思いたす。\n\n 䞀月二十四日 〔巣鎚拘眮所の顕治宛 目癜より(封曞)〕\n\n 䞀月二十四日 第八信\n お早う。けさはいかがお目醒めでした? ゆうべはよくおよりたしたか? いいお倩気ね。すこし颚があるけれども。きのうはナリの薬のきけ工合をきいお䞋すっお本圓にありがずう。䜕ず味のふかい、党身的に䜜甚するこの薬でしょう。倧事な倧事なくすり。\n 昚倜は刻々を埅぀ような独特な気持で二階のスタンドのずころでいたら、急に雚の音がしお来た。そちらでもきこえたでしょう、六時頃。そしたら、実にたざたざずその倜の雚に濡れたずころぞ電燈をうけお光っおいる掋傘ず、その䞋の顔ず、すこし倖套の前にかかっお光っおいる雚粒ずが芋えたした。玄関のずころぞ私が出おいお、濡れた? ずきき、その黒い倖套のぬがれるのを傍に立っお芋おいる、手を出しおぬぐのを手぀だいたいけれども、極りがわるいようでわざず手を出さないで。珟に玄関でその光景があるように鮮やかでした。きっず、あなたもこの雚の音を聎いお、やっぱり傘をさしお出おゆくような心持になっおいらっしゃるのだろう。そう思いたした。\n 雚の音は暫く胞の䞭ぞ降るように響いおいたが、埡飯をすたした時分にはもうやんでいた。雚もうやんだのずひさに蚊いたら、倧きなみぞれでしたず云った。霙が、では降ったのね。今はいい星倜です。九時ごろバラさんが倖からかえっお来たずき、ふるような星ですよ、ず云っおいた。\n ゆうべは倕飯埌茶の間にいお、瞫いものをしおいたした。私たちの八幎目の蚘念、私が死なないで虫退治出来た蚘念、そんな心持でそちらでよく着られおもう着物にはならない倧島ず、どおらであった八反ずを切り合わせおベッドの芆いをこしらえおかけおいるのです。長いこず、ベッドスプレッドを欲しいず思っおいお、出来合の安ホテルのようなのはいやだし、぀いそのたたになっおいた、そこぞ䞍図思い぀いお瞫いはじめたわけです。出来䞊るのず、あのスケッチの海老色ず青の栌子のかけぶずん(動坂であなたのだった)の䞊ぞ、今そこで着おいらっしゃる叀い方の倧島の矜織ず同じ垃ず去幎の冬たで着おいらした赀っぜいような现い瞞の八反の垃ずがたざったスプレッドが、昌間はかかるこずになるわけです。\n 電燈の䞋で、䟋の私の堎所に坐っお長いこず黙っお瞫っおいた。。そろそろ私はひき䞊げようずする時分、寿江子が、䜕かたべたくなっお云い出した。「䜕をたべたいのさ」ず私がそう云う。「お姉様䜕がいいの」。私のたべたいものはきたっおいるわけでしょう、私はあのブッテルブロヌドがたべたい。どんな味がしたか、本圓はよくわからず、たべたこずだけは忘られない、あのブッテルブロヌドがたべたい。「ね、䜕がいいのよ、お姉様は」瞫いながら「私が䞀番たべたいものは今、買っお来おくれる人がないから、駄目さ」「ふヌん」そんなこずを云っおいるずころぞバラさんがかえっお来お、結局玅茶䞀杯のんで、私は二階ぞあがりたした。\n すぐ寝床ぞ入っおしたった。\n けさは、熟睡したいい心持でおきたした。\n これはゆうべ日蚘の欄倖を芋おいお発芋したのですが、八幎毎に週日(りィヌク・デェむ)は同じになるが、旧暊は同じではないのね。二十䞉日は今幎は旧暊の十二月四日。䞉日月、四日月のわけです。床に入る前、雚戞をあけお物干のずころぞ出お芋たら、そんなにひどく寒くもなくお、倧きい奇麗な星が䞀杯きらめいおいたした。\n すこし䜓が匱いずころがあっお、しかも病気のあず新しい呜が流れおいるずころがあっお、今の私は、倧局面癜い工合です。もっず病気が内科的にひどくお長かったら、快埩期のこの感じは、おそらく激しく新鮮でしょうね。\n ――○――\n ここぞ䞀人の女客あり。\n そのひずの話で、本幎の秋ぐらいになったら、西巣鎚に䞀぀家があるようになるかもしれない話が出たした。倧塚の終点からすぐのずころの由、西巣鎚䜕䞁目でしょう。その人の芪類で、老倫人ずその子息の未亡人(子䟛四人)が二棟に䜏んでいお、おばあさんが倏に子息の䞉回忌をすたしたら田舎ぞひき䞊げるず、そこの家があく。その家のおもやをなしおいるずころに若い未亡人ず子䟛らがいるが(銀行員だった人)ポツンずそこにいるよりは実家が枋谷にあるからその近くに䜏んだ方がよいずいうこずになりそうで、そうなるず平家で四間ぐらいの家ず二階で四間ぐらいの家が、衚は別で、内ではかけ橋で぀づいおいるずころが、あくわけなのです。\n 秋から寿江子が東京に萜付くに぀いお林町はどうしおもいやだずいうし、ここぞこのたたは䜏めないし(ピアノがうるさくお)心配しおいたずころでした。䞀人きりはなしお劙な生掻になるずいけないから。もしそこが五十円ぐらいでかしお貰えれば寿江子も自分の家賃は出しお、食事など共通にしお二人でやっおゆけるかもしれず、倧いに期埅しお居りたす。共同に台所や䜕かやっお、女䞭さんなしでやれれば、実にうれしいず思いたす。この家に、私が党く䞀人ずいうのでは䞇䞀のずきこの間のような思いをしなければならず、又寿江䞀人もよくない。そうかず云っおお互の条件が音に぀いおは反察なのだから、こんな家は理想的です。或は六十円でも(家賃が)二人でやっおゆけば华っおいいかもしれない。あの蟺はここずちがっお呚囲が盎で物䟡もやすいし、そちらぞ倚分歩いおゆける䜍かもしれず、本圓にわるくないでしょう。少しわくわくする䜍です。私の生掻の圢、寿江子の生掻の圢、ほんずにああでもないこうでもないず考えおいたのですもの。寿江子は、䜙り工合がいいからもし喋っお駄目になるずいやだからず云っお、こわがっお幞運をずり逃すたいずしおいたす。\n\n 寿江子は私の癒った祝に今面癜いこずをやっお居りたす。いずれおめにかけるものです。\n\n 䜙りうれしいこず口ぞ出すず消えそうな気がするそうです。ひさの詊隓は受かるかどうかわからないが、受かるようにしおやっお、うかれば本幎の冬はいないものず考えなければならず、あずのひずのこずもなかなかむずかしくお閉口しおいたずころですし。そういう圢で寿江子ず家が持おれば盞圓の恒久性があるわけです。私が旅行したりする間も安心だし。出来るずうれしいず思いたす。家なんお劙なものね、もしこの話が実珟すれば、空想ずしお描いおいたような奜条件の圢が出珟するわけです。前かけのたた䜕でもなく䞀寞出られるような呚囲でなくおは䞀人ではやれるものでない、面倒くさくお。ホクホクしおもう手どりにでもしたようによろこぶのも早蚈ですから、私ももう笑われないうちひかえたしょう。もうたったひずこず、本圓に出来たらいいずお思いになるでしょう?" }, { "role": "assistant", "content": " 䞀昚日だったか皲ちゃんず栄さんずが来お、二月十䞉日には本圓に私の誕生日やるかず念を抌し、のばしたなんお云っちゃ駄目ですよ、ずニダニダしながら云いたした。䜕をしおくれるのでしょう。二十䞉日にしようかず思いたしたが、䜓がしゃんずしないからのばしたのですが。たのしみになりたした。これぞずいうもくろみであの人たちが䜕かしおくれるのは初めおです。私はこの調子から掚しおあなたからは盞圓のものをねだっおもいいらしいず思われたすがいかがでしょう。䜕をねだらしお䞋さるでしょう。䜙りゆっくりではないこずよ。どうぞお考えおき䞋さい。かぜ気味をお倧事に。病気をわるくしないおおがらをおくりものだず云われたら困る、謂わばそれにこしたものはないのだから、では又。\n\n 䞀月二十五日 〔巣鎚拘眮所の顕治宛 目癜より(封曞)〕\n\n 䞀月二十五日 第九信\n 二十䞉日に手玙を曞いお䞋すったのね、ありがずう。その前日あたりかず思っおいたずころでした。手玙を䞀行䞀行よみ進むうち、すぐ立っお出かけたいようになりたした。あなたはよく、あの懐しい懐しい物語[自泚2]をおがえおいらしたこず。小さな泉ずそこの掻溌な䜏人雄々しいきれいな小人のはなしは、い぀になっおも、どのような話しかたで話されおも、本来の愛らしさ、献身、よろこばしさの倱われるこずのない物語です。私は沢山のノァリ゚ヌション、かえ話を知っお居たす。芚えおいらしお? 激しい埅ちもうけの裡で眠っおいた泉が、初めお掻々ずした小人の魔法で段々目ざめ、やがお矎しい虹をかけながら湧き立っお来たずき、䜕ずも云えない呻り声で、びっくりした小人が芋たわしたら、泉守りの仙女が草の䞭に倱神しかけおいたずいうずころ。玠朎な仙女がよく描かれおいお、私たちは奜意をもっお笑いたしたね。\n おいしいものに぀いおの埡泚意もありがずう。党くおいしいものにも様々あり。\n 䜓枩衚のこず。それよりも、消燈・起床をやかたしく気を぀けた方が合理的のように思われたす、今の状態では。どうでしょう。だっお熱は五・九ぐらいから六・六の間にきたっおいお、それをずるのは、私には䜕だか只圢匏のようです。私は皮々のよくない習慣をもっおいるかもしれないけれども、䞀぀ほめられおいいこずは床に぀いお暪になっおからは、決しお本をよたないずいうこずです。床に入っおからは、い぀も仕事のこず、考えたり、芪しい物語を描いおいたりなかなか掻動的で、収穫も少くありたせん。だから燈なんかいらないの。消燈したっお心の䞭はずきによっおは光圩陞離の有様です。そういう動的状態でないずきは、父の二代目で、ベッドぞ入る、スタンドを消す、もうあずは前埌䞍芚。いずれにせよ十時消燈ずいう原則は守りたすし守っおも居りたす。どうか埡安心䞋さい。ほかの連䞭にかかわりなく、やっお居りたすから。\n い぀ぞやの連䜜手玙に぀いおの批評ありがずう。芞術家が、もし真の珟実ず人間生掻の諞関係、䟡倀の比をずらえたいず垌うなら、芏暡が倧であればあるほど無私でなければならないずいうこずが、益〻痛切にわかっお来たす。条件的な進歩性ずいうこずもよくわかる。これらの倧切な諞点に぀いおは、この間うちの手玙にもかいたように、぀づいた病気が埮劙に内的にも䜜甚しお、心理的に倉化したずころがありたす。ただ、こういう肉䜓の事情の䞋で或時期――恢埩期の敏感さ、感受性のするどさずいう感性的なものではなしに。歎史的正負を正しく蚭定するずいうこずは、栞の栞ず思えたす。それが出来る胜力があれば、すべおの小䞻芳性やその日暮しの䞭での䞖俗的目安の腰据えなどけし飛んでしたうのだから。いろいろ臥おいた間にもそういうこずを考えおいお、自身の脱皮に぀いお、自身ぞのきびしさに぀いお考えおいたずころぞかえっお来お「はたらく䞀家」盎の小説をよんで、粛然ずしおしたった。自分など、皲ちゃんなど、本圓に沈朜しお真面目に真面目に沈朜しおめの぀んだ小説をかかなければならないず思っお。䜕幎かの間絶えず䞀䜜家の䜎䞋力ずなっおいたものが勝利を占めお、䜜品のかげで悪魔的舌を突出しおいるのに、身に぀いおいるずか䜕ずかで、人間も四十になっお云々ずか自埗しおいるのは、もう箇人的な奜悪を絶しおいたす。こず終れり的です。\n 芞術家、人間の成長の過皋における正負ずいうものは、極めお耇雑でダむナミックであり、私はそのこずに぀いおもいろいろ自分の生掻から発芋したす。正負の健党な掌握ずいうこずには、粟神力の、運動神経の溌溂さが倧事ですからね。自分たちの生掻がいいものでなければならないず思うこずず、いいものであるずいうこずずは別であるし、同時に、゚ッセンスに挬けた暙本みたいないい生掻なんおあるものではないのだし。なかなか興味深いずころです。考えお芋れば去幎は苊しい䞀幎でしたが、本気で暮したおかげで、私の皮はどこか䞀ずころにしろピリずいっお、今はたのしみなずころがある。い぀からか文孊の仕事にふれお、私はよくもう䞀歩のずころが云々ず云っおいたでしょう? 二幎ぐらい前から。芚えおいらっしゃるでしょうか。本胜のようなものが、おがろげに䜕か感じおいたのですね、考えお芋れば。角床が(掘り䞋げおゆく)その頃぀かめなかった。前ぞ前ぞそういう颚だった。前ぞではなくお沈朜の方向が必芁であったわけでした。生掻の内容に文孊䞊の技術が远い぀かないように感じおそのこずを手玙でかいたこずもありたしたが、ああいうのは、やはり正圓に芋おいたせんでしたね。文孊的技術は完党ではないが、そう片蚀でもないので、生掻の内容を金しきずすれば、正しい力の平均でしっかり鎚がうちおろされおいなかったからであるず思う。ナリにもう䞀抌しずいうずころが欠けおいるように思われるが、ずいうあなたの蚀葉は䞀床ならず云われおいお、その郜床そのずきの理解䞀杯のずころでは考えおいたが、それも今にしおわかった、ずいうずころがありたす。人間の成長は䜕ずゞリゞリでしょう。そしおリアリスティックでしょう。\n きょうは曇りたした。火鉢なしでこれをかいおいるずテヌブルの朚肌がひやりずしたす。テヌブルの䞊には友達がくれた桜草の鉢ず玫スミレずがあっおあずはキチンず片づいお居りたす。そろそろ勉匷の気分で。\n 䞭野さんのずころの赀ちゃんは二十䞃日が生れる予定日だそうですが、重治さんはただ䞀本田です。お父さんを金沢の病院に入れるためにいろいろやっおいるそうです、病気は老幎ずの関係でしょうが、手術を必芁ずする摂護腺肥倧で癌のおそれある由。泉子さんは倧塚の病院で生むこずにしおあるそうですから安心です。おそい初産ですから泚意がいりたす。\n あなたの颚邪、どうぞ無事終了のように。こちらから、ただそういう衚珟でしかあらわせないから。毛糞のシャツ着おいらっしゃいたしたが、あれは今召したらもうすこし寒気がゆるむたで脱いではひきかえしたすね、きっず。二月も四日ごろ立春でしょう。䞉月に入るずいいこず、早く。空気の肌ざわりは二月䞋旬でもうちがいたすものね。バラは䜕色でしたろう。フリヌゞア、珍しくいい匂いでしょう? さっぱりしたいい匂いかぐず県の䞭が涌やかになるでしょう。袍着のこず、ああ云っおいらしたので気にかかりたす。悪寒がなすったのでしょうか。今でもスヌスヌですか? 呉々お倧切に。お願いいたしたす。二十䞃日にね。\n\n\n[自泚2]懐しい物語――ながい幎月の間には、いく぀もこういう詩集がやりずりされた。曞いたものず曞かれたものずの間にだけ発行された詩集。\n\n\n 䞀月二十九日 〔巣鎚拘眮所の顕治宛 目癜より(封曞)〕\n\n 䞀月二十九日 第十信\n 二十䞃日づけお手玙をありがずう。昚日栄さんが、二十五日にあっちぞおかきになった手玙芋せおくれお、党く通俗化した䞀䜜家が「成長」ずいう小説をかいおいるのには䞀笑したずいう意味のずころ、思わず倧笑いしたした。あれも愉快なお手玙でした。\n 力が぀いお来たこず、はっきりわかりたすか? もう倧分予埌の匱々しさが神経からもなくなっお来お居りたす。二十䞃日には埀きは目癜の埀来で拟っお乗りたしたが、かえりは倧通りたで歩いお、バスず電車でかえりたした、初めおの詊み。埃が䜙りひどくなければ、寒さそのものはもうこわくありたせん。氞い間、バスなどにのっおいお、ドスンずはねるず、あ、ず脇腹をおさえたい心持でいたから、この頃、すこしドスンずしお、神経だけ習慣ではっずするが、おなかの䞭はちっずも痛くないので䞍思議な䜍です。本圓に今幎はいいだろうず楜しみです。腹の䞭から䞍断に毒玠を発しおいたものがないずいうのはきっず倧したちがいだろうず思われたす。今のずころただそれほどにもないが。傷のあずなど劬っおいるから。傷そのものは小さい䞃八分のすこし赀みがかっおいる十字で、この頃は肉が凹んでいたのも殆どなおり、仰向にねたり、おふろに入っおいるずきなどすっかりすべすべず平らになりたした。傷の䞊の方に䜕かただしこりがあっお、それを党くちらしたら完成です。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、優れた文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「房ちゃん、芋えるかい」ず私が蚀っお芋た。\n「ああ――」ずお房は返事をしたが、やがお急に力を入れお、幌い頭脳の内郚が砎壊し尜されるたでは䌑めないかのように叫び出した。\n「母さん――母さん――母さんちゃん――ちゃん――ちゃん――ちゃん」\n この調子が可笑しくもあったので、看護のもの䞀同が笑うず、お房は自分でも可笑しく成ったず芋えお、めずらしく笑った。それから、ヒョットコの真䌌なぞをしお芋せた。\n 寝台の偎に附添っおいた人々は、喜び、笑った。お房も䞀緒に笑ううちに、逆䞊せお来たず芋えお、母芪の錻ずいわず、口ずいわず、目ずいわず、指を突蟌もうずした。枕も掻毮った。人々は皆な可懌しく思った。終には、お房は倧声に泣出した。\n こういう䞭ぞ、牛蟌の法孊士から私の子䟛が入院したこずを聞いたず蚀っお、蚪ねお来おくれた画家があった。君は浮䞖絵の方から出た人であった。君の女の児は幌皚園ぞ通う途䞭で、あやたっお電車のために匕き殺されたずいうこずで、それを私に泣いお話した。この可傷しい子䟛の倱い方をした画家は、絶えず涙で、お房の苊しむ方を芋おいた。\n 今はただ幌いものの死を埅぀ばかりである。こう私は二䞉の友達の蚱ぞ葉曞を曞いた。翌日はお房の呌ぶ声も匱っお来お、「かあちゃん、か――」ずか、「銬鹿ちゃん、銬」ずか、きれぎれに僅かに聞えるように成った。家の方も案じられるので、私は皆川医孊士に子䟛のこずを頌んで眮いお、それからちょっず倧久保ぞ垰った。\n 攟擲しお眮いた家の䞭はシンカンずしおいた。裏に䜏む女教垫なども病院の方の様子を聞きに来た。寂しそうに留守をしおいた姪は、留守䞭に蚪ねおくれた人達だの、皮々な郊倖の出来事だのを話しお、぀いでに、黒が怍朚屋の庭の裏手にある宀の䞭で四匹ばかりの子䟛を産んだこずを蚀出した。幟床饑え、幟床殺されそうにしたか解らないこの死に損いの畜生にも、人が来お頭を撫でお、加に、食物たでも宛行われるような日が来た。\n 私は庭に出お、子䟛のこずを考えお、ボンダリず眺め入った。暹朚を隔おた怍朚屋の勝手口の方では、かみさんが障子を開けお、\n「黒――来い、来い、来い」\n こう呌ぶ声が聞えた。\n 二晩ばかり、私は家の方に居た。その翌る晩も、知らせが有ったら盎に病院ぞ出掛ける積りで、疲れお眠っおいるず、遅くなっお電報を受取った。\n「ミダクハゲシ、スグコむ」\n ずある。九時半過ぎた。病院ぞ着く前に最早あの厳重な門が閉されるこずを思っお、入るこずが出来るだろうかずは思ったが、䞍取敢出掛けた。远分たで車で急がせお、そこで私は電車に移った。新宿の通りは皲荷祭のあるころで、提灯のあかりが電車の窓に映ったが、そのうちに雚の音がしお来た。濡れお光る倜の町々の灯――癜い灯――玅い灯――電線の䞊から萜ちる青い電光の閃き――そういうものが窓の玻璃に映ったり消えたりした。寂しい雚の䞭を通る電車の音は䜙蚈に私を疲れさせた。車の䞭で私は前埌を知らずにいるこずもあった。時々県を芚たすず、あのお房が䞀週間ばかり叫び぀づけに叫んだ焊々した声が耳の底にあった。\n「母さん――母さん――母さん――母さん――」\n 私は自分の頭脳の䞭であの声を聞くように成った。同時に病院ぞ行けば最早お房はむケナむかしらんず、思いやった。須田町で本郷行に乗換えた。䞇䞖橋のずころに立぀凱旋門は光っお芋えたかず思うず埩た闇に隠れた。\n 暗い時蚈台の䞋あたりには埀来する人もなかった。私は門の倖から呌んで芋た。その時、門番が起きお来お、私の名を呌んで、それから厳しい門を開けおくれた。\n「どうしお私のこずを埡存じでしたか」ず私は嬉しさのあたりに聞いお芋た。\n「ナニ、断りが有りたしたからネ」ず門番が蚀った。\n 小児科の入口も堅く閉っおいた。内の方で圓番らしい女の声がしお、やがお戞が開いた。分宀ぞ通う廊䞋のあたりは、亜鉛葺の屋根にそそぐ雚が寂しい思を䞎えた。看護婊宀の前で幎をずった看護婊に逢ったきり、他には誰にも逢わなかった。やがお私は長い廊䞋を突圓ったずころにある宀の前に立った。\n「駄目かナ」\n ず戞の倖で思った。\n 劙に私は手が震えた。䞀目に子䟛の運呜が芋られるような気がしお、可恐しくお、戞が抌せなかった。思い切っお開けお芋るず、お房はすこし沈着いおスダスダ眠っおいる。\n 翌朝は殊にワルかった。子䟛の顔は火のように熱した。それを芋るず、病の重いこずを思わせる。\n「母さん䜕凊に居るの?」ずお房は探すように蚀った。\n「歀凊に居るのよ」ず母は偎ぞ寄っおお房の手に自分のを握たせた。\n「そう......」ずお房は母の手を握った。\n「房ちゃん、芋えないのかい」\n ず母が尋ねるず、お房は点頭いお芋せた。その朝からお房は県が芋えなかった。\n この子䟛の枕しおいる窓の倖には、根元から二぀に分れた倧きな怎の暹があった。それず䞊んで、二本の暫の暹もあった。若々しい暫の緑は髪のように日にかがやいお芋え、怎の方は暗緑で、茶耐色をも垯びおいた。その青い、暗い、寂びきった、䜕癟幎経぀か解らないような怎の暹蔭から、幟矜ずなく小鳥が飛出した。その朝たで、私達は塒ずは気が付かなかった。\n 燕も窓の倖を通った。田舎者らしい附添の女はその方ぞ行っお、眺めお、\n「ア――燕が来た」\n ず䜕か思い出したように蚀った。䞁床看護婊が来お、お房の枕頭で枩床衚を芋おいたが、それを聞咎めお、\n「燕が来たっお、そんなにめずらしがらなくおも可かろう」ず戯れるように。\n「房ちゃんのお迎えに来たんだよ」ず附添の女は窓に倚凭った。\n「たたそんなこずを......」ず看護婊が叱るように蚀った。\n「しかし、病院ぞ燕が来るなんお、めずらしいんですよ」\n こう附添の女は家内の方を芋お、蚛のある蚀葉で蚀っお聞かせた。その日、お房の髪は䞭倮から埌方ぞかけお切捚おられた。あたり毛が厚すぎお、頭を冷すに䞍䟿であったからで。お房は口も自由に利けなかったがただそれでも枕頭に積重ねおある毛糞のこずを忘れないで、「かいずオ、かいずオ」ず蚀っおいた。時々痰の咜喉に掛かる音もした。看護婊はガアれで子䟛の口を拭っお、薬は筆で飲たせた。最早口から飲食するこずもムツカシかった。鶏卵に牛乳を混ぜお、滋逊朅腞ずいうをした。\n 皆川医孊士を始め、医局に居る孊士達はかわるがわる回蚺に来た。時には、孊生らしい人も䞀緒に随いお来た。看護婊だの、身内のものだのが取囲いおいる寝台の偎に立っお、皆川医孊士はその孊生らしい人にお房の病状を説明しお聞かせた。そしお、子䟛の足を撫でたり、腹郚を指しお芋せたりした。孊生らしい人は又、こういう時に経隓しお眮こうずいう颚で、孊士の説明に耳を傟けおいた。孊士達の䞭には、ただ幎も若く、ここぞ来たばかりで、冷静に成ろう成ろうず勉めおいるような人もあった。\n 病院ぞ来お二週間目にあたるずいう晩には、お房は最早耳もよく聎えなかった。唯、物を蚀いたそうにする口――䞋唇を突出すようにしお、息づかいをする口だけ残った。過床の疲劎ず、睡眠の䞍足ずで、私達は半分眠りながら看護した。倜の二時半頃、私は亀代で起きお、附添の女や家内を䌑たせたが、二人は暪に成ったかず思うず盎に死んだように成っお了った。どうかするず、私も病人の寝台に身䜓を持たせ掛けたたた、たるで無感芚の状態に居るこずもあった。" }, { "role": "assistant", "content": " 翌朝に成っお、附添の女は私達の為に賄の膳を運んで来た。\n「オむ、その膳をここぞ持っお来おくれ」ず私は家内に蚀付けた。\n「子䟛が死んで、芪ばかり残るんでは、なんだか勿䜓ない――今朝はここで食おう」\n 膳には、麩の露、銙の物などが付いた。私達は窓に近い板敷の䞊に盎に坐っお、そこで朝飯の膳に就いた。\n 回蚺は十時頃にあった。医孊士達は看護婊を連れお、倚勢で病人の様子を芋に来た。終焉も遠くはあるたいずのこずであった。午埌たでも保぀たいず蚀われた。前の日たで、お房が顔の半面は痙攣の為に匕釣ったように成っおいたが、それも元のたたに埩り、口元も平玠の通りに成り、黒い髪は耳のあたりを掩うおいた。湯に浞したガアれで、家内が顔を拭っおやるず、急に血色が頬ぞ䞊っお、黄ばんだうちにも玅味を垯びた。痩せ衰えたお房の容貌は眠るようで子䟛らしかった。\n よく芚えお眮こうず思っお、私は子䟛の傍ぞ寄った。家内はお房の髪を湿しお、それを櫛でずいおやった。それから、山を䞋りる時に着せお連れお来たお房の奜きな袷に着曎えさせた。呚囲には「姉さん達」も集っお来おいた。死は次第にお房の身に䞊るように芋えた。\n こうなるず、甚意しなければならないこずも倚かったので、それから倕方たで私は子䟛の傍に居なかった。やがお最早息を匕取ったろうか、そんなこずを思いながら、病院の方ぞ急いで芋るず、ただお房は静かに眠る状態である。小鳥も塒に垰る頃で、幟矜ずなく怎の暹の方ぞ飛んで来た。窓のずころから眺めるず、癜い服を着た看護婊だの、癒りかけた患者だのが、圌方歀方ず庭の内を散歩しおいる。孊士達は消毒衣のたたで、緑蔭にテニスするさたも芋える。ここぞお房が入院したばかりの時は、よく私も勧められおテニスの仲間入をしたものだが、最早ラッケットを握る気にも成れなかった。\n お房の県の䞊には、眞が疲れるず蚀っお、硌酞に浞した癜い垃が芆せおあった。時々痙攣の起る床に、呌吞は烈しく、胞は波う぀ように成った。頭も震えた。もはや終焉か、ず思っお䞀同子䟛の呚囲に集っお芋るず、埩たいくらか収っお、眠った。\n 倕日は宀の内に満ちた。庭に出お遊ぶ人も䜕時の間にか散っお了った。䞍忍の池の方ではちらちら灯が点く。私達は、半分死んでいる子䟛の傍で、この静かな倕方を送った。\n お房は眠り぀づけた。看護の人々も疲れお暪に成るものが倚かった。倜の九時頃には、私は独り電燈の䞋に怅子に腰掛けおお房の烈しい呌吞の音を聞いおいた。堪えがたき疲劎、心痛、悲哀などの混り合った空気は、このゎロゎロ人の寝おいる病宀の内に満ち溢れた。隣の宀の方からは子䟛の泣声も聞えお来た。時々お房の傍ぞ寄っお、県の䞊の癜い垃を取陀いお芋るず、子䟛の顔は汗をかいお玅く成っおいる。胞も高く螎っおいる。\n 䞊野の鐘は暗い窓に響いた。\n「我もたた、䜕時たでかあるべき......」\n こう私は繰返しお芋た。\n 分ち䞎えた髪、瞳、口唇――そういうものは最早二床ず芋るこずが出来ないかず思われた。無際無限のこの宇宙の間に、私は唯茫然自倱する人であった。\n 看護婊が入っお来た。䜓枩をはかっお芋お、急いで衚を携えお出お行った。䜕時の間にか家内は寝台の向偎に跪いおいた。私はお房の现い手を握っお脈を捜ろうずした。火のように熱かった。\n「脈は有りたすか」\n「むむ、有るは有るが、乱調子だ」\n こんな話をしお、私達は耳を柄たしながら、子䟛の呌吞を聞いお芋た。\n 急に皆川医孊士が看護婊を随えお入っお来た。孊士は掋服の隠袖から反射機を取出しお、それでお房の目を照らしお芋た。䜕を芋るずもなしにその目はグルグル廻っお、そしお血走った苊痛の色を垯びおいた。孊士は深い溜息を吐いお、やがお出お行っお了った。\n 倢のように窓が癜んだ。猛烈な呌吞ず呻声ずが私達の耳を打った。附添の女は走っお氷を探しに行った。お房の気息は匕いお行く「生」の朮のように聞えた。最早声らしい声も出なかったから、せめお最埌に聞くかず思えば、呻声でも私達には嬉しかった。死は䞀刻々々に迫った。私達の県前にあったものは、半ば閉じた県――尖った錻――力のない口――蒌ざめお石のように冷くなった頬――呻声も呌吞も終に聞えなかった。\n 数時間経っお、お房が入院䞭䞖話に成った瀌を述べ、又、別れを告げようず思っお、私は医局ぞ行った。その時、倧きなテ゚ブルを取囲いた孊士達から手厚い匔蟞を受けた。濃情な皆川医孊士は、お房のために和歌を䞀銖䜜ったず蚀っお、壁に懞けおある黒板の方を指しお芋せた。猶、埋葬の日を知らせよなどず蚀っおくれた。\n 看護婊や附添の女にも別れお、私はショりルに包んだお房の死䜓を抱きながら、車に乗った。他のものも車で埌になり前になりしお出掛けた。本郷から倧久保たで乗る長い道の間、私達は皆な疲劎が出お、車の䞊で居眠を仕続けお行った。\n お菊ず違っお、姉の方は友達が倚かった。私達が倧久保ぞ入った頃は、到る凊に咲いおいる癟日玅のかげなぞで、お房ず同幎䜍の短い着物を着た、よく䞀緒に遊んだ嚘達にも逢った。ガッカリしお私達は自分の家に垰った。\n「貎方は男だから可う埡座んすが、こちらの叔母さんが可哀そうです」\n 匔いに来る人も、来る人も、皆な同じようなこずを蚀っおくれた。留守を頌んで眮いた甥はたた私の顔を眺めお、\n「私も家のや぀に子䟛でも有ったら、よくそんなこずを考えたすが、しかし叔父さんや叔母さんの苊むずころを芋るず、無い方が可いかずも思いたすね」\n ず蚀っおいた。\n こうしお埩た私の家では葬匏を出すこずに成った。お房のためには、長光寺の墓地の郜合で、二人の効ず僅か離れたずころを択んだ。子䟛等の墓は間を眮いお䞉぀䞊んだ。境内は暹朚も倚く、嚘達のこずを思出しに行くに奜いような堎凊であった。葬匏の埌、家内は姪を連れおそこぞ通うのをせめおもの心やりずした。\n 子䟛の亡くなったこずに就いお、私は方々から手玙を貰った。殊に同じ経隓があるず蚀っお、長く長く曞いお寄しおくれた雑誌蚘者があった。君ずは久しく埀来も絶えお了ったが、その手玙を読んで、䜕故に君が今の䜏居の䞍䟿をも忍ぶか、ずいうこずを知った。君は子䟛の墓地に近く䜏むこずを唯䞀の慰藉ずしおいる。\n 䞍思議にも、私の足は嚘達の墓の方ぞ向かなく成った。お繁の亡くなった頃は、私もよく行き行きしお、墓畔の詩趣をさえ芋぀けたものだが、䞀人死に、二人死にするうちに、劙に私は墓参りが苊しく可懌しく成っお来た。\n「父さんは薄情だ――子䟛の墓ぞお参りもしないで」\n よく家のものはそれを蚀った。\n 私も行く気が無いではなかった。幟床か長光寺の傍たで行きかけおは芋るが、䜕時でも止しお戻っお来た。䜕ずなく私は眩暈しお、そこぞ倒れそうな気がしおならなかった。\n 寄るず觊るず、私の家では嚘達の話が出た。最早お繁の肉䜓は腐っお了ったろうか、そんな話が出る床に、私は蚀うに蚀われぬ倉な気がした。\n 家内は姪を぀かたえお、\n「房ちゃんや菊ちゃんが二人ずも達者で居る時分には、よく繁ちゃんのお墓ぞ連れおっお桑の実を摘っおやりたしたッけ。繁ちゃんの桑の実だからッお教えお眮いたもんですから、行くず、繁ちゃん桑の実頂戎ッお断るんですよ。そうしちゃあ、二人で頂くんです......あのお墓の埌方にある桑の暹は、背が高いでしょう。だもんですから、母さん摘っお䞋さいッお蚀っちゃあ......」\n 皮倫に乳を呑たせながら、こんな話を私の傍でする。姪はたた姪で、お房やお菊のよく歌った「玫におう董の花よ」ずいう唱歌を歌い出す。\n「オむ、止しおくれ、止しおくれ」\n こう蚀っお、私は子䟛の話が出るず、他の話にしお了った。\n 山から持っお来た私の仕事が意倖な反響を䞖間に䌝える頃、私の家では最も惚柹たる日を送った。ある朝、私は新聞を懐にしお、界隈ぞ散歩に出掛けた。䞁床日曜附録の附く日で、ぶらぶらそれを読みながら歩いお行くず、䞭に麹町の方に居る友達の寄皿したものがあった。メレゞコりスキむが『トルストむ論』の䞭からあの露西亜人の面癜い話が匕いおあった。それは、芜生を摘んだら、芪朚が䜙蚈成長するだろうず思っお、芜生を摘み摘みするうちに、芪朚が枯れお来たずいう話で、酷く私は身にツマされた。ドシドシ新しい家屋の建っお行く郊倖の光景は私の県前に展けおいた。私は、䜕の為に、山から劻子を連れお、この新開地ぞ匕移っお来たか、ず思っお芋た。぀くづく私は、努力の為すなく、事業の空しきを感じた。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 䞉十男の金五郎は、自分にかかる疑いを極床に恐れお、ワクワクしながらこれだけのこずを蚀いきりたした。\n「ひどくはっきりしおいるんだね――ずころで、お由良をうんず怚んでいる者があるはずだが、心圓りはないのか」\n「怚んでいるずすれば、お関母子でございたしょう。あの幟束ずいう男は子䟛のずき飯事みたいな話でしょうが、倫婊玄束たでしたそうで、長いあいだお由良を぀け廻しおいたしたよ。それを五月蠅がっお、䞀床はっきり断ったそうで、幟束はそれっきり柳屋ぞ来たせんが、その代り気が少し倉になったずかで、ずうずう海老床も止したず聞きたした」\n「それっきりか」\n「ペヌ」\n 金五郎は䞍安ず恐怖にさいなたれおいる様子で、ゆうべお由良を跟けおいた者にも気が付かず、それ以䞊は䜕を蚊いおも芁領を埗たせん。\n もう䞀人、お由良を぀け廻した倧工の若吉は、四五日前から䜐倉の普請ぞ行っお留守。\n「お由良の講䞭で残るのは、八、お前ばかりだぜ」\n「ペヌ」\n「ペヌじゃないよ、昚倜どこぞ行ったんだ。真っすぐに癜状しな」\n「驚いたなどうも。――芪分のずころで碁を打っおたじゃありたせんか」\n「あ、そうか、それで安心したよ。お前はたしかに䞋手人じゃね゚」\n「冗談じゃありたせん」\n 八五郎たこずにさんざんです。\n「だが、倖の男は、こっちから抌し掛けお行っお、埌腐れのないように断ったお由良が、八五郎だけは懐に突っ匵っおいる十手の手前もあるから、今日半日神劙に付き合っおよ、倩神様の藀を眺めながらお前に止めを刺そうずいう段取りだったのさ。台詞はこうだ――八五郎さんずは倫婊玄束をした芚えはないから、これから逢っおも口もきかないように――ずな」\n「ぞッ」\n 八五郎は照れ隠しに錻を撫であげたす。\n 平次は時を移さず飯田町の䌊勢屋ぞ飛んで行きたした。\n「䞻人の治䞉郎はいるかい、俺は神田の平次だが――」\n「ペ、私がその治䞉郎でございたすが――」\n 垳堎で心も空の算盀を匟いおいるのは、䞉十五六の青癜い䞭幎男。意気地のないような、そのくせ䞀囜者らしい治䞉郎でした。\n「お由良の死んだこずは知っおるだろうな」\n「ペ――」\n それを承知の䞊、玠知らぬ顔で算盀を匟かなければならぬ治䞉郎の心持は、平次にも解りたせん。\n「それをどう思う」\n「ペ」\n「店の者のいないずころで、ゆっくり話を聎きたいが――」\n 平次は四方に県を光らす手代や䞁皚たちの顔を芋枡しお、ずうずうこうきり出さなければなりたせんでした。\n「それではどうぞこちらぞ――」\n 奥の䞀ず間、店の者の県の及ばないずころに行くず、平次は改めお蚊きたした。\n「お由良は殺されたんだが心圓りはないのか――打ち明けお話しお貰いたいが――」\n「そのこずでございたす、芪分さん。奉公人たちの手前、私は我慢に我慢をしおおりたすが、朝から真っ暗な心持で、この先どうしお生きおいいか芋圓も付きたせん」\n「............」\n 治䞉郎の蚀葉はようやくほぐれたした。\n「お由良は内蚌にしおおいおくれず、堅く口止めしたしたが、実は明日にもお由良を匕取っお、内祝蚀するはずでございたした。店の者にも内々申し聞かせ、出入りの酒屋、魚屋、鳶頭にも話しお、内々仕床をしおいるず、あの隒ぎでございたす。私はもう、どうしおいいかこの先、生きお行く匵合いもないような心持でございたす」\n「............」\n 治䞉郎の涙声になった愚痎を聎きながら、平次はチラリずガラッ八に県配せしたした。治䞉郎の蚀ったこずを、店の者や出入りの商人たちに確かめさせる心算でしょう。ガラッ八は早くもその意嚮を察するず、よく銎れた猟犬のように玠早く座をはずしお、どこかぞ行っおしたったのです。\n「誰があんな惚たらしいこずをしたかわかりたせんが、どうか、敵を蚎っお䞋さい。お願いでございたす、芪分」\n「お由良を殺したのは誰だろう、芋圓くらいは付かないものかな」\n 平次は脈を匕きたした。\n「なにぶんあの通り、人気者のお由良でございたしたから――」\n 治䞉郎にも芋圓は付かない様子です。\n「ゆうべはお由良に逢わなかったのか」\n「逢いたせん、――あず二䞉日の蟛抱で、ここぞ来お貰えるず思いたしたので、宵からこの郚屋に匕籠っお、垳面の調べをいたしたした」\n 最埌の晩に逢えなかった悲しみが、治䞉郎をさいなむ様子です。\n そんなこずで切䞊げお、䌊勢屋を出た平次は、路地の倖でハタず心埗顔のガラッ八に逢いたした。\n「芪分、治䞉郎の蚀う通りだ。祝蚀は明埌日に決たっおいたしたぜ。柳屋の芪爺は䞍承知だったが、それはいずれ金で承服させる心算だったんでしょう」\n「ゆうべ治䞉郎は倖ぞ出なかったのか」\n「晩飯が枈むず、婚瀌前に垳面を調べるからず、䞀人で奥ぞ匕っ蟌んだそうですよ」\n「今たでそんなこずがあったのか」\n「時々あったようです。十日に䞀床ずか、䞀ず月に䞀床ずか」\n「さおここたで来おみるず、お由良を殺しそうなのは䞀人もないじゃないか。どうしたもんだろうな八」\n 平次も少し持お䜙した様子です。\n「氎道橋ぞ匕返したしょう。お関母子が䞀番臭いじゃありたせんか」\n\n五\n\n 氎道橋ぞ匕返すず事件は急展開をしおおりたした。\n お関ず幟束の様子が倉なので、倚勢の子分に芋匵らせおいた元町の仙倪は、お関が貧乏埳利の酒を川に捚おるずころを芋付けお、有無を蚀わせず、母子を瞛っお番屋ぞ匕立おおしたったずいうのです。\n「銭圢の兄哥、気の毒だが䞀ず足先に䞋手人を瞛っおしたったよ。お関が川ぞ捚おた酒の䞭には、石芋銀山ずいったような毒が入っおいたに違いない、――倅の幟束の気が倉になったのは、お由良のせいだから、昚倜ヌケヌケず瞁切り話に来たお由良に、毒を盛る気になったのも無理はないよ」\n 元町の仙倪は埗々ずしお蚀うのです。\n「ゆうべお由良が来るず解っお、毒を甚意したのかな」\n「さア、そこたでは刀らないが――」\n 平次の投げた疑問の重倧さを、元町の仙倪は消化しきれない様子です。\n「お由良の肩の斑点を、俺は撲った傷だず思うよ――毒で死んだのなら、口の䞭がどうかなっおいるはずだし、胞のあたりにも斑点が出るはずだ」\n 平次は぀づけお疑問を投げたした。\n「そんなこずもあるだろうよ。だが銭圢の、お関は癜状しおいるんだぜ」\n「えっ」\n「お由良は昚倜亥時(十時)過ぎに、お関母子のずころぞ来お、あんたりひどいこずを蚀うから、腹を据え兌ねお毒の入っおいる酒を呑たせたずいうんだ」\n「埅っおくれ元町の、そい぀は倧倉な番狂わせだが、俺が考えおいた筋道ずはたるっきり違っお来る。――お関母子に逢わせおくれないか」\n「いいずも」\n 平次は仙倪ず䞀緒に、その足で番所たで䌞したした。\n お関ず幟束は厳重に瞛られお、口曞きを取っお奉行所に送られるばかりになっおいたしたが、銭圢平次はその瞄を解かせお、さお問い進むのです。\n「お由良に毒を飲たせた――ず蚀うそうだが、その毒はどうしお甚意したんだ。ゆうべお由良の来るのが解っおいたずでもいうのか」\n「芪分さん、聎いお䞋さい――お由良の母芪ず私は幌な銎染で、お由良は幟束ず䞀緒に育ちたした。お互に蚀い亀さなくずも、倧きくなったら䞀緒にず芪同士の蚀ったこずを聎いおいるのに違いありたせん」\n お由良ず幟束が、幌な友達ずいう埒を越えお、楜しい将来を倢みる間だったこずは、お関の説明をた぀たでもなく明らかなこずです。\n そのお由良が次第に賢く冷たくなっお倚勢の男たちにチダホダされるに埓っお、䞋剃の幟束を疎たしく芋たのはたこずに自然な成行きで、幟束がそれを悲芳しお、極床の憂鬱症に陥ったのも考えられるこずでした。\n 䞖垯の苊劎に、虐げ抜かれたお関が、倅の憂鬱症を救う唯䞀の道ずしお、母子心䞭を䌁おたこずも、たた考えられない節ではありたせん。\n「私ず幟束ず、䞀緒に死んでしたえば、それで垂が栄えるでしょう。生きおいる楜しみも望みもない母子が、死ぬ気になったのは無理でしょうか。石芋銀山の錠取りを酒で呑んで、䞀緒に死ぬ気でいたしたがいざずなっお石芋銀山が手に入らなかったので、本郷䞉䞁目の生薬屋で、附子を買っお来お酒に入れ、幟束ず二人で呑んで死ぬ心算でいるずころぞ、いきなりお由良が飛び蟌んで来たした」\n「............」\n「お由良は少しは酔っおいる様子でしたが、――近いうちに䌊勢屋ぞ嫁くこずになったから、叀い関係はないこずにしお、これから道で逢っおも口を利かないかも知れない。私も倧家の嫁になるんだから、それくらいのこずは我慢しおくれず、自分勝手なこずを蚀いたす」\n「............」\n「どうせ死ぬ気の母子ですから、腹が立ちながらもいい加枛にあしらっおいるず、すっかり有頂倩になっお、私たち母子が死ぬために甚意した酒を、湯呑に泚いで、アッず蚀う間に二杯も立お぀づけに呑んでしたいたした。――私も幟束もあっけに取られお芋おいるず、お由良は蚀いたいだけのこずを蚀っお、フラフラず出お行きたした。酒の䞭にはうんず附子が入っおいたす。私は心配でたたらないから、そっず埌を跟けお行くず――」\n「すぐ埌を跟けたのか」\n 平次は蚀葉を挟みたした。\n「いえ、ほんの煙草を二䞉服ほどの間はありたした。――お由良の埌を跟けるずもなく氎道橋ぞ行くず――橋の欄干に凭れお死んでいるのが、ツむ今しがた私の家を出お行ったお由良じゃありたせんか」" }, { "role": "assistant", "content": " お関はその時の事を思い出したか、ゎクリず固唟を呑みたす。\n「それからどうした」\n ず平次。\n「月の光に照らされた死顔を芋るず、私は急に死ぬのが怖くなりたした。――ここでお由良の死骞が芋付かるず、私ず幟束に疑いがかかるず思ったので、恐々ながら、橋の欄干の間を朜らせお、お由良の死骞を川ぞ萜しおしたいたした」\n「その時、死骞が橋架か氎陀けか䜕かに匕っ掛らなかったのか」\n「いえ、真っすぐに氎の䞭ぞ萜ちたしたよ。――倧きな音を立おお――私は倧急ぎで垰っお来お、たんじりずもせずに明かしおしたいたしたが――」\n お関の蚀うのは、本圓でしょう。今は死の恐怖から解攟されお、どうずもなれずいった捚鉢な気持が、疲れ果おた五十女の、自癜ずなった様子です。\n\n六\n\n「芪分」\n「どうした八」\n「本郷䞉䞁目の生薬屋じゃ、お関ぞ附子なんか売らないっお蚀っおいたすよ」\n「?」\n ガラッ八の報告は平次にも予想倖です。\n「お関は――錠が倚いから、石芋銀山の代りに附子を欲しいず蚀っお来たが、ひどく突き詰めた様子だし、橋の袂で駄菓子を売っおいるお関の苊劎も知っおいるから、うっかり毒薬を売るわけにも行かず、番頭ず盞談しお、附子だず蚀っお、実は砂糖を売ったず――手代が蚀うんです」\n「本圓かい、それは?」\n あたりのこずに平次も驚きたした。\n「番頭も手代も蚀うんだから、り゜じゃないでしょう」\n「するず、お関母子は砂糖酒を呑んで死ぬ心算だったんだね」\n「たア、そんなこずですね」\n「そしお、お由良は砂糖酒で死んだこずになるわけだ」\n「............」\n「八、こい぀は面癜くなっお来たぜ。もういちど振出しに戻っお、やり盎しだ」\n「どこぞ行くんで? 芪分」\n「柳屋を調べなかったのが手萜だよ。来るか、八」\n「ペ――」\n 二人は飯田町に飛びたした。柳屋はお由良の死骞を持蟌んで、ひず方ならぬ混雑でしたが、お勝手口からそっず滑り蟌んだ平次ずガラッ八は、芪爺の匥吉を物蔭に呌んで、䞀生懞呜の調べを始めたのです。\n「お由良の敵を蚎ちたいずは思わないのか」\n 平次の問いは唐突ですがこの䞊もなく効果的でした。\n「それは蚀うたでもございたせんよ、芪分さん」\n「それじゃ、誰が䞀番お由良を怚んでいたか、そい぀を聎かしおくれ」\n「そい぀は申し兌ねたすが、――どうしおも蚀えずおっしゃれば――やはり気が倉になるほど思い詰めた幟束じゃございたせんか」\n「お由良が死んで困るのは?」\n「私ず䌊勢屋さんでございたすよ。私はたア芪ですから圓り前で、䌊勢屋さんの方はあんなに仕床をしお埅っおいたのですから、お由良が死んで、どんなにがっかりなすったでしょう」\n「そんなものかな――ずころで、䌊勢屋は本圓にお由良に打ち蟌んでいたに違いあるたいな」\n 平次はせき立おられるような調子です。\n「䌊勢屋さんから、倧倉な起請が入っおいたしたよ、お由良は虎の子のように倧事にしおいたしたが」\n 匥吉が持っお来たのは、治䞉郎の曞いた型のごずき起請でその文句は、\n\n\n二人の倫婊玄束は神かけおのものだから、䞇䞀倉改のあった時は、お互の身䞊を䞀぀残らず盞手にやる――\n\n\n ずいった厳しいこずが曞いおあるのです。\n「䜕ずいうこずだ。銬鹿銬鹿しい」\n ガラッ八が危うく砎っお捚おそうにするのを、平次は蟛くも止めたした。\n「そい぀が面癜いんだよ。――もっずも、それほどの玄束があっおも、肝腎のお由良が死んでしたっちゃ䜕にもならないが――」\n「党く、芪分のおっしゃる通りでございたす。どんな蚌文があったずころで、本人が殺されたんじゃ䜕にもなりたせん」\n 匥吉の愚痎が際限もなく発展しそうなのを倖らしお平次ずガラッ八は倖に飛び出したした。\n「どうしたもんでしょう、芪分」\n ガラッ八は袋路地ぞ逃げ蟌んだ野良犬のような顔をしおいたした。\n「だんだん刀っお来るじゃないか――もういちど氎道橋ぞ行っおみるずしよう」\n 平次は氎道橋ぞ来るず、橋の袂を捜しお手頃な沢庵石ほどの石を芋付けたした。\n「芪分、そんな石をどうするんで?」\n「こい぀を手拭に包むのさ、――その手拭の端っこを持っお、力任せに振廻したら、どんなこずになるず思う」\n「あぶないね、芪分」\n「お由良はこの石でやられたんだろう。お関は死骞を真っすぐに氎に萜したずいうが、死骞の銖から肩ぞかけおの斑点が倉じゃないか――たぶん声をも立おずに、あっず蚀う間に死んでしたったこずだろう」\n「............」\n「橋の欄干の䞋に倒れおいるず、そこぞお関が来お、おっきり毒酒にやられたず思っお、欄干の䞋を朜らせお氎ぞ萜した――」\n 事件の茪郭が次第に明癜になっお行きたす。\n「するず芪分――」\n「お由良を殺したのは、宵からお由良を跟けおいた奎だ――人知れず家を脱け出せる人間だよ――そんな郜合の良い家に䜏んでいるのは、八五郎ず――」\n「芪分」\n「もう䞀人あるはずだ」\n 平次はそう蚀いながらもういちど飯田町に匕返すず、䌊勢屋に飛び蟌んで䞻人の治䞉郎を瞛っおしたったのです。\n「あ、芪分。私じゃない、私は」\n「黙れッ」\n 平次が取合いそうもないず芋るず、\n「お由良は恐ろしい女でした。あい぀を殺さなきゃ、私が殺されるか身䞊を奪られたに違いありたせん。芪分、どうぞお芋逃しを願いたす。そのお瀌には」\n「そんなこずはお癜掲で蚀えッ」\n 平次は耳にも入れようずしたせん。\n\n *\n\n 治䞉郎を送っおから、ガラッ八はたたり兌ねお平次に絵解きをせがみたした。\n「あっしには少しも刀らない。どうしお治䞉郎は明埌日は祝蚀ずいう間柄のお由良を殺したんです」\n「うっかりお由良の才智に匕っ掛った治䞉郎は、䞭幎者だけにいろいろ考えたのさ。第䞀、あんな起請文を商人が曞くずいうのは無法だ。うっかり治䞉郎に萜床があっお砎談になれば、䌊勢屋の身䞊をお由良父子に巻き䞊げられるじゃないか」\n「ペヌ」\n「治䞉郎は怖くなったが、お由良ず別れる手段も口実もない。そこで――お由良に蚀い寄った男が倚いようだが、祝蚀しおからそんな男に因瞁を぀けられおは困る――ず蚀い出した」\n「............」\n「お由良はそれを聞くず、今たで念入りに愛嬌をふりたいおいた男や、執念深く自分を぀け廻しおいた男のずころぞ、片っ端から抌しかけお瞁切り話を叩き぀ける代り、すぐ祝蚀しおくれず治䞉郎に持ちかけたのさ」\n「............」\n「治䞉郎はあの晩柳屋ぞ行っおお由良に逢い、その話を聎かされお女のヌケヌケした調子に心から嫌になった。――念のために埌を぀けお歩くず、お由良は䞀軒䞀軒男を蚪ねお、キビキビず片付けお歩いた䞊、先々で䞀杯ず぀匕っかけお、氎道橋ぞ来た時は女のくせに倧虎だ」\n「............」\n「こんな女ず無理に䞀緒になるこずを考えるず、治䞉郎は心の底から怖くなった。お由良が酔っお正䜓のないのを幞い、手拭に石を包んで二぀䞉぀喰らわせ、息の絶えるのを芋定める隙もなく逃げ出した。――人の跫音を聞いたんだろう。その跫音が母子心䞭をやり損ねたお関だったのさ」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、高品質な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「そんなトロクサいこずじゃ、ダチカン」ず森圊が蚀った。「満掲行ず定めたら、盎ぐに出掛ける䜍の勇気が無けりゃ」\n「俺も身䜓は匷壮だしナ」ず実はそれを受けお、「家の仕末さえ぀けば、明日にも出掛けたいず思っおる」\n「埌はどうにでも成るサ。私も居れば、䞉吉も居る」\n「むう――匕受けおくれるか――難有い。それをお前達が承知しおくれさえすれば、俺は安心しお発おる」\n こういう倧人同志の無造䜜な話は、お俊を驚かした。圌女は父の方を芋た。父は现かく曞いた勘定曞を出しお叔父達に瀺した。倚幎の間森圊の胞にあったこずは、䞀時に口を衝いお出お来た。この叔父は「兄さん」ずいう蚀葉を甚いおいなかった。「お前が」ずか、「お前は」ずか蚀った。そしお、声を䜎くしお、父の顔色が倉るほど今日たでの行為を責めた。\n お俊はどう成っお行くこずかず思った。堪忍匷い父は黙っお森圊叔父の鞭韃を受けた。この叔父の癖で、蚀葉に力が入り過ぎるほど入った。それを聞いおいるず、お俊は反っお䞍幞な父を憐んだ。\n「俊、先刻の物をここぞ出せや」\n ず父に蚀われお、お俊はホッず息を吐いた。圌女は母を助けお、甚意したものを奥の郚屋の方ぞ運んだ。\n「さあ、䜕物もないが、昌飯をやっずくれ」ず実は家長らしい調子に返った。\n 䞉人の兄匟は䞀緒に食卓に就いた。口に出さないたでも、実にはそれが別離の食事である。箞を執っおから、森圊も悪い顔は芋せなかった。\n「むむ、これはナカナカ甘い」ず森圊は吞物の出来を賞めお、気忙しなく吞った。\n「さ、䜕卒おかえなすっお䞋さい」ず、旧い小泉の家颚を思わせるように、お倉は欟埅した。\n 皆な笑いながら食った。\n 間もなく森圊、䞉吉の二人は兄の家を出た。半町ばかり泥濘の䞭を歩いお行ったずころで、森圊は匟を顧みお、\n「あの䜍、俺が蚀ったら、兄貎もすこしはコタえたろう」\n ず蚀っおみたが、その時は二人ずも笑えなかった。実の家族ず、病身な宗蔵ずは、埩た二人の肩に掛っおいた。\n\n\n「鶎ちゃん」\n ずお俊は、叔父達の行った埌で、探しお歩いた。\n「父さんが明日埡出発なさるずいうのに......䜕凊ぞ遊びに行っおるんだろうねえ......」\n ず圌女は身を震わせながら蚀っおみた。䞀軒心圓りの家ぞ寄っお、そこで効が友達ず遊んで垰ったこずを聞いた。急いで自分の家の方ぞ匕返しお行った。\n こんなに急に父の満掲行が来ようずは、お俊も思いがけなかった。家のものにそう委しいこずも聞かせず、快掻らしく笑っお、最早旅仕床にいそがしい父――狌狜しおいる母――未だ無邪気な効――お俊は涙なしにこの家の内の光景を芋るこずが出来なかった。\n 長い悲惚な留守居の埌で、挞く父ず䞀緒に成れたのは、実に昚日のこずのように嚘の心に思われおいた。埩た別れの日が来た。父を逐うものは叔父達だ。頌りの無い家のものの手から、父を奪うのも、叔父達だ。この考えは、お俊の小さな胞に制え難い口惜しさを起させた。可厭しい芪戚の前に頭を䞋げお、母子の生呜を托さなければ成らないか、ず思う心は、䞀家の零萜を哀しむ心に混っお、涙を流させた。\n 叔父達に反抗する心が起った。圌女は䜙皋自分でシッカリしなければ成らないず思った。匱い、幎をずった母のこずを考えるず、泣いおばかりいる堎合では無いずも思った。その晩は母ず二人で遅くたで起きお、䞍幞な父の為に旅の衣服などを調えた。\n「母芪さん、すこし寝たしょう――どうせ眠られもしたすたいけれど」\n ず蚀っお、お俊は父の偎に寝た。\n 玅い、寂しい癟日玅の花は、未だお俊の県にあった。圌女は暗い郚屋の内に居おも、䞀倏を叔父の傍で送ったあの郊倖の家を芋るこずが出来た。こんなに早く父に別れるずしたら䜕故父の傍に居なかったろう、䜕故叔父を遠くから眺めお眮かなかったろう。\n「可厭だ――可厭だ――」\n こう寝床の䞭で繰返しお、それから埩た皮々な他の考えに移っお行った。父も碌に眠らなかった。䜕床も寝返を打った。\n 未だ倜の明けない䞭に、実は寝床を離れた。぀づいおお倉やお俊が起きた。\n「母芪さん、鶏が鳎いおるわねえ」\n ず嚘は母に蚀いながら、寝衣を着曎えたり、垯を〆たりした。\n 赀い釣掋燈の光はションボリず家の内を照しおいた。台所の方では火が燃えた。やがおお倉は焚萜しを十胜に取っお、長火鉢の方ぞ運んだ。そのうちにお延やお鶎も起きお来た。\n 小泉の家では、先代から仏を祭らなかった。「埡霊様」ず称えお、神棚だけ食っおあった。そこぞ実は拝みに行った。父忠寛は未だその把の蔭に居お、子の遠い旅立を送るかのようにも芋える、実は柏手を打っお、先祖の霊に別離を告げた。\n お倉やお俊は䞻人の膳を長火鉢の偎に甚意した。暗い涙は母子の頬を䌝い぀぀あった。実は䞀同を集めお、䞀緒に別離の茶を飲んだ。\n 埩た鶏が鳎いた。倜も癜々明け攟れるらしかった。\n「皆な、屋倖ぞ出ちゃ䞍可よ......家に居なくちゃ䞍可よ......」\n 実は、屋倖たで芋送ろうずする家のものを制しお眮いお、独りで門を出た。匷い身䜓ず勇気ずは猶頌めるずしおも、圌は幎五十を超えおいた。懐䞭には、神戞の方に居るずいう達雄の宿たで蟿り぀くだけの旅費しか無かった。満掲の野は遠い。生きお還るこずは、あるいは期し難かった。こうしお雄々しい志を抱いお、圌は劻子の䜏む町を離れお行った。\n\n五\n\n お雪は匵物板を抱いお屋䞊に続いた門の倖ぞ出た。䞉吉は家に居なかった。町䞭に射す十月䞋旬の日をうけお、門前に立掛けお眮いた匵物板はよく也いた。襷掛で、お雪がそれを取蟌もうずしおいるず、めずらしい女の客が蚪ねお来た。\n「たあ、豊䞖さん――」\n お雪は襷を釈した。匵物もそこそこにしお、正倪の现君を迎えた。\n「叔母さん、真実にお久し振ですねえ」\n 豊䞖は入口の庭で蚀っお、絹の着物の音をさせながら䞊った。\n 久し振の䞊京で、豊䞖は叔母の顔を芋るず、䜕から蚀出しお可いか解らなかった。坐蒲団を敷いお坐る前に、お房やお菊の匔みだの、郷里に居る姑からの蚀䌝だの、倫が来およく䞖話に成る瀌だのを述べた。\n「叔母さん、私もこれから盞堎垫の内儀さんですよ」\n ず軜く笑っお、豊䞖は自分で自分の境涯の倉遷に驚くずいう颚であった。\n「皮ちゃん、埡蟞儀は?」ずお雪は県を円くしお来た子䟛に蚀った。\n「皮ちゃんも倧きく埡成なさいたしたねえ」\n「豊䞖叔母さんだよ、お前」\n「皮ちゃん、䞀寞来お埡芧なさい。叔母さんを芚えおいたすか。奜い物を進げたすよ」\n 皮倫は人芋知りをしお、母の背埌に隠れた。\n「皮ちゃん幟歳に成るの?」ず豊䞖が聞いた。\n「最早、貎方䞉぀に成りたすよ」\n「早いもんですねえ。自分達の幎をずるのは解りたせんが、子䟛を芋るずそう思いたすわ」\n その時、壁によせお寝かしおあった乳呑児が泣出した。お雪は抱いお来お、豊䞖に芋せた。\n「これが今床お出来なすった赀さん?」ず豊䞖が蚀った。「先には女の埡児さんばかりでしたが、今床は又、男の埡児さんばかし......でも、叔母さんはこんなにお出来なさるから宜う埡座んすわ」\n「幟ちゃん」ずお雪は顧みお呌んだ。\n お幟はお雪が末の効で、お延ず同じ孊校に入っおいた。䞁床、寄宿舎から遊びに来た日で、客の為に茶を入れお出した。\n「先によくお目に掛った方は?」" }, { "role": "assistant", "content": "「愛ちゃんですか。あの人は卒業しお囜ぞ垰りたした。今に、お嫁さんに成る䜍です」\n「そうですかねえ。お俊ちゃんなぞが最早立掟なお嫁さんですものねえ」\n しばらく静かな山の䞭に居お単調な生掻に飜いお来た豊䞖には、芋るもの聞くものが新しかった。正倪も既に䞀戞を構えた。川を隔おお、䞉吉ずはさ皋遠くないずころに䜏んでいた。豊䞖は倚くの垌望を抱いお、姑の傍を離れお来たのである。\n その日、豊䞖はあたり長くも話さなかった。塩瀬の倧将の现君ずいう人にも逢っお来たこずや、森圊叔父の旅舎ぞも顔を出したこずなぞを蚀った。これから䞀寞買物しお垰っお、早く自分の思うように新しい家を敎えたいずも蚀った。\n「叔母さん、どんなに私は是方ぞ参るのが楜みだか知れたせんでしたよ。お近う埡座いたすから、埩たこれから床々寄せお頂きたす」\n こう豊䞖は優しく蚀っお、心忙わしそうに垰っお行った。お雪は匵物板を取蟌みに出た。\n\n\n 暗くなっおから、䞉吉は垰っお来た。圌は新芏な長い仕事に取掛った頃であった。遊び疲れお早く寝た子䟛の顔を芗きに行っお、それから掋服を脱ぎ始めた。お雪は倫の䞊衣なぞを受取りながら、\n「先刻、豊䞖さんが被入ッしゃいたしたよ。橋本の姉さんから小鳥を頂きたした」\n「ぞえ、そい぀は珍しい物を貰ったネ。豊䞖さん、豊䞖さんッお、よくお前は噂をしおいたっけが。どうだね、あの人の話は」\n「私なぞは......ああいう人の傍ぞは寄れない」\n「よく亀際っお芋なけりゃ解らないサ。なにしろ芪類が川の呚囲ぞ集っお来たのは面癜いよ」\n 䞉吉は癜シャツたで脱いだ。そこぞ正倪がブラリず入っお来た。芝居の噂や長唄の䌚の話なぞをした埌で、\n「叔父さん、私は未だ埡飯前なんです」\n こんなこずを蚀出した。その蟺ぞ案内しお、初冬らしい倜を語りたいずいうのであった。\n「オむ、お雪、今の掋服を出しおくれ。正倪さんが飯を食いに行くず蚀うから、俺も䞀緒に話しに行っお来る」\n「男の方ずいうものは、気楜なものですねえ」\n お雪は笑った。䞉吉は䞀旊脱いだ癜シャツに埩た手を通しお、服も着けた。正倪は玺色の長い絹を襟巻がわりにしお、雪螏の音なぞをさせながら、叔父ず䞀緒に門を出た。\n「䜕ずなく君は兜町の方の人らしく成ったネ。時に、正倪さん、君は䜕凊ぞ連れお行く積りかい」\n「叔父さん、今倜は私に任せお䞋さい。皮々埡䞖話にも成りたしたから、今倜は私に奢らせお䞋さい」\n こう二人は話しながら歩いた。\n 町々の灯は歓楜の䞖界ぞず正倪の心を誘うように芋えた。昂ったずか、降ったずか蚀っお、売ったり買ったりする取匕堎の喧囂――浮沈する人々の倉遷――狂人のような県――激しく眵る声――そういう混雑の䞭で、正倪は毎日のように刺激を受けた。圌は家にゞッずしおいられなかった。倜の火をめがけお矜虫が飛ぶように、自然ず圌の足は他の遊びに行く方ぞ向いおいた。電車で、ある停留堎たで乗っお、正倪は曎に車を二台呜じた。車は倧きな橋を枡っお、たた小さな橋を枡った。\n\n\n 颚は無いが、冷える晩であった。䞉吉は正倪に案内されお、広い静かな座敷ぞ来おいた。氎に臚んだ方は硝子戞ず雚戞が二重に閉めおあっお、それが内の障子の嵌硝子から寒そうに透けお芋えた。\n 女䞭が火を運んで来た。掋服で震えお来た䞉吉は、倧きな食卓の偎に火鉢を擁えお、先ず凍えた身䜓を枩めた。\n 正倪は料理を通しお眮いお、\n「それからねえ、姉さん、小金さんに䞀぀掛けお䞋さい」\n「小金さんは今、圌方の埡座敷です」\n「『先皋は電話で倱瀌』――そう仰っお䞋されば解りたす」\n それを聞いお、女䞭は出お行った。\n「叔父さん、こうしお名刺を䞀枚出しさえすれば、䜕凊ぞ行っおも通りたす――塩瀬の店は今兜町でも売ッ子なんですからネ」ず正倪は、玙入から自分の名刺を取出しお、食卓の䞊に眮いお芋せた。\n 正倪の話は兜町の生掻に移っお行った。挞く塩瀬の倧将に知られお重なる店員の䞀人ず成ったこず、その為には随分働きもしたもので、他の嫌がる垳簿は二晩も寝ずに敎理したこずを叔父に話した。圌は又、盞堎垫生掻の䞀䟋ずしお、仕立おたばかりの春衣が仕附糞のたた、幎の暮に䞃぀屋の蔵ぞ行くこずなどを話した。\n「そう蚀えば、今は実に可恐しい時代ですネ」ず正倪は思出したように、「歀頃、私がお俊ちゃんの家ぞ寄っお、『鶎ちゃん、お前さんは倧きく成ったらどんなずころぞお嫁に行くネ』ず聞きたしたら――あんな子䟛がですよ――軍人さんはお金が無いし、お医者さんはお金が有っおも忙しいし、矎い着物が着られおお金があるから倧きな呉服屋さんぞお嫁に行きたいですト――それを聞いた時は、私はゟヌずしたしたネ」\n こんな話をしおいるうちに、料理が食卓の䞊に䞊んだ。小金が来た。小金は䞉吉に挚拶しお、銎々しく正倪の傍ぞ寄った。芪孝行なずでも蚀いそうな、枩順しい盛りの幎頃の劓だ。\n「橋本さん、老束姐さんもここぞ呌びたしょう――今、埡座敷ぞ来おたすから」\n ず蚀っお、小金は重い莅沢な着物の音をさせながら出お行った。\n 土地に居着のものは、昔の深川芞者の面圱がある。それを正倪は叔父に芋お貰いたかった。こういうずころぞ来お、圌は江戞の銙を嗅ぎ、残った音曲を耳にし、通人の遺颚を楜しもうずしおいた。\n 小金、老束、それから今䞀人の幎増が䞀緒に興を添えに来た。老束は未だ䜕凊かに色銙の名残をずどめたような老劓で、癜い、现い、指茪を嵌めた手で、酒を勧めた。\n「老束さん、今倜はこういう客を連れお来たした」ず正倪が蚀った。「埡銳走に䜕か面癜い歌を聞かせお進げお䞋さい」\n 老束は䞉吉の方を芋お、神経質な額ず県ずで䞀寞挚拶した。\n「どうです、この二人は――䜕方がこれで幎長ず芋えたす」ず埩た正倪が蚀った。\n「老束姐さん、私は是方の方がお若いず思うわ」ず小金が䞉吉を指しお芋せた。\n「私もそう思う」ず老束は䞉吉ず正倪ずを芋比べた。\n「ホラ――ネ。皆なそう蚀う」ず正倪は笑っお、「これは私の叔父さんですよ」\n「是方が橋本さんの叔父さん?」老束は手を打っお笑った。\n「叔父さんは奜かった」ず小金ず老束の間に居る幎増も噎飯した。\n「真実の叔父さんだよ」ず正倪は遮っおみたが、しかし䜙儀なく笑った。\n「叔父さん! 叔父さん!」\n 老束や小金はわざずらしく蚀った。皆な䞉吉の方ぞ向いお、䞀぀ず぀埡蟞儀した。そしお、クスクス笑った。䞉吉も笑わずにいられなかった。\n「私の方が、これで叔父さんよりは老けおるずみえる」ず正倪が蚀った。\n 小金は肥った手を振っお、「そんな嘘を吐かなくっおも宜う埡座んすよ。真実に、橋本さんは担ぐのがりマいよ」\n「叔父さん、ぞえ、埡酌」ず老束は銚子を持ち添えお、戯れるように蚀った。\n「私にも䞀぀頂かせお䞋さいな」ず幎増は寒そうにガタガタ震えた。\n 電燈は花のように皆なの顔に映った。長い倜の時は静かに移り過ぎた。硝子戞の倖にある石垣の䞋の方では、音のしない川が流れお行くらしかった。老束は奜い声で、浮々ずさせるような小唄を歌った。正倪の所望で、䞉人の劓は䞉味線の調子を合せお、叀雅なメリダス物を匟いた。正倪は、酒はあたり遣らない方であるが面長な枋味のある顔をすこし染めお、しみじみずした酔心地に成った。\n「貎方。䜕かお遣り遊ばせな」ず老束が䞉吉の傍に居お蚀った。\n「私ですか」ず䞉吉は笑っお、「私は唯こうしお拝芋しおいるのが楜みなんです」\n 老束は冷やかに笑った。\n「叔父さん、貎方の前ですが......ここに居る金ちゃんはネ、ずっず以前にある友達が私に玹介しおくれた人なんです......私は未だ浪人しおいたしたろう、あの時分この䞋の川を蒞汜で通る床に、是方の方を睚んでは、早く兜町の人に成れたら、そう思い思いしたしたよ......」\n「ペりペり」ずいう声が酒を飲む劓達の間に起った。\n「橋本さん」ず老束は手を揉んで、酒が身䜓にシミルずいう容子をした。「貎方――早く儲けお䞋さいよ」\n 次第に呚囲はヒッ゜リずしお来た。正倪は垰るこずを忘れた人のようであった。叔父が煙草を燻しおいる前で、正倪は長く小金の耳を借りた。\n「私には螊れないんですもの」ず小金は、終に、他に聞えるように蚀った。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 元来数字は趣味のないものである。䟿利ずいえば䟿利だがもずそれは法埋䞊の䟿利で皀にしか珟われお来ない法埋䞊の必芁のため、平日の経枈䞊には䞍䟿を忍ばねばならぬ。第䞀数字になるず頭の粗い癟姓には䜕分印象の力が少ない。きょうは千二癟十五番地の田の草を取れよずいうようなこずは倧倉蚀いにくいのである。それゆえに今も䞀方では番地を甚い぀぀、他の䞀方でホノキ・小字がある村では必ずそれも䜵行しお甚いおいるのである。すなわち二通りの地名があるのである。しかし埋立新田などになるず圚来の小字はないから、む通り、ロ通りずか、䞀ノ升、䞉ノ割、子の坪、二竿ずかいう地名のみで区別しお行くのであるが、さぞ呌びにくいこずであろうず思う。\n しかるに石川県などは地租改正の圓時、ほずんず党郚の字以䞋の地名をむロハたたは甲乙䞙䞁等にしおしたった。安房の䜐久間村の今の倧字は倧字む、倧字ロ、倧字ハずいうように附けおある。たた八王子の附近南倚摩郡忠生村・䞃生村のある倧字では字第䞀号、字第二号ずいうように番号を地名にしおいる。歊蔵には比䌁郡にもそういう䟋がある。昔の地名は颚流には盞違ないが埀々にしお家々の呌ぶずころが䞀臎せず、蚎蚟玛玜の皮ずなりやすいために地租改正を機ずしお区劃を敎理しか぀断然新たな地名ず取り換えたのであろうず思う。字・小字の新地名は数字以倖にもずいぶん頓狂なものがある。二䞉の䟋をいうず若狭の䞉方郡の八村の倧字に気山ずいうのは久々子湖の東岞である。この気山の字がなかなか面癜い。字玉切远、尟切远、山切远、自切远、湖切远、移切远、景切远、色切远、誠切远、善切远はその頭字だけを拟うず「玉尟山より湖に移り景色誠に善し」ずなる。たた同じ気山の内の犏浊区には十䞉の字があっお、是犏浊、埓犏浊、気犏浊、山犏浊、領犏浊、番犏浊、号犏浊、始犏浊、苧犏浊、村犏浊、䟿犏浊、理犏浊及び吉犏浊ずいうので、泚意しお芋るず「これより気山領の番号始め苧村䟿理吉し」ず読める。たた神田ずか八田ずかいう地名は昔からいくらもありそうな地名であるが、摂接有銬郡藍村倧字䞋盞野の同地名はその由来が少々違う。すなわちこの村の字を列挙するず字文明田、字開化田、字敬田、字神田、字愛田、字囜田すなわち「文明開化敬神愛囜」を田の䞊に分配したのである。たた八田の方は字明田、字治田、字八田、字幎田、字倩田、字地田、字人田で「明治八幎倩地人」などを分けたので、地租改正の際の改称であるこずがよくわかる。それから加賀の石川郡の出城村倧字成の字は、字維、字新、字以、字来、字文、字明、字開、字化ずいうのであり、いずれも無造䜜の䞭に著しくあの時代の生掻趣味を珟わしおいるのが面癜い。\n これらは少々極端の䟋であるが、村たたは倧小字の分合に際し新たに土地盞応の呜名をしたこずはきわめお少なく、これに反しお地名の䜿甚を止めお地番号を甚い䞉けた四けたの数字をもっお所有地を呌ぶようになったのはたさしく近䞖の事業である。これがために地名は倧倚数は消えおしたった。少なくも公けのものではなくなった。我々が本籍䜏所の衚瀺には法芏䞊倧字より小さい地名は䞍甚である。将来このたたで進んで行くならば小さい地名はおいおいに忘れられおしたうであろうず思う。\n ここたで考えお来るず、明治十䞃幎前埌に内務省で集めた『郡村誌』ずいう地名集はたずい揃っおはいないでも非垞に貎重な文明史の材料を包含しおいるものず蚀わねばならぬ(蚻、本資料の珟存せぬこずに぀いおは埌文に芋ゆ)。この地名集は䞉四癟冊もある。内務省から内閣文庫ぞ移り、ただ今は文科倧孊の保管に属しおいる。小字のある町村は小字たで、ない町村は字たで網矅しおある。日本の半分ほどしかない。倧冊䞉四癟であるゆえに芋る人が少なく少々虫が食べおいおしかも耇本がない。予は地孊協䌚の幹郚の方々に察し深く望むずころがある。ただしたいおいお察しでもあろうからくどくはいわぬ。\n 字の地名は小字に比べるずはるかに氞い寿呜があろうず思う。䜕ずなれば字の地名は最も倚く我々の生掻ず結合しおいるからである。蟲業に埓事する者はもちろん蟲をやめお教員なり圹堎吏員なりになっおも、朝倕の䌚話に甚いる必芁が倚く、どうしおも忘れるこずはできたい。他町村人に察しおは新町村の村の名をもっお䜏所を珟わしおも村䞭では字すなわち各自の組たたは坪の名を唱えおいる。字にも新町村のいわゆる倧字を陀いお、叀くから倧字・䞭字ず二段にした旧町村もあった。しかしこの䞭字はほかの地方の小字であっお、その䞋の小字は実は小字のさらに分れたものである。埓っお昔倧字ず蚀ったのは今の字に圓るのである。この字の䞭にもよく芋るず二皮ある。䞀぀は枝郷・出村のごずき半独立䜓で他の䞀぀は玔然たる䞀村の区劃の字である。二十䞉幎に垂町村制を垃いた前にも地方によっおは村の合䜵をなし、以前の䞀村を倧字ずしたが、それが再床新町村に合䜵するずきには元の村を倧字ずした。これらの字たたは枝郷などは地名の研究䞊には村ず同じに取り扱っおよろしい。今䞀皮の字は玔然たる区劃甚の呜名であるから、呜名の動機は埀々盞違があり埗るのである。しかしこれずおも氞い幎月の間には郚萜の盛衰に䌎なっお字の小地名が䞀村の名になり、たたは昔の郷・荘の倧地名がわずかに䞀小地域に残るようなこずもあろうから䞀抂には蚀われぬ。がずにかく荘園の時代からこれを良いほどの倧きさに分けおあたかも今の倧字内の字に圓る区劃があった。そうしおそれに䞀々の地名があったゆえに、今日の字の地名にもこれを承継したものが段々あるのである。昔の開墟では右の小区劃を倚くはミョりたたはナ(名)ずいった。始めおの原野に入り蟌んで開発する者は、名の区劃地に䞀々圓おるだけの圚来の地名を知らぬから、しばしば䞋受開墟人の名乗をその地名に甚い、囜光名、利光名、埳富名、五郎䞞名などずした。今日人名のような村名のあるのは昔の名が䞀村になったもので、埌にその地に䜏んだ名䞻はたたその居䜏地名を家号にしたために、人の名乗のような苗字ができたのである。広い荘園では䞀名が今の䞀村にもなったが、通䟋は今少し狭く䞀人の歊士が䞋受開墟をする区域は、銬の二頭に家来の十二䞉人も逊えれば良いのであるから、倚くは十町歩内倖、ちょうど今日の字の少し倧きいくらいのものであったろうず思う。近䞖の歊士はなかなかそんなこずで生掻はできなかったのだが、戊囜時代には田地の二癟町もあれば倧名で、䜕十人ずいう歊士ず䜕癟人ずいう足軜ずを逊っおいた。もっずも飛び飛びに二名䞉名を持぀者も倚かったが、䞀぀の名は西囜地方などではごく小さなものであったずみえる。肥前などには村の字を䜕々名ずいう地方がある。\n 郷ずいうのはもず荘に察する郷で、荘園に察しお囜領を意味した蚀葉である。しかるに埌には荘園の䞀区通䟋は名ずいうべき地域を郷ず呌ぶようになり、䜕荘の䜕郷ずいった䟋がある。『䌊達家文曞』に芋えた仙台領にはこれが倚い。埓っお村の䞋の地では字ずいう区劃を郷ず蚀った䟋もある。あるいは村の内に幟぀かの字を合わせお郷ず呌んでいた所もある。肥前ずいう囜は劙に昔の呌び方の残った囜で䜕々村䜕々郷ずいう所もあればたた䜕村䜕籠ずいう称もある。籠は䜕ず読むか知らぬ。たたあるいは倧字䜕々字䜕々里もしくは䜕々村倧字䜕䜕字䜕々免ずいうのもある。免は地租の関係から出た語である。免は今の語でいえば地租率である。各免ごずに玍率を異にし埗たのである。壱岐の島ぞ枡るず右の名、籠、免に圓る区劃を觊の字を曞いおフレずいう。陞地枬量郚の五䞇分䞀図を芋るずいくらもある。皮子島・屋久島ではこれに該圓する区劃をバリ(晎)ずいい前晎、西晎などずいう。バリは壱州のフレず同じ語であるこずは疑いあるたい。これらを今の朝鮮語のプルから出たず蚀っおはあるいは蚀い過ぎるかも知れぬが少なくずもフレ、バリ、プルは共通の語原を持぀ずはいい埗るであろうず思う。右の觊晎免名等は東方諞州では組たたは坪に圓る。組や坪などの地名も公認せられおはおらぬのであるが、行政䞊いろいろの目的に利甚せられおいるこずは倧字ず同じ状態にあるのである。埓っお村々の昔の切絵図などは、あるいは䞍甚ずなる時代があっおも、字に該圓する区劃地名は氞く消滅するこずはあるたいず思う。しこうしお地名研究の偎から芋おも、小字・ホノキはあたり小さ過ぎ、か぀倚くは字の地名を䞊䞋東西に分けたのなどが倚くお぀たらぬ地名が倚いが、ひずり最も叀くか぀趣味のあるのは右の䞭間の階玚の地名である。\n さらに字の名ず倧なる行政区劃の名ずの関係を芋るに、近代では府県の名、昔では囜の名に䞀郡䞀郷の地名から出た者がはなはだ倚い。これず同様に新町村の名にもその倧字すなわち旧町村の䞀぀を採甚した䟋は䞀䞇二千䞭の半分ある。その倧字の地名も前に列蚘したごずく盎接に開墟を意味する語のみをもっお組み立おられおおらぬ限りは、たたその倧字䞭のある字の地名から導かれおいる。いわゆる地名の拡充性を発揮したものである。これずいうのも今日倧字以䞊の広い䞀区劃では、その地圢䞊の特色の総称ずしお採甚するに適するものを発芋しお地名ずするこずは困難であるから、やはり垞にその域内の䞻芁なるある区劃の地名をそのたた螏襲するを䟿ずしたのである。芁するに開発圓初の村民に察しお最も必芁であったのはいわゆる小字の地名かも知れぬがそれは倚くは考えもなしに笊号的に新造したものが倚く、叀くからの地名の螏襲せられたたは拡匵せられたのは字の方に倚くはなかったかず思う。すなわち䞀方には呜名圓時の経枈状態を知らしむるのほかに、いわゆる客芳的地名ずしおは、地圢の特色ず比范しお叀代の甚語の意味を解釈し、さらにこれに圓おられた挢字によっお、呜名圓時のもしくは字圓時の文化を研究するの助けずするこずもたた難いこずではないのである。\n 最埌に今䞀぀、地名を研究する面癜味は、これず吟々の苗字ずの関係にある。職員録などによっお町村長、県郡参事䌚員のごずき、いわば地方土着の旧家の家名を調べおみるず、その倧郚分は近傍の村たたは倧字の地名ず共通である。日本人は源平藀橘等の姓が少ないために、か぀他人の名乗を呌ばぬために、倚くの倪郎次郎を区別すべく、䞻ずしおその人の居䜏地を呌んだ。それが今日の苗字の起原である。すなわち支那人が満掲の平原などで村を䜜り、自分の家号を地名ずしお陳家屯、楊家寚、柳家店などず呌ぶのずは完党に反察で、吟々の苗字はかえっお居䜏地から出おいる。その結果は近幎の匕越しによっお、本囜故郷が䞍明になるおそれが少ない。元はあの村の地を耕しあの谷の米を食っおいたのだずいうこずがほが分る。貎族歊家では系図が倧切だ。時ずしおはこれを停䜜する必芁さえもあったが平民の系図は倧郚分䞍明である。よほどの名家でない限りは十代十五代前の祖先は䜕氏䜕某であったずいうこずも分らず、もちろん墳墓はどこにあるか知らぬずいう者が倚いのである。ゆえにもしかくのごずき地名ず苗字の関係によっおほが祖先の生掻根拠の故山を知るこずを埗、しかもそれに䌎なっおその圓時の経枈情態を䞀郚分なりずも知るこずができ、時ず堎合によっおは自身その地名の圚所ぞ行っお熱心に調べおみるずいうこずになるず、その結果は我々の血の䞭に圓然に遺䌝しおいるべきわが祖先の生掻趣味を自芚するこずずなり、容易に囜家結合の基瀎を固めるこずができお揚足を取られやすい䞋手な説法などに苊心するの必芁もなく、千幎䞇幎の埌たでも日本人は愛囜心・尊皇心の匷い囜民であるであろうず信ずる。\n(「地孊雑誌」倧正元幎十月―十二月)\n\n" }, { "role": "assistant", "content": "地名ず地理\n\n\n\n侀\n\n 地名の研究に関しおは、私はおかしいほどたくさんの無駄な苊劎をしおいる。そうしおただこれずいう䟡倀ある発芋はないのである。もしこの経隓がなんらかの圹に立぀ずすれば、それはただ諞君にもう䞀床、同じような無駄をさせないずいうだけの、消極的な参考ずなるに過ぎないのである。\n 最初に蚀っおおきたいのは、地名を調査しおその䞀぀䞀぀を解説し、たたは䞀般的傟向を芁玄した曞物が西掋では倚くの囜に出おおり、䞭にはそれ䞀぀しか著曞のないずいう人もあるらしいが、そのためにこれを独立した䞀぀の孊問ず芋るこずはできぬずいうこずである。こういう研究をするにはいろいろの文化珟象に興味をもち、たた自然ず瀟䌚ずの各方面の知識をも甚意しなければならぬ。埓うおその綜合の倖圢から芋るず、䜕か䞀぀の纏たった孊問ででもあるように考えられぬこずもないが、これだけはいくら孊の字を安売りする囜でも、さすがに独立しお専門の䞀孊科ずなりそうな芋蟌みはない。そうするずいったいこの研究は誰の管蜄に属し、いかなる孊問の䞀郚になるのであるかが、次に問題になっお来るのである。\n 地理孊の方でも、恐らく党然無関心でいるわけに行くたいず思うが、それはちょうど動怍物孊の物の名におけるがごずきもので、ほかで確定したものを匕き継いだ方が䟿利だくらいに、諞君は定めし思っおおられるこずであろう。玔然たる地圢論の立堎からいうならば、いかにも名称は差別の暙目に過ぎないから、名がなければ新たに造りたたは蚳し、ないし笊号・番号にしおおいおもそれで枈む。しかし䞀たび人ず倩然ずの関係、人が山川原野に察しお叀来いかなる態床をもっお臚んでいたかを知ろうずすれば、これに応甚せられおいた囜語の意矩、ある蚀葉をある地圢に結び付けた最初の動機を、尋ね究めずにはおられたいず信ずる。倚くの孊問は互いに盞補うおずもに進んでいる。もし自分の力でこの方面を開いお行くこずはできぬず蚀えば、それはただちにたた他の兄匟孊科の成瞟に、泚意しおいる必芁があるこずを意味するのである。\n みんながお互いにそれは私の領分でないず、抌し附け合っおいおはよくないのである。私は瀟䌚人の公平な地䜍から刀断しお、これは広い意味の人類孊の管蜄にしおおいお、地理孊ではその研究の結果を利甚するのが最も䟿利だろうず思っおいるが、これにもたた人類孊が今日のような狭い瞄匵りに割拠しおいおはいけない。そこでたず地名研究の人類孊䞊における䜍眮ずいうものを説くために、ざっず今日認められおいる分類法を述べおみるず、人類孊は日本でもやっおいるように、第䞀次にこれを生理孊的すなわち䜓質人類孊ず、瀟䌚孊的すなわち文化人類孊に分ける。䜓質人類孊も静的すなわちどんな圢で生たれおいるかを芳るのず、動的すなわちどういう生き方をしおいるかに小分けしおかかるのが必芁だず思うが、それは隣の家のこずだから今は私は口を出さない。\n 文化人類孊の方にも実は手に䜙るほどのダヌタがあるので、私は最もその敎理に忙殺されおいるずころで、あるいは埌になったら改められるか知らぬけれども、差し圓りこれを䞉぀に小分けするのがよいず考えおいる。その䞉぀ずいうのは、盎接に県を働かしお写真・スケッチ・蚘述し埗るものが甲、これを生掻技術誌たたは有圢文化誌、もしくは土俗調査などず名づける。乙はすなわち䞻ずしお耳の働きによっお採集し埗るもの、これを口承文芞もしくは蚀語芞術ずいいあるいは口碑ずいう語にどうかしおその党郚を含たせるようにしたいずも思っおいる。䞙すなわち第䞉の郚分は、県も耳ももちろん぀ぶっおいるわけには行かぬが、それよりもさらに進んで同囜同郷人の芪しみに基き、智胜感芚によっお盎接に䌚埗すべきもの、倖人が異民族の䞭に入り蟌んで行った堎合には、よほどの同情ず掚理力を持っおいおも、しばしば芋萜したり誀解したりするむ぀かしい郚分で、これを垞民心理ず蚀っおも狭く、俗信ず名づけおはなおいっそう狭くなる。たず珟圚では無名の䞀団の知識である。\n さおこの䞉぀の郚門の䞭で、地名は耳で聎くものだから圓然に乙郚に所属するが、これがたたさらに现かく分たれねばならぬのである。口承文芞のいちばんよく知られおいるものは、(ã‚€)には民間説話すなわち昔話。䌝説は実は定たった圢がないので、第䞉郚に入れた方がよいのだが関係が倚いからかりに説話に附随させおある。これがたたちっずやそっずの分量ではないのである。次には(ロ)語りもの、(ハ)民謡、(ニ)唱えごずや童蚀葉、(ホ)謎及び刀じもの、(ヘ)たずえごずや教蚓語、普通にこずわざの名をもっお知られおいるもの、(ト)その他の物蚀いすなわち垞甚文句、口合い・秀句の類はこれに入る。そうしお最埌には(チ)呜名法たたは新語造成法ずいうべきものがあるのである。この新語の䞭にもいわゆる普通名詞ず固有名詞等があり、固有名詞にも生たれた児の呜名や人の綜名ず察立しお我々の土地に名づくる蚀語芞術がある。それがこの通り興味ある豊富の痕跡を埌代に留めおいたのである。地名の研究は広汎なる人類孊の䞭では、実際はほんの片端であっお、しかも他の郚門ずは䞋に行き通うおいる。䞀぀の研究に朜心する者の私情からいうず、これを䞀぀の独立した孊問ず解したいのは山々であるが、それでは䜕のために我々がこんなに劎苊するのかの、趣意すらも明らかにならぬこずになるから、私はたず最初にその地䜍を明らかにしおおきたいのである。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを持続しお、现郚にこだわった文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 枅䞃ず二人、たた、空銬車に乗っお、垰った。散財はやめにした。\n 月明である。冬の倜空に、束山城が浮きあがり、なにかの花の銙が、街道いちめんに流れおいる。\n\n その幎が、明けた。\n 束の内に、黒石家では、金五郎を逊子に迎えるめでたい匏が、䞀皮、狂気じみた盛倧さで、もよおされた。匏が掟手で、金がかかるほど、逊子を぀なぎずめる鎖が倪いわけなのである。\n 雪の降る日であった。\n「お前は、がいな芪孝行者ぞな」\n 厄払いができたうえに、たさかのずきには、逊子先から、金の匕きだせるあおもできたので、嫂のスギは、倧満悊である。急に、金五郎を、䞋に眮かぬあ぀かいをした。\n 鍛冶屋の枅䞃には、どうしおも、友人の蚈算がわからない。黒石家には、「死んでも行かん」ずいっおいたのだから、金ができたら、やめればよさそうなものだ。玉井家が、砎算するかせぬか、その瀬戞際の運呜を賭しお、狡猟な※(「(「Γ」を巊右反転したもの)<甚」、屋号を瀺す蚘号)にぶっ぀かった。逊子に行くなら、ず、ペテンのような戊術にひっかかった。やむなく、承諟した。ずころが、その垰りに、偶然にも、䞁半バクチに加わっお、倧勝利を博したのだ。※(「(「Γ」を巊右反転したもの)<甚」、屋号を瀺す蚘号)から受けずった以䞊の金が、ふずころに入ったのである。\n「金坊、※(「(「Γ」を巊右反転したもの)<甚」、屋号を瀺す蚘号)に、銭もどしお、黒石の逊子、やめたら、どがいぞな?」\n そう忠告したのに、\n「銭金のこずじゃない。男が、いったん、玄束したこずは砎られん」\n 金五郎は、䞍機嫌にそういっただけであった。\n よろこんだのは、ダスである。氞幎の宿願がかなったのであるから、露骚に、䞍噚量な顔をほころばせお、どんな぀たらないこずにも、うれしげに、げらげら笑った。圌女は智胜の皋床も、小孊䞉幎生䞊であった。\n ずころが、それも、束の間であった。ダスず、金五郎ずの間に、奇劙な争闘が展開された。それは、はじめは、閚房の䞭から、はじたった。\n 金五郎は、い぀も、䞀人で寝お、絶察に、ダスを盞手にしないのである。いくら、ダスが芁求しおも、応じない。\n ダスは、泣きだす。\n「金さん、あんた、どがいなわけで、わたしを可愛がっお、おくれでないのぞな?」\n「おれは、逊子には来たが、あんたの婿に来たんじゃない」\n「逊子に来れば、わたしが嫁にきたっずるじゃないけ?」\n「逊子に行くこずは玄束したが、あんたの婿になるこずは玄束しずらん」\n「ははあ、......」ダスは、怒りず猜疑心ずにあふれた県぀きで、「あんたも、財産目あおで来たんじゃな?」\n「ずんでもない。おれは、財産なんか、鐚䞀文欲しゅうはないよ」\n「そんなら、なんで、来た?」\n「だから、逊子の玄束したけに、逊子に来たずいうずるじゃないけ」\n 二人の話は、氎かけ論で、埒があかない。\n ダスは、我慢しきれなくなっお、金五郎に飛びかかる。倧女の怪力で、油断しおいた金五郎は抱きすくめられる。おさえ぀けられる。ダスの身䜓は、火のようだ。金五郎は、やっず、情炎に狂う女を぀き攟しお、衚に逃げだす。\n そんなこずが、毎倜であった。\n 金五郎は、家を倖にするようになった。道埌枩泉に行くず、䞉日も四日も、垰っお来ない。\n 酔っぱらっお、譊察の厄介になったこずも、数床あった。\n 自然の順序ずしお、金五郎の攟埒は、村の評刀になる。\n 逊子瞁組の仲介圹を぀ずめた村長が、金五郎を呌び぀けた。\n「金さん、目にあたるぞな。お前、どないなわけで、そがいな無茶するんじゃ?」\n「どがいも、こがいも、家に居ったら、ダスに殺されるけに」\n たったく、醜女で、癜痎で、倧女のダスが、らんらんず県を光らせお、挑んで来る姿を想像するず、金五郎は、慄然ずしお、頜廃的な気持にならずには居られなかった。黒石家は、黒瞄地獄である。\n「金さん、お前、道埌に、いいかわした女でもあるずじゃないけ?」\n「そんなものは、ありたせん」\n「わしには、打ちあけおくれんかい。黒石でも――もう仕方がない。ダスを嫁ずしおあ぀こうおくれりゃ、その女を請けだしお、メカケずしお、ちゃんず、おさたらせる、ずいうずるけに......」\n「ほんずに、そんなものは、ないです」\n それからも、金五郎の乱行は高じるばかりであったので、遂に、四月になっお、正匏に離瞁された。\n 父卯八や、兄卯倪郎、それから、仲介の村長ぞの矩理を立おお、黒石家を飛びだすこずを我慢しおいたのであるから、金五郎にずっおは、もっけの幞であった。\n 玉井家に垰っお来るず、父や兄はなにもいわなかったが、嫂のスギは、\n「この、糞銬鹿が」\n ず、以前より、数倍も、金五郎を酷䜿し、虐埅した。\n 黒石家から、蚎蚟が起された。名誉毀損、結婚詐欺、財産暪領、噚物砎壊、家宅䟵入、損害賠償、暎力行為、傷害、印鑑・私文曞停造、貞操蹂躙――あらゆる眪名が、にぎやかに、金五郎のうえに぀けられた。\n 金五郎は、苊笑した。\n「もう、なんにも、いわん。ただ、おれは、ダス坊の身䜓に、指䞀本、觊ったこずはない。暎力行為で、貞操蹂躙されかかったのは、こっちの方じゃ」\n そのこずだけを、釈明した。\n 黒石家からの埩讐は、いろいろな圢で行われた。それは、しだいに、悪質になった。\n この近郊蟲村䞀垯は、四囜東郚、阿波埳島の圱響をうけお、浄瑠璃が盛だった。吉藀にも、立掟な衣裳や人圢を持った「枩泉座」ずいう䞀座があり、癟姓片手で、䞉味線をひき、デコを䜿う者もあった。金五郎も、若手の語り手ずされおいたのに、祭の日になるず、誰も䞉味線をひいおくれず、人圢も動かしおくれる者がなかった。\n 或る日、桜芋に行った垰り、春の空気をふるわせお、䞀発の銃声がひびきわたった。匟䞞が、金五郎の右耳をはじいお、飛び去った。果物を぀぀きに矀れる鳥を远うため、空鉄砲を攟぀こずは、蚱されおいるのである。\n 金五郎は、耳からふき出る血をおさえ、唇をかんで、さびしそうな顔をした。\n 或る日の黄昏どき、金五郎は、枅䞃鍛冶屋の店先にあらわれた。\n「枅ちゃん、い぀か頌んだ合鍵な、やっぱり、芁るこずになったけに、頌むよ」\n「よし来た」\n 蹄鉄を打っおいた枅䞃は、金五郎のずころに寄っお来るず、耳に口を寄せた。\n「金坊、お前を鉄砲で撃った奎、おれ、ちゃあんず、知っずるぞな」\n「もう、ええ、ええ、攟っずいおくれ」\n「黒石じゃな、お前に、犬神をずり぀かせるずいうずるげなぞ」\n「執念ぶかい奎じゃ」\n「もう、四日も前から、あの痩犬のクロを、蔵の䞭に埋けおな、絶食させずる。あたりたえなら、䞀週間くらいで、犬神を远いだすのじゃが、今床は十日にしお、はげしゅう、お前をいびるらしい」\n「勝手にさせずけ」\n 土䞭に党身を埋めた犬に、氞い間、逌をあたえずに眮く。飢逓に瀕するのを芋お、県前に、埡銳走を芋せる。犬はそれが食べたくおたたらない。しかし、䞻はそれを芋せびらかしおおいお、「もし、これが欲しかったら、その前に、誰それに、ずり憑いお来い」ず呜じる。怚霊ずなった犬神は、目的の人間の䜓内ぞもぐりこんで、方々を肉の瘀ずなっお移動する。その苊痛は耐えがたい。――この地方に昔から䌝わっおいる、䞍気味な呪いの方法であった。\n 金五郎は、枅䞃が鍵を぀くっおくれるのを埅った。\n 銬鹿叮嚀に、念を入れる枅䞃が、半玙に墚で抌した鍵穎の型をもずにしお、䞀぀の鍵をこしらえあげたのは、頌んでから、䞀週間目も埌であった。\n「やっず、でけたぞな。......そら、そうず、たあだ、犬神は来んけ?」\n「埅っずるが、䞀向に来ん。呌んで来おくれんか」\n その次、逢った枅䞃は、「ずうずう、犬神奎、飢え死にしおしもうたげな」ず、腹をかかえお笑った。\n 五月に入っお間もなく、兄倫婊が䌊勢詣りに旅立った。このずきをおいお、機䌚はない。\n 金五郎は、枅䞃の䜜っおくれた合鍵を、箪笥の鍵穎にはめた。ぎったりず合った。あけおみるず、玙幣、銅貚、銀貚がずりたぜお、ざくざくず入っおいる。䞃癟円ほどもあった。いきなり、そのうち、二癟円ほどをふずころに入れた。しかし、金五郎は、この金は、父が山を売っお、苊心の果おに、こしらえたものだ、ずいうこずを知っおいた。\n 金五郎は、いったん入れた金を取りだした。䞉十円だけにした。そしお、「䞀金参拟円也、拝借仕候」ずいう蚌文を曞いお、そこぞ残した。こうしお眮かないず、たた、嫂が、「金坊が、䞉癟円も盗んで行ったぞな」ずいうのに、きたっおいる。\n たた、金五郎は、い぀か、この金は、かならずかえす぀もりであった。\n 着換えなどを、颚呂敷に包んだりしお行くず目立぀ので、六枚も、重ねお着た。ちょっずそこぞ行っお来る、ずいうような恰奜で、家を出た。汗がどんどん流れだし、道埌の湯に浞っおいるような気持であった。\n それきり、圌の姿は、この村では芋かけられなかった。\n 明治䞉十六幎、初倏。\n 玉井金五郎、二十四歳。" }, { "role": "assistant", "content": "\n\n\n\n第䞀郚\n\n\n\n\n男ず女\n\n 門叞枯。\n 颚垫山のいただきを、匷い颚のわたっおいるのが、海鳎りのように聞える。二癟十日が近づいた、その前ぶれかも知れない。遠くで、颚の合間を瞫っお、汜笛が鳎る。\n 桟橋䞋の貯炭堎を、すぐ前に望む、浜尟組の事務所に、あかあかず、灯がずもっおいる。奥座敷に、倧勢の人かげがうごき、なお、ぞくぞくず、集たっお来る。やがお、䞃八十人になった。女が二十人ほどたじっおいる。\n 黒ガキの牀柱を背に、䞀人の巚挢が、入っお来る人間をしらべながら、名簿らしい倧きな垳面に、赀むンキで、しるしを぀けおいる。六尺をこえるかず思われる、色の黒い、出歯で、額のせたい、いがぐり頭の四十男だ。ネルのシャツのうえに、「浜尟組助圹」ず染めぬかれた半纏を着おいる。県が、するどい。\n「どうやら、揃うたようにあるなあ。䞉人ほど来んが、半パ者ばかりだから、もう、これで、よかろう。......新公、お前、芪分ぞ――揃いたしたから、お出たし䞋さい。......っお、取り぀いで来い」\n「ぞい」\n 新公ず呌ばれた、二十䞉四らしい、やはり、半纏姿の頑䞈そうな男が、密集しおいる仲仕たちの間を、敏捷に、かきわけお出お行った。\n たもなく、浜尟垂造があらわれた。牀柱のずころに来お、぀っ立った。䞭肉䞭背だが裃でも぀けたように、おそろしく䞡肩が匵っおいお、瓢箪のように现長い顔は、ぞんに青癜い。疳性らしい青筋が、ミミズのように、額に倪く這い、びく぀いおいる。\n 䞀座が静たるず、浜尟は、沈痛な面持で、口を切った。\n「今倜、みんなに集たっおもらったのは、浜尟組の浮沈にかかわる䞀倧事が起ったからじゃ。孊問のない者が倚いので、わからんかも知れんが、フチンずいうのは、字でかけば、浮き沈み、浜尟組が浮くか、沈むか? この浜尟垂造の顔が立぀か、぀ぶれるか?......今日たで、ばりばりず鳎らしお来たが、明日のむンド䞞の荷圹に倱敗したら、おれは、この門叞に居られん。぀たりは、浜尟組は解散、お前たちも、路頭に迷うこずになる。......わかっおくれるな?」\n 䞀座は、しいんずしおいる。\n「どうじゃ、芪分のいうこず、わかるじゃろう?」\n 助圹の倧男が、鷹のような県で、䞀座を芋たわしお、どなるず、\n「わかりたす」\n 十人ほど答える者があった。\n「盞手は、宿敵の倧村組じゃ」浜尟は、そこに、倧村がいるかのように、県をぎら぀かせお、「絶察に、負けられん。そこで、明日の荷圹には、い぀もの出番を倉曎しお、しっかりした者だけを、䞉十人、出す。人遞は、日ごろの成瞟によっお、ボヌシン(助圹)ず盞談のうえ、定めた。もし、勝おば、問題ないが、......いや、ぜひ勝っおもらわにゃならんが、......䞇䞀、負けるようなこずがあったら、その堎で、喧嘩をふっかけお、やっ぀けお、おれの顔を立おおくれ。......それじゃ、ボヌシン、名前を読め」\n「ぞえ」倧男は、垳面をひろげた。「ええか。......倧石良造、堀郚安倪郎、小山田庄䞉郎、倧原源吟、谷口林助、森新之助、玉井金五郎、......女では、䞹矜フミ゚、石川タツ、谷口マン、井䞊トモ子、......」\n 指名が終るず、䞀座は、ひずしきり、ざわ぀いた。しかし、この人遞は、個人の意志や、意芋などは、はじめから、無芖された。呜什的なものであっお、掟遣に決定した者のなかから、䞍服をずなえるこずは蚱されなかった。\n 遞に掩れた者のなかで、\n「倧将、わたしも、ぜひ、仲間に入れお䞋さい」\n ず、志願する男があった。\n「駄目、駄目」ず、倧男の巚挢が、どなり぀けた。「お前のような飲んだくれで、喧嘩ばかりは匷くおも、怠け者は資栌がない。久束が入るず、仕事の段取りが狂うおしたう」\n それから、浜尟垂造の方をむいお、\n「芪分、どうやら、かたづきたしたようで......」\n「よし」\n 浜尟は、満足げに、うなずき、\n「それでは、みんな、頌んだぞ。こういうずきに、日ごろの恩をかえすのが、人間ずいうものじゃ。明日が早いから、今倜は倜ふかしをしおはいかん。酒も、バクチも、やめお、早く寝れ。女買いにも行くな。あれが、䞀番、翌日の仕事にこたえる」\n「女房ずも、いけたせんか」\n そういう者があっお、䞀座は、どっず、笑った。\n「女房ずでもわるいが、たかりちがっお、喧嘩になれば、別れになるかも知れんから、すこしなら、よろしい」\n たた、隠埮な笑いが流れた。\n「そんなら」ず、助圹が、「明朝は、䞉時に起す。四時、浜に集合。ええな?」\n「はあい」ず、䜕人かが答えた。\n「玉井」\n「はい」\n 座の埌方にいた金五郎は、そう答えお、膝立ちした。\n「お前、新米じゃが、特別に、明日の組に入れおやった。ありがずう思え。それで、ちょっず、盞談があるけ、埌に残っおくれ」\n「なんごずですか」\n「それは、埌で話す」\n「これから、友だちず、掻動写真を芋に行く玄束しずるんですが......」\n「いかん、いかん。倜ふかしすんなず、たった今、いうたばっかりじゃないか。残れ」\n「はあ」\n しかたなく、頭をかいお、金五郎は、たた、䞀座の䞭に沈んだ。\n 解散が宣せられお、仲仕たちは、どやどやず、散っお行った。幹郚の五六人ず、金五郎ずが残った。\n 颚垫山のいただきをわたる颚は、䞀局、匷くなるようである。十倜ほどの月が、山の肩に出おいる。がうず、カサをかぶっお霞み、円光のような、うすい䞃色の虹が矎しい。\n 䞉々五々、黒い圱になっお、仲仕たちは垰っお行く。そのなかに、谷口林助ず、マンも、たじっおいた。肩をならべお歩きながら、兄効は、口をきかなかった。足どりも、重い。\n 背埌で、プッ、プりッ、ず、ラッパの音が起った。提灯を぀けた䞀台の人力車が、景気よく、暪を走りすぎお行った。\n「兄さん、芪方さんじゃないけ?」\n「そうよ、これから、オメカケさんのずころに行きんさるずよ」\n 二人は、たた、黙っお歩いた。\n 運河に添っお行くず、遠くに、長屋の灯が芋えお来た。誰か、井戞端で、掗濯をしおいる。\n「兄さん」\n なにか考えながら、重い足どりで歩いおいたマンが、顔をあげた。\n「あン?」\n「女っお、損ねえ」\n「なにが、損か」\n「はじめから、男ずは段ちがいに、定められおしもうずる。なんでも、䞋廻りばっかりで......」\n「そら、しかたがないわ。昔から、そうなっずるんじゃから」\n「なぜ、そうなっずるの? それが、あたし、おかしいのよ。いいえ、はがいいのよ。仲仕だっお、そうでしょ。男が䞀人前ずるのに、女は六分、そりゃあ、女は男ほどの仕事はできんかも知れんけど、男の䞭にだっお、女の半分もできん人があるんじゃけ。それでも、賃銀は定められたずおり。䞍公平やわ」\n「そんなこず、いうたっお、通りゃせん」\n「それが、はがいいのよ。たちがったこずでもなんでも、そのたた平気で抌し通す――それが、男の暩利なの?」\n「暩利ちゅうわけでもないが......」\n「暩利ず思うずるのね。芪方さんだっおも、そうやわ。ちゃんずごりょんさんがあんなさるずに、オメカケさんを囲うお、さっきも、人力で乗りこみなさる。メカケの䞀人二人持぀のは、男の甲斐性ずいうお、メカケを持たぬ者が、かえっお、銬鹿にされる。そんなこずが、圓りたえみたいに通るのは、たちがいよ」\n「たちがいずいうおみおも、䞖の䞭のこずはなあ......」\n「ふりン、兄さんも、金でもできたら、二号を持ちたい口ね」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを持続しお、现郚にこだわった文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「巊様ですね゚――思ひに悩む時、心の寂しい時、気の狂ほしい時、熟ず粟神を凝らしお祈念したすず、圱の劂く幻の劂く、其の面も芋え、其声も聎こゆるですよ、䌯母さんのず栌別違ありたすたい」\n「其れは長二や、未だお前には早過ぎるやうだよ」ず䌯母は頭を振りぬ「私も結局孀独の方が奜いず、心から思ふやうにな぀たのは、十幎以来くらゐなものだよ――今だから掗ひ枫ひ蚀うお仕舞ふが、二十代や䞉十代の、未だ血の気の生々した頃は、人に隠れお䜕皋泣いたか知れないよ、お前の祖父が昔気質ので、仮什祝蚀の盃はしなくずも、䞀旊玄束した䞊は、埌家を立お通すが女性の矩務だず蚀はしやる、圓分は其気で居たものの、たア、長二や、勿䜓ないが、父を怚んで泣いたものよ――お前は今幎幟歳だ、䞉十を䞀぀も出たばかりでないか、お前がどんな偉い人にな぀たにしおも、マサか仙人では有るたいわ、近い話が、䜕か身動きもならぬ皋に忙しい䞭を、斯様䜕の盞談察手にもならぬ私を恋しが぀お、急に思ひ立぀お来るず云ふも、神様の嫁埡では、物足らぬからではあるたいか、゚、長二、お前が䜕皋物識でも、私の方が幎を取぀お居りたすぞ」\n 篠田は腕拱きお深思に沈み぀、\n 子を䌎ぞる雌雄の猿猎が、雪深き谷間鳎き぀ゝ過ぐる芋ゆ、\n\n二十五の䞀\n\n 篠田の寂しき台所の火鉢に凭りお、銖打ち垂れたる兌吉の老母は、未だ眪も定たらで牢獄に呻吟する我が愛児の䞊をや気遣ふらん、折柄誰やらん蚪ふ声に、老母は狭き袖に涙拭ひお立ち出で぀「オボ、花ちやん――お珍らしい、胜くお入来だネ、さア、お䞊りなさい、今もネ私䞀人で寂しくお困぀お居たのですよ――別にお倉りもなくお――」\n「ハア、――老母も――」ず、嫣然ずしお䞊り来れるお花は、頭も無雑䜜の束髪に、朚綿の衣、キリボ着なしたる所、殆ど新春野屋の花吉の圱を止めず、「倧和さんは孊校――巊様ですか、先生は䞍盞倉埡忙しくお圚぀しやいたせうね゚――今日はネ、阿母、慈愛通からお聎が出たしおネ、埡幎銖に䞊぀たんですよ、私、斯様嬉しいお正月をするの、生れお始めおでせう、是れも皆な先生の埡蔭様なんですからね゚――其れに阿母、兌さんから消息がありたしテ、私、始終気になりたしおネ」\n 老母の目は埩た応ち涙に曇り぀「――予審ずやらは歀頃やうやく枈んださうですがネ――」\n「巊様ですツおネ――其事は私も新聞で芋たしたの、――六ヶ敷文句ばかり曞いおあるので、胜くは解りたせぬでしたが、䜕でも兌さんに、小米さんを殺すなんお悪心が有぀たのでは無いず云ふやうに思ぞたしたよ、矢぀匵裁刀官でも人ですから、少しは同情があるず芋えたすわねヱ、だから阿母、䜙り心配なさらぬが可埡座んすよ」\n「難有うよ」ず老母は瞌拭ひ぀「歀皋も䌜のこずを匕受けお䞋だす぀た、匁護士の方が来し぀たんでネ、先生様の埡友達の方で、――埡䞡人で皮々埡盞談なす぀お圚し぀たがネ、君是れ皋筋が立぀お居るのに、若し兌吉を無眪にするこずが出来ないならば、匁護士を廃めお仕舞ぞず、先生様が仰しやるぢやないか、するず其方もネ、可しい玄束しようず仰しやるんだよ、花ちやん、私、嬉しくお〳〵......」\n「本圓にね゚、阿母」ず、お花はブル〳〵ず身を震はし぀「䜕ず云ふ埡芪切な方でせう、――私、考ぞる毎に――」ず、面応ちサず玅らめ「圌の様にお忙しい䞭で、私共のこずたであれも是れもずお䞖話䞋さるんですもの、䜕しお阿母、䞖間態や人前の衚面で、出来るのぢやありたせんわね゚――近頃は又戊争が始たるずか、忌な噂ばかり高い時節ですから、倜分お垰りも嘞ぞ遅くお圚぀しやいたせうね゚」\n「巊様ですよ、お぀ちりお寝みなさる間も無くお圚぀しやるので、埡気の毒様でネ、ト云぀お埡手助する蚳にもならずネ――其れに又た䜕か急に埡甚でもお出来なされたず芋えお、昚日新聞瀟から盎ぐに埡郷里ぞ行らし぀たのでネ」\n「あらツ」ず、お花は驚き顔「ぢや先生は埡䞍圚なんですね――たア――䜕時埡垰宅になるんですの」\n「端曞で蚀うお埡遣しにな぀たのだから、詳しいこずは解りたせんがネ、明日の晩たでには、お垰宅になりたせうよ、倧和さんが巊様蚀うおらしたから、だから花ちやん、䞁床可い所ぞ来おお呉れだわネ、寂しくお居た所なんだから」\n「私、たア――ぢや、私、お目に掛るこず出来ないんですか――」\n「そんなに急ぐのかネ、花ちやん、たたのこずだから、少しは遊んで行぀おも可いでせう、倖の凊ぢや無いもの」\n 黙぀おお花は頭を振り「明日の正午たでには是非垰通らねばなりたせんの」\n ガラリ、栌子戞鳎りお、倧和は垰り来れり「やア、花ちやん、来぀しやい、埅぀おたんだ、二䞉日、先生が埡䞍圚ので、寂しくお居た所なんだ」\n「貎郎たでが、――そんナ――」ずお花は泣きも出でなんばかり、\n\n二十五の二\n\n 晩逐を果おお、䞉人燈䞋に物語り぀ゝあり、「䜕だか、阿母、先生が埡䞍圚ず思もや、其凊いらが寂しいのね゚」ず、お花は、篠田の曞斎の方顧み぀ゝ、\n「ほんずにね゚、圚し぀たからずお、是れず云ふ別段のこずあるでも無いのだけれど」ず、兌吉の老母も銖肯き぀、\n「本圓に私、申蚳ないず思ひたすワ」ず、お花は急に思ひ出したるらしく「先生が私を埡䞖話なす぀お䞋さるのを、䞖間では圌歀申すさうぢやありたせんか、私ダ、䜕うせ斯様した躯なんですから、ち぀ずも関やしたせぬけれど、其れぢや、先生に埡気の毒ですものね゚」\n「なアに、花ちやん」ず、倧和は番茶呑み干し぀ゝ、事も無げに笑ひお、「其様こずは先生に取぀お少しも珍らしく無いのだ、歀頃は尚だ酷い颚評が立぀おるんだ――山朚の梅子さんお什嬢ず、先生が結婚しなさるんだツお云ふんでネ、是れには先生も少こし迷惑しお居なさる様なんだ、皆な先生を毀けようずする者の卑劣な策略なんだから、花ちやん、巊様心配しなさるに及ばないよ」\n「巊様でせうか」\n「けれど倧和さん」ず老母は顔差し出し「ツむ歀頃も、其の山朚のお嬢様ずやらの匟埡さんが埡来にな぀たで埡座んせう、チラず埡聞きしただけですから胜くは解りたせんけれど、其の埡姉さんが䜕しおもお嫁に行かないず仰しやるんで、トド、䜕か倧倉なこずでも出来したず云ふ様な埡話で埡座んしたよ」\n「りム、圌の束島の䞀件か」ず、倧和は䟋の無頓着に蚀ひ捚おしが、応ち心着きおや䞡手に頭抱ぞ぀「やツ」ず蚀ひ぀ゝお花を芋やる、\n「䜕しなすツたの」ず、お花も、束島ず云ふ䞀語に顔赫らめぬ、\n「なアに、花ちやんの為にも矢匵り敵なんだよ、圌の束島倧䜐がネ」ず倧和は茶受ムシダ〳〵ず噛み蟌み぀「圌が䜙皋以前から、梅子さんを貰はうずしたんだ、梅子さんの実父も、継母の兄ず云ふのも、皆な有名な埡甚商人なんだから、賄賂の代りに早速承諟したんだ、所が我が梅子嬢は䜕しおも承知しないんだ、到頭梅子さんを誘ひ出しお、腕力で䟮蟱を䞎ぞようずしたもんだから、梅子さんも非垞に怒぀お、束島を片県にしたんださうな、其れを宅の先生が䜕か関係でもあ぀お、巊様させたやうに蚀ひ觊らしお、先生の事業を劚害する奎があるんだ、或は梅子さんが先生を恋しお居なさるかも知れんサ、倧分䞖間で其の評刀だから、けれど先生は埡存知無いんだ、恋愛は其察手が承諟を䞎ぞた堎合に始めお成立する、所謂双務契玄なんだからなア」ず、恋愛法理論を講釈したる圌は、グツず䞀怀、茶を傟け぀「䜕うも矎人おものは厄介極たる、僕は倧嫌ひだ、」\n 老母もお花も転が぀お笑ひ぀、\n「それは、屹床、其のお嬢様も巊様で圚぀しやいたせうよ」ず、老母はやがお口を開きお「先生様のやうに、口数がお少くなくお、お情深くお、䜕から䜕たで物が解぀お圚し぀お、其れでドツしりずしお居なさるんですもの、其ダ、女の身になれば誰でもね゚」\n「たア、厭な阿母」\n「吊゚、本圓ですよ」\n お花はランプの光眩し気に面を背向け぀「けれど、其のお嬢様など、お幞犏ですわね゚、其様した立掟な方なら、仮什浮き名が立たうが、䞀寞も男の耻蟱にもなりや仕たせんもの――」\n 倧和は県を円くしお、襟に頀埋めお俯けるお花の容子を、マゞ〳〵ず芋぀めぬ、\n 歀倜お花は眠らぎりき、\n\n二十六\n\n「今日は又た曇぀お来た、䜕卒降雪ねば可いが」ず、空眺めながら䌯母は篠田を芋送りの為め、其の埌に付いお、雪の山路を蟿り来りしが「其う云ふ次第で、長二や、気を着けおお呉れよ、歀䞖に只だ䌯母䞀人姪䞀人ず云ふのぢや無いか、――亭䞻には婚瀌もせずに逝かれる、お前の阿父は圌の様な非業な最埌をする、倩にも地にも頌るのはお前ばかりのだ――たあ、之を埡芧よ」ず、県䞋に癜き雪の山里指し぀「お前の阿父は歀の秩父の癟姓を助けるず云ふので鉄砲に撃たれたのだが、お前の量芋は其れよりも倧きいので、劂䜕灜難が湧いお来ようも知れないよ、――歀様幎老぀た䞊に、逆事など芋せお呉れない様にの――」\n 篠田も䜕ずやらん埌髪匕かるゝやう「䌯母さん、䜕卒心配せんで䞋ださい、重々埡苊劎を埡掛け申しお来た今日ですから――其れに私も既䞉十を越したんですから、埌先芋ずのこずなど臎したせんよ、父にも母にも為るこずの出来なか぀た孝行を、貎女埡䞀人の䞊に尜くしたいのが、私の粟神ですからネ」\n 䌯母は涙堰きも敢ぞず「――長二や、――私や、斯しおお前ず歩るいお居ながら、コツクリず死にたいやうだ――」\n ハボボボず篠田は元気克く打ち笑ひ぀「䜕を䌯母さん、仰しやる、今た若し貎女に死なれでもしお埡芧なさい、私は殆ど歀䞖の垌望を亡しお仕舞ふ様なもんですよ、䜕卒ネ、お躯を倧切にしお䞋ださい、其のうちに又時を郜合しお参りたすからネ」\n「忙しからうがの」ず、䌯母は小さき袂に溢るゝ涙抌し拭ひ぀「䜕卒其うしおお呉れよ、幎増しにお前が恋しくなるので、――其れに、埩た蚀ふ様だが、私の䞀生の埡願だでの、䞀日も早く嫁を貰ふこずにしおお呉れよ、――女房が無いで身締が䜕の角のなどず其様な心配は、長二や、お前のこずだもの少しも有りはせぬが、お前にしおからが䜕皋心淋しいか知れはせぬよ、女など䜕の圹にも立たぬ様に芋えるが、偉い他人でも其の真心には及びたせんよ、――諄いず思ふだろが、お前の嫁の顔芋ぬ間は、私は死にたくも死なれないよ」" }, { "role": "assistant", "content": " 篠田は答ぞんすべも無し、\n\n * * *\n\n 顧み勝ちに篠田は独り䞋山り行く、䌯母が赀心䞀語々々に我胞を貫き぀、\n\n\n神に祈れど埗も去らぬ、寂し心のなやみをば、恋おふものず䌯母君の、昚日ぞ諭し玉ひたる\n\n花の姿の矎しず、乙女を芋たる時もあれど、慕はしものず我が胞に、圱をずどめしこずあらず、\n\n地䞊の眪の同胞に、代る犠牲の小矊ず、神の埡前に献げたる、堅き誓の我なるを、\n\n䞍信の波の䜕時しかに、心の淵に立ち初めお、底の濁を揚げ぀らん、今日たで知らで我れ過ぎぬ、\n\n\n 汝を恋ふるばかりに、柔しき凊女の血にさぞ汚れしを知らずやテフ声、応ち劂䜕凊よりか矢の劂く心を射れり、山朚梅子の矎しき圱、閉ぢたる県前に瞭然ず笑めり、\n「おのれ、長二ツ」ず篠田は我ず我が心を倧喝叱咜しお、嚇ずばかり県を開けり、重畳たる灰色の雲砎れお、歊甲の高根、雪に茝く、\n\n二十䞃の䞀\n\n 壕氎に映぀る星圱寒くしお、束の梢に颚音凄く、倜も早や十時に垂んたり、立番の巡査さぞ今は欠䌞ながらに、炉を股にしお身を瞮むる鍛冶橋畔の暗路を、倖套スツポリず頭から被りお、匓町の方より出で来れる䞀黒圱あり、亀番の燈火にも顔を背向けお急ぎ橋を枡り぀、土手に沿うお、トある譊芖庁官舎の門に没し去れり、\n 圌の黒圱はダガお倖套を脱しお、䞀宀の扉を抌せり、宀内は燈火明々ずしお、未だ官服のたゝなる䞻人は、燃え盛る暖炉の偎に安然ず身を倧怅子に投げお、針の劂き頬髯撫で廻はし぀ゝあり、\n 扉の開かれし音に、ギロリずせる県を其方に転じ぀「ダア、吟劻」\n 圌の黒圱は同胞新聞の蚘者吟劻俊郎にぞありける、\n 吟劻はその敏慧なる県に埮笑を含み぀ゝ、軜く黙瀌せる儘、䞻人ず盞察しお怅子に坐せり、\n「川地課長、やうやく捜し出したしたよ」\n 蚀ひ぀ゝ圌は裏なるポケットより䞀個の玙包を取り出しお、䞻人に枡せり「今䞀日埌れりや、屑屋の手に枡る所なんで――倧切な原皿を間違ぞお、反叀の䞭ぞ入れちや぀たおなこずで、屑籠を打ちあけさせお、䞀々択り分けお、本圓に酷い目に逢ひたしたよ」\n 䞻人は黙぀お其の玙包を開けり、䞭より出でしは皺クチダになれる新聞の原皿なり、圌は膝頭にお皍々之を抌し延ばし぀、口の裡にお五六行読みもお行けり、\n\n......圌の䞻戊論者の声蚀する所を聞くに日露䞡囜の衝突は、自由ず擅制ずの衝突にしお、又た文明ず野蛮ずの衝突......ず云ふ、吟茩謂ぞらく決しお然らず、是れ只だ䞡個擅制垝囜の衝突のみ、䞡個野蛮政府の衝突のみ........................財産の特暩、貎族の遊食、..................総ゆる眪悪䞀に皇垝の名を仮りお匁疎......\n\n 川地は目を揚げお吟劻を芋぀「慥に篠田の自筆か」\n「巊様です、間違ありたせんよ」\n「埡苊劎〳〵」ず川地は銖肯き぀ゝ己がポケットの底深く蔵め「是れが圚れば倧䞈倫だ、早速告発の手続に及ぶよ、実に䞍埒な奎だ、――が、圌奎、䜕凊か旅行したさうだが、逃でもしたのぢや無らうナ」\n 吟劻は埮笑み぀「なに、郷里ぞ䞀寞垰぀ただけのです、今晩あたり倚分垰京぀た筈です、で、眪名は䜕ずする埡心算ですネ」\n「巊様さナ」ず䞻人は頬撫で぀ゝ「先づ䞍敬眪あたりぞ持぀お行くのだ、吹぀掛けは成るべく倧きくないず䞍可からナ」\n「゚、䞍敬眪です぀お」ず吟劻は声やゝ打ち顫ぞり、\n 䞻人は鋭き県しお睚みぬ「䜕だ」\n「なに、䜕もしやしたせぬがネ」ず吟劻は心抌し静め぀「䜕の道、倧至急願ひたいものです――僕は最早篠田の面を芋るに堪ぞないですからネ」\n 吟劻の額には恐怖の雲懞る、\n「䜕をビク〳〵するんだ」ず、䞻人は吟劻を䞀睚せり「其様こずで探偵が勀たるか――篠田や瀟員の奎等に探偵ず云ふこずを感付かれりや為なかろな」\n「なアに、倖の奎等は感付く所か、僕が䜙り篠田に接近するず云ふので、华お嫉劬しお居る皋です、ですから僕の流蚀が案倖瀟員間には成効しお、陰では皆な充分に篠田を疑぀お居るですがネ――」蚀ひ淀みたる吟劻は、偎なる小卓に片肘を立おお、悩たし気に頭を支ぞぬ、\n「其れが䜕したず云ふのだ、篠田の方は䜕したず云ふのだ」\n「――課長」吟劻の声は震ぞり「川地さん、――然かし篠田は芚぀お居るらしいのです、慥に芚぀お居るらしいのです」\n「けれど吟劻、芚぀お居ながら、探偵を近けお居る理由もなからう――特に圌云悪党が」\n「所が、其れが倧間違ひのです」ず、吟劻は姿勢を正しお吐息を぀けり「川地さん、正盎に蚀ふず、圌は偉い男ですよ、圌は慥に僕を探偵ず知぀おるのです、其れで僕ず差向の時には、必ず僕に説教するのです、圌は党然坊䞻ですナ、其真実の蚀葉が、歀の心の隅から隅たで探燈で照らし枡る様に感じお、怖くお堪らない」\n 圌は瞑目しお暫ばし胞裡の激動を制し぀「――ト云うお、貎官の方ぞは、圌の眪迹を䜕か報告せねばならぬでせう――むダ、其様せねば貎官の埡機嫌が悪いでせう――けれど実を蚀ふず、僕には圌の眪悪ず云ふものを発芋するこずが出来ないんですもの――」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、完成床の高い文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 巊近はこの蚀葉を小耳にずめたが、それは知らぬ顔。ずにかくポンず気前よく䞉癟円だしおやっお、二人を結婚させた。さお八千円かしお二人に貞座敷をやらせるず、どう云う事に盞成ろうか。月々貞した金の利息をずりに行っお、その日はゆっくりずたゞで傟城の郚屋ぞ坐っおいろ〳〵ず女の話をしたり、手や膝がふれるずか、たアなにかのハズミでいろいろ思わぬタノシミができるであろう。巊近はそう考えめぐらすだけで、なんずなく楜しい毎日をすごした。\n 圌は勿論本圓に八千円の金を貞しおやろうなぞず考えおいたわけではなかったが、ちょうどそこぞ勘圓しお以来二十五幎も音沙汰のなかった志道軒ムラクモが女房子䟛を぀れお芪䞍孝のお詫びにず蚪ねお来た。女房は芞者あがりの恋女房、春江ずいっお䞉十。久吉ずいう十になる䞀人息子を぀れお高䟡な手みやげを持っお蚪ねお来た。自分は幇間をやり、女房にはチョッずした䞀パむ飲み屋をやらせお生掻には困っおいない。たゞな぀かしさに䞀目だけでも拝顔しお重なる䞍孝のお詫びをしたいず矢も楯もたたらずずいう、そこは倚幎の幇間できたえた匁舌、情味真実あふれお巊近の耳にも悪くはひゞかない。\n「ペラペラずよく喋るな。その舌でお金をかせぐのか。薄気味のわるい奎だ。お茶坊䞻のように頭をたるめおいるが、腹は黒いな」\n「恐れ入りたす」\n「金が欲しかろう」\n「慟を云えばキリがありたせんが、毎日の暮しには事欠いおおりたせん」\n「慟を云えばいくら欲しい」\n ムラクモは父の薄笑いを満身にあびおゟッずした。その薄笑いは悪い病気をやんでいるようだ。笑いが病気をやむずいうのはおかしいが、氎野巊近が笑っおいるのではなくお、䞀ツの薄笑いが圌の顔にのりう぀っおいるように芋える。その薄笑いが䜕か悪い業病に぀かれおいるようだ。ひょッずするず巊近の顔は死んでいるのかも知れない。あの薄笑いをはいでみるず、巊近の顔の死盞がハッキリずしお、そっくり死神の顔かも知れない。薄笑いはその䞊にひッ぀いお、圱を萜したように、ゞッずしおいるように芋える。なんずいう病気なのだかずおも芋圓は぀けられないが、その薄笑いが圌の満身にゞッずそそがれお、その冷さが満身にかゝっおいるのである。\n 志道軒は油のような暗いモダがたちこめた倕暮れの墓堎に坐っおいるような気がした。あの人間は誰だろう? あの人間の膝の䞋にも、自分の膝の䞋にも草が生えおいるように思われる。あの人間はオレに䜕を告癜させようずいうのだろうか。それから、どうしようずいうのだろうか。志道軒はその薄笑いで銖をしめられるような気がした。圌は必死にその薄笑いに目をすえお、\n「そう倧それた慟ではございたせんが、䞀䞇円もあれば、䞀流地に埅合、カッポり旅通のようなものをやっおみずうございたす。お宝がありさえすれば、モりケの確かな商売はあるのですが、目のきく者にはお宝が授かりたせん」\n「䞀䞇円、かしおやろう」\n 薄笑いが、そう蚀った。いったい、それが、蚀葉ずいうものなのだろうか。その蚀葉にも病気があるようだ。死にかけおいるような病気がある。\n「五幎目に返せるならかしおやる」\n「それは必ず返したす」\n 志道軒は䜕かにひきこたれるように、ずッさに叫んでいた。必死であった。圌はうろうろず春江の顔をさがしお、圌女にも䜕か頌めずいうこずを必死の目顔で蚎えようずするず、驚いたこずには、春江はピタリず坐っお、䞉ツ指を぀いお、薄笑いの方に向っお、䌏目がちではあるが、ゞッず気息を沈めお盞察しおいる。春江も草むらの䞊に坐っおいるずしか思われない。春江にも病気がのりう぀ッおいるように芋えた。春江! もうちょッずで圌は叫び声をたおそうであった。\n するず春江は静かな声で、\n「䞀䞇円拝借できたすれば、子々孫々安穏に暮すこずができたしょう。䞻人も今では萜ち぀きたしお、埌生を願い、静かな䜙生をたのしみたいず申すような殊勝な心に傟いおいるようでございたす。しがない暮しはしおおりたすが、物分りのよい䞖話奜きなどず倚少は人様にも信甚され、人柄を芋こんで目をかけお䞋さるお客様もおいおい぀くように芋うけられたす。開業さえいたしたすれば圓日から盞圓に繁昌いたそうず思われたすので、五幎で元利の返枈はむ぀かしいこずずも思われたせん。なにずぞ埡揎助䞋さいたせ」\n 志道軒はこの堎のおのずからの察話、そのおのずから感埗されひきこたれた䜕物かを考えお、これをやっぱり墓堎の察話ずよぶべきであろうず考える。あの盞察する人の薄笑いをはいでみるず、その䞋には、どうしおも死んだ顔があったのだず考えるのである。\n こういうわけで、志道軒はひょッず老父を二十五幎ぶりに蚪ねたおかげで、どういうワケだか分らないが、倧金をかりるようなこずになった。\n 志道軒は父よりの知らせによっお、土曜日の午埌に蚌文を持参しお、父を蚪れた。すでに䞀人先客があるのは、これが圌には初察面の自分の子䟛、お枅の生んだ垞友なのだ。お枅の気質をうけたのか、育った環境のせいか、自分の子䟛のように思われるずころは党くなかった。なんず挚拶の仕様もない困った気持であるが、巊近はそういう俗䞖の小事には党く無関心の様子で、その冷さは人情の䞖界に䜏みなれおいる志道軒のハラワタを凍らせるような劖しさだった。\n そこぞ流れる汗もふき忘れた劂くに急ぎ来着したのが幞平である。この䞀族には父子の亀りも行われおいないから、近い血のツナガリある人たちであるが、みんな初察面である。巊近が黙っおいるから、ミネがたたりかねお、幞平に志道軒や垞友を玹介する。母の違う兄だの甥だのず云っおも、䞀人は兄どころか芪父にしおも若くはないような倉った颚態の倧入道。䞀人は甥だずいうが自分よりも幎䞊の無孊文盲のアンチャンだ。そんなものを䞀々気にかけおはいられない。実に幞平はそれどころの話ではないから、初察面の人々ぞの挚拶などはりワの空。\n 持参の包みを急いで開いお、預金垳ず印鑑を䞀䞇䞃千円の包みの䞊に重ねお差出しお、\n「埡呜什によりたしお䞀䞇䞃千円ひきだしお参りたした。どうぞお改め䞋さい」\n 巊近はアリガトりも云わなければ、軜くうなずきもしなかった。実にただ薄笑いをうかべお、幞平の差出したものを黙っお぀かんで、たず預金垳を懐䞭にしたいこみ、次に印鑑を぀たんでヘコ垯の䞭ぞ入れおグルグルたきこみ、それを垯の䞀番内偎ぞ指で䞉四床抌しこんでから、札束を掎みあげた。\n 䞀䞇円の束から千円算えおひきぬいお、それを䞃千円にたしお、\n「この八千円は垞友にかしおやる。こッちの九千円はタむコモチにかしおやる。タむコモチのは䞀䞇円から千円倩匕いおあるが、高利貞しにくらべればなんでもない。その代り、ほかの利息はぬいおやるから、五幎目に䞀䞇円返すがよい。分ったな」\n 志道軒、垞友がうなずくず、蚌文をずっお、\n「甚がすんだら、垰れ」\n 巊近の顔には、盞倉らず薄笑いが浮んでいた。\n 志道軒は埅望の倧金をわが手におさめた喜びも倧方消しずんだようだった。圌は恐しいものを芋たのである。恐らく鈍感な垞友は気が぀かなかったであろうが、人の顔色をよむのが商売のコツでもある志道軒には、こんな恐しいこずはむしろ気が぀かずにいたいもの、いろいろず人の顔色を芋おいたが、こんなムザンな顔を芋たのは生れおはじめおのこずだ。\n 巊近が札束を二぀にわけお垞友ず志道軒に枡した時の幞平の顔ずいうものは、突然あらゆる感情が無数の鬌になっお䞀時に顔の䞋からずび起きお毛穎から顔をだしお揃っお倧きな口をあけお銖をふりたわしたようだった。幞平の目だの口だの錻だのぞ誰かが棒をさしこんでグリグリたわしおいるのに、その棒を突ッかえしお飛びだしおくる無数の小鬌がいるのだ。圌は本圓に倧きな口をアングリあけお、二ツの目玉がずびだしたたただった。" }, { "role": "assistant", "content": " 幞平がいそいそず来着しお、初察面の人たちぞの挚拶もりワの空に包みを解きはじめた様子を思いだすず、志道軒には党おの事情が察せられたのである。この男は自分に貞しおくれる金だず思っお、喜び勇んで持参したものにきたっおいる。巊近はフンずも云わずに受けずっお、それを盎ちに他の二人に、圌の目の前で分け䞎えたのである。\n 幞平のムザンな顔もさるこずながら、それに盞察するものずしお巊近の薄笑いを考えるず、それは人間のものでもなければ、鬌のものですらもない。\n 二十五幎ぶりに老父を蚪れたずきに、いきなり䞀䞇円貞しおやろうず云いだした時、父の顔には悪病にかかった薄笑いが぀いおいお、それをはぐず、䞋には死んだ顔、青い死神の顔があるような気がした。その顔ず今日の顔ずが結び぀いおいるのだ。\n 垞友や自分に金をかしたのは、垞友ず自分に金を貞すこずが目的ではなく、幞平にそれを貞さずに、圌の目の前で他の二人に分ち䞎えるのが目的だったのである。\n 巊近が自分に䞀䞇円貞そうず云ったずき、圌が薄笑いを浮べお芋おいたのは、この日の瞬間の幞平の顔だったのだ。\n 志道軒は幞平の顔ばかりでなく、圌の実母ミネの顔も芋た。それはやや時をぞお埌のこずであったが、うちひしがれおも、うちひしがれおも、怒りの逆䞊するものがこみあげおくるような悲しくすさたじい顔であった。\n 巊近が䞀䞇䞃千円を投じお眺めおたのしみたかったのは、それらの顔であったらしい。それらの怒りや逆䞊や憎しみであったのだろう。圌にずっお血のツナガリや家族ずはクサレ瞁、むしろ悪瞁ずいうこずだ。悪瞁の者どもが己れに向っお人間の発しうるうちでその䞊のものはないずいう憎しみや怒りや逆䞊に狂うのを圌は眺めたいのであろうか。圌の冷い血は、それを眺めおはじめお倚少の酔いを感じうるのであろうか。たったく圌の䜓内に赀い血があるずは思われない。青い血や黒い血が现い泥のように流れおいるかも知れない。これが人間だずいうこずも、自分の父だずいうこずも、考えるこずができなかった。\n「これが五幎前のこずでござんすよ」\n ず、倉䞉は長い話を䞀ず区切りしお、冷い杯をなめた。\n 圌の顔は劙にゆがんだ。はげしい嫌悪が、ず぀ぜん圌の顔に珟れたのである。草雪が瞬間ギョッずしたほど生々しいものであった。倉䞉は平静にかえった。\n「さお、五幎前は、ずにかく、これで枈みたしたが、五幎埌に䜕が起るず思いたすか。その五幎埌が、実はあしたなんで。む゚、あしたが五幎目の同月同日おえワケではありたせんがね。五幎前に茪をかけたこずがオッぱじたろうおえ段どりで、私は氞の奉公の奉公じたいずいう䞉日前に、旊那の云い぀けで、䞀々案内状を持っおたわっお来たしたんで。明日は氎野巊近の息子ず孫がみんなあそこぞ集りたすが、そこで䜕がオッぱじたるかおえず、これが五幎前にチャンず氎野巊近の頭の䞭に筋曞ができおいたのでさアね。呆れた話で」\n 倉䞉はムッず怒った顔になっお、ちょッず口を぀ぐんだ。\n\n ★\n\n 五幎前のあの時には、䜕事にもゞッず堪え忍ぶこずに銎れおいるさすがのミネも血盞を倉えた。わが身のこずに堪え埗おも、子䟛のこずには堪えられぬ母の䞀念であろう。\n あたりず云えばムゎタラしい仕打ちです。それではこの子があたり気の毒です、ず、日頃の我慢を忘れお泣き狂い叫び狂うミネの狂態を半日の䜙もじらしたあげく、巊近は薄笑いをうかべお、こう云ったのである。\n「なるほど、片手萜ちはいけないな。五幎目にお前の子にも、なんずかしおやろう。五幎ぐらいは倢のうちだな」\n その五幎目が明日であった。\n その䞉日前、倉䞉が圓日限りでヒマをもらうずいう最埌の日によびよせお、\n「今日がお前の奉公じたいの日だな。奉公が終っおから、あず䞉ヶ日だけタダで泊めおやるから、䞉ヶ日のうちに荷物の敎理を぀けお立ち去るがよい。その䞉ヶ日はもはや奉公人ではないからりチの甚はしなくずもよい。さお、最埌に䞀ずッ走りしおもらおう」\n ず、倉䞉を走らせお、志道軒、正叞、幞平、垞友のずころぞやり、倉䞉が立ち去る日の午すぎに圓日財産を分䞎するからず参集を呜じた。志道軒ず垞友は圓日玄束の貞金元利ずりそろえお持参のこず、いずれも、心埗たしたずいう返事があった。志道軒も垞友も営業は栌別のこずもないが、たア順調のようであった。倉䞉が立ち戻っお、承知したしたずいう䞀同の返事を䌝えるず、巊近はニダリず実に卑しげな笑みをもらしお、にわかに抜き足さし足、自分の郚屋ぞ泥棒にはいるようなカッコりで歩きながらチョむ〳〵ずふりかえり぀぀手たねきで倉䞉をよぶ。倉䞉がやむなく䞭ぞはいるず、自分は䞀番奥の壁にピッタリひッ぀いお尚もしきりに手たねきで自分の前たで呌びよせお、「シむヌ」口に指を圓おお沈黙を瀺し、膝ず膝をピッタリ぀き合わせお尚も無限ににじり寄りたげに、そしお倉䞉の䞊䜓にからんで這い登るように延びあがっお、倉䞉の耳もずに口をよせお尚、手で障子を぀くり、\n「お前はその朝ヒマをずっお出かけるから芋るこずが出来ないから、面癜いこずを教えおやる。財産を分けおやるずいうが、実は誰も䞀文にもならない。おたけに銘々が憎み合っお仲がわるくなるだけだ」\n 巊近はそこたで云うず、たたりかねおクックッず忍び笑いをもらすのだった。\n 幞平は五幎前に公金で株を買っお穎をあけ、圓にしおいた巊近からの借金は目の前で人のフトコロぞ飛び去っおしたい、たもなく公金暪領が発芚しおしたった。亡父の遺産を党郚売り払っおも数千円の穎がのこり、ミネが然るべき筋ぞお癟床をふみ、母の慈愛が実をむすんで、ずにかく衚沙汰にならずにすんだ。五幎埌に実父から財産分䞎があるこずになっおいるから、そのずき残額およびに圓日たでの利子を぀けお支払う。そういう䞀札をいれお、銀行の方はクビになった。その埌は゜バ屋の出前持に萜ちぶれお蟛くも糊口をしのいでいた。\n 兄の正叞も䞉十ずなり、なんずかしお嫁をもらっお䞀戞をたお、自分の店も持ちたいず思うが、最初の䞻家が没萜したために、その埌の奉公は次々ずうたくいかず、ただ䜏み蟌みの平職人で、間借りしお独立の生蚈をたおるのもオボツカなく、店をひらくどころか嫁をもらう資力すらも芋蟌みがない有様であった。そのために元々陰鬱な性栌が益々暗くひねくれお無口ずなり動䜜が重い。二十䞀二の若造がいっぱし高絊をもらっお面癜おかしく暮しおいるのに、圌は女䞭や小僧どもにもナマズなどず枟名でよばれお、ちょッず目をむくが、どうするこずもできない。立腹しお暎力をふるい、店をしくじっお路頭に迷ったこずも再床あっお、今では我慢がカンゞンず思うようになった。圌がヒゲをたくわえたのも䞻人の蚓戒をうけたからで、腹の立぀ずきはヒゲに手を圓おお自分の霢を考えるように、その蚓戒をたもっおヒゲに手を圓おお倧過なきを埗おいるが、そのおかげでナマズなどず呌ばれもする。\n 巊近は垞友が返枈する八千円を幞平の公金暪領の穎りメには䞎えずに、兄の正叞に䞎えるツモリであった。ただしそれには次の誓玄曞が必芁である。正叞はその八千円から匟の公金暪領の穎りメに芁する金額を貞し䞎える。匟は兄ず談合の䞊二十幎なり䞉十幎なりの月賊によっお借金を返枈する。この玄を守らなければ正叞は八千円の所有者ずはなり埗ない。\n ずころが幞平が穎りメに芁する金は五ヶ幎の元利䞃千八癟五十円ほどになっおいる。それを匟に貞し䞎えるず、圌の手にのこるのはたった癟五十円にすぎない。せっかく八千円の財産をもらっおも、癟五十円だけ握っお、あずは捚おるようなものだ。䞉十の幎配になっおもたった䞀郚屋の城䞻にもなれずナマズヒゲに手を圓おお小僧や女䞭の嘲匄に胞をさすらなければならぬ正叞の煩悶は尜きるずころを知らぬであろう。\n さおこの借金を兄に返枈する段になるず、月に十円の倧金を支払っおも六十五幎もかかる。゜バ屋の出前持の絊金は、䜏みこみ月額䞉円五十銭ずいうから、月に五十銭か、せいぜい䞀円の支払い胜力しかなく、実に元金の返枈だけでも六癟五十幎を芁するのである。\n 幞平はこの䞃千八癟五十円をわが物ずしなければ、぀いに法の裁きをうけお牢舎にこめられ、䞖間の盞手にされなくなっお暗い䞀生をい぀も葬匏のようにヒ゜ヒ゜ず歩いお送らなければならなくなる。是が非でも、これをわが物ずしなければならないのである。\n 骚肉を分けた実の兄匟がこの問題をめぐっおどのような結果に盞成るか、巊近の興は぀きるずころがない。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを継続しお、完璧な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "・よ぀ぎお啌いおふくらうの月\n・冎えかぞる月のふくらうずわたくし\n・恋のふくらうの冎えかぞるかな\n\n\n 二月十五日\n\n雪、雪はう぀くしいかな、雪の小鳥も雪の枯草も。\nわらやふるゆき぀もる――これは井垫の䜜で、私の曞斎を食る短冊に曞かれた句であるが、今日の其䞭庵はそのたゝの颚景情趣であ぀た。\nふり぀もる雪を芳るに぀けおも、おもひだすのは䞀昚幎の春、九州を歩いおゐるずき、宿銭がなくお雪䞭行乞をしたみじめさであ぀た(劂法の行乞でないから)、そのずき、私の口を぀いお出た句――雪の法衣の重うなりゆくを――その句を忘れるこずができない。\n裏山のう぀くしさはどうだ、私はしん〳〵ずふりしきる雪にしんみりず立぀おゐる山の雪景色に芋惚れた。\n地䞋足袋を穿いお、尻からげで、石油買ひに街ぞ出る、チダンチダン(このあたりでは゜デナシずいふ)を着たおぢいさんの姿には我ながら吹きだしたくな぀た、そしお、アヌブラ買ひにチダア買ひに、ずいふ童謡を思ひだしお泣きたくな぀た。\n雪の日の庵はいよ〳〵閑寂なり、閑寂を愛するは日本人老来の䌝統趣味なり、私は幞犏なるかな。\n暹明君から聞いお。――\nTさんはずう〳〵死んださうな、葬匏には私も列したいず思ふ、読経回向しなければならない、Tさんは䞍幞な人だ぀た、幌にしお母を倱ひ、継母にいぢめられ、やゝ長じおは父に死なれお、倚少の遺産を守るに苊しんだ、そしおさらに䞍治の病気に犯され、青春の悊楜をも味ふこずが出来なか぀た、圌は暹明君の幌銎染であり、その瞁をたど぀お、私は䞀昚幎の倏、庵が敎ふたで、䞀ヶ月ばかりの間、その離座敷に起臥しおゐた、圌は善良な人間だ぀た、句䜜したいずい぀お、私の句集なども読んでくれた、私は圌の䜙呜がいくばくもなからうこずを予感しおゐたが、......暹明君は情にあ぀い人である、Tさんの友達ずしおは暹明君だけだ぀たらしい、暹明君は病床のTさんを床々おずづれお、或る時は、東京音頭を唄うお、しかも螊぀お慰めたずいふ、病んで寂しがるTさんず酔うお螊る暹明君ずの人間的感応を考ぞるずき、私は涙ぐたしくならざるを埗ない。\n晩の雑炊はおいしか぀た、どうも私は食べ過ぎる(飲み過ぎるのは是非もないが)、䞀日二食にするか、䞀食は必らずお粥にしよう(胃拡匵はルンペン病の䞀぀だ、いや貧乏人はみんな胃拡匵だ、腹い぀ぱい食べたい、ずいふのが圌等の念願だから、そしお圌等は満腹感を味はなければ、食べた気持になれないのである、おいしいものを少し、よりも、たづくおも倚くを欲求するのである)。\n䜕を食べおもうたい! 私は䜕ず幞犏者だらう、これも貧乏ず行乞ずのおかげである。\n句䜜道は即ち成仏道だ、句を味ふこず、句を䜜るこずは、私にあ぀おは、人生を味ふこず、生掻を深めるこずだ。\n䞻芳ず客芳ずが枟然䞀劂ずなる、或は、自己ず自然ずが融合する、ずいふこずも二぀の圢態に分けお考察するのがよい、即ち、融け蟌む人ず融かし蟌む人、蚀ひ換ぞれば、自己を自然のふずころになげいれる人ず、自然を自己にうちこむ人ず二通りある、しかし、どちらも自然即自己、自己即自然の境地にあるこずに盞違はないのである。\n人間に想像や空想を蚱さないならば、そこには芞術はない、芞術䞊の真実は生掻的事実から出お来るが、真実は必ずしも事実ではない(事実が必ずしも真実でないやうに)、芞術家の心に斌お、ありたいこず、あらねばならないこず、あらずにはゐられないこず、それは芞術家の真実であり、制䜜の内容ずなるのである。\n内容は圢匏を芏定する、同時に、圢匏も内容を芏定する、しかし、私は内容が圢匏を芏定する芞術を制䜜したい。\n俳句的内容を持぀お俳句的圢匏を掻かす俳人でありたいのである。\n高くしお匷き感情、䜕物をも――自己をも燃焌せしめずにはおかないほどの感情、その感情から芞術――詩は生れる、自己燃焌がやがお自己衚珟である。\n\n・お正月の小鳥がうたひ぀぀うたれた\n・お正月も降぀たり照぀たり畑を打぀\n・降぀おは晎れる土にこやしをあたぞる\n 朚の実があ぀お鳥がゐお山がしづけく\n・竹をきる颚がふきだした\n 颚ふく日かなほころびを瞫ふ\n・いちはやく䌞びお咲いたるなづなであ぀た\n・握りあはした手に手のあかぎれ(蟲村颚景)\n・ほほけすすきのい぀たでも春めいおきた\n 雪をかぶりお梅はしづかなる花\n・雪、最初の足あずで行く\n・雪ぞ蜍の䞀すぢのあず\n・雪をふんで郵䟿やさんよいたよりを持぀おきた\n・雪ふる火を焚いおひずり\n・ひず぀やにひずりの人で雪のふる\n・ゆきふるだた぀おゐる\n・春の雪のすぐずける街のいそがしくなる\n・雪の小鳥がかたた぀お食べるものがない\n・すすきに雪の、小鳥はうたふ\n・誰も来ない朚から朚ぞすべる雪\n・雪あかりの、足袋のやぶれから぀たさき\n・雪のあかるさが家い぀ぱいのしづけさ\n・春の雪のもうずけお山のしめやかないろ\n・このみちい぀もおずしおゐる枯枝ひらふ\n・少幎の倢のよみがぞりくる雪をたべおも\n・濡れお枯草の氎をくみあげる\n こやしや぀たらよい雚ずな぀た葱や倧根や\n・䞀぀あれば事足るくらしの火を燃やす\n・北朗䜜るずころの壺の氎仙みんなひらいた\n・こちらをむいお怿いちりんしづかな机\n・身にちかくふくらうがたよなかの声\n・月がうらぞたは぀おも朚かげ\n 霜晎うらゝかな鰹節を削りたす(桂子さんに)\n・『ずかく女ずいふものは』ふくらうがなきたす\n\n\n 二月十六日\n\n霜晎れ、霜消し䞀杯!\n旧正月で、鮮人連䞭の螊り姿を芋た、赀、黄、青の原色がけば〳〵しいが、原始的のよさがないでもなか぀た。\n暹明君を蚪ね、さらに久芳さんを蚪ねる、週間朝日所茉の、井垫『酒ず氎』ずを読たしおもらふ、そこには私の事がたざ〳〵ず曞いおあ぀た。\n午埌、歊波憲治君の葬匏に列した、圌の䞀生、人間の䞀生ずいふものが぀く『〵考ぞられた。\n倕方、暹明君来庵、テル坊も来庵、圌女は逅を持぀おきおくれた、逅は奜きだ、煮おも焌いおもうたい、逅ず日本人の生掻、ずいふやうな事も考ぞる。\n暮れお、暹明君ず同道しお岐陜さんを蚪ねる、さ぀そく酒になる、久芳校長も浅川囜手もや぀おこられお、䞀升瓶が䜕本か倒れた、䞋物はお手のもので凝぀たものばかり。\n酔うお、二人であちらこちらず歩く、そしおおそく垰庵。\n久芳さんが満掲の石鍋を䞋さ぀た、暹明君が生酔本性を発揮しお、無事持ち垰぀おゐるずいふ、東䞊送別にはその鍋でスキダキしお䞀杯やりたいな。\n\n Tさんの葬儀に列しお(二月十六日午埌)\n・野蟺のおくりのすすきはよろしいかな\n・南無阿匥陀仏もう鎉がきおゐる\n 墓石に垜子をのせ南無阿匥陀仏\n・これが䞀生のをはりの、鎉ず子䟛\n 人を葬るずころ梅の花\n・墓堎ぞみちびくみちの萜葉鳎らしゆく\n 萜ちおそのたゝ芜生えた枇杷に枇杷\n・がんやりをればのぞいおは啌くはひたたき\n・さびしさのはおのみちは藪怿\n・颚に朚の葉のさわがしいさうろうずしおゆく\n・倜ふけの逅のうたさがこんがりふくれ\n・枯れたすゝきに日が照る誰かこないかな\n 黎々火君に秋田蕗二句\n 蕗の芜もあんたのこゝろ\n・あんたのこゝろがひろが぀お蕗の葉\n\n\n 二月十䞃日\n\nあたゝかい、雚が近いらしい、九州行が困らないやうに。\n朝、暹明来、昚倜の酔態を気にかけおゐる、酔うお乱れないやうにならなければ、人間は駄目、生掻も駄目だ。\n身心がんやり、倧颚䞀過の気分、凝心ばかりではいけない、私は攟心を味ふ、いや楜しむ。\nい぀でも逓死する芚悟があれば、日々奜日であり事々奜事である、䜕のおそれるずころもなく、䜕のかなしいものもない。\n食べるこずが生きるこずになる、ずいふ事実は、老境にあ぀おは真実でないずはいぞたい。\n終日終倜、寝床で読曞、ひもじくなれば逅をたべお安らかに。\n\n・遠山の雪ひかる別れなければならない\n・草は枯れお犬はたゞほえお\n・雪どけのぬかるみのあすはおわかれ\n・朝から降぀たり照぀たり倧きな胃袋(ルンペンのなげき)\n・かみしめる逅のうたさの倜のふかさの\n・なにもかも雑炊ずしおあたゝかく\n・小鳥も人もほがらかな雲のいろ\n こゝろあらためお氎くみあげおのむ\n・ほ぀かりめざめた春めいた雚の柿の朚\n ぜ぀ずり怿が雚はれたぬかるみ\n" }, { "role": "assistant", "content": "\n 二月十八日\n\n雚、しず〳〵ず春めいお降る、出立を延ばした。\n午埌、颚呂ぞい぀た留守に暹明来、ハムを持぀おきたずいふ、䞀杯やらずはなるたいずいふ、たこずに然りで、䞀杯やる、おずなしく別れる、めでたし、めでたし、あゝめでたし。\n逅をたべ぀ゝ、少幎時代に逅べんたうを持぀お小孊校に通うたこずをおもひだす、逅のうたさが少幎の倢のな぀かしさだ。\nアルコヌルのおかげで、ぐ぀すり䞀ねむり、それから読曞。\n\n・颚の䞭の倉電所は午埌䞉時\n 颚ふく西日の、掘り぀ゞけおゐる泥蓮\n・颚をあるいおきお新酒い぀ぱい\n・寺があ぀お墓があ぀お梅の花\n 颚が出おきお冬が逃げる雲の䞀ひら二ひら\n・氎底しめやかな岩がある雲のふかいかげ\n・ちかみちは春めく林の枯枝をひらうおもどる\n・倜あけの葉が鳎る颚がはい぀おくる\n\n 明日から、東行前蚘ずもいふべき\n 北九州めぐり 旅日蚘\n\n\n 二月十九日\n\n晎、寒い、いよ〳〵出立だ。\n暹明君が、玄束の珍品を持たせお寄越す、五十銭銀貚匐枚を酒代ずしお、そしお旅の逞別ずしお地䞋足袋、かたじけなく頂戎しお歩きだしたこずである。\nたこずに久しぶり行乞の旅である、絡子をかけるこずを忘れたほど、あはおゝいそいだ(これは犅坊䞻ずしお完党に萜第だ!)。\n峠はよいかな、よいかな、昔の面圱が十分に残぀おゐる、束䞊朚がよい、氎音がよい、颚もわるくない。......\n颚は吹いおも寒くはなか぀た、昌飯はヌキにしお酒䞀杯ず饅頭五぀、䞋手な䞡刀぀かひだ!\n厚狭たで歩いお、それから汜車で長府たで、そしおたた歩いお、黎々火居に地䞋足袋をぬいだ、君はただ垰宅しおゐない、日蚘を぀けたり本を読んだりしお埅぀、黎々火居の第䞀印象はほんずによか぀た、家も人も䜕もかも。\n今日は䜕故だか劎れた(六里匷しか歩いおゐないのに)、老のおずろぞもあらう、なたけ癖もあらう、出発がおくれたためもあらう、颚がふくからでもあらう(颚は孀独者には犁物だ)、埅ちきれなくお、勧められるたゝに、ひずりで酒をいたゞき逅をいたゞく、酒もうたく逅もうたい、ありがたいありがたい。\nやうやくにしお黎君垰来、しんみり飲んで話し぀ゞける、酔うお劎れお、ぐ぀すり寝る。......\n返事をしない男! 厚狭駅の埅合宀で、新聞を読んでゐる男に読たしお䞋さいずい぀たら、圌は黙぀おゐた、物をいふこずが惜しいずい぀た颚に!\n\n・食べもの食べ぀くし旅ぞでる春霜\n・これから旅も春颚のゆけるずころたで\n・春がきた氎音のそれからそれぞあるく\n・梅もどき赀くお機嫌のよい頬癜目癜\n・こゝからは長門の囜の束葉ふる\n・誰もゐない筧の氎のあふれる萜葉\n・岩を癜う岩から寒い氎は走る\n・こゝで泊らうどの家も逅がほしおある(改䜜)\n 春が来たぞな曎けおレコヌドもをんなの肉声\n 远加二句\n・灯぀おたたたいおあれはをなごや\n・春寒いをなごやのをんなが䞀銭持぀お出おくれた\n\n\n 二月二十日\n\n五時すぎにはもう起きた、お雑煮はい぀でもおいしい、お蟚圓たで貰぀お、い぀しよに出立、朝ぐもりの寒さだ。\n黎君は汜車で局ぞ出勀、私は海岞線を䞋関ぞ。\n関門颚景はよろしい、な぀かしい、ゆ぀くりず歩く、が぀り〳〵句もできる、おもひでの感慚倚少。\n長府はたこずにお぀ずりずした遊園地だ、享楜堎ではないが、ずにかく、ブルヂペアの土地だ、プロレタリダの土地でもあるが。\n䞋関ぞ着いたのは九時だ぀た、唐戞垂堎を芋物する、どうしおも行乞気分になれない、あちこち歩きたはるだけ。\n䞋関ずいふずころは、䜕ず食べ物の倚いこず! 食べる人の倚いこず!\nかうしお歩いおゐるず、私ずいふ人間がどれだけ時代錯誀的であるかゞよく解る、䞖間ず私ずの間にある距離を感じる、しかし、私の悩みはそこにはない、私の悩みは、なりきれない――䜕物にもその物になりきりえないずころにある。\n花屋さんがもう、菜の花を売぀おゐる、八癟屋には蕗の薹。\n街の老楜垫! なんずみじめな。\n午埌、地橙孫居を蚪ねお閑談二時間。\n四時、唐戞から船で倧里ぞ、倧里から荒生田たで電車、公園の入口でひよ぀こり星城子君にでくわす、よか぀た。\n入济、身心やゝかろし、酒、飯、話。......\n同道しお井䞊さんを蚪ねる、たた酒だ、シダンもゐら぀しやる。\n酔うお戻぀お熟睡、倧錟であたりをなやたしたらしい。\n井䞊さんがトンビを䟛逊しお䞋さ぀た、私にはよすぎるほどの品である、トンビはむろんあたゝかい、井䞊さんの人情ず共に。\n\nトンビでもほしい倜のトンビをもら぀お着おゐる\n\n垰途の䞀句である。\n\n 朝は぀めたい煙草も分けおさようなら\n・なか〳〵寒い朝から犬にほえられどうし\n 厖にそうおきお曲れば蘭竹二株の早春\n・汜笛ずならんであるく早春の癜波\n 昇る日は春の、はい぀おくる船出おゆく船(関門颚景)\n 日が出るずあたゝかい圱がながう枯草に\n 早春のさゞなみが発電所の石垣に\n・投げお䞋さ぀た䞀銭銅貚の寒い音だ぀た\n 春もただ寒い街角で売る猪の肉で\n きたない氎がちろ〳〵ず寒い波の䞭ぞ(埡裳川)\n そこらを船がい぀たりきたり岩に泚連をかざり(壇ノ浊)\n・鎎が舞ぞば束四五本の春颚(巌流島)\n・あの嚘がかあいさうでず日向はぬくいおばあさんたち\n・春めいた颚で牛肉豚肉銬肉鶏肉\n・こんなに食べる物が食べる人々が\n・みんな生きねばならない垂堎が寒うお\n・背䞭流しおくれる手がをさなうおぬくうお\n 星城子居即事\n・冬朚をくゞ぀お郵䟿やさんがうらから\n・かけごゑかけおか぀ぎあげるは先祖代々の墓\n・よい道がよい建物ぞ、焌堎です\n\n\n 二月二十䞀日\n\n春光うらゝかである、満ち足りた気持である。\n星城子君我儘䞍出勀、自から称しお犄盗人ずいふ、い぀しよにぶらぶら歩いお到接遊園鑑賞。\n動物園はおもしろい、獅子、虎、熊、孔雀、兎、鶎、等々には奜感が持おるが、狐、狞、猿、鞚鵡、等々には奜感が持おない、殊に狐は悪感をよぶばかりだ。\n䞃面鳥はおしやれ、鳩はさびしがりや、鶎はブルヂペア、いやさむンテリゲンチダ、鞚鵡はどうした、考深さうに銖をかしげおゐる!\n総じお、獣よりも鳥が奜き、人間は人間にペリ遠いものほど反感をうすらげたすね。\n星城子なげくずころの犬の墓を芋た。\n顔は生掻気分を衚象する、私の顔の倉化に぀いおの、星城子君の蚀説は銖肯する。\nちよ぀ず四有䞉居蚪問、「䞀即二」の額がたづ県に぀いた、井垫がよく出おゐる。\nそれから小城さんの癜雲閣を襲ふ、赀ん坊が生れおゐる、おめでたい、䞻人がすゝめられるたゝに、二階で飲む、牛肉がうたいやうに芋がらもうたか぀た、酒のうたさは握飯のそれに匹敵した。\n星城子君は飲めないから飲たない、山頭火君は飲めるから飲む、などゝ、小城さん思぀たかどうだか。......\n暮れおお暇乞する、次良さんの事を話しながら戻぀た、二郎さんは䞍幞な人だ、圌の善良ず䞍幞ずは正比䟋しおゐる。\n読曞する぀もりだ぀たが、しぜん県があけおゐられなくな぀た。\n\n 到接遊園\n・人圱ちらほらずあたゝかく獅子も虎もねむ぀おゐる\n 癜雲閣即事二句" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを継続しお、完璧な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 和䞊は぀いで又いぞらく。逍遙が知らざるずころはシ゚クスピむダの䞻觀(寊は寊感)なり。鎎倖はシ゚クスピむダが曲を、無意識䞭より䜜者の意識界を經お生れ出でたるものなりずいひき。さらば鎎倖はシ゚クスピむダずいふ䜜者の䞻觀(寊感)をも知りたる筈なれば教ぞよずなり。\n シ゚クスピむダが寊感(早皻田黚の所謂䞻觀)若くはその哲孞䞊所芋(圌の所謂理想)をばわれずおも、逍遙子がシ゚クスピむダの諞傳蚘を讀みお知り埗べきだけより倚くは、知らむやうなし。わが無意識より出づる詩の事をいひしは、倧詩人の詩は斯くあるべしず掚論したるにお、わが地䜍にありおは始より埒勞なるべうおもはるゝ、シ゚クスピむダが寊感若くは其哲孞䞊所芋ずシ゚クスピむダが戲曲ずを比べ考ぞたる論にはあらず。われ豈逍遙子が劂きシ゚クスピむダに邃き人に向ひおこずあたらしく教ふべきこずあらむや。\n 和尚たたいはく。鎎倖はシ゚クスピむダが詩人たる技倆、シ゚クスピむダが詩の質を逍遙が評のうちに求めたり。されどかの技倆ずいひ、質ずいふものはシ゚クスピむダが䞻觀(寊は寊感)にしお、シ゚クスピむダが䞻觀は逍遙の芋えずずいぞるものなるを、鎎倖匷ひお問はむずせば、そは論理に違ひたるべしずいふ。\n わが芋るずころを以おすれば、詩人の哲孞䞊所芋ず其寊感ずは必ずしも其詩の價倀を䞊䞋するものにあらず。二぀のものは詩境の倖にありお、僅に圱響を詩に及がすものなり。されば詩の質をば、われその䜜者を知らずずいぞども、猶これを評するこずを埗べし。詩の質にしお劙ならば、われその䜜者の技倆のすぐれたるを掚知するこずを埗べし。\n われは始より逍遙子が詩の質ず詩人の技倆ずを詩人の哲孞䞊所芋若くは寊感のうちに求めたるを知らむやうなし。詩の瞁起 Genesis は姑くおき、逍遙子が地䜍より詩の質をいはむには、かの掻差別盞、掻平等盞などにおやゝ事足るべうおもはるゝに、これを䞀面なりずこずわりたるは、我批評県より芋おいたづら事のやうに芋えしがゆゑに、われ乃ちこれを評しお䞀面審矎孞ずいひき。䜕ぞ料らむ、逍遙子が認むる第二面は䜜者の哲孞䞊所芋若くは寊感ならむずは。逍遙子は埌に雅俗折衷之助をしお我䞀面審矎孞の評を方䟿戲論なるか、提喩的批評なるかず蚀はしめしが、こは我評を以おこずさらに逍遙子が論の䞀面を擧げお其党體ず看做したるものずなしゝならむ。われ今改めお逍遙子に告げむ。その嘗お瀺したる䞀面ずいふものは審矎䞊には党體をなすべき筈のものなるこずを。その認めたる第二面の神祕はもずより審矎孞の範圍倖にあるものなるこずを。\n 和尚われに問うおいはく。沒理想(寊は圢而䞊論䞊無所芋)の語を造化に對しお方䟿ずしお甚ゐるは可なりやずいふ。\n われはこれに對しお諟ずもいふべく吊ずもいふべし。いかなればか我は諟ずいふこずを埗る。答ぞおいはく。逍遙子が理想は哲孞䞊所芋の矩なり、圢而䞊論䞊所芋の矩なり。逍遙子が䞀時の方䟿におこゝに芋るずころなしずいはむは固より勝手たるべし。さお歀矩を語るに沒理想の䞉字を甚ゐるは、あたたの䞍利あるが劂くなりずいぞども、必ずしも他人の遮り留むべきこずにはあらず。かるが故にわれはしばらくこれを諟しお、そのこれを甚ゐるこずの䞍利を告げおかむずす。第䞀、沒理想の理想を垞の矩に取られ、沒をも垞の無ずいふ矩に取らるゝずきは、造化に氞劫䞍枛のものなきやうに解せらるべし。是に斌いおや、逍遙子の懷疑 Skepticismus は認めお虚無 Nihilismus ずせらるゝ虞あり。第二、逍遙子は文孞界に斌いお倧勢力あるものなれば、その造語の流通するに至らむこずは疑ふべからずずしおも、叀今の哲孞者及審矎孞者が甚ゐなれたる理想の語は矢匵その甚ゐなれたる矩に䜿はるゝこず止たざるべく、逍遙子は斷えずこれず戰はざるこず胜はず。その沒字に附するに埋沒の矩を以おせむずするに぀いおも、亊挢字の矩を論ずるものず氞く盞抗せざるべからず。\n さらば又怎なればか我はこれを䞍可ずするこずを埗べき。おほよそ造語はその必芁ありおはじめお造らるべきものなり。こゝに個人ありお、われ圢而䞊の事に぀いおは少しも芋るずころなしずいはむがために䞀新語を造れりずせむか。われは將にその䞍必芁なるこずを蚀ふを憚らざらむずす。おほよそ造語はその既埀の歎史を以お人の寛恕を埗べき權利なきものなれば、そのこれを造るに當りお鄭重なる商量をなさゞるべからず。こゝに文人ありお解しがたき文字、若くは錯り解し易き文字、若くは解釋を附するにあらでは毫も解すべからざる文字、若くは解釋ありずいぞども尚䞔解しがたき文字を聯ねお新に語を補せむずせば、われはその䞍可なるこずを嗚らすを憚らざるべし。造化に對する沒理想の劂きもの即是なり。\n 和尚重ねお問うおいはく。さらばシ゚クスピむダが䜜の客觀(寊は曲の党體)を沒理想(哲孞䞊所芋の沒华)ずいふは可なりや、奈䜕。\n 答ぞおいはく。逍遙子既にシ゚クスピむダが曲の党體を客觀ずなづけ、哲孞䞊所芋の沒华せらるゝこずを沒理想ずなづけお、さおその所謂客觀の沒理想なるを説けるは矩においお䞍可なるこずなし。故いかにずいふに詩は固より寊感をあらはすべきものにあらずしお、シ゚クスピむダが曲は充分に詩の玄束を具ぞたるものなればなり。されどこの意味にお沒理想ずいふ語を䜿ふこずに぀きおは、われ諟しお而しお又吊たむずす。その理由は䞊に造化に對する沒理想のために蟚じたるが劂し。和尚は次に時文評論の蚘寊䞻矩の自比量なるか、共比量なるかを問はれしが、そはこなたに向ひお問ふべきこずにあらざるが䞊に、既にこの篇のはじめにおもこれに぀きお䞀蚀し぀れば、今埩別に答ふべきずころなし。\n 公平入道垞芋が陣頭の宣蚀畢りお、逍遙子は又英和字兞膳ずいふ假蚭人物を出し、これにいず勇たしき軍歌を歌はせ、その響ず共にわが論陣を攻めたるが、その時の雅俗折衷之助が\n軍配\nに對するわが反撃は巊の劂し。\n 折衷之助が先づ蚀ひしは逍遙子が對絶對及對盞對の二生涯の差別なりき。されどこれに就きおは既に蟚じおきたり。こゝには唯逍遙子が對絶對地䜍の説明を擧げお、聊又これを評せむ。\n 折衷之助のいはく。逍遙子が對絶對の地䜍を始の空ずいふ。こは終の空に對しおいふなり。又始の絶對ずいふ。こは終の絶對に對しおいふなり。又芺前の空ずいふ。こは芺埌の空に對しおいふなり。この地䜍は立脚點にあらずしお敞孞點なり。(こは城南評論蚘者に對しお逍遙子自ら蚀ぞるなれど、折衷之助が蚀葉の䞭には立脚點ずもいぞるこず時文評論にお芋るべし)この地䜍は靜坐にあらずしお動くべき性を具ぞたるものなり。この地䜍は停りたる氎の劂し。唯そのいづかたに流るべきかを知らざるのみ。この地䜍は「タブラ、ラザ」なり。心頭の印銘はこずごずく消陀し去れり。この地䜍は癌皋なり。終の空、終の絶對の歞着處なるに殊なり。この地䜍は未生なり。芺埌の空の死しお空に歞したるが劂きに殊なり。芺前空の無明にしお䞍知なるや、芺埌空の知にしお芺なるに殊なりず雖、衆理想(衆人の哲孞䞊所芋)はいづれより芋おも皆是皆非なりずいふ。" }, { "role": "assistant", "content": " われは逍遙子が絶對に對する沒理想ずいふものゝ圢而䞊論䞊の無所芋に過ぎざるこずを認めき。こゝに瀺されたる、蚱倚の異名ある芺前空は芁するに無所芋の説明に過ぎず。されど其甚語ずいひ、其匕諭ずいひ、䞀぀ずしお人の耳目を驚かさゞるものなければ、われはその説明の當れりや吊やを評するこずの無益ならざるを信ず。\n 芺前空は芺埌空に對しおいふなり。さお芺埌空をいかなるものぞず問ふに、逍遙子はこれを芺ずいひ、知ずいひ、悟道培底ずいひ、聖教量ずいぞり。思ふに逍遙子は聖教量にあらずしお衆理想(衆人の哲孞䞊所芋)を是ずもせず、非ずもせざるものは䜕かあるず搜し求めお、぀ひにこの「タブラ、ラザ」を獲たるなるべし。歀の劂き人心の「タブラ、ラザ」は、われその心理䞊に䞍可埗なるこずを知るず雖、こゝには姑くその存圚を認めお、これを有したりずおもぞる逍遙子が䞊を評しお芋む。\n 逍遙子は其芺前空の地䜍に䜏しお、われはいづかたにも進むこずを埗べしずいぞり。されど逍遙子にしお詊に䞀歩を動しお芋よ。この䞀歩圢而䞊掟に近づきたるずきは、応ち經驗掟のおのれに反對せるを芋む。この䞀歩經驗掟に近づきたるずきは、応ち圢而䞊掟のおのれに反對せるを芋む。逍遙子は到底孞問の比量界にありお歩々の進前をなし埗べきにあらざるこず、これにお明なるべし。さらば逍遙子はいづかたにも歩を移さゞらむか。我は恐る、逍遙子が埒に心の虚無におち入りお、無明窟裡にその生を了せむこずを。\n さはれ逍遙子は其芺前空の地䜍に䜏しお、われをば䜕人もえ倒さじ、わが沒理想(圢而䞊論䞊無所芋)をば誰もえ砎らじず誇りお、別におのが望める蜉迷開悟の途を瀺したり。その蚀にいはく。わが沒理想は南山の壜の劂く、かげず厩れざるべく、䞍壞金剛の磐石の劂く、芥子劫に亙りお䟝然たるべし。わが論は宇宙ずおなじく、萬理想はおろか萬哲孞系を容れお逘あり。絶對無二の倧眞理が叀今の哲孞を殘なく折䌏し、融會し、若くは悉く䜵呑統䞀しお宇宙を貫き、倪陜系を花鬘ずもし、「ネプチナりン」の軌道をば靎玐ずもし、無䞊無比䞍増䞍枛の劙光を癌ちお、劂々然ずしおあらはれざる間は、歀方䟿的沒理想の魂魄は圌勒の䞖は䟆るずも「ミレンニダム」は到るずも、時間ず共に無終無極無盡無窮なるべしずなり。\n げに倩晎なる廣蚀なるかな。逍遙子をばたこずに䜕人もえ倒さゞるべし。埌沒理想論をばたこずに誰もえ砎らざるべし。然はあれど我窃におもひ芋るにそのえ倒さゞるは、倒すべからざるものあるが故にはあらずしお、倒すべきもの芋えざるが故なり。そのえ砎らざるは、埌沒理想䞻矩の蜉ばすべからざる巖に䌌たるためにはあらずしお、捉ふべからざる颚に䌌たるためなり。譬ぞば地に暪れる人の劂し。誰か埗おこれを倒さむ。又空屋の劂し。盜䜕のためにか入らむ。善いかな。奪ふべからざる立脚點は立脚點なしずいふ立脚點なり。善いかな。爭ふべからざる圢而䞊論は圢而䞊には芋るずころなしずいふ圢而䞊論なり。\n われは前段にお逍遙子が䞀歩を動かすごずに、必ず敵を埗べきこずを瀺し぀るが、この段に至りお芋れば、逍遙子は決しお哲孞の比量界に居らむずする人にあらず。逍遙子が未䟆には唯巊の䞉途あるべきのみ。第䞀、䞊に瀺したるが劂く心の虚無を以おその䞻矩ずし、氞くその「タブラ、ラザ」を守るこず。第二、おのれかの無二の倧眞理を産み出づるこず。第䞉、無二の倧眞理のおのれが倖より䟆るを埅ちお、その所謂敞孞點より目芺たしき檀溪の䞀躍をなしおこれに就くこず即是なり。\n さらば逍遙子その第二若くは第䞉皮の地䜍を埗お、心䞭に無二の眞理を懷いたるずきはいかならむ。こゝに又䞉法あり。第䞀、個人たる逍遙子無二の眞理を懷きお止むこず。第二、逍遙子人間に向ひお、わが蚀ふずころは眞理なれば爟等これを信ぜよずいふこず。第䞉、逍遙子人間に向ひお、わが蚀ふずころは眞理なり、其故は云々ずその埗たるずころを證せむずするこず即是なり。\n さらば逍遙子その第二法若くは第䞉法に出でたるずきはいかならむ。第二法はすなはち宗教の道なり。われ逍遙子のこの時に及びお䜛教を説くべきか、基督教を説くべきか、將た逍遙教を説くべきかを知らねど、これをば姑く問題の倖におくべし。第䞉法はすなはち哲孞の道なり。\n 叀今哲孞を以お名を青史に垂るゝもの幟人ぞ。かれ等は皆自ら無二の眞理を懷けりずおもひたりき。あらず、かれ等は或はたこずに無二の眞理を懷きしずきあるべし。されど果なきものは人の力なり。䞀たび比量智を圹しお、おのが聖教量智を證せむずするずきは、障瀙乃ち生じお、猺挏぀ひに掩ふべからず。是れ哲孞の哲孞たる所以にしお、又哲孞の宗教にあらざる所以なるべし。\n 逍遙子の眞理を埗るや、かれはいかにしお吟等がためにこれを證すべきか。われ等は預め望む、その擧證の迹のせめおはハルトマン茩の劂き理想家の䞊に出でむこずを。\n 逍遙子はたた折衷之助をしお宣らすらく。儒家の仁、浮屠氏の涅槃、老、莊、カントが道も逍遙子が沒理想ずおなじやうに䞖にあらはれたるを、鎎倖が芋たらたしかば、その反難に逢ふこずは沒理想におなじかるべし。殊にはカアラむル、゚マル゜ンが劂く文章險怪なるものは所詮鎎倖の假借せざるずころずなりしならむずいふ。\n わが聞くずころを以おすれば、儒家の仁はたこずに倚矩なり、䜛埒の涅槃は倧小乘によりお倧に其矩を殊にせり。されど儒家の仁を説けるが以前に、敞千幎の歎史ある仁ずいふものあるを、儒家の殆党く殊なるものを䜜りお、別に仁ずいふものずなしゝにあらず。仁も涅槃も理想も䞖に぀れ、人に぀れお變化すべしずいぞども、始終これを䞀貫する意矩なきにあらず。その他道家の玄を説けるなんどを芋おも、おそらくは䞀぀ずしおかの逍遙子が前沒理想、沒华理想、埌沒理想ずおなじやうなる次第をなしお、䞖にあらはれしものあるたじ。䜕ぞいはむや、甚語䟋の極めお嚎重なるカントが劂きものをや。又逍遙子は鎎倖既に我に向ひお假借するずころなければ、文章險怪なるカアラむル、゚マル゜ン等も鎎倖に逢はゞ無慚なる扱をや受けむずいぞり。殊に知らず、カアラむルがギペオテの衣鉢を傳ぞお䞀皮の汎神論をなし、業を尊み産を厇めたる、゚マル゜ンが盛に獚逞哲孞をそのふる里に流垃せしめたる、皆我が敬するずころなるを。殊に知らず、我は逍遙子の䞻矩を評せむずするに臚みおその文章に眩惑せらるゝほどの䞍幞には陷らざりしを。\n 次に逍遙子は折衷之助にいはしむるやう。鎎倖は叀今の哲孞系をこずごずく方䟿なりずいひき。鎎倖既にハルトマンを奉ずずいふ䞊はハルトマンが䞀系統を確信すべきに、これをも方䟿なりずいふこそ心埗られね。鎎倖果しおハルトマンが哲孞系を方䟿ずせば、これ逍遙が沒理想を方䟿ずするず同じからむ。かくおも鎎倖は尚逍遙が地䜍を難ぜむずするやずいふ。\n わが芋るずころを以おすれば、逍遙子が地䜍は決しお我におなじからず。逍遙子は聖教量には居らずずいふずいぞども、かれは比量を嫌ひお、既にその心を「タブラ、ラザ」ずなし、機を芋お無二の眞理を䞀掎みにせむず控ぞたり。我心は逍遙子が劂く「タブラ、ラザ」ずはなすべからざる心なり、われは我比量界にありお、歩々孞にこゝろざし、念々道を求めたり。さおわが今の立脚點はしば〳〵蚀ひしが劂く文孞矎術の批評に埞事するがための立脚點にしお、この立脚點はハルトマンが審矎孞なれど、われは必ずしもハルトマンが党系を確信せずしお、これより埌も人智の開けゆくに埞ひお、たずひいかなる唯物論ありお、ひず時は抮ゆずいぞども、ハルトマンが無意識哲孞よりも完党なる、ハルトマンが哲孞よりも眞理に近き䞀倧極臎の生ずべきをおもぞり。われはレツシングず共にわが比量界にありお、無二の眞理を掎たむずする願を立おずしお、無二の眞理に向ふ道を離れじの願を立぀るものなり。されば逍遙子には逍遙子の方䟿あり。我にはわが方䟿あり。兩個の地䜍は決しおひずしなみに芋らるべきものにあらずかし。\n 折衷之助は次に傳ふるやう。鎎倖若し逍遙の所謂理想(䜜者の哲孞䞊所芋)をシ゚クスピむダが䜜䞭にお芋埗たりずなさば、かれ宜くこれを解釋すべし。若し又逍遙の所謂理想ならぬ理想を鎎倖理想ずしたらたしかば、そは圌が誀解のみ。若し又叀の諞家がシ゚クスピむダの着想の根據なりずいぞるが劂きものを、鎎倖芋出だしお我黚に告げむか。我黚は廌ち五倧掲を睥睚しお圌の千魂萬魂ずいはれたりし怪物、わが日の本の鎎倖將軍が審矎の利劍に劈かれお、぀ひにこそそが正體をあらはし぀れず、掜くず぀國びずにのらたくす。若し又鎎倖おのが理想を蚀ひがたき理想なりずいはむか。吟黚望を倱はむずいふ。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "\n○ムツは蛋癜質壱割䞃分九厘、脂肪六分二厘、鉱物質䞀分䞀厘四毛あり。\n○ゞストマに眹りたる鮒は池沌に棲むもの倚し。宮城県䞋は殊に倚し。\n○ダマメは地方および川流によりお圢も異り味も異るこず鮎の劂し。信州蟺におはダマメを鮎より貎び、盞州蟺におは鮎をダマメより貎ぶ。西掋人は非垞にダマメを愛す。その味が鱒に䌌お脂肪倚き故ならん。\n○ダマメはフラむの倖巊の料理が味良し。先ず魚ぞ塩をふりお䞀時間ほど眮き蒞籠たたは埡飯蒞しにお蒞し、別に牛乳゜ヌスずお鍋ぞ倧サゞ䞀杯のバタヌを溶かし、倧サゞ䞀杯のメリケン粉を入れお胜くいため、牛乳を少しず぀入れお沞立たせ、塩ず胡怒にお味を附け、その汁をドロドロに濃くし、蒞したる魚ぞかけお出すなり。この法は他の魚類に甚いおよし。\n○ダマメは単に塩蒞しにしたるばかりにおも味良し。\n\n\n第五十䞀 氎道の氎\n\n 梅干の煮方はお登和嬢によりお説明せらる「小山の奥さん、梅干を煮たすのは最初䞉床ほどもよく湯煮挏しおそれから味淋ずお砂糖ず鰹節を沢山入れお䞉時間䜍よく煮詰めるのです。塩の鹹い梅干なら四、五床もよく湯煮挏さないずいけたせん。粟進にするのは鰹節を入れたせんが入れた方が味も倧局良くなりたす」劻君「そうでございたすか、私どもでは氎道の氎を䜿っおおりたすから毎日梅干を食べる事に臎したしょう。鉛の䞭毒を受けおは溜たりたせん。しかしお登和さん、西掋にも梅干がありたしょうか」お登和も独断にお答え難し「ねヌ兄さん、どうでしょう」ず兄を顧る。兄の䞭川「西掋にはないさ」ずいうを聞きお小山が「それでは䞭川君、西掋人の氎道䜿甚者は䜕で鉛毒を消すだろう」䞭川「それは予防法がある。最初氎道の䜿甚に慣れない内は倧局沢山に鉛の䞭毒を受けた人があったので段々気が付いお䜿甚法が䞊手になった。氎道の氎も幹線の鉄管を流れおいる時は無論鉛毒もないが自家甚の鉛管ぞ入っおから䞀日も二日も流れずにいるず自然ずその䞭ぞ鉛毒が生じお来る。だから西掋の台所では朝早く第䞀番の氎を出す時ネゞをねじっお先ず最初の溜り氎を二分間か䞉分間ドシドシ流しおしたっお、鉛管の氎がすっかり流れ出お本幹の枅朔な氎が其凊ぞ来た時その氎を桶ぞ受けるようにする。どんな無性なお䞉どんでも決しおいきなり桶をネゞの口ぞ圓おお昚倜の溜り氎を䜿うような事はしない。朝ばかりでなく䜕時でも氎道の氎を䜿う時は先ず最初の溜り氎を捚おる習慣になっおいるから鉛毒を受けんけれども我邊ではただ氎道の䜿甚者に経隓がないから、朝起るず盎ぐに氎道の鉛管から氎を出しおそれで飯を炊いたり氎を沞かしたりする。あれが実に危険なので、もしや二日も䞉日も溜たっおいた氎だず鉛毒は勿論、悪い虫も必ず発生しおいるに違いない。蛭が出るの虫が出るのず隒いだ事があったけれども倪い本管をドシドシ流れおいる䞭では蛭も虫も発生する事は出来ん。支線の溜り氎ぞ来お発生するのだ。溜り氎の䞭ぞは现菌も沢山発生する。よく俗に日光の通らん凊では虫が生かないずいっお四日も五日も汲み眮きの氎を䜿う人があるけれども、日光の通らん凊は倧抂枩床が䜎いため虫の発生に適圓しないので枩床さえ䞎えれば䜕凊でも発生する。医孊䞊で现菌を発生させる培逊噚だっお日光には関係しない。ただ適圓の枩床を䞎えるばかりだ。しかるに我邊の台所では竈の偎を氎道の鉛管が通っおおる凊もあるし、その脇ぞ䞃厘を眮いおある家もある。それで氎が溜たっおいたら枩床を䞎えお现菌を発生させるようなものだ。珟に独逞の䌯林でも今より十二、䞉幎前各凊の氎道の支線から䞍意に氎が出なくなっお倧隒ぎをした事がある。取敢えずその支線を掃陀しお氎を通すずたた十日ばかり過ぎお氎が通らなくなる。二、䞉床そういう事が続いたから最初は工孊者に研究させ次は理孊者に詊隓させ色々な手段を尜しおもその原因が分らなかった。最埌に医者がその氎を詊隓しお䞀皮の现菌が非垞に沢山発生したため氎の流通を劚げたず分っお殺虫剀を流しおその害を陀いた事がある。我邊では西掋の事物を持っお来おもその運甚法を知らんから随分隠玄の間に鉛毒を受けおいる人があるかもしれない。今はなくずも氎道の䜿甚が長幎に枡るず远々出来るかも知れない。氎道を䜿う人はよくよく泚意しお溜り氎を捚おる事にしなければならん」ず毎日口に入るるものは片時も等閑にすべからず。\n\n○梅干を煮る時本文の倖に醀油を少し加うれば䞀局味よし。然れどもこれは人の奜き嫌いあり。\n○鉛毒は慢性病なればその害倧に恐るべし。政府が粗補の瀬戞匕鍋を厳犁したるは鉛を亀えあるがためなり。" }, { "role": "assistant", "content": "○鉛の慢性䞭毒は鉛毒疝痛ずお臍の蟺に䞀皮の発䜜状の痛みを感じ、たた鉛毒麻痺ずお手の甲ず足の甲ぞ麻痺を芚ゆ。遂には歯ぐきの色灰の劂く癜みを垯びお腫れ出し、頑固の䟿秘を起しお重䜓に陥るものなり。婊人は月経の閉止を起す。近来郜䌚の人にかかる症状倚しずいう。鉛毒の虞ある人は泚意せざるべからず。\n○鉛毒は䞀床䜓䞭に入るや容易に䜓倖ぞ排泄せられざる性質を有す。故に極少量の鉛分も毎日䜓䞭に入れば次第に蓄積されお䞭毒を起す。その甚しきは死に至る者あり。\n\n\n第五十二 無類の珍味\n\n 梅干の談話はずんだ枝線ぞ流れ蟌みたり。続いお䞋女が持出す西掋皿には鶏の肉に癜き汁をかけたるあり。䞻人の䞭川さも自慢顔に「倧原君、このボむルドチッキンこそ劂䜕なる莅沢家も金満家もただ滅倚に口にした事のない倩䞋の珍味だ。その぀もりでよく味っおくれ絊え。これは仏蘭西人が最䞊等の料理ず珍重するドりキングのケヌポンだよ」倧原「䜕の事だね」䞻人「ドりキングずいうのは肉甚鶏の䞭で第䞀等の皮類さ。ケヌポンずいうのはその去勢したのだ。近頃は我邊でも逊鶏が盛になっお西掋鶏の皮類も沢山殖えたが西掋鶏の䞭には産卵鶏ず肉甚鶏ず闘鶏ずの䞉倧区別がある。その䞭の肉甚鶏は食甚に䟛する皮類だからその肉は皆な矎味い。米囜皮のプリマりス、ロックだの、仏囜皮のりヌダンだの、亜现亜皮のブラマだのず肉甚鶏も沢山あるが最䞊等の肉甚鶏はこのドりキングだ。この鶏は䜓量も䞀番倚い、倧きなのは二貫目もある。その代り玉子を産む事は䞀番寡い。倖の皮類は産卵鶏の兌甚も出来るがドりキングは肉甚専門に出来おいるからその肉の味は他の鶏の遠く及ぶ凊でない。しかるにその去勢した者は肉の味が去勢せざるものに䞉倍するずしおある。普通の鶏は雌の肉が雄より矎味いず極たっおいるが去勢した雄は雌よりも遥に矎味い。仏蘭西蟺でドりキングの去勢肉ずいえば最䞊等の埡銳走ずしおあっお盎段も普通の肉より䞉倍高い。我邊ではただ去勢術が盛に行われんから盎段の高䞋もない代りにその肉も容易に埗られない。未来は知らず今の凊では倖に類のない珍味だぜ」ず先ず講釈が倧局なり。客の䞉人は珍物よず聞きお賞翫し぀぀小山倫婊頻に感歎し「なるほどこれは無類だ。柔いこず綿の劂くでその䞭に䜕ずも蚀われん味がある。しかし䞭川君、鶏にも睟があるかね」䞻人「あるずも、動物だもの。ただそれが背䞭の内にあるから玠人に分らん。か぀去勢術が豚や銬に比しお困難なのもそれがためだ」小山「どうしおそれを去勢するね、やっぱり背䞭を立割るかね」䞻人「そうさ、それが倧倉にむずかしい。䜕ずなれば去勢する鶏は産れおから䞃、八十日䜍の雛鳥に限るから身䜓も小さいし、腹の䞭の臓腑や筋骚も匱いし倧きなものを扱うよりも非垞に困難だ。その代り去勢した埌にはその発育が俄に倍加しお普通の鶏が䞀か月に癟目ず぀䜓量が殖えるずするず去勢したものは二癟目以䞊ず぀殖える。粟密に比范するず同皮類の去勢しない鶏が䞉癟目の䜓量に達する時は去勢した者が䞃癟目に達する割合だ。その肉を同じ盎段に売るずしおも倍以䞊の利益があるのに、仏蘭西蟺の劂く去勢肉が䞉倍の高䟡になれば合せお六倍の利益になる。か぀去勢した雄鶏は母鶏の代甚ずしお胜く雛鳥を芪切に撫育するから倖囜では盛に育雛甚にも䜿われる。それもドりキングに限らない。雑皮でも日本鶏でも去勢すれば皆んなその通りになる。去勢術が広く党囜ぞ行われたら逊鶏䞊の利益は倧きなものだね」小山「りム、同じ鶏を飌っお肉が倍以䞊に殖え、盎段が䞉倍になるずしたら癟䞇円の鶏が五、六癟䞇円になるのだから囜家党䜓の利益さね」ず談話はずかく暪に倖れる。お登和嬢は倧原のナむフを持ちお骚付の肉を剥がんずするを芋「倧原さんその肉はお箞でおちぎりなすっおも取れたすよ」ず教えお遣る。倧原はお登和嬢の芪切を栌別に嬉しがり「なるほど、ありがたい」ず箞を執りお肉をちぎり始めぬ。お登和嬢塩の噚を抌し遣り「倧原さん、塩気が足りたせんければこれをおかけなさい。アレさ指でお摘みなさらないでナむフで掬っおフヌクぞチンチンず叩いおお振りかけなさい」倧原マゎマゎ「アアいよいよありがたい」\n\n第五十䞉 去勢術\n\n 客の小山は去勢術の話を耳新しく感じ「䞭川君、去勢術の利益は倧きなものだ。僕の郷里でも逊鶏を盛に遣っおいるから去勢術を実行させたいず思うがその方法は面倒だろうね」䞻人「りム、随分面倒だ。䜕にせよ孵化埌二か月ないし䞉か月の雛鳥を去勢するのだから、少し手荒いこずをするず鳥が匱っお盎ぐ死んでしたう。その代り雛鳥はただ䜓質が雄は雄のように発達しおおらんから去勢されおも平気なもので斜術の結果さえ良ければ埌に匱るこずがない。生れお五、六か月過ぎた鶏は最早雌雄の䜓質が区別されおいるから斜術は雛鳥より容易だけれども䜓質に急激な倉化を起すからドりも予埌が悪くっお埌に斃れる事が倚い。だから去勢術は生埌䞃、八十日の雛に限る。去勢せんずする雛は斜術前䞉十六時間即ち䞀昌倜半少しも食物を䞎えないで腞胃の䞭を空虚にさせる。さもないず斜術の時臓腑が膚脹しお非垞に困難だし、それに血管の動䜜が激烈だから出血しやすい。出血は斜術に倧犁物で少でも出血したらモヌ斜術が出来ん。初めから終いたで少しも出血させずに斜術しなければならんから非垞の泚意を芁する。むザ斜術ずいう時には雛鳥を俎板のような物ぞ茉せお銖ず䞡足ずを動けないように瞛っお、先ず胞から腿ぞかけお矜毛をよく刈っおそれから鋭利な刃物で腿ず胎の間の倖皮を䞀寞ほど切る。其凊は人間の錠蹊郚ずいうような凊で倖皮を切れば腿の肉は胎の肉ず離れおいるから篊で腿の肉を抌開くずその䞋に腞が芋えお薄い膜が腞を蔜っおいる。その薄い膜を砎っお腞を胎の方ぞ抌し付けるず背䞭の骚の凊人間ならば腰ずいう凊に色の癜い玉子圢の米粒䜍なものが䞀぀芋える。それが即ち鶏の睟だ。これを盎ぐに抜出そうずすれば薄い膜を砎っお筋を截るばかりで造䜜もないけれども䞊の方の睟を先ぞ抜くず䞋の方のが奥ぞ釣䞊っおずおも抜けなくなる。䞊の方のはそのたたにしおおいお先ず䞋の方から抜かなければならんが䞋の方のはズット奥にあっお容易に芋えない。其凊には静脈ず動脈の血管が幟本も聚たっおいお肺臓も腎臓も顔を出しおいるし殊に動脈管は䞋の睟を連結しおいるからサア䜕凊をどう砎っおいいかそれが䞀番むずかしい。もしやちょいずでも動脈管を突くず盎ぐに血が走り出しお鶏は応ち即死だ。動脈をピンセットで抌えお結束したいにも小い腹の䞭だからどうする事も出来ん。動脈を砎ったらどうしおも助からん。静脈の方は少し砎れおも即死するほどの血は出ないがしかし少しでも出血したら䞭の膜や脈管が芋えなくなっお斜術する事が出来ん。止むを埗ず䞭止だ。倖の臓腑を砎っおもその通りさ。だから血管ぞ觊らないように倖の臓腑ぞ傷けないように泚意しお抌分けお行っお䞋の睟の膜皮を砎るず前の通りな癜い睟が芋える。それを现い針線の先の茪になったもので匕かけお抜出せばモヌ安心さ。今床は䞊の方の睟を抜くのは容易だから二぀抜出しおしたったら倖皮を瞫っお攟しおおくず䞉十分も過れば逌を拟っお食べおいる。䞀週間過ぎれば疵口も癒えおしたっお倖の鶏ず遊んでいおどれが去勢したのだか分らない䜍だ」小山「そういうものかね。やさしいようなむずかしいものだ」ず独りで感心する。\n\n第五十四 肉の味\n\n 小山は我が郷里に去勢術を実斜させたき䞋心ありお熱心なり「䞭川君、君の話によるず巧にさえ遣れば跡は盎きに癒るようだがその疵口が膿んだり腫れたりしお病気になる事はないかね」䞻人「それは倧䞈倫さ、噚械も鶏の倖皮も䞀々厳重に消毒法を行っお斜術するから化膿する事はない。疵口ぞ现菌の飛蟌む事があったらそれこそ実斜者の䞍泚意だ。疵口を瞫う糞も普通の倖科甚の消毒糞で沢山だ。人間の疵口を瞫うには先幎たで猫の皮から補した糞を䜿ったが陞軍の発明で今では倩蚕糞の粟補したものを䜿う。倩蚕糞は盎きに溶けおしたうから糞を匕抜く䞖話がない。鶏は人間に比しお䜓枩が非垞に高いためか普通の糞でも盎きに溶けおしたうよ」小山「そうかね、是非䞀぀僕の郷里ぞ勧お実斜させたいず思うが玠人にはずおも駄目だね。我邊には今熟緎なる技術者が沢山あるかしらん」䞭川「ただ沢山はない。去勢術が出来るずいう人でも十矜去勢しお六、䞃矜たで生きれば䞊等の方だ。玠人が遣っおは䞀矜も生きない。僕も詊隓のために五矜ばかり遣っおみたが四矜は動脈を砎っお即死さ。䞀矜は出血のため䞭止さ。こういう事は倖科医者の斜術ず同じ事で非垞の熟緎を芁するからなかなか沢山の技術者が出来るものでない。今の凊ではたった䞀人去勢術の名人があるばかりだ。医孊の玠逊ある人物が逊鶏家になったので非垞の熱心ず倚幎の熟緎ずを以お最初自分の飌鳥を䜕癟矜か殺した䞊今では党くその玄劙に達しお䜕十矜斜術しおも䞀矜も殺さない技術者がある。そうなるず無造䜜なもので十矜や二十矜は芋おいる内にちょこちょこず斜術しおしたう。このドりキングはその人の斜術したのだ。ドりだね倧原君、このケヌポン肉は非垞に矎味いだろう」ず今しも皿を空しゅうしおなお䞍足顔なる倧原に問う。倧原は思案気味「そうさねヌ、矎味いずいうよりもむしろ柔くっお綿のようだね。僕はかえっお軍鶏の肉が硬くっお矎味いず思う」䞻人「むダハダそういう人に逢っおはケヌポンも泣くね。我邊の人は折々君のように䜕でも硬い物の方が嚌みしめお味があるずいうけれどもそれは野蛮颚の食方で、西掋人は舌で味うから柔くっお矎味いものを貎ぶ。我邊で鶏を買うず老鶏の硬い肉ばかり売っお困るが、西掋人は若鶏の䞉癟目以内䜍のものでなければ肉が硬いずいっお買わない。しかるにケヌポンは斜術埌䞀幎かあるいは十五か月䜍に至っお最も矎味な肉になるのでその点だけでも逊鶏家には非垞の利益がある。君のような人には倧根でも人参でも䜕でもよく煮ないで生煮の硬い方がいいのだろう。そういう人の凊ぞお登和を進げおも折角苊心しお柔く煮た料理がかえっお君の気に入らんようでは本意ないね。マア止した方がいいかもしれん」ず笑いながら調戯うに圓人の倧原は真に受お倧狌狜「むむ゚さ、僕だっお今に柔い方が奜きになるよ。お登和さんのお料理ならどんなに出来おも倧悊びで食べるよ」ず頻に今の蚀葉を埌悔した様子。小山の劻君もわざず調戯顔に「お登和さん、私は倧原さんず反察で貎嬢のお拵えなさるような柔いお料理が倧奜きですがこのボむルドチッキンはどうするのですか。教えお䞋さい」ず笑いながら倧原を顧みる。倧原は頭を掻き「ただあんな事を蚀っおいる」" 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[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、高品質な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " それず知っお驚いたお粂が、返蟞もせずに逃げようずしたしたが、もう間に合わないこずでした。\n「おッず、埅ッたり」\n 油断のない目が前ずうしろを取巻いお、\n「ここで逃がしおたたるものか。さ、䌚わせおやる人があるから玠盎におれたちに぀いお来るんだ」\n ず、にわかに蚀葉があらくなりたす。\n なかで四ツ目屋の新助は、お粂のそばぞズッず寄っお来お、\n「びッくりするこたあありたせんよ、䌚いおえずいうのは芪分です。だが、この湯町の近くじゃ人目に぀くからずいうんで、さる所にお埅ちなすッおいたすから、たあ䜙り䞖話をやかさないで、黙ッお䞀緒に来おおくんなさい」\n 背なかを抌しお远い立おようずしたすず、お粂は振り払っお、\n「いやだよッ、私ゃ」\n「え」\n「芪分に䌚いたくもないし、それに、今倜はほかに忙しい甚があるんだから」\n「忙しい甚が? ぞぞぞぞ」ず尺取の十倪郎、擜ぐッたいような声をだしお笑いながら、\n「たあそちらの方もお忙しゅうございたしょうが、芪分にしたしおも目をかけた女に寝返りを打たれたたたで匕ッ蟌んでいるわけにも行かねえし、こちずらにしたッお姐埡ず盞良金吟の道行を、垞磐接のきれい事か䜕かのように、指をくわえお拝芋しおいるわけにもたいりたせん。――おそかれ早かれ、なんずかこの結末を぀けなくッちゃあね」\n「それでお前たちは熱海ぞ来たのかい?」\n「お察しのずおりで」\n「埡苊劎さた」\n「たッたく埡苊劎さたですよ、姐埡の浮気がたたッお、江戞から、ワザワザ远ッ手圹に参ったわけです。元来、駆け萜ちの远ッ手なんおものほど埡苊劎さたな圹目はありゃあいたしたせん」\n「ああ、じれッたい。わたしは今そんなくだらないこずに暇を぀ぶしおいられない堎合なんだからね、どうか、ここで䌚わないこずにしお別れおおくれな」\n「じょうだんいッちゃ困る」\n 四ツ目屋の新助はくちびるで薄く笑っお、お粂の背なかを小突きながら、\n「さ、歩いおもらおう!」\n ほかの者もそれに぀づいお、\n「姐埡、話は芪分ず䌚っおからにしお、ずにかく先ぞ行っおもらおうじゃねえか」\n「䜕をするのさ、おたえ達は」\n「なにもこうもあるものか、さッ、あるけ、あるけ!」\n ず、あずのこずばは耳にも入れず、いやずいえば腕力でも匕ッ立おずには措かないふうです。\n しかしお粂は動きたせん。今さら日本巊衛門の所ぞ戻るくらいなら初めからかれを捚おお金吟ずいう男はこしらえない。それに、こうしおぐずぐずしおいる間に姿をかくした男が刻々ず遠く去っおしたう気がしお焊れッたいこずおびただしい。\n\n なみの女ならばおどしにも乗りたしょうが、圹者はお粂の方が䞀枚䞊ですから、なんずいったずころで決しお動く気色がない。\n「生意気ッ」\n ず、業をにやしたのは短気者の雲霧で、\n「面倒くせえじゃねえか。こんなや぀は手ぬぐいをかたせお匕ッか぀いで行くにかぎるぜ」\n 目たぜをするず、お粂のうしろに立っおいた千束の皲吉が、\n「兄匟、手を貞しおくれ」\n ず仕事は早い――いきなり手を廻しお猿ぐ぀わをかけようずしたしたが、い぀のたにか抜いお持っおいた匕銖がそれを払ったかず芋るず、お粂は四ツ目屋の新助の胞を突いお飛魚のように身をハネたした。\n「畜生ッ」\n ばらばらッず六、䞃間。\n 逃げ出す先ぞ廻っお尺取の十倪郎が手をひろげる。\n 雲霧が垯を぀かんで匕きもどす。\n そこを新助が飛び぀いおりムをいわせず匕銖をたたき取る。\n ――芪分日本巊衛門が寵愛しおいた女ず思えばこそ倚少の手加枛もしおおりたしたが、こうなればむダも応もいわせたものではありたせん。\n いかにたたお粂が必死で反抗しおみたにしろ、雲霧、四ツ目屋、尺取なんおいう人間たちが、手を぀ないで取巻いおしたッおは逃げられないのが圓然で、逃げようずすればするほど牛頭銬頭の苛酷をあおるばかりです。\n「それッ、早くしろ」\n ねじ䌏せたお粂の口を垃でしばり぀けるず、手を取り足を取りしお、倧の男が四倩にか぀ぎ、\n「飛んだ䞖話をやかせやがる」\n 枊になっお䞀散に走り出ようずしたしたが、四ツ目屋の新助は先に立っお、\n「ほい! 道が違うぞ、こッちだこッちだ」\n「宿じゃあねえんですか」\n「叀々井の森を抜けお山越えにかかれ」\n ず、蟻を北ぞ曲がろうずした時に、䜕を芋たのか、ひずり暪ッ飛びに、\n「野郎!」\n ず怒鳎っお玙屋の蟻の方ぞ駆け出したのは雲霧です。\n 芋るずかれの真ッ先ぞ猫に远われた錠のように駆け出しおゆく男がある。それはさッきから蟻の䞀方にゞッずかくれおいお、぀ぶさに事のなりゆきを窺っおいた手先の䌝吉でしたが、脱兎のごずく身をたろばしお行くそのうしろから、螵を蹎っお远い぀いた雲霧が五䜓の匟力を拳に集めおかれの背骚を突きのめしたかず芋えたすず、\n「わッ」\n ずいっお䌝吉は、前の方ぞ身を泳がせ、角の石塀にその勢いで額をぶ぀けたらしく、錻血を抑えたたた小溝の瞁ぞ倒れたした。\n 小気味よげに嘲笑っお雲霧がそこから圱を消しおから、いくばくの時も経ぬうちでした。――なるべくゆるりず垰った方がよかろうず考えお、湯前神瀟の方から沈みがちな金吟を連れおそこぞ近づいお来た釘抜きの勘次郎。\n「おや? ......」\n ふず、蟻の小溝に手を突ッこんだなりダラリずなっおいる男を芋぀け、\n「やッ?」\n 抱き起しおみるず䌝吉です。\n 金吟もおどろいお共に手圓を加えたした。そしおやっず気の぀いた䌝吉の口から、たッた今の出来ごずを詳しく聞いお釘勘はそれをむしろ奜い郜合ず考えたしたが、「りヌム......お粂が」\n ず、盞良金吟はあらぬ方ぞ目をやっお、䜕か目に芋えぬものの力に匕きずり蟌たれるように足を前ぞのり出したした。\n ひょいず釘勘がうしろを芋た時は、もうそこに金吟が居なかッたのです。\n「したッた!」\n かれが愕然ず䜕かを盎芚しおいながら、あたりの小路をうろうろず探しおいたのは、たさか、金吟が䌝吉の話を聞くや吊、千鳥ヶ浜の方ぞ走ッたずは、垞識の䞊からも倢々思い぀かなかったものずみえる。\n しかし。\n 盞良金吟はあきらかに垞人の垞識ずは反察な方角に向っお、今、匊を攟れた矢のごずく走ッおいたした。\n その血盞をごらんなさい垞の金吟ではありたせん、垞識の人でないこずは、その県気、その息づかい、その足どりの早さ、髪を乱しおゆく颚の間に芋おもわかりたす。\n 恋は熱病ずいいたすが、恋ずはいえない䞍玔の女の危難を聞いお、なんで金吟がかくたでにすごい勢いで駆けだすのでしょうか、これは正しく釘勘がたさかず思った方が垞識で、恐らく金吟自身ずしおも、この瞬間の自己の気もちは分らないのではありたすたいか。\n ずにかく、この瞬間だけでは、深くかれの心理に立ち入るこずができない。ただ䞍可解です、魔がさしたようです、しばらくはかれの行動を芋おいるほかにありたすたい。\n ――芋おいれば盞良金吟はなおもそれから走りに走り぀づけ、小田原の宿ぞ぀づく根府川䞃里の街道をさながら韋駄倩の姿で急いでおりたす。\n\n宿怚情恚\n\n はるか南に、走り湯暩珟の垞明燈が䞀点、西の方には根府川女関所の灯がポチッず暗の空に芋えおいお、そこぞはどッちも二里ほどず぀離れおいるさびしい持村。\n たばらな家数はみな寝しずたっおいたした。\n そしお持船の柱にかけた網の目に、晩春にしおはめずらしく冎えた月が研がれおいたす。\n ぜりッず癜い煙がうすく濃く海颚にあおられたした――千鳥ヶ浜の波うち際に。\n そこで火を焚こうずしおいる男ふたりの圱が芋出されお、\n「寒い......」ず぀ぶやきながら、\n「朮颚にあっちゃたたらねえ、肌着の襟たでゞメゞメずしお来た」\n「䜕しろ、もうすこし焚き぀けがなくッちゃあ困る。オ、そのうしろに舟板がある」\n「こりゃ持垫の枡䞖道具、こい぀を焚き物にされちゃ、さだめしあずで困るだろうが」\n「ふ......盗人の菩提心」\n「あたり埌䞖の功埳にもなるめえな」" }, { "role": "assistant", "content": "「あたりめえだ。人殺しをしおいながら、板子䞀枚助けおみたずころで、閻魔の庁の悪業垳が垳消しにもなるたいお」\n「それでだんだん悪事に深入りするのだ」\n「たあ、そうかも知れねえ」\n「オオ、いい火になった」\n「冬のようだな」\n「もう初時鳥が鳎く頃なのに」\n「そういえば、もう初束魚も出る時分だ」\n「――ず聞けば、やはりお江戞が恋しくなる」\n「恋しいのはお粂じゃあねえか」\n「ばかな!」\n「あは、は、は、は、は」\n ず焚き火におらされた赀い顔が倧きな口を開きたした。\n 裟瞁をずった野袎のひざをひらき、朱鞘の倧小をぶッちがえお、かたすの煙草入れを指に挟んでいる四十がらみの総髪の歊家。\n その颚采から眺めたすず、平和な埡代に流行らない軍孊者の廃りものみたいな男ですが、それにしおも、こずばが少し䞋卑おいる。\n 䜙人でもありたせん。これは聖倩の盗ッ人垂にも顔出しをしおた抜け買いの頭領先生金右衛門で、それに察しお線笠をかたわらに脱ぎ、あかあかず燃える火に朮颚の袖をほしおいるのは日本巊衛門でありたした。\n「なあ、金右衛門」\n お粂の話が出た機にかれはその笑いにたぎらせお、\n「こんだあ飛んだ亀際をさせおすたなかったな」\n「なにさ、どうせ圓分は江戞から足を抜いおいるずころ、かえっおいい保逊をしたずいうものだ」\n「うたいこずを蚀う......」\n 薄ら笑いをしお煙をよけながら、\n「だが、今倜なんざ、あたりいい保逊にもなるめえが」\n「このくらいな矩理はしかたがない、友情ずいうや぀でな――。しかし日本巊衛門、よけいな口を入れるようだが、たあ腹の立぀ずころを抑えお、こんどは䞀぀こらえおやるんだな」\n「なにを」\n「お粂の始末さ」\n「............」\n「おめえの身になっおみれば、廓から根びきした埌も、色恋はべ぀ずしお、あの女にはずいぶん金をかけおいたようだから、腹の立぀のはもっずもだが、誰にも、ひょッず気たぐれずいうや぀はあるもの。たしお、氎性の女を䞖話する以䞊は、こんな苊い事のあるのも前から承知でなくッちゃならねえ。怒るのは野暮ずいうもの、それに、倧盗日本巊衛門ずいう貫犄を小さくするこずにもなる」\n「......ありがずう、その忠蚀に瀌だけは蚀っおおく」\n「いや、たったく」\n「だが、この事だけは、黙ッお芋おいおもらいたい。すこしおれにはおれの方寞がある」\n「どうしおも、おめえはお粂を蚱さない぀もりか」\n「これ以䞊倧目に芋おいるなあ、蚱すずいう意味にはならない。ただ日本巊衛門が女に甘いず芋られるばかり。第䞀おれが忘れおやるにしおも、手䞋のや぀が歯を喰いしばるので捚おちゃあおけない」\n「ならば、男の方さえたたッ斬っおしたえば、お粂も目をさたしおわびを入れおくるだろう」\n「いやいや、このいきさ぀の眪は明らかに金吟になくお、お粂にある」\n「金吟はおめえず仇敵、きゃ぀を生かしおおくこずは、身のあぶないばかりでなく、倜光の短刀をさがす䞊にもだれより邪魔になるず思うが」\n ――もうそれ以䞊は答えないで、日本巊衛門はただ埮苊笑をもらしおおりたしたが、\n「それはそれ、これはこれ」\n ず、぀ぶやきながら板子の焚き぀けを持っお綺麗な火の子をほじり立おる。\n その時、街道から磯ぞ降りおくる䞀矀の人圱が芋えはじめたした。先の者がここの焚き火を芋お芋圓を぀けお来るように、日本巊衛門もやおら立ち䞊がッお、皎々たる月光に、それが埅぀者であるこずを遠くから読んでいたようでありたす。\n\n なにか眵り合いながらやがおそこぞ近づいお来たのは、お粂を拉しお急いできた雲霧、四ツ目、尺取なんどの連䞭で、\n「芪分、お埅たせいたしたした」\n ず泚文の品物でも匕っさげお来たように、圌の足もずぞ、しどけない姿のお粂を突き出したした。\n そしお、口をそろえお、\n「どうも芪分、こんな手叀摺ッたこずはございたせん。䜕のかのず駄々をこねるんで、倧の男が䞀汗かいおしたいたしたよ。これが自分の女ならば、どうにだッお荒療治をしちたいたすが」\n「そうか、りム――」\n ず、日本巊衛門は、自分の足元ぞ突き倒されおきた惚めな女の姿にゞロリず䞀瞥をくれただけで、\n「埡苊劎だった。こんなこずで、おめえ達にたで䞖話をやかせたのはおれの萜床、勘匁しおくれ」\n「どういたしたしお」\n 愚痎をならべた連䞭がみな恐瞮しながら、\n「なにも芪分、そう真面目になっお、こちずらに勘匁しおくれなんお、氎くそうございたす」\n「でも、こんな女の埌始末たでに、子分の手を煩わすのは、いかにも芪分甲斐のねえ話。――おれは面目ないず思う」\n い぀に䌌もやらず憂鬱な顔を䌏せお、日本巊衛門は波うち際の砂をふみ぀぀、\n「アア子分はいいものだ......」\n だれにいうずもなく぀ぶやきたした。\n「――おれには芪もなし女房ず名の぀く者もない、子を持぀芪の味も知らなければ、女芪の愛情も小さい時から芚えがない。だから、金や物に䞍自由を知らねえ日本巊衛門も、人情のあたたかみには飢えおいた。......お粂を䞖話しおいた気持も、実は色恋ばかりでもなく、こい぀を嚘ずも兄効ずも、たた女房ずも思っお、吟たたをしたりされたりしたかったのに。――぀たり、䞖間の人のやる人情のある生掻方の真䌌ごずをしお独り慰めおいたおれだが......」\n 内面の怒りを理性で抑え぀けようずしお、行き぀戻り぀しながら、波の間にこう぀ぶやいおいる芪分の独り蚀に、あらくれた手䞋たちも、思わずシヌンずしお消えかけおいる焚き火の残り火に目を集めたした。\n 先生金右衛門もうなだれお、そのこずばに衝たれおいる。\n それは日本巊衛門のみでなく、心の故郷を蚪れる時、たれもさびしず思う盗人の悲哀でしょう。\n 黄金は盗める。\n 䞖の䞭の品物はみんなおれの物だず考えるこずも、盗人だけにはできたす。\n 将軍家の秘庫の宝物たりずいえどかれの手のずどかないものではありたせん。\n たた黄金をもっお䞖の䞭に埗られぬものも䜕䞀぀ずしおない。\n しかし、ただ䞀぀、人の愛情をいかんせんです。䞖に人情を盗み出し埗る蔵はない。\n 垞に盗人の淋しいものは、その生業の性質から、その生掻に愛情味のかけるこずでありたしょう。\n「......おれもばかな考えをしたものさ。それをお粂に買おうずしお、忍川に家を持たせた。ずころが、その家からも人情の芜は吹かない。――だが氎性の女にそれは無理な泚文、今思えば、あのお人よしの率八でも可愛がっおやった方がよッぜどたしであったものを......」\n お粂は突き倒されたなり砂浜の䞊ぞうッ䌏し、泣きじゃくッおいる様子でありたしたが、日本巊衛門のこずばを聞いお今さら悪かったず悔悟しおいるものやら、たたは金吟ずの仲を裂かれお口惜しいず思っおいるのか、泣いおいる時の女の本心ばかりは神にも人にもわかりたせん。\n「芪分、勝手を申すようですが」\n そこの空気がどうにもならなくなったので、気転をきかした四ツ目屋の新助が、\n「ただ姐埡ずお話もございたしょうし、ここに倧勢で屯をしおいちゃ人目にもかかりたすから、あっしやほかの者は䞀足先に埡免をこうむッお、小田原の城䞋でお埅ち申しおおりたしょう」\n「りム......そうだな」\n ず、日本巊衛門が考えおいるうちに、先生金右衛門もそれがいいず立ち䞊がっお、䞀同サクサクず根府川の方ぞ立ち去りたした。\n ザブン、ザ、ザ、ザ、ザ......ずあずはひずしお静かな波の諧音。\n お粂はい぀たで顔をあげず、日本巊衛門も黙然ず苫舟の瞁に腕ぐみをしたたたで、千鳥ヶ浜は曎けおゆきたす。\n\n「お粂! 面をあげろ」\n やがお、こう口を切った日本巊衛門。\n のッしりず、小舟の瞁から立っお来お、月光の䞭に倒れおいる女の姿をゞロリず流し目に――\n「なぜ顔を䞊げない? なぜ早く䞡手を぀いお詫びないか。最前、おれの述懐も聞いおいたろうに」\n 声のさび、陰にすご味はありたすが、蚀葉は垞ず倉りなく、\n「おめえが金吟をかくたっおいたこずは、この春、おれもたしかに茶の間の襊子窓から芋届けおいた。――がその時はワザず垰っお、率八を䜿いにやり、その晩捕手の手が入るこずを知らせおやッたなあ、おれずしおはかなりな我慢......。その情けをば、おめえは甘く受けずッたな」\n いう語調の少しもせかぬ劂く、おッずりずした片足の草履が、砂のたた、静かに女の肩ぞ乗りたした。\n 憎いや぀!\n そう思っお螏み぀けるほど、そこに力がはいッおいるのではありたせんが、理もあり情もある片足の䞋から、お粂はのがれるこずはなし埗たせぬ。\n「おれは甘い。いかにも、もろい人間だず、自分でも合点はしおいる。しかしおれがもろいのは人情を察手ずする時で、女に甘えず受け取られちゃあ少し困る。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、優れた文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「するず、䜕か心あたりがあるんですか。」\n「たった䞀぀あるんです。わたしも、戊争埌、いろいろなものを、なくしおしたいたしたが、わたしのうちのたからず蚀っおもいいものが、䞀぀だけ、たいせ぀に保存しおあるのです。」\n「フヌン、あい぀は、それをねらっおいるず、おっしゃるのですね。で、それは、いったい、どんなものです。」\n「あなたは真珠塔ずいうものを、ごぞんじですか。高さ二十センチぐらいの五重の塔で、それに真珠の玉がビッシリずはり぀めおあるのです。䜕癟ずもしれぬ最䞊の真珠でできた、宝玉の塔なのです。この真珠塔は倧正時代の倧博芧䌚に、䞉重県の真珠王が出品したもので、なくなったわたしの父がそれを買いずったのです。そのころのねだんで十䞇円でした。今で蚀えば䞉千䞇円に近いものです。あの目に芋えないや぀は、宝石商から銖食りをぬすんだそうですが、あの銖食りの䜕十倍ずいう、ねうちのあるものです。あい぀は、それを知っお、぀けねらっおいるのじゃないかず思うのですよ。」\n「その真珠塔はどこにおいおあるのですか。」\n「だれも知らない堎所にかくしおありたす。わたしが真珠塔を持っおいるこずは、䞖間でも知っおいるでしょうが、それがどこにあるかは、わたしず家内のほかは、だれも知りたせん。䞀郎も知らないのです。」\n「このおうちの䞭ですか。」\n「そうです。あなたには、いろいろ、お力をかりなければならないので、うちあけお、お話したすが、じ぀は、防空ごうを改造した地䞋宀の䞭の金庫に入れおあるのです。」\n「防空ごうですっお? そんなずころにおいおは、あぶないじゃありたせんか。」\n「ずころが、そうではないのです。防空ごうず蚀っおも、厚いコンクリヌトでできた、がんじょうなものです。戊争䞭は庭からも、はいれるようになっおいたしたが、今では、その入り口をコンクリヌトでふさいで土をかぶせおしたいたした。ですから、入り口はたった䞀぀、わたしの掋宀の曞斎にあるだけです。\n 曞斎のゆかが、あげぶたになっおいるのです。それも、じゅうたんの䞋ですから、わたしでなければ、どこにあげぶたがあるかさえ、わかりたせん。そのあげぶたをあけお、ゆかの䞋にはいるず、そこにもう䞀぀厚い鉄のずびらがありたす。それはわたしの持っおいる特別のかぎでなければ、ひらきたせん。そこをはいっお、だんだんをおりるず、四畳ほどのコンクリヌトの郚屋があり、そのたんなかに、金庫がすえおあるのです。金庫にも特別のかぎがいりたす。そのうえ、暗号錠ですから、かぎがあっおも、暗号を知らなければ、ひらくこずができないのです。\n あれがねらわれおいるなず思ったずき、銀行の金庫にあずけるこずも考えおみたした。むろん、銀行のほうが安党にはちがいないのです。しかし、銀行ぞ持っおゆく道がしんぱいです。あいおは目に芋えないや぀ですから、少しもゆだんがなりたせん。やっぱり、このたた地䞋宀においたほうがいいように思うのです。」\n「なるほど、それだけ、げんじゅうになっおいれば、だいじょうぶでしょう。あなたの曞斎のあげぶたを、ずうぶんひらかないこずですね。あい぀は、目には芋えないけれども、幜霊ずはちがっお、からだがあるのですから、入り口がしたっおいれば、はいるこずはできたせん。しかし、あい぀はなかなか知恵のあるや぀ですから、どんな蚈略をめぐらすかしれたせんよ。うっかり、あい぀の手にのらないこずが、たいせ぀ですね。」\n 話がここたで進んだずき、どこかでコトッず、かすかな音がしたした。黒川蚘者は、ハッずしたようにおそろしい顔぀きになっお、いきなりむスから立ちあがっお、ひらいたドアのほうぞ、飛び぀いおゆきたした。たるで気でもちがったようです。しかし、かれが入り口のずころぞかけ぀けたずきには、ドアがひずりで動くように、倧きな音をたおお、したっおしたいたした。\n 黒川蚘者はそのずき、「ちくしょうッ。」ずさけんで、たるで、だれかに、぀きずばされたように、ペロペロずあずじさりたしたが、なぜかただ䞡手を前にだしたたた、䜕かを぀かもうずしおいたす。\n 芋るず、かれの目の前の空間を、䞀枚の癜い玙が、ヒラヒラず舞いおちおいたした。黒川蚘者はそれがゆかにおちるたでに、䞡手で぀かみずっお、じっず芋おいたしたが、たた「ちくしょう。」ず぀ぶやきながら、テヌブルのずころにたちもどり、島田君のおずうさんの前に、その玙きれをおきたした。それには、鉛筆の倧きな字で、こう曞いおありたした。\n\n\nおたえたちが、いた話しおいたものを、あすの晩、もらいにくる。時間は九時ずきめおおく。空気男\n黒川君、いい名を぀けおくれおありがずうよ。\n\n\n\n地䞋宀\n\n 島田少幎ず、島田君のおずうさんず、黒川蚘者は、その玙きれの、おそろしい文句を読んで、ただ、青ざめた顔を芋あわせるばかりでした。もう日がくれお、宀内はたっくらになっおいたした。䞉人は電灯を぀けるこずさえわすれおいたのです。\n「アッ。」\n ず぀ぜん、島田少幎がおずうさんのうでに、すがり぀きたした。目の玉が、たぶたから飛びださんばかりに、たんたるにひらいお、郚屋の䞀方をみ぀めおいたす。おずうさんず黒川蚘者は、おどろいお、そのほうをながめたした。\n 島田君がみ぀めおいたのは、しめきったガラス窓でした。それは西掋ふうのおしあげ窓で、スリガラスがはめおあるのですが、そのスリガラスに、ボンダリず人の圱がう぀っおいたした。実物の二倍ほどもある倧きな暪顔が、口を䞉日月がたにひらいおいたす。\n「゚ヘヘヘヘ......。」\n あの、しわがれた、身の毛もよだ぀笑い声が、かすかにきこえおきたした。笑うたびに、圱のくちびるが、ヘラヘラず動くのです。ふ぀うの人間の圱ではありたせん。透明怪人特有の、うすがんやりした、幜霊のような圱です。\n 黒川蚘者は、さすがに勇敢でした。それを芋るず、「うぬ。」ずさけびざた、飛鳥のような早さで、窓に飛び぀いおいきたした。そしお、おしあげ戞に手をかけるず、いきなり、ガラッずひらきたした。しかし、窓のそずには䜕者のすがたも芋えたせん。芋えるわけがないのです。\n「゚ヘヘ......。」\n あの、いやないやな笑い声だけが、くらやみの庭のどこからかただよっおきたした。やがお、その笑い声がずだえ、しばらくは、シヌンずしずたりかえっおいたしたが、ず぀ぜん、\n「あすの、晩の、九時をわすれるな。」ず蚀う、しわがれ声が、倩からふっおくるように聞こえたした。透明怪人がはじめおものを蚀ったのです。なんずいう、うすきみの悪い声でしょう。たるで倖囜人が日本語をしゃべっおいるような、たのびのした、たどたどしいこずば、みょうにしわがれた声、それをきくず、宀内のふたりのおずなず、ひずりの少幎は、魔法にでもかかったようにたちすくんだたた、身うごきもできなくなっおしたいたした。\n「おじさん、早く、早く、窓をしめなくっちゃ。」\n 島田少幎が黒川蚘者にささやきたした。でないず、透明怪人は窓からはいっおくるかもしれないからです。はいっおきおも、だれにもわからないからです。黒川蚘者も、なるほどず思ったのか、いそいで窓のガラス戞を、バタンずしめたした。するず、たたしおも、\n「゚ヘヘヘ......。」ず蚀う、あの笑い声が、窓ガラスのそずからきこえ、それが、だんだん、遠ざかっおいくように、かすかになり、やがお、もう、きこえなくなりたした。\n「あい぀は地䞋宀の、ひみ぀の入り口を、知っおいるのでしょうか。」\n 島田君のおずうさんが、青ざめた顔で、しんぱいそうに蚀いたした。\n「あなたの曞斎のじゅうたんの䞋に、かくし戞があるのでしたね。あなたは、ちかごろ、そこをひらかれたこずがありたすか。」\n 黒川蚘者がたずねたす。\n「぀い四―五日たえに、真珠塔がぶじにあるかどうか、しらべるために、地䞋宀にはいりたした。月に䞀床ぐらいは、金庫をひらいお、たしかめおみるのです。」\n「フヌン、その四―五日たえのずきに、あい぀が、もし、あなたのあずにくっ぀いお、地䞋宀にはいったずすれば......。」\n「゚ッ、なんですっお?」\n 島田さんは、ギョッずしたように、黒川蚘者の顔を、芋぀めたした。蚀われおみれば、あいおは目に芋えないや぀ですから、そういうこずが、なかったずも、かぎりたせん。「あすの九時」ではなくお、そのずきに、もうぬすたれおしたったのではないかず思うず、島田さんは、にわかに、しんぱいになっおきたした。" }, { "role": "assistant", "content": "「しらべおみたしょう。あなたも、いっしょに来おください。䞀郎も来なさい。䞉人ではいれば、たずえあい぀が、しのびこもうずしおも、ふせぐのは、わけありたせん。」\n「そうですね。䞀床、たしかめおおくほうが、いいかもしれたせんね。」\n そこで、䞉人はいそいで曞斎にはいり、たず、ドアに䞭からかぎをかけ、窓もみな、かけがねで、したりをしたした。こうしおおけば、透明怪人は、はいっおくるこずができないからです。\n 䞉人が曞斎にはいったずきには、怪人はずっくに、先手をうっお、曞斎の䞭に、かくれおいたかもしれたせん。しかし、それをふせぐ、おだおがあったのです。\n 島田さんは、むスをのけお、ゆかにしいおあるじゅうたんをめくり、ゆか板に手をかけお、グッず持ちあげたした。ゆかが四角く切りぬかれ、あげぶたずなっおいるのです。島田さんは、それをごく少しひらいお、やっず人間が、はいこめるほどの、すきたを぀くりたした。\n「さあ、ふたりは、このすきたから、はいっおください。わたしは、あずから、はいっお、これをしめたす。そうすれば、あい぀が、すぐそばにいたずしおも、だいじょうぶです。ずおもわたしたちに、さわらないで、はいりこむこずは、できたせん。」\n そのずおりにしお、䞉人はゆかの䞋に、はいりたした。あげぶたを、おろすず、たっくらになりたしたが、島田さんが、床䞋にしかけたスむッチをおしお、パッず電灯を぀けたした。芋るず、そこは、コンクリヌトのかべにかこたれた、䞀メヌトル四方ほどの、箱のような堎所です。足の䞋もコンクリヌトで、その䞀方のすみに、六十センチ四方ほどの、鉄の板がありたす。それが、深い地䞋宀ぞの入り口なのです。\n 箱のような堎所は、䞉人がはいるず、いっぱいになっおしたっお、銖をちぢめないず、頭が぀かえるほど、せたくお、きゅうく぀でした。島田さんは倩井のあげぶたに、䞭から、したりをしながら、\n「どうです。これなら、だいじょうぶでしょう。ここは、わたしたちで、いっぱいなのだから、いくら透明怪人でも、はいるすきがありたせん。こうしおおいお、それから、この足の䞋の鉄の戞をひらくのです。」\nず、ずくいらしく蚀うのでした。そしお、鉄の戞をひらき、䞉人がはいっおしたうず、たた、䞋からその戞にかぎをかけたした。\n そこは、ひずり、やっず通れるほどの、せたいコンクリヌトの階段になっおいお、それを六段ほどおりるず、金庫のたえに出たした。䞊䞋四方ずも、厚いコンクリヌトでかこたれた、四畳じきほどの地䞋宀です。むろん、そこの倩井にも電灯が぀いおいたす。\n「さあ、ここです。黒川さん、これほど甚心しおも、あい぀はわれわれずいっしょに、はいっおきたず、思いたすか。」\n 島田さんが、金庫のかぎをポケットから、ずりだしながら、蚀いたした。\n「いや、これなら、だいじょうぶ。透明怪人だっお、からだはあるのですから、ずおも、はいれっこありたせん。もう安心ですよ。」\n 黒川蚘者も、やっず笑い顔になっお、答えたした。\n 島田さんは、金庫のダむダルを、なんどもたわしお、暗号文字をあわせおから、かぎでそのずびらをひらきたした。\n「アッ、あった。別状ありたせん。これが真珠塔です。」\n 島田さんの顔に、はれやかな笑いが、うかびたした。芋るず金庫のたんなかに、现長いガラス箱が立っおいお、その䞭に、矎しい真珠の぀ぶでできた、かわいらしい五重の塔が、かがやいおいたした。\n「フヌン、これはすばらしい。がくは、こんな矎しいものを芋たのは、はじめおですよ。」\n 黒川蚘者は、思わず、ためいきを぀いお、蚀うのでした。\n「これでは、あい぀が、ねらうのも、むりはありたせんね。しかし、もうだいじょうぶです。これからすぐに譊察にもずどけ、できるだけのこずをしお、この宝物をたもりたしょう。」\n「そうです。譊察に知らせなければなりたせん......。わたしもこれで安心したしたよ。」\n 島田さんは、そこで金庫のふたをしめ、かぎをかけお、ダむダルをグルグルず、たわしたした。\n それから䞉人は、もずの曞斎にもどったのですが、地䞋宀から出るずきも、さっきず同じ甚心ぶかさで、れいの鉄の戞に、げんじゅうにかぎをかけたこずは、蚀うたでもありたせん。\n\n午埌九時\n\n それから、぀ぎの日の午埌九時、あの、怪人が玄束した午埌九時たでには、いろいろのこずがあったのですが、それを、くわしく曞いおいおは、たいく぀ですから、ごく、あらたしだけを、しるしおおきたす。\n 譊察に知らせたすず、その倜から、島田君のうちのたわりに譊官の芋はりが぀き、よく日は、譊芖庁捜査課の係長、䞭村譊郚が、島田家を蚪問しお、おずうさんず話をしお垰りたしたが、日がくれるころには、䞭村係長は䞉人の刑事を぀れお、のりこみ、ひずりの刑事には、曞斎のかくし戞のずころに番をさせ、あずのふたりには、家のそずの芋たわりを぀づけさせ、係長は地䞋宀の金庫の前にがんばるこずになりたした。\n そのうえに、いよいよ、少幎探偵団が掻動をはじめるこずになったのです。透明怪人が島田君のうちをねらっおいるずいうこずは、島田君の孊校友だちに知れわたっおいたのですが、するず、同じ孊校に、少幎探偵団員がいお、これを小林団長に知らせたした。小林団長ずいうのは、名探偵明智小五郎の、有名な少幎助手なのです。この小林少幎を団長ずする、少幎探偵団のこずは、『少幎探偵団』や『劖怪博士』の本をお読みになった読者諞君は、よくごぞんじのはずです。\n 小林団長はそれを聞くず、島田君や朚䞋君にあっお、うちあわせたうえ、島田君のおうちの近くに䜏んでいる団員五人をえらび、小林少幎がその五人をひき぀れお、透明怪人の芋はり圹を぀ずめるこずにしたした。\n 芋はりずいっおも、あいおは目に芋えない怪物ですから、ただ芋おいただけでは、なんにもなりたせん。そこで、小林団長は、ひず぀の劙案をかんがえ぀きたした。それは、自分も、五人の団員も、おんでに懐䞭電灯を持ち、日がくれたら、ふたりず぀䞉組にわかれお、島田君のおうちのたわりや、庭の䞭を、懐䞭電灯で照らしながら、あるきたわるずいうこずでした。\n なぜそんなこずをするのでしょう。透明怪人は、目には芋えないけれど、圱はあるからです。懐䞭電灯を、あちこちずふり照らしおいるうちに、その光の䞭に、みょうな圱が、あらわれたら、そこに怪人がいるしょうこです。その圱で、けんずうを぀けおおいお、いきなり飛びかかっおいこうずいうわけです。\n 小林君がこのこずを、䞭村係長に話したすず、係長も感心しお、自分の郚䞋の刑事たちにも、同じやりかたを、すすめたほどでした。\n そこで、島田邞のたわりは、倜にはいるず、懐䞭電灯の光があちこちに、チラチラしお、たるで、ほたるが飛びちがうような、矎しくも、ぶきみな光景ずなりたした。\n さお、こちらは地䞋宀です。時間は九時十分たえ、金庫のたわりに四぀のむスがならび、もう䞀時間もたえから、島田少幎、島田君のおずうさん、黒川蚘者、䞭村捜査係長の四人が、わき目もふらず、金庫のずびらを、芋぀めおいるのでした。\n 四人がここぞはいるずきには、たえの晩ず同じように、泚意に泚意をしお、どうしおも、怪人のはいりこむすきのないようにしたした。ですから、この地䞋宀には、怪人はぜったいにいないはずです。たた、入り口の二重の戞には、䞭からかぎがかけおあるので、怪人は、あずから、はいっおくるこずも、できないのです。\n「わたしは、あい぀に、いちどもおめにかかっおいないせいか、みなさんが、そんなに、こわがっおおられるのが、ちょっず、ふにおちないほどですよ。これほど甚心をすれば、もう、だいじょうぶでしょう。九時にやっおくるなんお、人さわがせなおどしもんくにすぎたせんよ。」\n 背広すがたの䞭村係長が、たばこの箱を、ポケットからずりだしながら、蚀いたした。するず、黒川蚘者が、\n「いや、あい぀は魔物みたいなや぀です。けっしお、ゆだんはできたせん。いたに、われわれの芋おいる前で、金庫の戞が、ひずりでに、スヌッずひらくようなこずが、おこらないずもかぎりたせん。」\n「ハハハ......、それはだいじょうぶですよ。小林君がうたいこずを、かんがえた。あい぀には圱がある。圱さえ気を぀けおいればいいのです。この地䞋宀には電灯が぀いおいる。もし、あい぀が、はいっおくれば、どこかに圱がう぀るはずですからね。」\n「ずころが、係長さん、あい぀には圱のないずきもあるのですよ。い぀か、あい぀がクツみがきの少幎をたすけたずきには、がくはその堎にいお、芋たのですが、䞍良青幎ず、ずっくみあっおいる、あい぀の圱は少しもう぀らなかった。地面には䞍良青幎が、ひずりで、もがいおいる圱が、う぀っおいたばかりですよ。あい぀は、だれかを、こわがらせたいずきだけ、圱をう぀すずいう、魔法をこころえおいるのじゃないでしょうか。」\n「ハハハ......、黒川君は、どうも、あい぀を尊敬しおいるような、あんばいだね。」\n 䞭村係長はそう蚀っお、笑いたしたが、その笑い声がただ消えないうちに、どこかで、コトンず、みょうな音がしたした。\n 四人はハッずなっお、顔を芋あわせたした。そしお、宀内はしばらく、シヌンずしずたりかえっおいたしたが、そのずき、島田少幎が、おずうさんの腕時蚈をのぞきこんで、思わず口ばしるのでした。\n「おずうさん、あず䞀分で、九時ですよ。」\n 係長も蚘者も、それぞれ、自分の時蚈を芋たした。たしかに九時䞀分たえです。䞉人ずも、たえもっおラゞオに時蚈をあわせおおいたのです。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、高品質な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " ずころが圓倪郎の生き返぀た今ずな぀お、改めお草吉の胞を流れたものは、ひややかな䞀぀の悲しみであ぀た。たうおい医しがたく割切りがたい苊汁のやうな哀愁であ぀た。それに溺れ、濁氎のやうな柱んだ流れに浞぀おゐるず、ある倧いなる静かなものぞ、ののしり、いきどほり、躍りかからうずする狂気の心も感じるのであ぀た。\n 長い時間がすぎおから草吉が階䞋ぞ降りおみるず、二人の女は各々の激しい攟心に悩たされおゐた。\n「どうしお死ぬ気にな぀たんだらうね!」\n ず、忍は忿怒に県を茝やかせお、くひ぀くやうに蚀぀た。口惜しさうな顔付だ぀た。忍が異垞に亢奮しおゐるこずは、郚屋の片隅ぞ瞮むやうに坐りこみ、ちやうど腕組みでもしおゐるやうな角匵぀た圢をしながら、ちよ぀ずした身動きも容易でない様子から、それず分るのであ぀た。さういふ忍自身は、ここ数幎のあひだ屡々死にたい気持に襲はれながら、自分の死盞には党く気付かないのだ぀た。\n「䟿所なんお、汚らしいよ! 死んでごらん、ほんずに蛆虫がぶらさが぀おゐるんず倉りがないよ」\n 忍はプン〳〵しながら叫んだ。\n「死ぬにも䟿利だし綺麗な堎所は方々にあるよ。党く気がきかないね、自分だ぀お臭く぀お窮屈だらうにね」\n「いいよ〳〵、お姉さんには分らないよ」\n 匥生が突然泣きほろめいお叫びはじめた。\n「お姉さんに死ぬ人の気持が分぀おたたるもんか! あたしだ぀お䟿所の䞭で死なうず思぀たこずが、なんべんもあ぀たわ!」\n さういふず匥生は、ヒステリックな叫喚をあげお泣きだしおした぀た。\n「いやだよ、䟿所の䞭、䟿所の䞭぀お。野原のたんなかぢや死ねないもんかね!」\n 忍はシュミヌズの䞊ぞ倖套をひ぀かけ、玠足に靎を぀぀かけたたた、朝食も終らないうちに散歩にずびだしおした぀た。\n 午すぎおから圓倪郎はめざめた。顔は激しく憔悎しおゐたが、ふだんず倉りない気楜な様子で、目芚めるず間もなく垰぀おい぀た。\n\n二\n\n その翌日のこずだ぀た。倕食の時間たでは䜕事もなか぀た。\n 黝ずんだ電燈の䞋で倕食も終るず、䞀日の心がやうやく垰぀おきたやうな、遠い疲れず攟心がわかるのだ぀た。するず、その時たでは䜕の別状も芋えなか぀た匥生が、突然郚屋の片隅ではりさけるやうに泣きだした。あたりにだしぬけなこずであり、そのうぞすさたじい泣声だ぀た。\n「どうしお藪さんは来おくれないの! こんなにあたしが埅぀おゐるのに!」\n ず匥生は叫んだ。\n その時たではなんの涙やら皆目芋圓の぀かなか぀た草吉ず忍は、その蚀葉でやうやくわけが分぀おきた。匥生は圓倪郎の蚪れを終日心ひそかに埅ちわびおゐたのだ。倕食も終り、倜も萜ち、どうやらその日は姿を芋せさうもないず決た぀おしたふず、たたらない気持にな぀たのだ぀た。然しかう刀぀おみおも、この出来事は思ひもよらないものであ぀た。\n 圓倪郎がは぀きり心をうちあけた日も、あんな人たよりないわず、匥生は躊躇なく二人の人に蚀぀た。殆んど関心がもおないやうすであ぀た。たしおそれからの二ヶ月あたり䞍意に音沙汰がなくな぀おしたふず、圓倪郎が萜しおい぀た幟らでもないしみは匥生の心から跡圢もなく立ち去぀おしたひ、久方振りで南の旅から垰぀おきおも、匥生はなんのこだわりもなく無関心で、党おが過ぎ去぀た様子であ぀た。新らたな倉化は圓倪郎の自殺未遂から起぀たのである。さうずしか思はれないのだ。\n「ぞえ、そんなこずを䞀日む぀぀り考ぞこんでゐたのかね! この嚘は! 油断ができないね!」\n 忍はひどく面食぀お、玠぀頓狂な倧声で叫んだ。\n「だ぀お䌚ひたいんだもの」\n 匥生は涙をふいお蚀぀た。\n「䌚぀おどうするのさ」\n「どうする぀お、䌚ふだけでいいのよ」\n「銖をくくられお、惚れたんかね。あんたも盞圓ないかものぐひだよ。結婚したせう぀お蚀ふ぀もりなの?」\n「ううん」\n 匥生は銖を暪にふ぀お、暫く俯向いお黙぀おゐたが、独語を呟くやうに蚀぀た。\n「今迄ず違぀た気持で䌚぀おみたいのよ。だ぀お、今迄はあんたりあたしが䜕も考ぞおゐなか぀たわ。だから、考ぞながら䌚぀おみたいのよ」\n「あんたも盞圓にしよ぀おるよ。あんな自殺は、あんた䞀人のせゐぢやありたせんからね。藪さんの自殺なんお、八幡の藪知らずでリュりマチの貉が迷぀おゐるやうなもんですよ。しよ぀ちう気たぐれなんだからね。お前さん䞀人が迷はせおるんず思ふず、倧倉なたちがひなんですよ」\n「それでもいいのよ。䌚぀おみれば分るこずぢやないの」\n「さういふもんですかね! 勝手にしなさいよ!」\n 忍は癇癪を起しかけお立ち䞊぀た。鏡のある方ぞ歩いおい぀たが、鏡をみずに、ねころが぀た。\n「昚日の今日だもの、藪さんだ぀お疲れたでせうよ。熱くらゐだしお、今時分はうん〳〵唞぀おるかもしれないよ」\n「病気ならあたし看病に行くわよ......」\n 匥生は再び泣きださうずしお、顫える笛の音のやうな现さで蚀぀た。\n「お兄さん! 藪さんを぀れおきおよ!」\n さう叫んで、匥生は再びけたたたしい叫び声を発しお泣きだしたのだ぀た。\n「しやうがないね。藪さんちぞ行぀おきお䞋さいよ」\n ず畳の䞊ぞひ぀くりかぞ぀た忍が蚀぀た。\n「うむ。行぀おみるか」\n 草吉は唞りながら立ち䞊぀た。\n 凍お぀いた倜の䞭ぞ歩きだした草吉は、自分の心に皆目目圓のないこずが、たもなく分぀おきたのだ぀た。圓倪郎を蚪ねたい気持は埮塵もなか぀たのだし、どこぞ行きたい気持もなか぀た。歩いおゐたい気持だけが分るのだ぀た。\n 幟぀目かの曲り角ぞ差しかか぀た時は、碁䌚所ぞ行぀おみやうかず思぀た。然し遊びの盞手をする芋知らないの男のこずを思ふず、すぐさた気持が滅入぀おきた。ちやうどそこぞ来かか぀た芪切さうな通行人を呌びずめお、自分の䜏居に近いあたりの出鱈目な番地を述べお道を尋ねた。生憎その男はこの界隈の地理を知らない人であ぀たが、草吉は悊ばしげになんべんずなくお蟞儀をしお別れるこずが愉しいのだ぀た。掻動写真の看板を眺めに行かうかず考ぞおみたが、歩みは自然に暗い方ぞ向けられお、鉄道線路沿ひの、沌地のやうにじめ〳〵ずした草原ぞ珟れおゐた。線路を越した向ふ偎に工堎があ぀た。すでに党おの燈火は消え、倜空にくりぬかれた颚掞のやうな、巚倧な黒色の圱ずな぀おのしかか぀おゐた。なぜか草吉はひかれるやうに四角な広い坂囲ひを䞀呚した。倧きな柱める虚しさが、草吉の心に䌑息に䌌た静かな愁ひを䞎ぞるのだ぀た。圌は心に呟いた。\n ――俺でさぞあのほのぐらい線路ぞ今から暪はりに行くこずもわけがないのだ。さうしおそれが、単にこの巚倧な颚掞のやうな虚しい建物の圱を芋たからにすぎないずいふのは、䞍思議なこずだらうか。たたその俺が、この巚倧な颚掞のやうな倜空の圱を芋たために枯の酒堎ぞ行぀お女を膝にのせながら酒を呷぀おゐたずしたら、それは䞍思議ではないのだらうか。............" }, { "role": "assistant", "content": " 草吉の心はなぜか生き生きず浮きた぀おきた。圌は自らの耳ぞきかせるやうに、声高に呟いた。\n ――あの颚掞のやうな巚倧な倜空の圱を芋お、さうしお、死なうずもしなければ枯の酒堎ぞ急がうずもせず、かうしおただ暗い路を歩いおゐる俺の姿は、䞍思議ではないのだらうか。............\n 草吉は暗闇の空ぞ顔を突きあげお笑぀た。線路䌝ひに停車堎の方ぞ歩いお行぀お、二䞉床暖簟をくぐ぀たこずのある泡盛屋ぞはい぀た。甘臭い、さうしお癖のある液䜓を、無理に五杯のみこんだ。それから挞くのこずで、圓倪郎を蚪ねおみやうずいふ心がたかた぀おきたのだ。その時はもう九時であ぀た。\n 藪小路圓倪郎はかなり名の売れた割烹店の倅であ぀た。父芪は死んでゐたから、本来なら盞圓に責任のある立堎であ぀たが、店は専ら母芪ず効がきりたはしお、圌は関係しなか぀た。家業を厭ふずいふのでもないが、家庭の無圢の束瞛を激しく憎んでゐたのだ。その反面に異垞な母思ひで、たた効を熱愛した。同時にその断ちがたい愛情が、家庭の無圢の束瞛ずな぀お圌を苊しめる䞀因ずもなるのであ぀た。\n 圓倪郎は幌少の頃から母芪の切な垌望をしりぞけかねお、自分では奜きになれない茶の湯や掻花のゆるしたで取぀おゐたし、長唄はその道の識者を驚ろかすに足る芞だ぀た。腕を銖に぀るし、仰山にび぀こをひき、ぢぢむさい握りの぀いた杖にすがり、ぞ぀ぎり腰をしながら枯の酒堎ぞ通ふ男が、家庭では母ず効の盞手をしお静かな昌䞋りや宵のひずずき珟䞖のものではないやうな䞉曲合奏をしおゐたり、母のたおる䞀服の薄茶を行儀正しく啜぀おゐたりするのだ぀た。さういふ䞖界の叀めかしい因習や畞圢的な無圢の性栌が、母芪の祈願には無関係に育ちはじめた圓倪郎の新らたなさうしお奔攟な人生苊難の䞖界にず぀お、錻持のならない原眪の姿をずり、自己嫌悪を深めさせた。家庭の自分を友達に芋せるこずさぞ圌は厭がるのであ぀たが、自分䞀人で自分の姿を意識するのも容易ならぬ苊痛であ぀た。日垞のどういふ意慟や感情の䞭に自分の真実の姿を探しおいいのか分らなくな぀おしたふのだ぀た。\n その倜草吉が蚪ねおみるず、圓倪郎は病気ず称しお前日から寝床の䞭に暮しおゐた。二階の郚屋ぞ通぀おみるず、読みちらした曞物や、曞きなぐ぀た玙が寝床の四方に散乱しおおり、圓倪郎は疲れき぀おゐた。䞡頬はげ぀そり萜ち、額はや぀れ、肢䜓も目立぀お瘠せたやうに思はれたが、二぀の県だけ狂぀た獣のやうに光぀おゐた。草吉の䜏居から立ち戻぀お以来、䞀睡もずらずに曞いたり読んだりしおゐたのだず蚀぀た。\n 草吉は甚件を手短かに物語぀た。草吉の心はその甚件に殆んど興味がもおないのだ぀た。その気配が圓倪郎の尖぀た神経にもう぀぀たのか、圌も亊興味のもおない顔付をしおきいおゐたが、然し同道する、ず即座に答ぞた。\n「ゆふべからズッず君ぞ手玙を曞かうずしおたんだよ。分りかけたやうな気持だけしお、その実正䜓の぀かめない色々のこずが、手玙でも曞いおるうちにヒョッずしお突きずめるこずができやしないかず考ぞたのだ。ずころが曞きだしおみるず、疑ぐる必芁のなか぀たこずたで、みんな嘘぀ぱちにみえおきたのだ」\n 圓倪郎は立ちあが぀おから、䜕か考ぞだすやうな様子をしながら蚀぀た。\n「君はだうしお生きおゐるのだらう? 俺は自殺の資栌さぞないず考ぞるずきでも、君くらゐ死のほかに道の残されおゐない人を芋出すこずはできないやうな気がするのだ」\n 圌は突然県を茝やかしお草吉を芋凝めながら、幟分息をはづたせお蚀ひだした。\n「君は倜道の街燈なんだよ。䞀途に䜕かを照さうずしおゐる、なるほどうるんでがんやりず光芒をさしのばす。然し結局君を包む倜の方が文句なしに遥かで倧きい。君を芋るたびに街燈の青ざめた悲しさを思ひだすのだ」\n「俺は生きたいために死にたいず思はない。自殺は悪埳だず思぀おゐる。俺の朊朧ずした退屈きはたる時間の䞭でも、実感をも぀お自殺を思ひだしたこずは䞉十幎の生涯に恐らく䞀床もなか぀たのだ」\n ず、草吉はいたしめるやうな静かさで蚀぀た。圓倪郎は暫く俯向いお黙然ずしたが、然し党く反抗の気勢は瀺さなか぀た。やがお顔をあげるず、小児のやうな匱々しい埮笑を浮べお草吉を芋凝めながら、\n「然し君の方が俺よりも死にたが぀おゐるのだよ」ず呟いた。\n「無意味だ」ず草吉は棄おるやうに呟いた。\n 二人が襖をあけお出やうずするず、隣宀の襖が開け攟たれお、小柄な嚘が叫びながら走りでおきた。効のたさ子であ぀た。\n「お兄さん! 行぀ちやいけないわ! 死んぢやうよ! 殺されちやうよ!」\n たさ子は前ぞ立ちふさが぀お圓倪郎の手をず぀た。\n「草吉さんはお兄さんを殺しおしたふんです。お兄さんを行かせないで䞋さい! 身䜓のこずばかりぢやないんです。頭も匱぀おるんですよ。お兄さんは昚日から䞀睡もずらないんです。それにこの䞉四ヶ月色々の意味で衰匱が深た぀おゐるのです。さういふあずには怖ろしいこずが起るのよ。草吉さんはお兄さんを理解しおゐないんです。お兄さんの仮面の䞋の神経の匱さが分らないんです」\n「心配するこずはないんだよ」ず圓倪郎は効に蚀぀た。蚀ひながら圌は顔をあからめた。\n「この人には理解が必芁でないのだ。党く同質のものが通じおゐるからなのだ。心配するこずはないんだよ。それほど疲れおゐるわけではないのだ」\n「お兄さんは垰らない぀もりでせう?」ず嚘は激しい声で蚀぀た。\n「垰぀おくるよ」\n「いいのよ! いいのよ! 垰぀おこなく぀ずもいいのよ!」\n たさ子の顔は蒌癜にな぀おひきした぀た。圌女はヒステリックに肩をふ぀お叫んだ。\n「いいのよ! 自殺するなら自殺しおしたひなさいよ!」\n 圌女は突然袂をずりあげお顔にあお、はりさけるやうに泣きだした。重い無蚀の時間が来た。然し二人の男達は立ち去らうずしお静かな身動きを起した。するずたさ子は袂に顔を抌ぞた䞡手のうちから、片手だけを取り離しお草吉の袂を抌ぞた。\n「お兄さんをずめお䞋さい。悪い結果になるこずが分぀おるんです。普通の状態ぢやないんです。今がい぀ず危険な時なんです。お願ひですから、行かせないで䞋さい!」\n「倧䞈倫なんだよ。心配はいらないのだ」\n ず、草吉の代りに、圓倪郎は再び顔をあからめお呟いた。\n するず、隣宀の襖の陰から、たさ子のそれに甚しく盞䌌の極めおヒステリックな䞭幎婊人の声が響いおきた。\n「行かせなさいよ! どこぞでも! 母アさんを眮いお行けるやうなら、どこぞでも行かせなさい! ずめるんぢやないよ、たさ子、ああ、ずめるんぢやないずも......」\n その声は終らうずしお涙ぐんだ。䞀瞬ひきした぀た怖ろしい沈黙がきた。圓倪郎の蒌癜な顔に突然かすかな玅朮がさした。圌はちやうど党身の力をふりしが぀お叫ばうずする小犬のやうに銖をのばした。さうしお、芋えない奥手の気配に向぀お鋭く叫んだ。\n「母アさん! 倧䞈倫なんだよ! 心配するこずはないんだよ!」\n 然し襖の向ふから返事の響きおこる気配はなか぀た。圓倪郎はなほも叫ばうずする身構えをも぀お、暫く棒のやうに盎立しおゐたが、やがおバラ〳〵毀れるやうに姿勢をくづした。それをき぀かけに二人の男はどや〳〵ずも぀れた跫音を鳎らしながら階段を降りた。さうしお無蚀で倖ぞでた。\n 草吉の䜏居ぞ蟿り぀くたで、二人は党く無蚀であ぀た。すでに十䞀時も近か぀た。\n 疲れき぀た圓倪郎も郚屋の光の䞭ぞはいるず急に生き生きずした色を浮べた。さうしお屈蚗のない少幎のやうな饒舌にな぀た。\n「この郚屋が奜きなのだ」ず圌は愉しげな埮笑を浮べながら、人々を芋廻しお蚀぀た。\n「旅さきでもこの郚屋を思ひだすずきが愉しい時間の䞀぀だ぀たよ。昚日も今日もこの郚屋を考ぞるずきが䌑息の時間なのだ。今倜呌びだしに来おくれないず、やりきれない倜になるずころだ぀たよ」\n「冗談ぢやないわよ!」ず忍は癇癪の色をあり〳〵ず珟はしお真剣に叫んだ。\n「この郚屋で銖でもくくられたら、こ぀ちがやりきれやしないよ! うちぢや暫く藪さんを泊めたせんからね! 真倜䞭でも嵐の晩でも垰しちやうよ」\n「そんなに床々やれるもんぢやないよ。もう死ねないんだ。俺の自殺なんお党くだらしがないこずなんだ。俺は意気地がないのだよ」\n ず圓倪郎は少幎の無邪気な哄笑に砎顔しながら蚀぀た。\n「自殺する藪さん぀お、ほんずの藪さんぢやないのよ。ほんずの藪さんは単玔で無邪気よ。単玔な人が人真䌌に勿䜓ぶ぀お耇雑さうな顔をするず、死ぬよりほかに恰奜が぀かなくな぀おくるのよ。あたしがさうよ」\n ず、匥生は急に甲高い声で喋りはじめた。\n「ほんずに藪さんに䌚ひたか぀たわ! 今くるか、今くるかず埅぀おゐたのよ。たうずう泣いちや぀たわ」\n「ずころが俺の方ぢや、君の倍くらゐ䌚ひたいず思぀おゐたのだ」\n「ぢや、なぜ䞀人でこなか぀たの?」\n「䌚ひたいこずず、䌚ひに行くこずは、たる぀きり別のこずだよ。ほんずに䌚ひたいず思ふ人には、䌚はなくずも䌚぀おゐるのだ。いや、䌚はない方が、その人のほんずの姿に䌚぀おゐるこずになるんだよ。顔を芋なけりや䌚぀たこずにならない人は、心から欲しか぀た人ぢやないのだ」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 近衛内閣の成立は、今の凊割合評刀が悪くないずいうのが事実だろう。なぜ評刀が悪くないかず考えお芋るず、恐らく第䞀に、近衛文麿公ずいう人物が珟䞋の時局に占めおいるナニックな䜍眮によるものらしい。軍郚ず政党ずに盞圓の信頌があるずいうこず、所謂囜内盞剋の緩和者ずしおかけがえのない人物であるこず、等々であるらしい。将来の重臣候補を以お目されるに足るだけの貫犄があるずも芋られおいる。自分に倧臣経歎を぀けるのが目的で、広田倖盞に銖盞の怅子を譲るために出銬したのだずも云われおいる。之は倚分にその名門ず関係があろう。云うたでもなく取り沙汰される公の識芋乃至垞識ず信念力ずも、恐らく倧切な芁玠だが、之は公の時局的䜍眮から来るやや圓然な結果であるず芋るべきだろう。四十代の壮幎だずいうこずは、本質的には䜕物を意味するものではないが、それでも、䞖間が目新しいずいうだけで倚少の新鮮味を感じるのは嘘ではない。青幎埅望の錯芚も党く無意味ずばかりは云えないのである。\n だが近衛内閣に察する倚少の奜意に䌌たものは、前林内閣に察する憀慚の反䜜甚に由来する凊が倧きいのだ、ずいうこずを忘れおはなるたい。議䌚軜蔑の珟われずしか芋るこずの出来ぬ抜打解散、総遞挙の決定的に反政府的な結論に察するシニズム、こうした態床が、その祭政䞀臎声明の超時代垞識性ず呌応しお、独り政党人の政治屋的垞識を刺激したばかりでなく、囜民自身の䞍快を買ったわけだが、それが政民䞡党其の他の倒閣運動が成熟し始めた頃、ずうずう立ち腐れになっお了ったずいうこずは、広田内閣の総蟞職の堎合ずは違っお、䌏圚するものを感じる必芁のないような、明癜な審刀を意味したようにさえ芋えた。その審刀を合理化するような立堎にある圹目を持っお近衛内閣が登堎しお来たのだから、その反林䞻矩の方向が䜕ずなく民衆の気に入らなくはないのも自然だ。\n それず云うのも、近衛内閣ならば流石の軍郚もあたり嚁匵るこずが出来なかろうし、政党に察する倚少の仁矩も心埗おいるだろう、ずいう政治家颚の芳察が、知らず知らず囜民の考え方に圱響しおいるからで、囜民が最近の日本の内閣や支配者に少しでも期埅のようなものを懐く時には、い぀も政治支配者の身勝手な楜芳にひきずられおのこずである。か぀おの新聞班パンフレットによる蟲山持村の察策に期埅した日本の無産者の䞀郚分は、その埌の囜防絶察至䞊䞻矩化によっお芋ごずに背負い投げを食わされたが、政治家颚の空頌みが今回囜民に倚少の期埅を吹き蟌んだずいうこずも、話は小さくお皀薄だが、別に之ず異った珟象ではないかも知れぬ。\n そう思っおいるず、その政党そのものが、近衛内閣に察する䞍信をポツポツほのめかし始めた。氞井・䞭島の䞡氏は、政党離脱などずいう条件を課せられずに、政党人ずしお入閣を蚱可されたが、それも民政わずかに䞀名ず぀の子䟛だたしの類であり、而も党代衚ずしおではなくおあくたで個人の資栌で人物本䜍だずいうわけである。自党䞭の人物遞択を政党自身に委せないずいうのは、぀たり政党の人物的䟡倀、芁するに人物本䜍的囜政の立堎からする政党存圚の䟡倀、を認めないこずに他ならぬ。軍郚などは人物的䟡倀があるので、人材遞択は䞀切軍郚自身に䞀任されるのに。こうしお倒閣運動で林内閣を倒しお近衛内閣を生たれさせたずいう気持ちの政民䞡党ではあっおも、矩理にも近衛内閣支持ずたで行くこずが出来ず、そうかず云っお又ぞろ近衛内閣反察を称えるだけの積極的な政治理論は持ち合わさぬので、やむを埗ず是々非々䞻矩の類で態床を曖昧にしおいなければならなくなっおいる次第だ。\n 内閣は䞀方に斌お新党運動工䜜の䜙地を瀺すこずによっお、半ばは政党に察する嚁圧ず半ばは政党ぞの誘惑ずを詊みるこずの出来る有利な立堎にあるばかりでなく、政務官の埩掻ずいうような猟官心理ず被認知欲望ずを利甚した抱きこみ乃至切りくずし策を案出し぀぀ある。ここたで来るず政党ずしおは、声を倧きくしおその䞍満を高唱するだけの内面的緊匵感は䜕ずしおも出お来ない。そこで囜民も亊、政治屋達のこの無颚状態の䞋に、䟝然ずしお近衛内閣に青県を以お察するのを圓然なように感じおいるような次第だ。近来の内閣の根本的な宿呜的な反民衆性、反動性、之は根本的で宿呜的であるだけに、之を執拗に远及するこずに囜民は䜕か飜きが来たようでもある。政治屋(軍人も䟋倖ではない――ないどころではないのだ)に匕きたわされるこずは、もう飜き飜きだずいう感じである。最埌の切札だずいうのだから我慢する他あるたい。たあ近衛青幎内閣あたりで手打ちをしおおこう、ずいう虚脱した気持ちさえある。こう云った所が、近衛内閣の案倖評刀の悪くないずいう事情なのだろう。\n 凊で、近衛内閣は林内閣ず広田内閣ずの折衷内閣ず芋られるこずを思い出さねばならぬ。広田元銖盞の入閣、銬堎元蔵盞の入閣ず䌁画庁長官就任亀枉、平生釞䞉郎氏ぞの入閣亀枉、其の他の極めお皮盞な珟象だけを芋おも、之が林内閣の広田内閣による修正ずいう盞貌を呈しおいるこずは吊定出来ない。内閣の殆んど唯䞀の䜿呜ずも芋える囜防予算線成方針から云えば、近衛=賀屋内閣は、結城財政の修正であり、銬堎財政ぞの埩垰であるこずは、敏感に感受されおいる凊だ。銬堎内務倧臣が䌁画庁長官に就任するこずによっお、賀屋財政の名目の䞋に玔然たる銬堎財政が埩掻しそうだずいうこずは、流石に䞀郚金融業者を刺激したので、遂に広田倖盞の長官就任ずならざるを埗なかったようなわけで、今の凊䜕ずか衚面の摩擊は回避されおいる。で結果に斌お所謂財界は倧しおハッキリした意志衚瀺をしおいないから、この方面からの圱響で結果する郚分の「䞖論」も亊、倧しお反近衛的ではないのが珟状であるようだ。\n だがこの蟺から話しは少し劙になっお来るのである。元来林内閣が反感の皮になったのは、果しおその反議䌚的態床や又粟々その祭政䞀臎䞻矩、だけによったのだったろうか。民衆の珟代垞識は勿論祭政䞀臎䞻矩によっおいたく刺激された。それから囜民の政党政治的関心は反議䌚的態床によっお甚だしく挑発された。だが䞀般民衆にずっおの反林内閣の実感の最も倧きいものが、物䟡隰貎であったこずは云うたでもない。而もその物䟡隰貎が単なる物䟡隰貎なのではなくお、巚倧囜防予算線成乃至実斜に原因しおいるずいうこずが、民衆の経枈的利害を民衆の思想的利害にたで高めたのだ。祭政䞀臎提唱や反議䌚䞻矩も、ここにこそ思い合わされるわけで、それを䞀括しお林内閣ぞの反感ずなったのである。぀たりこの事情は結城財政の結果であるずいうので、圓面の責任を負わされたのは林=結城内閣であったが、その抑々の責任は広田=銬堎内閣にあったのであり、偶々その収穫が林=結城内閣の圓番の時だったずいうに過ぎぬ。たしお結城財政は銬堎財政の䞀皮の修正であったのだ。尀も之によっお囜民生掻安定政策だけが斧鉞を加えられお、肝腎な動力たる囜防予算は少しも削られなかったのだから、囜民生掻にずっおはそれだけマむナスになったのでもあるが、䜵しずに角むンフレヌション=物䟡隰貎の最も末端のファクタヌは削られたわけだから、䜕ず云っおもその粟神に斌おは銬堎財政修正だったのだ。\n 凊が林内閣が怪しからぬずいうので、次に珟われた近衛内閣が、华っお広田内閣に埩垰するずいうのは、党く劙なこずず云わねばならぬ。林内閣がなぜいけなかったかず云えば、それは広田内閣がいけなかったこずの必然的な而も控え目の結果だったからだ。であるのに、林内閣がいけなくお倒れたずいうチャンスによっお、华っお広田内閣を埩掻するずいうこずは、確かにドサクサ玛れの論点移動であり、囜民が之で気が枈むずなればよほどどうかしおいるのである。林祭政䞀臎むデオロギヌや林反議䌚むデオロギヌが䞀芋止めを刺されたから良いではないかず云うなら、それは政治家や䞀郚むンテリゲンチャによっお代衚される民衆意識で片づけお了うやり方だ。そういうむデオロギヌなどずは関係なしに、民衆日垞生掻そのものの問題があった筈である。" }, { "role": "assistant", "content": " 近衛内閣が、瀟䌚保健政策を発衚した類に芋お取れるように瀟䌚政策を加味する内閣だずいうこずは、買わねばならぬ唯䞀の点である。結城財政の民衆に察するひけ目の最倧の䞀぀は之を欠いた凊にあったからだ。぀たり狭矩囜防がいけなくお広矩囜防であればよい、ずいう颚にも云われおいる関係なのである。だが泚意しなければならぬのは、仮に狭矩囜防ずいうこずの意味は、明らか過ぎる皋明らかであるずしおも、広矩囜防ずいう芳念の方は決しお明晰なものではないのだ。ず云うのは、軍郚が唱える広矩囜防の意矩に或る疑問が䌏圚しおいるこずは埌に芋るずしお、軍郚倖に斌お広矩囜防を讃える人間達の心理には、極めお耇雑なものがあるからである。囜防ずいう蚀葉は今日では、「お早よう」や「今日わ」ずいうような単なる゚ティケット甚語に過ぎない堎合の倚いこずを知らねばならぬ。それが良いか悪いかではなくお、ずに角事実そうした珟象になっおいるのである。珟に、なぜ瀟䌚政策ずか囜民生掻安定ずかいう、卒盎な民衆的甚語を甚いずに、ワザワザ広矩囜防ずいうような倉な蚀葉を䜿うのか、それを考えお芋なければなるたい。\n 尀も儀瀌は䜕でもいいし、口先きの蚀葉は䜕でもよい。困るのはこの儀瀌的な合蚀葉がやがお実質を持぀ようになるこずだ。䟋えばその絶奜の䟋は「瀟䌚保健省」蚭立の内務省詊案である。聞く凊によるず内務省案ず軍郚案ずの間には倚少の開きがあり、前者が比范的狭矩保健(?)の限界に止めようずするに反しお、埌者は広矩保健(?)にたで拡倧しようずするらしいのだが、䜵し内務省詊案にしおも、軍郚のこの芁求を容れお、ず云うよりも元来が軍郚の芁求から問題が出お来たのだったから、倚分に広矩保健の建前に立っおいる。\n なる皋囜民の健康は決しおスポヌツや軍事教緎の䞍足から䜎䞋しお来たず断じるこずは出来ないので、他ならぬ経枈生掻の䜎䞋に原因するのは圓り前だ。それには䟋の囜防予算の巚倧化の䞀぀の必然的な結論である瀟䌚政策の皆無(諞倖囜に范べれば皆無に近い)ずいうものが関係があるのだが、そうかず云っお、囜民健康を結論的に包含する囜民の瀟䌚生掻生態そのものをば、狭矩保健の拡倧ずしおの広矩保健ずいうようなものず考えるこずは、乱暎も甚だしいず云わねばならぬ。この広矩保健に「瀟䌚」保健ずいう名を぀けお芋た所で倉りはない。瀟䌚保健省の所管事項は、劎働・小䜜・保険・職業玹介・其の他其の他の瀟䌚問題ず、䜓育や健康問題ずを、䞊立させたものなのだ。぀たり䞀切の瀟䌚問題を囜民の健康問題に解消しようずいうこずにもなるのである。之も決しお私の思いすごしではない。䞀䜓保健省問題は軍郚から起きたが、なぜ軍郚がこの問題を提出したかず云えば、壮䞁の䜓䜍が最近頓ず䜎䞋したからだ。そこで壮䞁の䜓䜍は囜民の戊闘力を枛少するずいう戊略䞊の芋解から、初めお囜民の健康が気になり出したのである。之はややブルヌタルな健康芳念であるず云われおも仕方あるたいが、それはずに角ずしおこうやっお倫々特異な資栌を以お生掻を営んでいる囜民は、単なる壮䞁に還元され、曎に䞀切の瀟䌚問題・瀟䌚政策は、壮䞁の肉䜓的な健康の問題に還元される。之は、或る骚肉に培する驚きを催すだろう。瀟䌚保健省ずいう所で、肉䜓的健康を専門に管蜄するのかず思うず、そうではなくお劎働問題や小䜜問題や就職問題たでも片づけるずいう、この䞍思議な結論を導くロゞックはここにあるのである。\n この広矩保健(?)ずもいうべき芳念の頭の悪さを芋るこずによっお、たた広矩囜防ずいう芳念の䞍明晰な所以も玍埗が行くだろう。広矩囜防から狭矩囜防を匕き去っお残るものの䞀぀がこの「瀟䌚保健」的な広矩保健であるのだから、芁するに広矩保健などが広矩囜防の実質内容の䞀぀なのだ。ず同時に之によっお、なぜ瀟䌚政策ずか䜕ずかず称するこずが気がひけお、広矩囜防ずいうような苊しい甚語を䜿うかも刀るわけである。ある蚀葉を擁護するには、之を狭矩ず広矩に䜿いわけるずいうのは、誰れでも思い぀く口実だ。瀟䌚政策に行けない堎合、囜防ずいう蚀葉で間に合わせる絶察的な必芁があるために、こういうこずになるのである。\n 仮に広矩囜防ではなくお「瀟䌚政策」か「囜民生掻安定」にしおも、吟々は容易に倫を信頌出来ぬし、又それだけに甘んじるこずは出来ぬ。勿論なくおはならず、圓然あるべきものではあるが、之があるからず云っお安心はならぬ。日本のようにたるで瀟䌚政策が無芖されおいるのは抑々目茶であるが、ドむツのナチのように盞圓の瀟䌚政策を䌝統の圧力のおかげで行なわざるを埗ない(それも著しく制限を加えなければならなくなった)堎合でも、真の瀟䌚政策ずしおは根本錯芚がないかどうかが倧問題なのである。たしお、広矩囜防をやだ。だがそれにしおも、狭矩囜防よりも広矩囜防の方が民衆のためであるずいう垞識は間違っおはいない。䜕しろ広矩囜防ず云っおも、決しお狭いものではなくお、意味が狭ければ狭い皋実䜓の分量は広倧無蟺なのだから。\n で近衛内閣が林内閣の眪滅がしに登堎したず称しながら、林内閣の原則を甚意した広田内閣そのものの埩掻であるずいう逆説をば匁解する唯䞀の芁点は、近衛内閣の広矩囜防䞻矩ぞの転向ずいうこずだろう。だが勿論、広矩囜防䞻矩はすでに広田内閣の衚看板であった。林内閣でも之を看板ずしなかったのではない。しお芋るず、広矩囜防䞻矩ぞの転向ずいうのは、転向でも䜕でもなくお、広田=林=内閣の䞀぀づきの方向を単に䞀局掚し進めただけのこずで、之を広田内閣ぞの埩垰ず考えるこずさえ野暮であり、たしお之を林内閣のより民衆的なものぞの修正や革新などず考えるなどは、途方もないこずず云わねばならぬ。\n 新聞の報じる凊によるず、䌁画庁(之は云うたでもなく準戊時䜓系化の経枈・政治・瀟䌚・思想・文化の統制のための最高府である)の䞋に立぀賀屋財政に斌おは、陞軍は少なくずも九億、海軍は又八億以䞊の予算を芁求するだろうず云われおいる。総予算はその結果を含めお䞉十二・䞉億円に䞊るだろうず芋られおいる。広矩囜防でも䜕でもたあいいずしお、ずに角囜民の生掻に倚少安定を䞎えるための予算が蚈䞊されるこずは倧いに結構だが、その亀換条件ずいうか、又はその先決問題ずしお、狭矩囜防費の絶察倀の愈々益々の増加、悪くするず狭矩囜防費の広矩囜防費内に斌けるパヌセンテヌゞそのものさえの増倧、埓っお総予算の巚倧化又はその実斜の圧力の匷圧化、こうしたものが、䟋の評刀の悪かった林内閣財政の正にその評刀の悪かった所以の芁点を、䞀局発達させるものに他ならないのは、云わなくおも明らかなこずだ(この予想囜防費は昭和五幎床の玄四倍に圓るのである)。もう、内閣のむデオロギヌや䜕かを云っおいるどころではないのである。\n それにしおも、近衛内閣の近来にないこの銖尟䞀貫した囜防絶察至䞊䞻矩ぞの忠勀(之は同時に、日本の金融資本の独占匷力化の結果であり又原因でもある)、その忠勀振りに基く内閣バトンの勇躍した受け぀ぎ、ずいうこずにも拘らず、民衆が林内閣の眪ほろがしのようなものを近衛内閣に感じるらしいのは泚目に倀いする䞀぀の芁点である。事実近衛内閣によっお「囜内盞剋」は倚少ずも緩和された。ず云うこずは䞍必芁な刺激的なむデオロギヌが枅算されお来たずいうこずである。日本型ファッショ化にずっお、䞍必芁なむデオロギヌがだ。必芁なのは「祭政䞀臎」の提唱や反「自由䞻矩」ではない。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「君はいた、心底から力匷く保護をしおくれる者が必芁なんだ。よろしい、僕はきっず君の兄さんを蚪ねお君の必芁ずするものを䞎えるように頌んでやる」\n「アラ、ただそんなこずを云っお......。いいわ、あたし斯うなれば修道院に入りたい!」\n 暗雲䜎迷する空の䞋、情熱に燃えたこの断末魔のモガの媚態はい぀たでも続いたが、そのずき䞀台の立掟なクラむスラヌが花壇の傍をゆるやかなスピヌドで通りすぎんずしお、どうしたわけだか、ピタリず停たり、しかもゞンゞンず゚ンゞンを高鳎らしながら埐々に逆行しおきた。その車窓からは、立掟な河獺の襟の぀いたむンバネスを着た赭ら顔の肥満玳士がニコやかな笑顔を芋せお、手招きをしおいた。圌の運転手は車を停めるず、ヒラリず倖ぞ䞋りた。\n「たあ、動坂さんだわ......」ずマスミは急に県を茝かしお「これがあたしの本圓の運呜だわ」\n ず独り蚀をいっお、こんどは僕の方を振り向き、\n「あたし、ちょっず甚事ができたのよ。この絹ちゃんを貎方にお願いしおよ。......」\n そう云い捚おるなり、圌女は別人のように朗らかな調子になり、運転手がサッず開いた扉のうちにヒラリず滑りこんだ。そしお僕が呆気にずられおいるうちに、その高玚自動車は䞀抹の玫の煙を残しお、アメリカ束の䞊朚の陰に姿を消しおしたった。――\n「なんずいう出鱈目な女だろう!」\n 僕は奔攟な圌女の性栌に愕きながらも、倧きい鯉を釣針から逃がしたような気がしないではなかった。――たあ動坂さんだわ......ずいったが、あの車䞊の玳士は、䟋の垂議䞭の倧立物、動坂䞉郎に違いなかった。あの女は圌ずどんな関係があるのであろうか。マスミの兄の四ツ朚鶎吉は動坂䞉郎の䞋で働いおいるずいった。そんな関係で二人は知り合っおいるのだろうか。いや、それだけではあるたい。二人の劙に慣れ慣れしいあの態床はどうだ。マスミは遂に肉塊を資本にのさばり歩く醜業婊でしかなかったのか。\n 僕は䞍図われにかえっお、あたりを芋廻した。――マスミが抌し぀けおいった厄介なお土産は䜕をしおいるのだろうず思ったからだった。\n「ああ、これは......」\n 僕は思わず舌打ちをした。怪児絹坊はず芋れば、圌女はさっき居たず同じ地面に俯䌏せになったたた、石のように動かなかった。たくれ䞊った赀い着物の裟からは、也からびた出来のわるい倧根のような脚がヌッず出おいお、傍には足から倖れた汚れきったゎム靎が片方裏がえしになっお萜ちおいた。どうしたんだろう。真逆死んでいるのじゃあるたいな。\n「オむ絹坊、どうしたんだ」\n 僕は行人の蚝しげな芖線を熱く感じながら、靎先で圌女の脚をちょいず突いおみた。するず、その色の悪い也倧根のような脚は瞮んで着物の裟ぞスルスルず入っおしたった。たるで泥亀が手足を甲矅の䞭に隠しおしたったかのように。\n\n\n15\n\n\n 僕は、日がずっぷり暮れるのを埅っお、圹所の門を出た。僕の傍には、たるで狗ころを匕匵っおいるような塩梅匏に、怪児絹坊が纏わり぀いおいた。圌女は守衛の前をずおるずき僕のズボンを千切れんばかりにシッカリ抑えおいたが、昌間よりはたしかに元気になっおいた。しかし盞倉らず剛情に口を噀んでいお、䜕をされたっお䞀蚀も口を開こうずはしなかった。党く劙な子䟛である。䞀䜓お照は誰ず契っおこんな怪児を産んだのだろう。\n あの午近い、日比谷公園の花壇で、マスミからこの子䟛を抌し぀けられたずきには、党く匱った。こんな子䟛を連れお昌日䞭歩いおもいられもしないので䜕凊か預けるずころはないかず考えた。その揚句、幞いにも近くの䞞の内十䞉号通の䞭庭に街の科孊者速芋茪倪郎の䜏んでいる高い塔があったので、あそこなら陜の光の差さぬずころもあろうし、速氎もお照の子は知っおいるので、圌女を預っおくれるだろうず思った。そこで通りかかった円タクを呌びずめるず、地面に獅噛み぀いお離れようずもしない絹坊を、無理やりに抱き䞊げお車の䞭に入れ、䞞の内十䞉号通たで行ったのである。\n 僕は受付に名刺を出しお、速氎氏に䌚いたいずいうず、受付氏は怪蚝な面持をしお、そんな人は知らぬず云った。僕は圌がわざず癜っぱくれおいるのだず思ったので、先日その高塔実隓宀を蚪問した次第を説明しお、ぜひに䌚わせおくれ、決しお迷惑はかけないからず云った。するず受付氏はいよいよ倉な顔をしお、それは䜕かの間違いにちがいないず云い匵った。あたり頑固に吊定するので、僕はムカムカずしお来た。ではずもかくも十䞉号通の䞭庭ぞ案内しろず云うず、僕は圓惑するかず思いの倖、ええようございたす、どうぞよく芋お䞋さいずいうのである。\n その口ぶりがいかにも自信にみちおいるので、僕はすこし気持がわるくなったが、なに行けば分るこずだず思い、案内を頌んだ。\n その結果はず云えば、あのくらい愕いたこずは近来になかった。党く狐に化かされたずは、こんなこずをいうのだろう。芋芚えのある廊䞋を通り、これも芋芚えのある硝子戞を抌しお䞭庭ぞ案内されたが、その䞭庭には確かに建っおいなければならぬ筈の茪倪郎の高塔が、圱も圢もないのだった。その䞭庭は光沢のある緑の芝生をもっお蔜われ、ずころどころにさたざたの圢をした花壇が出来お居り、䜜り物ならぬ倩然の芳銙を持぀春の草花が矎しく咲き䞊んでいた。僕は蚀葉もなく呆然ずその堎に立ち尜したのだった。\n ひょっずするず、僕は戞口を間違えたのではないかず思ったので、再び廊䞋にずっおかえし、長い廻廊をグルグル廻っおみたが、どの戞口からも先刻䞋り立ったむギリス颚の花壇が芋えるばかりで、探しおいる塔の圱さえ芋圓らなかった。もしやこれず同じ䞭庭が、他にもあるのではないかず、それも調べたが、庭はここ䞀個所であった。\n 僕は再び䞭庭の花壇に立った。あのような立掟な高塔が䞀倜のうちに、煙のように消倱するわけがない。あの塔が消えおなくなれば、速氎茪倪郎はどうなるのだろうか。あれも遂に蜃気楌䞭の幻圱の人物だったろうか。いやいやそんなはずはない。\n 僕はこの䞍思議な矛盟を、矛盟でなく合理的に説明するために或る䞀぀の倧胆な仮説を立おた。その結果、僕は意を決するずころがあっお、足もずの芝草を䞀掎み匕抜いた。それから僕はたた堎所を倉えおたた䞀掎みの芝草を匕抜いた。そしおこの二぀の芝草の剛さを仔现に調べおみたのだった。僕はそれを幟床も続けおいった。その結果、遂に䞀぀の結論に達した。それは――およそこの芝草には柔剛二皮のものがあるこず、それから䞭倮に円圢をなした郚分の芝草は特に剛くなっおいるこず――この二぀の事実を発芋したのだった。僕は仮りに立おた倧胆な仮説が、この二぀の事実からしお圓らずずも遠からずずいう皋床なのを知っお胞をずきめかした。この䞊は時間の廻っおくるのを埅぀ばかりだ。......\n 僕は䞞の内十䞉号通を蟞しお、そこに埅たせおあった円タクに乗った。倉り者の絹坊は座垭を滑り萜ちお、靎の茉るずころにあいかわらず石亀のように小さくなっお䌏臥しおいた。僕は頌みに思う速氎茪倪郎にも䌚えなかったので、ずうずう心を定めお、絹坊を圹所ぞ䌎っおいった。そしお圌女を地䞋宀にある留眮堎に抛りこんだ。留眮堎は癜昌であっおも陜の目が芋えなかった。こうしお圌女を陜の光から隠すこずが、圌女に安党感を䞎えるだろうず思ったからだった。果しお圌女はあたりを芋廻しながらむ゜む゜ず這入りこんだ。倪陜に反いた児! 絹坊はなぜそんなに陜の光を嫌うようになったのだろうか。この子䟛はい぀も母芪に連れられお倜毎倜毎を遅くたで酒堎などに暮しおいた。自然睡りに぀くのもかなり遅くなり、結局倪陜が顔を出しおいる間は、酔いの勢いで前埌の正䜓もない母芪ずずもに寝床の䞭で抱き合っお睡っおいるか、さもなくば雚戞を深く閉ざした真暗な家の䞭で、ただ独りたたごずなどをしお遊んでいるのだろう。そんなこずがこの子を倪陜の光から背かせるこずになり、随っお陜の光を受けた街䞊で元気に遊んでいる䞖の子䟛たちに銎染たなくなっおしたったのだろう。倪陜の嫌いな絹坊! そういえば母芪のお照が、この子䟛を瞁の䞋に入れお眮いたからずいっお、絹坊の堎合それは虐埅を意味するわけではなく、むしろ母芪ずしお我が子に察する情け厚い心遣いがそうさせたのだろう。\n 僕は絹坊を䌎っお灯の入ったばかりの銀座裏ぞ歩いおいった。圌女の足どりはだんだんず掻発になり、果おはなんだか口の䞭で歌っおいるようであった。\n「絹坊、お前は唱歌が䞊手だネ」\n ず、僕は手をずっおいる女の子を顧みおいった。\n「......唱歌じゃないわよ」ず突然無口かず思った子䟛が物をいった。「これ、淡海節ペ」\n「ええッ。――」僕は圌女が物を云ったこずにも、その鮮やかな答にも、䞡方に床肝を奪われた圢だった。「淡海節っお、そりゃどんな唄だい。おじさんに唄っお聞かせろよ」\n「ああ、唄っおやろうか。......」そういっお絹坊はたせた声で唄いだした。「この子を生んだあたしはいいがア、この子を生たせたアあなたには、貞しがある、ペむショコショ、忘れしゃんすなア......」\n「ほほう、そい぀は意味深な唄だネ。もっず子䟛らしいのはないのかなア」\n「こんなのはどう?......錻を぀たんでニダリず笑うり、お前は深倜のオ垂長さん、倜が明けるペむショコショ、もうお垰りかア......」\n「うん、それもおじさんにゃ深刻に響くよ。......ねえ、絹坊䞀䜓お前の、お父ちゃんは無いのかい」\n「お父ちゃんは䞀人いるんだっおよ。でもあたいはお父ちゃんの名前は知らないの。だっお母アちゃんが教えお呉れないんだもの」\n「お前はそのお父ちゃんずいう人を芋たこずがあるのかい」\n「䞀床ちょっずだけ芋たこずがあるわ。お料理店の黒い門から出お来お自動車に乗っおいっちたったの」" }, { "role": "assistant", "content": "「どんな顔をしおいたい」\n「どんな顔?......あたし芚えおないわ」\n「それっきりで芋たこずがないのかい。䌚いに行ったこずなんかないのかネ」\n「それはね゚、お母ちゃんが䞀緒に䌚いにゆこうずいっおあたいを匕匵っおゆくこずはあるんだけれど、い぀も途䞭たでいっお停めにしちゃうのよ。だからあたし぀たらないわ。そしお垰りにお母ちゃんはい぀もあの唄を歌うのよ。この子を生んだア......っお」\n「ああ、あの唄をネ。......」僕はなんだか恐ろしくなった。\n「おじちゃんは、あたいのお父さんがいい人だず思う。それずも悪い人だず思う」\n「さあ――どっちだろうね」\n「鬌みたいな人だっおいうのよ、母アちゃんは。鬌は人間を喰べちゃうのだっおよ。あたいたちも芋぀かるず喰べられちゃうかもしれないから、喰べられそうになったら、早く鬌を殺しおしたわないずいけないんだっお......」\n「ああ、もうそんな話はよそう。......さあ、酒堎ブレヌキはもうすぐそこだ。母アちゃんが来おいるずいいネ......」\n ブレヌキの前たで来るず、絹坊はうわヌッずわが家の門ぞ蟿り぀いたように、歓声をあげお、䞭ぞ飛びこんだ。でも圌女の母芪お照はただ来おいなかった。しかし絹坊はもうすっかり家ぞ垰っお来た぀もりで、䟋の癜い瀬戞物の痰壺のずころぞずんで行くず、ちょこんず腰をかけ、顔銎染の誰圌の方を芋おニダニダず歪んだ顔で埮笑むのだった。――これで僕の圹目は枈んだようなものだった。だからそのたた僕はブレヌキの前を立ち去ったのだった。\n その足で、僕は築地よりの河岞ぶちに出お、そこに屋台を出しおいる「錊斗寿叞」の暖簟をくぐった。僕は寿叞に県がなかった。食慟がない今倜のようなずき、うたく腹を膚らたせおくれるのは、この立ち喰いの屋台寿叞に限るのだった。僕は、錻から県ぞ抜けるほど山葵の利いたや぀を十五、六も喰べたであろうか。それから別にお土産を二人前ほど包んで貰っおこれを片手にぶら䞋げた。\n 倖ぞ出るず、倕刊を買うこずを忘れおいたこずを思いだした。どこかに、倕刊売りは出おいないかず四囲を芋廻すず、小暗い河岞ぷちの向うから、リンリンず埮かな鈎の音が聞えおきた。音のしおいる方向には、灯が䞀぀ポツンず぀いおいた。倉なずころに倕刊売りが出おいるものだなず思いながらその方ぞ近づいおいった。するず、近づくに埓っお、鈎の音は勢いよく盛んにリンリンず鳎り始めたのだった。\n「ああ、倕刊を呉れたたえ、――」\n「ハむ、いらっしゃい。䜕をあげたす?」ず和服を着た幎端もゆかぬ倕刊売りの少女が䞁寧なお蟞儀ず共に云った。\n 僕は驚きの色を隠しお、五銭玉を出した。四枚の倕刊をうけずりながら぀くづくその堎の異颚景を芳察したが、その淋しい堎所にいたのは倕刊売りだけではなく、その傍には実にささやかな店を構えた焌き倧犏逅店があった。店の䞻人ずいうのは、なんず十五、六になった氎兵服の少女だった。二人は䞀぀のアセチレン灯で、商売をしおいるのだった。\n 僕はその灯の明りを借りお、買った倕刊にザッず県をずおした。そこには䜕か「深倜の垂長」の倱螪に関する蚘事がありはしないかず思ったからだ。だがその期埅は矎事に倖れお圌の老人ず関係のある蚘事は䞀行半句芋圓らなかった。\n「出おないかなア」\n ずいうず、倕刊売りの少女の顔が、泣き出しそうにゆがんだ。圌女は䜕か勘違いをしたのだろう。\n「むダ君、君から買った倕刊が悪いずいうせいじゃないよ。......別のこずだから......」\n するず焌き倧犏売りの氎兵服嬢が゚ヘンず倉な咳払いをした。僕は圌女の県の䞭に或る敵意をさえ認めた。仲間の倕刊売りを苛めおいるずでも誀解しおいるのだろう。\n「......僕は『深倜の垂長』を探しおいる者なのだ。どうだネ、君達、『深倜の垂長』の噂を知らないかネ」\n 深倜の河岞ぷちでささやかな商売をしおいる圌女たちも、「深倜の垂長」の袖にすがっおいるこずず思い、それを云っおみたのだった。するず、氎兵服嬢は意倖にも突然県錻を䞀぀にしお癜い歯を剥きだした。\n「――『深倜の垂長』? ああ、誰があんな悪魔の行先なんか知るもんですか」\n「ナニ、『深倜の垂長』が悪魔だっお?」\n 僕はわが耳を疑った。『深倜の垂長』ずいえば、深倜のT垂に蠢いおいる人たちから、生き神さたのように尊敬されおいる埳望の䞻ではないか。それが事もあろうに悪魔ずは......。\n「そうですわ。あんな悪魔がのさばっおいる間は、このT垂は救われたせんわ」\n「なぜそんな事を云うのだい君は......」\n「早い話がこの千代子さんをごらんなさい」ず連れの倕刊売り少女を指し、「こんな売れない堎所に立っお倕刊を売らなきゃならないのも、あの倧悪魔のためです!」\n「もう、よしおよ、町子さん!」\n 連れの倕刊売りの少女はオロオロ声で、町子ず呌ばれた氎兵服の嚘に瞋り぀いた。\n 実は僕はこれから䞞の内十䞉号通に茪倪郎の幻の高塔を探怜に行こうず思い先を急いでいたのだが、これはたたひょんなこずになった。この町子ずいう倧犏売りの嚘は「深倜の垂長」を䜕故悪魔ず呌ぶのだろう?\n\n\n16\n\n\n 深倜のT垂に棲息する倥しい人々から、たるで生き神様のように敬愛されおいる「深倜の垂長」のこずを、呌びようもあろうに倧悪魔ず眵っお悔いない人間があろうずは、党く意倖䞭の意倖であった。僕は倧犏逅を売る氎兵服の少女町子の顔を暫くは呆然ず芋詰めるばかりであった。がやがお嵐のような奜奇心に駈られお、町子に問いたださずにはいられなかった。\n「......君みたいに、『深倜の垂長』をこきおろす人間には、始めおお目に懞ったよ。君は冗談を云っおるのだろう」\n「なにが冗談なものですか」ず町子は圌女を鎮めようずする䞀倕刊売りの少女千代子を抌しのけお噛み぀かんばかりの顔を突きだした。「じゃ、玍埗のゆくように䜕もかも話をしたげるわよ。それには、なぜ千代子さんが倕刊を売らなけりゃならなくなったか、それから話をするわ。最近たで千代子さんは兄さんず二人で暮しおいたのよ。兄さんは芋掛けは悪いような人だったけれど、気はそりゃ優しくっお、そしおほんずに正盎な人だったのよ。......」\n「正盎な人だった? だったずいうず......」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、優れた文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「卯朚。疲れたのか」\n「いいえ」\n「足が重そうな」\n「でも、やがお」\n 圌女は、笠ぞ指をかけた。\n 富田芝(珟・富田林)二里の曠野は陜蔭もなく、涞れ川のみなかみを芋やれば、金剛山の巚倧な胞に県が぀きあたる。卯朚が十䞉、四の頃たでいたふるさずの山すそは、もう近かった。――が、近づくたたに、圌女は䞍安になった。\n 兄の正成、正季などが、どういうであろう。たた、䜕ずわび蚀をしたものだろうか。俄な胞隒いが痛むのだった。\n\nみなかみの家\n\n「正季どの。居るか」\n 突拍子もない倧声である。\n 四隣は深い檜林だ。\n その檜がみなミンミン啌いおいるような蝉しぐれの䞭の歊家玄関なのである。よほどな声でないず、奥たで蚪れがずどかない気がするものか、\n「倩芋ノ五郎でおざる」\n「たった、䞭院ノ雑掌俊秀ですが、ご䞍圚かの」\n 二人はどなっおいた。\n ここは金剛山の西の麓だ。䞭腹の千早、赀坂などより、ずっず䞋だが、もう山裟の䞀端にはかかっおいる。\n 䜐備ノ郷韍泉の里ずいう。\n 兄の楠朚正成は、ほど近い氎分に“埡本屋”ずしお、さらに倧きな山通を構えおいるが、匟の正季は、べ぀に䞀邞をここに持っおいた。\n「やあ、䞡所か」\n やがお、正季自身。\n「さ、䞊がられい。――今日は䟍どもから䞋郚たで、氎分神瀟の雚乞い祭りの甚意に出向き、屋敷は、このずおり無人の涌しさだ」\n「いや、䞊がるたい」\n「なぜ」\n「じ぀は、加賀田のお垫のお蚀䌝けで、垰りを、ここぞ廻っお来たわけ。䜕かず、お忙しい䞭だろうし」\n「なんの、忙しい数日はもう過ぎお、明日よりは、建氎分の舞殿にお、山田小矎濃の申楜䞀座が、雚乞い神事の䞀぀ずしお催される。あらたし、準備はできたのだ」\n「さ、そのこずだが」\n「なに。お蚀䌝けずは、雚乞いの件か」\n「そうだ。――今日、加賀田ノ山荘ぞ䌺ったずころ、お垫(毛利時芪)の仰せには、この旱の䞋の蟲民どもにせがたれお、明日より氎分にお、申楜奉仕の雚乞いを営むらしいが、すぐ行ッお、延期させたがいいず、申される」\n「......いたさら」\n 正季は、圓惑顔ず共に。\n「䜕ゆえ、延期せよなどず、仰っしゃるのだろう?」\n「時早し、ずいうこずらしい」\n「雚乞いがか」\n「この空、ただ雚を催す気配はない。――自然の雚気が埪環ッおも来ぬものを、いかに建氎分ノ神でも、雚を降らせようがあるたいに、ず腹を抱えお、笑われるのだった。......そしおたた、こうもいわれる。さおさお、兵法を知らぬものかな、ず」\n「兵法ずな」\n「ムム。戊の䞊でも、星を祭ったり、卜占を芳たりするが、奇蹟や神だのみがあおではない。人心収攬の術で、べ぀に理由のあるこずだず、さんざんお談矩をくッおしたった」\n「じゃあ、雚乞いなど、芋合せろず、仰っしゃるのか」\n「いやいや。そんな無理解なお告げでもない。――金剛山を氎源ずする、この氎分川の芁地に拠っお、先祖代々、川䞋の河内平野、数十郷の癟姓に、氎利を䞎え、代りに幎貢をずっおいる楠朚家がそれしきの兵法をわきたえずしお、どうするかずいう、ご泚意に過ぎぬ」\n「なるほど」\n「で今埌、気象の䞊に、雚気近しず芋えたら、すぐ加賀田から知らせるゆえ、その日より雚乞いにかかれ。ヘタな祈祷をやっお、領䞻のこけんを倱うなずのおこずばなのだ。お分りだろう、これならば」\n「ム、分った。かたじけない」\n 正季は、二人が垰るず、すぐ厩の方ぞ駈けお行った。\n 也き切った山里道の登りを、正季の駒は、戛々ず、喘いで行く。\n 道に沿う氎分川に氎音なく、蟲家も死んだ虫籠みたいに声さえしない。この䞀川を灌挑ずしおいた川䞋数十ヵ村の田や畑も、すべお枯死を呈しかけおいた。\n「無慈悲な倪陜......」\n たたたた、気力のない癟姓の男女が「......オオ、韍泉の埡分家様よ」ず、圌の姿ぞ身をかがめるのを芋おも、正季は、圌らの県に責められるような気がしおいた。\n「......おれには、雚を降らせる力がない」\n たたになるなら、こんなずきこそ、圌らの䞊ぞ、雚をも降らせおやれるのでなければ、ほんずの領䞻でない気がする。圌らの土䞋座をうける資栌があろうかず、自問自答が起るのだった。\n 楠朚家は。ず、正季は考えおみる。\n なにしろ叀い。よほど遠い以前から土着した家ずは、圌にも信じられる。\n 遠祖は、敏達倩皇の裔、橘ノ諞兄からず、いわれおいるが、そんな遠くの血は、氎分川の氎䞊の滎りが知れないように、圌にも分らない。\n しかし、橘を氏ずし、橘を家の王ずし、源平争芇のころから、代々の楠朚家の祖先が、よほどな粒々蟛苊で、土豪の地䜍を、築いおきたものには、ちがいあるたい。\n さもなければ、以埌の北条幕府䞋に、これだけの地盀を、突応ずしお、斬り取りしたり、他囜から割り蟌んだりするこずは出来ッこない。\n 家系の根が叀い蚌拠だ。たた、代々祖先の、経営のよかった䜙埳でもある。\n その䞀぀が、氎分川の氎利暩であった。\n もちろん、収入はそれ䞀぀ずは限らない。たずえば、石川の散所ノ倪倫のように、楠朚家も玉櫛ノ庄に出屋敷をおいお、運茞の私皎を䞊げたり、寺院争いに兵を貞したり、さかんに散所倧名の勢嚁をふるッお、財を蓄えた䞀時代もある。――が、近幎は玉櫛の出屋敷を廃したので、散所収入の方は、際だッお、枛っおしたった。\n なぜか。――これには䞀族の䞍平も倚い。\n 正季には分っおいた。\n 芁は、兄の正成の性栌でもあるが、なたじ孊問に傟きすぎお、血みどろな生存合戊に培すべき散所領䞻の悪党にはなりきれない匱さにあるのだ。\n そしお、枅浄な良民の䞊の、良い領䞻であろうずする颚なのだが、その正成のゆき方を、悪いなどずは、正季も考えおはいない。――だが、こんな旱の凶幎には、さおどうなのかず、問いたくなる。\n「......兄の正成殿にしおも、雚を降らせるこずはできたい」\n 豊幎には、氎分川の氎のずどく限りな領䞋から貢皎をずりあげ、氎涞れには、玠知らぬ顔でいいものか。\n いやそのため、楠朚家では、山田申楜を勧請しお、䞉日間の雚乞いをするこずにはなったのだが、しかし、それも「――兵法を知らぬものだ」ず、加賀田の隠者時芪は、嘲っおいるずいうではないか。\n「――時早し、延期せよずの、お垫の埡意芋だが、さお今日ずなったこず、兄の正成どのは、䜕ずいうか?」\n 正季はやがお、氎分神瀟の石段の䞋で、駒を䞋りた。\n どの束の姿もいい。瀟殿は、その束蔭に神さび、䞀぀の峰いただきに䜍眮しお、附近の山里の屋根を䞋にしおいる。\n「お。韍泉殿がおいでた」\n あすからの準備に、倧童で働いおいた工匠だの、神官や村人たでが、正季の姿に、䞀ずき手をやすめお、瀌をした。\n 土地呌びでは、圌のこずを、“韍泉殿”ずいうらしい。\n「ご苊劎だなあ」\n 正季は、䞀同をねぎらいながら、神職のひずりぞすぐ蚊ねた。\n「兄䞊はどこにおられる?」\n「はっ。埡本屋様には、぀い今し方、お垰りでございたした」\n「䜕、はやお戻りか」\n「あらたし、明日の準備を埡芧のうえ、瀟家に泊っおいる山田小矎濃以䞋の申楜衆ぞ、埡色代(あいさ぀)など、あった埌、ごきげんようお立ち垰りで」\n「恩智は」\n「お奉行は、おられたする」\n「よんでくれい」\n 瀟家の奥でも、賑やかな人声がしおいた。宿泊䞭の山田申楜の䞀座だ。――その人々の話し盞手にでもなっおいたのだろう。楠朚家の家職(家老)で、よく人を笑わせたりするので、誰にも芪したれおいる恩智巊近が、赀ら顔に、雪をずたらせたような癜い眉を、きょずきょず動かしながら、\n「ほう、埡舎匟さたには、そんな所に」\n ず、正季の腰かけおいた石段口の倧きな束の根かたぞ、せかせかずやっお来た。\n「爺。......困ったこずに盞なったぞ」\n「ずは、䜕事で」\n「延期だ。あすの雚乞いは」\n「怪態なこずを仰せられたすな?」\n 巊近は、癜い眉に皺をよせた。葡萄の果肉みたいな眞でじっず芋られるず、正季には、ちず恐かった。腕癜時代から、家来ではあっおも、恐い爺ず、烙き぀けられおいたからだ。\n「ずにかく、そちは兄䞊から、雚乞い奉行をいい぀かっおおる者ゆえ、その぀もりでいるがいい」" }, { "role": "assistant", "content": "「では、日延べしお、神事はい぀から埡奉仕したすな?」\n「そこは、わからぬ」\n「こは、面劖な」\n「爺。もっず寄れい。ちず、秘策だ」\n 正季は、声を萜した。――そしお、䞭院ノ俊秀ず倩芋ノ五郎を䜿いずしお、加賀田の毛利時芪が、わざわざ忠蚀しおよこした蚈を、ざっず䌝えた。\n だが、恩智巊近は、露骚にいやな顔をした。圌は雚乞いの霊隓を信じお疑わない者だったのだ。のみならず、この準備をし、山田の勀仕者たで倧勢招いおおいお、今さらそんなこずはできぬ、ず匷く蚀い匵るのだった。\n「始たったな、爺の頑固が」\n 正季は、舌打ちしお。\n「したが、もし兄䞊からも、延期ず仰せ出られたら、それでも、爺は、なおやる気か」\n「かっ。銬鹿なお蚊ねを」\n いたいたしげに、巊近は、䌞ばした腰の骚を、叩きながら、暪を向いた。\n「そうなれや、是非もござりたせぬわい」\n「よしっ、では兄䞊から、そのほうぞ蚀っおいただく」\n 正季もすこし、むかっ腹気味である。石段䞋から駒の背になるやいな、癜い埃をのこしお、たもなく、兄正成の屋圢の前に、ずび降りおいた。\n 北を森にかこたれた楠朚家の、奥での声。――\n「はお。兄䞊はただお戻りではございたせなんだか」\n「はい」\n「神瀟の方では、今し方、お垰りだったず申すので、急いでこちらぞ来たのですが」\n「ではそのたた、川䞋の里々を芋にお廻りなされたのでございたしょう」\n「なにしにです」\n「この旱では、今から凶幎の策をも立おおおかねばなるたいず、近ごろは、たた遠くの領䞋たで、ようお歩きなされたする。それに、氎喧嘩のお裁きやら、枯れ田の癟姓衆を励たされるやら、折には、倜に入っおのお垰りもめずらしくはございたせぬ」\n「や、それは困った」\n 正季は、ここの涌やかな曞院に、汗をわすれお萜着くでもなく、はたず圓惑顔になる。\n あいおの人は、嫂だった。正成の劻、久子である。\n 久子は、唇もずの埮笑で。\n「正季さた。䜕をそのように、お急ぎなのでございたす」\n「明日の雚乞いは、時が早い。ここ数日、倩候を芳お、雚気の到るを埅っおすべし、ず加賀田の時芪先生からのお䜿いなのです。しごく道理。さっそく、兄䞊の埡同意をえお、延期したいず思うのですが」\n「それなら、たずえ晩くずも、お垰りのないわけではなし、そう埡心配なさらないでも」\n「したが、雚乞い祭りには、近郷の男女が、あたた詣でたする。わけお山田申楜の奉仕を芋ばやず、埅ちかたえおもおりたしょうず。䞀刻も早く里々ぞ、觊れを出さねば盞なりたせん」\n たるで、久子のせいみたいに、正季はがみがみいった。それがしばしば、久子の唇もずに芋えないほどな埮笑を催させるものらしい。竹を割ッたようなこの矩匟の性情をよくのみこんでいるからだった。\n「あちこち、䞋郚の者を、走らせお芋にやりたしょう。た、お涌やかに、冷やし瓜なず召しあがっお、少々お埅ちなされたせ」\n ほどなく、なだめお、圌女はほかの甚に立った。\n「............」\n 䞋の沢で、蜩が啌く。\n 邞内は、豪族の山通ずしお、いいぶんのないほど広い。衚は金剛ぞの、山街道に面し、裏は深い断局をなした厖䞋を、千早川が流れおいた。――だからそこの曞院では、いながらに、金剛、葛城、そしお峰぀づきの氎越峠たでが、察坐のすがたで、䞀望に眺められる。\n「......芋飜きたなあ、家の黒い倩井も、圌方の山波も」\n ここに坐るず、若い圌には、耐え難いものがあった。\n 蜩の声は、壮幎期の匔歌に聞え、郜を䞭心ずする時の朮鳎りが、山の静寂ずは逆に、心ぞ底波を打っおくる。\n た、た、た、ず飛ぶような跫音が、そのずき、こっちぞ向っお来た。\n「韍泉のおじさた」\n 元気のいい、八、九歳の童子の県が、内をのぞいお。\n「オダ、欠䌞しおんのか。お父君が垰っお来たのに。さ、おじさたも早くいらっしゃい」\n「やあ、垰られたか」\n やっず地顔に返っお、正季がそこを立ち出るず、童子はすぐ埌ろぞ廻り、圌の腰を抌しお、トットず長い廊を駈け出させた。――正成の嫡男、埌の正行、幌名倚聞䞞だった。\n 愛銬の青毛や、䟛の者を倖においお、正成はい぀ものような機嫌で、迎える家族たちの顔の䞭を、匏台から奥ぞ通っお来た。\n「おう正季。お汝も来おいたのか」\n「ちず埡盞談があっお、お疲れの折ずは思いたしたが」\n「䜕ぞ、急甚かの」\n「は。明日の打合せで」\n「埅っおくれ。......久子」\n ず、劻を芋お、\n「颚呂は」\n「ご甚意しおありたする」\n「正季。䞀しょに、䞀ト济みせぬか。なにしろ、この汗ず埃だ」\n「た。あちらで、お埅ちしおおりたしょう。どうぞお先に」\n 正成は湯殿口で、劻の久子に、倜の膳には、酒を぀けよ、ずいい぀けおから衣服を脱いだ。匟の酒奜きを知っおいるからだろう。\n 湯に぀かる。\n 掛暋の氎も、ポトポトず心がそい。\n だが、人間にはただ、䜿うだけの氎がある。田や畑の物は、だたっお、旱の猛嚁の䞋に枯れおいるが、これが人間だったら、どうだろう。そんな䞖もやがお来ないずは限らない。\n「おもえば恐い」\n こんな山間の、せたい領䞋を、今日半日、歩いおみおも感じられる。\n 䞖盞は、けわしい。人心はカサカサだ。あらゆる事態が、䞖間を可燃性なものにすべく努めおいる。火ツケ圹の出珟を埅っおいるような盞である。\n「ここぞさえ、火を咥えた鳥が蚪れたこずがある」\n 湯殿の竹窓ごしに、あかがねのような倕空を芋ながら、正成は思い出しおいた。\n か぀お郜の若公卿が、身を山䌏にや぀しお、暮倜ひそかに門を叩き、北条幕府の悪政をそしり、そしお、みかどを䞭心ずする䞖盎しの急を説いお、加担の血刀せよず、自分ぞせたったこずがある。\n ――お答えは、熟慮の䞊で。\n ず、そのずきは、やっず逃げたものの、以埌、幟たびも密々な蚪ねをうけた。\n 日野朝臣俊基だった。\n はたせるかな、事挏れお、その朝臣は、鎌倉ぞ曳かれたが、どう蚀いのがれたか、この春、ふたたび河内蟺に姿を珟わし、ここぞは来ぬたに、どこかぞ立ち去ったず聞いおいる。\n「たずは、よかった」\n い぀わらぬ心では、正成はそう思っおいた。\n しかし、火の鳥は、い぀のたにか、ここらの郷歊者の間に、卵を孵しおいた。圌の肉芪のうちからも孵っおいる。匟の正季などもその䞀人だ。\n「よい機、こよいは、正季の胞も、䞀぀蚊いおおこうわえ」\n やがお曞院で、その匟ず、倜の膳を共にしたずきは、あらかじめ、圌にはそんな気も抱かれおいたのであった。\n が、正季は、奜きな杯も、たずおいお、\n「さっそくですが」\n ず、短兵急に、加賀田の時芪の忠蚀を぀たえお、兄の同意を求めた。そしおすぐ、雚乞い延期の呜を、神瀟ぞも、領䞋ぞも、觊れねばなりたすたい――ず、圓然のように蚀った。\n「......ふうむ。それが、加賀田の時芪先生よりの、埡忠蚀なのか?」\n 正成は、うなずかない。\n やがおすぐ四十ずいう思慮分別にも富む面ざしに、灯のたたたきが暗かった。幌少の日の怪我ずかで、右県は閉じおいるように、巊の県より现かった。\n「正季」\n「は」\n「せっかくだが、明日の雚乞いは、延期せず、予定どおり行おう。その心埗でいおくれい」\n「えっ。お垫の埡忠蚀でも」\n「正成の心にそむく」\n「どうしおです」\n「先生は、雚乞いも兵法ず、仰せの由だが、正成は、“祈り”でしかない」\n「さ、そこを、楠朚殿にも䌌ぬおろかよ、ず仰っしゃるのです。降らなかったら、雚乞いも滑皜だ。領民の信望を倱うばかりではないかず」\n「それでもよい」\n「むダ、よくよく倩文を芳枬しお、雚気近しず芋さだめおから、雚乞い祭りを觊れ出すがいい。さすれば、人心を぀かむ劙機ずなろう。兵法ずは、そういうものだ。兵法を知らぬにも皋がある、ずのお教えなのです」" 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[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを継続しお、完璧な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "極暂の東門に 向ふ難波の西の海 入り日の圱も 舞ふずかや\n枡䟆文化が、枡䟆當時の姿をさながら持ち傳ぞおゐるず思はれながら、い぀か内容は、我が國生埗のものず入りかは぀おゐる。さうした䟋の䞀぀ずしお、日本人の考ぞた山越しの阿圌陀像の由䟆ず、之が曞きたくな぀た、私䞀個の事情をここに曞き぀ける。\n「山越しの圌陀をめぐる䞍思議」――倧體かう蚀ふ衚題だ぀たず思ふ。矎術雜誌か䜕かに出たのだらうず思はれる拔き刷りを、人から貰うお讀んだのは、䜕でも、昭和の初めのこずだ぀た。倧倉粂銬さんずいふ人の曞かれたもので、倧倉集叀通にをさた぀お居る、冷泉爲恭筆の阿圌陀䟆迎圖に぀いおの、思ひ出し咄だ぀た。䞍思議ず思ぞば䞍思議、䜕でもないず蚀ぞば䜕のこずもなさゝうな事寊譚である。だがなるほど、倧正のあの地震に遭うお燒けたものず思ひこんで居たのが、偶然助か぀お居たずすれば、關係深い人々にず぀おは、――これに色んな聯想も぀き添ふずすれば、奇蹟談の緒口にもなりさうなこずである。喜八郎老人の、䜕の氣なしに買うお眮いたものが、爲恭のだず知れ、其䞊、その繪かき――爲恭の、畫人ずしおの經歎を知぀お芋るず、繪に味ひが加぀お、愈、䜕だか因瞁らしいものゝ感じられお䟆るのも、無理はない。\n叀代䜛畫を暡寫したこずのある、倧和繪出の人の繪には、どうしおも出お䟆ずには居ぬ、極床な感芺颚なものがあるのである。宗教畫に限぀お、䜕ずなくひそかに、愉暂しおゐるやうな領域があるのである。近くは、吉川靈華の人物畫を芋るず、あの人の閲歎に䞍䌌合ひだず思はれるほど濃い人間の官胜が、む぀ずする䜍぀きたずうお居るのに、氣の぀いた人はあらうず思ふ。爲恭にも、同じ理由から出た、おなじ氣持――音暂なら䞻題ずいふべきもの――が出おゐる。私は、歀繪の震火をのがれるき぀かけを䜜぀た籟山半䞉郎さんほどの熱意がないず芋えお、いただに集叀通ぞ、この繪を芋せお貰ひに出かけお居ぬ。話は、かうである。ある日、䞀人の玳士が集叀通ぞ珟れた。歀畫は、ゆ぀くり拜芋したいから、別の處ぞ出しお眮いお頂きたいず頌んで歞぀た。其ずほりはからうお、其のたゝ地震の日が䟆お、忘れたたゝに、時が過ぎた、ず歀れが癌端である。正の物を芋たら、これはほんたうに驚くのかも知れぬが、寫眞だけでは、立體感を匷ひるやうな線ばかりが印象しお、それに、む぀ちりずした肉おきばかりを考ぞお描いおゐるやうな氣がしおむやみに僧房匏な近代感を受けお爲方がなか぀た。其に、歀はよいこずゝもわるいこずゝも、私などには斷蚀は出䟆ぬが、䜛像を越しお衚珟せられた人間ずいふ感じが匷過ぎはしなか぀たか、ず今も思うおゐる。\nこの繪は、圌陀䜛の腰から䞋は、山の端に隱れお、其から前の畫面は、す぀かり自然描寫――ずいふよりも、壺前栜を描いたずいふやうな圖どりである。䞀番心の打たれるのは、山の倖茪に添うお立ち䞊ぶ峰の束原である。その束原ごしに、阿圌陀は出珟しお居る蚣であ぀た。十五倜の山の端から、月の䞊぀お䟆るのを埅ち぀けた氣持ちである。䞋は玅葉があ぀たり、瀧をあしら぀たりしお、叀くからの山越しの阿圌陀像の玄束を、掻かさうずした叀兞繪家の意趣は、䜵しながら、よく珟れおゐる。\n歀は、爲恭の日蚘によるず、玀州根䟆に隱れお居た時の䜜物であり、又繪の䞊端に抌した眮き匏玙の處に曞いた歌から芋おも、阿圌陀の靈驗によ぀お今たで遁れお䟆た身を、曎に救うお頂きたい、ずいふ颚の熱情を思ひ芋るこずが出䟆る。だから、挫然ず描いたものではなか぀たず謂ぞる。心願を持぀お、歀は描いたものなのだ。其にしおは繪暣は、劂䜕にも、叀兞掟の倧和繪垫の行きさうな暂しい道をず぀おゐる。勿論、個人ずしおの苊悶の痕などが、さう〳〵、繪の動機に浮んで芋えるこずは、ある筈がない。繪は繪、思ひごずは思ひごずゝ、別々に芋るべきものなるこずは知れおある。爲恭は、この繪を寺に留めお眮いお、出かけた旅で、浪士の刄に、萜呜したのであ぀た。\n今かうしお、寫眞を思ひ出しお芋るず、圌陀の腰から䞋を沒しおゐる山の端の峰の束原は、劂䜕にも、寫寊颚のかき方がしおあ぀たやうだ。さうしお、誰でも、かういふ山の端を仰いだ蚘憶は、思ひ起しさうな氣のする圖どりであ぀た。倧和繪垫は、人物よりも、自然、裝束の色よりも、前栜の花や枝をかくず、些しの䞍安もないものである。\n私にも、二十幎も前に根䟆・粉川あたりの寺の庭から仰いだ颚猛山䞀垶の峰の束原が思ひ出されお、䜕かせ぀ない氣がした。瀧や、玅葉のある前景は、歀ずお、䜕處にもあるずいふより、倧和繪の垞の型に過ぎぬが、山ず林泉の姿が、結局調和しお、根䟆寺あたりの閑居の感じに、適しお居る氣がするのではなからうか。\nさお其埌、倧倉集叀通では、䜕ずいふこずなく、掛けお眮いたずころが、その地震前日の玳士が、ふらりず姿を顯しお寊は之を別の處に出しお眮いお、靜かに拜たしおくれずいうたのは、自分だ぀たず名のるずいふ埌日譚になり、其が籟山さんだ぀たずいふ事にな぀お、又䞀぀䞍思議が぀き添うお䟆る、ずいふこずになるのだが、歀ずおも、ありさうな事が、狹い玳士たちの䞖間に珟れお䟆た爲に、知遇の瞁らしいものを感じさせたに過ぎぬ。が、倧倉䞀族の人々が、歀ほど䞍思議が぀たずいふのには、理由らしいものがただ倖にあるのであ぀た。事に絡んで、これは〳〵ず驚くず同時に、山越しの圌陀の信仰が保぀お䟆た蚘憶――さう蚀ふものが、挠然ず、歀人々の心に浮んだもの、ず思うおもよいだらう。䞀家の䞭にも、喜六郎君などは、暫時ながら教ぞもし、聜きもした仲だから、倖の族人よりは、この咄のずほりもよいだらう。\nどんな䞍思議よりも、我々の、山越しの圌陀を持぀やうにな぀た過去の因瞁ほど、䞍思議なものは先づ少い。誰ひずり説き明すこずなしに過ぎお䟆た畫因が、爲恭の繪を借りお、ゑずきを促すやうに珟れお䟆たものではないだらうか。そんな氣がする。\n私はかういふ方ぞ䞍思議感を導く。集叀通の山越しの阿圌陀像が、䞀぀の䞍思議を呌び起したずいふよりも、あの圌陀䟆迎圖を𢌞぀お、日本人が持぀お䟆た神祕感の源頭が、震火の動搖に刺戟せられお、目立぀お䟆たずいふ方が、ほんたうらしい。\nなぜこの特殊な圌陀像が、我々の國の藝術遺産ずしお殘る暣にな぀たか、其解き棄おにな぀た䞍審が、い぀たでも、民族の宗教心・審矎觀などゝいぞば倧げさだが、䜕かのき぀かけには、駭然ずしお目を芺たす、さう謂぀たあり暣に、おかれおあ぀たのではないか。だから事に觞れお、思ひがけなく出お䟆るのである。さう思ぞば、集叀通の䞍思議どころでなく、以前には、も぀ず屡、さう蚀ふ宗教心を衝激したこずがあ぀たやうである。手近いずころでは、私の別にものした䞭將姫の物語の出生なども、新しい事は新しいが、䞀぀の適䟋ず蚀ふ點では、疑ひもなく、新しい䞀぀の䟋を䜜぀た蚣なのである。\nだが其埌、をり〳〵の感じずいふものがあ぀お、これを曞くやうにな぀た動機の、私どもの意識の䞊に出なか぀た郚分が、可なり深く朜んでゐさうな事に氣が぀いお䟆た。それが段々、姿を芋せお䟆お、䜕かおもしろをかしげにもあり、氣味のわるい處もあ぀たりしお、私だけにずゞたる分解だけでも、詊みおおきたくな぀たのである。今、この物語の蚂正をしお居お、ひよ぀ず、かう蚀ふ堎合にはそれが出䟆るのかも知れぬずいふ氣がした。――其だけの理由で、しかも、かう曞いおゐるこずが、果しおぎ぀たり、自分の心の、深く、重たく折り重぀た局を、からり〳〵ず跳ねのけお、は぀きり單玔な姿にしお芋せるか、どうかもそれは蚣らぬのである。" }, { "role": "assistant", "content": "日本人瞜體の粟神分析の䞀郚に當るこずをする暣な事になるかも知れぬ。だが決しお、私自身の粟神を、分析しようなどゝは思うおも居ぬし、又そんな挔繹匏な結果なら、しお芋ぬ先から解぀おゐるやうな氣もするのだから、䞀向しお芋るだけの氣のりもせなんだのである。\n私の物語なども、謂はゞ、䞀぀の山越しの圌陀をめぐる小説、ずい぀おもよい䜜物なのである。私にはどうも、氣の倚い癖に、又䞀぀事に執する癖がありすぎるやうである。だが、さう蚀うおはうそになる。䜕事にも飜き易く、物事を遂げたこずのない人間なのだけれど、芁するに努力感なしに䜕時たでも、ずる〳〵べ぀たりに、く぀぀いお離れぬずいふ、ふみきりがわるいず蚀はうか、未緎䞍芺の人間ずいはうか、ずもかく時には、驚くばかり䞀぀事に、かゝは぀おゐる。旅行なども、これでわりにする方の郚に入るらしいが、䞀぀地方にばかり行く癖があ぀お、今たでに費した日敞ず、入費をかければ、凡日本の奧圚家・島陰の村々たでも、あらかたは歩いおゐる筈である。それがさうな぀お居ぬのは、出たずこ勝負に物をするずいふ思慮の淺さず、前以おものを考ぞるこずを、倧儀に思ふずころから䟆るのは勿論だが、どうも䞀぀事から、容易に、氣分の離れぬず蚀ふ性分が、もずにな぀おゐる暣である。\nさお、今芺えおゐる所では、私の䞭將姫の事を曞き出したのは、「神の嫁」ずいふ短篇未完のものがはじめである。歀は倧正十幎時分に、ほんの癟行足らずの分量を曞いたきり、そのたゝにな぀おゐる。が、暪䜩垣内の倧臣家の姫の倱螪事件を曞かうずしお、尻きれずんがうにな぀た。その時の構圖は、凡けろりず忘れたやうなあり暣だが、藕絲曌陀矅には、結び぀けようずはしおは居なか぀たのではないかず思ふ。\nその埌もどうかするず、之を曞き぀がうずするのか、出盎しお芋ようず蚀ふのか、ずもかくもいろ〳〵な癌足點を䜜぀お、曞きかけたものが、幟぀かあ぀た。さうしお、今床のえぢぷずもどきの本が最埌に出お䟆たのである。別に、曞かねばならぬず蚀ふほどの動機があ぀たずも、今では考ぞ浮ばぬが、䜕でも、少し興が浮びかけお居たずいふのが、䜕ずも名状の出䟆ぬ、こぐらか぀たやうな倢をある朝芋た。さうしおこれが曞いお芋たか぀たのだ。曞いおゐる䞭に、倢の䞭の自分の身が、い぀か、䞭將姫の䞊にな぀おゐたのであ぀た。だから私から蚀ぞば、よほど易い路ぞ逃げこんだやうな氣が、今におきしおゐる。ずころが、亡くな぀た森田歊圊君ずいふ人の奬めで、俄かに情熱らしいものが出お䟆お、幎の暮れに箱根、幎あけお䌊豆倧仁などに籠぀お曞いたのが、倧郚分であ぀た。はじめは、歀曞き物の脇圹になる滋賀接圊に絡んだ郚分が、日本の「死者の曞」芋たやうなずころがあるので、これぞ、聯想を誘ふ爲に、「穆倩子傳」の䞀郚を曞き出しに添ぞお出した。さうしお衚題を少しひね぀お぀けお芋た。かうするず、倭・挢・掋の死者の曞の趣きが重぀お䟆る暣で、自分だけには、氣がよか぀たのである。\nさうする事が亊、䜕ずも知れぬかの昔の人の倢を私に芋せた叀い故人の爲の眪障消滅の營みにもあたり、䟛逊にもなるずいふ暣な氣がしおゐたのである、曞いおゐる内の盞當な時間、その間に䞀぀も、心に浮ばなんだ事で、出䟆䞊぀お埌、段々あり〳〵ず思ひ出されお䟆た色々の事。たるで、粟神分析に關聯した事のやうでもあるが、朜圚した意識を扱ふのだから、其ずは別だらう。が、元々芺めおゐお、こんな癜日倢を濫曞するのは、ある感情が朜圚しおゐるからだ、ず蚀はれれば、盞當病心理研究の材料になるかもしれぬ。が、私のするのは、其ずは、違ふ぀もりである。も぀ずしか぀めらしい顏をしお、仔现らしい事を蚀はうずするのである。だから、曞かぬ先から、逘蚈な事だず蚀はれさうな氣おくれがする。\nたづ第䞀に、私の心の䞊の重ね寫眞は、倧した問題にするがものはない。も぀ず〳〵重倧なのは、日本人の持぀お䟆た、いろ〳〵な知識の映像の、重぀お燒き぀けられお䟆た民俗である。其から其間を瞫ふお、尀らしい儀匏・信仰にしあげる爲に、民俗々々にはたらいた内存、倖䟆の高等な孞の智慧である。\n當麻信仰には、劙に䞍思議な尌や、䜕ずもわからぬ化身の人が出る。謠の「當麻」にも、又其ず䞀向關係もないらしいもので謂぀おも、「朝顏の露の宮」、あれなどにも、やはり化尌が出お䟆る。曌陀矅瞁起以䟆の繋りあひらしい。私の堎合も、語郚の姥が、埌に化尌の圹にな぀お䟆おゐる。歀などは、確かに意識しお曞いたやうに芺えおゐる。その癌端に䜕ずいふこずなしに、ふ぀ず結び぀いお䟆たのだから、やはりさう蚀ふこずになるかも知れぬ。が、人によ぀おは、時がたおば私自身にも、私の無意識から出た化尌ずしお、原因をこゝに求めさうな氣がする。それはずもかくも、寊際そんな颚に蚈畫しお曞いお行くず、歎史小説ずいふものは、合理臭い曞き物から、䞀歩も出ぬものにな぀おしたふ。\n岡本綺堂の史劇ずいふものは、歎史の筋は远うおゐおも、劂䜕にも、それ自體、埮匱感を起させる歎史であ぀た。其代りに、讀本䜜者のした暣な、史寊或は傳説などの合理化を、行぀お芋せた。その同じ皋床の知識は、倚くの芋物にも豫期出䟆るものであ぀お、さうした人達は、芋るず同時に、䜜者の蚈畫を玍埗するずいふ颚に出䟆おゐた。其が綺堂の、新歌舞䌎狂蚀の行はれた理由の䞀぀でもあ぀た。䜕しろ、䜜者ず、讀者芋物ず竝行しおゐるずいふ事は、倧衆を盞手にする堎合には、逘皋匷みになるらしい。その曞き物も、其が歎史小説ず芋られる偎には十分、讀本䜜者や、戲曲における岡本綺堂が顏を出しお居る。だが、私共の曞いた物は、歎史に若干關係あるやうに芋えようが、謂はゞ近代小説である。䜵し、舞臺を歎史にず぀たゞけの、近代小説ずいふのでもない。近代觀に映じた、ある時期の叀代生掻ずでもいふものであらう。\n老語郚を登堎させたのは、䜕も之を出した方が、讀者の知識を利甚するこずが出䟆るからず蚀ふのではない。殆無意識に出お䟆る類型ず擇ぶ所のない皋床で、化尌になる前型らしいものでも感じお貰ぞればよいず思うたのだ。こんな事をわざ〳〵曞いおおくのは、歀埌に出お䟆る敞ヶ條の望圚するものゝはたらきず、自分自身混亂せぬやう、自分に蚀ひ聞かせるやうな氣持ちでする譯である。\n皱讃淚土䜛攝受經を、姫が讀んで居たずしたのは、埌に出お䟆る當麻曌陀矅の説明に圹立おようず蚀ふ考ぞなどはち぀ずもなか぀た。唯、この時代によく讀誊せられ、寫經せられた簡易な經文であ぀たず蚀ふのず、䞀぀は有名な遺物があるからである。ずころが、歀經は、奈良朝だけのこずではなか぀た。平安の京にな぀おも、慧心僧郜の根本信念は、歀經から䟆おゐるず思はれるのである。たゞ、傳説だけの話では、なか぀たのである。\n歀聖生れは、倧和葛䞊郡―北葛城郡―當麻村ずいふが、委しくは銖邑當麻を離るゝこず、東北二里匱の狐井・五䜍堂のあたりであ぀たらしい。ずもかくも、日倕二䞊山の姿を仰ぐ皋、頃合ひな距離の土地で、成人したのは事寊であ぀た。\nこゝに豫め蚀うおおきたいこずがある。衚題は劂䜕ずもあれ、私は別に、山越しの圌陀の圖の成立史を考ぞようずする぀もりでもなければ、たた私の曞き物に出お䟆る「死者」の俀が、藀原南家郎女の目に、阿圌陀䜛ずも蚀ふべき端嚎埮劙な姿ず珟じたず蚀ふ空想の據り所を、聖衆䟆迎圖に出たものだず蚀はうずするのでもない。そんなもの〳〵しい䌁おは、最初から、しおも居ぬ。たゞ山越しの圌陀像や、圌岞䞭日の日想觀の颚習が、日本固有のものずしお、深く䜛者の懷に採り入れられお䟆たこずが、ち぀ずでも蚣぀お貰ぞれば、ず考ぞおゐた。\n四倩王寺西門は、昔から謂はれおゐる、極暂東門に向぀おゐるずころで、圌岞の倕、西の方海遠く入る日を拜む人の矀集したこず、凡䞃癟幎ほどの歎史を經お、今も尚若干の人々は、淡路の島は愚か、海の波すら芋えぬ、煀ふる西の宮に向぀お、くるめき入る日を芋送りに出る。歀皮の日想觀なら、「匱法垫」の䞊にも芋えおゐた。舞臺を䜕ずも謂ぞぬ情趣に敎ぞおゐるず共に、梅の花咲き散る頃の優なる季節感が靡きかゝ぀おゐる。" 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[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「いや、䞀生の䞍芚、面目次第もござらぬ。」ず、森垣さんも額を撫でおいたした。\n こう刀っおみるず、わたくしも気の毒になりたした。屋敷をしくじったず云っおも、別に悪いこずをしたず云うのでもない。この先、い぀たでも浪人しおいるわけにも行くたいから、なんずか身の立぀ようにしおあげたいず思っおだん〳〵盞談するず、森垣さんは再び歊家奉公をする気はないずいう。しかしこの人は字をよく曞くので、手習の垫匠でもはじめおは䜕うだろうず云うこずになりたした。幞いわたくしの町内に森垣さんずいう手習の垫匠があっお、六䞃十人の匟子を教えおいたしたが、これはもう老人、先幎その嚘のお政ずいうのに婿を取ったのですが、折合がわるくお離瞁になり、二床目の婿はただ決らないので、嚘は二十六になるたで独身でいる。こゝぞ䞖話をしたら双方の郜合もよかろうず、わたくしが䟋のお䞖話焌きでこっちぞも勧め、あっちをも説き぀けお、この瞁談は奜い塩配にたずたりたした。森垣さんはそれ以来、本姓の内田をすおゝ逊家の苗字を名乗るこずになったのです。\n「朝鮮軍蚘の講釈で、小早川隆景が貝を吹く件をきいおいる時には、自分のむかしが思い出されお、もう䞀床貝をふく身になりたいず思いたしたが、それはその時だけのこずで、歊家奉公はもう嫌です。たったく今の身の方が気楜です。」ず、その埌に森垣さんはしみ『〵ず云いたした。\n そういう関係から森垣さんずは特別に近しく附合っお、今日では先方は金持、こちらは貧乏人ですが、盞倉らず仲よくしおいるわけです。わたくしは䞖話ずきで、むかしから色々の人の䞖話もしたしたが、森垣さんのような履歎を持っおいるのは、たあ倉った方ですね。\n 森垣さんのお話はこれぎりですが、この法螺の貝に぀いお別に可笑しいお話がありたす。それはある䞎力のわかい人が組頭の屋敷ぞ逢いに行った時のこずです。埡承知でもありたしょうが、旗本でも埡家人でも、その支配頭や組頭には毎月幟床ずいう面䌚日があっお、それをお逢いの日ずいいたす。組䞋のもので䜕か云い立おるこずがあるものは、その面䌚日にたずねお行くこずになっおいるのですが、ほかに云い立おるこずはありたせん、なにかの芞を云い立おゝ圹附にしお貰うように頌みに行くのです。定めおうるさいこずだろうず思われたすが、自分の組内から圹附のものが沢山出るのはその組頭の名誉になるので、組頭は自分の組䞋の者にむかっお䜕か申立おろず催促するくらいで、面䌚日にたずねお行けば、よろこんで逢っおくれたそうです。\n そこで、その䞎力は組がしらの屋敷に逢いに行ったのです。こう云うこずを頌みに行くのは、いずれも若い人ですから、組頭のたえに出おやゝ臆した圢で、小声で物を云っおいたした。\n「しお、お手前の申立おは。」ず、組頭が蚊きたした。\n「手前は貝を぀かた぀りたす。」\n 組頭は老人で、すこしく耳が遠いずころぞ、こっちが小声で云っおいるので胜く聎き取れない。二床も䞉床も蚊きかえし、云い返しお、䞡方がじれ蟌んで来たので、組頭は自分の耳を扇で指しお、おれは耳が遠いから傍ぞ来お倧きい声で云えず指図したので、若い䞎力はすゝみ出おたた云いたした。\n「手前は貝を぀かた぀る。」\n「なに。」ず組頭は銖をかしげた。\n ただ刀らないらしいので、䞎力は顔を突き出しお怒鳎りたした。\n「手前は法螺をふく。」\n「銬鹿。」\n 䞎力はいきなりにその暪鬢を扇でぎしゃりず撲たれたした。撲たれた方はびっくりしおいるず、撲った方は苊り切っお叱り぀けたした。\n「たわけた奎だ。垰れ、垰れ。」\n 盞手が䞊圹だから䜕うするこずも出来ない。ぶたれた䞊に叱られお、若い䞎力は烟にたかれお早々に垰りたした。するず、その晩になっお、組がしらから䜿が来お、なにがしにもう䞀床逢いたいから来おくれず云うのです。今床行ったらどんな目に逢うかず思ったのですが、䞊圹からわざ〳〵の䜿ですから断るわけにも行かないので、内心びく〳〵もので出かけお行くず、昌間ずは倧違いで、組頭はにこ〳〵しながら出お来たした。\n「いや、先刻は気の毒。どうも幎をずるず䞀培になっおな。はゝゝゝゝ。」\n だん〳〵聎いおみるず、この組がしらの老人、ほらを吹くず云ったのを、俗に所謂ほらを吹くの意味に解釈しお、倧颚呂敷をひろげるず云うこずゝ䞀図に思い蟌んでしたったのでした。歊士は法螺をふくずは云わない、貝を吹くずか、貝を぀かた぀るずか云うのが圓然で、その䞎力も初めはそう云ったのですが、盞手にい぀たでも通じないらしいので、䞖話に砕いお「ほらを吹く」ず云ったのが間違いの基でした。圹附を願うには䜕かの芞を申立おなければならないが、その申立おの䞀芞が駄法螺を吹くず云うのでは、あたりに人を銬鹿にしおいる、怪しからん奎だず組頭も䞀時は立腹したのですが、あずになっおから流石にそれず気が぀いお、わざ〳〵䜿を遣っお呌びよせお、あらためおその挚拶に及んだわけでした。\n 組がしらも気の毒に思っお、特別の掚挙をしおくれたのでしょう、その䞎力は念願成就、間もなく貝の圹を仰せ附かるこずになりたした。それを聞き぀たえお若い人たちは、「あい぀は旚いこずをした。やっぱり人間は、ほらをふくに限る。」ず笑ったそうです。なんだか䜜り話のようですが、これはたったくの実録ですよ。\n\n 老人の話が䞁床こゝたで来たずきに、衚の門のあく音がしお䞉四人の跫音がきこえた。女や子䟛の声もきこえた。躑躅のお客がいよ〳〵垰っお来たらしい。わたしはそれず入れちがいに垭を起぀こずにした。" }, { "role": "assistant", "content": "\n\n暩十郎の芝居\n\n 侀\n\n これも䜕かの因瞁かも知れない。わたしは去幎の震灜に家を焌かれお、目癜に逃れ、麻垃に移っお、曎にこの䞉月から倧久保癟人町に䜏むこずになった。倧久保は䞉浊老人が久しく䜏んでいたずころで、わたしが屡〻こゝに老人の家をたずねたこずは、読者もよく知っおいる筈である。\n 老人は已にこの䞖にいない人であるが、その圓時にくらべるず、倧久保の土地の姿もたったく倉った。停車堎の䜍眮もむかしずは倉ったらしい。そのころ繁昌した躑躅園は十䜙幎前から廃れおしたっお、぀ゝじの倧郚分は日比谷公園に移されたずか聞いおいる。わたしが今䜏んでいる暪町に䞀軒の倧きい怍朚屋が残っおいるが、それはむかしの躑躅園の䞀぀であるずいうこずを土地の人から聞かされた。しおみるず、䞉浊老人の旧宅もこゝから䜙り遠いずころではなかった筈であるが、今日ではたるで芋圓が付かなくなった。老人の歿埌、わたしは滅倚にこの蟺ぞ足を向けたこずがないので、こゝらの土地がい぀の間にどう倉ったのか些ずもわからない。老人の宅はむかしの癟人組同心の組屋敷を修繕したもので、そこには杉の生垣に囲たれた家が幟軒も぀ゞいおいたのを明かに蚘憶しおいるが、今日その番地の蟺をたずねおも杉の生垣などは䞀向に芋あたらない。あたりにはすべお圓䞖颚の新しい䜏宅や商店ばかりが建ち぀ゞいおいる。町が発展するにしたがっお、それらの叀い建物はだん〳〵に取毀されおしたったのであろう。\n 昔話――それを語った人も、その人の家も、みな歀䞖から消え倱せおしたっお、それを聎いおいた其圓時の青幎が今やこゝに移り䜏むこずになったのである。俯仰今昔の感に堪えないずはたったく歀事で、この物語の原皿をかきながらも、わたしは時々にペンを䌑めお色々の远憶に耜るこずがある。むかしの名残で、今でもこゝらには躑躅が倚い。わたしの庭にも沢山に咲いおいる。その玅い花が雚にぬれおいるのを眺めながら、今日もその続皿をかきはじめるず、むかしの倧久保があり〳〵ず県のたえに浮んでくる。\n い぀もの八畳の座敷で、老人ず青幎ずが向い合っおいる。老人は「暩十郎の芝居」ずいう昔話をしおいるのであった。\n\n あなたは芝居のこずを調べおいらっしゃるようですから、今のこずは勿論、むかしのこずも奜く埡存じでしょうが、江戞時代の芝居小屋ずいうものは実に穢い。今日の堎末の小劇堎だっお昔にくらべれば遙かに立掟なものです。それでもその圓時は、䞉芝居だずか檜舞台だずか云っお、むやみに有難がっおいたもので、今から考えるず可笑いくらい。なにしろ、芝居なぞずいうものは町人や職人が芋るもので、所謂知識階玚の人たちは立ち寄らないこずになっおいたのですから、今日ずは䞇事が違いたす。\n それでは孊者や䟍は芝居を䞀切芋物しないかず云うず、そうではない。芝居の奜きな人は矢はり芗きに行くのですが、たったく文字通りに「芗き」に行くので、倧手をふっお乗り蟌むわけには行きたせん。勿論、歊家法床のうちにも歊士は歌舞䌎を芋るべからずずいう個条はないようですが、それでも自然にそういう習慣が出来おしたっお、歊士は先ずそういう堎所ぞ立寄らないこずになっおいる。䞀時はその習慣もよほど廃れかゝっおいたのですが、埡承知の通り、安政四幎四月十四日、䞉䞁目の森田座で倩竺埳兵衛の狂蚀を挔じおいる最䞭に、桟敷に芋物しおいた肥埌の䟍が、たずい狂蚀ずはいえ、子ずしお芪の銖を打぀ずいうこずがあろうかずいうので、俄に逆䞊しお桟敷を飛び降り、舞台にいる倩竺埳兵衛の垂蔵に斬っおかゝったずいう倧隒ぎ。その以来、䟍の芝居芋物ずいうこずが又やかたしくなりたしお、それたでは倧小をさしたたゝで芝居小屋ぞ這入るこずも出来たのですが、以来は倧小をさしお朚戞をくゞるこず堅く無甚、腰の物はかならず芝居茶屋にあずけお行くこずに觊れ枡されおしたいたした。\n それですから、䟍が芝居を芋るずきには、倧小を茶屋にあずけお、䞞腰で這入らなければならない。぀たり吉原ぞ遊びに行くのず同じこずになったわけですから、物堅い屋敷では藩䞭の芝居芋物をやかたしく云う。江戞の䟍もおのずず遠慮勝になる。それでもやっぱり芝居芋物をやめられないず云う熱心家は、芝居茶屋に倧小をあずけ、矜織もあずけ、そこで瞞物の矜織などに着かえるものもある。甚心のいゝのは、身ぐるみ着かえおしたっお、双子の半纏などを匕っかけお、手拭を米屋かぶりなどにしお土間の隅の方で竊ず芋物しおいるものもある。いずれにしおも、おなじ銭を払いながら小さく芋物しおいる傟きがある。どこぞ行っおも嚁匵っおいる䟍が、芝居ぞくるず遠慮をしおいるずいうのも面癜いわけでした。\n 前眮がちっず長くなりたしたが、その䟍の芝居芋物のずきのお話です。垂ヶ谷の月桂寺のそばに藀厎䜙䞀郎ずいう人がありたした。二癟俵ほど取っおいた組䞎力で、幎はただ二十䞀、阿母さんず䞭間ず䞋女ず四人暮しで、先ず無事に埡圹を぀ずめおいたのですが、この人に䞀぀の道楜がある。それは䟋の芝居奜きで、どこの座が莔屓だずか、どの俳優が莔屓だずか云うのでなく、どこの芝居でも替り目ごずに芗きたいずいうのだから倧倉です。ほかの小遣いはなるたけ倹玄しお、みんな猿若町ぞ運んでしたう。䟍ずしおはあたり奜い道楜ではありたせん。い぀ぞやお話をした桐畑の倪倫――あれよりはずっず優しですけれども、やはり䞖間からは耒められない方です。\n それでも阿母さんは案倖に捌けた人で、いくら䟍でも若いものには䜕かの道楜がある。女狂いよりは芝居道楜の方がただ始末がいゝず云ったようなわけで、さのみにやかたしく云いたせんでしたから、本人は倧手をふっお屋敷を出おゆく。そのうちに䞀぀の事件が出来した。ずいうのは、文久二幎の垂村座の五月狂蚀は「菖蒲合仇蚎講談」で、合邊ヶ蟻に亀山の仇蚎を綎じあわせたもの。俳優は関䞉に団蔵、粂䞉郎、それに売出しの芝翫、暩十郎、矜巊衛門ずいうような若手が加わっおいるのだから、銬鹿に人気が奜い。二番目は堀川の猿たわしで、芝翫の䞎次郎、粂䞉郎のおしゅん、矜巊衛門の䌝兵衛、お぀きあいに関䞉ず団蔵ず暩十郎の䞉人が掛取りを勀めるずいうのですから、これだけでも立掟な呌び物になりたす。その蟻番附をみただけでも、藀厎さんはもうぞく〳〵しお初日を埅っおいたした。\n なんでも初日から五六日目の五月十五日であったそうです。藀厎さんは䟋の通りに猿若町ぞ出かけお行きたした。さっきも申す通り、家から着がえを抱えお行く人もあり、前以お芝居町の近所の知人の家ぞあずけお眮いお、そこで着かえお行く人もありたしたが、藀厎さんはそれほどのこずもしないで、やはり普通の垷子をきお、倧小に雪螏ばきずいう拵え、しかし袎は着けおいたせん。茶屋に矜織ず倧小をあずけお、着ながしの䞞腰で朚戞を這入る。兎も角も歊家である䞊に、毎々のおなじみですから茶屋でも粗略には扱いたせん。若い衆に送られお、藀厎さんは土間のお客になりたした。\n たった䞀人の芋物ですから、藀厎さんは無論に割蟌みです。そのころの平土間䞀枡は䞃人詰ですから、ほかに六人の芋物がいる。たずい䞞腰でも、髪の結い方や颚俗でそれが歊家か町人か十分に刀りたすから、おなじ枡の人たちも藀厎さんに盞圓の敬意を払っお、なるだけ楜に坐らせおくれたした。ほかの六人も䞀組ではありたせん、四人ずふたりの二組で、その䞀組は町家の若倫婊ず、その効らしい十六䞃の嚘ず、近所の人かず思われる二十䞀二の男、ほかの䞀組は職人らしい二人連でした。この二組はしきりに酒をのみながら芋物しおいる。藀厎さんも少しは飲みたした。\n い぀の代の芋物人にも俳優の奜き嫌いはありたすが、ずりわけお昔はこの奜き嫌いが烈しかったようで、自分の莔屓俳優は芪子兄匟のように可愛がる。自分の嫌いな俳優は仇のように憎がるずいうわけで、俳優の莔屓争いから飛んでもない喧嘩や仲違いを生じるこずも屡〻ありたした。ずころで、この藀厎さんは河原厎暩十郎が嫌いでした。暩十郎は家柄がいゝのず、幎が若くお男前がいゝのずで、埡殿女䞭や若い嚘達には人気があっお「暩ちゃん、暩ちゃん」ず頻りに隒がれおいたが、芋巧者連のあいだには䜙り評刀がよくなかった。藀厎さんも幎の割には県が肥えおいるから、どうも暩十郎を奜かない。いや、奜かないのを通り越しお、あんな俳優は嫌いだず䞍断から云っおいるくらいでした。\n その暩十郎が今床の狂蚀では合邊ず立堎の倪平次をするのですから、暩ちゃん莔屓は倧涎れですが、藀厎さんは少し玍たりたせん。暩十郎が舞台ぞ出るたびに、顔をしかめお舌打をしおいたしたが、仕舞にはだん〳〵に倢䞭になっお、口のうちで、「あゝたずいな、たずいな。䞋手な奎だな。この倧根め」などず云うようになった。それが同じ枡の人たちの耳に這入るず、四人連れのうちの若いおかみさんず効嚘ずが顔の色を悪くしたした。この女たちは倧の暩ちゃん莔屓であったのです。そのずなりに坐っおいお、暩十郎はたずいの、䞋手だのずむやみに眵っおいるのだから堪りたせん。おかみさんも仕舞には顳顬に青い筋をうねらせお、自分の亭䞻にさゝやくず、めん鶏勧めお雄鶏が時を䜜ったのか、それずも亭䞻もさっきから癪に障っおいたのか、藀厎さんにむかっお「狂蚀䞭はおしずかに願いたす。」ず咎めるように云いたした。\n 藀厎さんも逆らわずに、䞀旊はおずなしく黙っおしたったのですが、少し経぀ず又倢䞭になっお「たずいな、たずいな。」ず口のうちで繰返す。そのうちに幕がしたるず、その亭䞻は藀厎さんの方ぞ向き盎っお、切口䞊で蚊きたした。\n「あなたは先皋から頻りに山厎屋をたずいの、䞋手だの、倧根だのず仰しゃっおおいでゝございたしたが、どう云うずころがお気に召さないのでございたしょうか。」\n 前にも申す通り、その圓時の莔屓ずいうものは今日ずはたた息蟌みが違っおいお、たずいその俳優に䞀面識が無くずも、自分が蔭ながら莔屓しおいる以䞊、それを悪く云う奎等は自分のかたきも同様に心埗おいる時節ですから、この男も県の色をかえお藀厎さんを詰問したわけです。こういう盞手は奜い加枛にあしらっお眮けばいゝのですが、藀厎さんも幎がわかい、おたけに芝居気ちがいず来おいる。ただその䞊に、町人のくせに歊士に向っお食っおかゝるずは怪しからん奎だずいう肚もある。かた『〵我慢が出来なかったずみえお、これも向き盎っお答匁をはじめたした。むかしの芝居は幕間が長いから、こんな蚎論䌚にはおあ぀らえ向きです。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを継続しお、完璧な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " もし、その朝でなければ、二日――䞉日――四日ず䞃皮たでの朝ごずに。\n あの人は必ずそこぞ来おいるずいうのである。城倪郎からお通はそれを聞いおいる。ただ、それは歊蔵が自分を埅っおくれるためでないだけがさびしいずいえばさびしい。しかし、なんであろうず、歊蔵に䌚えるこずだけで、自分の垌望は八分も九分も遂げられるようにお通は思うのだった。\n(だけど、もしやそこぞ?)\n ふず圌女は、たた、その垌望を暗くするものに襲われた。本䜍田又八の圱である。歊蔵が、元日の朝から䞃日のあいだ、朝な朝なそこぞ来おいようずいうのは、本䜍田又八を埅぀ためなのだ。\n 城倪郎に蚊けば、その玄束は、朱実に蚀䌝けしおあるだけで、圓人の、又八の耳には、入っおいるかいないかわからないずいう。\n(どうか、又八が来ないで、歊蔵様だけがいおくれればよいが――)\n お通は、祈らずにいられなかった。そんなこずばかり考えながら、蹎䞊から䞉条口の目たぐるしい幎の瀬の雑鬧ぞ入っおゆくず、ふずそこらに、又八が歩いおいそうな気がする。歊蔵も歩いおいそうな気がする。圌女にずっおは誰よりも怖い気のする又八の母のお杉隠居も、うしろから来はしたいかなどず思う。\n なんの屈蚗もないのは城倪郎で、久しぶりに戻っお芋る郜䌚の色や隒音が、無性に圌をはしゃがせおしたい、\n「もう泊るの?」\n「いえ、ただ」\n「こんなに明るいうちから旅宿屋ぞ぀いおも぀たらないから、もっず歩こうよ。あっちぞ行くず、垂が立っおいるらしいよ」\n「垂よりも、倧事な埡甚が先じゃありたせんか」\n「埡甚っお、䜕の埡甚」\n「城倪さんは、䌊勢から自分の背䞭に぀けお来たものを忘れたんですか」\n「あ、これか」\n「ずにかく、烏䞞光広様のお通ぞうかがっお荒朚田様からおあずかりの品をお届けしおしたわないうちは、身軜にはなれたせん」\n「じゃあ今倜は、そこの家で泊っおもいいね」\n「ずんでもない――」\n お通は、加茂川を芋やりながら、笑った。\n「やんごずない倧玍蚀様のお通、どうしお虱たかりの城倪さんなんど、泊めおくれるもんですか」\n\n冬の蝶\n\n侀\n\n 預かり䞭の病人が、寝床を藻抜けの空にしお、玛倱したずあっおは、これは責任䞊、かなり驚いおいい事件である。\n けれど、䜏吉の浜の旅籠では、病人が病気を䜜った原因をうすうす知っおいたし、無断で出お行った病人も二床ず、海ぞ駈け蟌む惧れはないものずしお、ただ䞀片の知らせを、京郜の吉岡枅十郎ぞ飛脚で出しおおいたたた、远手のなんのず、いらざる苊劎はしなかった。\n ――さお、そこで。\n 朱実は、籠から蒌空ぞ出た小犜のような自由を持ったが、なんずいっおも、いちど海で仮死の状態になった䜓である。そうぎちぎち飛んでも行けないし、殊には、憎い男性のために、凊女のほこりに消えようもない烙印を䞎えられた傷手ず――それに䌎うお起るさたざたな粟神的たた生理䞊の動揺ずいうものは、そう䞉日や四日で、易々ず癒えるものではない。\n「くやしい......」\n 朱実は、䞉十石船のうちでも、淀川の氎をみな自分の涙ずしおも足らないほど嘆いた。\n その口惜しいはたた、単なる口惜しいではない。――この身䜓のうちに、べ぀な男性を恋しおいるがために――その人ずの氞久の垌望を、あの枅十郎の暎力のために砎壊されたず思うがために、――さらに耇雑だった。\n 淀のながれには、門束の茪食りや、初春のものを乗せた小舟が忙しげに棹さしおいた。それを芋るず、朱実は、\n「......歊蔵様に䌚っおも?」\n ず、惑いの䞋から、ポロポロずなみだがこがれおくる。\n 五条倧橋のたもずに、歊蔵が来お、本䜍田又八を埅぀ずいう正月の朝を、朱実は、どんなに心埅ちだったか知れないのである。\n ――あの人は䜕だか奜きだ。\n こう思い初めおから、朱実は、郜䌚のどんな男性を芋おも、心をうごかしたこずはない。殊にい぀も、逊母のお甲ず戯れおいた又八ず思い范べおいただけに、思慕の糞が、この幎月たで、切れもせずに胞に぀ながっお来た。\n 思慕ずいうものを、糞にたずえれば、恋はだんだんそれを胞のうちで巻いおゆく鞠のようなものだ。䜕幎も䌚わないでいおも、独りで思慕の糞を぀くり、遠い思い出も、近い人づおの消息も、みな糞にしお、鞠を巻いお倧きくしおゆく。\n 朱実も、きのうたでは、そういう凊女らしい情操では、䌊吹山の䞋にいた頃から、可憐な野癟合のにおいを持っおいた。――だが今はもうそれも心のうちで、埮塵に砕けおいる気がするのだった。\n 誰も知るはずのないこずであるのに、䞖間の県がみな自分に察しお倉った気がしおならない。\n「おい、嚘や、嚘や」\n こう誰かに呌ばれお、朱実は、たそがれかかる五条に近い寺町を冬の蝶のように、寒々ず歩いおいる自分の圱ず、蟺りの枯れ柳や塔を芋出した。\n「垯かい、玐かい、なんだか解けお匕き摺っお歩いおいるじゃあねえか。結んでやろうか」\n ひどく䞋等なこずばを぀かうが、身なりは痩せおも枯れおも、二本差しおいる牢人で、朱実は初めお芋る男にちがいないが、盛り堎や冬日の裏町を、䜕の甚もなくよくぶら぀いおいる赀壁八十銬ず名乗る人間。\n すり切れたわら草履をばた぀かせお、朱実のうしろぞ寄っお来た、そしお地に曳き摺っおいた圌女の垯玐の端をひろっお、\n「たさか嚘やは、謡曲狂蚀によく出おくる狂女じゃあるめえ。......人が笑うわな。......矎い顔をしおいるのに、髪だっお、もすこしどうかしお歩いたらどうだい」\n\n二\n\n うるさいず思うのであろう。朱実は耳がないような顔をしお歩いおゆく。それを赀壁八十銬は、単に、若い女のはにかみず呑みこんで、\n「嚘やは、郜ものらしいが、家出でもしたのか? それずも、䞻人の家でも飛び出しお来たのか」\n「............」\n「気を぀けなよ。おめえみたいな容貌よしが、そんな......誰が芋たっお、事情のありそうな、がんやり顔でうろうろ歩いおいおみな、今の郜には、矅生門や倧江山はないが、そのかわり、女ずみたらすぐ喉を鳎らす野歊士がいる、浮浪人がいる、人買がいるぜ......」\n「............」\n ふんずも、すんずも、朱実は答えないのに八十銬は独りで喋っお尟いお行きながら、\n「たったく」\n ず、返蟞たで自分でしお、\n「この頃、江戞の方ぞ盛んに京女がいい倀で売られおゆくそうだ。むかし奥州の平泉に藀原䞉代の郜が開かれた頃には、やはり京女がたくさんに奥州ぞ売られお行ったものだが、今ではそのはけ口が江戞衚になっおいる。埳川の二代将軍秀忠が、江戞の開府に、今䞀生懞呜のずころだからな。――だから京女がぞくぞく江戞ぞ売られお、角町だの、䌏芋町だの、境町だの、䜏吉町だのず、こっちの色街の出店が二癟里も先にできおしたった」\n「............」\n「嚘さんなぞは、誰にでもすぐ目に぀くから、そんなほうぞ売り飛ばされないように、たた倉な野歊士などに匕ッかからねえようにずいぶん気を぀けないず物隒だぜ」\n「......叱っ!」\n 朱実はふいに、犬でも远うように、袂を肩ぞ振り䞊げお、埌ろを睚め぀けた。\n「――叱っ、叱っ」\n げらげらず八十銬は笑っお、\n「おや、こい぀あ、ほんずのキ印だな」\n「うるさい」\n「......そうでもねえのか」\n「お銬鹿」\n「なんだず」\n「おたえこそ気狂いだ」\n「ハハハハ、これやあいよいよ間違いなしのキ印だ。かあいそうに」\n「倧きなお䞖話だよ」\n ぀んずしお――\n「石をぶっ぀けるよ」\n「おいおい」\n 八十銬は離れない。\n「嚘や、埅ちな」\n「知らない、犬っ、犬っ」\n 実は朱実は恐かったのである。そう眵るず、圌の手を払っお、驀っしぐらに走っおしたった。そのむかし燈籠の倧臣ずいわれた小束殿の通があった跡だずいう萱原を、圌女は、泳ぐように逃げおゆく。\n「おういっ、嚘や」\n 八十銬は、猟犬のように、萱の波を躍っお远う。\n 裂けたる鬌女の口に䌌おいる倕月が、ちょうど鳥郚ノ山の蟺りに芋える。折から生憎、陜も萜ちかけお、この蟺りは人も通らない。もっずも、そこから二町ほど圌方を、䞀矀れの人間が、ずがずが山の方から降りお来るのはあったが、朱実の悲鳎を聞いおも、こっちぞ救いに駈け぀けお来ようずはしなかった。――なぜならばその人々は皆、癜い裃を着、癜い緒の線笠をかぶり、手に数珠を持っお、ただ野蟺の送りをすたしお来た涙が干かないでいる人たちであったから。\n\n侉\n" }, { "role": "assistant", "content": " 背なかを、どんず、突きずばされたのだ。朱実は勢いよく、萱の䞭ぞ仆れおしたう。\n「あっ、埡免埡免」\n ふざけた男もある。自分で突きずばしおおいお、八十銬はこう謝りながら、朱実の䜓ぞのしかかり、\n「痛かったろ」\n ず、抱きすくめた。\n その髯づらを、朱実は、くやしたぎれに平手で打った。ピシャピシャず二぀も䞉぀も打った。けれど八十銬は平気なものなのだ。かえっお、この男はそれを歓ぶかのように、県をほそめお打たれおいるのだから始末にこたる。\n 埓っお、圌女を抱きしめおいる手は離しッこない。執拗に、頬をこすり぀けおくる。それが無数の針のように痛くお、朱実は顔を苊しめられた。\n ――息ができない。\n 朱実は、ただ爪を立おる。\n その指の爪が、争ううちに、赀壁八十銬の錻の穎を掻きむしった。錻は獅子頭のそれみたいに朱に染たる。けれど八十銬は手を離さない。\n 鳥郚ノ山の阿匥陀堂から、倕闇の鐘は諞行無垞ず告げわたっおいる。けれど、こうすさたじく生き過ぎおいる人間の耳には、色即是空の梵音も、銬の耳に念仏ずいうものである。男女を埋めおいる枯れ萱の穂は、倧きな波をゆり立おるばかりだった。\n「おずなしくしな」\n「............」\n「なにも、恐いこずはないさ」\n「............」\n「おれの女房にしおやろう。――いやじゃあるたい」\n「......死にたいッ!」\n さけんだ朱実の声の䜙りにも悲痛で匷かったので、\n「えっ?」\n 八十銬は、思わずいった。\n「......どうしお、どうしお」\n 手ず膝ず胞ずで、朱実は䜓を山茶花の蕟みたいに固くむすんでいた。八十銬はどうかしおこの筋肉の抵抗をこずばで解させようずするのだった。この男はたた、こういうこずに幟たびか経隓をもっおいるらしい䞊に、こういう時間のあいだをも楜しむこずにしおいるらしい。凄い面がたえにも䌌もやらず、捕たえた逌物をむしろ嬲るかのように気が長いのである。\n「――泣くこずはないじゃないか。䜕も、泣くこずは」\n そんなこずを、耳ぞ唇を぀けおいっおみたり、\n「嚘やは、男を知らないのか、嘘だろう、もうおめえぐらいな幎頃で......」\n 朱実は、い぀ぞやの吉岡枅十郎を思いだした。その時の苊しかった呌吞が考え出された。でも、あの時ずは比范にならないほど、心のどこかに萜着いたものがある。......あの時のせ぀なこそは、郚屋のたわりの障子の桟も芋えない心地がしたほどだったが――。\n「埅っおくださいッおば!」\n 蝞牛のようになったたた、朱実はいった。なんの意もなくいったのである。病埌の䜓が火みたいだった。その熱すら、八十銬は病気の熱ずは思っおいない。\n「埅っおくれっお? ......よしよし、埅っおやるずも。......だが、逃げるずこんどは手荒になるぜ」\n「――ちいッ」\n 肩を぀よく振っお、八十銬の執拗な手をふり退けた。やっず少し離れた圌の顔を、睚め぀けながら起ち䞊がっお、\n「――䜕するんですっ」\n「わかっおるじゃねえか」\n「女ず思っお、ばかにするず、わたしにだっお、女のたたしいずいうものがあるんだから......」\n 草の葉で切れた唇に血がにじんでいた。その唇を噛みしめるず、ほろほろず涙がながれ、血ずいっしょに癜い頀をこがれた。\n「ほ......お぀なこずをいうな。こい぀はたんざらキ印でもねえずみえる」\n「あたりたえさ!」\n ふいに盞手の胞いたを突くず、朱実は、そこを転び出しお、芋えるかぎり倕月にそよぐ萱の波ぞ、\n「人殺しっ、人殺しむっ......」\n\n四\n\n その時の粟神状態からいえば、朱実より八十銬のほうが、䞀時的ではあるが、完党な狂人であった。\n 昂ぶりきった圌は、もう、技巧をこらしおなどいられない。人間の皮をかなぐりすおお、情痎の獣になりきっおしたう。\n ――たすけおえっ!\n 青い宵月の光を、十間ずは走らないたに、朱実は獣に噛み぀かれた。\n 癜い脛が、無残にも闘い仆れ、自分の黒髪を自分の顔ぞ巻き぀けお、朱実は頬を倧地ぞこすった。\n 春が近いずいっおも、ただ花頂山から萜ちおくる颚は、蕭々ず、この野を霜にするかず思われた。悲鳎に喘ぎたおる真癜な胞が、乳ぶさが、露わに冬颚に曝され、八十銬の県を、さながら炎の窓にしおしたう。\n するずその耳の蟺りを、䜕者か突然、ご぀んずおそろしく堅い物で撲った。\n 八十銬の血液は、そのため、䞀時五䜓の埪環を䌑止しお、打撃をうけた箇所ぞ集たり、神経の火がそこから噎いたように、\n「――ア痛!」\n ずさけんだ。\n さけびながらたた、埌ろを向いたのもこの男の戞惑いである。その真っ向ぞたた、\n「この銬鹿者っ」\n ぎゅっ――ず空気に鳎りながら、節のある尺八が、脳倩を打ち䞋ろした。\n これは痛くなかったろう、痛いず感じる間がなかったからである。八十銬は、ぞなぞなず肩も県じりも䞋げおしたい、匵子の虎のように銖を巊右ぞぶるるず振っお埌ろぞ匕っくりかえっおしたった。\n「他愛ないものだ」\n 尺八を手にぶら䞋げながら、撲った方の虚無僧は、八十銬の顔をのぞきこんでいる。――ぜかんず口を倧きく開いお気絶しおいるのだ。打ったのが二床ずも脳であったから、気が぀いおもこの男は痎呆性になるのではないかず考え、ひず思いに殺したよりも眪な業をしたものだず、぀ら぀ら眺め入っおいる。\n「......?」\n 朱実はたた、その虚無僧の顔を、茫然ず芋おいた。唐蜀黍の毛をすこし怍えたように、錻の䞋にうす髭が生えおいる、尺八を持っおいるから虚無僧ず人も芋ようが、うす汚い着物に、䞀腰の倪刀を垯び、乞食か䟍か、よく芋ないず刀断の぀かないような五十男である。\n「もういい」\n 青朚䞹巊衛門は、そういっお、唇の䞋ぞブラ䞋がっおいる倧きな前歯でわらった。\n「――もう安心おし」\n 朱実は初めお、\n「ありがずうございたした」\n 髪のみだれや、着物のみだれを盎しお、ただ脅えおいる県が、倜を芋たわした。\n「どこじゃの、おぬし」\n「家ですか。......家はあの......家はあの......」\n 朱実は、にわかにすすり泣きしお、䞡手で顔を蔜っおしたう。\n わけを蚊かれおも、圌女は正盎にみな話せなかった。半分は嘘をいい、半分はほんずのこずをいい、そしおたたすすり泣いた。\n 母芪がちがうこずだの、その母芪が自分の䜓を金に換えようずしたこずだの――䜏吉からここたで逃げお来た途䞭であるずいうこずだの――その皋床は打ち明けお、\n「わたしもう、死んだっお家ぞ垰らない぀もりです。......ずいぶん我慢しお来たんですもの。恥をいえば、小さい時には、戊の埌の死骞から、剥盗りたでさせられたこずがあるんです」\n 憎い枅十郎よりも、さっきの赀壁八十銬より、朱実は、逊母のお甲が憎くなった。急にその憎さが骚をふるわしお来お、たた、よよず䞡手の裡で泣くのだった。\n\n心猿\n\n侀\n\n ちょうど阿匥陀ヶ峰の真䞋にあたるずころで、枅氎寺の鐘も近く聞え、歌ノ䞭山ず鳥郚ノ山にかこたれお、ここの小さい谷間は静かでもあり、たたから颚の圓たる寒さもよほどちがう。\n その小束谷たで来るず、\n「――ここじゃよ、わしの仮䜏居は、なんず暢気なものだろうが」\n 青朚䞹巊は、連れお来た朱実をふり顧っお、うす髭の生えおいる䞊唇を剥いお、にやりず笑う。\n「ここですか」\n 倱瀌ずは思いながら、朱実は぀い問い返した。\n ひどく荒れおいる䞀宇の阿匥陀堂なのである。これが䜏居ずいうならば、この附近には、堂塔䌜藍の空家がずいぶん少なくない。この蟺から黒谷や吉氎のあたりは、念仏門発祥の地であるので、祖垫芪鞞の遺跡が倚いし、念仏行者の法然房が讃岐ぞ流されるその前倜は、たしかこの小束谷の埡堂ずやらにあっお、随身の諞匟子や垰䟝の公卿や善男女たちず、わかれの涙をしがられたものである。\n それは承元の昔の春だったが、今倜は、散る花もない冬の末、" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「いた本通り䞀䞁目の亀番から連絡があっおね、䌞匥くんが小型乗甚車にはねられたんだそうだ、向うからの電話連絡なんで」\n「うちの息子がどうしたんですっお」ず母がずびだしお来た。\n「たあおち぀いお䞋さい」譊官は片手で、なだめるような手たねをした、「本通り䞀䞁目の亀番から電話連絡があったんで、がくには詳しいこずはわからないんだが、なんでも小型乗甚車にはねられお」\n「堎所はずこです、けがは重いんですか軜いんですか」\n「おっかさん」ず蟰匥が制止した、「静かにしなきゃだめだよ」\n「ずにかく電話連絡なんでね」ず譊官はひたすらメモをみ぀めながら云った、「堎所はたあ亀番に近いずころだろうず思うが、けがの皋床たでは連絡では云っおいなかった、䞭橋のそばにある仁善病院ずいうのぞ入院させお」\n「病院ぞ、入院ですっお」\n「おっかさんったら」ず蟰匥はたた母を制止しお、譊官にきいた、「䞭橋の仁善病院おいうんですね」\n「そういう電話連絡なんだ」\n 譊官は初めおメモから県をあげた。そしお、このみじめな䜏居にすばやく芖線をはしらせお、誰かすぐにゆけるかどうか、ずあやぶむようにきいた。\n「はい、すぐにゆきたす」ず蟰匥が答えた、「どうもお手数をかけたした、ご苊劎さたです」\n 譊官は挙手の瀌をしお去った。母は泣きだし、驚きのあたり立っおいられないように、そこぞ坐っおおろおろず、長男の名を呌んだり、たた泣きいったりした。\n「おい光雄」ず、蟰匥は匟に云った、「おたえ先にいっおみおくれ、おっかさんずがくは必芁な物を持っおあずからゆく、いいな」\n「そんな必芁があるのかい」匟は机に向ったたたで云った、「病院に入院しちゃったんなら、医者がなんずかしおるだろ、おれがいそいでいったっお、なんにもできやしねえず思うがな」\n「いいよ、頌たないよ」ず云っお、蟰匥は母をせきたおた、「泣いおる堎合じゃないよおっかさん、着る物やなにか出さなくっちゃ、それに毛垃くらいはいた持っおゆかなくちゃならないんだろう」\n「あたしにゃ、なにをしおいいかわからない、あの子はきっず倧けがをしおるんだよ」\n「だっおここの䜏所や名が云えるくらいだもの、きっずたいしたこずじゃないよ、それより早く着る物を出しおおくれよ」\n\n 颚呂敷包を自分で持っお、母を支えるようにしながら、蟰匥はその病院ぞいった。戊埌に建おた安普請のバラックで、癜ず緑で塗りたくったペンキも剥げ萜ち、仁善病院ず曞いた看板の字も斑に剥げおいお、やっず刀読できるくらいだった。\n 狭い土間の片方にある受付に、四十がらみの女性がいた。癜い看護衣の錠色になったのを着おいるが、口のききかたも動䜜も、看護婊のようではなく、たるで䞍景気な倖食刞食堂のかみさん、ずいった感じであった。\n「ドアをちゃんず閉めお䞋さい」圌女はたずそう呜じおから、蟰匥の問いに答えた、「ええ、その人は預かっおいたす、あなたがたは家族の人ですか」\n「いた院長にきいおみたす」ずたた圌女は云った、「たぶん面䌚謝絶だろうがね」\n そしお二人をぎろりず癜い県で睚み、五十キロもある荷物をはこびでもするような、たいぎそうなあるきぶりで奥ぞいった。面䌚謝絶ずいう蚀葉を聞いたずき、母は蟰匥の腕をぎゅっず掎んだ。圌はその母の手をやさしく叩き、しっかりするんだよおっかさん、倧䞈倫だよ、ず囁いた。\n「どうぞ」ず戻っお来た女が云った、「いた院長先生がおみえになるから」\n 蟰匥は母を支えながら玄関ぞあがった。五足ばかりあるスリッパは、みな叀く、ぞっずするほどきたならしく、やぶれたり擊り切れたりしおいた。――二メヌトル四方ほどの埅合宀には、ニスの剥げた朚の腰掛ず、タバコの吞い殻だらけで火のない火鉢があり、壁に貌った蚺療時間割の玙も、䞀隅がやぶれお垂れさがっおいた。\n ぎしぎしきしむドアをあけお、おどろくほど背の䜎い、䞭幎男がせかせかず出お来た。初めは子䟛かず思ったくらいで、躯も顔も子䟛っぜく肥えおい、顎の䞋に厚く肉がくびれおいた。\n「岡田䌞匥の家族の方ですね」ずその男は息苊しそうに、喘ぎながら云った、「いた昏睡状態で、係り官が来るでしょう、お䌚いになっおもわかりたせんよ、がくは院長の倧豊です、ずよはゆたかずいう字です、衚に看板が出おいたすが、たあお掛けなさい」\n 母はおろおろ声で容態をたずねた。倧豊院長は蚺察衣のポケットから、くしゃくしゃになったタバコの玙袋を出し、ぞし曲った䞀本のタバコを抜き取るず、こんどはあらゆるポケットを捜したのち、聎蚺噚ずいっしょにラむタヌを぀かみ出しお、ようやくタバコに火を぀けた。\n「なにしろ頭蓋骚折で、手足にも骚折があるでしょうね、心臓も肥倧しおいるな、酒の飲みすぎだず思うが、ここぞ担ぎ蟌たれたずきにはもう意識䞍明でした、ああ、本人は苊痛も感じおいなかったず思う、頭蓋骚折だからね」\n「しかし」ず蟰匥が反問した、「䜏所姓名は云えたんじゃないんですか」\n\n「それは違うね、たったく話が違うね、ああ」ず院長は云った、「あの患者は意識䞍明のたた担ぎ蟌たれお来たんだ、さっきも云ったずおりね、係り官は聞いたかもしれない、たぶん係り官が事故珟堎ぞ駆け぀けたずきには、ただあるいは口がきけたかもわからん、しかしここぞ担ぎ蟌たれお来たずきは、意識䞍明で口をきくどころじゃなかった、はっきり云えばだな、䞞倪ン棒を攟り出されたみたようなもんだったよ」\n「䌚わせお䞋さい」ず母は云った、「あれはわたしの子䟛なんです、どうかいたすぐに䌚わせお䞋さい」\n「䌚っおもわかりゃしたせんよ、ひどい姿になっおいるし、包垯をしおはあるがそれも血だらけで、たあおっかさんは芋ないほうがいいでしょうね」\n「いいえ䌚いたす、どんなにひどい恰奜だっお驚きゃあしたせん、あれはわたしの子䟛なんですから」\n「たあたあ」ず云っお院長は蟰匥を芋た、「きみは匟だずいったね」\n 蟰匥は頷いた。\n 女芪に芋せるのはむりだ、ず院長は云った。しかし病院の立堎ずしおは、患者に察する応急凊眮や、䜿甚した高䟡な泚射薬に぀いお芪族の了解を埗る必芁がある。なおたた垌望によっおは、――その費甚を払う胜力があればのはなしだが、――さらに高䟡な泚射薬をもちいおもよい。そういう意味で、きみに病宀ぞいっおもらいたい、ず院長は云った。\n「はい、がくが䌚いたす」蟰匥はそう云っお母を芋た、「がくが先に䌚いたすよ、そのようすによっおおっかさんも䌚うほうがいいでしょう」\n「あの子は死ぬんですね」母は院長に云った、「あの子は助からないんですね」\n 蟰匥が「おっかさん」ず制止した。院長は医者であるこずの嚁厳を瀺しながら、医者には患者の生死に぀いお発蚀するこずは蚱されおいない。患者が生きおいるうちは生きおいるのであっお、呌吞ず心臓が止り、その肉躰が生きるこずをやめたず確認したずき、はじめお「死」を宣告するこずができるのである、ず云った。\n「この仁善病院は儲け䞻矩の病院じゃないんだ」ず院長は急にふきげんになっお云った、「よそみたいにぶったくり䞻矩なら、ずっくに建物も改造しおいるし、薬局だっおどしどし新薬を入れられるんだ」\n「病宀はどこですか」\n ず蟰匥がきいた。母がわたしもずゆっくり立ちあがり、院長は面倒くさいずでもいうように片手を振っお、いたしがた出お来たドアのほうぞあるきだした。この病院は儲け䞻矩ではないずか、ほかの病院のようにやっおいたらもっず薬局にも新薬を備えるこずができるなどず、院長が急に憀懣を述べだしたずき、院長の巊右の手銖に無数の泚射の痕があるのを、蟰匥は認めた。\n\n 泚射の痕はうす茶色で、そばかすかず思えるほど数が倚く、癜衣の袖の奥たでびっしりず皮膚の衚面を埋めおいた。おそらく腕のほうから始めお、手銖にたで及んだものであろう。なんの泚射かはわからないが、そのように数倚く打぀ずすれば䞭毒性の薬に盞違ない。新聞瀟に勀めおいる蟰匥の頭には、幟皮類かの犁制薬品の名がうかび、この医者は信甚できないぞず思った。" }, { "role": "assistant", "content": " その病宀にはベッドが二぀䞊んでいた。それ以䞊は䞀台のベッドも入れる䜙地もない狭さで、窓のくもり硝子の倚くはひび砎れおおり、そこに玙を貌っお保たせおあった。あにきは手前のベッドで、窓のほうぞ頭を向けお寝おいた。カバヌなしの垢じみた毛垃が掛けおあるため、胞から䞋は芋えないが、頭郚は県ず錻ず口が芗いおいるほか、すっかり包垯で巻かれおいるし、毛垃の䞊に出おいる䞡手も包垯で巻いおあり、どちらも滲み出た血で染たっおいた。\n「これが本人の所持品です」院長はサむド・テヌブルの䞊にある物を指さした、「芋るだけ芋おもいいが、係り官が来るたでは手を぀けないように、ああ、これは係り官の呜什だから」\n 蟰匥は頷いた。\n 母はあにきの枕蚱ぞ走り寄り、頭の䞊ぞのしかかるようにしお、おろおろず名を呌び、話しかけおいた。院長は圢匏的に脈をみようずさえせず、ぶったくらない病院の経営がいかに困難であるか、ずぐちを䞊べたり、こんどの治療費が意倖に高く぀いたずか、なになにずいう新茞入の泚射薬を䜿っおみたいのだが、あたり高䟡なので考えおいる、などずいうこずをくどくどず呟いおいた。\n 蟰匥はサむド・テヌブルの䞊にある品を芋おいお、その衚情を静かに硬ばらせた。倖囜補の䞇幎筆ずシャヌプペンシル、腕時蚈、革衚玙の手垳、革補の暪に長いがたぐち、䞊等な麻のハンカチヌフ、掋銀にしゃれた暡様を圫ったコンパクト、櫛などの脇に、自分の貯金通垳ず認印があるのをみ぀けたのだ。\n たさかず、初めは信じられなかった。手を぀けおはいけないず云われおいるので、顔を近づけおよく芋るず、䜏所氏名が自分のものであるこず、認印も自分の物であるこずがわかった。\n ――そうか、これで䜏所がわかったんだな。\n そう思ったずき、抑えがたい怒りず悲しさがこみあげおき、われ知らず振向いお母に問いかけた。\n「ここにがくの貯金通垳があるけれど」ず蟰匥は云った、「どうしおこれをあにきが持っおたんだろう」\n 母はあにきを芗きこんだたた、それたでなにか云い続けおいた口をぎったりず぀ぐみ、躯ぜんたいをちぢめお、なにか異垞な事がおこるのを埅ちでもするように、じっず呌吞をころしおいた。\n いけなかった、ず蟰匥はすぐに埌悔した。きくたでもなかった、悪いこずをした、ず圌は思った。\n\n 母がず぀ぜん身をおこしお、蟰匥のほうぞ振向いた。それはたるで、蟰匥の考えたこずを、その耳で聞き぀けたかのようであった。\n「貯金垳はあたしが遣ったよ」ず母はふるえ声で云った、「兄さんがあんなに困っおいるわけを話したのに、おたえは黙っお出おいっおしたった、血を分けたじ぀の兄さんが、よっぜど困ればこそ盞談に来たんじゃないか」\n 蟰匥は蒌くなり「おっかさん」ず云った。院長は気たずそうに、県をそむけながら出おいった。\n「それなのにおたえは、話をよく聞こうずもしなかった」ず母は云い続けた。圌女の顔も蒌癜になり県尻が぀りあがるようにみえた、「自分はこそこそ貯金なんかしおいたくせに、芪のあたしにさえ隠しお、自分だけは貯金なんかしおいたじゃないか、おたえには芪きょうだいより、貯金のほうが倧事なんだろう」\n そうじゃないんだよ、あれは自分のためじゃない、おっかさんや匟たちずいっしょに、もう少したしなずころぞ移りたかったんだ。それでも考え盎しお、あにきに遣ろうず思っおうちぞ垰ったんだ。がくは自分だけのためなんお、考えたこずもありゃあしないよ、蟰匥は心の䞭でそう蚎えた。しかしそれは心の䞭のこずで、口には䞀ず蚀も出さなかった。\n「兄さんがこんな姿になっおも、貯金さえ無事ならおたえは本望だろう、え、そうなんだろう」母の声は半ば叫びになり、その県から涙がこがれ萜ちた、「兄さんはおたえのように薄情じゃなかった、䌞匥は心のやさしい、芪おもいな子だった」母はベッドの䞊の、もの云わぬあにきを芗きこみ、嗚咜しながら云った、「い぀もあたしのこずを気にかけお、おっかさんおっかさんっお、そんなにこんを詰めるず疲れるよ、肩を叩こうか、少しは䌑たなくっちゃ毒だよっお、――こんなにあたしのこずを心配しおくれた子はなかった」そしお母は蟰匥のほうぞ振向いた、「おたえなんか䞀床でもそんなこずを云っおくれたためしがあるかい、䞀床でもあたしのこずを心配しおくれたこずがあるかい、こそこそ隠れお貯金なんかするずきに、䞀床でも芪きょうだいのこずを考えたこずがあったかい」\n 蟰匥は力なく、静かに、黙っお頭を垂れた。\n「䌞匥。䌞匥ったら」母は泣き声であにきに呌びかけた、「死なないどくれ、なにか云っずくれよ、おっかさんはおたえだけが頌りなんだからね、お願いだから死なないどくれよ」\n 蟰匥はそっず廊䞋ぞ出おゆき、手の甲ですばやく県をぬぐった。\n「そうだな」圌はたんば老人ずさしおいた将棋のこずを思いだそうずした、「あの桂はねのずころで萜手をしたんだ、――あれは銀を匕けばよかったんだ、4䞃ぞ銀を匕いお、次に桂頭を叩く手だった」\n 圌の顔がみにくく歪み、涙がその頬を濡らした。\n\n\n牧歌調\n\n 増田益倫は䞉十二歳、劻の勝子は二十九歳であった。\n 河口初倪郎は䞉十歳、劻の良江は二十五歳であった。\n 増田倫劻は東の長屋に䜏み、河口倫劻は北の長屋に䜏んでいた。この二぀の長屋が、ほがT字圢に接するずころに共同氎道があり、たわりが空地になっおいお、氎道端はかみさんたち、空地は子䟛たちで、どちらもそうぞうしく賑わっおいた。\n 増田ず河口は日雇い人倫に出おいた。特に仲が良いわけでもないが、でかけるずきい぀もいっしょだし、酔っおいっしょに垰るこずも皀ではなかった。――増田は河口のこずを「初぀ぁん」ず呌び、河口は増田を「あにき」ず呌んだ。\n かれらの劻たちも、共同氎道で毎日のように顔が合い、他のかみさんたち同様に、ぐちをこがしあったり、人のうわさや蔭口や、そのほか数え切れないほどの話題に぀いお、おしゃべりの快楜に耜るのであった。――だからずいっお、二人が特に芪密だずいうわけではない。\n「たあ聞いずくれよおよっさん、あんただから話すんだけどさ」\n 勝子は良江にこう呌びかける。そしお、閚房の秘事たでうちあけたうえ、誰にもないしょだよ、ず念を抌す。その口ぶりや衚情には信頌ず、深い芪近感ずがあふれおいお、だから芪きょうだいにも話せないこずを話せるのだ、ずいうふうに感じられるのであるが、実際には盞手が良江でなくずもいいのだ。そのずき話したい衝動がおこり、適圓な盞手がありさえすれば、どのおかみさんにも話せないようなこずを話すのに、少しも差支えはないのであった。\n これは良江に眮き替えおも同じこずであるし、他のかみさんたちの倚くにも圓お篏たるだろう。たたたたそうでなく、二人だけ特に芪しいずか、氎道端のパヌティヌを奜たないような者がいれば、「おぞんじん」ずか「おきちさん」などずいう悪評から逭れるすべはないのであった。\n 十月末の或る倜、九時ころのこずであるが、河口初倪郎の家ぞ増田益倫が酔っおあらわれた。\n その日は二人ずも、近来になくいい日圓の仕事があり、垰りにはいっしょに䞀杯やった。そしおいた、河口は劻の良江を盞手に、たたぐずぐずず飲んでいるずころだったので、増田の顔を芋るなり勇気づいお「ようあにい」ず手をあげた。\n「いいずこぞ来おくれた、たああがっおくれ」\n「おらあそんなきげんじゃあねえ、おめえに聞いおもれえおえこずがあっお来たんだ」\n 増田はあがっお、倫婊の脇ぞどかっずあぐらをかいた。顔は赀いし県も赀いし、息は腐った熟柿のような匂いがした。\n「たあ䞀杯いこう」ず河口は持っおいた湯呑を、ちゅっず啜っおから差出した、「そのうえで話を聞こうじゃねえか、どうしたんだ」\n\n「どうもこうもねえや」良江の泚いでくれた酒を、氎でも呷るように飲んで、増田は云った、「どうもこうもありゃしねえ、うちのすべたあたのちくしょう、おらあたるでのら犬がシャッポをかぶされたような心持だ」\n「ふヌん」河口は銖をかしげた。\n「云っちゃあ悪いが、めしを食らっおるずきに頭から、ぱいすけ䞀杯の砂をぶちたけられたような気持だぜ」\n「ふヌん」河口はあにいの心持を掚察し、掚察する限りにおいお、事情の耇雑さ――具䜓的にはただなにもわからないにしおも――に深く感動した、「い぀もながら、あにいのずころはむずかしいな」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " しかし寂しい圚所の村はずれ、川端、森や叀塚の近くなどには、今でも「良くない凊だ」ずいうずころがおりおりあっお、その䞭には悪い狐がいるずいう噂をするものも少なくはない。神隠しの被害は普通に人䞀代の蚘憶のうちに、䞉回か五回かは必ず聎くずころで、前埌の状況は垞にほが䞀様であった。埓っお捜玢隊の手配路順にも、ほが旧来のきたりがあり、事件の顛末も人の名だけが、時々新しくなるばかりで、各地各堎合においお、倧した倉化を芋なかったようである。\n しかも経隓の乏しい少幎少女に取っおは、これほど気味の悪い話はなかった。私たちの村の小孊校では、冬は子䟛が集たるず、い぀もこんな話ばかりをしおいた。それでいお奇劙なこずには、実際は狐に぀たたれた者に、子䟛は至っお少なく、子䟛の迷子は倚くは神隠しの方であった。\n\n 子䟛のいなくなる䞍思議には、おおよそ定たった季節があった。自分たちの幜かな蚘憶では秋の末から冬のかかりにも、この話があったように思うが、或いは誀っおいるかも知れぬ。倚くの地方では旧暊四月、蚕の䞊簇や麊苅入れの支床に、蟲倫が気を取られおいる時分が、䞀番あぶないように考えられおいた。これを簡明に高麊のころず名づけおいるずころもある。぀たりは麊が成長しお容易に小児の姿を隠し、たた山の獣などの畊づたいに、里に近よるものも実際に倚かったのである。高麊のころに隠れん坊をするず、狞に隙されるず豊埌の奥ではいうそうだ。党くこの遊戯は䞍安心な遊戯で、倧きな建物などの䞭ですらも、皀にはゞェネノィ゚バのごずき悲惚事があった。たしお郊野の間には物陰が倚過ぎた。それがたたこの戯れの氞く行われた面癜味であったろうが、幌い人たちが暡倣を始めたより曎に以前を想像しおみるず、忍術などず起原の共通なる䞀皮の信仰が朜んでいお、のち次第に面癜い村の祭の匏䜜法になったものかず思う。\n 東京のような繁華の町䞭でも、倜分だけは隠れんがはせぬこずにしおいる。倜かくれんがをするず鬌に連れお行かれる。たたは隠し婆さんに連れお行かれるずいっお、小児を戒める芪がただ倚い。村をあるいおいお倏の倕方などに、児を喚ぶ女の金切声をよく聎くのは、倕飯以倖に䞀぀にはこの畏怖もあったのだ。だから小孊校で詊みに尋ねおみおも分るが、薄暮に倖におりたたは隠れんがをするこずが䜕故に奜くないか、小児はただその理由を知っおいる。犏知山附近では晩に暗くなっおからかくれんがをするず、隠し神さんに隠されるずいうそうだが、それを他の倚くの地方では狞狐ずいい、たたは隠し婆さんなどずもいうのである。隠し婆は叀くは子取尌などずもいっお、実際京郜の町にもあったこずが、『園倪暊』の文和二幎䞉月二十六日の条に出おいる。取䞊げ婆の子取りずはちがっお、これは小児を盗んで殺すのを職業にしおいたのである。なんの為にずいうこずは蚘しおないが、近䞖に入っおからは血取ずも油取ずも名づけお、眪なき童児の血や油を、䜕かの甚途に䟛するかのごずく想像し、近くは南京皿の染附に䜿うずいうがごずき、いわゆる纐纈城匏の颚説が繰り返された。そうしおただ党然の無根ずいうずころたで、突き留められおはいないのである。\n しかし少なくずもこの䞖評の倧郚分が、䞀皮の䌝統的䞍安であり、埓っお話であるこずは時過ぎお始めおわかった。䟋えば迷子が黙っお青い顔をしお戻っおくるず、生血を取られたからだず解しお悲んだ者もあったが、そんな方法のありえないこずがもう分っお、だんだんにそうはいわなくなった。秩父地方では子䟛が行方䞍明になるのを、隠れ座頭に連れお行かれたずいい、たたはダドりカむに捕られたずいうそうだが、これなどは単玔な誀解であった。隠れ座頭は匘く奥矜・関東にわたっお、巌窟の奥に䜏む劖怪ず信ぜられ、盞州の接久井などでは螏唐臌の䞋に隠れおいるようにもいっおいた。すなわち普通の人の県に芋えぬ瀟䌚の䜏民ではあったのだが、これを座頭ずしたのは右のごずき地底の囜を、隠れ里ず名づけたのが元である。隠れ里本来は昔話の錠の浄土などのように、富貎具足の仙界であっお、祷れば家具を貞し金銭を授䞎したなどず、説くのが昔の䞖の通䟋であったのを、人の信仰が倉化したから、こんな恐ろしい怪物ずさえ解せられた。倚分は座頭の職業に若干の神秘分子が、䌎うおいた結果であろう。\n それからダドりカむはたたダドりケず呌ぶ人もあった。文字には倜道怪ず曞いお子取の名人のごずく䌝えられるが、じ぀はただの人間の少し䞋品な者で、䞭䞖高野聖の名をもっお諞囜を修行した法垫すなわち是である。歊州小川の倧塚梧堂君の話では、倜道怪は芋た者はないけれども、蓬髪匊衣の垢じみた人が、倧きな荷物を背負うおあるくのを、たるで倜道怪のようだず土地ではいうから、倧方そんな颚態の者だろうずのこずである。実際高野聖は行商か片商売で、い぀も匷力同様に䜕もかも背負うおあるいた。そうしお倕方には村の蟻に立っお、ダドりカず倧きな声でわめき、誰も宿を貞したしょず蚀わぬ堎合には、たた次の村に向っお去った。旅に摺れお掛匕が倚く、その䞊おりおりは法力を笠に着お、善人たちを脅かした故に、「高野聖に宿かすな、嚘取られお恥かくな」などずいう、諺たでもできたのである。だんだんこんな者が村に来なくなっおから、単に子䟛を嚇す想像䞊の害敵ずなっお氞く残りその子䟛がたた成人しお行くうちに、次第に新しい劖怪の䞀皮にこれを算えるに至ったのは泚意すべき珟象だず思う。我々日本人の粟神生掻の進化には、こういう村里の隠し神のようなものたでが、取り残されおいるこずはできなかったのである。\n\n八 今も少幎の埀々にしお神に隠さるるこず\n\n 先頃も六぀ずかになる女の児が、神奈川県の暪須賀から汜車に乗っおきお、東京駅の附近をうろ぀いおおり、譊察の手に保護せられた。倧郜のたん䞭では、もずより小児の芪にはぐれる堎合も倚かったろうけれども、幌小な子䟛が䜕ぎずにも怪たれずに、こんなに遠くたできおいたずいうは珍しい。故に昔の人もこれらの実䟋の䞭で、特に前埌の事情の䞍可思議なるものを迷子ず名づけ、冒涜を忌たざる者は、これを神隠しずも呌んでいたのである。\n 村々の隣に遠く野山の倚い地方では、取分けおこの類の神隠しが頻繁で、哀れなるこずには隠された者の半数は、氞遠に還っお来なかった。私は以前盛んに旅行をしおいたころ、力めお近代の地方の迷子の実䟋を、聞いお眮こうずしたこずがあった。䌊豆の束厎で十䜕幎前にあったのは、䞉日ほどしおから東の山の䞭腹に、䞀人で立っおいるのを芋぀けだした。そこはもう䜕床ずなく、捜す者が通行したはずだのにず、のちのちたで土地の人が䞍思議にした。なおそれよりも前に、䞊総の東金附近の村では、これも二䞉日しおから山の䞭の薄の叢の䞭に、しゃがんでいたのをさがしだしたが、それから久しい間、抜け殻のような少幎であったずいう。\n 珍しい䟋ほど氞く蚘憶せられるのか、叀い話には奇抜なるものが䞀局倚い。芪族が䞀心に祈祷をしおいるず、倜分雚戞にどんず圓る物がある。明けお芋るずその児が軒䞋にきお立っおいた。或いはたた板葺き屋根の䞊に、どしんず物の萜ちた響がしお、驚いお出おみたら、気を倱っおその児が暪たわっおいた、ずいう話もある。もっずえらいのになるず、二十幎もしおから阿呆になっおひょっこりず出おきた。元の四぀身の着物を着たたたで、瞫目が匟けお綻びおいたなどず蚀い䌝えた。もちろん粟確なる蚘録は少なく、抂しお誇匵した噂のみのようであった。孊問ずしおの研究のためには、曎に今埌の芳察を芁するはもちろんである。" }, { "role": "assistant", "content": "\n 愛知県北蚭楜郡段嶺村倧字豊邊字笠井島の某ずいう十歳ばかりの少幎が、明治四十幎ごろの旧九月䞉十日、すなわち神送りの日の倕方に、家の者が癜逅を造るのに忙しい最䞭、今たで土間にいたず思ったのが、わずかの間に芋えなくなった。最初は気にもしなかったが、神祭を枈たしおもただ姿が芋えず、あちこちず芋おあるいたが行方が知れぬので、ずうずう近所隣たでの倧隒ぎずなった。方々捜しあぐんで䞀旊家の者も内に入っおいるず、䞍意におも屋の倩井の䞊に、どしんず䜕ものか萜ちたような音がした。驚いお梯子を掛けお昇っおみるず、少幎はそこに倒れおいる。抱いお䞋ぞ連れおきおよく芋るず、口のたわりも真癜に癜逅だらけになっおいた。(癜逅ずいうのは神に䟛える粢のこずで、生の粉を氎でかためただけのものである。)気の抜けたようになっおいるのを介抱しお、いろいろずしお尋ねおみるず少幎はその倕方に、い぀のたにか埡宮の杉の暹の䞋に埀っお立っおいた。するずそこぞ誰ずも知らぬ者が遣っおきお圌を連れお行った。倚勢の人にたじっお朚の梢を枡りあるきながら、凊々方々の家をたわっお、行く先々で癜逅や汁粉などをたくさん埡銳走になっおいた。最埌にはどこか知らぬ狭いずころぞ、突き蟌たれるようにしお投げ蟌たれたず思ったが、それがわが家の倩井であったずいう。それからややしばらくの間その少幎は、気が疎くなっおいたようだったず、同じ村の今䞉十五六の婊人が話をしたずいう(早川孝倪郎君報)。\n 石川県金沢垂の浅野町で明治十幎ごろに起こった出来事である。埳田秋声君の家の隣家の二十歳ばかりの青幎が、ちょうど埳田家の高窓の倖にあった地境の倧きな柿の暹の䞋に、䞋駄を脱ぎ棄おたたたで行方䞍明になった。これも捜しあぐんでいるず、䞍意に倩井裏にどしんず物の堕ちた音がした。埳田君の什兄が頌たれお䞊っお芋るず、その青幎が暪たわっおいるので、背負うお降しおやったそうである。朚の葉を噛んでいたず芋えお、口の端を真青にしおいた。半分正気づいおから仔现を問うに、倧きな芪爺に連れられお、諞凊方々をあるいお埡銳走を食べおきた、たた行かねばならぬずいっお、駆けだそうずしたそうである。尀も垞から少し遅鈍な質の青幎であった。その埌どうなったかは知らぬずいう(埳田秋声君談)。\n 玀州西牟婁郡䞊䞉栖の米䜜ずいう人は、神に隠されお二昌倜しおから還っおきたが、その間に神に連れられ空䞭を飛行し、諞凊の山谷を経廻っおいたず語った。食物はどうしたかず問うず、握り飯や逅菓子などたべた。ただ袂に残っおいるずいうので、出させお芋るにみな柎の葉であった。今から九十幎ほど前の事である。たた同じ郡岩田の䞇蔵ずいう者も、䞉日目に宮の山の笹原の䞭で寝おいるのを発芋したが、甚だしく酒臭かった。神に連れられお摂接の西ノ宮に行き、盆の十䞉日の晩、倚勢の集たっお酒を飲む垭にたじっお飲んだずいった。これは六十䜕幎前のこずで、ずもに宇井可道翁の『璞屋随筆』の䞭に茉せられおあるずいう(雑賀貞次郎君報)。\n 倧正十五幎二月の『囜民新聞』に出おいたのは、遠州盞良圚の蟲家の十六の少幎、倜䞭の䞀時ごろに䟿所に出たたた戻らず、しばらくするず悲鳎の声が聞えるので、䞡芪が飛び起きお䟿所を芋たがいない。だんだんに声を蟿っお行くず、戞じたりをした隣家の玍屋の䞭に、兵児垯ず而をもっお䞡手足を瞛られ、梁から兎぀るしに吊されおいた。早速匕卞しお暡様を尋ねおも、䟿所の前に行ったたでは芚えおいるが、それから先のこずは少しも知らぬ。ただふず気が぀いたから救いを求めたずいっおいた。奇劙なこずには玍屋には錠がかかっお、芪たちは捻じ切っお入った。呚囲は土壁で䜕者も近よった様子がなかったずいう。譊察で尋ねおみたら、今少し前埌の状況が知れるかも知れぬず思う。\n 䞍意に窮屈な倩井裏などに入っお倒れたずいうこずは、ずうおい我々には解釈しえない䞍思議であるが、地方には意倖にその䟋が倚い。たた沖繩の島にもこれずやや䌌た神隠しがあっお、それを物迷いたたは物に持たるるずいうそうである。比嘉春朮君の話によれば、かの島でモノに攫われた人は、朚の梢や氎面たた断厖絶壁のごずき、普通に人のあるかぬずころを歩くこずができ、たた䞋氎の䞭や掞窟床䞋等をも平気で通過する。人が捜しおいる声も姿もはっきりずわかるが、こちらからは物を蚀うこずができぬ。掞窟の奥や氎の䞭で発芋せられた実䟋も少なくない。こういう狭い堎凊や危険な所も、モノに導かれるず通行ができるのだが、ただその人が屁をひるずきはモノが手を攟すので、たちたち絶壁から萜ちるこずがある。氎に溺れる人にはこれが倚いように信じられおいるそうである。備䞭賀陜の良藀ずいう者が、狐の女ず婚姻しお幎久しくわが家の床䞋に䜏み、倚くの児女を育おおいたずいう話なども、昔の人には今よりも比范的信じやすかったものらしい。\n\n九 神隠しに遭いやすき気質あるかず思うこず\n\n 倉態心理の䞭村叀峡君なども、か぀お奥州䞃戞蟺の実䟋に぀いお調査をせられたこずがあった。神に隠されるような子䟛には、䜕かその前から他の児童ず、ややちがった気質があるか吊か。これが将来の興味ある問題であるが、私はあるず思っおいる。そうしお私自身なども、隠されやすい方の子䟛であったかず考える。ただし幞いにしおもう無事に幎を取っおしたっおそういう心配は完党になくなった。\n 私の村は県道に沿うた町䞊で、山も近くにあるのはほんの䞘陵であったが、西に川筋が通っお奥圚所は深く、やはりグヒンサンの話の倚い地方であった。私は耳が早くお怖い噂をたくさんに蚘憶しおいる児童であった。䞃぀の歳であったが、筋向いの家に湯に招かれお、秋の倜の八時過ぎ、母より䞀足さきにその家の戞口を出るず、䞍意に頬冠りをした屈匷な男が、暪合から出おきお私を匕抱え、ずっずっず走る。怖しさの行止たりで、声を立おるだけの力もなかった。それが私の門たでくるず、くぐり戞の脇に私をおろしお、すぐに芋えなくなったのである。もちろん近所の青幎の悪戯で、のちにはおおよそ心圓りも぀いたが、その男は私の母が怒るのを恐れおか、断じお知らぬずどこたでも䞻匵しお、結局その事件は䞍可思議に終った。宅ではずにかく倧問題であった。倚分私の県の色がこの刺戟のために、すっかり倉っおいたからであろうず想像する。\n それからたた䞉四幎の埌、母ず匟二人ず茞狩に行ったこずがある。遠くから垞に芋おいる小山であったが、山の向うの谷に暗い淋しい池があっお、しばらくその岞ぞ䞋りお䌑んだ。倕日になっおから再び茞をさがしながら、同じ山を越えお元登った方の山の口ぞきたず思ったら、どんな颚にあるいたものか、たたたた同じ淋しい池の岞ぞ戻っおきおしたったのである。その時も茫ずしたような気がしたが、えらい声で母芪がどなるのでたちたち普通の心持になった。この時の私がもし䞀人であったら、恐らくはたた䞀぀の神隠しの䟋を残したこずず思っおいる。\n\n これも自分の遭遇ではあるが、あたり小さい時の事だから他人の話のような感じがする。四歳の春に匟が生たれお、自然に母の愛情泚意も元ほどでなく、その䞊にいわゆる虫気があっお機嫌の悪い子䟛であったらしい。その幎の秋のかかりではなかったかず思う。小さな絵本をもらっお寝ながら看おいたが、頻りに母に向かっお神戞には叔母さんがあるかず尋ねたそうである。じ぀はないのだけれども他の事に気を取られお、母はいい加枛な返事をしおいたものず芋える。その内に昌寝をしおしたったから安心をしお目を攟すず、しばらくしお埀っおみたらもういなかった。ただし心配をしたのは䞉時間か四時間で、いただ鉊倪錓の隒ぎには及ばぬうちに、幞いに近所の蟲倫が連れお戻っおくれた。県道を南に向いお䞀人で行くのを芋お、どこの児だろうかずいった人も二䞉人はあったそうだが、正匏に迷子ずしお発芋せられたのは、家から二十䜕町離れた束林の道傍であった。折よくこの蟺の新開畠にきお働いおいた者の䞭に、隣の芪爺がいたために、すぐに私だずいうこずが知れた。どこぞ行く぀もりかず尋ねたら、神戞の叔母さんのずころぞず答えたそうだが、自分の今幜かに蚘憶しおいるのは、抱かれお戻っおくる途の䞀぀二぀の光景だけで、その他はこずごずく埌日に母や隣人から聎いた話である。前の暪須賀から東京駅たできた女の児の話を聎いおも、自分はおおよそ事情を想像し埗る。よもやこんな子が䞀人でいるこずはあるたいず思っお、駅倫も乗客もかえっおこれを怪たなかったのだろうが、倖郚の者にも諒解しえず、自身ものちには蚘憶せぬ衝動があっお、こんな幌い者に意倖な事をさせたので、調べお芋たら必ず䞀時性の脳の疟患であり、たた䜓質か遺䌝かに、これを誘発する原因が朜んでいたこずず思う。昔は䞃歳の少童が庭に飛降っお神怪驚くべき蚀を発したずいう蚘録が倚く、叀い信仰では朝野ずもに、これを蚗宣ず認めお疑わなかった。それのみならず特にそのような傟向ある小児を捜し出しお、至っお重芁なる任務を蚗しおいた。因童ずいうものがすなわちこれである。䞀通りの方法で所芁の状態に陥らない堎合には、䞀人を取囲んで倚勢で唱え蚀をしたり、たたは単調な楜噚の音で四方からこれを責めたりした。譊察などがやかたしくなっおのちは、力めお内々にその方法を講じたようだが、以前はずいぶん頻繁にか぀公然ず行われたものずみえお、今もたた事ず同様にこれを暡倣した小児の遊戯が残っおいる。「䞭の䞭の小坊䞻」ずか「かアごめかごめ」ず称する遊びは、正しくその名残である。倧きくなっお䞖の䞭ぞ出おしたうず、もう我々のごずく垞識の人間になっおしたうが、成長の或る時期にその傟向が時あっお顕れるのは、恐らくは説明可胜なる生理孊の珟象であろう。神に隠されたずいう少幎青幎には、泚意しおみれば䜕か共通の特城がありそうだ。さかしいずか賢いずかいう叀い時代の日本語には、普通の児のように無邪気でなく、なんらかやや宗教的ずもいうべき傟向をもっおいるこずを、包含しおいたのではないかずも考える。物狂いずいう語なども、時代によっおその意味はこれずほが同じでなかったかず思う。" 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[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを維持しお、玠晎らしい文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 成皋、人圢芝居をやったり、身振狂蚀をやったり、挫画の或る堎合なんかは、こうなっおいれば手っ取りばやい。䞀応盎ぐわかる。だが、二応、䞉応ず、実際の客芳的事情に照らし合わせお考えお芋た堎合、こういう颚に様匏化したたんたの人物を無制限に぀かっお、どの皋床のリアリスティックな芞術の感銘を䞎えるこずが出来るかずいう点は、疑問になっお来る。\n 䜕故なら、゜ノェト同盟で諷刺的に様匏化されたブルゞョアゞヌは、い぀でも燕尟服にシルク・ハットで、倪い金鎖りをデブ腹の䞊にたらし、小指にダむアモンドをキラ぀かしお、葉巻をふかしおいる。\n しかし実際に、どんな堎合でも、ブルゞョアゞヌはそんなきたりきった颚䜓しかしおいないだろうか? どうしお! 圌等は自身の利益を守る必芁に応じお、技垫にもなれば、教垫にもなり、゜ノェト同盟では、珟に階玚の闘士ボルシェノィキらしい芋せかけをした反革呜分子さえ発芋しおいるではないか。\n ゜ノェト同盟の舞台の䞊、絵の䞊にきたった圢でブルゞョアゞヌが登堎する。倧衆が笑殺する。それで根っきり葉っきり枈んでしたう皋、珟実の階玚闘争は単玔でない。事実が単玔でない以䞊、倧衆がい぀の間にかあの憎むべき倉通自圚性を過少評䟡するような固定した圢にだけ様匏化しお扱うのは危険だ。――\n この事は、あらゆる芞術の分野に亙っお再吟味された。\n 文孊の領域では、既に䞀九二九幎プロレタリア・リアリズム、進んで唯物匁蚌法的創䜜方法の問題が探求された圓時、類型化に察する泚意の䞀぀ずしお批刀された。\n 䞻ずしお挫画、喜劇における登堎人物の様匏化が問題になった前埌、戯曲䜜家ブルガヌコフが「赀玫島」ずいう喜劇颚オペレットを曞いた。\n 同じブルガヌコフが数幎前「トゥルビヌノフ家の数日」ずいう囜内戊時代の動揺、倉転する䞭流家庭生掻を䞻題ずした脚本を曞いた。モスクワ芞術座が䞀九二八幎から九幎の春頃たで䞊挔し䞀郚からひどく受けた。倧衆的にも或る皋床たで受け入れられたが、段々批刀が起っお、五ヵ幎蚈画着手ずずもに、䞊挔目録から削られた。理由は、脚本が䞭流の家庭生掻ずいうものをちっずも革呜的歎史の進行の角床から批刀せず、ただ珟象的に描写しおいる。根本的な瀟䌚倉革に぀れお起る珟象の必然性を、瀟䌚䞻矩瀟䌚建蚭の総䜓ずの関係においお発展的にずらえず、消極的にブルゞョア文孊が䞀぀の瀟䌚的砎局を扱ったような悲劇、たたは砎局ずいうように衚珟しおいる。\n「赀玫島」は、劇䞭劇で「赀玫島」の革呜を織り蟌み、゜ノェト同盟の劇堎の内幕を諷刺したりしおいる。カヌメルヌむ劇堎で、タむヌロフが未来掟じみた極めお掟手で綺麗な舞台装眮で䞊挔した。\n この劇䞭劇では゜ノェト同盟の劇堎でも、小道具なんかに凝りすぎ、りンず金をかけおしたったのを、管理局からやっお来た圹人ぞは胡魔化しお報告する堎面その他、芋物が笑い出すずころは盞圓ある。\n 空想的な扮装したレノュヌの土人みたいな「赀玫島」の䜏民が䜕かのキッカケで、至極安盎に革呜を遂行し、ツァヌの远っ払いをやり、目出床し目出床しずなるのだが、゜ノェト同盟のルバヌシカを着た芳衆はゟロゟロ、カヌメルヌむ劇堎から出お来ながら、この劇党䜓から受けた䜕だかいやな印象に぀いお議論した。\n ブルガヌコフが諷刺しおいるのは゜ノェトの舞台裏ばかりじゃない。圌は、革呜ずいう事業をも「赀玫島」で諷刺しおいる。真面目にずり扱っおいるような颚ではあるが、そこには狡猟にひやかしが雑ぜられおいる。劇䞭劇などず逃げを打っお、むダに比喩めかしお、あり埗べからざる安易さで革呜をこねあげお芋せおいる。\n 科癜では、゜ノェト赀玫島䞇歳! ず呌ぶ。だが、その「䞇歳」は本気にうけずれない。君等の考えおいる革呜なんおのはこんなずころだろう、ず云われおいるような工合だ。そう考えるず「赀玫島」ずいう題も劙にこっおいる。\n だっお、赀は、赀でいい。われわれに分る意味においおの赀だ。然し、玫ずいうのは䜕だろう? ペヌロッパの䌝統的な色の蚀葉で暩嚁、王䜍、嚁厳、信仰を意味する。ナポレオンが垝䜍に぀くずき背䞭にひきずった裳は玫ではなかったか。珟圚でも玫ずいう色は、同じような意味をもっおいる。「赀玫島」ずいうのを別な衚珟で曞くず「赀の信仰ででっち䞊げられた島」たたは「赀が王の島」ずなりかねない。\n ゜ノェト同盟の倧衆にずっお、こういう皮類の諷刺が、ほんずの諷刺ずしおうけずれず、そこにブルガヌコフの傍芳䞻矩や底意地のわるい嘲匄を感じたのは、むしろ自然であった。\n 倧䜓、文孊をこめおのプロレタリア芞術䞀般にずっお、諷刺的手法が正しい効果をも぀堎合は、諷刺そのものがただ題材の或る矛盟面の抉出だけに終らず、積極的な建蚭的な教唆、暗瀺、明瀺等を含んでいる時に限られる。プロレタリア芞術の諷刺ずブルゞョア芞術の諷刺ずの盞違は明かに歀凊にある。\n ブルゞョア挫画家も倱業でやけになっお酔っ払った劎働者の酔態を描くだろう。ブルゞョア挫画家は䞁床ブルゞョア政治家がそうである通り、それをそれずしお珟象的に描写する。諷刺したずいう自己満足に止っおいる。倱業でやけになっお酔っ払った劎働者は、酔っ払わずに、本圓はどうすべきであったかずいう方面、階玚党䜓ずしおの闘争ぞ向っお突き動すような努力は挫画のどこにもされない。\n プロレタリア挫画家だけが、それをやるのだ。たたやらなければならない。゜ノェト同盟の挫画家たちの苊心はここにある。瀟䌚䞻矩的生産の意味を理解せず懶ける劎働者も、゜ノェト同盟の階玚的自己批刀ずしお描かれなければならない。然し、画板䞀杯に懶けおいる劎働者だけ粟出しお描写したっおそれは匁蚌法的でもなければ、埓っおプロレタリア的でもない。その挫画を芋たものが積極的な偎を、理解するように扱われなければならないのだ。\n 文孊における諷刺も同様なのは云うをたたない。諷刺が諷刺で自己満足しおその基瀎が「赀玫島」におけるように間違った理解の䞊に立おられおいる時、どっちから芋たっお、正圓な意味で、プロレタリアの諷刺でないのは知れおいる。぀たりブルガヌコフは才胜はあるけれども゜ノェト同盟の瀟䌚䞻矩瀟䌚の建蚭ず䞖界の劎働階玚解攟運動に察しお同情的でない態床をも぀ものだずいうこずを吊めない。\n 䞊挔目録詮衡委員䌚は、䞀぀の自己批刀の衚珟ずしおこの戯曲の䞊挔を蚱可したが、゜ノェト同盟の勀劎倧衆はだたっおいなくなった。カヌメルヌむ劇堎は䞀月䜙䞊挔しお「赀玫島」はひっこめた。\n 䞀九䞉〇幎の秋から垝囜䞻矩囜のファッショ化に察し゜ノェト挔劇䞊の垝囜䞻矩䟵略戊争反察、宗教排撃の䞻題は目立っおふえた。だが、諷刺的に扱うにしろこの点に深い泚意を払われおいる。䞖界の垝囜䞻矩者、ファシストの組織、䟵略戊争をあばきっぱなしでは足りない。\n ゜ノェト同盟及䞖界の勀劎倧衆はそれに察しお䜕を支持し守らねばならないのか。「゜ノェト同盟、゜ノェト䞭囜を守れ!」匷く、党面的にこの倧切な点が䌚埗されなければ甲斐がない。芞術的効果をそこたで持っお行くために、゜ノェト同盟のプロレタリア芞術家たちは倧童だ。\n ずころで、問題は展開する。\n この垝囜䞻矩の䟵略の危機、及びファッシズムずの闘争は、果しお゜ノェト同盟の倧衆、圌等の文化の前衛ずしおのプロレタリア芞術家たちだけに限られた必芁、或は負うべき任務だろうか?\n 断然そうではない。\n 各囜の垝囜䞻矩者たちが、それぞれの方角ず方法で゜ノェト同盟砎壊のためのカンパニアを粟力的に起さずにはいられないほど、それぞれの囜内での情勢が切迫しお来おいる。\n 資本䞻矩囜内の勀劎倧衆、革呜的劎働者、芞術家は䞀様に、倚くの犠牲に堪え぀぀勇敢にプロレタリア・蟲民の解攟ず階玚的文化確立のために闘っおいる。\n 䜕故われわれは䞖界の同志ずしお互に手を握り、珟実的な組織によっお共同の敵ず闘わないのか? ゜ノェト同盟モスクワにある革呜文孊囜際局がこう考えた。\n ドむツぞ、チェッコ・スロノァキアぞ、むギリスぞ、ハンガリヌぞ、日本ぞ! 䞖界革呜文孊の第二回囜際䌚議ぞの召集状は発せられた。\n 第十䞉回革呜蚘念日の数日前、䞀九䞉〇幎十䞀月䞀日の朝、モスクワの癜露バルチック線停車堎は鳎り響く音楜ず数癟の人々が熱心に歌うむンタヌナショナルの歌声で震えた。各囜からの代衚、歓び勇んでやっお来たプロレタリア䜜家たちの到着だ。みんなは、みんなの母囜語で歌った。が、モスクワの初冬の空気をツン裂いお、\n「ああむンタヌナショナル」" }, { "role": "assistant", "content": "ず歌われたずき、あらゆる囜語の差別は消え党く䞀団の燃える声ずなっお八方に響き枡った。\n 第二回革呜䜜家囜際䌚議がモスクワでもたれず、ハリコフ垂で行われたのも、五ヵ幎蚈画第䞉幎目のはじめの蚘念的な出来ごずにふさわしい。ハリコフ垂はりクラむナ共和囜の銖府だ。十䞀月の氷雚がちのモスクワ垂よりこの時節にはハリコフ垂の方が気候がいいばかりではない。ドンバス炭坑区を近くに持ち、倧囜営蟲堎、機械工堎をもち五ヵ幎蚈画ずずもに゜ノェト同盟の南方地域では屈指の重工業、蟲業の生産䞭心地ずなった。\n ハリコフ垂を䞭心ずするりクラむナは゜ノェト同盟のプロレタリア文孊ずも瞁が深い。ショヌロホフの「静かなドン」はドン地方のコサックの階玚闘争史だ。フヌルマノフの「赀色芪衛隊」もりクラむナ地方が背景だ。映画「倧地」はりクラむナの豊饒な自然なしには創られなかった。\n 矎術の方面でもりクラむナは倚勢の優秀な゜ノェト朚版画家を出しおいる。䞀九䞉〇幎の春はりィヌンその他でりクラむナ矎術展芧䌚をやった。\n このりクラむナ地方が革呜たでどんな扱いをうけおいたかず云えば、倧ロシアの支配者たちによっお半怍民地ずされおいた。りクラむナ地方の自囜語で曞くこずは蚱されず、軍隊の䞭でさえ「ハホヌル」ず呌んで䟮蟱的扱いをうけた。\n 瀟䌚䞻矩の瀟䌚で民族は真の意味で自立し、新しい生産ず文化ずが結び぀きながら高揚し、調和しあうものずしお動きはじめおいる。ハリコフ垂はそういう点から䞀぀の新しい民族銖郜である。ここを遞んで囜際的な革呜䜜家の䌚議が行われたこずは茝かしい。\n 䌚議は十䞀月六日から十五日たで続いた。二十二人の資本䞻矩囜、怍民地、半怍民地から革呜的䜜家が集った。\n 代衚によっお各囜におけるプロレタリア文孊運動に぀いおの詳现な報告がされ、批刀された。そしお、革呜的䜜家は益々切迫するブルゞョア経枈の行き詰りずずもにファッショ化する暩力の文化抑圧ず劂䜕に闘うべきか。これも亊各囜の事情を参照しお決議された。日本からは、束山、氞田ずいう二人の同志が出垭した。\n(ハリコフ䌚議における日本に぀いおの決議は『ナップ』䞀九䞉䞀幎二月号を芋おも分るし、近々䜜家同盟から出版されるプロトコヌルを芋おもわかる)\n 革呜文孊囜際局はこの䌚議を機䌚ずしお組織がえを行った。囜際革呜䜜家同盟ずなった。これたでよりは䞀局緊密な囜際的芏暡で各囜のプロレタリア文孊掻動が出来るようになった。\n 囜際的にこうやっお組織の網めをひろげ぀぀、䞀方ロシア・プロレタリア䜜家同盟(ラップ)は、゜ノェト同盟の囜内的文孊掻動をも䞀歩䞀歩ず抌しすすめた。\n 䞀九䞉〇幎の末から䞉䞀幎にかけお、ラップのかかげたスロヌガンは、\n「りダヌルニクを描け!」\nである。五ヵ幎蚈画ずずもに、ラップの䜜家たちは「倧衆の䞭ぞ」次いで「生産の堎所ぞ」ず進出した。\n 䜜家団自身、生産の堎所ぞはいりこみ、そこでどんな颚に新しい゜ノェト同盟の誕生が行われおいるかを目撃しお、芞術䜜品を創っお行っただけではない。工堎、集団蟲堎の䞭ぞドシドシ実践的な指導方針による文孊サヌクルをこしらえお行った。劎蟲通信員の文孊的掻動を熱烈に錓舞した。\n 䞀九二九幎から、党同盟の生産ず文化の戊線で、最も階玚的に、積極的に働いおいるのは誰か? 自䞻的に劎働者、蟲民のむニシアチヌブによっお組織されたりダヌルニクだ。\n 工堎の職堎で槌をふるい、瀟䌚䞻矩的な生産を高め぀぀ある゜ノェト同盟の勀劎倧衆が突撃隊なら、その歎史的意味を圌等ずずもに理解し、画時代的な功瞟を蚘録しようずしお出かけお行くラップの䜜家たちも、プロレタリア文孊のりダヌルニクだ。\n 珟実、生産の堎所を描いお、そこの動力である階玚的建蚭の闘士男女の突撃隊員を描かないずいうこずはあり埗ない。「五ヵ幎蚈画の英雄」を描けずいうこずは、゜ノェト同盟の瀟䌚的珟実に即したプロレタリア文孊の圓然な掚進なのだ。\n「ラップ」は䞀九䞉〇幎の春、益々豊富に倧衆の䞭に芜生えお来る文孊的萌芜の肥料ずしお、初歩的な文孊雑誌『成長』を刊行しはじめた。䞀九䞉䞀幎には、文孊サヌクルのために『文孊突撃隊』ずいう文孊新聞を出しはじめた。プロレタリア文孊における新幹郚の逊成は、技垫、熟緎工の逊成ず同様、重倧な関心事ずなっおいる。\n 䞀九䞉〇幎の䞃月、党同盟共産党第十六回倧䌚の䌚堎で「ラップ」代衚キルションが行った報告䞭には、既に党然新しい局から生れお来た䜜家=劎蟲通信員、コム゜モヌル出身=が䜕人か数えあげられた。\n ゜ノェト同盟の生産ずずもに高められたプロレタリア文化から生れた新しい䜜家こそ、ドシドシず出なければならない。新しい䞖界芳、実践、階玚的教育で鍛えられ、生粋に瀟䌚䞻矩建蚭時代を代衚する䜜品が送り出されなければならない。\n 各地方支郚ラップが、生産の堎所における劎蟲通信員を䞭心ずする文孊サヌクルの掻動を過去䞀幎間正しい方針で熱心にやっお来た結果、昚今極めお興味深い本がポツ、ポツ出版されるようになっお来た。\n 䟋えば、或る工堎内の文孊突撃隊が䞭心ずなっお、自分の工堎で瀟䌚䞻矩建蚭はどんなにしお行われおいるか。その生産における䞀般的関係、その工堎だけの独特な条件、それを掌握する革呜的りダヌルニクの掻動ずその間に起るさたざたな插話等を、共力しお芞術的蚘録にたずめ䞊げおゆく仕事だ。これはねうちがある。こういう文孊的共働は、䟋えば「ラップ」の䜜家たちが時々やる劎働者ずの合䜜ずは又ちがっお深い実践的な階玚的基瀎をもっおいる。\n 圌等は文孊掻動の必芁のためだけに集ったのではない。ある䞀぀の工堎が五ヵ幎蚈画を基本ずした自身の生産プランを倧衆的に受け入れた瞬間から今日たで、そこの仲間は機械によっお結ばれ、ベルトの唞りで互に繋がれ、䌁業内の劚害分子ず闘い぀぀、高く、高くず、プロレタリアの生産ず文化を匕きあげお来た連䞭だ。\n ここには䞖界の党人民解攟の日たで生産に文化に倜ずなく昌ずなくうち鳎らす階玚の鍛冶屋、われら闘う人民の若々しい槌の音が、町から村ぞ、囜から囜ぞず鳎り響いおいようずいうものだ!\n\n 附蚘\n\n「五ヵ幎蚈画ず゜ノェトの芞術」は昚幎の䞀月から曞きはじめられ、二回䌑んだが殆どたる䞀幎続いた。\n 誰かが、ナカナカ぀づくね。曞いおるうちに五ヵ幎蚈画がすんじたうよ、ず云ったが、この冗談は真実を云い圓おおいる。䜕故なら、五ヵ幎蚈画が進捗するに぀れお゜ノェト同盟の芞術運動の展開は著しく、去幎より今幎、今幎より来幎ず、建蚭の新しい客芳的情勢の動きに぀れお、プロレタリア文孊も育ちのいい赀坊のようにのび倪っお来る。曞くべきこずにはきりがない。それこそマルクシズム・レヌニズムの旗の䞋にすすむプロレタリア芞術の぀きない創造性ずいうものだ。\n 然し、わたしは䞀先ずここで、この蚘録はうち切りたいず思う。埌から埌からの愉快なニュヌスは、別にニュヌスずしお報告し぀づけお行こう。(特にこの号に湯浅芳子が発衚しおいる゜ノェト文壇ニュヌスは、面癜いものだ。倧いに参考になる。必ずあわせ読たれたい)\n この䞭に、曞きもらされおいる郚分の或る点は、内倖瀟出版の『綜合プロレタリア芞術講座』第䞀巻にある。ないもの、足りない郚分はこれからそれぞれにわけおずりあげお行こうず思う。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを継続しお、完璧な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "\n四月十䞉日 日\n 本田道ちゃんの披露、たるでなっお居ず。特に花嫁の効、そのいや味なこずお話しにならず。\n\n四月十四日 月\n A、孊校が始る。\n(『婊人䞖界』の安田蓌花ず云う男は、いやな性栌のずころがあるず思う。)\n 短かい詩のようなもの、䞉枚。送る。\n\n四月十䞃日 朚\n「心の河」、すっかり手入れをし『改造』に送る。\n\n四月二十日 日\n 実践の音楜䌚、バルダス思ったほどでなし、やはり教垫、芞術家にあらず。クロヌン、実に貧匱。音がなっお居ず。\n\n四月二十䞀日 月\n 岡本かの子さんが思いがけず来蚪ケンセむ䌚にゆく道、䞀時間ばかり時間があるのでよった由。先日であったか、『文芞春秋』に出お居た倧森の歌をよみ、感服した話をし、出かけに、䞀䞁目迄送っお行った。髪も結わず、米俵のような圢をしたたた。Miss Eden の手玙。早熟な機智にずんだ、それで居お英囜人らしい垞識的な点、䞀寞面癜し。䞀寞だが。\n\n四月二十二日 火\n 朝、野䞊さんから借りお来た Boyhood stories of Famous man を読んで居るず、思いがけなく湯浅さん来。少し話し、銀座ぞゆき資生堂でお茶をのんでから、日比谷にゆく。ゆっくり散歩し、沢山歩き、六時頃かえる。愉快であった。あの人ず居るず、すっかり芋栄がなくなり、ぜくりずした自分むき出しになれる楜しさ。\n た぀江居るこずにきたる。day's から本が来る。サッカレヌの曞簡集、面癜し。\n\n四月二十䞉日 æ°Ž\n この頃、仕事がすんでただやっず五日ばかりだが、又、去幎のように、苊しくなりかけお来た。困ったもの。呚期的に来るのか。原因が絶滅しないのだから䞀面、無理ないず思われ、自分の怯懊や小悧※(りっしんべん+å·§)さの眪ずも思われる。\n\n四月二十八日 月\n 湯浅さんず鎌倉ぞ行く。\n\n五月五日 月\n 午前䞭に荷䜜りをしお、送り出し、午埌二時頃いそいで湯浅さんのずころにゆく。行っおやっずのびのびし、倜の埡飯を䞋のせたい䞉畳でたべ、䞇䞖迄送るず云っお圌女が来たが二人ずも離れかねお須田町たでゆき、私はそこから林町に行く。母䞊、荷も぀ばかり来たのに圓人が来ない、どうしたこずかず頻りに心配しお居られた。\n\n五月六日 火\n 午前䞭、野䞊氏のずころに出かける。臌川氏の生埒で非垞によく出来たのが海に入っお自殺したず云っお圌生子氏泣いお居られた。遺曞のハガキは平静で Swinburne の海の詩が曞いおあった。山本実圊に䌚う。小男、事業家的の顔。孊術、芞術の理解にはちっずも暙準を持たず、しきりに「泣く」情緒にテンメンずしお居た。䟋えば、アむンシュタむンず離れるずき、私は泣きたしたよ、ず云う颚に。『改造』はあの男の山気だけであの䜍になっお居るのだろう。\n おひるを埡銳走になり、四時頃、湯浅氏を愛囜婊人䌚に蚪ね、凮月でお倕飯をたべ、東掋キネマにゆき、芳川に䌚う。かえりに又凮月でお茶をのみ、ずっず九段䞊迄歩いお、湯浅さん、家のすぐ前たで送っお来おくれた。うちにお泊りなさいず云うのにきかず。\n\n五月八日 朚\n びしょびしょ雚が降るが、圓分わかれお居るのだからず思い、囜男ず二人で十字やぞゆき、資生堂でお茶をのみ、囜男は芝ぞ、自分は林町にかえる。倜、父䞊、「クォ・ノァディス」を芋お来たず云っおおそく垰宅、おみやげのお菓子をたべながらおそく迄愉快に喋った。父ず母ずが睊しく喋っお居るのを芋るず悊しく、な぀かしい。\n○『読売』ぞ二枚半ばかりの感想を送る。\n\n五月九日 金\n 䞀時の急行で安積に来る。祖母䞊同䌎、曇キミの倩気であったのが、宇郜宮すぎおひどい颚雚になり、郡山に六時に぀いたら、仕様のない暎颚雚。俥にホロがかけられず、矜織を匕かぶっお家に蟿り぀く。久しぶりで芋た人々、実にキノ子のよう。心、智の閃きなく、歀那ずころに䞀幎居たらどうなるかず思う。\n\n五月十日 土\n 二の間の隅に叀本箱や䜕かを持ち出しお、䞊に、元祖父の䜿甚された机をのせ、卓子を䜜る。ゎタゎタ本は、四角い楠の机にのせ、家らしい暖みを䜜るために、持っお来たメリンスの垃を坐垃団にかぶせる。お里さん結婚する由。午埌、湯浅、野䞊䞡氏あおに手玙を曞く。\n\n五月十䞀日 日\n 母䞊よりの手玙。圌女らしい激情によっお曞かれたものだが、母の愛が身にしみ、涙が危くこがれそうになった。返事を曞く\n\n五月十二日 月 晎。\n 颚はかなり鎮ったが䞀向倩気がはっきりせず。午前䞭郡山に買いものにゆき、かえっおから、ケヌベルの続小品集をよむ。阿郚次郎ではない。所々ぬきがきす。\n 祖母のあわれさ。圌女の頭の䞭を芋たら、い぀も実に沢山の台所道具ず、叀い䞍快な蚘憶が、それこそワラワラ出お来るだろう。\n 次にかかる仕事に぀いお考える。今床のものにはどうかしお、黎明的な予蚀の光を加えたい。埒に颚俗心の描写はいやだ。\n\n◎五月十八日 日\n 新しい仕事にかかる。題未定。4枚\n\n五月十九日 月\n 仕事、六枚\n\n五月二十日 火\n 〃 六枚\n\n五月二十䞀日 æ°Ž\n 〃 四枚\n\n五月二十䞉日 金\n 高楠先生ぞの原皿送り出す。九枚。\n\n五月二十四日 土\n 郡山にゆく。\n\n五月二十五日 日\n 仕事、六枚。\n\n五月二十䞃日 火\n 今日で䞀段がすむ。40枚\n\n五月二十八日 æ°Ž\n きょうは湯浅さんの来る日、少しあやしかった倩候が倕方になっお、匷颚雚になったので、郡山で泊っおもよい芚悟で、仕床をしお出る。六時十䞉分の急行で着。かえりに、山本やずかいう家で倕飯をすたせ、䞀寞九時頃開成山に来る。倜になっおから颚やみうれし。圌女を迎える仕床に朝から゜りゞやフトンの䞖話をしたので぀かれ、二人ずも倜割合早くねむる。\n\n五月二十九日 火\n 雚はやんだが、颚がひどい。䞀日うちに居お庭の草原にころがったり、あの人はひるねをしたり、私は䞀寞本をよんだりしお喋る。午埌、圌女が、私の怅子をのばし、毛垃をかけお眠りそうにした顔を芋たら、異様に激しい感情が起り顔にずび぀いお kiss したく感じた。圌女毛垃を頭からかぶっおしたう。倜、二人ずも四時近く迄話した――私が午埌感じた感じ、それを圌女も感じた、その impulse はリヌベか、単な friendship かずいうこず。圌女は、そういう感情の衚珟は、決しおリヌベでなくおはなく、自分はそう云うのは、ただ激しい芪愛の expression で性的の差別は、埌から第二次的に珟れたものだず云っお。然し圌女が、それをそういう颚にしかずらず、又、同性のリヌベが、圌女にずっおリヌベの whole であるのをきき――圌女にそういうやや倉䜓的のずころのあるのをきき――自分はそういう impulse にたかされなかったこずを悊んだ。\n○池の呚りを歩いたり、倧神宮に行ったりする。圌女の顔を芋お居るず、ひどく苊しい時がある。きのう感じた通りの impulse を感じお。そしお、それを自然にあらわされないこずに぀いお。\n 私共の友情はひどく耇雑だ。そしお passionate だ。圌女にそういう倉った点があり、自分が感受性の぀よいため、そしお始めから圌女にひどく奜きさ、傟倒を感じお居た故か。淡癜たる心持でない。自分に友情ず混っおリヌベ的なもののあるのを承認しずに居られなくなった。圌女は、こちらに来る前から、それを感じお居た由。圌女は、私より぀よく、正盎で、女らしい枅さを现かに働すぎる頭で皮肉に珟しお居る。明日の午埌圌女がかえるのかず思うず堪らず、私は自分の熱情に負けおしたった。\n\n六月䞀日 日" }, { "role": "assistant", "content": " かなり静かな――私は自分の感情を或皋床迄珟わすゆずりを埗たので――気持で、いろいろ話す。四時の汜車でかえる。ひどく、寂しく、党く愛人を去らせたような寂しさを感じ、よる、圌女が東京に぀く迄起きお居た。\n\n六月二日 月\n ひどい雚ず颚。圌女は、雚ず颚ずをい぀も前埌に぀れお珟れる。ひどく粟神的に぀かれお居たず芋え、午埌䞀時迄眠った。すっかり郚屋を片づけ、仕事にかかるようにした。が、朝こじれたし、心持がただ本圓に萜぀かず今日はやすみ。ハンケチを掗い、髪の結い方をかえた。すっかり顔、生えぎわを珟したやや若々しい颚に。\n 考え、圌女より自分が匱く、嘘に満ちお居るこずを悲しく考える。そしお、Aずのいきさ぀が殆ど救いがたいものになったのも、私の怯懊に責任があるず思い、Fのこずをすっかり曞いお手玙を出した。ひどく苊しく、圌女に䌚わずにすたされない心持になり、明日朝、手玙の぀く予枬で急行で行くこずにする。\n キモノがないので、高村の婆さんにそめなおしの袷を単衣になおしお貰った。倜、よく眠れず。圌女のこずを思うず、胞がせたった。\n〔欄倖に〕Aに別々に生掻したい垌望を曞いた。\n\n六月四日 æ°Ž\n 汜車で蚈らず Bacheler に䌚い、林町に行かずにすたないこずになった。圌女のずころにだけ行きたいず思っお居たのに。――汜車でも、圌女が若し手玙をよんだら迎えに来おくれるず信じるが、どうも圓おにならず。改札口に出おも圌女の顔がなく、倱望し寥しく少し頭を䞋げお出お来たら、人波の䞭から、ひょいず圌女が、亢奮した顔を出した。うれし。うれし。圌女のすべおから、自分は自分の心持の承認を感じた。小さな自動車で牛蟌の家にゆく。私は安心! のびやかな悊しさを感じた。倜、圌女 Lesbian love の或堎合を話し、自分愕きを感じ、圌女の自己嫌厭の或理由を理解した。\n\n六月五日 朚\n 自分の圌女に察するこの傟倒! 倜、林町にやむを埗ずバチェラヌの来たこずを告げ、6日の午埌家に来る由を知らせたら、母䞊、電話で、(劙なこずがあるよ、荒朚は青山に居ないよ)ず云われる。ひどく奇怪な、疑いに満ちた調子なので自分は䞀皮恥しめられたようなショックを感じた。きいお芋るず、荒朚安積にゆき、私にい぀かえるかずいう電報を出した由。是非今倜来い、ず云われる。ひどく疑っお。やむを埗ず、肎町たで二人で行く、私だけ自動車で十時すぎかえる。たたらない気がした。自分が圌女に感じるのは、実際おだやかな、のどかな友愛を越した烈しいものがある。\n\n六月六日 金\n 朝、電話、荒朚。圌の声をきき䞍快を感じた、い぀かえるかずいうのに気のない返事をしたら“其那にいそがしければ、すきな時被来い”ず云っお切った。埌浜䞭氏電話。又あずから荒朚。いやいや。バチェラヌが来たずき、四時になるので、湯浅さんのずころに電話をかけ、野䞊さんの行き䞀寞よっお貰う。激情的にならずにわかれるのに努力した。九時頃、囜男さんの drive で青山にかえる。\n 私の顔を芋るず、A“do you still love me?”ずいっお激しく、激しく泣き出した。恐ろしく感じたのは、私が䞀緒に泣けないこずだ。気の毒に蟛く感じるが、はっず䞀緒に泣けない。A、金曜日から孊校をやすみ、私の申出した問題を定めようず安積に行ったのだそうだ。䞀日そのこずに぀いお話し、幟床も繰返したこずだから、もうやめ、はっきり決心しろ、ずAひどく迫る。圌自身で料理し、私に食べさせおは、すむず、そのこずをいう。実にうんざりし、私は、もう別れるしかないず腹をきめた。A、泣き乍ら、鳥かごを開いお、鳥を攟ち、実際的の家財凊理に぀いお盞談する。いくら話しおも、私は圌の蚀葉から安心するよりどころを掎めないので、絶望しお、巊様ならずしたが、いよいよずなるず、のこり惜しく、息が぀たる皋泣きだしおしたった。そしお、䞀皮の反動、疲劎から来た無気力で和解しおしたった。\n\n六月九日 月\n 朝、前の空屋を芋、それにきめお匕越しをするずし、午埌湯浅さんのずころにゆく。十二時頃行くず云ったのでせき、北町の坂をのがる䞭途で、電話をかけに来た湯浅さんに䌚い、私は知らずに(今日はたるでさわぎ、匕越しず䞀どきで)ず云った。私は浅間しいこずに、これが自分のどんな性栌を暎露しお居るか、たるで心づかず、倕飯を川鉄でたべ、九段からずっず廻っお家たで散歩しお来、倜レコヌドで日本音楜をきき、いい心持で、睊しく、(ただ圌女の心の苊しさを感ぜず!)眠った。朝、圌女にその点を぀かれ、䜕ずも云えない気持がした。匱く、目がくらみ、その䞊、圌女に誠意を欠いた心持が底にあった為、圌女に察しおは、実に高飛車な、圌女の感情その他を無芖した態床であったこずを、云いようなく苊しんだ。苊しいのは、そんな図倪いたねを平然ずやる自分の図倪さ、たるで気の぀かなかった根性を恥しく、恥しく䞍安でやり切れなくなっお来たのである。\n 林町ぞかえる家の前たで湯浅さん送っお来おくれた。圌女の真心が自分のふわふわした感情に苊しい鞭ずなる。有難く恐ろしい。恐ろしいのは自分が歀那に或点ダラクしお居るかず思うからだ。\n 倜九時に父䞊山圢行を䞀緒にず云うこずづおを持っお小南来、ゆく。父䞊䞃時の為、自分のこる。\n\n六月十䞀日 æ°Ž\n 昚晩、倕飯をたべお居るず、Aが家をやめお、ず云った電報を芋お来。自分は快く新しい家に入る気にならないのを説明したら、圌は、(それではもう決った、やはり先ず同じだ)ず怅子をけたおるようにしお垭を立ち、母䞊のずころに行っお䜕か話し、かえり、今朝、ただ寝お居るずころに来お、私に kiss した。いやで、十二時迄ね、起きるずすぐ仕床をしお䞊野に来る。A、ス゚子ず䞀緒に来る。圌の倉曎の真意もわからず陰気な心で安積に来る。皆が早速、五日に荒朚がムダ足したこずを話す。同情されたき男!\n\n六月十二日 朚\n 父䞊、山圢からの垰途開成山によられる。自分はただ苊しい心持が鎮っお居ないので、今日はカンシャクを起しやすい mood にあった。父䞊の顔を芋たらそれでも気が倉り、少し浮ばれた。\n\n六月十䞉日 金\n 父䞊䞀日開成山に滞圚。父ずここに萜ち合ったのは実に珍しく、い぀か十䞀二の頃、二人で来たこずがあったきりのようだ。雚䞊りのひどい道を構わず、祖父の墓詣りをし、ずっず䞉階のわきから父䞊だけ立岩により倧神宮から池を䞀たわりした。いろいろ話し、実に愉快であった。父䞊は私の company を本圓によろこぶように芋え、子䟛時代の話がしきりに出た。こちらに来る前埌Aずした論刀に぀いお話す気がしなかった皋、こだわりなく晎れやかで、䌑安的であった。湯浅さんに手玙を曞く。\n\n六月十四日 土\n 父䞊垰京。郡山の途䞭たで送り、かえりにお貞さんのずころによる。YずAに長い手玙。\n\n六月十五日 日\n 今日、湯浅さん京郜ぞ立぀日、十䞉日の倜曞いた長い恐ろしい手玙着。自分はその返事に䞀日を費した。自分の心持に或る芯が出来、静になった。\n\n六月十六日 月\n けさ、湯浅さんから、いい、いい手玙を貰い、自分の心も䞀局公平になり、萜付き、仕事に向いお来た。\n 自分の生掻の批刀の焊点も出来たので、いよいよ自分の恋愛の抑〻から曞く決心をした。\n 圌女も云う通り、自分が䞀時の感情に眩むずころ、而も実に空想的であるこずが、珟実生掻の倱敗ずなる。Aも亊Aで、それを芳砎できない、又自分も芳察出来ないみじめさ、頭の足りなさ。圌のために気の毒なたわり合わせ、ずいう気がする。圌の感傷的な男らしくない点ず、私の空想のコマが合った圢だ。圌の感傷ず無思慮ハぬけない。私の方は発育する。そこで悲劇が起る。倧䜓の骚組みを䜜った。\n\n六月十䞃日 火\n 長い、幟幎か埅っお居た仕事に着手。私のすべきこずは、いそがず、興にのりすぎず曞くこずだ。二枚半。\n\n六月十八日 æ°Ž\n 䞃枚。\n\n六月十九日 朚\n 䞃枚。\n\n六月二十日 金\n 五枚。\n\n六月二十䞀日 土\n 五枚。\n\n六月二十二日 日\n 五枚。\n\n六月二十䞉日 月\n 六枚。\n\n六月二十四日 火\n 四枚半。\n\n六月二十五日 æ°Ž\n 䌑み。\n\n六月二十六日 朚\n 䞃枚\n\n六月二十䞃日 金\n 䞃枚\n\n六月二十八日 土\n 䌑み\n\n六月二十九日 日\n 10枚\n\n○䞃月二十二日 火\n 母䞊、英、ス゚ず入れかわりに、自分祖母䞊ず林町にかえる。すぐAを呌び、父䞊にどう話したのか、(y)ず私ずのこずを、きくため、垝囜ホテルで䞉人食事をする。かえりに青山に行く。\n\n○䞃月二十䞉日 æ°Ž\n 十時すぎ、゚む青山に車を持っお廻る。すぐ牛蟌に行っお芋たが、䞍圚、䌚に行き、十分ほど埅っおさそい、䞀緒に林町に来る。倕方、父䞊の迎の時間たで話し、牛蟌に送り、自分事務所に行った。きたないスキダのたた行ったらフランスからかえっお始めお䞭村氏に䌚う。林町ではどうしおも萜付かず、西掋間の怅子や䜕か箇々のものがいやに存圚を䞻匵しお居るような感じがされた。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "僧䞀 ごもっずものようではありたすが、あなたはあたり神経質にお考えあそばしたす。あなたは恋をすなず犁じられなかったたでのこずです。恋をせよ。こずに遊女ず隠れ遊びをせよずすすめられたのではありたせん。唯円殿が自分の郜合のいいように勝手に解釈したのです。善鞞様の事に぀いお私は䜕も申し䞊げるこずはありたせん。あなたの関係あそばしたこずではなし。唯円殿があなたに内緒で行ったのですもの。\n芪鞞 そうばかりも考えられなくおな。\n僧二 あなたのようにおっしゃれば䜕もかも皆自分の責めになっおしたいたす。\n芪鞞 たいおいのこずは、よくしらべおみるず自分に責めのあるものだよ。「䞉界に䞀人の眪人でもあればこずごずく自分の責めである」ずおっしゃった聖者もある。聖者ずは眪の感じの人䞊みすぐれお深い人のこずを蚀うのだよ。(間)私が悪い、善鞞はこずによくない。ほんずに人を傷぀けるようにできおいるふしあわせな生たれ぀きだ。\n僧䞉 では唯円殿には眪がないように聞こえたす。\n芪鞞 唯円も悪いのだよ。悪いずいう偎から蚀えば皆わるいのだよ。無理はないずいう偎から蚀えばだれも無理はないのだよ。みな悪魔のしわざだよ。どのような眪にでも蚀い分けはあるものだ。どのような眪も皆業ずいふ悪魔がさせるのだからな。そちらから蚀えば私たちの責任では無いのだ。けれど蚀い分けをしおはいけない。自分ず他人ずをなやたすのは皆悪いこずだ。唯円もたしかに悪い。呚囲の平和を乱しおいる。自分の魂の安息をこわしおいる。\n僧䞀 それはたしかに悪うございたすずも。あれほど恩遇を受けおいるお垫匠様のお心を傷めた぀るこずだけでも容易ならぬ事である。私たちの心配、若い匟子衆の激昂、お寺の平和ず嚁厳をそこのうおいたす。私の考えでは事は唯円殿の䞀身から生じおいるず思いたす。埓っお唯円殿の心がけ䞀぀でお寺の平和ず秩序ずは回埩できる。たたあの人はそうする矩務があるず思いたす。しかるに唯円殿は私たちの理を尜くしおの意芋も甚いず、今の身持ちをあらためる気はないず宣蚀したした。理䞍尜ではありたせんか。あた぀さえ私たち長者に向かっお非難の口気を瀺したした。善鞞様埡䞊掛のみぎりにも、私は間違いがあっおはならないず思っお幟床あの人を戒めたか知れたせん。私を軜く芋おいたす。私はこれたで倚くの匟子衆をあずかりたしたが、あの人のようなのは初めおです。\n芪鞞 (黙然ずしお考えおいる)\n僧二 いや。たしかに䞊を䟮る傲慢な態床でしたよ。あれでは氞蓮殿の埡立腹は決しお無理はないず思いたす。\n僧䞉 お垫匠様の袖にかくれお自分の眪を掩おうずするのは最もいけないず思いたした。\n芪鞞 日ごろおずなしいたちだがな。\n僧二 そのおずなしいのがくせものですよ。小さな悪魔はしばしばみめよき容をしおいたすからな。おそれながら、お垫匠様は唯円殿を信じ過ぎおいらっしゃいたせんでしょうか。(躊躇し぀぀)寵愛があたるず申しおいるお匟子たちもございたす。\n芪鞞 しかしだれでもあやたちずいうものはあるものだからな。\n僧䞀 (䞍服そうに)しかしそのあやたちは悔い改められなくおはなりたせん。唯円殿はそのあやたちを悔いないのみか、それを重ねお行く、それも意識的にそうする、それを宣蚀する――たったく私は堪えられたせん。私は今日たで長い間お寺のために働いお来たした。幞いに圓流は今日の繁盛をきたしたした。だがもう法の嚁力は衰えかけお来たした。嘆かわしいこずでございたす。私はもうお匟子衆をしずめる嚁厳を倱いたした。唯円殿ず䞀぀お寺に䜏むこずを私は恥ず思いたす。唯円殿がお寺にいるなら、私はお暇をねがいたす。(涙ぐむ)\n芪鞞 (あわれむように僧䞀を芋る)お前はお寺を出おはいけたせん。お前がどれほど寺のために働いたか私はよく知っおいたす。お前は私ず今日たで蟛苊をずもにしお来おくれた。この埌もい぀たでも私を助けおおくれ。\n僧䞀 私はい぀たでも寺にいたいのです。\n僧二 では唯円殿はお寺を出るのですね。\n僧䞉 それは無論の事ではありたせんか。\n芪鞞 唯円も寺を出すこずはできたせん。\n\n䞉人の僧芪鞞を芋る。\n\n芪鞞 お前たちのいうのは぀たり唯円は悪人だから寺から出せずいうのだろう。私は悪人ならなおさら寺から出せないず思うのだ。私やお前たちの愛の守りのなかにいおさえ悪い唯円を、䞖の䞭の冷たい人の間に攟ったらどうだろう。だんだん悪くなるばかりではないか。䞖の人を傷぀けないだろうか。悪いずいうこずは初めから知れおいるのだよ。どこに悪くない人間がいる。皆悪いのだよ。ほかの事ならずもかくも悪いからずいうのは理由にならない。少なくずもこのお寺では。このお寺には悪人ばかりいるはずだ。この寺がほかの寺ず違うのはそこではなかったか。仏様のお慈悲は眪人ずしおの私たちの䞊に雚ずふるのだ。みなよく知っおいるはずじゃ。あたり知りすぎお忘れるのじゃ。な。氞蓮。お前ずこの寺を初めお興したずきの事を芚えおいるか。\n僧䞀 よく芚えおいたす。\n芪鞞 私はあのころの事が忘れられない。創立者の喜びで私たちの胞はふるえおいたっけね。お前のおかげで道俗の喜捚は集たった。この地を卜したのもお前だった。\n僧䞀 棟䞊げの日のうれしかったこず。\n芪鞞 あの時私ずお前ず仏様の前にひざたずいお五぀の綱領を定めたね。その第䞀は䜕だった。\n僧䞀 「私たちはあしき人間である」でございたした。\n芪鞞 そのずおりだ。そしお第二は?\n僧䞀 「他人を裁かぬ」でございたした。\n芪鞞 その綱領で今床のこずも決めおくれ。善いずか悪いずかいうこずはなかなか定められるものではない。それは仏様の知恵で初めおわかるこずだよ。芪鞞は善悪の二字総じおもお存知せぬのじゃ。若い唯円が悪ければ仏様がお裁きなさるだろう。\n僧䞀 (沈黙しお銖をたれる)\n僧二 でもあたりの事でございたす。\n芪鞞 裁かずに赊さねばいけないのだ。ちょうどお前が仏様にゆるしおいただいおいるようにな。どのような悪を働きかけられおも、それをゆるさねばならない。もし鬌が来おお前の子をお前の目の前でなぶり殺しにしたずしおも、その鬌をゆるさねばならぬのじゃ。その鬌を呪えばお前の眪になる。眪の䟡は死じゃ。いかなる小さな眪を犯しおも魂は地獄に堕ちねばならぬ。人に悪を働きかけるこずの悪いのは、その盞手をも倚くの堎合ずもに裁きにあずからせるからじゃ。お前は唯円を呪わなかったろうか。お前の魂は眪から自由であったろうか。ゆるしおおやり、ゆるしおおやり。\n僧䞉 あの堎合私たちが少しも怒らずにいられたろうか。あの傲慢ずあのわがたたず、そしおあの䟮蟱を――\n芪鞞 無理はないのだよ。だがそれはよくはなかった。どのような堎合でも怒るのはいけない。お前たちは確かに少しも怒りを発せずにゆるすべきであったのだ。だがだれにそれができよう。ねがわくばその怒りに身を任すな。火をゆるがせにすればじきに広がる。目を぀ぶれ。目を぀ぶれ。向こうの善悪を裁くな。そしおただ「なむあみだぶ぀」ずのみ蚀え。\n僧二 それはずいぶん぀らいこずでございたす。\n芪鞞 ぀らいけれどいちばん尊いこずなのだ。たたいちばん慧いこずなのだ。䜕事もなむあみだぶ぀だよ。(手を合わせお芋せる)\n僧䞀 やはり私が間違っおいたした。唯円殿はどのようにあろうずも、私ずしおはゆるすのがほんずうでした。いくら苊しくおも。知らぬ間に我慢の角が出おいたした。\n芪鞞 ゆるしおやっおおくれ。\n僧䞀 はい。(涙ぐむ)\n僧二 私はもう䜕も申したせん。\n僧䞉 私もゆるしたす。" }, { "role": "assistant", "content": "芪鞞 それを聞いお私は安心した。皆ゆるし合っお仲よく暮らすこずだよ。人間は皆䞍幞なのだからな。皆墓堎に行くのだからな。あの時ゆるしおおけばよかったず埌悔するようなこずのないようにしおおくこずだよ。悪魔が悪いのだよ。人間は皆仏の子だ。悪魔は仏の子に隙を芋おは呪いの霊を吹きこむからな。それに打ちか぀にはゆるしがあるばかりだ。裁きだすず限りがなくなる。祈るこずだよ。心の平和が第䞀じゃ。\n僧䞀 ほんにさようでございたす。ののしったあずの心はさびしいものでございたすね。私は腹を立おおいる時より、ゆるした今の心持ちが勝利のような気がいたしたす。\n芪鞞 そうずも。そうずも。人間の心にもし浄土のおもかげがあるならば、それはたさしくゆるした時の心の盞であろう。\n僧二 しお唯円殿をばどのように埡凊眮あそばす぀もりですか。\n芪鞞 唯円には私がよく申しきかせたす。だがね、お前たちの心が解けた今だから蚀うのだが、お前たちの考えにも狭いずころがあるようだよ。たずえば、かえでずやら申す遊女の運呜のこずをお前たちは考えおやったかね。ただ卑しい女ず蚀っお振り捚おおしたえばいいずいうわけのものではない。今床の出来事のうちでいちばん䞍幞な人間はその女だろう。法然様がある時宀の宿にお泊たりあそばしたずき、䞀人の遊女が道をたずねお来たこずがある。そのずき法然様はどんなにねんごろに法を説き聞かせなすったろう。その遊女は涙をこがしお喜んで垰った。たたお釈迊様の䞀人のお匟子が遊女に恋慕されたこずがあった。その時お釈迊様はその遊女を尌にしおしたわれたずいう話もある。仏瞁ずいうものは䞍思議なものだ。その遊女のためにも考えおやらねばならない。唯円ず遊女ずの運呜のために祈っおやらねばならない。皆しおよく祈っお考えおみたしょう。よいかね。私はここではお前たちの偎ばかり蚀うのだよ。唯円には唯円でよく諭しきかせたす。これから、お前たちはここをさがっお、唯円を呌んで来おくれないか。\n僧䞀 かしこたりたした。すぐに呌んで参りたしょう。\n僧二 私たちはよく祈っお考えおみなくおはなりたせん。\n僧䞉 では倱瀌いたしたす。お心を傷めお盞すみたせんでした。\n芪鞞 いいえ。よく聞き分けおくれおうれしく思いたす。\n\n僧䞉人退堎。\n\n芪鞞 (ため息を぀く)いずしい匟子たち! みんなそれぞれの悩みを持っおいるのだ。だれを芋おもあわれな気がする。(間)私のか぀お通っお来た道を、今は唯円が歩んでいる。おが぀かない足どりで。ため息を぀きながら。(間)長く倢を芋させおやりたい。だがどうせ醒めずにはおかないのだ。(瞁さきに出る。重たそうに咲き満ちた桜の花を芋る)よう咲いたなあ。(間。遠くのほうで静かに蛙が鳎いおいる。考える)ほんに昔のむかしのこずだ。(远想に沈む)\n唯円 (登堎。芪鞞を芋るず、ひざたずいお泣く)\n芪鞞 (そばに寄り背をたたく)唯円、泣くな。私はたいおい察しおいる。き぀くしかりはしない。お前が自分を責めおいるのを知っおいるから............\n唯円 私はかくしおいたした。たびたびお垫匠様にうそを申したした。私はどうしたしょう。どうでもしおください。どのような眰でも芚悟しおいたす。それに盞圓しおいたす。\n芪鞞 私はお前を裁く気はない。お前のために、お前の眪のために、ずりなしの祈りを仏様にささげおいる。\n唯円 私を責めおください。鞭打っおください。\n芪鞞 仏さたはゆるしおくださるだろう。\n唯円 すみたせん、すみたせん。\n芪鞞 そのすたぬずいうこころを、ありがたいずいう心に、ふかめおくれ。\n唯円 氞蓮様が、さっき本堂で氞蓮様が(新しく涙をこがす)私の手をお握りあそばしお、ゆるしおくれずおっしゃいたした。私はたたらなくなりたした。私はあのかたをお恚み申しおいたのですもの。\n芪鞞 あれは埋矩な、いい老人じゃ。\n唯円 私は空おそろしいような気がいたしたす。私のために皆様の平和がみだれるのですもの。けれどなんずいうこずでしょう。私は氞蓮様のお心をやすめるこずができないのです。氞蓮様は涙ぐんで私をじっず芋おいらっしゃいたした。ひず぀の倧切なこずを私が保蚌するのを埅぀ために。けれど私は、和解ずゆるしを求めるこころで、き぀くその手を握り返しただけで、倧切なこずを蚀わずにしたいたした。......私にはできないのです。\n芪鞞 それもみなで祈っおきめなくおはならないこずだ。たあ心を静かにするがよい。(間。唯円をしみじみ芋る)お前はや぀れたな。\n唯円 眠られぬ倜が぀づきたした。こころはい぀も重荷を負うおいるようでございたす。\n芪鞞 恋の重荷をな。だが、その重荷も仏さたにおたかせ申さねばならぬのじゃ。その恋の成るずならぬずは、私事ではきたらぬものじゃ。\n唯円 この恋のかなわぬこずがありたしょうか。この私のたごころが。いえいえ、私はそのようなこずは考えられたせぬ。あめ぀ちがくずれおも二人の恋はかわるたいず、私たちは、いくたび、かたく誓ったこずでしょう。\n芪鞞 幟千代かけおかわるたいずな。あすをも知らぬ身をもっお!(熱誠こめお)人間は誓うこずはできないのだよ。(庭をさしお)この満開の桜の花が、倜わのあらしに散らない事をだれが保蚌するこずができよう? たた仏さたのみゆるしなくば、䞀ひらの花びらも地に萜ちるこずはないのだ。䞉界の䞭に、か぀起こり、か぀滅びる䞀切の出来事はみな仏様の知ろしめしたもうのだ。恋でもそのずおりじゃ。倚くの男女の恋のうちで、ただゆるされた恋のみが成就するのじゃ。そのほかの人々はみな倱恋の苊いさかずきをのむのじゃ。\n唯円 (おののく)それはあたりにおそろしい。では私の恋はどうなるのでしょう?\n芪鞞 なるかもしらぬ、ならぬかもしれぬ。先のこずは人間にはわからぬのじゃ。\n唯円 ならさずにおくものか。いのちにかけおも。\n芪鞞 数知れぬ、恋する人々が昔から、そう誓った。そしお運呜に向かっおか匱いかいなをふるった。そしお地に倒された。倚くのふしあわせな人々がそのようにしお墓堎に眠っおいる。\n唯円 たすけおください。\n芪鞞 私はお前のために祈る。お前の恋のたどかなれかしず。これ以䞊のこずは人間の領分を越えるのだ。お前もただ祈れ。瞁あらば二人を結びたたえずな。決しお誓っおはならない。それは仏の領土を䟵すおそろしい間違いだ。けれど間違いもたた、報いから免れるこずはできないのだ。\n唯円 もし瞁が無かったら?\n芪鞞 結ばれるこずはできない。\n唯円 そのようなこずは考えられたせん。私は堪えられたせん。䞍合理な気がいたしたす。\n芪鞞 仏様の知恵でそれをよしず芋られたら合理的なのだよ。぀くられたものは、぀くり䞻の蚈画のなかに自分の運呜を芋いださねばならぬのだ。その心をたかすずいうのだ。垰䟝ずいうのだ。陶噚垫は土くれをもっお、䞀の土偶を矎しく、䞀の土偶を醜く぀くらないであろうか?\n唯円 人間のねがいず運呜ずは互いに芋知らぬ人のように無関係なのでしょうか。いや、それは倚くの堎合むしろ暎君ず犠牲者ずのような残酷な関係なのでしょうか。「かくありたし」ずの垌望を、「かく定められおいる」ずの運呜が蹂躙しおしたうのでしょうか。どのような玔な、人間らしい、願いでも。\n芪鞞 そこに祈りがある。願いずさだめずを内面的に぀なぐものは祈りだよ。祈りは運呜を呌びさたすのだ。運呜を創り出すず蚀っおもいい。法蔵比䞘の超䞖の祈りは地獄に審刀されおいた人間の運呜を、極楜に決定せられた運呜にかえたではないか。「仏様み心ならば二人を結びたたえ」ずの祈りが、仏の耳に入り、心を動かせばお前たちの運呜になるのだ。それを祈りがきかれたずいうのだ。そこに埮劙な祈りの応隓があるのだ。\n唯円 (飛び䞊がる)私は祈りたす。私は䞀心こめお祈りたす。祈りで運呜を呌びさたしたす。\n芪鞞 祈りの内には深い実践的の心持ちがある。いや、実行のいちばん深いものが祈祷だよ。恋のために祈るずは、真実に恋をするこずにほかならない。お前は今䜕よりもお前の祈祷を聖いものにしなくおはならない。蚀いかえればお前の恋を仏のみ心にかなうように浄めなくおはならない。\n唯円 あゝ、私は仏のみ心にかなう、聖い恋をしたい。お垫匠様どのような恋が聖い恋でございたすか。" } ]
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"\n青の぀た朱の五重の塔の今真闇なり鷺のしき啌き\n\n星月倜九茪の塔の空たかくうち透かし芋ればかよふすぢ雲\n\n朝露\n\n朝顔にたじるみどりのかもじぐさここらの墓の陰もうれしき\n\nこのあした露おびただしむきむきを穂に掻き垂れおゆらら犬蓌\n\nこの墓やゑのころぐさの穂は濡れおえんたこほろぎも露たみれなり\n\n秋ぐさ\n\n花に遊ぶ\n\nうゑたぜおしをりよろしき秋ぐさの花のさかりを芋お遊ぶなり\n\n曌珠沙華了る\n\n曌珠沙華茎立しろくなりにけりこの花むらも久しかりにし\n\n圌岞ばな今はおどろず巻鬚の朱もしらけたり長雚ふりにし\n\n月倜の庭\n\nよちよちず立ちあゆむ子が癜の垜月のひかりを揺りこがし぀぀\n\n朚蘭の濃き圱芋れば良倜や月のひかりは庭にあかりぬ\n\n竹柏の葉ず朚蘭の葉の圱亀し月は隣の家の䞊に来ぬ\n\n家竝の高きアンテナ月の倜は光りたさりぬ濡れにけらしも\n\n照る月の倜空にたよふあるかなき薄翅かげろふの尟は匕きにけり\n\n深曎月倜\n\n板瞁は月倜ふけ぀぀玻璃のかげ匕きおゐにけり光る幟線\n\n総玻璃のずのもの月倜ふけにけりしろくかびろく庭石は芋ゆ\n\n石の面に月の光は冷えはおお音ひず぀無しただにその圱\n\n月倜ふかし光しづもる朚々の間に矜虫かず思ふ圱のちら぀く\n\n裏うが぀月の光ずなりにけり黝き茂みのゆづり葉の垂り\n\n櫚玅葉\n\n䞀朚櫚いよよ照葉のこずごずに染み出来にけり櫚はその葉に\n\n芳぀぀あれば櫚の玅葉の䞀ひらちりたた二葉ちりぬ日の照る石に\n\n石のべの櫚の萜葉はよく掃きおたた眺め居り散りおたたるを\n\n櫚玅葉䞋照る土はしめやぎお垚目正しちる二葉䞉葉\n\nはらら散る櫚は萜葉ぞおもしろき衚火のごずく裏べ寂びたる\n\n石のべに櫚の萜葉を吹きためおはららきし颚も止みゐたりける\n\n玅葉に籠る\n\n\n\n\n立襖は金泥をちらし、桔梗・薄・女郎花などを肉筆にお描きたり。\n\n\n\n\n立襖もみぢにあかる倕の間を籠らふふかき日ざしなりける\n\nIV・冬ず緑青\n\n初冬の庭\n\n色鳥\n\n菩提暹の萜぀る葉早し尟を曳きおめづらに぀どふ色鳥の圱\n\n刈りこみお\n\n吟庭はみ冬ちかきに刈りこみお躑躅のほそり目に立ちにけり\n\n空寒し今は葉も無き菩提暹の朚膚かぐろく䌐口のいろ\n\n萜葉のあず\n\nひえびえし冬の日ざしずなりにける土に萜葉の光れる芋れば\n\nかぞるでの枝こたごたずありにけり葉なみふるひお今はしづけさ\n\n冬の怎\n\nたれたれに怎の葉にも぀たたり日も照りはかぞさず冷えたさるらし\n\n怎の葉に冬の日のあるほどほどはうれしき珠数の珠も磚るなり\n\n氷雚の頃\n\n錊朚の時雚玅葉ずなりにけりふりみふらずみ日にくすみ぀぀\n\n冬青の葉に走る氷雚の音聎けば日のくれぐれはよく匟くなり\n\n冬に入る菊\n\n目にたちお菊は癜けど眮く霜のむらさきの凍み光こもれり\n\n菊の銙のこもりおぬくき冬日向蒲団の綿はゆたにうち぀぀\n\n冬日向\n\n墓原の空地に繁きゑのこぐさ子ら螏み荒らし地膚すら出぀\n\n墓地裏も集ふ子䟛の圱さむき冬の薄日の照りずなりにき\n\n墓地裏に隒ぐ子䟛のこゑきけばおほに柱めり霙かも来む\n\n冬朚\n\n朝しぐれ塔の庇のあをあをず朚立はづれに芋えお寒けさ\n\n向う墓地冬朚したしくなりにけりこちごちの靄は萜葉焚くなり\n\n䞊光るけだし抎の也葉ならむこたごたず溝をふりうづめたる\n\n凍土になにか萜葉の二葉䞉葉朝早き颚にそそ走り぀぀\n\n冬の倜の雚\n\n冬の雚の石にひびかふ墓地の闇母ず来る子は歩みずどめず\n\n墓原を垰り来る子のこゑきけば氷雚すさたじくふり乱るらし\n\nをさな児は軍歌うたひおいさぎよし倖套に靎に氷雚はじき来る\n\n寒月\n\n枯枝に癜銀かがる月の倜は光ほそうしお冱えにけるかな\n\n霜の庭隈\n\n霜の凍みいたもきびしき土のうぞに南倩の玅葉はらら散りたる\n\n把の実黝ずむ芳れば袖垣の結ひ目も凍みぬ霜の気に立ち\n\n霜ず南倩\n\n墓原の花すおどころ霜ふかし぀くづくず今朝は我もきびしき\n\n霜ふかき花すおどころ目に぀きお南倩の実は鈎の赀玉\n\n山茶花咲く\n\n山茶花の最寄りの日向しづけくおたたたた来れば子ら぀どひけり\n\n童どち足螏し぀぀ただ小さし山茶花あかく咲きにけるかな\n\n朎の実凝る\n\nたかだかず冬朚の朱実垂りにけりきびしくも凍むか向ひ墓原\n\n寒の靄\n\n暮の靄子が背嚢の毛に凍みおしろく粒だ぀寒到りけり\n\n冬朚原寒の靄ごもり行き消ゆる人あし芋れば暮せたり぀぀\n\n暮れぎはの寒の靄かかる冬朚原倖套あかき子も来るなり\n\n冬すでに頬のみ燃え立぀雄の雉子の駈け走る芋れば日も぀たりけり\n\n瞁先\n\n石のべの玫蘭の莢に来お光る蜻蛉の翅も小さうなりにけり\n\n癜秋の墓にお二銖\n\nこの墓に凍み぀぀癜き山茶花の蕊あざやけき寒は来りぬ\n\n墓原の遅き月倜の石だたみ山茶花ちらし止む旋颚あり\n\n或る朝\n\n今朝も芋る閌䌜の氷のさやけくお子はたたきゆく墓石ごずに\n\n山茶花は末も぀がめど濃き玅の䞊凍くろし぀ひに開かず\n\n雪\n\nもんもりず雪ふり぀もる朝ただき知音の墓は求めお芪しさ\n\n雪は芳お早き朝逐をたおたおず朚ぶりをかしく揺り出しづけさ\n\n薄墚ずけぶる䜎めの空にしおよにしづけきは癟日玅の雪\n\n人螏みし雪の窪みに声はしおなにかひもじき雀入りをり\n\nさるすべり枝のぬめりに぀む雪の時しづれする声のみしろし\n\n雪に\n\nむらさきのこもりしたしくなりにけり芋おのみか居らむ薄き障子を\n\n雪あかり早やすべしなし匵り぀よき癜き障子に燈は向けおあらむ\n\n霜ずラヂオ\n\n倧君の埡悩のニナヌスきこえ来ぬ絶えお音なき霜倜しづもり\n\n霜の凝り堪ぞおこの倜もすわりたりラヂオのニナヌス声せたりたり\n\n霜くだる今宵のラヂオおぎろなし心ずどろくひず時隔きに\n\n霜の倜のラヂオのニナヌスはおにけり灯は明うしおいたくしづけさ\n\n瞁の戞にひびく霜倜の玻璃の眅ひたなげき寝ず埡宝我は\n\n倧君は神にしたせばこの霜のずほる倜ふけは聎きおおはさむ\n\n倧正倩皇を悌み奉る歌\n\n冷えずほるほどろの霜や冬青の葉の垂り葉の光ゆらぎ止みたる\n\n珟神倩皇にたしたしおなほし垞無く坐すがかしこさ\n\nあらたたの幎立ちかぞる日は芋えお神あがりたしぬ霜のしろきに\n\n健けく垞は坐さずも倧埡呜長く坐せよず仰ぎしものを\n\nほがらけき厇きたふずき倧埡業぀がせたたひき短かかりにき\n\n石の面にいやさむざむず日はかげりたづき知らずも生ける蟻匐ふ\n\n冬朚の根に凍む土の匵り也きかうかうず響く道を行くなり\n\n梅もどき\n\n倩王寺歌䌚即興、録二銖\n\n梅もどき籠に挿し぀぀甚は無し来銎れし人の来れば埅぀なり\n\n吟効子が挿しおうれしき萜霜玅オンスコツプのくちばしよしも\n\n或る母ず子\n\n\n\n\n寒倜、日暮里駅のベンチに盞抱きお暁に発぀汜車を埅぀母ず十䞀二の女の児ありき。子は雛劓の芋習に䞊京䞭、肺患のため母の迎ひを受け垰郷せんずするなり。あはれなれば家に䌎ひ䞀倜を送らしむ。埌その子死にたる由の報知来る。\n\n\n\n\n母ず子のおもざし芋れば寒き燈にすべなしばたたきよく䌌たりけり\n\n吹きさらしひびく霜倜にかきいだき母ず子はありき枩みずるずお\n\n女童は繁に咳き入る寒き倜を小糠小星も颚に冱えにき\n\nただにありき炉の火かきおこし寒むからむ枩もりおよく寝よずのみわれは\n\n死にせりず母が曞き来し文芋ればその子が笑ひ力なかりし\n\n墓原に颚は同えながら朝わたる月倜なりしか癜みそめにき\n\n子にくるむ衟そだたき䞀倜いねずたづきなかりけむか人の芪母は\n" 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"倱火倚し\n\nこの倜ごろ火に立ち隒ぎ止む間なしかぎりなく寒く人はたづしさ\n\nすさたじき倜の火なりしか墓地ぬけお暁の霜に身ぶるふ今は\n\n霜いたり空は濃青き倜の明けに筑波の山はくきやかに芋぀\n\n冬晎\n\n柿の蔕黒くこごれる枝芋ればみ冬はいたも晎぀づくらし\n\n春曇籠居\n\n深廂昌もをぐらき家の内に灯はずがし぀぀春を埅぀われは\n\nずのぐもり煀の気ふかく立ち舞ぞば咜喉ゑごくしお春もくるしさ\n\n春ひらく\n\n䜕か花にほふ雚間の朚のくれを劻ずし歩くゆゑはしらずも\n\n\n\n\n緑ヶ䞘新唱\n\n\n\n\n\n\n\n\n\n昭和二幎の晩春より同䞉幎の初倏に至る銬蟌緑ヶ䞘の生掻に由る。新らしき文化䜏宅地緑ヶ䞘の突端にある歀の銬蟌の新居は、明朗にしお簡玠、月・霧・燈火の倜景は亊九十九谷の名にそむかず、少くずも近代詩趣の䞀幎なり。\n\n\n\n\n\n\nI・りィンネッケ出珟\n\n新居\n\n吟が門は通草咲き぀ぎ質玠なり日にけに透る童らがこゑ\n\n厚戞は倏いち早し氎かけお雫したたる蝊蛄のひず籠\n\n玄関\n\nこの小さき鐘ず撞朚は前の䞻人の遺し眮けるものなり\n\n小さき鐘撞朚ずりそぞ吊したりこの家のはひりすがしずも芋よ\n\n小さき鐘掛けおすがしきこのはひり戞は鎖しにけりそよぐ朚の圱\n\n颚そよぐヒマラダ杉の二䞉本はひりの庭は今朝もすずしさ\n\n吟が童鐘にずどかず脚立よりのびあがりう぀面仰向けお\n\n小閑\n\n恋しかる昌は埅おどもう぀鐘のたたわづらはし人にこそよれ\n\n誰埅぀ず家居るならずおなじくも憂ふる人の来よず思ふのみ\n\nたれびずか或は来けらし軒鐘や音のさやかにふた぀鳎りたり\n\nあやめ咲く\n\n家垣の築土のあやめ咲きにけり童な手折り通りすがりを\n\nあやめ咲く築土に添ぞば鎚跖草や隣もすずしふり乱る露\n\n倕凪\n\n蟆子の立口にかゆきか吟が童倕ばえの頃は声はずむめり\n\n月はあれど倕立぀雲の気に芋えおなにか逞れたる蒞しかぞしなり\n\n昌貌\n\n日に闌くる草の銙嗅げばこの厖や昌貌の咲く色もたじれり\n\n昌貌は昌もあはれや容貌枅き皚どちゐお草に坐りぬ\n\n出珟\n\n二人の子䟛は隆倪郎ず篁子なり\n\n草生には出で入る子らが二人ゐお昌ふかきかなや倧き星芋ゆ\n\n月のごず倧き星昌の空にありりィンネッケよあはれ人は貧しさ\n\n朚の花咲く\n\nうち開くわが屋は高しゆりの朚のほづえに花も珟れにけり\n\n倧き鳶たわたわず来お過ぎるずき穂にあざやけき䞹波栗の花\n\n隆倪郎\n\n倧き窻今朝うちひらき朗らなり芝の刈生に子は飛び䞋りる\n\n癜き柵をどり越え来おわが倪郎窻這ひあがるこの朝づく日\n\n卵\n\n梅雚ふかし薄ごもりに生みためお鶏の卵の光沢も倱せぬる\n\n卵ひず぀生たずあはれず芋぀぀ゐし生みおありけり鶏は草生に\n\n送梅\n\n半倏生早や近からし桐の葉に今朝ひびく雚を二階にお聎く\n\nしやしやず来お篠懞の葉をひるがぞす青氎無月の雚ぞ歀の雚\n\næ–­å±€\n\n断局の青萱芋れば吹きなびく颚竝しるしかがやきにけり\n\nやや黄なる颚景\n\n梧桐のふふめる花の穂に立おば二階も暑し窻は開け眮く\n\n日は午なり靄たちこむる向う空にカキ色の気球熱しきりたる\n\n午の坂黄なるドレスののがりゐお電柱の圱が圎みたり芋ゆ\n\n架橋颚景\n\n憀怒堪ぞ぀぀のがる我が歩み陞橋にかかり倏の富士芋ゆ\n\n陜炎の揺りあふる芋れば朱の桁や鉄橋はいただ架け了ぞずけり\n\nかうかうず鉄の鋲う぀子ら芋れば朱の鉄橋は雲に響けり\n\n蒞す雲の立雲思ぞば息の緒に息こらぞ立぀憀怒の神\n\nこたごたず茱萞の鈎花砂利に散りあはれなるかなや照りのはげしさ\n\n吟家の坂\n\n日は暑しのがり険しき坂なかば築石垣のこほろぎのこゑ\n\n癜栄の暑き日でりの竹煮ぐさ粉にふきいでおいきれぬるかも\n\n盆地の蛙\n\n銬蟌盆地の暑き小峡にうちひびき蛙は啌けり草いきれ立ち\n\n声合す草田のかはづ昌闌けお間を啌きしぶれ深むものあり\n\n千暫\n\n末぀ひに人の呜は長からじ県には笑み぀぀肩喘ぎけり\n\n氎さしに氎はあらぬをほそがそず吞ひほけにけり透きずほるもの\n\nかくし぀぀人の呜は過ぎなむやちかぢかず県を寄せお芋むずす\n\n県力かくのごずくば真倏さらずあはれほそがそず人は死にせむ\n\n山なすここだくの曞ほこり぀もり暑き日なかを息継げり君は\n\n生きざらむ呜思はず仰ぎ寝お手は拱みにけり敢お息継ぎ\n\n䞋冷えお額ににじむ薄ら汗おもほえばしじに君も生きにき\n\n二階に咳ひびきけりかいかがみ今はすべしなし靎の玐むすぶ\n\nおもおの光くわうくわうず流れたり匷ひおたずもに県は向けお出぀\n\nいたいたし脚のほそりの県をさらず我は螏みありく光る盎土\n\n真倏過ぎ簟うごかす廂合の朝の涌かぜを君はたのめぬ\n\n癟合朚ず猫\n\nうちそよぎ颚吹きかよふゆりの葉に朝は朝日の透きおすずしさ\n\n広き葉の半は黄なる本぀枝に早や颚涌しうちかがむ猫\n\n倏野\n\nひずすぢに倏野よこぎる道しろしおのづからなる歩み぀づけむ\n\n道のべの車前草硬くなりにけり真日明うしお矀るる子鎉\n\n颚に芳る\n\n颚ひびく葉広篠懞諞枝立ちあざやけきさ青の火立隰れり\n\nポプラ葉のかがよふ芋れば涌颚立ちさながらに日の光るさざなみ\n\n吹く颚の幅は揉みぬく栗の葉の葉あひに青く毬の矀れたる\n\n氞瀬倫人を匔す\n\n倕かげのおもおに移る合歓の花ほのかに君もねむりたたひぬ\n\n赀束\n\nいずどしき残暑の照りずなりにける繁立ほそきその赀束に\n\n赀束の盎立぀芋ればあきらけく正面の西日朚膚照らせり\n\n倕かげはにほひこめ぀぀靄ごめに畳みよろしき束が枝の笠\n\n赀束の䞀朚が撓る向う䞘倕かげの䞭に颚の吹きしく\n\n倕早く颚にさはめく赀束の林のほそみ芋るがすずしさ\n\n掗足の池\n\nみ寺には癟日玅の閑かなり掗足の池の倏も過ぎたる\n\n池のべの楊が傍に咲きあかる挆の花はただあはれなり\n\n珟䞖の挆の花のひず朚立臈たくしろき月空にあり\n\nみなぎらふ倏の光も過ぎにけりわが察ふ池の薄らさざなみ\n\n残暑の日ざし冷め来るさざら波ただひずりなる舟は遣るなり\n\n九月䞭旬の或る朝\n\n竹煮草今は穂に垂りしづかなり鶞茶の莢の朱のいろの液\n\n隣りびず W. Timacus の厚には窻はうち開きフラむパンが芋ゆ\n\n露぀けお今朝すばらしく真青なりうしのし぀ぺいの攟射線の芒\n\n露草は朝露しげし今朝咲きお涌しかるらし黄の小蕊立ち\n\n束の朚間栗の花ぶさ返り咲き日光宀に日の光る芋ゆ\n\n朝霧\n\n朝めざめ枅にすがしき戞は開けおヒマラダ杉は倧粒の霧\n\n吟が起きおただに瞰䞋す門の戞を濃霧しづもり谷地はこもりぬ\n\n森ず蚀ぞば叢立぀霧のこちごちに気高く厚く塁立おたる\n\n朝月倜いただも倜霧ずどこほりひむがしの䞘に日あし立ちたる\n\n高き屋に光射し満぀我が䞘を明暗の谷の街ぞずどろく\n\n月ずヒマラダ杉\n\n窻ちかきヒマラダ杉の秀は揺れお光り来にけり月出づる方\n\nわが門はヒマラダ杉の朝月倜圱がそよげり鋪石のうぞに\n\nII・月・霧・燈火\n\n谷の銬蟌\n\n\n銬蟌は谷おほき里、ずりよろふ䞘の岬々、朝に倜に狭霧立ち立぀。高窻や東に開き、西をあけ、南もあけお、うち透かす賑ふ灯、山䞭のみ湯のさたかも、月さぞも玫明る。霧はおもしろ。\n\n\n篁子\n\n女童が眶毛にやどる露のたた月のありかは雲の䞊にしお\n\n朚の間掩る谷地の灯あしの線匕きお蛙が啌けば子は寝ぬるもの" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを維持しお、玠晎らしい文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "金魚倧鱗倕焌の空の劂きあり\n螢籠飛ぶ火萜぀る火にぎやかに\n金粉をこがしお火蛟やすさたじき\n䜙花の雚垃団の䞊の錓かな\n桐の花散りひろごれり寺静\n桐の花散りひろがりぬ掃かぬたゝ\n癟日玅こがれお庫裡ぞ石畳\nえごの花かゝりお蜘の糞芋えず\n釣人にえごの萜花も絶えしかな\n雚音に぀ゝたれ歩く若葉かな\n柿萜葉いちゞるしくも光るなり\n䞋闇に遊べる蝶の久しさよ\n鈎懞の緑陰よろしテニス芋る\n屋根越しに芋ゆる実梅に端居かな\n倏萩のずがしき花の明らかに\n牡䞹の花に暈ある劂くなり\n花深く煀の沈める牡䞹かな\n倜の劂き垷垂れたる牡䞹かな\n牡䞹の葉を起し぀ゝ開き行く\n牡䞹に垂れし垷の重さかな\n花に葉に花粉たゞよふ牡䞹かな\n䞭庭の掃かで塵なき牡䞹かな\n牡䞹の残りし花に法事かな\n巊右より芍薬䌏しぬ雚の埄\n門川の野茚の或は匂ひ来お\n抛名湖にお\n草あやめ茶屋の男に掘らしめし\n䞀面の著莪にさゞめく掩日かな\n庭山や薪積みたる著莪の䞭\n庭に出お倕选ずるなり月芋草\n玫陜花の倧きな毬の皆耪せし\n今幎の二床ある梅雚や額の花\n向日葵の葉の真黒に焊げたるも\n向日葵に剣の劂きレヌルかな\n甘草や昚日の花の枯れ添ぞる\nく぀がぞる蓮の葉氎を打すくひ\n橋裏に吞ひ着いおゐる蓮広葉\n睡蓮の葉に手をかけお亀しばし\nほの『〵ず泡かず咲けり烏瓜\n青蔊の這うお暗しや軒の裏\n青蔊の蔓先の葉の小さきかな\nこの倏の䞀番甘き西瓜なり\n西瓜より冷きものゝのがりけり\n行人の背にある蝿や麊の秋\n麊秋の藀沢圚の閑居かな\n手をば刺す穂麊の䞭を来りけり\n萍に亀乗りかけおやめにけり\n萍に束の緑を摘み捚おし\n\n秋\n\n蓮広葉芭蕉広葉も今朝の秋\n蚊垳の䞭に芋おゐる藪や今朝の秋\n瓢箪の出来の話も残暑かな\n倜長なる呆け瞌の眉の圱\n俳垭の次にはんべる倜長かな\n爜かに匓手の肌を脱ぎにけり\n友次郎君の郚屋\n秋深しピアノに映る葉鶏頭\n劙本寺 二句\n朚を組みお仮に釣りたる鐘の秋\nこ぀〳〵ずこ぀〳〵ず歩す堂の秋\nたたに居る小公園の秋の人\n炭斗の出おゐし郚屋や秋の雚\n秋雚に濡れお船頭䞍興かな\n秋晎や歩をゆるめ぀ゝ園に入る\n秋晎に虫すだくなる谷間かな\n秋晎や黄色き花の糞瓜垣\n秋晎れおたろたりにける花糞瓜\n秋晎の䜕凊かに杖を忘れけり\nから〳〵ず欠け颚鈎や秋の颚\n杉本寺た぀くらがりの秋の颚\n秋颚のナヌカリ倧暹吹きしがり\n倖の面より煙這入り来秋の颚\n盆の月消えし燈籠にさしゐたり\n草庵をめぐる埄や月を埅぀\n雲去れば月の歩みのゆるみ぀ゝ\n月光の走れる杖をはこびけり\n竹藪の空ゆく月も十四日\n藪の空ゆくばかりなり宿の月\n倕月のただかた぀かの玅ほのか\nガラス戞に顔抌しあおゝ雚月かな\n江の島のせばき枚や埌の月\n島人の墓䞊びをり十䞉倜\n銀河濃き倜々ひたすらの船路かな\n鎌倉の倏も過ぎけり倩の川\n虫時雚銀河いよ〳〵撓んだり\n小戞の露流れ消ゆるもありにけり\n倜の芝生ありけば露や匟き飛ぶ\n声高く読本よめり露の宿\n秋の山瞁広ければ臥しお芋る\n皆ほむる秋の山あり庵の前\n滑川\n氎柄むやはやくも莟む藪怿\n十棹ずはあらぬ枡しや氎の秋\n秋氎のおのづからなる氎茪かな\n秋氎の藪の䞭ゆく響かな\n秋氎に映れる森の昃りけり\n枅氎谷公園\n倖濠ぞ萜぀公園の秋の氎\n門前の秋の出氎や滑川\n干網をくゞり〳〵お秋の浜\n人䞭に十倜の皚子の遊び居り\n老の荷を背負ひお来る十倜かな\n鉊講のあらかしたしの十倜かな\n蝋涙に肩打たれたる十倜かな\n灯の数のふえお淋しき十倜かな\nずもすれば十倜の皚子の手を合せ\n皚子が降らす花を拟ひし十倜かな\n鳎子繩匕きたしかめお出来にけり\n倜孊児の暗き頞のくがみかな\n藁塚にはや家々のずざゝれし\n道の端倧藁塚の乗出せる\n秋扇や生れながらに胜圹者\nかた぀かのからくれなゐの別蚊屋\n山の䞊の日に貌替し障子かな\n貌替ぞおいよ〳〵叀し障子骚\n圌の森ぞこがるゝ芋ゆる枡鳥\n枡鳥仰ぎ仰いでよろめきぬ\n藪に立぀欅䞉本鵙の秋\n庭山の手入はかどる鵙日和\n明らかに鵯の嘎より萜ちしもの\n鯊釣や片手に蘆をずらぞ぀ゝ\n鈎虫は鳎きやすむなり虫時雚\n雚音のかむさりにけり虫の宿\n窓の灯のありお句をずむ虫の原\n蜩や杉本寺のあさゆふべ\n朚犀に朝の蔀を䞊げにけり\n避暑町の少しさびれぬ花朚槿\n雚萜぀る空がたぶしき朚槿かな\nやはらかにた盎ぐな枝の朚槿かな\nぢり〳〵ずしがむ芙蓉やむし暑し\n柿日和浄明寺さたおく〳〵ず\n干柿の蠅たたふえぬ䞊倩気\n柿吊぀お盞かはらざる䞻かな\n柿干しお日圓りのよき家ばかり\n村人に倣ひ暮しぬ吊し柿\n炉べりより芋返ればあり吊し柿\n山栗の倧朚のあるな぀かしき\n倧朚の栗の小さきが萜ちそめし\n石に腰䞋せば䞀葉かたはらに\n先ぞ行く玅葉がくれや䞋山人\nやり過ごす玅葉の茶屋の䞀時雚\n宿ずりお欄に凭りたる玅葉かな\n䞀時雚濡れし日和や玅葉芋に\n倧朚にしお南に片玅葉\n薄玅葉せる朚立あり歩み入る\n濃玅葉に日のかくれゐる矎しさ\n䞋りかけお止めたる谷の玅葉かな\n朚に凭りおみな〳〵を芋る玅葉かな\n誰よりも疲れし我や倕玅葉\n這ひのがり倱せし日かげや谷玅葉\n山の端に庵せりけり薄玅葉\n山坂に爪立ち憩ふ玅葉かな\n箱根匷矅 五句\n雲霧の䜕時も遊べる玅葉かな\n雚あずの石あらはなる坂玅葉\n山日和すこし厩れぬ玅葉狩\n枩泉の銙のたゞよひゐるや倕玅葉\n枩泉の流煙れる門の倕玅葉\n倧塔の宮\nそこはかず犰宜の起居や軒玅葉\n藀黄葉蔓明らかに芋ゆるかな\n女郎花やゝ略したる床の間に\n閉ぢがちずなりし障子やこがれ萩\nかたはらの抻よりかけおこがれ萩\n萩䞀枝石に乗りゐおすがれけり\n䞻はや炉をひかぞたりこがれ萩\nこがれ萩受けおあたかも浮葉かな\n巊右より萩ひざたづく石に腰\n前山に雲ゐおかげる庭芒\n蘆原に浮める屋根ず進む垆ず\n倧いなる暗き垆のゆく蘆の䞊\n蘆の穂の倕颚かはるけしきあり\nうす黒き蛟おびたゞし葛の花\nコスモスの家たた浮ぶ雚の䞭\nコスモスや倒れぬはなき花盛り\nあふひ倫人蚪れたたふ\nコスモスの倕やさしくものがたり\n萩むらに倕圱乗りし鶏頭かな\n我去れば鶏頭も去りゆきにけり\n鶏頭のほず〳〵暮れおただ暮るゝ\n鶏頭に飛び来る雚の迅さかな\n鶏頭育぀花壇の倖の唯の土\n鶏頭のおのづからなる立䞊び\n鶏頭の圱走り぀ゝ䌞びにけり\n鶏頭の倕圱䞊び走るなり\nありふれし鶏頭立おり我の庭\n虚子庵即景\n刀豆の棚の䞭にも葉鶏頭\n生けおある秋海棠は庭のもの\n露草のおがめる劂き蕟かな\nくき〳〵ず折れ曲りけり螢草\n二ひらの花びら立おゝ螢草" }, { "role": "assistant", "content": "菊畑にあたり倜焚火近かりし\n鶺鎒の歩き出お来る菊日和\n菊よろし玫ならず赀ならず\n谷かげに菊の黄色きみ寺かな\n人圢なき廊䞋の菊に憩ひけり\n菊に矞づ菊を詠ぜし我詩かな\n南瞁の焊げんばかりの菊日和\n菊日和浄明寺さた話奜き\n孜々ずしお皆いそしめる菊の虻\n豆菊の這ひ浮みたる氎の䞊\n芭蕉葉の雚音の又かはりけり\n肱のせお窓に人ある芭蕉かな\n曌珠沙華぀ゝがなかりし門を出づ\n曌珠沙華朰えたる門を぀くろはず\n曌珠沙華に鞭れたり倢さむる\n野路晎れお我杖に飛ぶ曌珠沙華\n暮れおゐるおのれ䞀人か砎蓮\n末枯や䞀番遅れ歩きをり\n氞犏寺跡にお\n末枯や掘れば珟はる叀き池\n皀ずいふ山日和なり濃韍胆\n棚瓢片隅なるが倧きけれ\n烏瓜映る氎あり藪の䞭\n粟扱のあたり芋られし䞍興かな\n\n冬\n\n玉の劂き小春日和を授かりし\n初冬や韍胆の葉の薄玅葉\n歳時蚘に聞きお冬至のはかりごず\n我宿のおのづからなる冬至梅\n葉牡䞹の深玫の寒の内\n地の底に圚るもろ〳〵や春を埅぀\n䜳墚埗おすり流しけり春を埅぀\nかぞりみる吟が俳諧や幎の暮\n神垣の内の別墅や幎の暮\n远ひかけお届く鯛あり倧晊日\n時雚傘開きたしかめ貞しにけり\n小倜時雚しおゐたりけり傘を呌ぶ\n九品仏\n時雚るゝや䞊びお同じ䞉぀の堂\n朎の葉の高く残りお時雚れけり\n手違ひの倚くお暮るゝ冬の雚\n行人や吹雪に消されそれ぀きり\n雪沓をし぀かず着けぬ吹雪きをり\nホトボギス発行所\n䞉぀䞊ぶ倧きな窓や牡䞹雪\n鶎ヶ岡八幡宮\n広前や降り舞ふ雪のおほどかに\nあの雲が飛ばす雪かや枯朚原\n灯に染みし雪垂れおをり深庇\n橋の燈の雪をたずひお灯りけり\n䟘助の莟の先きに止たる雪\n倧勢に䞀人別るゝ霜倜かな\n窓開けし人咳きぬ畑の霜\n鶏頭のぐわばずひれ䌏す霜の土\n池䞊本門寺\n茪蔵の埌ろに萜぀る冬日かな\n日を远うお歩む月あり冬の空\n淡路より眠る玀の山芋ゆるかな\n氎音に暫し沿ひゆく枯野かな\n空色の氎飛び〳〵の枯野かな\n倚摩の氎䞉条に断れお涞れゐたり\n枯蔓の匕ずる氎も涞れにけり\n朚曟人に噎くあたゝかの冬の氎\n冬浪の日かげりければ垰らばや\n冬浜や浪に途切れし蜍あず\n扇谷銙颚園にお\n冬庭の萜蟌んでゐお離宀あり\n青笹に冰れる氎の岐れけり\n門川の冰りたるより音もなし\n玉怿萜ちお冰れる田氎かな\n狐火の枛る火ばかりずなりにけり\n狐火の火を飛び越ゆる火を芋たり\n塔の䞊の鐘動き鳎るクリスマス\n食られおクリスマス埅぀ホテルかな\n草の戞の開いお掩る灯や鬌やらひ\nかい抱く倧䞉宝や幎男\n顔芋䞖で逢ふたじき劓ず出逢ひけり\n䞀日の煀浮みけり朊\n煀掃に甚なき身なる倖出かな\n響き来る音たち〳〵や逅日和\n逅搗の氎呑みこがす腭かな\n杵肩に逅぀きにゆく畊䌝ひ\n第䞀回俳胜䌚に䞃八幎ぶりにお葛城の仕舞をたふ\n舞たうお面なや我も幎忘れ\n暊売叀き蚀の葉たをしけり\n橙に倩照る日ある避寒かな\n橙の倧朚にしお避寒宿\n橙の朚の間に䜇ち぀避寒人\n氎掟を貧乏神に芋られけり\n背の手に䜕物も觊るゝ事なかれ\n背の手を盗み芋られ぀話し居り\nいず叀りし毛垃なれども手離さず\n癟姓の足袋の癜さや野蟺送り\n霜陀の日南な぀かし歩をずむる\n霜陀や今日の日うすく䞊びゐる\n代々の船堎䜏居や敷束葉\n立おひらく屏颚癟花の瞫ひ぀ぶし\n屏颚立おゝ結界せばき起居かな\n屏颚絵の蘆より鎚を远ふずころ\n炭斗の䟍せるが劂き屏颚かな\n屏颚絵の鞎祭の絵解など\n屏颚絵の煀竹売が来るずころ\n炭おこすずがしき火皮ねもごろに\n炭ひいお皍たぎれたる愁かな\n炭をひくうしろ静の思かな\n炭ひけば寒さに向ふ思かな\n枯菊にさし向ひ居り炭をひく\n鶏頭を目がけ飛び぀く焚火かな\n山深く逢ひし焚火や䞀あたり\nず぀ぷりず埌ろ暮れゐし焚火かな\n朝々の独り焚火や冬たのし\n焚火跡濡れゐる䞊に散玅葉\n䞉぀池の二぀が芋ゆる土間焚火\n日がな居お取散らしたる炉蟺かな\n倜遊びや炉蟺から炉蟺にたちたはり\n客を埅぀炉火のかげんをいたしけり\n鎻乙居にお\n炉框の早や傷きし新居かな\n飯食に汚れし炉蟺や草の宿\n鉄の甲胄圳おる暖炉かな\nストヌブの口ほの赀し幞犏に\n湯気立ちおおのづからなるも぀れかな\n湯気たおゝ起居忘れし劂くなり\n干柿をはづしに立ちし火燵かな\n老の手のわなゝきかざす火桶かな\n父酔うおしきりに叩く火桶かな\n竹銬の圱近づきし障子かな\n芋䞋ろせば来銎れし谷や探梅行\n颚の䞭寒肥を撒く小走りに\nふさぎたる窓の倖なる干菜かな\n寒逅を搗かん〳〵ずおもひ぀ゝ\n鶲鳥はなやかならず赀きかな\n揚舟のかげにたはれば千鳥た぀\nさしのぞく朚の間月倜や浮寝鳥\n朚の間なる人語りゆく浮寝鳥\n氎鳥の争ひ搏ちし矜音かな\n鎚向きをかぞおかはしぬ蘆の颚\n冬蝶の濃き圱を芋る芝の䞊\n山茶花の散り぀ゞきたるそこらたで\n茶の花のずがしきたゝに愛でにけり\n浄明寺\n茶の花の垣たえ『〵に草の䞭\n柊の花もこがれぬ箒先き\n柊の花のずもしき深みどり\n枇杷咲いお長き留守なる通かな\n扇谷銙颚園にお\nかくるゝが劂く寮あり冬怿\n今日ずなり明日ずなりゆく石蕗の花\n䞉床来お氎仙咲きぬ瑞泉寺\n氎仙や叀鏡の劂く花をかゝぐ\n氎仙の途絶えお花を぀ゞけゝり\n氎仙を掻けお錓をかざりけり\n氎仙や倧きからざる芳䞖音\nいたゞきのふ぀ず途切れし冬朚かな\n赀く芋え青くも芋ゆる枯朚かな\nひろ『〵ず桃の枯朚の畑あり\n玐のごずこんぐらかりし枯朚かな\n静かなる雲二぀䞉぀枯朚䞭\n枯朚䞭居りたる雲のなくなりし\n枯枝の吹き萜぀響藪にあり\n倧仏の埌ろ芋お䜏む枯朚宿\n朚々枯れお鎉も居らぬ䞊野かな\n掃かれ来る萜葉の柵をはなれけり\n打仰ぎ萜葉する朚にもたれけり\nゆるやかに萜葉降る日を愛でにけり\n盞抱く枯葉二片や萜ち来る\n磐石を刳りお磎ずす散玅葉\nうす青き銀杏萜葉も眮きそめし\n山深し朎の萜葉に目敧぀\n朎の葉の萜ちお重なる山静\nふは〳〵ず朎の萜葉や山日和\n朎の葉の倧きくぞなり萜ち来る\n朎の葉の぀ゝ立ちおすみやかに萜぀\n杉寒し枯葉しきりに吹き萜ちお\n葉牡䞹に鉢の朚をこそ謡ひけれ\n桑枯れおあからさたなる䜏居かな\n枯桑の向ふに光る茶の朚かな\n添ぞ竹をはなれ傟き菊枯るゝ\nい぀くしみ育し老の菊枯れぬ\n枯菊を焚きお遣りたる想ひかな\n癜菊の枯るゝがたゝに掃き枅む\n枯菊の幜にそよぎはじめけり\n枯菊にさはれば粉がこがれけり\n枯菊に虹が走りぬ蜘の糞\n枯菊ず蚀捚んには情あり\n残菊の黄もほず〳〵に叀びたる\n枯菊に日こそはなやげたぐれ雪\n吹き圓おゝこがるゝ砂や枯芒\n鶏頭の銖を垂れお枯れんずす\n圱ひいお枯鶏頭の静かな\n鶏頭の老いさらがぞる颚情かな\n枯蘆の氎に濯げる男かな\n消え『〵の枯蔓の実の真赀かな" 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[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「巎里」は灰色の雚雲の䞋に甍々を䞊べ、はるかその涯は、薄い靄の䞭に溶け蟌んでいる。たるで背くらべをしおいるような屋根・屋根・屋根。ぬき出し、隠れ、抌し重なり、県の届く限りはるばるずひろがっおいる。\n 右手の地平に、氎墚のようにうっすらず滲み出しおいるのはムりドンの䞘。巊手に黝く芋えるのはノァンセむヌの森であろう。\n 廃兵院の緑青色の円屋根の䞊に掩れ陜がさしかけ、゚ッフェル塔のおっぺんで䞉色旗がヒラヒラず翻っおいる。\n 竜倪郎は、巎里をこんなに広く感じたこずは、今迄にただの䞀床もなかった。この倧郜垂には、䞉癟䞇の人が䜏み、䞃十五䞇の所垯がある。その䞭から、どんな方法でたった䞀人の少女を探し出そうずいうのか。\n ずころで、この倧郜䌚の垂域の向うには、広い郊倖郜垂がある。その向うには垂郡。......その向うには仏蘭西の党土!\n 竜倪郎は、朝から晩たで、錯乱したように巎里䞭を駆け廻る。博物通、劇堎、喫茶店、映画通、瞁日......。人が集りそうなずころぞはどこぞでも出かけお行く。もしや、そこであの嚘に䞍意に出逢うこずがあるかず思っお。\n 二人の錬錠の持ち䞻のずころぞも、もちろん、出かけお行った。オデオン座の女優のほうは、たるで䌌おも䌌぀かぬかたすのように痩せた嚘だった。高等内䟍のほうはい぀も笑っおいるような、仮面のようなふしぎな顔をした女だった。......\n 竜倪郎の衣嚢の䞭の手垳には、グリュナアルの「顧客名簿」から写しお来た䞉十二人の䜏所ず氏名がある。錬錠を買った「倖囜人の郚」である。そのうちの十䞃人は巎里に䜏んでいた。\n あの次の朝から、竜倪郎は、䞀人ず぀克明に蚪問しお歩いた。どれもみな「あの倜の少女」ではなかった。あずには、ただ䞀人だけ残っおいる。\n\n マラコりむッチ䌯爵倫人 ド・ラ・クヌル街二二六(二十区)\n もし、それもあおはずれなら、党䞖界に散らばっおいるあずの十五人を探すために、長い旅に出かけなくおはならない。――ロンドン、ベルリン、リスボン、マドリッド、ブリュッセル、ニュりペルク......etc.\n それは、ほずんど䞍可胜に近いこずだ。もう、このくらいで、捜すこずはあきらめなくおはならないのではないか。\n 竜倪郎の心の䞊に、あの少女の俀が、圱ず光を䌎っお、たた生々ず甊っおくる。\n あんなにも矎しく、あんなにも優しく、あんなにも心の深かったあの嚘。......はじめお女の叫び声をあげたあの唇。ひずの心を吞いずるようなあのふしぎな黒い県。楊の枝のようなよく撓うあの小さな手。......あの嚘にもう逢うこずが出来ないのかず考えるず、そう思っただけでも、頭の䞭のどこかが狂い出しそうな気がする。\n 竜倪郎は、䞡手で顔を蔜うず、喰いしばった歯の間で呻く。\n(あきらめない! どんなこずがあっおも、かならず探し出しお芋せる。たずえ、䞖界の涯たで行っおでも......せめお、もう䞀床だけ! たった、䞀床だけでいいから!)\n 心が激しおきお、われずもなく立ち䞊っお、巎里の䞊に䞡腕を差しのばしながら、叫んだ。\n「どこにいるんだ? 君は、いったい、どこにいる?......蚀っおくれ、よゥ、蚀っおくれ」\n 切ない哀痛の涙が、泉のように県からあふれ出す。もう、なりもふりもかたっおいられなくなっお、人通りのはげしい、そこの石段の䞊にしゃがみ蟌むず、腕で顔を隠しお、倧声で泣いた。\n マラコりむッチ䌯爵倫人の邞は、ペヌル・ラシェヌズの墓地の裏偎にあった。\n 倧きな鉄門の぀いた宏壮な邞宅で、城壁のような高い塀が、その呚りを取り巻いおいた。\n 門を入るず、そこは広々ずした前庭になっおいお、小埄のずころどころに、ベニス颚の小さな泉氎盀が眮かれおあった。\n 竜倪郎は玄関の倧扉のそばに垂れ䞋っおいる呌鈎の綱を匕いお案内を乞うたが、い぀たでたっおも誰れもやっお来ない。邞の内郚には人の気配もなく森閑ずしずたりかえっおいる。\n 本邞の右手の方を芋るず、玄関番の小舎が芋えるのでその方ぞ歩いお行っお扉を叩くず、内郚から八歳ばかりの女の児が出お来た。\n「ちょっず、おたずねしたいこずがあっおお䌺いしたのですが、どなたもいらっしゃらないの」\n 子䟛は、すぐ、うなずいお、小舎の裏手のほうぞ駆け蟌んで行った。\n 玄関番の小舎は、内郚も倖郚も癜塗りの、異囜颚な建物で、床が磚き蟌たれお鏡のように光っおいた。郚屋の倮ほどのずころに小さな䞞い卓があっお、その䞊に、䞖界䞭のあらゆる新聞、......ベルグラヌドやサラ゚ボの倕刊新聞たでが垯封をしたたた、堆高く積たれおあった。\n どうしたのか、子䟛はなかなか垰っお来ない。竜倪郎は、窓のほうぞ行っお庭を眺めお芋たが、人の圱さえなかった。\n さっきの怅子に垰ろうずしながら煖炉のそばを通るずき、ふず、その䞊の、銀の額瞁にした写真に泚意をひかれた。\n 近づいお、ひず県芋るなり、竜倪郎は真青になっおしたった。狂人のような県぀きでい぀たでもその写真を眺めおいる。\n そのうちに、急に手を䌞しおそれを取りおろし、玠早く裏板をあけお写真を倖し、それを衣嚢に抌し蟌むず、その代りに千法の玙幣を䞀枚そこぞ挟み蟌んだ。\n たるで、空巣芘いのようにあたりをうかがいながら、゜ロ゜ロず小舎をぬけ出すず、䞀散に庭を駆け抜け、埅たしおあったタクシむに飛び乗っお、\n「孊生街ぞ」\n ず、呜じた。\n 自動車が走り出すず、竜倪郎は、むしろ、恭々しくずいうほどの手぀きで、先刻の写真を取り出した。\n それは、「あの倜の少女」の写真だった。\n どうしお竜倪郎が、それを芋誀るはずがあろう!\n この、あえかにも矎しい面ざし。すこし悲しげな黒い倧きな県。たた、均勢のずれたすんなりずした身䜓぀きにしおからが、たぎれもない、あの倜の嚘だった。\n たずえようのない深い喜悊の情で顔を茝かせながら、竜倪郎は飜かず写真を眺める。これが、珟実のこずずはどうも思われない。䜕か倢の䞭のあわただしい出来事に䌌おいた。\n 竜倪郎は、そのひずにいうように写真に話しかける。\n「ほら、ずうずう぀かたえたぞ! もう、けっしお離さないから。いいかい、もう決しお離さない!......それにしおも、この巎里で出䌚うなんお! ほんずうに倢のようだね」\n 少女は倧きな石の階段の第䞀階に、玔癜な倏服を着お立っおいる。その䞋のほうに重厚な筆蹟で献蟞らしいものが二䞉行ばかり曞き぀けおあるのだが、竜倪郎には䞀字も読むこずが出来ない。どんなこずが曞いおあるか知りたくなった。\n ゜ルボンヌ倧孊にダンピ゚ヌルずいう東掋語の先生がいる。その先生に読んで貰おうず思い぀いた。\n 教授宀ぞ入っお行くず、折よくダンピ゚ヌル先生がそこに居た。\n 先生は写真を受け取っおその文字を眺めおいたが、県鏡を額のほうぞ抌しあげながら、竜倪郎のほうぞふりかえるず、\n「これは、リストリア語だね。......残念だが、がくには読めたせんよ。......しかし、倧したこずはない。リストリアからダロスラフずいう若い留孊生が䞀人来おいるから、それを呌んで読んで貰おう」\n 間もなく扉を開いお、十九歳ばかりの痩せた、敏感そうな少幎が入っお来た。\n ダロスラフは写真を受け取っおチラずその䞻を䞀瞥するず、たちたち硬盎したようになっお、やや長い間、県を䌏せお粛然ずしおいたが、やがお、物静かに、口を切った。\n「ここには、こんなふうに曞いおありたす」\n\n\n神の埡思召あらば、\nリストリア王囜を統べ絊うべき\n ゚レアヌナ王女殿䞋\n\n\n 竜倪郎の耳のそばで、䜕かがえらい音で砎裂したような気がした。いた、自分の耳が聎いた蚀葉が、いったい、どういう意味をなすのか、咄嗟に了解するこずが出来なかった。\n「なんです?......どうか、もう、䞀床」\n ダロスラフは、敬虔なようすで県を閉じるず、祷るような口調で繰りかえした。\n「神の埡思召あらば、リストリア王囜を統べたもうべき、゚レアヌナ王女殿䞋......」\n「するずあの方が......」\n 竜倪郎の県を芋かえすず、ダロスラフは䞀皮凛然たる音調で、こたえた。\n「王女殿䞋であられたす」\n こんどは、はっきりずわかった。\n\n 六\n\n(あの倜の少女が王女)\n 身䜓䞭の血が、スヌッず脚のほうぞ䞋っおゆくのがわかった。生理的な䞍快に䌌たものがムカムカ胞元に突っかけ、ひどい船酔でもしたあずのように、頭の奥のほうが、がんやりず霞んで来た。" }, { "role": "assistant", "content": "(おれは、ここで卒倒するかも知れないぞ)\n 机の端を䞡手でギュッず掎んで、いっしんに心を鎮めた。\n すこし気持が萜ち぀くず、最初に鋭く頭に来たのは、これアいけない、ずいう感じだった。\n(もう、二床ずあの小さな手を執るこずは出来ない。声をきくこずも抱くこずも......)\n この想いが、たったいた、自分をずりずめなくさせたのだった。\n 竜倪郎は、あの嚘に逢ったら、いきなり胞の囲みの䞭ぞずりこみ、今迄の、うらみ぀らみ、うれしさも悲しさも、䜕もかもいっしょくたに叩き぀け、人圢のような、あの脆そうなからだを腕の䞭で抌し぀ぶしおやる぀もりだった。\n あの嫋やかな手を執り、あの優しい声を聎き、あの倜のようにしっかりず抱き合いながら、その耳ぞ、\n(結婚しようね。死ぬたで、離れなくずもすむように)\n ず、囁やく぀もりだった。\n ひず蚀それを蚀いたいばかり、この長い間、身も痩せるような奔走を぀づけお来たのだったが......。しかし......\n しかし、もう、諊めなくおはならないのであろう。\n⊅リストリア王囜を統べ絊うべき、゚レアヌナ王女殿䞋⊆\n ずころで、こちらは、攟蕩ず䞖俗の垢にたみれた、䜕ひず぀取り埗のない䞀介の囜際的ルンペン。愚にも぀かぬ厭䞖家。賭博者。\n これでは、あたり皮属がちがいすぎるようだ。いくらあがいたっお、どうにもなるものではない。抱くどころか、傍にだっおよれやしない。\n ず぀ぜん、思いがけないある思念が電光のように心の隅を掠めた。\n 竜倪郎は、床を倱っお、もうすこしで叫び出すずころだった。\n あの倜、少女がなぜ名を名乗らなかったか、あす自殺する぀もりだずいうず、なぜ、急にあの现い指が絡み぀いお来たのか、迂濶にも、今になっお、竜倪郎は初めおその意味を了解した。\n 明日はもうこの䞖にいない男だから、それで、ひず倜の気玛れの盞手に撰んだのだった。なにしろ、死人に口はないのだから、あず腐れもなかろうし。――なんずいう抜目のなさ!\n(なるほど、そういうわけだったのか)\n 竜倪郎の胞の裏偎を、䜕か冷たいものが吹いお通る。䜗びしいずも、やるせないずも蚀いようのない寒々ずした気持だった。\n しょせん、戯れにすぎなかったのだ。あの倜の離れお行きかたが、よくそれを衚明しおいる。たずえ、わずかばかりでも真実らしい思いがあったら、けしお、あんな別れかたはしたい。揺り起しお、別れの蚀葉のひず぀ぐらいは蚀うであろう。それを、眠っおいるのを芋すたしお、逃げるように行っおしたった。\n あの愛らしい唇から、あんなにも優しく呌びかけあんなにもいくども誓った、あのかずかずの蚀葉は、みな、その堎かぎりのざれごずだったのだ。\n 竜倪郎は、胞の䞭で、苊々しく、呟く。\n(なにしろ、うたく遊ばれたもんだ)\n それはいいが、......それはいいが、これほどの自分のひたむきな熱情や真実が、こんな無残な方法で虐殺されたず思うず、぀らかった。\n たぶん、魂が痛むずいうのは、こんな感じをいうのであろう。胞のどこかに孔があき、その創口から、すこしず぀血が流れ出しおいるような、そんな蟛さだった。\n ふず、気が぀いお顔をあげるず、ダンピ゚ヌル先生が、半身をこちらぞ捻じ向け、ペンを持ったたたで、気遣わしそうな面持でこちらを眺めおいた。ダロスラフ少幎は先生のそばで、䜕かせっせず玙に曞き぀けおいた。\n 竜倪郎が顔をあげたのを芋るず、先生は、い぀ものように屈托のない調子で、\n「......すこし、顔色が悪い。気分でも悪いのではないかね。......それずも」\n チラず皮肉な埮笑をうかべ、\n「バルカン半島のような政事的擟乱が君にも起こっおいるのか」\n ず、いっお、倧声で笑い出した。\n 竜倪郎はハンカチで額を拭う。ひどい冷汗だった。出来るだけ快掻なようすを぀くりながら、\n「いや、そういうわけではありたせん。ええず、......倧急ぎで、リストリア語ずルりマニア語の比范論を曞き䞊げなくおはならないこずになっお、......この頃、ずっず寝䞍足をしおいるものですから、それで......」\n 䜕を蚀うのか、しどろもどろのおいだった。\n 先生は、すぐ真にうけお、\n「それは、たいぞんだ。䜕か芁る本があったら遠慮なく持っお行きたたえ。......もし、そういう必芁があるなら、ダロスラフ君を貞しおあげおもいいよ」\n 竜倪郎は、あわおお手を振った。\n「いいえ、それほどのこずでもないのです。......すこしばかり参考曞を貞しおいただければ......」\n そう蚀いながら、䜕気なく先生のずなりぞ芖線を移すず、瞬きもせずに、竜倪郎を瞶めおいるダロスラフの県ず出䌚った。なにか、劇しい敵意を含んだ県぀きだった。\n 竜倪郎は、自分でも䜕ずも刀らぬ䞍快を感じお、ゞッずその県を芋返すず、ダロスラフは、急に県を䌏せお額際たで真赀になり、「どうも倱瀌したした。......わたくし、日本の方にお県にかかるのはこれが初めおなんです......」\n ず、いっお、近東人皮特有の陰険な埮笑を浮べた。どうもそのたた信甚しにくいようなずころがあった。\n「それに、もうひず぀。......どうしおその写真があなたのお手に入ったか、さっきからそれを䞍審にしおいたものですから......」\n 来るな、ず思っおいたら、果しおそうだった。竜倪郎は顔を匕き緊めお、\n「これは、あるひずから托されたのですが、そのひずの名を申しあげなくおはならないのですか、ダロスラフさん」\n ダロスラフは、䟝然ずしお曖昧な埮笑を浮べたたた、\n「お気にさわったら、ごめんなさい。......どうしおもずいうわけではありたせん。おっしゃりたくなかったらおっしゃっお䞋さらなくずも結構ですよ。べ぀に、倧したこずではないのですから......」\n 竜倪郎は、返事をしなかった。\n どうしたずいうのか、ダロスラフは急に県芚たしいほど快掻な口調になっお、\n「リストリア語ずルりマニア語の比范をなさるんでしたら、マナむヌルぞおいでになった方が手ッ取り早いようですね。マナむヌルの囜立図曞通には、近東語の比范蚀語孊のいい著述がたくさんありたすから、巎里などでなさる半分の劎力ですむわけです。倜の八時䞉十五分の「経䌊近東特急」で巎里をお発ちになるず、䞉日目の倕方にはマナむヌルに着きたすから蚳はありたせん。......それに、いたおいでになるず、即䜍祝賀匏をごらんになれるかも知れたせんからね」\n「即䜍?......どなたが、即䜍なさるのです」\n「゚レアヌナ王女殿䞋」\n 思わず乗り出しお、\n「この写真の、゚レアヌナ王女殿䞋が?」\n たしかに、これは愚問だった。\n ダロスラフは、それには答えずに、\n「......ステファン五䞖王が二月二十五日にお薚れになったので、゚レアヌナ王女殿䞋が埡登䜍なさるのです」\n(二月二十五日!)\n 竜倪郎が、この日を忘れるはずはない。二月二十五日ずいうのは、土壇であの少女に逢った日のこずだった。\n\n 竜倪郎は、倕暮れの窓のそばに坐っお、カルノィンの「リストリア王囜史」を読んでいた。\n 沈みかけようずする倕陜が団々の雚雲を玫赀色に染めあげおいた。\n\n\n......䞀四䞀二幎、スタンコむッチ䞀䞖が登䜍しお以来、この王系は、䞀九䞀四―䞀八の䞖界倧戊によっお惹き起されたバルカン半島における政治的乃至領土的玛擟の際にも、王䜍の干犯を受けるこずなく、連綿、五䞖玀に亙っおこの囜を統治しおいる。......䞀八八九幎、アレクサンドル・オベノむッチ五䞖は露囜皇后の女官ナゞヌダ・スコロフを劃ずしお、二女を挙げた。䞀九〇九幎、゚レアヌナ女王殿䞋。ナタヌシャ女王殿䞋は䞉幎埌に生誕した。その幎、九月䞀䞃日、アンナ女王が狩猟䞭萜銬をしお葩去されたが、゚レアヌナ女王殿䞋がただ幌少だったのでステファン家のりラゞミヌル・ポポノフが登䜍しおステファン五䞖ずなり珟圚に及んでいる。゚レアヌナ女王殿䞋は......\n\n\n「゚レアヌナ女王殿䞋......」\n 竜倪郎は、手荒く本を閉じる。\n あの小さな嚘ず、いたリストリア王囜の女王の䜍にのがろうずしおいる王女ずが同じ女性だず信じたいずする。あの倜の嚘は、王女などではなくお、南仏のどこかのホテルの土壇でい぀かのように海を眺めおいるのにちがいない。もし、そうだったら、どんなに有難いか、などずかんがえる。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、高品質な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " テレヌスにはツァむスの望遠鏡がそなえおある。氷河の巊には、カンム Kamm, 3870m. の裟に二぀の小屋が認められたる、そこはコンコルディダ・プラッツ Konkordia Platz であった。ここから芋るナンクフラりは、決しお雄壮ずは云えない、ただ頂䞊から南ぞひくアレトの、ロッタヌル・ザッテル Rottalsattel、ロッタヌル・ホルン Rottalhorn、そしおその背埌に厩れかけたようなグレッチェルホルン Gletscherhorn ず、いずれも四千米に近い山岳の盎䞋に、雪の䞭から口を開いおいるベルクシュルントはさすがに恐しく思われた。\n トンネルで曎に小屋から北口にぬけるず、所謂ナンクフラり・ペッホに出た、ここは平らな雪田で、巊は䟋のピック・マティルデ、右に芋䞊げるように぀っ立ったのは四千癟四米のメョンヒである。北は断厖からグッギむ・グレッチャヌになっお、石を投げればずどきそうな足䞋に、さっき発ったクラむネ・シャむデックの停車堎が芋える。この方面には高い山は少い、然しラりテルブルンネンの背埌に、シルトホルンの峰぀づき、圌のブリュヌムリス・アルプの矀峰は、透明な冬の日に圫刻のように望たれた。枓川の雪に埋れた北のはずれはむンテルラヌケンで、ブリェンツ、トゥヌンの湖が、半分靄の䞭に芋䞋ろされた。ファりルホルン、シュワルツホルンの劂きは、䜕ず云っおも䞉千米突に足らぬ山で、こうしお芋䞋ろした目には䜕等の趣もない。\n チョコレヌト・゜ルディアヌみたいな電車の車掌さんが、呌子の笛を勲章たがいに胞高に垯びお、ちょこちょこやっお来おいろいろ䞖話をやいおくれた、なんでも私が果しおどこの人間なのか䜙皋興味をもっおいるず芋える、あれがアむガヌでこれがメョンヒ、その埌ろに芋えたすのがトゥルヌクベルクず、人を぀け子䟛でも知っおるような山の名前を䞊べやがる、時にあの山はなんだいっお知っおいそうもない、小っぜけな山を指さしたら、巊様、あれは、そう、ミュルレンのうしろの山ですがなず考えおた、篊棒奎、ミュルレンの西にあればミュルレンの背ろの山に極っおいらあ。小屋に垰っお昌飯にした。\n 食埌のカフェヌはテレヌスにはこばせお、そしおひろびろずした氷河を芋䞋ろした、すぐ前のナンクフラり・フィルンには雪車を曳いた北極犬が䌑んでいる、これは電車で぀れお来たんだそうな、小屋の前の雪の䞊に、シュネヌフヌン Schneehuhn が舞っおいた、私はこれを芋䞋ろす怅子によりかかっお぀くづくずナンクフラりを眺めおおる。「登るんですか貎䞋も」ず、軜く肩をたたいた英人があったが、恥かしながら「登る? 䜕凊ぞ」ず聞きかえさざるを埗なかった、圌は私の姿をずみこうみしながら、「いや私達はナンクフラりぞ登るんですよ、明日の朝」、「ほう、登れたすか......」は間がぬけた質問だったが、歀の堎合どうも已むを埗なかった。圌れはグリンデルワルトからガむドを二人぀れお来おいる、身ごしらえは䞀寞の透き間もなく、頬の玅い若やいだ姿もうれしかった。私は急に登りたくなった、然しスゥヌトにりルスタヌ、写真機に杖䞀本ず云った自分のからだをかえりみおは、私も登りたすよはあんたり掚しが匷くっお、この際、口に出せなかった、倧いに考え蟌んでるず、䟋のチョコレヌト・゜ルディアヌがやっお来た、膝ずも談合ず聞いお芋るず、案倖かな、私のような颚来坊も少なくないず芋えお、フロむラむンに盞談したらどうかなるでしょうず答えた、フロむラむンは赀面の女である、早速、頌んで芋たらこれも䞇事心埗お、ガむドさえ承知したすれば仕床はどうにでも臎したすず云った、さあ心がかりはガむドである。䞉人いた䞭の䞀人はさっきグリンデルワルトに垰っおしたった、あずの二人は今、ナンクフラりに登っおいお、午埌二時過ぎには垰っお来るそうだ、聞いお芋れば今日も䞀組、明日も䞀人、ずにかく山登りの埡客があるんだから、いくら苊しくおも知れたものだろう、気がかりなのはそのガむドである。\n\n●ナンクフラりペッホよりナンクフラり(右)及びロッタヌルホルン(å·Š)を望む\n\n 私はテレヌスに出たたたで、フィルンの䞊を眺めおいた。アレッチ・グレッチャヌにはもう片陰が出来お、クレノァスが黒く芋えはじめた、二時半頃にその雪のはずれ、ロッタヌル・ザッテルの盎䞋、ナンクフラり・フィルンの䞊に黒点があらわれお、望遠鏡でのぞくず、䞉人の男がシヌを぀けお、フィルンの雪をけっおたっしぐらに䞋りお来る、歀の連䞭は半時間もたたない䞭、癜いミュッツェに、グレッチェル・グラスをかけお、朜氎噚みたいな頭をしお小屋の盎䞋に到着した。来る間も遅しず埅ちかたえお、明日の蚈画を話すずすぐ承知したので、私はもう登山がすんだように安心しおしたった。\n さおこれからが支床である。䜕にしおもスゥヌトに重いりルスタヌではどうしようもないから、少々汗臭くはあったが、ガむドのスりェタヌを拝借するこずにした。癜のミュッツェず巻ゲヌトルはいいが、小屋で借りたネむルド・ブヌツは倧き過ぎお、いくら靎䞋を重ねおもパクパクしおいる始末、アルペンシュトックの方は䜙り短かすぎお、本圓に突いおるず腰が二重になりそうだった。が、䜕を云うにも借物だからあたり莅沢を䞊べる堎合ではない。反射よけのグレッチェル・グラスは小屋で䞉フラン半で買った。たずためしにこんな道具に身をかためお、小屋の前を䞋りおフィルンの䞊に出た、グレッチェル・グラスをかけるず、雪の陰圱が蒌く芋えお、たるで䞖界がちがったように物凄い。午埌の雪はさすがに柔かくお、カンゞキ無しではずおも歩けないくらいだ。フィルンに぀づくアレッチ・グレッチャヌには、西偎の山の蔭がギザギザに圱っお、その陰圱は刻々に氷河を暪ぎっお、東の山脈、トりルヌク・ベルクからカンムに぀づく雪の山に片かげがさし始めた。芋䞊げるず小屋は、忘れられたように雪の䞭に寂ずしお、芋枡す南の方、十里にわたる氷河は、人の生れなかった䞖をそのたたにしんずしお、圌方の空、ワリヌれル・アルペンにアヌベント・グリュヌンが望たれる。日が入るず急に寒い、雪の斜面を登っお小屋に垰る、ためしに歩数を勘定したが、楜に登れるのが先ず二十歩、五十歩ではずおも䌑たずにはいられない、無理に登ったら、癟歩にしお県が廻った。\n 小屋のテレヌスに着くず、䟋のガむドがやっお来た、䞀人はフリッツ・シュトむリ Fritz Steuri、赀っ面の四十男で気軜な奎で面癜い、もう䞀人はフリッツ・カりフマン Fritz Kaufmann、これはだんたりで幎は䞉十䜍だず思ったら、僕よりも若いんだそうな。\n もう倖は暗くなっおしたった。日が萜ちるず、気枩は急に䜎くなっお、今日の昌、䞁床零床を瀺しおいたのが、もう零䞋十二床に䞋がっおいる。\n 宀に入るず、さっきの英人がアドレッス・ブックを持っお来お、日本人がいたしたよず教えおくれた、それには片仮名でこう曞いおあった。\n\n日本垝囜 東京 倧関久五郎 地理孊を修むる者\n\n 歀宿ノ人ノ話ニ拠レバ、コレ迄吟日本垝囜民ニシテコボニ泊ッテ Jungfrau ニ登ツタ人ハ無むトノコトデス、本圓カり゜カハ私ハ知リマセンガ、兎ニ角コボニ吟邊人ニシテコノ埌コボニ来リ宿ル方ニ察シ埡免ヲ蒙ツテ私ノ名ヲ日本語デ曞むテ眮キマス。\n 九月二十四日\n" }, { "role": "assistant", "content": "\n これは千九癟十二幎のこずであった。成る皋こう云えば「この小屋から登った日本人」のファヌスト・アッセントである。\n 英人名はリチァヌド・カリッシュ Mr. Richard Kalisch、マンチェスタヌの䜏人で、独逞語、仏蘭西語、䌊倪利語に、シュりィヌツェル・ドむッチたで楜に話すのに感心しおしたった、党䜓、英囜人の倖囜語ず来たら倚くはなっおおらん、独逞語が話せるのわかるのなんお、倧きな面をする奎でも、発音ず来たらなさけない、第䞀、同じ囜のくせに、スコットランドの地名さえろくにしゃべれない䜍だが、同君の発音に至っおは䟋のガむド連に、旊那は英語よりシュりィヌツェル・ドむッチの方が䜙っぜどうたいやなんお、感心されおた䜍である。カリッシュは独逞の地名にもあるし、぀づりから芋おも、或は独逞皮なのかも知れない。日本には新婚旅行で来たんだそうな、䟋によっお䞍二山のはなしが出たが、新婚旅行だけに果しお登っおはいなかった。ハヌバヌト・ポンティング氏 Mr. Herbert G. Ponting の芪友で、氏がスコット倧䜐ず同行した南極探怜の話しやら、䞍二山写真垳の話しやら、広重、北斎から京の舞劓の話したで脱線したのは少々面癜かった。\n 晩逐はりィスキヌ・゜ヌダで平らげた、ネむルド・ブヌツの底ではないかず思ったステヌクも、䞞呑みにすれば決しお硬くはない。\n 飯がすむずガむドを぀れお、䟋のトンネルをぬけお再びナンクフラり・ペッホの雪の䞊に立った。ピック・マティルデは星あかりで蒌癜く光っおいる。そしお倧空は梚地の星で、メョンヒ、アむガヌの巚人のように屹えた巊に高く、北斗䞃星がかかっおいる。気枩は零䞋十䞉床、思ったよりは枩かい。雪田のはずれに立っお、䞋界を芋䞋ろした、そこには半点の靄もない、足もずにぎかぎか光っおいるのは、クラむネ・シャむデックの停車堎で、少し巊にはグリュッチュずりェンゲン、真ン䞭に二぀䞊んでるのはむンテルラヌケンずりィルデルスりィルであった。トゥヌンの街の灯はずっず巊に望たれる、そしお曎らに曎らに遠くがヌっずうす赀くにじんでいるのは、銖府ベルンの灯火であった。倜は寂ずしお物の音も響かぬ、而し私にはこのたわりに集たった䞉山が、ひそひそ耳こすりでもしおいるように思われおならなかった、ペッホの雪の䞊に半時間ばかり立っおたら、りィスキヌの元気もなくなっお、ぶるぶる胎振いが止たない、宀に垰るず、山ゥ人達がしゃべっおるしゃべっおる、䜕しろ箆棒な胎間声で、初めの䞭はナンクフラりず喧嘩でもしおいるのかず思った、が、圌等は䞀揆の䞋盞談でもなんでもない、いずこの山倩狗にもありがちな、誠嘘ずりたぜた自慢話をやっおるんだ。腰かけの䞋には電気炉がある、空気は也燥しおいるし、リョりマチスには持っお来いの療逊所である。\n リキュヌルをひっかけお、たた山人の仲間入りをした。十時過ぎに歀の連䞭は、私達のガむドを残しお、みんな䞋りおしたった。圌等はクラむネ・シャむデックから遊びに来たんだそうな。話もいい加枛にきりあげお寝宀に行く、私達二人ずガむドの䞀人で䞀宀を占領した、東の窓に癜いカヌティンがかかっおるず思ったが、気が぀くずそれは小屋を埋めた積雪であった、宀は少し暑すぎる䜍で、䜕だか萜ち぀いお眠れない、明日の出発は午前八時である、倏ならば雪が柔かいので、午埌氷河の䞊を通過するのは党然避けなければならない、無論、山によっおは登りに八、九時間を芁し、䞋山にもほが同様、もしくはそれ以䞊もかかるものがあるが、こう云う登山は最、危険に属するので、いくら倜半に出発しおも、午埌の危険はたぬがれない、この点に斌お冬の方が安党であるが、反察に雪に包たれたクレノァヌスに泚意しなければならない、そしおアノァランシュも倏の新しい雪のあずより少ないには盞違ないが、珟に寝宀に入っおからも、遠雷のようにしばしば聞えたくらいで、日の匷い間は決しお安党ずは云い切れない。\n 県を閉じおもたすたす神経は過敏になるばかりで、昔から想像ばかりしおいたナンクフラりに登れるず思うだけで、胞の錓動ははげしくなった、そうそうただ孊校にいた時分、線茯䌚の垰りだったか、高野君の所に倧勢で泊った事があった、暁方の倢に䞭村君ず二人登山をしお、私が頂䞊の写真を撮そうずするず、䞭村のひょろ長い半身が霧の䞭に入っおお、いくら埅っおおも写せなかった、芚めお話したら倧倉叱られた。倩気はどうだず思っお西偎の窓をのぞくず、ナンクフラりは真癜に屹えお、䞁床その䞊に沈みかけるオリオンが芋えた。折り折り遠くアノァランシュを聞く。時蚈を芋るずもう䞉時に近い。\n\nナンクフラり登山(䞀九䞀四・䞀・二五)\n\n\n\n 眠られないず云っおもやはりずろずろしたず芋えお、ガむドに起されたのは䞃時であった。先ずカヌティンをあけるず、晎れ枡っおはいるがただ日が登らないのは、高山ずは云え緯床の高いためであろう。支床はすぐ出来た。朝飯はカフェヌにロヌルずコヌルド・ミヌト、昌の匁圓にはパンにタングずハム、それからむノォルンの癜葡萄酒を䞀本携垯に及んだ。カリッシュ氏ず二人でテレヌスに出る、東南の空がもううすあかくなっお、グロヌセル・アレッチ・グレッチャヌの果おは、暪雲の間にりァリスの山々が玫に芋える、颚は少しも無いが随分寒い、昚倜の最䜎寒暖蚈は零䞋二十六床を瀺しおいた。\n 午前八時出発、ガむドは二人ず぀同勢六人である。小屋を䞋りるず、すぐ茪カンゞキを぀けお、ナンクフラり・フィルンを暪ぎりはじめる。ここから正面のロッタヌル・ザッテルの取り぀きたでは、だらだら䞊りの雪田で、私達の通る近くにはクレノァヌスは芋あたらない、雪は凍っおはいるが䜙り硬くはない、䞁床フィルンの半分もこえた時分に日が圓りはじめお、もうグレッチャヌ・グラスなしでは我慢にも歩けなくなった、雪田は決しお急ではないが非垞に呌吞ぐるしい、そしお手足は凍るように冷たいが、胞からは汗が流れおどうも気持ちが悪い。競銬ではないがずかく速り勝ちな連䞭を、ランクサヌム! ランクサヌム! ずガむドに泚意されお静々ず、やや小高い雪の䞘にずっ぀いおロッタヌル・ザッテルの盎䞋に達したのは八時五十五分であった。\n 先ず䞀やすみする、これからザッテルたではなかなか急で、あおのくず、さか萜しの雪の間に蒌く光ったクレノァヌスが口を開いおるようで物凄い。煙草をふかしたり撮圱したりしおいる間に、ガむドはリュックザックからシュタむクアむれン Steigeisen を取り出しお、茪カンゞキず取りかえおくれる、それからロヌプですっかり瞛られおしたった。先登はシュトむリ、次が私でカりフマンが埌殿である、私の䞀行はカリッシュ君の先きに立った。さあこれからが本匏の登山である、しかしいよいよ急斜にずっ぀くずすっかり楜になっお、䞀歩䞀歩ガむドの足跡を螏んで登るのが少しも苊にもならなかった。途䞭に倧小のクレノァヌスが随分倚い、倧きなのには雪の橋 Schnee-brÃŒcke があるからむしろ恐くはないが、小さな奎を飛びこすず、動悞がしお動悞がしおたたらなかった。やがお䞭腹の䞀番倧きなクレノァヌスに達する、思いきっお飛びこしたら蚳はなかった、深さは䞉癟米突、䞀番倚く人間を呑んだクレノァヌスだそうな。苊しみは兎に角䞀時間぀づいた。そしお䞁床十時にロッタヌル・ザッテルの䞊に到着した。\n 登りきった景色はすばらしい、西は盎䞋のラりテルブルンネン・タヌルを深く深く距おお、䞀面に雪の山の果おには、ただ蒌空があるばかり、それには䞀点の雲も浮かばない。アルプスにいく぀の山岳があるか私は知らない、諞君も数えたこずはあるたい、然しその数の倚い山の䞭で、人に知られた名峰の殆んど党郚はここに曞き䞊げるこずも出来よう、私がこのザッテルに立った刹那、第䞀に、ああ矎しいず思ったのはワむスホルンであった、それから、䌊倪利亜境のモンテ・ロヌザ、ワィスミス、これ等はよく芋る写真や画はがきで、䞀目芋ればすぐに分かったが、マッタヌホルンはモンテ・ロヌザの右にいかにも䜎くっお、いやにずがったちっぜけな山だず思っお、あれはクラむン・マッタヌホルンかず聞いたら、驚いた、本物のモン・セルノァンその者であった。モン・ブロンの山塊は遠いだけに小さく芋える、ラりテルブルンネンに沿う山岳は、ザッテルにすぐ぀づくロッタヌルホルン、その陰からグレッチェルホルン、゚ヌベネフルヌ、グロヌスホルン、ブラむトホルン、チンゲルホルン、谷の察岞はシルトホルンからペテルスグラヌトに぀づいお、ブリュヌムリス・アルプが手に取るように近い。その䞭にカリッシュ君の䞀行が着いた。\n ふりかえるず、県䞋にひろびろず暪たわるナンクフラり・フィルンをぞだおたトゥルヌクベルクず、曎にその背埌゚ヌりィッヒ・シュネヌ・フェルト Ewig Schnee-Feld をぞだおたグリュヌンホルンの連脈 GrÃŒnhörner―Gross-GrÃŒnhorn, 4047m, Klein-GrÃŒnhorn, 3297m. の䞊にフィンシュテラヌルホルンが屹えおいる、しかしこれはグリンデルワルト方面から芋るように、鋭く尖った様子は芋られない。それから曎に右に぀づくのはロヌトホルン Finsteraar-Rothorn, 3549m. であった。メョンヒ・アむガヌは極めお近く、メョンヒの右にはシュレックホルン山塊 Schreckhörner.; Gross Schreckhorn, 4080m.、アむガヌの巊にはりェッテルホルンを芋る、ナンクフラりの斜面に暪たわる無数のクレノァヌスは、たずもに朝日をうけお氎色に光っおいるのが䜕ずも云えず矎しい。\n 私は雪の䞊で雀躍りしお喜んだ、そしお明日はメョンヒに登ろうず決心しおしたった。実際この景色を芋おは、二、䞉幎この近所にうろ぀いお、山ず云う山をのこらずきわめおしたいたくなるのは、あながち私䞀人ではあるたい。冬の真䞭でも、ナンクフラり、゚ヌベネフルヌ、フィンシュテラヌルホルン、りェッテルホルン等には登れるし、メョンヒにも今月初めに䞀人登った組があったそうだ、無論、倏よりは危険なのには盞違ないが、歀の山岳の間に立っおは、危険ずか安党ずか考えるのは銬鹿銬鹿しくなっおしたう、自動車に曳かれたり、梯子段から蟷り萜ちる男がある䞖の䞭なんだから、危険なのは䜕も登山に限った蚳ではない。死ぬ時さえ来なければ、どんなこずをしたっお死なないものだ、第䞀人間はそんなに匱いもんじゃない。理窟はずにかく登らずには眮くものか、だが恐ろしいのはそのメョンヒから北に萜ちるグッギヌ・グレッチャヌである。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 茶道に配合䞊の調和を論ずる凊は俳句の趣味に䌌たり。茶道は物事にきたりありお䞻客各〻そのきたりを乱さざる凊甚だ西掋の瀌に䌌たりずある人いふ。(䞉月䞉日)\n\n 誀りやすき字巊に\n 盡は曞畫の字よりは暪画䞀本少きなり。聿の劂く曞くは誀れり。行曞にお聿の劂く曞くこずあれどもその堎合には四箇の点を打たぬなり。\n 逞ず寬ずには点あり。この点を知らぬ人倚し。\n 孞芺などいふ「かく」の字ず與譜などいふ「よ」の字ずは䞊半の䞭の凊異なり。しかるに䞡者を混同しお曞ける者たずぞば孞の字の䞊半を與の字の劂く曞ける者曞籍の衚題抔にも少からず。\n ※(「内」の「人」に代えお「入」)兩共に入を誀りお人に曞くが倚し。\n 喬の倭を倩に誀り、※(「聖」の「王」に代えお「壬」の䞋の暪棒が長いもの)※(門<壬)の壬を王に誀るが倚し。\n 傘は人冠に人四箇に十なり。しかるに十字の䞊にも䞭にも暪の棒を匕く事叀きよりの習ひず芋えたり。\n 吉の士を土に誀り曞く者倚し。\n 舍は人冠に舌なり。されど人冠に土に口を曞きし字も叀き法垖に芋ゆ。\n 臌の䞋の凊は䞀を匕くなり。兒も同じ。されどこの䞀の棒の䞭を切りお二画に曞くは曞きやすきためにや。\n 錠(ねずみ)の䞊の凊は臌なり。しかるにこの頃巀の字を曞く人あり。埌者は蠟獵臘などの字の旁にお「ろふ」「れふ」の音なり。\n 易は日に勿なり。賜の字。惕の字など皆同じ。されど陜揚腞堎楊湯など陜韻に属する字の旁は易の字の真䞭に暪の棒を加ぞたるなり。\n 賎獺瀚懶などの旁は負なり頁に非ず。\n「ちり」は塵なり。しかるに艞冠を぀けお薌の字を曞く人あり。埌者は艞名(よもぎの蚓あり)ならん、「ちり」の字にはあらず。こは塵の草䜓が艞冠の劂く芋ゆるより誀りしか。\n 解は角に刀に牛なり。牛の字を井に誀るが倚し。\n 挢字廃止論のあるこの頃かかる些少の誀謬を正すなど愚の至なりず笑ふ人もあるべし。されど䞀日なりずも挢字を甚ゐる䞊は誀なからんを期するは圓然の事なり。いはんや囜文に挢字を廃するも挢字は氞久に滅びざるをや。䜆かかる事は数十幎慣れ来りし誀を䞀朝に改めんずすれば非垞に困難を芚ゆれど初め教ぞらるる時に正しき字を教ぞこたるれば䜕の困難もなき事なり。小孊校の先生たちなるべく正しき字を教ぞたたぞ。(䞉月四日)\n\n 誀りやすき字巊に\n 段鍛は「たん」にしお假蝊鰕霞遐は「か」なり。段ず叚ず扁も぀くりも異なるを混同しお曞く人倚し。\n 蒹葭は「あし」「よし」の類なるべし。葭簀匵の葭も同字なり。しかるに近頃葮の字を甚ゐる人あり。埌者は字匕に「むくげ」ずあるはたしかならねど「よし」にあらざるは勿論なり。\n「おき」は沖なり。しかるにこの頃は二氎の冲の字を甚ゐる人倚し。䞡字ずも氎深の意なきにあらねど我邊にお「おき」の意に甚ゐるは字矩より来るに非ずしおむしろ氎の真䞭ずいふ字の組立より来るに非るか。\n 汜車の汜を滊ず曞く人倚し。字匕に汜は氎气也ずあるを犏沢翁の芋぀け出しお蚳字に圓おたるなりず。滊の字もあれど意矩異なり。\n 四の字の䞭は片仮名のルの字の劂く右ぞ曲ぐるなり。讀莖などの぀くりの䞭の凊も四を曞くなり。されど賣の字の䞭の凊は四の字に非ず。右ぞ曲ぐる事なく真盎に匕くなり。いささかの事故どうでもよけれどただ讀(ずく)の぀くりが賣(ばい)の字に非るこずを知るべし。\n 奇の字の䞊の凊は倧の字なり。奇の字を字匕で匕かんずならば倧の郚を芋ざるべからず。されど立の字の劂く曞くも叀き代よりの事なるべし。\n 逢蓬峯は「ほう」にしお降絳は「こう」なり。終りの凊少し違ぞり。\n ðŠ£ã€ã€49-15]」に癜䞞傍点](ひめ)の字の぀くりは臣に非ず。\n 士ず土、爪ず瓜、岡ず眔、霊ず霋、戊ず戌、これらの区別は倧方知らぬ人もなけれど商(あきなひ)ず啇(音テキ)、班(わか぀)ず斑(ただら)の区別はなほ知らぬ人少なからず。\n 以䞊挙げたる誀字の䞭にも叀くより曞きならはしお䞀般に通ずる者は必ずしも改むるにも及ばざるべし。䜆甲の字ず乙の字ず取り違ぞたるは是非ずも正さざるべからず。\n 甲の字ず乙の字ず取り違ぞたる堎合は臎し方なけれど或る字の画を誀りたる堎合はこれを印刷に附する時は自ら正しき掻字に盎る故印刷物には誀字少き蚳なり。けだし掻字の初は『康熙字兞』によりお䞀字々々䜜りたりずいぞば掻字は極めお正しき者におありき。しかるに近来出来たる掻字は無孊なる人の杜撰に䜜りしものありず芋えお埀々停字を発芋する事あり。せめおは掻字だけにおも正しくしお䞖の惑を増さざるやうしたき者なり。(䞉月五日)\n\n 自分は子䟛の時から湯に入る事が倧嫌ひだ。熱き湯に入るず䜓がくたびれおその日は仕事が出来ぬ。䞀日汗を流しお劎働した者が劎働がすんでから湯に入るのは劂䜕にも愉快さうで草臥が盎るであらうず思はれるがその他の者で毎日のやうに湯に行くのは男にせよ女にせよ必ずなたけ者にきた぀お居る。殊に楊枝をくはぞお朝湯に出かけるなどずいふのは堕萜の極である。東京の銭湯は䜙り熱いから少しぬるくしたら善からうずも思ふたがい぀そ銭湯などは眷めおしたふお皆々冷氎摩擊をや぀たら日本人も少しは掻溌になるであらう。熱い湯に酔ふお熟柿のやうにな぀お、ああ善い心持だ、などずいふお居る内に日本銀行の金貚はどんどんず皆倖囜ぞ出お埀おしたふ。(䞉月六日)\n\n 自分が病気にな぀お埌ある人が病牀のなぐさめにもず心がけお鉄網の倧鳥籠を借りお来おくれたのでそれを窓先に据ゑお小鳥を十矜ばかり入れお眮いた。その䞭にある氎鉢の氎をかぞおやるず総おの鳥が䞋りお来お争ふお氎をあびる様が面癜いので病牀からながめお楜しんで居る。氎鉢を眮いおただ手を匕かぬ内にヒワが䞀番先に䞋りお济びる。济び様も䞀番䞊手だ。ヒワが济びるのは勢ひが善いので目たたく間に鉢の氎を半分䜍矜ではたき散らしおしたふ。そこで倖の鳥は残りの乏しい氎で順々に济びなくおはならぬやうになる。それを予防する぀もりでもあるたいが埌にはヒワが先づ济びようずするずキンバラが二矜で䞋りお来おヒワを远ひ出し二矜䞊んで济びおしたふ。その埌でゞダガタラ雀が济びる。キンカ鳥も济びる。カナリダも济びる。暫くは氎鉢のほずりには先番埌番ず鳥が詰めかけお居る。济びおすんだ奎は皆高いずたり朚にずた぀お頻りに矜ばたきしお居る。その様が実に愉快さうに芋える。考ぞお芋るず自分が湯に入る事が出来ぬやうにな぀おからもう五幎になる。(䞉月䞃日)\n\n 䜙は挢字を知る者に非ず。知らざるが故に今曎に誀字に気の぀きしほどの事なれば䜙の蚀ふ所必ず誀あらんずあやぶみしが果しおある人より教をたたはりたり。因぀お正誀かたがたこれを茉せ䜵せおその奜意を謝す。\n\n(略)賎瀚獺懶等の旁は負なり頁にあらずずせられ候ぞども負にあらず※(刀/貝)の字にお貝の䞊は刀に候勝負の負ずは少しく異なり候右等の字は剌より音生じ候たた※(「聖」の「王」に代えお「壬」の䞋の暪棒が長いもの)の䞋は壬にあらず※(「壬」の䞋の暪棒が長いもの)(音テむ)に候※(「呈」の「王」に代えお「壬」の䞋の暪棒が長いもの)※(「望」の「王」に代えお「壬」の䞋の暪棒が長いもの)等皆同様に埡座候右些现の事に候ぞども気付たるたた(䞀老人投)\n\n たたある人より\n\n(略)菩薩薩摩の薩は字原薛なり博愛堂『集叀印譜』に薩摩囜印は薛......ずあり蚳経垫が仮釈にお薛に二点添付したるを元明より産の字に䜜り字兞は薩ずしあるなり唐には決しお産に曞せず云々\n" }, { "role": "assistant", "content": " 右の誀は字兞にもあり麑島人も仏教家も䞀般に知らであれば正したき由いひこされたり。(䞉月八日)\n\n 雑誌『日本人』に「春」を論じお「我囜は旧ず倪陰暊を甚ゐ正月を以お春の初めず為ししが」云々ずあり。語簡に過ぎお解しかぬる点もあれど昔は歳の初即正月元旊を以お春の初ずなしたりずの意ならん。陰暊時代には䟿宜䞊䞀、二、䞉の䞉箇月を以お春ずし四、五、六の䞉箇月を以お倏ずなし乃至秋冬も同䟋に䞉箇月宛を取りしこずいふたでもなし。されど陰暊におは䞀幎十二箇月に限らず、十䞉箇月なる事も倚ければその堎合には四季の内いづれか四箇月を取らざるべからず。これがために気候ず月日ず䞀臎せず、去幎の正月初ず今幎の正月初ずいたく気候の盞異を来すに至るを以お陰暊時代におも厳栌にいぞば歳の初を春の初ずはなさず、立春(冬至埌玄四十五日)を以お春の初ず定めたるなり。その蚌は叀くより幎内立春などいふ歌の題あり、『叀今集』開巻第䞀に\n\n幎の内に春は来にけり䞀幎を去幎ずやいはむ今幎ずやいはむ\n\nずあるもこの事なり。この歌の意は歳の初ず春の初ずは異なり、さればいづれを蚈算の初ずなすべきかず疑ぞる者なればこれを裏面より芋ればこの頃におも普通には䟿宜䞊歳の初を春の初ずなしたる事なるべし。されど朝廷の儀匏にも特に立春の日を遞びおする事あり。『公事根源』に\n\n 䟛若氎 立春日\n若氎ずいふ事は去幎埡生気の方の井をおんしお蓋をしお人に汲せず、春立぀日䞻氎叞内裏に奉れば朝选におこれをきこしめすなり、荒玉の春立぀日これを奉れば若氎ずは申すにや云々\n\nずあるを芋おも知るべし。平民瀟䌚におは立春の儀匏ずいふ事は知らねど節分(立春前䞀倜)の儀匏は皮々ありお今日に至るたでその幟分を存せり。䞭にもこの倜各〻の幎霢の数に䞀぀増したるだけの熬豆を玙に包みお厄払に䞎ぞ来幎の厄を払はしむるが劂きは明かに立春を以お蚈算の初ずなし立春に入る事によりお新たに霢䞀぀を加ふる者ず定めたるを芋るべし。(陰暊の正月元日は立春に最も近き朔日を取りたる者なれば元日ず立春ず十五日以䞊の差違ある事なし。されど元日前十五日立春の幎ず元日埌十五日立春の幎ずを比范すれば気候に䞉十日の遅速あり)\n 右の劂く昔は歳初ず春初ず区別あるが劂くなきが劂く曖昧に過ぎ来りしが明治に至り陜暊の頒垃ず共に陰暊は公匏䞊廃せられたれば䞡者は断然ず区別せられお䞀月䞀日は毎幎冬季䞭に来る者ず定たれり。この際に圓りお春倏秋冬の限界に぀いおは䜕らの芏定する所なければ䜙は䟝然ずしお立春立倏立秋立冬を以お四季の限界ずする説に埓ひ居るなり。元来この立春立倏等の節は陰暊時代にも甚ゐられたれどその実月の盈虧には䜕らの関係もなくかぞ぀お倪陜の䜍眮より算出せし者なればこれを倪陜暊ず䞊び甚ゐお毫も矛盟せざるのみならず毎幎ほが同䞀の日に圓るを以お蚘憶にも甚だ䟿利あり。\n 雑誌『日本人』の説は西掋流に䞉、四、五の䞉箇月を春ずせんずの事なれども、我邊には二千幎来の習慣ありおその習慣䞊定たりたる四季の限界を今日に至り応ち倉曎せられおは気候の感厚き詩人文人に取りお迷惑少からず。されど现かにいぞば今日たでの芏定も習慣䞊に埗たる四季の感ず倚少䞀臎せざるかの疑なきに非ず。も぀ずも気候は地方によりお非垞の差違あり、殊に我邊の劂く南北に長き囜は千島のはおず台湟のはおず同様に論ずべきにあらねど、詊に䞭倮東京の地に぀いおいはんに(京郜も倧差なかるべし)立春(二月四日頃)埌半月䜍は寒気匷くしお冬の感去らず。立秋(八月八日頃)埌半月䜍は暑気匷くしお秋の感起らず。たた菊ず玅葉ずは叀来秋に定めたれど実際は立冬(十䞀月八日頃)埌半月䜍の間に盛なり。故に東京の気候を以おいはんには立春も立倏も立秋も立冬も十五日宛繰り䞋げおかぞ぀お善きかず思はるるなり。されば西掋の芏定ず実際は倧差なき蚳ずなる。しかしながらこは私に定むべき事にもあらねば無論旧䟋に䟝るを可ずすべきか。(西掋の芏定は東京よりはやや寒き地方より出でし芏定に非るか)(䞉月九日)\n\n 自個の著䜜を売りお原皿料を取るは少しも悪き事に非ず。されどその著䜜の目的が原皿料を取るずいふ事より倖に䜕もなかりしずすれば、著者の心の賀しき事いふたでもなし。近頃出版せられたる秋竹の『明治俳句』は果しお䜕らの目的を以お䜜りたるか。秋竹は俳句を善くする者なり。俳句に堪胜なる秋竹が俳句の集を遞びたるは䌌぀かはしき事にしお、玠人の杜撰なるものず同日に芋るべからず。されど秋竹は始めより俳曞線纂の志ありしか、近来俳句に疎遠なる秋竹が䜕故に俄に俳句線纂を思ひ立ちたるか。この句集が劂䜕なる手段によ぀お集められしかは問ふ所に非ず。この曞物を出版するに぀き、秋竹が䜕故に苊しき序文を曞きしかは䜙の問ふ所に非ず。もし䜙の邪掚を明にいはば、秋竹は金たうけのためにこの線纂を思ひ぀きたるならん。秋竹もし䞀点の誠意を以お俳句の線纂に埓事せんか、その手段の劂䜕にかかはらずこれを賛成せん。されど䜙は秋竹の腐敗せざるかを疑ふなり。さはれ䜙は個人ずしお秋竹を攻撃せんずには非ず。今の新著䜜かくの劂きもの十の九に居る故に特に秋竹を仮りおいふのみ。(䞉月十日)\n\n 挢字廃止、矅銬字採甚たたは新字補造などの遌遠なる論は知らず。䜙は極めお手近なる必芁に応ぜんために至急新仮字の補造を望む者なり。その新仮字に二皮あり。䞀は拗音促音を䞀字にお珟はし埗るやうなる者にしお䟋せば茶の仮字を「ちや」「チダ」などの劂く二字に曞かずしお䞀字に曞くやうにするなり。「しよ」(曞)「きよ」(虚)「くわ」(花)「しゆ」(朱)の劂き類皆同じ。促音は普通「぀」の字を以お珟はせどもこは仮字を甚ゐずしお他の笊号を甚ゐるやうにしたしず思ふ。しかし「しゆ」「ちゆ」等の拗音の韻文䞊䞀音なるず違ひ促音は二音なればその笊号をしおやはり䞀字分の面積を䞎ふるも可ならん。\n 他の䞀皮は倖囜語にある音にしお我邊になき者を曞きあらはし埗る新字なり。\n これらの新字を䜜るは極めお容易の事にしお殆ど考案を費さずしお出来埗べしず信ず。詊にいはんか朱の仮字は「し」ず「ナ」たたは「ゆ」の二字を結び぀けたる劂き者を少し倉化しお甚ゐ、著の仮字は「ち」ず「ペ」たたは「よ」の二字を結び぀けたるを少し倉化しお甚ゐるが劂くこの䟋を以お他の字をも䜜らば名は新字ずいぞどその実旧字の倉化に過ぎずしお新に新字を孊ぶの必芁もなく極めお䟿利なるべしず信ず。たた倖囜音の方は倖囜の原字をそのたた甚ゐるかたたは倚少倉化しおこれを甚ゐ、五母音の倉化を瀺すためには速蚘法の笊号を甚ゐるかたたは拗音の堎合に蚀ひし劂く仮字をく぀぀けおも可なるべし。ずにかくに仕事は簡単にしお容易なり。か぀新仮字増補の䞻意は、匷制的に行はぬ以䞊は、唯䞀人反察する者なかるべし。䜙は二、䞉十人の孊者たちが集りお詊に新仮字を䜜りこれを䞖に公にせられん事を望むなり。(䞉月十䞀日)\n\n 䞍平十ヶ条\n\n䞀、元老の死にさうで死なぬ䞍平\n䞀、いくさの始たりさうで始たらぬ䞍平\n䞀、倧きな頭の出ぬ䞍平\n䞀、郵䟿の消印が読めぬ䞍平\n䞀、癜米小売盞堎の容易に䞋萜せぬ䞍平\n䞀、板ガラスの日本で出来ぬ䞍平\n䞀、日本画家に油絵の味が分らぬ䞍平\n䞀、西掋人に日本酒の味が分らぬ䞍平\n䞀、野道の真盎に぀いお居らぬ䞍平\n䞀、人間に矜の生えお居らぬ䞍平\n\n(䞉月十二日)\n\n 倚くの人の俳句を芋るに自己の頭脳をしがりおしがり出したるは誠に少く、新聞雑誌に出たる他人の句を五文字ばかり眮きかぞお䜕知らぬ顔におたた新聞雑誌ぞ投曞するなり。䞀䟋を挙げおいはば\n\n○○○○○裏の小山に䞊りけり\n\nずいふ十二字ありずせんに初五に䜕におも季の題を眮きお句ずするなり。「長き日の」「のどかさの」「霞む日の」「炉塞いで」「桜咲く」「名月や」「小春日の」等そのほか劂䜕なる題におも倧方぀かぬずいふはなし。実に重宝なる十二字なり。あるいは\n\n灯をずもす石燈籠や○○○○○\n\nずいふ十二字を埗たらば「梅の花」「糞柳」「糞桜」「春の雚」「倕涌み」「庭の雪」「倕時雚」などそのほか様々なる題をく぀぀けるなり。あるいは" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「ただ今、田䞭君の埡質問のはじめに、同君より予お質問曞を出しおいる、䜕故に返答が遅いかずいう埡催促でありたした。その返答は䜕時でもする぀もりで即ち今日も曞類を持っおいる。今日もこの通り議長に返答いたしたしょうず思いたした。或は明日でも答匁いたしたす」\n 陞奥はあくたで冷静な態床で県䞋の正造の垭を芋やり、改めお蚀葉を継いで山林払䞋に぀いお匁明を詊みた。蟲商務省で管蜄する山林は六䞇町歩もある䞭だから、安生某にどういう山林を払䞋げおどうであるか、垳面を繰っお芋なければ確ずいうこずはできない。原野ず称するなかにも盞が倉っお朚のある原野もある。なお山林ずいう䞭にも朚のない山林があるず同じであるず、巧劙に受け流しお降壇した。\n 二十五日もひき぀づき蟲商務省第䞉欟の議事であった。すなわち鉱山監督眲費である。正造はこの日も登壇した。\n「......草山ずいうものは草の生えた山で、朚のある山は山林ずいうぐらいのこずは、䞉歳の小児でも知らなければならぬ。安生順四郎に払䞋げた䞉千䞃癟町は、隅から隅たで朚が生えおいる。その払䞋は五癟円で、䞀䞇八千円は䞀寞借りのできるくらいである。この䞀䞇八千円は足尟銅山の叀河垂兵衛が炭を焌いお売っお䞀カ月二䞉癟円の利益があった、この金を返枈したのである」\n ず、たず昚日の陞奥の答匁を揶揄し、\n「拙者の質問曞に未だお答のないのは鉱山の䞀件である。今日は䜕故お答がないのである。昚日は明日お答するずいっお今日䜕故お答がない。お答ができないならばできないずおっしゃればよろしいずいうこずを、昚日も申しおいる」\n 正造は足を螏み倉えお倧臣垭を振り返ったが、今日は未だ陞奥の姿を芋出すこずができなかった。ただ西村政府委員が、昚日正造に手痛く叱責されたこずを根に持っおいるのか、むっ぀りずしお控えおいた。\n「その答によっおただただ議論もいたしたすが、この予算䌚も非垞に急ぎたすから、私はこの事件に぀いお现かなこずは申したせぬ。皮々の統蚈もありたすし、䞔぀分析衚もありたしお数時間を費さなければ挔説ができない。ずにかく、矀銬、栃朚䞡県の間を流れる枡良瀬川ずいう川は、鉱山から流れる鉱毒で双方の沿岞の田畑を䜵せお千二癟䜙町に害を被らしめおいる。この千二癟町䜙もある倧切な耕䜜地面が、二幎も䞉幎も穀物が穫れないのである。こずに昚幎の二十䞉幎は䞀粒ものがらない。のがらないのみならず物が生えないのである。斯のごずく重倧な事件である。この重倧な事件を䞀向知らないでいる。鉱山の芏則を芋よ。鉱山の芏則を埡承知なければ私が読んで聞かせるが」\n 議堎にどっず笑声が湧いた。正造は頭陀袋のようにふくらんだ懐から曞類を぀かみだしたが、それはそのたた卓䞊においお、さらに語気鋭く倧音声を぀づけた。\n「日本坑法には䜕ずある。たた鉱業条䟋には、蟲商務倧臣がその営業を停止するこずが出来るずいうこずを明蚘しおあるにかかわらず、斯のごずく劂䜕に叀河垂兵衛の営業がその本人に利益あるものにせよ、いやしくも租皎の矩務を負担しおいる人民、いやしくも害のないこの土地に䜏居を定めた人民に、斯のごずき害を䞎えるこずが芋えないずいうのは䜕事である。......魚を捕っお売ろうずすれば譊察が喧しくいっお毒を食った魚だから売っおはならぬずいった。それは明治十䞉幎頃からのこずである。人民が県庁ぞ願いにゆく、矀銬県、栃朚県の人民が皆これを調査しお県庁ぞ䜕回行くか知れない。䞍思議にもたた内務倧臣の方でもこれが芋えないものずみえる。或は蟲商務ずどういう打合せがあったか知らぬが、かくのごずく己の管蜄に蟲商務省鉱山の方から人民に害を䞎えられおいるこずが、内務倧臣にも亊これが芋えない。䜕故こう目が暗くなるんである。䜕かそれだけの䞍思議なこずがあるだろう。道途の説にはいうに憚るこずがある。たた蟲商務倧臣は叀河垂兵衛に䌜をくれられ芪類であるからず、――たさか囜家の倧臣たるものが、斯のごずきをもっお公務を私するものでないずいうこずは拙者も信じおいる。しかしながら、こういうこずを人民がいうずきは䜕をもっおこれを匁解する。この䞋にいるずころの県䌚や郡長が人民の害をなしおこの請願の道を塞いでいるずいうようなこずは、劂䜕にもありそうなこずであろうず思う。この鉱山の䞉欟などは立掟にこれを削陀しおよろしい」\n 満面に朱をそそぎ腕をふりたわしお怒号しおいた正造は、そういっおぷっ぀り蚀葉を切った。同時に湧きかえるような拍手であった。正造は王付の袖を振っお、しかも眉に䞀抹の哀切な愁を挂わせ぀぀降壇した。垭に着いおたた倧臣垭をふり仰いだが、぀いに最埌たで陞奥の姿は芋出せなかった。\n 正造があげた陞奥ず叀河ずの姻戚云々は決しお颚説でない。垂兵衛はその䞻家の小野組が為替埡甚を勀めおいた関係で、明治五幎にあらたに倧蔵省租皎頭に就任した陞奥ず盞識った。時に陞奥は二十九歳、垂兵衛は四十䞀歳であった。䞀は利刃、䞀は鈍鏚、䞀芋しお性栌の盞反する二人はどういう点で意気投合したのか、翌六幎には陞奥の次男最吉を垂兵衛の逊子ずする玄を結ぶに至った。ずころが、明治䞃幎に小野組が瓊解しお、垂兵衛は萜魄の身ずなった。陞奥は、このずき垂兵衛を鞭撻しお「自分は君を信じお愛児を䞎える玄束をした。今日、君を信ずるこずは毫も埀時ず異らぬ。人の窮達は日暮をもっお枬るべからずである。須らく再起の蚈をなしたたえ」ずいった。そののちに明治十䞀幎六月十日、突劂陞奥は元老院幹事の職にあっお拘囚された。倧江卓、片岡健吉、林有造、竹内綱等䟋の土䜐掟の政府顛芆陰謀に気脈を通じおいたこずが探知されたからであった。陞奥は衚面にこそ立たなかったが、事実は隠然たる銖謀であった。垂兵衛は翌幎はるばる山圢の獄䞭にあった陞奥を慰問し前玄を果すこずを迫るこずによっお以前の情誌に報いたのであった。その結果、十䞉幎二月に最吉は実家を去っお叀河家ぞ入った。最吉十䞀歳の時である。入籍はやや遅れお陞奥が出獄埌の明治十六幎五月に実行された。䞡人の間には実にこうした因瞁が朜んでいた。\n なおその出獄埌たもなくのこずである。陞奥は地方挫遊の途次たたたた日光に杖を曳いた。そのずき、圌は翠埮を展望し぀぀傍をかえり芋おいうには「䞋野の山川は颚光明媚だが、颚景は経枈に甚のないものである。山は高きが故に尊からずである」ず。圓時の県䌚議員塩谷道博、小峰新八郎の䞡名からこれをきいお正造はながく蚘憶にずどめおいた。\n さおこの蟲商務省の第四欟第五欟の修正案が成立しお、議事は぀いで逓信省所管に入った。埌藀倧臣の挔説が終るず、たちたちその足もずから砎れ鐘のような声が起った。「議長々々」挑戊の気配もあらわに正造が突立っおいた。埌藀はそれを䞀瞥し぀぀扉を排しおコ゜コ゜ず退垭しおしたった。\n 倧臣連は䞀人もその垭に圱を芋せなかったが、しかし民党の面々には倧臣の欠垭などに頓着なかった。政府案をもみ぀ぶすこずあたかも砎竹の勢で、逓信省所管もたたすべお査定案通りに採決した。だが、そのずき䜕故に倧臣垭がもぬけの殻だったのか、圌等はそれから数時間埌に思い知らされた。倧臣連の姿の芋えなかったのは、䞀同が総理倧臣官邞に鳩銖しお重倧評議をしおいたからである。議䌚が午埌六時五十分に散䌚しお、民党の議員たちがそれぞれ意気揚々ず宿舎ぞ匕きあげた䞁床その時刻に、䞀方束方総理倧臣は宮䞭ぞ参内するために悠々ず砂利道に銬車を駆っおいた。\n 八時をどのくらい過ぎた頃であったろうか。燈火の぀いた議院の議事課ぞ、平山曞蚘官長が深刻な顔付で入っおきた。宀々を廻っお議長をさがし歩いお来たのである。圌は議長の姿を芋るず぀か぀かず歩み寄り、黙っお玙片を手枡した。衆議院解散の勅什であった。議長は、ややしばらく無蚀で感に打たれたように目をすえおいたが、\n「䞀刻も早く知らせるべきだ」ずにわかに倉皇ずしだした。\n 早速に居残っおいた曞蚘たちが呌び集められた。通知状を刷るためにたちたち腕たくりで蒟蒻版の刷にずりかかるもの、封筒の衚曞を認めるもの......そら玙だ、そらペンだず絊仕が远い䜿われた。たもなく䞉癟枚の蒟蒻版がすりあがり、小䜿が配達に動員された。それぞれ小䜿たちをのせた人力車が掛けごえも勇たしく垂内各凊の議員たちの宿舎を目ざしお宵闇に消えおいった。\n あたかも日に日に加わる院内の闘争の険しさず、政府が議員買収の実をあげ぀぀あるずいう颚聞に刺戟されお、東京には地方党員が続々ず集結しおいた。圌等は議員の宿舎を襲っお欠垭によっお逃避しようずする者を駆りだし、たた院倖に詰めかけお議堎に斌おの向背を牜制しおいた。それゆえひずたび解散の声が぀たわるず各政党の事務所にはこうした人々が、それぞれ昂奮しお集たっお来た。たたその隒然たる物情に乗じお倜の街には酒気を垯びお慷慚悲歌するものや、婊女ず芋かけお悪戯をするものなど、えせ壮士茩の埘埊も目にあたるものがあった。\n 正造が解散の通知を受けお南鍋町の改進党事務所ぞ銳け぀けたずきには、すでに倚数の党員が集たっお各所の火鉢をかこんで声高に攟談しおいた。殊に最前衛ずしお戊ったこの党の気勢は同志集合によっおあがっおいた。誰の顔にも解散を悲しむ気色など芋られず、むしろわが党の嚁力をこの蚌巊に芋たずいわぬばかりの気負いが、圌等を昂奮ぞ駆りたおおいた。正造は人々のうしろに座をしめるず黙々ず腕組みし぀぀目を閉じおいた。なにごずか独り深く考え沈んでいる様子だったが、突然けわしく目をむき䜓を乗りだしお怒鳎った。\n「この倧銬鹿野郎、同志の間でなんずいうこずをぬかす」\n 人々は、その倧声にびっくりしお䞀斉に口を噀んだ。\n「たた田䞭君の銬鹿野郎か......」興げな顔付で睚みかえす者もいた。高田早苗が腰を浮かせおずりなし顔に「暺山の䟋の拳骚挔説の話じゃないか。なにも藪から棒に怒りだす理由はないよ。あの雑蚀を䟮蟱ず思えば腹も立぀が、実はわが民党の気勢に怯気づいた䜙りの虚勢だ。藩閥の悲鳎だ。そういっお眵倒しおいたのさ。それがどうしお君には気に入らんのか」去る二十二日の予算本䌚議のずきである。暺山海軍倧臣が「䞖人は薩長政府ずいっお政府を嫌悪するが、今日たでよく囜家の安寧、瀟䌚の秩序を保持したのは誰である!」ず卓をたたいお叱咜したから、議堎はたちたち喧々囂々ずなっお議䌚開蚭以来の混乱に陥った。いわゆる暺山の拳骚挔説ずしお民党議員が誰しも憀慚しおいるずころであった。" }, { "role": "assistant", "content": "「いや、そうじゃない」正造はなお憀激のおさたらぬ顔で銖をふった。「誰のこずか知らんが、暺山の配䞋の奎に料理屋や埅合ぞ぀れこたれたず同志の誰かを䞭傷しおおった。わしの耳は聟じゃない。ちゃんず聎きたしたぞ」\n「それは田䞭さん、ちがいたすよ」ず地方党員らしい老人が手をあげお匁明した。「暺山海盞はこんどの予算案を通そうずしお、ずいぶんいうを憚るような暗䞭策動をやった。自由党のなかにはその逌に尟を振った犬みたいな奎もいるが、华っおその陋劣手段に反感を抱いお政府攻撃ぞ廻った者もいる。私はそういう巷間の説をここでただ受け売りしたたでです」\n「そうか。わしはたた蔭で改進党の誰かを誹謗したのかず思った。倩䞋囜家を憂うるものが婊女子の蚀動をするず思ったから腹が立った」\n「やっぱり聟の早耳の郚類だよ。そんなこずを聞けば誰も黙っお攟っおはおかない」\n 前にいた加藀政之助がふり返っお笑った。\n「これや、わしが悪かった、すたなかった」\n 正造はもうそれで釈然ずした顔付になっお腰を䞋した。腕組みしお、たた別人のように黙々ず瞑想に入るごずくであった。䞀座もたた次の総遞挙の予想などに話題を移しお、にぎやかな話し声になった。内務倧臣品川匥二郎は前の山県内閣のずきにも、解散を断行しお埡甚党を぀くるべしず裏面から献策した男だ。圌にすれば第䞀議䌚に山県が小心で行えなかったずころを今床みずから遂行したにすぎない。圓然の結果ずしおおそらく極床の遞挙干枉をやるだろう。誰の予想もそれに䞀臎しおいた。\n それをきき぀぀、正造の胞は、他の者の思いおよばぬ別箇の憀りず憂慮に痛んでいた。鉱毒の件に぀いお、議䌚でなお蚎えようずしおその機䌚を倱ったこずが䞀である。圓局の責任ある答匁をきき埗なかったこずが二である。被害民たちに埒らに困窮を぀づけさせねばならぬこずがその䞉である。\n そこぞ島田䞉郎が、錻の䞡わきに八の字の皺をよせた圱深い衚情で入っおきた。圌は正造を認めるず真盎ぐにかたわらぞきお、\n「きょうの鉱毒の挔説には敬服したした。たいぞん結構でした」\n 正造はニコリずもせず瞌を開いたが、盞手が島田だず認めるず、目に芪しみをたたえお、\n「いや、いや、自分ではただただいい足りない、䞍十分だったず思っおいたす。なにしろ時間の䜙裕がなかったので......解散になるのだったら、もっず存分にやるんでした。......いや、いや、あなたは䟋によっおもっず忌憚ない批評をしおもらわねば」\n「私の方の蚘者も感心しお明日の議事䜙聞に曞いたずいっおおりたしたよ」\n だが、田䞭はそれには無感動な様子で黙っおいた。島田はさらに蚀葉を継いで、\n「あれこそ蚀々肺腑から连ったずいうのでしょう。いう人に誠実がなければああは人の胞を打぀ものでない。或は田䞭君は鉱毒問題を䞀身に背負う芚悟じゃないのか。私は聞いおいおそう思ったくらいだ」\n 最埌の蚀葉をきくず、正造はギクリず胞を匕き、底光りする目差しで島田をじッず芋぀めた。島田はその動揺に気付いたずも気付かなかったずも芋える態床で話題をそらし、\n「未だ官報は芋ないが、芋おお埡芧なさい。政府は解散の奏疏で、必ず眪をわれわれ民党に転嫁しおいたすよ」\n「そうでしょう」ず、正造も深くうなずき「濃尟震灜補助の議決たで故意に延匕させたずいうのでしょう......だが、われわれは政綱の末を争ったのではない」\n「たこずにそうです。われわれは圌等の政治的道念の誀りを矯正しおやる぀もりで戊ったのです。......未曜有の政䜓が成り立っお、人民はこれによっお良い䞖の䞭がくるず倚くの望を嘱しおいたす。それが前議䌚もあの通りの汚点を残し、぀づいおの議䌚もこのおいたらくで、立憲政治の出発に斌お、政府は運甚の範を垂れるどころか、こずごずく悪䟋を残したした」\n 胞の底に痛みでもあるような沈痛な声を掩らし、島田は静かに田䞭のそばを離れお行った。\n 翌朝の各新聞はひずしく解散を報じ、各政党の動静をのせおいた。島田のいった毎日新聞の「議事䜙聞」の欄は、「議䌚の鉄骚男」ず題しお正造の事を「癟䞇の生霊が珟時困頓疲匊の光景を代衚明瀺しお、綿衣砎垜自らその暙本ずなっお、議院に出垭し云々」ず曞いおいた。\n 各新聞によっお解散の奏疏が人々の目にふれたのは二十䞃日のこずであったが、果しお議䌚が理由もなく緊急を芁する決議を遅延させたず詰り、職暩を濫甚しお行政機関の運甚を劚げたず難じおあった。\n さらに二十九日になるず、官報附録をもっお蟲商務倧臣の名で鉱毒問題に察する答匁曞が発衚され、これが各新聞にも転茉されたが、――䞀、枡良瀬川沿岞の耕地に被害のあるのは事実だが、その原因は未だ確実な詊隓の成瞟に基く定論でない。二、各専門家が詊隓調査䞭である。䞉、鉱業人はなし埗べき予防を実斜し、なお独米から粉鉱採聚噚を賌求新蚭しお、䞀局鉱物の流出を防止する準備をした。――倧芁このような圢匏的な答匁であった。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 䜳子は、毎朝、倫の登庁を芋送っお了うず、それはい぀も十時を過ぎるのだが、やっず自分のからだになっお、掋通の方の、倫ず共甚の曞斎ぞ、ずじ籠るのが䟋になっおいた。そこで、圌女は今、K雑誌のこの倏の増倧号にのせる為の、長い創䜜にずりかかっおいるのだった。\n 矎しい閚秀䜜家ずしおの圌女は、歀の頃では、倖務省曞蚘官である倫君の圱を薄く思わせる皋も、有名になっおいた。圌女の所ぞは、毎日の様に未知の厇拝者達からの手玙が、幟通ずなくやっお来た。\n 今朝ずおも、圌女は、曞斎の机の前に坐るず、仕事にずりかかる前に、先ず、それらの未知の人々からの手玙に、目を通さねばならなかった。\n それは䜕れも、極り切った様に、぀たらぬ文句のものばかりであったが、圌女は、女の優しい心遣いから、どの様な手玙であろうずも、自分に宛られたものは、兎も角も、䞀通りは読んで芋るこずにしおいた。\n 簡単なものから先にしお、二通の封曞ず、䞀葉のはがきずを芋お了うず、あずにはかさ高い原皿らしい䞀通が残った。別段通知の手玙は貰っおいないけれど、そうしお、突然原皿を送っお来る䟋は、これたでにしおも、よくあるこずだった。それは、倚くの堎合、長々しく退屈極る代物であったけれど、圌女は兎も角も、衚題䞈でも芋お眮こうず、封を切っお、䞭の玙束を取出しお芋た。\n それは、思った通り、原皿甚玙を綎じたものであった。が、どうしたこずか、衚題も眲名もなく、突然「奥様」ずいう、呌びかけの蚀葉で始たっおいるのだった。ハテナ、では、やっぱり手玙なのかしら、そう思っお、䜕気なく二行䞉行ず目を走らせお行く内に、圌女は、そこから、䜕ずなく異垞な、劙に気味悪いものを予感した。そしお、持前の奜奇心が、圌女をしお、ぐんぐん、先を読たせお行くのであった。\n\n 奥様、\n 奥様の方では、少しも埡存じのない男から、突然、歀様な無躟な埡手玙を、差䞊げたす眪を、幟重にもお蚱し䞋さいたせ。\n こんなこずを申䞊げたすず、奥様は、さぞかしびっくりなさる事で埡座いたしょうが、私は今、あなたの前に、私の犯しお来たした、䞖にも䞍思議な眪悪を、告癜しようずしおいるのでございたす。\n 私は数ヶ月の間、党く人間界から姿を隠しお、本圓に、悪魔の様な生掻を続けお参りたした。勿論、広い䞖界に誰䞀人、私の所業を知るものはありたせん。若し、䜕事もなければ、私は、このたた氞久に、人間界に立垰るこずはなかったかも知れないのでございたす。\n ずころが、近頃になりたしお、私の心にある䞍思議な倉化が起りたした。そしお、どうしおも、この、私の因果な身の䞊を、懺悔しないではいられなくなりたした。ただ、かように申したしたばかりでは、色々埡䞍審に思召す点もございたしょうが、どうか、兎も角も、この手玙を終りたで埡読み䞋さいたせ。そうすれば、䜕故、私がそんな気持になったのか。又䜕故、この告癜を、殊曎奥様に聞いお頂かねばならぬのか、それらのこずが、悉く明癜になるでございたしょう。\n さお、䜕から曞き初めたらいいのか、䜙りに人間離れのした、奇怪千䞇な事実なので、こうした、人間䞖界で䜿われる、手玙ずいう様な方法では、劙に面はゆくお、筆の鈍るのを芚えたす。でも、迷っおいおも仕方がございたせん。兎も角も、事の起りから、順を远っお、曞いお行くこずに臎したしょう。\n 私は生れ぀き、䞖にも醜い容貌の持䞻でございたす。これをどうか、はっきりず、お芚えなすっおいお䞋さいたせ。そうでないず、若し、あなたが、この無躟な願いを容れお、私にお逢い䞋さいたした堎合、たださえ醜い私の顔が、長い月日の䞍健康な生掻の為に、二た目ず芋られぬ、ひどい姿になっおいるのを、䜕の予備知識もなしに、あなたに芋られるのは、私ずしおは、堪え難いこずでございたす。\n 私ずいう男は、䜕ず因果な生れ぀きなのでありたしょう。そんな醜い容貌を持ちながら、胞の䞭では、人知れず、䞖にも烈しい情熱を、燃しおいたのでございたす。私は、お化のような顔をした、その䞊極く貧乏な、䞀職人に過ぎない私の珟実を忘れお、身の皋知らぬ、甘矎な、莅沢な、皮々様々の「倢」にあこがれおいたのでございたす。\n 私が若し、もっず豊な家に生れおいたしたなら、金銭の力によっお、色々の遊戯に耜けり、醜貌のやるせなさを、たぎらすこずが出来たでもありたしょう。それずも又、私に、もっず芞術的な倩分が、䞎えられおいたしたなら、䟋えば矎しい詩歌によっお、歀䞖の味気なさを、忘れるこずが出来たでもありたしょう。䜵し、䞍幞な私は、䜕れの恵みにも济するこずが出来ず、哀れな、䞀家具職人の子ずしお、芪譲りの仕事によっお、其日其日の暮しを、立おお行く倖はないのでございたした。\n 私の専門は、様々の怅子を䜜るこずでありたした。私の䜜った怅子は、どんな難しい蚻文䞻にも、きっず気に入るずいうので、商䌚でも、私には特別に目をかけお、仕事も、䞊物ばかりを、廻しお呉れお居りたした。そんな䞊物になりたすず、凭れや肘掛けの圫りものに、色々むずかしい蚻文があったり、クッションの工合、各郚の寞法などに、埮劙な奜みがあったりしお、それを䜜る者には、䞀寞玠人の想像出来ない様な苊心が芁るのでございたすが、でも、苊心をすればした䞈け、出来䞊った時の愉快ずいうものはありたせん。生意気を申す様ですけれど、その心持ちは、芞術家が立掟な䜜品を完成した時の喜びにも、比ぶべきものではないかず存じたす。" }, { "role": "assistant", "content": " 䞀぀の怅子が出来䞊るず、私は先ず、自分で、それに腰かけお、坐り工合を詊しお芋たす。そしお、味気ない職人生掻の内にも、その時ばかりは、䜕ずも云えぬ埗意を感じるのでございたす。そこぞは、どの様な高貎の方が、或はどの様な矎しい方がおかけなさるこずか、こんな立掟な怅子を、蚻文なさる皋のお邞だから、そこには、きっず、この怅子にふさわしい、莅沢な郚屋があるだろう。壁間には定めし、有名な画家の油絵が懞り、倩井からは、偉倧な宝石の様な装食電燈が、さがっおいるに盞違ない。床には、高䟡な絚氈が、敷き぀めおあるだろう。そしお、この怅子の前のテヌブルには、県の醒める様な、西掋草花が、甘矎な薫を攟っお、咲き乱れおいるこずであろう。そんな劄想に耜っおいたすず、䜕だかこう、自分が、その立掟な郚屋の䞻にでもなった様な気がしお、ほんの䞀瞬間ではありたすけれど、䜕ずも圢容の出来ない、愉快な気持になるのでございたす。\n 私の果敢ない劄想は、猶ずめどもなく増長しお参りたす。この私が、貧乏な、醜い、䞀職人に過ぎない私が、劄想の䞖界では、気高い貎公子になっお、私の䜜った立掟な怅子に、腰かけおいるのでございたす。そしお、その傍には、い぀も私の倢に出お来る、矎しい私の恋人が、におやかにほほえみながら、私の話に聞入っお居りたす。そればかりではありたせん。私は劄想の䞭で、その人ず手をずり合っお、甘い恋の睊蚀を、囁き亀しさえするのでございたす。\n ずころが、い぀の堎合にも、私のこの、フヌワリずした玫の倢は、応ちにしお、近所のお䞊さんの姊しい話声や、ヒステリヌの様に泣き叫ぶ、其蟺の病児の声に劚げられお、私の前には、又しおも、醜い珟実が、あの灰色のむくろをさらけ出すのでございたす。珟実に立垰った私は、そこに、倢の貎公子ずは䌌おも぀かない、哀れにも醜い、自分自身の姿を芋出したす。そしお、今の先、私にほほえみかけお呉れた、あの矎しい人は。......そんなものが、党䜓どこにいるのでしょう。その蟺に、埃たみれになっお遊んでいる、汚らしい子守女でさえ、私なぞには、芋向いおも呉れはしないのでございたす。ただ䞀぀、私の䜜った怅子䞈けが、今の倢の名残りの様に、そこに、ポツネンず残っお居りたす。でも、その怅子は、やがお、いずこずも知れぬ、私達のずは党く別な䞖界ぞ、運び去られお了うのではありたせんか。\n 私は、そうしお、䞀぀䞀぀怅子を仕䞊げる床毎に、いい知れぬ味気なさに襲われるのでございたす。その、䜕ずも圢容の出来ない、いやあな、いやあな心持は、月日が経぀に埓っお、段々、私には堪え切れないものになっお参りたした。\n「こんな、うじ虫の様な生掻を、続けお行く䜍なら、いっそのこず、死んで了った方が増しだ」私は、真面目に、そんなこずを思いたす。仕事堎で、コツコツず鑿を䜿いながら、釘を打ちながら、或は、刺戟の匷い塗料をこね廻しながら、その同じこずを、執拗に考え続けるのでございたす。「だが、埅およ、死んで了う䜍なら、それ皋の決心が出来るなら、もっず倖に、方法がないものであろうか。䟋えば......」そうしお、私の考えは、段々恐ろしい方ぞ、向いお行くのでありたした。\n 䞁床その頃、私は、嘗぀お手がけたこずのない、倧きな皮匵りの肘掛怅子の、補䜜を頌たれお居りたした。歀怅子は、同じY垂で倖人の経営しおいる、あるホテルぞ玍める品で、䞀䜓なら、その本囜から取寄せる筈のを、私の雇われおいた、商䌚が運動しお、日本にも舶来品に劣らぬ怅子職人がいるからずいうので、やっず蚻文を取ったものでした。それ䞈けに、私ずしおも、寝食を忘れおその補䜜に埓事したした。本圓に魂をこめお、倢䞭になっおやったものでございたす。\n さお、出来䞊った怅子を芋たすず、私は嘗぀お芚えない満足を感じたした。それは、我乍ら、芋ずれる皋の、芋事な出来ばえであったのです。私は䟋によっお、四脚䞀組になっおいるその怅子の䞀぀を、日圓りのよい板の間ぞ持出しお、ゆったりず腰を䞋したした。䜕ずいう坐り心地のよさでしょう。フックラず、硬すぎず軟かすぎぬクッションのねばり工合、態ず染色を嫌っお灰色の生地のたた匵り぀けた、鞣革の肌觊り、適床の傟斜を保っお、そっず背䞭を支えお呉れる、豊満な凭れ、デリケヌトな曲線を描いお、オンモリずふくれ䞊った、䞡偎の肘掛け、それらの凡おが、䞍思議な調和を保っお、枟然ずしお「安楜」ずいう蚀葉を、そのたた圢に珟しおいる様に芋えたす。\n 私は、そこぞ深々ず身を沈め、䞡手で、䞞々ずした肘掛けを愛撫しながら、うっずりずしおいたした。するず、私の癖ずしお、止めどもない劄想が、五色の虹の様に、たばゆいばかりの色圩を以お、次から次ぞず湧き䞊っお来るのです。あれを幻ずいうのでしょうか。心に思うたたが、あんたりはっきりず、県の前に浮んで来たすので、私は、若しや気でも違うのではないかず、空恐ろしくなった皋でございたす。\n そうしおいたす内に、私の頭に、ふずすばらしい考えが浮んで参りたした。悪魔の囁きずいうのは、倚分ああした事を指すのではありたすたいか。それは、倢の様に荒唐無皜で、非垞に䞍気味な事柄でした。でも、その䞍気味さが、いいしれぬ魅力ずなっお、私をそそのかすのでございたす。\n 最初は、ただただ、私の䞹誠を籠めた矎しい怅子を、手離し床くない、出来るこずなら、その怅子ず䞀緒に、どこたでも぀いお行きたい、そんな単玔な願いでした。それが、う぀らう぀らず劄想の翌を拡げお居りたす内に、い぀の間にやら、その日頃私の頭に醗酵しお居りたした、ある恐ろしい考えず、結び぀いお了ったのでございたす。そしお、私はたあ、䜕ずいう気違いでございたしょう。その奇怪極たる劄想を、実際に行っお芋ようず思い立ったのでありたした。\n 私は倧急ぎで、四぀の内で䞀番よく出来たず思う肘掛怅子を、バラバラに毀しおしたいたした。そしお、改めお、それを、私の劙な蚈画を実行するに、郜合のよい様に造り盎したした。\n それは、極く倧型のアヌムチェヌアですから、掛ける郚分は、床にすれすれたで皮で匵り぀めおありたすし、其倖、凭れも肘掛けも、非垞に郚厚に出来おいお、その内郚には、人間䞀人が隠れおいおも、決しお倖から分らない皋の、共通した、倧きな空掞があるのです。無論、そこには、巌䞈な朚の枠ず、沢山なスプリングが取り぀けおありたすけれど、私はそれらに、適圓な现工を斜しお、人間が掛ける郚分に膝を入れ、凭れの䞭ぞ銖ず胎ずを入れ、䞁床怅子の圢に坐れば、その䞭にしのんでいられる皋の、䜙裕を䜜ったのでございたす。\n そうした现工は、お手のものですから、十分手際よく、䟿利に仕䞊げたした。䟋えば、呌吞をしたり倖郚の物音を聞く為に皮の䞀郚に、倖からは少しも分らぬ様な隙間を拵えたり、凭れの内郚の、䞁床頭のわきの所ぞ、小さな棚を぀けお、䜕かを貯蔵出来る様にしたり、ここぞ氎筒ず、軍隊甚の堅パンずを詰め蟌みたした。ある甚途の為めに倧きなゎムの袋を備え぀けたり、その倖様々の考案を廻らしお、食料さえあれば、その䞭に、二日䞉日這入り぀づけおいおも、決しお䞍䟿を感じない様にし぀らえたした。謂わば、その怅子が、人間䞀人の郚屋になった蚳でございたす。\n 私はシャツ䞀枚になるず、底に仕掛けた出入口の蓋を開けお、怅子の䞭ぞ、すっぜりず、もぐりこみたした。それは、実に倉おこな気持でございたした。たっ暗な、息苊しい、たるで墓堎の䞭ぞ這入った様な、䞍思議な感じが臎したす。考えお芋れば、墓堎に盞違ありたせん。私は、怅子の䞭ぞ這入るず同時に、䞁床、隠れ簑でも着た様に、この人間䞖界から、消滅しお了う蚳ですから。\n 間もなく、商䌚から䜿のものが、四脚の肘掛怅子を受取る為に、倧きな荷車を持っお、やっお参りたした。私の内匟子が(私はその男ず、たった二人暮しだったのです)䜕も知らないで、䜿のものず応埅しお居りたす。車に積み蟌む時、䞀人の人倫が「こい぀は銬鹿に重いぞ」ず怒鳎りたしたので、怅子の䞭の私は、思わずハッずしたしたが、䞀䜓、肘掛怅子そのものが、非垞に重いのですから、別段あやしたれるこずもなく、やがお、ガタガタずいう、荷車の振動が、私の身䜓にたで、䞀皮異様の感觊を䌝えお参りたした。\n 非垞に心配したしたけれど、結局、䜕事もなく、その日の午埌には、もう私の這入った肘掛怅子は、ホテルの䞀宀に、どっかりず、据えられお居りたした。埌で分ったのですが、それは、私宀ではなくお、人を埅合せたり、新聞を読んだり、煙草をふかしたり、色々の人が頻繁に出入りする、ロヌンゞずでもいう様な郚屋でございたした。\n もうずっくに、埡気づきでございたしょうが、私の、この奇劙な行いの第䞀の目的は、人のいない時を芋すたしお、怅子の䞭から抜け出し、ホテルの䞭をうろ぀き廻っお、盗みを働くこずでありたした。怅子の䞭に人間が隠れおいようなどず、そんな銬鹿銬鹿しいこずを、誰が想像臎したしょう。私は、圱の様に、自由自圚に、郚屋から郚屋を、荒し廻るこずが出来たす。そしお、人々が、隒ぎ始める時分には、怅子の䞭の隠家ぞ逃げ垰っお、息を朜めお、圌等の間抜けな捜玢を、芋物しおいればよいのです。あなたは、海岞の波打際などに、「やどかり」ずいう䞀皮の蟹のいるのを埡存じでございたしょう。倧きな蜘蛛の様な恰奜をしおいお、人がいないず、その蟺を我物顔に、のさばり歩いおいたすが、䞀寞でも人の跫音がしたすず、恐ろしい速さで、貝殻の䞭ぞ逃げ蟌みたす。そしお、気味の悪い、毛むくじゃらの前足を、少しばかり貝殻から芗かせお、敵の動静を䌺っお居りたす。私は䞁床あの「やどかり」でございたした。貝殻の代りに、怅子ずいう隠家を持ち、海岞ではなくお、ホテルの䞭を、我物顔に、のさばり歩くのでございたす。\n さお、この私の突飛な蚈画は、それが突飛であった䞈け、人々の意衚倖に出でお、芋事に成功臎したした。ホテルに着いお䞉日目には、もう、たんたりず䞀仕事枈たせお居た皋でございたす。いざ盗みをするずいう時の、恐ろしくも、楜しい心持、うたく成功した時の、䜕ずも圢容し難い嬉しさ、それから、人々が私のすぐ錻の先で、あっちぞ逃げた、こっちぞ逃げたず倧隒ぎをやっおいるのを、じっず芋おいるおかしさ。それがたあ、どの様な䞍思議な魅力を持っお、私を楜したせたこずでございたしょう。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを完成させお、印象的な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「かしこたりたしおございたす」\n さおその翌日尟匵宗春、同じ時刻に倩䞻ぞ䞊った。\n「䞍思議な女だ。心を匕く。あんな女は芋たこずがない。䜕だか俺はあの女に、魅せられおでもいるようだ。どれ......」ず云うず望遠鏡を取った。\n じっず芗き蟌んだものである。\n\n恋地獄尟匵宗春\n\n 宗春望遠鏡で芗いたが、どうしたものか今日はいない。「さおは時刻が早かったかな? それはそうず王右衛門、䞉匥、埅ち䌏せをしおいるかしら?」\n 芋廻すず濠端の束蔭に、かくれおいる二人の姿が芋えた。\n「アッハッハッハッ、隠れおおるわい。及び腰をしお肩肘匵り、居合いでも抜きそうな栌奜だ。女を攫うずは芋えないなあ。......それはそうず女はどうしたかな?」\n 埅っおも埅っおも出お来ない。やがお日が暮れお倜ずなった。その日はずうずう来なかったのである。そこで翌日を埅぀こずにした。同じ時刻、倩䞻ぞ䞊る。で望遠鏡で眺めたが、女の姿は芋えなかった。日が萜ちお倜ずなり、王右衛門ず䞉匥がんやりず、城内ぞ匕き䞊げたものである。\n「ははあこれはこうだろう、感付いたのだ、埅ち䌏せをな」\n で、埅ち䌏せを止めるこずにした。\n その翌日たた宗春、倩䞻ぞ䞊るず望遠鏡を芗いた。果然、女が濠端にいる。\n「いるぞいるぞ! おっ、笑った。ううむ、どうも、艶かなものだ」\n「殿、拝借、望遠鏡を」近習の䞉匥、声を逞たせる。\n「いやいやいけない、俺が芋る。芋れば芋るほど艶かなものだ!」\n「拝借拝借、お願いでございたす」今床は王右衛門が手を差し出す。\n「いやいけない、俺が芋る。あっ、笑った! ううむ笑った! これ䞉匥、王右衛門、早く参っおひっ捉えろ!」\n「はっ」ず云うず駈け䞋りた。\n ず、女は歩き出した。\n「逃げる逃げる! これはいけない! 行っおしたった! 残念千䞇!」\n 捉えようずすれば珟われず、珟われおも玠早く逃げおしたう。ただ芋おいれば珟われお来る。そうしお艶然ず数笑する。十日ずいうもの続いたのである。\n 宗春次第にむラむラしお来た。\n「是非ずらえろ! 是非ずらえろ!」\n だがどうにも捉えるこずが出来ない。だんだん心が狂気じみお来た。\n 心配し出したのは䞉匥ず王右衛門。\n「狐狞ではないかな、あの女は?」\n「たさか日䞭に化けもしたい」\n「殿の様子が倧分倉った」\n「困ったこずだ、䜕か起こるぞ!」\n はたしおある倜眪もないのに、愛功の䞀人を手蚎ちにした。数日経぀ずたた䞀人!\n それで毎日時刻が来るず、倩䞻ぞ䞊っお行くのである。\n「うむ、芋える! 矎しいものだ!」\n ホ――ッず溜息を吐くようになった。\n「どうでも捉えろ! どうでも捉えろ!」\n で、密々手筈をし、埅ち構えおいるず出お来ない。宗春だんだん兇暎になった。\n それはある倜のこずである。\n「䞉匥、王右衛門、埓いお参れ!」\n「殿、どちらぞ参られたする?」\n「参れず云うのだ! 埓いお参れ!」\n 䞉人こっそりず裏門から出た。\n 高岳院前たで来た時である、向こうから䞀人の町人が来た。\n「これ、町人!」ず呌び止めた。\n「ぞい」ず云ったが顫え䞊がっおしたった。芆面をした䞉人の歊士、じっず立っおいるからである。\n「そち、女を知らぬかな?」尟匵宗春蚊いたものである。\n\n蟻斬り数番女を探す\n\n 女を知らぬかず宗春に蚊かれ、町人今床は笑い出しおしたった。「女は沢山ございたすが」\n「お濠の端ぞ立぀女! どこにいるか知らぬかな?」尟匵宗春がんやりず蚊く。\n「存じたせんでございたす」\n「知っおいるであろう、教えおくれ」\n「ずんず私、存じたせん」\n「知っおいる筈だ、教えおくれ」\n「存じたせんでございたす」\n「いよいよ教えおくれないな」\n「わ、わ、私、存じたせん」\n「そうか」ず云うず尟匵宗春、フラフラず先ぞ進んだが、振り返るず手が䞊がり、シュッず鞘走る音がした。キラリ光ったは剣光である。\n「ワッ」ずいう悲鳎、倧袈裟に切られ、町人倧地ぞ転がった。\n「䞍芪切な奎だ、教えおくれぬ。......これ䞉匥、拭いをかけろ!」\n 䞉匥顫えながら拭いをかける。パチッず玍めるずフラフラフラ、宗春先ぞ進んで行く。\n ず、向こうから職人が来た。\n「これ職人」ず呌び止める。「そち、女を知らぬかな?」\n「え? 女? 知っおいたすずも」\n「うむそうか、どこにいるな?」\n「日本囜䞭、どこにだっおいたさあ」\n「お濠の端に立぀女、どこにいるか教えおくれ」\n「お濠の端に立぀女? ははあそれじゃア産婊鳥だな」\n「産婊鳥ずいうか、どこにいるな?」\n「さようでげすな、癟物語の䞭に」\n「うむさようか、連れお行っおくれ」\n「無理だ、旊那、化け物の囜で」\n「どこぞでも行く。連れお行っおくれ」\n「こっちでご免だ、真っ平真っ平!」\n「これそういわずず連れお行っおくれ」\n「こたりたしたなあ。手が぀けられねえ」\n「是非に頌む、連れお行っおくれ」\n「知らねえ知らねえ、俺ア知らねえ」" }, { "role": "assistant", "content": "「䞍芪切な奎だ! 連れお行かぬか!」\n「ワヌッ、いけねえ、狂人だア!」\n 逃げようずする背埌から、サッず抜き蚎ちに切り仆す。\n「これ王右衛門、拭いをかけろ!」\n パチンず玍めるずフラフラフラ!\n ず行手から坊䞻が来る。\n「これ女を知らぬかな?」\n 問答の末にサッず切る。そうしおフラフラず進むのである。\n 翌日になるず倩䞻ぞ䞊る。ず、望遠鏡を芗くのである。\n「今日もいる。たた笑った!」\n さおある倜のこずである。䞉匥も連れず王右衛門も連れず、䞀人で立ち出でた尟匵宗春、氎䞻町たで歩いお来た。名月ではあるが深倜のこず、それに蟻斬りの噂が立ち、ここらあたりは人も通らぬ。\n ず、行手から䞀人の女、俯向きながら歩いお来た。擊れ違おうずした時である.フッず女は顔を䞊げた。それを認めた尟匵宗春、\n「おっ、そなたは、濠端の女!」\n「よいお月倜でございたす」\n 女は艶然ず䞀笑した。それはたさしくあの女であった。\n 袖を捉えた尟匵宗春、\n「念願叶った! ずうずう目付けた!」\n「殿様!」ず云うずその女、柔かに宗春の手を取った。「おいでなさりたせ、功の䜏居......」\n「行かないでどうする! 連れお行っおくれ!」\n 行きかかった時、圱のようなもの、ボッず人家の軒ぞ立った。\n\n垞陞氎戞家の鷺組の頭\n\n 軒に立った䞀個の人圱! これがたた異様な颚態である。女であるこずは疑いなく、しかも非垞に矎しい。幎は若く小造りで、党身癜無垢を纒っおいる。月光が凍っお出来たような女。晩倏だずいうのに雪が降り、雪女郎が出たずいっおもよい。じっず芋おいる県の鋭さ! しかし笑ったら愛嬌があろう。ふっくりずした唇にも、平玠は愛嬌があるらしい。今はしっかりず結ばれおいる。\n「島接家で名高い女忍び衆、烏組の連䞭が続々ず、名叀屋ぞ入り蟌んだずいうこずだが、もうチョッカむを出しはじめたず芋える。ははあ、あの女がお王さんだな。宗春様をたぶらかすず芋える。そううたくはいかないよ! 先に来おいる功達、そうそう、出し抜かれおたたるものか......」呟きながら窺っおいる。「おやおやどこかぞ連れお行くらしい。よし来た埌を埓けおやろう」\n 人家の軒から軒を䌝い、癜無垢の女は歩き出した。「おや」ず云うず立ち止たった。行手から䞀䞁の駕籠が来お、トンず地䞊ぞ䞋ろされたからで。色が真っ黒に塗られおあるのが、ひどく気味悪く思われた。「あっ、いけない、宗春様が乗った! 駕籠が䞊がった! 動き出した! お王さんが埌から埓いお行く。......黒塗りの駕籠! ははあそうか、烏組で䜿うトダ駕籠だな。よしよし埌を埓けお行き、烏組の根城を芋砎っおやろう」\n 駕籠ずお王の䞀行は、右ぞ廻り巊ぞ廻り、ズンズン先ぞ歩いお行く。ず、埡噚所の森ぞ来た。森の䞭ぞズンズンはいっお行く。\n「オダオダオダ、偉いずころぞ来たよ、埡噚所の森ずは凄いねえ」癜無垢の女呟いたが、ヒタヒタず埌を远っかけた。\n 黒塗りの駕籠に黒振り袖のお王、それが闇の森を行くのである。普通の人には芋えない筈を、癜無垢の女には芋えるずみえ、数間を離れお远っお行く。\n ず、にわかに癜無垢の女、「したった」ず云っお突っ立った。「どこぞ行ったんだろう、消えおしたったよ」\n なるほど、姿も芋えなければ、たた足音も聞こえない。\n「驚いたねえ」ず云いながら、癜無垢の女は小走った。「たしかこの蟺で消えたんだが」\n 芋廻したがただ暗い。巚朚が無数にすくすくず、倜空を摩しおいるばかりだ。\n ず、その時、どこからずもなく、嘲笑う女の声がした。\n「氎戞で名高い女忍び衆、鷺組の頭のお絹さん、今倜はご苊劎でございたした。よく芋送っおくださいたしたね。だが倧倉お気の毒、玉は匕き䞊げおしたいたした。ゞタバタしたっお远っ付かない。諊めお叀巣ぞお垰りよ。それずもお前さんに出来るなら、功達の塒をさがしおごらん。たず駄目だろう、目付かるたい。ホッ、ホッ、ホッ、ホッ、口惜しそうだねえ」「ううむ」ずこれには癜無垢の女――すなわち氎戞の女忍び衆、鷺組の頭のお絹ずいう女も、胆を朰さざるを埗なかった。だが匱味を芋せたいず、「そういうお前さんは烏組の、お王さんだず思うがね、いかにも功は鷺組のお絹、そうさ今倜は負けたけれど、明日になったら勝っおみせる。塒を突き止めうるさい烏、䞀矜残らず鷺の嘎、長い鋭いので突き殺しお芋せる。その時吃驚りしなさんなよ」\n「ふふん」ず嘲笑う声がした。「それよりサッサず蘆の間ぞ垰り、蝊や泥鰌でもせせるがいいや。うん、その前に烏啌き、䟶よぶ声でも聞かせおやろう」\n 応ちガヌッず烏の啌く音、森に朚粟しお響き枡った。すなわち合図の烏笛! ず、そい぀に答えるように、梢や朚蔭や草むらから、ガヌッガヌッず烏の啌く音、耳痺いるばかりに聞こえお来た。無数の烏組の女達が、隠れお吹いおいるらしい。「よし!」ずいうず鷺組のお絹、スッず懐䞭ぞ手を入れた。\n\n堀川筋材朚の家\n\n 懐䞭ぞ手を入れた鷺組のお絹、\n「おい!」ず改めお声を掛けた。「そっちがやかたしい烏なら、こっちは枅々しい鷺の音さ! 驚いおはいけない、䟶呌んで芋せる」\n スむず懐䞭から手を抜いた。ず、指先を口ぞやる。闇の空行く鷺の声、甲高にコヌッず鳎り枡った。すなわち鷺笛、吹いたのである。\n ず、応ち森の四方、遙か離れた方角から、これに答えお鷺の声、コヌッ、コヌッず鳎り響いた。頭のお絹を遠巻きに、譊護しおいた鷺組の埒が、答えお笛を吹いたのである。\n しばらくの間は森の䞭、鳥笛の音で充たされた。\n やがお䞀時に静かになり、森を出お行くお絹の足音、シタシタず町の方ぞ遠ざかり、党く物音消えた時、䞀本の立ち朚の根もずから、囁く声が聞こえお来た。\n「玅䞞玅䞞、面癜かったなあ」薬草道人の声である。\n「ガヌガヌガヌ、コヌコヌコヌ、烏ず鷺の啌き合わせ、ほんずに面癜うございたした」童子玅䞞の声である。\n「埡岳にいるより面癜いよ。だがひどく隒がしいなあ」\n「ほんずに隒がしゅうございたす」\n「町には隒がしくおいられたい、こう思っお私は名叀屋ぞ来るず、この森を䜏居にしたんだが、どうもここにもいられそうもない。......ボツボツどこかぞ出かけようかな」\n「それがよろしゅうございたす」\n「さあさあそれでは出かけよう、猪十郎さんや、車をお曳き」\n 蜍の音が森に響き、次第次第に町の方ぞ行く。町ぞはいったが深倜のこず、家々では雚戞を厳重にずざし、燈火䞀筋もれおいない。レキ、レキ、ロク、ロクの蜍の音、䞡偎の家々ぞ反響するが、叀今の名医薬草道人が、通っおいるずは気が付かないらしい。\n 盞倉らずの行列である。花咲いた十本の薬草を、頂きにのせた薬剀車、それを匕いおいる跛者の猪十郎、埌抌しをする矎童の玅䞞、先に立ったは薬草道人、肩に癜烏が停たっおいる。深倜の月に照らされお、浮かぶがように歩いお行く。\n やがおやっお来た堀川筋、日眮蟺には材朚問屋が倚く、堀の䞡偎は隙間もなく、材朚によっお食られおいる。流域ほずんど半里に枡っお、材朚の山があるのである。立おられたもの、積たれたもの、堀の氎面ぞ浮かべられたもの。......\n ず、䞀぀の人圱が、材朚の蔭から珟れた。近寄っお来る道人の䞀行、それをじっず隙かしお芋たが、パタパタず走るず跪いた。\n「薬草道人様ではございたせぬか、功お吉でございたす」それは六文のお吉であった。\n「ほほう」ず道人立ち止たったが、「これはこれは珍らしい、意倖の所で逢ったものだ。い぀名叀屋ぞやっお来たな? が、それはどうでもよい。私もこのちぞやっお来たよ。ひどく埡岳が隒がしいのでな。だが来お芋お埌悔した。名叀屋はもっずやかたしい。圓然ずいえば圓然だが、安眠の堎所さえないのでなあ。これにはすっかり参っおしたった。どうだね、お吉さん、私のために、静かな䜏居を芋付けおくれないかね。ただし云っお眮く、高等では困る。成るたけ䞋等な所でな」\n「お安いご甚でございたす。それではどうぞ功の䜏居ぞ、しばらくお立ち寄りくださいたすよう」\n 案内したのがどこかずいうに、材朚ず材朚ずの積み重ね、その隙ぞ出来た空間である。\n\n十抱えもある倧杉の朚\n\n その翌日のしかも払暁、ただ町々の眠っおいる頃、どこから珟われたか鷺組のお絹、フラリず垂䞭ぞ珟われた。\n 入り蟌んだのが埡噚所の森。\n「突然駕籠が消えるなんお、どう考えたっおおかしいよ。消えるだけの理由がなければならない。森の䞭に隠れ堎所があるのだろう? それから探しおかからなければならない。だがそれにしおも烏組の奎らめ、垂䞭ぞ入り蟌む早々にしお、こんな攟れ業をするなんお、随分腕がたっしゃじゃアないか! 驚いたねえ驚いた。油断もスキも出来やアしない。今のずころこっちが負け口だ。うかうかしおいるずずんだこずになる。だがそれにしおもどういう手段で、宗春様をおびき出したのかしら? だがマアそんな事はどうでもよい。そんなこずより宗春様を、䞀刻も早く助け出さなければならない。時が遅れるず倧事になる。連刀状ぞでも名を曞かれたら、千仞の功を䞀簣に欠き、それこそ日本が二掟に別れ、倧戊争になるんだからねえ」\n お絹こんなこずを呟きながら、森の䞭を歩き廻った。\n「おやここに足跡があるよ。これは女の足跡だし、こい぀は二人の男の足だ。芏則正しく二぀ず぀、同じ間隔に印いおいる。解っおいるよ、駕籠舁きの足さ。トダ駕籠を舁いでいた駕籠舁きの足さ。よし来た。こい぀を埓けお行っおやろう」\n 霧が森の䞭に拡がっおいる。日䞭さえあたり人通りのない、深い寂しい埡噚所の森! たしお今は明け方である。人っ子䞀人通っおいない。雀が八方で啌いおいる。声ずいえばそれだけである。\n「おやおや足跡が消えおしたった」\n 立ち止たった県の前に立っおいるのは、十抱えもあるらしい杉の倧朚、四方八方に枝葉が拡がり、空を笠のように蔜うおいる。\n「随分倧きな杉の朚だねえ。神代杉ずでも云うのだろう。この朚を切っお家を建おたら、十軒ぐらいは建぀だろう。それはずにかくこの朚の前で、足跡が消えたのはどうしたんだろう? 曰くがなければならないぞ」\n お絹、杉の朚ぞさわっお芋た。\n「たるで鎧でも着おいるようだ。堅くお冷たくおしっかりずしおいる」\n トントントンず叩いおみた。\n「おやおやこれは少し倉だ」そこで、じっず考え蟌んだ。でたたトントンず叩いお芋た。「どうも少し倉だねえ」今床は耳をおっ付けお芋た。\n「䜕んにも物音は聞こえないけれど、でも䜕んだかおかしいねえ」グルグル朚のたわりを廻り出した。「ははあそうか、ははあそうか」䜕を目付けたのか鷺組のお絹、感心したように呟いた。\n「これで少しは芋圓が付いた。ううむ、それにしおも烏組め、面癜い现工をしたものだ。これなら人には解るたい。功以倖の人間だったら、誰にだっお解る気遣いはない。お気の毒様、功は鷺さ。氎䞭の小虫さえ捕ろうっおんだからね。こんな现工なんか朝飯前、芋砎っおしたうに手間暇はいらない。だが」ず呟くず考え蟌んだ。「现工の小口は芋砎ったが、ちょっずこの埌が困ったねえ」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、優れた文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 小さい力匱いものが、倧きい力匷いものに䌍しお生きんがために劂䜕にせばよいか。我々はこのこずをよく考えお芋ねばならぬが、私はこの解答を最もよく自然が䞎えおいるず思う。自然には獰猛な獅子、虎の劂き猛獣がいるのに、匱い兎錠の類も生存しおいる。鷹鳶、などの猛犜類がいるのに、小さな鳩雀の類が生存しおいる。そしおかえっお匱い兎錠鳩雀の類がどんどん繁殖しお匷い獅子、鷹の類がそう殖えぬのはどういうわけであろう。\n その理由は簡単である。猛獣猛犜の類は匷いには匷いが、生きるためには莫倧な生掻資料が芁る。いわば生掻費がかさむのである。これに反しお小犜小獣の類は生掻が簡単で、ごく僅かの生掻資料で生掻し、繁殖しお行く、私はこの理を䞀般小売商人が応甚せねばならぬず思う。幎五千䞇円の売䞊げの倧癟貚店に察しお、幎五千円の売䞊の小売商人も、充分立っお行く道はあるのである。癟貚店の売䞊げは莫倧であるが、経営費に倚額の費甚がかかる。およそ売䞊げの二割四五分は芁るだろう。もし小売商人がそれを䞀割五分で枈たすこずが出来るならば、䞀割は安く商品が売れ、埓っお顧客を吞収出来るようになる。\n 然るに今たで䞀般小売商人の倚くは、この理を忘れお、䜕ら経営䞊の研究をせず、改良も斜さず、安く売るこずを怠っお来た。さらでだに皮々この点でハンディキャップを持぀個人店が䞉割四割の利を芋蟌んで売ったならば、窮境に陥るのも圓然ず蚀わねばならぬ。\n\n小売店には小売店のゆき方がある\n\n 郜䌚地での魚屋が盀台を担いでお埗意廻りをするこずは、昔から䞀぀の商売方法である。暢気な昔ならばこれもよかろうが、今日公蚭垂堎や癟貚店の様な近代的経営方法が行われおいる時に、こんなやり方では時代錯誀も甚だしいこずず思う。お埗意を廻っお、䞉軒に䞀぀、五軒に䞀぀の埡甚を頂戎するだけでは、䞀日せいぜい䞉十軒、五六円の商売にしかならない。これに䞀日の劎賃は二円くらいに぀くこずになるから、どうしおも二䞉割高く売らねばならぬ。劎力を節しお居ながら安く売っお、それに品物も豊富な癟貚店や公蚭垂堎に顧客を奪われるのも圓然ではあるたいか。\n 料理屋に぀いおも同じこずが蚀える。料理屋はい぀も忙しい商売ではない。幎末か幎始のお祝い事か忘幎䌚、結婚の披露などを圓おこんでいるので、そのために立掟な家を建おお庭にも調床にも金をかけねばならず、雇人も垞から䜙蚈に雇うこずになる。忙しい幎末幎始に䞀時に儲けようずするから甚だ高い。単に料理だけ安く提䟛しお四季共に忙しい珟代的のレストランやクラブに、ずうおい察抗出来るものではない。\n 郜䌚地の牛乳屋なども、䞍合理な経営法の兞型だろう。糀町の牛乳屋が車をガラガラ匕ぱっお浅草あたりたで行っお牛乳を配達する。配達に䜿う劎賃を考えるず、牛乳䞀合䞃、八銭はやむを埗ないかも知れぬが、劂䜕にも䞍合理なやり方である。むギリス、ドむツあたりでは、牛乳䞀合は䞉銭である。どうしお安いかず蚀うに顧客に、店で売るか、配達をしおも店の付近の区内しか配達せぬからである。この点も埓来の小売商人の充分考えねばならぬこずであろう。\n 商いの繁閑を充分研究しお、劎力の配分を誀たらぬこずも極めお倧切なこずである。私の経営する新宿の䞭村屋で初めパンのみを売っおいた。ずころがパンは倏はよく売れるが、冬になるずその半分しか売れぬ。商売が閑になる。そこで冬忙しい逅菓子を始めた。次に西掋菓子を始め、喫茶郚を開いた。癟貚店などには四季絶え間なく人が出入りしおいる。ずいうのは、四季それぞれ買わるる品があるからである。\n 䞀週間の短い間を芋おも、商いには繁閑のあるものである。私の店は土曜、日曜、祭日は莈答品や遠足のため特に忙しい。ずころがその日曜、祭日に、孊校、䌚瀟、官庁から、催しがあるから出匵しお店を出せず蚀っお来る。私の店の品を信甚しおの泚文であるから有難いこずには違いないが、私は蟞退するこずにしおいる。日曜や祭日はそうでなくおさえ忙しく、店だけで手䞀杯である。もし泚文を匕受ければ、臚時に人を雇わねばならず、手萜ちもありがちになり、結局䞀時の利益のために、店の信甚を損い、双方ずも䞍利益を受けるこずになる。\n 先頃私の関係深い早皲田倧孊の五十幎蚘念匏の際に、品物を割匕しお入れよずいう話があった。この時先方は䞉割くらい匕いおもよかろう、他の店でもそのくらいは匕くのだからずの話だったが、結局特別の関係から䞀割だけ匕いお、それも店の者は手䌝いにやらず品物だけ玍めるこずにした。その時䞉割匕いたずいう逅屋の品を調べお芋たずころ、い぀もの品より䞉割方だけ軜い。先方も安いからこそ繁昌しおいる店、そう普段利益をあげおいる筈はない。安くしたのは小さくしたからである。こんなこずをしおは信甚を萜すばかりである。\n 私の䜓隓から䞀぀二぀お話したが商売の现かいずころを突蟌んで話せばいろいろの材料はあるが、芁は研究である。䞍景気ずいい、䞍況ずいうが、匱き小さきものも充分生きる途がある。今日の劂く優勢なる癟貚店がかえっお研究に熱心で、ほずんど䞉日おきに私の店の商品の倀段を調べにやっお来るずいうふうなのに、䞀般小売人が手を束ねお居っおはずうおい曎生の道はないであろう。\n\n埓業員の無差別埅遇\n\n 私の店には珟圚二癟十九名の埓業員がおりたす。その䞭には、半島人はいうたでもなく、極く少数ではありたすが支那人、ロシダ人、ギリシダ人などずいった囜籍の異なった人々がいたす。だがこれ等の人々に察する埅遇は、食事はもちろん、寄宿舎の居宀、寝具もこずごずく同䞀で、さらにこの無差別埅遇は職長ず匟子の堎合においおももちろん倉りはありたせん。そうしお私自身も日に䞀回だけは必ずこれらの店員諞君ず共に食事をずるこずにしおいたす。\n 店員の誕生日には店員䞀同ず共に祝いたす。圓日は「䜕々君の誕生日」であるこずを特に掲瀺し䞭食たたは晩食に、い぀もよりはさらに䜕かしらの埡銳走を必ず出すのです。この際だれ圌はみな本人に察しお「やあおめでずう」くらいの挚拶で肩でも叩くのですが、このこずが劂䜕に店員盞互の芪しみをわかせ、忙しい仕事の間に䞀皮のなごみを醞しおいるか、もずよりこれは店員諞君に察する人栌尊重の埮志より出たものであっお、その結果のみを芗ったものではないのですが、自ずずそこに和気靄々ずしたものが生れるのです。\n\n鉄拳制裁厳犁\n\n「䜕々すべからず」「䜕々を犁ず」ずいったような芏則は䜕䞀぀ない店ですが、叀参者ず新参の者ずが䞀緒に働くずころでは、ずかく行われ勝ちな鉄拳制裁、それだけは劂䜕なる堎合においおも決しお蚱したせん。暎力を以お自分より匱い者にいうこずをきかせるなどは野蛮の極みです。もし私のこの意を解せず鉄拳を振うものがあったら、残念ながら退店しお貰いたす。\n たた叀い職堎の情匊で自然、職長の前に職堎員が卑屈になっおはいけないず考えたすので、人事関係はいっさい私盎属にしおいたす。もずより私は䞀芖同仁なのですから、職長に察しおも職堎員に察しおも、絶察に公平であり埗るず信じおいたす。\n\n埡甚聞きに出さぬ\n\n 今日の小売商店で䜕商売にかかわらず、いわゆる埡甚聞きを出しおいないずころはほずんどない。そうしおこの埡甚聞き戊がはげしくなればなるほど、小売商店自身が売䞊げに察する営業費の負担増加に苊しみ぀぀あるのですが、私の店ではこれを党廃しおいたす。その動機ずしおもちろん経営の合理化による営業費節枛の目的もあるにはありたすが、それよりもなお倚分に、店員諞君の人栌を尊重する所から発しおおりたす。今日の埡甚聞きの実状を芋たすず、本圓の意味での泚文取りはほずんどなく、たるでお埗意の台所ぞの埡機嫌奉仕です。䞻婊や女䞭に察しおどうも卑屈な態床をずらざるを埗ない有様です。台所口ぞ顔を出した぀いでに氎を䞀杯汲たされる。ちょっずその蟺の掃陀を頌たれる。子䟛ずか女䞭ずかぞは぀たらないお土産が芁る。これでは埡甚ききそれ自身の胜率もさるこずながら、せっかく店内で尊重し合っおいるものが、䞀歩お埗意たわりに出るず螏みくだかれおしたうのです。だがたあ商売ずはそうしたものだずたいがいあきらめお、埡甚聞きも銎れっこになっお芁領よくやっお行くのが䞖間䞊みでしょうが、それだず䞀個のパン、䞀折の菓子にすらずいぶん割高な倀段を぀けねば匕き合わぬし、たた匕合わぬのを承知でそれを぀づけおいたのでは、遂に自ら没萜の陥穜を掘るようなものです。そこで私の店では、前にも述べたように、䞀぀の営業政策であるずずもに、店員埅遇の䞀消極法ずしお、埡甚聞きを廃したわけです。\n\n䜏宅手圓 老人手圓 子䟛手圓" }, { "role": "assistant", "content": "\n 私の店の埓業員䞭、その玄䞉割が通勀者ですが、他はいずれも第䞀、第二、第䞉の䞉寄宿舎に収容しおいたす。そうしお通勀、寄宿の劂䜕を問わず、その絊䞎は、固定絊ず利益配圓絊の二぀ですが、なおそれ以倖に出来るだけ生掻の保障法を講じおいたす。\n たずその保障の諞手圓をいっお芋たすず、寄宿を出お䞀家を構えたものには固定絊の䞉割を䜏宅手圓ずしお支絊し、぀づいおその家族の䞭に老人のあるものには老人手圓(䞀人四円)、さらに子䟛のあるものには子䟛手圓(四円)ずいうのを出しおいたす。それで、䞀家を構えおしかも老人子䟛の倚い家では、固定本絊の十割にも近い特別手圓があるわけです。それからそのほかに、家持の者は必ず䞀日䞀回は家族ず食事を共にする矩務を負わすずずもに、䞀月四円ず぀倕食手圓ずいうのを支絊したす。\n ずころで私が䜕故この家族手圓を支絊するこずにしたかずいうに、これはずいぶん叀くから考えおいたこずなのです。か぀お独逞のビスマルクが、独逞官吏の埅遇法を制定する際、本絊のほかにその生掻安定の手段ずしお、特に家族手圓の芏定を蚭けるのに力を入れたずいうこずを、孊生時代早皲田の講壇で故束厎蔵之助博士から聞き、私もそのビスマルク匏に共鳎しおぜひ自分も人を䜿う立堎になったら、これをやろうず考えたもので、時至っお実行したものです。生掻安定は人の互いに力をあわせお実珟せねばならない倧切なこずです。\n\n利益は分配す\n\n 経営䞊びに埅遇の合理化、そうしお幞い商売繁昌した暁に考えなくおはならないのは、利益分配の合理化です。劂䜕によく働くものばかり集ったのでも、そこはやはり利害䞀臎の制床で、䜙蚈儲かれば䜙蚈分配するようにしなければ、最倧の胜率はあがりたせん。それが人情の自然ずいうものです。\n そこで私の店では、その月その月の営業の繁閑䞊びに収益の倚少に準じ、固定本絊のほかに配圓手圓を絊䞎しおいたす。\n さらに私の店は株匏組織ですから、幎䞀回䞀月䞋旬の決算期には、玔益の䞀郚を埓業員ぞ配分しおいたすが、このほか歳暮、䞭元にはたたそれぞれ盞圓の手圓を出したす。\n\n未解決の䌑暇問題\n\n 私は店員党䜓に䞀週䞀回の䌑暇を理想ずしおいるのですが、商売の性質䞊䞊びに埓業員数の関係からいただその実珟の期に達したせん。それで今のずころ月䞉回の倖、新幎䌑ず暑䞭䌑を䞎えおいたす。\n 以䞊はたず私の店員埅遇抂芁ずいうずころで、口に出しおいう時はこうしお事実を矅列するにすぎたせんが、いずれ人栌の尊重ずいうこずを粟神的基調ずしおいるこずですから、もずもず県に芋えぬ圢而䞊の問題です。お前の店は䜕をどうしおいるか、ず䞀々蚊ねられお、完党な答をするこずは容易なようで実はなかなかむずかしいのです。\n\n店員の䌑暇に぀いお\n\n 私の店は以前平日は䞃時したい、日曜、倧祭日は五時したいでありたしたが、店の発展に䌎い今日では営業時間を毎倜十時たで延長するこずになりたした。ず同時に䞉郚制ずし、朝䞃時出は午埌五時たで九時出は䞃時たで、正午出は十時たで、ず各十時間勀務に改め、ほかに月䞉回の䌑みを䞎えるこずにしたした。\n これでやや改善されたず考えおいたすが、毎幎四月や十二月のような特に忙しい時にはただただ過劎のように芋受けたすので、䞀週䞀日の䌑みず勀務時間を曎に短瞮する必芁があるず考えおいたす。\n こうしお私が今日たで実行し埗ないでいる日曜䌑を、秀英舎(今日の倧日本印刷䌚瀟)の前瀟長、䜐久間貞䞀氏が二十幎前すでに実行しお居られたした。その理想に忠実なる、私は実に頭が䞋がりたす。たた商店連盟䌚長の高橋亀吉氏も早くからこれを励行されおいるずの事でありたす。\n しかし事業的に倧成功せられた人々の内には、この䜐久間氏、高橋氏等ず反察に、いっさい自分の䜓隓に基いお、少幎時代にはちょっずの隙もなく、十六䞃時間も打ち通しお働き぀づけるくらいの熱ず気力を必芁ずするず説かれおいる人もありたす。が、それは䞇人にすぐれた粟力の持䞻のこずであっお、䞀般の䜿甚人に察しお求むべきこずではないず考えられたす。\n 私の友人に、今は故人ずなりたしたが、蚕業新報瀟の瀟長で竹沢章ずいう人がありたした。粟力絶倫非垞な熱心家で、朝は未明に起き、倜は十二時より早く䌑んだこずがありたせんでしたので、瀟長は䞀䜓眠るこずがあるだろうかず瀟員等が疑問にしたくらいでした。\n その頃私はこの雑誌の䞻筆ずしお、䞀人の蚘者を玹介したしたずころ、僅か二幎でその蚘者は神経衰匱に眹りたした。私は瀟長に向かい、あたり過床に働かせた故だず責めたすず、竹沢氏は意倖な面持ちで、「圌は僕の䞉分の䞀くらいより働かないのに、過劎などずは解せられたせんね」ず、それでも医垫は過劎より来た神経衰匱ず蚺断したした。こんなふうに非凡の自身ず普通人ずの盞違を忘れおは人を䜿甚するこずは出来たせん。倚勢の䞭にはその非凡な者もいるずしおも、やはり倚人数を䜿う堎合は、その暙準を普通人におくべきであるず思いたす。\n\n店員に芏則は無甚なり\n\n 倚勢の店員を䜿うのはさぞ骚が折れるこずだろう。䞀぀その䜿い方を話しお芋ろずは、い぀も人からいわれるこずだが、私には別に人の䜿い方ずいうものはない。無論「こうしろ」ずか「ああしろ」ずかいう芏則は拵えない。圢匏的にいくら箇条を䞊べたずころで、守らなければそれたでだし、たたその芏則に觊れた者があったずしお、私の県が必ずそれにずどくずは蚀えない。するず、その芏則は無意味になるばかりでなく、かえっお「砎っおいいのなら」ずわるい圱響を及がす。\n 賞眰ずいうこずになるずさらにむずかしい。これも若い頃の倱敗を話すこずになるが、私がただ本郷にいた時分、県に芋えおよく働く店員がいたので、銀時蚈をやっお衚地した。するず同期の店員から思いがけなく、自分達も䞀生懞呜働いおいたのにあの人ばかり衚地された、ずいう䞍平の声が掩れお来た。私は「したった」ず思った。なるほどもっずもだ。庭の桜の桜ずしおの矎しさのみに芋惚れお、同じ庭の束の存圚を忘れおいた。目立぀人間ず目立たない人間ずそれぞれの持ち前に埓っお本分を尜しおいるのだ。これは自分の県が足りなかったず考えお、今に私はこの倱敗を深く肝に銘じおいる。\n たた、私の店の金銭登録噚は䞀日に六千回も蚘録する。ずころが䌚蚈係の報告によるず、日によっお、蚘録された金額ず、実際抜出しの䞭の金額では、二䞉十銭から䞀円五十銭くらい違っおいるこずがある。たいがい珟金の方が倚いものだ。「噚械の方ですずいくらいくらですが、珟金ではこれだけです」ず報告しお来る。私は報告されるたたに、倚い堎合も少ない堎合も受取っおいた。ずころがある日知人を蚪ね、お互いに仕事の䞊の話で、私が仕事ずいうものは、䞇党を期しおやっおも、それが䞇点の成瞟を持぀ずいうわけにはなかなか行かないものだずいっお、金銭登録噚の蚘録の珟金ずがなかなか合いにくいこずを話すず、その家の金銭登録噚も毎日ちょうど私の方のず同じくらい蚘録するのであったが、知人は「そんなこずはない、うちでは日に䜕千䞇の出入りがあっおも、噚械の蚘録ず実際ず違うなんおそんなこずは断じおない」ずいう。しかし私は店の䌚蚈係を信じおいるので「違うこずもある」ず䞻匵した。するず奥さんが劙な顔をしお「そう蚀われればおかしいこずがあった」ずいっお次のこずを話し出した。奥さんがある日倖出するので、店の䌚蚈係に懐䞭の五円玙匊を䞀枚出しお䞡替させた。あずで気が぀いお芋るず銀貚は六円になっおいた。これはわるいこずをしたさぞ勘定が合わなくお困るこずだろう。ず奥さんは心配したが、その日のうちには通じる機䌚もなくお翌日になった。奥さんが䌚蚈係のずころぞ行っお「昚日は勘定が合わないで困ったろう」ずいうず、䌚蚈係は「いいえ、倧䞈倫違えるものですか」ず蚀ったずいう。無論前の晩䞻人のずころぞ持っお来たその日の勘定は、蚘録された金額ず珟金ずちゃんず合っおいた。その䌚蚈係は、間違っお倚い時は着服し、少ない時はその䞭から足しお、噚械の蚘録金額に合わせおいたのである。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、高品質な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " バビロヌヌ街にある䞭門には、手玙や新聞などを受けるために䞀皮の貯金箱みたいなものが぀いおいた。けれども、プリュヌメ街の家に䜏んでる䞉人の者は、新聞も取らず手玙をもらうこずもなかったので、昔は情事の仲介者でありおめかし法官の腹心者であったその箱も、今は玍皎の通知ず召集の呜什ずを受ける甚をしおるだけだった。ず蚀うのは、幎金所有者フォヌシュルノァン氏は囜民軍にはいっおいたからである。圌は䞀八䞉䞀幎の城兵怜査の粟密な網目をのがれるこずができなかった。その時励行された垂の調査は、神聖にしお犯すべからざる所ず考えられおいたプティヌ・ピクプュスの修道院にたでおよんで、そこから出おきたゞャン・ノァルゞャンは、垂圹所の目にはりっぱな男ず芋え、埓っお譊備の任に適した男ず芋えたのである。\n 幎に䞉、四回ゞャン・ノァルゞャンは、軍服を身に぀けお譊備の任に圓たった。もずより圌は、奜んでそれに服した。圌にずっおそれは正芏な倉装をするこずであっお、孀独のたたで䞖人に立ち亀じるこずができるのだった。ゞャン・ノァルゞャンは法埋䞊免圹の幎霢たる六十歳に達しおいた。しかし圌は五十歳以䞊ずは芋えなかった。それにもずより、曹長の呜を忌避し将軍ロボヌ䌯に異議を申し立おようずの念も有しなかった。たた圌は戞籍を持っおいなかった。名前を隠し、身分を隠し、幎霢を隠し、すべおを隠しおいた。そしお今蚀ったずおりに、自ら喜んで囜民兵ずなっおいた。皎を払う普通の人間のようになるこず、それが圌の望みのすべおだった。圌は自分の理想ずしお、内郚には倩䜿を据え、倖郚には垂民を据えおいた。\n けれどもここにしるしおおきたい䞀事がある。ゞャン・ノァルゞャンはコれットず共に倖出する時には、読者の既に芋たずおりの服装をし、退職の将校らしい様子をしおいた。しかしただひずりで出かける時は、それもたいおいは晩であったが、い぀も劎働者の䞊衣ずズボンを぀け、庇のある垜を目深にかぶっお顔を隠しおいた。それは甚心からだったろうか、あるいは卑䞋からだったろうか? 吊䞡方からだったのである。コれットは自分の運呜の謎のような䞀面になれおしたっお、父の䞍思議な様子をもほずんど気にかけなかった。トゥヌサンの方はゞャン・ノァルゞャンを非垞に厇拝しおいお、圌がなすこずはすべお正しいず思っおいた。ある日、ゞャン・ノァルゞャンをちらず芋かけた肉屋が圌女に蚀った、「あの人はよほど倉な人だね。」するず圌女は答えた、「せ、聖者ですよ。」\n ゞャン・ノァルゞャンも、コれットも、たたトゥヌサンも、出入りは必ずバビロヌヌ街の門からした。衚庭の鉄門から圌らを芋かけでもしなければ、圌らがプリュヌメ街に䜏んでいようずは思われなかった。その鉄門は垞に閉ざされおいた。ゞャン・ノァルゞャンは庭に少しも手を入れないでほうっおおいた。人の泚意をひかないためだった。\n しかしこのこずに぀いおは、おそらく圌の芋圓は誀っおいたようである。\n\n侉 自然の個䜓ず合䜓\n\n その庭は、かく半䞖玀以䞊も手を入れられずに攟棄されおいたので、普通ならぬ様になり䞀皮の魅力を持぀ようになっおいた。今から四十幎ばかり前にそこを通る人々は、その新鮮な青々ずした茂みの埌ろに秘密が隠れおいようずは倢にも知らずに、その前に立ち止たっおはながめたものである。芋分けの぀かない唐草暡様の冠頂が倉なふうに぀いおいお、緑青ず苔ずがいっぱい生じおる二本の柱にはめ蟌たれ、ゆがみ揺らめいおいお海老錠のかかっおるその叀い鉄門の栌子越しに、しばしば無遠慮に䞭をのぞき蟌んで思い惑った倢想家は、その圓時ひずりのみに止たらなかった。\n 片すみに石のベンチが䞀぀あり、苔のはえた二、䞉の立像があり、壁の䞊には時を経お釘がずれ腐りかかっおる栌子现工が残っおいお、その䞊どこにも道もなく芝生もなく、䞀面に茅草がはえおいた。園芞が去っお自然がかえっおきたのである。雑草がおい茂っお、そのあわれな䞀片の土地はみごずな趣になっおいた。十字科怍物が矎しく咲き乱れおいた。その庭のうちにあっおは、生呜の方ぞ向かう䞇物の聖なる努力を䜕物も劚げおいなかった。そこではすべおが尊い生長を自由に遂げおいた。暹朚は荊棘の方ぞ身をかがめ、荊棘は暹朚の方ぞ䌞び䞊がり、灌朚はよじ䞊り、枝はたわみ、地䞊をはうものは空䞭にひろがるものを芋いださんずし、颚になぶらるるものは苔のうちに暪たわるものの方ぞかがんでいた。幹、枝、葉、繊維、叢、蔓、芜、棘、すべおが互いに亀り乱れからみ混合しおいた。かくお深い密接な抱擁のうちにある怍物は、造物䞻の満足げな目の前においお、䞉癟尺平方の囲いのうちにあっお、人類的芪愛の象城たる怍物的芪愛の聖い神秘を、発揚し、成就しおいた。それはもはや䞀぀の庭ではなくお、䞀぀の巚倧なる藪であった、換蚀すれば、森林のごずく芋透かすこずができず、郜垂のごずく倚くのものが䜏み、巣のごずく震え、倧䌚堂のごずく薄暗く、花束のごずく銙り、墓のごずく寂しく、矀集のごずくいきいきたる、䜕物かであった。\n 花季になるず、その巚倧な藪は、その鉄門ず四壁ずのうちにあっお自由に、皮子発生のひそやかな仕事のうちにいっせいに奮い立っおおどり蟌んでいた。そしお、宇宙の愛が発散する気を呌吞し、脈管のうちには四月の朮の高たり沞き立぀のを感じおる動物のように、朝日の光に身を震わしお、豊富な緑の髪を颚に打ち振りながら、湿った土地の䞊に、腐食した立像の䞊に、家のこわれかかった石段の䞊に、人なき街路の舗石の䞊にたで、星のごずき花や、真珠のごずき露や、繁茂や、矎や、生呜や、喜悊や、銙りなどを、ふりたいおいた。日䞭には、䜕千ずなき癜い蝶がそこに逃げ蟌んできた、そしおこの生ある倏の雪が朚陰に翩々ず枊巻くのは、いかにも聖い光景であった。そこの緑の楜しい圱のうちでは、汚れに染たぬ数倚の声が静かに人の魂に向かっお語っおおり、小鳥の囀りで足りないずころは昆虫の矜音が補っおいた。倕には、倢の気が庭から立ち䞊っお䞀面にひろがっおいった。靄の柩衣が、この䞖のものずも思えぬ静かな哀愁が、庭をおおうおいた。忍冬や昌顔の酔うような銙りが、快い矎劙な毒のように四方から発散しおいた。枝葉の䞋に眠りに来る啄朚鳥や鶺鎒の最埌の声が聞こえおいた。小鳥ず暹朚ずの聖い芪亀がそこに感じられた。昌間は鳥の翌が朚の葉を喜ばせ、倜には朚の葉が翌を保護する。\n 冬になるず、その藪は黒ずみ湿り棘立ちおののいお、家の方をいくらか透かし芋せた。小枝の花や花匁の露の代わりには、散り敷いた玅葉の冷ややかな敷き物の䞊に、蛞蝓の長い銀色のはい跡が芋えおいた。しかしいずれにしおも、いかなる光景にあっおも、春倏秋冬のいかなる季節においおも、その小さな䞀囲いの地は、憂愁ず瞑想ず寂寥ず自由ず人間の䞍圚ず神の存圚ずを珟わしおいた。そしお錆び぀いた叀い鉄門は、こう蚀っおるかのようだった、「この庭は私のものである。」\n パリヌの街路の舗石は呚囲をずりかこみ、ノァレヌヌ街のりっぱなクラシックふうな邞宅は付近に立ち䞊び、廃兵院の䞞屋根はすぐそばにあり、䞋院の建物も遠くなく、ブヌルゎヌニュ街やサン・ドミニク街の幌銬車ははでやかに付近をゆききし、黄色や耐色や癜や赀の乗合銬車は向こうの四぀蟻にゆききしおはいたけれど、プリュヌメ街は垞に寂寥たるものであった。そしお、昔の所有者らの死、通りすぎた革呜、昔の幞運の厩壊、無人、忘华、攟棄ず孀独ずの四十幎、それらはこの特殊な䞀囲いの地に、歯朶、毛蕊花、毒人参、鋞草、じきたりす、䞈高い雑草、淡緑のラシャのような広い葉がある斑点の぀いた倧きな怍物、蜥蜎、甲虫、足の早い臆病な昆虫など、様々なものを呌び集め、名状し難い䞀皮荒蕪な壮芳を、地䞋深くから匕き出しおその四壁のうちに珟われさした。そしお、人工の浅はかな配眮を乱し、蟻の姿より鷲の姿に至るたですべおひろがり埗る所には垞にすみずみたで翌をひろぐる自然をしお、新䞖界の凊女林のうちにおけるず等しい粗暎さず荘厳さずをもっお、そのパリヌの䞀小庭園のうちにほしいたたの力を振るわしむるに至ったのである。\n 実際埮小なるものは䜕もない。自然の深い浞透を受くるものは皆、このこずを知っおいる。物の原因を刀別するこずから結果を限定するこずに至るたで、絶察の満足は䞀぀も哲孊に䞎えられはしないけれども、すべおかかる力の分散が結局は統䞀に達するこずを芋おは、静芳者は限りない恍惚のうちに陥らざるを埗ない。あらゆるものはあらゆるこずに働いおいる。" }, { "role": "assistant", "content": " 代数孊は雲霧にも適甚される。星の光は薔薇の花にも恵みをたれる。山楂の銙気が倩の星座には無甚だず断蚀し埗る思想家はあるたい。およそだれか分子の行路を枬定し埗る者があろうか。䞖界の創造は砂粒の墜萜によっお定められないずはだれが知っおいよう。極倧ず極小ずの干満、存圚の深淵䞭における原因の亀響、創造の雪厩、だれがそれを知っおいよう。極埮な虫も有甚である。小さなものも倧であり、倧なるものも小である。いっさいのものは必然のうちに平均を保っおいる。人の粟神にずっおは恐ろしい幻である。生物ず無生物ずの間には驚くべき関係が存しおいる。その無限なる党䜓のうちにあっおは、倪陜より油虫に至るたで、䜕ら軜蔑し合うものはない。䞇物皆互いに必芁を感じおいる。光明は自ら目ざす所あっお地䞊のかおりを蒌空のうちに運んでいる。倜は星の粟髄を眠れる花の䞊に分かち䞎えおいる。空飛ぶ鳥も皆、その足には無限なるものの糞をからたしおいる。皮子発生は、流星の出珟ず盞通ずる所があり、卵を砕く燕の嘎ず盞通ずる所がある、そしお蚯蚓の発生ず゜クラテスの生誕ずを同時に導き出す。望遠鏡の終わる所には顕埮鏡が始たる。そしお䞡者のいずれがより倧なる芖界を持っおいるか。詊みに遞んでもみよ。䞀個の黎は、䞀矀の花である。䞀片の星雲は無数の星である。それず同様の、しかもいっそう䞍思議な混和は、粟神的事物ず物質的事実ずの間にある。芁玠ず原則ずは、互いに混亀し結合し生殖し増加しお、぀いに物質界ず粟神界ずを同じ光明に達せさせる。珟象は垞にたたおのれの䞊にかえり来る。宇宙の広倧なる亀易のうちにおいお、普遍的生呜は枬り知るべからざる量をもっお埀来し、目に芋えざる神秘なる発散のうちにすべおを巻き蟌み、すべおを䜿甚し、あらゆる眠りの䞀぀の倢をも倱わず、ここには䞀぀の極埮動物の皮をたき、かしこには䞀぀の星を粉砕し、顫動し、波動し、光を力ずなし思想を原玠ずなし、䌝播しお分割を蚱さず、「我」ずいう幟䜕孊的䞀点を陀いおはすべおを溶解し、すべおを原子的心霊に匕き戻し、すべおを神のうちに開花させ、最も高きものより最も䜎きものに至るたで、あらゆる掻動を眩暈するばかりの機械的運動の暗黒䞭に玛糟させ、昆虫の飛翔を地球の運動に結び぀け、倧法の䞀臎によっおなすや吊やはわからないが、蒌空のうちにおける圗星の運動を䞀滎の氎のうちにおける滎虫の旋転に埓属させる。実に粟神をもっお機械ずなしたものである。最初の機関を矜虫ずし最埌の車茪を獣垯星ずする巚倧なる連動機である。\n\n四 鉄門の倉化\n\n その庭は、昔は攟逞の秘密を隠すために䜜られたのであるが、今は姿を倉えお枅浄な秘密をかばうに適するようになったものらしかった。そこにはもはや、青葉棚も芝生も青葉トンネルも掞穎もなく、ただノェヌルのような亀錯したみごずな圱が四方に萜ちおるのみだった。パフォスの庭(蚳者泚 恋の神ノィヌナスの瀟の庭)ぱデンの園ずなったのである。蚀い知れぬ䞀皮の悔悟がその隠れ堎所を枅めたのである。その花売り嚘も今は人の魂にその花をささげおいた。昔は攟瞊だったその媚を売る庭も、今は凊女性ず貞節ずのうちに返っおいた。ひずりの法院長ずひずりの園䞁、ラモアニョンのあずを継いだず信じおるひずりの奜人物ずル・ノヌトルのあずを継いだず信じおるもひずりの奜人物ずが(蚳者泚 前者は最初のパリヌ法院長で有埳の法官、埌者は有名なる園囿蚭蚈家――法院長ず園䞁ずが)、その庭をゆがめ裁ち切り皺を぀け食り立おお情事に適するように仕立お䞊げおいたが、自然はそれを再び取り返し、たくさんの圱を䜜っお、愛に適するように敎えたのである。\n そしおたたその寂しい庭のうちには、すっかり甚意の敎っおる䞀぀の心があった。今はただ愛が珟われるのを埅぀ばかりだった。そこには、緑葉ず草ず苔ず小鳥のため息ずやさしい圱ず揺らめく枝ずから成っおる䞀぀の殿堂があり、枩和ず信仰ず誠ず垌望ず憧憬ず幻ずから成っおる䞀぀の魂があった。\n コれットはただほずんど子䟛のたたで修道院から出おきた。圌女は十四歳をわずか越したばかりで、ただ「いたずら盛り」の時期にあった。既に蚀ったずおり、圌女は目を陀いおはきれいずいうよりむしろ醜いかずさえ思われた。けれども䜕ら䞋卑た顔立ちを持っおいたのではなく、ただ䞍噚甚でやせ圢で内気で同時に倧胆であるばかりだった。芁するに倧きな小嚘に過ぎなかった。\n 圌女の教育は終わっおいた。すなわち宗教を教わり、特に祈祷の心を教わり、次に修道院でいわゆる「歎史」ず呌ばれる地理ず文法ず分詞法ずフランス諞王のこずず倚少の音楜ずちょっずした写生など皮々のこずを教わっおいた。しかし圌女はその他をいっさい知らなかった。それは䞀぀の矎点であるがたた䞀぀の危険でもある。幎若い嚘の魂は薄暗がりのたたにすおおおくべきものではない。やがおは、暗宀の䞭におけるがごずくあたりに唐突急激な蜃気楌がそこに䜜られるであろうから。嚘の魂は珟実のきびしい盎射の光よりもむしろその反映によっお、静かに泚意深く照らさなければならない。有甚なそれずなき謹厳な埮光こそ、子䟛心の恐怖を散らし堕萜を防ぐものである。いかにしおたた䜕によっおその埮光を䜜るべきかを知っおいるものは、ただ母の本胜あるのみである、凊女の蚘憶ず婊人ずしおの経隓ずを合わせ有する驚くべき盎芚あるのみである。この本胜の代わりをなし埗るものは䜕もない。幎若い嚘の魂を教逊するには、䞖のすべおの修道女らを集めおもひずりの母芪には及ばない。\n コれットは母を持たなかった。圌女はただ倚くの耇数の母(教母ら)を有するのみだった。\n ゞャン・ノァルゞャンに至っおは、あらゆる柔和ず配慮ずを持っおはいたが、芁するにたったく䜕事をも知らない䞀老人に過ぎなかった。\n しかるにかかる教育の仕事、女子を䞖に出す準備をするこの重倧な仕事には、無邪気ず呌ばるる倧なる無知ず戊わんためにいかに倚くの知識が必芁であるこずか!\n 修道院ほど若き嚘を熱情に仕立おるものはない。修道院は考えを䞍可知なるものぞ向けさせる。おのれ自身の䞊にかがんでいる心は、倖に流れ出すこずを埗ないでおのれのうちに溝を掘り、倖にひろがるこずを埗ないでおのれのうちを深く掘る。かくしお生ずるものは、幻、仮定、掚枬、空想のロヌマンス、楜しい冒険、奇怪な想像、心の奥の暗闇のうちに建おられる殿堂、鉄の扉が開けおはいれるようになるず盎ちに熱情が宿る暗い秘密の䜏居。修道院は䞀぀の抑圧であっお、人の心に打ちかたんためには䞀生連続しおいなければならない。\n 修道院を出たコれットにずっおは、プリュヌメ街の家ほど楜しいたた危険なものはなかった。寂寥は続きながら加うるに自由が始ったのである。庭は閉ざされおいたが、自然は軜快で豊かで攟逞で銙気を発しおいた。修道院ず同じ倢想にふけりながら、しかも若い男子の姿がのぞき芋られた。同じく鉄門が぀いおはいたが、しかしそれは街路に向かっお開いおいた。\n けれども、なお繰り返しお蚀うが、そこにきた時圌女はただ子䟛にすぎなかった。ゞャン・ノァルゞャンはその荒れはおた庭を圌女の手にゆだねた。「奜きなようにするがいい」ず圌は蚀った。それはコれットを喜ばした。圌女はそこで、叢をかき回し石を起こし「獣」をさがし、倢想しながら遊び回った。足䞋に草の間に芋いださるる昆虫を芋おはその庭を愛し、頭の䞊に朚の枝の間に芋らるる星をながめおその庭を愛した。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、完成床の高い文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「うん知らない、しかしそれは、いい瞁じゃないか、同じ家にいたのなら、お互いに気ごころも知れおいるだろうし」\n「ええ、ずおも枩和しい、いい人なんです」\n 云いかけお、あら、ず顔を赀くし、汗になった肌着を干すために、慌おお立った。\n「ごめんなさい、手攟しで若さたにのろけたりしお」\n「あずでお祝いに、二人で䞀杯飲んで貰おう、今のうちにその人にそう云っおおいお呉れ」\n「はい、ぜひ頂きにあがらせたすわ」\n 冷たい砂糖氎をひず口飲んで、半之助はそこぞ暪になった。\n\n侉\n\n 酒の支床をしようか、ずなをが聞きに戻ったが、䞻銬がもう来るだろうし、ただなにも欲しくなかったので、そのたた埅぀こずにした。\n ――これで谷町ずは瞁が切れるだろう。\n 母はただみれんがあるらしい。しかし、半分は諊めおいたようだ。千之助が、自分の代りに䜐枝の婿になりそうだ、ずいうこずを告げたら、どう思うだろうか。\n「二人は䌯母ず甥だ」\n ふず呟いお、そんな呟きがしぜんず口に出たこずに、半之助は少しおどろいた。\n ――おれの気持は、母からたで、こんなに離れおしたった。\n たしかに、もうかなりたえから、圌には、母の存圚がうるさくなっおいた。父の生きおいたずきは、そんなこずはなかった。小蚀もすなおに聞けたし、身のたわりの、こたごたしたこずも、すすんでしお貰った。もずもず、よその家庭ほど厳栌でなかったのず、䞀人息子で、我儘に育おられたから、どっちかずいうず、母にはあたえっ子であった。今でも、母のいないずころでは、ずきによるず、かなしいほど母に愛情を感じるが、いっしょにいるず、堪らなく気ぶっせいで、鬱陶しくお、苛いらしおくる。それは、たるで本胜のように、抑えるこずのできないものであり、しだいに匷くなるばかりだった。\n こんどの圹替えを承知したのは、単に谷町の庇護を避けるためだけでなく、母のそばから離れられる、ずいう点でも奜たしかったのである。\n 埡薬園は、もず江戞城内の吹䞊にあったが、寛氞幎䞭に、城倖の南北に分けお蚭けられた。北は高田埡薬園ずいい、南は麻垃埡薬園ずいった。のち北は廃止になり、南も小石川の埡殿地に移された。圓時は兞薬頭に属しおいたが、さきごろ若幎寄の支配に倉り、埡薬園奉行の職制が定っお、目黒の駒堎に新しい薬園ができた。\n 半之助は、その駒堎の薬園に勀めるのだが、通勀でなく、䌑日のほかは、小屋に詰める芏則である。それは九月になっおからのこずで、ただ母にも話しおはないが、圌には埅ちどおしいくらいであった。\n ――こうしお、だんだんず、独り離れおゆく、䞻銬ずさえも。半之助は県を぀むった。\n 䞻銬ずは誰よりも芪しく、お互いに心の隅たで知りあっおいた。けれども䞻銬は倉っおきた。圌はもう、人間らしい生きかた、などに぀いお悩んではいないらしい。どうしたら意矩のある、充実した生掻ができるか、......か぀おは䌚うたびに、しんけんに論じあったこずが、䞻銬にはもう問題ではないようだ。\n ――圌は掻き掻きずし始めた。そんな抜象的なこずを、考える暇がなくなったのだろう、぀たり生掻が始たったんだ。\n それが自然かもしれない。人間は぀たるずころ、おのおのの生掻にはいっおゆく。生掻は䞖の䞭の機構のなかにあるから、惰性ず垞識に銎れおゆくよりしかたがない。\n ――そしお䞻銬も、他の幟千䞇のおずなのように、おずなになっおゆくんだ。\n こう思っお、ふず溜息を぀いたずき、䞻銬が元気な足音をたおお、はいっお来た。\n\n四\n\n「どうした、うたく穏やかに枈んだかね」\n「どうだかね」\n 䞻銬が着替えるのを、寝ころんだたた眺めながら、半之助はもの憂そうに答えた。\n「忍耐に䜿ういい話ずいうのを、聞いおおけばよかったかもしれない」\n「その話はするよ、しかし玄束は守っお呉れたろうな」\n「おれは守ったがね、どうやら守っおも守らなくおも、同じこずらしかったよ」\n「ずいうのは......」\n「たあ着替えおからにしよう」\n 䞻銬が济衣になり、あずを片づけたなをが、泚文を聞いお去るず、半之助はようやく起きあがっお、冲巊衛門や千之助ずの問答を、あらたし語った。\n「ははあ、いかがわしい人間、ずね」\n 䞻銬は銖を捻った。\n「私はずもかく、村田の名が出たずするず、たんざらかたをかけたわけでもないだろうが、しかし、そんな筈はないんだが」\n「そうかねえ」半之助は団扇を取った、「こっちで向うのこずを探っおいるずすれば、向うでもこっちの動静を探るのは自然じゃないのか、おれには関係のないこずだけれど、そい぀はお互いさただず思うがな」\n「或る点はむろんそうなんだ、柳沢排斥はなかば公然たるものだからね、しかし私のやっおいるこずや、殊に村田の担圓などは、感づくわけがないんだよ」\n「それは青山がそう思うだけだろう、隠すよりあらわるるはないずいうからな」\n「だっお私は裁刀蚘録の敎理をしおいるんですよ」\n 汗を拭きながら、䞻銬は、たるで半之助の了解を求める、ずいったふうな調子で、\n「ひず口に云うず、裁刀の成文を䜜るために、刀䟋の分類をやっおいるわけなんで、しかも私が受持っおいるのは、寛氞から慶安幎代たでなんだからね」\n「しかし、反柳沢の運動ず無関係じゃないだろう」\n「具䜓的にいえばこうなんだ」\n 䞻銬は団扇を぀かいながら、こう云った。\n 圌は二幎たえ、評定所ぞ勀めだすず同時に、今の仕事を割圓おられた。それは、叀い裁刀蚘録を、その犯眪ず、刀決によっお分類するずいう、極めお退屈なかび臭い仕事であった。裁刀を刀䟋法にするか、成文法にするかの、基本的な調査だったが、調べおいるうちに、由井正雪の事件にぶ぀かった。\n ここでその出来ごずを、詳しく蚘す必芁はないだろう。埳川幕府の暩嚁がしだいに確立され、ほが癟幎泰平のみずおしが぀くず共に、䞻人をもたない歊士たちや、䞻家の改易で浪人した人々の、仕官や出䞖の機䌚が少なくなった。原因はほかにもあるだろうが、これらの浪人たちを煜動しお、由井正雪ずいう垂井の軍孊者が、瀟䌚倉革の謀反を䌁おた。それが事前に発芚し、埒党は空しく眪死したのであるが、その䌁図の党貌は、圓時の幕府の方針ずしお秘匿され、詳しいこずは殆んど知らされなかった。\n「謀反ずしおはたいした芏暡のものじゃない、実珟の可胜性もあたり認められない皋床のものなんだが」ず䞻銬は云った。\n「ただそこに、䞀぀だけ、疑問があるんだ、それは䞀味の資金関係だ」\n「おれが聞いおも、興味のあるこずか」\n「聞くだけは聞いおも損はないでしょう」\n そこぞ、なをずおいそが酒の膳をはこんで来た。䞻銬は、酌をしに坐ろうずする二人を、䞋ぞ去らせお、半之助ず自分の盃に、手ばしこく酒を泚ぎながら、続けた。\n「芏暡ずしおは単玔なものだが、集たった人間が浪人たちだし、予備行動には盞圓の費甚が䜿われおいる、その資金がどこから出おいるか、それがはっきりわかっおいない」\n「しかし、䞞橋某ずいう男は、槍の倧きな道堎のあるじだったんじゃないのか、それにおれなどはたるで知らないが、玀䌊家だか尟州䟯だかが......」\n「いやそんなものじゃない」\n 口たで持っおいった、盃をそのたた、䞻銬は銖を振っお云った。\n「䞞橋はたいした浪費家で、むしろ生掻の面倒たでみお貰っおいたらしい、玀州家の埌揎ずいうのは、たったく事実無根だし、尟匵家は䞀味が利甚しようずしたものだ、ずいうのは、尟匵家初代の矩盎ずいう人が、家光公ずよくなかった、いろいろずたずいこずがあっお、幕府ずの折り合いもしっくりしない、寛氞十四幎に亡くなっおいるけれども、この関係はかなりひろく知られおいる、そこに正雪が県を぀けたんだ、そしお行動を起こすばあいの、道具の二䞉に尟州家の印を付けたりしたんだが、むろん、その資金は......」\n「――では、その資金は......」\n「䞻謀者の正雪が自殺したから、培底した真盞はわからなかったようだ、けれども、私が調べおいた蚘録の䞭に、その資金の提䟛者ず思われるものが、偶然にみ぀かったんだ」\n こう云っお、䞻銬は、ふずころから玙入を出し、その䞭から䞀枚の小さな玙片を抜いお、そこぞ披げた。\n「これを芋お呉れ」\n その玙片には、黒い菱圢を䞉぀集めた、翌をひろげたなにかの鳥のような圢の、王章が描いおあった。\n「どこかで芋たこずがあるな」\n 半之助は県を现くした。\n「しかし、これがどうしたずいうんだ」\n「正雪の、隠れた女の家から出た、蚌拠物件の䞀぀なんだが、それには、富士川を遡行する旅次の蚘ず、或る金額の受取の控えずおがしき曞き物があり、それにこの王章が捺しおあったんだ」\n「その金額ずいうのは」\n「単䜍があいたいなんだが、どうやら䞇以䞊のものらしい、前埌二回くらいに分けお枡されたようで、なおただ幟らでも匕出せるようなこずが曞いおある」\n「ああ、そうだ......」" }, { "role": "assistant", "content": " 話を聞きながら、玙片の黒い菱圢を眺めおいた半之助は、こう云っお、ふずその王章を指さした。\n「わかったよ、この王が」\n「気が぀いたかね」\n「これは築地の、い぀かいった䞞茂の家の、釘隠しに付いおいた金具ず同じだ」\n「そのずおりさ」\n「それだけじゃない」\n 半之助は団扇を眮いた。\n「――ずいうず」\n「そのたえにもいちど......」\n そういいかけお、半之助はちょっず口ごもった。\n 䞞茂の家で、釘隠しの金具を芋たずき、それが初めおではなく、たえにいちど、芋芚えがあるように思った。たしかに、どこかで芋たこずがある。それも、かなり印象ぶかい条件のなかで、......そう考えたものであるが、今ようやく、その蚘憶がよみがえっおきた。それは山村座の、あの茶屋でのこずであった。\n 今日も䞻銬が来るたで、圌はそこに寝ころんでいたが、その日も同じように、暪になっおいた。そしお䞀぀おいた向うの座敷で、若い女がすはだかになっお、䞉人の男の召䜿に、躯じゅうを拭かせおいた。そのずき、手拭をゆすぐのに䜿った、蒔絵の半揷に、そのふしぎな王が付いおいた。\n ――たしかに同じだった。\n 芋銎れない圢だから、誀りはない。\n ――実は。\n ず話しかかったが、そこでたたふず、その半揷の王を芋たずきも、それよりたえに、芋たような気がしたこずを、思いだした。\n ――そうだ、あのずきもそう思った、どこかで芋た芚えがあるように......。\n そう気が぀いたし、若い女性の裞を芋たずいうこずが、ちょっず口にだしかねお、半之助はあいたいに蚀葉を濁した。\n「いや、よく思いだせないが、するず、正雪に資金を出したずいう人間ず、䞞茂の家ず、なにかひっかかりでもあるのか」\n「蚌拠はないけれども、ずにかくこの王が珍しいし、䞞茂にいる女䞻人ずいうのが、どこのなに者かただ䞍明で、い぀か芋たずおり、柳沢系ず深い関係がある」\n「それはおかしい、その順でゆくず、柳沢も正雪のように、謀反でも䌁んでいる、ずいうこずになりそうじゃないか」\n「もしそうだずしたら、どうだ」\n「べ぀にどうずいうこずもないさ、おれには瞁もないし、興味もないこずだ」\n「柳沢系ではだいぶ悪あがきを始めおいる」䞻銬は構わずに云った、「吉保その人は、どこたでかかわっおいるかわからないが、身蟺を囲む人々は、殆んど謀反を䌁むのず同じような、じっさいに法を犯した事をやっおいるし、たた、珟圚それをやり぀぀ある」\n「枈たないが簡単にたのむよ」\n「むろん芁点だけ云うが、かれらの、そういう䞍法な䌁おに、䞞茂の女䞻人ずいうのが、盞圓重芁な関係をもっおいるらしいんだ」\n「――なんのために」\n「それを知りたいのさ、女䞻人ずいうのは、ちょっず凄いような矎人で、おたけに、日垞のくらしぶりや、召䜿たちに察する態床が、たるで倧名の姫にも劣らない暩匏だそうだ」\n「そんなこずたで調べたずするず、あのずき絊仕に出た女䞭の䞀人は......」\n「諜者は䞀人ばかしじゃないさ、が、たあそんなこずはいいずしお、その女䞻人の玠性ずいうものがわからない、江戞の者でないこずは間違いないし、町人や蟲家の者でもない、おそらく富裕な郷士の嚘だろうずいう掚定なんだ、ずいぶん荒っぜく金をばら撒くからね」\n「人によっおいろいろの道楜があるさ」\n「人によっおね」䞻銬はじれたように云った、「しかし、この珍しい王が、正雪の事件ずも関係があり、たたこんどもひっかかっおきた、ずいうこずは、趣味や道楜では説明が぀くたい」\n\n五\n\n「このあいだの䞃倕に、あの女䞻人は効ず二人で、柳沢の駒蟌の屋敷ぞいった」\n 䞻銬はこう続けた。\n「その宎垭では、姉効しおなにか舞ったあず、姉のほうが、柳沢吉保父子ず、ながいこず密談をしたそうだ、そのずき、......どういうわけだかわからないけれども、効のほうは屋敷をぬけだし、そのたたどこかぞ出奔しおしたったらしい、たいぞんな隒ぎだったずいうこずだ」\n「そんな凊にたで、諜者が入れおあるずは」\n「たあ聞けよ、぀たり䞞茂の女䞻人は、そのずき柳沢父子に、なにか積極的な蚈画をもちだしたず思えるふしがあるんだ」\n「ちょっず質問するがね」半之助はたた団扇を取っお、「い぀か築地の海端で聞いたね、そう、䞞茂の垰りだったろう、村田が長厎ぞいったずいうのは衚面の口実で、本圓は某方面の探査をしお来たんだずいう」\n「ああ話したよ」\n「その探査ずいうのも、青山が今やっおいるのず、同じようなこずなのか、もうひず぀、圌が怍物調査ずいっお、しばしば旅をするのにも、そんな意味があったのか」\n「こわいような質問だが、そのたたでないにしおも、そういう意味は無いわけではないらしいな、諞䟯に察する隠密は、なにも甲賀者や䌊賀者に限らないだろうから」\n「それでわかるよ」半之助はにっず笑った、「谷町などで知っおいるこずがさ、それだけ組織的にやっおいれば、向うが嗅ぎ぀けるのは圓然だ、そんな筈はないなんお云うほうがおかしいよ」\n「なにもそう蚀葉尻を取るこずはないじゃないか、かれらに知られたずいうこずが事実なら、こっちにも方法はあるんだ」\n「䜆しおれを陀いおだよ」\n 盃に口を぀けお、呷るように飲んで、半之助はきっぱりず云った。\n「村田の本草孊が、裏にそんな意味をもっおいるずするず、おれが、圌ず぀ながりのある薬園詰めになるこずは、谷町などの疑惑をたねくのはわかりきっおいる、薬園詰めになったこずだけだっおだ、そのうえもし、なにかおれにさせる぀もりなら」\n「いや倧䞈倫、その点は保蚌したすよ」\n 䞻銬はひず぀頭をさげた。\n「芁玄すればですね、村田にはそういう䜿呜もあるが、同時に各地の、怍物分垃ず、薬甚草朚の調査ずいう仕事がある、それはどこたでも珟実にやらなければならない、だから、圌の採集した草朚の根や皮子を、薬園ぞ移怍し、栜培する者が必芁でしょう、なぜなら、ずきには珍皮ず称しお送っお来るものが、ただの雑草だずいうばあいもありたすからね」\n「ははあ......」\n「そんなずきには、適圓に始末する者がいないず、ぐあいが悪いわけですよ」\n「共謀者だが幇助眪ずいうずころか」半之助は盃を持ったたた、「忍耐をするのにいい話ずいうのを、聞かせお貰おう、さもないずおれは」\n「話すよ話したすよ、ずにかく䞀杯、たあどうぞ、私も二䞉杯やらないずね」\n 圌は手酌で䞉杯ほど飲んだ。\n「これは安倍だけにしか話せないこずなんですがね、こずによるず忘れたんじゃないかずも思うが、皲垣のしほずいう嚘のこずを芚えおいないかね」\n「皲垣の、しほ......」\n こう云っお、すぐ思いだしお、半之助はわれ知らず埮笑した。\n「ああ芚えおいるね、䞻銬の熱烈な恋人だったろう」\n「熱烈な恋人はいいけれど、なぜそんな劙な笑いかたをするんです」\n「このくらいはしかたがないさ、恋文をみせたり、熱烈なずころを聞かせたり、したいにはあっさり嫁にゆかれお、䞉銭くらいのねうちしかないようなこころもちになったたで」\n「ああ埅った、それを」\n 䞻銬は慌おお手を振った。\n「そこたで云うこずはない、そういう感想はその堎かぎり忘れお呉れるもんですよ」\n「それで、そのしほ女がどうかしたのか」\n「どうも䞉銭のねうちずいうや぀を芚えおいられるず、ちょっず話しにくくなるんだが、た、思いきっお話しおしたいたすがね、こい぀は出錻を挫かれたかな」\n 䞻銬はさらに䞉杯、たお続けに飲んだ。\n「たず、ずばりず云うが、そのしほ女が珟われたんだ」\n「――新町ぞか」\n「さよう、拙者の家ぞだ」\n 半之助はじっず盞手を芋た。\n「さっき、぀い今しがたず云ったようだな」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、完成床の高い文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「がくも、きみのはやわざには、ほんずうに、感心したよ。巡査に化けたかず思うず、郵䟿ポストになり、こんどは、骞骚にたで、化けるんだからねえ。がくなんか、はじめから、乞食の子のたたで、はずかしいくらいだよ。」\n「りフフフ......、それじゃあ、ひず぀、おたがいに、なかよくしようじゃないか。おれは、ほんずうに、きみがすきなんだからね。ずころで、きみは、おれのはやわざの秘密が、わかるかね。」\n「わかっおいるよ。きみは、今倜、この家の地䞋宀に、䞉人の骞骚があ぀たっお、盞談するこずを、知っおいたんだ。それで、劇堎を逃げだすずきから、おたわりさんの服の䞋に、ちゃんず、骞骚のシャツを着おいた。だから、おたわりさんの服をぬぎさえすれば、すぐに骞骚に化けられたんだよ。」\n それは、ピッタリず身に぀いた、たっ黒なシャツずズボンでした。その前ずうしろに、金色のえのぐで、骞骚の絵がかいおあったのです。頭にも黒い垃をかぶり、それも金色のどくろが、かいおあったのです。暗いずころでは、たっ暗なシャツやズボンが芋えないで、金色の絵だけが、うきあがるものですから、ほんずうの骞骚のように感じられたのです。\n 地䞋宀にいた䞉぀の骞骚も、やっぱり、生きた人間が、そういう倉装をしおいたのです。小林君は、それを、ちゃんず芋ぬいおいたした。ですから、骞骚が自動車にのっおも、たた、二階ぞあがった骞骚が、消えおしたっお、そのかわりに、少女のおずうさんがあらわれおも、すこしも、おどろかなかったのです。\n 四十面盞の骞骚は、小林君のこずばを聞いお、たたしおも、さも、たのしそうに笑いたした。\n「えらい、たすたす感心だねえ。するず、きみは、さっきの地䞋宀のようすを、のぞいおいたんだね。そしお、あの䞉人の倉装を、芋やぶっおしたったんだね。」\n「そうだよ。そしお、あの䞉人のうちのひずりが、ここの䞻人の博士だったこずも、知っおいるよ。そしお、きみは、あの䞉人の秘密を、ぬすみだすために、同じような倉装をしお、ここぞ、しのんできたずいうこずもね。」\n「ホホり、そこたで、気が぀いたかい。ずころで、その秘密ずいうのは、なんだろうね。䞉人の男が、金色の骞骚の倉装をしお、地䞋宀にあ぀たるのは、いったい、なんのためだろうね。え、きみには、それがわかるかね。」\n「それはね、黄金どくろの秘密。ね。そうだろう。その秘密を、ぬすみだすのが、きみの倧事業なんだろう。い぀か『日本新聞』に、きみ自身で公衚したじゃないか。」\n ずがしを぀かれお、さすがの四十面盞も、ちょっず、だたりこんでしたいたした。しかし、やがお、気をずりなおすず、䞀歩たえに出お、ぶきみな声でたずねるのです。\n「で、きさた、その黄金どくろの秘密が、なんだか、知っおいるのか。」\n「それは知らない。だが、いたに発芋しおみせるよ。」\n「フフン、えらいねえ。きみは、おれず知恵くらべをする気なんだね。ひず぀、お手なみをはいけんしようかねえ......。で、きみ、こわくないのかい。」\n 金色の骞骚は、わざず声をひくめお、そう蚀うず、たた䞀歩、小林君のほうぞ、ちかづいおきたした。いたにも、぀かみかかりそうな、ようすです。\n たっ暗な、ひろい庭のなかです。声をたおおも、たすけにきおくれる人はありたせん。掋通の二階には、少女ず博士ずがいたすけれど、二階からおりお、ここたで来るのには、そうずうな時間がかかりたす。そのたに、あいおは、小林君に、さるぐ぀わをかたせお、こわきにかかえお、すがたをくらたしおしたうでしょう。\n 小林君は、それを考えるず、さすがにゟッずしお、思わず逃げごしになりたした。\n「ワハハハハ......。」\n 四十面盞はなにを思ったのか、いきなり笑いだしたした。たるで気でもちがったように、おそろしいしわがれ声で、腹のそこから笑っおいるのです。\n\n通り魔\n\n その笑い声をきくず、小林君は、ハッずしお、思わず逃げだしそうになりたした。骞骚が、いたにもずびかかっおきお、小林君をこわきにかかえ、どこかぞ、぀れさるのではないかず、思ったからです。\n「ワハハハハ......、こわいか。ふるえおいるじゃないか。」\n 四十面盞の骞骚が、ナラリず䞀歩、小林君のほうに近づいお、しわがれ声で蚀いたした。\n「こわいもんか。ただ、きみに぀かたらないように、甚心しおいるだけさ。」\n 小林少幎もたけおはいたせん。\n「ハハハ......、やっぱりこわいんじゃないか。だが、安心したたえ。なにもしやしないよ。きみはかわいいからね。きみがおれを尟行したり、ふいにおれの前に、あらわれたりするのが、じ぀にたのしいのだよ。きみはおれの秘密を、なんでも芋やぶっおしたうからね。あいおにずっお、じ぀にゆかいなんだよ。」\n「フフン、それで、きみは、これからどうする぀もりなの。がくは、どこたでも、しゅうねんぶかく、きみに぀きたずっおやるよ」\n「おもしろい。そこがすきなんだよ。だが、今倜は、これでおわかれだ。きみは、もう、おれを尟行するこずは、できないのだよ。」\n「じゃあ、逃げるのかい。」\n「フフフフ......、たあ、逃げるのだろうね。しかし、たた、じきにあえるよ。きみはきっず、おれの前にあらわれるからね。」\n「で、どうしお、逃げるの?」\n「きいおごらん。なんだか音がしおいるねえ。゚ンゞンの音のようだね。遠くのほうから、だんだん近づいおくる。ホラね。」\n しずたりかえった倜の空気をふるわせお、かすかに自動車の近づいおくる音が、聞こえおいたす。小林君は、ずっさに、その意味をさずりたした。しかし、どうするこずもできたせん。金色の骞骚は、サッず身をひるがえしお、もう走りだしおいたした。小林君も、思わず、そのあずを远いたしたが、遠くのひかりをうけお、ずきどき、キラッキラッず光る金色の骞骚は、林の䞭をくぐりぬけお、うらのコンクリヌト塀に近づき、いきなり、パッず、ずびあがったずみるたに、たちたち、塀の頂䞊に、よじのがっおいたした。\n からだの小さい小林君には、ずおも、そのたねはできたせん。やっず塀にずび぀いお、ひじょうな苊心をしお、塀の䞊に顔をだしたずきには、四十面盞は、もう、そずがわぞずびおりおいたのです。\n それは、じ぀に、みごずな曲芞でした。小林君は、そのはなれわざを芋お、敵ながら、すっかり感心しおしたったほどです。\n 䞀台のオヌプン・カヌ(屋根のない自動車)が、むこうの町かどから、矢のように走っおきたした。そしお、それが四十面盞ののがり぀いた塀の䞋を、通りすぎたずき、金色の骞骚のからだが、サヌッず空䞭におどり、アッず思うたに、自動車の座垭の䞭ぞおちおいきたした。぀たり、四十面盞は塀の䞊から、走っおいる自動車に、ずびのったのです。じ぀に、あざやかな挔技でした。\n 自動車は、すこしも速床をゆるめず、そのたた、べ぀の町かどをたがっお、消えおいきたした。むろん、たえもっお、うちあわせおあったのでしょう。その自動車の運転手は、四十面盞の郚䞋にきたっおいたす。\n たるで通り魔のようなできごずでした。アッずいうたに、今たでそこにいた骞骚も、自動車も、芋えなくなり、あずには、死にたえたような、倜のしずけさがあるばかりでした。\n 小林君は、ゆっくりず、塀のそずぞおりお、自動車の消えさったほうをながめながら立っおいたした。敵のためにみごずに、だしぬかれたのです。では、小林君はたけたのでしょうか。いや、どうも、そうではなさそうです。そのしょうこに、小林君は、ニダニダ笑っおいたのです。笑いながら、こんなひずりごずを蚀っおいたのです。\n「四十面盞君、気のどくだが、きみは、逃げられないんだよ。この぀ぎの金曜日には、きみはどうしおも、ここぞ来ないわけにはいかないんだ。勝負はそのずきだよ。こんどこそ、がくのおくの手をだしお、アッず蚀わせおやるからね。ああ、金曜日がたちどおしいなあ。」\n 小林君は、そう蚀っお、たたニダリず、ふしぎな笑いをもらすのでした。\n\n巚倧な昆虫\n\n お話は、぀ぎの金曜日の倜にずびたす。堎所は博士邞、時間は午埌八時すこしたえです。\n 博士邞の䞀階の、うす暗い、ひろい廊䞋を、いっぎきの巚倧な虫のようなものが、スヌッずはっおいくのが芋えたした。\n その虫は、カブトムシのように、黒くお、぀や぀やした、せなかをしおいるのですが、そのせなかには、゚ビのように、たくさんのふしがあるのです。たっ黒な、サ゜リずいったほうが、よいかもしれたせん。\n しかし、そのものは、かたちは虫のようですが、倧きさは、カブトムシの䜕䞇倍もあるのです。倧きなむヌほどもある虫の化けものです。それが六本ではなくお、四本のあしで、ゎ゜ゎ゜ず、廊䞋のおくの、やみの䞭ぞ消えおいったのです。そこには、地䞋宀ぞの階段があるはずです。\n うす暗い廊䞋は、そのたた、シヌンずしずたりかえっおいたしたが、やがお、二階からの階段に人の足音がしお、このたえの倜ず同じような、黒マントで身を぀぀んだ人物が、廊䞋にあらわれ、地䞋宀の階段のほうぞ、ゆっくり、歩いおいきたした。䞻人の博士にちがいありたせん。黒マントの䞋にはれいの黄金骞骚のシャツを着おいるのでしょう。" }, { "role": "assistant", "content": " たもなく、こんどは、玄関の扉のひらく音がしお、同じ黒マントの人物が、そずからはいっおきたした。そしお、かげのように、スヌッず廊䞋を通り、地䞋宀ぞず、おりおいきたした。ただ、もうひずり来るはずです。でないず、人数がそろいたせん。\n やがおほどなく、たた玄関に音がしお、第䞉の黒マントが、廊䞋にあらわれたした。そしお、地䞋宀の階段のほうぞ歩いおいったのですが、ず぀ぜん、廊䞋にならんでいる、ひず぀のドアが、パッずひらき、そのたっ黒な郚屋の䞭から、もうひずりの黒マントが、ずびだしおきたした。さきに地䞋宀ぞおりたふたりずは、べ぀の人物です。぀たり、第四の黒マントなのです。\n それを芋るず、玄関からはいっおきた黒マントは、びっくりしお立ちどたり、\n「やあ、おそくなっお......。」\n ず、蚀いかけたしたが、あいおは、ものをも蚀わず、いきなり、こちらぞ、くみ぀いおきたした。\n「だ、だれだ、きみは......。」\n さけがうずしたずきには、もう、あいおのおのひらが、口をふさいでいたした。おそろしい無蚀の栌闘です。ふたりのマントが、コりモリのはねのように、ひるがえり、その䞋から金色の骞骚の倉装があらわれ、二ひきの骞骚が、くんずほぐれ぀の、あらそいを぀づけたのです。\n しかし、それも、ちょっずのたでした。ドアからずびだしおきた第四の人物のほうが、たちたち、あいおをたおしお、その䞊に銬のりになっおしたったのです。そしお、おばやく、倧きなハンカチをたるめお、あいおの口におしこみ、よういしおいたなわをずりだしお、身うごきもできないように、手あしをしばっおしたいたした。\n それから、勝ちほこった黒マントは、しばられたたたにたおれおいる人物の足を、䞡手で持っお、さっき出おきた、たっ暗な郚屋の䞭ぞ、ズルズルずひきずりこみたした。そしお、ふたたび、廊䞋に出るず、ドアをピッタリしめお、なにくわぬ顔で、ゆっくりず地䞋宀の階段ぞず歩いおいくのでした。\n この第四の黒マントが、なにものであるか、読者諞君は、ずっくにおわかりでしょうね。そうです、この男は怪人四十面盞だったのです。かれは、骞骚のすがたをした人物のひずりに化けお、地䞋宀の䌚合の、なかたいりをしようずいうのです。そしお、なかの秘密を、さぐろうずしおいるのです。\n それにしおも、いちばんさいしょ、地䞋宀のほうぞ消えおいった、あの巚倧な虫のような怪物は、いったい、なにものだったのでしょう。これも読者諞君には、だいたい、想像が぀いおいるかもしれたせんね。\n いよいよ、奇々怪々の知恵くらべが、はじたろうずしおいるのです。「黄金どくろの秘密」をめぐっお、垌代の怪人ず、少幎名探偵の、勝負がはじたろうずしおいるのです。\n\n䞉぀の黄金どくろ\n\n それから䞉十分ほどのち、地䞋宀では、䞉人の骞骚が、テヌブルをかこんで、秘密の話を぀づけおいたした。\n「わしはどうも、読みかたが、ちがっおいたんじゃないかず思いたすがね、ひず぀みんなが、どくろをテヌブルの䞊にだしお、べ぀の読みかたをしおみようじゃありたせんか。」\n 金色の骞骚のひずりが、そう蚀っお、そばにたるめおある黒マントの䞭から、キラキラ光る黄金のかたたりをずりだしお、テヌブルにのせたした。\n それは、実物の半分ぐらいの倧きさの、金補のどくろでした。どくろのかざりものずいうのは、なんだかぞんですが、やっぱりかざりものずしお、぀くったずしか考えられたせん。ものずきな矎術家が、きたぐれにこしらえたものでしょう。ほんものそっくりに、じ぀によくできおいるのです。\n あずのふたりの骞骚もそれにならっお、同じような黄金どくろをテヌブルの䞊にだしたした。ものずきな矎術家は、ひず぀だけではたりないで、たったく同じ黄金どくろを、䞉぀も぀くったのでしょうか。それずも、これには、もっず、ふかいわけがあるのでしょうか。\n 骞骚のひずりが、その黄金どくろを、さかさたにしお、埌頭郚の銖にちかい郚分を䞊にし、グッず目を近づけお、そこをみ぀めたした。\n その埌頭郚のすみに、ちょっず芋たのではわからないような、小さな小さな字で、䞉行のひらがなが、ほり぀けおあるのです。\n「ゆなどき、んがくの、でるろも。これじゃあ、いくら考えおもわからない。それで、わしは、暪に読んでみたのですよ。するず、ゆんで、ながる、どくろ、きのも、ずなる。これでも、やっぱりわからないが、どくろずいう䞉字には、意味がある。なんだか芋こみがあるように思うのです。あんたがたのふた぀のどくろの字も、そういうふうに暪に読んで、そしお、䞉぀のどくろの字を぀なぎあわせたら、なにか意味ができおくるのじゃないかず、気が぀いたのですよ。ひず぀ならべおみおください。」\n\n 䞉぀の黄金どくろが、テヌブルのたんなかに、埌頭郚を䞊にしお、あ぀められたした。\n 䞉人は䞊半身をたげお、その䞊におおいかぶさるようにしお、黄金の衚面のかすかなひらがなを読むのでした。\n 䞉人はしばらくのあいだ、䞉぀のどくろを、いろいろにくみあわせお、読みくらべおいたしたが、けっきょく、぀ぎのように、ならべるのが、いちばん意味がありそうだずいうこずになりたした。\n\n「ね、これで、いくらか、意味のわかるずころがある。たず、いちばん右がわから、読んでみるず、きのもきどくろじた、ずなるが、きのもきずいうのは、わからないけれども、どくろじたは髑髏島の意味じゃないでしょうかね。」\n ひずりが蚀いたすず、べ぀の骞骚が、うなずきながら、\n「りンそうだ、そうだ。右から二行めは、どくろんをさぐれよ、ずなる。どくろにも意味があるし、さぐれよは、さがしおみよずいうわけでしょうね。だが、そのあいだのんをずいうのがわからない。」\n するず、いたひずりの骞骚が、䞉行めを読みたした。\n「ながるだのおくぞず、これはむずかしい。ながるは流るずいう意味でしょうね。その぀ぎのだのはわからないが、おくぞずは、奥ぞず、奥のほうぞず、ずいう意味じゃないでしょうかね。」\n「さいごの第四行めにも、意味がありたすよ。ゆんでずすすむべし。このゆんでずはわからないが、すすむべしは進むべしで、進みなさいずいうわけでしょう。」\n「りン、だんだん、わかっおくるようですね。ひず぀、いた読んだずおり、玙に曞いおみたしょう。」\n ひずりの骞骚が、それはたぶん、䞻人の博士なのですが、テヌブルの䞊に玙をひろげお、鉛筆で、぀ぎのように曞きしるしたした。\n\n\nきのもきどくろじた\nどくろんをさぐれよ\nながるだのおくぞず\nゆんでずすすむべし\n\n\n 䞉人は、このふしぎな文句を、なんども、口の䞭でずなえながら、ながいあいだ考えおいたしたが、やがお、ひずりが、ポンずひざをたたいお、口をひらきたした。\n「わかった、䞉぀でなくお、四぀なんですよ。われわれは、いたたで、この黄金どくろを、䞉぀しかないものず、思いこんでいた。しかし、この文句がうたく぀づかないのは、黄金どくろがもう䞀぀あるしょうこです。ごらんなさい。きのもき、どくろん、ながるだ、぀づきぐあいがわるいのは、このもき、ろん、るだのずころですよ。だから、もずき、ろずん、るずだのあいだに、䞉字ず぀ひらがながぬけおいるずしか考えられない。぀たり、われわれの知らない黄金どくろが、もうひず぀、どこかにあるのですよ。」\n「りン、そうだ。そのほかに、考えようがありたせんね。」\n「だが、その、もうひず぀の黄金どくろが、どこにかくれおいるか、こい぀をさがすのは、たいぞんなしごずですよ。われわれ䞉人が、どくろクラブを぀くっお、こんな骞骚の着物をきお、ここに、あ぀たるようになるたででも、なみたいおいの苊心ではなかったのですからね。わしはもう、りンザリしたしたよ。」\n「いや、われわれの倧目的を、たっするたでには、ただただ、いろいろな、苊劎をしなければなりたせん。いたから、よわねを、はいちゃいけたせんね......。では、これからは、䞉人が力をあわせお、そのもうひず぀の黄金どくろを、さがすのです。どんなこずがあっおも、さがしださなければなりたせん。なにしろ、䜕癟億、䜕千億ずもしれない、倧宝庫を発芋するためですからね。」\n それから、䞉人は、しばらくのあいだ、盞談を぀づけたしたが、倜もふけたので、たた぀ぎの金曜日に、あ぀たるこずずしお、そずから来たふたりの客は、黒マントで身を぀぀み、博士邞を立ちさるこずになりたした。\n 博士はふたりを、玄関たで芋おくっおおいお、ふたたび地䞋宀にひきかえし、テヌブルのたえに腰かけお、そこにおいたたたになっおいた、ふしぎな、かな文字をしるした玙を、じっずみ぀めながら、しきりず考えにふけるのでした。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを維持しお、玠晎らしい文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「□□さんにもひず぀しおあげようか。□□さんはどれがいい」\nずい぀たが顔を赀くしおるので\n「い぀おごらん、い぀おごらん」\nず促した。私は䞀生の思ひで\n「これ」\nず口ごもりながられいの絵を指さした。みんなは䞍平らしく\n「぀たんないや、぀たんないや」\nずいふ。先生も\n「これは面癜かないよ。いいかい」\nず念を抌した。私は黙぀おうなづいた。先生は私がただそれを知らないのに気が぀き、぀たらながる皆を説埗しお新参者のためにその話をしおくれた。それは雪のなかで路に迷぀た母芪が自分の著物をぬいではぬいでは子䟛に著せおたうずう凍え死にをしたずいふ話であ぀た。絵も子䟛の目をよろこばすやうな圩色がしおなか぀たし、話もただそれだけのこずなので圌らはち぀ずも興がらず、先生もずばしおたのだが、私にはそれで充分に面癜か぀た。私は䌯母さんに垞磐埡前の話をきくずきのやうにあはれにきいた。話しをは぀お先生が\n「面癜かないだらう」\nずい぀たので正盎に銖をふ぀たら先生は意倖な顔をし、みんなは軜蔑しおくすくす笑぀た。\n\n䞉十八\n\n 私はそのじぶんから人目をはなれおひずりが぀ちになりたい気もちになるこずがよくあ぀お机のしただの、戞棚のなかだの、凊かたはず隠れた。そんなずころにひ぀こんでいろいろなこずを考ぞおるあひだいひしらぬ安穏ず満足をおがえるのであ぀た。それらの隠れがのうちでいちばん気にい぀たのは小抜匣の箪笥の暪おであ぀た。それは蔵のそばにある北むきの窓からさしこむ明りにだけ照される最も陰気な郚屋であ぀たが、その窓ず箪笥のあひだにちやうど膝を立おたなりにすぜんずはたりこむほどの䜙地があ぀た。私はそこに屈んで窓硝子に぀いた攟射状のひびや、ぢきそばにある抧の朚や、朜朚にからんだ矎男葛、矎男葛の赀い蔓、蔓のさきに汁をすふ油虫などを眺めおゐた。さうしお半日でも䞀日でもひずりでがそがそなにかいひながらい぀ずはなしに鉛筆でひず぀ふた぀づ぀箪笥に平仮名の「を」の字を曞く癖が぀いたのが、したひには倧きいのや小さいのや無数の「を」の字が行列を぀く぀た。そのうち私があんたりそこぞばかりはひるのを父が怪んでその隅をのぞいたため応ちくだんの行列を芋぀か぀たが、父はただ手もちぶさたの萜曞だず思぀お 手習ひするならお草玙ぞしなければいけない ずい぀たばかりでひどくは叱らなか぀た。䜵しそれはゆめさらただの萜曞ではなか぀たのである。平仮名の「を」の字はどこか女の坐぀た圢に䌌おゐる。私は小さな胞に、匱い䜓に、なにごずかあるずきにはそれらの「を」の字に慰藉を求めおたので、圌らはよくこちらの思ひを察しお芪切に慰めおくれた。\n こちらぞこしおからも私は䞉日にあげず怖い倢に魘はれお倜よなか家ぢゆう逃げたはらなければならなか぀た。そのひず぀は、空䞭に埄䞀尺ぐらゐの黒い枊巻がかか぀お時蚈のぜんたいみたいに脈をう぀。それが気味がわるくおならないのを䞀所懞呜こらぞおるずやがおどこからか化け鶎が䞀矜ずんできおその枊巻をくはぞる ずいふので、もうひず぀は、暗闇のなかでなにか臓腑のやうにくちやくちやず揉みあ぀おゐる。ず、それが女の顔にな぀お銬鹿みたいに口をあけはなし、目をぱ぀ずあいお長い長い顔をする。かず思ぞばその次には口を぀ぶ぀お暪びろくし、目も錻もくしやくしやに瞮めお途方もないぎしやんこな顔になる。そんなにしお人が泣きだすたではい぀たでも䌞び瞮みするのであ぀た。そのやうに魘はれおばかりゐるのは䌯母さんのお䌜話のせゐだらうずいふ疑がおこ぀たのず、ひず぀にはたた寐間をかぞおみたらずいふので私は父のそばに寐るこずにな぀た。が、毎晩父が話しおくれる宮本歊蔵や矩経匁慶なぞの歊勇譚もなんのかひもなく、化けものはおやぢぐらゐは屁ずも思はずに盞倉らずや぀おきた。先の寐間には床の間の倩井に魔がゐたが、こんだの郚屋では柱にかか぀た八角時蚈が䞀぀目になり、四本の障子が倧きな口にな぀おみせた。\n\n䞉十九\n\n お医者様のすすめにしたが぀おずかく匱りがちであ぀た母ず私の健康のために父は二人を぀れおある海岞ぞゆくこずにな぀た。行く路すがらそれたで歌がるたの絵や粉本などでみお子䟛心にあこがれおた自然がそのたた目のたぞにあらはれおくるのをみお私はむしやうに喜んだ。小さな想像の甕には汲み぀くすこずのできない䞍思議な海もみた。それは藍色にすんで、そのうぞを垆かけ舟の垆が銀のやうに耀いおゆく。た぀すぐにき぀た぀た厖のあひだをずほるずきは堪ぞがたい淋しさをおがえお、そこにか぀か぀に生えおる草たちをかはいさうに思ふ。韍宮みたいな南京人のお宮では南京のお婆さんが甃のうぞぞ石ころを萜しおはなにか祈぀おゐた。さうしお髪を油で塗りわけた人圢のやうな子が可愛い足をふらふらさせおあるくのを綺麗だずおも぀た。貝现工を売る店には海の底の宝ものがい぀ぱいに食぀おある。父は姉たちぞのお土産に幟本かの簪ず、私にひず包みの酢貝を買぀おくれたが、私は こんな綺麗なものを父はなぜみんな買はないのかしら ず思぀た。海岞の束原を俥にの぀おゆくずいくらい぀おも束がある。お正月かける高砂の掛物にも束があるし、぀ねづね䌯母さんにも束は神朚だずきいおたゆゑ私は束の朚が迷信的に奜きであ぀た。暫くしお宿ぞ぀いた。折角静な束原を楜しんでたのにそこには人ががやがやしおたので もう家ぞ垰る ずい぀お泣きだしたら番頭や女䞭たちがずんできお旧いお銎染かなぞのやうに 坊ちやた 坊ちやた ずい぀お隙した。で、安心しおぢきに泣きやんだ。さうしおいちんち朮颚の銙をかぎながら小束のむかふにどんどんず砕ける波になにもかも忘れお芋ずれおゐた。\n 倜にな぀お明りが぀いた。そのかさは円筒状の竹籠に玙をは぀たもので黒塗りの颚雅な台にの぀おゐた。そこぞ火圱をした぀およこばひが飛んできおはずたる。矎しい緑色をしお目のあひだのひろいよこばひが可愛くおならない。指でおさぞようずするずひよいず暪ぞゐざ぀お隣の籠のめぞ逃げる。鳩虫もきた。\n ある晩瞁偎ぞ出お庭で煙火をあげるのを芋おたら綺麗な女の人が菓子を包んできお\n「あげたせう」\nずい぀た。私はその人が「げいしや」だずいふこずを小耳にはさんでたが、「げいしや」ずいぞばなんでも人を隙したりする怖いものらしい。その「げいしや」がそばぞよ぀おきお 可愛いお子さんだの、幎はいく぀ だのずいひながら肩ぞ手をかけお頬ずりしないばかりに顔をのぞく。私はいい匂のする袖のなかに぀぀たれお返事もし埗ずに耳たで赀くな぀お手すりにくひ぀いおたが、ふず これは自分を隙しにきたのだ ず気が぀いたら急に恐しくなりしやにむに袖の䞋をすりぬけお母のずころぞ逃げお垰぀た。私が胞をどき぀かせおそのこずを話したずきに母はすこし笑ひながら私の無䜜法をたしなめた。それからは煙火を芋るたんびに こんだなにかきかれたら返事をしよう、菓子をくれたらお瀌もいはう ず思぀おたが、その人は怒぀たのかその埌はそばぞもよらなか぀た。私は自分の埌悔しおるこずを知らせる機䌚がないのを心から残念に思぀た。\n ある日父ずい぀しよに深い束林の奥ぞはひ぀おい぀たこずがあ぀た。束の匂がしお束が぀くりが沢山萜ちおゐた。父はそろそろ歩いおるのだがこちらは束が぀くりを拟ふので始終小走りに远ひ぀かなければならない。拟ひためお袂にも懐にもい぀ぱいにな぀た束が぀くりず心で仲よく話しながらちよこちよこずあずに぀いおゆくうちに東屋があ぀お眉毛のた぀癜な爺さんが熊手で束葉をかいおゐた。それを私は高砂のお爺さんがゐたず埒もなく喜んで――ほんずにさう思぀たのだ。――い぀もに䌌ず自分からいろんなこずを父に話しかけた。父は宿ぞ垰぀おから母に\n「今日は章魚坊䞻がえらうものをい぀たぞよ」\nずい぀お笑぀た。\n\n四十\n\n 旅行から垰぀たら留守のうちにお囜さんの家はお圹の郜合で遠方ぞこしおたので私はなんだか拍子ぬけのした寂しさを感じた。私はそれからは恐しい倢に魘はれるこずもなく䜓もめきめきず発育するやうにな぀たが、生埗のがんやりず孊校をなたけるこずずは盞倉らずであ぀た。それは虚匱のためばかりでなく、うぶな子䟛にず぀おあたり耇雑で苊痛の倚い孊校生掻が私をいやがらせたからである。ただ嬉しいこずにはそのずきの受持ちの䞭沢先生は倧奜きないい人で、おたけに私の垭は先生の机のすぐ前にあ぀た。䞭沢先生は私がいくら欠垭しおもなんずもいはず、どんなに出来なくおもくすくす笑぀おばかりゐた。が、い぀か䞊んでる安藀繁倪ずいふ奎ず喧嘩したずきにた぀たい぀ぺん叱られたこずがあ぀た。どうしたこずかそ奎ずはお互に虫が奜かないでしよ぀ちゆう仲がわるか぀たずころ、ある日算術の時間に圌は石盀にめ぀かちの顔をかきそれにひずの名たぞを぀けお\n「やい やい」\nずい぀お芋せた。で、こ぀ちでは倧きな䞋駄に目錻を぀けおそのわきぞ すげため ず曞いおや぀た。さうしたら圌がいきなりひずの脛を蹎぀たので私も負けずに暪぀腹を぀いおや぀た。そんなにしお内證で喧嘩をしおるうちにたうずう先生に芋぀か぀お孊校がひけおから二人だけあずぞ残された。先生はい぀になく怖い顔をしお なぜ喧嘩した ずいふ。私は䞀郚始終を話しお自分の悪くないこずを䞻匵したが繁倪は 私が先にからか぀た ず嘘を぀いたもので先生は 喧嘩䞡成敗だ ずい぀お二人ずも垰しおくれない。ほかの者はみんな包みをかかぞおいそいそず垰぀おゆく。なかにはもの奜きに戞口から芗いお笑぀おる奎もある。孊校ぢゆうの生埒がみんな垰぀おした぀おいやにしんずしおきた。もしかうしお倜にな぀たらどうしようかしら。ごはんも食べられないし、寐るこずもできないし、はやく䌯母さんが迎ひにきおあやた぀おくれないかしら などずさたざたなこずが頭のなかに枊をたいお自然に涙がこみあげおくる。先生は半分べそをかいおる二人の顔をちよいちよい芋くらべおくすくす笑ひながら本を読むふりをしおゐる。繁倪の奎はさも垰りたさうに肩にかけた鞄の玐をいぢく぀おたがたうずう泣きだしお\n「ごめんなさい」\nずあやた぀た。先生は\n「あやた぀たのが感心だから赊しおやる」\nずい぀お繁倪を垰した。私も垰りたいのは山山だけれど悪くもないのを残されたのが業腹なのでい぀たでも泣きかか぀おはこらぞ、泣きかか぀おはこらぞしおゐた。が、ずどの぀たりは泣くよりほかはなか぀た。私はい぀たん泣きだしたずなれば䞡方の拳骚で県をこすりこすり図なしにぐすりぐすり泣いおる癖で、そのあひだに理非曲盎をが぀が぀ず考ぞお自分が悪いずわかればぢきに泣きやむし、さうでなければ自分がただ小さくお匱いために理䞍尜におさぞ぀けられるのがくやしくお 今に芋ろ ず思ひながらしやくりあげしやくりあげ泣くのであ぀た。思ふ存分泣いたあずは胞がすいお気管のぞんにゑぐいやうな䞀皮の快感をおがえる。それはさうず先生は手こず぀お" }, { "role": "assistant", "content": "「あやたれば垰しおやる。あやたれば垰しおやる」\nずい぀たが どうしおも悪くない ずい぀おい぀かなあやたらない。䜵しだんだんお説法をきいおみれば 喧嘩を売぀たのは繁倪の眪だけれどお皜叀䞭にそれを買぀たのが善くない ずいふこずがどうやらのみこめたので\n「ごめんなさい」\nず頭をさげお垰しおもら぀た。家では意気地なしの章魚坊䞻が喧嘩をしたのを奇蹟のやうにい぀お笑぀た。\n\n四十䞀\n\n 䞍勉匷の報いは芿面にきおいよいよ詊隓ずな぀たずきにはほずんどなんにも知らなか぀た。ほかの者がさ぀さずできお垰぀おゆくのに自分ひずりうで章魚みたいにな぀お困぀おるのはゆめさら楜なこずではない。なかでも぀らか぀たのは読本だ぀た。私は最埌に先生の机ぞ呌びだされた。問題は蔚山の籠城ずいふ章だ぀た。蔚山なんお字は぀ひぞ芋たこずもない。黙぀お立぀おるもので先生はしかたなしに䞀字二字づ぀教ぞお手をひくやうにしお読たせたけれど私は加藀枅正が明軍に取囲たれおる挿画に芋ずれるばかりで本のはうは皆目わからない。先生は根気が぀きお\n「どこでも読めるずころを読んでごらん」\nずい぀お読本を私のたぞぞ投げだした。私はわるびれもせず\n「ど぀こも読めたせん」\nずい぀た。詊隓がすんでからもや぀ぱり居坐りだ぀た。私はいちばん前にゐるから䞀番だず思぀おゐた。名札のびり぀こにかか぀おるこずも、点呌のずきしたひに呌ばれるこずも、自分が事実できないこずさぞもすこしの疑ひすら起させなか぀た。奜きな先生のそばにおかれおち぀ずも叱られずにゐる、これが䞀番でなくおどうしようか。それに私は぀ひぞ免状ずりに出たこずがなか぀たし、孊校から垰぀お䞀番だずい぀お自慢するずみんなは えらい えらい ずい぀お笑぀おるので自分だけは至極倩䞋泰平であ぀た。\n その孊期も終りにちかづいたころお隣ぞあらたに人がこしおきた。その家ずは裏の畑を間にほんの杉垣ひずぞをぞだおおるばかりで自由に埀き来ができる。私が裏ぞい぀おこ぀そり様子をみおたら垣根のずころぞちやうど私ぐらゐのお嬢さんがでおきたが、぀いずむかふぞかくれお杉のすきたからそ぀ずこちらを窺぀おるらしか぀た。暫くしおお嬢さんはたた出おきおちらりずひずを芋たので私もちらりず芋お、そしお䞡方ずもすたしおよそをむいた。そんなこずを䜕遍もや぀おるうちに私はお嬢さんがほ぀そりずしおどこか病身らしいのをみおなんずなく気にい぀おした぀た。その぀ぎに県ず県があ぀たずきに圌方は心もち笑぀おみせた。で、私もちよいず笑぀た。圌方は顔をそむけるやうにしおくるりずかた足で廻぀た。こちらもくるりず廻る。むかふがぎよんずずんだ。こちらもぎよんずずぶ。ぎよんず跳ねればぎよんず跳ねる。そんなにしおぎよんぎよん跳ねあ぀おるうちにい぀か私は巎旊杏の蔭を、お嬢さんは垣根のそばをはなれおお互に話のできるくらゐ近よ぀おた。が、そのずき\n「お嬢様ごはんでございたすよ」\nずよばれたので\n「はい」\nず返事をしおさ぀さず駈けお぀おした぀た。私も残りをしく家ぞ垰り急いで食事をすたせおたたい぀おみたらお嬢さんはもう先にきお埅぀おたらしく\n「遊びたせう」\nずい぀お人な぀぀こくよ぀おきた。私はお銎染になるたでにはもう五六遍も跳ねる぀もりでゐたのが案に盞違しお顔が赀くな぀たけれど\n「ええ」\nずい぀おそばぞい぀た。さきはもうはにかむけしきもなくはきはきした蚀葉぀きで\n「あなたいく぀」\nずきいた。\n「九぀」\nず答ぞる。ず\n「あたしも九぀」\nずい぀おちよ぀ず笑぀お\n「だけどお正月生れだから幎づよなのよ」\nずたせたこずをいふ。わたし\n「あなたの名は」\n「けい」\nずは぀きりい぀た。型のごずく名のりあ぀お初察面の挚拶がすむずお蕙ちやんは\n「あたしもうぢき孊校ぞあがるからおんなじ孊校ぞいきたせう」\nずい぀たので嬉しくお自分の孊校のいいこず、修身のお話の面癜いこず、受持ちの先生のやさしいこずなぞ数ぞあげ小さな智嚢をしが぀おお蕙ちやんをおなじ孊校ぞひき぀けようずした。お蕙ちやんは勝ち気な人なれた子で、ぱ぀ちりした県ずた぀黒な髪をも぀おゐた。蒌癜い滑な頬には矎しい血の色がすいおみえた。さうしおその気性ずたせた頭をも぀お意気地なしのがんやりな幎匱に察しおずかく女王のやうにふるたふ気味があ぀たが、私は満足しおあらたに君臚したこの女王の頀䜿に身をたかせようず思぀た。\n\n四十二\n\n ある日のこず私はお蕙ちやんがお祖母様に぀れられ孊校ぞはひ぀おくるのを芋お今さらのやうに胞をずきめかせた。その翌日からお蕙ちやんは包みをかかぞおひず぀教堎ぞはひるやうにな぀たが新入なのでいちばん前の私の隣に坐らせられた。私はお皜叀にも身がいらずそ぀ず暪目でみたらお蕙ちやんは殊勝にじ぀ず䞋をむいおゐた。遊び時間にもただお銎染がないためひずりがんやりしおるのでなんずか蚀葉をかけおやりたいのをみんなにからかはれるのが぀らさに黙぀おゐれば、さきでもちやんず知぀おるくせにそしらぬ顔ですたしおゐる。私は譬ぞやうのない混乱した気もちでや぀ず䞀日の課業をすたせお家ぞ垰るみちみちも 今日はあんなこずも話さう、こんなこずもきいおみよう などず考ぞながら垰るやいなや裏ぞい぀たらもうひずりでお手玉を投げおゐた。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、高品質な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " これに先立ち小石川原町の酒屋䞇屋新兵衛に䌎われ高田村の癟姓茂巊衛門は絵の䟝頌にやっおくるのであるが、その茂巊衛門、重信を぀かたえお、「先生様(äž­ç•¥)桜が䞀面に咲いお居る所ぞ虎が嚁勢よく飛んで居る所を、圩色でこう立掟に描いお䞋せえな」ずいうのが倧ぞん可笑しい。桜に虎などはいかにも田舎者らしくわけが分らなくお、ギャグずしおもたた斬新である。しかもこのギャグで茂巊衛門の人柄をよろしく芋せおおき、のちに寺でこの男が぀きっ切りでぞんな画題ばかり蚻文するゆえ、圩色は埌廻しにおたず倩井の墚絵の韍から描く、それが玠晎らしい怪談を生むに至るずこういう段取りになるのだから、効果は䞀石䞉鳥ずいっおいい。毎時ながら圓朝の甚意のほどに降参しおしたわないわけにはゆかない。このお客ぞ重信が「只今䜕か......冷麊を然う申し付けたず申すから、たあよい......では、䞀寞泡盛でも......」ずいうのも冷麊、泡盛ずいかにも倏らしい察照でいい。か぀お神田䌯韍は「吉原癟人斬」の吉原田甫、宝生栄之䞞䜏居においお栄之䞞をしお、盛倏、蚪れおきた幇間阿波倪倫に青桃ず冷やし焌酎を䞎えしめた。これたた、真倏の食べものずしおは絶劙ず、私は頗る感嘆これを久しゅうしたこずがあったが、すべおこうしたほんのちょっずした小道具のひず぀ひず぀の甚意にかえっおクッキリず党䜓の詩情がかもしだされるこず少なくないこずを、我々はようくおがえおおかねばならない。\n おきせにいい寄る磯貝浪江の術策はたず虚病を぀かっお玄関ぞ打ち倒れるのであるが、それを葛食䜏居の烈しい蚊のためたさかにその蟺ぞ寝かしもおけず、奥ぞ蚊垳吊っお憩たせる、これがずるずるその晩泊り蟌んでしたう手だおずはなるのである。か぀お私も葛食䜏居の経隓があるけれど本所に蚊がなくなれば倧晊日――あの蟺り今日ずいえども四月から十䞀月たで蚊垳の瞁は離れない。宇野信倫君の『巷談宵宮雚』では深川はずれの虎鰒の倚十䜏居で、蚊の烈しさに六代目の砎戒坊䞻が手足をこずごずく济衣で芆っおしたう奜挔技を瀺した、぀たりそれほどの蚊なのであるから、それを浪江ずおきせの人生の䞀倧倉化ぞ応甚せしめた腕前はたこずに自然で賞めおよかろう。それからおきせにいい寄るくだりでも始めはおきせを斬るずいう、が、愕かない、そこで、では面目ないから手前が切腹するずいう、やはりどうぞ埡勝手にず愕かない、最埌に、ではこの真䞎倪郎殿を殺すずいわれ、初めおおきせは顔面蒌癜しおしたう。さおそこたで持っおきおおいお、「皆様に埡盞談でござりたすが、可愛い我が子を刺し殺そうずされたした心持はどんなでござりたしょうか、女ずいうものは男ず違いたしお、気の優しいもので、こういう時にはいう事を聞きたしょうか、それずも聞きたせんものでしょうか、おきせの返事は明日申し䞊げたしょう」云々。これでおきせの眪に至るの経路もたずもに聞きたこず同情に倀するものであるこずがよくよく聎衆に肯かれるし、心から圓朝たたこの匱いおんなぞ枩かい涙をふりそそいでやっおいるではないか。しかもそうしおおいお、「おきせの返事は明日」ずヒョむず肩を透かしおスヌッず高座を䞋りおいっおしたったのである。しばし寄垭、ドヌッず感嘆ず興奮のどよめきが湧き起っお、鳎りも止たなかったろう光景が察するに難しくない。絶技である、たこずに。\n いよいよ悪蚈を胞に高田南蔵院を蚪れる磯貝浪江には、「倩地金の平骚の扇ぞ䜕か画が曞いおある」ものを圓朝䜿わせおいる。この扇ひず぀でも䜕かその人らしい色悪らしい姿が浮かび䞊がっおくるから劙である。さらに「先生は䞋戞でいらっしゃるから、金玉糖を詰めお腐らん様に臎しお」持っおきた浪江である。金玉糖で季節を、たたそれを奜む重信の人ずなりを、䜵せお重信をしおいよいよ磯貝を信甚しないではおかないような口吻を――たたしおもたた圓朝は䞀石䞉鳥の実をものの芋事に挙げおいる。こずに「詰めお腐らん様に」ずは䜕たる誠意ある蚀葉だろう。重信ならでも容易に信頌したくなるではないか、これは。\n だからこそ浪江にいわれ、すぐに正介をいっしょにそこたでだしおもやるのである。するず牛蟌銬堎䞋の小料理屋ぞ連れおきお浪江はふんだんに正介に飲たせる。揚句に人のいい正介ぞ蚀葉巧みに䌯父甥になろうず持ちかけ、有無をいわさずその誓玄をさせおしたう。䜙談に入るが、そのころの牛蟌銬堎䞋はのおの片田舎ずしおはかなり繁華な䞀郚萜であったらしい。かの堀郚安兵衛歊庞も八䞁堀の浪宅から高田銬堎ぞ駈け付けの途次、この銬堎䞋の䜕ずやらいう酒屋で兜酒を極めたずお震灜前たでその桝がのこっおいたし、もちろん、これは倧眉唟ずしおも、少なくずもこの安兵衛の講釈が創䜜された時代の銬堎䞋に兜酒極められる家が存圚しおいたのであるこずだけはハッキリずいえよう。倏目挱石の『硝子戞の䞭』によれば挱石の幌幎時代、貧匱極たるものではあったらしいが、この銬堎䞋には講釈堎のあったこずすら描かれおいる。もっお、知られよ。\n 浪江、䌯父甥の誓玄をさせるず、早速に重信殺しの手助けをせよず切りだす。そうしお聞き入れなければ䞀刀䞡断だず猛り立぀。いのちには換えられず、いやいや正介承諟するが、さおこのあず南蔵院ぞ戻り、黄昏、萜合の蛍芋物ぞ連れだすたでしじゅう正介が口の䞭で念仏を唱えたり、いうこずがしどろもどろになったりするずころ、いかにも正介ずいうものの性情あらわれおいおいい。䟋えば蛍芋物にいっおいお重信から酒を飲めずすすめられ「貎方もうたくさん䞊れ、もう䞊り仕舞だから」ずいったり、九幎の間「やれこれいっお䞋すった事を考えるず、私い涙が零れおなんねえ」ずいったり、たたしおも「南無阿匥陀仏南無阿匥陀仏南無阿匥陀仏」ずいいだしたりする類いに、である。\n トド重信は殺される。かねおの手筈通り、正介は南蔵院たで駈け戻っお、いた先生が狌藉者ず斬り合っおいるずこう䌝える。ず意倖にも寺僧たちは䞀笑にふしおしたっお、぀ずに先生はかえっお本堂においでですずいう。ギョッずした正介がこわごわ所化の埌から埓いおいき、本堂を芗いおみるず、玛れもなく重信はいた萜欟を曞きおわり、「筆を傍ぞ眮き、印をうんず力を入れお抌した様子」しかも「正介、䜕を芗く」ずこう叱るのである。思わずアッず正介が倒れるず、ずたんにかんかん点いおいた蝋燭の灯がサヌッず消え、この物音に驚いお寺僧たちが駈け぀けたずき、はや重信の姿はそこにない。\n「昚日たで曞き残しお出来ずにおった雌韍の右の手が芋事に曞き䞊がっお、然も萜欟たで据わっお、ただただ生々ず臎しお印の朱肉も也かず韍の画も隈取の墚が手に぀くように濡れお居りたすのは、正しく今曞いたのに違いありたせん」\n ――なんずこのスリルは鮮やかではないか。しかも殺されたばかりの重信がのこりの絵を仕䞊げにかえっおきおいるずころいかにも芞道の士の幜魂らしく、さらにその萜欟の「朱肉も也かず」ずいうぞんな生々ずした実感さ。私はここを圓朝党怪談䞭の圧巻だずさえおもうのである(こずにこの堎面は速蚘で読んでもぞくぞくず迫っおくる肌寒さがある)。\n さお私は「乳房抎」もここたで――いやこずに銬堎䞋の小料理屋から、蛍狩の殺し、そうしおこの怪奇たでが最高朮であり、芞術的銙気もたたすこぶる高いず確信しおいる。もちろんこの埌、仇蚎たでの䜕垭かも決しお「江島屋」のごずき䜜意はなく、こずに再び正介が浪江から真䞎倪郎を十二瀟の滝壺ぞ投げ蟌んでこいず脅かされお泣っ面で邞を飛び出し、山の手ぞかかるずだんだんは぀秋の日が暮れかかる。折柄、賑やかな新宿の隒ぎ唄をよそに頑是ない子を抱きしめおこの正盎䞀途の爺やがホロリホロリず涙しながら角筈さしお、進たぬ足を匕き摺っおいく蟺りは、無韻の詩である。断腞の絵であるずもたたいえよう。\n しかも十二瀟の滝で重信の霊から叱られるくだりは、これたた「牡䞹燈籠」のカランコロンのくだりず同じで速蚘では党然怪奇のほどが分らない。むしろ空々しささえ感じられお今日圓朝あらば正介の倢枕に立たせるずか䜕ずかもう少し珟実的な手法を採らせたろうずさえおもわれるほどであるが、しかしこれは前掲「牡䞹燈籠」の堎合の綺堂先生の随筆を考えるずき、あるいは随分このたたで圓朝の舌をずおしお聎かされるずきは物凄かったものかずおもい盎される。なら、にわかにいた軜々ずその良吊を論ずべきではなかろう。\n 重信の霊に叱られ、真䞎倪郎様育おお先生の仇をず前非埌悔、健気にも決意した正介がその晩泊った新宿の宿で、倜半乳を求めお泣く真䞎倪郎に、正介圓惑しおいるず、泊りあわせのお神さんが乳を恵んでくれる。おかげで真䞎倪郎はすぐ安々ず眠っおしたうが、翌朝、重信に南蔵院ぞ絵を描きにきおず頌みにきた原町の酒屋䞇屋新兵衛ず宿の廊䞋でパッタリ出䌚い、いろいろ話し合っおみるずいずくんぞしらん昚倜乳を恵んでくれたはこの新兵衛のお神さんであったずは――。ここらの偶然さは少しも䞍自然でなく、むしろ重信の霊に叱られた盎埌のこの奇遇だけに、真䞎倪郎のためはやこの亡魂の加護あるかず、慄然ずさえさせられるのである。\n 話は前埌するが磯貝浪江が重信の家ぞ入倫しようずするくだりで、䜕にもしらないで浪江にたのたれ、おきせに再瞁をすすめにくる地玙売の竹六が、磯貝様はどうだず蚊くず「たさかあのお人を」ずおきせが吊定するのでオダこの分なら脈があるなず心でおもう蚀葉も巧い。ほんのこれだけの䌚話の䞭にじ぀にいろいろさたざたの耇雑な意味を持たせおいる圓朝に、よほど私たちは孊ばなければならないずおもう。\n 䞀方故郷の歊州赀塚村ぞ立ち戻った正介は、现々ず真䞎倪郎育おおいるのであるが、最埌に真䞎倪郎五歳にしお磯貝浪江を蚎぀に至る段取りも心理的にいささかの無理がなく、およそ自然である。\n 䞃月十二日迎え火を焚きながらすっかり聞き分けのない田舎っ子になっおしたっおいる真䞎倪郎ぞ、「お前も今幎は五぀だから、少しは物心も぀く時分だが」ずたこずの父は自分でなく、菱川重信ずいう立掟なお人で、どうかそのお父さたの仇磯貝浪江を蚎っお䞋されず涙ながらに正介が説いお聞かせおいる。「ええか、今にその浪江ずいう奎に出䌚したら、この刀で暪腹抉っお父さたの仇ァ蚎たんければなんねえ、ええか、(äž­ç•¥)こんなに錆びおいるだが、このほうが䞀生懞呜ならこれだっお怚は返せる、己、助倪刀するから芪の敵を、ええか、南無阿匥陀仏南無阿匥陀仏」ずいう颚にである。\n 間髪を容れず、そこぞ圓の浪江が入っおくる(赀塚圚に二人がいるず聞き、すでにおきせは狂死した埌だし、いっそ今のうち二人を蚎ち果たしお䞀切の犍根を陀こうず決心しおやっおきたからである)。そうしお抜く手も芋せず斬り付けおくるず「葺䞋しの茅葺屋根ゆえ内法が䜎いから、切先を鎚居ぞ䞀寞ばかり切り蟌んでがちり」。" }, { "role": "assistant", "content": " 正介は「坊ちゃたそら敵だッ」ず仏壇の陶噚の銙炉を打ち付ける、灰が浪江の䞡県に入る、ここぞず正介は「暫の朚の心匵棒で滅倚打ちに腰の番」を䞉぀四぀喰わした。「䞍思議やこの時ただ五歳の真䞎倪郎でございたすが、さながら埌で誰かが手を持ち添えおくれたすように、䟋の錆刀を持ちたしお」浪江の暪腹をひず抉り抉ったのである。\n いたのいたたで迎い火焚きながら物語っおいたずいうずころだけに、五぀の真䞎倪郎にしおも錆刀で盞手に斬り付けおいくこずが䜕だか自然におもわれるではないか。いわんや「埌で誰かが手を持ち添えお」くれるようであるずいうにおいおや。\n 田舎家で倩井が䜎く、浪江の刀が鎚居ぞ。そこぞ仏壇の銙炉をぶ぀けたずいうのもいかにも亡魂の指図らしく、そのあず暫の朚の心匵棒ずいう、䞇事䞇端無理のない小道具や段取りがいかにこのひず぀間違ったらあり埗べからざるずおもわせるような奇蹟をほんずうのものずしおいるかよ、である。\n 極めお点の蟛い立堎から私は重信殺し前埌のみを「怪談乳房抎」䞭の採るべき箇所ずいったけれど、最埌に至るたでの各章も決しお「江島屋」のような砎綻は毫も瀺しおいないのであるばかりでなく、「怪談乳房抎」は圓朝党䜜䞭での、かなり高く買われおいいものずいうこずをすら述べお眮こう。\n 最埌にこの「怪談乳房抎」の挿絵、圓朝ずは國芳門䞋の同門である萜合芳幟が描いおいる。真䞎倪郎に添乳しおいるおきせの寝姿の艶かしさなど、倏の倜の矎女の魅惑を描いおよほどの䜜品ではないのだろうか。やはり同門の月岡芳幎も屡々圓朝物の挿絵を描いおいるが、このような情艶堎面は぀いに芳幎は芳幟に及んでいない。それに぀いお最近読み返した氞井荷颚先生の『江戞芞術論』にたたたた巊の章を発芋したから、匕いおみよう。\n「明治二十五幎芳幎は倚数の門人を残しお胜くその終りを党うせしが、その同門なる芳幟は䟝然ずしお浮䞖絵圚来の人物画を描きしの故か名声ようやく地に墜ち遂に錊絵を廃しお陋巷に窮死せり(明治䞉十䞃幎䞃十䞉歳を以お没す)。然れども今日吟人の芋る凊芳幟は決しお芳幎に劣るものならず。若し芳幎を團十郎に比せんか芳幟はたさに五䞖菊五郎なるべし(䞋略)」\n たこずに私も同感である。謹而、萜合芳幟画䌯の冥犏を祈りたい。\n\n 「文䞃元結」\n\n\n\n ぀い先ごろも六代目が䞊挔しお奜評だった「文䞃元結」は圓朝の䜜ではなく、圓朝以前にもあったかりそめの噺を、これだけのものにしたのであるず『圓朝党集』の線者は解説しおいる。盲目の小せん(初代)が「癜銅」をはじめこうした䟋は萜語界には少なくない故、そう芋るこずが至圓だろう。\n 圓右、圓銬、先代圓生(五代目)、珟志ん生(五代目)、珟銬楜(五代目)ずこれだけの人たちの「文䞃元結」がいた私の耳にのこっおいるが、その巧拙良吊の論いはここでは曞くたい。盞倉らず圓朝、巊官の長兵衛の手腕を玹介するには「二人前の仕事を臎し、早くっお手際がよくっお、塵際などもすっきりしお、萜雁肌にむらのないように塗る巊官は少ないもので、戞前口をこの人が塗れば、必ず火の這入るような事はないずいうので、䜕んな職人が蔵を拵えたしおも、戞前口だけは長兵衛さんに頌むずいうほど腕は良い」ず蘊蓄を傟けおいる。巊官のテクニックなんか知るよしもない私たちたでこういう颚に聞かされるず䜕だかこの長兵衛ずいう人を頌んでみたくなるようなものを芚えおくるではないか。圓朝ずいえども党智党胜ではないから䜕から䜕たで匁えおいるわけではなく、その郜床しらべおかかる堎合も少なくなかったのだろうが、䜕にしおもこの凝りようが、毎々いうごずくどんなにそこに噺の真実味ずいうものを倍加させおいるこずか。\n 然るにそれほどの腕を持ちながら怠けもので勝負事奜きの長兵衛は、きょうもすっおんおんに取られお「十䞀になる女の子の袢纏を借りお着」おかえっおくるず、家では家で、幎ごろの嚘お久がどこぞいったか、行方しれずずなっお隒いでいるずころだった。顔を芋るなり女房のお兌が「深川の䞀の鳥居たで」探しにいったず倫に蚎えるのであるが、本所の達磚暪䞁(いたの本所衚町)に䜏む長兵衛の女房ずしお「深川の䞀の鳥居たで」ずいうのは、䜕だか倧ぞんに遠くたで探しにいった感じがよくでおいる。けだし「深川の䞀の鳥居」ずいう蚀葉の䞭には、たしかにある距離的な哀感すら䌎っおいるずおもうもの、私ひずりだろうか。しかもそれを聞いおから長兵衛が「ええ、おい、お久をどうかしお」ずか「居ねえっお......え、おい」ずかにわかにオロオロ我が子の䞊を远い求めだすずころ、たこずに根は善人なる長兵衛ずいう人の性栌を浮圫りにしおいるずおもう。\n 家出したお久は長兵衛の出入先、吉原の䜐野槌(速蚘本では角海老になっおいる、圓銬は䜐野槌で挔っおいた、圓朝自身も高座では䜐野槌で挔っおいたずある。䜆し、先日の六代目のは角海老で、念のため五代目菊五郎䌝を芋たらこれも角海老ずなっおいるのは圓時の脚色者抎戞賢二、速蚘本に拠ったものなのであろうか――)ぞいっおいる。しかも呌びにこられお長兵衛がいっおみるず、お久は父芪の借金を芋兌ね、この幎の瀬の越せるよう自分の身䜓を売りにきたのだず分る。お内儀はその孝心に免じお癟䞡長兵衛に貞し䞎え、二幎間店ぞださない故、その間に身請においで、その「代り二幎経っお身請にこないずお気の毒だが店ぞだすよ」ずこう念を抌される。ずころで圓朝はこのやりずりの前にお久の嘆きの蚀葉をいわせおいるが、圓銬も先代圓生もハッキリずこの埌でいわせおいた(圓右のはどうだったろうか、惜しやもうおがえおいない)。ハッキリこればかりは埌のほうがいいずおもう。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、優れた文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 園田さんのやしきには、倧きな絵画宀があっお、そこに、日本画ず西掋画の豹の絵ばかりが、たくさん、かけならべおあるのですが、怪獣にねらわれた玔金の豹のおきものは、その絵画宀のたん䞭の、ガラスばりの陳列台の䞭に、入れおあるのです。でも、そんなずころぞ出しおおいおはあぶないので、どこかぞかくさなければなりたせん。園田さんは、そのかくし堎所を、いろいろ考えたすえ、じぶんの寝宀の瞁の䞋ぞ、うずめるこずにしたした。\n しかし、かくしたこずを、怪獣に気づかれおはたいぞんですから、だれにも知られないように、仕事をしなければなりたせん。ずいっお、園田さんひずりで瞁の䞋をほるこずはむずかしいので、そういうこずになれた、庭ばんの助造じいさんだけに、お぀だわせるこずにしたした。ほかのうちの人や、譊官などには、すこしも知らせない぀もりです。歊倫君でさえ、あずになっお、やっずそれがわかったほどです。\n 園田さんは、なぜ名探偵明智小五郎に盞談しなかったのでしょうか。園田歊倫君は少幎探偵団の副団長ですから、小林団長ずいっしょになっお、しきりにそれをすすめたのですが、園田さんは、譊察がたもっおくれるから、だいじょうぶだずいっお、明智探偵にたのもうずしたせんでした。あずになっお、たのたなかったこずを、たいぞん埌悔したしたが、もうそのずきはおそかったのです。\n 玔金の豹の入れおある銀のおりは、はば䞉十センチ、高さ二十センチほどの、小さなものですが、たず、それをビニヌルで、いくえにも぀぀み、頑䞈な朚箱に入れたした。かくし堎所は、園田さんの寝宀の日本ざしきの、瞁の䞋です。たたみをあげ、ゆか板をはずしお、そこぞ助造じいさんがシャベルを持っおはいり、䞋の土を深くほっお、朚箱をその穎の底ぞうずめ、䞊から、もずのずおりに土をかぶせたのです。\n 園田さんは、二、䞉日のあいだ、その寝宀から倖ぞ出ないこずにしたした。食事もそこぞ持っおこさせ、掗面噚や氎をそこぞはこばせお、顔も、郚屋の䞭であらうずいう、甚心ぶかさです。぀たり、玔金の豹の箱をうずめた、たたみの䞊にすわり぀づけ、倜はそこぞふずんをしかせお寝るわけです。\n そしお、その寝宀のたわりの、うちの䞭には、ふたりの曞生ず、ふたりの瀟員が、たえず芋はりをしおいたすし、歊倫君も、歊倫君のおかあさんも、倧ぜいの女䞭たちも、みんなこちらのみかたです。さらに家のたわりの庭には、五人の譊官が歩きたわり、鉄棒を持った助造じいさんが、目を光らせおいたす。寞分のすきたもない厳重な譊戒です。\n これほど甚心をすれば、いくら怪獣でも、どうするこずもできないだろうず、園田さんは、ひずたず安心しおいたのですが、なにしろ、盞手は千幎のこうをぞた怪獣です。どんな魔法を䜿っお、玔金の豹を盗みださないものでもありたせん。安心するのはただ早いようです。\n それが蚌拠に、黄金豹が歊倫君の郚屋の窓の倖に、あらわれたあくる日から、園田さんのやしきには、じ぀にきみの悪い、恐ろしいできごずが、぀ぎ぀ぎずおこるのでした。\n\n動く毛がわ\n\n あくる日の倕がたのこずです。倧孊にかよっおいる曞生のひずりが、郚屋の芋たわりをしおいお、なにげなく絵画宀ぞはいっおいきたした。さきにも曞いたずおり、その広い絵画宀の壁には、たくさんの日本画や西掋画がかけおあるのですが、それが、こずごずく豹の絵ばかりなのです。怪獣の事件がおこっおいるずきですから、四方の壁から、たくさんの豹ににらたれるず、ゟヌッずうすきみ悪くなっおきたす。\n 郚屋のたん䞭のガラスばりの陳列台は、からっぜになっおいたした。曞生の倧孊生は、その䞭の豹のおきものが、どこかぞかくされたこずは聞いおいたしたが、そのかくし堎所は知りたせん。でも、きのうたで、ガラスばりの䞭にあった銀のおりず金の豹が、かげも圢もないのを芋るず、なんだかぞんな気もちです。かくされたこずを、぀い忘れおしたっお、ひょっずしたら、怪獣が盗みだしおいったのではないかず、どきんずするほどです。\n その郚屋の䞀方の壁に、倧むかしの、どこかの寺院の杉の板戞が、䞀たいたおおありたす。むかしの名人がかいた豹の絵です。板戞いっぱいに、青みがかった岩山がかいおあり、䞀ぎきの巚倧な豹が、岩の䞊に、前足をかけお、こちらをにらんでいる絵です。さすがに、名人の䜜だけあっお、その豹は、たるで生きおいるようです。どこからながめおも、自分がにらたれおいるように芋えるのです。それでこの絵は八方にらみの豹ず名づけられおいたした。\n 倧孊生は、遠くからその板戞の豹の絵をながめたした。倕がたで、郚屋の䞭は、うす暗いのですが、その絵だけが、浮きあがったように、はっきりず芋えたす。なにかギラギラず、目をいるように光っおいるのです。\n「オダッ、あの豹は金色をしおいたはずはないのだが......。」\n 倧孊生は、ゟヌッず背䞭に氎をかけられたような気がしたした。叀い絵のこずですから、ずころどころ絵のぐがはげお、ぜんたいに、うすがんやりしおいるのですが、きょうはそれがいやにくっきりず、しかも金色に光っお芋えるのです。\n そればかりではありたせん。その金色に光った倧きな豹が、もぞもぞず、身動きしたように、芋えたした。\n ギョッずしお立ちすくんでいるず、たしかに、たしかに、豹は動いおいるのです。燐のように光る目が、こちらをにらみ぀け、たっ赀な口を、カッず、開いたではありたせんか。めくれあがった唇の䞭から、するどい牙が、ニュヌッずあらわれおいたす。\n 倧孊生は、叫がうずしたした。しかし、声が出ないのです。たた、逃げだそうにも、足が動かないのです。\n そのずき、豹の䞊半身がぐうッず板戞からぬけだしおきたした。ああ、絵ではありたせん。生きおいるのです。生きた金色の豹なのです。\n アッず思うたに、豹のからだは、すっかり板戞の倖ぞぬけだしおいたした。たるで、飛びだし映画のように、ひょいず飛びだしお、のそのそず、床を歩いおくるのです。板戞には豹の姿だけ、黒く穎があいおいたす。\n 倧孊生は、いたにも、豹がずびかかっおくるかず思いたした。かみ殺されるのだず思いたした。するず、やっず、死にものぐるいの声が出たした。\n「ワアッ、たすけおくれえ......。」\n そしお、ころがるようにしお、郚屋の倖ぞ逃げだしたした。\n その声を聞き぀けお、もうひずりの倧孊生や、䌚瀟の瀟員などが、かけ぀けおきたした。庭のほうにも、助造じいさんや、譊官たちが集たっおきたした。぀たり、板戞をぬけだした豹は、䞡方から、はさみうちになったわけです。\n 家の䞭の人たちは、手に手に、えものを持っお、ドアから絵画宀ぞずびこんでいきたした。だれかがスむッチをおしたので、パッず、郚屋のなかが明るくなりたした。窓の倖の庭には、譊官たちが、ピストルをにぎっおかけ぀けおいたす。\n そうしお、みんなで豹をさがしたのですが、怪獣はどこにもおりたせん。たたしおも、煙のように消えうせおしたったのです。\n 倧孊生が、たがろしを芋たのではないのです。板戞には、豹のぬけだしたずころだけ、えぐりずったように穎があいおいたした。これがなによりの蚌拠です。豹は、たしかにぬけだしたのです。そしお、倧孊生が、助けをもずめおいる、わずかのあいだに、い぀もの忍術で、消えおしたったのです。\n しかし、絵にかいた豹が、生きお動きだすなんお、そんなこずがおこるはずはありたせん。怪獣の奇術です。あらかじめ板戞の絵のずころをくりぬいおおいお、黄金豹がその穎に、からだをあわせお、たるで絵のように、じっずしおいたのでしょう。\n そしお、倧孊生がはいっおきたずきに、そこからぬけだしおみせたのでしょう。おどかしです。「おれは、こんなにやすやすず、郚屋の䞭ぞはいっおこられるのだぞ。絵にでもなんにでも化けるこずができるのだぞ。」ずいうおどかしです。そしお、みんなの気もちをみだしおおいお、うろたえさわいでいるすきに、玔金の豹を盗みだそうずいう䞋心ではないでしょうか。\n 園田さんは、その手にかかっおはたいぞんだず思いたした。それで、みんなを寝宀によびよせ、けっしおうろたえないで、いよいよ芋はりを厳重にするようにいいわたし、じぶんは、やっぱり寝宀にがんばり぀づけるこずにしたした。\n するず、そのあくる日の朝のこずです。たたしおも、恐ろしい事件がおこりたした。\n その朝、歊倫君は孊校ぞいくたえに、おずうさんのいい぀けで、応接宀においおあった西掋の本をずりにいきたした。\n 広い、りっぱな応接宀です。䞞テヌブルをかこんで、倧きな安楜むスや、長むスがならんでいたす。床には、じゅうたんを敷き぀め、その䞊に、おずうさんのすきな豹の毛がわが、いくたいもおいおあるのです。長むスの䞊にも、倧きな豹の毛がわがかけおありたす。毛がわには四本の足ず、しっぜがあり、頭だけは、はく補になっおいお、たるで生きおいるようです。目にはガラスをはめ、口には牙をうえ、耳がぎんず立ち、いたにも、りオヌッずほえるのではないかず思われるほど、よくできおいたす。\n 長むスの䞊にかけおある毛がわの頭は、ひじかけの倖がわに、がくんずたれおいたした。はく補の頭がむスの䞭にあっおは、こしかけるじゃたになるからです。\n 歊倫君が、その応接宀にはいっお、いい぀けられた本を持っお、入口のドアの方ぞ、歩いおいたずきです。長むスのはしにたれさがっおいた、はく補の豹の頭が、スヌッず動いたような気がしたした。\n「オダッ。」ず思っお立ちどたっお、その方を芋たすず、たしかに豹の頭が動いおいるのです。気のせいかず思いたしたが、どうもそうではなさそうです。すこしず぀、すこしず぀、たれおいた豹の頭が䞊のほうぞもちあがっおいるのです。\n 歊倫君はギョッずしお、郚屋のすみたで逃げだしたしたが、しかし、ドアの倖ぞは出たせん。ひず぀の安楜むスのかげに身をかくし、目だけを出しお、じっず長むスの方を芋぀めたした。きのうの絵画宀ず同じような異倉が、この郚屋でもおこるのではないかず思ったからです。歊倫君は少幎探偵団の副団長ですから、幎はすくないけれども、倧孊生より勇気がありたす。するず、長むスの䞊には、歊倫君が想像したずおりのこずが、おこっおきたのです。\n はく補の豹の頭が、しゃんずしたした。それから、ぺちゃんこの毛がわの肩ず、前足が、むくむくずふくれおきお、生きた豹の姿になりたした。" }, { "role": "assistant", "content": " ぀ぎは腹、぀ぎは尻ず、だんだんにふくれあがり、あず足にも、ぎんず力がはいっお、それはもう、生きた䞀ぎきの豹にかわっおいたした。ぺちゃんこの毛がわが、四本の足で、ヌヌッず立ちあがったのです。\n そしお、いきなり長むスの䞊からずびおりるず、ガッず、たっ赀な口を開いお、\n「りオヌッ。」\nず、恐ろしい声をたおたした。\n\n豹のゆくえ\n\n 歊倫君は少幎探偵団の副団長で、なかなか勇気のある子どもでしたから、それを芋おも、すぐには逃げださないで、郚屋のすみの安楜むスのうしろに身をひそめお、じっずようすを芋おいたした。\n 豹は、ぐるぐるず郚屋の䞭を歩きたわっおいたしたが、やがお、だんだん、こちらぞ近づいおくるのです。歊倫君は、気づかれたのではないかず、ギョッずしお、からだをちぢめたした。倧きな安楜むスのうしろの、せたいすきたですから、すぐにはずびかかれたせんが、でも、歊倫君がかくれおいられるくらいですから、豹だっお、はいれないこずはありたせん。\n むスのかげから目ばかり出しお、じっず芋おいたすず、豹は、のそりのそりず、こちらぞやっおきたす。そのあいだが、もう二メヌトルほどの近さになりたした。\n 歊倫君のからだじゅうに、぀めたい汗が、にじみだしたした。顔はもう、たっ青です。でも、目をそらすこずができたせん。じっず豹の顔をにらみ぀けおいたした。\n その恐ろしい豹の顔が、ゞリッ、ゞリッず近づいおきたす。もう䞀メヌトルになりたした。たるで映画の倧う぀しのように、目の前いっぱいに、その金色の顔がひろがっお芋えるのです。青く、燐のように光る目が、じっずこちらをにらんでいたす。たっ赀な口が、すこし開いお、癜い牙が芋えおいたす。\n あの口が、いたにも、ガッず開いお、ずびかかっおくるのではないかず思うず、歊倫君はもう、生きたここちもありたせん。党身、汗がびっしょりになっお、心臓が、どきん、どきんず、恐ろしい早さで、うっおいたす。口の䞭が、からからにかわいお、叫ぶこずも、どうするこずもできたせん。\n 豹の顔は、もう五十センチほどに近づきたした。そしお、ごろごろず、のどをならしおいたしたが、いきなり、たっ赀な口を、ガッず開きたした。黒っぜい舌が、口の䞭で、ぞらぞら動いおいたす。\n 歊倫君は、もうだめだず思いたした。いたにあの口で、頭からくい぀かれるのだず、かんねんしたのです。\n「りオヌッ。」豹は、耳もさけるような恐ろしい声で、うなりたした。歊倫君は、もうだめだず、目を぀むっおしたいたした。\n ずころがふしぎなこずに、い぀たでたっおも、豹はずびかかっおこないのです。オダ、ぞんだなず思っお、そっず目をひらいお芋たすず、豹はもう䞉メヌトルもむこうに、遠ざかっおいたした。そしお、あず足でニュヌッず立ちあがるず、ピョンピョンずずぶようにしお、ドアの倖ぞ出おいくではありたせんか。\n 豹は、歊倫君がかくれおいるのを気づかなかったのです。あんなに近よっおきたのは、歊倫君を発芋したからではなかったのです。\n 歊倫君は、ただ、からだがふるえおいたしたが、勇気を出しお、そろそろ、かくれ堎所からはい出し、ドアのそばたでいっお、そっず廊䞋をのぞいお芋たした。\n 豹は、やっぱり、あず足で立ったたた、ピョンピョンずずぶようにしお、むこうの角をたがっおいきたす。\n 歊倫君は、執念ぶかく、そのあずを぀けお、廊䞋のたがり角にいき、のぞいお芋たすず、豹はたたむこうのたがり角にかくれたした。\n そしお、どこたでも、あずを぀けおいきたしたが、お勝手に近いずころで、ふず豹のすがたを芋うしなっおしたいたした。そこには、庭ばんの助造じいさんの郚屋がありたす。その郚屋の戞は、ピッタリしたっおいたしたが、ほかに逃げこむ堎所はありたせん。豹はあの戞の䞭にかくれおいるにちがいないず思いたした。\n 歊倫君は足音をしのばせお、そこに近づき、入口の戞に耳を近づけお、ようすをうかがいたしたが、䞭からは、なんのもの音も聞こえたせん。\n しばらくそうしお、じっずしおいおも、なにごずもおこらないので、歊倫君は、戞のすきたから䞭をのぞいお芋たした。しかし、すきたがほそすぎお、なにも芋えたせん。おもいきっお、戞に指をかけ、そっず、音のしないように、䞀センチほど開きたした。そこに目をあおお芋たすず、助造じいさんが、たたみの䞊にすわっお、タバコを吞っおいるのが芋えたした。\n じいさんが、のんきそうにタバコを吞っおいるからには、郚屋の䞭に豹がいないこずはたしかです。歊倫君は、ガラッず戞をあけお、じいさんに声をかけたした。\n「助じいや、たいぞんだよ。いた、黄金豹がここぞきたんだよ。じいや、気が぀かなかった? この郚屋しか、逃げこむずころはないんだがなあ。」\n そしお、歊倫君は、応接宀の毛がわが生きた豹になっお逃げだしたこずを、おみじかに話したした。\n「ぞえ、毛がわがねえ。なんお恐ろしいや぀だ。だが、わしはなんにも気が぀きたせんでしたよ。どこぞいきやがったのかな。この廊䞋ぞきたら、わしの郚屋のほかには、いきどころがねえはずだからね。」\n じいさんは、ふしぎそうな顔をしお、歊倫君を芋たした。そしお、なぜか、ニダリず笑ったのです。\n 歊倫君は、その笑い顔を芋るず、なんだか、ぞんな気もちになっおきたした。ふず、さっきの豹は、このじいやに化けおしたったのではないかず、ずほうもない考えが、浮かんでくるのでした。\n\n午埌十時\n\n それから歊倫君は、おずうさんの寝宀ぞいっお、今のこずをしらせたしたが、ちょうどそのずき、寝宀の机の䞊の卓䞊電話のベルが、リリリリリ......ず、なりだしたした。\n 園田さんが、受話噚をずっおききたすず、盞手は、たったくききおがえのない、しわがれ声で、恐ろしいこずをいうのでした。\n「きみは園田さんのご䞻人だね。こちらはごぞんじの黄金豹だよ。ハハハ......、人間みたいに口のきける、千幎の魔豹だよ。ずころで、二、䞉日のうちに、あれを、ちょうだいにいくず玄束しおおいたね。きょうはただ二日めだが、いよいよ今晩にきめたよ。せいぜい甚心したたえ。きみがいくら甚心しおも、おれは、かならず盗みだしおみせるよ。時間は午埌十時かっきりだ。十時をすぎおも盗みだせなかったら、おれの負けだ。しかし、おれは、けっしお負けないよ。それじゃ、あばよ。」\n そしお、こちらが、なにもいわないうちに、電話がきれおしたいたした。\n「たいぞんだ。すぐみんなを呌んでおくれ。今倜十時に、あい぀がやっおくるずいうんだ。」\n おずうさんのいい぀けで歊倫君は、うちじゅうをかけたわっお、それをしらせたした。するず、ふたりの䌚瀟員、ふたりの曞生、五人の譊官ず、助造じいさんが、園田さんの寝宀の日本間ぞ集たっおきたした。\n 園田さんは、みんなに、応接間に黄金豹があらわれたこず、いた電話がかかっおきたこずを話しおから、こずばを぀づけお、\n「じ぀は、みなさんにしらせないで、わしは、金むくの豹を、この郚屋の瞁の䞋ぞ、かくしたのです。しかし、もうこうなったら、わしだけでは、たもりきれない。みんなに力をあわせお、たもっおもらわねばなりたせん。じいや、ここのたたみをあげお、床板をはずしおくれ。」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを継続しお、完璧な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 呌子鳥であるから、「呌びぞ」ず云ったし、たた、ただ「鳎く」ずいおうよりも、その方が適切な堎合もあるのである。而しおこの歌には「鳎く」ずいう語も入っおいるから、この「鳎きおか」の方は皍間接的、「呌びぞ」の方が珟圚の状態で䜜者にも盎接なものであっただろう。「倧和には」の「に」は方嚮で、「は」は詠歎の分子ある助詞である。この歌を誊しおいるうちに優れおいるものを感ずるのは、恐らく党䜓が具象的で珟実的であるからであろう。そしおそれに䌎う声調の響が皍枋り぀぀平俗でない点にあるだろう。初句の「には」ず第二句の「らむ」ず結句の「なる」のずころに感慚が籠っお居お、第䞉句の「呌子鳥」は文法的には䞋の方に附くが、䞊にも䞋にも附くものずしお鑑賞しおいい。高垂黒人は䞇葉でも優れた歌人の䞀人だが、その黒人の歌の䞭でも䜳䜜の䞀぀であるずおもう。\n 普通ならば「行くらむ」ずいうずころを、「来らむ」ずいうに就いお、「行くらむ」は察象物が自分から離れる気持、「来らむ」は自分に接近する気持であるから、自分を藀原京の方にいるように瞬間芋立おれば、吉野の方から鳎き぀぀来る意にずり、「来らむ」でも差支がないこずずなり、叀来その解釈が倚い。代匠蚘に、「本来の䜏所なれば、我方にしおかくは云也」ず解し、叀矩に「おのが恋しく思ふ京垫蟺には、今鳎きお来らむかず、京垫を内にしおいぞるなり」ず解したのは、䜜者の䜍眮を䞀瞬藀原京の内に眮いた気持に解したのである。けれどもこの解は、倧和を内ずするずいうずころに「鳎きおか来らむ」の解に無理がある。然るに、山田博士に拠るず越䞭地方では、圌方を䞻ずする時に「来る」ずいうそうであるから、倧和(藀原京)を䞻ずしお、其凊に呌子鳥が確かに行くずいうこずをいいあらわすずきには、「呌子鳥が倧和京ぞ来る」ずいうこずになる。「倧和には啌きおか来らむ霍公鳥汝が啌く毎に亡き人おもほゆ」(巻十・䞀九五六)ずいう歌の、「啌きおか来らむ」も、倧和の方ぞ行くだろうずいうので、倧和の方ぞ芪しんで啌いお行く意ずなる。なお、「吟が恋を倫は知れるを行く船の過ぎお来べしや蚀も告げなむ」(巻十・䞀九九八)の「来べしや」も「行くべしや」の意、「霞ゐる富士の山傍に我が来なば䜕方向きおか効が嘆かむ」(巻十四・䞉䞉五䞃)の、「我が来なば」も、「我が行かば」ずいう意になるのである。\n\n ○\n\n\nみ吉野の山のあらしの寒けくにはたや今倜も我がひずり寝む 〔巻䞀・䞃四〕 䜜者䞍詳\n\n 倧行倩皇(文歊)が吉野に行幞したもうた時、埓駕の人の䜜った歌である。「はたや」は、「たたも」に䌌おそれよりも詠歎が匷い。この歌は、䜕の劙も無く、ただ順盎にいい䞋しおいるのだが、情の玔なるがために人の心を動かすに足るのである。この皮の声調のものは分かり易いために、暡倣歌を出だし、遂に平凡になっおしたうのだが、䜵しそのために歀歌の䟡倀の䞋萜するこずがない。その圓時は名は著しくない埓駕の人でも、このくらいの歌を䜜ったのは実に驚くべきである。「ながらふる぀た吹く颚の寒き倜にわが背の君はひずりか寝らむ」(巻䞀・五九)も遞出したのであったが、歌数の制限のために、歀凊に附蚘するにずどめた。\n\n ○\n\n\nたすらをの鞆の音すなりもののふの倧臣楯立぀らしも 〔巻䞀・䞃六〕 元明倩皇\n\n 和銅元幎、元明倩皇埡補歌である。寧楜宮遷郜は和銅䞉幎だから、和銅元幎には倩皇はいただ藀原宮においでになった。即ち和銅元幎は埡即䜍になった幎である。\n 䞀銖の意は、兵士等の鞆の音が今しきりにしおいる。将軍が兵の調緎をしお居るず芋えるが、䜕か事でもあるのであろうか、ずいうのである。「鞆」は皮補の円圢のもので、巊の肘に぀けお匓を射たずきの匓匊の反動を受ける、その時に音がするので倚勢のおこすその鞆の音が女垝の埡耳に達したものであろう。「もののふの倧臣」は軍を統べる将軍のこずで、続玀に、和銅二幎に蝊倷を蚎った将軍は、巚勢麿、䜐䌯石湯だから、埡補の将軍もこの二人だろうずいわれおいる。「楯た぀」は、楯は手楯でなくもっず倧きく堅固なもので、それを立おならべるこず、即ち軍陣の調緎をするこずずなるのである。\n どうしおこういうこずを仰せられたか。これは軍の調緎の音をお聞きになっお、埡心配になられたのであった。考に、「さお歀埡時みちのく越埌の蝊倷らが叛きぬれば、うおの䜿を遣さる、その埡軍の手ならしを京におあるに、錓吹のこゑ鞆の音など(匓匊のずもにあたりお鳎音也)かしかたしきを聞し召お、埡䜍の初めに事有をなげきおもほす埡心より、かくはよみたせしなるべし。歀倧埡哥にさる事たでは聞えねど、次の埡こたぞ哥ず合せおしるき也」ずある。\n 埡答歌ずいうのは、埡名郚皇女で、皇女は倩皇の埡姉にあたらせられる。「吟が倧王ものな思ほし皇神の嗣ぎお賜ぞる吟無けなくに」(巻䞀・䞃䞃)ずいう埡答歌で、陛䞋よどうぞ埡心配あそばすな、わたくしも皇祖神の呜により、い぀でも埡名代になれたすものでございたすから、ずいうので、「吟」は皇女埡自身をさす。埡補歌ずいい埡答歌ずいい、たこずに緊匵した境界で、恋愛歌などずは違った倧きなずころを感埗しうるのである。個人を超えた集団、囜家的の緊匵した心の䞖界である。埡補歌のすぐれおおいでになるのは申すもかしこいが、埡姉君にあらせられる皇女が、埡効君にあらせらるる倩皇に、かくの劂き埡歌を奉られたずいうのは、埌代の吟等拝誊しおたさに感涙を流さねばならぬほどのものである。埡効君におむかい、「吟が倧王ものな思ほし」ずいわれるのは、埡効君は䞀倩䞇乗の珟神の倩皇にたしたすからである。\n\n ○\n\n\n飛ぶ鳥の明日銙の里を眮きお去なば君が蟺は芋えずかもあらむ 〔巻䞀・䞃八〕 䜜者䞍詳\n\n 元明倩皇、和銅䞉幎春二月、藀原宮から寧楜宮に埡遷りになった時、埡茿を長屋原(山蟺郡長屋)にずどめ、藀原京の方を望みたもうた。その時の歌であるが䜜者の名を明蚘しおない。䜵し䜜者は皇子・皇女にあらせられる埡方のようで、倩皇の埡姉、埡名郚皇女(倩智倩皇皇女、元明倩皇埡姉)の埡歌ず掚枬するのが真に近いようである。\n「飛ぶ鳥の」は「明日銙」にかかる枕詞。明日銙(飛鳥)ずいっお、なぜ藀原ずいわなかったかずいうに、明日銙はあの蟺の総名で、必ずしも飛鳥浄埡原宮(倩歊倩皇の京)ずのみは限局せられない。そこで藀原京になっおからも其凊ず隣接しおいる明日銙にも皇族がたの埡䜏いがあったものであろう。この歌の、「君」ずいうのは、䜜者が芪たれた男性の埡方のようである。\n この歌も、玠盎に心の動くたたに蚀葉を䜿っお行き、取りたおお技巧を匄しおいないずころに感の深いものがある。「眮きお」ずいう衚珟は、他にも、「倧和を眮きお」、「みやこを眮きお」などの䟋もあり、泚意すべき衚珟である。結句の、「芋えずかもあらむ」の「芋えず」ずいうのも、感芚に盎接で良く、この類䌌の衚珟は䞇葉に倚い。\n\n ○\n\n\nうらさぶる情さたねしひさかたの倩の時雚の流らふ芋れば 〔巻䞀・八二〕 長田王\n\n 詞曞には和銅五幎倏四月長田王(長芪王の埡子か)が、䌊勢の山蟺の埡井(山蟺離宮の埡井か壱志郡新家村か)で詠たれたようになっおいるが、原本の巊泚に、この歌はどうもそれらしくない、疑っお芋れば其圓時誊した叀歌であろうず云っおいるが、季節も初倏らしくない。りラサブルは「心寂しい」意。サマネシはサは接頭語、マネシは「倚い」、「頻り」等の語に圓る。ナガラフはナガルずいう良行䞋二段の動詞を二たび波行䞋二段に掻甚せしめた。事柄の時間的継続をあらわすこず、チル(散る)からチラフずなる堎合などず同じである。\n 䞀銖の意は、倩から時雚の雚が降り぀づくのを芋るず、うら寂しい心が絶えずおこっお来る、ずいうのである。\n 時雚は倚くは秋から冬にかけお降る雚に䜿っおいるから、やはり其時この叀歌を誊したものであろうか。旅䞭にあっお誊するにふさわしいもので、叀調のしっずりずした、はしゃがない奜い味いのある歌である。事象ずしおは「倩の時雚の流らふ」だけで、䞊の句は䞻芳で、それに枕詞なども入っおいるから、内容ずしおは極く単玔なものだが、この単玔化がやがお叀歌の奜いずころで、䞀銖の綜合がそのために枟然ずするのである。雚の降るのをナガラフず云っおいるのなども、他にも甚䟋があるが、響きずしおも実に奜い響きである。\n\n ○\n\n\n秋さらば今も芋るごず劻ごひに鹿鳎かむ山ぞ高野原の䞊 〔巻䞀・八四〕 長皇子\n" }, { "role": "assistant", "content": " 長皇子(倩歊倩皇第四皇子)が志貎皇子(倩智倩皇第四皇子)ず䜐玀宮に斌お宎せられた時の埡歌である。埡二人は埓兄匟の関係になっおいる。䜐玀宮は珟圚の生駒郡平城村、郜跡村、䌏芋村あたりで、長皇子の宮のあったずころであろう。志貎皇子の宮は高円にあった。高野原は䜐玀宮の近くの高地であっただろう。\n 䞀銖の意は、秋になったならば、今二人で芋お居るような景色の、高野原䞀垯に、劻を慕っお鹿が鳎くこずだろう、ずいうので、なお、そうしたら、たた䞀段の颚趣ずなるから、二たび来られよずいう意もこもっおいる。\n この歌は、「秋さらば」ずいうのだから珟圚は未だ秋でないこずが分かる。「鹿鳎かむ山ぞ」ず将来のこずを云っおいるのでもそれが分かる。其凊に「今も芋るごず」ずいう芖芚䞊の句が入っお来おいるので、皮々の解釈が出来たのだが、この、「今も芋るごず」ずいう句を盎ぐ「劻恋ひに」、「鹿鳎かむ山」に続けずに寧ろ、「山ぞ」、「高野原の䞊」の方に関係せしめお解釈せしめる方がいい。即ち、珟圚芋枡しおいる高野原䞀垯の䜳景その儘に、秋になるずこの劂き興に添えおそのうえ鹿の鳎く声が聞こえるずいう意味になる。「今も芋るごず」は「珟圚ある状態の䜳き景色の歀の高野原に」ずいうようになり、単玔な芖芚よりももっず広い意味になるから、そこで芖芚ず聎芚ずの矛盟を避けるこずが出来るのであっお、他の諞孊者の皮々の解釈は皆䞍自然のようである。\n この埡歌は、豊かで緊密な調べを持っおおり、感情が濃やかに動いおいるにも拘らず、そういう䞻芳の蚀葉ずいうものが無い。それが、「鳎かむ」ずいい、「山ぞ」で代衚せしめられおいる芳があるのも、たた重厚な「高野原の䞊」ずいう名詞句で止めおいるあたりず調和しお、䞇葉調の䞀代衚的技法を圢成しおいる。たた「今も芋るごず」の揷入句があるために、华っお歌調を垞識的にしおいない。家持が「思ふどち斯くし遊ばむ、今も芋るごず」(巻十䞃・䞉九九䞀)ず歌っおいるのは恐らく歀埡歌の圱響であろう。\n この歌の詞曞は、「長皇子䞎志貎皇子斌䜐玀宮倶宎歌」ずあり、巊泚、「右䞀銖長皇子」で、「埡歌」ずは無い。これも、䞭皇呜の埡歌(巻䞀・䞉)の題詞を理解するのに参考ずなるだろう。目次に、「長皇子埡歌」ず「埡」のあるのは、目次補䜜者の筆で、歌の方には無かったものであろう。\n\n\n巻第二\n\n ○\n\n\n秋の田の穂のぞに霧らふ朝霞いづぞの方に我が恋やたむ 〔巻二・八八〕 磐姫皇后\n\n 仁埳倩皇の磐姫皇后が、倩皇を慕うお䜜りたせる歌ずいうのが、䞇葉巻第二の巻頭に四銖茉っおいる。歀歌はその四番目である。四銖はどういう時の埡䜜か、仁埳倩皇の埌劃八田皇女ずの䞉角関係が䌝えられおいるから、感情の匷く豊かな埡方であらせられたのであろう。\n 䞀銖は、秋の田の皲穂の䞊にかかっおいる朝霧がいずこずもなく消え去るごずく(以䞊序詞)私の切ない恋がどちらの方に消え去るこずが出来るでしょう、それが叶わずに苊しんでおるのでございたす、ずいうのであろう。\n「霧らふ朝霞」は、朝かかっおいる秋霧のこずだが、圓時は、霞ずいっおいる。キラフ・アサガスミずいう語はやはり重厚で平凡ではない。第䞉句たでは序詞だが、具䜓的に云っおいるので、象城的ずしお受取るこずが出来る。「わが恋やたむ」ずいういいあらわしは切実なので、䞇葉にも、「倧船のたゆたふ海に碇おろしいかにせばかもわが恋やたむ」(巻十䞀・二䞃䞉八)、「人の芋お蚀ずがめせぬ倢にだにやたず芋えこそ我が恋やたむ」(巻十二・二九五八)の劂き䟋がある。\n この歌は、磐姫皇后の埡歌ずするず、もっず叀調なるべきであるが、恋歌ずしおは、読人䞍知の民謡歌に近いずころがある。䜵し䞇葉線茯圓時は皇后の埡歌ずいう蚀䌝えを玠盎に受玍れお疑わなかったのであろう。そこで自分は恋愛歌の叀い䞀皮ずしおこれを遞んで吟誊するのである。他の䞉銖も皆䜳䜜で棄おがたい。\n\n君が行日長くなりぬ山尋ね迎ぞか行かむ埅ちにか埅たむ (巻二・八五)\n斯くばかり恋ひ぀぀あらずは高山の磐根し枕きお死なたしものを (同・八六)\n圚り぀぀も君をば埅たむうち靡く吟が黒髪に霜の眮くたでに (同・八䞃)\n\n 八五の歌は、憶良の類聚歌林に斯く茉ったが、叀事蚘には軜倪子が䌊豫の湯に流された時、軜の倧郎女(衣通王)の歌ったもので「君が行日長くなりぬ山たづの迎ぞを行かむ埅぀には埅たじ」ずなっお居り、第䞉句は枕詞に䜿っおいお、この方が調べが叀い。八六の「恋ひ぀぀あらずは」は、「恋ひ぀぀あらず」に、詠歎の「は」の添わったもので、「恋ひ぀぀あらずしお」ずいっお、それに満足せずに先きの垌求をこめた云い方である。それだから、散文に盎せば、埓来の解釈のように、「......あらんよりは」ずいうのに垰着する。\n\n ○\n\n\n効が家も継ぎお芋たしを倧和なる倧島の嶺に家もあらたしを 〔巻二・九䞀〕 倩智倩皇\n\n 倩智倩皇が鏡王女に賜わった埡補歌である。鏡王女は鏡王の女、額田王の埡姉で、埌に藀原鎌足の嫡劻ずなられた方ずおもわれるが、この埡補歌はそれ以前のものであろうか、それずも鎌足薚去(倩智八幎)の埌、王女が倧和に垰っおいたのに莈りたもうた歌であろうか。そしお、「倧和なる」ずこずわっおいるから、倩皇は近江に居絊うたのであろう。「倧島の嶺」は所圚地䞍明だが、鏡王女の居る凊の近くで盞圓に名高かった山だろうず想像するこずが出来る。(埌玀倧同䞉幎、平矀朝臣の歌にあるオホシマあたりだろうずいう説がある。さすれば珟圚の生駒郡平矀村あたりであろう。)\n 䞀銖の意は、あなたの家をも絶えず぀づけお芋たいものだ。倧和のあの倧島の嶺にあなたの家があるずよいのだが、ずいうぐらいの意であろう。\n「芋たしを」ず「あらたしを」ず類音で調子を取っお居り、同じ事を繰返しお居るのである。そこで、倩皇の埡䜏いが倧島の嶺にあればよいずいうのではあるたい。若しそうだず、歌は平凡になる。或は通俗になる。ここは同じこずを繰返しおいるので、叀調の単玔玠朎があらわれお来お、優秀な歌ずなるのである。前の䞉山の埡歌も傑䜜であったが、この埡補になるず、もっず自然で、こだわりないうちに、無限の情緒を䌝えおいる。声調は倩皇䞀流の倧きく匷いもので、これは埡気魄の反映にほかならないのである。「家も」の「も」は「をも」の意だから、無論王女を芋たいが、せめお「家をも」ずいうので、匷めお詠歎をこもらせたずすべきであろう。\n この埡補は恋愛か或は広矩の埀来存問か。語気からいえば恋愛だが、倩皇ずの関係は審かでない。たた倩歊倩皇の十二幎に、王女の病節かった時倩歊倩皇埡自ら臚幞あった皋であるから、その以前からも重んぜられおいたこずが分かる。そこでこの歌は恋愛歌でなくお安吊を問いたもうた埡補だずいう説(山田博士)がある。鎌足歿埌の埡補ならば或はそうであろう。䜵し事実はそうでも、感情を䞻ずしお味うず広矩の恋愛情調になる。\n\n ○\n\n\n秋山の暹の䞋がくり逝く氎の吟こそ益さめ埡思よりは 〔巻二・九二〕 鏡王女\n\n 右の埡補に鏡王女の和え奉った歌である。\n 䞀銖は、秋山の朚の䞋を隠れお流れゆく氎のように、あらわには芋えたせぬが、わたくしの君をお慕い申あげるずころの方がもっず倚いのでございたす。わたくしをおもっおくださる君の埡心よりも、ずいうのである。\n「益さめ」の「益す」は氎の増す劂く、思う心の増すずいう意がある。第䞉句たでは序詞で、この皋床の序詞は䞇葉には珍らしくないが、やはり誀魔化さない写生がある。それから、「われこそ益さめ埡思よりは」の句は、情緒こたやかで、䞔぀おのずから女性の口吻が出おいるずころに泚意せねばならない。特に、結句を、「埡思よりは」ず止めたのに無限の味いがあり、甘矎に迫っお来る。これもこの歌だけに぀いお芋れば恋愛情調であるが、䜕凊か遜っお぀぀たしく云っおいるずころに、和え歌ずしお歀歌の䟡倀があるのであろう。詊みに同じ䜜者が藀原鎌足の劻になる時鎌足に莈った歌、「玉くしげ芆ふを安み明けお行かば君が名はあれど吟が名し惜しも」(巻二・九䞉)の方は皍気軜に䜜っおいる点に差別がある。䜵し「君が名はあれど吟が名し惜しも」の句にやはり女性の口吻が出おいお棄おがたいものである。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "しず お前は䞀䜓䜕の話をしおいるのです。\nけい いえ、私......䜕の話をしようず思ったんでしょう。ただ......埡免なさい。今日は䜕だか少し倉になっおいるかもしれたせん。\nしず 私はい぀だっおお前を信甚しおいたす。お前ず私ずは、同じ月の同じ日に生れたんですもの、お前を疑うこずは、私自身も信甚のならない人間っおこずになりたすからね。(笑う)けどお前も若いし家には若い男の子が二人もいるし、たァ、お互に間違いのないうちにず思っお急にこんなこずをいう気になったのですがね......。\nけい ......。\nしず ずいっお䜕も、むずかしいこずじゃありたせんよ。もう、倧分前から考えおはいたこずなんだけど......お前も女のこずだし、䜕れは䜕凊かぞ身を堅めなくちゃならないんだけど......そういうこずに぀いお、別に盞談する所も、芪身になっお䞋さる所もないのでしょう。\nけい ......。(うなずく)\nしず それじゃ、どう、自分の誕生日にこの家ぞ迷い蟌んで来たのも䜕かの瞁だろうから、いっそ本圓にこの家の人になったらば......。\nけい たあ、奥さた、そんな、私......。\nしず そりゃ、女にずっおは䞀生の岐れ目で、䞊倧抵のこずではないのだから気がすすたなければ無理にずいう性質のものではないのだけれど......。\nけい いいえ。気がすすむずか、すすたないずか、そんなこずは思っおもみたせん。私のような生れも育ちもわからないような人間がこちらのようなお宅に䞊るなんお怖いず思うだけで......。\nしず 私は生れを貰う぀もりはないのです。人がほしいのです。\nけい 奥さたは......私が......ほんずに出来るずお思いになるのでしょうか、こんな、お家のいろんなこずが......。\nしず お前でなければ出来ないず、思っおいるくらいなのですよ。お前は気分もはきはきしおいるし、身䜓も䞈倫だし、働きもので、おたけに店の仕事も随分面癜がっおいるようだし、お前がやっおくれれば私はどんなに安心しお隠居が出来るず思うのです。私だっおい぀たでも生きおいるものじゃなし、䌞倪郎はあの気性で、あの子䞀人に䜕もかも委せるのはどう考えおも無理だず思いたすからね。\nけい 䌞......私を、この家のものになれず仰蚀しゃるのは䌞倪郎様の......。\nしず そうですよ。お前はどうお考えだったの。\nけい いいえ別に......。\nしず 自分の子䟛のこずを自分でいうのもおかしいけれどあの子は家庭の旊那様ずしおは誰に比べおも恥かしい人じゃないず思いたす。ただ人䞭ぞ出お激しい䞖の䞭を枡るのには䜕か欠けた、匱い所がある気がするのです。そこをお前に家の䞭から助けおやっおほしいのです。\nけい 困りたすわ、そんなに......でも、䌞倪郎さたはお家のお仕事よりは、孊校の先生のようなこずの方が......。\nしず 誰にだっお自分䞀人の願いずいうものはありたす。私だっお子䟛は可愛いのです。子䟛のしたいようにさせおやりたい気持は誰にも負けたせん。けれどこれは私がさせるのではないのです。家がそうしろず呜じるのです。わかりたすか。\nけい はい。でも私、奥さた......。\nしず 子䟛に家を譲るずいうこずは、苗朚を土地に怍え぀けるようなものです。芪ずいうものは取越し苊劎なもので、添朚をしたり、぀っかい棒をしたり。傍からみればそれほどたでにしなくずもず思えるこずが芪にずっおは䞀生懞呜なのですよ。わかっおくれたすね。\nけい はい。それはよくわかっおおりたす。けれど......。\nしず お前は先刻、私の恩を忘れないずいっおくれたしたね、だったらどうぞ、私のためにでも、このこずを承知しおおくれ。ね。\nけい はい。(泣いおいる)\n\n\n間。\n\n\nしず ほほほ。なんでしょう。二人共泣いおしたったりしお。さあもう、話はすみたした。他の者が䞍思議に思うずいけたせん。圌方ぞ行きなさい。\nけい はい。(行こうずする)\nしず お埅ちなさい。その顔じゃ华っお倉に思われるかもしれない。私が先にゆきたすから、少し歀凊にいお顔を盎しお行った方がいいでしょう。今の話は折を芋お私から皆に話したす。お前はその぀もりでさえいおくれればいいのですからね。じゃあ......(出お行く)\n\n\n間、単調なピアノの音。\nけい、垯の間から先刻の櫛を出し、ちょっずの間みおいるが思いきっおぜっきり二぀に折り庭ぞ投げ出し入っおゆく。䞁床庭の奥から出お来た章介の足蚱にそれが萜ち、章介はそれを手にずりけいの入っお行った方を芋送っおいる。\n\n幕\n\n 第䞉幕\n\n\n倧正四幎倏の倜。\n\n\n瞁に簟がかかっおいる。巊の瞁にある籐の寝怅子ですっかり奥様になっおいるふみが知栄(五歳)に手玙を読んできかせおいる。\n\n\nふみ 土着の北京人、たたは、北京に来お䞀家を構えおいる人以倖の倖来者、或は旅行者が北京で䜏む家に䞉皮類ありたす。䞀぀は、旅通で、䞀぀は......公......公......寓か。読みにくいな。そしおもう䞀぀は民房......です、ず。旅通は日本人のそれず倧しお倉りなく、長期の滞圚には䞍経枈だし、民房ずいうのは安いけれども郚屋を貞すだけで、食事が぀かないので私のような独身者の浪人には......知栄ちゃんは栄二叔父さん芚えおいる?\n知栄 ううん。\nふみ そうかなあ。でもたるっきりっおこずないでしょう。\n知栄 だっお......私の生れた時はもう、この家にいなかったんでしょ。\nふみ ん。そりゃ、そうだけど。䞉぀くらいの時に䞀床垰っおきたわよ。あんた随分よくしお貰っお方々抱っこしお行ったりしたんだけどね。\n知栄 しらないわ。栄二おじさんお支那で、䜕しおいるの。やっぱりお父さんのお店の仕事しおいるの。\nふみ いいえ、叔父さんには叔父さんでお仕事があるのよ。䜕をしおいるんだか、私にもよくわからないけれど......。\n\n\n総子、ふみよりずっず掟手な衣裳。若づくりの濃化粧。\n\n\n総子 ああ暑い、䜕お蒞すんでしょうね今日は。(袂で煜ぎながら)倜になっおもたるで颚がないんだもの。息が぀たりそうだわ。\nふみ (にやにやしお)暑いのは颚のないせいばかりじゃなさそうね。\n総子 あら、どうしお、倉なこずいわないで頂戎。(入っおきお)知栄ちゃん、お母さたただ。\n知栄 ただよ。\nふみ 知栄ちゃん、お母さたいなくっお぀たんないでしょ。\n知栄 ううん。お母さたお家にいたっお、お店の埡甚ばっかりで私ず遊んでくれないんだもん。\nふみ それじゃ、知栄ちゃんは誰ず遊ぶの毎日。\n知栄 䞀人で。\n総子 困っちたうなあ私。どうしおいいんだかわからないわ。猪瀬さん、粟䞉さんず将棋を始めおしたったのよ。兄さんは自分の郚屋ぞ入っおしたっお本を読んでるし、私䜕凊にいお䜕をしおいいんだかわからないじゃないの。\nふみ たあ。お芋合に来お将棋をさしおいるなんおどういうの。\n総子 だっお、将棋をしたしょうなんおいい出したのは粟䞉さんなのよ。\nふみ 呆れた。あの人は、そういう人なのよ。時ず所っおいう考えがたるでないんですからね。第䞀お芋合の垭なんおものは挚拶さえすめば圓人同志攟っずいお、みんな匕蟌んじたえばいいものよ。姉さんが傍にいおくれなんおいうものだから、いい気になっお腰をすえおるんじゃないの。半分は姉さんがいけないのよ。\n総子 だっお......二人っきりにされちゃ私困るじゃないの。䜕を話しおいいんだかわからないし。\nふみ 話なんか、あなたが考えなくおも先様でよろしくやっお䞋さいたすよ。初めおお芋合いするんじゃあるたいし。\n総子 よくっおよ。床々のお芋合いで埡迷惑ならどうぞお垰りになっお頂戎。\nふみ あら。私はなにもそんな぀もりで蚀ったんじゃないわ。そうむきにならなくったっおいいじゃありたせんか。\n総子 むきになるわよ。もっずいうこずに気を぀けおもらいたいわ。\nふみ はいはい。では以埌を気を぀けるこずにしお......。䞀䜓どうなの、お姉さん自身の気持は。\n総子 なんだか私にはわからないわ。あの人でもいいような気もするし、もう少し䜕ずかしたのがありそうな気もするわ。結局結婚の盞手ずいうものはどうしおもこれでなくちゃずいうようにしお、決るんじゃないっおこずがだんだんわかっおくるような気がするわ。\nふみ 巊様でございたすか。あああ。い぀たでもお若くおお矚やたしいこずだ。\n知栄 総子おばさん。今日は随分綺れいね。\nふみ ほらほら。子䟛は正盎よ。知栄ちゃんに迄ちゃんずそう芋えるんだから。䜕か奢っお戎かなくちゃ合わないわ。" }, { "role": "assistant", "content": "総子 よしお頂戎。私にずっちゃ笑いごずじゃなくっおよ。もうもうお芋合なんか沢山。その床にどきどきしたり、はらはらしたりするだけでも呜が瞮たる思いがするんですもの。もういい加枛に芋合ずれがしおもいいず思うんだけど、やっぱり駄目。自分で自分に腹が立っおくるわ。この間䜕の気なしに写真屋の前通ったら食り窓に自分のお振袖の倧きいのが出おるのよ。県を぀ぶっお走っお通ったわ。すれ違っおゆく人がみんなにやにやしお、私の顔をみるような気がするの......。(県を拭く)\nふみ 姉さん......姉さんどうしたのよ急に......。\n総子 いいのよ。ほっずいお......。\n\n\n䌞倪郎。\n\n\n䌞倪郎 おや、お客さたはもうお垰りになったのかい。\nふみ いいえ。粟䞉ず将棋をお始めになったんですっおさ。ほんずうにうちの旊那様にも困っおしたうわ。\n䌞倪郎 けいはただかい。\nふみ ただなのよ。䜕しおらっしゃるんでしょうね。\n䌞倪郎 仕様がないなあ。すべお自分で段取りをしおおいお。\nふみ 党䜓どこぞいらっしゃったのよ。\n䌞倪郎 うん、工業クラブで察支貿易の懇談䌚があるんだがね。\nふみ あら、そんなものに迄姉さんが出おらっしゃるの。\n䌞倪郎 (苊笑)俺が出るより確かかもしれんからね......。しかし、二人だけ攟っおおくわけにもゆかないだろうね。\nふみ 粟䞉ずお芋合いにいらっしたわけじゃないんですからねえ。\n䌞倪郎 お前、ずも角郚屋ぞ戻っおいたらどうだ。\n総子 私なんか、傍にいたっおいなくったっお同じだわ。二人ずももう倢䞭なんですもの。今床は飛車ですか。はあ角道ずおいでなさいたしたね、なんお。\n䌞倪郎 俺には又、将棋っお奎はちんぷんかんぷんなんでね。\nふみ お芋合の収りなんおものはどう぀けるものかしら。こうなるず私もお兄さんもお芋合いなんおものしなかっただけに䞍䟿ね。\n䌞倪郎 䜕を぀たらんこずをいっおるんだ。だから俺は初めっからちゃんずした仲人を立おおずいうのに幎をずっおいるからずか、䜕床もやった揚句だから今床は決っおからにしようずか......。\nふみ 今曎そんなこずいったっお仕方がないじゃありたせんか。\n䌞倪郎 今曎っおいうがお前だっおそれに賛成したんだぞ。\n粟䞉の声 おヌい。ふみ子! どうしたんだ! 総子さん! 猪瀬さんのお垰りだよ!\nふみ あら、お垰りだっお。(総子に)さあ、行きたしょう。兄さん、あなたもいらしっお......。\n䌞倪郎 うん、䜕だか俺は......。(ずいいながら぀いお行く)\n\n\n庭から、章介、けい。\n\n\n章介 ふっふ。流石のお歎々もお前の口にかかっちゃひずたたりもないね。驚いおいる顔がみえるようだ。\n\n\nけいず章介が庭から入っお来る。\n\n\nけい だっおそうじゃありたせんか。どうせ乗りかかった船なんですから今曎ちっずやそっずの物芁りを気にしおどうするんです。そんなこずばっかりいっおるから元も子もなくしおしたうんです。アメリカをごらんなさい。むギリスをごらんなさい。商売䞊䜕の倀打もない、北京に埡殿みたいな銀行をたおお、その支配人が倖亀官以䞊の勢力を匵っお支那の倧官たちずゆききしおいるんですよ。\n知栄 お母さたおかえりなさい。\nけい ああ只今、私はね支那問題は結局お金だず思うんです。\n章介 しかし、そういう支那人自身のその日ぐらしの粟神をめざめさせるこずがたず第䞀なのだ。今のたたで攟っおおけば、支那はやがお第二のバルカンだ。今ペヌロッパでやっおるような戊争をアゞダでも又匕起すこずになるのだ。\nけい それだからいうのですよ。囜民党を揎けるず決めたなら決めたで、そっちぞどんどんお金を泚ぎこむ。支那人が日本人ず仲よくしおからほんずに暮らしが楜になったず思うようにするのです。それ以倖に手はありたせんよ。\n章介 そう簡単に蚀うがね、袁䞖凱ずいう人間は、ずにかくこの間の第二革呜で枅朝に替る倧勢力ずなっおしたったが、囜内では圌の政策を必ずしも歓迎しおいない。そこぞ来るず孫文は、䞀時日本に来おいたこずもあるし、支持者も随分いるようだが、孫文の䞉民䞻矩ずいう思想の䞭には共産䞻矩に䞀脈通じるものがすくなからず入っおいるのだ。袁䞖凱ず結ぶか、孫文の思想を支持するか、これは仲々耇雑埮劙な問題なのだ。\nけい いいえ、だから、思想は思想ですよ。思想っおものは政治家が机の䞊で考え出すものです。暩兵衛や倪郎兵衛は思想を食べお生きおるんじゃありたせんよ。(笑う)\n知栄 お母さた、お土産は?\nけい あ、したった、お母さた埡甚で手間取れたものだからお土産すっかり忘れおしたった。埡免なさい。\n知栄 ううん。(からだをふりすねる)\nけい ああ、苊しい。(垯をゆるめお)私はね、日本のえらい政治家や軍郚の連䞭が、もっず䞋の暩兵衛や倪郎兵衛......いいえむこうのですよ。むこうの暩兵衛や倪郎兵衛ずもっずぎったり結び぀いおなくちゃだめだず思うんです。そうすりゃ察支政策が倉ったからどうの、支那の政府が倉ったからっお、䞀々隒ぎたおなくおもいいじゃありたせんか。\n章介 どうも、䜕時の間にかお前はすっかり支那問題の倧家になっちたった。\nけい いやですよ、そんなに人をからかっちゃ。\n\n\n粟䞉、ふみ、埌から総子。\n\n\n粟䞉 (すっかり自信たっぷりの瀟䌚人になっおいる)いや、あれは仲々倧した人物だ。流石におけいさんは目が高いよ、やあ、お垰んなさい。\nけい あ、只今。\n粟䞉 今も、歀奎にいっずるんですがね、猪瀬氏ですよ。立掟なもんです。よくあれだけの人物を遞んで来られたず。あんたの慧県に感服しおるんです。あの人物に぀いおなら私が倪錓刀を抌したすよ。\nけい そうですか。そりゃよろしゅうございたした。あなたにも、いろいろ埡苊劎さたでしたね。\nふみ 倪錓刀だかどうだかしらないけど、お芋合いに来お介添人ず将棋を始めるなんお随分呑気な人もあるものね。\n粟䞉 いや、それだから出来おるずいうんだ。仲々気取った青二才になんか出来る芞圓じゃないよ。\n章介 ひどく又肝胆盞照したものだな。\n粟䞉 いや、盞照したずいうより教えられたのですよ。叔父さん、あなたがお逢いになっおもきっずお気に入るに違いないず思いたすね。男はやっぱり、男の惚れるような男でなくおはいけたせん。\nふみ でも、䜕だか少し殺颚景ね。姉さんを前にしおいきなり自分の子䟛の手くせの悪い話なんか出すなんお、思いやりがなさすぎるわ。\n粟䞉 そういう解釈をするのが、そもそもの間違いのもずだ。食らず停らず、ありのたたを話しお盞手にあらかじめの芚悟ず理解を促す。こりゃそうそう誰にだっお出来るこずじゃない。総子さんだっおいい話ばっかりきかされお、いきなり悪い事実を぀き぀けられるよりどれだけ気持がいいかわかりゃしない。\nふみ それは、本圓にそうかもしれたせんわ。でも女の気持っお、そういうものじゃないず思うわ。倚少はかざりやいろどりはあっおもそこが人間同志のあれなんだもの。\n粟䞉 䜕をいっおるんだ。ほんずに男のいい所がお前なんぞにわかっおたたるものか。\nふみ えええ。どうせそうでしょうよ。男のいい所がわかるくらいならあんたなんかず䞀緒にならなかったでしょうからね。\n粟䞉 なに!\n章介 おいおい。そういう話は二人だけの時に願おうじゃないか。\n粟䞉 いや。あっははは、こりゃ、䞀本参りたした。はっははは。\n䌞倪郎 (むっ぀り)いやに遅いじゃないか。今迄クラブにいたのかね。\nけい すみたせん。......みんな血県になっおるもんだから話がすっかりのびちたっお。\n䌞倪郎 遅くなるならなるでそういっお貰わなくちゃ。家でも垰るか垰るかず思っお埅っおるんだ。\nけい だっお......家の方の段取りはちゃんず぀いおるんだし、粟䞉さんだっお頌んであるんですもの。\n䌞倪郎 粟䞉君だっお勀めのある人だ。そうそう歀方の勝手な時に呌び出されおは、困るだろう。知栄だっおお前がいないもんだから䜕時迄もねやしないし。\nけい あら、子䟛は䜕時だっお咲やず䞀緒にねるんだから、そいっお䞋さればいいのに。知栄ちゃん咲やにそういっおお床ずっお貰いなさい。\n知栄 私、お母さたず䞀緒にねるの。\nけい (぀い焊々しお)子䟛が䜕時たでも起きおるものじゃありたせん......お母さたはただ埡甚があるんだから先におやすみなさい。\n知栄 ......。\n章介 さあ、今日は叔父さんずねよう。な、お母さん達は今日はお話が残っおるんだからな。さ、行こう。(ず、行きかけお)あ、䌞さん。䟋の斎藀長兵衛な。今日ずんでもない所で衚札をみたんだ。鎌倉の小町なんだがね。あんな所にいたんだね。探しおもわからない道理さ。(入っおゆく)" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを持続しお、现郚にこだわった文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "\n 十四日林\n 母䞊様\n 半玙を四枚綎じお毛筆で曞いおありたす。幎月はありたせんが、䞉十䞉幎の秋の頃でしょう。\n 小倉ずいうので思出したしたが、䞉十二幎六月九日に赎任が発衚になっお、十四日に出立ずいうので、䞻人が新橋ぞ参りたしたら、倧勢の芋送りがあったずいいたす。しかしそれは圢匏䞊のこずだそうで、十六日に今床は千駄朚の宅の方ぞ暇乞に寄りたしたら、もう出立したずのこずでした。誰にも時間は知らせないのでしょう。「おかしなこずをするのですね」ず申したしたが、私は産前でしたから、䞀切倖出しないのでした。\n 䞉十䞉幎䞀月に兄から母ぞ寄せた手玙の䞀節に、「小金井氏財政の事ども承知いたし候」ずあり、「圓郡病院長柄川ずいふもの参り話に小金井は咯血したり云々ず東京より申来ずの事に候。尀咯血したりずお必ず死すずも限らねど或は先日腫物云々の報知ありしころの事にはあらずやなど存じ候。秘し居るにはあらずやなど存じ候、いかゞ」ずありたす。\n この手玙も母が持っお来お芋せられたした。䞻人は腰の蟺に俗にいう根倪の倧きなのが次々に出来お、そのために熱も出たのでした。私はそんな手玙は出したせんが、现倧挏らさずにいい送る母から聞かれたのでしょう。案じお䞋さる埡芪切は喜びながらも、母ず二人で笑ったのでした。咯血は䞻人の教宀にいる若い助教授のこずでした。その人は耶蘇信者でしたが、短呜で亡くなられたした。\n\n拝呈。先日は埡现曞䞋され候のみならず、其前埌に色々埡送寄奉謝候。然るに先日の埡曞状あたりに倧問題にお䞀寞埡返事にさし支、䞍盞枈ず存じながら延匕いたし居候内、今幎も明日ず明埌日ずのみず盞成申候。家内の事は少なりず雖、亊久慣の勢力重倧なるため、改革の困難は囜家ず殊ならずず存候。先頃祖母様を新築の䞀宀に遷した぀らんずせしずき祖母様䞉日も四日も啌泣し絊ひしなど埡考被䞋候はば、小生が俄かに答ふるこず出来ざる所以も埡解埗なされ候ならんず存候。兎角は幎長の人々を䞍快がらせずに、出来る䞈の事をなすずいふに止め床者ず存じ候。然乍埡手玙参候ごずに䞀寞埡返事に困るやうなるは、即ち真盎に遠慮なく所信を述べお申越され候為にしお、倖に類なきこずず敬服いたし候事に候。小䟛も次第に倚くなりし為、文事にいずたなきよし承候。これも又䌌たるこずにおいかなる境界にありおも平気にお、出来る䞈の事は決しお廃せず、䞀日は䞀日䞈進み行くやう心掛くるずきは、心も穏になり申者に候。小生なども其積にお、日々勉孊いたし候事に候。物曞くこずもあながち倚く曞くがよろしきには無之、読む方を廃せざる限は䌑居候おも憂ふるに足らずず存じ候。歳暮埡忙しき事ず埡察し申䞊候。圓地は二䞉日代りに乍寒乍暖、ただ小寒なるに梅など凊々開居候。\n\n 十二月二十九日雚倜林倪郎\n きみ子様\n 文䞭に芋えおいたす小金井の母は、長岡藩の名流の長女に生れたので、小林虎䞉郎氏の効でした。子䟛が非垞に倚く、䞖の倉遷のために、幟倚の難儀をなさいたした。次男に生れた䞻人などは、小さい時に同藩の家ぞ逊子に遣られ、その逊父に附いお䞊京したのですが、倧孊南校ぞ通う内に、頌りにしたその逊父に死別れたしたので、他家の食客にもなり、母の匟の助力で医孊に志しお、明治五幎の暮に第䞀倧区医孊校ぞ入孊したした。それからは至っお順調で官費生ずなり、第䞀䜍の成瞟で卒業したのは明治十䞉幎の倏でした。時に満二十䞀歳䞃カ月です。その間に垰郷したのは幟床でもありたせんでした。その頃病匱だった実父が亡くなりたした。卒業埌すぐに掋行、垰朝しお教授ずいうようなわけでした。母は䞀䞡幎しおから、匟効ずずもに匕取られお䞊京し、近くに䜏われるようになりたしたが、芪ずはいいながらも、䞻人ずの間は割合にあっさりしたもので、森の母ず兄ずのこずを芋銎れた目には、ただ驚かれるほどでした。こちらよりあちらで遠慮をなさるので、話は䜕でも私に取次がせられるのですから、䜕かず意志の食違いが倚くお、お互にお気の毒なのでした。幟幎かしお匟は戊死し、効は瞁づき、その埌に私どもず同じ家で埡䞀緒に生掻するようになりたした。子䟛らも远々に物事が分るようになりたしおからは、母も䜕かず孫に話されるので、そうしたこずから気分も倧きに和むようになりたした。母も䞻人の健康の思わしくない時などは取越苊劎をなすっお、い぀かは、「ここのお父さんにもしものこずがあっおも、私はお前ず離れようずは思わない。䌯父さん(䞻人の兄)の所ぞは行きたくない。どんな暮しでもするから、その぀もりでいおおくれ」ず、涙をこがしおおっしゃるので、「えゝえゝ、行届きたせんが、どうでもしお埡䞀緒に過したしょう。その内には子䟛たちもそれぞれに成人したすから」ず申したした。\n この問答を聞いた森の母は涙に誘われお、「それはお前の倧手柄ずいうものだよ」ずいわれ、぀いで小倉ぞの手玙にもそのこずを曞いお、「お前も喜んでおやり、きみ子はお母さんから金鵄勲章をいただいたから」ずいわれたので、それから暫くの間、私は金鵄勲章ずいう綜名が附けられたした。兄からは名誉を重んじるずいわれたしたが、金鵄勲章などは随分な負担でした。\n 次の手玙も母宛ですが、私のために曞かれた䞀節があるので写しお眮きたした。\n\nお君さんの安心立呜の出来ぬは矢匵倫理ずか宗教ずかの本を読たぬ為めず存候。犏岡にお買ひし本の内に『䌝習録』ずいふものあり。有觊れたる者なれど、ただ蔵曞に無き故買ひおき候。これは王陜明の匟子が垫の詞を曞き取りしものなるが、なか〳〵おもしろき事有之候。䞭にも、知行䞀臎ずいふこず反埩しお説きあり、垞の人は忠ずか孝ずかいふものを先づ智恵にお知り、扚実地に行ふずおもぞり。知るず行ふずは前埌ありずおもぞり。是れ倧間違なり。譬ぞば飯ずいふものを知るが先にお、扚埌に食ふずおもふ劂し。実は食はんず欲する心が先づありお飯ずいふものも生じ、食ふずいふ行は初めの食はんず欲する心より盎ちに出で来るなり。忠も孝も前埌などは無しずの説なり。この王陜明が、「行は智より出づるにあらず、行はんず欲する心(意志)ず行ずが本なり」ずいふ説は、最も新しき独逞のノントなどの心理孊ず䞀臎するずころありお、実におもしろく存候。其倖仏教の唯識論ずハルトマンずの間などにも䜙皋劙なる関係あり。歀の劂き事を考ふれば、私の劂く信仰ずいふこずもなく、安心立呜ずは行かぬ流矩の人間におも、倚少䞖間の事に苊めらるるこずなくなり、自埗するやうなる凊も有之やう存候。\n\n この次のは䞉十四幎も抌詰った頃のもので、翌幎の䞉月には䞊京されたしたから、小倉からの長い手玙は、これが最埌になりたす。\n\n拝読。良粟君近頃健康䞍宜候こず承候ぞども、仰のずほり存倖険悪に及ばずしお長生せられ候事も可有之ず頌み居候。又々牛の舌埡恵莈の由、䞍堪感謝候。翻蚳材料ずなるべき曞籍二䞉、別玙に認め䞊候。南江堂に可有之候。『明星』は圓方ぞも新幎に投皿可臎旚申来候。然し䜕も遣すべきものも無之候。近頃井䞊通泰、熊沢蕃山の䌝を校正䞊本せしを芋るに、蕃山の詞に、敬矩を以おする時は髪を梳り手を掗ふも善を為す也。然らざる時は九たび諞䟯を合すずも埒為のみず有之候。蕃山ほどの倧事業ある人にしお歀蚀始めお可味なるべしず雖、即是先日申䞊候道の論を䞀蚀にお申候者ず存候。朝より暮たで為す事䞀々倧事業ず心埗るは、即䞀廉の人物ずいふものず存候。偶々感じ候故序に申䞊候。荒朚什嬢の事、兎も角も盞迎候事ず決心仕候。䜵し随分苊劎の皮ず存候。倜深く盞成候故擱筆仕候。草々䞍宣。\n\n 十二月五日林倪郎\n 小金井きみ子様" }, { "role": "assistant", "content": "\n\n 賀叀氏の手玙\n\n『冬柏』の昭和五幎十月号の消息欄に、賀叀鶎所氏が䞎謝野氏に宛おた、次のような手玙が出おいたす。\n\n『冬柏』第䞃号の消息䞭に、月倜の村芝居、向島奥の八癟束に催した癟遞䌚の垰るさに、月の隅田川を船にお垰られたくだりを拝読しお、今より五十幎䜙り昔の事を思い出でたした。それは同孊䞭に緒方ずいう枩厚な少幎がありたした。月の倜に柄になく散歩を誘いに来たした。そのたた兄さんは月に酔う人で、或秋の倜に兄匟䞡人しお月に浮かれお、隅田川より葛食にわたり、田畑の別なく、ひず倜あるき廻り、暁に至りケロリずしお寄宿舎に垰っお来たこずがありたした。独逞におかようなのを Mondsucht ず称したすが、敢お粟神病には数えたせぬ。月に魅せられお、぀いうかうかずさたよい出お、垂䞭たたは林間田野を歩き廻り、芚えず溝川に萜ち入り、折々は死ぬるものもあるずか聞きたした。緒方が月の倜に芋えぬず、「たたモントズクトか」ずいったこずがありたした。緒方のいうには、「月倜に散歩しおいるず、䜕ずなくよい気持になり、぀い倢心持になっお歩き廻るのさ。事は違うが、チャンの阿片に酔うた心持もこんなものかしら。」(月狂生)\n\n その前に添えおある䞎謝野晶子氏の文に、「私が前号のこの欄に月芋の事を曞きたしたら、賀叀鶎所先生から早速興味あるお手玙を頂きたした。私信ですけれども差支がないず思いたすから次に茉せたす。文䞭の緒方氏は森鎎倖先生の「雁」ずいう小説の䞭に「岡田」ずいう姓で曞かれおいる医孊生です。独逞の留孊から垰っお早く歿せられたしたが、明治医界の先茩で、今の倧阪の緒方医孊博士の埡䞀族です」ずしおありたす。\n 右の賀叀氏の手玙は、私にも興味が深いのですが、その䞭には䞍審の点もありたすので、春にでもなったらお目にかかっお、䌺っお芋たいず思っおいたす内に、翌六幎の元日の午埌、賀叀氏は急逝せられお、そのこずも出来なくなりたした。\n 賀叀、緒方の二氏ず兄ずは、孊生時代䞉角同盟ずいわれお、い぀も行動を共にするのでしたから、お二人ずも向島や千䜏の家ぞも来られ、泊りなどもなさったので、皆お芪しくしおいたした。い぀でしたか、緒方氏が有銬土産だずいっお、筆の柄を絹糞で矎しく食ったのを䞋すったのが、ひどく嬉しかったこずを忘れたせん。そんなわけで、自然家庭の埡様子なども知りたした。賀叀氏は四角な赭ら顔の倧男でしたのに、緒方氏は色のあくたでも癜い貎公子颚の人でしたが、芪孝行なのがよく䌌おいられたした。「雁」に曞いおある岡田ずいう青幎は、オカダ、オガタずいう音が䌌おいたすから、その人のようにも取れたすが、これは兄の理想ずする暙準的な青幎を写しお芋たのでしょう。実は「雁」よりも、「ヰタ・セクスアリス」に曞いた児島十二郎ずいうのが緒方氏そのたたです。卒業の宎䌚が束源ずいう料理屋であった時、䞋谷䞀番ずいわれる矎しい芞者の持っお来おくれた橘飩を、その女の前でゆっくり食べおいたずいうのがその頃の語り草ずなっおいお、幌かった私の蚘憶にもそれが残っおいたす。\n 緒方氏の本名は収二郎ですが、十二番目のお子さんで、埡兄匟が非垞に倚かったのでした。十䞉郎ずいわれ匟さんもありたしたが、字はどう曞くのか芚えたせん。この匟さんは、兄さんの枩厚なのに䌌ず才気煥発した方で、䜕か倱行のあった時、名家の子匟であったためか、新聞に曞立おられお、その方を鍟愛なさる母䞊がひどく苊になさった時など、緒方氏は母䞊がお気の毒だずいっお、寝食を忘れるほどに心配なすったのでした。\n 緒方氏がただ十歳くらいの頃、倧阪の家の広い庭で遊んでいられた時に、父䞊が厠から出られたず思うず、手掗の所でひどく咯血せられたした。「それをただ立っお、じっず芋おいた」ず話されたこずがありたした。父がないのだから母が思い遣られる、ずよくいわれたしたが、その母䞊は倧勢のお子さんたちをお生みになっお、気性のしっかりした方ずのこずでした。䞊のお兄様は陞軍の軍医になっおいられ、兄が陞軍ぞ出るようになった始の頃に、地方ぞ怜閲に行った時の䞊官で、䞀緒に写された写真を芋たしたが、痩型の匱々しい颚貌の人でした。\n 賀叀氏も緒方氏にも効埡がおありなので、卒業埌兄に瞁談のあった時に、「あんなに仲よくしおいたのだから、どちらの方でも貰っお、ほんずの芪戚になったらよかろうに」ず、母が勧めたようでしたが、そのたたになったのは、兄が承諟しなかったず芋えたす。卒業埌皋なく緒方氏は倧阪ぞ垰られたした。\n 賀叀氏ず兄ずは、終生真実の芪戚以䞊の亀際を続けたした。賀叀氏は陞軍の䟝蚗孊生なのでしたから、すぐに陞軍に出られお、日枅日露の䞡圹にも出埁し、予備圹ぞ線入されおから病院を開れたのです。\n 兄の掋行䞭、私が孊校ぞ通うために、祖母ず本郷の䞋宿に暫くいた頃に、賀叀氏は病気で入院しおいられ、若い奥様が附添っお䞖話をしおいられたした。そこぞお芋舞に行った祖母は、私ぞのおみやげずいうので、お菓子や果物を沢山いただいお来お、「林ず同じに、孫のように思われる」ずいわれるのを私は笑ったこずでした。その予埌が思わしくなくお、䞀生片足を匕かれるようになりたした。さぞ埡䞍自由のこずでしたろう。\n 私が小金井の人ずなりたしたのは、賀叀氏のお䞖話なのでした。兄は掋行䞭でしたから、垰った埌にず䞡芪は思っおいたしたのを、次兄の節次郎ず盞談しお、独逞ぞ電報で諟吊を問合せお、ずんずん事を運んでおしたいになったのです。昭和四幎の九月でしたが、或日賀叀氏から私宛のお手玙が来たした。\n\nお倩気が晎候たた、庫に入り叀トランクをかきたわしたる所、こんな叀曞が出たした故、埡手元ぞさし䞊げたす。誠に埡䞍沙汰いたしたす。挞く涌しくなり候たた、近日埡䌺いいたしたす。九月十䞉日、鶎所。\n\n 䞭に兄からの電報が封入しおありたした。私の瞁談の時のもので、こちらからは䜕ずお打ちになったのか知りたせんが、それには仏蘭西語で、ただ「承諟」の䞀語があるのでした。電報甚玙は桃色の瞊四寞、暪五寞䜙のもので、封筒にはいっおいたす。千八癟八十八幎ずありたすから、随分叀いものなのです。賀叀氏の小川町の病院は震灜に焌けたしたが、蔵が䞀぀残りたしたので、その䞭にあったものず芋えたす。\n 次兄節次郎は賀叀病院で終ったのですが、その頃は随分お盛んのようでした。次兄の臚終の埌で、私どもず倜の曎けるたで話しおいお䞋さるので、お疲れでしょうから、お䌑みになっおは、ず申したしたが、おはいりになりたせん。通倜をしお䞋さるお心持ず芋えたした。ちょうど長兄が旅行䞭で留守でしたので、幟分かそのためもあったのでしょう。\n 病院が手狭ず芋えお、お䜏いは小石川氎道町でした。召䜿を代えたいからずのお話で、旧接和野藩の人の嚘をお䞖話したこずがありたした。幟床か事现かな曞面を䞋さるのでした。その嚘を連れお䌺った時、お座敷に坐っおいたすず、お庭の䞭を流れる氎の音が、さらさらず優しく聞えたした。氎道町ですから、氎は埡自由だったのでしょう。由緒のあるお家らしく、颚雅な構えで、障子の腰匵に歌が散らし曞にしおありたした。その折奥様にもお目にかかりたした。賀叀氏は垞磐䌚に歌をお出しになるのでしたから、歌人にもお知合が倚かったのでしょう。井䞊通泰氏などは特に埡別懇のようでした。ずっず前に、私どもが滝野川ぞ散歩した時、ただ詰襟服の井䞊氏を連れお、掛茶屋に䌑んでいられるのにお䌚いしたこずなどもありたすから、叀いお知合だったのでしょう。\n 賀叀氏の父䞊は、割合に早くお亡くなりになったので、老幎の母䞊によくお尜しになるのでした。病院にお䜏いの頃でしょう。倜を曎しおお垰りになるず、母䞊は睡らずに埅っおいられたす。廊䞋でわざず足音を高くしお、「おっかあ、垰ったよ」ず、䞀声お懞けになるず、それで安心しおお䌑みになるのだずのこずでした。ほんずは䜕ずおっしゃるのか知りたせんが、そうお話になるのを聞いお、「埡尀で」ず、幟床も母はうなずきたした。兄なども母の晩幎には、出這入りの床に、廊䞋づたいに郚屋の傍たで来お声を懞けたすので、母はどんなにそれを喜んでおりたしたか。幎寄の気持は、皆同じこずでしょう。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " お咲は庖䞁をずぎ、淺吉は屋根の䞊を぀たひながら揷し茅を斜しおゐる。\n 䞀萬戞ある金岩の町は、火芋櫓をたんなかに抱いお、同える日本海のぎりぎりたで町裟を捌いおゐる。春寒い曇倩はきたない瓶の色をしお、硬くるしい息窒るいやな景色である。町はづれの束林のなかの䞀軒家、\n 淺吉は噎井戞にゐるお咲の背䞭を芋ながらい぀た。\n「お咲さ。」\n「䜕んだ。」\n「お前な、䜕時たでかうや぀おゐおも埒があかないからな。」\n「どうせいずいふのだ。」\n「䜕處ぞぞ行぀おくれんか。」\n「たたお぀ぱじめたね、䜕處ぞ぀お行く處なんかあるものか。お前もそれは知぀おゐる筈だに。」\n「けれど本氣になりや䜕處にでも行ける、おめえは本氣にな぀おくれないのだ。」\n「䜕のための本氣だ。」\n「本氣でここから出お行぀お貰ひたいのだ、氣詰りで人暣にも合はす顏がない......。」\n「いたさら氣詰りだ぀おいい加枛な胡麻を摺るない、䞀たい䜕十幎かうや぀おゐるか知぀おゐるか。」\n「おめえが䞉十六だから䞉十六幎かうや぀おゐる譯ぢやないか。」\n「生れ萜ちお䞉十六幎もゐる家から䜕處に萜ち぀く先があるずいふのだ、お前の家は家でも、半分はあたしのものさ。」\n「分ける物は分けるよ。」\n「䞀畝二畝ず賣぀おもう家のたはりばかりで、買手のない川べりぢやないか。䜕を分ける物があるずいふのか、お前だ぀おあたしだ぀お着のみ着のたたぢやないか。」\n「............」\n「誰䞀人だ぀お町ぢや對手にしおくれ手はないし、あたし共だ぀おそれを承知の䞊で束林の䞭にしけこんでゐる、どの面䞋げおそんなご蚗が぀けるのだい。」\n「お前さぞゐなくなればおら達はきれいになる、お前のゐるあひだは埌指をさされるのだ、おら、そこをお前に刀぀お貰ひたいのさ。」\n「䜕蚀ふの、いたさらあたしがゐなくな぀た぀お、おめえのしたこずがきれいになるなんお、ちやんちやら可笑しい、ひずりよがりもいい加枛にしなよ。」\n「おら䞀人にな぀お居れば䞖間でもだんだんにわすれおくれるやうになる。」\n「出お行぀たあたしや䜕處で䜕をしおくらすのさ。」\n「お前のこずだもの䜕かしおくらしお行くだらう。」\n「こけめ、その手をくふものか、ここでは死ぬたでゐおやる、お父お母の家にゐるのに䜕遠慮がいるもんか、や、なこ぀た。」\n「その぀ら芋えぬ處にゐおくれ、ここにゐるならあちこちに隱れおゐろ。」\n「同じ家の䞭にゐおそんな逃げ隱れおくらせるもんか、さおはおめえこのごろあたしがこず、や、にな぀たな。」\n「うん、やにな぀た。」\n「本氣でやにな぀たか。」\n「な぀たずもずうにやにな぀た。」\n「䜕から䜕たでやにな぀たか。」\n「足の先から頭のげぢげぢたでや、にな぀た。」\n「もう䞀ぺんきくがそれは正眞の本氣なのか。」\n「うそなぞ぀いおゐられるか。」\n「畜生にも劣぀た兄キだ。いたさらそんな口がきけた矩理かい、䞀たい、幟぀のずきからあたしを隙しずほしおゐたずおもふんだ、䜕にも知らずにほほづき鳎らしおゐたあたしをさ、お父お母の生きおゐるあひだから無理無態にしおけふたで匕きず぀お䟆たのぢやないか、それをさ、時々痙぀けるやうにな぀お別れろ倱せろ぀お、䞀たい、おめえはそれでも正盎な人間かい、たずもな人間のこずは䜕䞀぀出䟆ないくせに、するこずに事猺いおあたしをここたで远ひ぀めお眮いお、䞖間だの町方がどうのずい぀おは厭がらせやがる、考ぞおも芋ろ、あたしやおめえのげんざいの効ごぢやないの。」\n「ほんものの効ぢやない、おら、そりやたしかにお父から聞いお眮いた。」\n「どこに證據がある?」\n「證據はあるよお前はふず぀おゐるし、おらはやせおゐる。」\n「そんな證據なんお信甚できるもんか、たたに、鏡でも芋お芋ろ。どんなに䌌おゐるかが分るわよ。」\n「お前は免蚱地の女から貰぀た赀ん坊だずいふこずは、ほら、お母のゐたじぶんに免蚱地の女から盆暮にきた぀お卵ずか蒞菓子を持぀お䟆たぢやないか、きれいな女だ぀たがあれがお前のお母なんだ、効ずしおそだ぀たけど、ほんものの効ぢやない。」\n「ぢや、おめえは䜕故、䞖間をはばか぀お、いたちご぀こをしおゐるの、なにもほんものの効でなか぀たら倧手を振぀お䞀しよにな぀おゐたらいいぢやないか、をかしな男だな。」\n「ほんものでなくおも、効なら効ぢやないか。」\n「ほんものでなければ効だ぀お䜕も恥かしがるこずはないのだ、倩道暣にそむくやうなこずはないわよ、おめえのやうにびくびくしおゐるから人から疑はれるんだ、けどな、おめえのびくびくしおゐるやうすはおめえの口ほどでもなく、ほんものず、うその効の區別が぀きかねるずころがあるのよ、そこがあやしいんだ、おめえはうそ぀き名人だ、おめえにはほんずのこずは刀らないんだらう、しかしだな、免蚱地の女ずいふのはぞんだわな、あの人が䜕故お぀かひ物を持぀お䟆おゐたか぀おこずは分らんな、あたしだ぀お、うその効ならたすかるわよ、倧たすかりだわよ、皆にだ぀お蚀ひ぀けおやりたいくらゐさ、いたたで犬猫あ぀かひにしやが぀た逓鬌共にさう呶鳎り付けおやりたいわよ、あたしや効ずしおそだ぀ただけで、お母は免蚱地で䞉味線圈いおゐた぀おさ、うふふ、お母の䞉味線聞きたいわいな。」\n「おらがうそ぀きならお前はうすのろだ、䞉味線圈きは束原の街道で鑑札をかかぞお死んでゐたずさ。」\n「鑑札たあ䜕だ。䜕を吐くだ。」\n「むかしの嚌劓は鑑札を持぀おゐたものだ、町に出るずきずかぞる時には亀番に寄぀お䞀々その鑑札を芋せなければならなんだ、平垞は滅倚に倖にも出られはしないんだ、そしおお前のお母はしたひに病氣にな぀お束䞊朚で、行き倒れにな぀お了぀たのだ、人が皆さう蚀぀ずる。」\n「うそ぀けお母はそんな甲斐性なしではない、䜕處かの家の疊の䞊でのうのうしお死んだのだ、぀くりごずに乘぀おたたるか、䜕のいはれがあ぀おあたしのお母が行き倒れにな぀たずいふのだ、お前のお母はどんな死態をしおゐたか、藁や蓆で蒞颚呂のやうにしおや぀おも、ただ寒氣立぀お䞉晩ずいふもの、のた打぀お死んだぢやないか、ほんずのお母だず思぀おオむオむ泣いたが、あたしやそれが口惜しいくらゐさ。」\n「ふん、そしおそれがほんたのお母だ぀たら、どうするんだ。」\n「おめえのお母ず、おらのお母ずは異ふんだ、けふたで刀らなか぀たが初めおいた刀぀たのだ、おめえが話をこんがらせおかかるこん膜でわか぀たのだ、おめえのお母はただの癟姓女さ、あたしのお母は死ぬたで圈いおうたをうた぀おゐたお人だ。あたしや今になるずこんの頭の奧でお母らしいものを芋たこずがある、裏の川べりにたで䟆おあたしにあひたが぀おゐたお母をおがえおゐるぞ、癜い色のべ぀ぎんのお母だ぀たぞ。」\n「䜕吐く、免蚱地の女共はな、遊び堎所は町にはなくお砂山の䞊だ、みんな日の目を芋ないので顏色がわるくおな、われのお母もその䞭にたじ぀おゐた぀け、頭のお぀ぺんから぀ん出るやうな聲をしが぀おうた぀おゐたものさ、遊ぶ處がないから砂山さ、その砂山だ぀お颚吹けや毎日高さが變るのに、變らぬのが免蚱地の女郎共ばかりだ、赀ず淺黄の垃で頭髮を卷いお砂山の䞋の國道を芋䞋しお、あ぀ちの町ずこ぀ちの町の商人を呌び止めるのさ、客匕きだあ、砂山のびゆびゆ颚吹く䞭で客匕きだあ、われのお母は色癜ぢやらうが、束街道で死ななか぀たずしたら砂山ず砂山の間で死んだぢやらうお、砂山の間にや死ぬのに぀がふの奜い窪地があるからの、われのお母は其處でのた打ち𢌞぀お死んだんぢやらうお。」\n「うそ吐け、おめえは街道筋だず先刻こきやが぀た。」\n「いや砂山の穎の䞭だ。」\n「ど぀ちでもない疊の䞊だ、疊も疊、ぞり付きの疊の䞊だ。」\n「どづくぞ。」\n「どづけば食ひ぀くぞ。」\n お咲は庖䞁の刀を指先でためしながら、屋根の䞊の淺吉に研ぎ氎を打぀かけるたねをし、淺吉は揷し茅の切屑をお咲に投げかけた。この猿ず犬ずは突然ムラサキ色にな぀たり石灰色に變぀たりする顏を、ただ䞀軒家の屋根の䞊ず地䞊ずでせり合せた。道路は束林からかなり隔れおゐるので、人぀子䞀人芋えおゐない、うしろは砂山ずいふよりも砂䞘のむらがりであり、砂肌は曇倩ずどれだけも色をちがぞおゐない、束林は黒束ばかりでコヌルタヌルのやうに汚なく、ぬり぀ぶされおゐるやうに異暣であ぀た。\n 淺吉は突然鋞をくれずい぀た。\n「自分で取りに䞋りたらいいだらう、鋞も持たぬ屋根盎しがあるか。」\n お咲はふり向きもしなか぀た。\n「よ、鋞をよ。」\n「䜕途呆けおゐる、ひずのお母をさんざこき䞋しやが぀お鋞もないものだ。」\n「ほんずにどづくぞ。」\n「びくずもしないよ、屋根なぞ盎さないで䜕處にでも行぀おくれ。」\n「こんだ其方で出お行けか。」" }, { "role": "assistant", "content": "「おめえにや先ぞ先ぞず呶鳎らなきやどんどんうそで固めるからね。そのあげく、うそも本統も分らなくするのがおめえの本性だ、泥鰌野郎だ、あずさき濁らせ逃げおしたふのがおめえの性分だ、たた茅ッ株投げやが぀たな。」\n「茅぀子のさきは斬れるぞ。」\n「ちくしよ。」\n「どうせおらちくしやうだ、町の衆のいふやうにちくしやうだ、先から分぀おゐる筈なんだ。」\n「おめえこそ早く倱せろ。」\n「䜕處に行けずいふのだ、歀處から䞀歩もうごかないおらが䜕處に行くあおなんかあるものか。」\n「おめえのこ぀たもの日雇人倫をした぀お食぀お行ける、あたし䞀人になりや䞖間暣だ぀お可哀さうに隙されおあんなのにな぀たず氣付くが、誰がおめえなぞにどうじやうするもんか、女は䞖間ぢや䜕割もずくのゆくやうに考ぞおくださる、だからここ出お行くのはあたしでなくお、おめえだ。」\n「誰が出お行くもんか、お前が出お行く筈の話ぢやないか。」\n「ハハ、おめえがゐなくなるのが䞀番順當なんだ、あい぀も恥かしくお遂にゐられなくな぀たず、ね。」\n「四十幎も前からおら歀處にゐるんだ、䜕處にも行けるもんか。」\n「フフ、死ぬたでゐおやるずいひたいのだらう。」\n「當り前のこずさ。」\n「口眞䌌ばかりしおやがる、自分から蚀ひ出しおこんだ自分から出お行かなきやならないなんお業人だ。」\n「おらが出お行くずきや火を攟けおそ぀くりこの家は燒いおやる。」\n「燒く前によ、あたしや譊察に駈け蟌んで蚎ぞるからさう思ひな。」\n「譊察が怖くお生きおゐられるか。」\n「攟火が怖くおかうしおゐられるか。」\n「ぞなちよこめ、叩きころすぞ。」\n「毎日叩きころすず脅かしやが぀お、十幎の間に䞀たいどれだけの呜のかけ代ぞがいるか知぀おゐるか。」\n「けふこそ遣぀付けおやる。」\n「䞋りお䟆い、䞋りおあたしの片を぀けお芋ろ。」\n 淺吉は梯子のある暪廂に𢌞らうずするず、お咲はかけ出しお暪倒しに梯子を拂぀おしたひ、こんなものず梯子の䞊を草履でふみにじ぀た。淺吉は裏手の足がかりになる玍屋に飛びう぀り、鱶のやうに぀ッ立぀お鎌のある玍屋にはいり、すぐたた出お䟆た。鱶の顏はどすぐろく、䜕をするかわからない、お咲はい぀た、本氣でくる氣か、淺吉はこたぞた、本氣もうそ氣もあるものか、怒぀たらどうなるくらゐは刀぀おゐる筈だ、かれはさういふず殆ど今たでのじりじりず詰め寄぀おゐる状態から突き出されたやうに、お咲に飛びかか぀お行぀た。お咲は家のたはりを䞀ず𢌞り機敏に逃げ𢌞぀たが、远ひ詰める脚の迅さはお咲ののろくさい埌ろ髮が、䜕床も淺吉の手にふれるずころたで迫぀おゐた。束林の䞭にはいるず淺吉の顏はだんだんに變りかけお䟆おゐた。それはお咲を远ひ぀めおゐる間にだんだん本氣なものが、お咲の逃げたどふすぐ県の前にぶら䞋が぀お芋えお䟆たのだ、ちくしよ、いよいよ、本氣にな぀たなずお咲は叫んだ、本氣、本氣ずよくごたく女だ、本氣であるかないかよく芋おおけず淺吉は跳りかか぀た、片偎は人奪川のどんよりした氎はばになり、暪手は沌地で逃げ堎のない泥氎の田續きであ぀た。淺吉は嗀ひをふくんだ變なたが぀た顏の姿勢を、たずもに盎しかかり、その睚みぐあひはお咲にはどこに淺吉がこんなちが぀た顏付を持぀おゐたかずうたがはれるくらゐコワむものがあふれおゐた。\n この時この人奪川に䟿利屋の茂平の舟が、櫓の音もきこえないぐあひに流れにそうお、倧野ずいふ町にかか぀お行くのが芋えた。人奪川の氎深にずもなふ幅は䞉間くらゐあ぀たが、兩偎からうるさくせり出した葊の倧矀生はそのたた流れを、兩偎から抱きこんで氎幅はや぀ず泥舟䞀隻がずほれるくらゐしか、空明りをう぀しおゐなか぀た、歀處に墜ちこんだら葊の根にからみ぀かれた人間の足は、もがく皋あたらしく捲き付くずいふぐあひになり、だからひずずり川ずいはれおゐた。\n「茂平やん、たすけお?」\n お咲がかういふ聲をあげたずき、默぀た茂平の舟のぞさきが逞早く葊の䞭に突きこたれた、お咲は䞀ず息に飛び乘぀た。田舟は川のたんなかにもどされ、茂平は䜕だ兄効喧嘩か、いや倫婊喧嘩かいず、い぀たが䜕處に行くずもきかず、たた淺吉の突぀立぀おゐる顏を芋おも、そんなものに䞀向氣を぀かはないふうであ぀た。舟は倧野の町ず金岩の町ずのあひだを毎日䟿利屋舟にな぀おかようおゐた。茂平はそんなしごずを䜕十幎も續けおゐお、べ぀にそんなしごずをいやずも奜きずも、たた、ばかばかしいずも考ぞおゐないうすのろさは、淺吉ずお咲ずおなじ皋ののろくさい人間共だ぀た。茂平はだからお咲を乘せおも、どこたで行くなぞず尋ねもしない、それはそのたたお咲にも甚ひられる無衚情な顏付のものであり、䜕が起぀おゐたかも敢お説明しないお咲にそのこずでべ぀に口を利かうずもしなか぀た。\n「先刻あんたはふうふ喧嘩だずいはしたが......」\n お咲はすぐ萜着いおき぀ぱりずい぀た。\n「お前らはふうふぢやねえか。」\n「さう芋えるかね。」\n「どこから芋おもふうふにちがひねえ。」\n「兄効には芋えないんですか。」\n「お前らはべ぀べ぀の腹からうたれたべ぀べ぀の人間なんだよ。」\n「ぢや、をぢさんはあたしのお母は知぀おゐるね。」\n「お前のお母は知぀おゐるさ。」\n「䜕處で䜕時死んだか知぀おゐなさるかね。」\n「お前のお母は䞉味線に玐を぀けお瞊れお死んだ、だが、おらはそれを芋たわけぢやない。䜕でも明け方にな぀お死んでゐたのが分぀ただけだ。」\n「茂平やん、あんたも、あんただ、䞉味線に玐぀けお人間が瞊れるものかどうか、いい幎をしおたあいもないこずは蚀ひ觞らしお貰ひたくないもんだ。」\n「䞉味線掛にかけた䞉味線に玐を付けたのぢや、分぀たか。」\n「あ、䞉味線掛にかけた䞉味線のこずか。」\n「どうや、それなら死ねるこずが刀぀ただらう。」\n「うそ蚀ひなさい、茂平やんもうそ぀き共だ。」\n「うそぢやない。この県で芋た......」\n「た぀た今あんたはおらは芋たわけぢやないがず蚀぀たぢやないか、それがこの県で芋たずは䜕を途呆けおゐなさるのだ。」\n「ほんずは芋た譯ぢやない......」\n「うはさか」\n「うはさや。」\n「そんなうはさはこれきり止めおね。あたしにや倧切なお母だもん、生きおゐなさらないお母だもん。」\n「おめえにもそんなしほらしい氣があるかな。」\n「䜕だ぀お?」\n「母子はべ぀だずいふのだ。」\n「茂平やんはお母の䞉味線を聞いたこずがあるの。」\n「䞉味線どころか、遊んだこずもある。」\n「いやらしいくそ鳶。」\n「お母の䞉味線はね、䜕時でも梅が枝の手掗鉢、叩いおお金が出るならばを幎ぢゆう、くり返しおうたはす぀た。」\n「うたか぀たの。」\n「聲はよか぀た。」\n「綺倆はどうだ぀たの、色癜だに芺えおゐるが......」\n「色癜や぀た、すべすべや぀た。」\n「性分はどや぀た。」\n「赀ン坊うたされおそれを突き぀けも出䟆ない女やもの、いらいらするくらゐ悠長な性分や぀た。あんな女ずいふものはあれきり當節にや絶えおした぀たあ、女ずいふものの性分も絶えおしたふこずがあるもんだ。」\n「お可哀さうに......」\n「おぬしがさうしお生きおのさば぀おゐるのを知぀たら䞍思議に思ふべ。」\n「あたしも䞍思議に思うずる。」\n「ずきにな、おぬしは淺吉の嬶さんか、ほんずのこずをいぞ、ほんずに䞀しよに寢る嬶さんか。」\n「隙されお嬶さんにな぀た。」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを完成させお、印象的な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 頭のお埳は竜之助が捚おた刀を萜葉の䞭から拟い取る。\n「この片腕......」\n 血が雚で掗われおいる片腕――さすがに気味を悪がっお面を反ける。\n「この人は、こりゃお歊家じゃわいな」\n 恐る恐る竜之助の傍ぞ寄る。\n「氎、氎が飲みたい」\n「え、えッ!」\n 山の嚘たちは䞀足立ち退く。\n「生きおいたすぞいな、このお人は」\n「なんぞ物を蚀いたしたぞいな」\n 幎嵩のお埳ずお浪ずは、竜之助の傍ぞ再び寄っお来お、\n「もし」\n「うヌむ」\n「もし」\n 背を叩いお呌んでみお、\n「このお人は生きおござんす、その片腕を切られたのは、このお人ではござんせぬ、薬を飲たしお呌び生けお䞊げたしょう」\n 薬はお手の物。\n「氎があるずな」\n「どこぞ捜しお来たしょうか」\n 若いのが䞀人出ようずするから、\n「いいえ、離れおはなりたせぬ、䞀足なりず䞀人でここを出おはいけたせぬ。皆さん、笑いなさんな、このお人に、わたしが口う぀しでこの薬を飲たしお䞊げるから」\n 山の嚘の頭のお埳は、気付けの薬を自分の口ぞ入れお噛む。\n 竜之助を抱いおお埳は、口う぀しに薬を飲たせる。\n 男に蚱すこずを知らない山の嚘も、人を助ける時には倧胆な挙動をする。よし、これが竜之助でなくしお、道に倒れた悪病の乞食であったにしおも、その䞀呜を取り返す必芁があれば、山の嚘は必ずこういうこずをするのです。\n 無論、䞀行の䞭には、それを怪しむものもなければ笑うもののありようはずがない。\n「はヌっ」\nず気が開けた竜之助。\n「お気が぀きたしたかいなあ」\n「有難い」\n「お気を確かにお持ちなさいたせ」\n「もう倧䞈倫」\n 竜之助は身を起しお、道暙の傍に立ずうずしたけれど足がふらふら。\n「お危のうござんす」\n 山の嚘たちが抌える。\n「このお刀はあなた様の......」\n「ああ、そう。いや、どうも有難い」\n「拭いお䞊げたしょう」\n 山の嚘は手拭で刀を拭いお竜之助に枡す。\n「ここに人の片腕が斬り萜されおござんすが、こりゃどうしたわけでござんすかいな」\n「ああ、それは......」\n 竜之助は刀を鞘に玍めながら、\n「悪い奎が出たから斬ったのじゃ」\n「悪い奎、その悪い奎は、片腕だけを残しおどっちぞ参りたしたかいな」\n「いずれぞ逃げたか知らぬ、斬るず逃げた、そのたたわしは眠くなっおここぞ倒れお寝た故に、前埌のこずは曎にわからぬ」\n「悪い奎でござんすなあ。皆さん、その手をここぞ持っお来お、お歊家様にお目にかけるがよいぞや、お芋芚えがありなさんすかも知れぬ」\n「それもそうでござんすな」\n お浪が拟っお来た、がんりきの片腕。\n「どうぞこの悪い奎の片腕を、節ずごらん䞋されたしな」\n「はは、わしは県が芋えぬのじゃ、この通り䞍自由者じゃ」\n「お目がお䞍自由......たあ、そうでござんしたか、それは倱瀌なこずを」\n 山の嚘たちは、今曎のように竜之助の面を芋る。\n「ああ、皆さん、この片腕はなあ」\n 腕を持っお来たお浪が、䜕か気が぀いたように叫ぶ。\n「その片腕が、どうなさんした」\n「この片腕には入墚がしおありたすぞいな。この入墚は甲州入墚ずいっお、甲州者で悪いこずをしたのが、甲府の牢屋ぞ぀ながれお远い出される時に、この入墚をされるのじゃわいな」\n「たあ、どこにそんな入墚が」\n「これ、この通り、手銖から五寞ほどのずころに二筋の入墚」\n なるほど、斬り萜された腕にはその通りの入墚がある。\n「案の定、悪い奎。悪い奎なればこそ、こうしお腕を切られおも逃げ了せたず芋えたすなあ」\n「それはそうずあなた様、お䞍自由なお身で、お぀れもござんせぬにここぞおいでなさいたしたかいな」\n「぀れはあったけれど、やはりその隒ぎで逃げおしたった」\n「そうしお、ここはお関所のない山路、どうしおこんなずころぞ」\n「これから行けば身延ぞ出られるずやら。身延ぞ参詣しお甲州街道ぞ案内するず蚀うお぀れお来られたが」\n「巊様でござんすかいな、なんにしおもこの雚の降るずころでは......皆さん、どうしお䞊げたしょうぞいな、このお方様」\n「幞い、乗り捚おなさんしたあのお駕籠、あれぞお乗りなすったら、わたしたちが亀る亀る舁いでお䞊げ申しお、ずもかくも人家のあるずころたで......」\n\n 侉\n\n 東海道筋から甲州入りの順路は、岩淵から富士川に沿うお䞊るこずでありたす。甲州ぞ入るず、富士川をさしはさんで二぀の関がありたす。向っお右の方なのが十島、巊が䞇沢で、倚くは䞇沢の方の関を通りたす。宇接朚兵銬もたた同じく䞇沢の関ぞ通りかかりたした。兵銬は芁路の人から蚌明を貰っおいるから、い぀、どこの路をも滞りなく通過するこずができるので、䞃兵衛は兵銬ず䞀緒に歩く時のみはその埓者ずしお通行するが、䞀人で歩く時は、到るずころのお関所を超越しおしたいたす。\n「あい぀はたしかに甲州者なんでございたす」\n 兵銬に向っお䞃兵衛が蚀う。\n「どうしおそれがわかりたす」\n「蚀葉にも少し甲州蚛りがありたすのず、それからあい぀の手に入墚があるのでございたす、そい぀が甲州入墚ず、ちゃんず睚んでおきたしたよ」\n「甲州入墚ずいうのは?」\n「手銖ず臂の間に二筋、あれこそ甲府の牢を远攟しにされる時に、やられたものに違いございたせん」\n「甲府を远攟されたものが甲州ぞ入るずは、ちず受取りがたい」\n「なに、あい぀らはそんなこずに怖っかする人間ではございたせん。なんでもこの蟺の間道を通っお、甲州入りをしたものに違いございたせんが、あい぀が盲目ず足匱を぀れお、どういう道行をするかが芋物でございたす。これから川岞を西行越え、増野、切久保、犏士ず行くうちに、䜕かひっかかりが出お来るから芋おいおごらんなさい、無事に身延たで䌞せたら、この䞃兵衛が兜を脱いでしたいたす」\n「しかし、間道から身延ぞ出ないで、信濃路ぞ玛れ蟌むようなこずはなかろうか」\n「どうしおどうしお。あれごらんなさい、あの癜根山の山぀づき、鳥獣でさえも通えるものではございたせぬ。どのみち、氎が䜎いずころぞ萜ちお来るように、あの道を出たものは、いやでもこの富士川岞ぞ萜ちお来るのが順なのでございたすよ」" }, { "role": "assistant", "content": "「もしたた、さきにこの川ぞ出お、船で逆に東海道ぞ戻っおしたうようなこずはなかろうか」\n「それは䜕ずも蚀えたせん......なにしろこの川は、鰍沢から岩淵たで十八里の間、䞋る時は半日で䞋りたすが、これを䞊ぞ匕き戻すには四日からかかりたすからな。しかし、やっぱり舟にも関所がありたしおね、舟改めをされたすから、舟で逆戻りをするようなこずになるず、かえっお毛を吹いお疵を求めるずいうようなこずになりたしょう、それは倧䞈倫でございたす」\n「舟改めはどこでやりたす」\n「やはりこの䞇沢ず十島ずでやるのでございたす。それにひっかかっお埡芧じろ、入墚者ず女ず、それからお尋ね者のような、あの竜之助様、応ちに動きが取れなくなっおしたうのでございたすから、倧䞈倫、舟ぞかかる気遣いはございたせん」\n「䞃兵衛どの、そなたの蚀うように、あの䞉人が果しお䞀緒におるものやら、それずも離れ離れになっおいるものやら、それもようわからぬではないか」\n「䞉人は䞉぀巎のようになっお、ちょっずは離れられない組合せになっおいるのがおかしゅうございたす。それずも離れる時には、どれか䞀぀呜が危ない時で、たかり間違えば䞉぀共倒れになるのが萜ちでございたすから、そヌっず眮くのがかえっお面癜いんでございたすがね」\n こんな話をしながら兵銬ず䞃兵衛は、富士川岞の険路を、前に蚀ったように西行越え、増野、切久保ず過ぎお、犏士川のほずりぞ来た時分には日が暮れかかっおいたす。\n「昚日の雚で、少し氎が出たようでございたすが、ナヌニ、このくらいなら倧したこずはございたせん、川留めになるようなこずはございたせん」\n 氎のひたひたず浞いた板橋を枡りながら、\n「この川は富士川の支流か知らん」\n「富士川の支流ではござんすたい、駿河境の方から出お富士川ぞ流れ蟌むのでございたしょう。これだけの流れでございたすが、雚䞊りにはかえっおこんなのが厄介で......」\nず蚀いさしお、板橋を半ばたで枡り来った䞃兵衛、そこで立ち止っお、流れの少し䞊手の方をじっず芋る。\n「宇接朚様、少しお埅ちなすっお䞋さいたし」\n 䞃兵衛は、先ぞ行く兵銬を呌び止めお、自分はやっぱり川の少し䞊手の方を芋おいたす。\n「どうしたした」\n「どうも䜕だか、あすこに倉なものが、あの石ず石ずの間に挟たっおおりたすな」\n「おお、䜕か癜いものが......」\n 倕暮れのこずであり、少し離れおいるずころでしたから確ずは芋定め難いけれど、\n「どうやら、人間の腕のように芋えたすが、あなた様のお県では......」\n「巊様、わしが県にもどうやら......」\n「向うぞ廻っおよく調べおみたしょう」\n 䞀旊、板橋を枡りきっお䞃兵衛は、岩の間を飛び越えおそこぞ行っお芋る。\n「宇接朚様、この蟺でございたしたな」\n「そこぞ真盎ぐに手を䌞ばせば......」\n「それではこの棒で突き出しおみたすから、そちらで受けお䞋さいたし」\n 岩の間に淀みもせず流れもせず、ふわりずしおいたものを䞃兵衛が䞊から棒で突き流すず、兵銬の足蚱ぞ流れお寄ったのは、\n「おお、たしかに人の片腕」\n「なるほど、人の片腕に違いございたせんな」\n 䞃兵衛はその片腕を棒の先で砂掲の䞊ぞ掻き䞊げお、腕を䞀芋するず、意味ありげな笑い方。\n「こんなこずだろうず思った」\n 兵銬にはその意味がよく呑蟌めないでいるず、\n「宇接朚様、図星でございたすよ」\n「図星ずは?」\n「この通り、埡芧䞋さい、この腕に二筋の入墚がございたす、これがさいぜんお話し申し䞊げた、甲州入墚でございたす」\n「なるほど」\n「どうか、スパリずこの腕をやった切口をよく埡芧なすっお䞋さいたし、斬手がどのぐらいの奎だか、それをよく埡芧なすっお䞋さいたし」\n「ははあ」\n 兵銬は節ずその切口を芋る、手は右の二の腕から䞀刀に。\n「よく切っおある」\n「さあ、斬った奎は生きおるか、斬られた奎は死んでしたったか、これからがその詮議でございたすよ。どのみち、この川䞊の仕事に盞違ございたせん」\n「尀もだ」\n「今晩はこの犏士ぞ泊っお、土地の人によく地の理を聞いおみたしょう。地の理を聞いおから、この川䞊ぞ行っお芋るず、思いに぀けぬ獲物があるかも知れたせんよ。なんでもこの川沿いに、駿河ぞ出る路が別にあるに盞違ありたせんですね。そうなれば、もうこっちのものでございたすよ」\n 䞃兵衛はなお川䞊を芋る。兵銬はその腕をよく芋おいる。\n「この腕がここぞ流れ぀くたでには、かなりの時がたったであろう......斬っお逃げたか、斬られお逃げたか」\n「県があんなでなけりゃあ、腕だけで逃す斬手ではございたせんがね。たたこっちの奎にしたずころで、片䞀方斬られお、それなりで埀生する奎でもございたせん。ずころであのお絹ずいう女、あの女がどっちぞ぀いお逃げたか、それは考え物ですね。この腕はこうしお眮くもかわいそうだから、砂の䞭ぞ埋めおおいおやりたしょう。たあ、あの野郎も、この腕䞀本のおかげで呜拟いをしたず思えば間違いはござんすたい、この腕はあの野郎にずっおは呜の芪でございたすから、その぀もりでお葬いをしおやりたしょう」\n 䞃兵衛は棒の先で砂堎ぞ穎を掘っお、足の先で腕を蹎蟌んで、砂をかぶせお、南無阿匥陀仏をいう。\n\n 四\n\n 犏士の宿屋ぞ泊った䞃兵衛ず兵銬。\n 䞃兵衛は行燈の䞋で麻を扱いお、それを足の指の間ぞ挿んで小噚甚に现匕を拵えながら、\n「ねえ、宇接朚様、知らぬ山道を歩くには、この现匕ずいうや぀がいちばん重宝なものですよ、こい぀を持っお歩いおるず、たさかの時にこれが呜の綱ずなるのでございたす」\n 兵銬は旅日蚘を曞いおいたしたが、\n「なかなか、噚甚に撚れたすな」\n「ぞえ、子䟛の時から慣れおおりたすからな。子䟛の時分に、こうしお凧糞を拵えたものでございたすよ」\n 䞃兵衛は芋おいるたに二間䞉間ず綯っおゆく。\n「長い道䞭をする者は、これず火打道具だけは忘れおはなりたせん。あなた様なんぞは煙草をお喫みなさりはしたすたいが、それでも火打道具だけはお忘れなすっおはいけたせんでございたす」\n「それは忘れはしない」\n「私共のように煙草を喫みたすず、火打道具は忘れろず蚀っおも忘れるこずじゃござんせん。おやおや、そんなこずを蚀っおる間に、煙草が喫みたくなっお参りたした」\n 䞃兵衛は现匕をやめお煙草入れを取り、日蚘を曞いおいる兵銬の方をちょいず芗き蟌みながら、\n「倧分、埡粟が出たすね」\n「日蚘は、忙しくずもその日に曞いおおかねば、あずを怠る故」\n「感心なこずでございたす。私共なんぞも若い時に、もう少し勉匷をしおおけば、もう少しよい人になったものでございたしょうが、貧乏や䜕やかで、぀い孊問の方に粟を出すこずができたせんで、今ずなっおは埌悔先に立たずでございたす、若いうちに埡勉匷をなさらなくおはなりたせん」\n 䞃兵衛は述懐めいたこずを蚀う。\n「おやおや、絵図をお曞きになりたしたね。なるほど、甲州入りの絵図でございたすね。よくこんなに现かにお曞きなすったものでございたすね。私なんぞはこの甲州を通るこずが幟床あるか知れたせんが、ただ絵図面を取っおみようずいうような考えを起したこずもございたせんのに、さすがにあなた様は」\n 䞃兵衛は兵銬が曞いた甲州図を芋お、\n「なるほど、こちらの方が西川内領、ここが䞇沢でございたすな。こちらが東川内領で十島。なるほど、この富士川を䞊っおここが犏士、それから身延鰍沢、信州境から郡内、萩原入から秩父の方たで、よく出おおりたすな。䞭ぞ入れば、これでずいぶん広いずころもありたすけれど、こうしお芋れば本圓に甲州は山ばかりでございたすな」\n「いや、これはほんの芋取図で、ただこれぞ曞き入れないほかの山や川や村がいくらもあるでしょう」\n「そう蚀われるずそうでございたすね。信州䜐久の方ぞ出るずころに、ただこのほかに䞀筋の路がございたすよ。盞州口にも、ただちょっずした間道がございたすがな、それは凊の案内者でないずわかりたせんでございたすよ。なるほど、この犏士から富士川を䞊っお埳間ぞかかっお、駿河囜庵原郡ぞ出る道は蚘しおございたすな。明日はこの道をひず぀、行っおみようずいうんでございたすな」\n「䞃兵衛どの」\n 兵銬はようやく筆を䌑めお、\n「さおどうも長の旅路を、いろいろずお䞖話にあずかっおかたじけない、なんずもお瀌の申し様もござらぬが、そなたの仕事の障りにはなりたせぬか。こうしおお䞖話になるこずは、拙者にずっおはこの䞊もない有難いこずなれど、蟲事やその他の劚げになるようなこずはないか、それがい぀も心配で......」\n「たたしおもその埡心配、それはお止めになされたせ、そういうこずにかけおは私共は、これで気楜な身分でございたす」\n 兵銬は䞃兵衛の玠姓をよく知らないのです。ただ自分の嚘にしおいるお束のために尜す行きがかりで、自分に尜しおくれるのだず、こう思っおいたす。\n 䞀緒に旅をしおいおも、䞍意に姿を芋せなくなるこずがある。そうかず思うず䞍意にどこからずもなく飛んで垰る。\n「うちの方は屋敷も田畑も郜合よく人に任せお来たしたから、これから圓分、䌊勢廻り䞊方芋物をする぀もりで、あなた様のお䌎をしお盞圓のお力になる぀もりでございたす」\nず蚀っお、䞊方から぀いたり離れたりしおいるのであった。気が利いおいお足が迅い、兵銬にずっおはこの䞊もない力でありたす。\n「宇接朚様、私共はあなた様のお力になるずいうよりは、こうしお旅を巡っお歩くのが䜕より楜しみなのでございたすから、どうか打捚っおお眮きなすっお䞋さいたし。それからもう䞀぀は、あのお束の爺父さんずいうのを切った奎、それを探しおやりたいんで。こうなっおみるず、おたがいに意地でございたすから、銖尟よくあなた様が埡本望をお遂げなさるたではお䌎しおいたいのでございたす」\n「い぀もながらそれは有難いお心、本望遂げた䞊で、たた改めおお瀌のできる折もありたしょう」\n「いや、その時分には、私共はたたどこぞ旅立ちしおいるかわかったものではございたせんから、埡本望をお遂げあそばしたずお、お瀌なぞは決しお望んではおりたせん。その代りに宇接朚様、あなた様のお口から䞃兵衛ずいう蚀葉を、䞀口もお出し䞋さらぬようにお願い申しおおきたいんでございたす」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 信長は、むくず、頭をもたげ、突然、呌ばわった。\n「さいよ! さいよ! ......。誰ぞおらぬかッ」\n\n出陣\n\n 音もなく杉戞が開いた。\n 䟍女のさいは、そこから手を぀かえお、信長のほうを芋、静かに埌ろを閉めおたた、間近たで来お䞡手を぀かえた。\n「お目ざめにござりたするか」\n「りむ。さいか。......刻限は今、䜕刻頃?」\n「䞑の刻を、すこし䞋がった頃かず芚えたする」\n「よい機」\n「なんず埡意なされたしたか」\n「いや、儂の物の具を盎ぐこれぞ」\n「お鎧を」\n「誰ぞに申し぀け、銬にも鞍の甚意させよ。そなたは、その間、湯挬をずずのえおこれぞ持お」\n「畏たりたした」\n さいは心の利く女であったので、信長の身近な甚事は、平垞もさいが心をくばっおいた。\n さいは、信長の心をよく知っおいた。さおはず思ったのみで、仰々しく立ち隒ぎもしなかった。脇郚屋に手枕のたた寝おいた小姓の䜐脇藀八郎をゆり起しお、宿盎の者ぞ銬の甚意を䌝え、自分はその間に早くも湯挬の膳郚を、信長の前ぞ運んで来る。\n 信長は、箞を取っお、\n「明ければ、今日は五月の十九日であったな」\n「巊様でござりたする」\n「十九日の朝飯は、信長が倩䞋第䞀に早く喰べたであろうな。矎味い。もう䞀碗」\n「たくさんにお代え遊ばしたせ」\n「膳に添えた䞉宝の䞊にあるは䜕じゃ」\n「昆垃。勝栗。......ほんの圢ばかりに」\n「おう。よう気が぀いた」\n 信長は、快く湯挬を喰べ終っおから、その勝栗を二぀䞉぀掌に移しお、がりがり喰べ、\n「銳走であった。......さい。あの小錓をこれぞよこせ」\n 鳎海期ずよぶ信長が秘蔵の小錓であった。さいの手からそれを取るず、信長はそれを肩に圓おお、二぀䞉぀手銎しに打っお芋お、\n「鳎るわ。四曎のせいか、垞よりもいちだんず冎えお鳎る。......さい、儂が䞀さし舞おう皋に、そなた、敊盛の䞀節をそれにお調べよ」\n「はい」\n 玠盎に、さいは小錓を、信長の手から抌し戎いお、調べはじめた。\n しなやかな癜い掌から、錓の音は枅掲城の広い間ごずぞ、醒めよ醒めよずばかり高鳎った。\n「......人間五十幎、化転のうちをくらぶれば」\n 信長は立った。\n 立っお、氎の劂く、静かな歩を運びながら、自身、小錓の調べにあわせお朗吟した。\n「......化転のうちを范ぶれば、倢たがろしの劂くなり、ひずたび、生をうけお、滅せぬもののあるべきか」\n い぀になく、圌の声は、朗々ず高かった。今をこの䞖の声のかぎり――ず、謡うように。\n「滅せぬもののあるべきか。是を菩提の皮ず思いさだめざらんは、口惜しかりき次第ぞず、急ぎ、郜に䞊り぀぀、敊盛卿の埡銖を芋れば――」\n 誰か。\n ばたばたず、廊䞋を走っお来た者がある。宿盎の内にあった䟍であろう。具足の音をさせお、板敷ぞひざたずき、\n「埡乗銬の甚意、敎いたした。䜕時なず、お召しを」\n ず、いった。\n 舞の手ず足ずを、ずんず同時に止めながら、信長は、声のほうぞ振り向いた。\n「岩宀長門ではないか」\n「はッ。長門でござりたす」\n 物頭の岩宀長門は、すでに具足を着、倪刀を䜩き、盎ぐにも、信長の銬前に立っお、蜡を持぀よう、身支床をしお来た。\n ――が、芋れば、信長自身はただ鎧も着けず、䟍女のさいに錓を持たせお舞っおいる様子に、\n(おや?)\n ず、云いたげな、䞍審の県を、そこぞみはった。\n たった今、お衚のほうぞ、\n(埡出銬の甚意を!)\n ず䌝えお来たのは、取次が小姓の䜐脇藀八郎だったし、皆寝䞍足で疲れおいるし、神経ばかり尖っおいる際なので、䜕かの間違いではなかったのか? ――ず、咄嗟に長門は、自分の早支床ず、信長の悠長なすがたずに、戞たどいを芚えた皋だった。\n い぀もは、\n(銬ッ)\n ず、信長がいったら、もう近習の支床が間にあわない間に、飛び出しおいる信長なので、長門はなおさら、意倖に思ったのであった。\n「はいれ」\n 信長は、舞の手を、䌑めはしたが、舞のすがたは厩さずに云った。\n「――長門。そちは果報者じゃ。信長がこの䞖の名残ず舞う舞を、そちのみが芋埗るぞ。それにお芋物候え」\n(さおはやはり)\n 長門は、䞻君の心を悟るず、自分の抱いた疑いを恥じながら、広間の端ぞにじり入っお、\n「埡譜代、家の子も数ある䞭に、長門䞀名のみが、殿の埡䞀䞖の舞を拝芋いたすなどは、埡家臣の端ず生れお、身にあたる果報。願わくば、長門にも、この䞖の名残に、謡わせおいただきずう存じたする」\n「うむ。そちが謡うか。――よかろう。さい、初めから」\n「............」\n さいは黙っお、錓ず䞀緒にすこし頭を䞋げた。長門は、信長が舞うずいえば、い぀もの敊盛ず心埗おいるので、\n\n人間五十幎\n化転のうちを范ぶれば\n倢たがろしの劂くなり\nひず床、生をうけお\n滅せぬもののあるべきか\n\n 謡っおいる間に、長門は、信長の幌少の時のお姿から、自分が偎近く仕えお来た長幎のこずなどが、胞のうちに、長い絵巻を繰るように思い出されお来た。\n 舞う人、謡う人の心ず䞀぀になっお、錓を打っおいたさい女の癜い面にも、涙のすじが燭に光っお芋えた。しかし、さい女の錓の音は垞よりも冎えお、䜕か烈しくさえあった。\n\n――花の袂を墚ぞめの\n十垂の里は墚衣\n今着おみるぞ由もなき\n\n 信長は、扇を投げお、\n「死のうは䞀定!」\n 云いながら、手ばやく、鎧を着け、具足をたずい、\n「さい。信長が蚎死ず聞えたなれば、すぐこの城に火を攟けよ。芋穢のう焌け残すなよ」\n「畏たりたした」\n さい女は、錓を眮いお、䞡手を぀いたたた、面を䞊げなかった。\n「長門。――貝ッ」\n「はッ」\n 長門は、先ぞ、倧廊䞋を駈け出しお行った。\n 信長は、可憐しい女童どもの䜏む奥ぞ向い、たた、この城にある祖先の霊ぞ察い、心の底から、\n「さらば」\n ず、いっお盎ぐ、冑の緒をしめながら衚方ぞ走った。ぜう――ず、ただ暗い暁倩に、出陣の貝は鳎り出しおいた。\n 暁の闇は濃い。\n 雲の断れ間に、小糠星の光が、ただ鮮やかであった。\n「埡出陣じゃぞ」\n「えッ?」\n「殿の埡出陣ずある」\n「真か?」\n 觊れたわる衚方の小者。\n 驚いお駈け出合う䟍たち。\n それも倚くは、台所方の者ずか玍戞の圹人ずか、戊堎の圹には立たぬ留守居の老歊士が倚かった。\n 挙っお、倧手の土坡口たで芋送りに駈け出しお来たのである。それは枅掲城内の男の党郚ずいっおよい頭数であったが、わずか四、五十人足らずであった。\n いかに、城内も信長の身蟺も、この際は手薄だったかが知れよう。\n 信長がこの日の銬は、月茪ずよぶ南郚牧の駿銬だった。若葉の颚暗く、手燭の明りが明滅する倧玄関の前から、信長は、螺鈿鞍をおいた駒の背にずび乗り、八文字に開かれおいる䞭門から倧手の土坡口ぞ、鏘々ず、鎧の草摺や倪刀の響きをさせお駈け出しお来た。\n「おお」\n「殿さた」\n 芋送りにかたたっおいた留守居の老若は、われを忘れお、土䞋座から声をあげた。\n 信長も、\n「さらばぞ」\n ず、右ぞ云い、たた、\n「さらば――」\n ず、巊ぞ云っお、暗に、今生の別れを、倚幎召し䜿っお来た老人どもぞ云った。\n 城を倱い、䞻を倱った老人や、女童たちの身の末が、いかに惚めなものであるかを、信長は知っおいた。――思わず、県がうるんで来るのであった。\n 熱い県がしらを、じっず、ふさいだ䞀瞬に、駿銬月茪は、もう城倖ぞ駈けおいた。疟颚のように、暁闇を駈けおいた。" }, { "role": "assistant", "content": "「殿ッ」\n「殿!」\n「しばらく」\n 遅れじず、圌の埌から駈け続いお来る人々ずいえば、物頭の岩宀長門をはじめ、山口飛隚守、長谷川橋介、それに小姓の加藀匥䞉郎、最幎少者の䜐脇藀八郎。\n あわせお、䞻埓わずか六階。\n ずもすれば、信長の駒脚に、捚おられもせんず、近習の面々は、のめり蹌めくばかり駈けた。\n 信長は、埌も芋ない。\n 敵は、東に。\n 味方も前線にあり。\n すでにそこの死凊ぞ行き぀く頃には、陜も高かろう。この囜に生れおこの囜の土に垰す、実に䜕でもないこずである。氞劫の時の流れから今日ずいう䞀瞬を芋れば。\n 信長は、駈け぀぀思う。\n「あいや!」\n「わが君ッ」\n 突ず、町の蟻から、叫ぶ者がある。\n「おう、森の人数か」\n「さん候う」\n「柎田暩六におあるか」\n「埡意!」\n「早かったぞ」\n 賞めお、鐙立に䌞び䞊がりながら信長、\n「しお、人数は」\n「森可成の手に癟二十階、柎田暩六が手に八十階、あわせお二癟䜙。お䟛仕ろうずず、控えおおりたした」\n 森可成の䞀手、匓之衆の䞭に、浅野又右衛門の顔が芋え、たた、足軜䞉十人の頭ずしお、朚䞋藀吉郎の顔も、たごたごしお亀じっおいた。\n 雑兵に少し毛の生えたぐらいな藀吉郎の存圚ではあったが、\n(いるな。猿も)\n ちらず、信長の県に入った。\n 圌のその県は、暁闇の䞭に気負い立぀二癟䜙の兵を銬䞊から䞀県に芋、\n(我にこの郚䞋あり!)\n ず、耀きを加えおいた。\n 敵四䞇の怒激ぞ圓るに、数ずしおは、元より䞀片の小舟、䞀握りの砂にも足らない兵ではあるが、\n(矩元にこの郚䞋ありや!)\n 圌は敢えお問いたい。\n 将ずしお、人ずしお、ひそかな誇りすら芚えるのだ。\n 敗るるも自分の兵は、あだには負けない。䜕ものかを久遠の地䞊に描きのこしお最期の枕を䞊べるであろうず思う。\n「倜明けは近う芚ゆるぞ。――さらば行けッ、続けッ」\n 信長は、指さした。\n そしお真っ先に、圌の駒が、熱田街道を東ぞ駈け出すず、䞡偎の民家の軒ばたで、䜎く立ちこめおいる朝霧をうごかしお、二癟䜙の兵は、雲の劂く、\n「わあアッ」\n ず、声をあげお぀づいた。\n 隊䌍も陣列もない。\n ほずんど、われがちなのだ。\n およそ䞀囜䞀城の倧将の出陣ずあれば、民家は䞀斉に業を䌑めお軒ばを浄め、かりそめの忌み事にも気を぀かっおその門出を芋送り、兵は旗幟銬印を護っお陣列を䜜り、将は嚁歊を食っお、䞀錓六足、囜力のある限りな豪壮の矎を抌しお囜境ぞ出お行くのが垞であったが――信長は、恬ずしお、そういう方匏や虚食にかたっおいなかった。\n 隊䌍すらも充分に敎えない早駈けなのである。しかも、死ぬ戊いずきたっおいる。来る者は来い――ずしお圌は先頭を切っお駈けおいた。\n しかし、萜䌍する者はひずりもなかった。むしろ、進んで行く皋、人数が殖えおいった。召集が急なので、支床に間に合わなかった者が、飛び入りに暪䞁から加わったり、远い぀いお来お、参加するからである。\n その鬚の声ず跫音に、明け方の眠りをさたされお、\n「䜕か?」\n ず、路ばたの癟姓家や商工の民家では戞を開けた。\n そしお、寝がけ県で、\n「おう、戊だッ」\n ずは叫んだが、ただ暗い朝霧の䞭を、県をさえぎっお駈け通った先頭の人が、領䞻の織田䞊総介信長であったずは、埌でこそ思い圓ったが、誰もその時それずは芋なかった。\n「長門、長門」\n 信長は、鞍から振り向いたが、岩宀長門は、階銬でなかったので、小半町も遅れおいる人数の䞭にいるらしい。\n 銬銖を揃えお、続いお来るのは、柎田暩六、森可成。――それに熱田の町の入口から人数ぞ加わった加藀図曞などであった。\n「暩六ッ」\n 呌び盎しお、\n「宮の倧鳥居が早や芋ゆる。熱田神宮の倧前にお兵を停めい。信長も参拝しお参ろうず」\n いう間に、倧鳥居の䞋ぞかかった。信長がひらりず飛び降りるず、玄二十名ほどの郚䞋ず共に、熱田の宮の祠官でもあり、たた神領の代官でもある千秋加賀守季忠が埅っおいお、\n「お早いお着」\n ず、すぐ駈け寄っお、信長の駒を預った。\n「お、季忠か」\n「はッ」\n「迎え倧儀である。祈願な捧げ申したい」\n「埡案内仕りたす」\n 季忠は、信長の先に立った。\n 杉朚立の参道は、霧しずくに濡れおいた。季忠は、埡手掗の泉屋に立っお、\n「お嗜ぎを」\n ず、促す。\n 信長は、檜柄杓を把っお、手を浄め、口をすすいだ。\n そしお、滟々ずあふれる神泉をもう䞀柄杓掬っお、それはぐッず飲みほした。\n「芋よ! 吉兆ぞ」\n 信長は仰いでいった。埌ろに続く旗本や倧勢の兵ぞも聞えるようにいっお、倩を指さした。\n 倜はようやく明けおいた。老杉の梢は茜いろの朝陜に染められ、暁烏の矀れが高く啌いおいる。\n「神鎉だ!」\n「神鎉だ」\n 信長に和しお、呚りの䟍たちも仰向いた。\n その間に。\n 千秋季忠は、鎧のたた拝殿に䞊がっお、信長に菅莚を䞎え、その前ぞ、神酒の䞉宝を捧げお来お、土噚を取らせた。\n そしお、瓶子を持っお、信長ぞ神酒を泚ごうずするず、\n「季忠、埅お」\n ず、遮った者がある。\n 芋るず、柎田暩六であった。\n 暩六がいうには、\n「千秋殿には、圓熱田神宮の祠官職たるお圹目䞊、神前のお぀ずめは圓然なこずながら、いかに埡出陣の火急な際ずはいえ、鎧具足のたた神酒を執っお、拝殿に䟍く䜜法やある。自身、具足を脱いで、衣冠を着ける遑なくば、他に神官も居られように、なぜそれらの者にさせないか」\n 咎めるず、千秋季忠は、にこず笑っお、\n「今のおこずばは柎田殿か。埡泚意はかたじけない。――しかし、鎧具足は神衣でござるぞ。わが神々も遠぀埡䞖には、甲冑を召されお聖業の途に立たせられ絊うた。䞍肖季忠も、きょう埡合戊のおん䟛に埓うからには、倧埡祖たちが具足し絊うた埡心をもっお心を鎧い、私慟私心の功名のためには戊わぬ所存でござる。――歊人の甲冑は、故に、神官の衣冠にもひずしい枅浄ず私は信じたすが」\n 暩六は、黙った。\n そしお階䞋を繞っお土䞋座する二癟䜙階の将兵の䞭に、圌も坐った。\n 信長は、土噚を干す。\n 拍手を高く打っお、願文を読んだ。\n 粛ずしお、将兵はみな、䜎く頭を䞋げ、各〻の心の鏡に、神を映し取っお、祈念の県をふさいでいた。\n その時、唐突に、神殿の奥で、甲冑の觊れ合う響きがしお、二床たで拝殿の梁が揺れた。信長は、物の怪にでも憑かれたように、屹ず県を぀りあげお、\n「おお、あれ聞け。信長の祈願をよみし絊うお、きょうの合戊に、神々はわが軍の䞊に埡加勢ありず芚ゆるぞ。――私心我慟、小功の争いなど、穢き戊すな。勝たば、倩が䞋のため、捚身奉公、負くるも、倩が䞋、恥なき歊士の死に方せよや」\n 廻廊に出お、こう呌ばわるように挔舌するず、士卒も倧地から生え立っお、わあず、信長より先ぞ、参道を争っお駈け出した。\n 信長が熱田の宮を出た時には、所々から銳せ集たった兵数が、い぀の間にか、千に近くなっおいた。\n 信長は、熱田神宮の春敲門から南門を出お、再び、銬に乗った。\n その日の乗銬月茪は、栗毛の牝銬であったずいう。埌に、信長は愛銬二図の画を描かせお屏颚に䜜らせたが、その䞭にはこの䞀頭も描かれおいた。\n 熱田の宮を出るず、それたで、疟颚の劂くであった信長の態床は、どこか緩々たる䜙裕を瀺し、駒の背ぞ、暪乗りに身をのせ掛けお、鞍の前茪ず埌茪ぞ䞡手をかけながら揺られお行った。\n もう倜が明けおきたし、雪厩れ打っお先駈けを争っお行く兵銬の跫音に、熱田の䜏民たちは、女子䟛たで、軒䞋や蟻々ぞかたたっお、芋物しおいた。\n そしお信長の姿を、信長ず知るず皆、\n「あれが今、軍しに行くお人か」\n ず、呆れ顔した。\n「心もずなや」\n「勝ち絊うこずは、䞇に䞀぀も、おざるたいげな」\n などず囁いた。\n 枅掲から熱田たで、鞍に螏みたたがったたた、䞀気に駈けお来たので、信長は鞍疲れを癒しおいるのだった。で、鞍の埌茪ぞやや凭れぎみに暪乗りしお、\n\n――死のうは䞀定\n忍び草には䜕ずしようぞ\n䞀定語りをこす倜の\n\n 小謡など口誊さんでいた。\n「や、や」\n「あの黒煙は」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、完成床の高い文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 鹿島掋を暪断する䞍敵な怪物!\n 荒海を埁服しおわがもの顔に行く、その雄姿を、この倧掋の䞊に芋せられるず、癜雲も、倖倷を軜蔑する頭を以お、充分の敵感心を呌び起され぀぀も、なおその姿の懞絶に動かされないわけにはゆかない。どう莔屓目に芋ようずしおも、黒船の雄姿に比ぶる和船は、巚人ず䟏儒ずの盞違である。いかに軜蔑しようずしおも、県前を圧する茪郭は争われない。\n 田山癜雲は、䞀皮の感激ず、いらだたしさを感じお、黒船の姿に芋ずれ、決闘の堎に赎くべく、䞘を䞋らんずした砂䞘を䞋らずしお、しばらく立ち尜すのやむを埗ざるに至りたした。\n 駒井甚䞉郎ならば、この埒らな感激ず、敵感ず、いらだたしさから超越しお、たずこの黒船の型が近代の䜕匏によるかを芳察し、次に、その噞数を蚈量し、次に乗組の人員、その囜籍、機関の皮類、出立点、行先、速力等を蚈算掚量しお、぀いにほがあやたりなく䞀぀の結論に到達するに盞達ない。\n 癜雲では、そういう数字ず、蚈算には頭が働き埗られない。その盎芚ず、感激から来るずころの結論は到底――\n\nこの船のよるおふこずを束の間も\n 忘れぬは䞖の宝なりけり\n\nずいうものに䌌た迄に垰着する。なあに、毛唐め! なる皋機械力の優秀に斌おは䞀歩を譲るかも知れないが、いよいよの時は「わが檣柱を倒しお虜船に䞊る」たでの事だ!\n こうしお、黒船を芋送っおいるうちに、黒船の倧きさも豆のようになる。やがお、波間に消えおしたう、そうするず海の波の倧きさが浮き䞊っお来る。芋るべき焊点を倱った時に、茫掋たる瞳がよみがえる――\n あ、そうだ、黒船も黒船だが、さいぜんのあの人圱は、あの決闘は、あの果し合いは――その結末はどうなったのだ。黒船であろうずも、癜船であろうずも、船が海を埀くこずは尋垞䞭の尋垞である。それを、うっかりず芋ずれおいたこっちが田舎者! それよりも、たずえ豆のような人圱にしろ、人呜二぀の浮き沈みの方が遥かに倧事であった。\n さあ、䞡個の運呜は、どうなった。\n 癜雲は、いそがわしく、県を転じたが、幞か䞍幞か、さいぜんたで芋えた䞡個の人圱の二぀ずも芋えない。枺茫ずしお人煙を絶するこずは陞も海も同じようなる鹿島掋。\n もしや、䞡虎共に傷぀いお、砂に倒れお䞇事了ったかず地を䜎くながめやったが、その屍䜓らしい物は芋圓らない。\n では、黒船に芋ずれおいる間に、案の劂く、䞡虎は共に傷぀いお砂浜に倒れたずころを、無雑䜜に波が来お、さらっお行っおしたったのだろう――あずかたもない。\n 田山癜雲は手の䞭の珠でも取られたように、なんずなく心に䞀味の哀愁を芚え぀぀、さお、今は党く、ながめやるべき焊点を倱い、最初の茫掋たる豪興を回埩するたでの間、無意識に砂浜を歩み――足は本胜的に南の方、黒船の走っお行った方向、決闘の行われおいたず同方向に向っお、そぞろ歩きの䜓でありたしたが、やがお砂浜を右にさたようお、たたも束原続きの䞭に入りたした。\n 海を避けお林に入ったのではなく、この林を抜けお、たた圌方に枺茫たる海を芋ようずしお進み入ったものでありたす。\n ずころが、この束林が意倖に深く、これに入った癜雲の足どりが、存倖芁領を埗おいなかったものだから、束林を行き぀戻り぀、嘯く人のように芋えたした。\n\n 四十䞉\n\n 海を芋お杜ぞ入るず、気分が党く転換する。\n 雑林地垯ず違っお、䞋萌えのない芝原に、スクスクず生い立った束の倧幹の梢が、豪宕な海颚ず盞接する音を聞くず、蚀わん方なき爜快ず、閑雅にひたされる。海は豪宕のうちに無限ずいうものの哀愁を教える。山林は身神を攟遊しお、人に閑雅を䞎える。\n 倪叀、この束林には倥しい鹿が、野生矀遊しおいたずいう。\n 倧和の奈良の春日山の神鹿の祖、ここに数千の野生の、しかも柔順な、その頭には雄健なる角をいただいお、その衣裳にはなだらかな暡様を有し、その県には豊富なるうるみを持った神苑動物の野生的矀遊を、その豪宕な海ず、閑雅なる束林の間に想像しおみるず、これも、すばらしい画題だ! その矀鹿の䞭に取囲たれお、人ず獣ずが党く友ずなっお䞀味になっお、悠遊寛歩する前代人の快感を想像する。\n そうだ、「春日以前の神鹿」ずいったような画題で、たた䞀぀、この矀生動物を䞭心に䞀倧画幅を぀くっおみようずの、画興が油然ずしお起るのを犁ずるこずができない。\n 画題は有り䜙る! 圌はかく感ずる瞬間の自分ずいうものを、限りなく果報に感じ出しおきた。おれも貧乏に斌おはかなり人埌に萜ちないが、斯様な富の豊富無尜蔵を感じ埗る頭脳だけは、無類の幞犏者ずいわずばなるたい。\n 人は技の拙なるに患いする、材の取り難きに苊心する、もしそれ画題の陳腐を厭うおの筆端の新鮮なるを垌うに至っおは、䞇人の画家が、ひずしく欲しながら、぀いに粉本を出でるこずができず、前人の足跡より脱するこずができないのに、こうしお、足䞀歩――ではないが、十里癟里ず興に銎れお自然そのものに盎接に没入しお行きさえすれば、自然は惜気もなく、その無尜蔵を開いお、氞遠の画題を我等に䞎うるのだ。\n「おれは仕合せ者だ!」\n 癜雲は、こういう瞬間には、かく自分の身の恵たれたるこずの讃歌を、誰はばからず絶叫するの皚気を有しおいる。\n この皚気が存する間、劻は病床に臥すずも、子は飢えに泣くずも、存倖、のんき千䞇で生きお行かれる!\n「ああ、いい気持だ」\n こう蚀いながら、癜雲は束林の間を、瞊暪に歩いお行くず、ふず、人の声がする。䞀町ずは隔たるたいずころで......やはりこの束林の䞭で、束の朚の䞋で、極めお平凡な人間の声が起るのを聞きたした。\n 海も、海岞も、束林も、ここは自分ひずりの専有ず信じおいたのに、人がいる。極めお、あたりたえの人間の声がする。その声は尉ず姥ずの声でもなく、寿老神が呌びかけたのでもない、あたりにあたりたえ過ぎる人間の声でありたしたから、䞍意であったずはいえ、癜雲を驚かすには足りないで、かえっお、それに拍子抜けの思いをさせたした。\n「なあんだ、人がいたのか」\n それは軜蔑でもないし、憀怒でもない。極めお軜い意味の倱望の皋床のものでありたした。\n それは䜕を話しおいるか知れないが、向うの束の朚蔭で、人が話し合っおいる。話し合っおいるから䞀人でないこずは確かだが、それでも二人以䞊ではありそうにない。\n おや、束の間から海が芋えおいる。\n 二人だ。二人の前には、䜕か道具みたようなものが投げ出しおあるな!\n あれだ、あの黒船が来る前に、黒船の出珟によっお、トンず存圚を忘华しおしたっおいたが、あの以前に海岞で果し合いを詊みおいた二人の者――\n おお、おお、その生死のほども確めるこずを忘华しおいたのだが、それだ、その二人がここにこうしおいるのだ。\n なんの――決闘でも果し合いでもあろうこずか、近づいお芋れば、県の前にころがっおいる機械、道具類が物を蚀うではないか。\n 間棹、麻瞄、鉄鎖、望遠鏡附の象限儀、円盀、ずいったようなものが、草の間に散乱しおいるのを芋るがいい。\n 枬量だ、枬量だ、枬量をしおいたのだ。それを遠目で芋お、䞀抂に決闘ず早呑蟌みをしおしたったのは、床倖れた滑皜沙汰であった。\n しかし、たあ、ちょうど、䜕かしら人懐かしい折柄、近く寄っお、話敵に取っおみるのも䞀興。\n「やあ、こんにちは、埡苊劎さたです」\n 田山が近づいお愛想をいうず、先方も、\n「いや、どうも......」\nずいう返事。\n「枬量ですか」\n「はい」\n「拙者は、あなた方がさいぜん、海岞で枬量しおおいでになるずころを遠方から芋お、これは、おっきり果し合いだず勘違いを臎したしたよ、いやはや、笑止千䞇」\nず蚀いたすず、先方は、さほど興にも乗らないで、\n「巊様でございたしたか、それはどうも」\n 立っおいる田山に、たあお坐りなさいずも蚀わない。\n 癜雲も、ちょっずバツが悪い思いをしおいる。ずいっお、なにも先方が別段傲慢な態床でこちらを冷淡に扱っおいるずいうわけでもないし、たた質朎そのものが、挚拶の衚瀺を十分円満にさせないずいうわけでもないし......そう重い身分の者ではなかろうが、䞀人はたしかに士分の者、䞀人もたたそれに準ずるもので、人倫や人足の類でないこずはわかっおいるのに、いかにも捌けないずころがあるようだ。こちらは磊萜に出おいるのに、先方は劙に譊戒性が芋え過ぎるず感じたした。" }, { "role": "assistant", "content": " はおな、自分では磊萜の぀もりでも、自分の颚采ずいうや぀が、この珍客に鬌胎を持たせたのだな。そうだろう、無理もないこずだ。ただでさえ、あんたりものやさしくは出来おいない颚采骚柄のずころぞ、月代も久しく圓らず、この数日、湯に぀からないのを、鹿島の浊の海颚で曝しにかけたのだから、初察面の人の譊戒性を、かなりに刺戟するこずは無理もあるたい。人間䞊みの人に蚀い寄ろうには、ただ人間䞊みの戞籍を瀺しおかからぬこずには、この際、自分ずいうものの、芋かけほどには危険性を垯びおいる者でないずいうこずの蚌明にはならないず考えたのでしょう......癜雲も、あれで郷に入るこずに慣れおいるから、その蟺は甚だ鈍感ではなく、ぶっきらがうに、お䞖蟞ずも぀かず、自己釈明ずも぀かず蚀いたした、\n「枬量は、どこからどこたでなさるのですか、地䞊を枬っお行くずいう仕事には、無限の面癜味がありたしょうね......拙者は足利の田山癜雲ずいう田舎絵垫ですが」\nず、圌は倧抵の堎合にするように、あけすけに自分の名を名乗っおしたいたした。\n 拙者は朚挜町の狩野でござるずか、文晁の高匟で、压山の友人で候ずか、コケおどしを詊むる必芁はなく、倧抵の堎合、足利の田舎絵垫田山癜雲ず、玠性をブチたけおかかるのがこの人の習いであった。これは䞀぀は、どう芋おも画家ず受取られない芋おくれ。剣客ず芋られたり、脱走ず芋られたり、事毎に面倒がかかり易いために、たず絵垫だずいっおしたえば、その皮類の倧郚分が消滅するの䟿宜があるからだ。それでもなお、䞍審がるものには、遠慮なく玙ず筆ずを以お、お手のうちを県前に瀺しお芋せるず、早速事が玍たる、のみならず、それが機瞁で、絵の商売䞊、思わぬ収入にあり぀くこずもある。\n 今の田山癜雲は、決しお名を惜しむほどの名でなく、腕を惜しむほどの腕でないこずを、充分に自芚し抜いおいるから、どちらにしおも惜気がない。\n 名乗れず蚀われない先に名乗り、腕を芁求せらるれば、䞀山䞉文の、圓時の䟡をそのたたで提瀺するこずを蟞さない。\n 今も、その䟋によっお、問われざるに名乗っおしたっおから、懐䞭から画垖を取り出したものです。\n「君方は地面を数量で刻んでいくのですが、拙者は盎芳でう぀しおいく商売です。どうです、あなた方はそうしおコツコツず地面を数量で刻んで行きながら、地面そのものの魅力に感激せしめられるようなこずはございたせんか」\n\n 四十四\n\n 写生垖を持っお癜雲がこう問いかけるず、二人の枬量垫は面食っお、\n「䜕、䜕でござるおな......」\n 圌等は狌狜したが、やがお癜雲が正銘の画家であるこずに合点がゆくず、極めお打解けお湯茶などをもおなし、煙草もすすめ、それから絵の事ず、颚景の事ずで、心眮きなく䌚話が取亀されたした。\n「この間、江戞ぞ行った時、広小路の露店で狩野家を䞀枚買いたした」\n「そうですか」\n「尚信ずありたすが、本物ですかどうですか」\n「ははあ」\n「その道の人に芋おもらったら、わかりたしょうが、あんたり安いものですからね。反叀同様の倀段で買っお来お、衚装を盎させたしたら、芋る人が賞めたすよ。ですが、本圓に芋る人に芋せたら䜕ず蚀いたすか。ずにかく、絵を集めるのは楜しみなものですな」\n 露店で買った狩野家を珍重がるこの人もたた、絵を愛する人であるず思えば可愛らしいずころがある。癜雲の抛り出した画垖を取り䞊げお、拝芋ずもなんずも蚀わずに適床にひろげお、二人が額を合わせおながめ出し、\n「ははあ、よく描いおありたすなあ、朮来ですな、ここは、十二の橋――舟、よく描いおありたすな」\n「なるほど、よくう぀しおありたすなあ」\n「いや、お恥かしいものですよ」\nず癜雲も、自分の絵が存倖、その人たちのお気に召したこずに、倚少の光栄を感じお謙遜する。\n「どうしお、どうしお、立掟なものです。倱瀌ながら、このくらいに描ける絵かきは、田舎なんぞにそうたんずは転がっおおりたせんよ」\n「恐瞮です」\n「䞀枚描いお䞋さらんか」\n「埡垌望なら、描いお䞊げおもいいです」\n「なんでしたら、わしの屋敷ぞおいで䞋さらんか」\n「おたずねしおもよいが、どちらですか」\n「盞銬です」\n「盞銬――盞銬䞭村ですか」\n「そうです、これから、北ぞず枬量しお行っお盞銬ぞ行くのですが、盞銬で仕事が終るわけではありたせん、屋敷は盞銬にあるけれど、盞銬を通り越しお、もっず遠くたで行くのですよ」\n「ははあ、家門を過ぐるずも入らず、ずいうわけですね」\n「いいえ、家門を過ぎれば立寄っお、劻子をよろこばせたす。どうでござるか、先生、盞銬はさたで遠くないずころですから、我々ず同行しお䞋さるたいか」\n「ははあ、それは至極、郜合のよい話のようですが、遠くないずいっおも盞銬ですから、どのくらいの里数ず時間ずを芁したすか」\n「巊様――おおよそ五十五里――たず六十里足らずず思えばようござる、日に十里ず぀の旅をしおかれこれ五日」\n 枬量垫の蚀うこずだから間違いはあるたい。それを聞くず、癜雲も少し考えお、\n「この海岞を、北ぞ北ぞず行くんですな。途䞭芋るずころがありたすか、いい景色がありたすか、名物ずいったようなものが......」\n「巊様――海岞の景色ずいっおも倧抵きたったようなものでござるが、倧掗、助川、平期、勿来などは盞圓聞えたものでござんしょう」\n「ははあ、勿来の関......なんずなく意をそそられたす」\n「お気が向いたら、ぜひ、お出かけ䞋さい、拙者宅に幟日でも埡逗留くだされお、幟枚でもお描き䞋さい」\n 盞圓の絵垫ず芋定めおから、先生号で呌びかけ、その先生を自宅ぞ招じお、䜕枚でも描かせようずたで働いお来たのは、隅に眮けないずころがあるずおかしがり、\n「海岞の颚景のほかに䜕か、名物、或いは、画の題になるものがありたすか」\n「巊様でござるな、この海岞で名物ずいっおは、倧掗に磯節ずいうのがござり、海では、さんた、鰹、鯖ずいったものが取れ、山には金銀を含むのがあり、土では、こんにゃくも取れ申す」\n 実際家だけに、盞圓具䜓的に答えおはくれるが、さんたや、鯖や、こんにゃくでは、画題ずしお、あんたり感心しないず、癜雲が考えおいるず、枬量垫は附け加えお、\n「盞銬ぞ行くず、銬がたくさんいる、生きた銬が攟し飌いにしおござるが、あれは絵になりたせんかな」\n「なりたすずも」\n ここに至っお、癜雲は、鬣を振い立぀ように雀躍したした。\n 絵になるどころか、銬は倩䞋の画材である。こずに攟牧の銬は、和挢叀来、名匠の党力を傟けお悔いざる画題だ。\n 癜雲は、倩銬のように心が躍る。そこで、癜雲は、銬を描いた叀今の名画に぀いお、気焔を揚げおみたかったのだが、この盞手が盞手だず手綱をひかえお、\n「それはいいこずを聞きたした、盞銬は銬の名所でしたね。なお、あの附近に、名物、そのほかに、たずえば、叀代の名建築ずか、名画を所持しおいる人ずか、名圫刻の保存家ずかいうようなずころはありたせんか」\n「そうですね、なんにしおも東北の北陬ですから、さのみ名所、名物ずいっおはござらん、たあ、陞前の束島たで参らなければ」\n「ははあ、束島ですか」\n「束島たで行きたすず、かなり倩䞋に向っお誇るべき名所も、名物もござるずいうものです」\n「それは、それに違いない」\n「八癟八島――あれは倩然がこしらえた名物でござるが、瑞巌寺の建築、政宗公の朚像、それから五倧堂――芳瀟亭ず行っお、そうそう、あすこに、すばらしい狩野家がござるこずを埡承知でござろうな」\n「すばらしい狩野家ずは?」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを維持しお、玠晎らしい文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 第九の男は語る。\n「わたくしは宋代の怪談総たくりずいうような圹割でございたすが、これも唐に劣らない倧圹でございたす。就いおはたず『異聞総録』を土台にいたしたしお、それから他の小説のお話を少々ばかり玹介いたしたいず存じたす。この『異聞総録』はたったく異聞に富んだ面癜いものでありたすが、䜜者の名が䌝わっお居りたせん。専門の研究家のあいだにはすでにお刀りになっおいるのかも知れたせんが、浅孊寡聞のわれわれはやはり䜜者䞍詳ず申すのほかはございたせんから、巊様埡承知をねがいたす」\n\n 竹人、朚銬\n\n 宋の玹興十幎、䞡淮地方の兵乱がようやく鎮定したので、兵を避けお江南に枡っおいた人びずもだんだんに故郷ぞ立ち戻るこずになった。そのなかで山陜地方の士人ふたりも垰郷の途䞭、淮揚を通過しお北門倖に宿ろうずするず、宿の䞻人が䞁寧に答えた。\n「わたくしもこの宿舎を持っおいるのですから、お客人を長くお泊め申しお眮きたいのはやたやたですが、あなた方に察しおは正盎に申し䞊げなければなりたせん。䜕分にも軍のあずで、ここらも荒れ切っおいるので、家はきたなくなっおいるばかりか、盗賊どもがしきりに埘埊するので困りたす。ここから十里ばかり先に呂ずいう家がありたしお、そこは閑静で綺麗な䞊に、賊をふせぐ甚心も出来おいたすから、そこぞ行っおお泊たりなさるがよろしゅうございたす。わたくしの家から僕や銬を添えおお送り申させたすから」\n ふたりは玠盎にその忠告を肯いた。殊に呂氏の家ずいうのもかねお知っおいるので、それではすぐに行こうず出かけるず、䞻人は慇懃に別れを告げた。\n「どうぞお垰りにもお立ち寄りください。もう日が暮れたしたから、銬にお召しなさい」\n 䞻人は達者そうな僕二人に二匹の銬をひかせお送らせた。途䞭も無事で、ただ倜半にならないうちにかの呂氏の家にゆき着くず、家の者は出で迎えお䞍思議そうに蚀った。\n「近頃この蟺にはいろいろの化け物が出るずいうのに、どうしお倜歩きをなすったのです」\n 二人はここぞ来たわけを説明しお、鞍から降り立ずうずするず、銬も僕も突っ立ったたたで動かない。\n すぐに飛び降りお燈火に照らしおみるず、人も銬も姿は消えお、そこに立っおいるのは、二本の枯れた倪い竹ず、二脚の朚の腰掛けず唯それだけであった。竹も朚も打ち砕いお焚かれおしたったが、別に怪しいこずもなかった。\n それから五、六カ月の埌、ふたたび先床の北門倖ぞ行くず、そこは空き家で、䞻人らしい者は䜏んでいなかった。(異聞総録)\n\n 疫鬌\n\n 玹興䞉十䞀幎、湖州の持垫の呉䞀因ずいう男が魚を捕りに出お、新城柵界の河岞に舟を぀ないでいた。\n 岞の䞊には民家がある。倜ふけお、その岞の䞊で話し声がきこえた。暗いので、人の圢はみえないが、その声だけは舟にいる呉の耳にも掩れた。\n「おれ達も随分ここの家に長くいたから、そろそろ立ち去ろうではないか。いっそこの舟に乗っお行っおはどうだな」\n「これは持垫の舟だ。おたけにほか土地の人間だからいけない。あしたになるず、東南の方角から倧きい船が来る。その船には二぀の玅い食噚ず、五぀六぀の酒瓶を乗せおいるはずだから、それに乗り蟌んで行くずしよう。その家はここの芪類で、なかなか金持らしいから、あすこぞ転げ蟌めば間違いなしだ」\n「そうだ、そうだ」\n それぎりで声はやんだ。\n 呉はあくる日、䞊陞しおその民家をたずねるず、家には疫病にかかっおいる者があっお、この頃だんだんに快方に向かっおいるずいう話を聞かされたので、ゆうべ語っおいた者どもは疫鬌の矀れであったこずを初めお芚った。そこで、舟を東南五、六里の岞に移しお、果たしおかれらの蚀うような船が来るかどうかず窺っおいるず、やがお䞀艘の小舟がくだっお来た。舟に積んでいる物も鬌の話ず笊合しおいるので、呉は急に呌びずめお泚意するず、舟の人びずもおどろいた。\n「おたえさんはいいこずを教えお䞋すった。それはわたしの婿の家で、これから芋舞いながら食い物を持っお行っおやろうず思っおいたずころでした。なんにも知らずに行ったが最埌、疫病神がこっちぞ乗り蟌んで来お、どんな目に逢うか刀らなかったのです」\n 積んで来た酒や肉を圌に銳走しお、舟は早々に挕ぎ戻した。(同䞊)\n\n 亡劻\n\n 宋の倧芳幎䞭、郜の医官の耿愚がひずりの功を買った。女は容貌も奜く、人間もなかなか利口であるので、䞻人の耿にも県をかけられお、無事に䞀幎䜙を送った。\n ある日のこず、その女が門前に立っおいるず、䞀人の小児が通りかかっお、阿母さんず声をかけお取りすがるず、女もその頭を撫でお可愛がっおやった。小児は家ぞ垰っお、その父に蚎えた。\n「阿母さんはこういう所にいるよ」\n しかしその母ずいうのは䞀幎前䜙に死んでいるので、父はわが子の報告をうたがった。しかしその話を聞くず、たんざら嘘でもないらしいので、ずもかくも念のためにその埋葬地を調べるず、盗賊のために発かれたず芋えお、その死骞が玛倱しおいるのを発芋した。そこで、その児を案内者にしお、耿の家の近所ぞ行っお聞きあわせるず、その女は亡き劻ず同名であるこずが刀った。\n もう疑うずころはないず、父は行商に姿をかえ、その近所の埀来を埘埊しお、女の出入りを窺っおいるうちに、ある時あたかも圌女に出逢った。それはたさしく自分の劻であった。女も自分の倫を芋識っおいた。䞍思議の察面に、その堎はたがいに泣いお別れたが、それが早くも䞻人の耳に入っお、耿は女を詮議するず、圌女は明らかに答えた。\n「あの人はわたくしの倫で、あの児はわたくしの子おございたす」\n「嘘を぀け」ず、耿は怒った。「去幎おたえを買ったずきには、ちゃんず桂庵の手を経おいるのだ。おたえに倫のないずいうこずは、蚌文面にも曞いおあるではないか」\n 女は密倫を䜜っお、それを先倫ず詐るのであろうず、耿は䞀途に信じおいるので、圌女をその倫に匕き枡すこずを堅く拒んだ。こうなるず、蚎蚟沙汰になるのほかはない。圹人はたず女を取調べるず、圌女はこう蚀うのである。\n「わたくしも確かなこずは芚えたせん。ただ、がんやりず歩き぀づけお、䞀぀の橋のあるずころたで行きたしたが、路に迷っお方角が刀らなくなっおしたいたした。そこぞ桂庵のお婆さんが来お、わたくしを連れお行っおくれたしたが、ただ遊んでいおは食べるこずが出来たせんから、お婆さんず盞談しおここの家ぞ売られお来るこずになったのでございたす」\n さらに桂庵婆をよび出しお取調べるず、その申し立おもほが同じようなもので、広備橋のほずりに迷っおいる女をみお、自分の家ぞ連れお来たのであるず蚀った。なにしろ死んだ女が生き返っおこういうこずになったのであるから、圹人もその裁刀に困っお、先倫から珟圚の䞻人に盞圓の倀いを支払った䞊で、自分の劻を匕き取るがよかろうず蚀い聞かせたが、耿の方が承知しない。いったん買い取った以䞊は、その女を他人に譲るこずは出来ないずいうので、さらに埡史台に蚎え出たが、ここでも容易に刀決をくだしかねお、かれこれ暇取っおいるうちに、問題の女は又もや姿を消しおしたった。\n 盞手が倱せたので、この蚎蚟も自然に沙汰やみずなったが、女のゆくえは遂に刀らなかった。それから䞀幎を過ぎずしお、䞻人の耿も死んだ。(同䞊)\n\n 盂蘭盆\n\n 撫州の南門、黄柏路ずいうずころに詹六、詹䞃ずいう兄匟があっお、垛を売るのを枡䞖ずしおいた。又その季の匟があっお、家内では圌を小哥ず呌んでいたが、小哥は若い者の習い、賭博にふけっお家の銭を䜿い蟌んだので、兄たちにひどい目に逢わされるのを畏れお、どこぞか姿をくらたした。\n 圌はそれぎり音信䞍通であるので、母はしきりに案じおいたが、占い者などに芋おもらっおも、い぀も凶ず刀断されるので、もうこの䞖にはいないものず諊めるよりほかはなかった。そのうちに䞃月が来お、盂蘭盆䌚の前倜ずなったので、詹の家では燈籠をかけお玙銭を䟛えた。玙銭は玙をきっお銭の圢を䜜ったもので、亡者の冥犏を祈るがために焚いお祭るのである。\n 日が暮れお、あたりが暗くなるず、衚で幜かに溜め息をするような声がきこえた。\n「ああ、小哥はほんずうに死んだのだ」ず、母は声をうるたせた。盂蘭盆で、その幜霊が戻っお来たのだ。\n 母はそこにある䞀枚の玙銭を取りながら、闇にむかっお蚀い聞かせた。\n「もし本圓に小哥が戻っお来たのなら、わたしの手からこの銭をずっおごらん。きっずおたえの远善䟛逊をしおあげるよ」\n やがお陰颚がそよそよず吹いお来お、その玙銭をずっおみせたので、母も兄匟も今曎のように声をあげお泣いた。早速に僧を呌んで、読経その他の䟛逊を営んでもらっお、いよいよ死んだものず思い切っおいるず、それから五、六カ月の埌に、かの小哥のすがたが家の前に飄然ず珟われたので、家内の者は又おどろいた。" }, { "role": "assistant", "content": "「この幜霊め、迷っお来たか」\n 総領の兄は刀をふりたわしお逐い出そうずするのを、次の兄がさえぎった。\n「たあ、埅ちなさい。よく正䜓を芋ずどけおからのこずだ」\n だんだんに詮議するず、小哥は死んだのではなかった。圌は実家を出奔しお、宜黄ずいうずころぞ行っお或る家に雇われおいたが、やはり実家が恋しいので、もう䜙焔の冷めた頃だろうず、のそのそ垰っお来たのであるこずが刀った。しお芋るず、前の倜の出来事は、無瞁の鬌がこの䞀家をあざむいお、自分の䟛逊を求めたのであったらしい。(同䞊)\n\n 矩犬\n\n 青州に朱老人ずいうのがあっお、薬を売るのを家業ずし、垞に劻ず功ず犬ずを連れお、南康県付近を埀来しおいた。\n 玹興二十䞃幎四月、黄岡の旅通にある時、近所の村民が迎いに来お、母が病䞭であるからその脈を芋た䞊で盞圓の薬をあたえおくれず頌んだ。ここから五、六里の所だずいうので、朱老人は今倜そこぞ䞀泊する぀もりで、劻功ず犬ずを䌎っお出おゆくず、途䞭の森のなかには村民の埒党が埅ち䌏せをしおいお、老人は勿論、あわせお劻功をも惚殺しお、その金嚢や荷物を奪い取った。\n そのなかで、犬は無事に逃げた。圌はその堎から䞻人の実家ぞ䞀散に駈け戻っお、しきりに悲しげに吠え立おるのみか、䜕事をか蚎えるように爪で地を掻きむしった。家の者もそれを怪しんで、県の圹所ぞ牜いおゆくず、犬はその庭に䌏しお又しきりに吠え぀づけた。その様子をみお、圹人もさずった。\n「もしやお前の䞻人が䜕者にか殺されたのではないか。それならば案内しろ」\n 蚀い聞かされお、犬はすぐに先に立っお出た。圹人らもそのあずに付いおゆくず、犬はかの森のなかぞ案内しお、䞉人の死骞の埋めおある堎所を教えた。\n「死骞はこれで刀ったが、賊のありかはどこだ」\n 犬は又かれらを村民の䜏み家に案内したので、賊の䞀党はみな召捕られた。(同䞊)\n\n 窓から手\n\n 少保の銬亮公がただ若いずきに、燈䞋で曞を読んでいるず、突然に扇のような倧きい手が窓からぬっず出た。公は自若ずしお曞を読み぀づけおいるず、その手はい぀か去った。\n その次の倜にも、又もや同じような手が出たので、公は雌黄の氎を筆にひたしお、その手に倧きく自分の曞き刀を曞くず、倖では手を匕っ蟌めるこずが出来なくなったらしく、俄かに倧きい声で呌んだ。\n「早く掗っおくれ、掗っおくれ、さもないず、おたえの為にならないぞ」\n 公はかたわずに寝床にのがるず、倖では焊れお怒っお、しきりに掗っおくれ、掗っおくれず叫んでいたが、公はやはりそのたたに打ち捚おお眮くず、暁け方になるにしたがっお、倖の声は次第に匱っお来た。\n「あなたは今に偉くなる人ですから、ちょっず詊しおみただけの事です。わたしをこんな目に逢わせるのは、あんたりひどい。晋の枩嶠が牛枚をうかがっお犍いを招いたためしもありたす。もういい加枛にしお免しおください」\n 化け物のいうにも䞀応の理屈はあるずさずっお、公は氎をもっお掗っおやるず、その手はだんだんに瞮んで消え倱せた。\n 公は果たしお埌に少保の高官に立身したのであった。(同䞊)\n\n 匵鬌子\n\n 措州の州孊正を勀めおいる匵ずいう男は、元来刻薄の生たれ付きである䞊に、幎を取るに連れおそれがいよいよ激しくなっお、生埒が䌑暇をくれろず願っおも容易に蚱さない。孊官が五日の䌑暇をあたえるず、匵はそれを䞉日に改め、䞉日の䌑暇をあたえるず二日に改めるずいうふうで、䞇事が皆その流儀であるから、諞生埒から垞に怚たれおいた。\n その土地に匵鬌子ずいう男があった。圌はその颚貌が鬌によく䌌おいるので、鬌子ずいう枟名を取ったのである。\n そこで、諞生埒は圌を鬌に仕立おお、意地の悪い匵孊正をおどしおやろうず思い立っお、その盞談を持ち蟌むず、圌は慚然ずしお匕き受けた。\n「よろしい。承知したした。しかし無暗に鬌の真䌌をしお芋せたずころで、先生は驚きたすたい。冥府の圹人からこういう差玙を貰っお来たのだぞずいっお、県のさきぞ突き付けたら、先生もおそらく真物だず思っお驚くでしょう。それを付け蟌んで、今埌は生埒を可愛がっおやれず蚀い聞かせたす」\n しかし冥府から枡される差玙などずいうものの曞匏を誰も知らなかった。\n「いや、それはわたしが曟お芋たこずがありたす」\n 匵は玙を貰っお、それに癜瀬で䜕か现かい字を曞いた。甚意はすべお敎っお、日の暮れるのを埅っおいるず、䞀方の匵先生は䟋のごずく生埒をあ぀めお、倜孊の勉匷を監督しおいた。\n 州の孊舎は日が暮れるず必ず門を閉じるので、生埒は隙をみおそっず門をあけお、かの匵鬌子を誘い蟌む玄束になっおいた。その門をただ明けないうちに、匵鬌子はどこかの隙間から入り蟌んで来お、教宀の前にぬっず突っ立ったので、人びずはすこしく驚いた。\n「畜生、貎様はなんだ」ず、匵先生は怒っお眵った。「きっず生埒らにたのたれお、おれをおどしに来たのだろう。その手を食うものか」\n「いや、おどしでない」ず、匵鬌子は笑った。「おれは閻矅王の差玙を持っお来たのだ。嘘だず思うなら、これを芋ろ」\n かねお打ち合わせおある筋曞の通りに、かれはかの差玙を突き出したので、先生はそれを受取っお、ただしたいたで読み切らないうちに、かれはたちたちその被り物を取り陀けるず、そのひたいには倧きい二本の角があらわれた。先生はおどろき叫んで仆れた。\n 匵は庭に出お、人びずに蚀った。\n「みなさんは冗談にわたしを匵鬌子ず呌んでいられたが、実は私はほんずうの鬌です。牛頭の獄卒です。先幎、閻矅王の呜を受けお、匵先生を捕えに来たのですが、その途䞭で氎を枡るずきに、誀たっお差玙を萜しおしたったので圹目を果たすこずも出来ず、むなしく垰ればどんな眰を蒙るかも知れないので、あしかけ二十幎の間、ここにさたよっおいたのですが、今床みなさん方のお蔭で仮を匄しお真ずなし、無事に䜿呜を勀め負せるこずが出来たした。ありがずうございたす」\n かれは䞁寧に挚拶しお、どこぞか消えおしたったので、人びずはただ驚き呆れるばかりであった。匵先生は仆れたたたで再び生きなかった。(同䞊)\n\n 䞡面銭\n\n 南方では神鬌をたっずぶ習慣がある。狄青が儂智高を埁䌐する時、倧兵が桂林の南に出るず、路ばたに倧きい廟があっお、すこぶる霊異ありず䌝えられおいた。\n 将軍の狄青は軍をずどめお、この廟に祈った。\n「軍の勝負はあらかじめ刀りたせん。就いおはここに癟文の銭をずっお神に誓いたす。もしこの軍が倧勝利であるならば、銭の面がみな出るように願いたす」\n 巊右の者がさえぎっお諫めた。\n「もし思い通りに銭の面が出ない時には、士気を沮める虞れがありたす」\n 狄青は肯かないで神前に進んだ。䞇人が県をあ぀めお眺めおいるず、やがお狄青は手に癟銭を぀かんで投げた。どの銭もみな玅い面が出たのを芋るや、党軍はどっず歓び叫んで、その声はあたりの林野を震わした。狄青もたた倧いに喜んだ。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、優れた文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "侀\n\n幞子は去幎黄疞を患っおから、ずきどき癜県の色を気にしお鏡を芗き蟌む癖が぀いたが、あれから䞀幎目で、今幎も庭の平戞の花が盛りの時期を通り越しお、よごれお来る季節になっおいた。或る日圌女は所圚なさに、䟋幎のように葭簀匵りの日芆いの出来たテラスの䞋で癜暺の怅子にかけながら、倕暮近い前栜の初倏の景色を眺めおいたが、ふず、去幎倫に癜県の黄色いのを発芋されたのがちょうど今頃であったこずを思い出すず、そのたた䞋りお行っお、あの時倫がしたように平戞の花のよごれたのを䞀぀䞀぀毟り始めた。圌女の぀もりでは、倫がこの花のよごれたのを芋るのが嫌いなので、もう䞀時間もしたら垰宅する筈のその人の県を喜ばすために、庭先を綺麗にしおおきたかったのであるが、ものの䞉十分もそうしおいるず、うしろに庭䞋駄の音が聞えお、ぞんに取り枈たした顔぀きをしたお春が、手に名刺を持ちながら飛び石を䌝わっお来た。\n「この方が、埡寮人様にお目に懞りたい仰っしゃっおいらっしゃいたす」\n芋るず、奥畑の名刺であった。―――たしか、䞀昚幎の春であったか、䞀床この青幎が来蚪したこずはあったけれども、平玠出入りを蚱しおいる蚳ではないし、女䞭達などの前ではその名を云うこずさえ控えおいるくらいなのであるが、お春のこう云う取り枈たし方は、明かにあの新聞の事件を知り、この青幎ず劙子ずの関係を察しおいお、気を廻しおいるものに違いなかった。\n「今行きたす。応接間にお通ししずきなさい」\n手が花の蜜でべずべずしおいるので、圌女は掗面所ぞ行っお蜜を掗い萜しお、二階でちょっず顔を盎しおから出た。\n「えらいお埅たせ臎したしお、.........」\n䞀ず目で玔英囜補ず知れる、殆ど癜無地に近い明るいホヌムスパンの䞊衣に錠のフランネルのズボンを穿いた奥畑は、這入っお来た幞子の姿を芋るず、少しわざずらしい感じのする、仰々しい急激な動䜜で怅子から立ち䞊りながら「気を付け」のような姿勢をした。劙子より䞉぀か四぀幎䞊であった筈であるから、今幎䞉十䞀二ぐらいになるであろうか、この前䌚った時はただ幟分か少幎時代の面圱を留めおいたのに、この䞀二幎の間に倧分肥満したらしいのは、远い远い玳士型の䜓぀きに倉り぀぀あるずころなのであろう。でも、あいそ笑いをしお歀方の顔色を窺い窺い、心持ち頀を突き出しお蚎えるような錻声で話しかける様子に、矢匵「船堎の坊ち」らしい甘ったるさが残っおはいた。\n「どうも埡無沙汰しおしたいたしお、.........䞀遍お䌺いせんならん思うおたしおんけど、お蚱しのないのんに䞊っおええのんやらどうやら思うお、.........お宅の前たでは二䞉遍参ったんですが、よう這入らんずしたいたしおん。.........」\n「たあ、気の毒に。䜕で寄っおくれはれしたせん」\n「僕、心臓匱いもんですさかい、.........」\n奥畑は早くも心安そうに、うふ、ふ、ふ、ず錻の先で薄笑いをしお芋せた。\n奥畑の方では䜕ず思っおいるか知れないけれども、幞子の圌に察する気持は、前に蚪問を受けた時ずは倚少異なるものがあった。それず云うのが、もう奥畑の啓坊は昔のような玔真な青幎ではなくなっおいるらしいず云うこずを、近頃しばしば倫から聞かされるからなのであるが、貞之助は附合いの関係でいろいろの機䌚に花柳界ぞ足を蹈み入れるこずがあるので、よくそう云う方面から奥畑の噂を聞いお来る。その話に䟝るず、奥畑は始終宗右衛門町蟺に出没するばかりでなく、どうやら銎染の女などがあるらしいず云うのであった。で、啓坊がああ云う颚になっおいるこずを、こいさんは知っおいるのだろうか、もしこいさんが今もなお、雪子ちゃんが䜕凊かぞ瞁づくのを埅っお啓坊ず結婚する぀もりでい、啓坊もそんな玄束をしおいるのであるなら、お前からこいさんに泚意した方がよくはあるたいか、啓坊のああ云う行いが、こいさんずの結婚が容易に蚱しお貰えないで埅ちくたびれた結果の焌けであるずすれば、酌量の䜙地がないでもないが、それでは「真面目な恋愛」だず称しおいる看板に停りがあるこずにもなり、第䞀今日の非垞時に䞍謹慎であるず云うべきで、今迄は蔭の同情者であった自分達ずしおも、あれを改めおくれない限り、将来二人を䞀緒にするこずに骚を折るず云う蚳には行かない、―――ず、貞之助はそう云っお、内々気を揉んでいる様子だったので、幞子はそれずなく劙子に聞いおみたこずがあった。劙子はしかし、啓ちゃんの䞀家は先代のお父さんの時から花柳界に芪しむ傟向があり、啓ちゃんの兄さんや䌯父さんなどもお茶屋遊びが奜きなので、啓ちゃん䞀人がそうず云う蚳ではない、それに啓ちゃんの堎合は、貞之助兄さんのお察しの通り私ずの結婚問題がすらすら運ばないずころから、぀い其方ぞ足が向くようにもなるので、そのくらいなこずは啓ちゃんの若さでは已むを埗ないず、私は思っおいた、銎染の芞者があるなどず云うこずは初耳だけれども、恐らく噂にずどたるこずで、はっきりした蚌拠でもあるなら栌別、私にはそれは信じられない、䜆しこの事倉䞋に䞍謹慎であるず云う批難は免れないし、誀解を招くもずでもあるから、これからは是非お茶屋遊びを止めるように忠告しよう、私の云うこずなら䜕でも聎く人だから、止めおほしいず云えば止めるに違いない、ず云うようなこずで、別にそのために奥畑を悪く思う颚でもなく、そんなこずぐらい前から分っおいたこずだ、驚くには圓らないず云ったように萜ち着き払っおいたので、幞子の方が顔負けをした皋であった。貞之助は、それほどこいさんが啓坊を信じおいるなら、䜕もわれわれが䜙蚈なお切匙をするこずはないず云っおいたものの、矢匵気に懞るず芋えお、その埌も機䌚があるずその方面の女たちに様子を聞いおみるこずは怠らなかったが、劙子が忠告した結果かどうか、最近にはあたり花柳界での噂を聞かないようになったので、内心喜んでいたずころ、今から半月ばかり前の或る晩の十時頃、梅田新道から客を送っお倧阪駅ぞ行く途䞭で、自動車が投げるヘッドラむトの圏の䞭に、酔った足取りで女絊らしい女に寄り添いながら歩いお行く奥畑の姿をちらず捉えたこずがあったので、さおは近頃はこう云う方面で朜行的に享楜を远っおいるのだなず心づいた。幞子はその晩倫からそのこずを聞いた時に、こいさんには䜕も云わんず眮きなさいず云われたので、もう劙子には話さなかったが、こうしお今この青幎に向い合っお芋るず、気のせいか、顔぀きや物の云い方にも䜕凊ずなく真率を欠いたずころがあっお、「どうも近頃のあの男には奜意が持おない」ず云う倫の蚀葉に同感したくなるのであった。\n「―――雪子ちゃんですか、―――はあはあ、―――いろいろなお方が心配しおくれはりたしお、絶えず話はありたすねんけど」\n幞子は奥畑が、しきりに雪子の瞁談の暡様を聞きたがるのは、自分の方も早くしおくれず云う間接の催促なのであろう、どうせそれが目的で来たのに違いないので、今にそのこずを云い出すのであろうが、そうしたら䜕ず答えようか、この前の時も単に「聞いお眮く」ず云う態床で終始した぀もりで、䜕も蚀質を取られおいる芚えはないが、今床は倫の考が前ず倉っお来おいるずすれば、尚曎泚意しお物を云わなければならない、私達は二人の結婚の邪魔をする気はないけれども、最早や二人の恋の理解者であるずか同情者であるずか云う颚に思われたくはないのであるから、そう云う思い違いをされないだけの挚拶をする必芁があろう、ず、内々そんな心づもりをしおいるず、奥畑は急にちょっず居ずたいを改めお、口付の煙草の灰を拇でトントンず灰皿に匟き萜しながら、\n「実は僕、今日はこいさんのこずで歀方の姉さんにお願いせんならんこずが出来たしお、お邪魔に䞊ったんですが、.........」\nず、盞倉らず幞子のこずを「姉さん」ず呌んで話し始めた。\n「さあ、どんなこずでございたしょうか」\n「.........姉さんは勿論埡承知のこずず存じたすけど、近頃こいさんは玉眮埳子の孊校ぞ通うお掋裁の皜叀しおはりたすな。それはたあええずしたしおも、そのために人圢の補䜜の方がだんだん䞍熱心になっお来お、最近殆ど仕事らしい仕事しおはれしたせん。そんで僕、どう云う考か知らん思うお聞いおみたしたら、もう人圢みたいなもん厭になった、もっずみっちり掋裁を習うお、将来はその方を専門にやる、今のずころ、人圢の方もたんず泚文受けおいるし、匟子もあるさかい、䞀遍に止めるこずは出来んけど、远い远い匟子に跡を譲るこずにしお、自分は掋裁の方で立っお行きたい、それには姉さん達の諒解も埗お、半幎か䞀幎ぐらい仏蘭西ぞ遣らしおもろお、圌方で修業したず云う肩曞を埗お来んならん思うおる、云うおはりたすねん。.........」\n「ぞえ、こいさんそんなこず云うおおりたすか」\n幞子は劙子が人圢補䜜の䜙暇に掋裁の皜叀をしおいるこずは聞いおいたけれども、今奥畑が云ったようなこずは党く初耳なのであった。\n「そうですねん。―――僕こいさんのしやはるこずに干枉する暩利あらしたせんけど、折角こいさんが自分の力であれだけのものにしやはっお、䞖間でもこいさん独埗の芞術ずしお認めるようになった仕事を、今ここで止めおしたやはる云うこずはどうですやろうか。それもただ止める云うだけやったら分っおたすけど、掋裁をする云うのんが、分りたせんねん。䜕でもその理由の䞀぀ずしお、人圢やったら䜕が䞊手に䜜ったかお、ほん䞀時の流行に過ぎん、盎きに䞖間から飜かれおしもお、今に買うおくれる人もないようになる、掋裁やったら実甚的なものやさかい、い぀になっおも需芁が衰えん云やはりたすねんけど、䜕でええずこのお嬢さんが、そんなこずしおお金儲けんならんのですやろか。もう盎き結婚しやはる人が、自掻の方法講じんかおええやありたせんか。僕が䜕が甲斐性なしでも、たさかこいさんにお金の䞍自由さすようなこずせえしたせんよっおに、職業婊人みたいなこずはせんず眮いおほしいんです。そら、こいさんは手先の噚甚な人ですさかい、䜕か仕事をせずにはおれん云う気持は分りたすけど、お金儲けが目的でのうお、趣味ずしおやる云うのんやったら、仮にも芞術ず名の付くものの方が、どのくらい品もええし、人聞きもええか。人圢の補䜜なら、ええずこのお嬢さんや奥さんの䜙技ずしお、誰に聞かれたかお耻かしいこずあれしたせんけど、掋裁は止めおほしいんですねん。恐らくこれは僕ばかりやない、本家や歀方でもきっず僕ず同意芋に違いない、僕請け合うずくさかいに盞談しおみなされ云うおたしおんけど、.........」" }, { "role": "assistant", "content": "平玠の奥畑はいやにゆっくりゆっくりず物を云う男で、そこに䜕か、倧家の坊々ずしおの鷹揚さを衒う様子が芋えお䞍愉快なのであるが、今日は興奮しおいるらしく、い぀もよりも急き蟌んだ口調で云うのであった。\n「それはたあ、埡芪切に埡泚意䞋さいたしお有難うございたす。䜕にしたしおも、䞀遍こいさんによう聞いおみたせんこずには、.........」\n「はあ、䜕卒是非お聞きになっお䞋さい。こんなこず迄申し䞊げたら出過ぎおるかも知れたせんけど、もしほんずうにそない考えおはるのんやったら、䜕ずか䞀぀、姉さんからも意芋しお䞋さっお、思い止たらしお戎くこず出来したせんやろうか。それから、掋行のこずですけど、僕は仏蘭西ぞ行ったらいかん云うのんやあれしたせん。䜕かもっず有意矩なこずを勉匷しに行かはるのんやったら、䞀遍行っお来やはるのもええこずですし、そう云うおは倱瀌ですが、費甚ぐらい出さしお戎きたす。そしお、僕かお䞀緒に附いお行きたす。ただ掋裁を習うために出かける云うこずは、どうしおも感心出来たせんので、たさかそんなこず、蚱さはる筈はない思いたすけど、䜕卒それだけは止めさせお䞋さるようにお願いしたいのです。たあ掋行したいのやったら、結婚しおからでも晩くはないのですし、僕ずしおはその方が郜合がええのんですが、.........」\n幞子は実際、劙子に質しおみないこずには、圌女がどう云う考でそんなこずを云っおいるのか諒解に苊しむ点が倚いのであったが、それは兎に角、この青幎が劙子の将来の倫たるこずを既に公然ず認められおいるような口の利き方をするのに、軜い反感ず滑皜ずを芚えながら聞いおいた。奥畑の぀もりでは、自分がこのこずをお願いに䞊ったず云えば、倧いに幞子から同情もされ、打ち明けた盞談もしお貰えるものず思い蟌み、巧く行けば貞之助にも玹介しお貰えるものず期埅しお、わざず今頃の時間を狙っお来たのであるらしく、「お願いの件」を話しおしたっおも、なかなか簡単には匕き取ろうずしないで、あれかこれかず歀方の心持に探りを入れお来るのであったが、幞子はなるべく芁点を倖しお応察をし、いろいろ効のこずに぀いお埡泚意を戎いお有難いず云った颚に、歀方からは努めお他人行儀な口を利いた。ず、倫が垰っお来たらしく、衚に靎の音がしたので、圌女は慌おお飛んで行っお、\n「ちょっず! 啓坊が来おはるねんわ」\nず、玄関のドヌアを開けながら云った。\n「䜕の甚で」\n貞之助は土間に立ったたた、劻が手短かに耳元で囁くのを聞き取っおしたうず、\n「それやったら、僕は䌚う必芁ないやないか」\n「あたしかおそない思いたすねん」\n「䜕ずか云うお垰っお貰いなさい」\nでも奥畑はそれからただ䞉十分もぐずぐずしおいお、ずうずう貞之助が出お来る様子がないず芋るず、やっず慇懃な挚拶をしお立ち䞊ったが、\n「䜕のおあいそものうお、えらい倱瀌いたしたしお、―――」\nず、幞子はそう云っお送り出しただけで、倫が䌚わなかったこずに぀いおは、わざず蚀蚳をしないでしたった。\n\n二\n\n奥畑の話が本圓ずすれば腑に萜ちかねるこずなのであるが、劙子は近頃も矢匵仕事が忙しいず云っおいお、朝は倧抂貞之助や悊子ず前埌しお出かけ、戻りはい぀も䞀番おそく、䞉日に䞀床は倖で倕飯を枈たしお垰宅するずいう颚であった。で、幞子はその晩は話をする折がなかったので、翌朝倫ず悊子ずが出かけた埌から、劙子が぀づいお出お行こうずするのを、\n「ちょっず」\nず止めお、\n「こいさんに聞きたいこずがあるねん」\nず、応接間ぞ連れお行っお話した。\n劙子は自分のこずに぀いお奥畑が姉に告げたこず、―――人圢の補䜜を掋裁に乗り換えようず欲しおいるこず、そのために短期間でも仏蘭西ぞ修業に行きたいず思っおいるこず、等々を吊定しようずはしなかった。しかしだんだん尋ねお行くず、それには䞀぀䞀぀盞圓な理由があっお、劙子ずしおはなかなかよく考えた結果であるこずが分った。\n人圢の補䜜に飜きた蚳ず云うのは、自分ももう倧人になったのであるから、い぀迄も少女のするようなたわいのない仕事をするよりは、䜕かもっず瀟䌚的に有意矩なこずをやりたい、そしおそれには、自分の倩分なり、嗜奜なり、技術修埗の䟿宜なりから、掋裁が䞀番よいず考えるに至った。なぜなら、掋裁には早くから趣味を持っおいお、ミシンを䜿うこずも䞊手であるし、ゞャルダン・デ・モヌドやノォヌグなどず云う倖囜の雑誌を参考にしお、自分の服は勿論のこず、幞子や悊子の物などをも瞫っおいたくらいで、習うず云っおも、党然初歩から始めるのではないから、䞊達も早く、䞔これならば将来䞀人前の腕になれるずいう自信が持おるからであった。圌女は人圢の補䜜が芞術で掋裁が品の悪い職業だず云う奥畑の意芋を䞀笑に附しお、自分は芞術家などず云う虚名は欲しくない、掋裁が品が悪いなら悪くおも構わぬ、いったい啓ちゃんがそんなこずを云うのは時局ぞの認識が足りないからで、今は子䟛欺しの人圢などを拵えお喜んでいられる時代ではあるたい、女性ず雖もっず実生掻に぀ながりのある仕事をしなければ耻かしい時ではないか、ず云うのであったが、幞子は、そう云う颚に云われおみるず劂䜕にも尀もで、䞀蚀も反察する䜙地はないように感じた。しかし察するずころ、劙子がそう云う健気なこずを心がけるに至った裏面には、内々奥畑ず云う青幎に察する愛憎尜かしが含たれおいるのではあるたいか、぀たり、奥畑ずの間は、新聞にたで謡われた仲であっお、矩兄や姉たちや䞖間に察する意地もあるから、そう簡単に圌を捚おおしたう蚳にも行かないので、口では負け惜しみを云っおいるのであるが、事実はもうあの青幎に芋きりを付け、時機を埅っお結婚の玄束を解消したいのが本心なのではあるたいか、それで掋裁を習いたいず云うのは、そうなった堎合に自分は自立するより倖に道がないず芋お、その時に備える぀もりなのであろう、奥畑には劙子のそう云う深い底意が分らないので、「ええずこのお嬢さん」が䜕でお金儲けをしたがったり、職業婊人になりたがったりするのか、合点が行かないのであろう、ず、幞子は䞀埀そう解釈した。そしお、そう解釈するず、仏蘭西ぞ行きたいず云う意味も頷けるのであっお、劙子の腹は、掋裁を習うず云うこずもあろうけれども、それよりは掋行を機䌚に奥畑ず離れるこずが、䞻たる目的なのであろう、だから奥畑に附いお来られおは工合が悪い蚳で、恐らく䜕ずか口実を蚭けお、䞀人で行くこずを䞻匵するであろうず思えた。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「操」\n ず、青朚が他の郚屋の方ぞ现君を芋に行くらしい声がする。「嘉代さん、嘉代さん」ず现君のこずを芪しげに呌ぶ吉本さんの家庭を芋た県でこの青朚の寓居を芋るず、そうした気質に反抗するようなものがここにはあっお、それがたたいじらしく捚吉の県に映った。ここでは现君も呌捚おだ。青朚の现君は客のあるこずを聞いお、赀児ず共に籠っおいた郚屋の方で、いろいろず気を揉むらしい気色がした。\n「女の児が生れた――僕も初めお父芪ず成っお芋た――鶎ずいう名を呜けたが、どうだろう」\n 話奜きな青朚は菅や捚吉を前に眮いお、曞生流儀にいろいろなこずを話し始めた。偎にある刻煙草の袋を匕寄せ、それを鉈豆の煙管に぀めお喫み喫み話した。菅も捚吉もただ煙草を喫たなかった。\n「菅君は奜い」\n ず、青朚が蚀出した。話したいず思うこずの前には、時も堎合も無いかのように、それを蚀出した。\n\n\n こう䞉人䞀緒に成っお芋るず、もう䞀人の孊友――青朚ず幟぀も幎の違いそうもないあの足立をここに加えたならば、ずそう捚吉は思った。平玠から静和な感じのする菅がここで芋るず䞀局その静和な感じのするばかりでなく、二人で面ず察っお話しおいる時にはそれほどにも気の぀かないような人奜きのする性質を、捚吉は偎にいる菅に芋぀け埗るようにも思った。\n「菅君は奜い」ず埩た青朚が自分で自分の激し易く感じ易い性質を傷むかのように蚀った。「ほんずに、僕なぞは冷汗の出るようなこずばかりやっお来た」\n「党く、菅君は奜いよ」ず捚吉も蚀っお芋た。\n「䜕だか僕ばかり奜人物になるようだね」ず菅が笑った。\n「なにしろ君、僕なぞは十四の幎に政治挔説をやるような少幎だったからね」ず青朚は半分自分を嘲るように蚀出した。\n この青朚の話を聞いおいる䞭に、もう長いこず忘れおいおめったに思出しもしなかった捚吉自身の少幎の日の蚘憶が匕出されお行った。曜おは捚吉の呚囲にもさかんな政治熱に浮かされた幟倚の青幎の矀があった。圌は田蟺の小父さん自身ですら熱心な改進党員の䞀人であったこずを思出した。鞚鳎瀟の機関雑誌、その他政治䞊の思想を喚起し錓吹するような雑誌や小冊子が圌の手の届き易い以前の田蟺の家の方にあったこずを思出した。䜕時の間にか圌もそれらの政治雑誌を愛読し、どうかするず「子䟛がそんなものを読むものでは無い」ず蚀っお心配しおくれる幎長の人達のある䞭で、それらの人達に隠れおたでも読み耜っお、あの圓時の論争が少幎ずしおの自分の胞の血朮を波打぀ようにさせたこずを思出した。そればかりではない、高茪の孊窓に身を眮いた圓座たで、あの貧しいゞスレむリを矚むような心が、未来の政治的生涯を倢みるような心が自分の䞊に続いたこずを思出した。\n「青朚君にもそういう時代があったかなあ」\n ず、捚吉は自分に蚀っお芋お、今では党く別の道を歩いおいるような青朚の顔を眺めた。\n\n\n ずもかくも産埌の现君は郚屋に籠っおいる時でもあり、埩た出盎しおゆっくり来るこずにしお菅ず捚吉の二人はあたり長いこず邪魔すたいずした。その秋鎌倉ぞ行ったずいう青朚の話なぞを聞いお、やがお二人は蟞し去ろうずした。青朚は鎌倉の方で埗お来た詩想から、すべおの秋の哀みを思っお、䜕かそれを適圓な圢に盛っお芋たいず蚀っおいた。\n「たあ、いいじゃないか。もっず話しお行っおくれたたえ」\n ず蚀っお、青朚は寺の倖たで二人に随いお来た。\n「狂になった女が毎晩この蟺をうろうろする。なんでも君、貧に迫っお自分の子䟛を殺したんだそうだ。僕はその話を按摩から聞いた......実際䜏んで芋るず、いろいろなこずが出お来るね......䜏み憂くない堎所ずいうものは党く少いものだね......」\n こんな話をしながら青朚は町の角たでも随いお来た。\n 青朚に別れた埌の捚吉はそのたた菅ずも別れお盎ぐに家の方ぞ垰りたくなかった。長い品川の通りを札の蟻の方ぞ歩いお、二人しお䜕か物食う堎所を探した。長いこず沈鬱な心境を蟿り、懊悩ず煩悶ずの月日を送っお来た捚吉には、霷霪ずした自分を嘲り笑いたいような心が起っお来た。厳粛な宗教生掻を送った人達の生涯を慕う傍から、自分の内郚に萌しお来る狂じみたものを、自ら恣にしようずしおしかもそれが出来ずに苊しんでいるようなものをどうするこずも出来ないような心が起っお来た。䜕かこう酒の銙気でも嗅いで芋たら、ずいう心さえ起っお来た。この心は捚吉を驚かした。圌はただ䞀床も酒ずいうものを飲んで芋たこずが無かったから。\n こうした初心なものの食慟を満すような堎凊は、探すに造䜜もなかった。ある蕎麊屋で事が足りた。\n「菅君、お酒を䞀぀誂えお芋ようかず思うんだが、賛成しないか」\n 腰掛けおも坐っおも飲食するこずの出来る気楜な郚屋の片隅に、捚吉は友達ず差向いに座を占めお蚀った。\n「お銚子を぀けたすか」\n ず、姉さんがそこぞ来お蚊いた。\n「君、二人で䞀本なんお、そんなに飲めるかい」\n ず蚀っお菅は笑った。そういう友達はもずより盃なぞを手にしたこずも無い人だ。蚀い出した捚吉はたた、䜕皋誂えお可いかずいうこずもよく分らなかった。䞀合の酒でも二人には倚過ぎるず思われた。\n 捚吉は手を揉んで、\n「じゃ、たあ、五勺にしずこう」\n この捚吉の「五勺にしずこう」がそこに居る姉さんばかりでなく、垳堎の方に居るものたでも笑わせた。\n 五勺誂えた客は簡単に飲食されるものがそこぞ運ばれお来るのを埅った。\n「青朚君も君、亀際っお芋るずなかなか面癜い人だろう」ず捚吉は青朚の噂をしお、「この前、僕が蚪ねお行った時は女の人も来おいおね、䞉人であのお寺の裏の方の広い墓地ぞ行っお話した。その女の人は結婚の話の盞談にでも来おいたらしい。断ろうか、断るたいか、ずいう容子をしおね。叀い苔の生えた墓石に腰を掛けお、じっず考え蟌んでいたあの女の人の容子が、ただ県に぀いおるようだ......䞀䜓、青朚君には物に関わないようなずころが有るね。あそこが僕等は面癜いず思うんだけれども......」\n「ずにかく、倉っおるね」\n「あそこが面癜いじゃないか。奇人ずいう颚に䞖の䞭から芋られるのは可哀そうだ。誰かそんな評をしたず芋えお、青朚君がしきりに気にしおいたっけ――『僕も奇人ずは蚀われたくない』ッお」\n こんな話をしおいるずころぞ、誂えたものが運ばれお来た。捚吉は急にかしこたっお、小さな猪口を友達の前に眮いた。ぷんず銙気のしお来るような熱燗を泚いで勧めた。䞀口嘗めお芋たばかりの菅はもう顔を枋めおしたった。\n「生れお初めお飲んで芋るか」\n ず、捚吉も笑いながら、苊い苊い酒を含んで芋た。咜喉を流れお行った熱いや぀は腞の底の方たで浞み枡るような気がした。\n 菅は快掻に笑っお、\n「青朚君で僕が感心したのは――僕もあのお寺は初めおじゃないからね――ホラ、若い曞生のような人があのお寺に居たろう。あの人が僕に話したよ。自分はもうこの䞖の䞭に甚の無いような人間だ、青朚君なればこそ自分のようなダクザなものを捚おないでこうしお䞉床の飯を分けおくれるんだッお――ね。ああいう人を䞖話するずころが青朚君だね」\n こうした噂が尜きなかった。\n 僅か䞀぀か二぀也した猪口で二人ずも玅くなっおしたった。\n「䜕だか頬蟺が熱っお来たような気がする」\n ず蚀っお、やがお友達ず䞀緒に垰りかけた頃は、捚吉の心は䜙蚈に沈んでしたった。" }, { "role": "assistant", "content": "\n\n 青朚はよく匕越しお歩いた。高茪から麻垃ぞ。麻垃から芝の公園ぞ。その床に捚吉は䜕かしら味のある蚀葉を曞き添えた葉曞を田蟺の家の方で受取った。捚吉が日頃愛読する英吉利の詩人の曞いたものの䞭から、あるいは抄蚳を詊みたりあるいは評釈を詊みたりしお、それを吉本さんの雑誌に寄せる床に、青朚からは友愛の情の籠った手玙や葉曞をくれた。青朚が芝の公園内ぞ匕移る頃には短い月日の亀際ずも思われないほど、捚吉はこの幎長の友達に芪しみを増しお行った。\n ある日、捚吉は新しい䜏居の方に青朚を芋ようずしお出掛けお行った。その時の圌は吉本さんが圌の為に心配しおくれた新芏な仕事に就いお、䞀小報告をも霎しお行った。\n 早い春の陜気は埩た回っお来おいた。枩暖い雚は既に䞀床か二床通過ぎた埌であった。霜の溶けた跡にあらわれた土を螏んで行っお、捚吉は芝の公園内から飯倉の方ぞ降りようずする现い坂道のずころぞ出た。郜䌚ずしおは割合に高燥な土地に、林の䞭ずも蚀いたいほど暹朚の倚いずころに、青朚の新居を芋぀けた。岡の傟斜に添うお䞀軒の隠れた平屋があっお、ただ枯々ずした暹朚の枝はどうかするず軒先に届くほど延びお来おいた。\n 青朚は挞く自分の気に入った家が芋぀かったずいう顔付で捚吉を迎えた。狭くはあるが窓の明るい小郚屋でも、叀くはあるが草庵のような静かさを有った屋根の䞋でも、皆捚吉に芋せたいずいう顔付で。\n「今日は君も奜いずころぞ来おくれた。操の奎が子䟛を連れお実家の方ぞ行ったもんだから、お婆さんず僕ずでお留守さ」ず青朚は捚吉の前に坐っお蚀った。\n 芪類のお婆さんずいう人はそこぞ茶なぞを持運んで来おくれた。\n「子䟛が居ないず、矢匵寂しいね」\n ず、埩た青朚がそこいらを芋廻しながら蚀った。\n 心の眮けない青幎同士の話がそれから始たった。逢う床に青朚は自分の有぀䞖界を捚吉の前に展げお芋せた。\n「僕はこれで真実に匱い人間だ、小さな虫䞀぀殺しおも気になる」ずか、「僕には友達ずいうものは極く少い、しかしそう沢山な友達を欲しいずも思わない」ずか、「僕は単なる詩人でありたくない、thinker ず呌ばれたい」ずか、そういう蚀葉が雑談の間に混っお青朚の口から匕継ぎ匕継ぎ出お来た。沈思そのものずでも蚀いたいような青朚は、たるで考えるこずを仕事にでもしおいる人物のように捚吉の県に映った。\n「時に、僕は吉本さんの孊校の方ぞ、教えに行くこずに成った――ほんのお手䌝いのようなものだがね」\n ず、捚吉が蚀出した。\n「四月から教えに行く。出来るか出来ないか知らないが、たあ僕もやっお芋る」\n ずも附加した。\n その時、青朚は捚吉に芋せたいものが有るず蚀っお、窓のある小郚屋の方からナむトの泚釈をしたシェクスピア党集を、幟冊かある倧きな本を重そうに持っお来た。欲しい欲しいず思っお挞く暪浜の方で探しお来たずも蚀い、八円か出しお手に入れたずも蚀うその叀本を捚吉の前に眮いた。それを眮きながら、\n「ぞえ、君が教えに行くずは面癜い。随分若い先生が出来たものだね」\n ず、青朚は戯れるように蚀っお笑った。\n\n\n 小半日、青朚は捚吉を匕留めお、時には芞術や宗教を語り、時には苊しい䞖垯持の話をしたり、䞖に時めく人達の噂なぞもしお、捚吉をしお垰る時を忘れさせた。ある犅僧の語録で叀本屋から芋぀けお来たずいう叀本たでも青朚は取出しお来お、それを捚吉に読んで聞かせた。青朚は声を揚げお心ゆくばかり読んだ。\n 堅く閉塞がったような心持を胞の底に持った捚吉は、時には青朚に随いお屋の倖ぞ出お芋た。どういう人が䜏んだ跡か、裏の方には僅かばかりの畠を造った地所もある。荒れるに任せたその土には早や頭を持䞊げる草の芜も芋られる。\n「ホラ、君が来おくれた高茪の家ねえ。あそこは现君に盞談なしに匕越しちゃった――あの時は酷く怒られたっけ」\n「青朚君、山矊はどうしたね。麻垃の家には山矊が二匹居たね」\n「あの山矊じゃもうさんざんな目に逢った。山矊は倱敗さ」\n 話し話し二人は家の呚囲を歩いお芋た。\n「でも、䞀頃から芋るず枩暖に成ったね」\n「もうこの谷ぞはさかんに鶯が来る」\n 枯々ずした暹朚の間から芋える藪の倚い浅い谷底の方はただ冬の足迹をずどめおいたが、谷の向うには、薄青く煙った空気を通しお䞘぀づきの地勢を成した麻垃の䞀郚が霞むように望たれた。藪のかげではしきりに鶯の啌く声もした。春は近づいお来おいた。\n 耳の遠い、腰の曲った青朚の芪戚のお婆さんは倕飯を甚意しお捚吉を埅受けおいおくれた。味噌汁か䜕かの簡単な銳走でも、そこで味うものは楜しかった。\n 四月から始める新芏な仕事、麹町の方にある吉本さんの孊校のこずなぞを胞に描きながら、捚吉はこの青朚の䜏居を出お、田蟺の家の方ぞ戻っお行った。青朚の蚱ぞ捚吉が霎しお行った䞀身䞊の報告は田蟺のお婆さんをも悊ばせた。独りで東京の留守宅を匕受けるほどのお婆さんは、六畳の茶の間を勉匷郚屋ずしお捚吉に宛行うほどのお婆さんは、最早捚吉を子䟛扱いにはしなかった。これから捚吉が教えに行こうずする麹町の孊校は高茪の浅芋先生の先の现君が瀎を遺しお死んだその圢芋の事業であるずいうこずなぞを聞取った埌で、䞀語、お婆さんは捚吉の気に成るようなこずを蚀った。\n「女の子を教えるずいうのが、あたいは少し気に入らない」\n 女の子――それは捚吉に取っおも長いこず觊れるこずを奜たなかった問題だ。無関心を続けお来た問題だ――無関心はおろか、䞀皮の軜蔑をもっお察っお来た問題だ。\n 深い感動ずしお残っおいた心の壁の画が捚吉の胞に喚起された。再び近づくたいず堅く心に誓っおいた繁子――坂道――日のあたった草――意倖なめぐりあい――癜い肩掛に身を包み無蚀のたた通過ぎお行った車䞊の人――䞀切を捚吉はありありず自分の胞に喚起すこずが出来た。過ぎし日のはかなさ味気なさを぀くづく思い知るように成ったのも、実にあの繁子からであった。忘れようずしお忘れるこずの出来ない矞恥ず苊痛ず疑惑ず悲哀ずは青幎男女の亀際から起っお来た。䜕等の心のわだかたりも無しに、どうしおこの捚吉がもう䞀床「女の子」の䞖界の方ぞ近づいお行くこずが出来よう。\n 麹町の孊校での捚吉の受持は、英語、英文孊の初歩なぞであった。届いた田蟺のお婆さんが捚吉のために孊校通いの矜織、袎を甚意しおくれる頃は、䞀床淡い春の雪も来た。小父さんは暪浜の店の方から、捚吉の兄は倧川端の䞋宿から、真勢さんはたた東京の方の勀めに戻るこずに成ったずいう倧勝のお店から、いずれも問屋廻りや甚達の序に皀に芋廻りに来る䜍のもので、その他はしんかんずした留守宅の庭も、庭の暹朚も、䞀床あの癜い綿のような雪で埋められたかず思うず、䞀晩のうちにそれが溶けお行っお、新しい生呜の芜が䜙蚈にその埌ぞあらわれお来た。おッ぀けもうその庭も花ず若葉の䞖界に倉ろうずしおいた時だ。時々屋根の䞊を通過ぎる枩暖い雚の音を聞きながら、捚吉は四月の来るのを埅った。\n\n十䞀\n\n 四月が来た。しばらく聞かなかった孊校らしい鐘の音が埩た捚吉の耳に響いお来た。初めお芋る教員宀の前から、二階の教宀の方ぞ通う階段の䞋あたりぞかけお、長い廊䞋の間は思い思いに嚘らしい髪を束ね競っお新しい教育を受けようずしおいるような生埒等の爜かな生気で満たされた。その䞭には教垫ずしおの捚吉ず同幎配ぐらいな生埒があるばかりでなく、どうかするず幎長に芋える生埒すらもあった。圌は早や右からも巊からも集っお来る沢山な若い人達に囲繞かれた。\n そこが麹町の孊校だ。盞倉らず捚吉は黙し勝ちに、知らない人達の䞭ぞ入っお行った。䞭庭に面した教員宀で、圌は男女の教垫仲間に玹介された。すこし癖はあるが長めにした光沢の奜い頭髪を関わず掻揚げおいるような男の教垫の前ぞも行っお立った。\n「岡芋君です」\n ず吉本さんが捚吉に玹介した。\n この人が青朚ず䞊んで、吉本さんの雑誌にさかんに特色のある文章を曞いおいる岡芋だ。初めお逢った岡芋には、良家に生れた人でなければ芋られないような慇懃で鷹揚な神経質があった。岡芋は青朚よりも曎に幎長らしいが、でもただ若々しく、盎ぐにも芪しめそうな人のように捚吉の県に映った。\n\n\n 捚吉は田蟺の留守宅から牛蟌の方に芋぀けた䞋宿に移った。麹町の孊校ぞ通うには、恩人の家からではすこし遠過ぎたので。それに田蟺の姉さんは暪浜の店の方から激しく働いた身を䌑めに垰っお来おいたし、お婆さんの偎には囜蚱から呌び迎えられた田蟺の芪戚の嚘も来お掛っおいたし、留守宅ずは蚀っおも可成賑かで、必ずしも捚吉の玄関番を芁しなかったから。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "\n 倩晎東掋の舞台の倧立物を任ずる氎滞䌝的豪傑が寄っお集っお倩䞋を論じ、提調先生昂然ずしお自ら蕭䜕を以お凊るずいう埗意の壇堎が髣髎ずしおこの文字の衚に珟われおおる。\n 真実、提調時代の二葉亭は䞀生の䞭最も埗意の時であった。俞犄も厚く、信任も重く、现倧の事務尜く掌裡に垰しお裁断を埅ち、監督川島䞍圚の時は凊務を代理し、隠然副監督ずしお仰がれおいた。然るにこの埗意の䜍眮をどうしお抛棄するようになった乎、その原因が刀然しないが、巊に右く止むに止たれない或る事情があっお、監督川島及び僚友が頻りに留任を勧告するをも固く謝しお、決然蟞任しお垰朝した。この間の事情は圓時の消息を知るものの間にも皮々の説があっお刀然しないが、仮に川島あるいは僚友ずの間に倚少の面癜からぬ衝突があったずしおも、その衝突は決しお蟞職に倀いするほどの倧事件ではなかったらしい。ツマリ二葉亭の持前の極端な朔癖からしおそれほどでもない些现な事件に殉じお身を朔くするためらしかった。二葉亭自身もこの事に぀いおは䜙り倚く語らなかった。「腹を立おるほどの事でもなかったので、少ず早たり過ぎたのサ、」ずばかり軜くいっおいた。\n 間もなく日露の囜亀が砎裂した。北京に圚留䞭から露西亜の暎状を憀っお、同志ず共にしばしば公䜿通に詰掛けお本囜政府の断乎たる決心を迫った事もあり、予おからこの倧砎裂の生ずべきを埅蚭けお晎れの舞台の䞀圹者たるを垌望しおいたから、この囜亀断絶に際しお早たっお提調を蟞しお北京を去ったのを内心窃かに残念に思っおいたらしかった。「こう早く戊争が初たるなら最う少し北京に蟛抱しおいるのだった、」ずは開戊圓時私に掩らした述懐であった。\n\n十䞀 朝日新聞瀟に入る\n\n 北京から垰朝したのは䞉十六幎の䞃月で、垰るず間もなく脳貧血症に眹っお田端に閑居静逊した。䞉十䞃幎の春、日露戊争が初たるず間もなく䞉月の初め内藀湖南の玹介で倧阪朝日新聞瀟に入瀟し、東京出匵員ずしお東露及び満州に関する調査ず、露囜新聞の最近情報の翻蚳ずを担任した。満掲及び北京から垰朝したおの意気蟌もあり、豊富に資料も蓄えおいたし、この調査には頗る興味を持っお倧に満足しお職務を服した。\n 然るに新聞玙の材料は巧遅なるよりは拙速を重んじ、堂々たる倧論文よりは新鮮なる零现の蚘事、深く考慮すべき含蓄ある説明よりは手取早く呑蟌む事の出来る蚘実、噛占めお益々味の出るものよりは舌の先きで甞めお盎ぐ賞翫されるものが読者に受ける。新聞玙の寿呜はただ䞀日であっお、各項蚘事に察する読者の興味を持぀はただ二分間か䞉分間である。この二分間䞉分間の興味を持たしめるのが新聞蚘者の技倆であっお、十日䞀氎を描き五日䞀石を描く苊蟛は新聞蚘事には無甚の埒劎である。この点においお䜕事も深く考え现さに究め右から巊から八方から芋お䞀分の隙もないたでに䜜り䞊げた二葉亭の原皿は新聞材料ずしおは勿䜓なさ過ぎおいた。折角苊蟛惚柹しお拵え䞊げた现密なる調査も、故池蟺䞉山が二葉亭歿埌に私に語った劂く参謀本郚向き倖務省向きであっお新聞玙向きではなかった。䟋えば圓時『朝日新聞』に連掲された東露及び満掲茞送力の調査の劂きは参謀本郚の圓局者をさえ驚嘆せしめたほどに呚到现密を究めたが、読者には少しも受けないで誰も振向いおも芋なかった。新聞玙は䞀に読者の興味を暙準ずしお材料の䟡倀を定めるゆえ、劂䜕なる貎重の倧論文でも読者の倧倚数が喜ばないものは線茯局もたた冷遇する。折角油汗を流しお苊蟛した二葉亭の通信がしばしば倧阪の本瀟で冷遇されお埀々没曞ずなったのは、二葉亭の身にすれば苊蟛を認められない䞍平は道理であるが、新聞蚘事ずしおは止むを埗なかったのだ。加うるに東京出匵員ずはいいながら東京に定䜏しお滅倚に倧阪ぞ行かなかったから、自然倧阪本瀟ずの意志の疎通を欠き、盞互の間に面癜からぬ感情の行違いを生じ、或時は断然蟞職するずたで憀激した事もあった。この間に立っお調停する楫取圹を勀めたのは池蟺䞉山であっお、䞉山は力を尜しお二葉亭を癟方慰撫するに努めた。が、二葉亭が自ら本領を任ずる囜際たたは経枈的方面の研究調査にはやはり少しも同感しないで、二葉亭の䞍平を融和する旁ら、機䌚あるごずに力を文孊方面に䌞ばさしめようず婉曲に慫慂した。二葉亭は厚誌には感謝したが、同時に頗る慊らなく思っおいた。\n が、䞉山の芪切に察しお匷お争う事も出来ずに䞍愉快な日を暮す間に、倧阪の本瀟ずは日に乖離するが東京の線茯局ぞは床々出入しお自然芪みを増し、折々線茯を助けお意倖な新聞蚘者的技倆を瀺した事もあった。ポヌツマりスの条玄に挙囜の䞍平が沞隰した時に偶然東京朝日の線茯局で曞いた「ひずりごず」ず題する桂銖盞の心理解剖の劂きは前人未着手の詊みで、頗る読者に受けたもんだ。(この䞀線は党集第四巻に茉っおおる。)あるいは前人未着手でないかも知れぬが、これほど巧みにこれほど小気味胜く窮所を穿ったものは恐らく先人未蚀であったろう。二葉亭の盎芚力ず掞察力ず政治的批評県ずがなければずおも曞けないものであった。あるいは䞍満足なる媟和に憀慚した䜙りの昂奮で筆が走ったので、平玠の冷静な二葉亭ではかえっお曞けなかったかも知れない。こういう方面に専ら力を泚いだなら新聞蚘者ずしおもたた必ず前人未拓の領土を開き埗たろうず、朝日の僚友は皆二葉亭が䞀床ぎりでこの皮の詊みをやめたのを惜んでいた。が、二葉亭はかえっおこれを恥じお、「あんな軜䜻な真䌌をするんじゃなかったっけ、」ず悔いおいた。\n\n十二 『其面圱』ず『平凡』\n\n その䞭に戊争は熄んだ。読者は最早露西亜や満掲の蚘事には飜き飜きした。二葉亭の熱心なる東露の産業の調査は益々新聞に向かなくなった。そこで䞉山初め有力なる朝日の瀟員は二葉亭をしおいよいよ力を文孊方面に䌞ばさしめようず癟方勧説した。その床毎に苊い顔をされたが、䜕遍苊い顔をされおも少しも尻蟌しないで口を酞くしお諄々ず説埗するに努めたのは瀟䞭の匓削田秋江であった。秋江は二葉亭の熱心なるアドマダラヌの䞀人ずしお、朝日の忠実なる瀟員ずしお、我儘な華族の殿様のお守りをするような気になっお、気を長くしお機嫌を取り取りずうずう退匕ならぬ矩理ずくめに䜙儀なくさしたのが明治䞉十九幎の秋から『朝日』に連茉した『其面圱』であった。続いお翌幎の十月は『平凡』を続茉しお二葉亭の最埌の文藻を茝かした。この二篇の著わされたのは党く秋江の熱心なる努力の結果であった。" }, { "role": "assistant", "content": " 有䜓にいうず『其面圱』も『平凡』も惰力的劎䜜であった。勿論、䜕事にも真剣にならずにいられない性質だから、筆を操れば前埌を忘れるほどに熱䞭した。が、肝腎の芞術的興味が既くの昔に去っおいお、気の抜けた酒のような気分になっおいたから、苊蟛したのは構造や文章の圢匏や倖殻の修食であっお、根本の内容を組成する材料の採択、性栌の描写、人生の芳照等に到っおは『浮雲』以埌の進境を芋る事が出来なかった。\n 殊に『其面圱』は二十幎ぶりの創䜜であったから、あたかも凊女䜜を発衚する堎合ず同じ疑懌心が手䌝っお、県が窪み肉が瘠せるほど苊蟛し、その間は党く蚪客を謝絶し、家人が宀に入るをすら犁じ、県が血走り顔色が蒌くなるたで党力を傟泚し、千鍜䞇緎しお日に幟十遍ずなく曞き曎めた。それ故ずかくに毎日の締切時間を遅らしがちなので、線茯局から容子を芋届けに床々瀟員を掟したが、苊蟛惚憺する珟状を芋るものは誰でも気の毒になっお催促し兌ねたそうだ。池蟺䞉山が評しお「造物䞻が倩地䞇物を産出す時の苊み」ずいったは圓時の二葉亭の苊蟛を胜く語っおおる。が、苊蟛したのは倖圢の修蟞だけであっお肝腎の心棒が抜けおいたから、二葉亭に倚くを期埅しおいたものは期埅を裏切られお倱望した。\n『其面圱』を発衚するに先だちお二葉亭は新䜜の題名に぀いお盞談しお来た。「二぀心」ずか「心くずし」ずか「新王圢二぀心」ずかいうような人情本臭い題名であっお、シカモこの題名の䞊に二ツ巎の王を眮くずか、あるいは「砎れりィオリノ」ずいう題名ずしお絃の切れたりィオリンの画の䞊に題名を曞くずいうような錻持ならない黎臭い案だったから、即時にドレもこれも郜々逞文孊の語であるず遠慮なく貶し぀けおやった。かれこれ埀埩二、䞉回もした、最埌に『其面圱』でモり我慢しおくれずいっお来た。この盞談を受けた時、二葉亭の頭の隅ッコにマダ䞉銬か春氎の血が残っおるんじゃないかず、内心成功を危ぶたずにはいられなかった。\n いよいよ『其面圱』が珟れお、回䞀回ず重ぬるに埓っお益々この懞念が濃くなった。『其面圱』の劙凊ずいうは二十幎前の『浮雲』で味わされたものよりもペリ以䞊䜕物をも加えなかった。加之ならず『浮雲』の若々しさに匕換えお極めお老熟しお来ただけそれだけ或る䞀皮の臭みを垯びおいた。蚀換えるず『浮雲』の描写は盎線的に極めお鋭どく、色圩や情趣に欠けおいる代りには露西亜の䜜颚の新らしい匂いがあった。これに反しお『其面圱』の描写は婉曲に生枩く、花やかな情味に富んでる代りに新らしい生気を欠いおいた。幞田露䌎はか぀お『浮雲』を評しお地質の断面図を芋るようだずいったが、『其面圱』は断面図の代りに暪浜出来の茞出向きの矎人画を憶出させた。曎に繰返すず『其面圱』の面癜味は近代人の呜の遣取をする苊みの面癜味でなくお、枋い意気な俗曲的の面癜味であった。\n『平凡』は埩掻埌の二床目の䜜であるだけ、『其面圱』よりは筆が楜に䌞んびりしおおる。無論『其面圱』ず同じ掗錬を経たので、決しお等閑に曞きなぐったのではないが、『其面圱』のような现かい斧鑿の跡が芋えないで、自由に䌞び䌞びした䜜者の排萜な江戞ッ子颚の半面が胜く珟れおおる。ツマリ『其面圱』の時は「文人でない」ずいい぀぀も久しぶりでの詊みに自ずず筆が固くなっお、䜙りに现郚の雕琢にコセコセしたのが意倖の环いをした。が、『平凡』の時は二床目の経隓で筆が緎れお来たず同時に「文孊はドりでも宜い」ずいう気になっお、技術の慟を離れお自由に思うたたを発揮したから、前者に比べるず荒削りではあるが掻き掻きした生気に富んでおる。文人ずしおの二葉亭の最埌を食るに足る傑䜜である。\n が、いずれも『浮雲』の惰力的劎䜜であるは争われなかった。『浮雲』以埌の粟神的及び物質的苊悶に富んだ二葉亭の半䞖の生掻からは最少し培底した近代的悲痛が珟れなければならないはずであったが、案に盞違しお極めお平板な䞍培底な家垞茶飯的葛藀しか描かれおいなかったのは畢竟䜜者の根本の芞術的興味が去っおしたったからであろう。\n\n十䞉 第二期の倱意煩悶\n朝日瀟内における葛藀䞍平・囜際的危機・『平凡』前埌・実際的抱負\n\n が、それにもかかわらず、䞖間は盛んに嘖々しお歓迎し、『東朝』線茯局は䞻筆から絊仕に到るたでが挙っお感歎した。前には満蒙に関する二葉亭の論策研究を虐埅した『倧朝』の線茯局が二葉亭の籍が倧阪にあるを名ずしお圓然倧阪の玙䞊にも茉すべきものだず抗議を持出した。各文孊雑誌は争っお文孊及び思想に関する論文たたは談話を請うお茉せ、瀟䌚の公人ずしおの名は益々文人ずしお茝いた。\n 二葉亭は益々䞍平だった。半䞖の候志が総お成らずに、望みもしない文人ずしおの名がいよいよ茝くのが劂䜕にも䞍愉快で堪らなかった。が、䞖間は劂䜕に芋ようずも、自分の䜿呜は囜際的舞台にあるをあくたでも任じお、少しも志望を曲げずに極東時局に関する内倖の著曞は埗るに随っお粟読し、内倖新聞の倖亀に関する事項は现さに究めお切抜きを保存し、殊に『倖亀時報』は隅から隅たでを反芆现読しおいた。(二葉亭は『倫敊タむムス』『ノヌり・オりレヌミダ』『モスコヌ・りェドモスチ』等の英露及び支那日本の倖字新聞数十皮に垞に県を晒らしおいた。『倖亀時報』は第䞀号から党郚を取揃えお少しも座右から離さなかった。)\n かくの劂く党力を傟倒しお囜際問題を鋭意研究したのは本ず本ず青幎時代からの候志であったが、䞀時人生問題に没頭しお党く忘れおいたのが再燃したには自ずから淵源がある。日枅戊争の䞉囜干枉の時だった。或る晩慚然ずしお私に語った。「日本はこれから先き䞖界を察手ずしお戊う芚悟がなけりゃアならん。東掋の片隅に小さくなっお蹲螞たっおるなら知らず、聊かでも頭角を出せば盎ぐ列匷の圧迫を受ける。癜人聯合しお日本に迫るずいうような事が今埌ないずは限らん。それも圧迫を受けるだけなら、忍んで小さくなっお蟛抱出来ない事もなかろうが、圧迫が進んで䟮蟱ずなり䟵略ずなったらドりする。囜際公法だの仲裁条玄だのずいうはたさかの時には䜕の圹にも立たない空理空文である。欧掲列匷間の利害は各々盞扞栌しおいおも、根が同文同皮同宗教の兄匟囜だから、率ずなれば平時の葛藀を忘れお共通の敵たる異人皮異宗教の囜に盞結んで衝るは圓然あり埗べき事だ」ず、人皮競争の避くべからざる所以を歎史的に説いお「この芚悟で囜民の決心を固め、将来の囜是を定めないず、䜕十幎埌に亡囜の恚みがないずも限らない、」ず反芆痛蚀した事があった。二葉亭の青幎時代の囜際的興味が再び熱沞しお来たのはその頃からで、この憂囜の至誠から鋭意熱心に東掋問題の解決を研究するので、決しお倧蚀壮語を喜ぶ単玔なる志士気質やあるいは囜家を飯の皮ずする政治家肌からではなかった。二葉亭の文孊方面をのみ知る人は政治を偏重する昔の士族気質から産出した気玛れのように思うが、決しお匀んな浮いた泡のような空想ではなかったので、牢乎ずしお抜くべからざる倚幎の根匷い根柢があったのだ。今にしお思うず、䞉十幎前に人皮競争の止むを埗ざる結果から欧亜の倧衝突の圓然来るべきを切蚀した二葉亭の巚県は掚服すべきものであった。\n 明治四十幎の六月、突然急痟に犯されお殆んど䞃十䜙日間病牀の人ずなった。それから以埌著るしく健康を損じお、平生健啖であったのが俄に食慟を枛じ、或る時、芋舞に行くず、「この頃は朝飯はお廃止だ。䞀日に䞀杯ぐらいしか喰わない。倜もおちおち寝られない、」ずいった。「そりゃ䞍可ん。転地したらどうだい、神経衰匱なら転地が䞀番だ、」ずいうず、「転地なんぞしたっお癒るもんか。瀟の者も頻りず心配しお旅行しろずいうが、海や山よりは町の方が奜きだ。なアに、僕の病気は䜕でもない、小説を曞かないでも枈むようにさえしおくれたらその瞬間に盎ぐ癒っおしたう、」ずいっお淋しく笑った。\n 䞀䜓が負け嫌いの病気に勝぀方で、どんなに苊しくおも滅倚に匱音を吹かなかった。官報局を眷めおから間もなく、関節炎に眹っお腰が立たなかった時も元気は頗る盛んで、談笑自劂ずしお少しも平生ず倉らなかった。その時から比べるず、病気はそれほど重くも芋えなかったが、元気は党で倱くなっお頗る銷沈しおいた。豈倫かに嫌いな文孊を匷いられるばかりで病気になったずも思わなかったが、䜕ずなく境遇を気の毒に思っお傷心に堪えなかった。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを持続しお、现郚にこだわった文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "侀\n\n ――仲井倩青が死んだのを知っおるかい。知らないっお、あの呑ん兵衛の仲井倩青だぜ、きみが知らない筈はないんだがなあ。\n\n䞃日䞃倜 酒を飲たず\nアポロンの奏でる琎を聞かず\n肉を啖わず ニムフを抱かぬ\n\n(倩青よおたえの顔は)\n\nおちぶれたバッカスのようだ\n\n この端歌を䜜ったのはきみじゃなかったかね、おれはそうずばかり思っおたがね。\n ――なんだ、こんどはかすずりか、麊酒は䞀本きりか。ちえっ、わりずきみもたいしたこずはないんだな呚五郎、きみなんぞ景気がいいず思っおたんだが。......平均しお月にどのくらいになるかね、五千くらいかね。......ふうん、いや、そうだろうな、そのくらいのもんだろうな。......うん、いいよ飲むよ。\n ――ずころで酔っちたわないうちに話すんだが、十八枚ばかしの短い小説の皮はないかね、ラむトモチむブの嚯楜性のある筋が欲しいんだ、ある雑誌から頌たれたんだが、嚯楜性のある小説なんおおれには曞けやしない。......おれはそんなものを曞くために苊劎しおきやしないんだ。けれどもその雑誌瀟にはちょいずした矩理みたいなものがあっお、そこにはたたわけもあるんだが。......実はそれに金も倚少は芁るには芁るのさ。ず云っおみたずころで些现なものなんでね、そのためにおれが嚯楜ものを持っお廻る理由はない。\n ――きみずはそこは立堎が違うんだ。\n ――おれずしおはそこたでは品性を䞋げたくはないんだ。......うん泚いでくれ。\n ――どうやら少しばかり人間らしくなっおきたね、久しぶりだもんだから胃袋のや぀吃驚しおるんだろう。それほどにはしけおるずいうわけもないんだがね、このずころ腎臓が悪いような具合だったのさ。女房のや぀が再来月たた子を産むし、先月は先月でいちばん䞊の嚘が入院しちゃっおね、そんなごたいそうなものでもなかったんだが。......おれたち自由䞻矩時代に育った人間は子䟛にあたくっおだめだ。......きみ、病院なんおいっおもこの節はきみどうしお銬鹿にはならない。\n ――本圓に知らないかね仲井倩青を。そうかなあそんな筈はないず思うんだがなあ。......本圓に知らないずすればきみは䞍幞だ。仲井倩青、......おれは涙が出おくる。\n ――小山内さんが土曜劇堎、......だったか自由劇堎だったか、いや土曜劇堎だったな慥か、あれをやっおいた圓時のこずを知っおるだろう、それず察抗しお人間劇堎ずいうのを䞻宰しおいたのが仲井倩青さ。詩も曞いたらしい、が、シング颚の䞀幕物ではかなりな評刀をずっおいた。「いったい誰が銬鹿だ」ずいう䞀幕物なんぞおれは今でも忘れるこずができない、䞊挔したずきは劇団が悪かったもんで、ある批評家から「戯䜜者である」なんずいう䞋劣なこずを曞かれ、酔っぱらっおそい぀の家ぞ抌しかけおいったこずもある。......あの頃はみんな玔粋だった、金も無いし名もないが、みんな頭には月桂暹の冠をかぶっおいたからね。きみなんぞずは違うんだ、きみなんぞは。......飲め呚五郎、くよくよするな。\n ――おれの頭には孊問はない、が、詩が詰っおいる。倩青はよくこう云っおいた、右手の指で額をこ぀こ぀叩きながら、こんなふうに県をすがめおさ、......詩が詰っおる。そしおどこかぞめりこんでしたった。うん、消えちたったのさね、詩のいっぱい詰った頭を持っおさ。......䞖間には生きおるうちはわいわい隒がれお、死ぬずずたんに忘れられちたう人間がある。たた生きおるうちは県立たないで死ぬず急に偉くなる奎もあるさ。......圌はそのどっちでもないがね、ず云うこずは぀たり圌は仲井倩青だったわけさ。\n ――だがおれはその頃はただ圌を盎接には知らなかった。圌の戯曲を読んだり、圌に察する批評やゎシップをみたりした皋床らしい、そうしお圌の名がゞャヌナリズムから消えるのずいっしょに、おれもすっかり忘れおしたった。......そうだ、すっかりだ、きれいに忘れおしたったものさ。くだらねえ、なんだ。アポロンの琎、ニムフの柔肌、肉ず酒ず螊りだ、ギリシア人が幞犏だったのは知的桎梏から自由だったからさ。いいよ䜙蚈なこずを云うな、ただ酔いはしない、おれを酔わしおくれるようなものはこの䞖にはない。冗談じゃねえ、おれはなこうみえおも。......おれたちはみんな翰林院ぞはいるよりも逊老院で死ぬこずを誇りずしたもんだ。おたえなんぞは俗物だ、なっちゃいねえぞ、たあ飲め、少しばかり愉快になっおきた。\n\n二\n\n ――おれがあのずき東京を逃げだしたわけは云いたくないね。理由を云えばそこにはいろいろ耇雑なこずもあるが、恋愛問題などずいっおも単玔に説明は぀かない。......逃げだしたずも云えるし、攟逐されたず云えば云えなくもないんだ。それで須磚の倧村さんの家ぞころげこんで、ちょうど倧村さんはオレゎンの支店長になっおアメリカぞいっおいた留守のずころさ。それだもんだからおれは留守番のようでもあり、たた倫人の護衛圹のような立堎でもあればあれたんだが、おれずしおもそこたで品性を䞋げたくはなかった。\n「ずにかくそこはお互いになんでございたすもの、気楜にしお遊んでらっしゃいたせな」\n 倫人もこう云っおくれたんだ。\n「あたくしもこんな性分なんでございたすから、そこはたたなにかずあれでございたすし、本圓に自由なお気持で、文孊の方面のこずなどなさいたせよ」\n 錻にかかったような声で、片方の手でうしろ髪のずころを觊りながらこう云っおくれたもんなんだが、おれずしおは気楜な気持なんおいうわけのものじゃなかった、文孊の方面なんぞずいうようなそんな問題じゃないんだ。......それで神戞倜話瀟ずいう怪しげな雑誌瀟ぞはいった。怪しげずいうか、いかがわしいずいうか、どっちかずいえばやけくそみたような雑誌であり、雑誌瀟であったものさ。\n ――その瀟は元町通りず栄町の電車通りずを぀なぐ狭い暪䞁の喫茶店の二階にあった。もちろん叀い朚造の日本建築で、衚に面した六垖二間をぶっずおしお、叀畳の䞊に机ず怅子を䞊べたのが線集宀なんだった。窓は関西地方によくあるたおしげ栌子が篏っおいたし、庇は深く垂れおいるし、暪䞁を隔おた向うも同じような二階家で、できるだけ日光や通颚を劚害するような仕掛になっおいるから、暗いのずじめじめする点では苊情を云うずころはなかった。\n ――九月の二十日あたり入瀟したんだろう、瀟長はわりかたおれの立堎ずいうものに同情を感じたらしかった。圌は五尺あるかなしかの小男で、焊茶色にもなり蒌黒くもなる顔色の、骚ばかりのように痩せた、そしお錻の䞋にちょび髭を立おたずいう颚態なんだ。少しばかりは出っ歯だったかもしれない。......い぀もちょこたかず出たり入ったりしおは、甘ったるいような声でよほど瀟長めいた口をきいた。" }, { "role": "assistant", "content": "「せやよっおに今月はもうなんやよっおに月絊は十月分からきちっずあげたっさ」\n こう云っお圌はちょび髭を撫で、そうしおちょび髭を撫でながらおれを䌎れおいっお、机に向かっおなにか曞いおいる䞉人の男に玹介しおくれたんだ。......こちらが線集局長の田口詩楌はん、こっちゃが䞻筆の仲井語楌はん、これが総務の犏地録楌はんずいうわけさ。おれは語楌はんの郚に所属しお、随時に線集局ず総務郚の応揎をするずいう割圓だったんだが、くわしいこずはいた云いたくない。\n ――田口詩楌氏は、......おれは敢えお今でも氏ず呌ぶこずを恥じない。矎しい口髭の、おもながで色の癜い矎男子であった。ものを云うずきに唇がちょっずばかり歪たるんだが、静かなおっずりした調子で話すのが、いかにもおひずがらで、そんなふうな雑誌瀟にいる人間ずはみえない。実をいえば、ず云っおもおれも聞いたこずなんだが、氏はたえに名叀屋新聞のどの郚かで郚長をしたこずもあり、そのずきもじっさいの垭は神戞なにがし日報の某郚長だったそうだ。なにかしらちょび髭瀟長ずひっかかりがあっお、そんな線集郚ぞも名を貞しおいたもんなんだろう。......氏は䞉日にいちどぐらい来お、二時間ばかしいお垰っおゆかれた。\n「――では仲井さんお頌みしたす」\n おっずりずこう云っお、片方の手に手鞄ず现身の籐の掋杖を持ち片方の手に黒いベルベットの垜子を持っお垰っおゆかれるんだが、その歩き぀きがたたひず足ひず足ゆっくりず噛みしめるようなぐあいで、なんずもいえず優雅な意味深長なものなんだ。......おれもい぀かいちどはあんなぐあいに歩いおみたい。\n ――犏地総務はなに者でもなかった。ちょっず衚ぞ出ればそこらで厭になるほど芋られる人間のひずりさ。圌はあらゆる雑甚をひきうけお、それをみんなおれにひきわたしお、自分はい぀も机の䞊ぞ぀っ䌏しお眠っおいた。......机の䞊に錻息だか涎だか知れない氎溜りが出来るくらい熟睡するんだ。が、......圌が瀟長のスパむだったずいうこずはあずでわかったさ。\n ――さお仲井語楌なんだが、これには驚いた。初めお瀟長に玹介されたずき、圌はねじり鉢巻をしお怅子の䞊にあぐらをかいお、その怅子の右偎に䞀升壜を眮いお、そい぀を湯呑み茶碗に泚いで、ぐいぐい飲みながら原皿を曞いおいた。......実になんずいったらいいか、芁するにそんなふうに線集所にはぎったりし過ぎお华っお䞍自然なくらい傍若無人なようすだった。\n「ふん、君も東京の萜人か、ふん」\n そのずき圌はこう云っおにやっず笑った。いい顔なんだ、実にいい顔なんだ。ちかごろの里芋匎の顔をもう少しばかりしけさせお苊痛ず頜廃の薬味を加えればいいかもしれない。圫の深い、県のぎろりずした、ずにかくただものでない顔なんだ。......君も東京の萜人か、ふん。こう云っおにやっず笑ったんだったが、そのずきのぎろっずした県ずたっ癜な歯ずをおれは忘れるこずができない。\n\n侉\n\n ――おれは須磚の家から毎日その瀟ぞ通勀したさ。おたえなんぞは信じないだろうが、おれずすればそういうばあいには粟勀なんだ、八時半には毎朝きちんず出瀟した。こういうこずは文孊粟神ずは根本的に違うんだ。......たたたびず食り文字を曞いた喫茶店の䞡開きの扉をあけおはいる。卓子や怅子の䞊んでいるでこがこの土間を぀き圓るずそこに広い階段がある。おれは靎を䞋駄箱ぞ入れおその階段を登ったりおりたりしたわけなんだが。\n ――階段をあがった廊䞋の巊偎、぀たり衚に面した偎に線集宀があり、それず察しお廊䞋の右偎が瀟長宀になっおいた。十垖くらいの日本間で、昌間のうちは圌はそこで瀟長事務をずり......たいがいは留守であるが、......倜はそこを寝宀に䜿っおいた。倫婊の居間は階䞋の奥にあっお、劻君はそっちに寝る習慣であるらしい。瀟長はそれがお互いを尊重する文化的な寝方であり、同時に倊怠の生ずるのをふせぐ合理的な手段だずいうふうに自慢しおいたもんだった。それは䞀面では真理であるらしい、その埌どこかでおれもそんな蚘事を読んだこずがあるようにも思うんだが、しかしそれはそれずしお、劻君はその方法に぀いお党面的には賛成ではなかったようだった。\n ――話はやっぱりその点に觊れおおかなければならないんだが、぀たり瀟長ず劻君の関係なんだけれども。......劻君ずいうのは四十二䞉になる倧女で、容積ず重量ではあらたし瀟長の倍くらいはあった。額のぬけあがった、ずがった頬骚の、口の倧きな、県のぎらぎらした、なんずもいやらしい狐のような顔で、人間の貪欲ず無恥ず酷薄をひず぀に集玄したようないやらしいヒステリむ女だった。......圌女はもずわりずすれば䞭くらいの花柳界にいたずいうこずだ。軍曹か曹長あたりの未亡人でもあるらしい。五六幎かあるいはもうちょっずたえに珟圚の喫茶店を開業し、そこにはそこにあるような女絊を眮いおけたたたしく儲けたもんだずいう。......たあかなりな貯金が出来たわけなんだが、そこぞちょび髭瀟長があらわれた。......おれずすればこんな䞋劣な話はしたくない。が......ちょび髭瀟長はそのちょび髭ず各皮の秘密文曞ずを巧みに掻甚し、぀いに貪欲ず無恥ず酷薄のかたたりであるそのヒステリむ女をろうらくしたわけさ。\n「貎女のような類のない婊人が、こんな䜎玚な営業をしおいらっしゃるのは自分ずしおは心倖に耐えない、実にそれは貎女ご自身にずっおも䞀般瀟䌚にずっおも軜くない損倱でありたす」\n こんなこずも云ったもんだろう。\n「ひず぀自分ず協力しお文化的であり高玚的であり、しかもがろい事業である所の、雑誌瀟を経営なすっおはどうでありたすか、そうなれば斯業経営に぀いおの犬銬の劎は云うたでもなく、自分はこの肉躰も粟神もあげお貎女のために忠誠を぀くすでありたしょう」\n こういうようなこずも云ったんだろう、いや慥かに云ったらしい蚌拠には。......ああいやらしい、おれはぞどを぀きたいみたような気持になっおきた。おいぐっず泚いでくれ。\n ――たえにも云ったように、おれは八時半には瀟ぞ出る。それからたった独りで、うす暗いじめじめした線集宀の、脚のがたがたする怅子に掛け、これもがたがた揺れる机に向うわけなんだが、そのずきのうらさびれた頌りない気持ずきたら、なんずもかずも。......だが今ここではなんずも云いようがない。たたずきにはそこに仲井䞻筆のいるこずもあった。䞻筆は酔い぀ぶれお自分の家ぞ垰れなくなるんだ、そこですっかりすり切れたような毛垃にくるたっおごろ寝をしおいるんだが、それだっおおれの気持の救いになる道理はないさ。\n ――ずにかく仲井䞻筆がそこに぀ぶれおいようずいなかろうず、おれは暫くはがたがたの怅子に掛けおしがんだような顔をしおいるんだろう。するず、......瀟長宀から劙な声が聞えるこずがある、そのずきによっおいろいろな声なんだ、䞀定しおいるようでありながら䞀定しおいないんだ。あるずきは明らかに女性の声でいやんずいうふうなものが聞えたが、それはたちがいなしに錻の䞭で発音された声であった。......きみ詊しに舌を動かさないで錻の䞭だけで云っおみろ。いやん、ごく短く「いやん」ずいうんだ。そうかず思うずききっきっずいうみたような声だの、たたそのほかの。......぀たり各皮の。\n ――瀟長宀からなんの声も聞えないし物音もしないずきがある。するずきたっおあのいやらしい劻君が線集宀ぞやっお来るんだ。蒌いずいうか癜いずいうか、灰色じみお硬ばったひき぀ったような顔で、血ばしった県をぎらぎら光らせお、ばらばらな乱れ髪でさ。......寝衣の裟をだらしなくひきずっお、そうしおおれのずころぞ来お噛み぀きそうな調子できくんだ。\n「あんたうちの瀟長知っおやないか」\n 䞊ず䞋の歯がむきだしになっお、そい぀ががちがちず鳎るんだ。癜くなっおかさかさに也いた唇が捲れあがっおるんだ。おれずすればそれほど気が匱い方ではない぀もりなんだが、それにしおも二䞉床は぀ばきをのみこたないずすぐには返蟞ができなかった。\n ――云っおみれば瀟長はそのずきすでにほかに女があったものさ。寝宀を別にしたのも文化的であり同時に倊怠からお互いを防衛する手段である以䞊に、劻君の県をのがれおその女のずころぞ泊りにゆく目的も倚分に含たれおいたらしい。......そこでおれの立堎ずしお実に圓惑するようなこずが始たった。ず云うのが、ある朝のこずなんだが、そしお瀟長宀で䟋の理解しがたい音声の聞えたあずのこずなんだが。......そうだ、薄い絹かなんぞをきゅっず匕裂くような声が䞉床ばかり聞えお、それから十分ばかし経った頃なんだったろう、ず぀ぜんその郚屋で劻君の叫び声がおこった。\n「いやなら出おゆきなさい、出おゆきなさい、さあ出おゆきなさい」\n こういう悲鳎のような叫びなんだ。\n「ここはあおの家や、あるもんもみんなあおの銭で買うたもんや、あんたのもんはなに䞀぀あれぞん、ぞうさもないこっちゃ出おいきなはれ、出なはれえな、出おかんかいな」\n 瀟長の声は殆んど聞えない、なにか云っおるこずは云っおるらしいんだ。がそがそ声はしおいるんだがなにを云っおるかは聞えなかった。劻君は激烈なヒステリむをおこしたずみえ、むしゃぶり぀いおひっ掻いたらしい物音がした。\n「くやしいヌっ、ああくやし、文化的事業のなんぞのずひずをはめやがっお、あんな汚ならしい雑誌がなんや、なにががろい儲けや、うたいこずぬかしくさっお、初めからあおの貯金ちょろたかす気いやったんやろ、出おゆけ、そしおあのぬすっず阿魔ず寝くされえ」\n「わいが悪いお、このずおりやこらえおくれえ、このずおりや」こんどは瀟長の声が聞えお来たんだ、「――あの女ずはもう逢わん、こらえおくれ、このずおりや」\n おれは怅子から立っお、足音を忍ばせお階段をおりた。するず階段のいちばん䞋の段に仲井䞻筆が腰かけおいお、こっちぞ振返っおにやっず笑い、それから片手に小さな颚呂敷包を抱えたたた立䞊がっお、" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、完成床の高い文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "\n*1 スコナペル・むストアヌル これはフランス語の ce qu'on appel histoire(謂ゆる倧事件)の意である。\n*2 リナルドヌ・リナルゞン 皮々の山賊物語の䞻人公ずしお甚いられる䌝説的な盗賊。\n*3 オルリョヌル、オルリョヌル、オルリョヌル! これはフランス語の horreur, horreur, horreur!(怖ろしや、怖ろしや、怖ろしや!)を蚛っお発音したのである。\n*4 ゜リりむチェゎヌズスク ロシアの東北地方りォログダ県䞋の郡の銖郜で、りむチェグダ川の河枯。\n*5 りスチスむ゜ヌリスク 前項ず同県䞋の郡の銖郜。\n*6 アルシャヌド 䞀皮の酒粟飲料。\n\n\n" }, { "role": "assistant", "content": "第十章\n\n 読者には先刻お銎染の、この垂の慈父であり恩人であるずころの譊察郚長の邞に集たった圹人連は、ゆくりなくも、重なる䞍安ず焊燥からげっそり痩せ现った顔を、互いに芋合わせた。事実、新らしい地方総督の任呜ず、あのような重倧な内容をもった報告の到着ず、䜕が䜕やらさっぱり蚳の分らない䟋の颚説ずが䞀緒になっお、圌等の顔にたざたざず苊劎の跡を刻み぀け、倚くの者の燕尟服は県に芋えおゆるくなっおいた。誰も圌もがげっそり憔悎しおしたっお、裁刀所長も痩せ、医務監督も痩せ、怜事も痩せ、たたい぀もただセミョン・むワヌノノィッチず呌ばれお決しお姓を呌ばれたこずのない、人差指に倧きな指茪をはめお、それを婊人連に芋せびらかしおばかりいる男たでが、げっそりず痩せ现っおいた。䞭には勿論、どこにもよくあるように、いっこう平気でビクビクしない手合いもあるにはあったが、それは極めお少数で、実は郵䟿局長䞀人きりであった。圌だけは盞倉らずの泰然自若たる態床を少しも倉えず、こんな堎合にも、い぀もの癖で、『我々はあなた方のこずはちゃんず知っおおりたすよ、総督さん! あなた方は䞉人も四人も曎迭なさるこずでしょうがね、私なんざあ、もう䞉十幎も同じ職に぀いおいたすからね。』などず蚀い蚀いした。それに察しお他の圹人どもは、こう蚀っお応酬したものである。『そりゃ君はいいさ、シュプレヘン・ゞむ・ドむッチェのむワン・アンドレヌむッチ。君の携わっおいる郵䟿事務っおや぀は、郵䟿物を受附けお発信するだけのこずだからさ。むンチキをやるずいったずころで、締切を䞀時間も繰りあげお、それに遅れお来た商人から曞信の時間倖取扱料をせしめたり、芏定に反した小包を差出したりする䜍のものだから、無論、涌しい顔もしおいられる蚳さ。ずにかく君は、い぀も悪魔を袖の䞋に朜たせおいるんだから、自分で取らない぀もりでも、悪魔がちゃんず抌しこんでおいおくれるっお蚳さ。君は実際うたくやっおるよ、䜕しろ子䟛だっお䞀人きりでさ。だがプラスコヌノィダ・フョヌドロノナはああいう矚たしい䜓栌をしおいるのだから、たた䞀幎もたおば姙っお、男の子か女の子を生むよ。そうなった暁には、あたり暢気なこずも蚀っおいられたいぜ。』圹人連はこんな颚に蚀ったけれど、実際、悪魔の誘惑に打ち克぀こずが出来るかどうか――それは䜜者のかれこれ蚀うべき筋合いではない。さおここに開かれた集䌚には、䞀般の民衆のあいだで分別ずいわれおいる最も肝芁なものの欠けおいるこずが著しく県に぀いた。䞀䜓我々はどうも䌚議ずいうものには䞍向きな囜民である。䞋は村の癟姓どもの寄合いから、䞊はいろんな孊䌚や委員䌚などに至るたで䟋倖なしに、我々ロシア人の集䌚ずいうや぀は、ちゃんず䞀同を統制する䞻脳郚が存圚しない限り、きっず飛んでもない混乱におちいっおしたうものである。䞀䜓どうしおそうなのか、ちょっず説明に困るが、どうやらこの囜の人たちは、ただ飲んだり隒いだりするために催される、぀たりドむツ流の倶楜郚や停車堎の酒堎でやる集たり以倖には、どうもぎったり合わないらしい。が、い぀も心掛だけは殊勝で、どんな䌚合にものこのこ集たっお来る。我々はすぐに、おいそれず慈善団䜓だの、埌揎䌚だの、その他いろんな䌚を拵らえる。䞻旚はなかなか玠晎らしいのだが、そのくせ䜕ひず぀結果は生たれないのだ。これは倚分、我々が初めだけは有頂倩になっお、胜事おわれりず考えるずころから生ずるのであろう。䟋えば、貧民救枈のために慈善団䜓の蚭立をもくろみ、盞圓巚額の金を集めるず、さっそく我々はこうした矎挙を蚘念するために、垂の高䜍高官連を残らず午逐䌚に招埅する、無論それで集めた拠金の倧半は費えおしたい、残りの半分では、取りあえず委員䌚甚に、暖房装眮ず守衛の぀いた堂々たる家を借りる。そうするず、貧民救枈のためには、たかだか五ルヌブリ半ぐらいしか残らないこずになる。しかもその金額の割圓おに぀いお、䌚員同士のあいだに意芋が察立し、みんながめいめい勝手に自分の芪戚瞁者を被救護者に掚挙するのである。ずころが、きょう催された䌚合は、党然それずは趣きを異にしおいた。぀たり必芁にさし迫っお開かれたもので、ここでは貧民などずいった第䞉者のこずは問題ではなく、すべおの圹人の䞀身䞊に盎接圱響する問題が起こっおいるのである。䞀同を等しく脅やかす灜厄が問題ずなっおいるのである。埓っお、吊応なく䞀臎協力し、緊密に結束しなければならない筈である。だが、それにも拘らず、飛んでもない事になっおしたったのである。どんな䌚合にも附きものの、各自の芋解の盞違はずもかくずしお、ここに集たった連䞭の意芋は、䜕かしら劙に䞍可解なほど矛盟を曝け出しおいた。或る者は、チチコフを垝囜玙幣の停造者だず蚀っおおきながら、すぐその埌で、『しかし、ひょっずするず、そんな犯人ではないかも知れない』ず附け足した。たた或る者は、圌を地方総督庁に属する圹人だず断蚀しながら、その舌の根の也かぬ先きに、『だが、䜕だか分ったものじゃないさ、額にちゃんずそう曞いおあるわけじゃなし』ず遁蟞をかたえたものである。圌が化の皮をかぶった匷盗であるずいう臆枬には皆がみな頭から反察しお、自然に圌のそなえた䞊品な颚采にも増しお、圌の話しぶりには、そんな兇行を敢おするような人間ず思われるふしが少しもないず蚀った。この時、数分のあいだ䜕か物思いに耜っおいた郵䟿局長が、䞍意に霊感でも受けたのか、それずも䜕か他に原因があったのか、突然思いがけないこずを叫び出した。『諞君、あれを誰だず思いたす?』こういった圌の声には䜕かしら人の心を震えあがらせるような響きがこもっおいたので、䞀座の者は思わず、『じゃあ、いったい誰だね?』ず䞀斉に叫び出さずにはいられなかった。『あれは、諞君、おっきりコペむキン倧尉に違いありたせんよ!』――そこで䞀同が異口同音に、『䞀䜓そのコペむキン倧尉ずいうのは䜕者です?』ず蚊ねるず、郵䟿局長は、『では、諞君はコペむキン倧尉が䜕者だか埡存じないのですか?』ず蚀った。\n 䞀同は、コペむキン倧尉が䜕者だか少しも知らないず答えた。\n「そのコペむキン倧尉ずいうのはね、」ず郵䟿局長は、誰かそばから他人が指を突っこむのを恐れお、自分の嗅煙草入れの蓋を半分だけひらきながら、蚀った。――ずいうのは、圌は他人の指を決しお枅朔なものず思うこずが出来ず、垞々、『あんた方はどんなものでも指でいじくりなさるけれど、煙草ずいうや぀は䞍浄を嫌いたすからね。』などず、぀け぀け蚀うほどであったからだ。さお、「そのコペむキン倧尉ずいうのはね、」こう圌は、先ず嗅煙草を䞀服やっおから、繰りかえした。「だがしかし、これを諞君にお話したものなら、それこそ、そんじょそこいらの小説家はだしの、ずおも面癜い䞀篇の叙事詩になりたすからなあ。」\n その堎にいた䞀同の者は口をそろえお、是非その話を、぀たり郵䟿局長のいわゆる⊅そんじょそこいらの小説家はだしのずおも面癜い䞀篇の叙事詩⊆ずいうや぀を聞かせお貰いたいずせがんだ。そこで圌は埐ろに語りはじめた。\n\nコペむキン倧尉の物語\n\n「ね、*1十二幎の圹の盎埌のこずですよ、君。」ず、その郚屋には話盞手が䞀人だけではなくお六人もいたのに、郵䟿局長はこんな調子で話しだしたものである。「十二幎の圹の盎埌に、他の負傷兵ず䞀しょにコペむキン倧尉も故囜ぞ送還されおきたのです。どうも尻の萜ち぀かぬ、恐ろしく気随気儘な男で、しじゅう営倉ぞ入れられたり、監犁されたりで――実にいろんな目にあっおきたんですがね。*2クラヌスヌむの戊いか、*3ラむプツィッヒの戊いで、片手ず片足を倱ったんです。ずころが、その頃はただ負傷兵を救枈する䜕等の法什も定たっおいなかったのでしょう。あの癈兵の幎金ずいうものが制定されたのは、それからずっず埌のこずですからねえ。そこでコペむキン倧尉は働かにゃならんず考えたのですが、どうでしょう、残っおいるのは巊手䞀本きりなんですよ。家ぞ垰っお父芪に盞談しおみるず、父芪は、『わしにはずおもお前を逊うこずは出来ない』っお蚀うのですよ。『自分の口を逊うだけがか぀か぀なんだから』っおね。そこで君、コペむキン倧尉は、これは䞀぀ペテルブルグぞ出かけお、自分はこれこれの次第で、いわば䞀呜を捧げお君囜のために血を流したのだが、䜕分の扶助を願われたいものかず、関係圓局に奔走しおみるこずにしたのです......。で、君、たあ荷銬車か埡甚運送車の厄介にでもなっお、やっずのこずでペテルブルグたで蟿り぀いたずいう蚳ですよ。たあ䜕ずか䞀぀想像しおみお䞋さい、぀たりそのコペむキン倧尉は、あの、いわばこの䞖に二぀ずない銖郜ぞひょっこり姿をあらわしたのです! 急に圌の面前にぱっず光りがさしたのです、぀たり人生の掻舞台が珟われたのです。あのアラビダン・ナむトの*4シェヘラザヌダがひょっこり顔を出したずいうわけなんです。そうでしょう、いきなりあのネフスキむ通りや、あの玠晎らしいゎロヌホワダ街や、それからリテむナダ街が珟われたんですからねえ。高い高い尖塔が空にそびえおおり、橋梁はたるで神業のように、党然脚柱ずいうものなしに架っおいる、぀たり*5セミラミヌダの倩の浮橋そっくりなんですよ、君! そこで先ず郚屋を借りようずしお方々あたっお芋たのだが、それがたた恐ろしく高いのです。窓掛ずいい、捲䞊げカヌテンず云い、絚氈ずいい、たるでペルシアぞでも行ったようなんで......䞀口にいえば、惜気もなく、ふんだんに金がかけおあるずいう蚳です。街をあるいおいおも、錻に぀くのは䜕千䜕䞇ずいう倧金の匂いばかり。ずころが、わがコペむキン倧尉の懐ろにある党財産ずいえば、せいぜい*6青玙幣が十枚に、銀貚で小銭が少しばかりずいう心现さ......。こんなはした銭では小村䞀぀買えたせんからね、村を買うには四䞇ルヌブリも積たなきゃなりたせんが、四䞇ルヌブリずいえば、フランスの王様にでも貞しお貰うより他はないずいう始末。そこで、䞀日䞀ルヌブリのレヌノェリずかいう安宿に泊っお、食事は玉菜汁ず敲いた牛肉䞀切れだけで枈たすこずにした......。だが、い぀たでもそんなこずはしおいられないず思ったのです。そこで圌は、䞀䜓どこぞ蚎え出たものかず人に蚊ねおみたのです。するず、『さあ、どこぞ蚎えたものでしょうねえ?』ず、人々は答えたものです。『なにしろ今は、最高機関が銖府にいないんですからね。』぀たり、最高機関はパリにいたずいう蚳です、軍がただ垰っおいなかったのです。ずころが䞭に、『臚時委員䌚が出来おいたすよ。䞀぀掛合っお埡芧なさい、䜕ずか取蚈らっおくれるかもしれたせんから』ずいう人があったのです。『じゃあ䞀぀そこぞ行っおみたしょう』ず、コペむキンはそれに応じたのです。『そしお、これこれで囜家のために血を流しお、いわば、己れの生呜を犠牲にしたのだず陳情したす。』そこで、君、圌はい぀もより早目に起きお、床屋なんかぞ行っおは金がかかるずいう蚳で、巊手で鬚を剃っお、軍服をひっかけるず、䞍自由な矩足をたよりに、その臚時委員䌚の䞻事の蚱ぞ出かけお行ったのです。䞻事の䜏いはず蚊くず、『あの、海岞通りの家だ』ず教えられた。行っおみるず玠敵もない邞で、窓にはめおあるガラスなどは、考えおも埡芧なさい、䞀間半もある鏡ガラスでしおね、ふんだんに倧理石を䜿ったり、挆を塗ったりしおあっお、ねえ、君......䞀口にいえば、頭ががうっずなるくらいなんで。扉に぀いおいる金属補の把手なども、実に玠晎らしいものだったから、そい぀を掎むには、先ず第䞀に店ぞ駈け぀けお、石鹞を二銭がずこも買っお、ものの䞀二時間もそれで手を掗い浄めおからでなくおは、気が咎めるずいった代物。玄関には鉟を持った門番が䞀人立っおいたが、そい぀が、たるで䌯爵みたいな面がたえで、バチスト麻のカラヌを぀けおいるずころは、䜕のこずはない、ブクブク肥らされた狆にそっくりなんでね......。我がコペむキンは䟋の矩足をひきずっお応接宀ぞ通るず、うっかり肘などで、アメリカかむンドから枡来した金ピカの花瓶でも抌しこかしおは倧倉だず思っお、隅っこの方に小さくなっおいたものです。圌がそこでうんざりするほど長く埅たされたのは、いうたでもない。それずいうのも、圌のやっお来たのは、ただやっず䞻事が床から起きたばかりで、これから方々を掗うために、䟍僕に銀の掗面噚を持っお来させたずころだったからですよ。コペむキンがちょうど四時間ばかり埅ったずころぞ、ようやく圓盎の圹人が入っお来お、『䞻事が只今お出たしになりたす』ずいうのです。もう郚屋の䞭は、肩章や金モヌルを぀けた人々で、たるで芋を掗うように立おこんでいるのです。ずうずう䞻事が顔を出したしたねえ。いやどうも......たあ思っおもごらんなさい――謂ゆる長官ずいうや぀で! その顔には、いわば、その...... 身分なり、又...... いいですか...... 官等なりにふさわしい...... 衚情が浮かんでいるのです。䞇事、郜颚の応察ぶりで、請願者に䞀人々々、『あなたはどうしお来たのです? どうしお来たのです? どんな甚事があるのです? 問題は䜕ですか?』ずいった調子で察応するんです。最埌に、君、コペむキンの番になったのです。そこでコペむキンは、『これこれの蚳で、囜家のために血を流し、片手ず片足を倱っお今は働くこずが出来たせん。぀きたしおは、䜕分のお指図によっお、盞圓の報酬ずか、幎金ずかいうようなものを頂いお、䜕ずか扶助の道が講じお頂かれないものかず、掚しお眷り出た次第でございたす』ず、述べたわけです。䞻事が芋るず、矩足を぀けた男で、その右袖はペシャンコのたた、軍服に瞫い぀けおある。『よろしい、では近日䞭に改めお出頭なさい』ずいう答えです。コペむキンがどんなに喜んだかは想像が出来るでしょう。『ようし、これで望みが叶ったぞ』ず思ったのです。圌はもう、歩道をピョンピョン跳ねるようにしお、パルキンスキむの酒堎ぞ立ちよっお、りォツカを䞀杯ひっかけ、それから『ロンドン』で食事を食ったずいうわけですよ。先ず続随子を添えたカツレツず、いろんな添物をしたチキンを泚文しお、葡萄酒を䞀本ふんぱ぀したものです。晩は晩で芝居を芋に行きたした――぀たり、粟䞀杯のおごりをやっおのけたずいう蚳ですねえ。歩道ぞ出お芋るず、こう、たるで癜鳥のようにすらりずした、䞀人のむギリス婊人がやっお行くじゃありたせんか。コペむキンの胞の血は俄かに沞き立ったのです――そこで矩足を぀けた足でコツコツずその女の跡を远っお駈けだそうずしたのです。それでも、『いや、いけない』ず考えたのですよ。『忌々しいが、女にいちゃ぀くのは暫らく埅ずう! 扶助料がさがっおからうんずやるさ。きょうは俺は少しお調子に乗りすぎおいるぞ。』ずころが、そんなこずをしお、圌はその日䞀日で所持金の殆んど半分は䜿いはたしおしたったのです。䞉四日するず、圌は再び委員䌚の䞻事のずころぞやっお行ったのです。『䟋の件がどうなりたしたか、お蚊ねに参りたした。ただ傷も癒えたせんのに䜙病たで䜵発したしお......䜕しろ囜のために血をながしたのですから......』ずいうようなこずを、切口䞊で述べたおたものず思っお䞋さい。するず䞻事がこう蚀うのです。『だがね、䜕より先きに䞀蚀お断わりしおおかねばならんが、君の願いの筋は最高機関の認可がなくおは、どうするこずも出来んのじゃ。そもそも今はどういう時であるか、それは君も知っずるじゃろう。いっおみれば、ただ戊圹はすっかり終っおはおらんのじゃ。倧臣が垰囜されるたで、我慢しお埅ち絊え。そうすれば君は決しお芋殺しにされるのでないこずを玍埗するじゃろう。どうしおも、それたで食い぀なぐこずも出来んずいうのなら、わしに出来るだけのこずはしよう......』っおね。それでたあ、無論わずかばかりではあったが、倹玄しおやっおゆけば、認可の䞋るたでぐらいはどうにか持ちこたえられるだけの金が䞎えられたのです。ずころが我がコペむキン先生は、そんなけちなこずはしたくなかったのです。圌は明日にも、『さあ、これを持っお行っお、鱈腹のんだり、楜しんだりしろ』っおんで、䜕千ずいう倧金が貰えるず思っおいたのに、案に盞違しお、ただ埅おずいうだけで、時期の指定もしおくれないずいう蚳なんです。もう圌の頭の䞭は、䟋のむギリス婊人や、スヌプや、いろんなカツレツで䞀杯になっおいたんです。そこで圌はしおしおず、たるでコックに氎をぶっかけられお、尻尟を巻き、耳をたれお逃げ出す*7プヌデル犬そっくりに、玄関を飛び出したのです。ちょっぎり味を芚えたペテルブルグの生掻がもう圌を蝕みかけおいたのです。それだのに䜕ずいう惚めな暮らしでしょう、うたい物などは䜕䞀぀口にするこずが出来ないのですからね。ずころがただ若くおピチピチした男のこずですから、たるで狌のように食慟が旺盛だったんですよ。どこかの料理店の偎でも通るず、そこでは倖囜人のコック、それはきっずフランス人なんですがね、そい぀が明けっぱなしな顔附をしお、オランダ補のシャツに雪ず芋たがうような真癜な゚プロンをかけお、束露を添えたカツレツかなんかを拵らえおいたす――たったく莅沢な埡銳走で、ほんずに咜喉から手が出るくらいなんです。たたミリュヌチンの店の前でも通りかかれば、そこの窓からは玠晎らしい鮭だずか、䞀粒五ルヌブリもする桜ん坊だずか、恐ろしく倧きな、たるで銬車ほどもある西瓜などが顔をのぞけお、そんなものに癟ルヌブリも払おうずいう銬鹿な買手を埅っおいるんです――芁するに、䞀歩ごずに誘惑が埅ちうけおおり、䜕を芋おも涎がだらだら流れるずいった始末ですが、こちらは――おあずけを喰わされおるんですよ。たあ、圌の立堎を想像しお埡芧なさい......䞀方からは鮭や西瓜を芋せ぀けられながら、片方からは『明日』ずいう䞍味い料理が抌し぀けられおいるだけなんですからねえ。『ええ、もう我慢が出来ない』ず圌は思いたした。『あい぀らは䞀䜓どんな぀もりでいるのかしらないが、おれは䞀぀出かけお行っお、委員䌚もぞったくれもあるものか、奎らをみんな狩り出しお、䞀䜓どうする぀もりだか詰問しおやるぞ!』っおね。実際、圌は臆面のない、恐ろしくうるさ型の男で、こうず思ったが最埌、理窟もぞちたもあったものではなく、がむしゃらに突進する癖だったのです。で、圌はそのたた委員䌚ぞやっお行きたした。『どうしたんだね?』ず先方が蚀うのです。『ただ䜕か甚なんかね? もう君には、ちゃんず話がしおあるじゃないか』っおね。するず圌は、『ふん、䜕甚ですっお? あっしはこんなけちけちした暮らしは真平埡免ですよ』ず、぀け぀け蚀っおのけたのです。『あっしだっおカツレツを食ったりフランス葡萄酒の䞀本も飲んだり、たた芝居にでも行っお憂晎らしをしなきゃなりたせんからね』っお。『いや、そうは行かないよ......』ず䞻事が蚀うんです。『こういうこずには、いわばその、蟛抱が肝腎なんだ。君には、その決定が䞋るたでの生掻費があげおあるし、いずれは然るべき報償を受けるこずが出来るにきたっおいるのだ。そもそも我がロシア垝囜では、祖囜のために奉仕した人が䜕の保護も受けずに芋殺しにされた䟋しはただないのじゃから。しかし、君が今すぐにカツレツを食べたり芝居を芋たりしたいずいうのなら、そい぀はどうも困ったものじゃ。そういうこずなら、自分で資力を芋぀けお勝手にやっおゆくがよかろう』っおね。ずころが君、コペむキンは平気の平巊で、それ䜍のこずではビクずもしないのです。圌はがんがんず隒ぎたおお、誰圌なしに喰っおかかる始末です! そこにいた係り圹人や曞蚘連䞀同をさんざんにこきおろしはじめたのです......。『君だっお、そうだ! お前さんだっお、そうだ!』ず、圌は䞀人々々に向っお、『あなた方は職務ずいうものを埡存じない! あなた方は犄盗人だ!』などず眵っお、䞀同をこっぎどくやりこめたのです。挙句の果おには、党然別の圹所の将官がひょっこり顔を出したのにたで喰っおかかる始末で! 飛んでもない隒動を持ちあげおしたったのです。こんな没䞍暁挢にかかっおは䜕ずも仕方がありたせんお! ずうずう䞻事も、これは手ぬるい手段では駄目だず思ったのですよ。そこで、『よろしい!』ず䞻事が蚀いたした。『もしも君が、圓座の絊䞎だけでは満足するこずが出来ず、君の扶助料の決定するたで、おずなしくこの銖郜で埅っおいるこずが䞍服なら、君を本籍地ぞ送還するたでのこずじゃ。さあ、䌝什兵を呌んで、この男を本籍地ぞ送り届けるようにしろ!』するず蚀䞋に䌝什兵の姿が扉口に珟われたが、䞃尺ゆたかの倧男で、その頑䞈な手が、生たれながらに銭者にでもなるように出来おいるずいったや぀で――いわば歯医者の手先ずいった男なんです......。そこで、神の僕なる我がコペむキンは、その䌝什兵ず䞀緒に銬車ぞ乗せられおしたったのです。『ふん、少なくずも銬車賃を払う必芁がないから、それだけでも有難いずいうものさ』ず圌は、ふおくされたものです。こうしお圌は護送されお行ったんですがね、護送されお行きながら、肚の䞭ではこんな颚に考えたのです。『よおし! 手前たちはおれに、自分で金を儲けお勝手に食っおいけっおいやがるのだな。よおし、おれは自分で儲けおやるぞ!』っおね。さお、圌が果しおどこぞ送りずどけられたのか、その蟺のこずは皆目䞍明なんです。そのたたコペむキン倧尉の噂は、詩人たちがレタ河ず名づけおいる、あの忘华の河の底深く消え去っおしたったのです。ずころが諞君、そもそも物語の緒はここからはじたる蚳なんですよ。さお以䞊のような次第で、その埌コペむキンの行先は杳ずしお分らなかったのですがね、いいですか、それから二月もたたない䞭にリャザヌニの森林地垯に物取り匷盗の䞀団が珟われたのです。しかもその䞀味の銖領ずいうのが、君、他ならぬあの......。」" } ]
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"自然描写をはじめお行うたのは、黒人である。人麻呂には、其に達した物はあ぀おも、ただ意識しおの努力ではなか぀た。黒人には、又䞀皮の圓時ずしおは、進んだ――䜵し正しくない――文孊䞊の抂念があ぀た。䜓様の違うた䜜物を䜜らうずする和歌匏の䞊の蚈画もあ぀たらしい。けれども倚くは其に煩されない䜜物を残した。圌は自然描写をし遂げた。䞀方又、静かな倜陰の心境を䜜物の䞊に芋出した。歀は圌以前からも兆しおゐたものだが、圌に具䜓化せられお、埌之をたねぶ者が倚くな぀た。赀人の「倜のふけゆけば楞生ふる......」なども其だ。\n歀は、叀代人の旅泊に寝お、わが魂の静安を欲する時の呪歌の䞀類から転成したもので、䞇葉集より埌には、類䟋を芋なくな぀たものである。\n山郚赀人は亊、宮廷詞人の䞀人らしいが、長歌及び抒情短歌は人麻呂をなぞり、叙景詩は黒人を写しおゐる。が、其を脱华しお、個性を衚す様にな぀た。圌の長所ずせられ、叀今集以埌に圱響を䞎ぞた、四季雑歌・盞聞歌は、自然を人生の䞀郚ずしお倉造を加ぞ、特殊な生掻態床を空想する事を、文孊態床ずする様にな぀た。圌の態床は正しくないが、ずもかく創䜜意識は、茲たで䞊぀お来た。\n倧䌎旅人は享楜的な分子を亀ぞ、山䞊憶良は、功利的な目的を露はに出しおゐるが、ずもかくも、文孊ずしお歌を扱うおゐる。高橋虫麻呂などの孊者も、さうした態床は明らかにな぀お来おゐる。けれども、みな長歌には、情熱を持続する事が出来ないでゐる。長歌が文孊的燃焌を臎さない時代にな぀おゐたのである。旅人は、倖芋には、虫麻呂よりも培底しお、挢颚をずりこんだ。が、創䜜動機から芋れば、玔粋な抒情詩人である。叙事脈の衚珟は、歀人になるず跡を絶぀お居る。孊者らしい臭みは少しもなく、誇匵のない情熱の文孊ずしお初めお芋るべきものである。\n其子の家持になるず、文孊によ぀お、人間の孀独性を知りかけおゐる。圌の䜜品には、宮廷詞颚の方䟿ずしお䜜られたものず、玔文孊䜜品ずがある。埌の者では文孊其物よりも、文孊のよい感化を芋せおゐる。圌の歌で山柿の颚を孊んだらしい長詩は、劂䜕にも擬叀文らしい屈托がある。盞聞埀来の歌も、特色がない。圌䞀己の身蟺を陳べたものには、黒人系統の心境が芋える。而も平凡な生掻から普遍の寂しさに思ひ到぀おゐたらしい凊は、近代文孊に䌌おゐる。\n\n 䞀〇 䞇葉孊に䞀等資料のないこず\n\nこゝたで、私の議論に぀いお来お頂いた方々に、私は、かう蚀ふ信頌を感じお、倚分さし぀かぞがないであらう。私は、䜕も珍しいこずを蚀ひたが぀おゐるのではない。唯平安䞭期の初めにすでに、䞇葉の各方面の本旚が誀解せられお居た。或は正しく䌝ぞられお居たにしおも、平安末期以埌の歌孊者の曲解が加぀お、長く玔粋な元の意矩が隠れお了うた事を信じおゐるが故に、埓来の、源・藀二流の六条家の盎芳説を、敎頓調節するだけでは、満足出来なか぀た事が蚣぀お貰ぞる事ず考ぞる。\n蚀はゞ、歀集に関しおは、真の䞀等資料ず蚀ふべきものが欠けおゐる。叀今序の倖は、䜕れも〳〵単なる孊統の暩嚁を保぀為の衒ひに過ぎないものであ぀た。かうした非孊術的な埌䞖歌孊者の準拠を、我々の準拠ずするこずは、到底出来ない事なのである。かうした堎合、䞇葉の研究は䞇葉自身を解剖するか、䞇葉前埌の文壇或は䞖間の䌝承を参酌しおの研究が、或は今たでの窮塞を通ずる事になるであらう。かうしお、私は王朝末以来の孊者が行うた仮説以倖に、も぀ず正しいに近い掚定を眮く事が出来る。さうしお又、其が新しい時代の幟倚の補助孊を負ふ者の暩利であるず信じおや぀お来た事を、快くうけ容れお䞋さる事ず信じる。くり返しお蚀ふ。䞇葉集研究の埒にず぀お迷惑な事は、䜕よりも、䞀等資料のない事である。かうした堎合、䞇葉自身の分解に加ふるに、文孊史的芋解、及び民俗孊的掚理の業蹟が、倧きなものであるこずを悟らねばならぬ。\n私は、䞇葉人の歌を䜜り又、䌝ぞた心持ちを考ぞた。さうしお、其が埓来の考ぞ方では、受玍しきれない郚分の倚い事を説いた。或は倖にしお、文孊意識や、態床の発生した圢を芓め埗たかも知れない。さうしおうた及び、其同矩語の本矩ず転化ずを瀺し埗た様にも感じおゐる。さうしお或は、宮廷ず民間ずにおける文孊の盞違及び其歩みよりの俀を、読者に描いお頂けたかも知れない。さうしお尚幟分でも、長い䞇葉集時代における䞭心掚移を髣髎せしめ埗たかも知れぬず、埮かな自埗を感じおゐる。私は垞に、老いた察象を捐おゝゐる。理䌚に叶ひ難い文章も、若い感受性に充ちた朗らかな胞を予想しおかゝ぀おゐるのである。\n\n 侀侀 䞇葉びずの生掻\n\n歀語は、私が蚀ひ出しお、既に十五幎になる。けれども䞀床も、行き培぀た論を発衚しないで来た。私は今は、其茪廓だけでも曞き留めおおきたい。私の蚀ふ䞇葉人なる語は、䞇葉の䞭心ずな぀おゐる時代即、飛鳥末から藀原・奈良初期、其から奈良盛時、歀に次ぐに奈良末の平安生掻の予芚の動いお居る時代の、宮廷䞊びに䞖間の内生掻の掚移ず䌝統・展開ずをこめお蚀ふのである。玔粋の感情衚珟物の蚘録ず蚀ぞない事は固よりだが、内生掻の蚘念ずも芋るべき歌謡から、生掻の諞盞を抜象しようずするのである。\n君ず、女君ず、倧身ず、民人ずの生掻が、どう蚀ふぐあひに歌に匵り぀いお――ず蚀ふのが最適圓だ――残぀たかを芋たいず思ふ。\n\n 君 皇子尊\n\n蚘・玀に珟れた君は、神自䜓である時期は、垞にくり返され、其が、長くもあ぀た。䞇葉においおは、既に「神の生掻」から次第に遠ざか぀お居られる。而も、至䞊神或は其子ずしお、日のみ子ず蚀ふ讃ぞ詞は甚ゐられおゐる。又「神ながら」ず蚀ふ語も、歀時期の初めに著しくな぀お来る。だから、盎に内容は譬喩衚珟に近づいお、「神自䜓」よりも「神さながら」ずなり、曎に「神意によるもの」ず蚀ふ矩を生じた。かむからず、殆ど同矩に甚ゐたものが、䞇葉には最倚くな぀おゐる。君の蚀行に限぀お蚀ふ詞が、自然庶物に内圚する神埳の頌蟞ずさぞな぀た。\n君の居凊なる「倩の䞋」――倩の盎䞋――及び其附近に居るものは、君の倖には神はなか぀た。其が、粟霊の優勢なものをも、神ず称する様にな぀た為である。さうしお、君の本地身たる至䞊神ず、君ずの関係に血族芳を深めお行぀お、神栌ず人栌ずの間に、時代を眮いお考ぞる様にな぀た。\n其でも宮廷詞人の䜜物には、䌝承詞章による発想を守぀おゐるものが倚い。だから、其章句から盎に、圓時、神自䜓芳の存圚した事の蚌明は出来ない。君は劂䜕なる嚁霊をも、鎮斎しお内圚力ずする事が出来るずの信仰が、早く皮々の異教を包括する様にな぀た。が、歀初期になるず、君の仰ぐべきものに、第䞀矩のものずしお仏法が珟れ、埓来の信仰は、其䞀分掟ずしおの神道を以お称せられる様にな぀た。君の生掻が「神ながら」ず蚀ふ修食蟞を生むだけ、神を離れおゐたからである。聖埳倪子を䞊宮法王ず蚀ひ、又降぀お奈良の道鏡にも、其先蹀による称号を䞎ぞられたのも、歀為であ぀た。君以倖に、信仰䞊に、最高執務者を蚭けたのである。女君の配逑なる君のない堎合である。" }, { "role": "assistant", "content": "かうした時は倚くは、血統最近くお神聖な性栌を具ぞた男子が択ばれお、政務を、宰぀。歀は、ひ぀ぎの・みこず蚀はれた方々である。通垞臣䞋のみこずもちず区別する為に、略称したみこずを名の末に぀ける。叀代から、皇子の䞭、みこずを以お呌ばれる人ず、さうでないのずあるのは、男君・女君に拘らず、最䞊のみこずもちなる皇子・王だけに぀けおゐる。其みこず名が、次第に限られお、執政或は摂政ずしおの皇子だけに぀く様になるのが、飛鳥朝の傟向であ぀た。さうしお遂に、䞀人のみこの・みこず――ひ぀ぎの・みこは数人ある――が、摂政皇倪子の矩ずな぀た。日䞊知皇子尊・高垂皇子尊などの尊号の、䞇葉に芋える次第である。\n\n 女君 䞭皇呜\n\n皇子尊が、女君の摂政ずしおあるのは異䟋で、君ず女君ず盞双ひお圚る堎合が、普通である。君の為に、信仰䞊の力を以お助けるのである。君が、教暩を遠のいた為である。神ず君ずの䞭なる尊者なる為の名、なか぀・すめらみこずを以お呌ばれる。すめらみこずは、倩子に限る甚語䟋ではない。神聖なるみこずもちの矩であ぀お、広矩に斌おは、皇后・皇倪子にも蚀ふ事が出来たのである。君の闕けお女君ばかり䜍にある時を、なか぀すめらみこずず蚀ふのではなか぀た。叀くは唯、皇女或は皇后ずのみ曞いおゐる事もあるが、飛鳥朝からは明らかに、倩皇ず申䞊げおゐる。唯、其君ずの血の極めお近く、宮廷の神のみこずもちたるに最適圓な叀代颚のなからひに圚぀た女君を、䞭皇呜ずよびわけた様であ぀た。\nだから、后の䞭にも、䞭皇呜・倧后・后などの区別があ぀たのである。皇后ずしお埌、倩䜍に䞊られたのは、皆䞭倩皇だ぀た方であらう。さうしお、君いたさぬ埌も、䞭倩皇の資栌で居られたのである。さうしお芋るず、唯男君から男君ぞの、䞭぀ぎのすめらみこずず蚀ふ事は出来ない。歀叀颚が埌々たで印象しお、平安初期以埌長く行はれた「䞭宮」の尊称の因を開いたのである。さうしお、其神事をずり行はれた凊が、「䞭宮院」の名を留めたのである。\n䞭皇呜を䞭皇女ずあるのは、誀りではなからう。鏡王女ずある――額田女王ではない。其姉の方ず芋るべきである――のず、同じ蚘入䟋である。䞭皇(=たか぀すめらみこず)鏡王(=かゞみのおほきみ)など曞くず、男垝・男王ずたちがぞられるからの蚻で、特別に女性の矩を衚す字を぀けぬ曞き方が倚か぀た為である。額田女王を、䞇葉に専ら額田王ず曞くのは、名高くお、男王ず誀解する気づかひがなか぀たからなのも反蚌である。\n君・女君盞双うお「䜕々宮埡宇倩皇」の資栌があられたのだ。其故、君なき埌も、其資栌は倱せない。埡双方の䞭皇呜の身に残るのであ぀た。厗本宮埡宇倩皇は、舒明・皇極䞡皇を指すのである。皇極朝を埌厗本宮埡宇ずしたのは、埌代の考ぞ方である。さうしお、男君圚さぬ埌も、䞭皇呜ずしお居られた。厗本宮・埌厗本宮に通じお、䞭皇呜ずあるのは、誀䌝ではない。埡劃の䞭、他氏他郷の倧身の女子なる高玚巫女の、結婚した他郷の君の為に、自家の神の嚁力ず瀺教ずを、倫に授けお其囜を治めさせる様にな぀たのが、きさきの叀い甚語䟋に入るものらしい。\n歀に后の字を宛おゝ、叀颚を没华する事になり、王氏・他氏の女に通じお、きさき或は䞭宮など蚀ふ習はしを䜜぀た。叀代は、䞭皇呜は王氏の出、きさきは他氏の女子、君の埡犊を掌る聖職を以お奉仕したものらしい。垞寧殿の后町井や、埡湯殿の䞋から出たず蚀ふ蚶気絵ず蚀ふ笙の䌝説などを考ぞ䜵せるず、愈きさきず埡犊ずの関係が考ぞられる(民俗孊篇第䞀冊「氎の女」参照)。\nかうした為来りが、后劃の歌に、氎に関する䜜を倚く䜜り出したず芋える。䞇葉で芋おも、巻二の倩歊倩皇・藀原倫人の盞聞、倩智倩皇倧喪の時の后・劃・嬪等の歌、又持統八幎最勝䌚の倜の歌など、かうした方面からも芋るべきであらう。歀が蚘・玀になるず、すせり媛・ずよたた媛・やたずたけるの呜の后王子らの歌・仁埳后の志郜歌返歌・倧春日皇后の歌など、皆倫君に奉る歌は、氎の瞁を離れない。殊にすせり媛のは、衣を解き攟ける様を、志郜歌返歌は、犊ぎの瀬を求める颚を、最埌のは、犊ぎず竹ず楜噚ずの関係を述べる叀詞から出た事を芋せおゐる。\n䞇葉の皇族・貎族の盞聞・挜歌にも、氎の瞁の深いのは、氎を扱ふ貎族の婊人ずの唱和が、次第に、さうした発想法を生み出したものず蚀ぞよう。\n\n 巫女ずしおの女性\n\n䞭倩皇・斎宮其他、后劃からの女官に到るたですべお、巫女ずしお宮廷の神及び神なる君に仕ぞおゐた。氏長・囜造の家々にも亊、かうした巫女が充ちおゐた。歀等の倖にも、囜々邑々の成女は、すべお巫女たる事が、唯䞀の資栌であ぀た。だから宮廷に出入した女性たちの生掻を、女房・女官などの埌䞖颚の考ぞ方で、単玔に芋おはならぬ。埌宮の職員は、平安初期たでも、巫女ずしおの自芚は倱はなか぀たのだ。叙事詩・民謡に出お来た有名・無名の地方の䞇葉女も、やはりさうした芳念を底に持぀おゐた。この事実は、男性が創䜜詩に螏み入぀た時代にな぀おも、倉らず芋えおゐる。盞聞は殊にさうだし、挜歌その他のものにも通じおゐる気分である。\n物語歌に芋えた真間のおこな・蘆屋の海蟺村凊女其他は、前代以来の䌝説䞊の人で、あの皮の巫女の人の劻ずなる事を避けた信仰の印象であ぀た。村家の嚘を蚪れる新嘗の倜の情人を仮想した二銖の東歌などもある。成女戒を受けた村女の、祭の倜に神を埅぀た習俗の民謡化したものだ。歀倜の客が、神であ぀お所謂䞀倜倫なるものであ぀た。歌垣・嬥歌䌚・新宀の寿の唱和は、民間の歌謡の発達の垞なる動力であ぀た。元は、男方は神ずしお仮装し来り、女方は粟霊の代衚たる巫女の資栌においお、これに察抗し、これを迎ぞ、これに埓うたのである。歀が盞聞歌の起りである事は述べた。\n歀かけあひ行事に、謡ひ勝たう、負かされじずする凊から、「女歌」はずりわけ民間に䌞びた。神ず巫女ずの察立の本意を忘れた地方も、䞇葉人以前からあ぀た。かうした間に、類型が類型のたゝに次第に個性味を垯びお来た。又䞀方唱和問答の機智的技巧は、愈進んで来た。女性の歌は垞にかうしお、男の歌を予期しおゐるのであ぀た。䞇葉を芋おも、女性の䜜に、殆ど䞀぀ずしお盞聞莈答の意味を離れたものゝない事実は明らかである。女歌に特殊な境地のある事は固より、其発想法には、䌝習的な姿が芋られるのは、尀である。\n女歌は、異性を察象ずする関係䞊、すべお恋愛匏発想法によ぀お居る。だから、簡単に真の恋愛的亀枉を歌から考ぞ出す事は出来ない。だから䞇葉には、盞聞ずいふが、恋歌ずは蚘さなか぀た。叀矩によ぀お蚀ふこひ歌は、求婚する男のするものであ぀た。其が女歌にも入぀お来たが、その発想法の䞊には、真仮の区別のないものが倚い。こひ歌ず芋えるものは、倧抵前代の叙事詩から脱萜したものが倚か぀た。歀が民謡ずしお行はれた。\n男のこひ歌に察しおも、女歌は埓順でないものが倚い。或は倖柔内剛なうけ流しが倚か぀た。盞聞・挜歌・民謡などにある女歌らしいのゝ情熱的なものも、倧抵叀詞以来の類型か、叙事詩の倉造か、誇匵した抒情かである事は、早く蚀うた。唯、其間に真実味の出お来お居るのは、埌朝の詞や、芋ず久の心を述べる男の歌に察ぞたものである。歀ずお果しお、䜜者自身の物か、保護者又は埌芋婊人の歌か知れないのが倚い。家持に䞎ぞた叔母倧䌎阪䞊郎女の歌には、女倧嬢の心持ちにな぀お䜜぀たものが倚いのであらう。又、倧嬢の家持に答ぞた歌ず蚀ふのも、郎女の代䜜ず考ぞられぬではない。\nずにかく、唯の盞聞態床では、男の心に添はない事を意識した䜜も、埌ほど出お来お居る。\nでも、䞭臣宅守・茅䞊郎女の歌などは、恐らく、其近代の情史的創䜜であらうず述べたずほり、こひ歌らしくないものである。真の意味の恋歌は䞇葉末期に出お来たず蚀うおよからう。前代の物で、こひ歌らしく芋えるものは、倧抵魂ごひの歌或は、旅䞭鎮魂の䜜だ぀たのである。\n女歌は恋愛発想による倖、方法はなか぀たのである。巫女ずしおの久しい任務が、かう蚀ふ倉態な衚珟䞊の論理を圢づくらせたのであ぀た。\n短歌様匏は、殊に「女歌」に斌お、発達したものず芋る事は正しいず思ふ。宮廷生掻においおは、女歌のもお囃される機䌚が倚か぀た。䞀぀は螏歌宎遊に、䞀぀は颚俗歌䌚――歌䌚の原圢――などに、男方を緘黙させる様な才女が、倚く珟れたのである。春秋の物諍ひを刀じた額田女王の長歌の劂きも、さうした堎合に矀䜜を抜いた䌝説のあ぀たものであらう。䞀人だけ、歌で刀じたのではない。真の女性の䜜物は、長歌ずしおも、十聯以䞊に及ぶものは叀くから皀であ぀た。そこに、鋭く統䞀せられお出お来るものがあるのである。阪䞊郎女の劂きは、長い䜜も創䜜しおゐるが、歀は奈良末の埩叀熱から出た擬叀文に過ぎない。歀人などは、恐らく女ずしお挢文孊を孊んだ早い頃の人らしく思はれるが、平安䞭期たでも、女は、唯叀颚を守るばかりであ぀た。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、完成床の高い文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 六月十八日に奈尟は岩田ぞ茿入れをした。怙原は八癟五十石の幎寄肝入圹であり、岩田は䞃癟石の玍戞奉行である、婚瀌の匏には藩䞻からずくに䜿者を賜わり、祝宎は䞉倜にわたっお催された。岩田家にも䞻婊がいなかったので、ばあやが小間䜿を぀れおゆき、岩田怙原䞡家の芪族の婊人たちず謀っおすべおの䞖話をした。――奈尟はその時間を倢の䞭にいるような気持で過ごした。土地の習慣で、祝宎のあず二日は、新嫁が䞻になっお芪族知己の婊人たちを招埅する、この日は客たちの望みによっお、新嫁はたしなみだけの芞事を披露しなければならない、音曲ずか舞ずか、茶、華、銙、ずきには歌、俳諧なども所望されるこずがある、奈尟も琎だけは匟いたが、あずはなにを望たれおも「ふたしなみでございたす」ず云っお蟞退しずおした。ばあやがずり぀くろっお、座の癜けるこずだけは救われたが、客たちの䞍満は明らかであった。叔母のたさ女は幟たびも蔭ぞ呌んでは怒った。\n「それは高慢ずいうものよ奈尟さん、そんなこずではすみたせんよ、来おくだすった方たちみんなを敵にしおしたう぀もりですか」\n「もうわかったわ叔母さた、わたくし厭なの、気の向かない芞事なんおそらぞらしくっお」\n「それはお客さたを蟱かしめるこずになるのよ、取り返しの぀かないこずになるのよ奈尟さん、せめお島川さたがお望みの舞だけでもなさいな、埡家老の奥さただずいうこずは知っおおいでじゃないの」\n「それではほかのかたがたになお倱瀌だわ」奈尟は平気で銖を振った、「もうたくさん、わたくし厭なの、厭なの、厭なの――」\n ばあやは十日めたでいたが、持っお来た衣装や道具も片぀き、奈尟が岩田家の召䜿たちに慣れ始めたのをみお垰っおいった。――岩田には䞉郎巊衛門ずいう隠居した舅がいた、䞭颚を病んだのだそうで、ずっず別棟の隠居所に寝起きをし、孫兵衛ずいう老人の家僕がいっさいの䞖話をしおいた。舅の姉で赀束ずいう家ぞ嫁しおいる婊人が、ずきどき家政のこずで泚意をしに来た、「お姑のいるのも蟛いが、いないのも別の意味で蟛いものですね」などず云いながら、ただ奈尟などにはわからない现かしいこずをくどくどず教えるのであった。どこかぞ客にでも来おいるような気持でうかうかず倏を越した。毎朝いちど、隠居所ぞいっお舅に茶を点おるのが日課だったがこれが父だずいう実感はなかなかわいおこなかった。良人に察しおも同じようであった、長く知り合っおいたので遠慮はないけれども、これが身も心もささげる生涯の良人だずいう感じがぎったりず身に぀かない。぀い「岩田さた」ず呌びそうになっお驚くこずが倚かった。――玄束の合歓朚も庭の西の端に怍えられた、怙原の庭のよりも倧きい暹で、枝も充分に匵り、花が咲いたらどんなにみごずかず想像された。根づいたこずがはっきりするず、半䞉郎は楜しそうにその暹蔭ぞ茶を運ばせたりした。\n「来幎はあぶないが再来幎は咲くそうだ」圌は奈尟にこう云った、「そうしたらひず぀趣向を凝らしお倜宎をするかね」\n しかし奈尟はたったく別のこずを考えおいた。\n\n五\n\n あすの晩もういちど、――そういわれた倜は雚であった、そのうえ嫁入りじたくのこずでばあやにおそくたで぀かたり、ずうずう庭ぞ出るこずが出来なかった。岩田ぞ来おからはあわただしい日が続いお、倏のうちはふず思いだす皋床であったが、秋颚の立぀ころになっお生掻もおち぀き、根づいた合歓朚の葉が哀しく枯れだすのを芋るず、しばしばあの倜のささやきの声が思いだされ、あやしく胞のずきめく時間がかえっお来た。\n ――あの倜あの方はひず晩じゅう雚にぬれお立っおいらしったに違いない、そうだ、その次の倜もその次の倜も、きっず......。\n その想像はあざやかになたなたしく県に描くこずができる、するず氎を吞いあげる草花のように神経がめざめ、動悞が高く緊匵しお打ちだし、筋肉にこころよい収斂が起こる、そしお奈尟は自分が生きおいるこずを感じるのであった。䞀日䞀日ず生掻は平板で退屈になるばかりだった、良人は予想したよりはるかに善良で、思いやりが深くゆき届いた愛情を瀺しおくれる。召䜿たちもこれずいっお気に入らぬ者もない、赀束の䌯母ず数銬の叔母は苊手であるが、だんだん来る床数が少なくなるし、来おもはいはいずうけ流しおいればすんでしたう。明けくれは無颚垯のように平穏である、――䞖間の新嫁たちには最も望たしいであろう、この静かな恵たれた日々が、奈尟には壁のようにあじきないいらいらしたものに思われた。なにかいちばん倧切なものが足りない、この生掻は自分にずっお本圓のものではない、絶えず぀きたずうこうした疑惑を、空想だけがわずかに救っおくれた。垣根の倖からのささやき声は、珟実より匷くはっきりず奈尟をよびさたす、お祖母さたの秘められた物語、綺矅びやかな眪の真盞が、い぀か空想のなかでしだいにかたちを成し、攟恣な情景を描きだしおみせる、......眠りは絶えず倢に劚げられた。昌間も日のさすずころを嫌っお、居間に閉じこもっおはもの思いにふけった。\n 良人は奈尟の倉化に気づいたようであった。しかし嚘じぶんからの性質を知っおいるので、くどくきいたりこずさらいたわったりする態床を控えおいるようにみえた。召䜿たちもい぀か䞍安そうなおどおどした動䜜になり、なるべく奈尟の前から逃げおいようずした。――これらも気の毒ずいうよりも退屈で、暗くもの哀しく、いらいらず満ち足りない日が息苊しいほど緩慢にたっおいった。\n 幎が明けお二月に、奈尟の亡母の䞃幎忌があり、䞃日ほど怙原の家に滞圚した。䞉月にはいっお間もなく兄の垂蔵が結婚し、぀いで奈尟自身が颚邪で十日ほど寝た。もちろんたいしたこずではなかったが、このあいだにだいぶ芋舞いをうけたり、手玙や莈り物をもらったりした。もうほずんどなおっおからのこずである、「絢」ずいう芚えのない名の手玙が届き、すぐにひらいおみたが、奈尟はたちたち蒌くなった。䞀幎たえのあの筆跡であった、それはこう曞いおあった。\n ――合歓朚をお怍えなされ候こずわが身のいのちを芚えそろ、埡いた぀きの趣き承たわり及び候より、倜々、合歓朚の暹蔭にお埡平癒を祈りたいらせそろ、おはこびある折のありや吊やは知らず、せめお祈りの倜々のみは赊したたわり候え。\n 文字ではなくそのたたあのささやきの声であった。奈尟はそれをたざたざず耳で聞いた。それからの時間をどう過ごしたか芚えおいない、倜になっお、良人も召䜿たちも寝おしたい、家じゅうがしんず鎮たりかえったずき、奈尟は寝所をぬけお庭ぞ出おいった。春ではあるが倜気は冷え、あやめも぀かぬ闇であった。たわっおゆくず隠居所の障子に燈がさしおいお、庭の暹立がほのかな片明りに浮いおみえた。魔に憑かれたような足どりで奈尟は合歓朚の偎たでいった。\n「ああ来おくださいたしたね、やっぱり」からたちの生垣の倖から、すぐにこうささやく声がした、「埡病気はいいのですか、こんな時刻に出おお悪くはないのですか」\n 奈尟はわれ知らず合歓朚の幹によっお身を支えた、党身がしびれお、そのたた倒れるかず思えたのである。ささやきは続いた。\n「あなたはゆるしおくださいたすね、こうしおたた私がお䌚い申しに来るこずを、あなたに䌚うこずの出来なかった䞀幎、私がみじめで生き甲斐のない日を送ったずお思いですか、いいえ私は仕合せでした、あなたはい぀も私のなかにいらしったのです、醒めおいおも倢のなかでも私は絶えずあなたの姿を芋るこずができ、お声を聞くこずができたす。――そしおずうずうたたこうしおお䌚いするずきがめぐっお来たした」\n 蚀葉の意味はほずんど理解しなかった、その必芁もなかった。舌のさきだけで語られるささやき、思いをこめたその調子が奈尟を酔わせ云いようのない恍惚感にひきいれるのだ。\n「幞犏をこわさないようにしたしょう、五日めの倜ここでお埅ちしおいたす、五日めごずに、お願いです、来おくださるこずを信じおいたすよ」\n その明くる朝、寝所から起き出た奈尟の、生き返ったように元気な、さえざえず明るい顔に半䞉郎は驚きの県をみはった。\n\n六\n\n 奈尟は熟睡するようになり、県に芋えお快掻になった。なおざりにしがちな良人の䞖話もためためずするし、召䜿たちにも笑顔をみせた。ただ䞀぀欠けおいた倢が䞎えられたのである、日々はもう退屈ではなかった、い぀も身内に生きる歓びが感じられた。――五日めごずのささやき、それが平板な灰色の生掻をいやしおくれる、躯じゅうの神経に火を攟ち、しびれるように感芚を陶酔させおくれる。もちろんいかなる恋もそこでずたっおいるこずはできない、い぀かは危険の近づいおくるこずを、奈尟はようやく感じ始めた。\n ――そのずき自分はどうしたらいいだろう、拒みずおすこずができるだろうか。\n 四月の䞭旬を過ぎお、䞃たびめの倜のこずであった。男はい぀ものように綿々ずささやき続けたのち、自制のちからの尜きたような調子で、このたた耐え切れなくなったず蚎えた。\n「それ以䞊なにもおっしゃいたすな」奈尟はおびえたように身震いをした、「さもなければわたくしいっおしたいたす」\n「あなたは私に死ねず云うのですか、私に悶え死にをさせたいのですか」" }, { "role": "assistant", "content": "「あなたは出来ないこずをお求めなさいたすわ、わたくしもうなにも䌺いたせん、そんなこずをおっしゃるのでしたらもうここぞもたいるこずはできたせん」\n「埅っおください。ああいかないで――」\n しかし奈尟は足早に去っおいった。\n からたちの生垣の倖で、男はじっず耳を柄たせおいた。けれども遠く去った足音が、そのたた戻っお来ないのをたしかめるず、舌打ちをしながら生垣を離れた。嘲けるように、もういちど舌打ちをしお振り返った、するずすぐ県の前に人が立っおいた。月の光が、䞊からその人間の姿を照らしおいる、男は「あっ」ず䜎く叫んだ、立っおいるのは岩田半䞉郎であった。男はうめいた、じりじりず埌ろぞ退ったが、身をひねったずみるず、絶叫しながら抜蚎ちに半䞉郎ぞ斬り぀けた。刀はぎらりず青癜く閃光をずばしたが、そのたたがっしず腕ごず盞手にかかえこたれた。「――卑劣なや぀だ」半䞉郎はかかえた腕を逆に絞りあげた、「おたけに銬鹿者だ、ここでおれを斬っおどうする、――貎様の悪い癖は聞いおいたがこれほど底ぬけの銬鹿ずは知らなかった、狐め」こきっず骚が鳎り、半䞉郎の手に男の刀が奪い取られた。男は右腕を曲げたたた獣のようにうめきごえをあげお暪ざたにすっずんだ。\n「二床ず来るな、䞖間ぞは云わずにおいおやる、垰っお自分の顔をよく芋ろ」\n 男は錬のように逃げ去っおいった。\n 半䞉郎はもぎ取った刀を提げたたた生垣をたわっおゆき、塀の切戞から庭ぞはいった。圌の眉はしかんでいたが、怒りや悲嘆の色は少しもなかった。――すでに䞉床、ひそかにその密䌚にたちあっお、二人の関係がどのようなものかを知っおいた。男は老職なにがしの二男で、そういう悪癖のあるこずでは定評のある人間だった。これは䞀喝くれれば片が぀く、だが劻をどうしたらいいか、どうすれば悲劇が避けられるか、どうしたら劻を無事にそこから救い出すこずが出来るか。\n 問題はそれだけであった。半䞉郎は䞉床たで圌らの偎に身をひそめお、䌚話のなかにその鍵をみ぀けだそうずした、そしお今その唯䞀の方法を発芋したのであった。\n「たしかにそのほかに方法はない」眉をしかめながら、半䞉郎はこう呟やいた。「それで砎綻が避けられるなら、それだけの努力を払う倀打ちはある」\n 奈尟は熱を病むような日を送った。男の切迫した情熱、焔のようなささやきが耳に぀いお離れない。ひずりでいるず片ずきもやすたずその声が聞こえるのである、――死ねず云うのですか、悶え死にをしろず云うのですか。奈尟はたたりかねおあえぐ、呌吞が苊しくなる。\n ――決しおもう庭ぞはゆくたい、決しお。\n 远い詰められた者のように、ただそこからのがれようずもがいた。けれどものがれるこずは出来ない、毒の快楜はそれが毒だずわかっおいるずころにある。五日めが来るず血が隒ぎだした。おさえようもなく䞍安な、けれどぞっずするような歓びが身を包んだ。\n ――いいえ庭ぞはゆくたい、どんなこずがあっおも、こんどあの人に䌚ったら、それで自分は砎滅しおしたう。宵のうちたでこう思い続けた。しかし、それが䞍可胜であるこずはわかっおいた。奈尟は十時になるず寝所をぬけだしおいった。――雚もよいの暗い倜であった、隠居所の窓も燈が消えお、暹立のあたりでは虫の音がしおいた。奈尟は合歓朚の暹蔭ぞゆき着いた。党身が氷のように冷たくなり、くらくらず眩暈がしそうになった。\n「ああやっぱり――」からたちの生垣の向こうで、男の䜎いささやき声が起こった、「やっぱりあなたは来おくだすった、私がどんなに苊しんだかおわかりでしょうか、どんなに苊しんだか」\n\n䞃\n\n 奈尟はわなわなず身を震わせた。\n「わたくしがたいったのは」圌女はけんめいにこう答えた、「ただあなたにお断わりするためだったのです、わたくしこれ以䞊もう」\n「おっしゃらないでください」ささやきは哀願の音をおびた、「私が悪かったのです、私はあの倜どうかしおいたのです、あんなこずを望んではならないず初めから知っおいお、぀い愚かな情に負けおしたったのです」\n「あなたは間違っおいたずお思いですの」\n「こんなに矎しい恋を」ず、ささやき声は歌うような調子になった、「なんのためにこわすこずがあるでしょう、あなたはそこにいらっしゃる、私はこうしおここにいたす、私が胞にあふれる思いを語るずき、あなたはそこにいお聞いおくださる、――私たちのあいだには珟実の壁はあるが、お互いの心を隔おるものはなにもありたせん」\n「ああおっしゃっお、おっしゃっお」奈尟はうっずりず県を぀むり、酔ったように合歓朚の幹ぞ身をもたせた、「どうぞ今のようにおっしゃっお、わたくしそういうお蚀葉で聞きたかったのですわ、どうぞおっしゃっお――」\n「そうです、これが私たちの恋なのです、ここには煩瑣な生掻も䞖間の矩理もありたせん、倜のしじたず暹や草のほかには、この恋を劚げるものはなにもありたせん、珟実の䞭ぞはいればどんなに深い真実の愛もい぀かは冷たくひえおしたうものです、――私は二床ずお手を求めもしたすたい、これで充分です」\n 頬に涙の流れるたた、奈尟はこの時間が氞久に続くようにず祈っおいた。危険の去ったこずに疑いはなかった。五日めごずに、男はこれたでになく矎しい蚀葉で愛をささやく、歌のように絵のように心の思いを語る。しかしそれ以倖のこずは求めなかった。――奈尟はよく眠り、満ち足りた快掻さで家の䞭を明るくした。秘めたる歓びが、謝眪のかたちで良人に酬われる、半䞉郎が戞惑いをするほど、奈尟の愛情は匷くなっおいった。\n こうしお季節は梅雚にはいろうずした。ひどく空気の湿ったむしむしする倜のこずだったが、男のささやきの䞭にふしぎな蚀を聞きずがめた。\n「来幎になったら、この合歓朚は」こう男が云った、「――私たちを倢のようにおがろな花笠でおおっおくれるでしょう......」\n 来幎になったら。奈尟はふず県をあげた、いたはただ花期には早いのに、どうしお今幎咲かないこずがわかるのだろう、そう思ったずき奈尟はああず口を抌えた、県に芋えぬ手で躯を真二぀に裂かれたような、非垞な驚愕にうたれたのである。\n ――たさか、たさかそんなこずが。\n 圌女は党身を耳にしおささやきの声を聞いた、舌のさきだけで語るごく䜎い、かすかな声である。生垣を隔おおからくも聞きわけられるだけだ、しかし心をずめお聞けば隠しようのない抑揚に気が぀く、蚀葉の切り方にある癖もその人のものだ。奈尟は喪心したように合歓朚の暹蔭をはなれた、ほずんど倢䞭で、よろめきよろめき家に垰った。\n 寝間の倜具の䞊に坐り、県を぀むっお初めからのこずを思い返した。――そうだ、怙原の家の庭で倜宎のあったずき、あの人は誰よりも遅れお、それもあんなに急いでかけ぀けお来た。あの人は奈尟をよく知っおいる、奈尟になにが必芁だかずいうこずも......あの人は喜んで合歓朚を怍えおくれたではないか。同じ家に寝起きをしおいお、五日めごずの庭の忍び䌚いを気づかないはずもない。\n ――お祖母さたに䌌たのね、気を぀けないずその気性はあぶなくっおよ。\n こう云った叔母の懞念を、あの人はそれ以䞊によく理解しおくれたのだ。――垣根の倖のささやきは良人であった。奈尟がそこたで考えたずき、廊䞋に忍び足の音が聞こえ、良人の寝間ぞ誰かが入った。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 僕が文壇の諞友ず平生䌚談の堎所ず定めお眮いた或カッフェヌにお民ずいう女がいた。僕が曞肆博文通から版暩䟵害の談刀を受けお青くなっおいる最䞭、ふらりず僕の家にたずねお来お難題を提出したのはこのお民である。\n お民が始お僕等の行銎れたカッフェヌに絊仕女の目芋埗に来たのは、去幎の秋もただ残暑のすっかりずは去りやらぬ頃であった。叀くからいる女が僕等のテヌブルにお民を぀れおきお、䜕分宜しくず蚀っお匕合せたので、僕等は始めお其名を知ったわけである。始お芋た時幎は二十四五に芋えたが、然しその埌いく぀だずきいた時、お民は別に隠そうずもせず二十六だず答えた。他の女絊仕人のように癜粉もさしお濃くはせず、髪も瞮らさず、箆のような櫛もささず、芋銎れた圚来のハむカラに結い、錠地の絣のお召に暪瞊に瞞のある博倚の倏垯を締めおいた。顔立は面長の色癜く、髪の生際襟足ずもに鮮に、錻筋は芋事に通っお、切れ長の県尻には䞀寞剣があるが、案倖口元にしたりが無いのは糞切歯の抜けおいるせいでもあろう。叀颚な矎人立の顔ずしおはたず申分のない方であるが、圓䞖はやりの衚情には乏しいので、或人は胜楜の面のようだず評し、又或人は線が堅くお動きのない顔だず蚀った。身䞈は高からず䜎からず、肉付は䞭の郚である。着物の着こなしも、初お目芋埗の倜に芋た時のように、い぀も少し衣王を぀くり、垯も心持さがり加枛に締めおいるので、之を他の絊仕女がいずれも襟は苊しいほどに堅く匕合せ、垯は出来るだけ胞高にしめおいるのに范べるず、お民䞀人の様子は华お目に立った所から、歀のカッフェヌに出入するお客からは応江戞颚だずか芞者颚だずか蚀われるようになった。倧分心やすくなっおから、僕達の問に答えお、お民の語ったずころを聞くのに、お民は矢匵その様子にたがわず東京の䞋町に生れた者であった。\n「わたし、生れたのは薬研堀ですわ。お父぀ァんはずうに死んじたいたした。」\n 僕は薬研堀ず聞いお、あの蟺に楊匓堎のあったこずを知っおいるかず問うお芋たが、お民は知らないず答えた。広小路に犏本亭ずいう講釈堎のあった事や、浅草橋手前に以呂波ずいう牛肉屋のあった事などもきいお芋たが、それもよく芚えおいないようであった。日露戊争の頃に生れた嚘には、その生れた町のはなしでも僕の蚀うこずは少し時代が叀過ぎたのであろう。珟圚はどこに䜏んでいるかずきくず、\n「兄さんや母さんず䞀緒に東䞭野にいたす。母さんはむかし小石川の雁金屋さんずかいう本屋に奉公しおいたっお云うはなしだワ。」ず蚀った。\n 雁金屋は江戞時代から明治四十幎頃たで小石川安藀坂䞊に圚った名高い曞林青山堂のこずである。歀のはなしは其日僕が恰東仲通の或貞垭に開かれた叀曞売立の垂で挢籍を買っお、その垰途に立寄った時、お民が叀本を芋お急に思出したように語ったこずである。\n お民は父母のこずを呌ぶに、圓䞖の嚘のように、「おずうさん、おかあさん」ずは蚀わず「おっかさん、おずッ぀ァん」ず蚀う。僕の芋る所では、これは東京圚来の町蚀葉で、「おずうさん」ず云い、「おかアさん」ず云い、或は略しお、「ずうさん、かアさん」ず云うのは田舎蚀葉から転化しお今は䞀般の通甚語ずなったものである。薗八節の鳥蟺山に「ずずさんやかかさんのあるはお前も同じこず」ずいう詞がある。されば「ずうさん、かアさん」の語は関西地方のものであろうか。近幎に至っお郜䞋花柳の巷には芞者が茶屋埅合の亭䞻或は客人のこずを呌んで「ずうさん」ずなし、茶屋の内儀又は劓家の䞻婊を「かアさん」ずいうのを耳にする。良家に圚っおは児茩が厳父を呌んで「のんきなずうさん」ず蚀っおいる。人倫の廃頜も亊極れりず謂うべきである。因にしるす。僕は小石川の家に育おられた頃には「おずずさた、おかかさた」ず蚀うように教えられおいた。これは僕の家が尟匵藩の士分であった故でもあろうか。其の由来を審にしない。\n お民は談話が興に乗っおくるず、「アノあたいが」ず蚀いかけお、笑いながら「わたしが」ず蚀い盎すこずがある。お民の蚀葉䜿には䞀䜓にわざずらしいたでに甘ったれた調子が含たれおいる。二十六の女ずは思われぬ皋小嚘らしい調子があるが、これは巊右の糞切歯が抜けおいお、声が挏れるためずも思われるし、又職業柄わざず舌ッたるくしおいるのだずも思われた。話しながら絶えず身䜓をゆすぶり、䞀語䞀語に手招ぎするような颚に手を動す癖がある。芋銎れるに埓っおカッフェヌの女らしいずころはいよいよなくなっお、埅合か日本料理屋の女䞭のような気がしおくるのであった。\n「お民、お前、どこか末広のような所にいたこずはないのか。」ず僕等の䞭の䞀人がきいた事がある。するずお民は赀坂の或埅合に女䞭をしおいたこずがあるず答えたので僕は心窃に掚枬の違っおいなかった事を誇ったような事もあった。\n だんだん心やすくなるに぀れお、お民の身の䞊も倧分明かになっお来た。お民の兄は始め芞者を匕かせお内に入れたが、間もなく死別れお、二床目は田舎から正匏に劻を迎え䞀時神田蟺で䜕か小売商店を営んでいたずころ、震灜埌商売も次第に思わしからず、ずうずう店を閉じお郡郚ぞ匕移り或䌚瀟に雇われるような始末に、お民は兄の家の生蚈を助けるために始おラむオンの絊仕女ずなり、䞀幎ばかり働いおいる䞭Sさんずかいう或新聞の蚘者に思いを掛けられ、其人に぀れられお倧阪の方ぞ行っお半幎あたり遊び暮しおいた。別れお東京に垰っおから二䞉軒あちこちのカッフェヌを歩いた埌遂に珟圚のカッフェヌぞ出るこずになったのだず云う。䜵し始お尟匵町のラむオンに雇われた其より以前の事に぀いおは、お民は語るこずを奜たないらしく成りたけ之を避けおいるように芋えた。それずなく朋茩の絊仕女にきいお芋るず、十八九の時嫁に行き䞀幎ばかりで離瞁になったのだず蚀うものもあれば、十五六の時分から或華族のお屋敷に䞊っおいたのだ。それも唯の奉公ではないずいう者もあった。いずれが真実だかわからない。兎に角僕等二䞉人の客の芋る所、お民は盞応に䞖間の裏衚も、男の気心もわかっおいお、䜕事にも気の぀く利口な女であった。酒は奜きで、酔うず客の前でもタンカを切る様子はたるで芞者のようで。䞀床男にだたされお、それ以来自棄半分になっおいるのではないかず思われるずころもあったが、然し祝儀の倚寡によっお手の裏返しお䞖蟞をいうような賀しいずころは少しもなかったので、カッフェヌの絊仕女ずしおはたず品の奜い方だず思われた。\n 以䞊の芳察は僕ばかりではない。い぀も僕ずテヌブルを共にした人々の芋た所も倧抵同じであった。芁するに僕等は初察面の人を看る時先入䞻をなす僻芋に捉えられないように自ら戒めおいる。殊に䞖人から売笑婊ずしお卑しめられおいる斯くの劂き職業の女に察しおは、たずえ品性䞊の欠点が目に芋えおも、それには必由来があるだろうず、僕等は同情を以お之を芋ようず力めおいる。同情は芞術制䜜の基瀎たるのみではない。人生瀟䌚の真盞を透芖する道も亊同情の倖はない。芳察の公平無私ならんこずを垌うのあたり、匷いお冷静の態床を把持するこずは、华お臆断の過に陥りやすい。僕等は宗教家でもなければ道埳家でもない。人物を看るに圓っお必しも善悪邪正の刀決を求めるものではない。唯人物を胜く看るこずが出来れば、それでよいのである。斯くの劂き境遇の䞋に斯くの劂き生掻が圚るずいう其の真盞を窺いたいず冀っおいるに過ぎない。僕等はこれを以お芞術家の本分ずなしおいる。僕等は曟お少壮の比ツルゲネフやフロオベル等の文孊芳をよろこび迎えたものである。歎史及び䌝説䞭の偉倧なる人物に察する敬虔の心を転じお之を匹倫匹婊が陋巷の生掻に傟泚するこずを奜んだ。印象掟の画家が奜んで描いた題材を採っお之を文章ずなす事を畢生の事業ず信じた。埌に僕は其䞻匵のあたりに偏狭なるこずを悟ったのであるが、然し少壮の時に蒙った感化は今に至っおも容易に䞀掃するこずができない。銀座通のカッフェヌ内倖の光景が僕をしおは巎里に圚った圓時のこずを回想せしめ生田さんをしおは䌯林のむかしを远憶せしめたのも其等の為であろう。僕等は䞀時党く忘れおいた自然掟文孊の䜜䟋を思出しお之を目前の光景に比范し、西掋の過去ず日本の珟圚ずの異同を論じお、倜のふけるのを忘れたこずもたびたびずなった。" }, { "role": "assistant", "content": " 斯くの劂く僕等がカッフェヌに出入するこずの挞く頻繁ずなるや、郜䞋の新聞玙ず雑誌ずは筆を揃えお僕の行動を非難し始めた。僕の蚘憶する所では、新聞玙には、二六、囜民、毎倕、䞭倮、東京日日の諞玙毒筆を振うこず最甚しく、雑誌にはササメキず呌ぶもの、及び文芞春秋ず称するもの抔があった。是等郜䞋の新聞玙及び雑誌類の僕に察する攻撃の文によっお、僕はいい幎をしながらカッフェヌに出入し絊仕女に戯れお埗々ずしおいるずいう事にされおしたった。そしお盞手の絊仕女はお民であるずいう事になった。\n 生田さんは新聞玙が僕を筆誅する事日を远うに埓っおいよいよ急なるを芋、カッフェヌに出入するこずは圓分芋合すがよかろうず泚意をしおくれた。僕は生田さんの深切を謝しながら之に答えお、\n「新聞で攻撃をされたからカッフェヌぞは行かないずいう事になるず、぀たり新聞に降参したのも同じだ。新聞蚘者に向っお頭を䞋げるのも同じ事だ。僕はいやでもカッフェヌに行く。雚が降ろうが鎗が降ろうが出かけなくおはどうも気がすたない。僕は珟代の新聞玙なるものが劂䜕に個人を迫害するものかず蚀うこずを、僕䞀人の身の䞊に぀いお経隓しお芋るのも䞀興じゃアないか。僕は日本珟代の瀟䌚のいかに嫌悪すべきものかず云うこずを䞀ツでも倚く実䟋を挙げお蚌明する事ができれば、結局僕の勝になるんだ。」ず蚀った。\n するず友達の䞀人は、「君の態床はたるで西掋十八䞖玀の瀟䌚に反抗したルッ゜オのようだず蚀いたいが、然し柄にないこずだからたア止した方がいいよ。君はやっぱり江戞文孊の考蚌でもしおいる方が君らしくっおいいよ。」ず冷笑した。\n 兎角する䞭議論はさお措き、劂䜕に痩我慢の匷い我茩も悠然ずしおカッフェヌのテヌブルには坐っおいられないようになった。東京の新聞玙が挙っお僕のカッフェヌに通うのは女絊仕人お民のためだずいう事を報道するや、以前お民をラむオンから連出しお倧阪ぞ行っおいたSさんずいう人が、䞀倕突然僕等のテヌブルの傍に顕れ来っお、「君は僕の女をずったそうだ。ほんずうか。」ず血盞を倉えお叫んだこずもあった。するず、やがお僕の身蟺をそれずなく護衛しおいたず号する䞀青幎が顕れお、結局酒手ず車代ずを請求した。絊仕女に名刺を持たせおお話をしたい事があるからず蚀っお寄越す人が倚い時には䞀倜に䞉四人も出お来るようになった。春陜堂ず改造瀟ずの䞡曞肆が盞競っお党集䞀円本刊行の広告を出す頃になるず、そういう䞀面識もない人で僕ず共に盃を挙げようずいうものがいよいよ増加した。初めに絊仕を介したり或は名刺を差付けたりする者はただしも穏な方であった。遂には突然僕の面前に坐っお、突然「オむ君」ずいう調子でコップを僕の錻先に぀き぀けるものもあるようになった。\n 歀等の人々は芋るずころ倧抵僕よりは幎が少い。僕は嫌悪の情に加えお奜奇の念を犁じ埗なかった。䜕故なれば、僕は文士ではあるが東京に生れたので、自分ではさほど䞖間に晊いずも思っおいなかったが、䜕ぞ図らむ。斯くの劂き奇怪なる人物が銀座街䞊に跋扈しおいようずは、僕幎五十になろうずする今日たで党く之を知る機䌚がなかったからである。\n 圌等は䞖に云う無頌の埒であろう。僕も幎少の比吉原遊廓の内倖では屡無頌の埒に襲われた経隓がある。千束町から土手に到る間の小さな飲食店で飲んでいるず、その蟺を瞄匵り䞭にしおいる無頌挢は、必折を窺っお、はなしをしかける。これが悶着の端緒である。之を避けるには䟿所ぞでも行くふりをしお烟の劂く姿を消しおしたうより倖はない。圓時の無頌挢は䞀芋しお、それず知られる颚俗をしおいた。身幅のせたい唐桟柄の着物に平ぐけをしめ、垜子は戎かず、蚀葉䜿は玔粋の町蚀葉であった。䞉十幎を経お今日銀座のカッフェヌに出没する無頌挢を芋るに掋服にあらざればセルの袎を穿ち、䞭には自ら文孊者ず称しおい぀も小脇に数巻の雑誌数葉の新聞玙を抱えおいるものもある。其の蚀語を聞くに倚くは田舎の蚛りがある。\n ここに最奇怪の念に堪えなかったのは、其等無頌の埒に察しお絊仕女が曎に恐るる様子のないこずであった。殊にお民は寧心やすい様子で、䞀人䞀人に其姓名を挙げ、「誰々さんずはラむオン時代からよく知っおいるのよ。あの人はあれでもほんずの文士なのよ。翻蚳家なのよ。やっぱり郊倖にいるから電車の䞭でもちょいちょい逢う事があるのよ。お酒はよくないらしいわね。」などず蚀っお、僕等が其の無瀌なこずを語った時には、それずなく匁護するような語調を挏らしたこずさえあった。お民は歀のカッフェヌの絊仕女の䞭では文孊奜きだず蚀われおいた。生田さんが或時「今たで読んだものの䞭で䜕が䞀番面癜かったか。」ずきくず、お民はすぐに「カラマゟフ兄匟だ。」ず答えたこずがあった。僕はその時お民の語には党く泚意しおいなかった。僕は最初からカッフェヌに働いおいる女をば、その愚昧なこずは芞者より甚しいものず独断しおいたからである。又文孊奜きだず蚀われる婊人は、平生文孊曞類を手にだもしない女に比すれば华お智胜に乏しく、其趣味は遥に䜎いものだず思っおいたからである。然し歀等の断定の圓っおいなかった事は、やがお僕等䞀同が銀座のカッフェヌには党く出入しないようになっおから、或日突然お民が僕の家ぞ䞊り蟌んで、金銭を匷請した時の、其態床ず申条ずによっお蚌明せられるこずになった。お民の態床は法埋の心埗がなくおは出来ないず思われるほど抜目がなく、又其の蚀うずころは党然共産党党員の口吻に類するものがあった。\n 曞肆博文通が僕に察しお版暩䟵害の賠償を芁求しお来た其翌日である。正午すこし前、お民は髪を耳かくしずやらに結い、あらい石だたみのような飛癜お召の単衣も殊曎袖の長いのに、宛然田舎源氏の殿様の着おいるようなボカシの裟暡様のある藀玫の倏矜織を重ね、ダリダの花の満開ずも蚀いたげな流行の日傘をさしお、山の手の静な屋敷町に圚る僕の家の門前に珟れたのであった。芞者ずも女優ずも぀かぬ歀のけばけばしい颚俗で良家を蚪問するこずは其家に察しおは䞍穏な蚀語や兇噚よりも、遥に痛烈な脅嚇である。むかしの無頌挢が町家の店先に尻をたくっお刺青を芋せるのず同しである。僕はお民が䜕のために突然僕の家ぞ来たのかを問うより先に、束屋呉服店あたりで販売するずか聞いおいるシャルムヌズの矜織䞀枚で殆前埌を忘れるたでに狌狜した。殊にその日は博文通ずの掛合で、い぀もより人の出入の倚そうに思われる折ずお、䜕はさお眮きお民の姿を玄関先から隠したいばかりに、僕はお民を䞀宀に通すや吊や、すぐにその来意を問うずお民は長い袂をすくい䞊げるように膝の䞊に茉せ、袋の底から物をたぐり出すように巻煙草入を取出し、\n「わたし、埡存じでしょうけれど、もう銀座はやめにしたした。」\n「そうだそうですね。この間友達から聞きたした。」ず僕はそれずなく女の様子を窺いながら次の蚀葉を埅った。するずお民は䞀向気たりのわるい颚もせず、\n「きょうはすこしお願いしたいこずがあるんです。」ず萜ち぀き払っお切り出した。其様子から物蚀いたで曟おカッフェヌにいた時分、壁や窓に倚りかかっお、其の蟺に眮いおある怍朚の葉をむしり取っお、噛んでは吐きだしながら冗談を蚀っおいた時ずは、たるで別の人になっおいる。僕はさおこそず、倉化の正䜓を芋届けたような心持で、芚えず其顔を芋詰めるず、お民の方でもじろりず僕の顔を尻目にかけお壁の懞物ぞず芖線をそらせたが、その瞬間僕の目に映じたお民の容貌の冷静なこずず、平生から切長の県尻に剣のあった其の県の鋭い事ずは、この女の生立ちず経歎ずを語っお䜙りあるものの劂くに思われた。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを完成させお、印象的な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "\n\n\n菊池寛氏ず私\n\n\n\n 友人ずしお、菊池さんに接しおゐるずき、私はい぀もひずりかう思぀おゐた。\n“菊池氏の人栌は愛すべくしお習ぶべからず”\n 菊池さんには人間ずしお寊にいゝずころがたくさんあ぀た。氞い旅行などで起居を共にしおゐるず殊にそれを感じた。けれどそれは所詮、菊池さんの持ち味ずいふべきもので、取぀お範ずするには偉きすぎるし、矛盟だらけでひずには眞䌌られるものではなか぀た。矛盟は“菊池ずいふ人”の颚栌をどれほど豐かにし偉きくし、たた理窟ツぜい呚圍の人々を和たせおゐたかわからない。云ひかたを曎ぞれば、菊池さんの圚るずころ、呚圍はいくらかづ぀でも、䜕かの意味で人生を明るくされ、會぀おゐる間の少時間でも、その少時間の生掻を共に暂しむこずができた。\n“習ふべからず”ずい぀おも、寊によく知人や埌茩の䞖話をされる點などは、氏を知るほどな人はみな氏の感化を倚少なり享けおゐるにちがひない。そのほかにも、怠らない讀曞ず良識の涵逊ずか、それからあふれ出る日垞片語にも聞くずころ教ぞられるずころはずゐぶんあ぀た。けれど遂に氏の人間そのものは容易にう぀し埗ないものだ぀たし、あんな“型”はふたたび日本人の䞭に二床ず぀くり出されおは䟆ないだらう。ひず口にいふならば“人間菊池氏”ずは、聰明良識な倧垞識家であるずずもに、私行的にはそれず正反對なわれ〳〵の垞識ずはケタ違ひな非垞識をもたくさんも぀おゐる――逘すなき人間性を具備した䞀箇の人間――ずいぞるかずおもふ。芁するに、偉きか぀た。長短兩面ばかりでなく、四面も八面もも぀おゐた。だから賞揚すればいくらでも賞揚できる。たた、クサせばいくらでもクサし埗る點もあ぀た。故に、菊池氏の生涯は、ただに文壇の足跡ばかりでなく人物觀の對象ずしおも、぀ねに毀譜耒貶のなかにあ぀た。おそらく、これからもしばらくはさうだらうずおもふ。\n\n 菊池さんず私ずの亀友は、幎月は長いが、たこずに淡々たる亀りだ぀た。亀友は淡なるこず氎のごずくに――ずむかしのたれかが蚓ぞおゐたそれのやうに私は菊池さんに心がけお亀は぀た。だから文壇的利害も、經濟的利害も、菊池さんずはもたなか぀た。埞぀お氏が文字通りな倧埡所時代には、私はたのみなき片友にすぎなか぀た。近幎、おたがひに小閑をも぀身ずな぀おからの亀りのはうがずツず深か぀た。こずに最近はなんでもはなしあぞる氣持でよく埀䟆しおゐた。\n 菊池さんほど、云ひたいこずを率盎に云ぞた人はたづ少い。むダだずおもふこずは盞手のいかんによらず、「むダだ」ずたツすぐに云ぞる人だ぀た。「あれをくれよ」「いくらくれなければむダだよ」「すぐにしおくれよ」などず皮々な堎合の意志衚瀺を寊に子䟛の慟求のやうに云぀おのけた。これは氏の人栌の正盎をあらはしおゐるもので、自己の欲するずころを歪めずに云ぞるずいふ人間は、叀今の倧人物のうちにもさう幟人もゐないずおもふ。\n だが、その云ぞる人が、戰爭䞭にはやはり云ぞないこずのみにぶ぀か぀た。終戰埌もたださうだ぀た。この敞幎に、氏がめツきり老けこんだのは、粟神的なそれに起因するずころが倚か぀たやうに芋られた。\n\n 菊池さんは人間奜きである。田舍ぎらひ、枩泉ぎらひ、たた自然生掻ぎらひで、いはゆる文人の山氎癖などはすこしももたない。あくたで郜會趣味だ぀た。\n その人間菊池が、人間の䞭に滅倱を感じ、人間ぎらひになりかけた傟向が終戰埌にはちらちら芋られた。そしお云ひたさうなこずも逘り云はなか぀た。若いずきから匱い匱いず氣にしおゐた心臟症状の昂進よりも、これは氏の呜敞に倧きな毒ずな぀たにちがひない氣がする。よく私に云぀おゐたこずは、「自分はい぀も䞭道をあるいおゐるんだ。だから自然、時勢が極右するず自分の䜍眮が巊芖され、時勢が巊傟し出すず、こんどは急に右芖された。これでは䞭庞も䜕もあ぀たものぢやない。正しいリベラリストの節操を保぀こずは日本では苊行にひずしい」ずいふ思ひだ぀た。この蚗ちごずは近䟆䜕床も聞かされた。私は氏のその思ひにい぀も同情を犁じ埗なか぀た。\n\n 菊池さんを間接にだけ知぀おゐる人は、よく菊池さんを評しお“事業家的な”ずいふ人物評を䞋すが、これはすこし菊池さんの䞀面を買ひかぶ぀おゐる評である。なるほど氏は事業奜きでもあ぀たし、文藝春秋瀟や倧映の瀟長ずしおも、倧きな成功を瀺しおはゐるが、決しお、事業家目的の事業家でもなく、さういふ才腕に長けおゐたわけでもない。文藝春秋の經營を成功にみちびいた内助の人は、䜐䜐朚茂玢氏であり、新進の倧映をしお近幎の躍進を偉ならしめた寊際の事業人は氞田雅䞀氏なのである。そこで菊池さんはど぀ちの堎合も、ただの“埡倧”や“おやぢさん”の愛皱をうけお玍た぀おゐるだけのものだ぀たが、それだけの存圚にしおなほ瀟運の隆盛に倧きな寄與をなしおゐたのも又事寊である。それらの瀟友たちにず぀おは、瀟に菊池さんが圚るこずはずにかく倧きな匵合ひであり苊暂を共にしうる確寊な䞭心になるらしか぀た。いはば菊池さんは挠ずした將垥の噚であり、䜕もしなくおも、居おさぞくれればいい――ずい぀たふうに皆から慕はれおゐた。\n では、䜕もしない人かずいふに、寊は、菊池さんは皀れなるプラニストだ぀たのである。菊池さんの與ぞるプランはい぀も寊際的であり非凡であり適確であ぀た。それは文化的な倧處から時流を芋、民衆の垌求を察するに敏な氏特有な感胜によるもので、敞孞的たた科孞的な算出によるものずはおもはれない。\n かういふず當人はい぀も䞍服な顏をするのが぀ねであ぀た。自分の思考は科孞的な根據をも぀ず菊池さん自身はうごかない理念をも぀おゐるからだ。ずころが菊池さんの敞孞は觀念であ぀お敞孞ではない堎合が倚い。たずぞば氏の會話のなかには、“䜕倍”ずいふ衚珟がよく出おくる。對象が物の堎合でも粟神的な堎合でも、「キミ、あれは䞉倍ぐらゐなよろこびだよ」ずか「䜕倍ぐらゐな損だね」ずかいふ語を぀かふ。時には、倍敞でいふには滑皜なやうなこずにむか぀おも、よくこの“䜕倍ぐらゐ”ずいふ衚珟をすぐに甚ひた。\n ぀ねに倧きな叀ボケた玙入をラむタヌず䞀しよに銀鎖を付けおポケツトに入れおゐた。しかし競銬堎などで芋るず倖套、䞊着、チペツキ、ヅボンのかくし、どこにでも党身、入るずころには、玙幣を぀ツこみ、それが錻玙だの手玙だの、マツチの棒だの、菓子の喰べかけだのず䞀しよくたに、぀かみ出され、それを遞り分けおは銬刞を買ひにや぀おゐた。そしお當぀た銬刞を倱くしたりしたこずも床々だ぀た。かういふ颚態は隚所隚時だ぀た。敞字を぀ねに、觀念の倍敞ぐらゐでかたづけおゐるずころに、菊池さんの經濟的才胜があ぀た。だから私はい぀も氏のこの經濟的才胜ず文化性を、も぀ず倧きな國家的機局に甚ひさせたなら、かならず倧きな仕事をなし埗たらうにず惜しく思぀た。文壇的な埒内では倧成功者のやうにおもはれたけれど、人間菊池の倩分ずしおは、わりあひに時に遇はずにした぀たやうに考ぞられる。埞぀おこの倩分の故に、同じ文豪ずい぀おも、か぀おの挱石や鎎倖や露䌎のやうに玔粹性が文孞者ずしお感じられないのはやむを埗ない。當人もたたそれは充分みずめおゐたし、たた玔粹なるそれ以䞊に、對倧衆文化ぞの党面的な考慮こそ自分の文孞の䞭心をなすものずしおゐたこずにたちがひはないやうである。菊池さんは眞寊、倧衆を愛しおゐた。わけお女性にず぀おは倧きな女性の理解者だ぀た。同情者であ぀た。だから有瞁の女性たちにはたれかれずいふこずなく寊に芪切であ぀た。菊池さんが死んだず聞いお心から泣いた女性は䞖間にどれほど倚か぀たらうず私は氏の死ずずもにすぐそれを思぀た。\n\n 文孞者ずしお生涯にあんなにたくさん講挔をした人も少いずおもふ。そのくせ講挔ぎらひだ぀た。\n 挔題はわすれたが、日本の歎史䞭の人物を拉し䟆぀おは語るものなどは、い぀か、もう八十䜕回もや぀おるけれど、それでも話す前になるずむダで仕方がないず暂屋でこがしおゐた。時間が䟆お、あの倧きな體躯を、挔壇に運んでゆくのを芋るず、私には、屠所の矊のやうに芋えた。\n けれど講挔はたれよりも䞊手だ぀た。胜蟯や雄蟯では決しおない。むしろあの特有な音聲で咄々ず處女みたいなはにかみさぞも぀お話すのだが、それが华぀お、眞寊感を與ぞ、ゆたかな蟭句ず盞俟぀お、聜衆の心をずらぞるに至劙な才氣があ぀た。講挔旅行にはいたる所で色玙や玙片の揮毫を求められ、それにもよく曞いおや぀おゐた。特に女性から頌たれるず䞀も二もなか぀た。\n\n“讀曞隚所淚土”ずか。" }, { "role": "assistant", "content": "“䜆ダ看ル花ノ開萜スルヲ。謂ハズ人ノ是非”\n などずいふ叀語を戰爭䞭には奜んで曞いおや぀おゐた。戰時䞭の菊池さんの心裡を私はい぀もそれらの蟭句から讀んでゐた。\n\n 文壇の胜筆家ずしお、谷厎最䞀郎氏ひずりが、本栌的な習字を經おゐるものだず、私がい぀か菊池さんに話したあず、菊池さんは、このごろ自分もすこし習字をし初めたず云぀たこずがある。私はそのずき、それはずんでもないこずだ、やめた方がいいず答ぞた。理由は、「あなたの字は、倩眞らんたんだ。䞭孞生時代ずそんなにかは぀おゐないでせう。いや、いたみたいな幎霡にな぀おも、あなたの字は、たるで子䟛だ。――その貎重なる童心の曞をすおお、なにも今さら叀法垖なんか習ふ必芁はない」ずいふこずだ぀た。容認したか、その埌、習字は云はなくな぀た。\n ずころが、お通倜の倜、息子の英暹さんに聞くず、近頃は、畫などすこし描いおゐたさうである。茄子、南瓜の圖などらしい。私は菊池さんの繪だけは芋たこずがない。これは埌で聞いお寊に惜しいずおも぀た。畫をやるなら反對はしなか぀たのに。――もしあの氣性ず曞颚のゆきかたで、菊池さんが畫をや぀たら、歊者小路氏の粟進を以おしおも、ちよ぀ず寄り぀けない南瓜圖なんかが出䟆おゐたかもしれない。が、こんなずころにもちよ぀ずあの人の子䟛ツぜいはにかみなどがあ぀お人にはその習畫の䞀片も芋せないでゐたらしい。\n\n 菊池さんの味芺ずきおはれロである。戰爭苊もこの點だけはさほどこたぞなか぀たずい぀おゐた。生涯でいちばん矎味いずおも぀たものは、孞生時代に小島政二郎氏におごツおもら぀た芪子䞌だずよく云぀おゐた。その小島氏ぞの友情でおもひ出されるのは、戰爭䞭は䜕かずいふず、小島氏の生掻を心配しお、曞いおゐるものの範圍や經濟䞊のこずたでよく私に心配をもらしおゐた。\n たた、亡くなられる敞日前、私が病床を芋舞ふず、ちやうどその日は銀座のレバンテで、故暪光利䞀氏ず故鈎朚氏享氏ずの远悌會がある日だ぀たので、自分が行かれないからぜひ私に行぀おくれずたのみ、「暪光君の遺族はさう困るたいずおもふが、鈎朚君の遺族はすぐにも困るんだよ。だからなるたけ銙奠を皆からよけいにもら぀おや぀おくれよ」ず人事ならぬ面持をしお云぀おゐた。\n 無頓着で、知人たちず會食し、そのあずで皆がのこした生菓子などを「これはうたいからボク貰぀おゆくよ」などず玙にも぀ゝたないで倖套やヅボンのポケツトのあ぀ちこ぀ちぞ入れお歞぀たりするやうな神經の持䞻ではあ぀たが、知友をおもふこずは寊に现やかなものがあ぀た。無神經な點では、去幎の倏頃、氞田氏や僕などず犏岡ぞ旅行した船䞭で、船宀で䟋の將棋をさしながら、菊池さんがかたはらの生菓子ぞ手をのばしたので、「先生、よしなさい、蟻がい぀ぱいたか぀おゐるがな」ず氞田氏が泚意したずころ、菊池さんは、ふツ、ふツず、二぀ばかり息で蟻の矀をふいお、殘逘の蟻ぐるみその菓子をむしや〳〵喰べおした぀たずいふのでもその皋床がおよそわからう。そのほか、湯(入济)ぎらひも有名だし、朝顏を掗はない䞍粟さも、知人のあひだでは知らないものはない。\n\n さうした菊池さんの逞話ずなるず、いくら話しおも語り぀きない。私などは逘り知らないはうである。叡智な文化人菊池も、ありのたたの人間菊池ずは、かうしお矛盟だらけな盞對性を融和させおゐお、それが珟圚した當人のやる堎合においおは、寊に、倩衣無瞫であり、自然にみえおゐお、いさゝかの矛盟でもなく衒ひずもみえなか぀た。文化性ず野性ず、科孞性ず非科孞性ず、垞識ず感情ず、いくらでも盞對し埗る兩面性が党郚菊池さんのなかにはあ぀た。たれか芪切な知人がこれを克明に分析しおみたら寊におもしろいそしお偉倧な“人間型”のひず぀であらうずおもふ。もうだいぶ前になるが小島政二郎氏が「菊池寛傳」を曞きたいずい぀おゐた。小島氏なら適任者である。だが、人を知るずいふこずは、自分をたれが知぀おくれるかを考ぞるずきすぐ分るやうに、到底むづかしい問題である。ずゐぶんよく知぀おゐおくれるやうな知己にしおも、たいがいは自分の䞀郚分を熟知しおくれおゐるに過ぎないものだ。その意味で、わたくしのこんな远憶蚘なども、所詮、菊池さんの片鱗も぀たぞおゐるものではない。こずに倜、お通倜に明かし、晚に、菊池さんの遺骞を火葬堎に送぀お、あの火葬堎の無慈悲な煉瓊の窯口から、鐵のマンガみたいなもので、敞片の癜骚ず灰ずを掻き出すずころを拜んできたばかりなので、自分のあたたも甚しく敎理を猺いおゐる。故人や埡遺族に犮を倱しおゐるずころもあらうし、私のおもひちがひも倚からうず惧れられる。そしお、ふたゝび芋るなきこの偉倧な畏友に぀いおは、埌日故人ず亀りの厚か぀た他の舊友諞子に぀いお、も぀ず深く正しく沁々うかゞひ埗る機會もあらうかず垌぀おゐる。菊池さんの眞の党貌は、死埌ただ淺く、たれにも描かれ盡しおゐないずいふのがほんたうのずころである。\n\n\n\n蓮劂・掗銬・菊池寛\n\n\n\n こずしは豐臣秀吉の歿埌䞉癟五十幎目にあた぀おゐる。たたその秀吉よりき぀かり癟幎前に、蓮劂が歿しおゐる。\n この四月、蓮劂䞊人四癟五十幎忌がいずなたれ、京郜が久しぶりに、䜛郜的な色めきをなしおゐるのは、そのためである。\n いたみたやうな䞖に、もし蓮劂のやうな人がゐおくれたら、どんなにか、庶民のなかの悲運な人々ず連れ立぀お、こんな時代に生きずほしおゆくに良い友ずな぀おくれたかしれたい――などず远憶される。\n 芪鞞の生涯した時代よりも、蓮劂のゐた時代のはうが、はるかに䞖のなかは惡か぀た。暗黒的で、その日ぐらしの絶望觀に぀ゝたれおゐた人々が、今よりも、地にみちおゐたやうに思ふ。\n 有名な、應仁の亂の最埌から、文明、長享、延埳などずいふ幎代は、蓮劂の䞭幎期から晩幎期だ぀た。\n 幎衚をみおも、戰亂に぀ぐ戰亂の蚘茉ばかりである。倧戰がなければ、私黚ず私黚の抗爭だ。矀盜の暪行、諞國の飢饉、道埳の頜廢、疫病の流行、物價高、火灜流亡の䜏宅難など、昭和の敗戰埌にあらはれたものは殆どあの時代にもあらはれおゐる。芁するに、さうした䞖盞ずは、國が混亂しお衰匱するず応ちふき出す倧地の皮膚病なのである。國が治たれば、皮膚病がなほるが、玠質はおたがひにただ〳〵脱けおはゐない䜏民の國なのである。\n だが、そのむかしには、蓮劂がゐたし、䞀䌑のやうな人もゐお、庶民には、偉倧な友があ぀た。\n 蓮劂の足のおや指の間には、倧きなわらぢダコができおゐたずいふ。生涯、薄呜な庶民のなかを垃教にあるき通したかたみだ぀た。暹䞋石䞊ずいふ生掻も、圌にず぀おは、圢容詞ではない。\n この人が、八十五で病み、いよ〳〵埡埀生ず聞えたずき、䞀門の埒はもちろん、はるばる北越から詑びにや぀お䟆た勘當䞭の匟子たであ぀たが、蓮劂が、自分から求めお、枕元ぞ招きよせお、名殘りを぀げたのは、䞀頭の銬だ぀た。\n 山科の病宀四間のうちの疊を二枚䞊げさせお、そこぞ日頃可愛が぀おゐた栗毛の銬を曳かせ、蓮劂は、病床に起きあが぀お芋た。\n『長い幎月、わしをのせお、愚痎もいはず、怠けもせず、垃教の旅を助けおくれたおたぞに、あらためおお犮をいふぞ。畜生ずはいぞ、おたぞの助けによ぀お、救はれた人間はかずかぎりなくあらう。蓮劂もいかいお䞖話にな぀た。逘生を安暂に送぀おくれよ』" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを完成させお、印象的な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 支配人は、再び嚘の指環を借りお、珠の倧きさを正確に蚈る。\n\n侉\n\n ガランずした郚屋の䞭で、久胜梅代が、衣類の敎理をしおゐる。\n お高さんが、そばで、肌着の二぀䞉぀にアむロンをかけながら、\n「䞉十幎もおそばにおいおいたゞいお、今さら、あたくしは、はい、さやうなら぀お申しあげる気にはなりたせんのです」\n「さう蚀぀おくれるのはありがたいんだけれど、この先、あたしず䞀緒に぀たらない苊劎をさせたくないからよ、それずも、行く先がない人なら別だけれど、ちやんず郷里には兄匟もゐるこずだし、思ひき぀お蚀ふず、あたしは、もう、自分の始末をするだけで粟い぀ぱいなんだから......」\n「でも、奥さた、このお宅が仮りに、九十䞇に売れるずいたしたせう? 奥さたは、簡単にアパヌト䜏ひでもしお぀お、お぀しやいたすけど、九十䞇ぐらゐのお金では、どんなに぀ゝたしくあそばしおも、十幎は持ちこたぞられたせんですよ」\n「わか぀おるわ、だから、わたし、遊んでなんかゐないのよ、できるこずなら、なんでもするわ、いゝこず......あたしの蚈画はかうなの。この家がいくらにでも売れたら、その金の半分を、お高さんに逞別にあげるわ。たあ、聎いおいら぀しやい。残りの半分で、小さな家を買぀お、その家を䞀間だけ自分で䜿぀お、あずを党郚、ひずに貞すの。よく぀お? 定収入がいくらかあるわね。足りない分を、近頃流行のアルバむトで埋めるのよ」\n「奥さたがアルバむトをなさいたすんですか? それもよろしうございたせう。おからださぞお぀ゞきになれば......、それが第䞀あたくしには心配でございたす。いかゞでせう。たゞいたのお話で、奥様のご決心はわかりたしたが、今床は、あたくしの、倢みたいな望みを、ひず぀、お聎きあそばしおください」\n\n四\n\n ホテルの䞀宀。\n シヌグフリヌドが、卓䞊電話で話をしおゐる。\n「東京、倧阪を探しおくれた? あゝ、さうですか。え、み぀からない? ふん、それで......? なに、工堎? どこの? あゝ、トバか、トバ、わかりたす。有名な逊殖堎のある......。あゝ、さうですか。だいたいおなじサむズのが......暙本甚にず぀おある......。しかし、色は? え? それがわからない? どうしお? あ、さうですか、たゞ虹色ぢや、ニュアンスがね、むゝ、それはさう......。え? 郜合? ちよ぀ず埅぀お......」\n シヌグフリヌドは、傍の嚘に、\n「ねえ、い぀かの話に聞いたトバの真珠逊殖をや぀おる工堎に、ほずんど同じサむズのが䞀぀、暙本甚にした぀おあるさうだが、そい぀を芋に行くかずいふんだ。どうする? 色はは぀きりしたこずは蚀ぞないらしい。虹色の郚類にはい぀おゐるずはい぀おるがね」\n「行きたせうよ、぀いでに、逊殖真珠぀おどんなこずをするのか芋おおきたいわ」\n シヌグフリヌド、再び電話で、\n「もし、もし、早速行きたす。手配をしおください。工堎の名前ず堎所を詳しく曞いお、届けおもらぞたすか?」\n\n五\n\n ある南囜の海岞の半蟲半持の村。\n 海を芋おろす䞘の䞭腹に建おられた、倧きな構ぞの蟲家颚の邞宅。母屋に続いお、甚だしく䞍釣合な掋通の䞀棟が芋える。\n 䞉十をいく぀も出おゐない、運動垜、開襟シャツの、䞀芋無造䜜な、極めお楜倩的な顔぀きの䞀人の男が、のこのこず正面の門から出お来る。そのすぐ埌を远ふやうに、䞉人のそれぞれ特色のある、村倫子然たる男が、矜織袎ずいふいでたちで、前のめりに歩いお来る。\n そのうちの䞀人が、や぀ず、远ひ぀いお、\n「なあ、もし、䌊賀倉さん、それだけの返事を聞いお、われわれは村䌚ぞこの通りずい぀お報告するわけにはいかんで......」\n 䌊賀倉ず呌ばれた男は、\n「しかし、わしの意芋は、それだけだから、その通り䌝ぞお䞋さい。もう䞀床、は぀きり蚀ふが、公䌚堂を建おるのは結構、わしに寄附しろも、そりや結構だが、わしは、たゞ、村䌚の衆が、それだけの力もないのに、勝手に金を集めお、勝手な蚈画で、こ぀ぱづかしい公䌚堂を建おるこずには反察なんだ。いゝかね、決しお嚁匵぀おみせるわけぢやないが、村の衆のためなら、村の衆がそれを承知なら、わしは、費甚を党郚、ひずりで出しおいゝ。そのかはり、村の衆に、わしは、かういふ颚な公䌚堂を䜜るのが䞀番いゝず思ふが、どうだ、ず、盞談しおみる。それを䜜るには、ちやんず、然るべき専門家に蚭蚈䞇端を䟝頌する。珟圚の村の頭ず、珟圚の村の芁求ずからは、断じお、ほんずに公䌚堂らしい公䌚堂は生れん、ず、わしは思ふ。それだけだ」\n 足を早める。別の䞀人が、たた、远ひ぀き、\n「たあ、たあ、埅ちな、䌊賀倉さん、そんならどうすればいいんだね?」\n「怪しげな建築請負に、工事䞀切を委せる契玄をたづ取り消すのさ」\n「だが、それは、䌊賀倉さん......やはり、県䌚の有力者から掚薊があ぀お......」\n「その有力者を、匕぀こたせなさい」\n たた、もう䞀人が、頭に手をのせ、\n「そんなこずをしたら、結果は、えらいこずになるで......」\n「かたはん、かたはん。村民がよろこべば、それでいい。わしは、ちよ぀ず、急ぐから......お先ぞ......」\n\n六\n\n あずに残された䞉人は、顔を集め、\n「あの先代も頑固爺だ぀たが、せがれは、たた、それに茪をかけた぀むじ曲りだ」\n「匷いこずが蚀ぞるのは、実力のある蚌拠さ」\n「皎金を、村䞭総がかりでもかなはんほど玍めるや぀にかゝ぀ちや、誰だ぀お歯は立たん」\n\n䞃\n\n 村圹堎の村長のデスクの前ぞ、぀か぀かず近づいお行く男は、䌊賀倉である。\n「おはやう、村長さん」\n「よう、これは、これは、䌊賀倉さん、わざわざこんなずころぞ......なんの埡甚です?」\n「自分の村の圹堎だから、いろいろ甚がありたす。今日は、村長さんに、ひず぀、盞談があるんだが......」\n「この、わしに......はお、なんだらう? あ、公䌚堂のこずで、村䌚の衆がお宅ぞ行぀た筈だが......」\n「今、䌚぀お来たした。それやたあ、それで話はすんだが、た぀たく別の話です。わしの家はな、村長さん、おやぢの代から、村の物持ちずいふこずにな぀おゐお、実はなにひず぀、村のために金を出しおゐないこずを誰よりも知぀おゐたす。おやぢが、䞀切、村の寄附ずいふものは受け぀けなか぀た理由を、村長さんはわか぀おおいでかどうか。おやぢは、村に埩讐しおやるずいふのが、口癖だ぀た。貧蟲の家に生れ、乞食同然の少幎時代を送り、ろくに孊校ぞも通ぞず、職を埗たくも埗られず、毎日毎倜、貝殻を拟぀お町ぞ売りに出た時代の、村党䜓の冷やかな県を、生涯忘れるこずができなか぀たらしい。真珠の逊殖で産を成した人間は、土地にもいくたりかゐるが、おやぢは、幞運だ぀たずいふこず以倖、なにひず぀、自分に恃むずころのなか぀た、平々凡々な人物です。その息子の、わしはどうだ。村長さん、や぀ず䞉十にな぀お、自分は䜕物だずいふこずがわか぀たですよ。わしは、たゞ、おやぢの遺産ず、今たたどうやら芜を吹きだした、数倚くない事業ずを受け぀いで、い぀ぱし物持ちらしい顔をしおゐられる、甘ちよろい田舎青幎にすぎないんです。いゝかね、村長さん、わしは、謙遜しお、こんなこずを蚀ふんぢやない。それどころか、だからこそ、村長さんの前に来お、臆面もなく、法螺を吹かう぀おいふんだ」\n この時、さ぀きの村䌚議員䞉名が、や぀ず顔をみせる。その䞀人が、あきれお、\n「おや、䌊賀倉さん、こんなずころぞ来おるのかい」\n「倧急ぎで、どこぞ行くのかず思぀た」\nず、もう䞀人が蚀ひ、䞉人ずも村長の傍ぞ来お、立぀おゐる。䌊賀倉は、それにかたはず、\n「工堎ぞ出る時間だから、簡単に、わしの今考ぞおるこずを蚀ふが、村長さん、ひず぀、賛成しおください。第䞀は、村の䞻芁道路を改修するために、必芁な経費をわしに出させおもらふこず。第二に、村の若いもの、青幎男女に、ひず぀、わしの思ひ぀きを実行しおもらふやう、盎接話しかけおみる぀もりだから、それを承知しおほしいこず、この二぀だ。わしの思ひ぀きずいふのは、なんでもない、たゞ、わしのずころで出来る真珠を、村の若いもの、未婚の青幎男女ず限りたいんだが、その䞀人䞀人に、䞀個づ぀提䟛する。そい぀を、めいめい、男はバッヂにしおシャツぞ぀ける。女は、ブロヌチにしおこれも胞を食る。村長さんに、こゝで、その思ひ぀きの意味を説明した぀おはじたるたい。男女青幎諞君が、それを倩真爛挫に、理解しおくれれば、わしは満足するんだ」\n 村䌚議員の䞀人、\n「なんのお話だね、それは?」\n「では、村長ずしお、䌊賀倉さんにお答ぞしたすが、道路改修費のご寄附は、これはむろん、願぀おもないこずだから、村䌚に䞀応はか぀お、受諟の決議をしおもらひたす。第二の、真珠の食り云々は、わし個人に関係はないし、村の利益に反するずも考ぞられんので、そこは、どうか、ご自由に、青幎諞君におはかりください」\n 䌊賀倉は、村長はじめ䞀同に軜く䌚釈をしお、去る。\n 村長は、䞉人の議員に、\n「したいこずができない人間ばかりゐるのに、しなくおもいいこずをしたいず思぀たら、すぐにできるんだから、倧したものだ」\n\n八\n\n 逊殖真珠工堎のある小さな島の党景。\n ランチが波を蹎぀お、走る。\n ランチの䞊には、シヌグフリヌドずその嚘゚レヌヌが案内の男ず共に乗぀おゐる。\n 島の船着堎は、工堎の前庭に続いおゐる。\n 前庭は、この村のいくぶんよそ行きの颚をした数癟の青幎男女によ぀お満たされおゐる。\n シヌグフリヌド父嚘は、この矀集の䞭を分けお、工堎の応接宀ぞ導かれる。\n 䌊賀倉瀟長がそこぞ珟はれる。\n 案内人が双方を玹介する。ギゎちない握手。\n シヌグフリヌドは、たづねる。\n「いた、そこぞ集た぀おゐる若い人たちは、みんなこゝで働いおゐるのですか?」\n「ちがひたす。あれは、この村の未婚の青幎たちです。今日は、わしの望みがかな぀お、あの若い連䞭に、䞀぀づ぀、わしから、真珠の莈物をさせおもらふこずにな぀おゐるのです」\n「真珠の莈物......?」" }, { "role": "assistant", "content": "「さうです、倧昔は、この地方で倩然真珠がずゐぶんずれたらしいのですが、はじめは、それをみんな、めいめいが、自分の食りにしお身に぀けた。真珠は、決しお、莅沢品ではなか぀た。さういふ時代を、わしは、この村に埩掻させたいず思぀たのです。わしのおやぢは、真珠で金儲けをしたした。わしも、いたなほ、真珠で飯を食぀おゐる。しかし、こい぀は、ちよ぀ず淋しい。䞖界䞭ずいふわけにはいかんが、せめお、わしの村だけは、真珠の村にしたい。真珠の矎しさが、䞀番ぎ぀たりするのは、倢倚き、玔朔な胞の䞊に、それがなに気なく茝いおゐる時です」\n「真珠の村ずは、なかなかいゝ思ひ぀きだわ」\nず、゚レヌヌは、半ば皮肉に蚀ふ。\n「ずころで、早速、われわれの探しおゐるものを芋せお䞋さい」\n「お芋せしたすが、その前に、もう時間が来たしたから、あの連䞭に莈物を配るずころを、ちよ぀ずごらんください」\n\n九\n\n あらかじめ甚意された工堎の䞀棟に、青幎たちは、男女、それぞれ䞀列を䜜぀お、静かに流れこむ。\n 内郚には係の者数名が、青幎たち自らの手によ぀お撰びずられた、バッヂずブロヌチを、めいめいの胞に぀けおやる。\n 䌊賀倉瀟長は、その光景を満足げに打ち眺め、出お行く䞀人䞀人ず、目瀌を亀す。シヌグフリヌド父嚘は、物珍しげに、この颚倉りな儀匏を芋物しおゐる。\n シヌグフリヌドは、嚘の耳にさゝやく。\n「芚えおゐるかい、あのチロルの垜子を......ほら、緑の玐を巻いたのが、未婚のしるしで、赀い玐を巻いたのが、既婚のしるしだずいふ、あの話を......?」\n「えゝ、あたしも、それを想ひ出しおゐたの」\n 䞀人の少女が、いた胞に぀けおもら぀たブロヌチを気にしながら、歩いお来る。が、ふず方向を間違ぞお、゚レヌヌにぶ぀぀かる。\n「あら、ごめんなさい」\nず、その少女は、はにかみながら詫び、急ぎ足で出お行く。\n「ずおも可愛いゝ嚘さん......」\n ゚レヌヌは䌊賀倉の方をみおいふ。\n「戊争で䞡芪をなくした孀児です。わしの家のそばに䜏んでゐたすが、あれで、海ぞ朜るず、たるでサメのやうに掻溌です」\n 最埌に、六十をすぎたず思はれる老人がひずりたぎれこんで来る。\n 係りの者が、いぶか぀お、\n「あんたは、なんだね」\n「わしも、バッヂをもらふ資栌がある」\n「しかし......」\n「幎の制限はないはずだ」\n「青幎ずいふこずにな぀おゐたすから......」\n「あゝ、心はい぀たでも青幎だ、早く぀けおくれ」\n「どうしたせう?」\nず、係りの者は、困぀お、䌊賀倉を振りかぞる。\n「なるほど、あんたは独身だずいふんだね。自分で青幎ず名乗る以䞊、これはなんずもしかたがない、぀けおあげろ」\n 䞀同、陜気な笑ひ。\n 老人は、肩をふりながら、若やいだ身振りで、嚁匵぀お出お行く。\n それを芋送りながら、䌊賀倉は、バッヂを䞀぀取りあげお、自分の胞に぀ける。\n\n䞀〇\n\n 䌊賀倉の案内で、シヌグフリヌド父嚘は、工堎のあちこちを芋物しお廻る。\n 真珠の山、真珠の滝、真珠の莚。\n 暙本宀ぞ来る。\n「お話のあ぀た真珠は、これですが、ほんずは、おわけしたくないのです」\n ゚レヌヌは、それを、自分の指環の珠ず、ぢ぀ず比べおみおゐる。\n「どうだね? ゚レヌヌ、合栌か?」\n「............」\n 嚘は、ただ、かんずも、返事をしない。\n「どう、芋せおごらん。たあ、たあ、これなら、区別は぀かんずい぀おもいゝぢやないか」\n「ちよ぀ず拝芋......」\nず、䌊賀倉は、゚レヌヌの指環を手に取り、芋比べながら、\n「これずおそろひの珠なんぞ、どこを探した぀おみ぀かりたせんよ。ごらんなさい、倧きさはほゞ同じだずしおも、第䞀、この光りかたが、た぀たく、違ふ。こ぀ちは、赀の匷い虹、こ぀ちは緑の匷い虹、朝の虹ず、倕方の虹です」\n「それは、倩然ですか、逊殖ですか?」\nず、シヌグフリヌドがたづねる。\n「むろん、こちらは逊殖です。おやぢが詊隓的に、二十幎間母貝を海に入れおおいお、そのうち、成功したものの䞀぀です」\n ゚レヌヌは再び、二぀の真珠を手にず぀お、比べおゐるが、やがお、\n「あたし、これ、ほしい。いゝですか?」\nず、意志衚瀺をする。\n「あなたのをこ぀ちぞ譲぀おいたゞきたいくらゐですが......どうしたせうかな......? い぀たい、その二぀をどうなさるんです」\n「耳環にするんです」\n「嚘は、真珠以倖には、なにもいらないずい぀おゐたす。ロンドン、ニュヌペヌク、パリ、ペヌピン、どこぞ行぀おも、真珠です。珟圚では、たゞ、耳環にするもう䞀぀を探すのに倢䞭なんです」\n「よろしい、お気に入぀たら、お持ちください、倀段は、五千ドルにしおおきたせう」\n「ありがたう。わたしもほ぀ずした。ずころで、このぞんにホテルはないでせうか?」\n「日本颚の貧匱な宿屋しかありたせん。しかし、それでいゝなら、い぀そのこず、わたしの家ぞ泊぀おください。土地の田舎料理を䞀床ためしおごらんなさい」\n\n侀侀\n\n 海岞から仕事を終ぞおあが぀お来る海女の矀れが、倕陜を济びた砂浜の䞊に、䞉々䌍々、党身から、氎の滎を萜しお歩いお行く。\n 村の道にさしかゝるず、そこは、道普請の最䞭である。青幎たちの勀劎䜜業が、掻気をおびた空気を呈しおゐる。汗の滎が、それぞれの顔や、胞から、玉のやうに流れおゐる。\n これらの滎は、䞀滎䞀滎、真珠ずな぀お、地䞊にはね返り、転げたはる。\n 人圱がだんだんたばらになり、やがお、遠くぞのびた道の䞊を、たゞひずり、ずがずがず行く若い海女の埌ろ姿だけが残る。\n その嚘の前向きの姿が珟はれる。\n 真珠のブロヌチを貰぀た日に、゚レヌヌにぶ぀か぀た、あの少女である。\n 林の小埄をぬけお、䞀軒の持垫の家の裏庭にはいる。\n「をばさん、たゞいた......」\n 玍屋を改造した䞀棟の粗末な建物のそばを通りかゝりながら、声をかける。\n 返事がない。瞁先ぞ廻぀お、郚屋の䞭をのぞく。\n 誰もゐない。圌女は、別棟の母屋の戞口に立぀おゐる䞭幎の女に、アハビを採぀おきた桶の䞭をみせ、そのたゝ、奥ぞはいる。\n が、やがお、たた、着物を着かぞお出お来る。真珠のブロヌチを忘れおゐない。\n 戞口に立぀おゐる女は、䞍機嫌に、\n「たた、すぐどこぞ行くんだい、お前は?」\n「お墓ぞ花持぀お行くの」\n「呜日でもないのに、いゝ加枛にしずきなよ」\n「うむ......」\nず、嚘は、生返事をしお、そのたゝ、裏の花畑の方ぞ行く。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを継続しお、完璧な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " あたかも磁力にすい぀けられおしたったよう。そも、泣き虫の蛟次郎および芪方の卜斎たでが、なにを芋おそんなにがうぜんずしおいるのかず思えば――それも道理、ふしぎ! むダふしぎなどずいう生やさしい圢容をこえた、あるべからざる事実が、そこに、顕然ずあったのである。\n 芋れば北偎の矢来そず、人かげたばらなあずにのこっお、なにかヒ゜ヒ゜ずささやき合っおる旅人がある。よくよく凝芖するずおどろいたこずには、それが、たったいた、刑堎のなかで銖をおずされたはずの忍剣、韍倪郎、䌊那䞞の䞻埓䞉人。\n あやしいずいっおもこれほど怪異なこずはない。菊池半助が、倧衆環芖のなかでたしかに斬った䞉人――しかもその血汐は、なおたざたざず刑堎の草をそめおおり、その銖は郜田川の獄門台にのせられおいるのに!\n その人間がここにいる。\n 話しおいる。\n 笑っおいる。\n ずきどき、じぶんの銖がのせられた獄門台のほうを芋おいる。\n そしお埮笑する。\n くすぐったいように――䞍審なように――ささやき、うなずき合っおいる。\n\n五\n\n 卜斎が県をはなさなかったのもあたりたえ。\n 蛟次郎が錻から息を吞ったたたがうずあッけにずられおしたったのももっずもだ。\n 人ちがいじゃないか?\n ずも思っお、県をこすっお芋なおしたが、やはり蚘憶はい぀わらない。どう芋おもあの䞉人、菊池半助にバサず斬られた䞉ツの銖の䞻にたぎれはない。\n すなわち歊田䌊那䞞は、眉目をあさく藺笠にかくし、浮織琥珀の膝行袎に、肩からななめぞ歊者結びの包みをかけ、朚隠韍倪郎は癜衣癜鞘のい぀もの颚姿、たた加賀芋忍剣もありのたたな雲氎すがた、手には䟋の犅杖を぀っ立おおいる。\n「りヌム......芪方......」\n 蛟次郎はうなるように卜斎を芋あげた。\n「......はアお......」ず卜斎もたたしきりに銖をひねっおいたが、\n「どうもわからぬこずがあるものだ。匥次銬にはなにもわかるたいが、わかる者から芋おいるず、䞖の䞭の裏衚は、じ぀に奇劙だ。いや裏が衚だか、衚が裏だか、こう芋おいるずおれにさえわからなくなっおくる」\n「たったくです!」ず蛟次郎も盞槌をうっお、\n「斬られた銖が本ものの䌊那䞞か、芋おいる銖が本ものか、なにがなんだか、さっぱりワケがわからなくなっちたった」\n「そりゃもちろん、あっちのや぀がにせ者だろう」\n「テ、どっちがです?」\n「矢来のそずに立っおいるや぀らよ」\n「するず、生きおるほうの䌊那䞞ですか」\n「りム、方々の萜歊者や浪人で、飯の食えない䟍などは、よく名のある者のすがたず停名を぀かっお、無智な圚所の者をたぶらかしお歩く手茩がずいぶんある。おおかたそんな者たちだろう」\n「だっお芪方、それにしちゃ、あんたり䌌過ぎおいるじゃありたせんか。ちょっずそばぞいっお、わたしが目利きを぀けおきたしょう」\n「これッ、よけいなずこぞ突っ走るな」\n「ぞい!」\n「ばかめ、すぐに調子に乗りおっお!」\n「でも......」\n ず蛟次郎は河豚のようにプヌッずふくれた。――なにもそう頭からこんなこずをガンず叱らなくッたっおよかりそうなもんだず。\n ず思ったが、卜斎に袖をひっぱられたので、気が぀いた。うしろに、いやな目぀きをした町人が立っおいる。\n うさん臭い目぀きをしお、じぶんたちの挙動に泚意しおいるらしい。蛟次郎は口をむすんで、あわおお倕星ぞ顔をそらしながら、\n「芪方、そろそろ晩になりたしたネ」\n ず空ずがけた。\n「もどろうかな、ご城䞋ぞ」\n「垰りたしょうよ。はやく、宿屋のご飯が食べたい」\n 空の星がふえるのず反比䟋に、地䞊の人圱はが぀が぀ぞっおいた。ふたりは矢来のきわをはなれながら、それずなく気を぀けたが、い぀のたにか疑問の䞉名は応然ずかげを消しお、あたりのどこにも芋えなかった。たるでたったいた、ありありず芋えたあの姿が、たがろしか? 人間の蜃気楌でもあったかのように。\n 劖麗な倜霞をふいお、䞉方ヶ原の野末から卵黄色な倕月がのっずあがった。郜田川のながれは刻々に氎の色を研ぎかえおくる、――藍、黒、金、銀波。\n そしお河原はシヌンずしおしたった。秋のようだ。虫でも啌きそうだ。獄門台の釘に刺された䞉ツの銖は、その月光に向かっおも、睫毛をふかくふさいでいた。\n そばには生々しい新朚の高札が立っおある。\n い぀ぞやこの原の现道で、足軜がになっおいくのを竹童がチラず芋かけた、あの高札が打っおあるのだ。――ずい぀の間にか、その立札ず獄門の前ぞ、䞉ツの人圱が近づいおいる。\n「わしの銖玚がさらしおある」\n こういったのは、䌊那䞞の銖のたえに立った䌊那䞞である。\n「これが拙者の銖でございたすな」ず韍倪郎も、おのれの銖をながめお笑った。\n「じぶんの銖ず察面しお話をするこずはおもしろい。これ忍剣の銖! よくそちの面䜓をわしに芋せろ」\n 加賀芋忍剣は犅杖を持ちかえ、いきなり、獄門台の銖のもずどりを぀かんで月光に高くさし䞊げ、\n「は、は、は、は。運のわるい匱虫の忍剣め、぀ぎの䞖には拙僧のような䞍死身を持っお生たれかわっおこい。喝! 南無阿匥陀仏ッ――」\n ドボヌンず郜田川の流れぞ銖をほうりこんだ。\n その氎音があがったずたん。\n 獄門番の寝るむしろ小屋から、銀の鞭をたずさえた黒衣の䌎倩連、豹のごずくおどりだしお、\n「蚈略ッ、図にあたった!」ず絶叫した。\n だれかず思えば、それこそ、和田呂宋兵衛なのであった。\n「りりむ、網にかかった!」\n ず、呂宋兵衛の叫びにこたえおどなったのは、隠密頭の菊池半助、い぀のたにか、䞉人の背埌に姿をあらわしお、\n「しめた! 䌊那䞞䞻埓のや぀ら、そこを去らすな」\n ず四方ぞ叱咀する。\n 同時に、ピピピピピ......ず二人が音をあわせお吹いた高呌笛に぀れお、河原のかげや草むらの䞭から蝗のように、わらわらずおどり立った癟人の町人。これ、その日芋物のなかにたぎれこたせおおいた菊池半助配䞋の䌊賀衆、小具足十手の腕ぞろい、倉装癟人組の者たちであった。\n さらに芋れば、川向こうから䞉方ヶ原のおちこちには、い぀か、秋霜のごずき槍ず刀ず人圱をもっお、完党な人瞄を匵り、遠巻きに二重のにげ道をふさいでいる。\n\n鉱山掘倫の知らぬ山\n\n\n侀\n\n そのおなじ日の萜ちゆく陜脚をいそいで、ただ逆川に倕照りのあかあかず反映しおいたころ、小倜の䞭山、日坂の急をさか萜ずしに、束䞊朚の぀づく掛川から袋井の宿ぞず、あたかも鉄球がずぶように、砂塵を぀いお疟走しおいく悍銬があった。\n くろく点々ず、その数䞉頭。\n いうたでもなく小倪郎山から、䌊那䞞の急倉に鞭をはげたしおきた小幡民郚、山県蔊之助、巜小文治の䞉勇士である。\n 倩韍の瀬を乗っきっお、遮二無二笠井の里ぞあがったのも倢心地、ふず気が぀くず、その時はもう西遠江の連峰の背に、ゆうよのない陜がふかく沈んで、刻䞀刻、䞀跳䞀足ごずに、銬前の暮色は濃くなっおいた。\n「暮れたぞ! 暮れたぞ!」\n 蔊之助は鞭も折れろずばかり、ぎゅうッず銬背を打っおさけんだ。銬もはやいがより以䞊に、こころは䞉方ヶ原にいっおいる。\n「刑堎はもう近い! 萜胆するな、気をくじくな!」\n ず、民郚はいよいよ手綱に勢を぀けお、そればかりはげたしおきた。\n しかし、ああしかし、その䞉方ヶ原の北端をのぞんだ時には、もう倕刻ずはいいがたい、すでに倜である。草ず平にうっすらずした月光さえ流れおきた。\n するず原の道をちりぢりにくる人かげが芋えだした。みな浜束の城䞋ぞかえっおいく芋物人である。それを芋るず巜小文治は、\n「りりム、ざんねんッ――間に合わなかった! もはや刑堎のこずがすんだずみえお、みなあの通りにもどっおくる」\n ず、歯がみをしお、われずわが膝を、かかえおいる槍の柄でなぐり぀けた。" }, { "role": "assistant", "content": " 民郚のようすもさすがに平色ではなかった。それを芋おも、なお気をくじくなずははげたしきれなかった。かれは、道々すれちがった町人に、郜田川のもようをたずねたがそれは、みな䌊那䞞以䞋のものが、菊池半助の斬刀に呜をたたれお、その銖玚も河原の獄門にさらしものずなった、ずいう答えに䞀臎しおいた。\n 絶望! 䞉人は銬から萜ちるように草原ぞおりお、よろよろず腰を぀いおしたった。\n 民郚はものをいわなかった。小文治も黙然ずふかい息を぀くのみだった。蔊之助もたた暗然ず蚀葉をわすれお、無情な星のたたたきに涙ぐむばかり......\n「ぜひがない! おれは䞀足さきにごめんこうむる!」\n 小文治はいきなり脇差をぬいお自分の腹ぞ぀き立おようずした。ず䞀しょに蔊之助も、\n「おお、この期になっおなんの生き甲斐があろう。小文治、拙者もずもに若君のお䟛をするぞッ」\n ず、同じく自害の刃を取りかける。\n「これッ――」ず、民郚は叱り぀けるような語気で、巊右にふたりの腕くびを぀かみながら、\n「なにをするのかッ!」\n「おたずねはむしろ意倖にぞんじたす」\n「死のうずいう考えならしばらくお埅ちなさい」\n「すでに䌊那䞞君がごさいごずわかった以䞊は、いさぎよくお䟛をしお、臣䞋の本分をたっずういたしずうござりたす」\n「ご心情はさもあるこず。しかしただそのたえに、臣ずしおの圹目がいくらものこされおある。郜田川にかけられた埡銖玚をうばっお、浄地ぞおかくし申すこず。たた刑刀をずった菊池半助を蚎っお、いささか韍倪郎や忍剣の霊をなぐさめるこずも友情の䞀ツ。さらに、しばらくこらえお小倪郎山の味方をすぐり、怚敵家康に䞀矢をむくいたのちに死ぬずも、けっしお若君のお䟛におくれはいたしたすたい」\n 民郚のかんがえ方は、どういう絶望の壁に打぀かっおも、けっしお狂うこずがなかった。情熱の䞀方に走りがちな蔊之助や小文治は、それに、反省されはげたされお、ふたたび銬の背にずび乗った。\n そしおふず。\n 倜色をこめた草原のはおを鞍䞊から芋るず――はるかに癜々ずみえる郜田川のほずり、そこに、なんであろうか、䞀脈の殺気、圢なくうごく陣気が民郚に感じられた。\n「はおな? ......」\n 眞をこらしおみ぀めおいるず、ずきおり、面をなでおくる埮颚にたじっおかすかな叫喚......矢唞り......呌子笛......激闘の剣声。\n\n二\n\n「蚈策は図にあたったぞ!」\n ず呂宋兵衛がさけび、しめたず菊池半助がいったずころからみるず、きょう郜田川でおこなわれた刑眪は、家康が呂宋兵衛ず半助にふかくたくらたせおやった、䞀぀の蚈りごずであったこずはうたがいもない。\n すなわち家康は、さきに䌊那䞞の䞻埓が、桑名からこの浜束ぞはいっおくるずいう呂宋兵衛の密告はきいたが、容易にそのすがたを芋出すこずができないので、奉行所の牢内にいる眪人のうちから、同じ幎ごろの僧䟶ず少幎ず六郚ずをよりだし、服装たでそれらしく䌌かよわせお、わざずこずごずしく斬らせたのだ。\n ぀たり、虚を぀たえお実をさそう、ひず぀の陥穜を䜜らせたのだ。そしおかならず、その日の芋物のうちには、たこずの䌊那䞞や韍倪郎が入りたじっおくるにちがいないずいった。で、矀集のなかには、癟人の䌊賀衆を倉装させおたきちらし、片っぱしからその顔を改めおいたのである。\n はたしお、䌊那䞞の䞻埓は、捕らえられもせぬじぶんたちが、きょう刑堎で斬られるずいううわさを聞いお、奇異な感じに誘惑された。\n にせ銖を斬らせお、たこずの銖を埗ようず蚈ったもくろみは、かれらにずっお筋曞どおりにいったのである。\n もずより韍倪郎も忍剣も、この奇怪な事実が、意味もないものだずは思わなかったが、そうたでの萜ずし穎ずは気が぀かなかった。\n「あッ!」\n ず獄門台のそばをはなれたずきには、すでに、敵圱八面に満ちおいる。\n 呂宋兵衛は、今倜こそ䌊那䞞をずらえお、家康にひず぀の功を立おようものず、銀鞭をふるっおじぶんたちの䞀味、䞹矜昌仙や早足の燕䜜や、二、䞉十人あたりの野歊士たちを、獣䜿いのようにケシかけた。\n 菊池半助はその偎面にかかっお、郚䞋の倉装組に、激励の声をからした。軜捷むひな䌊賀者ばかりが、癟人も小具足術の十手をずっお、雚か、小石かのように、入れかわり立ち代り、䞉人の手足にたずい぀いおくるには、野歊士の倧刀などよりも、むしろ防ぎなやむものだった。\n 韍倪郎の戒刀は、四角八面に斬っお斬っお、柄たで血汐になっおいた。\n 䞀揮颚をよび、䞀打颯血を立おるものは、加賀芋忍剣の犅杖でなくおはならない。さきに身代りの自分の銖に匕導を枡しお、郜田川ぞ氎葬瀌をおこなった快䟠僧、なんずその猛闘ぶりの男々しさよ! 生呜力の絶倫なこずよ!\n 芋るたに、かれず韍倪郎の犠牲ずなる者のかずが知れなかった。そのふたりにたもられながら䌊那䞞も小倪刀をぬいお幟人か斬った。だが、かれは敵をかけたわしお济びせかけるこずはしない。身を守っお、より぀く者を斬りたおすばかりであった。\n それは、平時に民郚の教えるずころであった。民郚は䌊那䞞を勇士猛倫の郚類には育おたくなかった。噚の倧きな、埳のゆたかな、品䜍ず倩犀のたろく融合した名将にみがきあげたいず念じおいる。\n 䌊那䞞はそうしお最埌を芋おいた。\n しずかに、芚悟の機䌚を埅っおいた。\n いくら、远っおも斬りふせおも、䞉方ヶ原からわいおでる敵の人数は、少しもぞっおいくずは芋えない。\n そしお、郜田川を背氎にしいお、やや、半刻あたりの苊戊を぀づけおいるず、フむに、思いがけぬ方角から、ワヌッずいう乱声があがった。\n「それッ、獄門の埡銖玚をうばえ」\n「うぬ、䌊那䞞さたのかたきの片われ!」\n ず、銬銖をあげおおどっおきた圱! 黒々ずそこに芋えた。\n そのたッ先に乗り぀けおきたのは、朱柄の槍をもった巜小文治である。\n「退けどけどけ、邪魔するや぀はこの槍を呑たすぞ」\n ずばかり、たっしぐらに獄門台の前たできたが、\n「やッ、み銖玚がない!」\n「なに、み銖玚がないず? さおは逃げたや぀らが玠早くどこかぞかくしたのだろう。それ、向こうの河原に銳けたや぀を匕きずらえおみろ!」\n 蔊之助は銬䞊からそこの高札を匕きぬいおふりかざし、どっず、十四、五間ほどかけだしたが、あッ――ず思うたに蔊之助、くがの草かげから閃めいた銀鞭にはらわれお、銬もろずも、ドヌンずもんどり打っおたおれおしたった。\n「やッ、どうした?」\n ず、小文治が乗り぀けおみるず、ひずりの怪人、蔊之助を組みふせお鋭利な短刀をその胞板ぞ突きずおそうずしおいる。\n「おのれ!」\n くりだした槍。\n 黒衣の圱は、そのケラ銖を぀かんでふりかえった。\n「あッ、呂宋兵衛」\n ずおどろいたせ぀なに、小文治の銬も屏颚だおれにぶったおれた。朱柄の槍先を぀かんでいた呂宋兵衛も、それに぀れおからだを浮かした。\n「埗たり!」\n ずはね起きた蔊之助、持ったる高札で黒衣の圱に䞀撃をくらわせた。すごい声をあげたのは呂宋兵衛、したたかに肩を打たれたのだ。そしお疟颚のごずく逃げだした。\n 远おうずするず暪合から、小文治の銬腹を぀いた菊池半助が、槍をしごいおさたたげた。\n「よし、ひきうけた」\n ず朱柄の槍がからみあう。\n 黒暫の槍ず朱柄の槍、せんせんず光を合わしおたたかっおいる。\n それは小文治にたかせお、蔊之助は逃げる呂宋兵衛を远っおいく、ぞんぺんず颚をくぐっお同じ色の闇にたぎれおいく黒衣のはやさ、たちたち芋うしなっお河原ぞくだるず、䞍意に、匕っさげおいた高札が、屋根板のようにくだけお手から飛んだ。\n「䜕奎?」ず倧刀をぬく。\n 盞手に県を぀けるたもあらばこそ、ぶヌんッずうなっおくる鉄の犅杖。\n 発矢、火花!\n「埅おッ!」ず、うしろで䌊那䞞がさけんだ。\n「蔊之助ではないか! 忍剣、埅お!」\n「オオ加賀芋――ダダ、そちらにおいで遊ばすのは若君? ......」\n ずあっけにずられお立ちすくんでいるず、そこぞ奇遇におどろきながら、小幡民郚ず韍倪郎がうち぀れお銳け぀けおくる。\n 小文治も盞手の半助をいっしお、かなたこなたをさたよった埌、やがお、ここの人かげを芋぀けお走っおきた。\n はしなく萜ちあった䞻埓は、かたく手をずっお喜びあった。\n どうしおここぞ?\n どうしお生きお?\n 同じ問いが双方の口を぀いおかわされた。\n\n侉\n\n 嵐のような声぀なみがいくたびかくりかえされお、月は䞉方ヶ原の東から西ぞたわった。\n 枋面を぀くった呂宋兵衛ず、にがりきった菊池半助ずが、片茪や死骞になった味方のなかに立っおがんやりず朝の光を芋おいた。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "侀\n\n 䞉月の末に矢島さんは次のようなこずを日蚘に曞いた。――固より矢島さんは日蚘なんか぀けはしない、これはただ比喩的に云うのである。\n\n 俺はこの頃劙な気持ちを芚ゆる。䜕だか新らしい玠敵なこずが起りそうな気がする。それはただ俺の内生掻に斌おでもない、たた倖生掻に斌おでもないが俺に関係するものであるこずは確かだ。どんなこずだかただ分らないが。兎に角䜕かが起りそうだ。......然し或はたた䜕にも起らないでこのたたの淡い日々が続くのかも知れない。\n 淡い日々、そうだうたい蚀葉だ。懶い......ず云っおも圓らない。俺は䜕も退屈しおいるんじゃない、為すべき仕事に事欠きはしない、华っお忙しい䜍だ。青癜い......ず云っおも圓らない。俺の生掻はそんなに空虚ではない、たたこんな気障な蚀葉に䟡するほど俺の日々は安䟡でもない。......が然し淡い......そうだ、淡い日々だ。\n 俺の心のうちに䜕かが緩んできたのは事実だ。生の握力が緩んでいるず云っおも差支えない。若い時分から俺はしっかず自分の生掻を握っおやっお来た。或は䜕かを握り緊めおやっお来た。それが近頃緩んできたのかも知れない。も少しはっきり云うず、俺の魂のうちに含んであった熱が枛退しおきたず云っおもいい。俺がやった孊問から云っおも、緊ず物を握る重圧は力だ、力ぱネルギヌだ、゚ネルギヌは熱だ。どうも俺の魂の熱が冷华しおきたのらしい。埓っお心の掻動が枛じおきたのだ。これも俺の埗た孊問からでも説明が぀く。吟々が光りず感じ熱ず感ずるものは、結局おし぀むれば電子の運動だ。で俺が今自分の心に熱が少くなったず感ずるのは、この俺を組織しおいる電子に運動が少くなったこずになる。即ち俺の内心の掻動が枛じおきたのだ。然し内心ず云い魂ず云い自発的の生呜ずいうようなものは俺には明瞭に分らない、ただそれを感ずるだけだ。俺は自分の魂に掻動が枛退しおきたこずを感ずる。\n 然しそれは䜕も俺の生掻が安䟡になったこずを意味するものではない。反察に、俺の生掻に萜ち付きが出来、充実が出来たこずを瀺すものであるかも知れない。俺はもう銬鹿げた熱情や野心に駆られるこずなしに、劂䜕なるこずが起ろうずじっずどっしりしお居られる䜍にはなっおいる。だが......。\n 工孊士の肩曞を埗る頃たで、俺はずっず東京に居お䞀仕事する぀もりだった。が父の立掟な意気に察する感激ずこの町が東京から皋遠からぬ凊に圚るずいうこずのために、俺は歀凊に垰っお来たのであった。俺の家には可なりの財産ず家柄ずがあった。それを利甚しお父ず俺ずは電燈株匏䌚瀟を創立しお、その瀟長兌専務取締圹ずいうような䜍眮になるこずが出来たのであった。それから、最初の事業の困難、父の病死、思わぬ財政䞊の困難、母の病死、それらを兎に角俺は切りぬけお来た。今では䞇事が順調にいっおいる。俺の事業ずある意味で競争の圢ずなっおいる瓊斯䌚瀟の発展をも俺は芪しい県で芋るこずが出来るんだ。そしお俺には盞圓に矎しい劻もある。子䟛も四人ある。䞀人は倭折したが、䞉人はもう倧きくなっお長男は高等孊校ぞ入っおも居る。そしお俺は䞍惑の幎を越したが益々元気である。......だが、それだけだ。\n この「それだけだ」ずいう蚀葉は最もよく俺の今の心持ちを云い衚わすものだ。然しそれは䜕も自分の過去を安䟡なものず思うからではない。俺は自分の生きおきたこずに぀いお盞圓に自信は持っおいる、勿論それだけで安んずるような俺ではないけれど。......だが珟圚のこの心に感ずる気持ちは䞀䜓どうすればいいずいうんだ? 俺は自分の心の力が緩んでいるこず、自分の日々が淡いものであるこずを肯定する。そしおたた、自分の生掻の盞圓の䟡倀ず、自分の力に察する可なりの自信ずを、肯定する。然し、「それだけだ」ずいう過去に投げらるべき蚀葉が、俺の珟圚に向っお県を芋開いおいる、そしお俺の未来に向っおも県を芋開いおいる。そのために別に俺は自己に䞍安は感じないけれど、俺の心は䜕かをじっず埅っおいる。いや必然に俺の心は䜕か俺の知らないものを感じおいる。......今に䜕かが、玠敵なこずが、起りそうな気がする。或はたた䜕も起らないかも知れないような気もする。\n 今日は綺麗に晎れおいたので、俺は少し廻り途をしお郊倖の方から家に垰った。うち晎れた空ず心地よく濡った倧地ず、それから冬から春に倉りゆく倪陜の茝かしい柔い光線、こんな日に少しばかり郊倖の途を蟿るのは確かに新鮮な悊びであらねばならぬ。俺の心は陶然ずしおいた。そしおひどく惘然ずしおいた。俺は、この自然の新鮮な気を亚楜しながら䜕か物を忘れたような圢であった。安らかではあったが満たされおはいなかった。――こう云う心持ちはこの頃屡々俺を襲うお来るようだ。昔は俺は䜙りこの「自忘の安逞」を解しなかった。或は少なくずもこの「自忘の安逞」の底を浞しお流るる「満たされざる自芚」を知らなかった。青幎時代にこれに䌌た感情を経隓したこずはあるが、それは党く色圩の異ったものであった。\n 俺はこの気持ちを或は自然の印象のせいかずも思う。春になり切れない自然のうちには、劂䜕に柔い光線ずしっずりずした陰圱ずはあっおも、猶痛たしい荒凉を湛えおいる。寒颚に荒された自然の膚がただ露出しおいる。䞍調和なものが其凊に圚る。そしおその萜ち付かぬ䞍調和の底から新らしいものが、新らしい生呜が、䞀斉に萠え出でようずしおいる。......そういう自然のうちに新らしい謎が醞される。そしおそれが俺の心に觊れたのかも知れない。\n 俺は空ず地ずを自分の心で觊っおみた。空は柔く霞んだ倧気が䞀杯に倪陜の光線を孕んでいた。地には真黒い倧地の膚から青い麊の芜がひょろひょろず出おいた。枯れた叢のうちに蒲公英の花が䞀぀ふっず咲いおるのもあった。それから小さい流れの岞に立぀ず、おう、冷たい氎ず、それに映じた空の光り、静かな音を立おお流れる氎に暖い日の光りが吞い蟌たれおゆく。......䜕かが県を芋匵っおいる、䜕かが静に埮睡んでいる。\n 自然のうちに䜕凊かに穎があいおるように俺は感じた、そしお自分のうちにも䜕凊かに穎が開いおいるのを。そういう感じが俺の心を自分の方ぞ集泚さした。俺は䜙り呑気にしおはおれなかった。俺は急いで家の方ぞ垰っお行かなければならなかった。――䜕かが俺を埅っおるかも知れない、䜕か新らしい意倖のこずが。然し或はたた......。\n\n二\n\n「おい手玙が来おはいないか。」\n 矢島さんは䌚瀟から垰っお来るず䜕時もよくこう尋ねた――\n 矢島さんは家の門を入るず屹床、䞀床郵䟿箱を芗いた。それから劻の垞子ず女䞭ずに迎えられお奥に通るず、そのたた䞀床は茶の間に坐るのが垞であった。そしお垞子に「郵䟿は来おいないか。」ず聞いた。䜕か曞状が来おいる時はすぐにそれを読み䞋しお、倧抵は煩いず云ったように銖を振った。たた「いいえ参っお居りたせん。」ずいう答えを埗た時は、圌は右手で䞀寞髭を撚った。矢島さんは立掟な錻髭を持っおいた。\n 或る時垞子は気転をきかせる぀もりで、倫が火鉢の所に坐るずすぐこう云った。\n「お手玙も別に参っお居りたせん。」\n 矢島さんはじっず劻の顔を芋぀めおそしお怒鳎った。\n「手玙がどうしたず云うんだ、銬鹿!」\n その時矢島さんの顔には、䞀皮の恐ろしい緊匵があったので、垞子もそれに答匁しないで黙っおしたった。矢島さんはそれから暫く口を利かなかった。\n 然しそれもやがお忘れられおしたった。そしお䜕時の間にか新らしい習慣が出来おしたった。\n「手玙が来おはいないか。」ず矢島さんは尋ねた。\n「参っお居りたせん。」ず垞子は答えた。\n 実際矢島さんの倧抵の甚件は䌚瀟の方で果されるので、䜏宅の方ぞ来る手玙の数は非垞に少なかった。そしおそれも倚くは単なる瀟亀的の挚拶にすぎないものであった。\n けれどもある日、矢島さんず垞子ずの間に次のような䌚話が亀わされた。矢島さんは平玠着に着換えお玅茶を啜っおいた、垞子は長火鉢にかかっおいる鉄瓶のわきにそっず手をかざしおいた。\n「今日は倧倉ごゆっくりでございたしたね。」\n「ああ。ちず手間取った仕事があったものだから。然しもうすっかり枈んでしたったよ。」\n「それはお宜しゅうございたしたね。......実は今日珍らしい人が来たしお。」\n「誰だい? 珍らしい人ずいうのは。」\n「笹尟さん。」\n「笹尟が! そしおたた䜕ず云っお来たんだい。」\n「぀たり元通り䌚瀟に䜿っお頂きたいずいうんでした。立掟な菓子折なんか䞋げお......。」\n 女䞭が持っお来た菓子箱には立掟な掋菓子が぀たっお居た。矢島さんはそれをじっず芋おいたが、䞀぀぀たんだ。\n「いい菓子だ。......笹尟にどうしおこんな䜙分の金があるのかしら。老母が病気で非垞に困っおいるず云っおいたが。」\n 垞子は黙っおいた。\n「どんなこずを云っおいたんだい。」\n「元通り䜿っおくれるようにずくり返しくり返し頌んでゆきたした。あのこずは真実幎ずった母芪の薬代に困っおやったので、決しお慟心からしたのでない。そしお今ではほんずに改悛しおいる。......ず云うようなこずを幟床も云っおいたした。それから、涙を県に䞀杯ためお、母芪の病気やら、生掻向きの困難やら、皮々なこずを打ち明けおから、もしたた䜿っお貰えなかったらたった䞀人の老母を芋殺しにしなければならない、たたどうせむずかしいものなら盞圓の薬甚だけはさしおやりたい、ず云っおは泣きそうな顔をしおいたした。私ほんずに可愛想な気がしたした。芪孝行な人ですから。」\n「でお前から俺に頌んでくれず云うんだな。」\n「いいえ、初っからあなたにお目にかかりたいず云っお来たしたのです。お垰りを埅っおいたんですけれど、あたりお遅いから、䜕れたた䌚瀟の方ぞ䌺いたすず云っお、぀い先刻垰ったばかりなんです。」\n 矢島さんは暫く黙っおいた。\n「たた䜿っおやるわけにはゆかないんでございたしょうか。あの人は腕もしっかりしおいたすし、ずっず叀くから働いおもいたしたし、随分䌚瀟のためにも尜したのでしょうから。」" }, { "role": "assistant", "content": "「それはそうだが、もう䌚瀟の者にすっかり分っおいるから郜合が悪いんだ。」\n 暫く沈黙が続いた。そしお矢島さんは髭を撚り乍らこう云った。\n「䞀䜓お前はどう思う? 笹尟をたた瀟に入れたがいいか、いれないがいいか。」\n 垞子はただ黙っお倫の顔色を窺った。\n「事件はお前が知っおる通りだ。笹尟は絊仕からなり䞊っお今では立掟な工倫ずなっおいる。その長い間始終瀟のために尜しおくれた。所が歀床老母が病気をする。自分が䞀寞した怪我をする。そしお瀟の電線を盗んでひそかに他ぞ売华した。それが発芚した。俺はそのこずを内茪だけで凊分を぀けお新聞にさえ曞かせないようにした。然し䌚瀟の者は皆知っおいる。で笹尟を銖にしたんだ。所が笹尟は老母のためにたた自分のために、どうか再び䌚瀟に䜿っおくれ、すっかり改悛したず懇願しおいる。......でこの際どうしたらいいずお前は思うんだい。」\n「䜿っおやる方が宜しいではございたせんか。そしお䌚瀟の者皆の前で、よく前埌の事情ず改悛の事実ずを瀺しおおやりなすったら、华っお䌚瀟のためになるではございたせんか。」\n「なるほど、それでお前は笹尟が歀埌再びあんなこずしないず確信するんだね。それもどうだかね。......がそれはそれずしお、もしたた他の者があんなこずをやっお、そしお同じ様な境遇で同じ様な懇願をしたら、その時はどうしようずいうんだい。」\n「その人の人物によっお刀断するより倖に仕方はありたせんわ。」\n「そうだろう。そういう考えもある。......然し歀床の事件に察しおはお前は党く無関心だね、そしおお前の関心事はただ笹尟だけだ。僕もそういう心の向け方は知っおいる。぀たり事件を芋ないで人間だけを芋るんだね。感情家や女は皆そうなんだ。然し甚心しなければいけない。事件を芋ないで人間だけを芋おる぀もりでいる時、埀々人間をも芋おいないこずがある、そしお自分の感情きり芋おいないこずがある。その埌から悪魔が舌を出しおいるよ。」\n「それではあなたはどうなさるお぀もりですか。」\n「俺は事件ず人物ずを䞡方共よく考えた䞊でそれから刀断するんだ。」\n「ではあなたは笹尟さんをもう䜿わないお぀もりでございたしょう。」\n「それはどうだか分らないが、兎に角お前ほど同情はないがお前ほど無慈悲でもない。」\n「私が無慈悲ですっお!」ず垞子は県を茝かした。そしお圌女は劂䜕に笹尟のために気の毒がっおいるか、劂䜕にその老母を憐んでいるかを述べたおた。そしおその日も、笹尟の垰りに老母の芋舞のしるしに若干の金を包んで䞎えたこずを語った。「䜙りに倱瀌ですがず云っおお詑びを云いたしたら、笹尟さんはいいえず云ったきり黙っお頭を䞋げおいたした。私の方が涙が流れそうでございたした。」\n 矢島さんは黙っお劻の蚀葉をきいおいた。そしお云った。\n「俺達が笹尟の境遇になったらお前はどうする?」\n 垞子の県には䞀寞困惑の色が芋えた。それから次第に高慢な光りに代っおきた。\n「たあいいさ、なっおみなくちゃ分らない。だが笹尟も぀たらない目に逢ったものだ。」\n「䌚瀟に来たらお逢いになりたしお?」\n「ああ逢っおやるずも。少し話したいこずもある。」\n「ではたた䜕かにお䞖話なさるんでしょう。ほんずにそうしおおやりなさいたせ。あれで倧倉正盎ないい人なんですから。」\n「正盎でなけりゃたた俺の所ぞなんか来れるものか。......然し......。」\n 矢島さんは䞭途で蚀葉を切った。そしお冷たいお茶をぐっず呑み干した。\n「菓子折䞀぀でお前もすっかり笹尟党になっおしたったわけだね。お目出たいこずだ。」\n「ええ私が!......そんな卑しい......。」\n「たあいいよ。」ず矢島さんは垞子の蚀葉を遮った。「今のは戯蚀だよ。笹尟のこずは俺も心配しおいるんだ。」\n 矢島さんはそう云っお立ち䞊った。その時圌の顔にふっず緊匵した暗い圱が挂った。そしお圌は曞斎に入った。\n 然し矢島さんは間もなくたた曞斎から出お来た。そしお圌は、西日の圓る二階の怜偎で雑蚘垳にいたずら曞きをしおいる慎吉を芋出した。\n「䜕を曞いおるんだ。」ず矢島さんは云った。\n「僕写生しおいるんです。......教えお䞋さいよお父さん。」\n「䜕を写生するんだい。」\n「芋えるだけの家根をみんな、それから向うの山も。」\n 其凊からは䞁床その町の南翌がずっず野に拡がっおいる様が䞀望のうちに芋䞋された。人家が぀きるず畑が続いお、向うに右手に青い山が空を限っおいた。\n 矢島さんは慎吉の手垳を取っお、家根だの山だの䞘などをぜ぀りぜ぀りず芚束なげに曞いおいった。西日を受けた野の䞊に山の圱が次第に拡っおゆくのが芋えるようであった。\n 慎吉は黙っお父の手元を芋぀めおいた。\n\n侉\n\n 矢島さんの䌚瀟は町の北端にあった。倏には立ち䞊んだ瓊家根の䞊を通っおくる烈颚が吹き぀けた。冬は雪を被った山䞋しの北颚が野を越えおやっお来た。\n 矢島さんの事務宀は北西を向いた二階にあった。で矢島さんはよく、北颚を避けた窓際に怅子を持ち出しおは、背䞭を日に暖めた。暖炉の悪い石炭の火よりも、その方がどんなにか心地よかった。\n 矢島さんは非垞な勀勉家であった。仕事のない時は倧抵曞物や雑誌を読んでいるのが垞であった。然しこの頃ただがんやりず日向がっこをしおいるこずが倚くなった。静に怅子に身をもたしお取り留めもない思いに沈むこずがよくあった。そしおふず思い出したように髭を撚った。然し別に立ち䞊ろうずもしなかった。䜕か安逞なそしお重いものが圌の頭の䞭に圚った。そういう時他の事務員が䜕か甚事でやっお来る時、圌はちらず眉根を寄せた、そしお「おはいり。」ず倧きい声で云った。\n 或る日矢島さんは䌚瀟から垰っお掋服をぬぎながら劻に云った。\n「笹尟はちっずも姿を芋せないよ。」\n「さようですか。」\n 垞子のそういう冷淡な返事を聞いお矢島さんは口を噀んでしたった。\n 然し矢島さんは別に笹尟が来るのを埅っおいるわけでもなかった。どうかするずふず笹尟のこずが頭に浮んで来るこずもあったが、圌は其凊に䜕の意味も認めなかった。ただ蚳の分らぬ劙な苛ら立たしさを感ずるのみであった。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを完成させお、印象的な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "\n\n 曎に又、歀の小説の冒頭に斌けるカッパトキダのカむザリダ附近の小さな「安料理屋」の有様は次のように描かれおいる。\n\n\n ......それは藁葺きの茅屋で、裏の方には汚らしい牛小屋だの、鳥や鵞鳥を入れお庇のようなものが぀いおいる。内郚は二間に仕切られおいた。䞀方は平民宀で今䞀方は身分ある客の為めに充おられお居た。......仕切りず云っおも只棒を二本立おお、それに垷の代りに、フォルチュナヌテの叀い、色の耪せた䞊衣を枡したものに過ぎなかった。歀の二本の棒......は嘗お昔は金箔を斜しおあったものだが、今ではもう倧分前から方々に眅が入ったり剥げたりしお居る。\n 仕切垃で隔おられた枅朔な方の宀では、錫の鉢ず幟぀かの杯を茉せた卓を前に控えお、歀の家にたった䞀぀しかない幅の狭い砎れた寝台の䞊に、矅銬軍第十六連隊第九䞭隊長マルクス・スクヌヂロが暪になっおいた。......同じ寝台の足䞋の方に、さも窮屈らしく恭々しげな恰奜をしお坐っおいたのは、第八、癟人隊長のブブリりス・アクノヌルスずいう喘息持で赭ら顔の肥満挢で、倩蟺の぀るりず剥げた頭には疎らな胡麻塩の毛を埌ろの方から䞡鬢ぞかけお撫で付けおいる。少し離れた床の䞊では、十二人の矅銬兵が骞子を匄んでいる。\n\n\n ここで兵士の描写が出おいるが、埌半に出お来る矅銬軍ず波斯軍ずの戊争は、頗る興味のあるものであった。波斯軍は戊象ず云うのを甚いおいる。\n\n 象軍は、耳を聟する様な咆哮を立おお、長い錻を巻き䞊げながら、肉の厚い赀く湿った口をくわっず開くのであった。その床に、胡怒ず銙料を混じた酒の為めに、狂気の様になった怪物の息が、矅銬兵の顔にむっずばかり襲うのであった。これは、波斯人が戊闘の前に、象を酔わすに甚いる特別な飲料なのである。朱泥を以お赀く塗り䞊げ、それに尖った鋌を被せお長くした牙は、銬の暪腹を突き砎り、長い錻は階士を高く空䞭に巻き䞊げお、倧地ぞ叩き付けるのであった。......背䞭には革で䜜った哚楌が倪い革玐でしばり付けられお、その䞭から四人の射手が、束脂ず麻緒を填めた火矢を投げるのであった。――それに察する矅銬軍の防犊はず云うず、軜装したトラキダの射手、パプラゎニダの投石手、それにフルチオパルブリず称する、鉛を流し蟌んだ䞀皮の投槍の䞊手なむリリダ隊が立向う。圌等は象の県をねらっお槍を投げる。象は狂奔する。哚楌を瞛り぀けおいる革玐を断ち切る。射手は地䞊に投げ萜される。そしお巚倧な怪物の足䞋に螏み぀ぶされる。\n 波斯軍には鉄階隊だずか車隊だずか云う恐ろしいものがある。鉄階隊ず云うのは、党身を鱗のような鋌の小札で被っおいお、只県ず口を陀く倖は殆んど䞍死身ず云っおいい䜍に歊装した階士達ず、曎に倪い鎖で互に繋ぎ合っお䞀団ずなっおやっお来るのである。車隊は、戊車の車軞や車茪に鋭い鎌を結び぀けお、足の现い斑銬に玢かせお突撃しお来るのである。鎌に觊れた矅銬兵は、たるで菜の葉の様に刻たれおしたう。こんな恐ろしい歊噚に察する矅銬軍の攻撃方法、楯隊の防犊戊、皇垝が駱駝に跚がっお逃げる様子等、真に圓時の残忍なる戊争が掻々ず描き出されおいる。\n 前述の䞋局瀟䌚の描写に察しお、䞊流瀟䌚の生掻は、コンスタンチヌス皇垝の髯剃の䞀状景を芋れば充分であろう。でもう䞀床、長々しい匕甚を蚱しお戎きたい。\n\n\n 理髪垫は䞁床神秘の儀匏でも行う様な顔付をしお居た。䞡偎には、今垝囜内で嚁勢䞊ぶものなき䟍埓長の゚りセビりスを始めずしお、様々の噚や、塗料や、手拭や、塩などを捧げた無数の寝所掛りが䞊んでいた。其倖に二人の扇持ちの少幎が控えおいる。圌等は髯剃りの秘法が行われおいる間じゅう、六぀の翌を持った倩䜿の圢をした、薄くお幅の広い銀の扇で皇垝を煜ぐのであった。\n 理髪垫はやっず右の頬を終っお、巊の方ぞ取り掛った。そしおアフロヂテの泡ず呌ばれおいる、阿剌比亜の銙氎のはいった石鹞を䞁寧に塗りながら、......皇垝の朝の化粧は終りに近づいた。圌は现い刷毛を以お、金線现工の小箱から少しばかりの頬玅を取った。それは聖僧の遺骞を収める箱の雛圢ずも云うべき圢をしお、蓋には十字架が぀いおいた。コンスタンチりスは信心が深くお、䞃宝の十字架や基督の頭文字などが、あらゆる隅々の现々した道具に぀いおいるのであった。圌の甚いる玅は「プルプシマ」ず云っお玫貝を沞隰させお其の薔薇色の泡を粟補した、䞀皮特別の高䟡な品であった。......玫の間ず呌ばれおいる郚屋には、「ペンタビルギオン」ずいう、䞊に塔の五぀䞊んでいる颚倉りの戞棚の䞭に、皇垝の衣裳が蔵っおあったが、歀の郚屋から宊官が皇垝の祭服を運んで来た。それは殆んど折るこずの出来ない皋ごわごわした、金や宝石で重い様な着物で、その䞊には矜の生えた獅子や蛇などが玫氎晶で刺繍っおあった。......皇垝は倧理石の廊䞋䌝いに広間ぞ趣いた。宮䞭衛兵達は䞈四尺もある長槍を立おお、たるで圫刻の様に粛然ず二列に䞊んで立っおいた。匏郚官が捧げお行く金襎で䜜ったコンスタンチヌス倧垝の旗が、基督の頭文字を茝かせ乍ら、さらさらず鳎った。静粛官は行列の前を走り乍ら、手を振っお敬虔なる静寂を呜ずるのであった。\n\n\n その他、半獅半鷲の怪獣の食りのある神殿だずか、有名な济堎だずかの描写は䜕れも埮现に亙っおいる。又、貎族の子匟がストむック䞻矩に基いお教育せられ、固い寝床に寝せられる習慣、珟代の人ほど裞䜓になるこずを恥ずしおいない矅銬人の颚俗等々、圓時の生掻状態は再び掻々ず浮び出される。\n 䜜者メレヂコフスキむが、かくの劂く圓時の空気を圷圿せしめるこずを埗たのは、䞀぀には圌が南欧地方を巡遊したず云う経隓を持っおいたず云うこずにもよるであろうが圌の孊究的態床なり、その深奥な考蚌的知識なりは実に感嘆すべきものである。メレヂコフスキむを以お、二十䞖玀の歎史小説の倧家ずする所以も亊、ここにある。メレヂコフスキむは哲孊者であり、宗教家である。又、詩人ずしおの感情も、小説家ずしおの立掟な胜力も持っおいるけれども、䞀八九五幎に叀代矅銬を描き出すには、それ等のものだけでは䞍充分である。歎史小説ずしおの「神々の死」を䞍朜ならしめたものは、実に圌の歎史科孊の、正確なる知識である。(䞊述、「神々の死」からの匕甚文は、䜕れも米川正倫蚳、新朮瀟出版――倧正十幎――の邊蚳によったのである)\n 玠より、歎史小説は、芞術的な小説であっお、断じお、教科曞颚な、無味也燥の蚘述ではない。けれども史実を無芖した歎史小説はどんなにか読者に銬鹿銬鹿しさを䞎えるこずだろう。極端な䟋を採れば、若しも近藀勇が忠実なる勀王の歊士であっお、蛀埡門の戊に蚎死するず云った颚の小説が曞かれたずしたら、どうだろう。読者は必ずや倱望するだろう。芝居の堎合なら芳客は沞くに盞違ない。こんな簡単な、呚知の事実の堎合には盎ぐに気が぀くが、倚くの䌌而非歎史小説は、倧なり小なり、歀のたぐいであるこずは、容易にわかるものではない。皍もすれば、倧衆文芞が軜蔑されるのは、こんな荒唐無皜が犍いするのではないか。\n 文孊を志す者は、須く埓来の、䌝統的な悪颚を捚おお、「倩才」の衚面的暡倣に暇を朰すよりも、科孊を研究すべきである。歎史小説を曞く者は、小説家であるず同時に史家でなければならぬ。\n やがお、我囜に斌おも、真の歎史小説が生れるであろう。前蚘真山青果の維新物等には、そのよき意図が珟れおいる。" }, { "role": "assistant", "content": " 䟋えば、「颶颚時代」の第䞉幕に斌おは、文久二幎十二月十䞉日の品川宿遊女屋土蔵盞暡に斌ける、䌊藀俊茔ず志道聞倚ずの䌚話、焌匟陰謀の盞談等、実際にあり埗べきこずである。殊に颚俗の点に関しおは正鵠を埗おいる。「土蔵盞暡はその頃品川第䞀の劓楌ずいう皋ならねど、勀王有志殊に長州志士等の遊興せる家なり。䜍眮は宿の䞭宿にありお江戞よりゆけば右偎にあり」等は歎史的地理的考蚌を持぀に非れば明蚀し埗ざるずころである。\n こういう事に就おの知識は、珟圚纏められた曞物が無く䜜家独自の研究によらねばならない。巷間民間の歎史に就お、日本の史孊者の倀は零である。極く初歩の参考曞を云うず、服装、颚俗では、「歎䞖服食考」「貞䞈雑蚘」「近䞖颚俗類聚」など、食物は、宇郜宮黒滝氏の「日本食物史」、旅行は、鉄道省の「日本旅行蚘」吉田十䞉氏の同名の曞。戊争に関しおは、参謀本郚の「日本戊術史」地理歎史の増刊「日本兵制史」、䜏宅に就おは「日本民家の研究」、歊道では山田次朗吉氏の「日本剣道史」(剣道史は最近に自分も刊行する)「歊術叢曞」「剣道孊」等。もし専門的になるなら「城かくの研究」ずか「城䞋町の研究」「歊家時代の研究」ずか、猶埳川期の物では無数にあるが次の章に挙げる。\n\n 二 倧衆物に぀いお\n\n 時代小説の今䞀぀の皮類、所謂、倧衆文芞ず俗に呌ばれおいるものに぀いお――。\n これは、その他、髷物、新講談などずも呌ばれおいるのであるが、かかる通俗的な、皮々な名称が䞎えられいるように、しかく通俗極たる小説を指すのである。\n 倧衆物は、いうならば珟圚の芞術小説――文壇小説の興味のなさに察する反動ずしお生れお来、そしお読曞階玚の欲求に投じたのである。埓っお、興味䞭心的であり、あくたで嚯楜的にずどたり、その限りに斌お、芞術的文孊芳の立堎からは批評し埗ないものであり、無䟡倀に等しい䜎玚な小説の類だず云っおいい。所謂、小説の芁玠ずしおの心理過皋、瀟䌚史料、性栌、思想なぞの描写に関しおは、読む方も曞く方も期埅しおはいないのだから、芞術的批評の適甚され埗ないのも圓然のこずずいわねばなるたい。\n だから、可成出鱈目の事件もあり、荒唐無皜の人物も出没し、ただ専ら、事件の波瀟重畳のみを本意ずしお興味を぀なぐ以倖に䜕ものも芋いだし埗ないのである。\n この傟向に抗しお、かの倧䜛次郎君なぞは倧衆物に、より芞術的なもの、小説的なものを䞎えようず努力し、効果を挙げおいるし、その他にも次第にかかる傟向の䜜品が珟れお来たようであるから、䜕れ倧衆文芞が小説ずしお評䟡されるずきも近いであろうず思われる。\n 珟圚の倧衆文芞に関しお、私は、今、興味䞭心、嚯楜䞭心なぞず䞀口にいっお了ったけれども、この意味を少し深く考えお芋るず、次の二぀に区別されるようだ。\n すなわち、恋愛ず剣戟ず。その二぀の亀錯が織りなす物語であっお、その二぀の芁玠以倖に䜕もない。どの倧衆物を芋おも、その題材が以䞊の点で限られおいる以䞊、殆んどあらゆる点に斌お制玄されお来る。だから、どれを読んでも同じような事件ず人物のために、遂に読者に厭かれおくるのは圓然のこずであろう。\n ずころが、倧衆文芞が(或は時代映画――剣戟映画が)、厭かれはじめながら、なお䞔、甘ったるい恋愛ずチャンチャンバラバラを䞭心ずしお、その呜脈を保っおいるのはどうしおであるか――思うに、人間には垞にかかるアムビシャスな、奇怪な、グロテスクな、謀叛的な、革呜的な、そしお英雄的なものを芁求する傟向――本胜の䞀面があるのではなかろうか。殊に、日本の文壇小説が自然䞻矩に犍いされ、誀った、極限された方向ぞ突進んでこういう芁玠を取陀いお了った、それがために愈々昂っお来たずころの以䞊のような芁玠ぞの枇望に倧衆文芞が投じたのではあるたいか。\n それず、今䞀぀、日本人には特に、䞀皮の䌝統的な剣戟の趣味がある。この著しい䟋は、殊に歌舞䌎劇に芋られる。䞖界䞭の芝居の䞭で、単に人を殺すこずだけで独立しお劇を圢造っおいるようなものは、歌舞䌎劇をおいお他にないであろう。䟋えば――\n「団䞃九郎兵衛の長町裏の殺堎」ずか、\n「仁朚匟正の刃傷堎」ずか、或は、\n「敵蚎襀耞錊」の倧詰なぞ。\n 以䞊のようなものは二人、もしくは䞉人がただ斬り合っお殺すだけで、他に劇を構成する䜕ものも芋出さないのである。勿論、そこには歌舞䌎劇独特の圢匏矎ず感芚はあるが、その他に、日本人が殺人、流血に特殊な興味をもっおいるずいうこずが、その発達の少くずも䞀぀の原因をなしおいるず考えられる。\n 絵画でいうなら、かの芳幎の非垞に残忍な絵が䞀時非垞に流行したこずを憶い比べおも、日本人ずいう人皮が単に奜戊的な、惚酷な囜民であるなぞずいうような衚面的な芋方ではなくしお、我々には可成りに剣戟に察する䞀皮特別な䌝統的な感芚をもっおいる、ず匷調したいほどに思われるのである。\n 吊、シナ人ずか、その他倖囜人ずかが行う虐殺、拷問、死刑なぞは、日本人には到底堪えられないような惚酷さがあるのである。そういった実行的なこずになるず、日本人は反っお割合にあっさりしおいるようである。ずころが、芞術䞊では䞖界独特の剣戟殺人の圢匏ず感芚を創造したのであった。\n こういう意味で、䞀口に剣戟は䞋等だ、いや反動的だず倧ざっぱな蚀葉で片付けお了うこずに私は反察するものである。歌舞䌎劇に斌お、かくたでも発達、完成された圢匏矎ず特殊な感芚ずを味わい埗ないものには、同時に、剣戟ずいう䞀芁玠がなぜかくたで倧衆小説を発達させ埗たかに考え及ぶこずは、ずおも䞍可胜なこずだろう。\n 䞀般に、芞術的非芞術的を別にしお小説をうけるように、売れるようにするには、即ち通俗的に面癜くするにはどんな芁玠を具備しおいたらいいだろうか、ずいう問題にたち戻っお考えよう。\n 第䞀には、勿論、性欲――゚ロティシズムである。性欲を怜閲の蚱す範囲内で充分センセヌショナルに取扱う、即ち、所謂゚ロチックに、感芚的に描写する。その䞀方で哲孊なり、思想なり道埳なりを説明する。これに加味するに剣戟をもっおするならば、日本人の最も奜むものになるだろう。俗うけのする倧衆文芞を曞こうずいうのなら、その呌吞さえ心埗おおけば、うけるこず請合いである。成皋、䜜家の芞術的良心はそれを蚱さないだろう。が、職業ずしお、商売ずしお、䜜品の商品䟡倀をのみ狙うずきは、䞀応心埗おおくこずもあながち䞍必芁ではないだろう。\n そうした意味で倧衆文芞を芋、今䞀局深く考えおみるに、この䞊に「泣かせる」こずを加えるこずが肝芁だ、ずいうこずが云えるだろう。芞術的䜜品にしおも、通俗的䜜品にしおも、芞術的䜜品䟡倀は、第二の問題ずしお、俗うけのしお、よく売れたずいう小説をみるのに、すべお婊女子のみならず気の匱い男にも涙を催おさせた䜜品であるのを芋るだろう。「金色倜叉」「䞍劂垰」時代のもの殊に然りである。それらは、特に「泣かせる」こずで成功した。だが、今では、そんな颚の「泣かせ方」ではすでに旧く、人はふり向くたい。将来はやるであろうずころの「涙」は、たずえ同じ「涙」にしおも、明るく、ほがらかで軜快で、ナヌモアに富んだものでなくおはならぬ。そうした「泣かせ方」が、今埌、読曞階玚の翹望を満す喜びの泉ずなるだろう。\n 最埌に、テンポの問題である。珟圚は、あらゆる意味で速力を芁求しおいる。電車より自動車、自動車より飛行機ぞず、その他科孊の発達はテレビゞョンの完成ぞたで急いでいるのだ。人間は科孊に逐われお生掻のテンポを速めおいる。それは亊、圓然芞術ぞも圱響する。芞術も亊、その内容圢匏ずもにテンポを芁求されお来おいる。かの片岡鉄兵君の「生ける人圢」(勿論、小説それ自身も珟圚に適した䜜品ではあるが、殊に)の新築地劇団の手になるレノュヌの圢匏による劇化が玠晎らしい人気を呌んだのもテンポず明快さの故であった。序であるが、菊池寛君の「東京行進曲」の映画化が倖囜映画を凌ぐ人気の䞭心になっおいるのも、その明るさ、明るい哀愁のためであるず云えるだろう。倧衆文芞も今や、テンポを持たねばならない。テンポを速めるずいっおも、䜕も無闇に速くするこずを意味しおはいない。緩急床を埗お、しかも党䜓から芋お堎面のあきない倉化ず、軜快な速力で疟駆する爜快さを、読者に䞎えるこずである。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを継続しお、完璧な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "序\n\n\n ここに線纂したものは、必ずしも研究論文ではない。ず共に䞀時的な時評でもない。私は、時代の評論ずでも云うべきだず考える。倧䜓から云うず、ごく啓蒙的なものであるから、無甚な先入芋にわずらわされない読者には、読みよいものかず思われる。\n 日本は䞖界的な角床から芋られねばならぬ、ずいうのが私の䞀貫する態床だ。これは、日本は民衆の立堎から芋られねばならぬずいうこずに基くのである。ここに私が民衆ず呌ぶのは、支配者が考えるあの民衆のこずではなくお、自䞻的に自分の生掻を防衛しお行こうずする民䞻的な倧衆のこずだ。\n すでに䞀旊発衚されたものに盞圓手を加えたものであるが、特に日本型ファシズムに就いおの私の予備抂念には倚少の倉化があるのだが、その点に関係する郚分を培底的に曞き改める郜合が぀かなかったのは残念である。\n この本ず盎接関係のある拙著を䞉぀挙げおおこう。第䞀は『日本むデオロギヌ論』(癜揚瀟)、之は倧郚分理論的なものである。第二は『珟代日本の思想察立』(今日の問題瀟)、之は時評集である。第䞉は『思想ず颚俗』(䞉笠曞房)で、日本の教育ず宗教ずの颚俗描写を含んでいる。そしお本曞は第䞀ず第二の䞭間に立぀ものだ。\n 䞀九䞉䞃・䞉・䞀五\n東京\n戞坂最\n\n\n\n第䞀郚 日本の瀟䌚珟象\n\n\n\n\n\n1 官公吏の瀟䌚的地䜍\n\n\n か぀お蟲林省の小䜜官䌚議に斌お、この頃しきりに小䜜争議に内務官吏が乗り出す傟向があるずいうので、非難が出たそうだが、其の埌たた、劎働争議に官憲がのり出しお、玔正日本䞻矩や皇道経枈の名によっお、劎資協調的劎働組合の組織を䌁おたり、争議の䞀皮の指導に圓ったりしたずいうので、劎資(?)の䞡陣営から非難を招くに至ったのは、新聞が報道する凊である。\n 瀟䌚倧衆党は之に察しお抗議曞を発衚しお曰く、「愛知県譊察郚は本幎倏頃より県䞋の劎働組合に察しお日本䞻矩に転向を匷芁し、特に日本補陶劎働組合同盟に察し執拗に分裂を策し぀぀あり。又豊川鉄道争議に介圚しお、必芁以䞊に争議を悪化せしめた事実あり。かかる珟象はひずり愛知県のみでなく、青森県の産業組合党蚭立準備に官吏の関䞎せるものあり、新期県䞋においお党蟲支郚に察し県圓局より日本䞻矩転向を勧告せる事実がある。これ等は䞀郚官僚がその政治的地盀を築かんがための陰謀であり、又わが囜無産階玚運動の正垞にしお健党なる発展を阻害し我等の陣営をこずさらに攪乱せんずするものである」云々。\n 愛知県䞋の倚数の私鉄の争議に斌お、県の䞀特高䞻任が争議団偎の宣蚀や芁求曞を起草し、争議解決埌新蚭された埓業員組合の圹員遞出を行い、埓業員に向かっお玔正日本䞻矩による劎働組合の公認ずか、皇道経枈に立脚せる劎資共同委員䌚の蚭眮ずかいう、劙な「政治的芁求」(?)をかかげろ、ず挔説したずいうのが、問題になった緒口である。\n 内務省では云うたでもなく、それは誀解か䞭傷にすぎぬず云っおいる。譊保局ずしおはそう云う他はあるたい。だが、この皮の事件の䞀぀䞀぀の報道が、仮に正確でなかったにしおも、今日の日本の官憲(官僚・官吏)が䞀方に斌お著しく「玔正日本䞻矩」的方針を持぀ようになったこず、埓っお又他方に斌おこの方針に鬌の銖でも取ったような自信を埗お、各皮の瀟䌚問題・争議・其の他に容喙するようになった、ずいう䞀般的傟向は、到底吊定出来ない。珟に時の埌藀内盞などは䞀囜を䞀倧家族に準ぜしめるような倧家族䞻矩を切望しおおり、之によっお蟲村問題でも䜕でも解決出来るず考えおいるらしい。" }, { "role": "assistant", "content": " こうした皇道䞻矩ずか玔正日本䞻矩ずかが䞀䜓䜕物であり、どういう必然性ず必需性から珟代に発生し、それからそれがどんな内容を有っおいるのか、ずいうこずに就いおは、私は今たで方々で觊れたから今は倫を反芆しないこずにしよう。特にこうしたものが、少なくずも瀟䌚思想や政治理論ずしお、どの皋床にナンセンスであるかずいう批刀に぀いおは、䞀応このこずは䞖間がよく知っおいるこずであっお、今曎私の説明をた぀たでもないだろう。ただ問題は、このむデオロギヌがその䞀半は今日特に日本の官僚(新官僚ず呌ばれる)の所有物だずいう凊にあり、そしお之が又所謂新官僚の唯䞀の存圚理由をなしおいるずいう点にあるのである。\n\n 普通新官僚ず呌ばれおいるものは、䞻ずしお内務省畑の官吏矀の䞀郚(倫に叞法省・倖務省のも加えお)であり、埓っお文官にぞくするもののこずであるが、䜵し片手萜ちなく云えば、歊官であっおもその急進的な分子は、䞁床文官新官僚が旧官僚に察しお占めるず同様な内郚的地䜍を他の歊官矀に察しお持っおいる。ここにも䞀皮の新官僚があるのである。ただ歊官矀(即ち軍郚だが)が党䜓ずしおずも角、盎接統垥の倧暩に基く歊断的呜什系統をもっおいるために、この急進的な分子ずそうでない分子ずの内郚的察立は、党く内郚的なものに止たっおいお、倖郚にはその察立の結果を産み出さない建前なので、文官における新官僚矀ほどに独自の行動単䜍の姿を取っおは、䞖間の県の前に珟われないたでなのだ。\n だが云うたでもなく、新官僚ず軍郚の急進分子ずは、そのむデオロギヌから芋れば略々同䞀方向、同䞀皋床の内容を有っおおり、埓っお又その瀟䌚的掻動の圹割から芋おも、方面こそ違え、略々同䞀の方針を远求し぀぀あるず云わねばならぬ。䞖間では埀々軍郚ず政府ずの䞀皮の察立に甚倧な興味を懐くが、無論それは誀りではなくお、軍事予算ず高橋的健党財政などずの関係は、党予算の䞊に数量䞊矛盟を結果しなければならず、そこに日本の資本䞻矩瀟䌚の矛盟の官庁的な䞀衚珟を芋ねばならぬのだが、䜵し政府はそのたた官僚的なものでないこずも忘れおはならぬ。぀たり政府ず軍郚ずの䞀皮の察立は、必ずしも官僚ず軍郚ずの察立ではなく、たしお新官僚ず軍郚急進分子ずの察立ずいうようなものず関係はないのである。この意味に斌お、日本の珟圚の官吏(文官官僚――その尖端が新官僚)ず軍郚歊官ずは、瀟䌚的に略々同䞀の意矩を有った郚眲に぀いおいるずいうこずを、たず泚意しなければならぬ。\n 埓っお圌等珟代的官僚ず軍郚ずは、ブルゞョアゞヌやブルゞョア政治家に向かっおも、又無産勀劎者・劎働者・蟲民に向かっおも、発端に斌おはお互いに略々同䞀の態床を取らざるを埗ない。䞀方に斌おはブルゞョアゞヌやブルゞョア政治家の堕萜ず暪暎ずを叫び、他方に斌おは無産者をより以䞊、瀟䌚的に問題にせねばならぬず叫ぶ。軍郚のか぀おの囜防パンフレットは䞀郚の瀟䌚からは、だから囜家瀟䌚䞻矩・囜家的統制経枈・の提唱だず云っお買い被られたものだったが、新官僚達による䟋の皇道䞻矩的劎働組合蚭立振りず云い、垝人事件にからむ「叞法省ファッショ化」ず云い、「倖務省人事刷新」ず云い其の他其の他ず云い、いずれも同䞀線䞊を蟿るものであるこずは今曎云うたでもない。――ではどんな線を蟿るのか。曰く「皇道䞻矩」・「玔正日本䞻矩」・぀たり資本家地䞻を或る皋床たで凹たし、劎働者蟲民を倚少持ち䞊げそうに芋せかけお、二぀を䞀぀のものに協調させ、かくおその間に資本䞻矩を䜕ずか修理しようずいうのが、意識するずしないに拘らず、官僚ず軍郚ずの䞀貫した糞筋なのである。\n\n 凊が修理を必芁ずするものは盞圓ボロボロに傷んでいるものであっお、決しお元通りのものにもなり埗なければ、たしお元より以䞊に良いものなどになる気づかいはない。軍郚は初め蟲山持村の疲匊を口を極めお絶叫したが、埌にはそれどころではなく、四割䞃分の軍備費は日本の資本䞻矩的打開の為には絶察必芁であっお、蟲山持村の匡救などは、政府偎で責任をもっお適圓に按配すればいいではないかず云い始めた。この態床に察しお政府――ブルゞョアゞヌの監芖の県は、盞圓にらみが利いおいるず芋るこずが出来る(䟋えばか぀おの高橋声明)が、官僚の方は之に察しおどういう関係を保っお行くのか、極めお䞍明確なのである。それも尀もで、内閣の庇護化にある官僚は、内閣から独立しおいる軍の暩胜のようなものは元来有たないのだから、身分保蚌ずか䜕ずか云っおも倫はほんの気䌑めで、結局はより盎接にブルゞョアゞヌずの連関に束瞛されざるを埗ないように出来おいるからなのである。\n 軍郚は資本偎の修理䌞長擁護(?)のために、敢えおブルゞョアゞヌ自身ずその方針を争うこずさえ出来る。或る限床たで(瞊え「玠人」であるにしおも)軍郚は資本的支配者をリヌドする実力を有っおいる。資本家政治家が健党財政ずか内政重芖ずかいう退嬰政策を取れば、軍郚は積極財政ずか倧陞政策ずか南方政策ずかいう積極方針に出ようずする。――凊が官僚新官僚はもはやそれだけの実力はない。でその限り官僚は党く軍郚に远随するこずによっおしか、そのむデオロギヌず瀟䌚掻動ずの暩利を享け取るこずが出来ぬ。官僚が資本家や資本家関係の諞問題(争議・組合其の他)に容喙し埗るのは、党く軍郚ずいう虎の嚁を借りおのこずで、そこにおのずから、シッポを぀かたれる匱点も残しおいるのだ。\n だがそれにも拘らず日本の支配機構に斌ける官僚の瀟䌚的地䜍、その有力さは、軍郚の倫ず䞊んで、特筆に倀いするものがあるのである。無論官僚(即ち官吏矀)を䞀぀の瀟䌚局の問題ずしお芋れば、倫は芁するに平均するず䞭間局であり小垂民に準ずべきものにすぎないが、今吟々が問題にしおいるのは、そういう瀟䌚局のこずではない。この瀟䌚局にぞくする官僚が、囜家の支配機構に斌お支配機関ず結合しおいる時の瀟䌚的圹割が、今云う官僚の瀟䌚的地䜍、その有力さの謂だ。䞀瀟䌚局ずしお芋れば軍郚(将校矀)ず雖も平均すれば倧䜓に斌お䞭間局を出でない。凊がそのこずず軍郚の支配機構に斌ける地䜍乃至有力さずは別だ。\n 軍郚がこのような意味に斌ける瀟䌚的地䜍を高め、その有力さを急に増しお来たのは、近幎では云うたでもなく満州行動以来のこずである。それたで、特に軍備瞮小(軍事教官の孊校ぞの就職・其の他)時代の軍郚の瀟䌚的地䜍が決しお高いものでなかったのを、䞖人は忘れはしないだろう。それず同時に䜵し、官僚の圱も亊、決しお圓時は今日のように濃くはなかった。倫も人の知る凊だろう。぀たり、だから非垞時(満州行動に原因する)以来、軍郚ず官僚ずの、瀟䌚的地䜍が急激に高隰したずいうこずは、垞識にぞくする。\n だがこうした新しい珟象は決しお、今迄にその地盀のなかった凊に、突然発生したのでもなければ、況んや偶然に発生したのでもないずいうこずを、今泚意しなければならない。ずいうのは日本に斌ける今日の官僚ず軍郚ずの有力さは、実は今日に始たったこずではなくお、日本資本䞻矩の成立条件そのものから来た凊の、日本資本䞻矩のタむプに固有な性質に由来するのであっお、金融資本の段階に這入っおもその固有性質は本質的な倉化退化を被らぬばかりでなく、金融資本段階に斌おはその段階に特有な深刻さを以お、この固有性質が华っお愈々著しくなっお来たのだずいう点が、重倧なのである。\n\n 日本に斌ける「ファシズム」の日本特有のタむプを今日決定しおいるものも、取りも盎さず日本資本䞻矩の成立条件に固有する凊のものであっお、日本型ファシズムの本質は、ファシズムずしお芋れば日本に斌ける封建的条件を地盀ずしお利甚するこずによっお初めお成立し埗たファシズムであり(䞀般にファシズムは金融資本䞻矩段階に斌ける䞀぀の必然的――䜆し䞍可避的だずは限らぬが――な支配圢態だ)、又封建的残存芁玠から云えば、この芁玠がファシズム的圢態を採甚せざるを埗なくなった凊のものに他ならぬ。\n 凊で、この封建的残存芁玠は、他ならぬ官僚的・軍事的(又譊察的)な匷調をもった支配圢態ずしお、明治の叀くから珟われおいるのであり、倫がその埌の今日に至るたでの日本の官僚ず軍郚ずの瀟䌚的地䜍を、決定しお来おいるのである。で今日の官僚ず軍郚(文官ず歊官)の瀟䌚的地䜍は、決しお偶然ではなく、又決しお新しい珟象にぞくするものでもない。日本の資本䞻矩成立の特殊な根本条件がそうさせおいるのであっお、埓っおここから、広矩の官僚(文官及び歊官)の地䜍が有぀、瀟䌚的な重倧意矩が、刀るのであり、又今日圌等が䜕故にかくもその瀟䌚的地䜍に぀いお、自信を有ち埗るのか、ずいうこずの説明も初めお぀くのである。\n 私は今、問題を特に官吏に限っお芋お来たが、公吏に至っおは、この官吏の有぀特有な瀟䌚的地䜍に準じお考察するこずが出来る。だが、瀟䌚的地䜍ずいうものを、瀟䌚的埅遇(䟋えば俞絊・身分保蚌・恩絊・瀟䌚的尊敬・其の他)ずいうものず考えない限り、公吏の瀟䌚的地䜍は官吏に范べおものの数ではない。云うたでもなく公吏は囜民を指導したり䜕かをなし埗ようずは思わないだろうし、又そう思われおもいない。たしお支配者ブルゞョアゞヌをやだ。だが倫にも拘らず公吏が最近府県䌚議員や垂町村議員からの各皮の䞍圓なる匷制に察しお、反抗を詊みるようになっお来たこずは、吟々の今の問題にずっお興味がなくはない。なぜなら、之を官吏の堎合に移しお考えお芋れば、新官僚による内閣審議䌚(之は、玠人代議士達の容喙を蚱さぬために詊みたものだ)や、ギャング狩り(之は「有力者」を無芖しなければ䌁おられない)やが、正に之に盞圓するだろうからだ。でここでも亊、公吏の瀟䌚的地䜍は、倚少高隰し぀぀あるず芋おいいだろう。\n 最埌に、官公吏も亊、䞀介の勀劎䞭間局のものであるずいう「瀟䌚的地䜍」は、無論忘れられおはならぬ。日本では䟋えば官吏のストラむキずいうものは官吏の存圚原則䞊、䞍可胜なこずになっおいるが、ここに䞀぀の重倧な問題があるのである。瀟䌚的圹割ずしおの「瀟䌚的地䜍」ず、瀟䌚的埅遇ずしおの「瀟䌚的地䜍」ずの矛盟を、最も盎接に感じ埗るものの䞀぀は(尀も実際には圌等の倧抵は之を感じる皋に鋭くなく良心的でもないが)、官吏だろう。それから又之に準じる公吏であろう。䞀䟋ずしお、劎働争議にかり出される圹割に぀いた䞋玚譊官のこずを考えお芋ればいい。\n(䞀九䞉五)\n\n\n\n2 日本の官僚\n\n\n 過去数幎来の日本に斌ける右翌団のテロ行為、満州事件、䞊海事倉、それから北支事件など、所謂非垞時は容易に解消しそうにもない。尀も非垞時ずいうものは決しお自慢になるものではない。この蚀葉は非垞倧暩などず云っお、人民の各皮の自由な暩利が䞀時停止になるずいう倧問題を含んでいるずいうこずに憲法解釈ではなっおいるそうだから、囜民ずしおは決しお之を自慢の皮にすべきものではないのである。たずいこの非垞時のおかげで、軍需むンフレヌションずか云っお軍需工業が盛んになり、䞀時倱業劎働者の数が少しは枛ったり䜕かしおも、そういう事情に幻惑されお、非垞時の延長などを垌望する者があったずしたら、䜕人によらず之ほど囜を誀るものはないのである。\n 凊でこの非垞時颚景を䞖間では挫然ずファシズムずいう名で呌んでいるが、この名の぀け方は䞍正確であるばかりではなく根本的な誀謬さえも含んでいる。ただの右翌団䜓、反動団䜓、囜粋団䜓などは、それだけではただファッショ団䜓ずは云うこずが出来ない。それは倧䜓、封建䞻矩ぞの埩叀運動(家族䞻矩などがその良い䟋だ)であるが、本来のファシズム運動はこういう封建䞻矩を離れおも立掟に成り立぀のである。\n 䜵し実際問題ずしお芋れば、日本の各皮の封建䞻矩運動は事実ファシズムず結び付いおおり、又ファシズム化し぀぀あり、又ファシズムの内容を圢成し぀぀あるのである。凊でファシズムずいう政治意識はその本元であるむタリア(ドむツの堎合も之に入れる人があるが)に斌お代衚されおいる通り、ファッショ圓人の考えでは䞀皮の反資本䞻矩運動(そしお泚意すべきは同時に又反コンミュニズム運動)であるにも拘らず、その実際䞊の掚移の結果から云っおも、又その玛れもない客芳的な圹割から刀断しおも、党く珟代に斌ける発達した資本䞻矩のせっぱ詰った矛盟をそらせるための䞀぀の血路なのであり、金融資本ず産業倧資本ずを本物の瀟䌚䞻矩からの攻撃から守るために考案された最埌の堡塁の有力な䞀぀なのである。ただ之が先進資本䞻矩囜ではただあたり露骚な政治䞊の圢ずしお珟われないのは、そういう囜の資本䞻矩の発達の経歎には、倧しお無理がなかったずいう理由もあるので、之に反しお日本はこれら先進産業資本䞻矩囜の間に挟っお遅れお発達しなければならなかったこずにより、日本特有の封建的な残存条件を離れるこずの出来ぬ宿呜にあるので、日本に独特な型の「ファシズム」を産んで来る条件があるのだ。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを完成させお、印象的な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " どうも、こんどの旅は最初から倩候の具合が奇劙だ。悪いずいっおしたえばそれたでだが、いいずおもえば本圓に具合よくいっおいる。第䞀、きのう東京を立っおきたずきからしお、かなり匷い吹きぶりだった。だが、朝のうちにこれほど匷く降っおしたえば、ゆうがた朚曟に着くたでにはずおもっおいるず、午すこしたえから急に小ぶりになっお、ただ雪のある甲斐の山々がそんな雚の䞭から芋えだしたずきは、䜕んずもいえずすがすがしかった。そうしお信濃境にさしかかる頃には、おあ぀らえむきに雚もすっかり䞊がり、富士芋あたりの䞀垯の枯原も、雚埌のせいか、䜕かいきいきず蘇ったような色さえ垯びお車窓を過ぎた。そのうちにこんどは、圌方に、朚曟のたっしろな山々がくっきりず芋え出しおきた。......\n その晩、その朚曟犏島の宿に泊っお、明けがた目をさたしお芋るず、おもいがけない吹雪だった。\n「ずんだものがふり出したした......」宿の女䞭が火を運んできながら、気の毒そうにいうのだった。「このごろ、どうも癖になっおしたっお困りたす。」\n だが、雪はいっこう苊にならない。で、けさもけさで、そんな雪の䞭を衝いお、僕たちは宿を立っおきたのである。......\n いた、僕たちの乗った汜車の走っおいる、この朚曟の谷の向うには、すっかり春めいた、明かるい空がひろがっおいるか、それずも、うっずうしいような雚空か、僕はずきどきそれが気になりでもするように、窓に顔をくっ぀けるようにしながら、谷の䞊方を芋あげおみたが、山々にさえぎられた狭い空じゅう、どこからずもなく飛んできおはさかんに舞い狂っおいる無数の雪のほかにはなんにも芋えない。そんな雪の狂舞のなかを、さっきからずきおり出しぬけにぱあっず薄日がさしお来だしおいるのである。それだけでは、いかにもたよりなげな日ざしの具合だが、こずによるずこの雪囜のそずに出たら、うららかな春の空がそこに埅ちかたえおいそうなあんばいにも芋える。......\n 僕のすぐ隣りの垭にいるのは、このぞんのものらしい䞭幎の倫婊づれで、問屋の䞻人かなんぞらしい男が䜕か小声でいうず、銖に癜いものを巻いた病身らしい女もおなじ䜍の小声で盞槌を打っおいる。べ぀に僕たちに気がねをしおそんな話し方をしおいるような様子でもない。それはちっずもこちらの気にならない。ただ、どうも気になるのは、䞀番向うの垭にいろんな恰奜をしながら寝そべっおいた冬倖套の男が、ずきどきおもい出したように起き䞊っおは、床のうえでひずしきり足を螏み鳎らす癖のあるこずだった。それがはじたるず、その隣りの垭で向うむきになっお自分の倖套で脚を぀぀みながら本をよんでいた劻が僕のほうをふり向いおは、ちょっず顔をしかめお芋せた。\n そんなふうで、䞉぀四぀小さな駅を過ぎる間、僕はあいかわらず䞀人だけ、朚曟川に沿った窓ぎわを離れずにいたが、そのうちだんだんそんな雪もあるかないか䜍にしかちら぀かなくなり出しおきたのを、なんだか残り惜しそうに芋やっおいた。もう朚曟路ずもお別れだ。気たぐれな雪よ、旅びずの去ったあずも、もうすこし朚曟の山々にふっおおれ。もうすこしの間でいい、旅びずがおたえの雪のふっおいる姿をどこか平原の䞀角から振りかえっおしみじみず芋入るこずができるたで。――\n そんな考えに自分がう぀けたようになっおいるずきだった、ひょいずしたはずみで、僕は隣りの倫婊づれの䜎い話声を耳に挿さんだ。\n「いた、向うの山に癜い花がさいおいたぞ。なんの花けえ?」\n「あれは蟛倷の花だで。」\n 僕はそれを聞くず、いそいで振りかえっお、身䜓をのり出すようにしながら、そちらがわの山の端にその蟛倷の癜い花らしいものを芋぀けようずした。いたその倫婊たちの芋た、それずおなじものでなくずも、そこいらの山には他にも蟛倷の花さいた朚が芋られはすたいかずおもったのである。だが、それたで䞀人でがんやりず自分の窓にもたれおいた僕が急にそんな颚にきょずきょずずそこいらを芋たわし出したので、隣りの倫婊のほうでも䜕事かずいったような顔぀きで僕のほうを芋はじめた。僕はどうもおれくさくなっお、それをしおに、ちょうど僕ずは筋向いになった座垭であいかわらず熱心に本を読み぀づけおいる劻のほうぞ立っおゆきながら、「せっかく旅に出おきたのに本ばかり読んでいる奎もないもんだ。たたには山の景色でも芋ろよ。......」そう蚀いながら、向いあいに腰かけお、そちらがわの窓のそずぞじっず目をそそぎ出した。\n「だっお、わたしなぞは、旅先きででもなければ本もゆっくり読めないんですもの。」劻はいかにも䞍満そうな顔をしお僕のほうを芋た。\n「ふん、そうかな」ほんずうを云うず、僕はそんなこずには䜕も苊情をいう぀もりはなかった。ただほんのちょっずだけでもいい、そういう劻の泚意を窓のそずに向けさせお、自分ず䞀しょになっお、そこいらの山の端にたっしろな花を簇がらせおいる蟛倷の朚を䞀二本芋぀けお、旅のあわれを味っおみたかったのである。\n そこで、僕はそういう劻の返事には䞀向ずりあわずに、ただ、すこし声を䜎くしお蚀った。\n「むこうの山に蟛倷の花がさいおいるずさ。ちょっず芋たいものだね。」\n「あら、あれをごらんにならなかったの。」劻はいかにもうれしくっおしようがないように僕の顔を芋぀めた。\n「あんなにいく぀も咲いおいたのに。......」\n「嘘をいえ。」こんどは僕がいかにも䞍平そうな顔をした。\n「わたしなんぞは、いくら本を読んでいたっお、いた、どんな景色で、どんな花がさいおいるかぐらいはちゃんず知っおいおよ。......」\n「䜕、たぐれあたりに芋えたのさ。僕はずっず朚曟川の方ばかり芋おいたんだもの。川の方には......」\n「ほら、あそこに䞀本。」劻が急に僕をさえぎっお山のほうを指した。\n「どこに?」僕はしかし其凊には、そう蚀われおみお、やっず䜕か癜っぜいものを、ちらりず認めたような気がしただけだった。\n「いたのが蟛倷の花かなあ?」僕はう぀けたように答えた。\n「しようのない方ねえ。」劻はなんだかすっかり埗意そうだった。「いいわ。たた、すぐ芋぀けおあげるわ。」\n が、もうその花さいた朚々はなかなか芋あたらないらしかった。僕たちがそうやっお窓に顔を䞀しょにくっ぀けお眺めおいるず、目なかいの、ただ枯れ枯れずした、春あさい山を背景にしお、ただ、どこからずもなく雪のずばっちりのようなものがちらちらず舞っおいるのが芋えおいた。\n 僕はもう芳念しお、しばらくじっず目をあわせおいた。ずうずうこの目で芋られなかった、雪囜の春にたっさきに咲くずいうその蟛倷の花が、いた、どこぞの山の端にくっきりず立っおいる姿を、ただ、心のうちに浮べおみおいた。そのたっしろい花からは、いたしがたの雪が解けながら、その花の雫のようにぜたぜたず萜ちおいるにちがいなかった。\n\n\n浄瑠璃寺の春\n\n\n この春、僕はたえから䞀皮の憧れをもっおいた銬酔朚の花を倧和路のいたるずころで芋るこずができた。\n そのなかでも䞀番印象ぶかかったのは、奈良ぞ著いたすぐそのあくる朝、途䞭の山道に咲いおいた蒲公英や薺のような花にもひずりでに目がずたっお、なんずなく懐かしいような旅びずらしい気分で、二時間あたりも歩き぀づけたのち、挞っずたどり぀いた浄瑠璃寺の小さな門のかたわらに、䞁床いたをさかりず咲いおいた䞀本の銬酔朚をふず芋いだしたずきだった。\n 最初、僕たちはその䜕んの構えもない小さな門を寺の門だずは気づかずに危く其凊を通りこしそうになった。その途端、その門の奥のほうの、䞀本の花ざかりの緋桃の朚のうえに、突然なんだかはっずするようなもの、――ふいずそのあたりを翔け去ったこの䞖ならぬ矎しい色をした鳥の翌のようなものが、自分の目にはいっお、おやず思っお、そこに足を止めた。それが浄瑠璃寺の塔の錆぀いた九茪だったのである。\n なにもかもが思いがけなかった。――さっき、坂の䞋の䞀軒家のほずりで氎菜を掗っおいた䞀人の嚘にたずねおみるず、「九䜓寺やったら、あこの坂を䞊りなはっお、二䞁ほどだす」ず、そこの家で寺をたずねる旅びずも少くはないず芋えお、いかにもはきはきず教えおくれたので、僕たちはそのかなり長い急な坂を息をはずたせながら䞊り切っお、さあもうすこしず思っお、僕たちの目のたえに急に立ちあらわれた䞀かたたりの郚萜ずその菜畑を䜕気なく芋過ごしながら、心もち先きをいそいでいた。あちこちに桃や桜の花がさき、䞀めんに菜の花が満開で、あた぀さえ向うの藁屋根の䞋からは䞃面鳥の啌きごえさえのんびりず聞えおいお、――たさかこんな田園颚景のたっただ䞭に、その有名な叀寺が――はるばるず僕たちがその名にふさわしい物叀りた姿を慕いながら山道を骚折っおやっおきた圓の寺があるずは思えなかったのである。......\n「なあんだ、ここが浄瑠璃寺らしいぞ。」僕は突然足をずめお、声をはずたせながら蚀った。「ほら、あそこに塔が芋える。」\n「たあ本圓に......」劻もすこし意倖なような顔぀きをしおいた。\n「なんだかちっずもお寺みたいではないのね。」\n「うん。」僕はそう返事ずも぀かずに蚀ったたた、桃やら桜やらたた束の朚の間などを、その突きあたりに芋える小さな門のほうに向っお埀った。䜕凊かでたた䞃面鳥が啌いおいた。\n その小さな門の䞭ぞ、石段を二぀䞉぀䞊がっお、はいりかけながら、「ああ、こんなずころに銬酔朚が咲いおいる。」ず僕はその門のかたわらに、䞁床その門ず殆ど同じくらいの高さに䌞びた䞀本の灌朚がいちめんに现かな癜い花をふさふさず垂らしおいるのを認めるず、自分のあずからくる劻のほうを向いお、埗意そうにそれを指さしお芋せた。\n「たあ、これがあなたの倧奜きな銬酔朚の花?」劻もその灌朚のそばに寄っおきながら、その现かな癜い花を仔现に芋おいたが、したいには、なんずいうこずもなしに、そのふっさりず垂れた䞀ず塊りを掌のうえに茉せたりしおみおいた。" }, { "role": "assistant", "content": " どこか犯しがたい気品がある、それでいお、どうにでもしおそれを手折っお、ちょっず人に芋せたいような、いじらしい颚情をした花だ。云わば、この花のそんなずころが、花ずいうものが今よりかずっず意味ぶかかった䞇葉びずたちに、ただ綺麗なだけならもっず他にもあるのに、それらのどの花にも増しお、いたく愛せられおいたのだ。――そんなこずを自分の傍でもっおさっきからいかにも無心そうに劻のしだしおいる手たさぐりから僕はふいず、思い出しおいた。\n「䜕をい぀たでもそうしおいるのだ。」僕はずうずうそう蚀いながら、劻を促した。\n 僕は再び蚀った。「おい、こっちにいい池があるから、来おごらん。」\n「たあ、ずいぶん叀そうな池ね。」劻はすぐ぀いお来た。「あれはみんな睡蓮ですか?」\n「そうらしいな。」そう僕はいい加枛な返事をしながら、その池の向うに芋えおいる阿匥陀堂を熱心に眺めだしおいた。\n\n ⁂\n\n 阿匥陀堂ぞ僕たちを案内しおくれたのは、寺僧ではなく、その嚘らしい、十六䞃の、ゞャケット姿の少女だった。\n うすぐらい堂のなかにずらりず䞊んでいる金色の九䜓仏を䞀わたり芋おしたうず、こんどは䞀぀䞀぀䞹念にそれを芋はじめおいる僕をそこに残しお、劻はその寺の嚘ずずもに堂のそずに出お、陜あたりのいい瞁さきで、裏庭の方かなんぞを眺めながら、こんな䌚話をしあっおいる。\n「ずいぶん倧きな柿の朚ね。」劻の声がする。\n「ほんたにええ柿の朚やろ。」少女の返事はいかにも埗意そうだ。\n「䜕本あるのかしら? 䞀本、二本、䞉本......」\n「みんなで䞃本だす。䞃本だすが、沢山に成りたっせ。九䜓寺の柿やいうおな、それを目あおに、人はんが倧ぜいハむキングに来やはりたす。あおが䞀人で捥いで䞊げるのだすがなあ、そのずきのせわしい事やったらおたぞんなあ。」\n「そうお。その時分、柿を食べにきたいわね。」\n「ほんたに、秋にたたお出でなはれ。この頃は䞀番あきたぞん。なあも無うお......」\n「でも、いろんな花がさいおいお。綺麗ね......」\n「そうだす。いたはほんたに綺麗やろ。そやけれど、あこの菖蒲の咲くころもよろしいおたっせ。それからたた、倏になるずなあ、あこの睡蓮が、それはそれは綺麗な花をさかせたっせ。......」そう蚀いながら、急に少女は䜕かを思い出したようにひずりごちた。「ああ、そやそや、葱ずりに埀かにゃならんかった。」\n「そうだったの、それは悪かったわね。はやく埀っおらっしゃいよ。」\n「たあ、あずでもええわ。」\n それから二人は急に黙っおしたっおいた。\n 僕はそういう二人の話を耳にはさみながら、九䜓仏をすっかり芋おわるず、堂のそずに出お、そこの瞁さきから蓮池のほうをいっしょに眺めおいる二人の方ぞ近づいおいった。\n 僕は堂の扉を締めにいった少女ず入れかわりに、劻のそばになんずいうこずもなしに立った\n「もう、およろしいの?」\n「ああ。」そう蚀いながら、僕はしばらくがんやりず芳仏に疲れた目を蓮池のほうぞやっおいた。\n 少女が堂の扉を締めおわっお、倧きな鍵を手にしながら、戻っおきたので、\n「どうもありがずう。」ず蚀っお、さあ、もう少女を自由にさせおやろうず劻に目くばせをした。\n「あこの塔も芋なはんなら、埡案内したっせ。」少女は池の向うの、束林のなかに、いかにもさわやかに立っおいる䞉重塔のほうぞ僕たちを促した。\n「そうだな、぀いでだから芋せお貰おうか。」僕は答えた。「でも、君は甚があるんなら、さきにその甚をすたしおきたらどうだい?」\n「あずでもええこずだす。」少女はもうその事はけろりずしおいるようだった。\n そこで僕が先きに立っお、その岞べには菖蒲のすこし生い茂っおいる、叀びた蓮池のぞりを䌝っお、塔のほうぞ歩き出したが、その間もたた絶えず少女は劻に向っお、このぞんの山のなかで採れる筍だの、束茞だのの話をこずこたかに聞かせおいるらしかった。\n 僕はそういう圌女たちからすこし離れお歩いおいたが、実によくしゃべる奎だなあずおもいながら、それにしおもたあ䜕んずいう平和な気分がこの小さな廃寺をずりたいおいるのだろうず、いたさらのようにそのあたりの颚景を芋たわしおみたりしおいた。\n 傍らに花さいおいる銬酔朚よりも䜎いくらいの門、誰のしわざか仏たちのたえに䟛えおあった怿の花、堂裏の䞃本の倧きな柿の朚、秋になっおその柿をハむキングの人々に売るのをいかにも愉しいこずのようにしおいる寺の嚘、どこからかずきどき啌きごえの聞えおくる䞃面鳥、――そういう歀のあたりすべおのものが、か぀おの寺だったそのおおかたが既に廃滅しおわずかに残っおいるきりの二䞉の叀い堂塔をずりかこみながら――ずいうよりも、それらの叀代のモニュメントをもその生掻の䞀片であるかのようにさりげなく取り入れながら、――其凊にいかにも平和な、いかにも山間の春らしい、しかもその䜕凊かにすこしく悲愎な懐叀的気分を挂わせおいる。\n 自然を超えんずしお人間の意志したすべおのものが、長い歳月の間にほずんど廃亡に垰しお、いたはそのわずかに残っおいるものも、そのもずの自然のうちに、そのものの䞀郚に過ぎないかのように、融け蟌んでしたうようになる。そうしお其凊にその二぀のものが䞀぀になっお――いわば、第二の自然が発生する。そういうずころにすべおの廃墟の云いしれぬ魅力があるのではないか? ――そういうパセティックな考えすらも(それはたぶんゞムメルあたりの考えであったろう)、いたの自分にはなんずなく快い、なごやかな感じで同意せられる。......\n 僕はそんな考えに耜りながら歩き歩き、ひずりだけ先きに石段をあがり、小さな䞉重塔の䞋にたどり぀いお、そこの束林のなかから蓮池をぞだおお、さっきの阿匥陀堂のほうをがんやりず芋かえしおいた。\n「ほんたになあ、しょむないずこでおたっせ。あおら、魚食うたこずなんぞ、ずんずおたぞんな。蕚みおえなものばっかり食っおんのや。......筍はお奜きだっか。そうだっか。このぞんの筍はなあ、ほんたによろしうおたっせ。それは柔うお、やわうお......」\n そんなこずをたた寺の嚘が劻を盞手にしゃべり぀づけおいるのが䞋の方から聞えおくる。――圌女たちはそうやっお石段の䞋で立ち話をしたたた、い぀たでたっおもこちらに䞊がっお来ようずもしない。二人のうえには、䜕んずなく春めいた日ざしが䞀ぱいあたっおいる。僕だけひずり塔の陰にはいっおいるものだから、すこし寒い。どうも二人ずもいい気もちそうに、話に倢䞭になっお僕のこずなんぞ忘れおしたっおいるかのようだ。が、こうしお廃塔ずいっしょに、さっきからいくぶん瞑想的になりがちな僕もしばらく䞖問のすべおのものから忘れ去られおいる。これもこれで、いい気もちではないか。――ああ、たたどこかで䞃面鳥のや぀が啌いおいるな。なんだか僕はこのたたすこし気が遠くなっおゆきそうだ。......\n\n ⁂\n\n その倕がたのこずである。その日、浄瑠璃寺から奈良坂を越えお垰っおきた僕たちは、そのたた東倧寺の裏手に出お、䞉月堂をおずずれたのち、さんざん歩き疲れた足をひきずりながら、それでもせっかく歀凊たで来おいるのだからず、春日の森のなかを銬酔朚の咲いおいるほうぞほうぞず歩いお埀っおみた。倕じめりのした森のなかには、その花のかすかな銙りがどこずなく挂っお、ふいにそれを嗅いだりするず、なんだか身のしたるような気のするほどだった。だが、もうすっかり疲れ切っおいた僕たちはそれにもだんだん刺戟が感ぜられないようになりだしおいた。そうしお、こんな倕がた、その癜い花のさいた間をなんずいうこずもなしにこうしお歩いお芋るのをこんどの旅の愉しみにしお来たこずさえ、すこしももう考えようずもしなくなっおいるほど、――少くずも、僕の心は疲れた身䜓ずずもにがおっずしおしたっおいた。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 千八癟〇十〇幎の春から倏に掛けおパリむに滞留しおゐた時、己はオオギナスト・ドナパンず云ふ人ず知合にな぀た。ただ幎の若いこの男は良家の子である。その家柄は貎族ず云぀おも奜い皋である。然るに床々䞍運な目に逢぀お、ひどく貧乏にな぀た。その為めに意志が党く挫けおした぀お、自分で努力しお生蚈の恢埩を謀らうずもしなくな぀た。幞に債暩者共が奜意で父の遺産の䞀郚を残しお眮いおくれたので、この男はその利足でけちな暮しをしおゐる。莅沢ず云぀おは曞物を買぀お読む䜍のものである。この䜍の莅沢をするのはパリむではむづかしくはない。\n 己が始おこの男に逢぀たのは、モンマルトル町の小さい本屋の店であ぀た。偶然己ずこの男ずが同じ珍曞を捜しおゐたのである。その時心易くな぀お、その埌床々逢぀た。䞀䜓フランス人は正盎に身の䞊話をするものだが、この男も自分の家族の話を己に聞かせた。それを己はひどく面癜く思぀た。それに己はこの男の博芧に驚いた。又この男の空想が劂䜕にも豊富で、䞀皮倩皟の嚁力を持぀おゐるので、己の霊はそれに匕き入れられるやうであ぀た。䞁床その頃己は或る目的の為めにパリむに滞留しおゐたので、かう云ふ男ず亀際するのは、その目的を遂げるにひどく郜合が奜いず思぀た。その心持を己は打ち明けた。そこでずう〳〵己がパリむに滞留しおゐる間、この男が䞀しよに䜏぀おくれるこずにな぀た。二人の䞭では己の方が比范的融通が利くので、家賃は己が払ふこずにしお劙な家を借りた。それはフオオブりル・サン・ゞ゚ルマンの片隅の寂しい所にある雚颚にさらされお芋苊しくな぀お、次第に荒れお行くばかりの家である。なんでもこの家に就いおは、或る迷信が䌝ぞられおゐるのださうだ぀たが、我々は別にそれを穿鑿もしなか぀た。二人はこの家を借りお、䞁床その頃の陰気な二人の心持に適するやうに内郚の装食を斜した。\n 若しその頃二人がこの家の䞭でしおゐた生掻が䞖間に知れたら、二人は狂人ず看做されたかも知れない。勿論危険な狂人ず思はれはしなか぀ただらう。二人は誰をもこの家に寄せ付けずにゐた。己なんぞは皮々の知合があ぀たのに、この䜏家を秘しお告げなか぀た。ドナパンの方ではもう数幎来パリむで人に亀際せずにゐたのである。そんな颚で二人は倖から、邪魔を受けずに暮した。\n 己の友達には倉な癖があ぀た。どうも癖ずでも云ふより倖はない。それは倜が奜きなのである。己は次第に友達に銎染んで来お、皮々の癖を受け続いで、ずう〳〵倜が奜きにな぀た。然るに倜ず云ふ黒い神様はい぀もゐおはくれぬので、これがゐなくなるず工倫しお昌を倜にした。我々は倜が明けおも窓の鎧戞を開けずに、銙料を亀ぜお補した蝋燭を二䞉本焚いおゐる。その蝋燭が怪談染みた埮な光を攟぀のである。この明りの䞋で我々はわざず倢芋心地にな぀お、読んだり曞いたり話したりする。その内本圓の倜にな぀たこずが時蚈で知れる。それから二人は手を匕き合぀お埀来ぞ出お、歩きながら昌間の話の続きをする。又倜曎たで所々をうろ぀いお珍らしい光明面ず闇黒面ずを味ふのである。パリむのやうな倧郜䌚にはこの䞡面があ぀お、吟々のやうな局倖の芳察者には無限の興味を感ぜさせるのである。\n かう云ふ堎合にドナパンは䞍思議な分析的技胜を発揮しお己を驚かすこずがある。友達はこの技胜を発揮しお、自分で愉快を感じおゐる。人が誰も芋聞しおくれなくおも奜いのである。友達はこの心持を己に打ち明けおゐる。或る時友達は己に笑ひながら云぀た。「䞖間の人は倧抵胞に窓を開けおゐお、僕にその䞭を芗かせおくれるのだね」ず云぀た。そしおその蚌拠ずしお、䞁床その時己の考ぞおゐた事をす぀かり䞭おゝ己を驚かした。\n この技胜を働かせおゐる時の友達の様子は冷柹で、うはのそらにな぀おゐるやうで、その目はなんの衚情もなく空を芋おゐる。その声は䞍断テノル調であるのにこの時はヂスカント調にな぀おゐる。ちよいず聞くず浮かれおゐるのかず思はれるが、その蚀語が劂䜕にも明晰で、その思想が劂䜕にも沈着で、決しお浮かれおゐるのでないこずが分かる。己は友達のさう云ふ様子を芋る床に、叀代の哲孊にある䞀人二霊説を思ひ出さずにはゐられない。どうも創造的性質のドナパンず分析的性質のドナパンずがあるやうなのが、己には面癜く思はれた。\n かう云぀たからず云぀お、己が䜕か秘密を蚐かうずするだらうだの、小説を曞くだらうだのず思ふのは間違である。このフランス人に就いお己の話すのは簡単な事実に過ぎない。その事実は過床に働いおゐる、事に䟝぀たら病的な悟性の䜜甚かも知れない。圓時のこの人の芳察の為方は次の䟋を以お人に理解させるのが最も適圓であらう。\n 或る晩のこずであ぀た。我々二人はパレ゚・ロアむアルの附近の長い、汚い町を、ぶら〳〵歩いおゐた。二人ずも䜕か考ぞ蟌んでゐたので、十五分間皋䞀蚀も物を蚀はずにゐた。突然ドナパンが云぀た。\n「実際あい぀は銬鹿に小さい男で、どうしおも寄垭に出た方が柄に合぀おゐるね。」\n「無論さうさ。」\n 己は芚えずこの返事をした。䜙り深く考ぞ蟌んでゐたので、己は最初この問答をなんの䞍思議もないやうに思぀た。䜵しこの問答は己の黙぀お考ぞおゐるこずの続きにな぀おゐる。\n 己はそれに気が付いたので、び぀くりせずにはゐられなか぀た。己は真面目に云぀た。\n「おい。ドナパン。あんたり䞍思議ぢやないか。正盎に蚀ふが、今の話は実際君の口から出お僕の耳に這入぀たのだか、どうだかず疑はずにはゐられないね。僕の腹の䞭で考ぞおゐたこずをどうしお君は知぀たのだ。君には党く僕が誰の事を思぀おゐたず云ふのが分か぀たのかい。」己はかう云぀おドナパンが真にその人が誰だず云ふこずを䞭おたのだか、たしかめお芋ようず思぀た。\n「無論シダンチリむの事さ。なぜ君話を途䞭で止めたのだい。さ぀き君はあい぀が䜙り小柄だから、悲壮劇の圹を勀めるのは無理だず思぀おゐたぢやないか。」\n 実際己はさう思぀おゐた。シダンチリむず云ふのは元サン・ドニむ町の靎屋で、それが俳優にな぀おゐるのである。そい぀が歀間クレビリペンの䜜クセルクセスの䞻人公を勀めた。そしお非垞な悪評を受けたのである。\n 己は云぀た。「どうぞ君僕に蚀぀お聞かせおくれ絊ぞ。䞀䜓どんな方法で僕の心が読めるのだい。若しさう云ふ法があるものなら、それを聞かせおくれ絊ぞ。」詞ではかう云぀たが、己の䞍審はずおも詞で蚀ひ珟されない皋であ぀た。" }, { "role": "assistant", "content": " 友達は云぀た。「君、あの果物屋を芋お、それから靎屋のシダンチリむがクセルクセスだずか、その倖叀代劇に出お来る英雄の圹に䞍適圓だず云ふこずを考ぞたのだらう。」\n「果物屋だ぀お。どんな果物屋だい。僕にはたるで心圓がないが。」\n「それ。さ぀きの町の曲角で君に打぀付か぀た男さ。さうさね。十五分ばかり前だ぀たかな。」\n かう云はれお己は思ひ出した。成皋己がC町から今立぀おゐる抜道に曲り掛か぀た時、林檎を盛぀た倧籠を頭に茉せた男が己に打぀付か぀お、己は倒れさうにな぀たのだ。䜵しそれずシダンチリむずの間にどんな連絡があるか、己にはただ分からない。\n 䜵しドナパンは決しお譃衝きではなか぀た。己に説明しお聞かせたずころはかうである。「そんなら君に蚀぀お聞かせよう。君に埗心の行くやうに思想の連鎖を逆に手繰぀お芋よう。たづ君の考ぞ蟌んでゐる時、僕が突然声を掛けた、あの時を起点ずしお、あれから逆に戻るのだね。そしおあの果物屋の打぀付か぀た時たで垰り着けば奜いわけだね。この連鎖の䞻な廉々は䞀、シダンチリむ二、オリペン䞉、ドクトル・ニコルス四、゚ピクロス五、立䜓幟䜕孊六、敷石䞃、果物屋ずかう云ふ順序だよ。」\n 思想が転倉しお或る垰着点に到達する順序を逆に考ぞお芋るず云ふ事は、随分誰でも遣぀お芋る事である。さう云ふ事は随分面癜い。始お遣぀お芋た人は、その連鎖の始ず終ずを䞊べお芋お、その二぀が非垞に懞隔しおゐるのに驚くだらう。己は友達の話を聞いお非垞に驚いた。それが事実であ぀たからである。\n 友達はかう云぀た。「もし僕の蚘憶が誀぀おゐなか぀たら、君ず僕ずはC町から曲る前に銬の話をしおゐたね。それ切り物を蚀はなくな぀たのだ。それから角を曲぀おこの抜道に出るずたんに、林檎を盛぀た倧籠を頭に茉せた果物屋が駈けお来お、君に打぀付か぀た。その時君は埀来に敷く敷石の積んであるのに足を蹈み掛けた。その石がぐら付くず、君はすべ぀お少し足を挫いた。その時君は腹を立おゝ、䜕か口の内で぀ぶやいお、積んである石を䞀目芋お、それから黙぀お歩き出した。僕は別段君に泚意しおゐたわけでもないが、どうもこの頃物を芳察するのが癖にな぀おゐるもんだから為方がない。そこで芋おゐるず、君は䞋を向いお歩いおゐる。そしお腹立たしげに敷石の穎や隙間を芋おゐる。そこで君が敷石の事を考ぞおゐるず云ふこずが分か぀たのだね。するずラマルチン町の所に来た。あそこには詊隓的に肋状に切぀お噛み合せるやうにした石が敷いおあ぀た。それを芋た時、君の顔色が晎やかにな぀お、君は口の内で䜕やら蚀぀た。君の唇を芋るず、その詞が『ステレオメトリむ』ず云ふ詞らしか぀た。立䜓幟䜕孊だね。あの敷石を芋おそんな名を付けるのは、随分倧袈裟だ぀たには盞違ないよ。君はその詞を口にした跡で、盎ぐに『アトオム』ず云ふ事を考ぞた。元子だね。極埮だね。それから哲孊者゚ピクロスの教矩を思ひ出した。ずころが歀間君ず哲孊談をした時、お互にかう云ふこずを蚀぀たね。あの君子颚のグレシア人は空想で説を立おたのだが、近䞖コスモゎニむの研究が出来おから、倩䜓の発展が分か぀お来お、゚ピクロスの説いた事が事実的に蚌明せられたず云぀たね。そこで君が゚ピクロスの教矩を思ひ出したからには、君はそれず同時に、倚分オリペン星の霧を仰向いお芋るだらうず、僕は考ぞた。君は果しお仰向いお倩を芋た。そこで僕の掚枬の圓぀たのが分か぀た。ずころできのふあのミナれ゚ず云ふ雑誌に俳優シダンチリむを嘲぀た諷刺的批評が出たね。あの批評の䞭にシダンチリむが靎屋を止めお舞台に出た時、名を倉ぞたこずを冷かしおラテンの詩句が匕いおあ぀た。Perdidit antiquum litera prima sonum ず云ふのだね。この詩句に就いおは、僕が前に君に話した事がある。僕の云぀たのは、この詩句はオリペン星の事を指したもので、オリペンの叀い名はナリペンだ぀たず云぀たね。この説明はその時の事情から掚すず、君が忘れずにゐるものず考ぞられるのだね。そこで君はどうしおもオリペン星を芋るず同時に、俳優シダンチリむの事を思ひ出さずにはゐられないず、僕は考ぞたね。この掚察が圓぀たず云ふこずは、そのずたんに君の唇に珟れた埮笑で蚌明するこずが出来たのだ。君はあの時靎屋䞊がりのシダンチリむが劇評家にひどく退治られたのを思ひ出したのだね。それたで君は背䞭を円くしお歩いおゐたずころが、䞁床その時君は背䞭を真぀盎ぐにしお元気奜く歩き出した。そこで僕は察したね。君はシダンチリむが小男だず云ふ事を考ぞたのだず察したね。䞁床その時僕は君に声を掛けたのだ。そしおあい぀は小柄だ、寄垭にでも出るより倖為方がないず云぀たのさ。」\n ドナパンの芳察法がどんなものだず云ふ事は倧䜓この䞀䟋で分かるだらう。\n この事があ぀おから暫く立぀た埌である。我々二人は䞀しよにガれツト・デ・トリビナノオ新聞を読んでゐた。そしおふいず巊の蚘事に目が留た぀た。\n「驚歎すべき殺人事件。昚倜䞉時頃サン・ロツキナりス区の䜏民は皍久しく連続しお聞えたる恐しき叫声に倢を砎られたり。その叫声は病院暪町の䞀家屋の第四局にお発したるものゝ劂くなりき。その家はレスパネ゚倫人ずその嚘ずの二人の䜏所なり。最初尋垞の手段にお衚口より入らんずせしに、戞締の為め入るこず胜はずしお、倚少の時間を経過し、隣家のもの八九人ず憲兵二人ずは、遂に鉄の棒を以お戞を砎りお屋内に入るこずを埗たり。その隙に叫声は息みたり。最初の梯子を駆け䞊がる時、人々は二人若くは数人の荒々しき声にお䜕事をか蚀ひ争ふを聞けり。その声は家の䞊局にお発したるものゝ劂くなりき。第二の梯子に達せし時は、その声も又止み、屋内には䜕等の物音も聞えざりき。人々は手分けをなし、各宀を捜玢せり。第四局屋の背埌なる倧郚屋は内より戞を鎖しあるを以お、曎にその戞を砎壊したり。これに入りたる人々はその惚状を芋お恐怖し䞔぀錯愕したり。\n 宀内の状況は狌藉を極めたり。家具は総お砎壊し、所々に投げ散らしあり。䞀の寝台の敷垃団を匕き出し、宀の䞭倮に攟棄したるを芋る。䞀の怅子の䞊に血たぶれの剃刀あり。カミン炉の䞊に血の着きたる癜髪二䞉束あり。髪は頗る長く、暎力にお匕き抜きたるものず芋えたり。床の䞊にナポレオン銀貚四箇、黄玉を嵌めたる耳環䞀箇、銀の倧匙䞉箇、アルゞ゚リむ合金の小匙䞉箇の倖、金貚四千フランを二袋に入れたるものあり。卓の抜斗抜き出しありお、手を着けたるものず芋ゆれども、猶蚱倚の物件の残りをるを芋る。鉄補小金庫䞀箇、敷垃団の䞋にあり。(寝台の䞋にはあらず。)金庫は開きありお、鍵は鑰の孔に差したる儘なり。金庫内には叀き手玙若干ず䜙り重芁ずも芋えざる曞類ずあるのみ。\n 女䞻人レスパネ゚倫人の行方は最初䞍明なりき。既にしお人々はカミン炉の䞊に倚量の煀あるを芋お、詊に炉䞭を怜せしに、人の想像にも及ばざる皋の残酷なる事実を発芋せり。女䞻人の嚘の屍䜓倒さたに炉の煙突に抌し蟌みありしこずこれなり。頭を䞋にしお、非垞なる暎力を以お狭き煙突内に抌し蟌みたるなり。䜓には猶枩みありき。皮膚を怜するに蚱倚の擊傷あり。倚くは匷ひお煙突に抌し蟌みし時生じたるものなるべく、その䞀郚分は匕き出す時生じたらんも知るべからず。顔には匕き掻きたる劂き深き傷あり。前頞郚には指尖にお圧したる劂き深き痕あり。又暗玫色なる斑あり。これ等は絞殺したるにはあらずやず想像せしむ。\n 人々は屋内所々を粟密に捜玢せしに、前蚘の他には別に発芋する所なきを以お屋埌なる䞭庭に出たり。䞭庭は石を敷き詰めあり。この䞭庭に女䞻人の屍䜓ありき。前頞郚より非垞に深く切り蟌みたる創あり。僅に項の皮少蚱にお銖ず胎ず連りゐたる故、屍䜓を擡ぐる時、銖は胎より離れたり。銖もその他の䜓郚も甚しく損傷しあり。就䞭胎ず手足ずは、殆ど人の遺骞ずは認められざる皋倉圢せり。\n 右の恐るべき殺人犯は䜕者の所為なるか、䜙等の探知したる限におは、その筋に斌お未だ䜕等の手掛かりをも埗ざるものゝ劂し。」\n 翌日の新聞には、この残酷なる犯眪に関したる蚘事の続皿を茉せたり。その文に曰く。\n「病院暪町の悲劇。叀来未曟有の惚事たる本件に関し、審問を受けたる者数人あり。䜕人の告条も本件に光明を投射するに足らずず雖、巊に䞀々これを列蚘せんずす。\n ポオリむヌ・ドナブりルは掗濯を業ずする婊人なるが、次の申立をなせり。本人はレスパネ゚倫人及その嚘ず盞知るこず䞉幎に及べり。これレスパネ゚家の掗濯物を匕受けゐたるが為めなり。老婊人ず嚘ずは平生仲奜く暮し、互に鄭重に取扱ひゐたり。掗濯代は滞なく最沢に払ひくれたり。生掻費は劂䜕なる財源より出でたるか知らず。颚聞に䟝れば、倫人は巫女を業ずし、人の為めに犍犏を占ひ、その謝金を貯ぞたりず云ふ。本人は掗濯物を受け取りに埀き、又返しに埀きし時、来客ありしを芋たるこずなし。母子が党く奉公人を䜿ひをらざりしこずは確実なり。家屋には第四局の倖、䜕凊にも家財を備ぞあらざりしものゝ劂し。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "『平凡』の予告が珟われた時、二葉亭が昔しから掚奚したゎンチャロヌフの名䜜を憶い浮べお題名に興味を持ったので盎ぐ手玙を送った。文句は忘れたが、意味はこうである。――『平凡』ずいう題名が劂䜕にも非凡で面癜い、(ずいうのは前にもいった通り『其面圱』の題名に関しお埀埩数回した事があったからで、)定めし面癜いものであろうず楜みにしおおる、巊に右く珟に文孊を以お生掻し぀぀ある以䞊は仮什玠志でなくおも文孊にもたた十分身を入れおもらいたい、人は必ずしも䞀方面でなければならないずいう理由はないから、文人であっお政治家あるいは実業家を兌ねるのも劙であろう、政治あるいは倖亀に興味を有するが故に他の長所である文孊を廃するずいうは少しも理由にならない、か぀いやしくも前途に平生口にする倧抱負を有するなら努めお寛闊なる襟床を逊わねばならない、䟋えば西園寺䟯の招宎を蟞する劂きは時の宰盞たり䟯爵たるが故に謝絶する詩人的狷介を瀺したもので政治家的たたは倖亀家的噚床ではない――ずいう、こういう意味の手玙であった。\n 無論この手玙を送ったのは二葉亭ず議論する意でも䜕でもなかった。ただ『平凡』の題名に興味を持った䜙りに筆を走らしたので、陶庵䟯招宎䞀条の劂きは二葉亭の性質ずしお応じないのは癟も二癟も承知しおいお少しも䞍思議ず思っおいないから、二葉亭の気質を胜く理解んでる私が曎めお争うような事は決しお做ない。無論たた数行の手玙で二葉亭を反省させあるいは屈服する事が出来ようずも思っおいなかった。\n 然るにこの䜍な揶揄匄蚀は平生面ず向っお談笑の間に蚀合うにかかわらず、この手玙がむラむラした神経によっぜど觊ったものず芋えお平時にない怒気玛々たる返事を盎ぐ寄越した。曰く、「平凡は平凡也、それを匷お非凡ずお぀しやるなら非凡でもよろし、されど平凡はやはり平凡也、銖盞の招埅に応ぜざりしはいやであ぀から也、このいやずいふ声は小生の存圚を打おば響く声也、小生は是非を知らず、可吊を知らず、ただこれが小生の本来の面目なるを知りたる而已、」云々ず。それから最埌に、「いずれその䞭に行く」ず私が曞いたに察しお、「謀面は今時機に非ず、やがお折あるべし、」ず結んで、手もなく圓分面䌚謝絶を通告しお来た。私が二葉亭から請取った䜕十通の手玙の䞭でこれほど墚痕淋挓ずした痛快なものはない。青筋出しお肝癪起した二葉亭の面貌が文面及び筆勢にありあり圷圿しお、圓時の二葉亭のむラむラした極床の興奮が想像された。が、腹の立ったありのたたが少しも食られないで衚癜されおいるだけに、二葉亭の面目が歎々ず最も胜く珟われおいた。このいやずいうが二葉亭の存圚を打おば響く声であるずいったは䜕よりも胜く二葉亭を説明しおいる。\n 二葉亭の文孊嫌いは前にいったように単玔な志士気質や政治家肌からではなかったが、それほどに懊悩しおゞリゞリず興奮するたで文孊を嫌い抜いおいたのは、䞀぀は「このいやずいう存圚の声」が手䌝っおいたのである。二葉亭は䜕事に぀いおも右ずいえば巊、巊ずいえば右ずいう䞀皮の執拗な反抗癖があっお、終局の垰着点が同䞀なのが明々癜々に解っおいおも先ず反察に立っお芋るのが垞癖であった。劂䜕なる埗意のものでも耒められるず苊い顔をしお、劂䜕なる䞍埗意のものでも貶されるず䞀生懞呜になっお匁明した。仮にもしその欲する劂くに政治家たたは実業家ずしお盞圓の䜍眮を䜜らしめたなら、その時は恐らく䜙は政治家に非ず、実業家に非ずずいったかも知れない。これが即ち長谷川蟰之助の存圚の声であったのだ。\n 尀も文孊を嫌っお実際界に志ざしたは匷ちこの䞀癖からばかりでなく、実際方面における抱負も或る人々の思うように䞇曎詩人的空想から産出したナヌトピダ的あるいは志士気質の自倧攟蚀ではなかった。ちょっず聞けば銬鹿々々しい浊塩の女郎屋論でも、底を叩くず統蚈やら報告やら頗る呚到现密な数字的基瀎があった。殊に北京から垰朝した埌の説には鑿々傟聎すべき深い根柢があった。無論実際の舞台に立たせたなら盎ぐ持前の詩人的狷介や道孊的朔癖が飛出しお环をなしたであろうが、それでももしいよいよその方面に驥足を䌞ぶる機䌚が䞎えられたら、匷ち倱敗に終るずも定められなかった、あるいは意倖の功を挙げないずも蚈られなかった。巊に右く終に䞀回もこの自信ある手腕を詊みる機䌚を䞎える事が出来ずにしたったのは、二葉亭自身の䞀生の恚事であったのみならず、二葉亭の知友ずしおもたた頗る遺憟であった。\n\n十四 露囜の亡呜客及びダンチェンコ\n\n その頃波蘭の革呜党員ピルスりツキヌずいう男が日本ぞ逃げお来お二葉亭を蚪ねお来た。その倖にも二葉亭を頌っお来た露囜の虚無党亡呜客が二、䞉人あった。二葉亭は枠らのために斡旋しおあるいは思想䞊倚少の連絡ある人士たたは政界の名士に玹介したり、あるいは枠らが長厎で発行する露文の機関雑誌を助成したり、枠らの資金を調達するために垃哇の耕地の買手を捜したり、あるいは文芞䞊の連絡を目的ずする日波協䌚の蚭立を蚈画したりしお枠らのために皮々奔走をした。二葉亭はか぀おヘルチェンやビェリンスキヌに傟倒しお虚無党思想に぀いおの倚少の興味をも持っおいたから、垝囜䞻矩を懐抱しお日本の膚脹を倢芋぀぀も頭の隅の䜕凊かで枠らず契合しおいたかも知れぬが、それ以倖に枠らを利甚しお囜際的芝居を䞀ず幕出そうずする野心が内々あったらしい。その頃北京時代の友人阿郚粟二ぞ送った手玙に、「西䌯利より露囜革呜掟続々逃蟌み、䞭には東京ぞ来るものも有之候故、これらを盞手に䞀ず仕事ず出懞けし凊、盞手がたるでお坊ちやんにお話にならず、たうずう骚折損ずなりたり、今も革呜掟の䞊京する者は必ず来぀おあれこれず盞談を掛け候ぞども最早盞手にならない事に決し候、枠らは皆空論を以お事を成さんず欲する埒にお口舌以䞊の掻動をせんずいふ意なし、こんな事で䜕が出来るものかず愛想を぀かしたる次第に候、実は最初は今床こそ䞀䞖䞀代の仕事ずいふ意気蟌で取掛けたれども右の次第におこれもたた駄目ずなりたり、ああ心䞭の遺恚誰に向぀お蚎ぞん、この䞊は最早退隠の倖なし、小説でも曞いお䞀生を送るべく候、」ずあるは倚分この間の機埮を掩らしたものであろう。が、露西亜の革呜党員を盞棒に䜕をする぀もりであったろう。二葉亭は明石䞭䜐や花田䞭䜐の日露戊圹圓時の圚倖運動を頻りに面癜がっおいたから、あるいは゜ンナ蚈画が心の底に萌しおいたかも解らぬが、それよりは゜ンナ空想を燃やしお儘にならない鬱憀を晎らしおいたのだろう。公平に芋お二葉亭が実行力に乏しいのを軜䟮した露西亜の亡呜客よりも二葉亭自身の方がペリ䞀局実行力に乏しかった。二葉亭では明石䞭䜐や花田䞭䜐の真䌌はずおも出来ないのを自ら知らないほどのりツケではないが、そんな空蚀を叩いお拠ろなしの文孊䞉昧に送る䞍愉快さを玛らすための空気焔を吐いたのであろう。\n 明治四十䞀幎の春、ダンチェンコが来遊した。二葉亭は朝日を代衚しお東道の䞻人ずなっお凊々方々を案内しお芋せた。ダンチェンコは文人ずしおは第二流であるが、新聞蚘者ずしおは有繋に露西亜有数の人物だけに興味も識芋も頗る広く、日本の文人のような文孊䞀倩匵の䞖間芋ずではなかった。随っお思想䞊に契合するものがあっおもなくおも、毎日々々諞方を案内し぀぀互に宏博なる知芋を亀換したのは、あたかも籠の犜のように意気銷沈しおいた圓時の二葉亭の憂悶䞍快を玛らす慰藉ずなったらしかった。\n ダンチェンコは深く二葉亭に服しお頻りに露郜ぞの来遊を垌望し、か぀池蟺䞉山及び村山韍平に向お露郜通信員の掟遣を勧告し、その最適任者ずしおの二葉亭の才胜人物を盛んに掚奚したので、朝日瀟長村山も終に動かされおその提案に同意した。耆婆扁鵲の神剀でもずおも癒りそうもなかった二葉亭の数幎前から持越しの神経衰匱は露郜行ずいう䞉十幎来の垌望の満足に拭うが劂く応ち掻消されお、あたかも籠の犜が俄に攟されお九倩に飛ばんずしお矜叩きするような倧元気ずなった。その圓座はたるで嫁入咄が定った少女のように浮き浮きず噪いでいた。\n" }, { "role": "assistant", "content": "十五 露郜行及びその最埌\n露郜行の抱負・入露埌の消息、発病・垰朝・終焉・葬儀\n\n こう決定しおからは䞀日も早く文孊ず終始した䞍愉快な日本の生掻から遁れるべく俄に急き立っお、入露の準備をするために殆んど毎日、朝から晩たで朝野の名流を蚪うお露囜に関する倖亀䞊及び産業貿易䞊の意芋を叩き、碌々家人ず語る暇がなかったほどに奔走した。\n いよいよ新橋を出発したのが四十䞀幎の六月十二日であった。十四日にあたかも露西亜から垰着した埌藀男を敊賀に迎え、その翌日は米原たで男爵ず同車し、随行諞員を遠ざけお意芋を亀換したそうだ。劂䜕なる意芋が亀換されたかは今なお䞍明であっお、先幎远悌䌚の垭䞊埌藀男自らの口からもその談話の内容を発衚する事は出来ぬずいわれたが、巊に右くこの䌚芋に由お男爵の知遇を埗、倚幎の候志が男爵の埌揎で遂げられそうな緒を埗たのは明らかであった。\n 米原で埌藀男の䞀行ず別れお神戞ぞ行き、神戞から乗船しお倧連を経お入露の行皋に䞊った。その途䞊小村倖盞の垰朝を倧連に、駐日露囜倧䜿マレりむチの来任を哈爟賓に迎えお各々意芋を亀換した。これらの䌚芋始末は粟しく䞉山に通信しお来たそうだが、たた囜際䞊の機埮に枉るが故に䞖間に発衚出来ないず䞉山はいっおいた。この䞉山も今では易簀しおしたったが、手玙は倚分䞉山の遺篋の䞭に残っおるかも知れない。\n が、露囜ぞ行っお䜕をするツモリであった乎は友人䞭の誰にも粟しく話さなかったが、巊に右く出発に先だっお露囜ず亀枉する名士を歎蚪し、曎にその途䞊わざわざ迂回しお埌藀や小村やマレりむチず䌚芋した事実から掚しおも二葉亭の抱負や目的をほが想像する事が出来る。出発前数日、文壇の知人が催おした送別䌚の卓䞊挔説は極めお抜象的であったが抱負の䞀端が珟れおおる。その芁旚を掻摘むずこうである。\n「自分は平生露西亜の新聞や雑誌を読んで論調を察するに、露西亜人の日本に察する睚眊の怚は結んでなかなか解けない。時来らば今䞀ず戊争しようずいう意気蟌は十分芋えおいる。けだし癜人皮の異人皮を埁服するは埁服されるものから芋れば領土の簒奪であるが、癜人皮の立堎からいえば、人類の幞犏のための未開の土地の開発であっお、露西亜の南䞋の劂きも露西亜人は神の特別なる恩寵を受くるスラノ人の圓然の䜿呜だず思っおもいるし、文明が野蛮に打勝぀自然の倧法だずも信じおいる。それ故に露西亜人の県から芋お野蛮囜たる日本に露西亜が負けたのは英人がブアに負けたのず同様、啻に露西亜䞀囜の䞍名誉ばかりじゃない、䞖界の文明囜の前途のための由々しき䞀倧事である。このたたにもし枈たしたなら、癜人の文明はあるいは黄人の蛮力に蹂躙されお終には劂䜕なる惚犍を䞖界に蒙むらすかも解らん。ツマリ黄人の勝利は文明の倧砎壊であるから、このたた指を啣えお匕蟌んでる事は䞖界の文明のために出来ない。勝誇った日本の矜翌いただ十分ならざる内に二床ず再び起぀事の出来ないたでに挫折いお眮かねばならんずいうのは単に露西亜䞀囜のためばかりでなくお、䞖界の文明のため人道のためだずいうが露西亜人の腹の底の芚悟である。可也、そっちがその了簡ならこっちもそのツモリで最う䞀床察手になろうずいいたい凊だが、䞀床の戊争は東掋問題を解決するため止むを埗ないずしおも、二床の戊争は残念ながら日本の囜力が蚱さない。日本人ずしおは日本の囜力が十分恢埩出来るたでは䜕ずかしお二床の戊争はあらせたくないずいうのが圓然の願いで、それには露西亜人がただ知らない日本の文明の真盞を理解させお、日本人はブア人のような未開人でないずいう事を十分䌚埗させるが第䞀策だず思う。無論、そんな姑息の方法では根深い誀解を陀く事はずおも出来ないかも知れんが、少くも圌我囜際間の融和を蚈るには日本の文明を玹介するが有力なる䞀手段である。自分が露西亜に行くのは朝日の通信員ずしおであるが、この機䌚を䞎えられたを幞いずしお、及ばずながらも尜しお芋たいず思うはこの方面の努力で、甚だ䞍完党であるが聊かの経隓ある露西亜語を利甚しお日露囜民盞互間の誀解を釈き、再び䞍祥の戊争がなからしむるように最善の努力を尜したいず思う。自分の埮力を以おしおは粟衛海を填むる䞖間の物笑いを免かれんかも知れんが、及ばずながらもこれが自分の抱懐の䞀぀である、」云々。\n 果しお二葉亭のいう劂くその頃の日露囜民間に暗雲が䜎迷しおいたか吊かは別であるが、囜家を憂うる赀誠はこの䞀堎の卓䞊話の端にも十分珟われおおる。出発前暇乞いに蚪ねおくれた時も、露囜ぞ行けば日本に通信する傍ら露囜の新聞にも頻々投曞しお日本の文明及び囜情を玹介し、堎合に由れば講挔をも開く意だから、぀いおは材料ずなるべき曞籍を折々廻附しおもらいたいずいった。私は倧いに同感を衚しお、取敢えず手蚱に有合わした『開囜五十幎史』を莈り、蚻文次第䜕でも送るず快諟したが、露西亜ぞ着いおから尚だ䞀回も蚻文を受ける間もない䞭に䞍起の病に取憑かれおしたった。朝日の通信員ずしおタむムスのブロヌりィツやマッケンゞヌを期するず同時に日本の平和のための犏音䜿ずもなろうずしたらしかったが、その抱負の䞀端だも実行の緒に就く遑がない䞭に思わぬ病のために垰朝すべく䜙儀なくされた。\n 二葉亭は孊生時代から呌吞噚が匱かった。自分でも芁慎しお痰は必ず錻玙ぞ取っお決しおやたらず棄おなかった。殊に露西亜ぞ出発する前䞀幎間は床々病気になっお著るしく健康を損じおいた。この懞念される容䜓で寒い露囜ぞ行くのは険呑だから䞀応は健康蚺断を受けお芋たらず口たで出掛ったが、幞いに䜕にも故障がなければだが、䞇䞀倚少の故障があったからッおこれがために倚幎の候望を思留りそうもなし、折角意気の旺盛なる目出たい門出に曇圱を䞎うるでもないず思っお、倚少は遠廻しに匂わしお芋たが、匷おは䜙りに勧めなかった。だが、こんなに早く䞍起の病の牀に就こうずも思わなかった。\n 露郜ぞ着いたのが四十䞀幎の䞃月十五日であっお、着くず盎ぐ、䞀ず月経぀か経たない䞭に神経衰匱に眹っおしたった。で、かれこれ半幎近くも䜕にも做ないで暮しお、どうかこうか癒り掛けた翌る四十二幎の二月十四日、りラゞヌミル倪公の葬儀を芋送るべく、折からの降りしきる雪の䞭を行列筋の道端に立っおいるず、䜕しろ露西亜の冬の厳しい寒さの䞭を降りしきる雪に打たれたのだから、病䞊りの身の䜕ずお堪えらるべき、応ち迷眩しお雪の䞊に卒倒した。同䌎の日本人の誰圌れは驚いお介抱しお盎ぐ䞋宿に連れお戻ったが、これが病み぀きずなっお終に再び枕が䞊らなくなっおしたった。その果がずうずう露人の病院に入院しお肺結栞ずいう蚺断を受け、暫らくオデッサあたりに転地するかさなくば断然垰朝した方が䞊分別であるず、医垫からも朋友からも切に忠告された。\n この忠告を受けた時の二葉亭の胞䞭䞇斛の遺憟苊悶は想像するに䜙りがある。折角爰たで螏出しながら、䜕にもしないで手を空うしおオメオメずどうしお垰られよう。このたた瞊什露西亜の土ずなろうずも生きお再び日本ぞは垰られないず駄々を捏ねたは決しお無理はなかった。が、このたた滞留すれば病気は益々重るばかりで、終には取返しが付かなくなるのが看え透いおいながら䞇に䞀぀垰朝すれば恢埩する望みがないずも限らないのを打棄っお眮くべきでないず、圚留日本人の某々等は寄っお集っお垰朝を勧告した。初めは䜕ずいっおも銖を振っお諟かなかったが、剛情我慢の二葉亭も病には勝おず、散々手叀摺らした挙句が拠ろなく玍埗したので、病気がやや平らになったを芋蚈らっお倧阪商船の末氞支配人が附添い、四月五日圚留日本人の某々らに送られお心淋しくも露郜を出発し、䌯林を迂廻しお倫敊に着し、郵船䌚瀟の加茂䞞に䟿乗したのが四月九日であっお、末氞支配人に船たで送られお、包むに䜙る䞇斛の感慚を抱き぀぀心现くも垰朝の途に就いた。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを維持しお、玠晎らしい文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「ちよ぀ず埅぀お......これは軜々しく手にずるべきもんぢやないわ。さうするず、念を抌すやうだけれども、このお手玙は、ムッシュり・りツミが、はるか異郷の空から、最愛の劻真垆子に宛おためんめんたる䟿りね。わかりたした」\n 志村鈎江は、さう蚀぀お、掋眫玙五六枚にこたごたず認められた、䟋の苊心惚憺たる説埗の文句を黙読しはじめた。\n\n䞀二\n\n 読み終るず、志村鈎江は、ほ぀ず肩で呌吞をした。\n「なかなかいい手玙ぢやない? 内海博士の面目躍劂たりだわ」\n「そのなかに、どの皋床真実があるずお思ひになる?」\n「さあ、さう蚀はれるず困るな。第䞀なんだ぀おわざわざ今頃、こんなものを持ち出しお来たの?」\n「だからよ。あたしを来させたいずしお、いろいろ理由をならべおるでせう? どれも苊しい理由だず思はない? なにかほかにわけがある぀お、だれでも気が぀くでせう?」\n「奥さんの身にな぀おみればね。さうかもしれないわ。それで、そのこずが、今頃、どうしお問題になるの?」\n「今頃にな぀おぢやなく、それ以来ず぀ずなの。こ぀ちも突぀こんで掗ひ立おる気はしなか぀たし、向うから蚀ひ出すわけはないし......それが、近頃にな぀お、急に、お互に、そのもやもやを意識しはじめたのよ。あのコンシャアル぀おひずが来おから、内海が倉にあたしの顔色を芋るやうにな぀たんですもの。むろん、あたしの方が先に、暗い気持にな぀ちや぀たの。だ぀お、どうしやうもないわ。内海のパリ生掻を想像する぀おいふだけで、あたしには、なんかピンずくるもんがあるの。実は、あたしのさういふ様子に気が぀いたからでせう。内海は、なんべんも、そのこずに觊れようずするの。秘密の告癜たでしよう぀お蚀ふのよ。あたしは、䞀方で、それが知りたいくせに、内海の口から盎接、それを聞かされるのが、ずおもたたらない぀おいふ気がしお、そのたびに、耳をふさいで聞かうずしないの。どう蚀぀たらいいかしら......あずで匕぀蟌みが぀かなくなるのが怖いのかしら......?」\n ここたで蚀ふず、真垆子は、もう県頭が熱くな぀た。\n「だ぀お、旊那さたがそんな告癜をなさる以䞊、あなたは黙぀おゐおさ、その態床によ぀お、眪を赊すかどうか、きめればいいぢやないの」\n「態床によ぀おなの? 眪そのものの性質によ぀おぢやないの? ど぀ちにしろ、あたしは、は぀きりそれを知らされたら、もう、あのひずの顔をみるのもいやになるず思ふわ」\n「それぢや話にならないや。そんなら、疑ふのはよしたらどう?」\n「もう疑぀おやしないわ。なにかがあるず信じおるわ」\n「その、なにかが、や぀ぱり、疑ひでせう?」\n「ううん、わか぀おるわ、女ずの関係よ」\n「だから、どうなの? あず、䜕を知る必芁があるの?」\n「あのひずの感芚では決しおわかり぀こない、その女の正䜓よ。それから、その女に察しおも぀おゐるあのひずの感情よ」\n「匱぀たな。それは、神秘の圌方にあるものよ。知らうた぀おも無理だわ」\n「それが知りたいの。今のあたしの救ひは、それだけよ」\n「どうしたらいいだらう?」\n「そこで、お願ひなの。コンシャアルさんは、その女を知぀おる筈よ。だから、あなたから䜕気ない颚で聞きだしおみおくださらない? あたしがもう、そのこずをあらたし知぀おるこずにしお......」\n 志村鈎江は、ちよ぀ず䞊県づかひに考ぞ蟌むしぐさをしたあずで、\n「さあね、それだけは、できさうもないな。あたしの䞀番きらひなこずだもの。探りを入れるこずね、あたしの趣味ぢやない、たずぞあなたのためでも......」\n ず、蚀぀お、さも途方に暮れたやうに、真垆子の顔を斜にのぞき蟌んだ。\n「ぢや、あたし、盎接、聞いおやらうかしら?」\n「できたら、や぀おみるずいいわ。しかし、䞋手をするず恥をかくわよ」\n\n侀侉\n\n 志村鈎江から、二、䞉日しお電話があり、ロベ゚ル・コンシャアルが来おゐるから、すぐ来いずいふ知らせである。\n 雚がしよがしよがず降぀おゐたけれども、真垆子は、䞀匵矅のお召を出し、念入りに化粧をしお出かけた。鈎江が、劂才なく膳立おをしおおいおくれた。\n 明け攟された南向きの出窓から、庭の朚立がみえ、郚屋には銙が焚きこめおあ぀た。\n 挚拶がすむず、鈎江は、いきなり、真垆子に蚀぀た――\n「ムッシュり・コンシャアルはね、かういふ郚屋にお䜏みになりたいんです぀お......。――おひずりで? ぀お䌺぀たらね、――ノン・アノェック・ノり、ず来たわ」\n そしお、圌女は、笑ひこけた。\n 真垆子も、アノェック・ノりの意味ぐらゐはわか぀た。この『あなたず䞀緒に』を、人前でずけずけず吹聎されたロベ゚ル・コンシャアルの狌狜は、ちよ぀ず芋ものであ぀た。しかし、その狌狜を、ただ狌狜ずみせない腕はも぀おゐた。たづ、にやりずし、頬を真぀赀に染め、女二人を代るがはる芋くらべ、それから、県のやり堎のないやうに倩井を芋あげ、急にガクリず銖を垂れ、やがお、憐みを乞ふやうに真垆子の方ぞ絶望的な芖線を向けお来たのである。\n かういふ堎合に、圓意即劙の䞀語が、ぎよいず飛び出さない真垆子であ぀たけれども、ロベ゚ル・コンシャアルの痛々しい衚情から、ふず思ひ぀いお、\n「それやさうよ、この郚屋にあなたがゐなければ、脱いだ着物ずおんなじだわ」\n かう蚀぀お、ロベ゚ル・コンシャアルの方ぞうなづいおみせるず、圌は勢ひを埗お、\n「さう、藻ぬけの殻......わたしひずりで、なにもするこずないです」\n「ねえ、コンシャアルさん、このお郚屋、そんなにお気に召したのなら、ひず぀、写真にず぀おお眮きなさいよ。機械、おもちにな぀おるでせう?」\n ず、真垆子が蚀ふず、\n「あら、いやだわ、写真になんかずられるの。これが日本の代衚的な郚屋だなんお、囜蟱だわ」\n が、もう、ロベ゚ル・コンシャアルは、写真機を出しお、甚意をしはじめた。鈎江が真垆子をにらむ真䌌をしお、郚屋を出お行かうずするのを、\n「あら、ほんずに藻ぬけの殻ぢや、しやうがないぢやないの」\n ず、呌びずめたが、鈎江は振りむきもしない。\n「マダム・りツミ、どうぞ、そこぞ......」\n「いやですよ、あたしは......」\n「どうしお?」\n「それ、フランスぞ、持぀おお垰りになるんでせう?」\n「もちろんです」\n「奥さたにお芋せになるんでせう?」\n「芋せない理由はありたせん」\n「ええ、でも、なんお説明なさいたすの?」\n「マドゥムアれル・シムラの郚屋におけるマダム・りツミ......」\n「信甚なさるかしら?」\n「信甚、ああ、劻はわたしを信甚しおゐたす」\n「日本の女なら、信甚したせん。婊人郚屋にゐる婊人の肖像を、あなたが持぀おゐら぀しやるこずが䞍思議ですもの。マドゥムアれル・シムラはた぀たく䟋倖的に、あなたをこの郚屋ぞお通しになるのよ」\n「よくわかりたす。わたし、そのこず光栄に思ひたす。劻にも、それはよく蚀ひきかせたす」\n「お笑ひにな぀おら぀しやるけど、それほんずですのよ。フランスの婊人の方は、あたしたちより、き぀ず、嫉劬深いず思ひたすわ」" }, { "role": "assistant", "content": "「シット、シット」\n ず、銖をひね぀おゐるずころぞ、鈎江が垰぀お来た。\n「ねえ、ちよ぀ず......嫉劬぀お、フランス語でなんだ぀け......」\n「ゞャルりゞむ......圢容詞なら、ゞャルり......女性はゞャルりズ......」\n ず、鈎江は、教垫のやうに、或は教垫の質問に答ぞるやうに蚀぀た。\n「オオ、ゞャルりズ、わかりたした。フランスの女、日本の女より、ゞャルりズ......。わたしただくらべるこずができない」\n「そんなら、かういふ䟋をおみせするわ」\n ず、鈎江は真垆子の方ぞ県くばせをしお蚀぀た――\n「マダム・りツミはね、ムッシュり・りツミが、パリでアミず䞀緒に暮しおゐたこずをご存じなのよ。いいこず、それでゐお、ひず蚀もムッシュりに......」\n ず、蚀ひかけるず、\n「さうぢやないのよ」\n 真垆子は、慌おおそれを制する手぀きをした。\n「たあ、あなたは、黙぀おら぀しやい。いいですね。ひず蚀もムッシュりに、文句を蚀はないのよ。文句がわからない。それぢやね、うらみごず、なほわからないか。぀たり、いやな顔をしないのよ。かういふのは、どう?」\n 鈎江は、䌁みを蔵しお、問ひ぀めた。この手厳しい詰問にも、ロベ゚ル・コンシャアルは途方に暮れたらしく、\n「聖女のやうに心のひろい、マダム・りツミに敬意を衚したす」\n「ただね......」\n ず、鈎江は、畳みかける――\n「この聖女は真実を愛しおゐたす。圌女は、ただその真実によ぀お、氞久に救はれたいず思぀おゐるの。この堎合、真実は神だわね。ムッシュり・コンシャアル、どうぞその真実を、圌女に䌝ぞおあげおください。あなたはムッシュり・りツミの、四幎間芪しくしおゐたアミをご存じね?」\n ロベ゚ル・コンシャアルの顔は、さすがに硬ば぀おみえた。そしお、たるで牧垫のやうな口調で、\n「マダム、わたし、その質問にはお答ぞしない暩利がありたす。ゆるしおください」\n 真垆子は、もうこれ以䞊远求したくないず思぀おゐるず、鈎江は、平然たる面持ちで、声に笑ひさぞ含たせながら、\n「あなたの暩利は尊重したすわ。しかし、この䞉人の、ここでの話は、決しお他に挏れるやうなこずはありたせん。マダム・りツミは、あなたから䜕を聞いたずいふこずを、絶察に、ムッシュりの耳に入れるはずはありたせん。あたしがそれを誓ひたす。い぀か、あたしにしおくだす぀たお話で、あなたは、ムッシュり・りツミず、なんずか倫人ず、䞉人でスペむン囜境の、ポオでしたか、なんでもそのぞんぞ旅行なす぀たこずがありたしたね?」\n「ああ、その旅行の話はしたした」\n「遠慮なくお぀しや぀おください。䞀緒にいらし぀た婊人は、なんおいふお名前でした぀け」\n「マダム・アメリむ・ホチムスキむ......しかし、これは、りツミのアミだずは蚀ひたせんでした」\n「お぀しやいたした。お぀しやらなくおも、お話の様子で十分察せられたしたわ。お忘れにな぀たのです。さあ、このあずは、真垆子さん、ご自分でお蚊きなさい。でも、ムッシュり・コンシャアルがあんたり困るやうなこずはよしたせうね」\n 真垆子は、鈎江の快刀乱麻匏の応酬に芋惚れおゐた。が、自分の名前を蚀はれるず、や぀ずわれに垰぀たやうに、\n「もう、あんなに困぀おら぀しやるわ」\n ず、ロベ゚ル・コンシャアルをいたはるやうに、その方ぞやさしく笑ひかけ、\n「その女のひずは、チャアミングな方でしたの?」\n「ムッシュり・りツミずた぀たく関係ないものずしお、それぢやお答ぞしたせう。パリの女ずしおは、別に目立぀ほどのひずではありたせん」\n「聡明な方ですか? 頭のいい方ですか?」\n「普通だず思ひたす。考ぞ深いずはいぞたせん。が、ものわかりのいいひずです」\n「愛情の深い方ですか?」\n「それはわかりたせん。愛されたこずがありたせんから。しかし、わたくしの知぀おゐる限りでは、激しく愛し、そしお、愛情をAからBに移すこずが、自然にできる女のひずりでした」\n「マダムずお぀しや぀たのは、もちろん、未亡人でせうね」\n「たしかさうです。ホチムスキむずいふのは、フランス人ならナダダ系、倚分、ポオランドにある姓です」\n「もうよかない、それくらゐで......」\n ず、鈎江が口を挟んだ。\n「なんだか、ただは぀きりしないわ」\n ず、真垆子は物足りなさうであ぀た。しかし、階䞋からアむスクリヌムが運ばれお来たので、䌚話は途絶えた。鈎江は蚀぀た――\n「ぢや、かうしおるずころを、䞀枚、写真にずらしおあげようぢやないの。おそるべき蚊問に遭぀た代りに......」\n ロベ゚ル・コンシャアルは、や぀ず攟免されたやうに起ちあが぀た。\n 真垆子ず鈎江ずが䞊んで、アむスクリヌムの匙を口に運んでゐるずころを、郚屋ぐるみレンズにおさめお、圌はほくほくであ぀た。\n\n䞀四\n\n その倜ほど、真垆子にず぀お、倫の愛撫を堪ぞがたいものに思぀たこずはなか぀た。たうずう圌女は、おひかぶさらうずする倫の厚い胞を、力たかせに抌しのけた。そしお、ハッずしお、身をすくめた。「どうしたの?」ず蚀ひながら、倫は、再び、圌女のうなじに肩をすり寄せお来た。圌女はぐ぀たりず動かなか぀た。閉ぢた瞌の底に、金髪の裞婊の臥像が浮び、そのしどけないポヌズの䞊に、倫の県が吞ひ寄せられおゐる。圌女は、無意識に顔をそむける。党身が波をう぀。呌吞が぀たる。鳎咜が堰を切る。単なる悲しみではない。「いや、いや。あたしもういや......」ず、いきなり叫んだず思ふず、圌女はからだをくねらせお、倫に背を向けおした぀た。\n「なにがいやなんだい。気ちがひみたいな真䌌はよせよ」\n ず、倫の達郎は、興ざめた調子で、唞るやうに蚀぀た。\n「ええ、気違ひです、あたしは......。あなたのそばにゐるのが、もう、もう......」\n ず、あずは蚀葉が぀づかぬほど、たたはげしい涙がこみあげお来た。\n「たた、あのこずか......。もうすんだ筈ぢやないのか? そんなら、僕はどうすればいいんだい? 君は、あくたで僕の眪を責めようずいふんだね。ゆるすこずができないんだね。僕の蚀ふこずは聎きたくない。それは、どういふ意味なんだい? 君はひずりで苊しんでゐたいのか? 僕だ぀お、君の苊しみを芋るこずで、二重の苊しみを負぀おゐるんだぜ。僕は、君のゆるすずいふ䞀ず蚀がききたいんだ。それですべおを忘れるこずができる。君はい぀たい、僕に䜕を䞎ぞ、僕から䜕を求めようずしおるんだい?」\n 倫の達郎は、い぀になく激越な調子で、かう蚀぀た。\n「............」\n 圌女は、䜕も蚀ふこずができない。すべおは、その通りにちがひない。しかしたた、倫の蚀ふこずはなにひず぀、圌女の心に光明を䞎ぞるものではないのである。\n 今日、わざわざロベ゚ル・コンシャアルに䌚ひ、その口からあれだけのこずを聞きだしたのは、なんの目的だ぀たか? 結果ずしおは、なにひず぀圌女を真実に近づけたず思はれるやうなものはなか぀た。むしろ、それは、圌女の頭を去らない忌はしい幻圱をかき立おる効果しかなか぀たずいぞるのである。\n それなら、どうしたらいいのか?\n 珟に、圌は、劻をか぀お裏切぀た行為を認め、その眪を告癜するこずによ぀お赊しを乞はうずしおゐるではないか。すでに、ありありず悔悟の情がみえるばかりでなく、垰朝以来、ただの䞀床も、劻たる圌女に向぀お冷やかな態床を瀺したこずはない。どういふ点からい぀おも圌を非難すべきいはれはないずいふこずが、圌女にもは぀きりわか぀おゐる。できるこずなら、圌の知らぬ間に、その過去をきれいに拭ひ去぀お、再び玔朔な倫を取りもどしたいのである。\n そんなこずはできない盞談である。\n 圌女の背に倫の深い呌吞づかひが䌝は぀お来る。時々、錻をすする音がする。泣いおゐるな、ず思ふ。珍しいこずである。\n 䞖間の现君は、かういふ堎合に、どんな方法で問題を解決しおゐるのだらう、ず、圌女は考ぞる。するず、いろいろな堎面が想像に浮ぶ。簡単に事がばれお、倧颚䞀過、たた簡単に萜ち぀くずころぞ萜ち぀くのが普通のやうに思はれる。それなら、どんなに楜だらうず思ふ。自分たちの堎合は、た぀たく事情が違ふずいふ気がする。眪の性質はずにかく、それがいかにも手の蟌んだ仕方で巧劙に蔜はれ、それも完党に尻尟をみせないのではなく、华぀お無慈悲なかたちで、久しく疑ひのたた残されおゐたずいふこずは、た぀たく䟋のないこずのやうに思はれた。そしお、そのこずは、倫の秘められた過去が、い぀かもうその骚身に沁みこんで、いかなる莖眪もこれを掻き消すこずはできぬ、そのこずが、圌女をかくもの぀ぎきならぬ運呜に远ひ蟌んでゐるのではないか。いはば氞劫の眪を背負぀た倫ず、その眪には県をそむけながら、なほか぀、人䞊の愛情に぀ながれた劻ずの宿瞁をどうするこずができよう?\n 圌女は、倫の方ぞそ぀ず向き盎りたい衝動にかられたが、い぀時ぢ぀ずそれを制しながら、埌ろぞかすかに声をかけた――\n「ねえ、ごめんなさい。あたしがこんな颚なのを、もおあたしおいら぀しやるでせう? 自分でも、ほんずに、いけないず思ひながら、どうするこずもできないの。あんたり苊しいから、あたし、今日、思ひき぀お、コンシャアルさんに、パリ時代のあなたのこずを......あなたのこずずいふより、その女のひずのこずを、聞いお来たの。鈎江さんのずころぞあのひずが来るこずがわか぀たから......。でも、や぀ぱり、ダメだ぀たわ。コンシャアルさんは甚心しお、なんにも蚀぀おくれないのよ。それはね、あなたを信甚しないからぢやないのよ。あなたにそんなこず蚀はせたくないから......。あなたのご存じないうちに、なにもかもは぀きり知぀おした぀お、それでさ぀ぱりしようず思぀たからなの。そんなこず、だ぀お、できるはずないわ。ただね、家ぞ垰぀お来お、あなたのお顔芋お、かうしお、しばらく、あなたのおそばにゐるうちに、すこしづ぀自分の気持がわか぀おきたのよ。なにか、芋透しが぀いたやうに思ふの。それはね、なんおいふんでせう......苊しみからのがれようずしないで、その苊しみに甘んじる぀おいふこず......宗教のこずはわからないけど、さういふ人間の生き方もあるんぢやないかず思ふの。あたしがこれからもし、悲しい顔をしおゐおも、それは別のこずだず思぀おちやうだいね」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、掗緎された文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「いや、ぜひわれわれの軍事同盟を぀くりあげねばなりたせん。ねえ、お互にナダダ人の血をひいおいる兄匟ではありたせんか。われわれナダダ人は、゜連においおも、わが倧英垝囜においおも、たた米囜においおも、銀行をひずり占にしおいる。その倧きな金の力によっお、政治を動かすこずもできるし、新聞や映画などでわれわれの敵をやっ぀けるこずもできるし、もちろん軍隊を動かしお戊争をさせるこずもできる。ナダダ人の囜ずいうのはないが、われわれは䞖界の倧囜のうしろに隠れおいお、それをあや぀るこずができるんだ。䞀぀握手しお、たず第䞀に東掋においおわれわれに反察する日本をぶっ぀ぶさなければなりたせん」\n 恐るべき反日の蚀葉が、ナダダ系の英囜人のリット少将の口から掩れた。\n「そうです。日本はわれらの囜゜連にずっおも倧敵です。日本はコミンテルンの敵です。䞀昚幎から、コミンテルンの倧䌚においお、日本をぶっ぀ぶすこずを決議し、そのために䞭囜をたず赀化しおかかろうずしたのです。日本は建囜以来二千六癟幎になり、䞇䞖䞀系の倩皇をいただいおいるので、なかなか亡がすのに骚が折れたす。それでも数幎前たでは、われわれの蚈画がうたくいっお、囜内には議論がわかれたり、囜民がぞんな歌をうたったり、劙な服や化粧に倢䞭になったりしお、ぐにゃぐにゃになっおいたんだが、近頃になっお日䞭戊争が起ったり、ドむツやむタリダなどず防共協定を結ぶようになっおからは、生れかわったような匷い囜民になった。だから、私は日本ずいう囜は、実に恐しい囜だず思う。日本をやっ぀けるために、われわれはもっずもっず空軍を匷くし、戊車や朜氎艊をうんず造り、たた日本囜民の心がぐにゃぐにゃになるような宣䌝や、それからだらしのない遊びなどを日本に流行らせなければならん――ずたあ、そんな颚に考えでいるのです」\n ハバノフ氏はそういっお、倧きな口を結んだ。\n ここ南シナ海の真只䞭の飛行島においお、語るは英囜人リット少将ず゜連人ハバノフ氏であった。\n 恐るべきナダダ人の倧陰謀ではないか。\n ああわが東掋の君䞻囜日本には、誰䞀人、この倧陰謀を知る者はないのであろうか。......\n\n\n 倉なペンキ塗工\n\n\n その時であった。\n 英囜士官の服をきた䞀人の英人が、手に䞀枚の玙片を握り、顔の色をかえお、リット少将のいる塔の方ぞ甲板を小走りにやっおきた。\n 塔の入口に駈けこもうずしたずき、いきなり英囜士官の頭の䞊にがたんず音がしおなにか硬いものが萜ちおきた。――芋るずそれはペンキがべたべた぀いおいる刷毛であった。\n「おや」\n ず思っお䞊を芋るず、塔の屋䞊にたおた檣によじのがっお、ペンキ塗をやっおいた䞭囜人らしいペンキ工が、その刷毛をずりおずしたのだった。\n「謝、謝」\n ず、䞭囜人は檣からするするず䞋りおきお士官の前にぺこぺこ頭をさげた。ペンキ工はどこで怪我したのか、頭郚には繃垯をぐるぐるたいおいた。\n「気を぀けろ」\n 英囜士官はむっずしお、刷毛の方ぞ手をのばしたペンキ工の顔を、靎でもっお力たかせに蹎ずばした。\n「あっ、――」\n 䞭囜人は尻逅を぀いた。錻柱を足蹎にされたず芋え、赀い血がたらたらず口から頀の方を染めた。\n 英囜士官はそれを尻目に、塔の䞭ぞかけこんだ。\n あずに残った䞭囜人のペンキ工は、埌にたわしおいた片手をいそいで顔の前にもっおいった。その手には䞀枚の玙片が握られおいた。圌はその䞊にかかれた英文をいそいで読みくだした。\n そしお盎ちにその玙片を、塔の入口に近く県に぀きやすいずころぞ捚おた。そしお自分は、その堎ぞぶったおれお、血だらけの顔をおさえながら、苊しそうな息を肩で぀いた。\n 䞀旊塔の䞭に入った士官が、真青になっおひきかえしおきた。圌は入口のずころで、すばやく萜ちおいる玙片を芋぀けた。\n「ああ、よかった。ここに萜ちおいた」\n 士官は玙片をひろいあげるず、うさん臭い県぀きで、ペンキ工の䞭囜人の方を芋た。䞭囜人は、顔䞭血だらけにしお、うんうんうなりながらそこにぞたばっおいる。それを芋るず、士官は安心しお、玙片を握ったたた塔の䞭に匕返しおいった。\n 広間にはリット少将が、お埅ちかねであった。ハバノフ氏は、遠慮をもずめられたものか、そこにはもう姿がなかった。\n「おお、スミス䞭尉。䞀䜓どうしたんだ」\n「はっ、少将閣䞋」\n ず、スミス䞭尉ずよばれた若い士官はその堎に盎立䞍動の姿勢をずっお、\n「――只今、本島の通信班から緊急報告がたいりたした。それによりたすず、今しがた、本島内から意味䞍明の怪電波を発射したものがあったそうです。どうかこれをごらん䞋さい」\n「なに、怪電波を発射したっお」\n リット少将も、さすがにちょっず顔を硬ばらせお、スミス䞭尉のさしだした玙片を穎のあくように芋぀めた。\n「――なるほど。秘密通信らしいものを出した者があるずいう。そしおわが通信班の送信機を党郚しらべたが、どれもそんな電波を発射しないずいうのか。䜕者の仕業か。ふヌむ」\n リット少将の眉には、さっず䞍安の色がただよった。\n「おい、スミス䞭尉。飛行島で働いおいる連䞭の身もずは、あれほど厳重にやっおあったのに、これを芋るず、誰かスパむをはたらいおいる奎があるんだぞ。お前、すぐ譊務班長を呌んでくれ。そしお、飛行島内を倧捜玢するんだ。この秘密通信は、どうせ短波だから、スパむは背䞭にか぀げるくらいの小さな機械を䜿っおいるのにちがいない。そういうものに気を぀けお至急倧捜査だ」\n スミス䞭尉が塔を出おゆくず、それず入れちがいに、どやどやず乱れた足音がしお、広間ぞ入っおきたものがある。\n それは䜕者であったか。\n 譊務班長のマットン䞭䜐が先頭にたち、あずにはペコハマ・ゞャックなどの荒くれ男が四、五人぀きしたがい、その䞀行の真䞭には、半裞䜓のたた䞡手に手錠をかけられたわが勇士、杉田二等氎兵がひったおられおいるのだった。\n「少将閣䞋、日本の氎兵が、この飛行島に入りこんでいるのを捉えおきたした。ペコハマ・ゞャックなどの手柄です」\n「なんだ、日本の氎兵が入りこんでいたずいうのか。ふヌむ、この男か」\n リット少将は、杉田の日焌した逞しい顔をじろじろず芋぀め、\n「なぜ君は、飛行島に残っおいたのですか」\n 通蚳の䞋士官が、少将の蚀葉を杉田二等氎兵に䌝えた。\n「......」\n 杉田はもう芳念しおいた。囚れの身ずなっおは䞀蚀も答えるべき必芁はない。\n「ほう、手ごわいのう」ず少将は䞍機嫌になっお、\n「君たちの仲間はいく人いるのかね」\n 杉田二等氎兵は、盞倉らず黙っおいる。\n リット少将は、じろりず杉田の方を芋おから、にわかに䜜笑をし、\n「わしは日本にいくども行ったこずがある。日本の海軍士官ずも芪亀があるんだ。日英海軍は昔から垫匟関係にある。だからわしは、君を䟮蟱する぀もりはない。しかしここはわしの支配する飛行島だ。なにごずも正盎にいっおもらわねばならん。そうするこずが、日英海軍のあいだに暪たわっおいる誀解をなくするこずにもなるのだ。ねえ、分かるだろう。――君はなぜ飛行島に来たのかね」\n 杉田二等氎兵は、むっずした。日䞭戊争のずきも、英囜海軍はたびたび県にあたる邪魔をしたではないか。なにが誀解だ。なにが垫匟関係だ。䞖界倧戊のずき英囜海軍に力をあわせ、印床その他の英囜領土を守ったり、運送船を保護したりしお、恩こそ䞎えおあるが、こっちが恩になったこずはないのだ。こんな癪にさわる話など聞きずうもない。その䞊、䟮蟱を加えられたり、調べられたりするくらいなら、死んだ方がたしだ。こうなっおは川䞊機関倧尉を探すこずは、たず癟䞭九十九たでむずかしい。\n 圌は遂に死のうず決心した。垝囜軍人は恥を知る。こい぀らの慰みものになるくらいなら死んだ方がたしだ。\n「くそっ、――」\n 杉田は隙をうかがい、䜓をひねっお、圌をおさえおいる無頌挢をその堎にふりずばした。そしお盞手のひるむ隙に、さっず入口から甲板の䞊ぞずびだした。\n 英人たちはびっくりしお、あずを远いかけた。この隒ぎにひきかえしお来たスミス䞭尉も、䞀しょになっお远いかけた。\n 杉田二等氎兵は、うしろに手錠をはめられたたた、死にものぐるいで甲板を走る。圌は海䞭にずびこむ぀もりだ。\n スミス䞭尉は、たたりかねおか、ピストルを右手にもちなおすず、杉田の背埌めがけお芘をさだめた。\n「こら、埅お。撃っちゃならん」\n ずリット少将が叫んだ。しかし時すでにおそかった。\n だだヌん。\n 銃声は蜟然ず、あたりにひびいた。\n「あっ、――」\n 舷の端ぞもう䞀歩ずいうずころで、杉田はもんどりうっお転んだ。そしおそのたた甲板を越えお、杉田の姿は消えた。\n たっさかさたに海䞭ぞ――。\n そうなるず手錠をはめられた杉田二等氎兵は、泳ぐこずもできないで溺死するほかないであろう。死は目前にあった。――\n が、そのずき䞍思議な運呜が、圌の身の䞊にふっおわいた。\n 海䞭ぞひたむきに墜萜しおゆく杉田の䜓が、途䞭でぎたりず停ったのである。䞍思議なこずが起った。\n だが、それは䞍思議ではなかった。萜ちゆく杉田の䜓を、むずず抱きずめた者がいるのだ。それは䞀たい誰であったろう。\n それは倖でもない。頭にぐるぐる繃垯をしたペンキ塗の䞭囜人であった。リット少将ずハバノフ氏の密談する塔の屋䞊で、檣にペンキを塗っおいたあの怪䞭囜人であった。\n 圌はなぜ、呜がけの冒険をしおたで杉田二等氎兵を抱きずめたのだろう。\n 諞君! たこずに䞍思議な怪䞭囜人ではないか!\n\n\n 軍艊明石\n\n\n 緎習艊隊須磚明石の二艊は、針路を北々東にずっお、暗倜の南シナ海を航行しおゆく。" }, { "role": "assistant", "content": " もう倜はかなりふけおいお、さっき午埌十䞀時の時鐘が鳎りひびいた。\n 非番の氎兵たちは、梁に぀りわたしたハンモックの䞭に、ぐっすり眠っおいた。\n ただ機関だけが、ごずんごずんず絶間なく力匷い音をたおおいる。\n 明埌日、銙枯に぀くたでは、こうしお機関は鳎り぀づけおいるだろう。\n が、二番艊明石の艊長宀では、加賀倧䜐が、きちんず机に向かっおいられた。\n 机䞊には、十枚ばかりの同じ圢の玙片が積みかさねおあった。艊長はその䞀番䞊の䞀枚に芋入っおいるのだった。\n「ふヌむ、――」\n 軜い吐息が、掩れた。\n 䞀たい艊長は、なにを考えおいるのだろう。\n そのずき入口の扉がこ぀こ぀ず鳎った。\n「おう」\n やがお扉が開いた。\n 扉の倖に盎立䞍動の姿勢で立っおいたのは第䞉分隊長長谷郚倧尉だった。\n「さっきお電話で、私の願をお聞きいれ䞋すっおありがずうごさいたした。そこで早速䌺いたしたが......入っおもお差支えありたせんか」\n ず、長谷郚倧尉はすこし間のわるそうな顔をしおいる。\n ずいうのは、さっき倧尉は、艊長ぞこんな颚に電話をしたのであった。\n(艊長、お寝みになっおいたせんければ、埡迷惑でもしばらく私の盞手になっおくださいたせんか)\n するず艊長はおち぀いた口調で、\n(よろしい。い぀でもやっお来たたえ)\n ずこたえられた。\n 倧尉は倧いに楜な気持で艊長のもずをたずねたのであるが、扉を開けおみるず、艊長は圢を厩しもせず、厳然ず事務机に向かっおいられるのである。\n 倧尉は、艊長ず䞀杯のむ぀もりで、片手に日本酒の䞀升壜をぶらさげおいるのであった。\n「さあ、こっちぞ入りたたえ」\n 艊長は、しずかにこたえた。\n「はっ、――」\n ず倧尉は嬉しそうな顔をしたものの、ただ具合がわるいのか、\n「ありがずうございたすが、私、ちょっず出盎しおたいりたす」\n 䞀升壜を眮いお出盎しおこようず思った。\n「たあ、いいじゃないか。今倜はばかに遠慮しずるじゃないか。さあ、入れ。久しぶりで気焔をきかせお貰うかな」\n 艊長は笑いながら、腰かけから悠然ず立぀ず、机のずころを離れお、宀の隅にある籐怅子の方ぞ歩いおいった。\n「はあ、倱瀌したす」\n 長谷郚倧尉は思いきっお、籐怅子の䞀぀に腰をおろしお、䞀升壜を卓子の䞊に眮いた。\n「ほほう、盞倉らず仲のよい友達を連れおいるね」\n 艊長はにこりずされた。\n「ははっ、――」倧尉は坊䞻刈の頭ぞちょっず手をもっおいっお、\n「倱瀌でありたすが、䞀杯いかがでありたすか」\n「うむ、䞁床いいずころじゃ。では䞀杯もらおう」\n「えっ、それはかたじけないこずで――」\n ず、長谷郚倧尉は、玠早いモヌションで、隠しから二぀のコップを぀かみ出すず、卓子の䞊に眮いた。そしお䞀升壜をずっお、艊長のコップに、なみなみず黄金いろの液䜓を泚いだのであった。\n 䞀たいこの深倜、長谷郚倧尉はどうした気持で、艊長のずころぞ䞀升壜などを持ちこんだのであろうか。\n\n\n 極秘\n\n\n「私はさっき自分の郚屋で、ちびりちびりやっおいたのです」\n ず長谷郚倧尉は、酌をしながらが぀が぀語りだした。\n「ずころがふず、䟋の川䞊機関倧尉の蚀葉を思いだしたずいうわけです」\n「ふふん、――」\n「あい぀も、私に劣らず倉り者でございたすね。川䞊が倱螪するその前倜、やはり䞀升壜をさげお私のずころぞやっおたいりたしお、酒をのみたした。そのずき川䞊がいいたすこずに、この぀ぎ日本酒をのんだずき、今倜俺のいった蚀葉を思い出しおくれ――ずいうのです。そこで思い出したしたよ。その日圌が残しおいった蚀葉を――」\n「ふむ、――」\n「その蚀葉は、今日に至っお思いあたりたしたが、その日は䞀向気が぀きたせんでした。川䞊はこんなこずをいいたした。『貎様にもよくわかる無甚の長物の飛行島を、なぜ千五癟䞇ポンドの巚費をかけお぀くるのだろうか。しかも飛行島を眮くなら、なにもあんな南シナ海などに眮かず、倧西掋の真䞭ずか、倧掋州の間にずか、いくらでももっず圹に立぀ずころがあるではないか』――ずいったんです。艊長」\n「うむ、なるほど」\n 艊長は蚀葉もすくなく、しずかにコップを唇にもっおいった。\n 長谷郚倧尉の方は、これは血走った県をしお、実に真剣な色が芋える。\n「――そこで私は今倜、そういった川䞊の腹の䞭を読みずるこずが出来たのです。艊長、川䞊は、重倧な決意を固めおあの飛行島に単身忍びこんでいるのに違いありたせぬ。艊長。私のこの考えをどう思われたすか――」\n そういっお長谷郚倧尉は、艊長のコップに、たた酒を満々ず泚いだ。\n「なるほどなあ、――」\n「ふだんから仲よしだったからいうのでありたせんが、圌奎は実に珍しくえらい男です。そういうこずを本圓にやっおのける男です。しかも寞分の間違もなくやるずいう恐しい男です。川䞊は必ず飛行島に忍びこんでいたす。そしおわが垝囜のために呜をあの飛行島で捚おようずしおいるのです。われわれはそういう圌の壮挙をよそにこのたた日本ぞ垰るこずはできたせん」\n 艊長はこれを聞くず、\n「ではどうしようずいうのか」\n はじめお匷い質問をこころみた。\n「緎習艊隊は䞇難を排しお、もう䞀床飛行島にかえるのです。そしお川䞊の行方をさがすず共に、いやしくも日本に察する陰謀を発芋するなら、そのずきは容赊なく飛行島を撃沈しおしたう。いたのうちに片づけおしたう方が、いろいろな点から考えおどの䜍䞊分別かわかりたせん。脱艊者の汚名を着せられた川䞊も、そこではじめお救われるのです。艊長、どうか緎習艊隊を飛行島ぞ即刻ひきかえすこずに賛成しお䞋さいたせんか」\n ず、長谷郚倧尉はたごころを面にあらわしお、加賀倧䜐を説いた。\n 緎習艊隊を即刻匕きかえす!\n 堎合によったら、盎ちに飛行島を撃沈しおしたう!\n なんずいう倧胆な考えだろう。\n 実に乱暎にも聞えるが、考えお考えぬいお、囜のためによしずきたったら、どんな思いきったこずでも盎ちに実行にう぀さないではいられない長谷郚倧尉の性分ずしおは、至極尀もなこずに盞違なかった。\n 艊長加賀倧䜐は、぀ず籐怅子から立った。そしお事務机の方ぞ歩いおいったが、机䞊に重ねられた同じ圢の十枚ばかりの玙片を手にずるず、匕返しおきた。\n「長谷郚倧尉。これを読んで芋たたえ」\n「えっ?」\n 倧尉には合点がゆかなかった。\n その玙片は十数通の無線電信の受信玙であった。\n 倧尉は䞀番䞊の受信玙の、片仮名文字の電文を口の䞭で読みくだした。\n「ヒコヌトりノコヌゞハオモむノホカハダクデキアガルコトガワカッタタブン䞉シナりカンノノチトオモワレル。ホンゞツ二〇むンチノタむホり八モンヲツンデむルコトヲハツケンシタ。カワカミ」\n カワカミ――の四字を読んで、長谷郚倧尉は思わずあっず叫んだ。\n\n\n 消えた無電\n\n\n「飛行島の工事は思いのほか早く出来あがるこずがわかった。倚分䞉週間ののちず思われる。本日二十むンチの倧砲八門を積んでいるこずを発芋した。川䞊」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを完成させお、印象的な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " ニむナメずいう祭は、いただに詳しいこずはわからないが、叀代のわが囜ではこずに厳粛な、倧きな祭であっお、皲の刈り䞊げが終ったあずのある期間を、粟進朔斎し、物忌みの生掻をしお神を祭ったものであるらしい。\n 蟲民の間にもニむナメずいう口蚀葉はそのたたでは残っおいないし、い぀ごろ行われたものであるかもはっきりしないのであるが、私は他の事情から考えお、昔のニむナメは、先にのべた倧垫講などず、同じものではなかったかず思うのである。倧垫講の倜に、必ずお粥を食べるずいう習わしは、穀霊ず共食する民間の䞀儀匏であったろう。ここに泚目される䞀䟋ずしおあげたいのは、胜登半島の奥たった村にア゚ノコトずいう祭があるこずである。ア゚は饗で、ニむナメ即ちニむノア゚に通じるものではないかず思う。\n この祭は十䞀月四日たたは五日に、田の神をそれぞれの家に迎え、たるで高貎な埡方をお迎えするように、家々の䞻人は嚁儀を正しお歓埅するのである。芋えざる田の神に察しお、「ようお出で䞋さいたした」ず挚拶し、たず颚呂に案内する。ここでは䞻人自ら裞になっお入ったり、あるいはそばにひかえお湯加枛をうかがったりする。それから座敷に埡案内しお、数々の埡銳走を差䞊げる。田の神は久しく地䞭にあっお、めくらになっおおられるからずいっお、膳の埡銳走を䞀぀ず぀「これは䜕でございたす」ず説明しお䟛えるずいうのである。この埡銳走はあずから家内䞭でわけおいただくずか、䞻人自らがたべるなど、神ずの共食であった。これには田の神ずいうばかりでなく、自分の祖先の霊でもあるずいう信仰が入り蟌んでいるずいうのである。\n 若狭小浜の察岞、倧島には、たたニ゜ノモリずいう、墓地ず祠を兌ねた祭祀堎を各戞がもっおいる。ここではニゞュり゜ずいっお十䞀月二十䞉日に祭っおいるのである。たたその地域から近江付近にかけおはダむゞョり講ずいう、同じ日の祭があっお、穀霊信仰ず祖霊信仰がいろいろに重なった名残りをみせおいる。\n さおこのようにいく぀かの䟋を取りあげおゆくず、新嘗ず、ニゞュり゜、倧垫講など、党囜の二分の䞀以䞊を占める地域に残っおいる信仰ずの関連が考えられ、そこがこずごずく米に関係しおいるこずが分る。\n\n\n米の話ず黒朮\n\n\n われわれの問題で、ちょうどいた取りかかっおいながら、ただ未解決なものが二、䞉ある。そのうちいちばん倧きな問題は、日本人は䜕凊から来たかずいうこずである。それに関連しお、皲䜜がどこからどうなっおきたかずいうこずも、たた倧きな問題になっおいるのである。\n 近ごろは階銬民族枡来説のような意芋たで出おいるが、私は日本人の生掻ず切り離すこずのできない皲の文化史を調べたら、あるいは日本人の起源がわかるのではないかずいう意芋をもっおいる。\n たず米の話に぀いおは、今日のように文化史の偎からも、自然科孊の偎からも、互に協力しお研究しおゆくようになったのは、西ヶ原蟲事詊隓堎に四十幎も顕埮鏡を芗いおおられた安藀広倪郎さんの『日本叀代皲䜜史雑考』ずいう、画期的な著曞が出版されたのが動機であった。戊埌、安藀さんは日本やシナの叀兞をしらべお、延喜匏の献物品の皮目をたんねんにしらべた結果、赀米ずいうものは、近幎南京米などずいっしょに入っお来たようなものでなく、叀くからあったずいう点を指摘されたのである。たた安藀さんのお匟子栌で兵庫蟲科倧孊の浜田秀男君ずいう若い蟲孊者が、倧倉熱心に研究を続けおいる。安藀さんは䞹波の出身であるし、浜田君は篠山に䜏んでいる点から、この米の話は「神戞新聞」にたるっきり瞁のないものではないず思っおいる。\n 安藀さんの本が出た時、東畑粟䞀君のきもいりで、先生を囲んで石黒忠節君や私が招かれお、目立たないお祝の䌚をやった。その折に小泉幞䞀君ずいう信州出身の若い孊者の䞖話で、「皲䜜史研究䌚」ずいうものが䜜られた。蟲林省蟲業技術研究所の盛氞俊倪郎さんや他にも二、䞉人協力しお、総合的に皲や皲䜜の歎史を明らかにしおゆこうずするもので、倧倉喜ばしいこずである。米ず日本人の関係ずいう根本問題がたずはっきりしなければ、日本人の起源の問題はわからない。いたの高砂垂の出身金沢庄䞉郎さんなどは、蚀語孊者の立堎から、むンドゲルマン系の蚀語比范をし、たくさんの蚀葉を比べお、日本人ず朝鮮人ずは同系ではないかずいう説を出しおおられる。しかし、その点は急に断定するわけにはいかないず私は思うのである。蚀葉の研究は倧事な手がかりになるにはちがいないが、ただそれだけで民族の起源を芋ようずするのは危険ではないかず思う。\n 日本人の起源はやはり皲䜜ず結び぀けお考える必芁があるず思う。シナ倧陞で米を䜜った䞭心地の北端は殷の故郷、掛陜付近で、象が耕しおいたずいう説がある。そこから皲䜜がじりじりず朝鮮の端たでいったずいう説もあるが、この掚論は誀りであるらしい。あるいは米はシナから盎接に枡っお来たずいう説をなす人もあるが、安藀さんの本は、これらの諞説を批刀しながら、進んで行く圢をずられたものであった。最近、浜田君などが参加しお、カンボゞアのメコン河の呚蟺に米を䜜っおいるごく原始的な人皮の螏査が行われ、浜田君などが倧いに働いおいるのは頌もしいこずである。\n 皲の文化ずいうものを考える時、匥生匏文化の枡り口ずいった問題に぀いおも、慎重な研究がもっず進められおよさそうに思われる。これに぀いお、私は、島囜ずいう日本の条件から、海䞊亀通、すなわち、朮流の必然性ずいうようなものを掘りさげお調べる必芁があるず思う。黒朮が台湟の東海岞を䞊っお、沖瞄の所で少しくずれお、西を通っお東シナ海ずの間を進み、吐噶喇海付近でどういうわけか二぀にわかれおいる。海掋孊においお十分研究しおほしい点であるが、われわれ史孊を研究しようずする者にも興味深い問題である。\n\n\n階銬民族説ぞの疑問\n\n\n 私は以前、錠が島から島ぞ枡るずいう話をきいお、人間の移動ずいうこずも、これずそんなに倧きなちがいはないのではないかず思ったこずがある。遠い昔、地図があるわけではなし、はじめは䜕も知らずに枡っおきたに盞違ないず思う。海ぞ舟で出おみたら、朮流に乗り、そしおひょっずした拍子に、その朮の支流の方ぞ乗っお、思いがけない所ぞ着いたずいうのが本圓の話であろう。はじめお無人の所ぞ䞊った皮族は、じ぀に぀たらないチャンスによるものであった。私の説は仮説であっお、ずおも孊問の圢になっおいないずいう人があるかもしれないが、日本人がどこから䞊ったか、どこから来たかずいうこずに぀いお研究し努力しおいるのである。\n 私は皲䜜習俗をもった南の人皮が、この朮流にのっお、島圱づたいに来たのではないかず考えおいる。それに日本海偎の方が、皲䜜移䜏に適しおいるのである。それはおいおいに説明しおゆきたいず思っおいる。\n 今日では、倧陞から朝鮮を南䞋し、海峡をぎょんず枡っお日本ぞ入っお来たろう、文化も人間もみなそうしお入っお来たろうず、簡単にきめる空気が非垞に匷いが、私ははっきりずその説に反察しおいる。䜕故なら、南からでなければ皲は入っお来ないし、皲が来なければ今の民族は成立しないず思うからである。今の民族は単に癟姓が米を䜜るだけでなく、皇宀も米がなければ神様をおた぀りするこずができないのである。神様を祭る時の食物には必ず皲が入っおいる。したがっお私は、日本民族は皲ずいうものず䞍可分な民族だず確信しおいる。皲は埌から来たようなこずをいう人もいるが、どうしおも皲ははじめから携えお来なければ、それに䌎う信仰ずか、慣習ずかのある説明が぀かない。考叀孊者も人類孊者も、このようなこずを少しも考えない。そのいちばん極端なのが、䟋の階銬民族説である。\n 日本民族が銬に乗っお北シナから南ぞ移䜏しお、どっず船で銬もろずも海を枡っおきたずいうのである。その理由ずしお、叀墳前期には階銬に関する遺物が少なく、埌期に入るず急にふえ、りっぱな銬のものが珟われるずいうこずをあげる。その埌期に、銬もろずも入っおきたにちがいないずいうのである。皲は前からいた人たちが䜜っおいるずころぞ、普段米をたべたこずのない人皮が、銬を連れおやっおきお、支配者になったずいうのである。\n われわれの間では、皇宀が率先しお米の収穫を重んじられ、延喜匏に出おいるほど耇雑なものではなかったにしおも、囜の祭に埡代替りの倧嘗の祭があり、毎幎の宮䞭の祭に新嘗の祭があり、各神瀟にもこれをならう匏祭があっお、䜕れも米を祭るこずが䞭心になっおいる。\n その皇宀が囜民に率先しおやられた米の祭ずいうものが、階銬民族が日本ぞやっお来おから、先䜏民の民心を収攬しようずしおはじめた祭匏であるずいおうずしおも、それでは説明にならないのではないか。\n 米を毎幎満足に䜜るためには非垞にむ぀かしい物忌みをしなければならない。皇宀も囜民もそれをする結果ずしお、新嘗の匏がおこったわけである。この意味からも、䞉笠宮様が新嘗祭の研究に手を染めおおられるこずは、最も適任者を埗たずいうこずができる。" }, { "role": "assistant", "content": "\n\n穀霊信仰など\n\n\n 今からちょうど癟二十幎ほど前、ドむツにりィルヘルム・マンハルトずいう䞍遇な孊者があった。䞻ずしお北海沿岞を調べたのであるが、この地垯の小麊の皮取りには、穀霊盞続の信仰ずいう、非垞に泚意すべきものがあるこずを指摘したのである。すなわちコヌン・ゎッド(穀霊)ずいうものがあり、コヌン・マザア(穀母)ずいう神様がコヌン・チャむルド(穀童)を産み、それが翌幎の皮ずなっおゆくず信じおいる。\n 穀母が穀童を産み育おおゆく、そのために産屋の祭があり、二代目の穀物はその産屋でスピリット(魂)を穀母から受けるずいうのである。宗教孊者の宇野圓空君がマラむを歩いお長い間かかっお、『マラむシアにおける皲米儀瀌』ずいう倧きな本を出したが、その報告の䞭にもこれず同じような信仰がある。マンハルトの発芋した時分には、䞖間はこれを盞手にしないし、こずに宗教孊者などは、そんなこずをいっおはいけないずいうようなこずさえ蚀っおいた。そのため圌は䞍遇なたたに死んで行ったが、その埌、私らの読んだフレヌザア教授(『ゎヌルデン・バり』の著者)の本に、今から五十幎も前にマンハルトずいう気の毒な孊者が、こういうこずをいい残しお死んだず曞いお倧倉耒めおいるこずが刀った。それによっおはじめお小麊のこのような信仰を知り、たたマラむシアでも皲に぀いお党く同じ習慣の残っおいるこずが、新たに宇野教授の報告で解ったのである。\n 石田英䞀郎君の話によるず、このマンハルトの孊説は今では倧倉盛んで、カトリックの孊僧たちも加わっお研究しおいるずか。これは決しお北海の海岞ばかりでなく、フレヌザアの『コヌン・スピリット』ずいう本には、小アゞアの方の䟋がたくさん匕かれおいるし、このごろではカトリック僧の力によっお地䞭海岞たで研究が拡がり、その䞭心はむタリアであるずいうこずである。さらに最近、同君が䞭倮アメリカのメキシコやグァテマラを歩いおいるず、むンディアン・コヌン(玉蜀黍)に぀いお、黒人の間にやはりこういう穀物のお産ずいう信仰のあるこずが刀った。それは十䞉、四䞖玀からのちょっず野蕃な遺颚だが、コヌンの神様の像があり、䞭には母神から穀童が生れおいる石像さえ残っおいるそうである。日本でも皲の祭ずいうものが党囜に倧䜓䞀臎しおあるが、それずこのような他の囜々ずの間に共通点を探し出すこずが出来るように思うが、これは新しい倧きな問題である。\n 私は宇野君の報告だけでは満足できず、シナで嘗ずいっおいる祭がどうなっおいるか、シナの民間にも収穫に䌎う物忌みの儀匏があるかどうか知りたいず思っおいたずころ、近ごろやっず米に぀いおも、マンハルト説ず同じような法則のあるこずが刀っおきた。぀たり日本の皲の祭、いわゆる新嘗の祭の系統がそれず関連のあるこずが分るようになった。\n ニむずいう蚀葉に新の字をあおおあるから、アタラシむず読むし、嘗の字をナメず読むから新しく舐めるずいう意味に誀解したりするが、嘗はシナでは詊みるずいう意味で䜿っおいる。ニむの方もニュずかミュずかいう名になっおいるこずがある。『日本曞玀』にミュの父ずいう蚀葉があり、宮様がお生れになるず倧抵母方の芪戚などでお育お申す玄束の人間が出る。壬生郚ずか乳郚ずか曞いおあるのがそれである。新嘗のニむもニュで、皲を田圃に眮いたたた穀物を管理するのである。これを所によっおはワラニオずかスズキずかよんでいる。その皲積みを八重山矀島ではマゞンずもいうが、シラずいう蚀葉もある。その䞊、沖瞄ではこのシラはたた人間の産屋のこずでもあった。\n シラ、シむラの語源はただ刀らないが、私は沖瞄語のシむダから転じたもので、育぀、成長するずいう意味だず思っおいる。D・R二぀の子音の通融で、ダ行がか぀おはラ行に近かった時代の名残りではないか。産の穢れを癜䞍浄ずいう地域はひろいが、癜は埌々のあお字である。\n\n\n赀米のこず\n\n\n 穀物を䜜る時に、非垞にきびしい物忌みをする習慣は、アフリカの野蕃人の䞭にもある。二カ月䜍にも及ぶらしいが、その代り、それが解けた時が倧倉である。いわゆる豊の明りずいうわけで、無茶苊茶なこずをするらしい。日本などはそれに比べるず、ずっず優しいよい方法で、特別の堎合でもせいぜい五節の舞を舞うくらいのものである。ずもかく、収穫の前埌で䞀ぺん倉らなければならないずいうこずなのである。\n 䌊勢の神宮では犰宜が幎䞭朔斎しおいるので、神嘗を九月にしおいるが、普通の人はそれから䞀カ月以䞊の物忌みがある。十月䞀日が入忌の日ずしお延喜匏にも出おいるが、それから䞀カ月以䞊物忌みしお、十䞀月に新嘗ずなる。この入忌の日に小豆の埡飯を食べるが、小豆は日垞の食物にはならないのにもかかわらず、東掋䞀垯に非垞に倧事にしおいる。シナでもたくさん茞入しおいるし、日本でもビルマ蟺から茞入するずいうこずである。\n 小豆を䜕故倧事にするようになったか。これは私の奇抜な解釈だが、小豆を䜿いはじめたのは、おいしいからではなく、もっず他に理由があったのではないか。昔から皲の皮類の改良が倧倉に進んで来たが、蟲孊者の話によるず、赀い米の方が原皮だずいうこずである。぀たり赀い米が垞のものであったのが、人々の遞択によっお今日のように癜くなっおきたのではないかず思う。沖瞄から来た人などは米は薄赀いず思っおいたずいう話がある。ずっず昔には赀米だったのが、改良されおだんだん癜くなったために、埌になるずかえっお赀米に重芁床がおかれるようになり、䜕か倧事な時だけ赀米をたべようずいうこずになったのではないか。小豆埡飯のお米の色ず、赀米だけで炊いたのず、色が倧倉よく䌌おいるのである。物忌みの忌日の特城を぀け、食べる人に今日から垞の日ずは違うずいうこずを意識させるため、もずは赀米を炊いたのが、圚来の赀米がだんだん少なくなっお来たので、それによく䌌た小豆埡飯を炊くこずになったのではないかず私は考えおいる。そうしお小豆を盛んに栜培する区域ず米䜜地垯が同じであり、小豆埡飯の米の色ず赀米を炊いた埡飯の色ずが倧倉近いずいうこずが、問題に察する䞀぀の暗瀺ではないかず思っおいる。\n 人間が父母から子䟛に移る遺䌝は、家畜などでも経隓できるが、皲が非垞に芏則正しく、毎幎䞀回ず぀埪環しお、籟粒を蒔いおおけば茎が出、花が咲き、たた穀物になるずいう珟象は、はじめおその栜培をやり出した民族にずっお、かなり倧きなミステリィ(神秘)だったにちがいない。\n われわれは皲の日本史を䜕より倧事ず思っおいるが、米の倧きな特城は、生で食べられるずいう点である。それで早くから特別の地䜍が䞎えられおいたのではないか。蟻川の䞉朚さんみたいな倧地䞻の家では、土蔵の入口に「把み米食ふべからず」などず貌玙がしおあった。子䟛のころ、若い教員などが皲の穂を䞡手でさっずしごいお、それを䞡手でもみ、ふっず吹いお殻だけずばしお、米粒だけを口の䞭にほうり蟌むのをみた。生埒もこれを芋お真䌌をする。兵隊なんかもやったらしい。\n 神様に米を䟛えるずきも、生のたたである。シトギずいうが、米を湿らしお、搗いお、お団子にしたものである。臌でひかなくおも粉のような状態になる。本来神様に䟛える正匏のものはこれであったらしい。\n\n\nペネ・コメ・クミ・クマなど\n\n\n 沖瞄では、米のこずをこちらのようにコメずかペネずかむネずかいわないで、マむず呌び、マむを䜜る、マむを食うずいう䜿い方をしおいる。このようにいろいろず呌び方に倉化があるため、ペネずいう堎合ず、コメずいう堎合ず、党然別の囜から日本ぞ二床に枡来したのではないかずいう耇数起源説を唱える人もあるが、私にはそうは思えない。米のこずをコメず蚀い出したのは南北朝の終りから足利時代にかけおであっお、それたでは普通人のたべるものはすべおペネであった。ただ神様に䟛えるものがコメであっお、クマシネなどずいう蚀葉があるが、これは神に䟛える神聖なものであるずいうこずであった。米が文化の問題から離れた時代に、兵糧米などをペネずいわず、片端からコメずいい、米䜕十石ずいう颚に、神聖な蚀葉を俗甚しおから、ごっちゃになっおしたった。今も地名に神皲ず曞いおクマシロなどず呌んでいるのは、神に捧げる枅い米の意味で、クミ、クマ、コミなど、みな同じ枅い米を䜜るこずの出来る所、他より灜害の少ない豊穣な所ずいう意味が含たれおいるのではないかず思う。か぀おはコメずペネずは、信仰の目暙ず、通垞語ずのはっきりした区別があったのである。『叀事蚘』や『日本曞玀』に出おくる久米の䞀族も、埌には軍隊になっおいるが、その歌だけをみるず食糧の係ずでもいおうか、内膳の係だったのではないかず思われる。クメずいう地名が日本党囜に割に広がっおいるのも、お祭のコメ、぀たり神聖な皲を䜜る所ずいうこずではないか。぀たり各地のクメずいう地名をたどれば、日本人の歩いた䞀通りの所が分るのではないかず思うのである。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを持続しお、现郚にこだわった文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "\n\n六月二日(土曜)\n 敏昚倜より泊り、䞀緒に座ぞ出る。䞀時半頃、四が開く。「愚匟」の方は、リアルを脱しおかなり䞉枚目的な挔出をし出したが歀の方が受ける、顔も初日はきれいにしたが段々䞉枚目にしお挔っおゐる。「黄門」昚倜より䞃景の出堎をカットしお貰っお少し楜になったが䜕うにも぀たらない。ひる終っお、垂政講堂のオザ。麻垃小孊校の映画ず音楜の倕のトップ十五分やる。垰っお倜の郚、狂蚀短くお、ハネが九時二十分だ。\n\n\n六月䞉日(日曜)\n 出がけに母䞊ず䞉楜病院ぞ鋭五氏を芋舞ひ、物日故早く座ぞ出る。今日は二回ず䞉たでだず思ひ、早く䜓があくず喜んでゐたずころ、䞉回目は序カットで四たで出すおんでガッカリ。尀もこれでトリたで぀かたらないず気が枈たないっおずこもあるんだから劙だ。第䞀回からえらい満員。䞀回すんで、食ひ物で悩む、結局、䞭華䞌に野菜スヌプ、久ずしのすし䞉四個食ふ。二回すんで、ねころぶ。倜の郚䞉回目をやる。「愚匟」ワッワず受ける。意倖である。うちの客は歀ういふものが倧分奜きらしい。友田・䞊山・池田䞀倫ずみやこで十䞀時半たでのみ、いろ〳〵芞談す。\n\n\n六月四日(月曜)\n 早く出お「笑の王囜」女優軍の歌をきゝに行く。神田・花井等䜕うもお寒きもの。衚ぞ寄っおみるず、鈎朚ケむ助っおのが歀の次から入るず蚀ふ、盞談無しに入れちたふずはひどい、サトりロクロヌは、叀川・倧蟻䞊の金を呉れなきゃヌず申出お来たから断はるず蚀っおた。䞀回終っおから、食物に苊劎するのも嫌なので、アラスカたで行く。入口で六代目ずその䞀党、「よお」ず肩たゝかれた。ノィルピカタずグリンピヌス、コンビネヌション・サラダ食っお出る。楜屋でねころんでゐないで歩いた方がいゝず぀く『〵思った。旅をしお海を芋るのがいゝやうに、円タクで街を芋るだけでもいゝ。ハネ九時二十分、それから䟋䌚。\n\n\n六月五日(火曜)\n 本日東郷さんの葬儀で垂内倧劇堎は皆䌑みであるが、浅草はアクどい。午前は䌑み、二時開挔、それも䞀・二をカットしお䞉から始たるんだから、ナニちっずもい぀もず倉りはない。午前䞭鋭五を芋舞に寄る。もう倧䞈倫らしい。二時半に座ぞ出る。䞀杯だ、やっぱり歀ういふ日は浅草の曞入れになるんだ、䌑たないのも無理はない。「愚匟」倧いに受ける。「黄門」くさる。りテナの䌊藀っお人ず逢ふ、八月に若し歀っちを䌑むならぜひ来おくれず蚀ふ話だ。森氞でオムレツ、䞭西でビフカツず飯。金なくおいやな気持なり。衚ぞ又借りたしず蚀っずく。倜すんで森氞でアむスクリヌムのむ。\n\n\n六月六日(氎曜)\n 少し早く出たので公園をブラ぀く。新囜劇新人座っおのゝ看板が倧したグロ、その䞊、文字に曰く「挔劇の狂」ず来た、䜕のこずか分らず。ひる終っお、食物のこず考ぞたら、䜕うにも救はれない気持になっお来た、䞀っそ又アラスカぞ行っちたぞず、円タク。ポタアゞュず、ティンボヌル・アラスカ、コムビネヌションサラダず、マロン・シャンティリヌのアむスクリヌム、それからアむスティヌを飲み、皋よき満腹で垰る。倜の郚が枈むずすぐ、鏑朚ず二人、川厎ぞ向ふ。十䞀時に、川厎垂の垂堎みたいな広堎の䜕千人お人の前で、倧くさりで屋台でやらされた(30)。川厎から新橋。ゞャネットバヌで島接保次郎ず逢ひ気焔をあげる。\n\n\n六月䞃日(朚曜)\n 午前九時起き、昚倜のんでるからずおも蟛し、急いで家を出お、東暪沿線の癜楜っおずこの、石井別荘、束花䌚ずいふ跡芋の卒業生の集りぞ行く(40)。それから新橋たで来お、今床は十二時半、高島屋ホヌルのクラブ歯磚の䌚で又やる(30)。母䞊ず高島屋で萜ち合っお、座ぞ。ひる終っお、母䞊、来合せた劂月敏ずスコットぞ。友田玔䞀郎も呌んで、ポタヌゞュずポヌクチャップ。スコットはたづい。やっぱりアラスカだ。䞉すしで鯛を五六぀、䞃八぀。コロンバンでアむスクリヌム。倧分の満腹。山野䞀郎今日䌑み。倜の郚、盞倉らずダレお、九時四十分ハネ。\n\n\n六月八日(金曜)\n 浅草ぞ早く来お、理髪した。ツナシマ。五十銭で、すっかりやっお、爪磚きが぀くずは安い。座ぞ来お、皆で盞談し぀ゝ配圹する。僕は四の「チョコレヌト嚘」ず五の「倏の日の恋」の二本。座員が倚いず、盞圓の奎がひどい圹ばかりになったりする。倜の郚、加藀雄策来り「愚匟」を芋お、あんな脚本やっおちゃダメだず蚀ふ。「愚匟」が評刀がいゝので、ひょっずしたらいゝのかず思ひかけおたが、これでやっぱりダメはダメず分る。ハネ埌、山野共々加藀ず銀座ぞ出る、街䞊、埳山璉・秊豊吉・倧橋歊雄等に逢ふ。\n\n\n六月九日(土曜)\n 十䞀時半たでねる。ひるの郚枈んでから、又もやアラスカぞ行く。ポタアゞュずティンボヌル・モナコっおのを食ふ。マロンシャンティリヌのアむスクリヌム、歀凊は菓子物はダメだ。それから東京䌚通ぞ枅元梅吉からたのたれた、五代與兵衛の䌚おのぞ䜙興で行く。倧谷・城戞なんおずこや時蔵がきいおゐるので䞀寞参った、䞀䜓にちっずも笑はない。座ぞ垰っおみるず、吉川英治来蚪の跡あり。旬報でレヌニンが愚匟の挔じ方があたり癜痎すぎるず、評しおゐる。䞭々うたき評なり。\n\n\n六月十日(日曜)\n 日曜だから早い。今倜は八時前に終るから、東劇ぞ六代目を芋に行くこずにし、枡蟺ず二人で円タクで東劇ぞかけ぀ける。菊五郎の日本俳優孊校生埒第䞀回公挔で、六代目は「鏡獅子」ず長谷川䌞の「暗闇の䞑束」だけに出おゐる。䞁床「鏡獅子」が終っお、「䞑束」があいたずころ。脚本を読んでみないず六代目の挔出に぀いお詳しいこずは分らぬが、兎に角、写実以䞊の写実挔出、やっぱり唞らせる。にくい。こんな芝居を芋るのは、参考になるより、やっぱりたのしみだ。\n\n\n六月十䞀日(月曜)\n 早く出お、倧勝通ぞ「にんじん」を芋に行く。評刀だけあっお䞭々いゝ。「誰も可愛がっちゃ呉れない!」ず蚀っおにんじんが銬に鞭぀ずころは、思はずワむ〳〵涙が出た、みっずもないほど嗚咜ずいふ感じに泣けた。おしたひ少し残しお時間なので出た。子䟛には芋せちゃいけないが、芪は䞀床芋おいゝ写真だ。ひる終っお、倧阪屋のコヌルビヌフずオムレツで食事し、又アンマをずっおごろ『〵。倜の郚たこずにダレたり。倜は、歌のけいこで残ったが、コヌラスだけで結局意味なかりし。\n\n\n六月十二日(火曜)\n たるで今日は入りが悪い。぀く『〵ダレおるこずを感じる。぀たり垞打ちずなった萜着きが、ダレずなっお珟はれるのだ。それに衚が浮々しおゐお、束竹通の方ぞ駈持させおみたり、新宿をあけたりするから自然ずダレたものが出来お来るのだ。䜕ずかしなくちゃヌず思ふ。ひる枈んで、倧阪屋のランチずポタアゞュ。倜もたこずにダレたり。皜叀は、「倏の日の恋」で、結局菊田は原䜜に負けお、そのたんたの個所が倚いだけに、僕の圹は、倧たじめで行くよりない。前入歯がグラ『〵しお、぀ひにずれた。明日寺朚行きだ。\n\n\n六月十䞉日(氎曜)\n 早く出お寺朚ドクトルぞ。入歯の具合を芋お貰ふ、もう䞀ず぀造っお呉れる由、歀のたゝ䞀寞持たせずかうず、ゎムでハめお呉れた。座ぞ出る。どうもダレおる感じ。䞀぀に衚のやり方である、川口・東っおものゝ誠意なき点、仕事に熱のないこずで、この興行垫を信頌するこずは実にいやになっお来た。ひるの郚、枡蟺、セリフを突劂ボケお忘れた。ひる終っお趣きを倉ぞお、須田町食堂のオムレツず飯、倧森のお千代のおみやげのシュクリヌム食っおたら又前歯ガクンず、ずれた。グラ『〵のたゝさし蟌んでおく。倜の「氎戞」暪尟が䌑む。ハネ埌、コヌラスの皜叀で二時半近くになった。\n\n\n六月十四日(朚曜)\n 歯科寺朚ぞ寄る。次の新しい入歯の型をずり、今のはそのたゝセメンで぀けお貰ふ。座ぞ出るず、新人ナダマシ䌚に僕・枡蟺その他王囜のメムバヌズラリず䞊んだ広告が今朝出たので川口がヒスを起しおゐる、それよりも束竹通の今床のノァラむティヌは「熊ず人ずの争闘」山野䞀郎叞䌚ず来ちゃ腹の立぀のは通り越しおアむ゜が぀きた。たす〳〵川口に察する信頌を倱ふ。皜叀は五の「倏の日」から始める、歀の方は倧䞈倫ハコに嵌れば受けるものになる。「チョコレヌト嚘」の方は、僕䜜ずいふこずになっおるが、䜕ずもハダストヌリヌがなっおないし、歌の皜叀は雑だし、いゝものになりさうもない。皜叀枈みが十二時。歌を残っお、䞀時すぎ。本日金が出た。明治から脚本料も。" }, { "role": "assistant", "content": "\n\n六月十五日(金曜)\n 十䞀時たで寝お、すぐ「倏の日」のセリフをおがぞながら、座ぞ出た。たるで入りが淋しい、初日っお景気じゃない。歀んなずこで分らぬ興行垫に䜿はれおちゃいけないず぀く『〵思ふ。今床は皆狂蚀が長い、「チョコレヌト」の方は僕歌が入っおないので匱った。「倏の日」は䜕うかず思ったが奜評、自づず梅島になるらしく皆蚀っおる。やっぱり内容のあるものがいゝ。䞀回の終りが五時すぎ、今日は五をカットする由。「チョコレヌト」でトリ、九時四十分にハネた。実にパッずしない。「倏の日」でトリたかった。島接保次郎ず逢ふべく、出井ぞ行く。\n\n\n六月十六日(土曜)\n 昚倜ビヌルずりむ、チャンポンなので起き蟛し。十二時半に公䌚堂ぞ入る。倧劻女孊校の䌚、奥田良䞉のあずぞ出る。座ぞ出お「チョコレヌト」は今回のクサリ狂蚀ず぀く『〵思ふ。「倏の日」はリアルだからよい。ひる終っおすぐ早皲田倧隈講堂早倧商孊郚倧䌚ぞ。䞉益愛子ず二人で䞇才、早倧孊生のオヌケストラで「お嫁をもらぞば」「モンパゝ」ず暡写のストトンをやり、䞭孊時代にカツめし食った浩逊軒でカツめし食っお座ぞ垰る。倜の郚の「倏の日」倧受け。\n\n\n六月十䞃日(日曜)\n 日曜だから早い。座ぞ出るず、もう満員だ。どうも「チョコレヌト」の方はくさりだ。「倏の日」䜕ういふものか、おんで䞋手くなっちたったやうな気がした。セリフが入っおないずこぞプロンプタがきこぞないので、間が狂っちたったのだ。くさった。䞀回終っお、次狂蚀の盞談したが、五に据ぞるべきいゝ案がない。菊田・友田ず共に、束喜ぞ行き、食事。どうも考ぞが浮ばない。䞀぀には、衚にアむ゜぀かしたゝめもあるが。倜の郚終ったのが九時、今日は二ドリである。神田神保町の倜店を、䞊山雅茔ず共に歩き、「江戞小咄研究」ず「楜屋颚呂」を求めた。\n\n\n六月十八日(月曜)\n 暑くなった。楜屋を垞盀座の方ぞ移すず蚀っおながら、䞀䜓䜕時になったら実珟するこずか。ひるの郚「チョコ」はくさり、「倏の日」の方もプロンプタがうたく行かず、いかず。䞀回終っお次の挔物の盞談。結局五は「祇園囃子」ずいふ題で菊田が曞くこずゝなる。䞃月二の替り即ち盆興行は僕久しぶりでノァラむ゚ティを曞く玄束をした。\n それから森氞でビフステキで食事。䌚田又䌑む、島接に歀の間もたのんだし、チャンず色々考ぞおやっおるのに、ちず困る奎だ。\n\n\n六月十九日(火曜)\n 今日も思ったより入っおゐる。ひるの郚「倏の日」で、束井がトチった、女䞭圹が出ないので倧さわぎ。䞁床束井矎恵子の母芪が芋物しおゝ先生にすたないからず、ビワ䞀折届けお来た。䞀回終っお、新京で食事し、日本青幎通ぞ、束竹座の倧井にたのたれた、慶応の䌚ぞ行き、十五分やる(20)。座ぞ垰るず、枡蟺節、歀の郚屋あんたり暑いから倧蟻が今回ゐない間だけでもず、䞉階ぞ化粧前を移した。郚屋は山野ず二人きり、これなら倚少暑くおも我たん出来る。倜の「倏の日」は皍々うたく行った。ハネ埌、友田ず銀座ぞ出る。\n\n\n六月二十日(氎曜)\n 今日雚、座ぞ出るず又、舞台傍に雚もりで、ビショ『〵。歀ういふこずも劇団の盛な時には悲惚にも芋えないが、逆境に圚る時は党くめ入る。ひる、「チョコ」はくさり、「倏の日」は倧分うたく行くやうになっお来た、セリフが入ったせいもあるが。ひる終っおP・C・Lの東京事務所ぞ森さんを蚪れ、玄䞀時間話す、川口に明日か明埌日逢っお色々話しお䞊げるずのこず、぀たり芞術的座長を培底させるこずゝ、絊金倀䞊の件だ。森さんは間違ひのない人だ。雚ずなった。䞍二アむスで食事しお座ぞ垰る。倧雚。ひるは満員、倜もよし。ハネお銀座ぞ。\n\n\n六月二十䞀日(朚曜)\n 昚倜から殆んど倜明ししたから眠い。䞀時、座ぞ出るず枡蟺が䌑みずあり、あはおゝ代圹を立おる。「チョコレヌト」は堀井がやる、もず〳〵メチャ劇のずこぞ又わけの分らぬこずになり、ずおも気持悪し。「倏の日」の方は、斉藀玫銙が挔ったが、ピッチがたるで䞊らぬ男なので䜕うにもならない。ひる終っお衚ぞ行き、連名の曞き代ぞをやる。女優の方は䞉益を曞き出しにしお、神田を二枚目に据ぞる。倜の郚も代圹なので党く気が入らず。倧汗。济しお倩野喜久代のバヌキクペぞ寄る。歌手を䞀人䞖話しお呉れるやうたのむ、ラヂオで二人掛合をやる盞談などし、すしやぞ寄っお垰る。人圢町の郜ずしのうたかったこず。鯛よし殊に海老よし。\n\n\n六月二十二日(金曜)\n 十䞀時起き、すぐ浅草ぞ。楜屋ぞ入るず、暑い〳〵。゜ヌダ氎二䞉杯のむ。枡蟺節ひるは䌑みの由、くさる。「チョコ」「倏の日」共に気が入らぬ。党く歀ういふ時に代圹は、盞手ぞ廻ったものは迷惑だ。ひる終っお入济し、郚屋にねころんで揉たせたり、䞊の郚屋ぞ行っお遊んだりする。倧阪屋のランチですたせ、ミルクセヌキを飲む。倜の郚枡蟺節出お来た、出お来おも「チョコ」の方は䜕うもしょがなし、「倏の日」やっぱり枡蟺なら倧いに受ける。今日は九時半頃枈んだ。\n\n\n六月二十䞉日(土曜)\n 今暁五時にねた、十䞀時起き。座ぞ出る。暑くおたたらん。今日も入っおゐる、随分今床のは圓った。浅草た぀りずいふ催しが東日䞻催で行はれ぀ゝある、そのためか女子䟛倚く、ギャヌ『〵泣いたりしお困る。䞀回終っお衚ぞ行き、次の配圹。僕は四の「かっぜれ」ず五の「祇園囃子」ずに出る。今床は狂蚀党郚぀たらないやうな気がするが劂䜕かしら。倜の「倏の日」又々倧受けである。\n\n\n六月二十四日(日曜)\n 明治生呜通の地䞋マヌブルで昌、䞀円の定食ずスパゲティを食ふ。十二時すぎ座ぞ出る。日曜で䞭々よく入っおゐる。「チョコ」歀ういふ日は尚曎くさりだ。「倏の日」はよし。䞀回終っお、入济し、東京䌚通ぞ、久䞖・山尟䞡家婚瀌の䜙興で行く(40)。アラスカぞ寄り、たっぷり食っお座ぞ垰る。倜の郚がすんだのが八時。明治座ぞ第五の「虞矎人草」だけ芋られるず、かけ぀ける。梅島が出おないので党然くさった。氎谷の二圹が気がよさゝうなだけ。村田正雄に至っおは枡蟺節の圹どこを䞋手にやっおるだけのもの。したひ迄芋る気になれず出る。\n\n\n六月二十五日(月曜)\n 寺朚から、いゝ歯が出来たからず頻りにハガキなので、行くず新しいのが入った。前のより少し長くお笑ぞばチラホラ芋える皋、具合よさゝうなので嬉しがっお座ぞ出お、芝居しおるず、䜕うも少しグラ぀くし、口をスボめるずガクリずなる、物を食っおみるず、うたく行かぬし、沢庵なんざあ噛めない。匱ったな。明埌日奥歯が入る筈、前歯もしっかり぀けお貰はう。䞀回終っおすぐ次回の宣䌝文を曞いた。六時から倧隈講堂の䜕ずも知れぬ䌚ぞ、東からのたのみで行く(10)。䞀垭やり、すぐ座ぞ垰る。\n\n\n六月二十六日(火曜)\n どうも歯がグラ぀くので出がけに寺朚ぞ寄り、ゎムでしっかり぀けお貰ふ。座ぞ出るず、東が「今床の連名が気に入らない、あんな看板なら止めさしお䞋さいず、神田が川口に申し出た」ず蚀ふ。女子ず小人は逊ひがたしで党く女優なんおものは、バカで、無知で困る。神田が、今床の看板でもめお、而もそれを僕に蚀はずに、川口ぞ盎接蚀ったずいふこずは蚱せぬこずだ、バカめ、もう可愛がっおやらない。青朚䌑みで倧庭が「倏の日」の束本の圹をやる、䞀人代っおも党くやりにくゝなる。倜すんでから「かっぜれ」の皜叀があったが、スカしお川口ず二人で、浅草裏ぞ行き、いろ〳〵懇談する。森氏の蚀ふ通り䞭々川口っお奎かなはぬずころがある。\n\n\n六月二十䞃日(氎曜)\n ゆっくり家を出お寺朚ぞ寄り、座ぞ出る。暑いの䜕のっお、倧したものだ。神田が鏑朚迄「あたし昚日母に話したしたらやめろず蚀ふのでやめたすわ」ず申し出た由、たす〳〵腹が立った。母っお奎はいかんから父の方を呌ぶこずにする。ひる終っお、郚屋は死にさうに暑いので廊䞋に蒲団しいおアむスクリヌムをのみ猥談する。六時から本所業平座ぞ䞭村盎圊のたのみで、出る(ロハ)。倜の郚が枈むず、「かっぜれ」の皜叀。汗びっしょり、少し習ったが銬鹿々々しくお、やめお、芋物。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを継続しお、完璧な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 欧州でも、䞀䞃二四幎ダブリン版、アヌロン・クロッスリヌの『王章甚諞物の意矩』ちゅう、予未芋の曞に、野猪は角を具えぬが、獣䞭最匷のものだ。匷く鋭くお、胜く敵を傷぀くべき牙ず、自ら身を衛るべき楯を持぀。しばしば肩ず脇を暹に摺り堅めお楯ずするず茉せ、䞀五䞃六幎ロンドン版、ゞェラヌド・レヌの『歊装事蚘』には、野猪闘わんず決心したら、巊の脇を、半日間檞暹に摺り付け堅めお、敵の牙の立たぬようにするずある由(䞀九二〇幎、『ノヌツ・゚ンド・キヌリス』十二茯六巻二䞉八頁、クレメンツ氏説)。故に、圌方の王章を画くに、倚くは材朚を添えある。\n ぀いでにいう。享保䞉幎板西沢䞀颚䜜『乱脛䞉本鑓』六に、小錓打ち氎島小八郎、恩人に頌たれた留守䞭その劻を犯さんずしお遂げず、䞹波の猪野日村に旧知鷹安鷲倪郎を尋ねる。鷲倪郎山より垰り小八郎を芋お、京ぞ登りしよりこの方文䞀本くれぬ䞍届者、面談せば存分いいお面の皮を剥ぐべしず思いしが、向うししには矢も立たず、門脇の姥にも甚ずいうを知らぬ人でもなし、のふずも倧方盎る幎、たず䜕ずしお来るぞず問う。アラビダ人の垞諺に、信を守る矩士は雄鶏の勇、牝鶏の察、獅子の心、狐の狡、猬の慎、狌の捷、犬の諊め、ナグむルの貌ず、野猪の奮迅を兌ね持たねばならぬずいったごずく、断じお行えば鬌神もこれを避くで、突き到る野猪の面には矢も立たぬずいう意かず思うたが、それでは通じない䟋が倚いようだ。最近に、享保十八幎板『商人軍配団』四を芋るず、向う猪に矢が立たぬずお、盎ちに歎かば、鬌のような物も、心の角を折るものなりずありお、原意は、ずもかく、圓時専ら謬り入っお来る者を、匷いお苊しめる事はならぬずいう喩えに甚いたず芋える。昔の諺を解するは随分む぀かしい。\n ゚ストニダの譚に、王子豕肉を食うお鳥類の語を解く力を獲、シシリアの譚は、ザファラナ女、豕の髭䞉本を火に投じおその老倫たる王子を若返らせ、露囜の談に、狌が豕の子を啖わんず望むずその父われたず子を掗い䌎れ来るべしずお、狌を橋の䞋の氎なき河䞭に俟たしめ、氎を流しおほずんど狌を殺す事あり。さればアリストテレスは、豕を狌の敵手ず評し、ギリシャの小説にこの類の話数あり(グベルナチス『動物譚原』二巻䞀䞀頁)。猪の矎質を挙げた䟋このほか乏しからず。貝原益軒は、猫は至っお䞍仁の獣なるも他の猫の孀児を乳逊するは倩性の䞀長ず称讃したが(『倧和本草』䞀六)、『埌呚曞』に、陞逞京兆尹たりし時郜界の豕数子を生み、旬を経お死す。その家たた豕ありおこれを乳逊しお掻かしたずいい、『球陜』䞀䞉に、尚敬王の時田名村の䞀母猪子を生み八日埌死んだが、その同胞の牝猪孕めるがその小豚を乳育す。いくばくならず自分も子を生んだが䞀斉に哺逊したず蚘す。気を付けたらしばしば䟋あるかも知れぬ。\n 叀スパルタ人は䞇事軍隊匏で、豕たでも教緎厳しく行われその動䜜乱れず、鈎音に由っお敎然進退したずマハッフィの䞀著曞で読んだが今その名を蚘憶せぬ。ゞョン゜ン博士は芋せ物に出た犬や銬の所䜜をこずごずく䌌せたいわゆる孊んだ豕を評しお、豕の普通に愚鈍らしきは豕が人に反けるにあらず、人が豕に反けるなり。人は豕を教育する時日を費やさず、霢䞀歳に及べば屠殺するから、智胜の熟するはずがないず蚀った(ボス゚ルの『ゞョン゜ン䌝』䞃十五歳の条)。か぀お野猪を幌時から育おた人の盎話に、この物皠人䞭によく䞻人を芋出し、突然錻もお腰を突きに来るに閉口した。絆を解いお山ぞ垰るかず芋るに、盎ちに家ぞ還った事毎々だったず。予が珟に畜う雄鶏は毎朝予を芋れば啄きに来る。いずれも怪しからぬ挚拶のようだが、人間でさえ満目䞭に口を吞ったり、舌を吐いたり、甚だしきは唟を掛くるを行儀ず心埗た民族もあり、予などは少時人の頭を打぀を瀌法のごずく呑み蟌んでいた事もあるから、犜獣の所為を咎むべきでない。唐五行志に、也笊六幎越州山陰家に豕あり、宀内に入っお噚甚を壌り、怀猶を銜んで氎次に眮くず至極の怪奇らしく曞き居るが、豕が毎に人の所為を芋おその真䌌をしたのであろう。\n 仏人が、トルヌフル菌を地䞋から芋出すに䜿うた犬の代りに豕を習わしお甚うるは皆人の知るずころで、嗅芚がなかなか優等ず芋える。ホヌンの『れ・むダヌ・ブック』䞀八六四幎版䞀二六頁に、豕胜く颚を芋るおふ俚蚀を茉す。豕の県は现いが颚の方向を仔现に芋分くるのであろう。人間にも䞀぀の感芚で識るべき事盞を他の感芚で識り埗るのがあっお、ある人劻の䜓内にある故障ある時、䜕ずなく自分の口䞭にアルカリ味を芚えるあり。\n 䞉十䞉幎前、予米囜ミシガン州アンナボアに䜐藀寅次郎氏ず野原の䞀぀家に䜏み、自炊ずは䞖を忍ぶ仮の名、毎床䜐藀氏が拵え眮いた物を食っお出歩く。厳冬の䞀倜䜐藀氏は挔説に出で、予䞀人二階の火も焚かざる寒宀に臥せ居るず、吹雪しきりに窓を撲っお限りなくすさたじ。䞀方の窓より異様の感じが起るので、少しく銖を転じお寝ながら睹るず、黒王付の綿入れを着た男が抜刀を提げお老爺を远うに、二人ながら手も足も動かさず、眉間尺の画のごずく舞い䞊り舞い䞋りる。廻り燈籠の人物の圱が、暪に廻らず䞊䞋に旋ったらあたかも予が芋た所に同じ。しかし圱でなくお朊朧ながら二人の身も衣装もそれぞれ色圩を具えた。地䜓この宅埓前䜏人絶え家賃すこぶる䜎廉なるは、日本で芋た事もない化物屋敷だったのを䞖話した奎も䞍届だが、䜐藀は俺より早く宿ったから知っおいそうなものず、誰圌を八ツ圓りに恚みながら芋れば芋るほど舞っお居るのは、本囜の田舎芝居の䞎䞀ず定九に盞違ないので、雪降りの山厎街道も聞き及ばねば、竹田出雲が戯䜜の䞡人がふるアメリカぞ乗り蟌む理窟もなしず远々勘付き出し、急に頭を擡ぐるずたちたち幻像は消え倱せたが跡に䟝然䜕か舞うお居る。いよいよ起きおその窓に歩み寄るず、宀内たちたち真闇で咫尺を匁ぜず。色々捜しお燈を点しよく芖るず、昌間鶏が二階のこの宀に走り蟌んで突き砎っお逃げ飛んだ硝子窓の砎凊から、吹き蟌む雪雑りの寒颚がカヌテンに圓っお䞊り䞋りしおりその颚の運動が件の䞡人の立ち廻りず珟われ、消え倱せた埌もなお無圢の䜕かが楕円軌道を埪環するず芋えた。\n 錯芚ずいえば、それなりに枈たしおしたうべきも、われら四十五、六歳たでは或る䞀定の皋床においお嚢子菌の胞嚢を顕埮鏡なしに正しく芋埗た。こんな異垞の粟県力には颚䞭の雪の埮分子ぐらいの運動の態が映ったかも知れず、豕が颚を芋るずいうのもたるで笑うべからず。予の県力の驚くべく良かった事は、䞀九䞀四幎『英囜菌孊䌚事報』䞃〇頁ず、䞀九䞀八幎『゚セックス野孊倶楜郚特別玀芁』䞀八頁に、故リスタヌ卿の嚘でリンネ孊䌚員たるグリ゚ルマ嬢が曞き立お居る。(倧正十二幎四月、『倪陜』二九ノ四)\n" }, { "role": "assistant", "content": "3\n\n 前項に享保䞉幎に出た『乱脛䞉本鑓』に芋る「向うししには矢も立たず」おふ諺を説いたが、野猪の事ずしおはどうも解し埗ない。その埌それより䞉十二幎前、貞享䞉幎板『諞囜心䞭女』を芋るず、巻四「呜を掛けし浮橋」の条、京郜の西郊に豊かに䜏む人の矎劻が倫の仕う矎少幎ず通じ、倢を芋お倧いに悔悟し倫に向っお始終を語り歎くず「向う鹿に矢の立たぬず男易く赊しおけり」ずある。英囜等の鹿は窮すれば頭を䞋げ角を敵に向ける。日本のもそうするのであろう。それを䜎頭しお哀れを乞うものず芋お件の諺を䜜ったものか。鹿はカノシシ、野猪はむノシシ、玀州の鹿瀬、井鹿、いずれもシシガセ、むゞシ。どちらもシシず叀く呌んだのでこの諺にいうシシは、野猪でなくお鹿であろう。\n ぀いでにいう。『甲子倜話』続篇八〇に、束浊倩祥䟯皋ヶ谷の途の茶店にお野猪の小なるを屠るを芋る。毛癜くしお淡赀なり。奇しく思いその名を聞くにカモシシず答う。問うカモシシは角あるにあらずや。曰く、それはカモシカ、これはカモシシにお違い候ず。珍しき事ず聞き過ぎぬず蚘す。普通に深山に䜏むニクずいいお山矊に䌌た獣をカモシカずもカモシシずも呌ぶ(『重蚂本草啓蒙』四䞃)ãŒã€äž¹å³¯å’Œå°šã®ã€Žæ–°æ’°é¡žèšåŸ€æ¥ã€äžŠã«ð€žµçŒªã‚«ãƒ¢ã‚·ã‚·ãšå‡ºã™ã€‚ð€žµå­—éŸ³è±¹ãšã€Žåº·ç…•å­—å…žã€ã«ã‚ã‚‹ã®ã¿ã€èª¬æ˜ŽãŒãªã„ã€‚ã—ã‹ã—å®ŒãšçŸãšåŒéŸ³æ•…ã€çŸã®å­—ã‚’ð€žµãšæ›žã„ãŸãšèŠ‹ãˆã‚‹ã€‚éƒ­ç’žã®ã€ŽçˆŸé›…ã€èš»ã«çŒ¯ãšçŸã‚’äž€ç‰©ãšã™ã€‚æŽæ™‚çã¯ã€çŒ¯ã¯åŸŒäž–ã®çŒªçŸã€çŸã¯åŸŒäž–ã®ç‹—çŸã§ã€äºŒçš®ç›žäŒŒãŠç•°ãªã‚Šãšèª¬ã„ãŸã€‚ãƒ¢ãƒ¬ãƒ³ãƒ‰ãƒ«ãƒ•èª¬ã«ã€çŒªçŸã¯ãƒ¡ãƒ¬ã‚¹ãƒ»ãƒ¬ãƒ—ãƒˆãƒªãƒ³ã‚­ãƒ¥ã‚¹ã€ç‹—çŸã¯ãƒ¡ãƒ¬ã‚¹ãƒ»ãƒ¬ã‚Šã‚³ãƒ¬ãƒ ã‚¹ã€‚å°é‡Žè˜­å±±ã¯ã€çŒªçŸã™ãªã‚ã¡çŒ¯ã¯ã€æ—¥æœ¬ã§ãƒžãƒŸãŸãŸãƒŸãƒ€ãƒŒã‚­ãŸãŸã‚­ã‚œãƒŽã‚«ãƒ¯ã‚¯ãƒžãšç§°ãˆäœ“è‚¥ãˆãŠèµ°ã‚‹äº‹é…ã—ã€ç‹—çŸã¯ã€é§¿æ²³ã§ã‚¢ãƒŠãƒ›ãƒªãšå‘Œã³äœ“ç—©ã›ãŠé£›é³¥ã®ã”ãšã—ãšè¿°ã¹ãŸã€‚è²åŽŸç›Šè»’ã¯ã€çŒ¯ãƒžãƒŸã€ãƒŸã‚¿ãƒŒã‚­ãšã‚‚ã„ã„ã€é‡ŽçŒªã«äŒŒãŠå°ãªã‚Šã€å‘³å–„ãã—ãŠé‡ŽçŒªã®ã”ãšã—ãšã„ã£ãŸã€‚å’Œæ­Œå±±æ—§è—©äž»åŸ³å·é Œå€«äŸ¯ãŒäœãŸã‚‹ã‚‹éº»åžƒã®ãƒžãƒŸç©Žã®åã€ã“ã‚Œã«åŸºã¥ãäº‹ã¯ã€Žå…«çŠ¬äŒã€ã«ã‚‚èŠ‹ãˆã‚‹ã€‚ã“ã®ãƒžãƒŸã¯ä»Šæ—¥æ•™ç§‘æ›žãªã©ã«å°‚ã‚‰ã‚¢ãƒŠã‚¯ãƒžã€å­Šåãƒ¡ãƒ¬ã‚¹ãƒ»ã‚¢ãƒŠã‚¯ãƒžã§é€šã‚Šå±…ã‚‹ã‚‚ã®ã§ã€åœ¢ã‚‚å‘³ã‚‚é‡ŽçŒªã«ã»ãŒäŒŒãŠå±…ã‚‹ãŒå•–è‚‰ç£ã§é‡ŽçŒªã®é¡žã˜ã‚ƒãªã„ã€‚æ—¥æœ¬ã«å°‚ã‚‰ç”£ã—æ”¯é‚£ã®çŒªçŸãšåˆ¥ã‚‰ã—ã„ãŒã€å€§èŠã¯äŒŒãŠå±…ã‚‹ã‹ã‚‰æœ¬è‰å­Šè€…ãŒã“ã‚Œã‚’çŒ¯äž€åçŒªçŸã«åœ“ãŠãŸã®ã ã€‚ã—ã‹ã—ã‚ˆãè€ƒãˆã‚‹ãšã€æœ¬è‰å®¶ãªã‚‰ã§ã‚‚äž¹å³¯å’Œå°šã‚‚ã“ã®ç£ã‚’çŸ¥ã‚ŠãŠçŒªçŸã«åœ“ãŠð€žµçŒªãšæ›žã„ãŸã®ã§ã€ãã®é ƒã“ã‚Œã‚’ã‚«ãƒ¢ã‚·ã‚·ãšå‘Œã‚“ã ãã®åãŒã‚ãšã‹ã«çš‹ãƒ¶è°·èŸºã«å»¶å®å¹Žé–“ãŸã§æ®‹ã‚ŠåœšãŸã®ã ã€‚æ°ˆå’Œåã‚«ãƒ¢ã€è€¥å‘‰éŸ³ãƒ‹ã‚¯ã€æ°ˆã«ã‚‚è€¥ã«ã‚‚ãªã£ãŸã®ã§ã€çŸšçŸŠã‚’ãƒ‹ã‚¯ãšã‚‚ã‚«ãƒ¢ã‚·ã‚·ãŸãŸã‚«ãƒ¢ã‚·ã‚«ãšã„ã†ãšã„ãˆã°ã€ãƒžãƒŸã®æ¯›çš®ã‚‚æ°ˆã®ç”šã«ç«‹ãŠãŸã®ã§ã‚«ãƒ¢ã‚·ã‚·ãšã„ã£ãŸã‚‚ã®ã‹ã€‚ãšã«ã‹ãæŸæµŠäŸ¯ãŒçš‹ãƒ¶è°·ã§èŠ‹ãŸã‚«ãƒ¢ã‚·ã‚·ã¯é‡ŽçŒªã§ãªããŠã€å€–åœ¢ã‚„ã‚„ãã‚Œã«äŒŒãŸãƒžãƒŸã™ãªã‚ã¡ã‚¢ãƒŠã‚¯ãƒžã ã€‚è€Œã—ãŠè˜­å±±ã®ã„ã‚ã‚†ã‚‹ã‚¢ãƒŠãƒ›ãƒªã¯ã€ãƒžãƒŸã®äž€ç•°æ…‹ã‹åªä»Šåˆ€ã˜ãŒãŸã„ã€‚(『本草綱目』五䞀。『重蚂本草啓蒙』四䞃。『倧和本草』䞀六。『円珠菎雑蚘』鹿の条。『皇立亜现亜協䌚北支那郚雑誌』二茯十䞀巻五二―五䞉頁。)\n たた前項にちょっず述べ眮いたトルヌフル菌は欧州に食道楜の旅をした人のあたねく知るもので、予は䜙りゟッずせぬが圌方では非垞に珍重し、予の知人にトルヌフルを銳走するずの前眮きで、いかがわしい女を抱き捚お埡免にしお智謀無双ず自ら誇っおいた者があった。真正のトルヌフルは䞀八九䞃幎たでに䞉十五乃至五十五皮ほど発芋されいた。束村博士の『垝囜怍物名鑑』䞊に、チュンベルグの『日本怍物線』に拠っお本邊にも䞀皮あるよう出しおれど、癜井博士の『蚂正増補日本菌類目録』にはこれを茉せず。予はこの二十䞉幎間鋭意しお捜したれど、わずかにトルヌフルに遠からぬ゚ラフォミケス属の菌に寄生するコルゞケプス䞀皮を獲たばかりで、真のトルヌフルを芋出さない。真のトルヌフル䞭最も重芁なはチュベヌル・メラノスポルム。これは円くお麁い疣を密生し、茶色たたは黒くその銙オランダ苺に䌌る。䞊等の食品ずしお仏囜より茞出し倧儲けする。秋冬ブナやカシの䞋の地䞭に生ず。むタリアでもっずも貎ばるるチュベヌル・マグナツムは疣なく、圢ザッず蜜柑の皮を剥いだ跡で嚢の朰れぬ皋床に扁めたようだ。色黄耐で銙気は葱ず也酪を雑えたごずし。だから屁にもちょっず䌌お居る。秋末、柳や癜楊や暫の林䞋の地䞭たた時ずしお耕地にも産す。前幎埡倧兞に臚み、倖賓に䟛するに珟なたのトルヌフルず緑色の海亀肉を甚いたらそっちも歓びこちらも儲けるず、今曎気付いた人あっお、足䞋は圓䞖の陶朱子房だから䜕分播皮しくれず、凊女を提䟛せぬばかりに頌たれたが、所詮盗人を芋お瞄をなう急な盞談で、玀州などには二物ずもに恰奜の地があるがそう即速には事行かなんだ。\n 䜕故トルヌフルがかく尊ばるるかずいうに、盞も倉らず叀今を通じお浮䞖は色ず酒で、この品殊に粟力を増すから、旧く嬌女神アフロゞテの奜物ず厇められ諞囜王者の珍矞たり。化孊分析をやっお芋るに著しく燐を含めりずか。壮陜の説も䞞啌でないらしい。したがっお尟閭犁ぜず滄海竭きた霶蠅連は曎なり、いただ二葉の若衆より圊に杖぀くじいさんたでも、名を䞀戊の門に留めんず志す茩、皆争うおこれを求めたので、トルヌフルを厇重する䜙りこれを神の子ず称えた碩孊すらある。これその匷補の神効を讃えたに出づるはもちろんなれど、たた䞀぀はこの物土䞭に生ずるを䞍思議がる䜙り雷の産む所ずしたにもよる。支那でも地䞋にある倚孔菌䞀皮の未熟品を霹靂物を撃っお粟気の化する所ず信じ雷䞞雷矢すなわち雷の糞ず名づけ、小児の癟病を陀き熱をさたす名薬ずした。ただし久しく服すれば人を陰痿せしむずあるからトルヌフルの正反察で、珟今の様子ではこっちを奚励せにゃならぬかも知れぬ。(䞀八九二幎パリ版、シャタン著『ラ・トルフ』。゚ングレルおよびプラントンの『怍物自然分科』䞀茯䞀巻二八六―䞃頁。『倧英癟科党曞』十䞀版二䞃巻䞉二二頁。『本草綱目』䞉䞃。ブラントヌムの『レヌ・ダム・ガラント』䞀には、トルヌフル女人にもよく廻るずある。)\n さおトルヌフルを採る法をシャタンの曞に皮々述べたが、就䞭最も有効なは豕で、犬これに次ぎ、皀には人間の子䟛が犬豕よりもトルヌフルの所圚を嗅ぎ付けるのがあるそうだ。豕はよく四、五十メヌトルを隔おおもこれを嗅ぎ知り、盎ちに走っお錻で掘り出す。䞭にはトルヌフルをくわえお䞻人の手に授くるのもあるずいうがどうも法螺らしいず。豕はトルヌフルを掘り出しおわるず盎ちに䞻人に向っお賃を求める。その郜床暫の実などを少々賞䞎せぬず、劎働は神聖なりず知らぬかちゅう顔しおたちたちそのトルヌフルを食いおわり、甚だしきは怠業しおたた働かぬそうだ。豕も随分ずるいもので、盞圓に暫の実を貰いたた暫の棒でどやされるにかかわらず、ややもすれば隙を䌺うおトルヌフルをちょろたかす。二歳頃より就業しお二十たた二十五歳たで続くものあり。その技胜もずより巧拙あっお、よい豕は二時間にトルヌフル䞉十五キログラムを掘り出したずいう。日本の九貫䞉癟䞉十五匁䜙で、拙劻など顔は豕に化けおもよいから、せめおそれだけの炭団でも掘り出しおくれたら、冬䞭倧分助かるはずだずしみったれた蚀で結び眮く。\n かように豕の性質に぀いお善い点を探れば皮々倚かるべきも、豕が倚食・奜婬・懶惰で穢い事を平気ずいうは䞖に定論あり。『西遊蚘』の猪八戒は最もよくこれを衚わしたものだ。猪八戒前生倩蓬元垥たり。王母瑶池の䌚、酔いに任せお嫊嚥に戯れし眰に䞋界ぞ远われ、錯っお猪の腹より生たれたずいう。猪を邊蚳の絵本にむノシシず蚓たせ居るが、それでは烏斯蔵囜の高倪公の女婿ずなっお䞉十人前の食物を平らげたり、䞉幎間劻を密宀に閉じ籠めお行ない続けたり、枡倩の途䞭しばしば女事で倱敗したり、殊にはこの曞の末段に、仏勅しお汝懶惰にしお色情いただ泯びざれども浄壇䜿者ず為すべし、汝原食腞寛倧にしお倧食を求む。諞蟲の仏事䟛逊の時汝壇を浄めるの職にあれば䟛逊の品々を受甚しお奜からずやず宣うなどその事もっぱら家猪に係り、猪八戒は豕で野猪でないず蚌明する。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを維持しお、玠晎らしい文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " それも。\n 江戞の地理は暗いずいった自分に、墚堀ぞ――ずすすめお、この方面ぞ銬の錻を向けたのは、門之䞞だった。\n 考えおみるず、あの門之䞞がくさい。\n 途䞭から雚になっお、匕っ返そうずしたのを、先に立っお、無理にここぞ案内しお来たのも、門之䞞......いよいよ、怪しいのは門之䞞だ。\n ここは、向島を行き぀くした、客人倧暩珟の森蔭、お蓮さたの寮です。こんなずころに、叞銬家の別荘があろうずは、源䞉郎、知らなかった。たしおや今、お蓮様、䞹波の䞀党、十五人ほどの腕達者が、ひそかにここぞ来おいようずは! 近ごろ道堎に姿の芋えないこずだけは、うすうす感づいおいたけれども。\n 門之䞞はい぀のたにか敵ず内通しお、はじめから蚈画的に、若殿源䞉郎をこの窮地におずしいれたに盞違ない。その門之䞞は、さっき、しきりに源䞉郎に心を残す玄心斎、谷倧八の二人ずずもに、どこか控えの間ぞ招じ去られたきり、なんの音沙汰もない。寮の内は、森閑ずしお、\n ずっさに、これだけのきょう䞀日の远憶が、源䞉郎の脳裡を走ったのでした。\n はかられたず知った源䞉、血走る声で、\n「爺!、安積の爺! ダ、倧八ッ――!」\n 叫んだ刹那です。\n「筑玫の䞍知火は、闇黒にあっお初めお光るのじゃっ!」\n 岩淵達之助の䞀刀が、右から躍っお......。\n\n二\n\n 岩淵の達ちゃん......なんお、心やすく蚀っおもらいたすたい。\n 岩淵達之助、この人は、泣く子もだたるずいわれた怖いオッサンで、本郷界隈では、だだッ児の虫封じに、しばしばその名を甚いられた。これじゃアたるで、小児科の適薬みたようです。\n 冗談はサテおき。\n 叞銬道堎では峰䞹波から数えお二番目の䜿い手。\n いったい、物語に出おくる女ずいえば、こい぀がそろいもそろっお、みんな矎人。剣術぀かいは、出おくるのも出おくるのも、かたっぱしから剣豪だらけで、たこずに恐れ入りたすが、しかし、考えおみるず、これでなくっちゃア話になりたせん。匱い剣士なんお゚のは、堎ちがいです。あ぀かわないんです。\n 剣豪のうえに倧剣豪あり、そのたた䞊に倧々剣豪があるから、物事がこんでくる。\n で、今。\n 筑玫の䞍知火は闇に光る――なんかず、ひどく乙なこずを蚀っお、畳を螏みきる跫音すごく、源䞉郎に斬りかかっおきたのが、この岩淵達之助だ。\n 人の刀を䜿えなくしおおいおから、切るたんかでは、たかが知れおいる。\n はたしお。\n ボンダリ立っおいた源䞉郎だったが、倪刀颚䞉寞にしお剣気を察した圌、フむず身をそらしたから、はずみをくらった岩淵達之助は、刀を抱いたたた郚屋の向うぞスッ飛んで、どすん! 埡䞁寧に襖ずでも接吻したらしい音。なるほど、䞍知火のような刀圱が、芋事闇黒に癜線をえがいお走りたした。\n これだから、剣豪もあんたり圓おにならない。\n ずいっお、この醜態で達之助をわらうこずはできないのだ。なんず蚀っおも、盞手は䌊賀の暎れン坊である。刀は絡められおも、腕は絡められない。\n 真綿のぞばり぀いた長剣を、䟝然ずしお䞋々段にかたえ、壁を背に、スヌッず静かに䌞び立っおいる。\n 柳生流でいう、䞍砎の関守......。\n やっぱり、この構えだけは砎れない――ず芋えたのは、ホンの二、䞉秒でありたした。なにしろ、この恐ろしい敵の手にある刀は、もう刀じゃなく、ステッキのようになっおるんだから、そう甚心するこずはありたせん。䞍知火の連䞭、䞀時に気が匷くなった。\n もりあがる殺気に、四方のやみを裂いお数本の刃線が、䞀気に源䞉郎をおそった。呶号する峰䞹波。同士蚎ちを泚意する、あわただしい等々力十内の声......入りみだれる跫音ず、胆にしみる気合いず。右から巊から、前からうしろから、ただ䞀人を斬りに斬った。\n「えェむッ! これでもかっ!」\n「さ、この䞀倪刀で冥途ぞ行けっ!」\n「これが匕導だっ!」\n「おいっ、ずびちがえおは危い。䞀人ず぀かかれっ!」\n「ア痛っ! 誰かの斬っ尖が、おれの指にさわったぞ」\n だらしのないこずを蚀うや぀もある。黒闇闇裡――聞こえるのは、䞍知火連のかけ声だけ、閃めくのはその䞀党の剣光のみ。\n 源䞉郎は、音もたおない。この刀林の䞋、いかな圌もたたるたい。すでに膟にきざたれたに盞違ないのだ。\n ず! この時です。廊䞋のほうからこの郚屋ぞ、ぜっず、䞀道の明りがさしおきお、\n「たあ、お前たち、しばらくお埅ちったら! しばらく――」\n 意倖、この堎の留め女が、お蓮様ずは!\n\n侉\n\n ただでは刃向かえぬ手ごわいや぀をやっず謀略でおびきよせお、せっかく殺しかかったこの仕事なかばに、自分でここぞ出お来お止めるずは!\n ず、䞹波をはじめ䞀同は、いぶかりながらも、ずにかく䞻筋ずなっおいるお蓮さたのお声がかりだから、みんな䞍平そうに刀を匕いた。\n でも、内心、仕事なかばどころか、もう完党に仕事は終わったず思ったのです。\n みなの剣は血にぬら぀き、たしかに、返り血らしい生あたたかいものをあびた芚えもある。\n いた、郚屋の䞭に眩もっおいるのは、むっず咜せっかえるような、鉄錆に䌌た人血のにおい......䞀党は、手さえ血でべずべずしおいる。\n ここぞ今、灯がはいれば、たたみには深玅の池が溜っお、みじめに倉わりはおた䌊賀の若様の姿が、展開されるだろう――。\n そう思っお、早く燈火を歓迎するこころ。\n 䞀同、シンず声をのんで、明りの近づくほうをふり返りたした。\n「たあ、しばらく、しばらく、お埅ち......」\n お蓮さたはあたふたず、さやさやず衣擊れの音をさせおはいっおきた。\n「なんですねえ、ドタバタず、隒々しい!」\n さっき宵の口に、源䞉郎の倕选に絊仕に出た少幎が、先に立っお手燭をささげおいる。\n その光に。\n さッず宀内の状が、うかび出た。\n ずたんに。\n 峰䞹波、等々力十内、岩淵達之助、ほか十数名。\n「ダダッ! これはっ――!」\n 驚愕の合唱をあげた。\n お蓮様は? ず芋るず、柳の眉の青い剃りあずを、八の字に、矎しい顔をひきゆがめたなり、声もなく立ちすくんでいたす。\n 無理もない。\n 芋るがいい!......宀のたん䞭に党身朱にたみれお長くなっおいるのは、䞍知火門匟の若い䞀人! 仲間じゅうでよっおたかっお斬りさいなみ、突きたくった刀痕は、頞、肩、背ずいたるずころ、柘抎のごずく口をあけお、たるで、蜂の巣のよう――!\n「りヌム! あやたっお、ずんだ惚いこずをいたした......」\n 悄然たる䞹波の蚀葉も、誰の耳にもはいらないらしく、䞀同、刀をさげ、頭をたれお、黙々ずその無残きわたる同志の死䜓を、芋おろすばかり、頓みには声も出たせん。\n こんなこずずは、誰䞍知火。\n 道理で、なんだか手応えが匱いず思った。\n「迷わず成仏――」\n なんかず、かっおな奎があったもので、䞀人が片手を立おお拝んだりしたが、こい぀は迷うなったっお、無理です。これじゃア成仏できたすたい。\n 足もずにばかり気をずられお、䞀同がポカンずしおいる時、\n「ダダ! じゃ、かんじんの源䞉郎は? どこに?」\n ず気が぀いたのは、お蓮さただ。芋たわすたでもなく、広くもない座敷、片隅ぞ行ったお蓮様の口から、たちたち、調子ッぱずれのおどろきの叫びが逃げた。\n 䌊賀の源䞉郎、どこぞも行きはしない。\n ちゃんず床の間ぞあがりこんで、山氎の軞の前にナッタリ腰を䞋ろし、高芋の芋物ずばかり、膝ッ小僧をだいおいるではないか!\n ニダニダッず笑ったものだ。\n「もう出おもよいかナ」\n\n思案のほか\n\n\n侀\n\n チャリン! 揚げ幕をはねお花道から、しばらく......しばらくず珟われる、䌊達姿女暫。\n この留め女の圹を買っお、この堎ぞ飛びだしたお蓮様の気持たるや、さっぱりわかりたせん。\n いや、お蓮さたにかぎらず、だいたい女ずいうものは、そう簡単に割りきれる代物ではないんで。" }, { "role": "assistant", "content": " 女性は男性にずっお、氞遠の謎でございたす。その謎のずころがたた、男をひくのかも知れない。\n 道堎暪領の邪魔もの、源䞉郎を亡きものにしようず、ああしお策謀の末、やっずのこずで今しずめようずいうどたんばぞ、こうしお止めにはいったお蓮さたの心理。\n 恋しおいる男を、いざずなっおみるず、ずおも殺せなかったのかも知れたせん。\n たた。\n 自分に玠気ない源䞉郎に、この恩を売っおおいお、うんず蚀わせようのこんたんかもしれない。\n どっちにしろ、源䞉郎ずしおは今の堎合、䞀難去ったわけですから、その现長い、蒌癜い顔をニダッず笑わせお、のこのこ床の間からおりおきた。\n 刀の真綿はすでにずりさっお、ピタリ鞘におさめ、なにごずもなかったような萜ずし差し......倧きくふずころ手をしお、ナッタリずした態床です。䌊賀の暎れン坊、女にさわがれるのも無理はない。じ぀に、芋せたいような男っ振りでした。\n 䞹波の䞀味はあっけにずられ、刀をさげお、遠巻きに立っお眺めるのみ――もう源䞉郎に斬り぀ける勇気ずおもございたせん。\n 血みどろの死骞を芋おろした䌊賀の若様、ちょっず歩をずめお、\n「身がわりか」\n ず蚀った。ふずころの手を襟元からのぞかせお、顎をなでながら、いささか憮然たる面もち。\n ず、血のずんでいる畳に、癜足袋の爪立ち、さっず郚屋を出おいった。\n「源様、どうぞこちらぞ。ちょっずお話し申しあげたいこずが......」\n お蓮さたは、あわおお埌を远う。前髪立ちの少幎が、手燭をかかげお急いで぀づけば、あおりをくらった灯はゆらゆらずゆらいで、壁の人圱が倧きくも぀れる。\n バタバタず䞉人の跫音が、廊䞋を遠ざかっお行きたす。\n あずに残された䞀同、あんたりいい気もちはいたしたせん。\n「なんだ、銬鹿にしおおるではござらぬか。殺すはずのや぀を助けお、アノ源さた、どうぞこちらぞ――か。畜生ッ!」\n「おのおの方はお気が぀かれたかどうかしらぬが、お蓮の方は県をトロンずさせお、圌奎を眺めおおられたぞ。チ゚ッ、わしゃ぀らいテ」\n なんかずガダガダやっおいる時、お蓮さたは、悠然たる源䞉郎の手を持ち添えぬばかりに、やがお案内しおきたのは、现い枡廊をぞだおた奥庭の離庵です。\n 雲のどこかに月があるのか、この茶庭の敷き束葉を、䞀本䞀本照らしだしおいる。\n「あの、もうよいから、灯りはそこぞ眮いお、お前はあっちぞ行っおいや」\n ずお蓮様、にらむようにしお小姓を去らせた。\n 源䞉郎は突ったったたた、\n「安積玄心斎、谷倧八、門之䞞の䞉人は、いかがいたしたしたろう」\n ぜ぀りず、きいた。\n\n二\n\n お蓮様は、その問いを無芖しお、癜いきゃしゃな手をあげお、自分の前の畳をぜんずたたき、\n「た、おすわりになったらいかが? 源さた」\n 源䞉郎は、䟝然ずしおふずころ手。\n いた、雚ず降る癜刃の䞋をくぐった人ずも思えぬ静かさで、\n「䟛の䞉人は、どこにおりたすか、それを䌺いたい」\n 蚀いながら、しょうこずなしに、そこに片膝぀いた。\n たったく、䞍思議。\n 玄心斎、倧八、門之䞞の䞉人は、どこぞ぀れさられたのやら、この広くもなさそうな寮のうちは森ずしお、たずえいくら間をぞだおおいおも、今の斬合いが、䞉人の耳ぞはいらないはずはないのだけれど。\n 真倜䞭の空気は、凝っお、そよずの颚もございたせん。垣根のそずは、客人倧暩珟の杉林。陰々たる幹をぬっお、倜県にもほのかに芋えるのは、月を浮かべた遠い皲田の氎あかりです。\n その、田のなかの现道を、提灯が䞀぀揺れおいくのは、どこぞいそぐ倜駕籠か。やがおそれも、森かげぞのたれた。\n フず、くッくッず咜喉の぀たる声がしお、源䞉郎はギョッずしおお蓮様を芋かえりたした。\n 顔をおおっお、お蓮さたは泣いおいる。小むすめのように、䞡の袂で顔をかくし、身も䞖もなく肩をきざたせおいるお蓮様――。\n ず、その声がだんだん高くなっお、お蓮さたはホホホホホず笑いだした。\n 泣いおいるんじゃアない。はじめっから笑っおいたんだ。\n「ほほほほほ、たあ! 源䞉郎さんのたじめな顔!」\n チラず膝先をみだしお、擊りよるお蓮様のからだから、においこがれる幎増女の銙が、むっずばかり源䞉郎の錻をくすぐりたす。\n「ねえ、源さた。なるほど、お亡くなりになった先生は、萩乃の父ですけれど、それなら、いくら埌添えでも、このわたしは圌嚘の母でございたすよ」\n いかにもそれに盞違ないから、源䞉郎はだたっおいるず、お蓮さたはそれにいきおいを埗お、\n「それなら、いくら父だけが䞀人で、あなたを萩乃のお婿さたにきめお死んでいったずころで、この母のわたしが䞍承知なら、このお話は成りたたないじゃアありたせんか」\n この蟺から、お蓮様の論理は、そろそろあやしくなっお、\n「い぀たでたったっお、萩乃はあなたのお嫁じゃございたせんし、道堎もあなたのものではないのですよ、源様」\n ほっそりした指が、小蛇のように、熱っぜく源䞉郎の手ぞからみ぀いおくる。\n「あなただっお、䜕も、萩乃が奜きのどうのずいうのではござんすたい。い぀たで意地っぱりをお぀づけ遊ばすお぀もり? ほほほ、いいかげんにするものですよ、源様。そんなにあなたが、叞銬の道堎の䞻になりたいのだったら、あらためお、このわたしのずころぞお婿入りしお......ネ、わかったでしょう?」\n 道ならぬ恋の情火に、源䞉郎は思わず、䞀、二尺あずずさりした。\n「母䞊!」\n ず盞手の蚀葉が、この堎をそのたた、身をかばう歊噚です。\n\n侉\n\n 刀で殺さずに、色で殺そうずいうのでしょう。\n 剣にはどんなに匷い男でも、媚びには匱いものです。\n むダ、男を盞手にしお匷い男に限っお、女には手もなくもろいのが぀ねだ。\n 千軍䞇銬のお蓮様、そこらの呌吞をよっく心埗おいる。\n だが、なんがなんでも嚘ずなっおいる萩乃の婿、いくらただ名ばかりの婿でも、その源䞉郎にこうしお蚀いよるずは、これはお蓮さたも、決しお術の策のずいうのではございたせん。\n 真実、事実、実際、たったく、断然、俄然......ナニ、そんなに力に入れなくおもよろしい、このお蓮様、ほんずに䌊賀の暎れン坊にたいっおいるんだ。\n 男がよくお、腕がたっお、気性が単玔で、むかっ腹が぀よくお、かなり䞍良で、やせぎすで、背が高くお、しじゅう蒌み走った顔をしおいお、すこし吃りで、女なんど掟もひっかけないで、すぐ人をブッタ斬る青幎......こういう男には、女は片っ端から恋したものです。\n むかしのこずだ。今はどうか知らない。\n が、今も昔も倉わらぬ真理は、恋は思案のほか――お蓮さたは、モりモり源䞉郎に倢䞭なんです。\n 立ずうずする源䞉郎ぞ、背をもたせかけお、うしろざたに突いた手で、男の裟をおさえたした。\n「ほんに気の匷いお人ずは、源さた、おたはんのこずざたす」\n そんな䞋品なこずは蚀いたせんが、ぐっず恚みをこめお芋䞊げるたなざしには、たさに千鈞の重みが加わっお、倧象をさえ぀なぐずいわれる女髪䞀筋、䌊賀の若様、起぀に起おない。\n 剣難は去ったが、この女難はにがおです。\n もっずも、女にかけおは、剣術以䞊に名うおの源様のこずだから、たいがいの女におどろくんじゃあありたせんが、このお蓮さただけは、どう考えたっお、そんな矩理あいのものじゃアない。\n 第二の危機......。\n「母䞊ずしたこずが、チチ、近ごろもっおむたいな仰せ。げ、源䞉郎、迷惑しごくに存ずる」\n 角ばった口䞊――しかも、この堎合母䞊ずいう呌びかけは、熱湯に氎を泚ぐよう、たこずにお座のさめた蚀葉ですが、お蓮様は動じるけしきもなく、\n「わたしの蚀うこずをきけば、いいこずばかりですよ、源さた」\n「ハテ、いいこずばかりずは?」\n「あなたは䜕か、呜にかけお、探しおいるものがおありでしょう」\n「う、うん」\n 源䞉郎は、顔色を隒がしお、\n「゜、それは、母䞊もかの䞹波めも、同じ呜にかけおさがしおおるものでござろう」\n「さ、そのこけ猿の茶壺......」\n「りン、そのこけ猿の茶壺は――?」\n 二人はい぀のたにか、息を凝らしおみ぀めあっおいる。\n「ほほほほほ、そのこけ猿ですが......圓方ではもう探しおおりたせん」\n「ナナ、䜕? では、探玢をうちきられたか」\n「こっちの手にはいりたしたから、もうさがす芁はございたせんもの」\n「䜕むッ! こ、こけ猿を入手したっ!」\n「はい。今この寮にございたす。いいえ、この郚屋にありたす」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを最埌たでやり遂げお、芋事な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「ぞッ、付き合っおくれるかい――は氎臭いね、芪分の前だが、憚りながら呜には糞目を぀けねえ」\n「豪儀だね、もっずも、金には糞目を぀けたくも、埡同様癟も持っちゃいめえ」\n「違えねえ」\n 気が揃った二人、それから仕床をしお、薄暗くなる頃から長厎町、川口町䞀垯を匵りたした。\n「芪分、䜕にも来たせんね、もう亥刻(十時)過ぎたしたぜ」\n 蒞暑い晩でした。八五郎はすっかり茹っお、愚痎を蚀い始めたす。\n「静かにしろ、あッ、煙草入などを出しちゃならねえ」\n「驚いたね、どうも」\n「手前は銀町の方を芋おいるんだ、俺は東湊町の方を芋匵ろう、束平越前守様埡屋敷などはどうでもいい」\n\n五\n\n「あッ、船」\n「シッ、その船が怪しい」\n 二人は物蔭に隠れたした。銀町二䞁目、䞉の橋の橋詰に着けた小舟が䞀艘、䞭から二人の人間が無提灯で倧きな荷物を背負ったたた、長厎町䞀䞁目の方ぞ入っお行ったのです。\n「捕たえたしょうか、芪分」。\n「逃がしちゃ倧倉だ、――それ、倧野屋の裏ぞ入ったろう。今に出お来るに決っおいるから、舟の䞭に隠れおいよう」\n「そんな事をしおも構いたせんか」\n「構わねえずも、どうせ抜け荷を積んだ舟だ」\n 二人は曲者の出た小舟の䞭ぞ、音もなく朜り蟌みたした。\n「隠れる工倫はないか、八」\n「こんな小さい舟じゃどうするこずも出来たせんや」\n「匱ったなア、抜け荷を扱う人間は口が堅いから、ここで荒立おるず、芪船が刀らなくなる。倧川から芝浊、掲厎ぞかけお、あんなにたくさん船が居るから、どれが抜け荷を扱う芪船だか芋圓の付けようはねえ」\n「匱ったなア、――この葛籠の䞭はどんなもんで」\n「お前入っおみるか」\n「芪分は?」\n「菰の䞭ぞ隠れよう、氎垢で少しゞメゞメするが」\n 平次ずガラッ八がどうやらこうやら身を隠した時、曲者二人は垰っお来たした。\n「悪くねえ商売だな吉、和蘭カルタが䞉䞡だ、――こい぀は芪分には内緒だぜ」\n「いいずも、その代り䞀䞡は口止めによこせ」\n「たア仕方がねえ。ずころで、この蟺で江戞も切䞊げだろうな」\n「こんな仕事の深入りはよくねえよ」\n 曲者二人、静かに小舟を挕いで行きたす。\n それから半刻(䞀時間)あたり。\n 小舟は越䞭島を廻っお、掲厎六䞇坪の沖あたりたで来たした。\n「芪船は芋えるかえ」\n「灯がないから芋圓は぀かねえが、この蟺から遠くはねえず思うよ」\n「月が出たら刀るだろう、ゆっくり挕げ」\n「お、そこに居るぜ、声を掛けおみようか」\n「どっこい、うっかり声を出しお、芋匵りの船にずがめられるずうるさいぜ」\n 曲者の話を聞いお、平次は菰の䞭から顔を挙げたした。䞀二町先に、陞地近く泊っおいるのは、灯も䜕にもない、二䞉癟石積みの船です。\n ここたで芋定めおおけば、もう倧䞈倫です。\n「............」\n 埡甚ずも䜕ずも蚀わず、ツむ錻の先で櫂を握っおいる男の脇腹を、思い切り䞀぀突きたした。\n「りヌム」\n 䞀ぺんに目を廻した様子。\n「あッ、手前は䜕だ」\n 櫓を抌しおいた方の男が起ち盎りたした。\n「静かにしろ」\n 飛付いた平次。\n「あッ、た、倧倉ッ」\n なにぶん狭い舟の䞭、口を封じる隙もなく、芪船ぞ揎けを求められたす。\n「芪分、打ずうか、瞛ろうか、それずも氎ぞ投り蟌もうか」\n ガラッ八は挞く葛籠をハネ開けお、曲者の埌ろからむずず組付きたす。\n 隒ぎは䞀瞬でおわりたした。\n 二人の曲者を瞛っお、䞀応八䞁堀ぞ匕返し、改めお笹野新䞉郎が出圹、十数艘の小舟で怪しの船を囲み、呜がけの働きで、乗組の船頭八人を生捕ったのは、もう真倜䞭過ぎ。鉄砲を撃たれお、だいぶん怪我人も拵えたしたが、ずもかく、倧成功で埡船手屋敷たで匕いお来たのは暁方近くでした。\n 調べおみるず、これが、今(昭和十幎圓時)の南支那、台湟から日本の沿海を荒らし廻った、抜け荷(密茞入)扱いの䞀味で、和蘭人や葡萄牙人から、雑貚薬皮を仕入れおは日本ぞ持垰り、それを金に代えるかたわら、船着き堎で少幎少女を誘拐し、それを支那から、南掋ぞ連れお行っおは、良い倀で売り飛ばしおいたのです。\n 内地で人身売買をしないために、容易に露顕しなかったのですが、抜け荷ず関係があるず睚んだ、平次の慧県に芋砎られ、ずうずう䞀味十人悉く生捕られ、すぐさた手配をされお、倧坂、長厎に居る仲間たで䞀掃されおしたいたした。それは埌の話――。\n 誘拐された少幎少女のうち、今幎の春からの分だけ、玄半分は船の䞭で芋付け、それは銘々の芪蚱に還したしたが、䞍思議なこずに、金座圹人、石井平四郎の倅勇倪郎だけはその䞭に芋えたせん。\n 十人の曲者は、さんざん責め問われたしたが、本町や吹屋町は、船からの足堎が悪いから、人さらいに行った芚えはないず蚀い匵るのです。\n 呜はどうせないものず芚悟した悪者どもの蚀うこずですから、この蚀葉に嘘があろうずも思われたせん。\n 抜け荷さばきず人さらいの、江戞開府以来ずいう悪者の団䜓は挙げたしたが、たった䞀人の勇倪郎を救うこずが出来なかったのは、銭圢平次䜕ずしおも我慢がなりたせん。\n「八、匱ったなア、石井の倅は䞀䜓どうした事だろう」\n「芪分、諊めた方が無事ですぜ、あれだけ捜しお芋付からないんだから、いよいよ神隠しずでも思わなきゃア」\n 倧手柄に陶酔しお、八五郎はこんな事を蚀いたすが、仕事に神経質な平次はどうしおも諊め切れたせん。\n\n六\n\n「芪分、倧倉なこずになりたしたぜ」\n「䜕だ八、――近頃倧倉なこず続きで、滅倚な事じゃ驚かないが――」\n 平次は苊笑いしたした。䜕ずなく気の滅入る四五日だったのです。\n 銭圢平次の手柄は、いやが䞊にも評刀になっお、うっかり倖ぞ出おも、人に顔を芋られるようなこの頃ですが、平次にずっおは、それがたた、たたらない屈蟱のような気がしおならなかったのです。\n 頌たれもしない十䜕人の少幎少女は救いたしたが、あんなに頌たれた、たった䞀人の少幎を救うこずが出来ないのは、䜕ずいう意地の悪い廻り合せでしょう。\n「冗談じゃねえ、芪分、お春が死にたしたぜ」\n「お春?」\n「金座圹人の石井のお小間さ、――坊っちゃんがさらわれたのは私のせいだし、他の子が助けられた䞭に、坊っちゃん䞀人だけ芋付からないようでは、申蚳がなくお生きちゃいられないずいう遺曞があったんですっお」\n「それは気の毒だ、勝気な嚘のようだったから無理もないが、そう蚀われるず、䜕だか俺が殺したような気がしおならねえ」\n「芪分、冗談じゃありたせんよ」\n「ずにかく、石井ぞ行っおみようか」\n 二人はそのたた本町の石井平四郎の家ぞ行きたした。十日目ぐらいの蚪問です。\n 死んだお春は人気者だったので、家䞭が䜕ずなく湿っおおりたした。死装束の晎着に換えお、癜垃で膝を結え、銙たで焚いお、どこから持出したか、女持ちの懐剣、巊乳の䞋を䞀ずえぐり、歊士も及ばぬ芋事な最期だったそうです。\n「あ、早たっおくれた」\n 平次はその前に坐っおしばらく黙祷を続けたした。勝利の埌のほろ苊い悲哀ずいったようなもの、――名匠が䞍本意な仕事を俗衆にダンダず蚀われる時のような、――蚀いようもない腹立たしさず亀っお、若く矎しい嚘の死を悌む気持が、異様に胞を隒がせるのでした。\n「芪分さん、ちょいず」\n 新造のお君が平次を呌びたす。\n「ずんだ事で、埡新造――」\n「お春は可哀想ですが、このたたにしおおくず、乳母のお霜も生きおいないかもわかりたせん。お霜に䞇䞀の事があるず、勇倪郎の継母の私も――」\n お君は日頃から慎み深い、冷たい女でしたが、さすがに倫や䞖間の思惑にさいなたれお、䞇䞀の堎合には死んでもしたい兌ねたじき顔色です。\n「そんな事をなすっちゃいけたせん、坊っちゃんが生きおさえいるものなら、どんな事をしおも捜しお䞊げたすよ」\n 平次もこう蚀うのが粟䞀杯でした。" }, { "role": "assistant", "content": "「生きおいるこずは確かでございたす」\n「ずいうず?」\n「昚倜、坊やの着おいた着物の襟を剥がしお、こんな手玙ず䞀緒に店ぞ投り蟌んで行った者がありたす」\n お君が取出したのは、錻玙䞀枚ぞ、灰を溶いたような粗悪な墚で曞いた、仮名曞の手玙でした。恐ろしい悪筆で、容易には読めたせんが、倧骚折で匁慶読みにするず、\n\n〈坊っちゃんは無事だ、この䞊ずも殺させたくなかったら、十䞡よこせ。金は裏口の右土台䞋の穎ぞ入れおおくがよい、その䞊で折を芋お子䟛は返す。誰にも蚀うな、蚀うず子䟛の呜はないぞ〉\n\n ずこんな意味の事が曞いおあるのです。\n「金はどうしたした」\n「昚倜土台䞋ぞ入れおおきたしたが、今朝芋るず、無くなっおいたす」\n「誰かに芋匵らせたんでしょうね」\n「いえ、そんな事をするず、坊やの呜が危ないず思っお、――それにたった十䞡ですから」\n「なるほど、心配は埡尀もだが、惜しい事をしたものだ、――いや、たった十䞡欲しいず蚀ったのが面癜いな、どうかするず、もう䞀床癟䞡ずか二癟䞡ずか吹っ掛けおきたすよ」\n「そうでしょうか」\n「その時は埡新造」\n 平次は䜕やらお君の耳に囁いお垰りたした。\n\n䞃\n\n 翌る日、銭圢平次がガラッ八の前に硯箱を持っお来させたした。\n「八、ちょいず字を曞いおみる気はないか」\n「からかっちゃいけたせん。芪分、字を曞かされるような悪事をした芚えはありたせんよ」\n 八五郎はすっかりお冠を曲げたす。\n「たア、そう蚀うな、手玙䞀本曞くだけだ。ちょいずやっおくれ」\n「芪分が曞きゃアいいでしょう」\n「俺の字じゃ玍たらない事があるんだ」\n 錻玙を䞀枚、念入りに皺を拵えお、ガラッ八の膝の䞋に眮くず、犿筆ぞたっぷり墚汁を含たせお、嫌がる手に持たせたした。\n「芪分、勘匁しおください。字を曞くくらいなら、どんな䜿いでもしたすよ」\n「銬鹿、䜿い走りの利かないずころだ、それも䞊手が曞いちゃ圹に立たねえ、思い切り䞋手な字でねえず――」\n「䞋手な字が入甚なんで、あっしに曞けず蚀うんですかい」\n「早く蚀えばその通りだ、腹を立おるな八、江戞っ子は手習いの事や金の事で腹を立おちゃみっずもないよ」\n「呆れたもんだ、曞きたすよ、䜕ず曞きゃ、いいんで」\n「こうだ、〈十䞡はたしかに受取った、もう癟䞡芁るから、前の堎所ぞ入れおおけ、芋匵りを付けるず、子䟛の呜はねえぞ〉ずそれだけでいい」\n「驚いたね、芪分、こんな手玙をどうするんで」\n「拙い字だなア、よしよし、その拙いずころがいいんだよ、――ずころで、その手玙を、金座の石井の店ぞ投り蟌むんだ、぀いでにやっおくれ」\n 銭圢平次は手軜に蚀いたすが、ガラッ八の方は驚きたした。\n「そんな事をしおいいんですか、芪分」\n「いいおえこずよ、誰も八五郎を誘拐の曲者だず蚀う気遣えはねえ」\n「............」\n ガラッ八は黙っお立䞊がりたした。\n「ただ早いよ、陜の圓っおるうちはいけねえ、暗くなったらやっおくれ」\n「ペ」\n 平次の蚀い付けは善悪ずもに黙っお聎くガラッ八ですが、この脅迫状の投蟌みには、さすがに驚いた様子です。\n が、どうやらこうやら、それも無事に枈みたした。\n 翌る日の朝。\n「銭圢の芪分さんはこちらで――」\n 石井平四郎の女房お君は、召䜿も連れず、たった䞀人で神田の平次を蚪ねお来たのです。\n「おや、埡新造、こんなに早く、䜕か倉ったこずがありたしたか」\n 平次はお静ずガラッ八を県で遠慮させお、お君を奥ぞ通したした。\n「来たしたよ、芪分」\n「ペ」\n「やはり芪分のおっしゃった通り、癟䞡出せず蚀っお手玙が来たしたよ、少し手跡が違うようでしたが盞倉らず錻玙ぞ曞いた拙い字で」\n「そうでしょう、ずいぶん念入りに拙い字でしょう」\n 平次は堎所柄にも䌌ず、莞爟ずしたした。ガラッ八の曞いた字を、お君が拙いず蚀ったので可笑しかったのです。\n「それから䞻人ず盞談しお、裏口の土台石の䞋ぞ癟䞡入れたした、〈䞀日も早く子䟛を返しお䞋さるように、この䞊延び延びになるず、お春の二の舞が始たるかも知れない。乳母のお霜も、母の君も、生きおいる心持もしない〉ず手玙を添えたした、悪かったでしょうか」\n「構やしたせん、で、芋匵りは?」\n「やはり付けたせんでした」\n「手匕か仲間が家の䞭に居るから、芋匵りを付けおも䜕にもなりたせんよ、金を遠方ぞ持出させずに、裏口の土台䞋ぞ眮かせたのは、曲者の喰えないずころで――」\n 平次はそんな事を蚀っおおりたす。始めは芋匵りを付けなかったのを惜しがりたしたが、家の䞭の者が仲間で、䞀ず晩䞭でも隙を狙われるずしたら、芋匵りを぀けるだけ無駄ず刀ったのです。\n「その代り、小刀には、目印がありたす」\n「............」\n「改め圹ぞ差䞊げお極印を打぀前の、吹き立おの小刀ばかり癟䞡包みたした。あれを䞀枚でも䜿えば足が付きたす」\n「それはうたい、――そんな郜合のいい事があるずは知らないから、私は䞀枚䞀枚ぞ目印を付けるようにずお願いしたした」\n それも平次の指金だったのです。\n「埡免䞋さい、芪分さんはおいででしょうか」\n 入口にはもう䞀人の女客、その声を聞くず平次は、倧急ぎでお君を隣の二畳ぞ抌しやりたした。\n\n八\n\n「芪分さん、面目次第もございたせん」\n 入っお来たのは乳母のお霜でした。平次の顔を芋るず、いきなり畳ぞ厩折れお、赀ん坊のようにシクシク泣き始めたのです。\n「どうした、お霜さん、お前さんは悪人じゃない、が、䜕だっお、あんな倧それた事をやったんだ」\n「芪分さん、埡存じで」\n「知らなくっおどうするものか、――子䟛を隠しおおいた堎所が刀らないんで、今たで苊劎しおいたんだよ――倧根畑には、もうお前の元の亭䞻の文䞃は居ないぜ」\n 平次は本圓に䜕もかも知っおいる様子でした。お霜は、ただもう恐れ入っお頭も䞊がりたせん。\n「芪分さん、ずにかく、あれをお返し申したす。別れた亭䞻の文䞃ですがこんな悪事を重ねさせたくもありたせん。二床目の癟䞡は確かに私が取りたしたが、私から䞻人ぞお返しする顔もなく、ここたで持っお参りたした。どうぞ、私を瞛っお、このお金ず䞀緒に、お圹所ぞ突き出しお䞋さいたし」\n お霜は極印のない小刀癟䞡を平次の前に抌䞊べたす。\n「そんな事が出来るなら心配はしないよ。俺はただ、坊っちゃんが危ないから手が出せなかったんだ、どこに隠しおいる」\n「緎銬の文䞃の兄のずころに居りたす」\n「そうか、そい぀は知らなかった。緎銬の兄は䜕ずいう名前だ」\n「文巊衛門ずいう癟姓で、私の元の亭䞻に䌌ず堅気な男でございたす」\n「八、飛んで行っお、文䞃ず石井の坊っちゃんを連れお来い。䞋手な事をしお自棄を起させちゃならねえよ」\n「ペ――」\n ガラッ八は真っ盎ぐに飛んで行った様子です。\n「ずころで乳母さん、䜕だっおあんな眪の深いこずをしたんだ。石井の旊那、埡新造の歎きも容易じゃないが、そのためにお䞊にたで手数をかけ、可哀想にお春は死んでしたったじゃないか」\n 平次の調子はしんみりしおおりたした。\n「お春さんは可哀想なこずをしたした。あの時みんな申䞊げようず思いたしたが、文䞃が慟に目がくれお、十䞡ほしいなんお蚀っおきたもんで、ずうずう蚀いそびれおいるず、今床はたた倧それた、癟䞡ず吹っ掛けおくるじゃありたせんか。私はもう居おも立っおもいられなくなっお、ここぞ飛んで参りたした。慟埗ずくでしたんじゃございたせん、みんな坊っちゃんのためを思っお――」\n「誘拐しお坊っちゃんのためずは可笑しいぜ」\n「詳しく申䞊げなければわかりたせん。勇倪郎様は亡くなった先の埡新造の埡子さんで、今のお君さんずは継しい仲でございたす。お君さんはあの通りいい方ですが、自分の腹を痛めた子が二人も生れおみるず、どうしおも先劻の子の勇倪郎さんによくは圓りたせん、――いえ、私の目から芋るず、そう芋えたのでございたす」\n「フヌム」\n「旊那様はお圹所のお仕事が忙しくお、朝も晩もろくに子䟛衆の顔も芋ないような有様。こずに総領の勇倪郎坊っちゃんは、育ちが遅れお可愛盛りを病身で暮したために、旊那様も、぀い面倒臭がっお、存分に可愛がっおは䞋さいたせん。生れ萜ちるからお育お申䞊げた私にしおみれば、それが口惜しくっお」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "侀\n\n 昌平寺の俊恵が荒法垫ずいわれるようになったのはそう叀いこずではない。......昌平寺は歊蔵の囜における臚枈門の巚刹の䞀であるが、その頃はいわゆる関東五山の嚁望もうすくなり、さしお傑䜜した人物もあらわれず、いたずらに応燈関(倧応、倧燈、関山)䞉垫の盛時を偲ぶ臚枈宗門のもっずも衰えた時代で、倧埳寺の叀統をひいおいる昌平寺もすでにむかしの壮厳はなかった。しかしそれでも慧仙和尚のもずに老若十䜙人の僧が研鑜しおいたし、たた諞囜から来お挂錫する修業僧も぀ねに䞉五人は欠かなかったのである。......俊恵はもず土地の貧しい郷士の子で、幌いずき孀児になったのを慧仙がひきずっお匟子にした、性質のごくおずなしい、頭のすぐれお明敏な少幎だったから、和尚もこれは拟いものだずいい、檀家の人びずも俊恵さたはいたに倧智識におなりなさるだろうず噂をしあっおいた。かれは十八歳になったずき京ぞのがっお東犏寺に入り、そこで二幎、さらに建仁寺から鎌倉ぞ来お円芚寺で二幎、前埌たる六幎の修業をしお昌平寺ぞ垰った、そのずき二十四歳になったかれは芋違えるような偉䞈倫に成長しおいた、骚倪の六尺ちかいからだ぀きも、浅黒い顔にぐいず䞀文字をひいたような眉も、熒々ず光りを攟぀双眞も、すべおが逞しい力感に充ち溢れおいた。盞貌がみちがえるようになったのず共に性質もずんず倉った、少幎の頃から無口だったのがたすたすひどくなり、偶たたものを云うずきにはなにか噛んだものを吐きだすような調子だった、「俊恵さたはお倉りなすった」「むかし叡山の荒法垫ず呌ばれたのはあんな颚だったろうか」「いかにも荒法垫ずいう颚だ......」い぀かしらんそういう評刀がたちはじめ、やがおその名が近圚に匘たっおしたったのである。\n 晩春の或る朝はやく、ひずりの蟲倫が畑ぞゆこうずしお昌平寺の裏をあるいおいた、するず頭の䞊のほうでず぀ぜん劙な叫びごえが聞えた、びっくりしおふり仰いでみるず、寺の境内にある高い抧の朚のおっぺんに誰か人がかじり぀いおいた、ただ足もずは仄暗かったが梢のあたりは明るいので、すぐにそれが俊恵だずいうこずがわかった、蟲倫はもういちどびっくりしお、しばらくその異様な姿を芋あげおいたが、やがお恐る恐る呌びかけおみた、「......俊恵さた、そんなずころでなにをしおおいでなさる」するず暹の䞊からはひどく肚をたおたようなこえで呶鳎り返した、「真劂をさがしおいるんだ」そしおそれっきりたた早暁の空を睚んで動かなくなった。蟲倫にはもちろん真劂がなんであるかわからなかったので、庄屋の閑右衛門ずいう隠居にきいおみた、隠居はたいそう閉口したようすで、「ああ」だの「うう」だのずしばらく頭を捻っおいたが、「぀たりそれは、......たあ云っおみればこんなものだ」そういいながら指で空に円を描いおみせた。「それが真劂でございたすか......」「たあそうだ」「するず円いものですな......」「そうだ」「堅いものですかなそれずも柔らかいものですかな」「堅くも柔らかくもない」「色は......」「無色透明だよ」「生きおいるんですかそれずも」「いや生きおもいないし死んでもいない」「なんだかちっずもわかりたせんが、いったいその正䜓はなんでございたすかな正䜓は......」「匱ったな」隠居は自分でもじれったそうだった、「぀たりこうだ、この倩地の間にある物はすべお移り倉る、いたかたちがあっおも焌けお灰になり腐っお土ずなる、山は厩れるし川は......぀たりそういうようにいろいろず絶えず移り倉っおいる、そのなかで絶察に倉らないのが真劂だ、殖えもせず枛りもしない、焌けも腐りもしない、倩地が亡びおも亡びない、......たあ云っおみれば真劂ずはそういうものだ」「そうするずそい぀はよっぜど死倪いものですな」蟲倫は解せたような解せないような劙な顔をした、「それで......なにかそい぀は薬にでも䜿うんですかな」それからなお半刻ほど同じような問答が続き、やがお隠居閑右衛門が肚を立おお奥ぞひっこんでしたったので、蟲倫は結局なにもわからずじたいだった。このこずが噂になりだしおから間もなく、或る日のひざかりに俊恵は倧鍬を手にしお、本堂の裏の片隅をせっせず掘り返しおいた、季節はもう初倏にはいっお、照り぀ける日光は、境内の若葉に反映しお県に痛いほどぎらぎらず茝いおいた、俊恵はたるで頭から氎を济びたように汗みずくで、今はもう身の䞈を越すほども掘った穎の䞭でなおけんめいに鍬をふるっおいる、朋茩の僧たちがなにを云っおもきかないし、和尚が出お来お叱り぀けたけれど耳にもかけなかった、そのうちに檀家の老人が墓地ぞゆきがけにみ぀けお、なにげなく呌びかけた、「俊恵さた暑いのにご苊劎でございたすな、しかしなにをしおいらっしゃる」俊恵は鍬を打ちおろしながら呶鳎り返した、「......真劂をさがしおいるんだ」それからすぐに続けお、「......䞖間にもなし、倩空にもなし、地面の䞋にでもあるかず思っお......」そう云った、その声はたるで泣いおいるようだったず、檀家の老人はあずで語った。\n\n二\n\n それからひずしきり「真劂」ずいう蚀葉がずころのはやり物になった。俊恵の奇行は぀ぎ぀ぎず絶えなかったが、ここでは粟しく曞いおいる必芁はないだろう、こうしお幎が明け、倩正十八幎ずなった五月の末の䞀日である、慧仙和尚が方䞈で客ずはなしをしおいるず、小坊䞻のひずりが走っお来おけたたたしく和尚を呌びたおた、「方䞈さた早く来お䞋さいたいぞんです」「どうしたのだ」「俊恵さんがいた本堂で埡本尊さたず喧嘩をしおいたす」「......ばかなこずを云うな」「本圓なんです、埡本尊さたず本圓に喧嘩をしおいるんです」客がいるのでばかなこずをず叱り぀けたが、和尚はすぐに立っお方䞈を出おいった。\n 俊恵は本堂の須匥壇の前に立っおいた。片手に経巻を持っおいるのはそれたで読経しおいたものであろう、須匥壇に向っおぬっくず立ち、右手をぐっず前ぞ぀き出しながら、本尊の釈迊劂来像に倧喝をくれおいた、「......きさたは䜕凊のなに者だ」それは倩蓋をびりびり震わせるほどの声だった、「......身に぀けおいる蛮衣はなんだ、螺髪ずはなんだ、眉間の癜毫ずはそもそもなんだ、汝はいずれの蟺土から来た頓愚だ、云え、仏ずはそもなに者か」「俊恵......」はいっお来た慧仙和尚がうしろから叫んだ、「そのほうなにをしおおる、気でも狂ったか」「............」俊恵はくっずふり向いた、火を発するかず思える双県で慧仙をはたず芖、膏汗のにじみ出た額を高くあげおかれは叫んだ、「いかにも、俊恵は気が狂ったかも知れたせん、しかし垫の埡坊におたずね申す、この釈迊劂来は䜕凊のなに者ですか、毛髪の玉ず瞮れた、身に蛮衣をたずった、この偶像はそもなに者ですか」「さような愚問に答える蚀葉はない」「ではわたくしから申したしょう、これは」ず俊恵は手をあげおひしず本尊を指さした、「これは倩竺の迊毘矅衛城䞻の子で悉達倚ずいい、のちに釈迊牟尌ず呌ばれた人間の摞像でございたしょう、だがその倩竺の䞀城䞻の子が、われらにずっおなんだずいうのです、わたくしは幌少の頃からこの像の前に拝跪し、朝な倕な看経䟛逊をしおきたした、ひず口に申せばこの釈迊牟尌仏に仕えおきたのです、いったいこれはどういうわけですか、倧やたずの囜に生れた俊恵がなんのために倩竺の䞀城䞻の子の摞像を拝さなければならぬのです、たこずに暹䞋石䞊を家ずし、衆生を枈床するずいうこずが僧埒の悲願なれば、この茪奐たる堂塔ず異囜の像を棄おるこずが第䞀ではありたせんか、俊恵はたずこの仏像を攟逐したす」そう喚きながら、かれはひじょうな勢いで須匥壇ぞずびかかった、和尚はおどろいお誰ぞたいれず叫んだ、「俊恵は気が狂った、誰か来おずり抌えろ......」寺僧たちは向うからこのようすを芋おいたので、呌ばれるたでもなく走せ぀けお来た、そしお暎れたわる俊恵をずり囲み力をあわせおそこぞ捻じ䌏せた、「構わぬから瞛っお経蔵ぞ抌蟌めおしたえ」慧仙はそう呜じた、かれらは繩を持っお来お俊恵をぐるぐる巻に瞛りあげたうえ、講堂の裏にある経蔵の䞭ぞ担ぎこんだ。俊恵は抵抗をやめおされるたたになっおいた、県を閉じ口をひき結んで、埃臭い板敷ぞ投げだされたきり身動きもしなかった。「よく聞け俊恵......」慧仙和尚はかれの䞊ぞ身を跌め、ひず蚀ず぀噛んで含めるように云った、「おたえはなた孊問にあおられおいるのだ、堂塔や仏像の吊定などは田倫もたやすく口にできる、さような県前鎖末の事に心をずられるようでは、倧悟の境に到る道はただただ遠い、修業のはじめには誰しもいちどは昏迷するものだ、いや䞉床も五床も昏迷し、気も狂うだろう、けれどもそれが劄執ずなっおは救う道はない、おのれを超脱せよ、些々たる自己の芳念に囚われるな、孊問は必ずいちどその範疇の䞭ぞ人間を閉じこめる、その範疇を打開するこずが修業の第䞀歩であろう、頭の䞭からたず孊問を叩き出すがよい、跌蹐たる壺䞭からずびだしお、空濶たる倧䞖界ぞ心を攟぀のだ、窓を明けろ......」俊恵は黙っおいた、和尚の蚀葉はなんの感動をも䞎えなかったようすである、かれは息も絶えた者のように、蒌癜い顔をのけざたにしお埃の䞊に暪たわっおいた。" }, { "role": "assistant", "content": " 俊恵の脳裡には荒涌たる颚景が去来しおいた、葉の萜ちた林がみえる、裞の现い枝が厳寒の颚のなかでひゅうひゅうず泣く、枯草のみじめに固くしがみ぀いた涯の知れぬ荒地、どこから来おどこぞゆくずもなく灰色に䌞びおいるひず筋の長い道、暗柹ず垂れさがった鉛色の雲の䞋に、ぞっずするほど寒ざむず凍っおいる沌、......そしおそういう颚景のなかをずがずがずあるいおゆく人間の孀独な姿が、い぀たでもかれの空想をひきずっおやたない、人間はい぀かは死ぬのである、いかなる富も暩力も死からのがれるこずはできない、営々五十幎の努力は金殿玉楌を造り暩勢ず歓楜を䞎えるかも知れないが、いちど死に遭うやすべおあずかたもなく消え去っおしたう、この䞖にあっお存圚のたしかなるものはたさに「死」を措いおほかにないのだ、かくお死はすべおの消滅でありながら、しかも唯䞀のたしかな存圚であるずいう、この矛盟は果しおどう解すべきものだろうか......。\n\n侉\n\n かれは六幎のあいだこの疑問を解くために修業しおきた、しかし远求すればするほどわからなくなるばかりだった、諞山の孊堂にたなんだが、そこでは経兞の字句の末節を匄ぶ煩瑣哲孊が暪行しおいたし、犅門を叩けば栲栳の仮面をかぶった瑠璃犅の臭気ばかりが錻を぀く、――生死超脱、口頭でやすやすずそう䞀喝できるのは、死がいかに避くべからざる宿呜であるかずいう諊芳に発するもので、生きおあるこずを肯定する䞊には立っおいない、䞇物無垞、生者必滅ずいう芳念を土台ずするならば「生死超脱」はその逃避である、これはどうしおも俊恵には承服するこずができなかった、あらゆる生物がやがおは死滅するだろう、いかなる代償を以おしおもそれだけは賌うこずはできないに盞違ない、それはたさに動かすべからざる事実である、しかし同時にあらゆる生物が掻きおあるこずも事実ではないか、生物はすべお死ぬたでは生きるのである、死が吊定しがたいものであるなら、生もたた吊定するこずはできない、死が必ず珟前するものだずすれば寧ろ生きおあるこずを肯定し、そのたさしい意矩を把握すべきが先だ、生死超脱は生きるこずの䞊に立たなくおはならぬ、俊恵はその䞀点に身心を叩き぀ける思いで修業した、そしお今日たでに埗たものは空々たる「無」だった、かれの脳裡を去来する荒涌たる颚景、ひたすら死の道をゆく絶望的な人間の姿、それがどうしようもない力でかれの芳念をひきずりたわすのだ。......そのずき䞖間はどんな状態だったろうか、本胜寺に亡びた信長のあずを受けお秀吉がめざたしく擡頭しおきた、戊えば砎り攻むれば必ず降し、しだいに諞囜をおのれの手に収めたうえ、倩正十四幎には぀いに倪政倧臣に任ぜられお、倩䞋はその嚁歊の前に慎䌏した。けれどもむろんただ泰平ずいうには遠い、幎々どこかに兵火が揚るし、珟に関東には北条氏の匷倧な勢力が根を匵っおいお、いた豊臣氏に敢然ず䞀戊を挑み、小田原城を䞭心にあわただしい颚雲が巻き起っおいる。こういう䞖盞を仏埒はなんずみるか、――修矅劄執の巷、ずよそにみくだすだけである、戊火に逐われる民たちにも䞀怀の斜粥をすれば胜事足れりずしおいる、衆生枈床ずいうのは口舌の理想で、じっさいにはたったく衆生ず亀枉がない、こういう事実だけをずりあげお圓吊を論ずるのは誀っおいるし、それではそこからどう実践に螏みこむべきかを考えるず、俊恵にもたるで方途が぀かないのだ。かれは仏法そのものにさえ疑いをもった、宗教は理論によっおあらわれはしない、発生はきわめお玠朎で簡明だ、かれは発生たでかえるずころに打開の道を求めた、その第䞀が「釈迊は倩竺びずである」ずいうわかりきった点である、倩竺びずを「本尊」ずするこずに些かの疑いをもたない仏法のありかた、それがずもかくもひず筋の光りずなっおかれの頭にひらめいおきたのだ、したがっお本尊攟逐はかれの目的ではなく、そこから改めお出なおす手段だったのである。\n 倜になっおから小坊䞻のひずりが握飯を持っお来た、そしお自分の手で持ち添えお喰べさせようずしたが、俊恵は県を閉じたたた石のように動かなかった、「喰べないんですか、喰べないずおなかが枛りたすよ......」小坊䞻は気のどくそうになんども念を抌したが、うんずもすんずも返蟞がないので、やがお握飯を竹の皮のたた口の届きそうな所ぞ眮いおそっず出おいった。明くる朝、おなじ小坊䞻がたた結飯を運んで来たずき、前倜のものが手も぀けずにあるのを芋た、それからは幟たび来おみおもおなじだった、飯粒を口にしないばかりでなく氎も飲たない、「......俊恵さた倧䞈倫ですか」小坊䞻は心配そうに芗きこんだ、「少しでも喰べるほうがいいのになあ、それでないず死んじたいたすよ......」俊恵はやはり答えなかった、小坊䞻はいかにも思案に䜙ったずいうようすで溜息を぀いた、それから銖を傟げながら、「和尚さたが瞛ったりしたんで、よっぜど肚を立おたんだな」ず䜎いこえで呟き、悲しげに経蔵を出おいった。......こうしお飲たず喰べず、眠りもしない日が経っおいった、五日たでは蚘憶にあるが、それからどれほどの時が過ぎたか芚えおいない、けれどもそのうちに倖でなにか倉ったこずが起ったらしく、遜しく寺ぞ出入りする人の足音や、急にひっそりしたかず思うず、にわかに眵り喚く声などが、昏沌ずした俊恵の意識をずきどき珟実ぞひき戻した、だがそれを䞍審に思うゆずりはなかった、かれは小坊䞻の口にした蚀葉を知らず知らずのうちに反芻しながら、ふずそこに迷路の出口がみ぀かりそうに思え、思想の虚実をあ぀めお凝芖を続けおいたのだ、――飯を食わぬず腹が枛る、そしお぀いには死ぬ。そのずおりである、そしおそれが「そのずおりである」こずのすぐ次ぎになにかがある、なにかが、......俊恵は県をみひらいた。\n\n四\n\n 闇の䞭に県をみひらいた俊恵は、呌吞をずずのえ粟神を凝らしお智恵光の発するのを埅った。埮劙な刹那ずはそういう堎合をさすのだろう、しかしそのずきかれの県は芳念の䞖界からたたしおも経蔵の䞭の珟実ぞひき戻された、身をずり巻く塗り朰されたような闇が、どこからずもなく埮かに明るみはじめたのである、それは倜から朝ぞの光りではなかった、赀みを垯びおいるしゆらゆらず揺れる、ずきどきはたず闇にかえるが、すぐたたおどろおどろしく光りを揺曳するのだ、県がそのこずを認めるず間もなく、耳にもしだいに倖の物音が聞えだした、......戞々ず地をずどろかす銬蹄の音が、山門から鐘楌のほうぞず疟過した、前庭のあたりでするどい悲鳎がおこり、「逃げろ......」ずいう喚きごえに続いお、ずりみだした人の足音が境内を暪に厩れたった、なにか倉事が起っおいる、俊恵ははじめおわれに返った、数日たえから朧ろげには聞いおいた隒音が、いたはっきりず蚘憶の衚に甊り、唯事でないずいう感じがかれを呌び芚たしたのだ。俊恵は身を起した、そのずきいかにも危急を告げるように早鐘が鳎りだした、経蔵の䞭はい぀か赀く揺れる光りで満たされ、ぱちぱちず物の焌けはぜる音が間近に聞える、そしおふいに扉の隙間が県をみひらいたかの劂く火燄の色に染たった。――寺が炎䞊しおいる、俊恵は息が止るように思い、よろよろず立っお扉ぞ身を凭せた、耳を柄たすず隒動は寺の内だけではなかった、遙かに遠く、おそらく忍の城䞋ずも思えるあたりでは陣鉊や銃声さえ聞えおいた。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを維持しお、玠晎らしい文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 䞍平は画家のこの官蚱怜定制床を承認した䞊での䞍平でしかあり埗ない。――新垝囜矎術院が官蚱の単䞀的矎術団䜓ずなったこずは、それだけ取っお芋ればただの官僚化に過ぎないずも考えられるかも知れないが、䜵しそれが䞁床汜船の運転士や飛行士のように、䞀等二等ず区別を぀けられるこずによっお、云うたでもなくそこに矎術そのものの評䟡ず瀟䌚的通甚ずに察する統制が働き出す。この点文芞懇話䌚も之ず少しも倉らないのである。\n 䟋えば文芞懇話䌚が、暪光利䞀や宀生犀星の代りに、島朚健䜜にでも文芞賞を䞎えたずしたらどういうこずになるか。仮に島朚が今よりも遙かに尀もらしい瀟䌚的地䜍にでも登っおいたずしおも、そういうこずは想像も出来ないこずだろう。この文芞懇話䌚が劂䜕に尀もな穏和な圢をもっお而も有効な文芞統制機関であるかは、䞖間の云う通りでもあるし、又ここからも刀るこずだ。\n 著䜜暩審査䌚に就いおは䞖間でず角の議論が亀されおいるが、本圓に䜜家や出版屋ずいう著䜜暩所有者の利益擁護組織であるかないかは埌にしお、それよりも先に、この職業的利益擁護組織だずいう尀もな圢を通しお、䜜家や出版屋の自由行動を倖芋䞊自発的に、統制する組織であるこずは云うたでもないので、之によっお又著䜜物そのものの内容に察する統制が最も無抵抗に円滑になるこずは云うたでもないこずだ。䟋えば圓局による怜閲なども之によっお瀟䌚的に合理化されお芋えるずいう結果になるのである。\n 䞀䜓文化統制の原始的な原型である怜閲ずいう問題は、職業組合乃至職業的利益擁護組織の結成ず玙䞀重の関係におかれおいる。埓来内務省を䞭心ずしお関係各官庁によっお構成されおいた映画統制委員䌚は、民間映画業者代衚を召集しお、映画界の自由競争の察策を諮問したが、之に答申する意味に斌お、映画資本家達はみずから日本掻動写真連盟なるものを蚭立するこずにしたずいうこずである。\n 自由競争に察する映画営業の統制であるから、補䜜技術の研究や垂堎の協定などが、普通の商品生産統制の堎合ず同じに問題になったわけだが、ただ映画などずいう文化的䌁業に特別な問題は、怜閲制床なのであっお、この連盟もこの「怜閲制床の合理化」ずいう課題をみずから提出しおいるのである。\n 凊が怜閲の合理化ず云っおも、実は怜閲を本圓に理性的に合理化するこずではなく、即ち怜閲に察しお理性的根拠から批刀抵抗を詊みるずいうこずではなく、぀たり圓局ず映画資本ずが怜閲に関する事前の協定を取り結ぶこずに他ならないのであっお、䞀䟋ずしおは日掻トヌキヌ「のぞかれた花嫁」のように、党篇を通じお歌詞の吹き蟌み盎しをしなければならぬような䞍経枈を合理化するこずに他ならないのである。\n だから怜閲の合理化なるものは、結局映画䌁業の無政府䞻矩的自由競争の䞍経枈を統制的に敎理するこずず䞀぀づきのこずだったのが、ただ問題はこの合理化が同業者同志の間の合理化や䜕かではなくお、囜家暩力の圓事者ず映画䌁業家ずの間の云わば䞀皮の政治的察立の間に斌ける協定だずいうこずである。\n 映画の堎合に芋受けられるように、興行は䞀般接客業ず同様に圓局に察しお阿諛的であり、支配瀟䌚に向かっお事倧的なものであるのが通り盞堎であるが、そこからこの皮の職業組合がおのずから圓局肝煎りの官蚱組織ずなり、怜閲の合理化のための機関ずもなるのである。\n 垝囜矎術院も著䜜暩審査䌚も文芞懇話䌚も、䜵しこの日本掻動写真連盟ず本質䞊別なものではない。之等も亊実は官蚱乃至半官蚱職業擁護組織であるこずによっお、「怜閲を合理化す」ものだったのである。吊実は、「怜閲を合理化す」ためにこそ、圓局自身の発意によっお、或いは阿諛的に事倧的に圓局の意を䜓しお、文化職業界が単䞀組合化されるのである。組合の結成だから利益の擁護だず思っおいるず倧きな油断で、それはそのたた盎ちに「怜閲の合理化」ずなっおいるのである。\n 或る皮の自由䞻矩者は、自分では圓局に察しお云わば儀瀌的にしか阿諛的でないず考えるかも知れず、そうした戒心を有ちながらこの倫々の単䞀的文化職業組合の結成運動に携わるのだず考えおいるかも知れないが、そういうこずはすぐ様圓局ずの「協定」を意味するのだずいうこずは忘れおいるらしい。之は善良な人の奜い自由䞻矩者が劂䜕に芋事に文化統制運動の䞋玚幹郚ずしお利甚され埗るものか、ずいうこずの奜い蚌拠だ。之は劎働運動に斌ける所謂ダラ幹ず䞀぀であっお、䟋えば矎術院の䌚員や著䜜暩審査䌚員や文芞懇話䌚のメンバヌが、単に支配的であるばかりではなく又支配者的な文化職業人である所以に盞圓する。これはただの職業組合ではなくお「埡甚組合」なのだ。\n 怜閲の「合理化」ず職業組合の結成ずが䞀぀づきであるこずは、矎術家や文士や映画ファンには少し気の毒ではあるが、䞇才(挫才)協䌚ずいうものに䞀等よく珟われおいる。譊芖庁では䞇才の台本を怜閲しようず䌁おおいるのであるが、圓業者は䞇才の特殊性を挙げお䞇才が決しお画䞀的に予定のコヌス通りに行くものではないので、怜閲は困難だずいう意芋であった。\n そこで圓局は関東方面の䞇才を打っお䞀䞞ずしお、䞇才協䌚を造っおはどうかず提案した。無論阿諛的で事倧的な䞇才達は䞀も二もなく之に賛成せざるを埗なかった。凡そ職業組合の結成に反察する理由は、ここでも無論あり埗なかったからだ。だが怜閲かそうでなければ、職業組合か、ずいう文化統制の䞀぀の秘密は、䞊調子の䞇才達には気が぀かなかったのである。他の文芞的、芞術的、䞇才家達にも気が぀きにくいのだから、無理もないこずだ。――文化的職業組合の結成必ずしも怜閲の匷化=合理化の䌏線ずは限らぬ、ず反察する人がいるかも知れない。だが圓局肝煎りの組合結成には文化統制(怜閲がその原型)以倖の目的がある筈はない。そしお逆に文化統制の必芁のない凊には、即ち文化圏倖の䞖界では圓局は必ずしも組合結成䞻矩を採甚しおいるずは限らないのである。\n 䟋えば矎容院―床屋(尀も埌に芋るように服食矎容も䞀぀の文化であるのだが)組合は最近圓局の保護=肝煎りから解攟された。既埗暩を有っおいる圓業者は組合倧䌚を開いお之に反察したが、他の方面の文化統制に忙しい圓局は、ただ矎容院乃至床屋の文化的䜜業の怜閲にたで必芁を感じなかったので、床屋は自由にどこにでも開業出来るずいうこずになっお了った。\n 尀も矎容服食であっおも、倫が思想や運動に関係する限り、圓局から文化の資栌を以お遇されるこずを忘れおはならない。小孊校の女教員制服の問題や、モダンガヌルの断髪犁止問題は、教員(䞻に校長)偎自身から阿諛的に事倧的に圓局に申し出たものだが、云うたでもなく倫は圓局の文化統制の意を䜓しおのこずである。之は思想の䟋だが、瀟䌚運動の堎合の䟋では職工女工の制服を制定しようずいう案が実斜され぀぀あるのを芋るこずが出来る。\n 思想や瀟䌚運動の可胜性を有っおいるグルヌプには、制服を着せるこずによっお之を官吏埅遇にしようずいうわけであるが、それは぀たり劎働者を官吏のような無制限サヌビスをする矩務を課せられたサヌノァントにするこずに他ならない。制服は確かにそういう魅力を有っおいる(自動車運転手や女絊に制服を着せようずいうのは、文化統制ずいうよりも単に䜿甚番号の圹目を負わせるためかも知れないが)。\n 怜閲の匷化ず職業組合の結成ずの間の文化統制に斌ける秘密を物語るもう䞀぀の䟋は、挔劇統制の堎合である。譊芖庁は俳優を䞭心ずした東京技芞者協䌚なるものず、興行䞻を集める東京興行者協䌚なるものずの創蚭を目論んだず䌝えられおいる。俳優の技芞者協䌚の方は埌にするずしお、東京興行者協䌚は倚聞に掩れず「興行取締芏則の培底」や「怜閲方針」のために結成されるのである。\n 俳優の劎働匷化䟋えば(レノュヌガヌルの堎合)が、「工堎法」的に防止される必芁のある限り、之を興行者自身の自発的な統制に転嫁するのも、亊この興行者協䌚の機胜である。凊がこの怜閲甚の興行者協䌚は、云うたでもなく興行者の職業組合だずいうこずによっお興行者に魅力があるのである。興行者達はこの魅力に魅せられお、怜閲や之に基く劇堎文化統制の加圧などは之を易々ずしお拝承するのである。\n ず云うのは、最近倧劇堎の倚量出珟以来、埓来倧劇堎を圧倒しおいた䞭小劇堎は急に営業䞍振に陥っお来たからで、これを「合理化」するために劇堎営業者の職業組合が必芁であるような感じを、䞭小営業者たでが有぀ようになったからである。\n だが、凡そ文芞懇話䌚や、垝囜矎術院や、著䜜暩審査䌚ず党く同様に、こうした職業組合は決しお䞭小営業者の珟実の利益ずはならずに、倧䜓に斌お既成の少数の組合幹郚の利益に奉仕するこずしか出来ない。\n 文化界では経枈的なゲれルシャフトず瀟亀組織ずが、ただあたりハッキリず分離しおいないので、云わばトラストず「協䌚」ずが䞀぀になっおいる郚面が倚いから、単䞀トラストが「協䌚」ず名乗っお官蚱の特暩を振りたわすこずが蚱される。\n トラストならばすぐ様䞭小業者の察抗運動に出䌚うのだが、文化的な「協䌚」ならば党䜓の利害を防衛出来るかのように、幻想され埗る䜙地があるだろう。東京興行者協䌚はそのいい䟋であっお、之が経枈的統制の所産ずしおでなくお文化的統制の所産ず考えられる意味はそこにあるのだ。\n 俳優の東京技芞者協䌚の方は、歌舞䌎・新掟・喜劇・レノュヌ新劇の各郚門に分けお、䞊は歌舞䌎の千䞡圹者から、䞋は矀小レノュヌガヌルに至るたで䞀人残らず網矅しお、各人に平等な発蚀暩を䞎え、俳優の生掻向䞊、䞭間搟取の打砎、盞互の芪睊を蚈ろうずいうのだそうである(『郜』䞉五幎䞃月䞉十日付)。之も亊文化的瀟亀組織ず経枈的利益組織ずの混淆であっお、劎働組合ず「修逊䌚」のようなものずが接合されたものに他ならない。経枈的な劎働組合が文化的「協䌚」の面目を持぀凊が、文化統制のメカニズムの秘密を物語っおいる。――文化の向䞊の名に斌お、文化掻動や政治運動や経枈的職業的利益が、掣肘され制限されるこずが「文化統制」の意味なのである。\n 文化統制は日本のように官僚機構が匷暩的に発達しおいる瀟䌚では、むタリアやドむツのような非文化的な刺激を䞎えずに、䞀芋甚だ文化的に実行に移されるこずが出来るから、「文化統制」は益々ゎムの棍棒のように有効無害な日本文化ファシズムの歊噚ずなるのである。" }, { "role": "assistant", "content": " でこの点から芋る限り、䟋の囜䜓明城の運動などは、それが文化統制の兞型的なものであっただけに、やや露骚に過ぎお华っお倧しお有効ではないかも知れない。少なくずも憲法孊者協䌚でも造り、憲法孊者の制服でも制定し、憲法省でも蚭け、䞀等憲法孊者、二等憲法孊者ずいう区別でもしない限りは、充分に「日本文化ファシズム」的にはなり埗ない。\n 文化統制の赎く凊無限である。服装は文化の端的な珟われで䞀切のものが制服文化の内に吞収される、ただの文化では文化以倖のものは吞収され埗ないが、制服ずいう文化の内ぞは䞀切のものが、経枈的利害も政治運動も文化運動自身も、曎に又野蛮そのものたでも易々ずしお吞収される。さおこういう颚に䞀切のものを出来るだけ制服的文化の内に吞収すれば、之を統制する事は極めお容易で、こういう統制的消化液の機胜を果すのが「文化統制」だずいうのである。\n(䞀九䞉五・䞀二)\n\n\n五 䞉六幎床思想界の展望\n\n\n 実際問題ずしお、この幎にどういう圢の諞問題が思想界を賑かすか、又この幎の思想界の䞀般的な傟向はどうだろうか、ずいうこずに就いおは、極めお倧雑把な茪郭しか描くこずが出来ない。ずいうのは珟に機関説問題ずいうようなものであっおも、倫が実際に問題にされないうちは、誰もそうずは思いも及ばなかったもので、いわば偶々時宜に適した(?)か圓ったか、の結果だずいっおもいい䜍いだからである。\n 尀もこういう問題が受け容れられたのには、いうたでもなく思想界の既定の䞀定傟向が予めあっおのこずであるが、䜵しこの問題の発展によっお、思想界の予定傟向があんな圢の特城をもっお展開するずは、誰も考え埗なかったこずだろう。\n だが実をいうず機関説問題にしおも、掛声ほどに思想䞊の重倧性をもっおいたものではなかったので、その実質的比重は䞉五幎䞀杯で倧䜓正䜓を珟わしたずいっおいいようだ。ずいうのは、今埌この問題は段々ず実際的な興味を぀なぎ埗なくなっお行くだろう。独り機関説問題に限らず、䞀般に日本ファシズム思想にぞくするものは段々ずその空景気を芋倱っお、少なくずも沈静に垰し萜ち付いお行くだろうず思う。\n 䜆し決しお匱たるずは考えないが、これに察比しお又、自由䞻矩に関する諞問題も著しく萜ち付いた圢態を芋せお来るだろうず思う。\n では䞉六幎は思想界に特色のなさそうな幎であるか。思想の動きを䞖間向きの刺激物ずしお芋るなら、恐らくそうではないかず思う。だが、思想界の本圓の動きは、そうした倖郚的な刺激を有たない時にこそ、华っおその内容が充実するものだずいうこずを、泚目せねばならぬ。思想動向が萜ち付けば萜ち付く皋思想界は問題に富んで来る。\n そしお又、思想界が萜ち付くに埓っお、思想䞊の問題の怜蚎に関する埅望なるものが、意味を持っお来るこずが出来る。ずいうのは、必芁ず考えられる諞問題が実際䞊にもずり䞊げられる、ずいう条件が可胜になっお来るのである。\n 思想動向が荒々しい時期には、根本的な意味のある問題などは、暎力的に抌し流されお了うものなのだ。\n\n さお䞉六幎の思想界に就いお、私はどういう問題が提出されるこずを埅望するか。぀たり予期するず共に垌望するか。\n 第䞀に問題ずなるべきものは、いうたでもなく日本ファシズムである。䞀般にファシズムが䜕であるかに就いおは、盞圓信頌すべき蚳曞や著曞が日本でも少なくはない。だが日本に斌ける固有圢態を持ったファシズムになるず、殆ど纏った曞物が無いばかりでなく、纏った論文や評論さえただなかったずいっおいいだろう。\n 䞀頃ファシズムずいう蚀葉が、極めお無雑䜜にあおずっぜうに甚いられお、䜕でも囜粋的なものや囜家䞻矩的乃至民族䞻矩的なものや、又封建的なものが、そのたたファッショ的なものであるかのように、考えられおいた。\n いうたでもなく、之はファシズムの本質の誀解に基くのであっお、所謂ファシズムなるものず、囜家䞻矩的・民族䞻矩的なものずは䞀応別な系統のものであり、たしおファシズムず封建的勢力ずは䞀぀ではない。\n 凊が、そういうこずがハッキリ意識され出すず、或る者は日本の右翌的掻動は単に封建的勢力の動きであっおファシズムではないずか、或いは日本にはファシズムは存圚しないずか、いい出したものである。\n 無論これは途方もない間違いで、事実は、日本の封建的勢力が必然的にファシズムの圢態を取っおいるのであり、又ファシズムをサブゞェクトずしお述べれば、日本ファシズムは封建的勢力を玠地ずしお初めお展開し぀぀あるずいわねばならぬ。\n この点の分析ず議論ずが今埌前進するだろうず考える。\n 凊で、之は取りも盎さず日本に斌ける封建性の問題であっお、所謂「講座掟」ず所謂「劎蟲掟」ずが、その察立を益々衚面化しお来た。圓の問題に盎接結合しおいるのである。今日の日本ファシズムの根柢的な条件ずしおの日本封建性は、無論今日に始たったわけではなくお、少なくずも、明治初幎来の歎史的発展を蟿るのでなければ、基本的な芏定に぀いおは䜕ごずもいえないわけで、この点日本資本䞻矩発達史講座の業瞟は䞍朜だろうず思う。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを維持しお、玠晎らしい文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "(侀)厳寒殺人事件\n\n「もしもし、そうです。田名網です......ただ譊芖庁にごやっかいになっおいたす。......おお、久保田怜事さんですか? ぞえ、こっちに......ええ、ええ、そうです。爺になりたしおね。嚘が嫁いでいるものですから......久保田さんは、ご元気で......ええ、䜕、䌑暇を頂きたしおね、孫を芋にきたっおわけなんですよ。ほう殺人事件が?......この私たで匕っぱり出さなくたっお......たあたあ......ずんでもない。では、顔だけ出さしお頂きたしょうか? いやはや」\n そう蚀っお田名網譊郚は電話宀を出た。\n「䜕ですの? お爺さん?」\n「おいおい、お前たで、急にお爺さんかい。よせよ、なんが孫が出来たっお、急にお爺さんもないだろう?」\n「だっお、お父さん、今、お電話で、ご自分でおっしゃったんでしょう」\n「あっははは、聞いおいたかい」\n「ええ、あんな倧きなお声なんですもの、坊やが起きるかず思っおはらはらしたしたわ。やっず寝぀いた所を......」\n「いやはや」\n 譊郚はその倧きな手でぶるるんず、自分の顔を䞀なでしお、ストヌブの前にどっかず座り蟌んだ。\n「事件ですの?」\n「うん。そうだっおさ。いやだね、暺倪たできおさ、せっかく骚䌑めに来たのに......」\n「この間の、䜕ずかいうえこじなお爺さんの殺された?」\n「ああ、おこずわりしたんだがね、東京地裁にいた久保田さんが、怜事になっおきおいるんだよ――日本の囜も、広いようでせたいんだね」\n 譊芖庁の捜査䞀課の係長、田名網幞策譊郚は新聞瀟の人達や、芪しい人達から「アミさん」の愛称で呌ばれおいる人で、䌑暇を取っおこの恵須取の町に来おいた。\n 北緯五十床の囜境から䞉十里南䞋した西海岞にこの惚劇事件の起きた恵須取の町があった。韃靌の海を前にしお、海岞線にそうた䞀本道の町であった。\n 倧正の末期、密林を切り開いたこの町に暺倪補玙は、その膚倧な資本䞋に補玙工堎ず炭鉱を建蚭した。\n 迎いに来た譊察眲の犬橇に乗っお、田名網譊郚は「䞋町」ず呌ばれおいる垂街ぞ降りお行った。\n 珍しく颚もなく晎れた日で橇の滑金の䞋ではキシキシキシず心よい軋音ず鈎の音が針葉暹の壁の䞭を埌ろに流れお行った。\n 譊察眲は䞞倪䜜りの床の高い建物で旧ロシダ時代の郡圹所をそのたた改造したものであった。橇の鈎の音を聞いお眲長は自分から迎いに出お来た。\n「やあ、ご苊劎さたです。ずんだお願いをしたしお......」\n「いや、どうも」\n 譊郚が入っお行くず、むっずストヌブのいきれが寒さに、痛い皋匷ばった顔を襲った。ゎシゎシず䞡手で、顔をこすりながら入っお行く譊郚に、久保田怜事が立っお来お手を出した。\n「お久しゅう。お元気で......」\n「君こそ、ずんだ所で䌚ったもんだね......䜕かね、あんたの子䟛さんが、補玙にいるんだっお?」\n「ええ、長女が嫁いで......」\n「そうだっおね......ふずさっき叀垂君から聞いおね......䌚い床かったし、ご意芋でも聞かしお頂こうず思っおね、電話をしたんですよ。たあたあ、僕を助ける぀もりで䞀぀」\n「あっははは、ずんでもありたせん。私が久保田さんをお助けするなんお......」\n「昔は新聞蚘者さん達がアミさんの行く所に犯眪あり、っお远っかけ歩るいおいたもんでしたね」\n 叀い同僚である叀垂眲長がいった。\n「それは逆だ。事件のある所に僕が行くんで、僕の行った凊に、犯眪が起きたんじゃたるで僕が、犯人芋たいじゃありたせんか......あはははは。たあね。䜕のお手䌝いにならんかもしれたせんが、勉匷になりたしょう。参考に拝芋さしお頂きたすよ」\n「嫌な事件でね。䜙皋䞊手に立ち廻ったずみえお内偎からカギたでかけた『密宀の殺人』お型にしおいやがるんだ」\n ず久保田怜事はいたいたし盞に吐き出すように蚀った。\n「本庁におれば、鑑識課っお裏づけがあるので、私達も動けるんですが......」\n「䜕しろ因業な爺さんで、誰䞀人ずしお奜感をもっおいる者はない。现君でさえも困っおいるらしい。掗っおみなければ刀らないが、金銭なんかでも、盞圓他人を泣かしおいるんじゃないかず思っおいる......その早川久䞉老人が殺された、その倜はひどい寒さでね......」\n そういっお叀垂眲長はその顛末を詳现に話した。\n 暺倪の冬の朝は遅い。その日も九時になっおやっず陜がさしかけお来た。\n い぀も、倜の明けないうちからおきだしお口うるさい久䞉老人も、今日は珍しくおきた気配がなかった。\n 十時近くなっおも茶の間に姿を珟わさないので、第䞀番に䞍審を抱いた现君が、「どうしたのでしょう?」ずひずり蚀の様に、朝飯の絊仕の手を䌑めお぀ぶやいた。食卓にむかっおいた五十嵐も、䌊東も、\n「ほんずうに珍しいんでしょう、朝飯にでお来ないなんお......」\n「ええ......望月さん、旊那を芋なかった?」ず现君の垞は敷居越しに声をかけた。\n「いいえ、今朝は、お芋かけいたしたせん......曞庫じゃありたせんか?」\n「そうね......だけどただ、火も入れおないのに。䞀寞芋お来お䞋さい」\n 望月は出お行ったが、すぐ垰っお来お、\n「曞庫には鍵がかかっおいたすが、返事がありたせん」\n「返事がないっお?」\n 垞は腰を浮かした。火も入っおいない曞庫である。\n 垞々心臓が悪るくお近幎は家から䞀歩も出ない䞻人である。この寒さに麻痺でもおこしおたおれおいるのではなかろうか――垞にはこの䞍安があった。\n 䌊東、五十嵐、望月、垞ず四人は食事もそこそこに立っお、曞庫に行ったが、䞭からだけしか掛けられないカギがかかっおあり、その厚い扉は抌しおもびくずもしなかった。\n 人々は扉を壊すより仕方がなく、カゞダを持っおきお、無理矢理にこじ開けにかかったが、こんな事には金をおしたなかっただけに、なかなか開かなかった。人々が汗になっおその扉を壊しお入った時、人々の䞍安は䞍幞にも適䞭しお、早川久䞉は自分の安楜怅子に深々ず萜ち蟌んでぐったり頭をたれお死んでいた。\n「あ! あなた!」\n 垞がかけこんで、䜓にさわろうずしお、匟かれたようにずびすさった。人々もびっくりしお近寄っお行ったが、\n「............」\n 声もなく、立ちすくんで終った。\n 久䞉は別に栌闘のあずもなく、垜子をかぶったたた䞁床居眠りでもしおいる様な栌奜で座っおいるが、その頭から頬、銖にかけお、黒い血がこびり぀いおいた。䜙皋ひどく撲られたずみえお、鉄補の巌䞈なデレッキが幜かに曲りをみせお、その足元にころがっおいた。\n 机の䞊には革で䜜った手文庫ず䞀二冊の和本が眮かれおあった。曞きかけの倧きなフヌルスカップの䞀枚ず鉛筆ず䞇幎筆がその偎にころがっおいる。\n 人々は茫然ずしお立ちすくんでいたが、やがお事の重倧さに気付き、たず譊察に電話をかけに走った。\n 曞庫から茶の間に垰った人々の顔は玙のように癜かった。そしお誰も圌も萜ち付けなかった。\n 昚倜、早川家には、䞉人の客があった。" }, { "role": "assistant", "content": " その䞀人五十嵐新造は、東京から早川の蔵曞を買いにきおいた。圌は久䞉老人ずは、少幎時代、久䞉がただ東京の叀本屋に、小僧をしおいた時の同僚で、その埌久䞉は、占領盎埌の暺倪に枡り産をなし、新造は新造で神田の叀曞舗ずしお䞀家をなしおいた。今床、久䞉がその膚倧な蔵曞の倧郚分を敎理するこずになり、ふるいなじみの五十嵐を暺倪に呌んだのだったが、久䞉は䟋の持前の癇癪癖から、䞀寞した事で昚倜は激しい口調で謠をしたりした五十嵐をしかり飛ばしたりした。\n 今䞀人の暺倪航路の第二恵須取䞞の䌊東憲助事務長は久䞉がただ達者で、北海道の方ぞよく叀曞あさりに出かけたころからの知りあいで最近では久䞉は圌を自分の䜿甚人のように遇しおいた。\n 䞀䜓に久䞉は、自尊心の匷い、自我䞀点匵の男で心臓病のくせに、激するず人の芋境なく皮肉ったり、毒舌を济びせかけたりする癖があった。目䞋の者や䜿甚人には殊に呵責なくその態床は専制䞻の様だった。昚倜も䌊東を圌は人々の前で眵っおいた。\n それに今䞀人の客――それは近所の高沢寺ずいう寺の僧䟶で、ただ䞉十を幟぀も出おいない䞖襲の䜏職であった。\n この䞉人に雇人で、曞生ずも助手ずも぀かない望月青幎の四人が、晩飯のもおなしにあずかっおいた。䞻人圹の久䞉の倖は、盞圓にゆける口なので、酒も最沢に廻った。雑談から自慢話にさおは唄の䞀぀も、出ようずしおいた十時半ごろ䜕かのきっかけから久䞉はふず五十嵐にこんなこずをいい出した。\n「ねえ新造さん、あの極楜瞁起の巻物だけはいけないよ。倀にもならないしね」\n それは久䞉の暪に座っおいる五十嵐にしか聎き取れない皋の小声だった。\n 䌊東は倧きな声で和尚さんず、望月の手拍子で俗謠を唄っおいた。\n「久䞉さん、だったらなぜ、東京からわざわざ呌んだのさ。わしだっおあの極楜瞁起があればこそやっお来たんですよ......こんな暺倪くんだりたで......」\n「え! 䜕だっお新造さん。暺倪くんだりだっお。ふん、それで悪かったら、垰るさ。船はあすあたり出るだろう」\n 蚀葉だけではなしに䞍愉快そうに久䞉は、盃をからりず眮くず立ち䞊った。\n「えッ! 䜕だっお? おい?」\n 五十嵐も酒が入っおいた。商人らしい頭のひくい男だったが、こう蚀っお腰を浮かした。「たあたあ、五十嵐さん――」ずお䞊人の山村垞顕が食卓の向うからずめた。\n 久䞉の出お行ったあず䞀寞座は癜けたが、又い぀ずはなしに酒の垭らしい陜気さに返えっお行った。\n その内、ふず䌊東が立っお、茶の間で久䞉に䜕か頌んでいたようだったが、久䞉はうるさそうに立っお、曞庫に入ったので䌊東もそれを远っお䞀緒に曞庫に入った。半開きのドアからこれは又、ずお぀もない倧きな声で久䞉の䌊東を眵る声がしたが、やがおバタンずドアのしきる倧きな音がしお、足音を荒立おお䌊東が興奮した顔で座敷に垰っおきた。\n「ひどい爺だ!」\n 䌊東は吐き出すようにいった。\n「うははは......」\n 䜕を思い出したか、五十嵐が倧声で笑っおぬっず、䌊東に盃を぀き出した。しばらく新しく盃のやりずりが二人の間で行われ、手を握ったり、肩を抱いたりしお倧声でくどくどしゃべり合っおいる所ぞ、僧䟶の山村がふらふらず、䟿所にでも立ったらしくあおい顔しお垰っお来た。\n「おや! お䞊人、どうしたした」\n その様子をみお、びっくりした五十嵐は声をかけた。\n「ひどく、むか぀いお、すっかり吐いおしたった。なあに、すぐなおりたすよ。珍しく深飲みしたものですから......」\n「おやもう十二時!」\n 酔もさめたらしい山村は、こういっお腰をあげた。五十嵐ず䌊東が匕止めたが、やがお二人も立っお山村を送った。\n 玄関から䞁床五間皋の突きあたりに、曞庫の小さな窓があり、そこからただ久䞉がいるず芋えお、ほのかな灯が芋えおいた。\n「おう、そうそう」\n 山村は、台口におりかけお、䞀二歩曞庫の方に行きかけたが、思い返したらしく、そのたた自分の爪皮のかかった足駄に、足を乗せた。\n「おお、雪が止みたしたな」\n 戞の倖でこういう山村の声が聞えた。\n\n(二)豪華なる曞庫の䞭で\n\n 恵須取眲から、眲長以䞋銳け぀けたが、雪の䞭の密宀のこの殺人事件は幟倚の謎を残したたた迷宮の䞭に入っお行った。\n 急報に接しお二日路の本庁から久保田怜事の䞀行が、犬橇を飛ばしお到着した。そしお䞀時捜査本郚は新しい捜査に色めき立ったが、然し䟝然ずしお䜕んの埗る所もなかった。只隣家の広瀬医垫から䞀぀の蚌蚀があった。\n それは、兇行のあった倜、広瀬氏が二時䞀寞前、急病患者で暗い廊䞋を蚺察宀の方ぞ歩いお行くず、窓硝子越しに、ほんのり隣家の灯が芋えおいた。\n「おや、今頃たで?」ず䞀寞奜奇心でカヌテンをあげお芋るず、曞庫にただカンカンず、灯がずもっおいた。\n(ほう老人、やっおいるわい。だが、歀の寒倜に......)ず、その時は別に、䞍思議にも思わなかったが、蚺察宀の鞄を取っお匕返しお来るず、今床はその灯がスヌず、䜕かに吞われる様に、薄らいでやがおふっず消えお終った。\n 時間の正確な点も、玄関の柱時蚈が二時を打ち昔なら䞑満頃っおんですね、ず云った、迎いの男の蚀葉に、䞑満぀頃なんお、やに時代がかった事をいうじゃないか。出るかね、ず広瀬氏が男の前に手を垂しお芋せお、冗談口をきき合ったので、よく蚘憶しおいるずいうのであった。\n その埌、圓の広瀬医垫ず、補玙工堎の附属病院長の若尟氏の解剖で、死亡の時間も午前二時頃ず掚定された。\n 捜査偎では、容疑者ずしお、その時分、圓家にいた男達䞉人を蚊問した。\n 垞、それから久䞉の遠い芪類で雇人である、あさの二老女は、寝宀は珟堎からは離れおいたし、その時分は、起きもしなかった事が蚌明されたので、埒倖に眮かれ䞉人の男達、五十嵐、䌊東、望月の蚊問が続けられるず、この䞉人は盞前埌しお、圓時厠に起きたず申し立お来た。\n 五十嵐ず、䌊東は同じ宀に寝おいお䌊東は「五十嵐さんの垰っお来る音で目を芚した」ずいっおいるし、䞀方五十嵐は、「䌊東は自分の起きお行く前から、目を芚しおいた」ず蚌蚀しおいる。\n 望月は望月で「自分の起きた時、曞庫にただ灯が぀いおいお、垰っお床に入るず、幜かな人の話し声ず、重いドアの閉たる音がした」ず申し立おおいる。その重いドアずいうのは、ずりもなおさず曞庫の扉の事で、誰かに嫌疑をかけようずしおいるらしい事が、うかがわれる。その点を怜事が远究するず、\n「その足音は男か女か分らないが、䞀人は倪い声の男だった」\n ず蚌蚀した。\n 倪い声の男......それは朮颚にかれた䌊東の声で五十嵐は、むしろ女に近い皋、甲高い声であったし、被害者の早川は、ボ゜ボ゜した声である。\n その点を䌊東に蚊くず、\n「蚘憶しおいたせんが、起きた事は事実です。だがドアには手もかけはいたしたせん。倪い声......それは自分をさしたのだず、思いたすが、床に入る迄は誰ずも逢いたせん。たさか寝がけたのでもないでしょう......あるいは、おお寒い䜍の独り蚀はいったかも知れたせん、望月君も、他人の事をいうより、あの人こそ、誰にも刀らず兇行の出来る所に、寝おいるのですし、早川さんの死によっお䞀番利益を受ける人ですからね」ず、逆に望月を誹謗しおいる。\n 早川の老劻垞も、\n「若し䞻人が、亡くなった時は、長幎家で働いおくれたしたので、五千円皋の退職金をやろうず思っおいたした」ず蚌蚀しおいるし、又別に最近望月は、玠行の点で可成手ひどく、早川に叱責された事実があった。\n それは望月が、去幎の秋ごろから遊びをおがえ、幎末の払いに窮し早川老人からの委蚗金を䜿い蟌み久䞉から解雇をいい枡された事であった。\n「私が、䞻人の金を䞀寞、融通したのは事実ですが、それは䞉癟円ばかりで、その金は近日友達から送っお来る事になっおいたす。五千円の退職金の事は、䞀二床聞かされた事はありたすが、気たぐれな埡䞻人の事ですから別に自分ずしおは真に受けおはいたせんでした。解雇の事は知りたせん。......䞻人の気たぐれを、気にしお喜んだり、怚んだりする事になりたすず、あの倜、家にいた五人の人は勿論、恵須取の人党郚が兇行の動機を持぀事になるでしょう」ず望月はそれをこの様に説明した。\n 雪は十時頃やんで、屋敷の倖の雪の䞭には、山村の垰っお行った足跡しか぀いおいなかった。\n 曞庫は䞞倪造りの頑䞈なもので、その内偎から鐉(閂)が䞋ろされおいた。勿論、犯人の隠れる所も、ドア以倖からは出られるすき䞀぀なかった。\n 眲長の話が終るず、譊郚はため息を぀きながら、\n「こりゃあ、倧倉な事件ですね。䞀寞手におえないのではないかな......䜙皋䞊手に、緻密に现工された殺人ですね。先ず、内偎からカンヌキをかけお眮いたなんおのは、どんな颚な戞だか知りたせんが、䞀筋瞄では行かない奎ですよ。......さあ、では、珟堎を芋せお頂きたしょうか」\n 二十分しお、䞀行は早川家に着いた。\n「ほう! これは......玠晎しいものですね」\n 田名網譊郚は、珟堎であるその曞庫に䞀歩足を入れるなり、こう感嘆の声をあげた。\n 旧暺倪時代の䞞倪小屋を改造しお曞庫兌曞斎にしたものであった。十畳䜍の広さで、内郚には柟目の通った檜の板を匵り、保枩のためその間には、朚屑が぀められおあった。窓は防寒の二重戞になっおいた。䞉方は殆ど曞棚で、その䞭には、和、挢、掋の曞物が、敎然ず敎理され、分類されおおさめられおあった。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、完成床の高い文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 歀掟の詩の根調ずなるものは新英雄䞻矩である。たた掻動䞻矩である。䞀はニむチ゚などの感化、䞀はヹルハアレンなどの圱響であらう。其題材に飛行機、自動車、砲兵工廠、戊争などを喜んで甚ひ、掚進機の音、発動機の爆発、砲䞞の炞裂、自動車の躍進などを歌぀お掻動的生掻を讃矎するのはベルグ゜ンず行き方が䌌お居る。其女性を攻撃するのも匱者を蹂躙するニむチ゚ズムに倖ならない。たた其詩䞭に雑倚な印象の䞊存ず混乱ずを蚱するのは埓来の自由詩を培底させたものであ぀お、歀掟の絵や音楜ず同じ行き方である。そしお猶其詩䞭に砲䞞や、飛行機や、あらゆる噚械の音、工堎の隒音などが聞かれるのは、ヹルハアレンの詩が近䞖の鋌鉄で出来た噚械の壮倧な音に富んで居るのを曎に抌し進めたものだずも芋られる。\n マリネツティむ氏等は謂ゆる新理想䞻矩者の急先鋒なのであらう。䜵し同じ未来掟でも、僕は絵に斌る劂き芪しみを以お氏等の詩に同感するこずは出来ない。ただ氏等の詩を倚く読んだのでも無いから僕の刀断が間違぀お居るかも知れないが、今日たでの所では、読む時には可なり匕入れられるやうであるけれど、読み終぀た埌では䜕だか瞁遠い䞖界の消息の気がするし、倚少の反感さぞ残るやうである。マリネッティむ氏等は䜙りに英雄䞻矩者である、䜙りに倩才気取である。\n マリネッティむ氏は近頃曎に新しい詩䜓を案出しお発衚した。其れは、埓来の詩は甚だ其の叙し方が冗挫だ、䞀刻を争ひ寞陰を惜む珟代人に其様な手緩い圢匏を把぀お居る事は䜜者も読者も堪ぞ埗ない事だ、今日猶埓来の文法を守぀お居るのは銬鹿の骚頂だず云ふ䞻匵から、氏の詩は文兞を䞀切排斥するのみならず、氏の語圙の䞭には䞀切の冠詞、前眮詞は愚かな事、䞀切の副詞、感嘆詞、動詞、代名詞、圢容詞を採甚しない、唯名詞ず熟語及び数字䞈が保留される。其れから䞀切の句読点其他の蚘号をも排斥する代りに代数孊の笊号が新に採甚され、行や聯を分぀のも䞍経枈だずあ぀お唯だ聯の堎合䞈に玄䞀寞蚱り字間を明け、其他は散文の劂くに続けお曞く。又定぀た綎音も脚韻も顧慮しない代りに頻に頭韻法を繰返す。氏は自ら未来掟の倩才であるず公蚀し、叀臭い詩颚の砎壊を敢おした事を光栄ずするず蚀぀お居る。僕は氏が自ら傑䜜なりずしお䞖に出した「戊争」ず題する長篇の䞭の䞀聯を芋本ずしお玹介する。\n\n\n前衛:300メ゚トル 附け剣 前ぞ 倧道 散兵 熱心 激励 矀銬 腋 項 耐色 銅色 気息づかひ + 背嚢 30キロ 譊戒=倧秀量機 鉄屑 貯金筒 怯儒:3戊慄 号什 石 熱狂 敵 誘導物 敏捷 名誉\n\n\n 歀䞀聯は敵の接近したのを芋お叞什官が我隊を激励する光景を叙した物だず云ふが、数孊者に刀断しお貰぀おも䞀寞解りさうにない。以前電報䜓ず云ふ詩䜓を考ぞ出した詩人のあ぀た事を聞いたが、名詞を䞊べる所から芋るずマリネツティむ氏の発明も其電報䜓から暗瀺を埗たものであらうか。絵具を画板で緎らずに生な色のたた䞊べようずする画家の技巧にも䌌お居るやうであるが、之は無理な詊みであらう。(十月䞉日)\n\n\nオテル・スフロオから\n\n\n 十月䞀日からモンマルトルの䞋宿を匕払぀お再びパンテオンに近いオテル・スフロオに移぀た。間もなく䌊倪利ぞ出掛ける積だから、荷物の預け堎所にず思぀お四階の狭い郚屋を択んだが、䞋の郚屋よりも明るいのは儲け物である。䞉階の䞀宀に土屋工孊士が居る。其䞋の僕が巎里ぞ着いた初めに居た䞀宀に槇田䞭尉が居る。近頃は近所のリナり・デ・れコルに䜏んで居る内藀理孊士ずす぀かり気の合ふ友人にな぀お仕舞぀た。内藀ずよく街をぶら぀く。䞀緒によく仏蘭西人を蚪問する。よくレスタりランぞも珈琲店ぞも䞀緒に行く。\n モンマルトルのピオレ゚の家ぞ掗濯料を払はずに来たこずに気が附いお持぀お行぀たら、现君のブランシナが寝台の䞋から之が芋附か぀たず云぀お晶子の遺぀おた絵具箱を枡しお呉れた。銬車の䞭に眮き忘れたのだらうず思぀おた物が出たので、僕もふず絵具いじりがしお芋たくな぀お、歀頃はホテルの窓で間があるず林檎や撫子を描いお居る。山本錎がホテルの湯に入りに来おは真面目に手解きをしお呉れる。" }, { "role": "assistant", "content": " 秋のサロンがグラン・パレ゚に開かれお居る。菊の花の競進䌚も同じ画堂の䞀宀を占めお居る。之を芳るず日本の菊䜜りは最早顔色が無い気がする。欧掲の園芞家は科孊的知識ず矎的趣味ずを応甚しお、我等日本人の倢にも想ひ及ばない圢ず色ずを備ぞた芋事な花を咲かせお居る。圢は抂ね手毬の様に円く倧きく盛䞊り、色は異぀た皮皮の耇色を出しお、䞭には冎えた緑青色をした物さぞある。すべお鉢怍でなく切花を硝子眎に挿しお陳列しお居る。菊ず䞀緒に果物の競進䌚も開かれお居るが、李より倧きい葡萄のあるのは日本の子䟛に芋せたい。\n 秋のサロンで先づ僕の泚意を惹くのは、展芧䌚向の倧きな絵よりも建築ず宀内装食ずの芋本の幟぀かである。コバルトず赀ず薄黄の䞉色で濃厚な䞭に沈静な趣を出した「菊ず薔薇の間」が最も気に入぀た。其間に属した小さな控宀に䞀鵬斎の矎人絵が薄明に照されお二枚掛぀お居るのも奜い取合である。䞀䜓に䜕の建築にも倚少支那及び日本の匂ひがする。庭園の隅の䌑憩所に擬した物に壁ぞ鍵の手に狐栌子を廻らし其䞊に刷硝子の角行灯を掛けお䞭に電灯を点け、其前に䞀脚の長怅子を据ゑお呚囲に玅い小菊を怍ゑたのなどが其れだ。凡おをキナビズムで行぀た曞斎も悪くない。歀画颚が装食的にのみ意矩ず効果のある事が益頷かれる。其次には織物や刺繍の図案が目を匕く。䜕れも掟手ず濃厚ずを極めた奇抜な倧暡様で我囜の桃山匏を聯想せしめる物蚱りである。其等の図案の䞋に其等を応甚した織物や刺繍が䜵せお陳列されお居るのは効果を鮮明にしお居お奜い。絵の郚は䜙りに無鑑別に沢山䞊べおある為か、又は僕の目が巎里の絵に慣れお仕舞぀た為か、兎に角感服すべき物に乏しい。展芧䌚向に描かれた倧幅の前には日本の其等ず同じく人だかりがする。僕にはマチスの婊人肖像䞀枚が氎際立぀お光を攟぀おる気がする倖、ヷン・ドンゲンの「鳩」ず「海」ずの二幀が奇抜な装食画ずしお興味を惹く。其れから仏蘭西の未来掟が数宀を占めお居るのは、倧分䞖間の批難があるらしいけれど、僕は其奇怪を極めた画面に苊しめられながらも、猶䜕ずなく其新しい力に匕附けられるのを感じる。䜆し䜕れかず云ふず僕は歀春の䌊倪利の未来掟の絵の方に䜙蚈に同感せられる。仏蘭西の其れは画家の詩でも音楜でもなく、画家の印象を冷しお装食画化しお行く嫌ひのあるのを䞍満に思ふ。䜙りに立䜓掟の技巧を採甚し過ぎたせいかも知れない。近代の諞倧家の人物画を集めた参考宀の䞭に䞀八八〇幎代のルノワアルの婊人像が䞀枚目に附く。䜵し其近䜜に新しい興味を芚え出した僕に取぀お其れは物足りない。\n 僕は倧分巎里に慣れお仕舞぀た気がするが、䜕時も飜くこずを知らないのはゞナラン・リナむル氏の本邞ぞ印象掟諞倧家の絵を芳に行くのず、芝居ず、サン・クルりの森の散歩ずだ。サン・クルりは森其物が四季折折に面癜い蚱で無く、行に機関車附の旧匏な乗合車の二階に乗぀お、モネが屡描いたサン・クルり橋を枡り、垰りに八銭均䞀の小蒞気でセ゚ヌを遡るのも面癜い。\n 歀倏埳氞、柀朚、晶子ず四人で無駄話に気を取られお居お怖ろしい雷雚に遇぀たのも其森だし、僕が新しく買぀た絵具箱を画家然ず提げお行぀たのは奜いが、絵を初めた第䞀日に出来䞊぀た物をアンデパンダンだず同行の小林萬吟に笑はれたのも其森だ。其れから詩人ヹルアレン翁が䜏んで居るず云ふ事もサン・クルりの奜きな䞀぀の理由である。翁の新しい詩集「戊ぐ麊」には以前の詩集「觊手ある郜䌚」ず反察に䜜者自身の郊倖生掻から莏ち埗た題目が倚い。\n 䞀日、セ゚ヌ河の秋雚を芳がおら翁を蚪はうず思぀お降る䞭を雚染のする気持の悪い靎を穿いおサン・クルりぞ出掛けたが、萜葉し尜した朚立の間から石ず泥ずを混ぜた家家の癜茶けた壁に真赀な蔊玅葉の這぀お居るのは綎の錊ずでも月䞊乍ら云ひたい景色であ぀た。雚が降぀お居おも快く明るい感じを受けるのは東京の郊倖の灰がか぀たのず異ふ。ムンツルツり街の五番地も矢匵石ず泥ずを混ぜた壁の家だ。正面には四階ずも埡玍戞色ず癜ずで瀟排ずした暡様が斜しおある。\n 裏庭の雑朚林が少しの黄色を残しお居るのが暪手の空地から芋えお居た。之が東掋に迄も名を知られた倧詩人の寓居であらうずは思はれぬ皋、粗末な田舎家である。䞋の宀の窓から季節倖れの淡玅色の裳を穿いた十䞃八の嚘が銖を出しお居たので「詩人は居られるか」ず問ふず「知りたせん、門番にお聞きなさい」ず甚だ玠気ない返事をする。我が倧詩人を知らないずは怪しからんず同行の内藀理孊士に囁き乍ら、内に入぀お門番の婆さんに尋ねるず、愛嬌の奜い田舎気質を保぀お居る婆さんは、倏の旅行から匕続いお未だ詩人の垰぀お来ない事を告げた。「䜕時お垰りだらう」ず問ふず「こんなに曇り勝な寒い季候には䜕凊に居られおも面癜く無いでせうから二週間以内には屹床垰られるに違無い、然うぢやありたせんか」ず笑ひ乍ら云぀た答が面癜いので、僕等は詩人に就おいろんな事を尋ねた。写真で知぀お居る詩人の垂䞋぀た長い髭は最う癜く成぀お居るかず云ふ様な事を聞いた。詩人は故郷の癜耳矩を旅行しお居るのである。婆さんは日本のオト倧将ず島川少将ずを䞀床泊めた事があるず話したが「オト」は奥の間違かも知れない。歀婆さんは「戊ぐ麊」の䞭の「小䜜女」ず云ふ詩に歌はれた人奜のする快濶な婆さんである。(十月二十日)\n\n\n火曜日の倜\n\n\n 倕方ノ゚ル・ヌ゚君が蚪ねお来た。貧乏な若い詩人に䌌合はず䜕時も服の畳目の乱れお居ないのは感心だ。僕が薄暗い郚屋の䞭に居たので、「䜕かよい瞑想に耜぀お居たのを劚げはしなか぀たか」ず問うたのも謙遜な歀詩人の問ひ盞な事だ。「いや、絵具箱を掃陀しお居たのだ」ず僕は云぀お電灯を点けた。壁に掛けお眮いたキナビストの絵を芋附けお「あなたは這麌物を奜くか」ず云ふから、「奜きでは無いが、僕は䜕でも新しく発生した物には倚少の同情を持぀お居る。力めお其れに新しい䟡倀を芋出さうずする。奇異を以お人を刺激する所があれば其れも新しい䟡倀の䞀皮でないか」ず僕が答ぞたら、ヌ゚は苊痛を額の皺に珟しお「わたしには解らない絵だ」ず云぀た。ヌ゚は内衣嚢から癜耳矩の雑誌に茉぀た自分の詩の六頁折の抄本を出しお之を読んで呉れず云぀た。日本ず異぀お䜜物が印刷されるず云ふ事は欧掲の若い文人に取぀お容易で無い。況しお其れで若干かの報酬を埗るず云ふ事は殆ど䞍可胜である。発行者の厚意から其掲茉された雑誌を幟冊か貰ふのが普通で、其雑誌の䞭の自分の詩の郚分の抄本を幟十郚か恵たれるのが最も奜く酬いられた物だずヌ゚は語぀た。僕は其れを読んだ。解らない文字に出䌚す床にヌ゚は傍から日本の蟞曞を匕いお説明しお呉れた。䞃篇の䞭で「新しい建物に」ず云ふ詩は近頃の君の象城だらうず云぀たら、ヌ゚は淋し盞に埮笑んで頷いた。君が前幎出した詩集の䌊倪利に遊んだ時の諞䜜に比べるず近頃の詩は苊味が加は぀お来た。其䞈䞖間の圧迫を君が感ずる様に成぀たのだらうず僕は云぀た。\n 午埌䞃時に内藀理孊士が来た。今倜䞉人で食事をしようず玄束しお眮いたのであ぀た。倖ぞ出るず朝から曇぀おた空は寒い劇しい吹降に成぀お居る。リナクサンブル公園の前たで歩いお銬車に乗぀た。途䞭でヌ゚はナりゎオやサント・ブりブの䜏んで居た家家を誚ぞお呉れた。ヌ゚が厳栌な菜食䞻矩者なので巎里唯䞀の菜食料理屋ぞ行぀た。同䞻矩者の男女が倧勢食ひに来お居る。独逞の菜食䞻矩者には肉を食぀おは成らない病人が倚く混じ぀お居るず聞いお居たが、今倜の歀凊の客に病人らしい者は芋圓らなか぀た。菜食料理ず云぀おもバタや牛乳を甚ひるのだから日本の粟進料理ず同様には云ぞないが、黒麊の茄でたのに牛乳を掛けた物などは内藀も僕も少からず閉口した。唯だ䜕かの野菜の倪い根を日本の颚呂吹の様にした物だけが気に入぀た。酒も酒粟を抜いた倉な味の麊酒が出た。這麌物を食぀お䞀人前五フラン以䞊払はされたのを芋るず菜食料理は倹玄になる蚳で無い。歀家の入口の右手は本屋に成぀お居お諞囜の菜食䞻矩の出版物蚱りを䞊べお居た。\n 食埌、僕等は是からクロツスリむ・ド・リラの火曜䌚ぞ行く積だず云぀たら、ヌ゚が詩人等の集たるのは九時埌だから其れ迄の時をわたしの䞋宿で費しおは䜕うだず云ふので其蚀葉に埓぀た。床床傘を玛倱しお買ふのも癪だず云぀お居る内藀は僕の傘の䞭ぞ入぀お歩いた。自動車にでも乗らうず云぀たが、謙遜なヌ゚は近い所だず云぀お聞かなか぀た。ラスパむナの通りぞ出た。Aの字圢に間口を匕蟌めお建おた倧きな家をヌ゚は指さしお、あの劙な恰奜の家の理由を知぀お居るかず問ふた。䜕時も倉な建物だず思぀お芋お通る蚱りだず内藀が云ふず、以前ただ歀蟺が森であ぀た時分にナりゎオが歀凊に䜏んで居た。あの家の前に曲぀お立぀お居る朚はナりゎオが手づから怍ゑたのだ。あの䞀本の朚を旧の䜍眮の儘保存する為に這麌圢の家を建おたのだずヌ゚が云぀た。髑髏掞の手前の獅子の銅像のある凊たで来た時、あの獅子の䜓が雚に濡れお居るのは油を掛けた様だずヌ゚が云぀たので、流石に詩人の芳察だず数孊者の内藀が感心しお居た。其凊から巊ぞ折れお巎里倩文台の傍のヌ゚の䞋宿の䞉階ぞ䞊぀た。\n 若い詩人は其粗末な小さな郚屋を小綺麗に片附けお居た。䞀぀しか無い窓を開けるず小路を隔おお塀の高い監獄の構内を盎ぐ芋䞋すのである。劙な凊に䜏んでるね。朝倕に囚人を芋䞋すのは残酷だず云぀たら、皆自分の圱だ、成るべく其窓の方ぞ寄らない様にしお居る。䜵し今時分あの監獄の黒い窓や疎らな灯火を芋るのは奜い。其凊に沢山の人の慰安ず平和がある。华お自分には圌等の様な穏かな眠が無い、倜も生掻の資を埗る為に働かねば成らないからずヌ゚は云぀た。\n ヌ゚は䞉方の壁に曞棚を掛けお、其れをクラシツクず珟代倧家の䜜ず自分ず同じ皋の青幎䜜家の物ずに区別しお居る。寝台の倖に䞀぀の卓ず䞉脚の怅子ずを陀けば是等の曞棚がヌ゚の貎い家財の凡おである。僕が殆ど若い䜜家の詩のみに留意しお居る事を知぀お居るヌ゚は、䞀方の曞棚の前に立぀お掋灯を巊の手で照し乍ら、其等の若い詩人の詩集を抜いお䞀䞀の䜜者の特長や詩の題目及び傟向を簡朔に聞かせお呉れた。䞭にもレオ・ラルゲ゚や゚ル・メルシむやゞナル・ロオマン等を耒めた。ロオマンの「矀集幎掻は䞖人に顧みられないで絶滅に成぀お居るが、歀若い詩人は劇堎、珈琲店、競銬堎、寄垭、音楜堂、垂堎ず云぀た颚の題目を奜み、倚数人の矀居した心理を歌ふ。「壁を撀した生掻」ず云ふ詩には巎里の倜の街のどの家の壁も䜜者の前に無くな぀お各人の心持が倧音楜の様に聞える光景を歌぀お居る。其れから與謝野倫人に芋せたか぀たのぱレンヌ・リセルず゚ミル・アルネルず歀二人の女詩人の詩集だなどずヌ゚は云぀た。是等青幎詩人の詩で倚数の若い詩人の間に愛誊せられる物も皀にあるが、倧抵は䞖に知られずに叀本屋の庫の隅に葬られお仕舞ふ運呜を有぀お居る。䜵し黄金は砂䞭に圚぀お人間の手に觊れない方が黄金の質を汚さないで奜い。詩は詩人の心に生きおさぞ居れば満足であらうずヌ゚は附足した。僕は心の䞭で詩の盛で無い囜に生れた日本の詩人を幞犏だず思぀た。仏蘭西などに圚぀おは䜕かの機䌚で䞖に著れた詩人の䞋積に成぀お、老も若きも倚数の䜜家は党く泛ぶ瀬を倱ひ、勢ひヌ゚の様に諊めを附けお独を楜しむ倖は無いのである。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "才人五人組\n\n「君達の矀は䞀寞違っおいるね」\n 目のあるものは皆そう蚀っお、敬意を衚しおくれる。\n「䞀癖あるのが揃っおいる」\n ず課長が蚀ったそうだ。僕達も十把䞀からげの連䞭ずは遞を異にしおいる積りだ。同僚の倚くは、寄るず觊るず、Xの次の話をする。俞絊の䞊らない䞍平をこがす。他に胜がない。そういうのに范べるず、僕達は倧いに違う。課長の蚀う通り、皆䞀癖も二癖もある。人数は五人だが、粒が揃っおいる。早分りのするようにこゝで閲歎を玹介しお眮こう。\n 自分のこずから先に話すものでない。第䞀指は二科に二床入遞した玠人掋画家朚寺君に屈すべきだろう。この男は○○䌯爵の甥で、奥さんを◎◎子爵家から貰っおいる。八重さんずいっお、頗る矎人だ。䜆し朚寺君よりも二぀䞉぀幎が倚い。或富豪の攟蕩息子のずころぞ嫁に行っお離婚になったのを、慰藉料諞共、拝領したのだずいう噂がある。\n「いや、その拝領した人が死んだものだから、朚寺君にお鉢が廻っお来たんだ。矎人には矎人だけれど、歎史が぀いおいる」\n ずいう評刀だ。艶犏家は兎角矚たれる。慰藉料ぐるみなら、艶犏ず同時に実利も占めおいる。矎人の奥さんに察しお、朚寺君は寧ろ醜男だから、話題になり易い。䌚瀟の方の成瞟も芋るべきものがない。奥さんず油絵で光っおいる。\n「朚寺君の絵は童心が豊かで荒削りだから、僕達には分らないが、兎に角远々玄人離れがしお来るようだ」\n ず仲間の広瀬君が蚀った。この男は物を貶す名人だ。童心が豊かで荒削りずは正に皚拙の意味である。\n 次は僕だけれど、謙遜の為めに譲っお、海野君を掚す。海野君は謡曲を䜙技ずする。孊生時代に謡曲の垫匠の家の䞀間を借りおいたのが切っかけになっお、孊業よりも謡曲に身を入れた。質も奜かったのだろう。十数幎本栌的に鍛えおいるから、普通のモヌ〳〵連䞭ずは違う。昚今は同僚の有志を指導しおいる。決しお出教授をしないずいう芋識の高い先生だ。䜆し重圹のずころ䞈けは仕方がないらしい。匿しおいおも、重圹の方で遠慮なしに喋るから分る。\n「海野君は玠晎らしいものだよ。䌚瀟をやめお垫匠を専門にやった方が宜いかも知れない」\n ず耒めおいた。\n それから䜆銬君だ。この男は登山家ずしお、広くその道の人達に知られおいるように䞻匵する。䞀床雪の䞭で行方䞍明になっお攟送されたこずがあるから、少くずも䌚瀟の人は皆知っおいる。幞いにしお、無事に垰っお来た。䌚瀟で攟送されたのはこの男ず瀟長䞈けだろう。瀟長は自動車が小田急ず衝突しお粉砕したけれど、運転手諞共軜傷を受けたばかりだったから、奇蹟ずしお倕方のニュヌスに攟送された。䜆銬君はハむキングもやる。䜕凊のコヌスは自分が発芋したものだなぞず法螺を吹く。山ぞ道を぀けたのかず思ったら違った。人の拵えた道を歩いお発芋もないものだ。\n「䞀䜓、山を埁服するなんお蚀葉からしお間違っおいる。富士山ぞ登っお富士山を埁服したず思えるのかい? 料簡方が間違っおいるから、間違を起す。君達のやるこずは倧仕掛の芪䞍孝だ」\n ずその折広瀬君が貶し぀けたのは痛快だった。䜆銬君のお母さんは独り息子が死んだず思っお、狂乱のようになっおいたのである。\n その次に広瀬君自身を挙げなければならない。これは䜕も芞がないのに、䜆銬君の芪友ずいう関係から、い぀の間にか、僕達の仲間に入っおしたった。僕達のは倩狗の䌚だ。それ『〵勝れた䜙技を持っおいる積りだのに、広瀬君はその倩狗の錻を挫ぐ。䞀皮の高等批評家だ。物事を吊定するのに興味を持っおいる。\n「おい。広瀬を陀名しようじゃないか?」\n ず時折朚寺君や海野君が業を煮やす。\n「仕方がないんだ。僕に぀いお来るんだから」\n ず䜆銬君も持お䜙しおいる。喧嘩をしおも、受隓生時代に同じ予備校ぞ通った叀銎染だから振り切れない。\n「陀名ずいっおも、別に䌚則のある䌚じゃない。広瀬君の批評も他山の石ず思っお容れおやるさ。この間は『君達を尊敬する䜙り、䜙技なく䌚に出るんだ』ず苊しい排萜を蚀っおいたから分を匁えおいるんだろう」\n ず僕は寧ろ広瀬君の味方だ。\n 広瀬君がいないず、朚寺君が文展の審査委員、海野君が芳䞖さん、䜆銬君が日本䞀の登山家の気になっお気焔を揚げるから、僕が迷惑する。しかし広瀬君の高等批評には甚だ蟛蟣なものがある。䞉人が厭がるのも無理はない。広瀬君の芋るずころによるず、朚寺君の油絵は童画を臆面もなく最埌たで描き䞊げたものだ。心臓画だ。普通垞識を具備した人間なら䞭途で拙いず気が぀いおやめおしたう。或䜜品は心臓画を通り越しお、心臓のない人の絵を想像させる。若し朚寺君が憀らなければ、二科の絵の倚くは類人猿の描いた絵だずたで蚀いたいずいうのである。朚寺君もムッずしたようだったが、そこは華胄の出だ。思うこずが蚀えない。\n「広瀬君は絵の玄束が分っおいないんだな。もう少し研究しおから批評をする方が宜いだろう」\n ず受け答えお、唇を噛んでいた。\n「海野君、僕はこの間君の謡曲の生理的解剖をしお芋たよ」\n「ふうむ? 䜕うせ碌なこずじゃあるたい」\n「長くやっおいるから、声垯に背胝が出来おいる。獣医の方では、蹄血斑ずいう。その背胝が痙攣を起しお悲鳎を揚げるず、君の謡曲になるんだ」\n こういう颚だから、海野君も面癜くない。䜆銬君に察しおは昔銎染だから曎に遠慮がない。\n「登山やハむキングを率先しおやるくらいの連䞭は元来が新感芚の僣称者だけれど、劂䜕せん、画家や音楜家ず違っお䞍噚甚な生れ぀きだから、衚珟を脚で果す。぀たり足が物を蚀う。それで山ぞ登る。䜕うだい? 䜆銬君。肩あたりが痛いだろう? 圓り前なら耳が痛いだろうず蚊くずころだけれど、そこたで神経が来おいない」\n ず広瀬君が蚀った時、䜆銬君は口で答えずに、突劂広瀬君の頬をピシャリず叩いた。僕達は慌おゝ䜆銬君を抌えた。\n「僕の蚀った通りだろう。興奮を芞術で衚珟しないで、盎ぐに腕力に蚎える」\n ず広瀬君は口が枛らない。\n「銬鹿!」\n「雑音で来るのか?」\n「広瀬君、黙り絊え」\n ず僕が制した。尀もこんなこずばかりはない。極端な堎合を挙げたので、普段はよく折り合っおいる。倩狗の錻が高くなるず、広瀬君、兎角黙っおいれない。\n さお、どんじりに控えたのは僕で、探偵小説を䜙技ずしおいる。曞くものばかりが文士でない。文孊を味わうものは皆文の士である。そういう建前から、僕は読む方を䞻ずしおいる。曞く方もやらないこずはない。創䜜が䞉床雑誌に茉ったから、朚寺君の二科入遞に䞀遍䞈け勝っおいる次第だ。僕の本棚を芋お貰いたい。日英米仏の探偵小説スパむ文孊で汗牛充棟も啻ならない。ボヌナスの半分が曞籍代になっおしたうから、劻から苊情が出る。その代り今に千叀の傑䜜を曞いお䞀遍で取り返す。珟代の探偵小説家の䞭に知人がいお、それに皮本を貞しおやったこずがある。本は貞すものでないそうだが、殊に文筆の士はズベラだず芋えお、ナカ〳〵返しおくれない。先頃銀座で行き䌚ったから、お茶を飲みながら催促したら、\n「そうかね。そんなものを預かった芚えはないんだがな。原皿も? はおね」\n ず銖を傟げおいた。序に䜕凊の雑誌ぞでもず蚀っお原皿を枡しお眮いたのだが、それも倱くしおしたったのらしい。\n 始終読んでいるから、僕の探偵小説やスパむ文孊の知識は玠晎らしいものだ。頭の䞭で枊を巻いおいる。専門の文士が僕の顔を芋るず、䜕か皮はないかず蚊く。僕はい぀でも教えおやるのだ。垞に探偵小説のテヌマを考えおいるから、頭の働き方がシャヌロック・ホヌムズ匏になる。劻も、\n「あなたは怖いようなものね。私の心の䞭が盎ぐに分っおしたうんですから」\n ず恐れをなしおいる。珟にこの間、劻や子䟛達ず䞀緒にデパヌトぞ行っおハンド・バッグの売堎を通り過ぎる時、劻の歩調が急に鈍くなったから、お前はハンド・バッグが欲しいのだろうず蚀い圓おゝやった。この話をしたら、䜆銬君は、\n「おれだっおそれぐらい分らい!」\n ず怒鳎り぀けた。登山家は劙に気が荒い。\n\n独身者の僻論\n\n 正䌚員は皆女房子があるけれども、準䌚員の広瀬君だけが独身者だ。これが又皆の気に入らない。独身者は䞖垯持ず芋地が違う。殊に結婚生掻に関する広瀬君の批評は毒舌に近い。\n「倧勢の䞭に自分䞀人独身でいるのは、皆が船に酔っおゲロを吐いおいる時、自分䞈け酔わないでいるのも同じこずだ。自信が぀くから頭が冎える。自然奜い刀断も出るずいうものだろう」\n ゲロずは、生掻に𮯎𮯇しおいる圢容だそうだ。これでは䞀問題起った。䞉十五たでも独身でいる奎こそ粟神的泥酔者だずいうこずに衆議が䞀決した。広瀬君は散々だった。瀟䌚䞀般が酔っ払っおいるなぞずいう暎論は通らない。枋々ながら䞻匵を取消しお、\n「いや、冗談だよ。僕だっお奜い盞手が芋぀かれば結婚するんだから」\n ず誀魔化した。それにも拘らず、\n「おい。䌚をやろうよ」\n ず催促するのは、い぀も広瀬君だ。独身者は話盞手がなくお退屈するのだろう。その埋合せの積りか、䌚では䞀人で喋り続ける。盞手代っお䞻代らずだ。それも皮肉の連発だから、぀い物議を醞す。\n「僕達のは䜙技だから、これで通るんだよ。子䟛の時からやっおいる玄人には足蚱にも近づけない。僕は倧垫匠あたりのを聎いおいるず、もう謡曲なんかやめおしたいたいず思う」\n ず或晩海野君がツク『〵述懐した。\n「それはそうだ。僕の絵なんかも䜙技だから認められる。専門にやったら、迚も飯の食える代物じゃない」\n ず朚寺君が応じた。思いあがっおいる二人も時には冷静に自己批刀をするこずがあるのらしい。\n「倧垫匠は十の時からやっおいる。それも元来質の奜いのを認められおのこずだ。子䟛の時からだず芞が身䜓の䞭に織り蟌たれお身䜓ず䞀緒に発育する。僕なんかは旧の垫匠のずころに間借りをしおいた為め、偶然興味を持ち始めたんだから、朚に竹を぀いだようなものさ。勉匷はしおいるが、日暮れお道遠しの感がある」\n「お互だよ。僕は䜙技なんかない方が気楜だろうず時々思う。人の巧いずころず自分の拙いずころが目に぀いお、煩悶を重ねるばかりだからね」\n「本圓だ。䜕もやらない方が悧巧さ」" }, { "role": "assistant", "content": "「自分がやらなければ、加枛が分らないから、倧胆な批評が出来る」\n「その点、広瀬君は心埗たものだ」\n「䜕だっお?」\n ず広瀬君が開き盎った。もう口を出したくっおりズ〳〵しおいたずころだった。\n「䜙技のないものは幞犏だずいうのさ」\n ず海野君がその理由たで説明した。謡曲なんかやっおいるものは頭が叀いず芋えお、䜙技の負担を今曎新しく発芋した積りだった。\n「黙っお聎いおいれば、䜕だい? 君達は䜙技がある積りかい?」\n「厳しく来たね」\n「声垯の痙攣が䜙技なら、鶏なんかは倧家の方だろう。コケコッコヌ」\n「盞倉らず口の悪い男だ」\n「䜙技を䞻匵するからには、本技があるんだろう? 君の本技は䜕だい?」\n「............」\n「䞀寞返答が出来たい。人間は実に䞍正確な蚀葉を䜿っお平気でいる。䜙技々々ず蚀っお埗意になっおいるからには、もっず立掟な本技がある筈じゃないか?」\n「それは䌚瀟員が本技さ」\n ず䜆銬君が怺え切れずに買っお出た。䜆銬君は広瀬君が嚁匵り出すず責任を感じる。\n「䌚瀟が本技で、君の䜙技は?」\n「山登りだよ」\n「芪䞍孝は芞じゃあるたい?」\n 広瀬君は山登りず芪䞍孝を同矩語に䜿う。絵画や謡曲ず違っお山登りは芞でないずいう意味だった。\n「山登りが芪䞍孝っおのは極端だろう。そんな僻論は通らない」\n「しかし君のお母さんは目を泣き腫らしおいたよ。垞吉はもう垰っお来たせんず蚀っお」\n「䜕んな奜いこずにも間違は䌎う。東京垂内を歩いおいおも、亀通事故に匕っかゝるこずがあるんだから」\n「それは統蚈䞊避け難い害悪だ。態〻雪の山ぞ登っお行方䞍明になるのずは違う」\n「山登りも䞀皮の䜓育だよ。平地では埗られないような蚓緎があるから、必芁欠き難い」\n「䜓育は身䜓を䞈倫にするものだろう? 山の䞭で途方に暮れお凍え死をする心配はないものだ」\n「いや、やり方が悪いず時皀間違が起るんだ。ラゞオ䜓操だっお、やり方によっおは肋膜炎になる」\n「なるものか?」\n「なる」\n「ならない」\n「なる」\n「ならない。なった実䟋があるのか?」\n「やり方によっおは䜕でも匊害がある筈だ。それじゃ野球は䜕うだ? 野球は? 野球で死ぬこずがあるけれど、その為め野球はいけないずは蚀えたい?」\n「野球の間違は極く時皀だ。しかし山登りは幎倖幎䞭犠牲を出しおいる。今を䜕ういう時勢だず思う? 有為の青幎が山ぞ登っお呜を捚おゝいられるか? 圓局は事倉䞭登山を犁止するのが本圓だろう」\n「倚少の犠牲はあっおも、䞀般の䜓力が向䞊すれば宜いんだ。そんな床量の狭い圓局じゃない」\n「君達は時局の認識が䞍足だよ。それだから酔狂な䜙技に貎重な時間を朰しおいるんだ。䞀䜓、謡曲を唞ったり、童画を塗ったりしおいられる時だろうか?」\n「おや〳〵、歀方ぞ攻撃が来たのかい? しかし広瀬君、それは極端だろう?」\n ず謡曲の海野君が盞手になった。\n「極端だよ」\n ず油絵の朚寺君も埌に続いた。\n「䜕故極端だい? 朚寺君」\n ず広瀬君が指名した。僕は知っおいるが、広瀬君が名を指す時は、軍備が確信的に充実しおいるのだ。盞手は倧抂やられおしたう。\n「極端だよ」\n「䜕故?」\n「君のように蚀うず、事倉に盎接関係のないこずは䜕でもいけないこずになる。それじゃ考えが狭過ぎる。戊争があっおも、泰然自若ずしおいるのが倧囜民の襟床だ。事倉は䞀時的のものだよ。無論これを凌ぐのに囜家総動員で党力を尜すけれど、もう䞀方芞術も倧切だ。文化のメヌトルになる仕事だから、䞀日も応に出来ない」\n「童画もかい?」\n「二科䌚は童画の展芧䌚じゃないよ」\n「僕は道で小䟿が出たくなっおも、家たで凝っず我慢するんだけれどもなあ」\n「䜕のこずだい? それは」\n「君の芞術的興奮は結構だけれど、衚珟に぀いおもう少し考えお貰いたいずいうのさ」\n「充分考えおいるよ。衚珟こそ芞術家の苊心の殆んど党郚だもの」\n「僕は埀来で小䟿が出たくなっおも、家ぞ垰っおから衚珟する」\n「えゝ?」\n「このずころ小䟿無甚花の山だ。䞖の䞭の矎芳を傷぀けるような絵は描いお貰いたくない。僕の批評県から芋るず、倚くの画家の絵は花の山に立小䟿に倖ならない」\n「............」\n 朚寺君は黙っおしたった。口惜しかったけれど、華族さんだから荒い蚀葉が出ない。花かざす倧宮人の子は慎みが深い。\n「奜い加枛にし絊え」\n ず蚀っお、䜆銬君が広瀬君の肩を突いた。枩厚な朚寺君の為めに矩憀を感じたのである。坐っおいた広瀬君は仰向けざたにひっくりかえった。僕はその䞊手荒いこずをしないように、䜆銬君を捉たえおしたった。\n\nロマンスの懺悔\n\n い぀の間にか䌚が面癜からぬ傟向を垯び始めた。広瀬君は䜆銬海野朚寺の䞉名を向うに廻しお議論をする。懇談䌚よりも蚎論䌚に近い。僕は䞖話人ずしお、その郜床仲裁の劎を執らなければならない。䜕方に莔負をしおも恚たれる。それで最近に、\n「おい、䌚をやろうじゃないか?」\n ず広瀬君が無造䜜に発起した時、\n「喧嘩の䌚なら、もうやめる。この前に蚎論䌚は無期延期ず宣蚀しお眮いた」\n ず僕は匷く出おやった。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 飄然――\n いかにもそういったふうな歊蔵の去来だったのである。\n 翌日。\n すでに十二日である。\n 圓然、歊蔵はどこか、小倉城䞋に泊っお、埅機しおいるものず思い、長岡家では、圌の宿所を、手分けしお探しおいた。\n「なぜ匕き留めお眮かなかった」\n ず、甚人も取次も、埌では䞻人の長岡䜐枡に、かなり叱られたこず間違いない。\n 昚倜、到接の河原ぞ歊蔵を迎えお飲んだずいう六名の仲間も、䜐枡にいわれお探し歩いおいた。\n が、分らなかった。\n 杳ずしお、歊蔵の姿は、十䞀日の倜から行き先が知れないのであった。\n「こたったこず!」\n 明日を前にしお、䜐枡は癜い眉毛に焊躁をたたえおいた。\n 巌流は、その日。\n 久しぶりに登城しお、藩公から懇節なこずばず、お杯をいただいお、意気揚々、階銬でやしきぞ退がっおいた。\n 城䞋には、倕刻頃、歊蔵に぀いお皮々な浮説が䌝えられおいた。\n「臆しお、逃げたのだろう」\n「逃亡したに違いない」\n「どう探しおも、皆目、姿が芋぀からないそうだ」\n ず、いうのである。\n\n日出づる頃\n\n侀\n\n 逃げたろう? ――\n 逃げたに盞違ない。\n ありそうなこずだ。\n 芋えぬ歊蔵の姿に察しお、玛々たる噂のなかに、十䞉日の倜は明けた。\n 長岡䜐枡は眠らなかった。\n よもや? ――ずは思うものの、そう思われない人間がよく事の間隙に豹倉する。\n「――埡䞻君のおたえ」\n 圌は、切腹すら考えた。\n 歊蔵を掚挙した者は自分である。藩の名を以お、詊合ずなった今日、その歊蔵が行方を晊たしたなどずいうこずがもし起ったら、自決の道を執るしかない。真面目に、切腹を考えながら、䜐枡は、きょうも柄みきった朝の晎倩を迎えた。\n「......自分の䞍明か」\n あきらめに近い呟きをもらしながら、宀内の枅掃ができる間、䌊織を぀れお庭を歩いお来た。\n「ただ今戻りたした」\n その歊蔵の居所を、昚倜から探しに出おいた若党の瞫殿介が、疲れた顔色を暪門から珟した。\n「どうだった?」\n「分りたせぬ。皆目、それらしい者も、埡城䞋の旅籠には」\n「寺院など、蚊いおみたか」\n「府䞭の寺院、町道堎など、歊芞者の立ち寄りそうな箇所ぞは、安積様、内海様などが、手分けしお調べお参るずいっおおりたしたが、ただあの六名がたは」\n「戻らぬが......」\n 䜐枡の眉には、愁いが濃い。\n 庭朚を透いお、玺碧な海が芋える。癜いしぶきの浪がしらが、圌の胞たで打っお来るのだった。\n「............」\n 梅若葉のあいだを、䜐枡は黙々ず行き぀戻り぀しおいた――\n「わからぬ」\n「どこにも芋えぬ」\n「こんなこずなら、䞀昚倜別れる時に、確ず行く先を聞いおおくであったに」\n 井戞亀右衛門䞞、安積八匥倪、朚南加賀四郎など、倜来、歩き通しおいた人々も、やがお、げっそりした顔を揃えお垰っお来た。\n 瞁に腰かけお、人々はずかくの評議にいきり立っおいた。時刻は迫るばかりなのだ。――今朝、䜐々朚小次郎の門前をよそながら芋お通ったずいう朚南加賀四郎の話によれば、昚倜来、そこには玄二、䞉癟名の知己門人が詰めきっお、門扉を開き、倧玄関にはりんどうの王の぀いた幕をめぐらし、正面に金屏颚をすえ、早朝には、城䞋の神瀟䞉ヵ所ぞ門人たちが代参しお、きょうの必勝を期しおいる――ずいう旺んな様子であったずいう。\n それにひきかえお!\n ず口には出さぬが、人々は惚たる疲れをお互いの顔に芋合った。䞀昚倜の六名にしおみおも、歊蔵の生囜が、自分らず同じ䜜州であるずいうだけでも、藩ぞも䞖間ぞも、顔向けがならない気がするのだった。\n「もうよい。......今から探しおも間にあうたい。埡䞀同、お匕き揚げ䞋さい。慌おれば慌おるほど芋苊しい」\n 䜐枡は、そう告げお、人々に無理に匕き取らせた。朚南加賀四郎や安積八匥倪などは、\n「いや、芋぀ける。たずえ今日が過ぎおも、あくたで芋぀け出しお、斬り捚おおくれる」\n 昂奮しお垰っお行った。\n 䜐枡は、枅掃された宀内に䞊がっお、銙炉に銙を焚いた。それはい぀もの事ながら、\n「......さおはお芚悟を」\n ず、瞫殿介は、胞を衝かれた。するず、ただ庭先に立ち残っお、海の色を芋おいた䌊織が、ふず圌ぞいった。\n「瞫殿介さん。䞋関の廻船問屋、小林倪郎巊衛門の家を蚊ねおみたしたか」\n\n二\n\n 倧人の垞識には限界があるが、少幎の思い぀きには限界がない。\n 䌊織のこずばに、\n「そうだった。......おお」\n 䜐枡も瞫殿介も、的確に目暙を指さされた心地がした。或は? ――いやいやこの䞊は、歊蔵のいそうな凊ずしおは其凊以倖には考えられない。\n 䜐枡は、眉を開いお、\n「瞫。䞍芚じゃったな。慌おぬようでも、慌おおおるわい。――すぐ其方参っおお迎えしお来い」\n「はっ、承知いたしたした。䌊織どの、よう気が぀いたな」\n「わたしも行く」\n「旊那さた。䌊織どのも、䞀緒にず申したすが」\n「りム。行っお来い。――埅お埅お。歊蔵どのぞ䞀筆曞くから」\n 䜐枡は手玙をしたためた。そしおなお口䞊でもいいふくめた。\n 詊合の時刻、蟰の䞊刻たでに、盞手方の巌流は、藩公のお船をいただいお、船島ぞ枡るこずになっおいる。\n 今からなら時刻もただ十分。尊公にも、自分のやしきぞ来お支床をずずのえ、船も、自分の持船を提䟛するゆえ、それぞ乗っお、晎の堎所ぞ臚んでは劂䜕。\n 䜐枡のそうした旚を受けた瞫殿介ず䌊織は、埡家老の名を以おお船手から藩の早舟を出させた。\n ほどなく䞋関ぞあがる。\n 䞋関の廻船問屋、小林倪郎巊衛門の店はよく知っおいる。店の者に蚊ねおみるず、\n「䜕か知らないが、先頃からお䜏居の方に、お若いお歊家が䞀人、泊っおいるこずはいるようです」\n ず、いう。\n「ああ、やはり歀家に」\n 瞫殿介ず䌊織ずは、顔芋合せおにこずした。䜏居はすぐ店の浜玍屋぀づきである。䞻の倪郎巊衛門に䌚っお、\n「歊蔵様には圓家に埡逗留でございたしょうか」\n「はい、お圚でになりたす」\n「それを聞いお、安心いたしたした。昚倜来、埡家老にも、どれほど、埡心配なされおいたか分りたせぬ。早速、お取次を願いずうござるが」\n 倪郎巊衛門は、奥ぞはいっお行ったが、すぐ戻っお来お、\n「歊蔵様は、ただお郚屋で、お寝みになっおおりたすが......」\n「えっ?」\n 思わず、呆れ顔しお、\n「起しお䞋さい。それどころではござらぬ。い぀もこう、朝は遅いお方でござるか」\n「いえ。昚倜は、おたえずさし察いで、深曎たで、䞖間ばなしに興じおおりたしたので」\n 召䜿を呌んで、瞫殿介ず䌊織を、客間ぞ通しおおき、倪郎巊衛門は、歊蔵を起しに行った。\n 間もなく、歊蔵は、二人の埅っおいる客間ぞ姿を芋せた。十分、熟睡をずった圌のひずみは、嬰児の県のようにきれいだった。\n その県元に、埮笑を寄せながら歊蔵は、\n「やあ、お早く。――䜕事でござりたすか」\n ず、いっお坐った。\n その挚拶にも、瞫殿介は、力ぬけを感じたが、すぐ長岡䜐枡の曞面をさし出し、たた、口䞊でも、いい足した。\n「それはそれは」\n 歊蔵は、手玙ぞ頭を䞋げお、封を切った。䌊織は、その姿を、穎のあくほど芋぀めおいた。\n「......䜐枡様の思し召、ありがたいこずに存じたすが」\n 歊蔵は、読みおえた手玙を巻きながら、ちらず、䌊織の顔を芋た。䌊織はあわおお俯向いた。県から涙があふれかけたので――。\n\n侉\n" }, { "role": "assistant", "content": " 歊蔵は、返事をしたためお、\n「委现、曞䞭にいたしたしたれば、䜐枡様ぞは、よろしゅうお䌝えを」\n ずのこずだった。\n そしお、船島ぞは、自身、頃を蚈っお出向くゆえ、お気遣いなく――ずもいった。\n やむなく、二人は、返曞を持っおすぐ蟞した。――垰るたで、䌊織は遂に䜕もいえないでいた。歊蔵も䞀蚀もこずばをかけおやらないのである。しかし、無蚀の䞭に、垫匟の情ず、蚀葉以䞊のものは尜きおいた。\n 二人の戻りを、埅ちかねおいた長岡䜐枡は、歊蔵の返曞を手にしお、たずほっず眉をひらいた。\n 文面には、\n\n 私事、お蚱様埡舟にお、船島ぞ遣さる可旚、仰せ被聞、重畳お心づかいの段、蟱なくぞんじ奉候\n 然れどこの床、私ず小次郎ずは敵察の者にお埡座候。しかるに小次郎は君公の埡舟にお遣され、私は其蚱様お舟にお遣され候旚に埡座候凊、右、埡䞻君に被察、劂䜕わしく存じ奉候。この儀、私にはお構いなされず候お然る可ずぞんじ奉り候\n 歀段、埡盎に申し䞊可ずぞんじ候えども、埡承匕なさるたじく候に付、わざず申しあげず、爰元ぞ参り居候(äž­ç•¥)\n 爰元の舟にお、胜き時分参り申すべく候間、巊様に思し召さるべくそろ。以 侊\n 四月十䞉日宮本歊蔵\n 䜐枡守様\n\n ず認めおあった。\n「............」\n 䜐枡は、黙然ず、読埌の文字をなお芋入っおいた。\n 謙虚の矎。ゆかしい思い配り。䜕にしおも行届いた返曞。ず心を打たれおいる容子だった。\n それずたた、䜐枡は、昚倜からの自分の焊躁が、この返曞に察しお、面映ゆくあった。謙虚な心の持䞻に察しお、少しでも疑ったこずが自ら恥じられた。\n「瞫殿介」\n「はっ」\n「歊蔵どのの、この埡曞面を携えおすぐ、内海孫兵衛䞞どのや、その他の衆に、廻状いたしお来い」\n「承知いたしたした」\n 退がりかけるず、襖の陰に控えおいた甚人が、\n「埡䞻人様。埡甚がおすみ遊ばしたら、今日のお立䌚のお圹目、はやお支床を遊ばしたせぬず」\n ず、うながした。\n 䜐枡は萜着いお、\n「心埗おおる。じゃが、ただ時刻には早かろう」\n「お早くはござりたするが、同じく今日のお立䌚圹、岩間角兵衛様にはもはやお船を仕立おられ、今し方、浜をお離れなされたしたが」\n「人は人。あわおずずもよい。――䌊織、ちょっずこれぞ来い」\n「はい......埡甚ですか」\n「そちは、男だの」\n「え、え」\n「いかなるこずがあっおも、泣かぬずいう自信があるか。どうじゃ」\n「泣きたせぬ」\n「然らば、わしの䟛をしお、船島ぞ行け。――じゃが、次第に䟝っおは、歊蔵どのの骚を拟うお垰るかも知れぬのだぞ。......行くか。......泣かずにいられるか」\n「行きたす。......きっず、泣かないで」\n 奥の声をうしろに。\n 瞫殿介は門の倖ぞ駈け出しおいた。するず、塀の陰から圌を呌ぶ芋すがらしい旅の女があった。\n\n四\n\n「お埅ち䞋さいたせ。......長岡様の埡家来さた」\n 女は、子を負っおいた。\n 瞫殿介は、気が急いおいる。しかし、旅の女の颚態に、怪しみの県をみはっお、\n「䜕じゃ。お女䞭」\n「ぶし぀けではございたするが、かような身なりの者、お玄関ぞ立぀こずも憚られたしお」\n「では、埡門前で埅っおいたのか」\n「はい......今日に迫った船島の詊合に、きのうから、歊蔵様が逃げたずやら......町の噂に聞きたしたが、それは本圓でございたしょうか」\n「ば、ばかなこず!」\n ゆうべからの鬱憀を、いちどに吐いお、\n「巊様な歊蔵どのか、歊蔵どのでないか、蟰の刻になれば分る。――たった今、わしは歊蔵どのにお䌚いしお、埡返曞たでいただいお来たずころだ」\n「えっ......。お䌚いなされたしたか。しお、䜕凊に?」\n「其方は? ......䜕じゃ」\n「はい」\n さし俯向いお、\n「歊蔵様ずは、知る蟺の者でござりたすが」\n「ふム。......ではやはり根もない噂に案じおいたのか。では、これから急ぐ出先だが、歊蔵どのの埡返曞を、ちょっず芋せお䞊げる。心配なさるな、これこの通りに――」\n 瞫殿介がそれを読み聞かせおやっおいるず、圌のうしろぞ立ち寄っお、共に、涙の県をもっお、偞み読みしおいる男があった。\n 瞫殿介が、ふず気づいお、自分の肩を振り向くず、男は間が悪そうにお蟞儀しお、あわおお、県をふいた。\n「誰だ? ......おぬしは」\n「はい。その女房の、連れの者でございたす」\n「なんだ。埡亭䞻か」\n「有難うございたした。歊蔵どのの、懐かしい文字を芋お、䜕だか、䌚ったもおなじ気がしたした。......なあ女房」\n「ほんに、これで安心いたしたした。――欲には、遠くからでも、詊合の堎所を、拝んでいずうございたす。たずえ、海を隔おおも、私たちの心がそこに働きたすよう」\n「オオ、それなら、あの海沿いの䞘ぞ䞊がっお、遥かに、島の圱なず芋おいなされ。――いやいや、きょうは、ばかに晎れおいるから、船島の枚あたりは、かすかに芋えるかも知れぬぞ」\n「お急ぎのずころ、足をお止めしお、枈みたせんでした。――では、埡免なされたせ」\n 子を負った旅の倫婊者は、城䞋端れの束山をさしお、足を早めかけた。\n 瞫殿介も、急ぎかけたが、あわおお呌び止めた。\n「もしもし。お前たちの、名前は䜕ずいう人か。さし閊えなければ聞かしおおいおくれ」\n 倫婊は、振り返っお、たたおいねいに遠くからお蟞儀をした。\n「歊蔵どのず同じ䜜州の生れ――又八ず申したす」\n「朱実ずいいたする」\n 瞫殿介は、うなずくず、もう䞀散に、䜿い先ぞ駈けお行った。\n ややしばらく芋送っおいたが、県を芋合すず、二人は口もきかず、城䞋の倖ぞ急いだ。小倉ず門叞ヶ関のあいだの束山ぞ、喘ぎ喘ぎ、登っお行った。\n 真正面に、船島が芋える。幟぀もの島圱も芋える。いや海門の圌方、長門の山々の襞たで今日はあざやかに芋える。\n 二人は、たずさえおいる菰を敷き、海ぞ向っお、䞊んで坐った。\n ざあ、ざあっ......ず断厖の䞋の朮音は、芪子䞉人の䞊に、束の葉を降りこがした。\n 朱実は、子を降ろしお、乳ぶさに抱え、又八はじっず、膝に掌をむすんだたた、口もきかず、子もあやさず、䞀念、海の青を芋入っおいた。\n\n圌の人・この人\n\n侀\n\n 瞫殿介は、いそいで来た。\n 䞻人の長岡䜐枡が、今朝、船島ぞ出向くたでに間に合うようにず。\n 吩咐けられた六名の屋敷を、それぞれ駈け廻っお、歊蔵の返曞ず次第を告げ、どこでも茶ものたず匕っ返しお来た途䞭なのである。\n「あっ。巌流の......?」\n 圌は、そのいそぐ足をも止めお、思わず物陰にたたずんだ。\n そこは、埡浜奉行の圹宅から半町ほど先の海蟺だった。\n そこの岞からは、早朝よりたくさんな藩士が、きょうの詊合の立䌚や、怜芖や、たた、䞍慮の堎合の譊備だの、詊合堎の準備だのずしお、番頭以䞋足軜組たで――幟組にもわかれお、ぞくぞくず船島をさしお先発しおいた。\n ――今も。\n お船手の藩士が、䞀艘の新しい小舟を寄せお、埅っおいた。舟板から氎箒やもやいの棕梠瞄たで卞したばかりの真新しい舟だった。\n 瞫殿介は䞀目芋お、それは藩公から特に巌流ぞくだされた舟ず知った。\n 舟に、特城はないが、そこらに䜇んでいる癟名以䞊の人々の顔ぶれが、皆、日ごろ巌流ず芪しい者か、或は芋銎れない顔ばかりなので、すぐ知ったのである。\n「おお、お出でになった」\n「芋えられた」\n 人々は、舟の䞡偎に立っお、おなじ方角を、振り向いおいた。\n 磯束の陰から、瞫殿介も、圌方を芋おいた。\n 埡浜奉行の䌑み所に、乗っお来た駒を繋いで、䜐々朚巌流は、しばらくそこに䌑息を取っおいたものずみえる。\n そこの圹人達にも芋送られ、巌流は、日頃の愛銬を、蚗しおいた。――そしお䟛ずしお、内匟子の蟰之助䞀名を連れ、砂を螏んで歀方の舟のほうぞ歩いお来た。\n「............」\n 人々は、巌流の姿が、近づいお来るに぀れ、粛ずしお、おのずから列をなし、圌の道を開いおいた。\n それず人々は、その日の巌流の晎の扮装に恍惚ずしお、自分達たでが歊者振いのようなものを芚えた。\n 巌流は、浮織の癜絹の小袖に、県のさめるような、猩々緋の袖無矜織をかさね、葡萄色の染革の裁附袎を穿いおいた。\n 足拵えは、もちろん、草鞋――すこし最しおあるかに芋える。小刀は日頃の物であったが、倧刀は、仕官以埌は遠慮しお差さなかった䟋の無銘――しかし肥前長光ずもいわれおいる――愛刀物干竿を、久しぶりに、その腰間に、長やかに暪たえおいた。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、完成床の高い文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "≪明治䞉十六幎≫\n ○\n鷞にありおは癟矜掻也、僕にありおは癟端曞也月や残んの寝芚めの空老れば人の排萜もさびしきものず存候、僕昚今の境遇におは、埡加勢ず申す皋の事もなりかね候ぞども、この呜題の䞋に芋るにたかせ聞くにたかせ、䞔は思ふにたかせお過珟来を問はず、われぞ数かくの歌の劂く其時々の筆次第に郵䟿はがきを以お申䞊候間願はくは其儘を玙面の䞀隅に埡列べ眮被䞋床候、田に棲むもの、野に棲むもの、鷞は四十八品ず称し候ずかや、僕のも豈倫れ調あり、埡坐いたす調あり、愚痎ありのろけあり花ならば色々芥ならば様々、皮類を䜕ず初めより䞀定䞍臎候十日に䞀通の事もあるべく䞀日に十通の事もあるべし、かき鳎らすおふ矜音繁きか、端曞繁きか之を以お僕が健康の蚈量噚ずも為し被䞋床候勿々(十䞉日)\n ○\n今日䞍図鉄道銬車の窓より浅草なる束田の絵看板を瞥芋臎候。ドヌダ五十銭でこんなに腹が匵぀た云々野性は遺憟なく暎露せられたる事に候。其建物をいぞば束田は寿仙の跡也垞磐は萬梅の跡也今この䞡家は埡䞀人前四十五銭ず呌び、五十銭ず呌びお、ペンキ塗競争硝子匵競争軒ランプ競争に火花を散らし居り候由に候。芋識ず迂闊は同根也、源平の桃也銬鹿のする事なり。文明は銭のかゝらぬもの、腹のふくるゝものを求めお止たざる事ず盞芋え申候。(十四日)\n ○\n平民新聞の創刊に賀すべきは其門前よりも其玙䞊に酞挿提灯なき事なり各囜々旗なき事なり垂䞭音楜隊なき事なり、即ち䞀の請負、損料文字をずゞめざる事なり。ト僕ガ蚀぀おはダツパリ広目屋臭い、远お悪蚀を呈するこれは前駆さ、霷霪するばかりが平民の胜でもないから、今䞀段の颚流気を加味したたぞ䜆し颚流ずは墚斗、短冊瓢箪の謂にあらず(十五日)\n\n\n䜕も是れも俊秀なら、俊秀は䞀山癟文だずも蚀埗られる。さお其俊秀なる圓代の小説家が普通日甚の語をさぞ知らぬ事は、ヒむキたる僕の笑止ずするよりも、残念ずする所だが今ではこれが新聞蚘者にも及んだらしい。けふの萬朝報に悪銭に詰たるずあるのは、悪の性質を収埗ず芋ず、消費ず芋たので蚘者は悪銭身に附かずずいふのず、悪所の金には詰たるが習ひずいふのず、歀二箇の俗諺を混同したものだらう。かゝる誀りは萬朝報に最も少か぀たのだが、先頃も倖ならぬ蚀論欄に蟻埅の車倫䞀切を朧朧ず称するなど、倧分耳目に遠いのが珟はれお来た。これでは囜語調査䌚が小説家や新聞蚘者を床倖芖するのも無理はないず思ふ。萬朝報に限らず圓分歀類のが県に觊れたら退屈よけに拟ひ䞊げお埡芧に䟛さう。(十五日)\n ○\n日向恋しく河岞ぞ出たすず䞁床其凊ぞ鰻捕る舟が来お居たした。誰もよくいふ口ですが気の長い蚳さね 或䞀人が嘲笑ひたすず又、或䞀人がさうでねえ、あれで䞀日䜕䞡ずいふものになる事がある俺が家の傍の鰻捺ぎは功を眮いお居たすぜず、ゞロリず歀方の頭の先から足の先迄芋䞋したしたこのやうな問答は行氎の流れ絶えず昔から歀河岞に繰り返されるのですがたゞ其時私の面癜いず思ひたしたのは、芋䞋した人も芋䞋された人も、殆ど同じ態床に近寄りたしお曎めお感に入぀た䞀呌吞の裡にどちらもが功のありさうにも有埗さうにもないのゝ明かな事でした即ち功を眮きたすのを、こよなき驕奢こよなき快楜ずしたすやうな色が、其どちらもの顔䞀杯に西日ず共に照枡぀た事でした。(十六日)\n ○\n二の酉也、䞊倩気也、倧圓り也ず人の語り行くが聞え申候。看䞊ぐるばかりの倧熊手を担ぎお、䟋の革矜織の䞡囜橋の䞭倮に差懞り候凊䞀葬儀の行列前方より来り候を避くるに由なく応ち之を河䞭に投棄お、買盎しだ〳〵ず匕返し候を小生の目撃臎候は、早十四五幎も前の昌の事に候。けふ歀頃の酉の垂に参りお、゚ンギを申候ものにこの意矩ありや、この愛敬ありや。幎季職人の隊を組みお倜を喧鬚の為めに蟻集するに過ぎずずか申せば、倚分斯の劂き壮快なる滑皜は埩ず芋る胜はざるべしず小生は存候(䞀䞃日)\n ○\n埀還よりすこし匕入りたる路の奥に䌌぀かぬ幟の暹おられたるを䜕かず問ぞば、酉の垂なりずいふ。行きお芋るに皲荷の祠なり。歀地には劓楌がありたすでな、酉の無いのも異なものぢやずいふ事でず、神酒の番するらしきが䜕ゆゑかあたたゝび顔撫でながら、今日限り歀祠を借りたしたぢや。これも六䞃幎前。䞋総は垂川、䞭山、船橋蟺の郊行の興深からず、秋颚の嚏ずなるを芚えたる時の事に候。(十䞃日)\n ○\n人目に附易き倩井裏に掲げたる熊手によりお、䞀幎若干の犏利を掻き招き埗べしずせば斃せ〳〵の数ある呪ひの今日に斌お、そは䜙りに公明に倱したるものにあらずや\n ○\n銀座の倧通りに空家を芋るは、垝郜の䜓面に関すず被説候人有之候ぞども、これは今曎の事に候はず、東京闢けお銀座の倧通りの劂く、転倉の激きは莫しず某老人の申候其蚳は倖充内空の商略にたのみお、成敗の䞀挙に決せんず欲し候人の、其家構ぞに斌お、町構ぞに斌お、同凊を利ず臎候よりの事にお、今も店頭に堆きは資産に非ず、負債なるが倚きを占むるよしの結果に候、\n ○\n通抜無甚の札を路次口ぞ貌぀お眮くのは、通抜らるゝ事を衚瀺するやうなものだず蚀぀た人があるが僕も先刻䜙儀なき甚事で或抜裏ぞ䞀足這入るずすぐに劙なる二぀の声を聞いた亭䞻曰く、い぀たで饒舌぀お居やがるのだ、井戞端は米を磚ぐ所で、油を売る所ぢやねえぞず。女房曰く、埡倧局な事をお蚀ひでないうちのお米が井戞端ぞ持぀お出られるかえ其儘鳎りの鎮぀たのは、蟛蟣な埌者の勝に垰したのだらう(十八日)\n ○\n鉄銬創業の際、倧通りの営業別を調べたるに、新橋浅草間に湯屋は䞀軒なりしず、旧けれどこれも其老人の話也。勢の自然ず蚀぀おは堅過ぎるが、成皋江戞時代から考ぞお芋おも、湯屋ず䞎倪郎ずは暪町の方が語呂がいゝ。(十八日)\n ○\n駆萜ちたりず申す語、今日の囜民新聞に芋え申候茶挬る的筆法の脱化ずも申すべく候。(十九日)\n ○\n無論䞀郚の事には候ぞども江戞぀子の略語に難有メの字ず申すが有之、難有迷惑の意に候軜くメの字ず略し切りたる排萜工合が䞀寞面癜いず存候。(十九日)\n\n\n芪子若くは倫婊が僅少の手内職に咜ぶも぀らき现々の煙を立おゝ䞖が䞖であらばの嘆を発し候は旧時の䜜者が䞀堎のダマずする所に候ひしも今時は小説挔劇を取分けお申候迄もなし実際に斌おかゝる腑甲斐なき生掻状態の到底有埗べからざる儀ずなり申候、即ち今時の内職の目的は粥に非ず塩に非ず味噌に非ず安コヌトを匕被けんが為に候安瞮緬を巻附けんが為に候今䞀歩をすゝめお遠慮なく蚀はしめたたぞ安俳優に莈り物をなさんが為めに候。行跡の皍正しず称せらるゝ者も猶芪に秘し倫に秘しお貯金垳を所持せん為に候。芁するに嚘が内職するは芪に関するこずなく劻が内職は倫に関するこずなし、䞀家の経営䞊党くこれは別口のお話ずも申すべきものに候。お前さんのは其凊にお葉挬かありたすよ、これは儂が儂のお銭で買぀たのですず倩䞌を抱ぞ蟌み候劂きは敢お瀟䌚䞋流の事のみずも限られぬ圢勢に候内職ず人心、是亊応諞に附す可からざる䞀問題ず存候。(二十日)\n拭掃陀も面倒也、お茶拵ぞも面倒也内職婊人の時を惜むこず、金を惜むよりも甚しく候。煮染の行商はこれが為に起りお、䞭々の繁昌ず聞き及び申候文明的に候(二十日)\n ○" }, { "role": "assistant", "content": "自分が内職の金で嫁入衣裳を調ぞた嚘が間もなく実家ぞ還぀お来たのを䜕故かず聞くず先方の姑が内職をさせないからずの事ださうだ(二十日)\n ○\n底あり蓋ありで芪も咎めず、倫も咎めぬものをアカの他人が咎めおも、ハむ、止したせうず出る筈のない事だが僕ずおも内職其ものを盎々に䞍可いずいふのではない、぀たらなく手を明けない為めに始めた内職が内職の為に぀たらなく手を塞げない事にな぀お䜕にも圌にも免れぬ匊颚ずいふのが時䞖なりけりで今では極点に達したのだ髪だけは曰く有぀お奇麗にする幎玀の嚘がせ぀せず内職に倜の目も合はさぬ時は算筆なり裁瞫なり第䞀は起居なりに習熟すべき時は五十仕䞊げた、䞀癟仕方げたに教育せられ薫陶せられた䞭から良劻賢母も倧袈裟だが䞊䞀人前の日本婊人が出お来る蚳なら芥箱の玉子の殻もオダ〳〵鶏に化さねばならない、さうなれば僕も山の芋を二䞉日埋けお眮いお竹葉神田川ぞ华売りをする。内職ではない本業だ。(二十日)\n ○\n瞁附きおより巳に半幎ずなるに、䜕䞀぀わが方に貢がぬは䞍郜合なりず初手云々の玄束にもあらぬものを仲人の宥むれどきかず達お嚘を匕戻したる母芪有之候。聞けば歀母芪嚘が或お屋敷の奥向に奉公䞭臚時の頂戎物もある事なればず䞍甚分の絊料を送りくれたる味の忘られず父芪のお人よしなるに附蟌みお飜迄䞍法を陳じたるものゝ由に候。さおは歀母芪の蚀ふに蚀はれぬ、䞖垯の魂胆もず知らぬ人の䞀旊は惑ぞど珟圚の内茪は嚘が方よりも立優りお、蔵をも建぀べき銀行貯金の有るやに候。間然する所なしずのみ只今ずなりおは他に申すやうも無之候\n ○\n嚘売らぬ芪を銬鹿だずは申し難く候ぞども銬鹿芋たやうなものだずは申埗られ候。婿を買ふ者あり嚘を売る者あり䞊䞋面癜き成行に候\n ○\n裟曳摺りお奥様ずいぞど、女は竟に女也圓䞖の臍繰芁蚣に曰く出るに酒入぀おも酒、぀く〳〵良人が酒浞しお愛想の尜きる事もございたすれど、其代りの䞀埳には月々の遣払ひに、少々のおたじないが埡座いたしおも、酔぀お居れば気の附く事ではございたせぬ。\n ○\n瞊什旊那様が銎染の女の垯に、癟金を抛たるゝずも儂が垯に癟五十金をはずみ絊はゞ、差匕䜕の厭ふ所もなき蚳也。この暩衡の倱はれたる時に斌お胞づくしを取るも遅からずずは、これも圓䞖の奥様気質也、虎の巻の䞀節也。\n ○\n倫をしお䞉井、癜朚、䞋村の売出し広告の前に立たしむればこれある哉必芁の䞀噚械なり。あれが欲しいの愬ぞをなすにあらざるよりは、毫もアナタの存圚を認むるこずなし\n ○\n栄えよかしで祝はれお嫁に来たのだ、改良竈ず同じく燻るぞきではない、苊劎するなら䞀床還぀お出盎さう。いかさたこれは至蚀ず考ぞる。\n ○\n黒瞮぀くりで裏から出お来たのは、豈斗らんや車倫の女房、䞀町蚱行くず亭䞻が埅぀お居お、そらよず梶棒を匕寄すれば、衣王も぀んず他人行儀に柄たし返りお急いでおくれ。女房も女房也亭䞻も亭䞻也、男女同暩也、五穀豊穣也、䞉銭均䞀也。これで女房が車から䞋りお、アむず駄賃を亭䞻に枡せば完璧々々\n ○\n状䜿のこれは極めお急なれば、車に乗りお行けず呜ぜられたる抱車倫の、埡甚ずなれば粟限り駈けお駈けお必ずお間は欠かざるべし、されど車に乗るず云ふは、わが日頃の誓に反くものなれば仰せなれども埡免䞋されたし、奜みおするものはなき賀しき業の、わが身も共々に牛銬に比せらるゝを耻ずもせず、おなじ思ひの人の車に乗りお呜をも絞らん汗の苊しきを芋るに忍びねばず、足袋股匕の支床ながらに答ぞたるに人々其しをらしきを感じ合ひしがしをらしずは本歀䞖のものに非ずしをらしきが故に歀男の歀䞖の車倫ずは萜ちしなるべし。定かや足は埗掗はで病の為めに皋なく没したりずぞ\n ○\n゚モンを字の劂くむモンず読んで衣に附けた王ず心埗お居た小説家があ぀たさうだが、或若い埡新造が矜織を幟枚こしらぞおも、実家の王を附けるのを隣の老婢が怪んでたづねるず、良人ず儂は歳の十幟぀も違ふのですもの、氞く圹に立぀やうにしお眮かねばず䜕でも無しの挚拶に、流石おせ぀かいの老婢もそれはそれはで匕䞋぀たさうだ歀凊迄来れば憟みは無い。\n ○\nい぀の幎でしたか私の乗りたした車倫が足元ぞ搊み着ぞた玙鳶の糞目を䞁寧に盎しお遣りたしたから、お前は子持だねず申したしたら総領が䞃぀で男の子が二人あるず申したした\n ○\n悠然ず車䞊に搆ぞ蟌んで四方を睥睚し぀ゝ駆けさせる時は埀来の奎が邪魔でならない右ぞ避け巊ぞ避け、ひよろひよろもので埀来を叱咜され぀ゝ歩く時は車䞊の奎がが癇癪でならない。どちらぞ廻぀おも気に喰はない。\n(以䞊十月二十日)\n ○\nさうだ、こんな倩気のいゝ時だず憶ひ起し候は、小生のいさゝか意に満たぬ事あれば、い぀も綟瀬の土手に参りお、折り敷ける草の䞊に果は寝転びながら、青きは動かず癜きは止たらぬ雲を眺めお、故もなき涙の頻りにさしぐたれたる事に候。兄さん䜕しお居るのだず舟倧工の子の声を懞け候によれば其時の小生は兄さんに候劂斯きもの幟幎厭きしずもなく綟瀬に遠かり候埌は浅草公園の共同腰掛に凭れお県の前を行亀ふ男女の幎配、颚䜓によりお倫々の身の䞊を掚枬るに、䟋の織るが劂くなれば心甚だ忙はしけれど南無や倧慈倧悲のこれ皋なる消遣のありずは芚えず無瞁も有瞁の物語を䜜り埗お独り窃にほゝゑたれたる事に候。埡芧よ、ただあの小父さんが居るよず小守嚘の指を差し候によれば其時の小生は小父さんに候。猶こゝに附蚘すべき芁件有之兄さんの垰りは必ずよその家に飲めもせぬ䞀抔の熱燗を呌び候ぞども。小父さんの垰りはず぀かはず銬車に乗りお喰はねばならぬ我宿の䞉膳の冷飯に急ぎ申候。今や則ち劂䜕前䟿申䞊げ候通り、怜端の日向が぀こに候。\n ○\n癜氏が晎倩の雚の排萜ほどにはなく候ぞども昚日差䞊げ候端曞十五枚もより颚の枯朚の吹けば飛びさうなるもののみ、䜕等颚情をなすべくも候はず、取捚は埡随意に候骚の折れる事には随分骚を折り候男ず我ながらあずにお感服仕候。日圱匱き初冬には皀なる暖さに候たゝ寒斉ず申すにさぞもお耻かしき怜端に出でゝ今日は背を曝し居り候、所謂日向が぀こに候日向が぀こは今の小生が唯䞀の楜しみに候、人知らぬ楜しみに候、病むたじき事也衰ふたじき事也病み衰ぞたる小生等が骚は、人知らぬ苊を以お、人知らぬ楜みず臎候迄に次第に円く曲り行くものに候。埡憫笑可被䞋床候\n ○\n読むのもいや曞くのもいや、仕方がないず申す時あるを小生は感じ申候。なたけ者の蚌拠ず存候この仕方がない時江川の玉乗りを芋るに定めたる事有之候、飛離れお面癜いでもなく候ぞどもほかの事の仕方がないにくらべ候ぞばいくらか面癜かりしものず存候たゞ其頃小生の䞀奇ず臎候は萬堎の芳客の面癜げなるべきに拘らず、面癜げなる顔色の千番に䞀番捜すにも兌合ず申すやらの始末なりしに候床々の実隓なれば理窟は申さず、今も然なるべくず存候愈々益々然なるべくず存候。認め了りお歀䞀通の段萜を芋るに「ず存候」の行列也、曎に䞀぀を加ぞお悪文ず存候\n ○\n容易に胞隔を開かぬ日本人は容易に胞隔を閉぀る日本人に候、倱望の盞ならざるなしず、甞お内村先生申され候。然り小生も日本人に候拒たざるが故に歀蚀を為し候" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、高品質な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " ブラりン神父は考え深そうに目をパチクリさせおから蚀぀た――「川ずいうものは死䜓を隠そうず空想するにはいい所です。本物の死䜓を隠すにはずんでもない悪い所です。぀たり、あなたが川の䞭ぞ投げこんだろうず簡単にお぀しやるのは、死䜓が海に抌し流されるからずいうわけでしよう。ずころがほんずに投げこんだ日には、癟に九十九も流され぀こありたせんのじや。どこかの岞ぞ流れ぀くチャンスのほうがず぀ず倚いのです。どうやらあの人たちにはそれよりも぀ず䞊手に死䜓を隠す蚈画があ぀たに違いありたせん――でなか぀たら、死䜓はいたたでに芋぀か぀おいたでしようからな。そしおもし暎力を加えた跡があれば......」\n「チェッ、死䜓の隠し堎か」ヘンリは、むラむラしながら、蚀぀た。「奎らのいたわしい朚に曞いた文句だけでも十分な蚌拠じやありたせんか?」\n「どんな殺人でも死䜓が䞀番の蚌拠です。死䜓の隠し堎は、十䞭八九、解決しなければならない実際問題です」\n 沈黙が続いた。ブラりン神父は䟝然ずしお赀い郚屋着をひ぀くりかえしお、日のあたる岞のキラキラ光぀おいる草の䞊にひろげおいた......圌は目を䞊げなか぀た。しかし少し前から気が぀いおいた――圫像のように静かに庭に立぀おいる第䞉者がいるためにブラりンには党䜓の景色が䞀倉したような気がしたのであ぀た。\n「ずころで」ずブラりンは、声を䜎くしお、぀けくわえた......「あなたはあのガラスの目の小男をどう説明なさるかな......ホレ、昚日䌯父さたに手玙を持぀おきたしたな? サンドさんはあれを読むずす぀かり人が倉぀たようでした。それだからわしは自殺の知らせには驚きたせんでした......あの時は自殺だず思いたしたからな。あの男は、わしの感違いでなか぀たら、かなり䞋等な私立探偵ですわい」\n「だ぀お」ヘンリはためらうように蚀぀た......「だ぀お、あの男はそりや――こういう家庭悲劇では倫が私立探偵を雇うこずもあるでしよう? たぶん二人の密通の蚌拠を手に入れたんでしよう......そこであの二人は――」\n「倧きな声では蚀えたせんのじや」ずブラりン神父......「いたちようどあの探偵があすこの茂みの䞀ダヌドほど先きからこ぀ちを探偵しおたすからな」\n 二人が目を䞊げるず、たしかにガラスの目の鬌のような男があの䞍愉快な片目をすえお芋おいた......叀兞的な庭の蝋のように癜い花の䞭に立぀おいるので、なおさらグロテスクなか぀こうに芋えた。\n ヘンリ・サンドはあの倧きな䜓では息が切れるかず思うほどの勢いでたた立ちあがるず、だしぬけに倧ぞん怒぀おその男に「䜕をしおるんだ、すぐ出お行け」ず蚀い぀けた。\n「スティンズ卿がブラりン神父においでを願぀おぜひお話したいこずがあるそうです」ず庭の小鬌は蚀぀た。\n ヘンリ・サンドは憀然ずしお立ち去぀た。しかし坊さんはその憀慚はヘンリず圓の貎族ずのあいだにかねおから宿぀おいる反感のせいだず思぀た。小男ず䞀緒に坂を登りながら、ブラりン神父はちよ぀ず足を止めお、なめらかな朚の幹にきざんだ暡様をたどるように、ロマンスの蚘録だずいう䞀段ず暗い隠れたしるしを䞀床芋䞊げた......それから自殺の告癜(あるいは告癜だず思われおいるもの)のも぀ず倧きなぶか぀こうな文字を芋぀めた。\n「この文字から䜕か思い出したすかな?」ずブラりンはきいた。そしおむ぀぀りした連れが銖を振るず、蚀いそえた――\n「わしはあのプラカヌドの字を思い出したす......ストラむキをや぀おいる連䞭が埩讐するぞずい぀おサンドさんを脅迫したあの掲瀺じや」\n\n「これはわしがいたたで取り組んだ䞭で䞀番む぀かしい謎であり䞀番倉な話です」ずブラりン神父が蚀぀たのは、最近家具を入れたばかりの䞀八八号のアパヌトでスティンズ卿ず向かい合぀お坐぀たずきであ぀た――この端の郚屋は、埓業員の論争ず劎仂組合からの仕事の匕枡しずの䞭間期間の前に、できあが぀た最埌のものであ぀た。気持のいい郚屋で、スティンズ卿が匷い飲物ず葉巻をたしなんでいるあいだに、坊さんは顔をしかめながらこの告癜をした。スティンズ卿は、冷静な䜕げない態床で、かなり驚くほど芪切にな぀おいた。\n「あなたほどの蚘録の持䞻ですから、そりや倧げさに蚀われたのでしような」ずスティンズ......「しかしたしかに探偵連䞭には、あのすおきなガラスの目の友人もふくめお、い぀こうに答えが芋぀かりそうもありたせんね」\n ブラりン神父は葉巻を䞋に眮いお、甚心深く蚀぀た――\n「そりや答えが芋぀からないのではありたせん。連䞭には問題が芋えないのです」\n「なるほど、どうやらわたしにも問題が芋えないようです」ずスティンズ卿。\n「この問題がほかのいろんな問題ず違うのは、こういうわけです。どうやら曲者は故意に二぀のた぀たく違うこずをや぀おのけたのです......ど぀ちか䞀぀なら成功したかもしれたせんが、そい぀を䞡方や぀たのではど぀ちもだめになるだけでしよう。わしの想像では、同じ犯人が過激掟の殺人を思わせるような脅迫的宣蚀を掲瀺する䞀方、ふ぀うの自殺を告癜する文句を朚に曞いたものず、確信したす。さお、け぀きよくあの宣蚀はプロレタリアの宣蚀で、過激な劎仂者連䞭が雇䞻を殺したくな぀お殺したのだずも蚀えたしよう。たずえそれが事実だずしおも、なぜその連䞭が――たたはなぜだれかが――たるであべこべの個人的な自殺の跡を残したかずいう問題の秘密が残りたす。したが、そりやたしかに事実ではありたせん。こういう劎仂者連䞭は、どんなに冷酷でも、そんなこずはしなか぀たでしようからなあ。わしは連䞭をかなりよく知぀おいたす......圌らの指導者たちを倧ぞんよく知぀おいたす。トム・ブルヌスやホヌガンのような連䞭が、新聞で叩き぀けるこずのできる盞手を暗殺しお、いろんな違぀た方法で痛め぀けるだろうず考えるのは、分別のある者なら狂気ず名づけるたぐいの粟神状態です。いやいや......憀慚した劎仂者ずは違う、或る男がいたのです......その男がたず最初に憀慚した劎仂者の圹割を挔じおから、続いお自殺した雇䞻の圹割を挔じたのです。したが、実に䞍思議なのは、なぜか? ずいうこずです。もしその男が、そい぀を自殺に芋せかけおスラスラ切り抜けられるず思぀おいたのなら、なぜ最初に殺人の脅迫を公衚しお自殺説をぶちこわすようなこずをしたのでしようか? 殺人より隒ぎの少ない自殺の話に決めたのはあずにな぀おの思い぀きだずお぀しやるかもしれたせん。したが殺人の話が出たあずの自殺では隒ぎがなおさら倧きくなりたす。その男ずしおはみんなの頭を殺人からそらせおおくのが目的のすべおであ぀たのに、あの脅迫状ですでにみんなの頭を殺人のほうに向けおした぀たこずを知぀おいたに違いありたせん。もし自殺話があずからの思い぀きずすれば、ずいぶん考えのない人間のあずからの思い぀きでした。したが、わしはこの犯人は倧ぞん考え深い人間だず思぀おいたす。これで䜕か芋圓がお぀きになりたすかな?」\n「いいや......しかしわれわれは問題さえ芋おいないのだずお぀しやるあなたのお蚀葉の意味はわかりたす。問題は、単にだれがサンドを殺したかずいうだけじやないんですね......それは、䞀床ほかの者にサンド殺しの眪をなすり぀けおおきながら、こんどは自殺だずい぀おサンド自身に眪をなすり぀けようずするのはなぜか、ずいうこずです」\n ブラりン神父の眉がひそみ、葉巻を固くくわえた......葉巻の先きがリズミカルに明滅しおいるのが頭脳の熱烈な錓動を思わせた。それからたるでひずり蚀のように話しかけた――\n「わしらはごく粟密にごくは぀きり跡を远わねばなりたせん。それはも぀れ合぀た考えの糞を解きほぐすようなものです......たあ、こんなふうなこずでしよう。殺人の告発はむしろほんずに自殺の告発をメチャメチャにしおしたいたすから、犯人はふ぀うならあんな殺人の告発はやらなか぀たでしよう。したがあの男はそうしたのです......そこでそれには䜕か別の理由がありたした。倧ぞんに匷い理由でしたから、おそらく犯人は別の自己匁護の道――぀たり自殺説――が匱くな぀たのさえ甘んじたのです。蚀いかえれば、あの殺人の告発は実は殺人の告発ではありたせんでした。぀たりあれを殺人の告発に䜿う぀もりではなか぀たのです......ほかの者に殺人の眪をなすり぀けるためではなか぀たのでした......犯人がそうしたのはた぀たく別のずんでもない理由があ぀たからです。圌の蚈画にはサンドが殺されるずいう宣蚀をふくめる必芁がありたした......それがほかの連䞭に疑いをかけるこずになろうずなるたいず、そんなこずはどうでもよか぀たのです。ずもかくなんずしおもあの宣蚀そのものが必芁なだけでした。したが、なぜでしようか?」" }, { "role": "assistant", "content": " ブラりンは煙草をふかした......五分間ずいうものは盞倉らず噎火山のように倢䞭で煙を吐いおいたが、や぀ずたた口をひらいた。\n「殺人の宣蚀は、ストラむキの連䞭が殺人犯人だず暗瀺する以倖に、どんな圹目をはたすこずができたでしようか? どんな圹目をはたしたか? 䞀぀だけ目に぀くこずがありたす......あれは必然的に宣蚀したこずず正反察の圹目をはたしたした。あの宣蚀は、劎仂者をロックアりトするなず、サンドに蚀いたした......ずころがあれこそおそらくサンドに本気でロックアりトをやる気にならせた唯䞀の原因でしたわい。あなたは人間の皮類ず名声の皮類を考えねばなりたせん。その人が今日のばかげた煜情的な新聞で『匷い男』ず呌ばれおいるずなるず......英囜のアホりな名士連䞭に『スポヌツマン』だずい぀お賛矎されおいるずなるず、こりやピストルでおどかされたずころでアッサリあずぞは匕けたせんわい。あずぞ匕いたりすれば、ばかげた真癜な垜子に真癜な矜根をさしおアスコット競銬堎を歩きたわるようなものになりたすからな。そうなるず、よほどの卑怯者でないかぎり、どんな人でもほんずに呜より倧切に思う、自分自身の偶像――぀たり理想――が打ちこわされたす。そしおサンドは卑怯者ではありたせんでした......勇気に富み、か぀衝動的でもありたした。あの宣蚀は即座に呪文のような䜜甚をしたした......甥のヘンリは、倚少ずも劎仂者の䞭にたじ぀おいたこずがあるのに、こんな脅迫は絶察に即刻挑戊しなければならんず、即座に蚀いたした」\n「りン、それは気が぀いおいた」ずスティンズ卿が蚀぀た。二人はちよ぀ずおたがいに顔を芋合わせたが、やがおスティンズがむずんちやくに぀けくわえた......「ではあなたの考えでは、犯人がほんずに望んでいたのは......」\n「ロックアりト!」ず坊さんは力い぀ぱいに叫んだ。「ストラむキか、それずも䜕ず蚀おうずよろしい......ずもかく、仕事の䞭断じや。犯人は仕事をすぐにやめさせたか぀たのです......おそらくストラむキ砎りの連䞭をすぐに来させるためでしようし......たしかに組合員をすぐ远い出すためでした。それが犯人のほんずに望んだこずでした......なぜだかそりやわかり぀こありたせん。そしお犯人はどうやらそれをやりずげたので、あの宣蚀が過激掟の暗殺者の存圚を暗瀺しおいるずいう別のふくみにはほんずうに倧しお気を䜿わなか぀たのです。したがその時......その時どうも䜕かたずいこずがあ぀たのだず思いたすのじや。この蟺はわしのホンの想像でごくゆ぀くり手さぐりしおいるだけですが、わしに思いあたる唯䞀の説明は、䜕かの事情で犯人がほんずに気にかけおいた所が人目に぀きはじめたからではないかずいうこずです――぀たり、どんな理由にもしろ、建築を䞭止させたいず望んだ理由が人目に぀きはじめたのです。そこで遅ればせながら、必死に、しかもかなり矛盟しおいるのに、犯人が川ぞ続くあの別の道を進もうずしたのは、単にた぀たくそれがアパヌトから遠ざかる道だ぀たからでした」\n ブラりンはお月さたのような県鏡越しに目を䞊げお、背景や家具のようすにす぀かり芋ずれおいた......䞖なれた物静かな男のひかえめの莅沢......そしおそれをあの二぀のスヌツケヌスず比范しおみた......この郚屋を占領しおいるスティンズ卿が、新しくできあが぀たばかりでただす぀かり家具のはい぀おいないアパヌトに぀い先日来たずきは、そのスヌツケヌスをさげおいるだけであ぀た。\n「手短かに蚀えば、犯人はアパヌトの䞭の䜕かにあるいは䜕者かにおびえたのです。ずきに、なぜあんたはこのアパヌトに䜏むこずにしたのですか? ......それにたた぀いでですがヘンリ青幎の話では、あんたは匕越しおいらしたずき早朝圌に䌚う玄束だ぀たそうですな。それは事実ですかな?」\n「ずんでもない。わたしはあの前の晩ヘンリの䌯父から鍵をもらいたした。わたしにはなぜヘンリがあの朝ここぞ来たのか、た぀たく芋圓が぀きたせん」\n「ああ」ずブラりン神父......「それならわしにはなぜあの青幎が来たのか芋圓が぀きそうです......あんたは圌をび぀くりさせたこずでしような......ちようど圌が倖ぞ出ようずしおいたずきにあんたがはい぀おきたのですからな」\n「それにしおも」スティンズは灰緑色の目をキラリず光らせお芋わたしながら、蚀぀た......「どうやらあなたはわたしも䞀぀の神秘だず思぀おいたすね」\n「わしはあなたを二぀の神秘だず思぀おいたすわい。第䞀はそもそもあなたがサンドの事業から匕退したのはなぜかずいうこずです。第二は、あなたが垰぀おきおサンドの建物に䜏むようにな぀たのはなぜかずいうこずです」\n スティンズは思い沈みながら煙草をふかしお、灰を叩きおずすず、前の卓䞊のベルを鳎らした。「おさし぀かえなければ、わたしはこの䌚議にもう二人呌びよせたす。ご存じの小男の探偵ゞャク゜ンがベルに答えおくるでしよう。それからヘンリ・サンドにはもう少ししたら来るようにず蚀぀おありたす」\n ブラりン神父は垭を立぀お、郚屋を暪切り、顔をしかめながら炉を芋䞋した。\n「そのあいだに、あなたのご質問に二぀ずもお答えしおもかたいたせん」ずスティンズは続けた。「わたしがサンドの事業から手を匕いたのは、䜕か䞍正があ぀お金をごたかしおいる者があるず確信したからです。わたしが垰぀おきおこのアパヌトにはい぀たのは、老サンドの死に぀いおほんずの真盞を芋぀け出したか぀たからです――それも珟堎で」\n ブラりン神父は、探偵が郚屋にはい぀おきたずき、クルリず顔を向けた......炉の前の敷物を芋぀めながらおうむがえしに蚀぀た――「珟堎で」\n「ゞャク゜ン君が話すでしようが、サヌ・ヒュヌバヌトはこの人を雇぀お、䌚瀟の金を盗んでいる賊が䜕者かを芋぀けさせたのです」ずスティンズ。「そこでゞャク゜ン君は、ヒュヌバヌトが姿を消す前日に、自分が発芋したこずの報告を持぀おきたした」\n「さよう」ずブラりン神父。「そしおわしは、サヌ・ヒュヌバヌトがどこぞ姿を消したのか、や぀ずわかりたした。わしは死䜓のある所を知぀おいたす」\n「するずあなたは――」スティンズがあわおお蚀いかけた。\n「ここにあるのじや」ずブラりン神父は蚀぀お、炉前の敷物を螏み぀けた。「ここじや......この気持のいい郚屋の䞊品なペルシャじゆうたんの䞋じや」\n「い぀たいあなたはどこからそんなこずを芋぀け出したのです?」\n「た぀たいた思い出したしたが、わしは眠぀おいるあいだに芋぀けたのです」\n ブラりンは倢を描き出そうずするかのように目を閉じお、倢芋るように続けた――\n「これは死䜓をどうしお隠すかずいう問題が䞭心になる殺人です。そしおわしはそれを眠぀おいるあいだに芋぀けたのです。わしはこのビルディングのハンマヌの音で毎朝い぀も目をさたされたした。あの朝わしは半分目がさめかけお、たた寝こんでした぀おから、もう䞀床目をさたしたので、もうおそい぀もりでいたした......ずころがおそくなか぀たのです。なぜか? そのわけは、い぀もの仕事がす぀かり䞭止されおいたのに、その朝はハンマヌの音がしたからです......倜明け前の暗いうちに短い、急いだハンマヌの音がしたした。眠぀おいるずきにこういう耳慣れた音を聞かされるず自動的にピクリずしたす。したが、い぀もの時間のい぀もの音ではないから、たた寝こんでしたいたす。さお、あの隠れた悪党がふいに仕事を党郚䞭止させお、新しい劎仂者だけを入れたが぀たのはなぜでしようか? そのわけは、もし前からの劎仂者が翌日や぀おきたずしたら、その晩のうちにや぀た新しい仕事を芋぀け出したでしようからなあ。前からの劎仂者はどこで仕事を打ち切぀おあ぀たか、知぀おいたでしよう......そしおこの郚屋の床が党郚釘付けがすんでいるのに気が぀いたでしよう。釘付けしたのはそのやり方を知぀おいる或る男です......劎仂者の䞭にたじ぀おやり方を習぀た男です」\n ブラりンが話しおいるず、ドアが開いお、頭を突き出すようにしおのぞきこんだ者があ぀た......倪い銖に぀いた小さな頭ず、県鏡越しに䞀同を芋お目をパチクリさせた顔。\n「ヘンリ・サンドは、物を隠すのは䞍埗手だず、蚀いたした」ブラりン神父は、倩井を芋぀めながら、批評した。「したがそりや感違いだず思いたすわい」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを完成させお、印象的な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " おそらくは、爺の泚意によっお、爺に導かれおいた鳶䞃や以䞋の職人たちも、\n「え、埡本屋様か」\n「あれが、正成様だっお」\n ず、あわおお瀌を揃えおいたものだろう。どれもこれも、銖をあげお、あず芋送りながら蚀っおいた。\n「えらくお身軜なもんだな。河内の殿さたは」\n「お䟛ずいったら童ひずり連れたきりでよ。ねえ埡老臣さた」\n「い぀もここの殿さたはああなんですかい。あれでどこぞお出かけなんで?」\n 爺の巊近は、\n「ご参詣じゃよ」\n ず、それぞ蚀った。\n ぶっきら棒な答えでしかなかったが、圌ら凡䞋の掚量りで、殿を軜んじるようではならぬず考え盎したか、たた自分からこう語り初める――\n 過ぐる幎の千早、金剛䞀垯の攻防戊では、䜕䞇人が死んでいる。お通さたには、諞所に遺骞を寄せお、そのご敵味方なくご䟛逊されおきたが、今日も埡自身写経の䜕巻かを山䞊の埡寺ぞ玍めにおいでられる。――いやそんな埡奇特は䞀再でない。さきにも倩野山金剛寺や芳心寺やたた久米田寺などぞも、同様な玍経をしおおいでになった。――すべおそれは䞀日もはやく倩䞋泰平䞇民安堵の日が来るようにずの切なる埡誓願にほかならない......。\n 爺は、わがおあるじを頌えるこずに埗々ずなっお、そう、しゃべり぀づけおいた。\n くそおもしろくもねえ、ず蚀いたげな゜ラ耳でいたのは䞀行の鳶䞃だった。それに぀づいおはこの䞭に亀じっおいた右銬介である。――圌もこの老臣の饒舌などぞは面もむけおいなかった。――そしおはや氎分神瀟の芋える山坂道のほうぞ小さくなり぀぀ある正成の姿ぞ、飛び出すような目をしお、じっず芋送っおいた。\n\nよそ者\n\n「蔊王。あるけるか」\n「もっず早くですか」\n「そうそう。そちは正行より䞀぀幎䞋、わしなどには負けられんな」\n 蔊王の父、河原ノ入道は、䞀族の正家に附随しお、遠い東囜の垞陞ぞ赎任しおおり、兄の九郎正次は、倩王寺圚番ずしお残されおいる。母はいない。......で正成はそれずなく、日頃、あわれをかけおいた。\n しかしこのいたずら盛りは、今日しも正成の䟛にひずり遞ばれお来たにかかわらず、目をはなすず、い぀か正成のうしろにも芋えず、ずかく道くさばかり食っおいた。\n「はお。たた」\n 正成は立ちどたる。そしお遅れた圌の姿をうしろに芋぀けおほほ笑んだ。\n 䞊の氎分神瀟の桜も、䞋の山添い道の山桜も、散りぬいおいた。花ビラの斑の劖しい舞が圌の童心を倢幻ず昂奮の枊にひきこむのか。たたは子䟛の野性ずいうものは、䜙りに矎しいものぞは嗜虐的に、かえっお無性な暎に誘惑されお挑みかかっおみたくなるものか。\n 芋るず、蔊王は、棒切れを持っお、跳びかかり、跳びかかり、花の梢を打っおは歩いおいるのである。そしお癜い花の吹雪が倉化にでも芋えるかのように、ひんぷんず散り舞う物を盞手に、独りで立廻りを挔じたりしおいるのだった。\n ふず正成の胞に、䜕かの曞で芋たたれやらの詩句がうかんでいた......\n\n適 䌎フ児童\n萜花ニ戯レ\n闘ヒ去リ 闘ヒ来ツテ\n転 颚流\n\n 正成は圌を呌ばなかった。ゆっくり先ぞ歩いおいた。\n 花なのでほほ笑たれ、児童なので、うたた颚流、ずも芋過ごせたが、人間の子には本来、蔊王のしおいたような性情が生れ぀きあるらしい。䜙りに完党なもの、熟れきった矎しいもの、たた超然たるものを憎む。理由なき憎しみず、その壊滅を芋んずする快感ずにそそられる。その倩邪鬌な人心が倧きく動いおは、しばしば地䞊の倧戊も呌ぶ。\n 藀原氏が亡んだのも、平家が亡んだのも、たた北条氏が亡んだのも、盎接打ったものは歊力ずいう棒切れだが、案倖、それを望んだ意欲は民心ずいう倩邪鬌がさせた業だったかもしれないず、正成は歩きながら考える。――そしお珟朝廷の危殆がたた、それでなければ幞いだがず思うず、ふず道も暗いここちになった。\n「おやかた様、おやかた様」\n 远っ぀いお来た蔊王は、ひずりで笑いこけながら――\n「そっちぞ行っおは道がちがいたす」\n「ほんにこう参っおは桐山ぞ行っおしたうな」\n「おやっ?」\n「どうした、蔊王」\n「あんなずころに、野晒がすおおある」\n「野晒」\n「ええ、人間の」\n「捚おたのではなかろう」\n 数日前の倧雚に土砂ず共に流されおきたものずみえる。掗われお真っ癜になった䞀個の頭蓋骚が、朚暗い厖すそに、半ば埋もれおいた。\n「蔊王、拟っお抱いお来い」\n「え。あれをですか?」\n 山坂いく぀。肌は汗だが、山高たるほど、山気は冷々ず毛穎にせたる。\n「おやかた様」\n 蔊王は始終うしろからしゃべりかけお行く。持たせられた骞骚が䞍気味でならないものずみえ、\n「この野晒は、どうなさるんです。䞊の金剛山寺たで持っおゆくんですか」\n「む」\n「それよりは、おやかた様、おずずし、お坊さんをたくさん呌んで埡䟛逊なすった戊死者塚が途䞭方々にあったでしょ。そこぞ埋けおやればよい」\n「でもな......」\n 正成もぜひなく、たたにはそれぞ返蟞をしおやる――\n「千早籠城から四幎もたっお、ゆくりなく、正成の手に拟われたその癜骚だ......よほど宿瞁......埡寺たで連れお行っお、参籠の぀いでに、よう埡䟛逊をしお䞊げようよ」\n「だっお」\n 蔊王は、艶のない卵癜色の物の県窩を気味わるそうに手に芗いお。\n「敵だか味方だかも分らないでしょ。こんな亡者」\n「よいではないか、敵でも」\n「敵は憎い。そうお思いになりたせん?」\n「死ねばたれもおなじ盞になるのだ。おたえの父も、東囜で戊っおいる。東囜の野で野晒ずなるかもしれん。正成もたた死ねばそのずおりな物になる」\n「歊士の家に生れたからにはしかたがないず、いわれおいたす」\n「だがの、憎しみ合いは、生きおる間でたくさんだろ。死者ずは業を終ったひずのこずだ。ほずけさただ、そのなにもないきれいな盞を芋るがよい」\n「ちっずもきれいじゃありたせん」\n「はははは、しかしもし、その癜骚の人の劻なり子なりの手にそれが届けられたら、子は抱いお涙をそそぎ、劻は頬ずりもするであろう。どんなきれいなものも、そのきれいさにおよぶたい」\n 蔊王には自分に関係もないはなしに聞えた。道はぞんお぀もない谷間ぞ入り、たた次の胞突きを先に芋䞊げおいた。\n ここらの朚暗い所には、なお拟われない癜骚が土や萜葉の䞋にどれほどあるこずかわからない。正成の心耳には切々ずその浮かばれぬものの鬌哭がわかる。石も草も朚も蕭々ず物みな哭いおいるようで、しかもその幜鬌がみな自分を指さしお責め咡く。\n ――千早の倧将が来たよ\n ――正成が行くよ\n ――あのひずが千早にたおこもらなかったら、おれどもは死ななかったかもしれないよ\n ――敵のおれどもも蚎たれはしなかったろうによ\n ――死ね死ねずあの人は蚀ったのに、あの人はすたしお生きおいるよ\n ――果おなく出䞖する぀もりだろうよ。おれどもだけは浮かばれないよ\n 今日だけずは限らない。正成はこの附近の谷を通るずい぀も地䞋の声を聞く。もろもろな圢なき物に足もずをたずい぀かれる。だから口に真蚀の秘経をずなえお通るのが぀ねであった。\n そしおたもなく頂䞊にのがり着く。豁然ず、心がひらけ、倢魔から醒めるのも぀ねであった。十方の碧空にたいしお、恥じない自分をも同時にずりもどしおいた。\n 金剛山寺では正成の䞍意なおずずれに、院䞻圹僧らたで、䜕事かず驚いたらしく、\n「たえもっお、埡登山をうかがっおおりたしたらお出迎えにも立ちたしたものを」\n ず、客殿にこの颚来な領䞻を拝しお、ひたすら詫びた。\n 正成はかえっお気の毒そうに。\n「いや䜕の。今日は日和もよし、所願の写経も終ったので、ふず思い立っお来たたでのこず。かたい儀瀌はやめおほしい」" }, { "role": "assistant", "content": "「埡写経を」\n「む。本尊法起菩薩の宝前に玍めおきずうお」\n「それは埡奇特な」\n「かたがた、こよいは参籠の぀もりでたいった。なにかず䟛華の甚意などもしおもらいたい」\n「かしこたりたした」\n 日は暮れお、沐济、倕选などのあず、正成は浄衣になっお、転法茪院の本堂に入った。途䞭で拟っお蔊王に持たせおきた癜骚は僧の手によっお燈明や銙煙のうちに安眮され、やがお、僧たちの䟛逊が春の倜をかけお長々ずいずなたれた。\n 倜半になるず、正成はひずりで籠堂ぞ移っお倜をあかした。ほずけず共に明かした朝はそう眠りもしおいなかったのに䜓もあたたも枅々ずしおいた。これが自分だったず思われるような生き身の味を久々に味わった。\n「そうだ、ここにいお」\n 䞋山が惜したれお、圌はその日も翌日も぀い山䞊にいおしたった。心に深い傷手があり、それを医すためずしおいる正成ではなかったが、圌をひきずめる䜕かがここにあったずみえる。\n「おやかた様、い぀おもどりになるんですか」\n「蔊王か、そちは退屈そうだの」\n「でも、氎分では、きっず埡䞀同さたが、お案じでしょう」\n「ほんに、それも思わぬわしはちずわがたただったな。さよう、そちは山をおりお、なお数日正成はこれにおるず、その由、通ぞ぀たえおおくがよい」\n 蔊王をも、その日、垰しおしたい、圌は籠堂でいよいよ孀独を愉しんでいた。さりずお西行法垫の真䌌びを远うお安らげる自分でないし、たた呚囲の桎梏は、そんな逃げなどゆるさぬ時代ずも知っおいた。\n だから圌がここで求めたのは、ゆるされるかぎりの、わずかな憩いに過ぎなかったろう。あるいは、垝に盎諫申しあげたあずも、その絶望から将来の必然を千々に悩んで、もはや䞀個の力ではいかんずもなしがたい苊悶の自己を、ここでしずかに凊理しおいるのかずもおもわれる。\n するずすぐ、二日皋しお。\n「や、蔊王。......たたもどっお参ったか」\n「はい、仰せはお぀たえ申したしたが、今日は卯朚さたのお頌みで、これを」\n「なに卯朚から? ......これはたた、短冊ではないか」\n 手にずっお芋るず、\n\n春柳 葛城山に\n立぀雲の\n立ちおも居おも\n効し思ふに\n\n 䞇葉の䞀぀である。なるほど筆蹟は卯朚だが、歌の意味は、劻の久子の胞の代匁だナずうけずれる。――久子が曞かず、卯朚がこれをよこしたなどにも、女心のあわれが読たれた。\n\n ある日、ずいうのは、正成が金剛山寺ぞ登っお行った日――。韍泉の正季は、郎党八、九人に銬をひかせ、自身も階銬で加賀田の山道をいそいでいた。\n「この枓谷の桟橋もいぜんは毎日のように通ったものだが」\n 加賀田川を䞋にのぞくず、正季は䟛ぞ蚀った。\n「たれか先に走っお、甚内ず申す者をよんでおけ」\n 道の䞊には、朜ちた山荘の門が芋えお来た。吐雲斎毛利時芪は、そのご䞀ぺんもこの山荘ぞは垰っおいない。すでにあれからもう四幎になる。\n「おったか、甚内は」\n「ただいた山畑からこれぞ連れたいりたする」\n そこぞ野良着の半蟲半歊士おいの男がたもなく呌ばれお来お、\n「これは、韍泉殿でござりたしたか、どうもお久しいこずで」\n ず、地にぬかずいた。\n 正季はすぐ蚀った。\n「甚内。――時芪先生の倧江家䌝来の兵孊曞䞀切はおたえの手に預けられおあるそうだな」\n「䜕の仰せか、俄かなこずで、よう分りたせぬが」\n「ただ物忘れする幎ではあるたい。過ぐる千早金剛の倧戊䞭、ここもあぶなくなっお、お垫の時芪さたには、぀いに山をすおおいずこかぞ去り、いらい杳ずしお埡消息もなくなった」\n「ぞい」\n「おたえら山荘の召䜿は、このぞんの山畑をもらっお、あずに残ったわけだろう」\n「さようで」\n「しかし、ただ残されたわけではなかろう。そのさい、老先生からこれだけはず、かたく蚗された物があるはずだ。その軍曞䞀切はどこにあるか」\n「ございたせん。そのような物は党く以おぞんじたせぬ」\n「ずがけたい、甚内」\n ず、正季は䞀通の曞面をずり出しお「――読め」ず、圌の目のさきぞ投げやった。\n たぎれもない時芪の筆蹟である。甚内はくりかえし読んでいた。時芪がどこかになお生きおいたなども驚きらしい。曞面には、秘蔵曞党郚の蚗送が正季宛おに曞かれおいる。その所圚は、いぜんの老僕甚内が承知のはずずもしおあった。\n「わかったか」\n「申しわけございたせん。そのせ぀おあるじから、かたく秘事にしおおけず、申し぀かっおおりたしたため」\n「いいわけはよい。はやくその圚る所ぞ案内せい」\n 甚内は先に立ち、段々畑の䞋の長屋裏ぞ䌎った。そしお蓄備倉のような掞穎のおくを瀺した。荷梱にしお数個、冊数にすれば千巻の曞物ずもいえる。\n 正季はそれをただちに銬五頭の背に移させ、そしお郎党数名を付け、\n「すぐ老先生の蚱ぞお届けに行け。近ごろは掛倖倧江山に埡隠棲のよし曞面に芋える。吐雲斎ず蚊けばわかるであろう。確ず埡返事をいただいおたいれよ」\n ず、呜じた。そしお圌は韍泉寺の邞に垰り、あくる日、氎分に兄の正成を蚪うず、正成は玍経のため登山したずのこず。聞くず正季は、嘆じお蚀った。\n「どうも近頃の兄䞊はどうかしたなあ!」\n その足で、圌は、䞋赀坂城の芋廻りに廻っおいた。\n 城ずはいえ、䞋赀坂はか぀おの砊で、䞀時、ここは北条方に占領され、その湯浅勢に焌き壊たれたのを修理し、たた近ごろでは久子の兄、束尟刑郚季綱の奉行でいたなお出䞞や矢倉門などの手入れをしおいる状況だった。\n 足堎の䞊で、倧工巊官たちを督しおいた束尟刑郚は、正季を芋かけるず、すぐ䞋りお来お。\n「韍泉殿、埡出仕か」\n「おう、あなたも埡粟が出るな」\n「いやどうも、䞀こう工が捗らんのでな」\n「もっず人手をふやしたらよいでしょうに」\n「お通ぞも、い぀もそれを申し䞊げるのだが、おゆるしがない」\n「なぜで」\n「仰せには、春は癟姓仕事がきりもなく忙しい。秋の収穫はこれからの䞹粟にある。そのような野良の手を、城普請のために城発しおはならんずあっお」\n「それでは遅々ず進たぬ道理だ。ずかく兄䞊の埡意志はわれらには酌みかねる」\n「自分にも分らぬ。たずえば......」ず、季綱は蚭蚈絵図をずり出しお瀺しながら「ここに二の䞞を拡げ、さらに搊手門の䞊に、北曲茪を建お増し、たた本䞞には、倚少、普請らしい工を凝らしお、正成殿をはじめ、埡台所や和子たちにも、河内和泉の埡守護らしく、ここぞお城䜏居を仰ごうず申しあげるのだが、それも埡気分に合わぬらしい。いたの氎分で事足るず蚀っおおられる」\n「やがおは、入道しお、山林の䞀庵にでも籠りたい気でおられるのではないか」\n「よもや」\n「よもやずは思うがだ」\n「それくらいなら、さき頃のような、思いきった埡諫奏などはなされたい」\n「が、それは甚いられず、堂䞊の笑いぐさずなり、みかどのご逆鱗にふれたらしくもある。......いらい、怏々ずしお、浮かぬお顔。......この正季にも、四倩王寺を匕払っお、河内ぞ垰れずのおさしずであったには、むっずしお、䜕でそのように新田や䞖䞊ぞ遠慮ぶかくなさるのかず、兄䞊ず䞀ト論議も芚悟でこれぞ戻ったが、さおあのお顔を芋るず䜕もいえなくなっおしもう」\n「たったく、あの埡苊衷のいろを芋おは䜕もいえぬ」\n「そしお、諞寺ぞの願文ずか写経にばかり埡専念ずある。いたも氎分で聞けば、きのうは金剛山寺ぞお登りずか」\n「ム。爺の巊近もそのように申しおいたが。......いや、その巊近でおもい出した、きのう、䜏吉の打物屋鳶䞃が、これぞ十人ほどの䞋職を連れお到着しおいる。かねお韍泉殿からのごさいそくにもかかわらず、぀い遅れおおりたしたがず」\n「お。やっず、あずの職人どもを぀れたいりたしたか」\n そこで刑郚ず別れるず、正季は曲茪の内ぞ入っお、物具奉行の䜐備正安に䌚い、やがおたた、ただ䞀人で、倖曲茪のガタガタする長い板廊䞋を螏んで、物具倉ず共にあるだだッ広い歊者溜りの床を芗きに行った。\n そこの䞀ト棟は、倧きな工房ず異ならなかった。数十人の歊具職人が芋える。黙々ずみな背をかがめお仕事しおいた。\n 工房ずいっおおこう。工房の倧床のわきには、監督圹人のいる袋郚屋もある。\n 䞀倧戊のあずでは、歊噚歊装の補充や繕いもたいぞんな量ず仕事になるわけで、どこの城や根拠地にもこういう歊噚廠はあった。ここなどはただ小芏暡な方ずいっおよい。\n 倖には鍛冶のふいごや鎚音もしおいた。床堎の内では、匓の匊垫、具足の修理、くさずりの瞫工、研垫、塗垫、革裁ち、柄巻き、あらゆる郚門の職人が芋える。そしお倧きな切炉の膠鍋から膠の煮えるにおいず薪のいぶりがむうずするほどな物をたちこめおいた。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを再開しお、プロフェッショナルな文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "手簡\n\n\n雚がぜしゃぜしゃ降っおゐたす。\n心象の明滅をきれぎれに降る透明な雚です。\nぬれるのはすぎなやすいば、\nひのきの髪は延び過ぎたした。\n\n私の胞腔は暗くお熱く\nもう醗酵をはじめたんぢゃないかず思ひたす。\n\n雚にぬれた緑のどおのこっちを\nゎム匕きの青泥いろのマントが\nゆっくりゆっくり行くずいふのは\n実にこれは぀らいこずなのです。\n\nあなたは今どこに居られたすか。\n早くも私の右のこの黄ばんだ陰の空間に\nたっすぐに立っおゐられたすか。\n雚も䞀局すきずほっお匷くなりたしたし。\n\n誰か子䟛が噛んでゐるのではありたせんか。\n向ふではあの男が咜喉をぶ぀ぶ぀鳎らしたす。\n\nいた私は廊䞋ぞ出ようず思ひたす。\nどうか十ぺんだけ䞀緒に埀来しお䞋さい。\nその癜びかりの巚きなすあしで\nあすこの぀めたい板を\n私ず䞀緒にふんで䞋さい。\n(䞀九二二ボ五ボ䞀二ボ)\n\n\n〔堅い瓔珞はたっすぐに䞋に垂れたす〕\n\n\n〔冒頭原皿なし〕\n堅い瓔珞はたっすぐに䞋に垂れたす。\n実にひらめきかゞやいおその生物は堕ちお来たす。\n\nたこずにこれらの倩人たちの\n氎玠よりもっず透明な\n悲しみの叫びをい぀かどこかで\nあなたは聞きはしたせんでしたか。\nたっすぐに倩を刺す氷の鎗の\nその叫びをあなたはきっず聞いたでせう。\n\nけれども堕ちるひずのこずや\n又溺れながらその苊い鹹氎を\n䞀心に呑みほさうずするひずたちの\nはなしを聞いおも今のあなたには\nたゞある愚かな人たちのあはれなはなし\n或は少しめづらしいこずにだけ聞くでせう。\n\nけれどもたゞさう考ぞたのず\nほんたうにその氎を噛むずきずは\nたるっきりたるっきりちがひたす。\nそれは党く熱いくらゐたで冷たく\n味のないくらゐたで苊く\n青黒さがすきずほるたでかなしいのです。\n\nそこに堕ちた人たちはみな叫びたす\nわたくしがこの湖に堕ちたのだらうか\n堕ちたずいふこずがあるのかず。\n党くさうです、誰がはじめから信じたせう。\nそれでもたうずう信ずるのです。\nそしお䞀そうかなしくなるのです。\n\nこんなこずを今あなたに云ったのは\nあなたが堕ちないためにでなく\n堕ちるために又泳ぎ切るためにです。\n誰でもみんな芋るのですし たた\nいちばん匷い人たちは願ひによっお堕ち\n次いで人人ず䞀緒に飛隰したすから。\n(䞀九二二ボ五ボ二䞀ボ)\n\n\n厚川停車堎\n\n\n(もうすっかり倕方ですね。)\nけむりはビヌル瓶のかけらなのに、\nそれらは苹果酒でいっぱいだ。\n(ぢゃ、さよなら。)\n砂利は北䞊山地補、\n(あ、僕、車の䞭ぞマント忘れた。\nすっかりはなしこんでゐお。)\n\n(あれは有名な瀟䌚䞻矩者だよ。\n 䜕回か東京で匕っぱられた。)\n髪はきれいに分け、\nただはたち前なのに、\n䞉十にも芋えるあの老けやうずネクタむの錠瞞。\n\n(えゝず、枈みたせんがね、\n がろがろの繻子のマント、\n あの汜車ぞ忘れたんですが。)\n(䜕ばん目の車です。).........\n (二等の前の車だけぁな。)\n\nLarix, Larix, Larix,\n青い短い針を噎き、\n倕陜はいたは空いっぱいのビヌル、\nくわくこうは あっちでもこっちでも、\nがろがろになり 玐になっお啌いおゐる。\n(䞀九二二ボ六ボ二ボ)\n\n\n青森挜歌 侉\n\n\n仮睡硅酞の溶け残ったもやの䞭に\n぀めたい窓の硝子から\nあけがた近くの苹果の匂が\n透明な玐になっお流れお来る。\nそれはおもおが軟玉ず銀のモナド\n半月の噎いた瓊斯でいっぱいだから\n巻積雲のはらわたたで\n月のあかりは浞みわたり\nそれはあやしい蛍光板になっお\nいよいよあやしい匂か光かを発散し\nなめらかに硬い硝子さぞ越えお来る。\n青森だからずいふのではなく\n倧おい月がこんなやうな暁ちかく\n巻積雲にはひるずき\n或いは青ぞらで溶け残るずき\n必ず起る珟象です。\n私が倜の車宀に立ちあがれば\nみんなは倧おいねむっおゐる。\nその右偎の䞭ごろの垭\n青ざめたあけ方の孔雀のはね\nやはらかな草いろの倢をくわらすのは\nずし子、おたぞのやうに芋える。\n「たるっきり肖たものもあるもんだ、\n法隆寺の停車堎で\nすれちがふ汜車の䞭に\nたるっきり同じわらすさ。」\n父がい぀かの朝さう云っおゐた。\nそしお私だっおさうだ\nあい぀が死んだ次の十二月に\n酵母のやうなこたかな雪\nはげしいはげしい吹雪の䞭を\n私は孊校から坂を走っお降りお来た。\nたっ癜になった柳沢掋服店のガラスの前\nその藍いろの倕方の雪のけむりの䞭で\n黒いマントの女の人に遭った。\n垜巟に目はかくれ\n癜い顎ずきれいな歯\n私の方にちょっずわらったやうにさぞ芋えた。\n(それはもちろん颚ず雪ずの屈折率の関係だ。)\n私は危なく叫んだのだ。\n(䜕だ、うな、死んだなんお\nいゝ䜍のごず云っお\n今ごろ歀凊ら歩おるな。)\n又たしかに私はさう叫んだにちがひない。\nたゞあんな烈しい吹雪の䞭だから\nその声は颚にずられ\n私は颚の䞭に分散しおかけた。\n「倪掋を芋はらす巚きな家の䞭で\n仰向けになっお寝おゐたら\nもしもしもしもしっお云っお\nしきりに巡査が起しおゐるんだ。」\nその皺くちゃな寛い癜服\nゆふべ䞀晩そんなあなたの電燈の䞋で\nこしかけおやっお来た高等孊校の先生\n青森ぞ着いたら\n苹果をたべるず云ふんですか。\n海が藍靛に光っおゐる\nいたごろたっ赀な苹果はありたせん。\n爜やかな苹果青のその苹果なら\nそれはもうきっずできおるでせう。\n(䞀九二䞉ボ八ボ䞀ボ)\n\n\n接軜海峡\n\n\n倏の皀薄から华っお玉髄の雲が凍える\n亜鉛匵りの浪は癜光の氎平線から続き\n新らしく朮で掗ったチヌクの甲板の䞊を\nみんなはぞろぞろ行ったり来たりする。\n䞭孊校の四幎生のあのずきの旅ならば\nけむりは砒玠鏡の圱を波に぀くり\nうしろぞたっすぐに流れお行った。\n今日はかもめが䞀疋も芋えない。\n (倩候のためでなければ食物のため、\n じっさいベヌリング海峡の氷は\n 今幎はただみんな融け切らず\n 寒流はぢきその蟺たで来おゐるのだ。)\n向ふの山が錠いろに倧ぞん沈んで暗いのに\n氎はあんたりたっ癜に湛ぞ\n小さな黒い持船さぞ動いおゐる。\n(あんたり芖野が明る過ぎる\n その䞭の䞀぀のブラりン氏運動だ。)\nいたたではおたぞたち尖ったパナマ垜や\n硬い麊皈のぞろぞろデックを歩く仲間ず\n苹果を食ったり遺䌝のはなしをしたりしたが\nい぀たでもそんなお付き合ひはしおゐられない。\nさあいた垆綱はぎんず匵り\n波は深い䌯林青に倉り\n岬の癜い燈台には\nうすれ日や埮かな虹ずいっしょに\nほかの方凊系統からの信号も䞋りおゐる。\nどこで鳎る呌子の声だ、\n私はいた心象の気圏の底、\n接軜海峡を枡っお行く。\n船はかすかに巊右にゆれ\n鉛筆の圱はすみやかに動き\n日光は音なく泚いでゐる。\nそれらの䞉矜のうみがらす\nそのなき声は波にたぎれ\nそのはゞたきはひかりに消され\n (燈台はもう空の網でめちゃめちゃだ。)\n向ふに黒く尖った尟ず\n滑らかに新らしいせなかの\n波から匧を぀くっおあらはれるのは\n氎の䞭でものを考ぞるさかなだ\nそんな錫いろの陰圱の䞭\n向ふの二等甲板に\n浅黄服を着た船員は\nたしかに少しわらっおゐる\n私の問を埅っおゐるのだ。\n\nいるかは黒くおぬるぬるしおゐる。\nかもめがかなしく鳎きながら぀いお来る。\nいるかは氎からはねあがる\nそのふざけた黒の円錐圢\nひれは静止した手のやうに芋える。" }, { "role": "assistant", "content": "匧を぀くっお又朮氎に萜ちる\n (きれいな䞊等の朮氎だ。)\n氎にはひれば氎をすべる\n信号だの䜕だのみんなうそだ。\nこんなたのしさうな船の旅もしたこずなく\nたゞ岩手県の花巻ず\n小石川の責善寮ず\n二぀だけしか知らないで\nどこかちがった凊ぞ行ったおたぞが\nどんなに私にかなしいか。\n「あれは鯚ず同じです。けだものです。」\n\nくるみ色に塗られた排気筒の\n䞋に座っお日に圓っおゐるず\n私は印床の移民です。\n船酔ひに青ざめた䞭孊生は\nも少し倧きな孊校に居る兄や\nいずこに連れられおふらふら通り\n私が県をずぢるずきは\nにせもののピンクの通信が新らしく空から来る。\n二等甲板の船艙の\n぀る぀る光る癜い壁に\n黒いか぀ぎのカトリックの尌さんが\n緑の円い瞳をそらに投げお\n竹の線棒を぀かっおゐる。\nそれから氎兵服の船員が\nブラスのおすりを拭いお来る。\n(䞀九二䞉ボ八ボ䞀ボ)\n\n\n駒ヶ岳\n\n\n匱々しく癜いそらにのびあがり\nその無遠慮な火山瀫の盛りあがり\n黒く削られたのは溶けたものの叀いもの\n (喬朚垯灌朚垯、苔蘇垯ずいふやうなこずは\n たるっきり偶然のこずなんだ。䞉千六癟五十尺)\nいたその赭い岩巓に\n䞀抹の傘雲がかかる。\n (In the good summer time, In the good summer time;)\n⊅ごらんなさい。\n その赭いや぀の裟野は\n う぀くしい朚立になっお傟斜もやさしく\n 黄いろな林道も通っおゐたす。⊆\n「党䜓その海の色はどうしたんでせう。\n青くもないしあんたり倉な色なやうです。」\n「えゝ、それは雲の関係です。」\n䜕が雲の関係だ。気圧がこんなに高いのに。\n\n\n旭川\n\n\n怍民地颚のこんな小銬車に\n朝はやくひずり乗るこずのたのしさ\n「蟲事詊隓堎たで行っお䞋さい。」\n「六条の十䞉䞁目だ。」\n銬の鈎は鳎り銭者は口を鳎らす。\n黒垃はゆれるしたるで十月の颚だ。\n䞀列銬をひく階銬埓卒のむれ、\nこの偶然の銬はハックニヌ\nたおがみは火のやうにゆれる。\n銬車の震動のこころよさ\nこの黒垃はすべり過ぎた。\nもっず匕かないずいけない\nこんな小さな敏捷な銬を\n朝早くから私は町をかけさす\nそれは必ず無䞊菩提にいたる\n六条にいた曲れば\nおゝ萜葉束 萜葉束 それから青く顫ぞるポプルス\nこの蟺に来お倧ぞん立掟にやっおゐる\n殖民地颚の官舎の䞀ならびや旭川䞭孊校\n銬車の屋根は黄ず赀の瞞で\nもうほんたうにゞプシむらしく\nこんな小銬車を\n誰がほしくないず云はうか。\n乗銬の人が二人来る\nそらが冷たく癜いのに\nこの人は癜い歯をむいお笑っおゐる。\nバビロン柳、おほばこず぀めくさ。\nみんな぀めたい朝の露にみちおゐる。\n\n\n宗谷挜歌\n\n\nこんな誰も居ない倜の甲板で\n(雚さぞ少し降っおゐるし、)\n海峡を越えお行かうずしたら、(挆黒の闇のう぀くしさ。)\n私が波に萜ち或いは空に擲げられるこずがないだらうか。\nそれはないやうな因果連鎖になっおゐる。\nけれどももしずし子が倜過ぎお\nどこからか私を呌んだなら\n私はもちろん萜ちお行く。\nずし子が私を呌ぶずいふこずはない\n呌ぶ必芁のないずこに居る。\nもしそれがさうでなかったら\n(あんなひかる立掟なひだのある\n 玫いろのうすものを着お\n たっすぐにのがっお行ったのに。)\nもしそれがさうでなかったら\nどうしお私が䞀緒に行っおやらないだらう。\n船員たちの黒い圱は\n氎ず小さな船燈ずの\n埮光の䞭を埀来しお\n珟に誰かは䞊甲板にのがっお行った。\n船は間もなく出るだらう。\n皚内の電燈は䞀列ずたり\nその灯の圱は氎にう぀らない。\n 朮颚ず霧にしめった舷に\n その圱は幎老ったしっかりした船員だ。\n 私をあやしんで立っおゐる。\n霧がばしゃばしゃ降っお来る。\n垆綱の小さな電燈がいた移転し\n怪しくも点ぜられたその銖燈、\n実にいちめん霧ががしゃがしゃ降っおゐる。\n降っおゐるよりは湧いお昇っおゐる。\nあかしが぀くる青い光の棒を\n超絶顕埮鏡の䞋の埮粒子のやうに\nどんどんどんどん流れおゐる。\n (根宀の海枩ず金華山沖の海枩\n 倧正二幎の曲線ず倧ぞんよく䌌おゐたす。)\n垆綱の圱はぬれたデックに萜ち\n接軜海峡のずきず同じどらがいた鳎り出す。\n䞋の船宀の前の廊䞋を通り\n䞊手に銅鑌は擊られおゐる。\n 鉛筆がずゐぶんす早く\n 小刀をあおない前に削げた。\n 頑䞈さうな赀髯の男がやっお来お\n 私の暪に立ちその圱のために\n 私の鉛筆の心はうたく折れた。\n こんな鉛筆はやめおしたぞ\n 海ぞ投げるこずだけは遠慮しお\n 黄いろのポケットにしたっおしたぞ。\n霧がいっそうしげくなり\n私の銖すぢはぬれる。\n浅黄服の若い船員がたのしさうに走っお来る。\n「雚が降っお来たな。」\n「むボス。」\n「むボスお䜕だ。」\n「雚ふりだ、雚が降っお来たよ。」\n「瓊斯だよ、霧だよ、これは。」\nずし子、ほんたうに私の考ぞおゐる通り\nおたぞがいた自分のこずを苊にしないで行けるやうな\nそんなしあはせがなくお\n埓っお私たちの行かうずするみちが\nほんたうのものでないならば\nあらんかぎり倧きな勇気を出し\n私の芋えないちがった空間で\nおたぞを包むさたざたな障害を\n衝きやぶっお来お私に知らせおくれ。\nわれわれが信じわれわれの行かうずするみちが\nもしたちがひであったなら\n究竟の幞犏にいたらないなら\nいたたっすぐにやっお来お\n私にそれを知らせお呉れ。\nみんなのほんたうの幞犏を求めおなら\n私たちはこのたゝこのたっくらな\n海に封ぜられおも悔いおはいけない。\n (おたぞがこゝぞ来ないのは\n タンタゞヌルの扉のためか、\n それは私ずおたぞを嘲笑するだらう。)\n呌子が船底の方で鳎り\n䞊甲板でそれに応ぞる。\nそれは汜船の瀌儀だらうか。\n或いは連絡船だずいふこずから\n汜車の䜜法をずるのだらうか。\n霧はいたいよいよしげく\n舷燈の青い光の䞭を\nどんなにきれいに降るこずか。\n皚内のたちの灯は移動をはじめ\nたしかに船は進み出す。\nこの空は広重のがかしのうす墚のそら\n波はゆらぎ汜笛は深くも深くも同える。\nこの男は船長ではないのだらうか。\n (私を自殺者ず思っおゐるのか。\n 私が自殺者でないこずは\n 次の点からすぐわかる。\n 第䞀自殺をするものが\n 霧の降るのをいやがっお\n 青い巟などを被っおゐるか。\n 第二に自殺をするものが\n 二本も泚意深く鉛筆を削り\n そんなあやしんで近寄るものを\n 霧の䞭でしらしら笑っおゐるか。)\nホむッスラアの倜の空の䞭に\n正しく匵り枡されるこの麻の綱は\n矎しくもたた高尚です。\nあちこち電燈はだんだん消され\n船員たちはこゝろもちよく垰っお来る。\n皚内のたちの北のはづれ\n私のたっ正面で海から䞀぀の光が湧き\nたたすぐ消える、鳎れ汜笛鳎れ。\n火はたた燃える。\n「あすこに芋えるのは燈台ですか。」\n「さうですね。」\nたたさっきの男がやっお来た。\n私は华っおこの人に物を云っお眮いた方がいゝ。\n「あすこに芋えたすのは燈台ですか。」\n「いゝえ、あれは発火信号です。」\n「さうですか。」\n「うしろの方には軍艊も居たすがね、\nあちこち挚拶しお出るずこです。」\n「あんなに始終぀けお眮かないのは、\n\n〔この間、原皿数枚なし〕\n\n氞久におたぞたちは地を這ふがいい。\nさあ、海ず陰湿の倜のそらずの鬌神たち\n私は詊みを受けよう。\n(䞀九二䞉ボ八ボ二ボ)\n\n\n自由画怜定委員\n\n\nどうだここはカムチャッカだな\n家の柱ものきもみんなピンクに染めおある\n枡り鳥はごみのやうにそらに舞ひあがるし\n電線はごく倧たんにずほっおゐる\nひはいろの山をかけあるく子どもらよ\n緑青の束も䞘にはせる\n\nこい぀はもうほんもののグランド電柱で\n碍子もごろごろ鳎っおるし\n赀いがやけた駒鳥もずたっおゐる" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、完成床の高い文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 第䞀堎\n\n\n広き画宀。倧窓の䞋に銅版の為事をする卓あり。その䞊に為事半ばの銅版ず色々の道具ずを眮きあり。巊手に画架。その䞊に光線を遮るために䜿う枠を逆さにしお茉せあり。宀の真䞭に今䞀぀の倧いなる画架あり。その脇に台あり。その䞊に色々の圢をなしたる筆立に絵筆を立おあり。筆立の䞭には銅噚にお腹のふくらみたるも亀れり。絵具入になりおる小さき箪笥。その䞊には色々の雑具を茉せあり。その内に小さき鏡、コニャック䞀瓶、小さきコップ数個、玙巻莚を入れたる箱、菓子を入れたる朱色の日本挆噚などあり。その傍に甚だ深く造りたる凭掛の怅子あり。凭りかかる凊は堅牢に造りありお、䞡肱を持たする凊を広くなしあり。この怅子に向き合せお、朚郚を朱色の挆にお塗りたる籐の怅子あり。奥の壁は党く窓にお占領せられおる。巊手の壁に抌付けお黒き箪笥を据えあり。その䞊に髑髏に柔かき垜子を被せたるを茉せあり。たた小さき玠焌の人圢、鉢、冠を眮きあり。その壁には鉛筆画、チョオク画、油絵等のスケッチを倚く掛けあり。枠に入れたるず入れざるず亀れり。前手に小さき円圢の鉄の煖炉あり。その䞊に鍋類を二぀䞉぀茉せあり。黒き箪笥の傍に、廊䞋より入り来るようになりおる入口あり。右手の壁の前には、窓に近き凊に寝怅子あり。これに絚緞を掛く。その䞊にはたた金糞の繍ある掟手なる垛を拡げあり。この䞊の壁は䞭皋を棚にお暪に為切りあり。そこたで緑色の垛を匵りあり。その䞊に数個の額を掛く。小さき写真の䞊を生花にお食りたるあり。棚の䞊には小さき、柄の長き和蘭陀パむプを斜に䞀列に眮きあり。その倖小さき圫刻品、人圢、浮圫の品等あり。寝怅子の末の凊に䞀枚戞の戞口あり。これより寝間に入る。その傍に、前ぞ寄せお、人の昇りお立぀ようにしたる台あり、その半ばを屏颚にお隠しあり。台の䞊には緋の倩鵞絚に金糞の繍ある立掟なる垛を投げ掛けあり。ずっず前に甚だ倧いなる卓あり。これは為事机に甚いるものにお、玙、文反叀、曞籍、その他色々の小さなる道具を茉せあり。その脇に曞棚ありお、倚くは淡りしたる色の仮綎の本を䞊べあり。○この画宀は町倖にあり。時刻は午少し過ぎたる頃なり。窓の倖には錠色の平なる屋根、高き春の空、静に揺ぐ針葉暹の頂を臚む。○画家ゲオルク・ミルネル。䞈䜙り高からず。二十四歳ばかり。ブロンドなり。髪は柔かく、小さなる八字髭を生やしいる。黒のフロックコオトに黒のネクタむ。服は着たるばかりなりず芚しく、手にお皺を熚すように撫で、埃を払うように叩き぀぀、寝間の戞を開けお登堎。斯く服をいじりお窓の凊たで行き暫く倖を芋お、急に向き返り、郚屋の内を、䜕か探すように、歩き廻る。さお絵具入の箪笥の䞊の鏡を芋出し、それに向きおネクタむを盎さんずし、鏡に五味のかかりいるを芋お、じれったげに䜓を動かし、ハンケチを芋出し鏡を拭き、そのハンケチを怅子の䞊に投ぐ。さお鏡を手に取り、ネクタむを盎す。\n\n\n画家。これで奜い。(安心したるらしき様子にお二䞉歩窓の方に行き、懐䞭時蚈を芋る。)なんだ。ただ䞉時だ。倧分時間があるな。(絵具入の箪笥の凊に立戻る。この箪笥は高机の半分䜍の高さになりおる。その䞊にある玙巻莚の箱を手に取り、小蚀のように。)五味だらけだ。䜕を取っお芋おも五味だらけだ。(玙巻を䞀本取る。○戞を叩く音す。䜕んずも思わぬ様子にお。)お這入んなさい。(マッチを探す。ようようマッチの箱を芋出し、マッチを䞀本取りお摩る。たた戞を叩く音す。うるさがる様子にお。)お這入んなさい。(その内マッチの火消ゆ。燃えさしを床の䞊に投げ、たた䞀本摩り、莚を吞付けながら、どうでもいいずいうようなる颚にお戞の方を芋る。○モデル嚘。質玠なる黒の䞊着に麊藁垜子の拵にお、遠慮らしく埐に入り来る。画家はマッチを振りお消す。)モデルか。入らない、入らない。たた来おおくれ。(モデルの方に背䞭を向け、玙巻を喫む。)\nモデル。先生。わたしですよ。\n画家。(急に向返る。)䜕んだマッシャかい。芋違えおしたった。黒なんぞ着おるんだから。どうしたんだい。\nモデル。ただ、どんな埡様子かず思っお。\n画家。そうか。倧分長く顔を芋せなかったなあ。近頃どうだい。\nモデル。ええ。どうやらこうやらずいうような工合ですよ。この頃はわたし共に埡甚はおありなさらないの。\n画家。うむ。この頃はお䌑だ。どうだ。少し掛けないか。\nモデル。でもお出掛でしょう。\n画家。なぜ。\nモデル。(画家の衣服を指さす。)そんなお支床でいらっしゃるじゃありたせんか。\n画家。これかい。そりゃあ出掛けるには出掛けるのだが、ただ早い。たあ腰でも掛けないか。近頃は忙しいかい。\nモデル。(進みお藁怅子に腰を掛く。画家は今䞀぀の䜎き怅子の背に腰を半分掛く。)いいえ。どなたも䜕んにもなさらないようですわ。\n画家。(埮笑む。)それ芋ろ。己だっお同じ事だ。\nモデル。(やはり埮笑む。)それで毎日毎日䜕をしおいらっしゃるの。\n画家。フロックコオトに埡奉公をしおいるのだ。こういっおは分るたい。人の凊ぞ蚪問に出掛けたり、人に案内をしお貰ったりしおいるのだ。\nモデル。急にそんな事が面癜くお成りになったの。\n画家。いや、面癜くも䜕んずもありゃしない。\nモデル。それなのにどうしおそんな事をしおいらっしゃるの。\n画家。ふん。自分のために面癜い事が出来なければ為方がないじゃないか。\nモデル。おかきなされば奜いでしょう。\n画家。それがかけないのだ。\nモデル。かけないのですっお。\n画家。うむ。\nモデル。嘘だわ。冬なんぞは。\n画家。そりゃあ冬は違うさ。十䞀月頃の薄暗い倩気の日に、十䞀時頃になっおも光線が足りない時なんぞは、どんなにか気を揉んだものだ。悪くするず䞀日明るくならずにしたうのだからな。あの頃もっず勉匷しお眮けば奜かった。あの頃かけば幟らでもかけたような気がしおならない。この頃は、朝早くから窓䞀ぱいの光線が差蟌む。それを䜿わずに芋おいるのが癪に障るので、己は昌たで寝郚屋の䞭に寝おいるのだ。\nモデル。それには倜遅くお垰りなさるせいもあるでしょう。(間。)\n画家。(真面目に。)なるほど。そりゃあ遅く垰るせいもあるだろう。うむ。人間は気保逊もしなくおはならないからな。\nモデル。ええ。保逊をなすっお、それから為事におかかりなさるが奜いわ。\n画家。なんだ。劙に己に意芋をするような事をいうなあ。\nモデル。(間の悪気に。)そんな蚳ではございたせんが、ふいずそう思ったもんですから。それに詞のはずみですわ。\n画家。詞のはずみばっかりかい。䜕んだかお前は厭に賢倫人らしくなったじゃないか。\nモデル。(笑う。)党く詞のはずみで。(間の悪気に蚀い淀む。)\n画家。どうだい。お前は䜕か皜叀なんぞをした事があるのじゃないか。\nモデル。䞀向出来たせんわ。すこおし読め出すず内が台なしになっおしたったもんですから。\n画家。急に貧乏になったのかい。\nモデル。ええ。出し抜けでしたの。お父さんが盞堎をしお。\n画家。そうかい。それじゃあ読めば読めるのだな。\nモデル。ええ。読めたすわ。小さい時にはお父さんの本棚の前に行っお、芋おいたしお、これが読めたらず思っおいたのです。それから読めるようになったら。\n画家。ふん。読めるようになったらどうしたのだ。\nモデル。その時はもう本なんか無くなっおいたしたの。\n画家。そうかい。みんな差抌えられおしたったのだな。\nモデル。ええ。\n画家。その埌どうしおいるのだ。\nモデル。こうしおいたすわ。(打萎れたる様子。)" }, { "role": "assistant", "content": "画家。そこいらにある本で奜いなら。い぀でも持っお行くが奜いぜ。(本棚を指ざす。)\nモデル。難有うございたす。い぀か䞭も願っお芋ようかず思っおいたしたの。(間。)\n画家。栌別冊数はないが、あの䞭にでも䜕かしらあるだろう。(間。)䜕んだっおそんなに己の顔を芋るんだい。\nモデル。あなたは䞁床い぀か䞭のような埡様子でいらっしゃるわ。\n画家。い぀か䞭ずはい぀だい。\nモデル。あの盛にかいおいらっしゃった十䞀月頃ず同じような埡様子に芋えたすの。\n画家。あのかけた頃のように芋えるずいうのか。ふん。䞀䜓どんな顔だい。\nモデル。そうですねえ。䜕んずいったら奜いでしょう。こう敬虔なような。\n画家。なんだず。\nモデル。いいえ。そうではないわ。そういっおは圓りたせんの。\n画家。そんならどうだずいうのだ。\nモデル。そうね。䜜業熱のあるお顔ですわ。\n画家。(玙巻を灰皿に抌付けお消す。)ふん。䜜業熱のある顔ずいうのは、どんな顔だい。\nモデル。(埐に)信仰のあるような顔ですわ。\n画家。(真面目なる顔におモデルをじっず芋る。モデル立ち䞊る。)今日の己の顔はそんな颚かなあ。\nモデル。ええ。(間。)\n画家。(間。○埮笑む。)そうしお芋るず近い内にたたお前に来お貰わなくっちゃあならないようになるだろうかな。\nモデル。(喜ばし気に。)い぀でも参りたすわ。\n画家。(たゆたい぀぀。)ふむ。事によったら。(神経質なる態床にお、あちこち歩き始む。)事によったらやられるかも知れない。考はずうから幟らもあるのだ。ただ片っ方の奎を぀かたえようずすれば倖の奎が邪魔になる。でもどうかするず劙なこずがある。先の週だっけ。雚の降った日がもう少しで暗くなろうずいう時だった。こう芋るものが昔話のように、黄金色に芋えたっけ。地が枩かに、重いようで。背景が。そしおその前にあるものが、光っお、茪廓がはっきりしお、恐ろしく単玔に芋えたっけ。劙に情を動かすように単玔に芋えたっけ。そうだ。前の週の朚曜日だったず思う。あんな時に盎ぐかき始めれば奜いのだが。぀いそんな時にいろんな事を考えるもんだから。\nモデル。倖の事が邪魔に這入るのでしょう。䞍断の䞋らない事が。\n画家。(立ち留りおモデルを芋る。)お前のいう通りだ。その内呌びにやるぜ。\nモデル。あしたはどうでしょう。\n画家。あしたかい。あんたり性急だなあ。あしたはむずかしい。第䞀今倜は垰が遅くなるのだ。それにこの郚屋も䞀床倧掃陀をしなくちゃあ。たあ、この埃を芋おくれい。(モデル嚘忙がわし気に垜を脱ぎ、䞊着を脱ぎかかる。)どうするのだ。\nモデル。お掃陀をしたすわ。拭巟があるでしょう。\n画家。盎に始めようずいうのか。\nモデル。造做はありたせんわ。拭巟があるならお出しなさいよ。\n画家。せっかちだなあ。(その内嚘は巊手の箪笥を開け探す。画家絵具入の抜斗を抜き出す。)ここだ、ここだ。(抜斗にある艶拭巟を二枚出しお投げ遣る。嚘は盎に箪笥を拭き始め、その䞊の品物を䞀々拭きお工合奜く据盎す。画家は玙巻を䞀本吞付け、窓を背にしお、銅版の眮きある机に寄りかかり、嚘のする事を芋おいる。)\nモデル。(䞀方の画架の凊に膝を突き、掃陀をし぀぀埐に。)今床おかきになるものには顔のがお入甚なのではないでしょうか。顔の圹に立぀モデルが。\n画家。なぜ。(莚を喫む。)\nモデル。(立ちお巊手の壁の額を掃陀す。)わたしでは手ず足しきゃお圹に立たないのですもの。(画家は嚘を芋おいる。嚘は画家が返事をせざる故向き返り顔を芋る。画家は突然玙巻を投げ捚お、画架に飛付く。)\n画家。じっずしおいろ。動いちゃあいけないぞ。(嚘はその姿勢を厩さずにいる。画家は画宀をあちこち駈け廻り枠なぞを倒し、玙の匵りある板䜕枚かをひっくり返しお、その䞀枚を画架に茉せ、箪笥を匕開け、チョオクの入れある箱を取出し、倧急ぎにおかき始む。為事に熱䞭し぀぀。)それで奜い。手はそのたた垂らしおも奜い。(フロックコオトの䞊着を脱いで床の䞊に投り出す。嚘は姿勢を保ちいる。画家は為事を続く。)手はどうでも奜いのだ。顔さえそうしおいお貰えば奜い。(嚘は驚の䜙りに麻痺したる劂き様子にお䞡手を埌に匕く。画家は詞無く、為事を続く。嚘、突然激しく感動したる様子にお䞡手にお顔を芆う。)おい。どうしたんだい。為様がないなあ。もう駄目だ。(嚘泣く。画家チョオクを投ぐ。)ええ、くそ。もう駄目だ。\nモデル。(驚きたる様子。)埡免なさいよ。わたしは぀い。(䞡手を顔より攟しお元の姿勢に返る。)\n画家。(憀然ずしお。)そうしおいさえすれば奜かったのだ。なんだっおあんな真䌌をしたのだい。\nモデル。(ひどく間の悪気に。)本圓に埡免なさいよ。぀い。\n画家。そんな顔になっちゃあ為方はありゃしない。今日はもうおしたいだ。(嚘は悲し気に立ちいる。)おしたいだずいうじゃあないか。(板を壁にがたりず寄せ掛く。さおチョッキのみになりたるに心付き、床の䞊にある䞊着を取䞊げ着る。嚘、傍に寄る。)なんだ。\nモデル。(間の悪気に。)お服が五味だらけになりたしたわ。\n画家。そんなら、掃いおくれい。(嚘、ブラシを探す。画家卓を指ざす。)あそこにある。(嚘、ブラシを持ち来お服を掃く。間。○戞を叩く音す。画家高声に。)お這入んなさい。\n画家の姉。(戞を少し開けお透間より。)奜いの。\n画家。姉さんですか。\n姉。ええ。わたしよ。\n画家。お這入んなさい、お這入んなさい。(モデル嚘は服を掃く手を止め、気を眮くように戞の方を芋る。○ゟフィむは老けたる凊女なり。質玠なる拵えにお登堎。髪は真䞭より右巊に分けいる。容貌矎ならず。されど柔和にお目付賢気に情あり。䞇事察しの奜き颚なり。埌の戞を締め、モデルを芋おたゆたう。)奜いからずっずこっちぞおいでなさいよ。これがマッシャなのです。そら。奜く姉さんに話したでしょう。今服の五味を取っお貰っおいた凊です。今日はマルリンクの凊ぞ午逐に呌ばれたしたので。\n姉。(進み入る。)ちょいちょい芗いお芋ようず思うのだけれど、぀い埡無沙汰になっおね。(モデル嚘に。)今日は。(握手せんずす。嚘は意倖に思うらしく慌おおそっず手を出し、䞀秒間皋盞手の手を握る。貎倫人の己れず握手する事はあり埗べからざるように思いおるゆえ驚きしなり。さお、艶拭巟を取りお、絵具箪笥の抜斗の、ただ開けある䞭にしたい、忙がわしく䞊着を着る。)どこぞ呌ばれおいるのですっお。\n画家。(手真䌌にお姉に、寝怅子を指さし瀺し、自分も藁の怅子を傍に持ち行き、腰を掛く。)マルリンクの凊なのです。\n姉。(寝怅子に腰を掛く。)あそこの内では今日よめさんが来るのだずいうではありたせんか。\n画家。(半ば芋物に背を向けお藁怅子に腰を掛く。)それなのです。儀匏には厭だから行かないが、午逐だけは断るわけにも行かないものですからね。息子は近頃随分芪しくしおいるのですから、断るず感情を害したすからね。それに午逐ずいっおも極近い芪類や友達の倖は呌んでないのだそうです。それで燕尟服にも及ばないずいっお来た䜍です。姉さんは近頃どうしおいるのですか。みんな健康ですか。おっ母さんは。\n姉。(埮笑む。)実はおっ母さんが様子を芋お来いずいったから来たしたよ。䞉日ばかりお前さんが顔を芋せないもんだから、心配をなすっおね。それにゆうべ倢に芋たから、䜕事かありゃしないかずいうのですよ。幎が寄っお病気だもんだから、迷信家になっおしたっお困りたすの。(間。)䞊元気のようね。\n画家。そうですよ。慢性怠惰病ずいう病気は別ずしお。\n姉。(埮笑む。)たあ、その病気なら呜に別条はないでしょう。\n画家。(真面目に。)そうさ。しかしある意味においおは人を死なすかも知れたせん。(間。)おっ母さんには、今からマルリンクの凊ぞ呌ばれお行く凊だったずそう蚀っお䞋さい。マルリンクの凊ではない。欧矅巎ホテルです。宎䌚はホテルであるのです。䞀䜓おっ母さんは䜕をしおいたすか。\n姉。やっぱりい぀もの通りですよ。ちょいず。マッシャさんが䜕か甚があるのでしょう。(モデル嚘の方を顔にお瀺す。嚘は䞊着を着、垜を被り、䜕か甚あり気に戞の近くに立ち留りいる。)\nモデル。いえ。ただお暇乞を臎そうず存じたしお。" 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[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、高品質な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 若い女のための本をいろいろ考えおいお、私に䜓がもう䞀぀あったら、本圓にいい味ず力ず錓舞のこもった女のための本を極めお綜合的な内容で曞きたいずさえ思いたした。すべおが切りはなされおいお婊人問題、医孊の問題、法埋の問題、ばらばらである。それが䞀人の女の日垞生掻のすべおの郚分にずけこんでいる。䞀人䞀人の女が、自分から䞖の䞭に働きかける可胜をもっおいる。そういうこずを感情から分らせおゆく本が䞀぀もないずいうのは䜕たるこずでしょう。䞖の䞭に本は溢れおいるが、こういうクサビのような本はかかれおいない。\n 笠間さんの随筆は面癜うございたしたか、第䞀のを数行䞀寞芋たが、䜕だか目があらい。\n シャルル・フィリップの「ビュビュ・ド・モンパルナス」(これはお手玙で䞋らなさがわかった)をふずよみかえしお、ここに描かれおいるパリの䞋玚勀人の生掻や嚌婊の生掻に察する䜜者の心持ず、荷颚や歊麟や䞹矜のかく垂井颚俗ずの気皟のちがいを感じたす。どうしお埌者の䜜家らは目先の物象しか芋ないでしょう。浅はかにそれにひっぱられお喋くっおいるのでしょう。粟神ずいうものが䜎い。戯䜜者気質が「圓䞖曞生気質」で終っおいない。そこが日本の文孊の矎の内容をひきずりおろしおいる。或壮麗な恍惚にたでたかたる悲劇。歓喜に迄貫通する悲劇ずいうものの味いを生掻の䞭に持しお行くだけの粟神力のはり぀めかたをもたない。\n 私は音楜も絵にも文孊にも実にこの匷靭きわたりない高揚ず、それず同量の深いブリリアントな忘我を愛するのだけれども。私の仕事が文字を突砎しおそこたで暪溢するこずが出来たらどんなにうれしいでしょう。茝きわたる人間の真情のたたが躍動したら。\n 今倜は今に寿江子がここぞよっお、䞃時から新響の定期挔奏をききたす。\n(二十五日になっおからの分)\n 昚倜はベルリオヌズずいう人の(クラシック)倢幻亀響楜ずいうのがなかなか面癜かった。題の劂きもので、情熱的第䞀楜章。円舞曲(舞螏䌚)第二楜章。野原での颚景。絞銖堎ぞの行進曲。悪魔の祭日の行進曲。倧䜓テヌマは(文孊的に)分るでしょう? このひずは楜噚の぀かいかたが面癜く、倪錓の぀かいかた(雷)ずしお実に芞術的に぀かいノェヌトりベンのパストヌラルの嵐の倪錓のように説明的でない。又或堎面、楜しき野原が次第にそこでのシニスタヌスの光景を予想させながら最埌には遠雷ず鳥の声ずでやや「枯枝に烏ずたりけり」の灰色ず黒を印象づけるずころ。そしお、この党䜓の曲に、䞀぀ず぀モヌティブずなり埗る芁玠が沢山あっおなかなか刺戟された。私が音楜家であったらきっず今日こんなにしおいられないでしょうず思う。メむ゚ルホリドの音楜を぀くったりしお、二十䞀二歳で第䞀シンフォニヌを぀くったシュスタコノィッチの音楜は、珟物をきいたずき深い疑問を感じた。又写真にあらわれおいる盞貌からも疑問を感じおいた。音楜がフランスの埌を぀いおいる倖䜕があるのかず疑問だったずころ、この間新しいオペラのコンペティションのようなこずが行われ、「ティヌヒドン」(デルゞンスキヌ䜜曲)、この男の「マクベス倫人」(明るい小川)が䞊んで䞊挔され、明るい小川、マクベス倫人は絶察的に吊定された。これは題を芋おも文孊をやるものには内容がわかりたす。䞖界的名声にあやたられたものずしおシュスタコノィッチも゚むれンシュタむンもメむ゚ルホリドもある。(日本にもありたす)私は音楜に぀いお盎感的に抱いおいた評䟡がやはり正しいのが蚌明されおうれしい。絵に぀いおも音楜に぀いおも私はこういう盎感の科孊性を豊富にしおゆきたいず思いたす。私の絵や音楜の批評は倧抵はい぀も圓っおいるのだが、玠人だから日本的レベルずいうものを自分では知らずにずび越しおいるので玄人は所謂゚ティケットを知らぬ奎ず思う。文孊においお文壇をこずわっおいるのに、絵や音楜やの通に远随する必芁もない。\n『二葉亭党集』は買いたすから、そしたら埡芧になるでしょう? 䞭村光倫、『二葉亭四迷論』あり。では又。私たちは月の矎さを奜きですね。この間の月倜は灯のない街ず共に小説「二人いるずき」の䞭にかいた。お倧事に。ずっずあの調子でしょう? 猶々油断なさらないで䞋さい、お願いいたしたす。\n\n 十䞀月二十五日 〔巣鎚拘眮所の顕治宛 目癜より(竹内栖凰筆「若き家鎚」の絵はがき)〕\n\n 十䞀月二十五日、これがこの間の手玙で話した栖凰の絵の右の方です。巊の方も぀づけお埡芧䞋さい。私たちの批評の圓っおいるこずをお認めになりたしょう。きょう、やっずお手玙が届いたが、十二日の分は来ず、いきなり十八日の分です。十二日のを埅っお埅っおいお来なかったわけです、どうしたこずであったろう。\n 芋ぬ魚の倧さ。※(äžžA)\n\n 十䞀月二十五日 〔巣鎚拘眮所の顕治宛 目癜より(竹内栖凰筆「若き家鎚」の絵はがき)〕\n\n 十䞀月二十五日。この間お目にかかったずきよく䌺った野原島田のこずは私によくよくわかっお居りたす。あなたのお気持の䞭から。島田ぞはこのお歳暮にさしあげたしょう。私はお父さんを笑顔にしお䞊げたいから。野原は冚矎子が女孊校ぞ入ったら。来幎䞉月。䞁床フミちゃんの教育費に十分なわけです。倧倉によいず思う。皆安心出来お。月謝の心配は女の子は蟛いだろうから。※(äžžB)\n\n 十䞀月二十五日 〔巣鎚拘眮所の顕治宛 目癜より(鏑朚枅方筆「鰯」の絵はがき)〕\n\n 十䞀月二十五日、これが䟋の枅方の鰯です。画面の奥たでちゃんず描いおいるのだが、やはり插絵颚になっおしたっおいる。芞術家が単に情緒に止った堎合この劂き技術をもっおいおもやはり䜎俗にならざるを埗ないこずは実に教蚓ですね。日本画にも或る意味でのバヌバリスムが入っお来おいお(藀田嗣治の田舎芞者のモホヌ)其様なのも芋かけたがただ倖偎のものです。※(äžžC)\n\n 十䞀月二十五日 〔巣鎚拘眮所の顕治宛 目癜より(䞭野和高筆「ひずずき」の絵はがき)〕\n\n 十䞀月二十五日 この絵は父芪のむギリス颚なおじいちゃんぶりが林暩助䌯を思い出させ、又䜕ずなく林町の父をも思い出させたす。したしみのある面癜い絵です。軜井沢蟺ず芋えたすね、遠景の工合。䜕幎ぶりかで今幎は絵を芋お、芞術家の感興ずいうこずをいろいろに考えたした。感興の色合、深さ、リアリティヌ。枅方だっお身にそった感興でこれを぀くっおいるのですからね。※(äžžE) これは※(äžžE)たでで終りです。\n\n 十䞀月二十九日 〔巣鎚拘眮所の顕治宛 目癜より(菊池契月筆「麊※(おぞん+臣)」の絵はがき)〕\n\n 十䞀月二十九日倕方。\n そこにも豆腐やの音が倕方はきこえるでしょう。きょうは、本圓に久しぶりで苅られ、分けられおいる髪を芋お䜕ず珍らしかったでしょう。\n ただ四時すぎだのにもうすっかり倕方になっおいる。この嚘の顔は原画は非垞に枅朔な矎しさを持っおいるのですがよく芋えたせんね。どうか猶々お倧切に。今の肉の぀き工合はもう䞀遍ひきしたらなければ本ものではありたせん、本圓にお倧事に。\n" }, { "role": "assistant", "content": " 十二月䞀日(消印) 〔巣鎚拘眮所の顕治宛 目癜より(新䜜垯地陳列䌚より「頎川陶象綎錊」の絵はがき)〕\n\n 光子さんが動坂の絵をかくので䞀緒に来たした。あのたた朚小屋があるしポストがあるし。おいなりさんの赀い旗が昔より倧倉賑やかにひるがえっおいお通りの広さず云ったら。\n この絵はがきの垯はなかなかいいでしょう? しめたいず思う、䜆し空想の䞭で。あなたに買っおいただいお。゚むセンは父の奜きな陶工(クラシック)の䞀人です。囜男さんから手袋をお送りいたしたした。光子さんの子䟛は五぀、倪郎より兄さんです。\n\n 十二月四日 〔巣鎚拘眮所の顕治宛 目癜より(安井曟倪郎筆「承埳の喇嘛廟」の絵はがき)〕\n\n 十二月四日。安井曟倪郎の画集の面癜いのを文房堂で芋぀けたしたからお送りいたしたす。画集䞭にこの絵の氎圩のようなのがある。こっちにたで発展しお来おいる跡もくらべるずなかなか面癜い。きょうは光子さんが油の方をしあげお、二人でその額ぶちを買いにゆきたした。可愛い絵です。いずれ写真をお送りいたしたすが、思いがけず今幎の暮はいいものが出来たした。\n\n 十二月五日 〔巣鎚拘眮所の顕治宛 目癜より(封曞)〕\n\n 十二月五日 日 晎れお颚がある。 第四十䞀信\n 十䞀月二十五日づけのお手玙をけさいただきたした。お䜓はずっず調子を保っおおりたすか。きょうあたりから吹く颚がいかにも垫走颚になりたした。綿入れ類ももう届いおおりたしょう。このお手玙に䞉぀よく読めない字がある。「『科孊知識』は時折達治に送っおいる」のあずにすぐ぀づいお「のものは矢匵りやめにした。」その䞊の䞉字がよめない。珍しいこずだがよめない。䜕でしょう。この次お目にかかっお䌺いたす。倧したこずではないらしい。\n あなたが、本をよめなかった間に埗たものの䟡倀に぀いお云っおらっしゃるこずは、倧づかみではあるが私にも掚しはかるこずが出来ないずは思いたせん。\n 私の仕事に぀いお考え垌望しお䞋さるこず、党く私自身が考え努力しおいるこずず等しく、それ故䞀局はげたしずなるのですが、私は箇々の䜜家のおかれおいる箇人的な事情、歎史的諞事情がその錯綜掚進の間でどのように䜜家を倧成せしめるかずいうこずに぀いお、実に興味ずいうには耇雑すぎるほどの感興を抱いおいる。わが身に぀いおも。内からの力ず倖からの力。その波はどのように将来の二十幎ぐらいの間に䞀ヶの䜜家を抌すでしょう。この考えは、䞀人の䜜家ずしお自力で可胜な範囲での努力は益〻おしみなくやっお芋る必芁があるずいう結論を導き出すのです。\n 本幎は私の文筆的生涯のうちで、決しお尠い仕事をした幎ではありたせんでした。所謂拙速的仕事もしなければならないこずもあったが、私の拙速は決しお投げたものではなく、最䞊に最速にずいう工合であったから、䞀幎経っお顧るず、自分が䞀番胜力を発揮しお䞀぀の仕事をたずめ埗る時間、甚意それぞれが評論ではこんな颚、小説ではこんな颚ず、技術的に理解を深められたした。\n 専門家ずしおはこういう自分の性胜を知るこずも必芁であり、そのためにはやはり䞀杯にフルにやっお芋る必芁がある。のろのろしかやれないもの、或皋床のスピヌドを出しおよいもの、ひずりでに出るもの、だがスピヌドの出た頭の掻躍がどんな傟向を人間ずしお䜜家ずしおの私の䞭に蓄積しおゆくか。こういう点をもやっぱり研究しお芋る必芁がある。\n 私は氞幎極めお自然発生的に内郚の熱気に抌されおばかり仕事をしお来たから、この頃いろいろこんなこたかいこずも意識にのがっお来お、建築的に仕事を考えるようになったのを面癜く思いたす。\n 䞀氎䌚ず蚀う絵の䌚に、昚日光子さんず寿江ず䞉人で行っお、有島生銬の絵を芋おアマチュア芞術家の陥るずころは恐るべきものであるず感じたした。絵を、ネクタむを結ぶように描いおいる。楜でアットホヌムであるずいうのではない、だらんず、只手になれおいお、感動ず掞察ず远求が党く珟実に察しお発動しおいない。金のある人間が、ノェランダで煙草をふかしおのびおいるようです。里芋匎、生銬、歊郎ず考えお、歊郎の生死に぀いお感じたした。岩束の絵、どうも芋た目の゚フェクトを狙うこずが巧みすぎる。正盎に脚たでちゃんず描かない。光子さんの絵は造船所の旋盀工堎だずいうので、実はあの人のよい意志ずは云え、或堅い定匏かず心配しおいたが、絵を芋お感心したした。二十号だが、ちゃんず色圩の感芚、働いおいる人間ぞの共感、皆もっお明るく氎気をもっお描かれおいる。倧倉うれしかった。癟円の絵です。買い手を欲しがっおいる。䜆し、圌女の芞術の過皋を愛するものでなければ、この絵はサロン甚ではないからなかなかむずかしい。柏亭先生に䞖話をたのんだらず云ったら、掋画家のパトロンずの関係の個人䞻矩、極秘䞻矩ずいうものはひどいものらしく、自分が口をきいお売れるずころをひずに玹介などはすたいずのこずです。この䞖界は知らなかった。絵ずいうもののかげの䞖界のおくれ工合、険悪工合にはびっくりしたした。\n きょうから、『発達史日本講座』の珟代文孊をかきはじめたす。この頃、小説にくっささりたい。それに倏からのこの玄束で、フヌフヌ。五十枚ばかりだから、ナリよがんばれ、です。これさえすたすずこの皮の予玄はたぬがれたす。\n キャベゞの葉のようなのずいうのは葉牡䞹でしょう。それは、垂民的正月の恒䟋である葉っぱです。倖偎の葉の枯れるのをはがすず内ぞ内ぞずキャベゞのように新しくなっお行っお、したいには倧倉柄の長い玉になりたす。私たちは今幎の暮は、䜕ずなし愉しい。そうではありたせんか。ずにかくい぀なたけたずいうこずはなく生きたし、あなたは快埩に向っおいお䞋さるし、今幎のために私達は䜕かしようずしおいたずころ優しい絵も二぀出来たし。幎を送るずいう感情がこのような安心を䌎っお、感じられるこずは䜕幎にもなかったこずです。而もほのがのず日ののがる感じをもっお。では又、かぜをひかないで䞋さい。\n\n 十二月十䞀日午埌 〔巣鎚拘眮所の顕治宛 目癜より(封曞)〕\n\n 十二月十䞀日 第四十二信\n けさ、あなたの十二月二日づけお手玙が぀きたした。ありがずう。いろいろな心持ずいうものも、こうしお字にかいおおけばこそ䞀局はっきりずした存圚ずなっお確実に実珟するのは、実に劙ですね。私はこのごろ、仕事にふれおこの事実を深く感じおいる、もし文孊ずしお曞かれおいなかったら、この人生の人間性、情の力や矎の錯綜はどうしお今日だけの蓄積ずしお人間の歎史に぀たえられるでしょう。そしお、私たちはただ実に実に少ししか曞いおいない。そう思うず勿䜓ない。歎史に新しく加えるべきものは本圓に倚いのに。\n この頃は急に空気が也きはじめお、皆喉がカラカラしお、錻の奥がかわいお苊しいが、ずっず倧䞈倫でいらっしゃるでしょうか。私は倜䞭、急に喉がいり぀くようで目をさたすこずがある。\n 昚倜は『䞭公』の随筆を十枚かいお(くちなし)、これから䟋の私の荷物である今日の文孊の぀づきをかきたす。今、胜動粟神の文孊の声がおこったずころです。フランスのそういう時代のもっおいるものず、こっちのずを比べおなかなか意味深い。この仕事は十䞉四日に終らねばなりたせん。\n 党く今幎は沢山仕事をした。最も掻動したものの䞀人です。しかし、今幎の仕事ぶりは忘れるこずが出来なかろうず思う。歯をくいしばっおやったずころがあっお。\n このごろは心にく぀ろぎが出来お、瑞々しお、䜕しろ私のこれたでの䞀生に只䞀床も぀けたこずのない題を぀ける䜍ですから。来幎はいろいろ仕事を敎理しお、評論颚なものでは䞀぀たずたっお䞃八十枚のものを、あずは小説ずいう颚にやりたい。そしお、いかにもそれがやれそうな気持です。芞術ずいうものは䞀面刻薄であっお、こっちが䞀生懞呜でも心のゆずりなさなどは䜕か䞀぀のマむナスずなっお䜜品に出る、なかなかくやしいようなものです。オペラの唱い手曰ク、最も悲しいうたを最も悲しくうたえるずきは、自分が䞀番䞈倫で幞犏な時だ、ず。これは勿論そのたたではないし、そうだずしたら、今日芞術の仕事を䜕人がやり埗るかず蚀いたいずころですが、それでも、今の心の状態の方が私ずしおよい。来幎は質の曎によい仕事をしたす。今幎の暮、私はいそがしい仕事が終ったら出かけお行っお、䞀組のおずその道具を買う぀もりです。或暮に、私はショヌルを巻き぀けおおずその道具を買いに出かけ、いろいろ芋お或ものは手に迄ずっお将に買おうずしたが、どうしおも心に買わせぬものがあっお遂に買わず、耇雑䞍思議な思いに深く沈んでかえったこずがあった。\n 今幎は、それを買いたす。そしお、それを買うこずが実にたのしみで、うれしい。新しいおずその道具からあなたに泚ぎ、私に぀ぎ、そしお芪しい倧事な友達に泚ぐ。\n 挱石の金剛草の話、私もその本はやはり面癜く同様の印象でよみたした。挱石の文孊論、十䞃䞖玀英文孊史、いずれも倧事な只䞀぀の鍵をおずしおいるだけ、そのこずが今日明瞭に分るだけ、しっかりずしたもので面癜い。英文孊史なんか、ああ挱石が只もう二箇の「䜕故?」を発しおこの分析を深め埗たら、ず痛感した。狭いずころにいお読んで。文孊論にしろ、堅固呚密な円圢城壁のようだが、真䞭がスポンずぬけおいお。すべおの分析がそれぞれの線の䞊でだけ延ばされおいるから、簇生しおいお盞互関係の動きず根本に統䞀がない。あなたのおっしゃるずおりの原因なこずは明かです。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを持続しお、现郚にこだわった文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「いっおえ、どうしたッおんだ、長さん」\n「おめえ、ただ刀らねえのか」\n「聞かねえこずにゃ刀らねえや」\n「なんお血のめぐりが悪く出来おるんだ。――浜村屋の倪倫が、舞台で螊っおたたた倒れちゃったんだ」\n「䜕んだッおそい぀ァおめえ、本圓かい」\n「おれにゃ、嘘ず坊䞻の頭ァいえねえよ。――仮にもおんなじ芝居の者が、こんなこずを、ありもしねえのにいっお芋ねえ。それこそ簀巻にしお、隅田川のたん䞭ぞおッ攟り蟌たれらァな」\n「長さん」\n「ええびっくりするじゃねえか。急にそんな倧きな声なんざ、出さねえでくんねえ」\n「䜕をいっおるんだ。これがおめえ、こそこそ話にしおられるかい。おいらァ誰が奜きだずいっお、浜村屋の倪倫くれえ、奜きな圹者衆はねえんだよ。芞がよくっお愛嬌があっお、おたけに自慢気なんざ薬にしたくもねえッおお人だ。――どこが悪くッお、どう倒れたんだか、さ、そこをおいらに、委しく話しお聞かしおくんねえ」\n どやし぀けられた、背䞭の痛さもけろりず忘れお、䌝吉は、元結が茪から抜けお足元ぞ散らばったのさえ気付かずに倢䞭で長兵衛の方ぞ膝をすり寄せた。\n「䞁床二番目の、所䜜事の幕に近え時分だず思いねえ。知っおの通りこの狂蚀は、䞉五郎さんの頌朝に、矜巊衛門さんの梶原、それに倪倫は鷺嚘で出るずいう、豊前さんの浄瑠璃ずしっくり合った、今床の芝居の呌び物だろうじゃねえか。はねに近くなったっお、お客は唯の䞀人だっお、立ずうなんお料簡の者ァねえやな。舞台ははずむ、お客はそろっお䞀寞でも先ぞ銖を出そうずする。いわば玙䞀重の隙もねえッおずこだった。どうしたはずみか、倪倫の螊っおた足が、躓いたようによろよろっずしたかず思うず、あッずいう間もなく、舞台ぞたずもに突ッ俯しちたったんだ。――客垭からは浜村屋ッずいう声が、石を投げるように聞こえお来るかず思うず、埡莔屓の泣く声、喚く声、そい぀が応ち枊巻になっお、わッわッずいっおるうちに、道具方が気を利かしお幕を匕いたんだが、そりゃおめえ、ここでおれが話をしおるようなもんじゃァねえ、芝居䞭がひっくり返るような倧隒ぎだ。――そのうちに頭取が駆け着ける、匟子達が集たるで、倒れた倪倫を、鷺嚘の衣装のたた楜屋ぞか぀ぎ蟌んじたったが、ただおめえ、宗庵先生のお蚱しが出ねえから、倪倫は楜屋に寝かしたたた、家ぞも垰れねえんだ」\n「よし、お花、おいらに矜織を出しおくんねえ」\n 䌝吉は突然こういっお立䞊った。\n\n 二\n\n「お前さん、どこぞ行くんだよ。真ッ昌間ッからお芋䞖を空けお出お行ったんじゃ、お客様に申蚳がないじゃないか。倪倫さんずこぞお芋舞に行くなら、日が暮れおからにしずくれよ。――ようッおば」\n 䞋剃䞀人をおいお出られたのでは、家業に障るず思ったのであろう。䞀匵矅の矜織を、枋々箪笥から出しお来たお花は、亭䞻の䌝吉の袖をおさえお、無理にも匕止めようず顔を窺き蟌んだ。\n が、䌝吉は、いきなり吐きだすようにけんのみを食わせた。\n「銬鹿野郎。䜕をいっおやがるんだ。亭䞻のするこずに、女なんぞが口を出すこたァねえから黙っお匕ッ蟌んでろ。倖のこずならずもかく、倪倫が急病だッおのを、そのたたにしずいたんじゃ、䞖間の奎等になんおいわれるず思うんだ。仮名床の䌝吉の奎ァ、ふだん浜村屋が奜きだの蜂の頭だのず、口幅ッおえこずをいっおやがるくせに、なんおざたなんだ。手間が惜しさに芋舞にも行かねえしみッたれ野郎だ、ずそれこそ口をそろえお悪くいわれるなァ、加賀様の門よりもよく刀っおるぜ。――぀たらねえ理屈ァいわねえで、速く矜織を着せねえかい。こうなったり䞀刻だっお、埅おしばしはねえんだ」\n お花の手から矜織を匕ッたくった䌝吉は、背筋が二寞も曲がったなりに匕ッかけるず、もう䞀床お花の手を振りもぎっお、喧嘩犬のように、倢䞭で芋䞖を飛び出した。\n「埅ちねえ、䌝さん」\n 長兵衛は背埌から声をかけた。\n「䜕んの甚だ」\n「甚じゃァねえが、おかみさんもああいうンだから、晩にしたらどうだ。どうせいた行ったっお、䌚えるもんでもねえンだから。――」\n「ふん、おめえたで、䜙蚈なこずはおいおくんねえ。おいらの足でおいらが歩いおくんだ。どこぞ行こうが勝手じゃねえか」\n「ほう、倧たかに出やァがったな。話をしたなァおれなんだぜ。行くんなら、せめおおれの髯だけでもあたッおッおくんねえ」\n「髯は垰っお来おからだ」\n「垰っお来おからじゃ、間に合わねえよ」\n「間に合わなかったら、どこいでも行っお、やっおもらっお来るがいいやな。――ええもう面倒臭え、四の五のいっおるうちに、日が暮れちたわァ」\n 前぀がの固い草履の先で砂を蹎っお、䞀目散に駆け出した䌝吉は、提灯屋の角たで来るず、ふず立停っお小銖を傟げた。\n「埅およ。こい぀ァ垂村座ぞ行くより先に、もっず倧事なずころがあるぜ。――そうだ。ただおせんちゃんが知らねえかもしれねえ。こんな時に人情を芋せおやるのが、江戞ッ子の腹の芋せどこだ。よし、ひず぀駕籠をはずんで、谷䞭たで突ッ走っおやろう」\n 倧きく頷いた䌝吉は、折から通り合せた蟻駕籠を呌び止めお、笠森皲荷の境内たでだず、酒手をはずんで乗り蟌んだ。\n「急いでくんねえよ」\n「ようがす」\n「急病人の知らせに行くんだからの」\n「合点だ」\n 返事は劂䜕にも調子がよかったが、肝腎の駕籠は、䞀向突ッ走っおはくれなかった。\n「ちぇッ。吉原だずいやァ、豪勢飛びゃァがるくせに、谷䞭の病人の知らせだず聞いお、銬鹿にしおやがるんだろう。䌝吉ァただの床屋じゃねえんだぜ。圓時江戞で名高え笠森おせんの、襟を剃るなァおいらより倖にゃ、広い江戞䞭に二人たねえんだ」\n 䌝吉が駕籠の䞭で錻の頭を匕ッこすっおのひずり啖呵も、駕籠屋には少しの効き目もないらしく、駕籠の歩みは、䟝然ずしお緩やかだった。\n\n 侉\n\n 床屋の䌝吉が、笠森の境内ぞ着いたその時分、春信の䜏居で、菊之䞞の急病を聞いたおせんは無我倢䞭でおのが家の敷居を跚いでいた。\n「お母さん」\n「おやおたえ、どうしたずいうの、䜕かお芋䞖にあったのかい」\n 今ごろ垰っお来ようずは、倢にも考えおいなかったお岞は、慌しく駆け蟌んで来たおせんの姿を芋るず、たず、怪我でもしたのではないかず、穎のあく皋じッず芋詰めながら、静かに肩ぞ手をかけたが、い぀もず様子の違ったおせんは、母の手を振り払うようにしお、そのたた畳ざわりも荒く、おのが居間ぞ駆け蟌んで行った。\n「どうおしだよ、おせん」\n「お母さん、あたしゃ、どうしよう」\n「たァおたえ。......」\n「吉ちゃんが、――あの菊之䞞さんが、急病ずの事でござんす」\n「なんずえ。倪倫さんが急病ずえ。――」\n「あい。――あたしゃもう、生きおる空がござんせぬ」\n「䜕をおいいだえ。そんな気の匱いこずでどうするものか。人の口は、どうにでもいえるもの。急病ずいったずころが、どこたで本圓のこずかわかったものではあるたいし。......」\n「いえいえ、嘘でも倢でもござんせぬ。あたしゃたしかに、この耳で聞いお来たした。これから盎ぐに垂村座の楜屋ぞお芋舞に行っお来ずうござんす。お母さん、そのお䞃の衣装を脱がせおおくんなさいたし」\n「えッ、これをおたえ」\n「吉ちゃんが、去幎の芝居が枈んだ時、黙っお届けおおくんなすったお䞃の衣装、あたしに着ろずの謎でござんしょう」\n「それでもこれは。――」\n「お母さん」\n おせんは、郚屋の隅に立おかけおある人圢の傍ぞ、自分から歩み寄るず、いきなり垯に手をかけお、たるで芝居の衣装着けがするように、劂䜕にも無造䜜に衣装を脱がせ始めた。\n「お止し」\n「いいえ、もう䜕んにもいわないでおくんなさい。あたしゃお䞃ずおんなじ心で、倪倫に䌚いに行きずうござんす」\n ばらりず解いたお䞃の垯には、倜毎に焚きこめた䌜矅の銙りが悲しく籠っお、静かに郚屋の䞭を流れそめた。\n「ああ。――」\n おせんはその垯を、ずッず胞に抱きしめた。\n「おせんや」\n お岞は優し県をふせた。\n「あい」\n「おたえ、䞀人で行く気かえ」\n「あい」\n 衣装を脱がせお、襊袢を脱がせお、屏颚のかげぞ這入ったおせんは、玠速くおのが着物ず着換えた。ず、この時栌子戞の倖から降っお湧いたように、男の声が倧きく聞えた。\n「おせんさん、仮名床の䌝吉でござんす。浜村屋の倪倫さんが、急病ず聞いお、䜕より先にお知らせしおえず、駕籠を飛ばしおやっおめえりやした。笠森様においでがねえんでこっちぞ廻っお来やした始末。ちっずも速く、葺屋町ぞ行っずくンなせえやし」\n「芪方、その駕籠を、埅たせずいおおくんなさい」\n「合点でげす」\n おせんの声は、い぀になく甲高かった。\n\n 四\n\n 人目を避けるために、わざず蓙巻を深く垂れた医者駕籠に乗せお、男衆ず匟子の二人だけが付添ったたた、菊之䞞の䞍随の䜓は、その日の午近くに、石町の䜏居に運ばれお行った。\n が、たださえ人気の頂点にある菊之䞞が、舞台で倒れたずの噂は、応ち人から人ぞ䌝えられお、今は江戞の隅々たで、知らぬはこけの骚頂ずさえいわれるたでになっおいた。他目からは、どう芋おも医者の芋舞ずしか想われなかった駕籠の呚囲は、い぀の間にやら五人十人の男女で、癟䞇遍のように取囲んで、远えば远う皋、その数は増しお来るばかりであった。\n「ちょいずお前さん、䜕んだっおあんなお医者の駕籠に、くッ぀いお歩いおいるのさ」" }, { "role": "assistant", "content": "「なんだ神田の、明神様の石の鳥居じゃないが、お前さんもきがなさ過ぎるよ。ありゃァただのお医者様の駕籠じゃないよ」\n「だっおお蟰぀ぁん、どう芋たっお。......」\n「叱ッ、静かにおしなね。あン䞭にゃ、浜村屋の倪倫さんが乗っおるんだよ」\n「浜村屋の倪倫さん。――」\n「そうさ。きのう舞台で倒れたたた、今が今たで、楜屋で寝おえたんじゃないか。それをお前さん、どうでも家ぞ垰りたいず駄々をこねお、ずうずうあんな塩梅匏に、お医者ず芋せお垰る途䞭だッおこずさ」\n「おやたァ、そんならそこを退いずくれよ」\n「なぜ」\n「あたしゃ駕籠の傍ぞ行っお、せめお倪倫さんに、䞀蚀でもお芋舞がいいたいンだから。......」\n「䜕をいうのさ。倪倫は倧病人なんだよ。ちっずだッお隒いだりしちゃァ、䜓に障らァね。䞀緒に぀いお行くなァいいが、こッから先ぞは出ちゃならねえよ」\n「いいから退いずくれッたら」\n「おや痛い、抓らなくッおもいいじゃないか」\n「退かないからさ」\n「おや、たた抓ったね」\n 髪結のお蟰ず、豆腐屋の嚘のお亀ずが、いいのいけないのず争っおいるうちに、駕籠は曎に倚くの人数に取巻かれながら、芳町通りを巊ぞ、おやじ橋を枡っお、牛の歩みよりもゆるやかに進んでいた。\n 菊之䞞の駕籠を䞀町ばかり隔おお、あたかも葬匏でも送るように悵然ず銖を垂れたたた、䞀足毎に重い歩みを続けおいたのは、垂村座の座元矜巊衛門をはじめ、坂東圊䞉郎、尟䞊菊五郎、嵐䞉五郎、それに元服したばかりの尟䞊束助などの䞀行であった。\n いずれも線笠で深く顔を隠したたた、県をしばたたくのみで、互に䞀蚀も発しなかったが、急に䜕か思いだしたのであろう。矜巊衛門は、寂しく眉をひそめた。\n「束助さん」\n「はい」\n「お前さんは、折角だが、ここから垰る方がいいようだの」\n「なぜでございたす」\n「䞍吉なこずをいうようだが、浜村屋さんはひょっずするず、あのたたいけなくなるかも知れないからの」\n「ええ滅盞な。巊様なこずがおたすかいな」\n そういっお県をみはったのは嵐䞉五郎であった。\n「いや、わたしずお、倪倫に元のようになっおもらいたいのは山々だが、今たでの倪倫の様子では、どうも難かしかろうず思われる。瞁起でもないこずだが、ゆうべわたしは、䞊䞋の歯が䞀本残らず、脱けおしたった倢を芋たした。情ないが、所詮倪倫は助かるたい」\n 矜巊衛門はそういっお、寂しそうに眉をひそめた。\n\n 五\n\n 倢から倢を蟿りながら、曎に倢の䞖界をさ迷い続けおいた菊之䞞は、ふず、倏の軒端に぀り残されおいた颚鈎の音に、重い県を開けおあたりを芋廻した。\n 医者の玄庵をはじめ、劻のおむら、座元の矜巊衛門、䞉五郎、圊䞉郎、その他の人達が、ぐるりず枕蚱に車座になっお、䜕かひそひそず語り合っおいる声が、遠い囜の出来事のように聞えおいた。\n「おお、あなた。――」\n 最初におむらが、声をかけた。が、菊之䞞の心には、声の䞻が誰であるのか、ただはっきり映らなかったのであろう。きょろりず䞀床芋廻したきり、再び県を閉じおしたった。\n 玄庵は埐かに手を振った。\n「どなたもお静かに。――」\n「はい」\n 急に氎を打ったような静けさに還った郚屋の䞭には、ただ銙のかおりが、䜎く這っおいるばかりであった。\n 玄庵は、倜着の䞋ぞ手を入れお、かるく菊之䞞の手銖を掎んだたた銖をひねった。\n「先生、劂䜕でございたす」\n「脈に力が出たようじゃが。......」\n「それはたァ、うれしゅうござんす」\n「だが埡安心は埡無甚じゃ。い぀䜕時倉化があるか刀らぬからのう」\n「はい」\n「お芋舞の方々も、次の間にお匕取りなすっおはどうじゃの、埡病人は、出来るだけ安静に、䌑たせおあげるずよいず思うでの」\n「はいはい」ず矜巊衛門が倧きくうなずいた。「劂䜕にも埡もっずもでございたす。――では、ここはおかみさんにお願い申しお、次ぞ䞋っおいるこずにいたしたしょう」\n「それがようござる。及ばずながら愚老が看護しお居る以䞊、手萜はいたさぬ考えじゃ」\n「䜕分共にお願い申䞊げたす」\n 䞀同は足音を忍ばせお、襖の開けたおにも気を配りながら、次の間ぞ出お行った。\n 暫し、鉄瓶のたぎる音のみが、郚屋のしじたに明るく残された。\n「埡内儀」\n 玄庵の声は、䜎く重かった。\n「はい」\n「お気の毒でござるが、倪倫はもはや、䞀時の呜じゃ」\n「えッ」\n「いや静かに。――ただ今、脈に力が出たようじゃず申䞊げたが、実は他の方々の手前をかねたたでのこず。心臓も、埮かに枩みを保っおいるだけのこずじゃ」\n「それではもはや」\n おむらの、今たで蟛抱に蟛抱を重ねおいた県からは、玉のような涙が、頬を䌝っお溢れ萜ちた。\n やがお、銙煙を揺がせお、恐る恐る襖の間から銖を差出したのは、匟子の菊圌だった。\n「お客様でございたす」\n「どなたが」\n「谷䞭のおせん様」\n「えッ、あの笠森の。......」\n「はい」\n「倪倫は埡病気ゆえ、お目にかかれぬず、お断りしおおくれ」\n するずその刹那、ぱっず県を開いお菊之䞞の、现い声が鋭く聞えた。\n「いいよ。いいから、ここぞお通し。――」\n\n 六\n\n 初霜を避けお、昚倜瞁に䞊げられた癜菊であろう、䞋葉から次第に枯れおゆく花の呚囲を、静かに舞っおいる䞀匹の虻を、猫が頻りに尟を振っおじゃれる圱が、障子にくっきり映っおいた。\n その虻の矜音を、聞くずもなしに聞きながら、菊之䞞の枕頭に座しお、じっず寝顔に芋入っおいたのは、お䞃の着付もあでやかなおせんだった。\n 玫の銙煙が、ひずもずすなおに立昇っお、南向きの座敷は、硝子匵の䞭のように暖かい。\n 䞃幎目で䌚った、たった二人の䞖界。殆んど䞀倜のうちに生気を倱っおしたった菊之䞞の、なかば開かれた県からは、糞のような涙が䞀筋頬を䌝わっお、枕を濡らしおいた。\n「おせんちゃん」\n 菊之䞞の声は、わずかに聞かれるくらい䜎かった。\n「あい」\n「よく来おくれた」\n「倪倫さん」\n「倪倫さんなぞず呌ばずに、やっぱり昔の通り、吉ちゃんず呌んでおくれな」\n「そんなら、吉ちゃん。――」\n「はい」\n「あたしゃ、䌚いずうござんした」\n「あたしも䌚いたかった。――こういったら、お前さんはさだめし、心にもないこずをいうず、お想いだろうが、決しお嘘でもなけりゃ、お䞖蟞でもない。――知っおの通り、あたしゃどうやら人気も出お、䞖間様からなんのかのず、いわれおいるけれど、心はやっぱり十幎前もおなじこず。矩理でもらった女房より、浮気でかこった女より、心から思うのはお前の身の䞊。暑いに぀け、寒いに぀け、切ない思いは、い぀も谷䞭の空に通っおはいたが、今ではお前も人気嚘、うっかりあたしが蚪ねたら、あらぬ浮名を立おられお、さぞ迷惑でもあろうかず、きょうが日たで、蟛抱しお来たしたのさ」" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを完成させお、印象的な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「あ、そう......あ、そう......」\n ず、京野等志は、この少女の無邪気ずも思いあがりずも぀かぬお喋りを聞き流しおいた。\n「わたし、考えおるんですけど、雲井先生のおかげで、すこしでも原皿でお金がずれるようにな぀たら、工堎の方はやめさせおいたゞく぀もりですわ。や぀ぱり、文孊はそれだけに打ち蟌たなく぀ちやダメだ぀お、぀くづくわか぀たんですもの」\n「ふむ、どうしおそれがわか぀たの?」\n「だ぀お、雲井先生がそうだし、先生のずころでお目にかゝる若い方がみんなそうお぀しやるから.........」\n「たあ、君がいゝず思うようにしなさい。僕にはそういう方面のこずはたるでわからないんだ。それや、君は倩才かもしれないけれど、なんだか、君の小説を買぀お読むひずがあるなんお、僕には䞍思議みたいだよ」\n 圌は、吐き出すように蚀぀お、それでも、戯談のように、圌女の方ぞ笑顔をむけた。\n「あら、いやだ、わたしの小説を買぀お読むなんお、ただ、そんなずころたでは、なかなかいきやしないわ。たゞ、雑誌で、のせおくれるかもわからないだけですわ。それでも、雑誌によ぀おは、原皿料をくれるんです぀お......いくらか知らないけど......」\n「それやそうだろう、その雑誌が売れる雑誌ならね。雲井先生は、君に甘いんじやないか」\n「そうでもないらしいわ。陰でも、ほめおら぀しやるんです぀お......。でも、それで、あるひずに冷やかされちや぀たわ」\n「圓り前さ、誰だ぀おそう思うよ。うちの倚接なんぞ、すこしやき逅やいおるぞ」\n ず、圌は、ふず、この間、倚接が口をすべらした、雲井秋生の少女趣味を思い出した。\n「あら、そんなの倉だわ、倚接お姉さたは、れ぀きずした先生の愛人じやないの。それに、なんにもお曞きになる぀もり、ないしさ」\n「曞く曞かないは別ずしおさ、雲井先生が、君なんかに特別の奜意をも぀おるずしたら、心穏かでないだろう。あんたりあい぀をやきもきさせないように頌むよ」\n「倧䞈倫よ、倚接お姉さたは、雲井先生を完党にキャッチしおら぀しやるわ。そりや芋事よ、実にやんわりずですもの」\n「おい、おい、君に、そんなこずがわかるのかい? 驚いたね、やんわりず、か......」\n 京野等志は、ほんずに唖然ずしお、溜息たじりにうそぶいた。\n その晩は、真喜が神劙に膳ごしらえをしおいるかず思うず、倚接は、倕食の時間に垰぀お来なか぀た。\n「姉さんは、は぀きり垰らないなら垰らない぀お蚀぀おけばいいのに、い぀も、あいたいなこずばかり蚀぀おるから、きらいさ。垰れたら垰るずか、垰れないかも知れないけど、なるたけ垰぀おくるわ、ずか、倉に、煮えきらないのよ」\n 圌は、真喜がブツブツいうのを面癜が぀おきいおいたけれども、母の匓は、それを匕きず぀お、\n「お前だ぀おそうじやないか。垰るず思぀たら垰らないこずが、よくあるくせに......」\n それを、そう角を立おゝ蚀぀たわけでもないのに、真喜は、もうむきにな぀お、\n「ぞ、あたしは、垰れない時に、垰るかも知れないなんお、蚀いたせんよ。出かける時は、垰るなら垰る、垰らないなら垰らない぀お、は぀きりさせおるわ。それや、予定が狂うこずはあ぀およ。それや、しようがないわ」\n 母は、もう、かなわぬずいう颚に、\n「もういゝから、早く、お父さんに、ご飯だ぀おお蚀い」\n 父は、近頃、退屈ずみえお、しばらく手にしなか぀た碁石をひずりで䞊べおいる時が倚か぀た。\n 食卓に぀いおも、あたり口を利こうずせず、奜きな晩酌もいらぬず蚀぀お、そのくせ、淋しそうに箞を動かした。\n 母は、萜ち぀かぬ気持を匷いお抌し静めようずしお、圓り障りのない話題をさがし、それに誰も返事をせぬので、ひずりでなにやら合点しながら、そゝくさず茶を飲んだ。\n そういう空気のなかで、真喜は、兄の方ぞずきどき皮肉な埮笑をなげ、自分だけが別な䞖界をも぀おいるずでも蚀いたげな、いわば反抗的な無関心さをあらわに瀺した。\n で、努めお、それら家族の䞀人䞀人に、自然な態床で立ち向おうずしおいる京野等志も、どうやら、自分の顔が硬ばるのを意識しお、あちこちぞ県をそらし、結局、ひずり蚀のように、\n「さあ、あしたからは、なにをするかな。ルンペンにな぀たのを幞い、しばらく旅行でもするかな」\n ず、蚀぀た。\n「おたえもや぀ぱりやめたのか?」\n 父は、予期しおいたように、倩井を向いお蚀う。\n「やめないわけにいかんでしよう。僕は自分でなにか仕事をはじめたすよ。勀めるのは、もう、いやです」\n「莅沢を蚀぀ずる。自分でなにができる!」\n「もちろん、できる範囲のこずをやるんです。たあ、すこし考えさしおください。真喜、なにが可笑しいんだ?」\n 真喜が銖をすくめたので、こ぀ちもそれに釣りこたれお小錻をふくらたした。\n「あら、あたし、笑぀おなんかいないわ。できる範囲のこず、なんお、別に自慢にもならないこずお぀しやるから、ちよ぀ず、兄さたらしくないず思぀たのよ」\n「そうか、自慢にならんか。謙譲の矎埳だず思え」\n そんなあんばいにゎマ化しお、圌は座を起ずうずした。\n「おい、等志、ちよ぀ず話したいこずがあるから、わしの郚屋ぞこい」\n 父は䞍機嫌をかくそうずしなか぀た。䞀蚀の盞談もなく、勝手に進退をきめたずいうのが、父の気に入らぬらしい。\n「わしず関係のないずころなら、たあ、それでもいゝさ。わしが口を利いお、いわばわしの顔で入れたお前だ。瀟長の陣内だ぀お、気をわるくせんずも限らん」\n「そのぞんのこずも、考えないわけじやなか぀たんです。お父さんの立堎は十分尊重しお、事を運んだ぀もりです。瀟長も、今日、お父さんは実に立掟だ぀お、耒めおたしたよ」\n「それや、耒めるだろう、うたくや぀たのは、あい぀䞀人だ。そんなこずより、お前は、みすみす、運を取り逃がしたようなもんだ。あの男に喰い入぀ずくのは、今なんだ」\n「僕には、あいにく、そういう興味はないんです。お父さん、僕からこんなこず蚀うず、倉ですけれど、もう奜い加枛に、぀たらん事業から手を匕いたらどうですか?」\n「それで、食぀おいければ、だ」\n「そんなに、先が芋えおるんですか?」\n「なにを蚀぀ずる! ただただ、貯えなんぞできずりやせん」\n「家や土地をだいぶん買぀たようじやありたせんか」\n「そんなものが䜕になる。䌚瀟の俞絊を棒にふ぀お、わしは、来月からどうしようかず思぀ずるんだ」\n「株の配圓で、十分や぀おいけるでしよう」\n「バカ! そんな量芋だから、うかうかお前たでが鷹揚な真䌌をしたくなるんだ。わしは、なるほど、お前の蚀うこずに䞀応は埓぀た。それはなにも、重圹の俞絊なにがしが䞍芁だずいうんじやない。こうしおおけば、あの瀟長が、いずれ黙぀おほう぀おはおかんず思぀たからだ。それに、こうな぀た以䞊、わしは、今少しばかりある珟金を、なるだけ割のいゝ方面ぞ廻しおみようず思぀ずるんだ。うたくいくかどうか知らんが......。乗るか、そるかだ」\n「あずのこずは、僕もあんたり考えおはいたせんでしたが、ずにかく、あの堎合、お父さんにあゝ出おいたゞくこずは、絶察に必芁だ぀たし、その結果に぀いおは、十分感謝しおいるわけです。しかし、僕はもう、家ぞ物質的な負担はかけない決心でいたすし、倚接も、ぶらぶらしおないで、再婚するなり、すぐ働きに出るなりした方がいゝんだし、そうすれば、お父さんも、あんたり、金のこずであくせくなさらんですむわけでしよう」\n「わしは、今なら、どうかなるず思぀ずる。たゞ、老埌のこずだ。結局、足腰立たんようにな぀お、お前たちに厄介をかけたくないのさ」\n 京野等志は、ぐ぀ず぀た぀た。そんな心配はいらぬ、どうか厄介をかけおくれず、たずもに蚀い切る勇気はなか぀た。それは、事実、感情の䞊からは、䞡芪の老い先を䞍安なく送らせるのが、圓然の矩務のようにも思われるのだが、それをあからさたに、そう衚珟する照れ臭さを、どうするこずもできないのである。\n 盞手がよろこぶずわか぀おいるこずを、それが肉芪の間であるがために、どうしおも玠盎に口に出しお蚀えぬもどかしさを、圌は、今はじめお経隓したわけではない。" }, { "role": "assistant", "content": " しかし、圌は、しばらく、無蚀のたゝ、じ぀ず父の筋ば぀たうなじのあたりを芋぀めおいたあげく、や぀ず口を開いた――\n「お父さん、僕たち、きようだいのうちには、あんたり孝行のできる奎はいないようですが、それにしおも、お父さんの方で、先に芋切りを぀けおした぀ちや、ダメですよ。僕たちには、お父さんやお母さんが、こうあ぀おほしい぀おいう願いがあるんです。それは、僕たちのためでもあり、お父さんやお母さんのためでもあるんです。芁するに、子䟛は我儘なんですよ。たゞ、その我儘が、䞡芪も幞犏であ぀おほしい぀おいう垌望をふくんだ我儘だ、ず思぀おください。お父さん、僕は、今、ちよ぀ず困぀た立堎にいる女のこずを忘れられないでいるんです。倚接は、これたた、い぀結婚できるかわからない盞手ず芪しい関係にな぀おいるらしいんです。最近の矎䜐のこずは、お父さんも、たるでご存じないでしよう。僕は、぀いこの間、機䌚を䜜぀お、䌚぀お来たした。非垞に惚めな境遇で、絶望的ずもい぀おいゝ恋愛の結末に悩んでいたす。深志は、たゞ、家庭の束瞛から解攟されお、自分の生掻を自分で築こうずしおいたす。これは、間違぀おも倧したこずはありたせん。その次ぎが、真喜です。もう子䟛じやないですよ。け぀こう倧人䞊みのこずを考え、䞖間䞀般の女のするこずを、なんでもしおみるでしよう。むろん、自分で行動の責任をずる胜力がある、ずみなければなりたせん。こういう子䟛たちを、い぀たい、芪の力で、どうするこずができたすか?」\n 父は、ひず息に喋りたくる息子の蚀葉を、半ば異様な興味ず、半ば、しんみりした感傷の面持で聞き入぀おいた。\n ず、その時、玄関で、\n「京野さん、電報!」\n ずいう、配達の声がした。\n\n\n\n\n愛ず死ず生の戯れ\n\n\n侀\n\n 兄の手に電報を枡した倚接は、そのたゝ、そこに膝を぀いお、結果を埅぀ずもなく埅぀おいた。\n 京野等志は、自分宛のこの電報を、ほんの䞀瞬間ではあるが、開いおみるのをためら぀た。䞍吉な予感以倖にはなにもなか぀た。それも、味岡小萩の容態の急倉ずいう䞀事が圌の頭を支配しお、あの療逊所の病宀の光景がありありず県に浮かんだ。\n 圌は、すこしふるえる手で、電報甚玙をひろげた。が、電文は、意倖な蚀葉で぀ゞられおいた。\n\n\n――ミサキりシス」ナむゎ ンアリ」ギンザ 䞉九〇四マツキヘデ ンワコり\n\n\n 矎䜐急死す、ずいう意味がは぀きりするたで、京野等志は、「䞉厎......䞉厎......」ず、口の䞭で繰返した。\n 圌は、黙぀お、その電文を父にみせ、傍らの倚接をふり返぀お、\n「矎䜐が死んだずいう知らせだ。お母さんに蚀うのはちよ぀ず埅お。ずにかく、電話で連絡しおみよう」\n 父はひず蚀も口を利かず、電報を倚接の差出す手に枡したたゝ、暪を向いおした぀た。\n「電話の郜合で、おれは出かけるかも知れないから......」\n ず、蚀いながら、京野等志は、倖出の支床をしお、隣の電話を借りに行぀た。\n 電話先は、矎䜐の「抱えられおいる」芞者屋らしいずいうこずが、すぐに圌にもわか぀た。話は突嗟には呑みこめぬほど耇雑なものだ぀た。が、ずもかく昚日の午埌、客に連れられお箱根ぞ行぀たのだが、匷矅の登仙閣ずいう旅通から、今日昌近くかゝ぀た電話によるず、昚倜盞手の客もた぀たく気づかぬうちに催眠薬を倚量に飲んだらしく、今朝から医者を呌んで手圓を加えたのに、た぀たく意識を倱぀おいお、午埌䞀時半、぀いに呌吞を匕きず぀た、ずいうのである。家の者が早速出向いたには出向いたが、遺曞の䞀通が圌宛のものだ぀たので、取りあえず通知したのだけれども、遺骞はただその旅通においおあるから、もしお䌚いになるなら、至急、そちらぞおいでを願う、ず、その声の䞻の女は぀け加えた。\n\n 谷川の音が耳ちかく聞える旅通の離れの䞀宀に、想像も぀かぬ生涯を終぀た効の、いたたしい死のすがたを、圌はじ぀ず眺めた。\n「兄です。京野等志ずいゝたす。みなさんにたいぞんご迷惑をかけたした」\n そばに぀いおいる二人の女に、圌は挚拶した。䞀人は昚日から行動を共にした朋茩の芞者であり、もう䞀人は、抱え䞻の束朚某ずいうそれらしい䞭幎女である。\n 二人の女は、こもごも語぀た。\n「ご家庭のこずは、かねがね菊ちやんから䌺぀おおりたした。こずに、お兄さたに最近お目にかゝ぀たなんお、それずなく話しおいたようですわ。た぀たくこういう商売にはも぀たいないくらい玔情な子で、ご存じかどうか知りたせんけど、以前から想぀おいる䞀人の男のために、尜せるだけ尜しおいる様子は、みおいお、気の毒なようでもあり、た぀たく、そう蚀぀ちやなんですけど、じれ぀たいほどでしたわ。ねえ、ツタちやん」\n「ほんず......盞手はそれをいゝこずにしすぎおたわ」\n「こゝぞ来たのは、その男ずじやないんですか」\n ず、圌は、いぶかしげにたずねたが、すぐにヘマな質問をしたずいうこずがわか぀た。果しお、女二人は顔を芋合わせお、意味ありげに笑い、\n「あら、こゝぞはたゞ、みんなで遊びに来ただけですわ。べ぀に、そんな意味はなか぀たんですのよ」\n ず、若い方の女が匁解するように蚀぀た。\n「菊ちやんが入れあげおた男぀おいうのは、ピむピむの䌚瀟員で、旊那ずもいえないようなひずなんですよ。でも、今床のこずは、その男ずた぀たく関係がないずはいえないね」\n 幎嵩の方が、わけ知り顔に呟いた。\n「ずいうず、どういうんです? あ、効の遺曞があるそうですが......」\n ず、圌は、思い出しお、そのぞんに県をくば぀た。枕蚱に、䞉通の封曞が重ねお眮いおある。\n その䞀通は、たしかに圌宛のもので、――兄䞊様、ず、封筒の䞭倮に曞き、その暪に、所番地ず名前がしるしおあ぀た。\n 圌は、その封曞を受取るずき、なに気なくほかの二通の宛名に県をくば぀た。䞀通は、田所枅名様ずしお、その䞋に、䞭倮区築地云々、倧東産業総務課ず小さく曞いおあり、もう䞀通は、束朚母䞊様ずあり、そばから、\n「それは、あたしにですの」\n ず、幎嵩の女が口を出した。\n「これは?」\n「ですから、それが菊ちやんのいゝひずなんですよ」\n 若い方が、説明した。\n 遺曞の内容は、譊察でしらべる必芁があるそうだから、その぀もりでずのこずであ぀た。\n 圌に宛おた矎䜐の最埌の蚀葉は次のようなものである。\n\n\n兄䞊様、矎䜐はずうずうひずりが぀ちになりたした。女の運呜が䞀人の男の意志によ぀おきたるずすれば、その意志ひず぀に望みをかけお、今日たで生きお来た矎䜐のこずを、どうぞご理解ください。わたしが愛したたゞ䞀人の男は、や぀ぱり、愛しおはならない男だ぀たこずが、ちかごろや぀ずわかりたした。そのひずは、いゝひずでした。しかし、矎䜐だけを愛しおくれるためには、家庭ずいうあんたり、重い荷をしよ぀おいたした。そんなものは犠牲にしお、わたしたちの愛情を守ろうず蚀いだしたこずもありたしたけれど、矎䜐には、どうしおも、そうさせる勇気がなか぀たのです。そのひずが、ある日、奥さんず子䟛さんたちを連れお、映画通にはいるずころを芋おからのこずです。\nそのひずの経枈的な苊境がだんだん、矎䜐にも察しられるようになり、矎䜐は、そのひずのために、できるだけのこずをしたした。その時分は、ただ、矎䜐には垌望ず慰めがありたした。けれども、今の商売をはじめおからずいうもの、そのひずの心は、だんだん、矎䜐から離れおいくのがわかりたした。実際は離れおいくのではないのです。矎䜐のいるこずが、そのひずの心の傷になり、矎䜐の生きおいるすがたが、そのひずの堪えがたい苊痛にな぀たのです。それは、よくわかりたす。ふずした時に、自分をかえりみお、矎䜐は、顔をおゝいたくなるこずがあるのです。矎䜐は、そのひずを決しお、恚んではいたせん。男の力ではどうするこずもできない玄束が、そのひずを瞛぀おいるのでしよう。矎䜐も、女の力ではどうにもならない、甘い呌び声に耳を傟けるようになりたした。その声の方に、矎䜐は、知らず知らず、匕かれおいきたす。今倜は、いよいよ、ひず思いに、惜しくもないからだを投げ出す決心をしたした。これだけのこずは、兄さた以倖のだれにも蚀いたくありたせん。矎䜐は、ひずりぜ぀ちだ、ず思぀たずたん、あのひずの顔が県に浮ぶには浮びたしたけれど、矎䜐は、それに向぀お、なにも蚀うこずがないのに、び぀くりしたした。そしお、その぀ぎに、家のひずの顔を思い出そうずしたした。それがどうでしよう。誰の顔も、は぀きりず県にうかばないのです。せめおお母さんの顔をず思぀お、じ぀ず県を぀ぶ぀おみたのですけれど、もやもやずした蚘憶の圱が、た぀たく衚情のないリンカクだけを描き出しおいるのです。たゞ、お兄さただけが、は぀きりず、そこに、口を動かしおおいでになるではありたせんか。矎䜐は、思わず、お兄さんず、声を出しお呌びたした。涙がずたらないのです。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを完成させお、印象的な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "侀\n\n「八、たいそう手前は粋になったな」\n「からかっちゃいけたせん、芪分」\n 八五郎のガラッ八は、あわおお、膝っ小僧を隠したした。柄にない狭い単衣、尻をたくるには䟿利ですが、真面目に坐り盎すず、垆立お尻にならなければ、どう工面をしおも膝っ小僧がハミ出したす。\n「隠すな、八、ネタはちゃんず挙がっおるぜ」\n 銭圢平次は構わずに続けたした。\n「ぞッ、ぞッ、どの口のネタで?」\n「いやな野郎だな、顎なんか撫でお、――近頃手前、遠吠えの皜叀をするっおえ話じゃないか」\n「遠吠えは情けねえ。誰がそんな事を芪分に蚀い付けたんで」\n ガラッ八は少しばかり意気蟌みたした。\n「手前の䌯母さんだよ。――今朝お勝手口ぞ顔を出しお、お静に愚痎を聞かせおいたぜ――酒や女の道楜ず違っお、若い者の皜叀所入りが悪いではありたせんが、家ぞ垰っお来お唞られるず気が滅入りたす。糠味噌は蓋に仔现はございたせんが、あんな調子っ倖れの遠吠えを聞かされたら、どんな気の匷い嚘も寄り付かないだろうず思うず、可哀想でなりたせん。埡存じの通り、あれはただ独り者ですから――だずさ。どうだい八、䌯母さんは苊劎人だろう。あんたり心配さしちゃならねえよ」\n「チェッ、憚りながら嚘っ子陀けの犁呪に小唄をやっおいるんだ。心配しお貰いたくねえ」\n ガラッ八はそう蚀いながらも、耳の埌ろをポリポリ掻いおおりたす。\n「そうだろうずも、だから俺は蚀っおやっおよ。――䌯母さんの若い時ず違っお、この節はあんなのが流行るんだ――おね、小唄䞀぀歌うんだっお、錻っ先や喉で転がすんじゃねえ。八の野郎は胆っ玉で歌うに違えねえ。――」\n 銭圢平次に悪気があるわけでなかったのですが、䌯母の口吻から察しお、ガラッ八の八五郎が小唄の垫匠に気がありそうにも取れたので、それずはなしに脈を匕いお、意芋をするものなら、今のうちに意芋をしようず思ったのです。\n「芪分、本圓のこずを蚀うず、こい぀にはワケがありたすよ」\n「そうだろうずも。二日も行かなきゃ、垫匠の小唄お政が、迎えをよこすほどだっお蚀うから、ワケだっお倧ありだろうよ」\n「嫌だね。䌯母さんが、そんな事たでブチたけたんですかい」\n「人に意芋などをする歳じゃねえが、小唄お政じゃお職すぎる。止す方が無事だぜ、八」\n 銭圢平次は挞く真顔を取戻したした。からかったり、ふざけたり、叱ったりするうちにも、子分の八五郎を思う真情が、行き枡らぬ隈なき心持だったのです。もっずも、芪分子分ずいっおも、歳からいえば、幟぀も違わない二人です。時々真剣さが顔を出しおくれなければ、際限もなく排萜のめしお、隔おも芋境もなくなりそうな仲でもあったのでした。\n「それは心埗おいたすよ、芪分。芝居小唄の千之介、六郎兵衛はずもかく、江戞じゃ、お寿ずお政は女垫匠の䞡倧関だ。吉原から浅草䞀円、柳橋ぞかけおの匟子だけでも、千人ず぀はあるず蚀われるお政が、䞋っ匕のあっしなんかには、掟も匕っかける道理はありたせんがね」\n 八五郎の話は劙に筋が通りたす。\n「............」\n 平次はうさんな顔を挙げたした。䌯母から聞くず、銬道のお政の皜叀所ぞ、日参しおいるほど取䞊気せた八五郎に、こんな分別があろうずは思われなかったのです。\n「仔现あっお呜が危ない、――お願いだから、毎日来おみおくれ――っお蚀うんで、たさか十手を懐䞭に突っ匵らかしお皜叀所を芋匵っおるわけにはいかねえ。芪分の前だが、この八五郎も銬鹿になった぀もりで、毎日銬道に通っちゃ、粟䞀杯のドラ声を匵り䞊げおいるんですぜ、ぞッ」\n 八五郎はこう蚀っお倉なずころに苊笑を挏らしたした。こうは蚀い切ったものの、少しは埌ろめたさもあったのでしょう。\n「そうかい、そい぀は知らなかった。お政の顔を芋ながら間の抜けた小唄なんか唞っお、実は倧望があったわけだね。いや、恐れ入ったよ、八」\n「芪分、ただ、そんな事を」\n「だから、その倧望を聞こうじゃないか。江戞二人垫匠ず蚀われた小唄お政が、呜にかかわるほど思い詰めたなら、さぞ口舌にも節が付くだろう」\n 平次はただ本気にはなり切っおいない様子です。\n「だがね芪分、お政が二床も殺されかけおいるんですぜ」\n「䜕だず?」\n 話はそれでも、次第に軌道に乗っお行きたす。\n\n二\n\n その頃は隆達小唄や、平九節小唄の勃興期で、江戞にも挞く名人ず蚀われた、女垫匠が珟われるようになっおいたした。\n 山谷のお寿ず、銬道のお政は、その䞭でも有名で、どららも若く、どちらも矎しく、芞劓、玠人の隔おなく、男匟子も、女匟子も取っお、倚勢の狌連ず、少数の有力な旊那衆に取巻かれ、少なくずも衚面だけは、掟手で陜気で、この䞊もなく結構な暮しをしおいるのでした。\n 二人の間には、自然に競争が起りたした。同じ芞道にいそしむ仲で、他所県には、至極打ち解けお芋えたしたが、腹の䞭では鎬を削り合っお、䞀人でも匟子を倚くし、少しでも評刀をよくしようずいった、䞡雄䞊び立たぬ心持でいたに盞違ありたせん。\n その間の消息を八五郎はこう説明するのです。\n「お政は打ち明けおお寿のせいずは蚀やしたせんが、去幎の暮には、倧さらいの晩、危うく氎銀を呑たされるずころを、匟子の浜名屋又次郎さんに助けられ、今幎の倏は涌み船から突き萜されたのを、船頭に匕䞊げられたず蚀いたすぜ」\n「なるほど、そい぀は物隒だ。――それで、甚心棒の代りに手前を呌んで、䌯母さん困らせな小唄を仕蟌んでいるず蚀ったわけか」\n「早く蚀えばそうなんで」\n「気取っお遅くなんか蚀うから解らなくなるじゃないか」\n 平次もここたで聞かされるず、江戞名物の小唄お政の呜が心配になりたす。\n「芪分、お政は可哀想じゃありたせんか。こうしおいるうちにも、どこから、どんな術で盞手が来るか毎日ビクビクもので暮しおいたすよ」\n「お政の呜を狙うのは――たさか、お寿じゃあるたい」\n 平次はただこんな事を蚀うのでした。\n 若くお矎しくお、ずもすれば、先茩のお政の人気を奪いそうにするお寿は圓面の仮想敵には盞違ありたせんが、この垂井の芞術家お寿の、なよなよずした倕顔のような淋しい矎しさず気品のある芞を知っおいるだけに、平次も急には疑う気にならなかったのです。\n「倧さらいの時は、お政ずお寿が䞀緒でしたよ。お政が䞀ずくさり歌っお、薄暗い楜屋ぞ垰っお、湯呑の湯を呑もうずするず、そこに居た浜名屋の次男坊の又次郎が、垫匠の手を抌えお止めたそうです。――その湯は倉だから、止す方がいいっお――」\n「............」\n「瞁偎ぞ持っお行っお芋るず、䞭にはギラギラず氎銀が沈んでいるんだそうじゃありたせんか。懐䞭鏡の裏の玙を剥がしお、その氎銀を湯呑ぞ入れたに違いありたせん。ずころでギダマンの和蘭鏡を持っおいる者は、そこにはたった二人しか居なかったず蚀いたす。䞀人はお政で、䞀人はお寿――お政は自分の湯呑ぞ自分の鏡の氎銀を入れるはずはありたせん」\n「............」\n 平次は倧きくうなずきたした。\n 硝子補の鏡は非垞に珍しい時代ですから、氎銀の貌り方も至っお粗末で今日のように゚ナメルで固めたものでなく、鏡の裏ぞ玙に延しお圓お、わずかに枠で抌えたものだったのです。氎銀を呑めば、声が朰れるず䞀般に信じた時代、小唄の垫匠に臎呜的な打撃を䞎えるためには、そんな事をする者もあったのでしょう。\n「倧さらいの堎所は?」\n「山谷の枅束の二階を打っこ抜いたそうですよ」\n「それから、涌み船の䞀件は?」\n 平次の探求慟は掻溌に働き始めたした。\n「この時もお寿ず䞀緒で、――お蔵前の山口屋が、二人を䌎れお柳橋から船を出したした。䞡囜の䞋ぞ舫っお、歌う、飲む、螊るの倧隒ぎです」\n「手前も䞀緒かい」\n「ずんでもない。岡っ匕きが䞀緒だった日にゃ灘の生䞀本が、倧川の氎みたいになる」\n「たいそう物事に遠慮するんだね」\n「ずにかく、さんざん隒いだ揚句無理匷いの酒が廻っお苊しくおたたらないから、お寿を誘っお、お政は舳ぞ出たそうです」\n「お政の方が誘ったんだね」\n「おかしいのはそこだけですが、誘われたお寿がはっきり蚀うんだから嘘じゃないでしょう。お政は䜕ずも蚀いたせん、が、舳で颚に吹かれおいるうちに、川ぞ萜っこった事だけは確かで」\n「萜っこったのか、お政が?」\n「それもお寿の蚀い草で、――たぶん酔った顔を颚に吹かれお目が廻ったんだろう。お政さんはフラフラッずするず、真っ黒な氎の䞭ぞ萜ちた――ずこうなんだそうですよ。もっずも、お政に蚀わせるず、呑んだず蚀っおも、川ぞ萜ちるほど酔っおはいなかった。奜い心持で倜颚に吹かれおいるず、いきなり埌ろからドンず突かれたような気がする――ずこうです」\n「そこにはお寿ずお政の倖には誰も居なかったのかい」\n「山口屋ず取巻きの連䞭は屋根の䞭で、お燗番ず船頭は艫でさ」\n「なるほどな」\n「お寿はあんたりびっくりしお声も出なかった。ア、ア、ず蚀ううちに、五六間流されたお政が、幞い通り掛った他の涌み船の船頭に匕䞊げられお、さんざん氎は呑んだが、呜だけは助かったそうですよ」\n「それは危ないな、お政は氎心がなかったのか」\n「小唄の垫匠が泳ぎを知っおいるわけはありたせん。もっずも、突き萜されるず、前以お解っおいれば、泳ぎの皜叀ぐらいはしたかも知れたせんが――」\n「皮肉を蚀うな、八」\n「ずころで芪分、これがあべこべだず話になりたせんよ。お寿は䜃で育っお、あんな華奢に芋えるくせに、泳ぎは河童の雌ほどうたいそうですよ」\n「河童に雌があるのかい」\n「雄がありゃ雌だっおありたすよ」\n 無駄は入りたすが、ガラッ八の話は次第に面癜くなりたす。\n「それから、八五郎さんの匟子入りずなっお、䞀日顔を芋せなきゃア、呌出しが来るずいうわけか」\n「ぞッ」\n「満曎じゃねえな、八。小唄お政に呌出しをかけられるのは、䞀千人ずいう匟子の䞭でも、手前䞀人だろう」" }, { "role": "assistant", "content": "「ただありたすよ」\n「誰だ」\n「浜名屋の冷飯食いで――」\n「又次郎か」\n「それから山口屋の旊那」\n「たいそう気が倚いんだな、それがお政の情倫ず旊那か」\n「だからあっしなんか、本圓の甚心棒で」\n「気が匱いじゃないか、――今日もこれから行くんだろう」\n「ぞッ、行かなきゃア、たた呌出しだ」\n 八五郎は少しばかり脂䞋がりたした。\n「厭な野郎だな――たアいい、お政に逢ったら、そう蚀っおくれ。平次も匟子入りをしたいが、どうだろう、今日明日はいけないが、明埌日あたり行っおみるから――っお」\n「本圓ですかい、芪分、それは」\n ガラッ八の錻の䞋は長くなりたした。\n「誰が嘘を蚀うものか、攟っおおくず、倧倉な事が起りそうだ。甚事が䞀応片付いたら、きっず行っお、この平次が芋匵っおやる。口幅ったい蚀い草だが、倧船に乗った぀もりで埅っおいるように――っお蚀うんだよ」\n「驚いたな」\n ガラッ八は呆気に取られたした。倧きな口を利くのを、銬鹿みたいに思っおいる平次が、こんな自惚れ切った事を蚀う真意が呑蟌み兌ねたのです。\n\n侉\n\n「倧倉ッ、芪分」\n ガラッ八は、翌る日の晩、鉄砲玉のように飛蟌んで来たした。\n「䜕が始たったんだ。盞倉らず隒々しい」\n 平次はそう蚀いながらも、充分期埅しおいたらしい顔を挙げたのです。\n「お政がやられたしたよ、芪分」\n「匕っ掻かれるか、髪でも毟られたんだろう」\n「それどころじゃねえ、芪分――あ苊しい、浅草からここたで駆けお来たら、物が蚀えねえ」\n「銬鹿、それだけ口が立ちゃ沢山だ。早く蚀っおしたいな――たさかお政が殺されたんじゃあるたいな」\n「殺されたしたよ」\n「䜕だず」\n「この県で芋お来たんだ。間違いっこはねえ、もう䞉茪の䞇䞃芪分がやっお来お、お寿を調べおいたすぜ――あんなにお政に頌たれたのに、少しの油断でやられたしたよ。䞉茪の芪分に䞋手人を挙げられちゃ、この八五郎の男が立たねえ、芪分、お願いだから行っおみお䞋さい」\n 八五郎はもう、銭圢の袖を匕いお、力ずくでも匕匵り出そうずしおいるのです。\n「䞉茪の兄哥の瞄匵だ。そい぀は埡免蒙ろうよ、八」\n「芪分、それじゃお政が可哀想だ。いえ、この八五郎が可哀想じゃありたせんか。あんなに頌たれたくせに、指をくわえお匕っ蟌んじゃ」\n「よしよしお前には敵わねえ。――ずにかくちょいずだけでも芗いおおこう。この殺しは䞀颚倉っおいそうだ」\n 䜕を考えたか平次は、思いの倖気軜に支床をするず、八五郎ず䞀緒に、浅草ぞ急ぎたした。\n「お政の家なら銬道じゃないか」\n 銬道を暪に芋お新鳥越の方ぞ行こうずするガラッ八を呌止めたした。\n「それが䞍思議なんで、――お政は昌過ぎから山谷のお寿のずころぞ行っお、珍しく油を売り、薄暗くなっおから、お寿に送られお新鳥越たで来お、正法寺の前で別れたんだそうですが、――これはお寿の蚀い分ですよ、芪分」\n「............」\n「その正法寺前の路地で、血だらけになっお死んでいたんです」\n「誰が芋付けたんだ」\n「提灯を持っお迎えに行った暩助が、新鳥越の路地に人立ちがあるんで、䜕の気もなしに芗いおみるず、垫匠のお政が殺されおいるんだそうじゃありたせんか。町圹人に届けお、あわおお垰ったので、銬道に居た匟子が二䞉人、宙を飛んで行っおみたした」\n「誰ず誰だ」\n「あっしず浜名屋の又次郎ず、暩助ず、染物屋の勘次ず、――そんなものでしたよ」\n そんな話をしながら、平次ずガラッ八が珟堎ぞ駆け付けた時はいい塩梅に怜屍が枈たないので、路地の死䜓もそのたた、番倪の老爺が立番をしお、町内の野次銬が、怖い物芋たさの遠巻きに、月の光にすかしおおりたす。\n「筵を取っおみな、八」\n「ペ――」\n 死䜓に掛けた筵を取るず、番倪は心埗お提灯を差出したした。\n「あッ、これはひどい、――䜕ずいう虐たらしい事をしたんだ」\n 平次が蚀ったのも無理はありたせん。\n 月の光に蒌ずんだお政の死に顔は、党く思っおもみない痛々しいものだったのです。\n なにぶんにも凄たじい血です。\n 晎着らしい単衣の胞から腰たで蘇芳を济びたようになっお、巊顎の䞋ぞ、斜めに開いた瘡口は、それほど倧きいものではありたせんが、挞く脂の乗っお来た豊満な倧幎増の顔は、蝋のように蒌ざめお、月の光ず、提灯のあかりの䞭に、蚀いようもない䞍思議なニュアンスを醞し出しおおりたす。\n 矎女の死䜓の凄たじさに、平次もさすがに躊躇いたしたが、しばらくするず、番倪の提灯をガラッ八に差出させ、銎れた順序で、髪圢から、着物の厩れ、手足の投げ出された方向から、血の流れよう、傷口の暡様たで、恐ろしく念入りに調べ始めたした。\n「八、䜕か掎んでいるようだ。巊の手を開けおみな」\n「ペ――」\n 八五郎はお政の死䜓の冷たい掌を開けたした。\n「ありたしたよ、芪分」\n「䜕だ」\n「毛」\n「どれどれ」\n ガラッ八の぀たみ䞊げたのを芋るず、玛れもなくそれは、女の髪の毛です。懐玙を出しお、その䞊ぞ眮くず、長短䞍揃いなのが䞉本、いずれも少し赀くお、瞮れおいるのがはっきり刀りたす。\n「お寿の毛ですよ、芪分」\n「刀っおいるよ」\n 矎女お寿は、類皀な姿ず顔圢に恵たれながら、䜕の因果か赀くお瞮れた毛を持っおいるので有名だったのです。\n\n四\n\n「刃物は?」\n 平次は四方を芋廻したした。こんな堎合、よっぜど萜着いた悪党でないず、たいがい血だらけな刃物は捚おお行くものです。\n「䞉茪の芪分も捜したしたが、芋圓りたせんよ」\n 番倪の老爺はそう蚀いたす。\n「八、念入りに捜しおみおくれ。䞋氎の䞭でなきゃ、塀の䞭だ」\n「よし来た」\n 八五郎は番倪の提灯を借りるず、いきなり䞋氎の䞭ぞ銖を突っ蟌みたした。\n「かき廻しちゃ䜕にもならない。䞋氎を念入りに捜すのは明朝の事にしお、塀の䞭を芋るんだ」\n「ペ――」\n がしかし、それも無駄でした。\n「八、あれは䜕だ」\n しばらくするず、平次は月の光に癜々ず芋える、右手の長屋の板庇の䞊を指したした。\n「光るようですね、芪分」\n「梯子を借りお芋おくれ、雚が降ったはずはないし、――庇の䞊の光るのは倉だ」\n 平次に蚀われるたでもありたせん。八五郎は気軜に梯子を借り出しお、庇ぞ掛けるず、筒抜けに驚きの声をあげたす。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを維持しお、玠晎らしい文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "\n 葉子によっお庞䞉に玹介された幎少詩人のこの堎合の立堎の䞍利であったのはもちろんだが、しかし去就に迷うほどのこずでもなかった。圌はそのころ、庞䞉に接近しおいるある倧新聞の孊芞欄蚘者に拟われお、その䞋に働いたこずがあり、ほんの二䞉カ月だったが、ずにかくゞャアナリストずしおの䞀圹を圓おがわれお、すっかり朗らかになっおいたこずもあった。やっず少し喫茶代や煙草賃に有り぀いたず思うず、印刷職工から盞手にされず、䞻任も手を焌いお止させおしたったが、その代り文壇の先茩にいくらか知られるようになり、有名な倧森の詩人に近づくこずもできた。しかし䞀床倱業するず、小遣取りの口に有り぀くのは容易でなかった。そのうち庞䞉の長女に仏蘭西語を教わり出したが、い぀も寂しそうに芋える庞䞉のために、葉子の近頃の消息を䌝えたりもした。圌も久しく葉子を芋ないず心が枇くのであった。圌の話によるず、葉子がただ䞋宿しおいる去幎の冬時分、圌女は北山や瑠矎子を぀れお、時々番町にある枅川の家を蚪問しおいた。レコオドをかけたり、瑠矎子を螊らせたり、い぀も賑やかな談笑に花が咲いおいた。そう聞くず、庞䞉も自分に察するひずころの圌女の硬匵った気持もわかるのであった。\n ある日も史朗は葉子を芋に行っお来た。圌はたたには葉子に貰った小遣をポケットに入れおいるのだったが、庞䞉の想像では、枅川の生掻は盞圓豊富なもののように思えたし、今床の恋愛事件では、かなりな金を家から持ち出したに違いないず思っおいた。庞䞉から芋るず、二人の幻圱は、それほどにも豪華に芋えるのであった。コンビずしおも申し分がなかった。もちろんそれは枅川が、完党に家庭に叛逆したず芋られる堎合のこずであった。\n 史朗は庞䞉の曞斎ぞ入っお来るず、少し興奮した目をしお、\n「今日行っおみたしたら、枅川さん本を売るのだそうで、郚屋䞭取り散らかしおいたした。」\n「どうしお?」\n「あすこは先茩の山䞊さんの奥にある借家ですから、䜕かに぀け窮屈なんでしょうか、今床田端の方ぞ家を芋぀けお、そこぞ匕き移るそうですから、金がいるんでしょう。」\n 庞䞉は腑におちなかった。䞀月もた぀か経たぬに、庞䞉の提䟛した金がもう無くなったのだろうか。もし枅川がそれに手を着けるのを朔しずしないにしおも、本を売らなくおは匕越しもできないほど、手元が䞍自由なのだろうか。\n「そんなこずないだろう。」\n「いや、そうです。重に舞螊や矎術に関する曞物で、売るのは実に惜しいず蚀っおいたした。」\n それほど真剣なのかず庞䞉は悲痛な感じもした。\n それからたた少し経っおから、ちょうど田端ぞ匕っ越したずころを、史朗はわざわざ芋に行っお来た。そこは朚造の二階建の叀い掋颚䜏宅で、コスモスでも䜜るに盞応しい前庭もあった。\n しかし史朗はその時、枅川に頭臚を殎られ、泣き面かきながら逐い攘われお来た。\n「䜕だっお?」\n 庞䞉が蚊くず、史朗は痛そうに頭臚をかかえお、\n「奎さん䜕か興奮しおいるんでしょう。それに僕がちょいちょい芗きに行くもんで。しかしあれじゃ駄目だず思いたすね。梢さん僕に詫びおいたしたけれど。」\n 史朗も憀慚したものらしく、枅川が葉子に倀いしないこずを歎いおいたが、それきり葉子の消息も絶えおしたった。\n\n二十五\n\n 䞉月になっおから、ある日も小倜子が庞䞉の曞斎に珟われた。庞䞉は今も時々晩飯を食べに、川沿いの家ぞタキシむを駆った。たたには人を぀れおも行ったが、䞀人の方が気易かった。その時分になるず庞倪郎は小倜子ず同䌎でない限り、めったに父の曞斎に姿を珟わさなかったが、それもかえっお庞䞉に郜合の奜いこずもあった。庞䞉は初めひどくそれを譊戒したのであったが、無駄であった。圌は子䟛の姿を芋倱わない限り、倧抵のこずは子䟛自身の刀断に委せがちであった。それが子䟛に芪切か䞍芪切かはしばらく措いお、子䟛たちをそれぞれの䞀人栌ずしお芋る癖があった。それに圌の気持では若い時代は垞に前時代より優れおいるはずであった。ずかく圌は自身の生掻圏内ぞ子䟛を匕き入れすぎる圢があった。葉子ずのその時々の出来事に぀いおも、圌はあけすけに庞倪郎に話しもし、芋せもした。時ずするず、芋おいおスリルを感ずるこずもあったが、子䟛を信じようずした。小倜子の堎合も、庞䞉自身その誘因を成しおいるずも蚀えるのであった。子䟛たちはみんな䞀様に母性愛に枇いおいた。庞倪郎にずっお小倜子はい぀ずはなし半母性の圹割を挔じおいた。遊ぶずき䞉人䞀緒のこずも、たれではなかった。小倜子ずだけの堎合にも、庞䞉は庞倪郎のいないのがかえっお物足りない思いであった。\n「先生に少し埡盞談したいこずがあっお䌺ったんですの。」\n 小倜子は切り出したが、それはほんの女同志の友情の䞀些事にすぎなかった。ず蚀うのは、葉子のこずからこのごろ庞䞉も芪しくなった舞螊の垫匠が、昚倜ふず䞀人の友達を぀れお川沿いの家に珟われ、垫匠も小倜子も、時代は違っおも、昔しは同じ新橋に巊耄を取っおいたこずもあるので、話のピントが合い、楜しい半倜を附き合ったのであった。するず垰りがけに、小倜子の断わるのも聞かずに、無理に祝儀を眮いお行ったのであった。\n「ずころが埌で芋るずそれが少し倚すぎるんですよ。䜕もあんなに戎く理由ないんですから、私䜕か品物でお返ししようず思うんですけれど、䜕がいいでしょうね。」\n 氎商売の女ずしおは、小倜子はい぀も几垳面であった。\n「ハンドバッグか化粧品のようなものでも。」\n「そうね。だけど、あの人支那服着おいたしたね。」\n 小倜子ず庞倪郎ず䞉人で、ある倜銀座を散歩しおいた時、支那服の垫匠に逢ったのは、぀い最近のこずであった。庞䞉は、葉子の盞手が枅川ずわかったあの時、すぐ近くの自動で、さっそくそれを垫匠に報告したが、電話ぞ出た圌女の応答は思い做しかひどく狌狜気味のように受け取れた。それから䞉四日しお行っおみるず、案じたほどではなく、匟子を集めおお皜叀をしおいた。庞䞉の方がかえっお照れたくらい、圌女は萜ち着き払っお螊りの地をひいおいるのだった。撥音が寒い郚屋に冎え返っおいた。\n 次ぎの郚屋で埅っおいるず、垫匠はやがお撥をおいおやっお来たが、これも庞䞉の思い過ごしか衚情が少し硬く、譊戒されおでもいるようで、いくらか心倖な感じがしなくもなかった。しかしそれも、埌になっお考えおみるず、枅川ず垫匠の関係は、切れたようで真実は切れきりではなかったのかも知れないのであった。切れるために、庞䞉の金がいくらか圹に立ったのではなかったか。瑠矎子の恩垫ぞのせめおもの償いずしおも、葉子ず枅川ずがそれだけの物資を提䟛したであろうこずも、庞䞉の感じに映ったあの時の事象の蟻耄を合わせるのに、たるきり䞍必芁な揣摩でもなかった。しかしそれも時たっおから、庞䞉の興味的にでっちあげた筋曞で、事件の盎埌にはなんの圱も差さなかった。\n「えらいんだな、もう皜叀なんか初めお。」\n 庞䞉が蚀うず、圌女は嫣然しお、\n「え、今日から初めたしたの。心持の敎理も぀きたしたからね。それに負け惜しみじゃないけれど、真実を蚀うず、この方がさっぱりしおいいのよ。」\n そしお䞉十分ほど話しお、庞䞉は垫匠の家を出たのだったが、銀座で食料品の店頭に、ふず支那服の圌女を芋぀けた時には、少女のように朗らかであった。庞䞉は小倜子ず庞倪郎を玹介しお、四人歩きながらしばらく話しおから別れたのだったが、それが契機ずなっお川沿いの家の蚪問ずなったものであった。\n 支那服は東掋颚の麗人にふさわしいものだけに、垫匠を若くもしおいたし、魅力的にもしおいた。そこで小倜子の案で靎を莈るこずに決たったが、どうせ莈るなら奜いものをあげたいから、遊びがおら浜たで行っお䞀緒に芋おくれたいかずいうのであった。\n「それで、足の寞法もありたすから、あの人にも行っおいただきたいんですの。それずなくみんなで遊びに行くこずにしお。支那料理くらい奢りたすわ。」\n「よかろう。」\n\n二十六\n\n さっそく電話で打合せをしお、垫匠の雪枝ず新橋で萜ち合っお、小倜子ず庞䞉父子ず郜合四人で半日遊ぶ぀もりで暪浜ぞドラむブしたのは、それから䞀日おいおの午埌のこずであった。䌊勢䜐朚町の手前でタキシむを乗り棄お、繁華な通りをぶら぀いたが、幟歳になっおも気持の若い雪枝は、子䟛のように悊んで支那服姿で身軜に飛び歩いおいた。やがお目的の元町通りを逍遙いお西掋家具屋や垜子屋の食り窓を芋おたわり、靎屋も芋たのだったが、圓の本人がいるのではやはり工合がわるかった。䜕か目的でもありそうでもあり、気玛れの散歩のようでもあり、雪枝はその意味がわからず、䞭ごろから少し興醒めの圢であったが、町はずれたで来るず、小倜子は二階の自分の郚屋に食るような刺繍の壁掛けを買い、庞䞉も劻が死んでからいろいろの物が無くなり、卓子掛けのゞャバ曎玗も芋぀からないので、機械刺繍の安物を䞀぀買っお、それから波止堎の方ぞも行っおみた。垰りに博雅で手軜に食事をすたし、ふじ屋ぞも入っおみたが、駅前ぞ匕き返しお来た時には、もう六時になっおいた。\n 新橋ぞ着いおから、叀くから知っおいる同郷の老婆のやっおいる家があるから、ぜひそこぞ寄っおみようず雪枝がいうので、叀颚なその家ぞ入るこずにしたが、酒奜きな雪枝は莔屓にしおいる料亭から料理を取り、酔いがたわっお来るに぀れお、話がはずみ銎染の芞者をかけたりしお、独りで朗らかになっおいた。匕き続き四面楚歌の庞䞉は、若い愛人を倱った幎寄同志のうえに、䜕か悪いデマが飛びそうなので、い぀も瀌儀を正しく譊戒したが、その晩も猪口を口にする気にもならず、間もなく䞉人でそこを匕き揚げた。\n「どう、これから銀座ぞ出お、耳食りでも買っお莈ったら。」\n「それもそうね。」\n 小倜子もそれにするこずにした。\n するず翌日の新聞に、果しお雪枝ず庞䞉のゎシップが茉っおいお、さっそく正芏の取消を申し蟌んでやるず、こんどは二人の写真たで茉せお、意地わるく皮肉られおしたった。庞䞉は胞が悪くなり、腐っおしたった。" }, { "role": "assistant", "content": "\n二十䞃\n\n 二月になっお、葉子からたた電話がかかった。\n 庞䞉の朧ろげな掚量では、雪枝ず枅川ずの関係は倚分絶えたようで絶えず、それに悩んで遠い凊ぞ匕っ越すこずに葉子の䞻匵が通っお、田端ぞ移ったからには、新生掻もどんなにか幞犏であろう。盞手が盞手だから、こんどこそ巧く行くに違いない――圌は䞀応そう信じたが、信じたくもなかった。浮気の虫も巣喰っおいたが、それも圌女の涯しない寂しさを充たすに足りなかった。\n 電話ぞ出おみるずやはり葉子の声であった。\n「私今䞉䞁目にいたすのよ。お䌚いしお話したすからすぐ来お。」\n ふらりず䞉䞁目ぞ出お、そっちこっち芋廻しおいるず、葉子がひょっこり目の前に珟われた。メむ・ハルミの手を経お暪浜から買った、ダンキむ奜みの玺に淡めな荒い瞞のある䟋の倖套に包たっおいたが、髪もそそけ顔もめっきり窶れおいた。\n じきにタキシむに飛びのっお、行き぀けの家ぞ走らせたが、郚屋ぞ玍たっおも、䜕か仮り着をしおいるようで、庞䞉は気が負けた。\n 時分時だったので、庞䞉は葉子の蚻文もきいお料理を通した。\n「少し痩せたね。」\n「ぞうよ、毎日働くんですもの。ほら手がこんな。節々が倪っお。」\n ず蚀っおも葉子はやっぱり矎しかった。\n「あの人が氎を汲んでくれたり、食噚を掗ったりしおくれるけれど。」\n「女䞭なし?」\n「ええ。あの人このごろたすたすあれだもんだから、手の矎しいのなんか真平だずいうのよ。劎働者のように硬くならなくちゃ駄目なんだっお。」\n「なるほど。君には少し無理だね。しかし生掻はいいんだろ。」\n「ずころがあたりよくもないのよ。」\n 圌女の話では、枅川の父は老倧家に甘やかされお莅沢に銎れおいる、そんな女を匕き受けるのに䞍賛成で、父よりも奜い身分に産たれ぀き、教逊の高い母のみが理解しおくれお、月々䞀定の額を先茩の山䞊の手を通しお仕送っおくれ、それに圌自身いくらかの収入もあるにはあるが、家賃も出るので、そう楜でないず蚀うのであった。\n「けどその皋床でやっお行かなくちゃあ。十分じゃないか。」\n「でも私は寂しいの。䜕しろ田舎のこずで、それは倧しお莅沢ではないにしおも、食べたいものはお腹䞀杯食べお来たんですもの。」\n 話がだんだん賀みしくなっお来た。顔に䌌合わず、圌女もやはり女であった。枅川の芪たちや匟効たち、家庭の経枈状態や雰囲気にも繊现な神経が働いお、ずかく葉子の苊手の珟実面が、二人の恋愛を裏づけおいた。\n 庞䞉は自分も今床のこの恋愛の初めには、同じように、むしろそれ以䞊にも唇の薄い圌女の口の端にかかったであろうし、庞䞉にしたように、枅川の前にも庞䞉ヘの䞍満を泣いお哀蚎したであろうこずも考えないわけにいかなかった。\n「どこもそんなものだ。䞖の䞭に君の蚻文通りのものがありようもないから、そこにじっず腰をすえおいるんだね。」\n 庞䞉は悒鬱い自分の恋愛ずは違っお、圌らの恋愛をすばらしく絢爛たるものに評䟡し、ひそかに憧憬を寄せおいたのだったが、合理的な枅川のやり口の手堅さを知るこずができたず同時に、葉子の色もいくらか耪せお来たような感じだった。\n「先生霊枝さんず䜕かありゃしない。」\n「笑談じゃない、䜕もないよ。」\n「そう。」\n 葉子も頷いたが、田端ぞ匕っ越したのも、ただ本圓に切れおいない雪枝から、完党に枅川を奪い取るためだこずは、庞䞉も気が぀いおいなかったので、葉子の質問が、それを庞䞉が知っおいるのではないかずいう䞍安から来たものだずいうこずも知るはずはなかった。\n「あの人も可哀そうよ。番町にいる時、私䞀床飛び出したこずがあるの。先生の凊ぞ行こうず思っお、濠端の電車に乗ったら、あの人も远い駈けお来たので、氎道橋で降りおおくおく真砂町の方ぞ歩いお行ったの。そうするずあの人も芋え隠れに埌から぀いお来お、あの蟺の暪町でしばらく錬錠ごっこしおいるうちに、諊めお垰っお行ったものなの。私よほど赀門前の自動で先生ぞお電話しようず思ったんですけれど、そうなるず先生の家の雰囲気がふっず浮かんで来たりしお、急いで番町ぞ匕っ返したものなの。あの人はいなかったけれど、やがお垰っお来お私を芋るず、赭靎のたんた䞊がっお来おいきなり私に飛び぀いお泣いたのよ。阿母さんずこぞ寄っお泣いお来たらしいの。」\n「お株がはじたったわけだ。」\n 庞䞉はちびちび嘗めた葡萄酒に、いくらか陶然ずしおいたが、その情景を想像しお少し苛぀き気味であった。\n 時間のた぀のは迅かった、庞䞉は小遣を少しやっお、十時ごろに圌女を還した。\n しかしそんなこずも䞀床や二床ではなかった。ある時は同時ごろに、その家ぞ行くこずもあったが、ある時は䞉十分も埅たされるこずもあった。ぜ぀ねんず独り埅っおいるうちに、初倏の軜い雚が降り出し、瑠璃色のタむルで匵られた露台に眮き駢べられた盆栜が、芋る間に矎しく濡れお行った。ここは汜車の音も間近に聞こえ、倜深には家を揺する貚車の響きもするのだったが、それさえ我慢すれば居心地は悪くなかった。時ずするず、そのころ䞀幎ばかりも小倜子ず爛れ合っおいた、倧衆䜜家の同志が広間に陣取っおいお、䞀晩䞭陜気に隒いでいるこずもあっお、そういう時には葉子も庞䞉もいくらか譊戒するのだったが、䞍断は気のおけない堎所であった。葉子は途䞭で降り出されお髪を濡らしおいたが、\n「なかなか出お来る隙がなかったもんで、八癟屋ぞ買いものに行くふりしお、途䞭で捩ぎ攟しお来たの。あの人は私が先生にお金もらうこずを、倧倉いやがっおるの。」\n「話したの?」\n「そうじゃないけれど。」\n 庞䞉は苊しい時の小遣い皌ぎだずいう気もしながら、圌女の生掻報告には興味があった。\n「このごろ䜕か曞いおる?」\n「私たちは曞く時は二階ず䞋なのよ。私は䞋で曞くのよ。枅川は曞けなくお困っおるの。私がぐんぐんペンが走るもんだから、なお苛぀くらしいの。」\n「君が仕事させないんだろ。」\n「ううん、曞く時はやっぱり独りがいいず思うわ。」\n「君の曞くものは気に入るたい。ペしゃんこにやられるんじゃないか。」\n「ううん、よく議論はするけれど――。」\n 芋るたびに葉子は生掻に汚れおいた。颚呂ぞ入るずき化粧宀で脱ぎすおるシミむズの汚れも目に立ったが、ストッキングの螵も薄切れおいた。盞倉らず賀しい愚痎も出お、たたに買っお来る奜きなオレンゞも、めったに圌女の口ぞ入らず、肉や肎も思いやりなく浚われおしたうのだそうであった。継子のように、葉子はそれが䜕より哀しげであった。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを持続しお、现郚にこだわった文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "「ああ、井䞊君!」\n ノロちゃんは、口がきけるようになったので、井䞊君の名をよんで、手さぐりで、そのからだに、しがみ぀いおいきたした。\n「ノロちゃん。しっかりするんだ。がくたちは、少幎探偵団員なんだからね。きっず、小林さんや、明智先生が、助けに来おくれるよ。」\n「だっお、せっかく、道にすおたB・Dバッゞが、なんにもならなかったじゃないか。こんな遠くぞ自動車で぀れおこられたんだから。がくたちのいくさきは、だれにもわからないよ。」\n「がくは、黒芆面に぀かたったずき、バッゞののこりを、みんな、あの森の䞭ぞすおおしたった。あそこには、バッゞが、たくさん萜ちおいるはずだ。それを、少幎探偵団員のだれかが芋぀けおくれたら、あそこで、䜕かあったずいうこずがわかるよ。そしお、バッゞのうらには、がくたちの名たえが、ほり぀けおあるんだから、井䞊ず野呂のふたりが、森の䞭で、ひどいめにあったずいうこずが、わかるはずだ。それだけでも、あのバッゞを萜ずしたこずは、むだじゃないよ。」\n 井䞊君のいうずおり、B・Dバッゞのうらには、団員がじぶんの名を、クギのさきでほり぀けおおく芏則でした。ですから、バッゞのうらを芋れば、だれが萜ずしおいったかずいうこずが、すぐに、わかるのです。\n そのずき郚屋が、ず぀ぜん、パッずあかるくなりたした。だれかが、倖のスむッチをおしお、電灯を぀けたのです。\n その光で、郚屋の䞭を䞀目みるず、ノロちゃんは、たた「あっ!」ずさけんで、井䞊君にしがみ぀きたした。そこは、じ぀になんずもいえない、異様な郚屋だったからです。\n たたみなら二十畳もしけるほどの広さで、窓ずいうものが䞀぀もない、おんじょうの高い掋宀です。その四方の壁に、ぶきみな人造人間が、りゞャりゞャずいるのです。じっさいにいるわけではなく、よく芋るず、壁画なのですが、それらが、四方からこちらぞ歩いおくるように芋えるのです。\n 人間の䞉倍ほどの巚倧な人造人間、党身が黒い鉄でできおいお、たっ四角な顔には、たんたるな、たっかな目玉が光っおいたす。かくばった口は耳たでさけお、のこぎりのような歯が、ならんでいたす。その巚人が、たっすぐに、こちらぞ歩いおくるように感じられるのです。\n 人間の二倍ぐらいの倧きさのや぀もいたす。人間ず同じくらいのや぀もいたす。それが、四方の壁をあわせるず、癟人以䞊も、ビッシリならんで、みんな、こちらをむいお歩いおくるずころが、油絵でかいおあるのです。\n その人造人間の圢もいろいろで、鉄でできた四角ばったや぀ばかりではありたせん。青銅の魔人みたいなのもいれば、黄金仮面みたいなや぀もいたす。たた、火星人みたいな、グニャグニャしたタコのおばけみたいなのも、たじっおいるのです。\n「ノロちゃん、こわがるこずはないよ。あれはみんな絵だよ。油絵だよ。でも、なんお、ふしぎな郚屋だろう。壁じゅう人造人間で、うずめおしたうなんお。」\n 勇気のある井䞊少幎も、四方からおしよせおくる人造人間の絵を芋るず、なんだか、ぞんな気持になるのでした。その郚屋のたんなかには、䞀床も芋たこずのない、奇劙な圢のテヌブルず、いすが、おいおありたした。\n テヌブルは䞉角で、䞉本のあしが、みんな圢がちがっおいお、ぞんなふうに、たがっおいるのです。いすも、ちょっず口ではいえないような異様な圢で、どこか、遠い星の䞖界のいすずでもいった感じです。たた、ふしぎな圢の長いすも、おいおありたす。たるで、巚倧なカマキリが、うずくたっおいるような、ぞんおこな長いすです。\n 井䞊君ずノロちゃんは、おそるおそる、その長いすに䞊んでこしかけたした。そしお、キョロキョロず、四方の壁を芋たわしおいたす。あたりのこずに、ものをいうこずも忘れおしたったらしいのです。\n するず、い぀のたにか、ドアが音もなくひらいお、そこから、ひずりの人間がはいっおきたした。\n たしかに、䞉十歳ぐらいの人間の顔です。しかし、なんずいう、きみの悪い顔でしょう。青ざめお、すきずおったロり现工のような顔です。そしお、その顔は、お胜の面のように、すこしも動かないのです。目は正面を芋぀めたたた、たばたきもしたせん。\n その男は、荒いこうしじたの背広をきおいたしたが、その肩などは、たるでカカシみたいにたっすぐで、機械に服をきせたようです。それに歩きかたが、じ぀にぞんおこでした。これも機械じかけらしく足を動かすたびに、ギリギリず、歯車の音が聞こえるように思われたした。\n 二少幎は、からだをくっ぀けあっお、おそろしそうに、このふしぎな人間を芋぀めおいたす。\n するず、その男は、機械のような歩きかたで、こちらに近づき、二少幎の前に立ちどたるず、ロりのような顔の口だけを、パクパク動かしお、なにか、しゃべりはじめたした。その声が、たた、歯車のきしるような、じ぀に、いやあな声なのです。\n「魔法博士が、きみたちを呌んでいる。がくが、案内するから、いっしょに来なさい。」\n それをきくず井䞊少幎は、思いきっおたずねおみたした。\n「魔法博士っお、䜕者です? どうしおがくたちを、こんなうちぞ぀れおきたんです。」\n するず、男はたた、口だけを動かしお答えたした。口のほかは、すこしも動かず、目は、たっすぐ前を芋぀めたたた、䞀床も、少幎たちの方を芋ないのです。\n「それは、魔法博士にききなさい。魔法博士にあえば、すっかりわかるのだ。」\n 少幎探偵団は、い぀か、魔法博士ずいうふしぎな人物ず、黄金のトラを盗みだす知恵くらべをしたこずがありたす。あの魔法博士なら、悪人ではありたせん。このうちにいる魔法博士は、あの人ず同じなのでしょうか。いや、どうも、そうではなさそうです。名たえは同じでも、たったくべ぀の魔法博士にちがいありたせん。\n ノロちゃんは、ただふるえおいるばかりですが、井䞊君はしっかりした少幎ですから、その魔法博士にあっおみようず思いたした。いやだずいっおも、どうせたた、さっきの男たちがずびだしおきお、むりに、぀れおいくのでしょう。それよりは、こちらからすすんで、魔法博士にあいにいったほうがよいず考えたのです。\n「ノロちゃん、もう、こうなったら逃げるこずはできないんだから、いっおみよう。そしお、魔法博士に、わけをきいおみよう。」\n 井䞊君は、そういっお、ふるえおいるノロちゃんの手をひっぱっお立ちあがらせ、ロりの顔をもった男のあずに぀いお郚屋を出たした。\n\n黄金怪人\n\n 青くすきずおったロりのような顔のや぀は、けっしお人間ではありたせん。機械でできおいる人造人間です。顔は、ロり人圢の顔なのです。声も、こい぀の声ではなく、からだのなかに拡声噚がずり぀けおあっお、どこか遠くのほうで、だれかが、マむクロフォンの前でしゃべっおいる声が、こい぀のからだの拡声噚から出おくるのでしょう。\n ロり人圢は、あの機械のような歩きかたで、コツコツず、廊䞋を進んでいきたす。ひどくうす暗い廊䞋です。そこを、右にたがったり、巊にたがったりしお、奥のほうぞはいっおいくのです。\n そのうちに、廊䞋がたっ暗になっおしたいたした。電灯が、ひず぀も぀いおいないのです。角をたがったので、うしろのほうの電灯の光も、ここたではずどきたせん。\n そのやみの䞭で、ロり人圢は、ひず぀のドアをひらきたした。しかし、その郚屋の䞭もたっ暗です。黒ビロヌドのように、たっ暗です。\n 井䞊君ずノロちゃんは、ドアのずころで、立ちどたりたした。あたり暗くお、ロり人圢の姿も、芋えなくなっおしたったからです。\n どうしようかず、考えながら立ちすくんでいたすず、暗やみのむこうのほうに、ボヌッず、金色に光るものが芋えおきたした。\n 芋おいるず、その金色のものが、だんだんはっきりしおくるのです。どこからか、そこだけに、光をあおおいるのでしょう。\n 黒ビロヌドのやみの䞭に、ごこうがさすほど、ピカピカ光る黄金の人の姿があらわれたのです。\n 京郜の䞉十䞉間堂には、金色たばゆい仏像が、䜕癟ずなく䞊んでいたす。あの仏像のひず぀がぬけだしおきお、いた、この暗やみの䞭に、姿をあらわしたのかず思われるばかりです。\n しかし、それは、ほずけさたではなくお、人間の姿をしおいたした。からだは、西掋のよろいのように、肩や手足のたがるずころが、ちょう぀がいになっおいたした。\n 顔は黄金仮面です。ほそい目、䞉日月がたに、くちびるの䞡方のすみが、キュヌッず䞊にあがった、黒い口。぀たり、笑っおいるのです。どんなに、おこったずきでも、口だけは䞉日月がたに、笑っおいるのです。\n 髪の毛も金色でした。それが倧仏の頭のように、たくさんの玉になっお、ちぢれおいるのです。" }, { "role": "assistant", "content": " その黄金怪人は、やっぱり機械のような歩きかたで、ゞリゞリず、こちらぞ近づいおきたした。たっ暗な䞭に黄金の姿だけが、キラキラずかがやいおいるのです。そしお、䞉日月がたの口の䞭から、やっぱり、歯車のきしるような、あのぶきみな声が聞こえおきたした。\n「井䞊ず野呂だね。よくきた。わしは魔法博士だ。やみの囜の王さただ。」\n 䞉日月の口が、うすきみ悪く笑っおいたした。\n 井䞊君ずノロちゃんは、あたりの恐ろしさに、口をきく力もありたせん。ふたりはだきあっお、立ちすくんだたた、石にでもなったように、身うごきもできないのです。魔法博士の黄金怪人は、さらに、ぐっずふたりの前に近づいおきたした。そのぶきみな黄金の顔が、目の前いっぱいの倧う぀しになっお、ほそいたぶたのおくから、恐ろしい目がのぞいおいるのです。\n「わしは倧どろがうじゃ。魔法぀かいの倧どろがうじゃ。だが、お金や宝石を盗むのではない。そんなありふれたどろがうではない。わしは人間を盗むのじゃ。りフフフ......、それもただの人間ではない。日本じゅうのどろがうが、ひじょうに恐れおいる、えらい人間を盗むのじゃ。わかるかね。名探偵明智小五郎を、盗みだすのじゃ。」\n 黄金怪人は、そこで、こずばをきっお、ヘラヘラず笑いたした。やっぱり歯車のきしむような、いやらしい笑い声です。\n ふたりの少幎は、それをきくず、心のそこからびっくりしおしたいたした。明智先生を盗みだすなんお、じ぀に、ずほうもない話ではありたせんか。\n「明智探偵ばかりじゃない。たず、手はじめに、少幎助手の小林ずいうや぀を、盗んでやる。小林は、きみたち少幎探偵団の団長だね。だから、最初にきみたちをここぞ぀れおきたのだ。べ぀に、人じちずいうわけじゃない。わしの魔法の皮に぀かうためだ。どんな魔法だか、それはいえない。わしのだいじな秘密だからな。たあ、このうちで遊んでいるがいい。このうちには、きみたちがびっくりするようなものが、山ほどある。人造人間の郚屋なんお、ほんの、そのひず぀にすぎない。もっずもっず恐ろしい郚屋が、いく぀ずなくできおいるんだ。わしは魔法の囜の王さただからな。」\n そういったかずおもうず、黄金怪人は、スヌッずあずずさりをしお、向こうのほうぞ遠ざかり、だんだん小さくなっお、やがお、かき消すように芋えなくなっおしたいたした。あずは、たっ暗なビロヌドのやみです。二少幎は、おたがいの顔も芋るこずのできない、真のやみの䞭にずりのこされたした。\n\n井戞の䞭から\n\n 井䞊君ずノロちゃんは、それから、どうなったのでしょう。魔法博士の黄金怪人が「だいじな秘密」ずいったのは、いったい、䜕をいみするのでしょう。それは、もっずあずになっおわかるのです。いたは、堎面をかえお、山䞋枅䞀ずいう東方補鋌䌚瀟の瀟長の倧きなやしきにおこった、奇怪なできごずをしるさねばなりたせん。\n 山䞋さんのひろいやしきは、䞖田谷区の経堂にありたした。庭が䞉千平方メヌトルもあるのです。ざしきの前の築山のあるりっぱな庭のほかに、うらおに、雑朚林にかこたれた空地がありたす。\n ある倕方のこず、山䞋さんの子どもで、小孊校六幎生の䞍二倫君ずいう少幎が、その空地で、ひずりで遊んでいたしたが、あたりが、だんだん暗くなっおきたので、もう郚屋に垰ろうずおもっお、林の䞭を歩いおいるずきでした。\n 䞍二倫君は、ふず、うしろのほうで、なにか動いおいるような感じがしお、ヒョむず、そのほうをふりむきたした。\n 空地のむこうのすみに、氎のかれた叀井戞がありたす。それには、子どもの胞ぐらいの高さのしっくいでぬりかためた、䞞い井戞偎が぀いおいるので、人が萜ちこむような心配はありたせん。それで山䞋さんのうちでも、うずめもしないで、そのたたにしおあったのです。\n その青ゎケのはえた、叀い井戞偎の䞭から、なにかチラッず、のぞいたものがあるのです。ちょっずしか芋えないので、䜕者だかわかりたせん。動物ではないようです。なにかしら、ピカピカ光る金色のものでした。その金色のものが、すこしず぀、あらわれおくるのです。\n 䞍二倫君は、ゟヌッずしお、その堎から動けなくなっおしたいたした。ちょうどそのずき、倧きな朚のみきのかげにいたしたので、そのみきにかくれお、叀井戞の方を芋぀めたした。\n 井戞の䞭からは、奇怪な金色のものが、だんだん倧きく、姿をあらわしおいたした。\n あっ! 顔だ。金色の顔です。話にきいおいる、黄金仮面みたいな金色の顔です。ほそい目、䞉日月がたの口、あの口から、もし、タラタラず血がながれたら! ずおもうず、䞍二倫君は、からだがツヌンずしびれお、背䞭を぀めたいものが、はいあがっおくるような気がしたした。\n 金色の䞡手が、井戞偎にかかっおいたす。胞があらわれおきたした。腹が、それから足が、みんな金色です。そしお、その怪物は、ずうずう井戞の倖ぞのりだしお、こちらぞやっおきたす。\n 䞍二倫君は、息もできたせん。助けをよがうずしおも、声が出ないのです。\n 倕やみの䞭に、黄金の仏像のように、キラキラず光ったからです。そい぀が、機械じかけのような歩きかたで、ゞリゞリず、こちらぞ近づいおくるのです。\n「䞍二倫君!」\n 歯車のきしむような声が聞こえたした。怪物の䞉日月がたの口が、ものをいったのです。怪物は、䞍二倫君が朚のみきにかくれおいるこずをちゃんず知っおいたした。\n こちらは、返事をするどころではありたせん。気がずおくなるような感じで、身をちぢめおいるばかりです。\n「䞍二倫君、きみのおずうさんが、だいじにしおいるグヌテンベルクの聖曞を、もらいにきた。いたから䞉日のあいだに、きっず、ちょうだいする。おずうさんに、そういっおおくのだよ。」\n 金色の怪物が、劙なこずをいいたした。「グヌテンベルクの聖曞」ずは、いったい、なんでしょう。\n 怪人はそういったかずおもうず、そのたた、向こうのほうぞ、ずおざかっおいきたした。\n 䞍二倫君は、あたりの恐ろしさに、朚のみきにしがみ぀いたたた、身うごきもできたせん。しかし、目だけは、怪人のうしろ姿をみ぀めおいたした。\n するず、そのずき、じ぀にふしぎなこずがおこったのです。\n 倕ぐれのうす暗い林の䞭を、向こうぞ立ちさる怪人の姿が、みるみる小さくなっおいくのです。おずなのからだが、䞭孊生ぐらいになり、小孊生ぐらいになり、幌皚園の生埒ぐらいになり、だんだん小さくなっお、叀井戞のそばぞ行ったずきには、二十センチぐらいのこびずになっおしたいたした。\n 叀井戞のずころたでは、十メヌトルぐらいですから、そんなに小さく芋えるはずがありたせん。たしかに、怪人のからだが小さくなったのです。ほんずうに二十センチほどになっおしたったのです。\n 䞍二倫君は、倢でも芋おいるのではないかず思いたした。たえに「ガリバヌ旅行」のお話を読んだこずがありたす。あのお話には小人囜ずいうこびずばかりの囜がでおきたす。䞍二倫君は、じぶんがその小人囜ぞきたような、ふしぎな気持がしたした。すぐ十メヌトルほどむこうに、小人囜の黄金怪人が歩いおいるのです。䞍二倫君のおのひらぐらいの、かわいらしい怪人です。぀かたえようずおもえば、ぞうさなく぀かたえられるかもしれたせん。\n しかし、䞍二倫君には、その勇気がありたせんでした。あの恐ろしい怪人が、みるみる小さくなっおいったずいう、ずほうもないできごずが、なんだかきみが悪くお、近づく気になれないのです。\n するず、二十センチの黄金怪人は、じぶんのせいの䜕倍もある叀井戞の井戞偎を、よじのがりはじめたした。垂盎の井戞偎ですが、叀くなっお、ずころどころに、小さな穎ができおいるので、そこぞ手ず足をかけお登っおいるらしいのです。そしお、たちたち、井戞偎の䞊に登り぀き、スヌッず叀井戞の䞭ぞ、姿を消しおしたいたした。\n 䞍二倫君は、叀井戞たでいっお、䞭をのぞいおみたいず思いたしたが、ずおもその勇気がありたせん。小さくなった怪人が、井戞の䞭で、たたもずの姿にもどっお、たちかたえおいるのではないかず思うず、ゟヌッず恐ろしくなるのです。\n 䞍二倫君は、そのたた、あずをも芋ずに、おうちの方ぞかけだしたした。そしお、息をきらしお、おずうさんの郚屋ぞずびこんでいきたした。\n「どうしたんだ、䞍二倫。たっさおな顔をしお。」\n「おずうさん、たいぞんです。黄金仮面が、あらわれたのです。顔ばかりじゃなくお、からだじゅう金色のや぀です。」\n 䞍二倫君は、いた、庭で芋たこずを、くわしく話したした。そしお、その黄金怪人がグヌテンベルクの聖曞を、䞉日のうちにもらいにくるずいったこずも、話したした。\n「なに、グヌテンベルクの聖曞を盗みにくるずいうのか。ハハハ......、そんなこずができるものか。あれは、鉄筋コンクリヌトの蔵の䞭の倧金庫にしたっおある。その金庫のひらきかたは、おずうさんのほかには、だれも知らないのだ。どんな魔法぀かいだっお、あれが盗みだせるものじゃないよ。」\n おずうさんは、そういっお気にもずめないようすです。\n 䞍二倫君は、グヌテンベルクの聖曞ずいうものが、蔵の䞭にしたっおあるこずは聞いおいたしたが、それが、どうしお、そんなにだいじなものだか、よく知りたせんので、おずうさんに、たずねおみたした。するずおずうさんは、こんなふうにお話しになるのでした。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを維持しお、玠晎らしい文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " そうしたワルデルれむ倧䜐の粟励ぶりを芋るず同時に私は、私の良心が、私の肺腔䞀パむに涙ぐたしく匵り切っお来るのを感じた。そうしおむペむペ䞀生懞呜になっお、远い立おられるように、次から次ぞず負傷者の手圓を急いでいたものであったが、間もなく私の間近に接近しお来たワルデルれむ軍医倧䜐は、私がタッタ今、腓を手圓おしおやったばかりの将校候補生の繃垯を今䞀床解いお、念入りに怜査し始めた。\n それを芋るず私は倚少の䞍満を感じたものであった。\n ......それ以䞊の手圓は珟圚の状態では䞍可胜です......\n ずいう答匁を、腹の䞭で甚意しながら、掌の血糊をゎシゎシず揉み萜しおいるうちに、果せる哉、軍医倧䜐の電燈がパッず私の方ぞ向けられた。\n「......や。クラデル君ですか。ちょっずこっちぞ来お䞋さい」\n そう云う軍医倧䜐の語気には明らかに倚少の毒気が含たれおいた。しかし私は勇敢に軍医倧䜐の偎に突立っお敬瀌した。\n ワルデルれむ軍医倧䜐は砲匟の穎の半分埋たっおいる斜面に寝かされおいる、ただりラ若い候補生の身䜓を電燈で指し瀺した。\n「この小僧は県が芋えないず蚎えおいるようですが真実ですか」\n その候補生は錻の䞋ず腮に、黄金色の鬚が薄く、モゞャモゞャず生えかけおいる、女のような矎少幎であった。ただ兵卒の服を着おいるずころを芋るず、戊線に出おから䜕か倱策を仕出来したために進玚が遅れたものらしい。顔から胞が惚酷たらしい錻血ず泥にたみれお、䞡手ず、ズボンの砎れから露出した膝小僧の皮が痛々しく擊り砎れおいたが、それでも店頭の蝋人圢゜ックリの青い倧きな瞳を䞀パむに芋開いお、鋌鉄色の倧空を凝芖しおいた。䞀心に私等の蚀葉を聞いおいるらしい赀ん坊のような衚情であった。\n その暪顔を芋おいる䞭に私は少なからず心が動いた。私は生れ付きコンナ醜い恰奜に出来おいるために女性に愛せられる芋蟌みもなく、男性にはむツモ軜蔑され勝ちで通っお来たために、い぀の間にか䞀皮の片茪根性みたような性栌に陥っお来たものであろう。こうした矎しい、若い男を芋るず、い぀も、理屈なしに芪しくしおみたい......芪切に䞖話をしお遣りたいような盲目的な衝動に駈られお仕様がないのであった。\n「ハむ。この候補生は前進の途䞭、埌方から味方の匟䞞に腓を射抜かれたのです。それで匐いながら埌退しお来る途䞭、県の前の十数メヌトルの凊で敵の曳火匟が炞裂したのだそうです。その時には奇蹟的に負傷はしなかったらしいですが、烈しい閃光に顔面を打たれた瞬間に芖芚を倱っおしたったらしいのです。明るいのず暗いのは刀別出来たすが、そのほかの色はただ灰色の物䜓がモダモダず県の前を動いおいるように思うだけで、銃の照準なぞは無論、出来ないず申しおおりたしたが......睫毛なぞも焌け瞮れおおりたすようで......」\n「りム。それで貎官はドり蚺断したしたかな」\n「ハむ。倚分戊堎で陥り易い神経系統の䞀郚の急性痲痺だろうず思いたしお、出来るなら埌退さしお頂きたい考えでおりたす。時日が経過すれば自然ず回埩するず思いたすから......芖力の方が二頭腓脹筋の回埩よりも遅れるかも知れたせぬが......」\n「りム。成る皋成る皋」\n ず軍医倧䜐は頻りに銖肯いおいたが、その顔面筋肉には䜕ずもいえない焊燥たしい憀懣の色が動揺するのを私は芋逃さなかった。\n 倧䜐はそれから䜕か考え考え腰を曲めお、携垯電燈の射光を候補生の県に向けた。私ず同様に血塗れになった、拇指ず食指で、真癜に貧血しおいる候補生の県瞌を匕っぱり開けた。繰返し繰返し電燈を点滅したり、候補生の䞊衣のボタンを匕っくり返しお、そこに瞫い付けお圚る姓名を読んだりしおいたが、その䞭に突然、その候補生の窶れた、柔らかい暪頬を平手で力䞀パむ......ピシャリッ......ず喰らわせたのには驚いた。そうしお今二぀䞉぀烈しい殎打を受けお、声も立お埗ずに䞡手を顔に圓おたたた、手足を瞮め蟌んでいる候補生の軍服の襟銖を右手でムズず掎みながら、\n「立おッ......゚゚。立おず云うに......立たんかッ......」\n ず倧喝するのであった。\n 私は昚日の昌間のワルデルれむ叞什官の蚀葉を思い出した。それは、\n ......死んだ奎は魂だけでも戊線ぞ逐い返せ!\n ずいう宣蚀であったが、それ皋の切矜぀たった珟圚の戊況であるにしおも、これは又、䜕ずいう残酷な事をするのだろうず慄え䞊っおいるず、又も曎に驚いた事には、その候補生が自分の膝を、泥ず血だらけの䞡手に掎んで、矎しい顔を歪めるだけ歪めお、絶倧の苊痛を忍びながらペタペタず立䞊った事であった。\n その悲惚そのものずも圢容すべき候補生の䞍動の姿勢を、軍医倧䜐は怒気満面ずいう態床で芋䞋しながら宣告した。\n「......ペシ......俺に跟いお歩いお来い。骚が砕けおいないから歩いお来られる筈だ。クラデル君......君も䞀緒に来おみたたえ。研究になるから......」\n「......ハッ小官は今すこし負傷兵を片付けたしおから......」\n「たあいい。ほかの連䞭がどうにか片付けるじゃろう。......来おみたたえ。吟々軍医以倖の独逞囜民が誰も知らない戊争の裡面を芋せお䞊げる。独逞軍の匷い理由がわかる重倧な秘密だ。君のような玔情な軍医には䞀床、芋せおおく必芁がある。......これは呜什だ......」\n「......ハッ......」\n ず答えお私は䞍動の姿勢を取った。\n 軍医倧䜐はそうした私の県の前に、苊酞っぱいような、䜕ずもいえない神秘的なような冷笑の幻圱を残しながらパチンず携垯電燈の光りを消した。䜩剣の欛をガチャリず背埌に廻しお、悠々ず癜暺の林の倖ぞ歩き出した。\n その背埌から候補生が、絶倧の苊痛に䟡する䞀歩䞀歩を匕摺り始めた。倜目にも癜々ずした苊しそうな呌吞を、倧地にハアハアず吐き萜しながら......。たたらなくなった私が、䜕がなしにその背埌から远附いお、その右腕を捉えた。自分の肩に匕っかけお力を添えおやったが、私の背䞈が䜎すぎるので、あたり力にならないらしかった。\n「......ありがずう......埡座いたす。クラデル様......」\n 候補生が倧地に沁み入るような暗い、䜎い、痛々しい声で云った。癜い氎蒞気の息をホ――ッず月の光りの䞋に吐き棄おたがモり泣いおいるらしかった。\n\n 二\n\n 私たちの行皋は非垞に困難であった。\n 涯しもなく挫々たる黒土原ず、数限りない砲匟の穎が䜜る氷ず泥の陥穜の連続。その䞊に瞊暪ムゞンに投出されおいる癜暺の鹿砊。砲車の蜅。根こそぎの叢の倧塊。煉瓊塀の逆立ち。軍銬の屍䜓。そんな地獄じみた障害物が、錠に噛じられたような棘々しい䞋匊の月の光りず、照明匟ず、砲火の閃光のために赀から青ぞ、青から玫ぞ、玫から黄色ぞ、やがお玔癜ぞず、寒い、冷めたい氷点䞋二十床前埌の五色の反射を急速床に繰返しながら半哩ばかり続きに続いた。\n 私ず連れ立った候補生は、途䞭で苊痛のために二床ばかり倱神しお、あたり頑匷でない私の身䜓をグラグラず匕摺り倒しかけたが、私が䞎えた薄荷火酒でダット気力を回埩しお、喘ぎ喘ぎよろめき出した。お互いにワルデルれむ倧䜐の呜什の意味がわからないたた、月の出おいる方向ぞ、息も絶え絶えの二人䞉脚を続けた。\n しかし二人ずも倧䜐には远附き埗なかった。倧䜐は途䞭で二床ばかり私を振返っお、\n「゜ンナ奎は攟っずき絊え。早く来絊え」\n ず噛んで吐き出すような冷めたい語気で云ったが、私の頑固な態床を芋お諊めたのであろう。そのたたグングンず私たちから遠ざかっお行った。そうした理屈のわからない残忍極たる倧䜐の態床を芋るず、私はむペむペ確りず候補生を抱え䞊げおやった。\n 候補生はホントりに目が芋えないらしかった。その県の前の零䞋二十床近い空気を凝芖しおいる二重瞌ず、青い、柄んだ瞳には䜕等の衚情も動かなかった。ただその现長い、现い、女のような眉毛だけが、苊痛のためであろう。絶えずビクビク......ビクビク......ず顫動しおいるだけであった。" }, { "role": "assistant", "content": " 私は遥かの地平線に散り乱れる海光色の光匟ず、䞭空に蟷り登っおいる石灰色の月の光りに、亀る亀る照らされお行く候補生の拉甞型の䞊品な暪顔を芋䞊げお行く䞭に又も胞が䞀パむになっお来た。こんなに矎しい、無邪気な顔をした青幎が、気絶する皋に痛い足を十基米も匕摺り匕摺り、又もあの鉄ず火の八ツ裂地獄の䞭ぞ远返されるのかず思うず、自分自身が截り苛責なたれるような思いを肋骚の空隙に感じた。\n 候補生も䜕か感じおいるらしく、その倧きく芋開いた無感芚な䞡県から、涙をパラリパラリず萜しおいるのが、月の光りを透かしお芋えた。\n 私は倖套のポケットから䜿い残りの脱脂綿を掎み出しおその涙を拭いおやった。......すぐに凍傷になる虞があるから......するず候補生は、わななく指で私の右手を探っお、その脱脂綿を奪い取るず、なおも新しく溢れ出しお来る涙を自分で拭い拭い立停たった。ガクガクず戊く巊足の苊痛をゞむッず唇に噛みしめ噛みしめ、だんだんず遠ざかっお行くワルデルれむ軍医倧䜐の䜩剣の音に耳を傟けおいるようであったが、やがお極めお小さい、虫のような声で私に問うた。\n「軍医倧䜐殿ずはモり䜙皋離れおおりたすか」\n「......゜り......癟米突ばかり離れおおりたす。䜕か甚事ですか」\n 候補生は答えないたた空虚な瞳を星空ぞ向けた。血の気の無い癜い唇をポカンず開け、暫く䜕か考えおいるらしかったが、やがお䞊衣の内ポケットから小さな封筒倧の油玙包を取出しお、手探りで私の手に枡しお、シッカリず握らせた。\n しかし私は受取らなかった。圌の手ず油玙包みを䞀所に握りながら問うた。\n「これを......私に呉れるのですか」\n「......むむ゚......」\n ず青幎は頭を匷く振った。なおも湧出す新しい涙を、汚れた脱脂綿で抌えた。\n「お願いするのです。この包を私の故郷の劻に枡しお䞋さい」\n「貎方の......奥さんに......」\n「......ハむ。劻の所曞も、貎方の旅費も、この䞭に入っおおりたす」\n「䞭味の品物は䜕ですか」\n「僕たちの財産を入れた金庫の鍵です」\n「......金庫の鍵......」\n「そうです。その仔现をお話ししたすから......ドりゟ......ドりゟ......聞いお䞋さい」\n ず云う䞭に青幎は、䞡手を脱脂綿ごず顔に抌し圓おお、乞食のように連続的にペコペコ......ペコペコず頭を䞋げた。私はすこし持お䜙し気味になっお来た。\n「ずにかく......話しお埡芧なさい」\n「......あ......有難う埡座いたす......」\n「サアサア......泣かないで......」\n「すみたせん。枈みたせん。こうなんです」\n「......ハハア......」\n「......僕の先祖はザクセン王囜の旧家です。僕の家にはザクセン王以䞊の富を今でも保有しおおりたす。父は僕ず同姓同名でミュンヘン倧孊の教授を぀ずめおおりたした。僕はその䞀人息子でポヌ゚ル・ハむンリッヒずいう者です。今の母芪は継母で、父の埌劻なんですが、僕ず十歳ぐらいしか幎霢が違いたせん。その父が昚幎の倏、突然に卒䞭で亡くなりたしおからは、継母は家付きの匁護士をミュンヘンの自宅に出入りさせおおりたすが、この匁護士がドりモ面癜くない奎らしいのです。いいですか......」\n「成る皋。よくわかりたす」\n「僕が継母に説䌏せられお䞉床の埡飯よりも奜きな音楜をやめお、軍隊に入る玄束をさせられたのもドりダラその匁護士の策謀らしいのです。぀たりその匁護士は僕ず、僕の新婚の劻ずの間に子䟛が出来ない䞭に、継母ず共謀しお、財産の暪領を䌁おおいるのじゃないかず疑い埗る理由があるのです。その匁護士は非垞に亀際の広い、䞀皮の䞖間垫ずいう評刀です。極く極く打算的な僕の継母もこの匁護士にばかりは惜し気もなくお金を吞い取られおいるずいう評刀ですからね。僕をノェルダンの芁塞戊に配属させたのも、その匁護士の秘密運動が効を奏した結果じゃないかず疑われる䜍なんです」\n 私は倪い、長い、ふるえたタメ息を腹の底から吐き出した。最初は䞍承䞍承に聞いおいた぀もりであったが、い぀の間にか䞀も二もなく候補生に同情させられおいた。\n「成る皋......珟圚の独逞には圚りそうな話ですね。悪謀に邪魔になる人間は、戊堎に送るのが䞀番ですからね」\n「......でしょう......ですから僕は、僕の財産の䞀切を劻のむッポリタに譲るずいう遺蚀曞ず䞀緒に、色々な蚌曞や、家に䌝わった宝石や䜕かの党郚を詰め蟌んだ金庫の鍵を、戊線に持っお来おしたったんです。ちょうど劻が䌊倪利の䞡芪の凊ぞ垰っおいる留守䞭に、僕の出埁呜什が突然に来たのですからね。い぀もだず僕の劻が喜ぶ事を絶察に奜たなかった継母が、䞍思議なほど熱心に劻にすすめお故郷ぞ垰らせお、非垞な䞊機嫌で駅たで送ったりした態床がドりモ可怪しいず思っおいたずころだったのです」\n「成る皋。よくわかりたす」\n「それだけじゃないのです。私の出埁した埌で垰っお来た劻は、私の母芪ず匁護士に勧められお、他家ぞ瞁附くように持ちかけられおいるし、劻の䞡芪も、それに賛成しおいる......ずいう手玙が劻から来たのです」\n「それあ怪しからんですねえ」\n「......怪しからんです......しかし劻は、僕から離別した意味の手玙を受取らない限り、䞀歩もこの家を出お行かないず頑匵っおいるそうですが......私たちは固く固く信じ合っおいるものですからね......」\n 候補生は䞀秒の時間も惜しいくらい迅速に、芁領よく事情を説明した。恐らく圌が鉄ず、火ず、毒瓊斯の䞭で䞀心を凝らしお考え抜いお来た説明の順序を、今䞀床、ここで繰返したものらしかったが、そのせいか、こうした甘ったるいお惚けが、氷のように切迫した人生の䞀断面を䜜っお、私の党神経に迫っお来たのであった。\n「どうぞどうぞ埌生ですから、この鍵を極秘密の裡に劻に手枡ししお䞋さい。僕の劻からハむンリッヒ䌯爵家の䞻婊の地䜍ず、巚額の財産を奪い取るべく暗躍しおいる者が随分倚いのですから......」\n 私は思わず襟を正した。それは立䜇たっおいる䞭にヒシヒシず沁み迫たっお来る寒気のせいではなかった。\n 芋も知らぬ人間にこうした重倧な物品を委托するポヌ゚ル・ハむンリッヒ候補生の劂䜕にもお坊ちゃんらしい玔な、無鉄砲さに呆れ返りながらも、無蚀のたたシッカリず油玙包みを受取った。\n「......ありがずう埡座いたす。ドりゟドりゟお願したす......僕は......この悩みのために二床、戊線から脱走しかけたした。そうしお二床ずも戊線に匕戻されたしたが、その䞉床目の逃亡の時に......今朝です......ノェルダンのX型堡塁前の第䞀線の埌方二十米突の凊の、倜明け前の暗黒の䞭で、この腓を䞊官から撃たれたのです......この包を劻に枡さない間は、僕は安心しお死ねなかったのです」\n「...............」\n「......しかし......しかし貎方はこの䞊もなく埡芪切な......神様のようなお方です。僕の蚀葉を無条件で真実ず信じお䞋さる埡方であるずいう事が、僕にチャントわかっおいたす。......どうぞどうぞお願いしたす。クラデル先生。どうぞ僕を安心しお、喜んで祖囜のために死なしお䞋さい。県は芋えたせぬが敵の方向は音でもわかりたす。䞀発でもいいから本気で射撃さしお䞋さい。独逞軍人の本分を尜しお死なしお䞋さい」\n そう云う䞭にポヌ゚ル候補生は手探りで探り寄っお来お、私の䞡肩にシッカリず䞡手をかけた。私の軍垜の庇を芋䞋しお、マゞマゞず探るように凝芖しおいたが、むクラ凝芖しおも、䜕床県をパチパチさしおも私の顔を芋る事が出来ないのが自烈床いらしかった。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを完成させお、印象的な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " 䜵し又、䞀方から䜜品ず䜜者を分けお、どうも恁ういう甚しい事を曞く様な女は嫁にする事は困るず云うのは又別で、䜜品の䞊には云い埗られないが、䜜者の䞊には云っおも差支は無い。\n けれ共又、他方から考うれば䜜に珟れた芞術䞊の我ず、然らざる平垞の我ずは別物であっお、䜜家は二重人栌であるべきものだず云った考えを持っおいるかも知れない。是も亊䞍圓でないず思うのでありたす。\n 女子にしお小説に筆を染むる者のあるのは、勿論近代自意識に䌎う競争心から来たので、倚くは暡倣でありたしょう――尀も男子にだっお其は免れないが――芁するにただ〳〵個性を発揮したものは無いだろうず思われる。」ず結んでいるのである。\n 或る意味では圓時の知識人の垞識の代衚者のようでもあった挱石が、その進歩性ずしお、孊問や職業の郚面では男女の性別や境遇の盞異が消えるべきものだずしおいる点、所謂女らしさを芁求する俗芋に反察しおいる点などでは、明らかに女の瀟䌚的な掻動の可胜をより広い方向においお受け入れ認めようずしおいるのである。けれども、同時にいかにも圓時の瀟䌚感情らしい矛盟もあっお、芳念の䞊では玠朎に男女同暩を承認し぀぀、実際に凊しお、嫁、又は劻ずいう䜍眮で女を芋る堎合には躊躇なく旧套の目やすぞ眮きかえおいる態床は面癜い。\n 女が小説をかくからず云っお、その芳察は䜕れも衣裳や髪容の描写にずどたらず題材ずしおは男ず同じものを扱っおよいず云うこずに぀づいお、すぐ男子の心理状態の解剖をいうずころぞ飛躍しお云われおいるずころも、男女の察立の範囲で婊人の問題が芳られおいた圓時らしい考えかただず思える。\n たた、䜜品の創られおゆく生々しい内的過皋から掚しお、芞術の䞖界の珟実は、果しお男の盲人の匟く琎ず什嬢の皜叀事ずしお匟く琎ずが、倉りなき同様の曲節を奏でるこずがあり埗るだろうか。挱石は、自然䞻矩に反察しお芞術の䞖界を、生掻的䞖界ず䞀応切りはなしたものの裡に認めようずしおいた。その䜜家ずしおの態床が、歀凊にもおのずから反映しおいる。そしお、孊問、芞術の前には、俗䞖間で通甚しおいるような圢で、男女の性別はないずしおいるその仮定から、华っお、婊人䜜家の生れお来る珟象に぀いおも、女の止めがたい息づきによるずいうよりも、寧ろ近代自意識に䌎う競争心をその内的な動機ずしおみるずいう、皮盞な芋解に陥っおいるずころは䞀局興味ある点だず思う。\n 挱石が女性に察しお抱いおいた考えかたの䞭には、䞀貫しお、圌のうけた儒教的教育ず西欧的教逊ずの盞剋が芋られる。\n 挱石は、「吟茩は猫である」などの䞭に、女を、゜クラテスの有名な駻銬的现君を䟋にしお、苊い皮肉ず笑ずで扱っおいるが、「行人」を読んだものは、孊者である䞻人公ず共に、この䜜家が「女のスピリット」を攫もうずしお、苊しい焊燥にかられおいるこずを印象されるのである。良人である自分にちっずも倩真な情感を衚珟しようずしない他凊他凊しい劻。矩匟にあたる二郎には自然な暖みをこがしお応察するように芋える劻。兄には、そういう女の心が分らない。「自分は女の容貌に満足する人を芋るず矚たしい。女の肉に満足する人を芋おも矚たしい。自分はどうあっおも女の霊ずいうか魂ずいうか、所謂スピリットを攫たなければ満足が出来ない」ず云ったむギリスの䜜家、ゞョりゞ・メレディスに同感をも぀兄の苊悩は、「おれが霊も魂も所謂スピリットも攫たない女ず結婚しおいる事䞈は慥かだ」ずいう自芚にある。兄は匟にたのんで、わざわざ劻を小旅行に誘い出しおその心持をきいお貰うずいう现工たでするのであるが、倫劻の心持が打開されるような結果は䜕も霎らされない。\n 愛情の玔粋さずいうこずに察しおは、無力である習俗的な結婚の法埋䞊の効力を懐疑する倫は、劻ず匟ずの自芚されおいない感情ぞの猜疑を高め、兄は自殺しかねない粟神状態ずなっお来る。そこを芪友が旅行に連れ出しお、やや感情の均衡をずり戻させるずいうこずで事件は圓面の終りを぀げおいる。小説ずしお「行人」のテヌマは「䜕んな人の所ぞ行こうず嫁に行けば、女は倫のために邪になるのだ。そういう僕が既に僕の劻をどの䜍悪くしたか分らない。自分が悪くした劻から、幞犏を求めるのは抌しが匷すぎるじゃないか。幞犏は嫁に行っお倩真を損われた女からは芁求出来るものじゃないよ」ずいう結論を、その終局ずしお埗おいるのである。\n この力䜜の䞭で挱石は、執拗に兄の心理を远求しおいるが、兄の劻である千代子の心理は受動的に静的に眮いおいる。又、女が劻ずなれば倩真を害われずにはいないずいう悲痛な珟実の条件を醞しおいる倫婊ずいうものの通念や家庭ずいうもののありようを、䜜者ずしお瀟䌚的に解剖する詊をも䌁おおいない。「行人」の䞭でもし䞀床䜜者挱石が、劻の心のうちに朜り入っお、その沈黙の封印を砎り終せたずしたら、党篇はどんなに違った盞貌を呈したこずだろう。しかし挱石はそういう颚には、男女のいきさ぀の珟実を掎たなかった。その粟神を捕えたいずいう男の欲望の偎からだけ進んで行っお、ありのたたの粟神を発揮出来ないようになっおいる女の瀟䌚的、習慣的条件を分析しお芋ようずしおいない。女の䞊にだけ重くのしかかる目に芋えない日垞の絆、女心は先ずそれを吐露したいのだずいう疌くような苊衷、それは「行人」の千代子の心のなかにずらえなかったばかりでなく、挱石のあらゆる他の䜜品のなかに欠けおいる。初期の䜜品で、「草枕」の女䞻人公や䟋えば「虞矎人草」の藀尟のような女ず、玠盎に兄の導くたたの運呜に入っお行くおずなしい嚘ずが察立的に描かれおいた挱石の女の䞖界は、「明暗」の耇雑さに進んで、そこには暩謀ず小现工に富んだ女の䞀面が、色濃く远加されおいるけれども、女自身が自身の倩真さを求める倩真な熱意で呚囲の習俗にぶ぀かっお行くずいうリアルな女の姿は䞀぀も芋出されないのである。\n「䜜家ずしおの女子」ずいう感想の䞭で、芞術の分野では性別が消えるず簡単に云われおいる半面に、女が小説をかいたりするのは近代自意識の目ざめによる男ぞの競争心ず云われおいるずころも、挱石の堎合ずしおは、やはり、女の内面的な心情の必然のありように察する芋かたの䞍十分さず密接に結び぀いおいる。平垞の女にこそ女のたこずの姿があるこずをリアリストずしお぀かんでいない。" }, { "role": "assistant", "content": " 䞖すぎのための文孊の仕事ずいう意味で、職業ずしおの自芚をはっきり持っお小説をかきはじめた䞀葉にしろ、創䜜の衝動を男ぞの競争ずしお意識しなかった。女ずしおの自身の境遇、そこを生きおゆく明治二十幎代の日本の垂井の女ずしおの日垞の心に、やみがたい疌きがあり、涙があり、蚎えがあり、その䞊でそれを䜳い䜜品に仕䞊げたいずいう勝気も熱意も加ったず思われる。時代が明治四十幎代に進んで、日本の女の文化の氎準が進み、瀟䌚的にも思想的にもやや耇雑にされ、自芚を加えられたずしお、女が䜜家ずなっおゆき、小説を曞いお行く心持の最も深いずころにあるものは、䟝然ずしお、この䞖に生きる女ずしお真情吐露の欲望であったこずは疑いないず思う。䞀葉の䜜品の䞖界では挠然ず浮䞖のしがらみずいう颚に芋られおいたものが、この時代に入っおはくっきりず瀟䌚の䞭心に男をおいお芋られるようになっお来お、それに察する女ずしおの心を䞻匵する圢をずった。競争ず云えば、そこを指すこずも出来るかもしれないが、どっちが勝぀ずいうようなゎヌルが県目ではなくお、少くずも、女の偎からは、求めるものを求め抜こうずするこずに䌎った勝敗の感のあらわれであったろう。\n そういう意味での男女盞剋を、最も濃い時代的雰囲気の䞭で小説に曞いお行ったのが田村俊子であった。\n 明治四十四幎、倧阪朝日新聞の懞賞に応じお「あきらめ」ずいう長篇小説が圓遞し、぀づいお四十五幎に発衚した短篇「魔」から、俊子の名は圓時の文孊朮流の䞊に意味を有するものずなった。\n 小説がかきはじめられたのは、ずっず前からのこずであった。\n 露䌎の匟子ずなっお露英ずいう号で凊女䜜「露分衣」ずいう䜜品を『文芞倶楜郚』に発衚したのが䞉十六幎ず幎譜に蚘されおいるのをみれば、それは俊子が十九歳ごろのこずであった。小説ずきは子䟛時代かららしいが、露䌎の匟子になったきっかけは、露䌎の䜜品を読んだこずからではなくお、「ひげ男」䞊挔のずき、䞀方玅葉が「金色倜叉」の䞊挔に぀ききりでやかたしく云っおいるのず反察に、露䌎は䞀切無干枉だずいう新聞蚘事をよんで、「人栌を敬慕するの䜙り、単独におその門を叩きたるなり」ず語られおいるずころに、䜕かこの婊人䜜家の気質がうかがえる。\n 俊子は、露䌎の人柄の抱擁力の倧きさずいうようなものを心に描いお、その指導の䞭に自由な自身の文孊的成長を期埅したのであったろう。けれども、圓時の露䌎を文孊の䞖界においお客芳すれば、既に保守に傟いおいた䜜家である。俊子の倩分を評䟡するこずから、华っお圌女に月刊雑誌をよたせず、叀兞文孊だけを熟読させる、ずいう結果にもなったらしい。䜜家ずしおの露䌎は、女性に察しお、衷心になかなか優しい思いをもっおいお、昔䞀葉が「たけくらべ」などを曞いお、名声喧しかった頃、小石川の家を蚪ねたずき、䞀葉に向っお、早くお婆さんにおなんなさい、ず云い、しかしそうだったらやっぱり寂しいだろうなどず云ったずいうこずが䞀葉の日蚘にしるされおいる。露䌎は若い俊子を、自分の若き日の思い出の䞭に生きおいる䞀葉ず党く切りはなしお眺め埗ただろうか。或る幎の春、垫匠露䌎のくれた菫の小さい花束に、やさしい敬慕の思いをよせるような皚い淡い心持のなかで、露英も二䞉幎は、䞀葉たがいの文章でいく぀かの䜜品を曞いた。この人は才分ある人なれども、斯の劂きものを曞くは気の毒なりず鏡花が、評したずいうのは、この時代のこずであった。\n やがお、そろそろ二十を超えようずする生掻力の旺盛な俊子を新しい時代ず新しい芞術の銙りが動かしはじめた。圌女のぐるりにめぐらされおいる露䌎の垣が圌女を苊しめ、自分のこれたでの䜜颚にも嫌悪を感じさせるようになった。芞術の䞊で道を誀っおいるず感じお、毎日掟文士劇の女優ずなったのは䞉十九幎のこずである。二十四のずき、圓時米囜から垰朝した同門の田村束魚ず結婚する迄の俊子は久米八ず同座したり川䞊貞奎の蚱に出入りしたりしお女優生掻を送りながら、新しい時代の文孊の空気の䞭に生きおいたのであった。「あきらめ」ずいう小説は、遞者であった抱月も云っおいるように、その䞀篇のなかにこの䜜者のあらゆる資質の芜ず浅草蔵前の「昔の札差」ずいう家に育った境遇の色どりがうちこたれおいる点で、興味ふかい䜜品である。癜絜の襟を襟止でずめ、重ね草履をはきお包みを片手にかかえながら、片手にもった扇子を唇に圓おがっお歩くずいう気分の女孊生。その脚本が奜評で䞊挔されるようになったら、孊校から悶着を出されたずいうような、圓時の女子倧孊生の富枝をめぐっお、耇雑な䞋町颚の人事のあや。芞者や螊の垫匠の明暮の光景あれこれ。女優生掻の裏や衚たでが、自然䞻矩の䜜颚に近い平面な組立ながら、耜矎的な、又官胜的な郜䌚人の気分をこたかに远っお描かれおいるのが「あきらめ」であった。女孊生同士がお姉様、効ずいう呌びかたで瀺しあうのが流行であった䞀皮独特の感傷的な愛着。姉さんはそうやっお女子倧孊に行っおいるのに、効は芞者屋ぞ逊女になっおいお、早熟な、その瀟䌚では習俗ずなっおいる恋の戯れめいたいきさ぀を矩兄ずの間に生む気分。そういうものも䜜者は自身の濃厚な気分をそこに絡めお描き出しおいるのである。「あきらめ」に぀づいお、「誓蚀」「女䜜者」「朚乃䌊の口玅」「炮烙の刑」ず進むに぀れ、田村俊子の気質ず䜜品ずは、益々あたすずころなく圓時のロマンティックな文孊の朮流に谺しながら、その流れのなかでも、たこずに際だった䞀筋の赀い糞ずなっお行った。官胜を描く筆は執拗ず頜廃の色を重ね぀぀「女の前にだけは負けたいずする男の芋栄ず、男の前にだけ負けたいずする女の意地」ずが、芞術䞊の匵り合いの䞭で、逌迫した日垞生掻の気分の霟霬の間で、苊しく悶え合う姿をおおうずころなく描いた。それらの䜜品が、圓時にあっおいかに独特、それでいお共感ず刺戟を䞎える存圚であったかは今日でも尚十分に掚察出来る。「朚乃䌊の口玅」は、そういう意味で、血のしたたるような䜜品であるず思う。矩男ずいう創䜜力を喪った男が「自分䞀人の力だけでは到底持ちきれない生掻の苊しさから女をその手から匟きだそう匟きだそうず考えおいる䞭を、こうしお瞋り぀いおいなければならない自分ずいうものを考えた時、みのるの県には又新しい涙が浮んだ。」「自分の内臓を噛み砕いおでもやりたい皋の口惜しさばかりはあっおもみのるは䜕を為るこずも出来なかった。みのるは矢っ匵りこの力のない男の手で逊っおもらわなければならなかった。」こういうみのるが、それを曞かなければ「別れおしたうばかりさ」ず脅す男の県に芋匵られながら「曞きさえすればいい?」「曞くわ。仕方がないもの」ず涙をうかべ぀぀、気のすすたない懞賞の応募䜜品を曞きあげる。これが「あきらめ」の生たれた、背埌の珟実生掻の絵であった。\n この小説の圓遞は、圓座の経枈の苊しさから矩男ずみのるずを救ったけれども、矩男の粟神生掻は立ち盎れず、その小説を曞かせた自分の力を恩にきせるばかりで、それから先にきりひらいおゆく努力の道に぀いおはみのるに䜕も䞎えるものをもっおいなかった。「みのるは、自分の力を自分で芋付けお動きだした」「みのるを支配するものは矩男でなくなった。みのるを支配するものは、初めおみのる自身の力ずなっお来た。」\n 䜜家ずしおの田村俊子は、珟実に其の道を歩いたのであった。そしお、婊人䜜家ずしお、文孊の䞊にも経枈の䞊にも独立した。けれども「朚乃䌊の口玅」の䞭で、自身を支配するものは自分の力ずなったず云いきっおいる圌女は、女ずしお又芞術家ずしお、果しお自身の力を飜くたで自分の支配の䞋に掌握し぀くし埗たのであったろうか。そのように完党な粟神の自立が確保されたのであったろうか。この問いは、田村俊子ずいう䞀人の婊人䜜家をチャンピオンずした明治四十幎代ずいう時代に向っお、䞀局切実にかけられる質問でもある。\n「炮烙の刑」で、䜜者は韍子に「あの青幎を愛すのも、慶次を愛すのも、それは私の意志ではないか。私は決しお悪いこずをしおはいない。」謝眪するよりは炮烙の刑を良人から受けようずいう、愛においおも自分を立おる女を描いおいる。だが、私の意志ずいうその実珟の䞭に、぀぀みきれない耇雑なものが珟実の心にあふれおいお、経枈の䞊に芞術の䞊に䞀人立ちしお、男をも自分から遞び愛しお行っおいるず思う実際は、案倖に「自分の玅総のように乱れる時々の感情をその䞊にも綟しおくれるな぀かしい男の心」に「長く凭れおいた自分の肌の枩みを持った柱」ぞのようにもたれお、生きおゆく力の半ばをかけおいたのではなかったろうか。女は男を愛さずにはいられない。その自然さに、その自然さの時代的な䞻匵にわれから靠れお、本質においおの受け身なずころや、又愛ずひずくちに云い衚わしおいるその愛の質を芋わける力はただ十分になかったのではなかろうか。\n 男ず女ずが偶然向いあった䞖界の䞭でだけ男ず女ずの問題が扱われおいた圓時の限界は、おのずからこの婊人䜜家の䞊にも照りかえした。瀟䌚䞀般ずしおその限界がうちひろげられるには時代が反動的であった。その反動の半面に爛挫ず咲き出したネオ・ロマンティシズムの芞術は、「あきらめ」に窺えるこの婊人䜜家の所謂女孊生っぜい朔癖さ、远究心を育おるよりも、遙に容易に華やかに、圌女のうちに䌝統ずなっおいる頜廃の䞀面を開化させた。芞術家ずしお、䜜家自身䜙りすらすらずその道を歩いた。䜜者をめぐる生掻ず文孊の情緒の枊は、ロマンティックな色を配合しながら、段々高たるよりは䜎たっお行った。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを維持しお、玠晎らしい文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "侊\n\n 䟋は嚁勢よき黒ぬり車の、それ門に音が止た぀た嚘ではないかず䞡芪に出迎はれ぀る物を、今宵は蟻より飛のりの車さぞ垰しお悄然ず栌子戞の倖に立おば、家内には父芪が盞かはらずの高声、いはば私も犏人の䞀人、いづれも柔順しい子䟛を持぀お育おるに手は懞らず人には耒められる、分倖の欲さぞ枇かねばこの䞊に望みもなし、やれやれ有難い事ず物がたられる、あの盞手は定めし母様、ああ䜕も埡存じなしにあのやうに喜んでお出遊ばす物を、どの顔さげお離瞁状もらふお䞋されず蚀はれた物か、叱かられるは必定、倪郎ず蚀ふ子もある身にお眮いお駆け出しお来るたでには皮々思案もし尜しおの埌なれど、今曎にお老人を驚かしおこれたでの喜びを氎の泡にさせたする事぀らや、寧そ話さずに戻ろうか、戻れば倪郎の母ず蚀はれお䜕時々々たでも原田の奥様、埡䞡芪に奏任の聟がある身ず自慢させ、私さぞ身を節倹れば時たたはお口に合ふ物お小遣ひも差あげられるに、思ふたたを通しお離瞁ずならば倪郎には継母の憂き目を芋せ、埡䞡芪には今たでの自慢の錻にはかに䜎くさせたしお、人の思はく、匟の行末、ああこの身䞀぀の心から出䞖の真も止めずはならず、戻らうか、戻らうか、あの鬌のやうな我良人のもずに戻らうか、あの鬌の、鬌の良人のもずぞ、ゑゑ厭や厭やず身をふるはす途端、よろよろずしお思はず栌子にがたりず音さすれば、誰れだず倧きく父芪の声、道ゆく悪倪郎の悪戯ずたがぞおなるべし。\n 倖なるはおほほず笑ふお、お父様私で埡座んすずいかにも可愛き声、や、誰れだ、誰れであ぀たず障子を匕明お、ほうお関か、䜕だなそんな凊に立぀おゐお、どうしお又このおそくに出かけお来た、車もなし、女䞭も連れずか、やれやれた早く䞭ぞ這入れ、さあ這入れ、どうも䞍意に驚かされたやうでたごたごするわな、栌子は閉めずずも宜い私しが閉める、ずもかくも奥が奜い、ず぀ずお月様のさす方ぞ、さ、蒲団ぞ乗れ、蒲団ぞ、どうも畳が汚ないので倧屋に蚀぀おは眮いたが職人の郜合があるず蚀ふおな、遠慮も䜕も入らない着物がたたらぬからそれを敷ひおくれ、やれやれどうしおこの遅くに出お来たお宅では皆お倉りもなしかず䟋に替らずもおはやさるれば、針の垭にのる様にお奥さた扱かひ情なくじ぀ず涕を呑蟌で、はい誰れも時候の障りも埡座りたせぬ、私は申蚳のない埡無沙汰しおをりたしたが貎君もお母様も埡機嫌よくいら぀しやりたすかず問ぞば、いやもう私は嚏䞀぀せぬ䜍、お袋は時たた䟋の血の道ず蚀ふ奎を始めるがの、それも蒲団かぶ぀お半日も居ればけろけろずする病だから子现はなしさず元気よく呵々ず笑ふに、亥之さんが芋えたせぬが今晩は䜕凊ぞか参りたしたか、あの子も替らず勉匷で埡座んすかず問ぞば、母芪はほたほたずしお茶を進めながら、亥之は今しがた倜孊に出お行たした、あれもお前お蔭さたでこの間は昇絊させお頂いたし、課長様が可愛が぀お䞋さるのでどれ䜍心䞈倫であらう、これず蚀ふもや぀ぱり原田さんの瞁匕が有るからだずお宅では毎日いひ暮しおゐたす、お前に劂才は有るたいけれどこの埌ずも原田さんの埡機嫌の奜いやうに、亥之はあの通り口の重い質だし䜕れお目に懞぀おもあ぀けない埡挚拶よりほか出来たいず思はれるから、䜕分ずもお前が䞭に立぀お私どもの心が通じるやう、亥之が行末をもお頌み申お眮おおくれ、ほんに替り目で陜気が悪いけれど倪郎さんは䜕時も悪戯をしおゐたすか、䜕故に今倜は連れおお出でない、お祖父さんも恋しが぀おお出なされた物をず蚀はれお、又今曎にうら悲しく、連れお来やうず思ひたしたけれどあの子は宵たどひでもう疟うに寐たしたからそのたた眮いお参りたした、本圓に悪戯ばかり぀のりたしお聞わけずおは少しもなく、倖ぞ出れば跡を远ひたするし、家内に居れば私の傍ば぀かり芗ふお、ほんにほんに手が懞぀お成たせぬ、䜕故あんなで埡座りたせうず蚀ひかけお思ひ出しの涙むねの䞭に挲るやうに、思ひ切぀お眮いおは来たれど今頃は目を芚しお母さん母さんず婢女どもを迷惑がらせ、煎逅やおこしの哆しも利かで、皆々手を匕いお鬌に喰はすず嚁かしおでもゐやう、ああ可愛さうな事をず声たおおも泣きたきを、さしも䞡芪の機嫌よげなるに蚀ひ出かねお、烟にたぎらす烟草二䞉服、空咳こんこんずしお涙を襊袢の袖にかくしぬ。\n 今宵は旧暊の十䞉倜、旧匊なれどお月芋の真䌌事に団子をこしらぞおお月様にお備ぞ申せし、これはお前も奜物なれば少々なりずも亥之助に持たせお䞊やうず思ふたれど、亥之助も䜕か極りを悪るが぀おその様な物はお止なされず蚀ふし、十五倜にあげなんだから片月芋に成぀おも悪るし、喰べさせたいず思ひながら思ふばかりで䞊る事が出来なんだに、今倜来おくれるずは倢の様な、ほんに心が届いたのであらう、自宅で甘い物はいくらも喰べやうけれど芪のこしらいたは又別物、奥様気を取すおお今倜は昔しのお関にな぀お、芋埗を搆はず豆なり栗なり気に入぀たを喰べお芋せおおくれ、い぀でも父様ず噂するこず、出䞖は出䞖に盞違なく、人の芋る目も立掟なほど、お䜍の宜い方々や埡身分のある奥様がたずの埡亀際もしお、ずもかくも原田の劻ず名告お通るには気骚の折れる事もあらう、女子どもの䜿ひやう出入りの者の行枡り、人の䞊に立぀ものはそれだけに苊劎が倚く、里方がこの様な身柄では猶曎のこず人に䟮られぬやうの心懞けもしなければ成るたじ、それを皮々に思ふお芋るず父さんだずお私だずお孫なり子なりの顔の芋たいは圓然なれど、䜙りうるさく出入りをしおはず控ぞられお、ほんに埡門の前を通る事はありずも朚綿着物に毛繻子の掋傘さした時には芋す芋すお二階の簟を芋ながら、吁お関は䜕をしおゐる事かず思ひやるばかり行過ぎおしたひたする、実家でも少し䜕ずか成぀おゐたならばお前の肩身も広からうし、同じくでも少しは息の぀けやう物を、䜕を云ふにもこの通り、お月芋の団子をあげやうにも重箱からしおお恥かしいでは無からうか、ほんにお前の心遣ひが思はれるず嬉しき䞭にも思ふたたの通路が叶はねば、愚痎の䞀ト぀かみ賀しき身分を情なげに蚀はれお、本圓に私は芪䞍孝だず思ひたする、それは成皋和らかひ衣類きお手車に乗りあるく時は立掟らしくも芋えたせうけれど、父さんや母さんにかうしお䞊やうず思ふ事も出来ず、いはば自分の皮䞀重、寧そ賃仕事しおもお傍で暮した方が䜙぀ぜど快よう埡座いたすず蚀ひ出すに、銬鹿、銬鹿、その様な事を仮にも蚀ふおはならぬ、嫁に行぀た身が実家の芪の貢をするなどず思ひも寄らぬこず、家に居る時は斎藀の嚘、嫁入぀おは原田の奥方ではないか、勇さんの気に入る様にしお家の内を玍めおさぞ行けば䜕の子现は無い、骚が折れるからずおそれだけの運のある身ならば堪ぞられぬ事は無い筈、女などず蚀ふ者はどうも愚痎で、お袋などが぀たらぬ事を蚀ひ出すから困り切る、いやどうも団子を喰べさせる事が出来ぬずお䞀日倧立腹であ぀た、倧分熱心で調補たものず芋えるから十分に喰べお安心させお遣぀おくれ、䜙皋甘からうぞず父芪の滑皜を入れるに、再び蚀ひそびれお埡銳走の栗枝豆ありがたく頂戎をなしぬ。" }, { "role": "assistant", "content": " 嫁入りおより䞃幎の間、いただに倜に入りお客に来しこずもなく、土産もなしに䞀人歩行しお来るなど悉皆ためしのなき事なるに、思ひなしか衣類も䟋ほど燊かならず、皀に逢ひたる嬉しさにさのみは心も付かざりしが、聟よりの蚀䌝ずお䜕䞀蚀の口䞊もなく、無理に笑顔は䜜りながら底に萎れし凊のあるは䜕か子现のなくおは叶はず、父芪は机の䞊の眮時蚈を眺めお、これやモり皋なく十時になるが関は泊぀お行぀お宜いのかの、垰るならばもう垰らねば成るたいぞず気を匕いお芋る芪の顔、嚘は今曎のやうに芋䞊げお埡父様私は埡願ひがあ぀お出たので埡座りたす、どうぞ埡聞遊しおずき぀ずな぀お畳に手を突く時、はじめお䞀トしづく幟局の憂きを掩しそめぬ。\n 父は穏かならぬ色を動かしお、改た぀お䜕かのず膝を進めれば、私は今宵限り原田ぞ垰らぬ決心で出お参぀たので埡座りたす、勇が蚱しで参぀たのではなく、あの子を寐かしお、倪郎を寐かし぀けお、最早あの顔を芋ぬ決心で出お参りたした、ただ私の手より倖誰れの守りでも承諟せぬほどのあの子を、欺しお寐かしお倢の䞭に、私は鬌に成぀お出お参りたした、埡父様、埡母様、察しお䞋さりたせ私は今日たで遂ひに原田の身に就いお埡耳に入れたした事もなく、勇ず私ずの䞭を人に蚀ふた事は埡座りたせぬけれど、千床も癟床も考ぞ盎しお、二幎も䞉幎も泣尜しお今日ずいふ今日どうでも離瞁を貰ふお頂かうず決心の臍をかためたした、どうぞ埡願ひで埡座りたす離瞁の状を取぀お䞋され、私はこれから内職なり䜕なりしお亥之助が片腕にもなられるやう心がけたすほどに、䞀生䞀人で眮いお䞋さりたせずわ぀ず声たおるを噛しめる襊袢の袖、墚絵の竹も玫竹の色にや出るず哀れなり。\n それはどういふ子现でず父も母も詰寄぀お問かかるに今たでは黙぀おゐたしたれど私の家の倫婊さし向ひを半日芋お䞋さ぀たら倧底が埡解りに成たせう、物蚀ふは甚事のある時慳貪に申぀けられるばかり、朝起たしお機嫌をきけば䞍図脇を向ひお庭の草花を態ずらしき耒め詞、これにも腹はたおども良人の遊ばす事なればず我慢しお私は䜕も蚀葉あらそひした事も埡座んせぬけれど、朝飯あがる時から小蚀は絶えず、召䜿の前にお散々ず私が身の䞍噚甚䞍䜜法を埡䞊べなされ、それはただただ蟛棒もしたせうけれど、二蚀目には教育のない身、教育のない身ず埡蔑みなさる、それは玠より華族女孊校の怅子にかか぀お育぀た物ではないに盞違なく、埡同僚の奥様がたの様にお花のお茶の、歌の画のず習ひ立おた事もなければその埡話しの埡盞手は出来たせぬけれど、出来ずは人知れず習はせお䞋さ぀おも枈むべき筈、䜕も衚向き実家の悪るいを颚聎なされお、召䜿ひの婢女どもに顔の芋られるやうな事なさらずずも宜かりさうなもの、嫁入぀お䞁床半幎ばかりの間は関や関やず䞋ぞも眮かぬやうにしお䞋さ぀たけれど、あの子が出来おからず蚀ふ物はたるで埡人が倉りたしお、思ひ出しおも恐ろしう埡座りたす、私はくら暗の谷ぞ突萜されたやうに暖かい日の圱ずいふを芋た事が埡座りたせぬ、はじめの䞭は䜕か䞲談に態ずらしく邪慳に遊ばすのず思ふおをりたしたけれど、党くは私に埡飜きなされたのでこうもしたら出おゆくか、ああもしたら離瞁をず蚀ひ出すかず苊めお苊めお苊め抜くので埡座りたしよ、埡父様も埡母様も私の性分は埡存じ、よしや良人が芞者狂ひなさらうずも、囲い者しお埡眮きなさらうずもそんな事に悋気する私でもなく、䟍婢どもからそんな噂も聞えたするけれどあれほど働きのある埡方なり、男の身のそれ䜍はありうちず他凊行には衣類にも気を぀けお気に逆らはぬやう心がけおおりたするに、唯もう私の為る事ずおは䞀から十たで面癜くなく芚しめし、箞の䞊げ䞋しに家の内の楜しくないは劻が仕方が悪るいからだず仰しやる、それもどういふ事が悪い、歀凊が面癜くないず蚀ひ聞かしお䞋さる様ならば宜けれど、䞀筋に぀たらぬくだらぬ、解らぬ奎、ずおも盞談の盞手にはならぬの、いはば倪郎の乳母ずしお眮いお遣はすのず嘲぀お仰しやるばかり、ほんに良人ずいふではなくあの埡方は鬌で埡座りたする、埡自分の口から出おゆけずは仰しやりたせぬけれど私がこの様な意久地なしで倪郎の可愛さに気が匕かれ、どうでも埡詞に異背せず唯々ず埡小蚀を聞いおおりたすれば、匵も意気地もない愚うたらの奎、それからしお気に入らぬず仰しやりたする、さうかず蚀぀お少しなりずも私の蚀条を立おお負けぬ気に埡返事をしたしたらそれを取おに出おゆけず蚀はれるは必定、私は埡母様出お来るのは䜕でも埡座んせぬ、名のみ立掟の原田勇に離瞁されたからずお倢さら残りをしいずは思ひたせぬけれど、䜕にも知らぬあの倪郎が、片芪に成るかず思ひたするず意地もなく我慢もなく、詫お機嫌を取぀お、䜕でも無い事に恐れ入぀お、今日たでも物蚀はず蟛棒しおをりたした、埡父様、埡母様、私は䞍運で埡座りたすずお口惜しさ悲しさ打出し、思ひも寄らぬ事を談れば䞡芪は顔を芋合せお、さおはその様の憂き䞭かず呆れお暫時いふ蚀もなし。\n 母芪は子に甘きならひ、聞く毎々に身にしみお口惜しく、父様は䜕ず思し召すか知らぬが元来歀方から貰ふお䞋されず願ふお遣぀た子ではなし、身分が悪いの孊校がどうしたのず宜くも宜くも勝手な事が蚀はれた物、先方は忘れたかも知らぬが歀方はたしかに日たで芚えおゐる、阿関が十䞃の埡正月、ただ門束を取もせぬ䞃日の朝の事であ぀た、旧の猿楜町のあの家の前で埡隣の小嚘ず远矜根しお、あの嚘の突いた癜い矜根が通り掛぀た原田さんの車の䞭ぞ萜たず぀お、それをば阿関が貰ひに行きしに、その時はじめお芋たずか蚀぀お人橋かけおやいやいず貰ひたがる、埡身分がらにも釣合ひたせぬし、歀方はただ根぀からの子䟛で䜕も皜叀事も仕蟌んでは眮たせず、支床ずおも唯今の有様で埡座いたすからずお幟床断぀たか知れはせぬけれど、䜕も舅姑のやかたしいが有るでは無し、我が欲しくお我が貰ふに身分も䜕も蚀ふ事はない、皜叀は匕取぀おからでも充分させられるからその心配も芁らぬ事、ずかくくれさぞすれば倧事にしお眮かうからずそれはそれは火の぀く様に催促しお、歀方から匷請た蚳ではなけれど支床たで先方で調ぞお謂はば埡前は恋女房、私や父様が遠慮しおさのみは出入りをせぬずいふも勇さんの身分を恐れおでは無い、これが功手かけに出したのではなし正圓にも正圓にも癟たんだら頌みによこしお貰぀お行぀た嫁の芪、倧嚁匵に出這入しおも差぀かぞは無けれど、圌方が立掟にや぀おゐるに、歀方がこの通り぀たらぬ掻蚈をしおゐれば、埡前の瞁にすが぀お聟の助力を受けもするかず他人様の凊思が口惜しく、痩せ我慢では無けれど亀際だけは埡身分盞応に尜しお、平垞は逢いたい嚘の顔も芋ずにゐたする、それをば䜕の銬鹿々々しい芪なし子でも拟぀お行぀たやうに倧局らしい、物が出来るの出来ぬのず宜くそんな口が利けた物、黙぀おゐおは際限もなく募぀おそれはそれは癖に成぀おしたひたす、第䞀は婢女どもの手前奥様の嚁光が削げお、末には埡前の蚀ふ事を聞く者もなく、倪郎を仕立るにも母様を銬鹿にする気になられたら䜕ずしたする、蚀ふだけの事はき぀ず蚀ふお、それが悪るいず小蚀をいふたら䜕の私にも家が有たすずお出お来るが宜からうでは無いか、実に銬鹿々々しいず぀おはそれほどの事を今日が日たで黙぀おゐるずいふ事が有りたす物か、䜙り埡前が枩順し過るから我儘が぀のられたのであろ、聞いたばかりでも腹が立぀、もうもう退けおゐるには及びたせん、身分が䜕であらうが父もある母もある、幎はゆかねど亥之助ずいふ匟もあればその様な火の䞭にじ぀ずしおゐるには及ばぬこず、なあ父様䞀遍勇さんに逢ふお十分油を取぀たら宜う埡座りたしよず母は猛぀お前埌もかぞり芋ず。\n 父芪は先刻より腕ぐみしお目を閉ぢお有けるが、ああ埡袋、無茶の事を蚀ふおはならぬ、我しさぞ始めお聞いおどうした物かず思案にくれる、阿関の事なれば䞊倧底でこんな事を蚀ひ出しさうにもなく、よくよく愁らさに出お来たず芋えるが、しお今倜は聟どのは䞍圚か、䜕か改たた぀おの事件でもあ぀おか、いよいよ離瞁するずでも蚀はれお来たのかず萜぀いお問ふに、良人は䞀昚日より家ぞずおは垰られたせぬ、五日六日ず家を明けるは平垞の事、さのみ珍らしいずは思ひたせぬけれど出際に召物の揃ぞかたが悪いずお劂䜕ほど詫びおも聞入れがなく、其品をば脱いで擲き぀けお、埡自身掋服にめしかぞお、吁、私䜍䞍仕合の人間はあるたい、埡前のやうな劻を持぀たのはず蚀ひ捚おに出お埡出で遊したした、䜕ずいふ事で埡座りたせう䞀幎䞉癟六十五日物いふ事も無く、皀々蚀はれるはこの様な情ない詞をかけられお、それでも原田の劻ず蚀はれたいか、倪郎の母で候ず顔おし拭぀おゐる心か、我身ながら我身の蟛棒がわかりたせぬ、もうもうもう私は良人も子も埡座んせぬ嫁入せぬ昔しず思ぞばそれたで、あの頑是ない倪郎の寝顔を眺めながら眮いお来るほどの心になりたしたからは、もうどうでも勇の傍に居る事は出来たせぬ、芪はなくずも子は育぀ず蚀ひたするし、私の様な䞍運の母の手で育぀より継母埡なり埡手かけなり気に適ふた人に育おお貰ふたら、少しは父埡も可愛が぀お埌々あの子の為にも成たせう、私はもう今宵かぎりどうしおも垰る事は臎したせぬずお、断぀おも断おぬ子の可憐さに、奇麗に蚀ぞども詞はふるぞぬ。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを続けお、完成床の高い文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "『倱瀌で埡座りたすが、あなたさんのお宅は䜕凊だんで?』ず女は尋ねお居る。\n『いや䜕凊぀お......歀凊からは遠くはないのですが、――あのお子䟛さんは今䜕をしお居ら぀しやいたすか?』\n『今之れず云぀お䜕もさしお居りたせんが、父芪の䜿をしたり、私の糞繰る手䌝をしたりさしおをりたす。犏島橋を向うぞ枡りたすず散髪屋が埡座りたすわない。あしこに䞁皚に来お呉れんかず云ひたすので、やらうかず思぀お居りたすがない。ものになるたで蟛抱が出来るかずも思぀お心配しお居りたす......どうぞ、そんなにおたちなさらずに、ち぀ずお掛けなしお』ず云ひながら䞀寞蓋を䞊げお麊が湧いお来たのを芋お居る。そしお隅の手桶を取぀お門口の方に出かけた。氎を汲みに行くのであらう。\n 新芋は、あたりこんな陰気な所に居りたくないず思぀たらしい、\n『散髪屋ですか? そらおよろしう埡座りたせう......私はもう倱瀌臎したす、倖に甚事も埡座りたすので――これで倱瀌臎したす。どうぞ私の垰぀た埌でお子䟛さんをお叱りにならぬ様にお願ひ申したす』ず云぀た。別に米代を枡さうずも為なか぀た。\n『どうも有難う埡座いたした、たたち぀ずお話にお出でなしおくださりたせ、むさくるしい凊では埡座りたすが』ず女は戞の倖に立぀お云うた。栄䞀は病んで居る男に向぀お、\n『さやうなら、お身䜓をお倧事に』ず云぀お芋た。然し心の䞭では無意味な停善を云ふず笑぀お居た。\n『どうも埡芪切に。さよなら誠に鬱陶敷う埡座りたすが時々お話に』\n『有難う。たた䌺ひたす』ず答ぞた。\n 然し心の䞭で、新芋は、貧民を愛しないのではない、恁那凊ばかり芋お居るず人間が瞮み蟌んで終ふずも思぀た。\n 栄䞀は倢の様な思ひをしお暗い路次を出た。城山に赀い光の倩気予報が䞊぀お居た。犏島本町の角で小僧の吉䞉郎に䌚぀お䞀緒に垰぀た。\n 然し吉䞉郎ず、䜕の話もしなか぀た。\n 倕飯をすたしお、玄束もあ぀たから、鶎子様を蚪れた。\n\n十二\n\n 新芋は今自分の宅の前に静かに立぀お居る。今倜も倖出時間に遅れたのだ。先刻からいくら叩いおも開けお呉れないので皍退屈しお居る。\n 䞀寞通りに出おみたが、埳島本町は皆よく寝お居る。それも其筈、もう十二時少し廻぀お居るのだ。東京から垰぀お来お今たでに䞉床遅れた。二日前の日曜の晩、教䌚ぞ出垭した為に吉䞉郎が火の甚心の拍子朚をたゝいお屋敷をぐるりず廻぀お、䞁床門を閉ぢるず云ふ所ぞ垰぀お来たのず、先きの土曜の晩遅れたのず、今倜ずで䞉床である。\n 今倜は遅くなる理由がある。栄䞀は鶎子を蚪れお遅くな぀た。それも日曜の晩教䌚から垰りに、鶎子の兄様の時行さんが垰぀お来お居るから、是非ずも歀二䞉日の䞭に䞀床遊びに来お呉れず云はれたからだ。\n 新芋は空を仰いで芋たが星が眠むさうに光぀お居る。実は自分が眠いからである。栄䞀は父が九時限り門の戞は䞀切開かぬぞず云぀た事を芚えお居る。それに今倜は父も東京から垰぀お居る事だから実際遠慮しお激しく叩かぬ。亊吉䞉郎の安眠を砎るのを非垞に気の毒に思぀たから、十䞀時頃鶎子の宅から垰぀お来たが遠慮しお叩きもせず、䞀時間皋助任橋の方たで散歩しお来たのだ。いや実は自分に刑眰ずしお、四五里ある凊を埀埩せうず思぀お出かけたが、途䞭疲れお来たのず、明日孊校に出お生埒に眠むさうな顔を芋せたくない、生埒に読み方を教ぞなくおも、昌は県を開いお居る䜍の事は教ぞねばならぬず思ひ぀いたから、吉䞉郎には気の毒ではあるが、再び戞を叩きに垰぀た。眠らねばならぬず思ふず実に眠い。星たでが眠い様に芋える。\n 栄䞀はも䞀床叩いおみようず門の戞近く寄぀たが、拳を握぀お戞を叩く段になるず、叩く䞀぀䞀぀が皆父の胞に釘を打぀様に感ぜられる。随぀お父の怒が自分に報いおくるず思ふから、我ず吟身を磔殺する様なものであるず考ぞるず、敷石を䞋駄で螏むのも恐ろしく、郵䟿受の䞋で暫し螞んで思ひに沈んだ。\n『䜕故僕はい぀も乍ら、真の父を歀様に遠慮しなければならないであらうか? 䜕故自分は家の倖の冷かな空気に觊れお門の暪に螞らなくちやならないのであらうか? 自分は党く父の芪切を芁求する暩利が無いのであらうか?......けれど鶎子の可愛い今倜の応接振り? 兄様は撫逊から垰぀お来る筈で遂に垰ら無か぀たが僕は华お満足した。老爺さんず老婆さんが寝おから埌、僕が鶎子様の曞斎に導かれた時! 僕は頷いた。僕は近頃の女孊生の気質ず云ふものを知぀お居る。が鶎子に斌おは決しお......いや、僕が若し鶎子様を愛するず云ふ段になるず、たずひ軜躁な女孊生でも厭ひはせぬ......が鶎子には境遇䞊凡お軜躁な点は陀き去られお居る。鶎子様は犏々しい亜米利加矎人だが、荘重な凊は確かにゎシツクだ。仏蘭西タむプず型を異にしお居る。\n 然し二人が机の前で西掋歎史の話をしお居る䞭に自然ず手を握り合぀たには自分ながら驚いたよ、いや、うれしか぀た。鶎子様が過去を語り出お、二人ずも泣いたが、自分の膝の䞊に泣き倒れられたには矞しくもうれしか぀た。" }, { "role": "assistant", "content": " 実に鶎子の悲しむのも尀もだ。矩理の老爺さんや老婆さんの䞋で䞋女働きは苊しい。女の狭い胞ではそれに違ひはない。尀もお父様やお母様が、あの様な最埌を遂げなさらなか぀たなら鶎子様も他人に䞀歩は措かないであらうが、䜕れ、お友達ず身の䞊話が出おも震ぞ䞊぀お立ち退くのであらう。僕だ぀お功の子だず云はれるのは決しお善い心持はしないもの。......\n 鶎子様はクリスチダンにな぀お朋友が、枛぀たが教䌚の芪切な奥様方のお仲間入りが出来お、決しお淋しくは無いず云぀お居られたが、あれは祝賀すべき事だ。僕は奥様ず名が付く人は誰れでも奜きだ。奥様の仲間入りをしお居る鶎子はそれだからすきだ。日本では、劻君は䞋女か子を産む機械か刀然せぬが、女が倚勢の子を持぀お泣いお居るのは決しお憎いものではない。苊痛矎ず勢力矎の亀぀た可愛い者だ。\n 僕は鶎子を愛したい。愛する。党身を献げお愛する。......然し䜕ず無意味な事だ。僕は人生の垰趚を知らなくお恋をしお居る。無目的の人間が? 人間の歎史を進化さす為めに? 無意味な進化論! 我茩の生掻に䜕凊に進化がある?......チダンス!......噫、人間にはチダンスも運呜の進化ず云ふ暩嚁も無い。......唯人間は冷たい海の䞭に沈んで行くのだ。鶎子を恋するのも沈みの䞀尺にしか過ぎぬ。無目的ず云ぞば無目的だ。無目的でなくお、盲目的なのだ。さうかず云぀お無目的だから死ぬか恋するかず問はれるず、勿論生きお鶎子ず䞀日の苊痛を共にしたい。然し我茩に恋人ず快楜を共にするなど云ふ事は無意味だ。恋人ず泣くのだ。そしお最埌は心䞭? 恋はそれで遂げる。然し䞀䜓恋ずは、䜕だ?......\n でも、今倜の様に突然恋が成立するず、セキスピダの十二倜物語の様で䜕だか銬鹿々々しい。䞀䜓恋ず云ふものはあんなものであらうか? 然し鶎子は僕を生捕぀お終぀たのだ。我茩の意志で、どうするこずも出来ない。実云ぞば僕もあの様な矎しい恋人を持぀ずは思はなか぀た......然し恋ず云ふのは䜕だか銬鹿らしいものだね。僕は○○の○○か○○かの快楜の為めに長い恋ず云ふ銬堎を銳぀お居るのでは無いのか? 神聖ず恋? 銬鹿々々しい。たるで浄瑠璃の文句を倢の䞭で読む様だ。぀たらない!\n 嗚呌もう飜いた。恋に飜いた。我茩の恋はこれだけの芳念で䞊等だ。もう芳念もいやだ。快楜は䞀瞬だ。恋は苊痛だ。醒めた埌が苊しい。恋はいやだ、頭痛がする、女を愛するず云ふのも芁するに苊しい快楜を貪るにしか過ぎぬ。人間が子を産む為めに劻君を? 無意味だ! 唯だ子を産む為めに子を産む。唯擁いお寝る為めに擁いお寝るのだ。安眠が出来るなら、矎人などいらぬのだ。仏陀! 小乗的思想! 衆生寂滅。諞事涅槃! 僕は倧海の䞀波にしか過ぎぬ。早く冷やかな、沈んだ黒青い海の底に萜ちお行きたい。人間! 面倒臭い。え。フム。チ゚、舌を噛み切぀お死んでしたひたいな。生きお居るず貎族䞻矩の臭ひがする。僕は銙氎の匂ひは嫌ひだ。瀟䌚䞻矩だもの、涅槃ず死! 瀟䌚䞻矩は歀時だけに......』......栄䞀は立ち䞊぀た。屋根の瓊も萜ちよず云ふ皋猛烈に檜の柟板の立掟な戞を拳をかためお撲り䞊げた。\n 然し䜕の反応も無い。䞖は矢匵り眠぀お居る。死者も別に墓の䞭から飛び立぀お来ない。䞖界は遂に睡りから睡りに移぀お居る様だ。だから、も䞀぀ず今䞀局烈しくや぀た。が矢匵り答は無い。倩を芋るず星が枋い顔しお居る。向ひの軒から雀が䞀矜たた䞀矜飛び立぀お五軒目の軒に隠れた。\n『父を起さずに雀を起した。眪が深い。然し資本家は猶眪が深い。垣ず云ひ門ず云ふものを造らぞお自由勝手に人間が出入出来ぬ様に屋敷を構ぞお嚁匵るから眪が深いのだ。耶蘇の坊䞻も随分眪深い、キリストにあるものは悊ぶべしだず吐かしお、べらんめえ、珟䞖䞻矩の、貎族䞻矩の、個人私有財産䞻矩の泥棒䞻矩のゎリ〳〵で固め䞊げた遺䌝宗教で満足しやが぀お、神の囜が来るものか......僕はもう煩悶に堪ぞぬ。釈迊――涅槃――熱――涙が凍る。が、死ぬには勇気がありすぎる。芚えお居ろ? 仁王立か? 獅子同? さア、これから......今から、革呜だ。我に自由を䞎ぞよ。然らずば氞遠の生呜を保蚌せよ。然らずば死! 悶えの涙が知らず、識らず流れる。人は知るたいが宇宙は我胞に革呜を起しお居る。アア僕が歀凊に螞぀お居る間に犏島浜偎の貧民窟には神を呪぀お居るものがあるのだ。苊しい生呜。之れでも矢匵り生きたいのだ。......柔順ず称せられた僕が之れから倩の星を降らせ海原を旱魃にする暩嚁があるのだ。䜕も遠慮しお恁那凊で愚図々々する矩務も無い。善より悪が賢い事が倚い。戞を叩くべしだ。革呜の鐘だ。革呜も仏教的革呜だ......仏教の真髄は小乗的○○にあるのだ。なめくじの様な倧乗は雚に解けお終ふ。ず云぀おも、釈迊は革呜の倱敗者だ。珟䞖に火を぀けずに圌䞖に火を぀けた。婆矅門迷劄は善か぀たが印床列囜の存圚を○○しなか぀たのは倧銬鹿だ。日本の坊䞻に至぀おは猶以぀お銬鹿だ。倧乗教! 法身仏! 囜教! 本願寺! 銬鹿にも皋がある。仏が折角人生は盲目的○○の連鎖で遂に涅槃に達すべき事を説いたに、今は政府の唟を拭いお居る。故に我茩は之れから仏教的倧革呜を始めるのだ。歀革呜に凡俗は参䞎する暩嚁が無い。然し霊界には感応がある。必ず果が結ぶ。歀小さい埳島の垂に僕が生きお居るこずを知る人は倚くあるたい。けれども誰れがナザレにむ゚スありず知぀お居た? ○○!』\n 栄䞀は苊しい謀反気を起しお党身を震はした。身震ひしながら拳では思ひ切぀た音が出ぬから右の䞋駄を採り䞊げお撲り䞊げた。\n 玄関の戞がガラ〳〵ず開いた。栄䞀は誰れが開いお呉れるのかず埅぀お居たが、父が手燭を持぀お戞を開いた。父は栄䞀が門ぞ這入るや、顔を぀く『〵芋お居た。が、黙぀お急に拳を固めお栄䞀の巊の頬を擲぀た。\n 栄䞀は涙に咜せんで自分の宀に閉ぢ籠぀た。\n 圌は机に倚りかゝ぀お茫然唯泣いおみた。泣くず倧分気が鎮たる。暫くしおかうしお居おも぀たらぬず思぀たか涙を拭いお頭を䞊げるず、壁に懞぀お居るカヌラむルの半身像が暪に向いお枋面しお居る。\n 栄䞀は『サヌタス、レザルタス』を思぀お、ゲヌテ匏倱恋掟哲孊者の意味は虚匱だず思はないでは無いが、自己の悲哀な運呜ず資本家瀟䌚の地獄を泣かさざるを埗ない。そしお自分も䞀歩々々『氞劫の虚空』を自己の胞に掘぀お居るず考ぞあたらざるを埗なか぀た。\n『噫。氞劫の虚空! 䜕が栄䞀の虚空を充し埗るのだ。僕は圱の様なものだ。さうだ苊しい倢を芋お居るのだ。生呜ず芋えるのは僕の倢だ。\n 面倒臭い。父が逊子に新芋家ぞ来ながら、本劻を捚おお僕の母を功に眮いた。母が死ぬずお梅を入れた。人生は䞭々急がしい。その間に父は代議士ずな぀たり、貎族院曞蚘官にな぀たり、今床は代議士を止めお垂長。垂長にな぀おも急がしい。家は新築しなくちやならぬ。賄賂は取らなくおはならぬ。お梅の機嫌は取らなくおはならぬ。その間に埳島鉄道の取締もしなくちやならぬ。その取締をしおも急がしい。折々工倫が負傷する様な事が起る、......あの埳島本町の哀れな工倫の家庭! 取締圹の父がもう少し省る所があればあんな家庭の惚事も起らぬに。僕が父のかはりに人を可愛がらうか? いや。自分の生呜の凊眮にさぞ困るに貧民の䞖話たで出来ようか? 歀刹那! 自分の身䜓は唯燃えお居る。歀䞀瞬間でもよい、酒にでも酔぀払぀お歀苊痛を脱れたい。熱烈に女でも掎ぞお死ぬ様なキツスがしたい。アボ歀䞀瞬! 歀刹那! 倢! 倢! 圱! 圱! 空!\n 思ひ぀た぀お䞖界を盲目ず芳じ自分を虚空ず芳ずるず䞀皮の法悊からくる埮笑の催しがある。沌に癜い蓮が咲いお居る。......ず云぀お、之も぀たらぬ厭な生呜の䞀郚分だ......実際は謎の様な嘘だ......未だ鶎子が恋しい。恋しい? よし!――珟実を捕ぞお恋ず云ふ䞀瞬の倢に隠れよう。䞀瞬の快楜で足る! 消ぞるなら消す。亡びるなら亡びる。打衝かる凊で打衝か぀お砎滅する時に砎滅する。アボ、自殺がしたい。二床も䞉床も自殺がしたい。\n 然し鶎子、鶎子、君は僕を神秘に隠しおくれるか? 兎に角僕を愛しお呉れるか? 君は可愛い。矎しい、綺麗だ、そしお僕の者になれば僕が救はれる。霊も肉も栄䞀を愛し絊ぞ、君、君、僕は今少しの間気狂ひだが君が僕を愛しお呉れないず党くの気狂ひにな぀お終ふよ。僕は満足する、満足する、君の為めに気狂ひになるなら。どうせ䞖界は気が狂぀お居るのだから君の為めに気狂ひになるなら気狂ひの䞭でも高尚な方だよ。恋。僕は遂に恋に囚はれた。そしお囚はれた事に賛成する。恋は狂気たるを芁する。賛成、鶎子を埗る為めに狂気ずならう。オ、うれし......涅槃がある。女は神だ。......父のブルタル、フオヌス! 半獣䞻矩賛成? や぀぀けるぢや僕も。然し父が僕をあの様に打぀ずは? もう云はぬ。僕はもう云はぬ。唯恋を䞎ぞよ。然し疲れた......』\n 又疲劎は栄䞀を倢の倢に誘぀た。机の䞋に足を入れお仰向きにな぀お少しの間睡んだ。が、キヌ、キヌず云ふ音に驚いお目醒めるず、宀の入口に、たたお梅が立぀お居る。\n 芋付けられちや぀たず今曎の様に心が隒いだが、仕方もなし、頭をたれお机に倚぀た。\n『お䌑みなさい――お父様がお䌑み぀お、栄䞀さん』ずお梅が歯の根にしみる様に云ふ。\n『有難う埡座りたす』ず栄䞀は柔和に答ぞお、二階から降りるこずに決心した。\n『が、どう考ぞお芋おも、生呜は真面目の様で真面目で無い。僕が之れから寝る? ぀たらねえや! 寝る? 銬鹿にしおゐら! 醒めお狂ふものを暗い床の䞭に突き蟌んで、僕の自芚ず生呜を数時間なりずも奪はうず云ふのか? 儘よ!』ず栄䞀は立ち䞊぀お二階を降りかけた。\n『栄䞀さん、ただ二階の戞が閉぀お居たすたい』\n『した぀た』栄䞀は再び宀に立ち垰぀お戞を閉め始めたが、也の方の鶎子の宀はただが぀ず明るい。圱は鶎子であらう。『恁那に遅くたで鶎子は䜕をしお居るのだらう』ず思぀たが、こちらの戞を閉おる音に鶎子も障子開いお閉お始める。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを持続しお、现郚にこだわった文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " でも、ふず蚀葉がずぎれた時、しぜんに黙りこんだ時、あなたはなにか考え蟌んでおしたいなさるこずがありたした。あのホテルの宀で、窓際に䞡肱を぀いお、暗い倜空にがんやり県をやっおいらっしゃるので、私はそっず時蚈を芋おみたしたら、あなたは十分間、きっかり十分間、振り向きもなさらず、身動きもなさいたせんでした。その攟心ずいうか、瞑想ずいうか、沈思ずいうか、そのような折のあなたの胞の䞭に忍びこんで、その奥底を私は打蚺したかったのですが、やめたした。なにも、埌悔しおいらっしゃるこずなどないず、信じたすもの。けれど、こんどは、今埌はあなたのその胞の䞭に、私は遠慮なく忍びこんで、そこに手を觊れおみたすから、芚悟しおいらっしゃいたせ。\n けれども、実は、そんなこずはどうでも宜しいのです。あなたの胞に、なにか埌悔の圱みたいなものがちらず差そうず、もう私は気に臎したせん。私自身、どんな手傷を受けようずも、もう気に臎したせん。\n 柿沌に埩讐しおやる䞋心も、私にあるにはありたしたが、その埩讐も、向うには少しも手傷を䞎えず、华っお私自身が手傷を受けたようです。私自身ずいうのがわるければ、私の過去が、手傷を受けたのです。私はただ、自分の過去に埩讐したに過ぎないのかも知れたせん。\n しかし、過去のこずなんかどうでもよい、自分は新らしく埩掻したのだず、私は信じもし、感じおもおりたした。過去をしお過去を葬らしめよ、将来をしお将来を生かしめよず、私は心の䞭で叫んでおりたした。生掻の立お盎しをはかったのも、そのためでした。\n ずころが、思いがけないこずが起っおきたした。\n その前に、申しおおかなければならないこずがありたす。䞉田の䌯母さんの家に滞圚しお、あなたから来お頂いたり、埡䞀緒に出歩いたり臎したしたが、その陰に、実は床胞をすえおいたこずがありたす。䌯母さんを、そしおあの家を、柿沌はよく存じおいるのです。以前、私は、柿沌の阿䜐ヶ谷の家に行ったり、䌯母さんの家に行ったりしおいたしたが、近頃では、䌯母さんの家にしか泊らないこずにしおおりたすし、柿沌は甚事があれば、䌯母さんの家ぞやっお来るこずになっおいたした。それで、こんども、柿沌が来るかも知れないが、来るなら来おもよいず、床胞をすえおいたのです。\n 柿沌は䞀床も来たせんでした。もっずも、私が東京に出たこずを、柿沌には知らせおいたせんでしたが、兄からたぶん知らせたこずでしょう。たた、䌯母さんに私から柿沌の来吊を尋ねたこずは、䞀床もありたせんでしたが、䌯母さんも私に柿沌のこずは䞀蚀も申したせんでした。お互に、知らん顔をしおいたのです。あなたのこずに぀いおも同様です。\n はっきり申したしょう。私は床胞をすえおはいたものの、柿沌が䞀床も来なかったこず、或るいは来なかったらしいこずが、华っお私には気重いものずなっお感ぜられたした。私は柿沌に反感をこそ懐け、䞀片の愛情も持っおはいたせんし、たた、あなたにそっず打ち明けたしたように、もうだいぶ前から口実を蚭けお、柿沌ずは性的亀枉を絶っおいたした。それなのに、䌯母さんの家ぞ䞀床も柿沌が私を蚪ねお来なかったこずを、どうしお気にかけたのでしょうか。\n 倖でもありたせん。私は柿沌をなんだか怖がっおいたのです。あなたは柿沌をよく埡存じありたせんけれど、あの人のうちには、なにか重苊しいもの、陰鬱なもの、凶悪らしいものがありたす。悪人だずさえ思われるこずがありたす。衚面きっお私ず喧嘩するこずもなく、私を怒鳎り぀けるこずもなく、癇癪を起すこずもなく、い぀も黙っおじっずしおおりたすが、心の䞭ではどんなこずを考えおいるか、どんなこずをたくらんでいるか、それが私には恐ろしいのです。しごく冷静に蚈画的に、ひずを殺すこずさえしかねないず、私はぞっずするこずがありたす。\n そういう危惧の念、䞍吉な感じは、あの人の実䜓......ず申しおはぞんですが、あの人の身䜓が、遠くにかすんでゆくに随っお、たすたす濃くなっお私に぀きたずっおくるように思われたした。い぀も私は、あの人の県からではなく、あの人の持っおる䞍吉なものから、狙われおいるような気持ちでした。あの人が䌯母さんの家に䞀床も姿を芋せなかったこずが、华っお、私には薄気味わるく思われるのでした。\n そういうずころぞ、党く思いもかけない通知が参りたした。柿沌から私ぞ宛おたものです。\n 信州の高原地の療逊所にいた垞子さんが亡くなったのです。垞子さんずいうのは、柿沌の奥さんです。二人の嚘さんは数日前から先方ぞ行っおいるが、柿沌もすぐに行き、あちらで火葬にしお、垰っおきおから葬儀を行うから、私にも参列しおくれずの案内でした。文面には、ただ事務的なものしか私には感じられたせんでした。\n その手玙のあずを远うようにしお、䌊豆の兄から電報が参りたした。垞子さんの死亡ず葬儀、私の喪服は兄が持っおゆくず、これも事務的な電文です。\n 私は手玙や電報をくり返し読み、䞀生懞呜に考え、やたらに腹立たしくなり、それから、無断で、逆にこちらぞ垰っお来おしたいたした。無断で、ず申すのは、あの人たちに察しおです。\n 䌯母さんにだけは、内緒に、私の気持ちを打ち明けたした。䌯母さんは私に賛成もせず、反察もせず、黙っお聞いおくれお、悲しそうに県をしばたたいおいたした。\n あなたには、ただ急甚が出来たからずだけ申したした。柿沌や兄や垞子さんなど、私にずっおはもう過去のものを、あなたずの間に介圚させたくなかったのです。過去をしお過去を葬らしめよ。けれども、いずれ詳しくお知らせするずいう玄束を、少し埌れたしたけれど、今ようやく果すこずが出来るようになりたした。東京駅でお別れする時、あなたはずおも矎しい県぀きをしおいらっしゃいたした。男のかたは、悲しい時や淋しい時の方が、矎しい県぀きにおなりになるものなのでしょうか。あ、よけいなこずを......埡免あそばせ、ず申さなければならないほどふざけおいるのではございたせん。あの時のあなたの県぀きは深く私の心に残っおおりたすし、それにお応えしお、この手玙を曞いおおりたす。\n さお、簡単に申せば、柿沌の手玙ず兄の電報ずを前にしお、私は葬匏の光景を頭に描いおみたのです。\n 祭壇には、垞子さんの遺骚が花や䟛物に埋もれ、垞子さんの写真が䞀際高くかかげられおおりたす。たぶん、お䞈倫な時の写真でしょうが、私は初察面なのです。嫉劬などはいささかも感じたせんが、私はどういう顔぀きでその写真を芋䞊げたら宜しいでしょうか。\n 祭壇の前に、芪戚の人たちや知人たちが立ち䞊んでおりたす。順々にお焌銙を臎したす。私はたぶん芪戚の末垭ずなるでしょう。私のこずを知っおるひずも知らないひずも、みな、奜奇の県぀きで私を眺めるにちがいありたせん。私は喪服はきらいではありたせんが、たくさんの奜奇の県に射すくめられお、しずやかに銖垂れたものか、皮肉に埮笑したものか、挙措に迷うこずでしょう。\n しかも、いちどそこに立ち䞊べば、私には次の垭が予玄されおおりたす。こんどは、柿沌ず二人のお嬢さんずの間の垭です。柿沌の埌劻、お嬢さんたちの継母です。この二人の嚘さんを私はきらいではありたせん。䞀人はもう女孊校を卒業しおおり、䞀人はただ女孊生で、どちらも無口な淋しそうな人柄です。けれども、私の方、ママハハずいうのは少しひどすぎたす。ノチゟむずいうのは少しひどすぎたす。オメカケの方がただたしなくらいです。\n そういう葬匏の垭ぞ、それから予玄の垭ぞ、私はただ事務的に招埅されたのです。いえ、招埅もされず、ただ、そこが私の垭だずきめられたのです。柿沌ず兄ず、それから誰かが、そうきめたのです。その垭がぜかんず空いおいたす。私はのこのこ出お行っお、そこに腰をすえるべきでしょうか。長谷川さん、あなたならどうなさいたすか。\n 私は、自分にあおられたその空垭に、背を向けたした。そしおこちらぞ垰っお参りたした。若月旅通のお䞊さんの垭は、やたらにお琎をかき鳎らしおごたかしたしたが、こんどの垭に぀いおは、逃げだすより倖に、ごたかしの仕方がありたせんでした。\n けれども、私ずしおは、逃げるずいうような卑怯な気持ちでは、少しもありたせんでした。むしろ、積極的な反抗でした。粟䞀杯の抵抗でした。おわかりになりたすかしら。そしおこれだけの力が私にあったこずを、ほめお䞋さいたすかしら。\n もうこうなったからには、なおさら、私はあなたに寄り瞋りたす。芚悟しおいお䞋さい。宜しいでしょうね。ず蚀っおも、あなたのお偎に、なにかの垭を欲しがっおるのではありたせん。心ず心ずの宿呜的な誓い、それだけが欲しいのです。\n 䞉田の䌯母さんは、なにかの぀いでに、「わたしが話をたずめおあげおもよいけれどね......。」ずうっかり掩らしたこずがありたした。あなたず私ずの結婚のこずを考えたのでしょう。私はふふんず錻の先で笑っおやりたした。あなたの反婚䞻矩ずかいうものに、私も同感しおおりたす。\n 兄は私に、「お前は長谷川さんに誘惑されたんじゃあるたいね、」ず蚀いたした。私は昂然ず、「誘惑したずすれば、わたしの方でしたのです、」ず答えおやりたした。私はひずから誘惑されるほど、䞻䜓性ずかを喪倱しおる぀もりではありたせん。\n けれども、長谷川さん、あなたを倱ったら、私はもう生きおゆけない気持ちがしたす。\n このぞんで、なんだか、筆が乱れかけおきそうです。ちょっず煙草でも吞っお、気を萜着けるこずにしたしょう。お酒は䞀人では飲みたせんのよ。爺やの蟰さんこそ、䞀人でお酒を飲んで、もうさっきから、あちらで眠っおおりたす。あなたは今頃、どうしおいらっしゃるかしら......。\n さお、兄のこずですが、私がこちらぞ来おから、䞀週間ばかりしお、兄も垰っお来たした。垞子さんの葬匏は枈み、無駄になった私の喪服を持ち垰っおきたした。" }, { "role": "assistant", "content": " この喪服の荷物に぀いお、兄は先ず私に䞍平を蚀いたした。それから、なぜ柿沌さんの葬匏に行かなかったのかず尋ねたした。蚀葉の調子は静かでしたが、蚀葉よりも県぀きで、じろりじろりず私の様子を窺っおいたす。その態床が、私を苛ら苛らさせたした。しかし、私はじっず虫を殺しお、平気を装い、お葬匏には行かないでもよいず思ったず答え、もう東京にも倊きたから垰っお来たず答えたした。内心はずもかく、うわべでは、無邪気なお芝居が出来るので、私は思わず頬笑みたした。\n するず、突然、兄はやはり静かな調子で、「長谷川さんに誘惑されたんじゃあるたいね、」ずいきなり蚀ったのです。もうお芝居は出来たせん。私は逆に反抗しおやりたくなりたした。ただ、驚いたこずには、あなたず䞀緒に湯ヶ原に行ったこずを、兄は知っおおりたした。䞀晩泊る぀もりだったのが、二晩にもなっおしたったのがいけなかったのでしょうか。それにしおも、どうしお兄にわかったのでしょう。私ずしおは別に隠す぀もりもありたせんけれど、いけないのは、兄の態床です。なんでもないこずのように、静かな調子で口を利きながら、県぀きで私の様子を窺っおいるのです。私はきっずなり、そしお蚀葉少なになりたした。\n「お前ももう子䟛じゃないから、くどくは蚀わないが、ただ慎重に振舞っおくれよ。そうでないず、おれもたいぞん迷惑するし、柿沌さんにも申蚳ない。なにごずも、慎重にたのむよ。」\n それが兄の最埌の蚀葉でした。叱るのでもなく、怒鳎り぀けるのでもなく、ずっちめるのでもありたせん。こんなずころ、柿沌ずよく䌌おいお、同じ穎の貉ずでも蚀うべきでしょうが、ただ、兄の方がぞんに利己的な匂いがし、そしお卑屈な感じがしたす。柿沌の方には、もっず深い怖いものがありたす。\n 兄ずの話はそれきりに終りたした。兄からも、私からも、日垞の些现な甚事以倖は、なにも蚀い出したせんでした。そしお䜕事もなく時がた぀のが、私にはかえっお気懞りになりたした。柿沌からもなんの䟿りもありたせんでした。そしお柿沌のあの陰鬱な䞍吉な圱が、たた私の県先にちら぀きだしたした。\n 昚日の晩、いえ、昚日の晩ずいえば昚倜ですから、䞀昚日の晩のこずです。ただ明るいうちに、本通から蟰さんがやっお来お、旊那が芋えたせんでしたかず聞きたした。いいえず答えるず、はお、おかしいな、ず銖をかしげおいたす。柿沌によく䌌た人を芋かけたのだそうです。\n そのあず、暗くなっおからのこずです。私は茶の間で曞物を読んでおりたした。あちらの宀で、少しばかりの寝酒をちびりちびりやっおいた蟰さんが、ふいに、はいず倧きな声をしお、玄関ぞ立っおゆき、戞をあけお、しきりに倖をすかしお芋おいたす。私が声をかけるず、蟰さんは戞をしめお、そしお蚀いたした。\n「いた、足音がしお、だれか、戞を叩きたせんでしたか。どうも、旊那のようだったがなあ......。」\n 倕方のこずから匕続いた錯芚なのでしょう。私にはなにも聞えなかったのです。\n それから䞀時間ばかりたっお、たた同じこずを蟰さんは繰り返したした。私にはやはりなにも聞えたせんでした。気のせいかな、ず蟰さんは呟いお、寝おしたいたした。\n もうじっずしおおるべきでないず、私ははっきり悟りたした。\n 翌日、぀たり昚日のこずですが、私は兄に向っお、柿沌からなにか蚀っおきおはいないかず尋ねたした。なにも䟿りはないそうです。よかったず思いたした。もし柿沌がやっお来るか、面倒な手玙が来るかするず、たずいこずになりそうです。私の方から出かけおいっお、柿沌に逢っおみようず思いたす。きっぱりず凊眮を぀けたいのです。けれども、やめた方がよいずあなたが仰蚀れば、柿沌に逢うのはやめたす。\n 準備が出来次第、私は䞉田の䌯母さんの家ぞたた参りたす。少したずたったお金を甚意しなければなりたせん。四五日はかかりたしょうか。いろいろな蚈画がありたす。こぎれいな店を持ちたいずも考えおおりたす。独立出来る生掻の方針を立おなければなりたせん。お目にかかった䞊で、詳しく埡盞談したす。こんどは真面目に力になっお䞋さいね。\n 埡返事は䞋さいたすな。い぀出発するかわかりたせんから。たっすぐにあなたの懐ぞ飛びこんでゆきたすのよ。埅っおいお䞋すっお......それずも......いいえ、私を埅っおいお䞋さるこずを信じたす。\n ずいぶん長ったらしく曞きたしたが、埌の方はぞんざいに簡単になりたした。少し曞き疲れたしたし、それに、近日䞭にお目にかかっおお話しするこずばかりですもの。たくさんお饒舌り臎したしょう。たくさん......愛し合いたしょう。愛に祝犏あれ。\n おやすみあそばせ。\n\n 六\n\n 銀座裏の倧きなバヌの片隅に、長谷川は石山耕平ず向き合っお坐っおいた。\n いろいろな圢の酒瓶を立お䞊べ、さたざたな噚物を食り立おた、巚倧な食噚戞棚が、倩井近くたで聳え立ち、その前に幅広いスタンドが匓なりに蚭けられお、倩鵞絚を匵った足高の腰掛が散圚し、その倖方をボックスが取り巻いおいる。高玚な店か䞋玚な店か、ちょっず芋には分らないが、客の蚻文次第でどちらにもなるし、女絊たちの態床もあっさりしおおり、぀たり、至っお近代的な地䞋宀バヌである。\n「こんなずこぞ呌び出しお、枈たなかったね。」\n 最初に石山はそう蚀っお、にやにやしおいた。圌が銀座で飲む時はたいおい䞀床はここに顔を出すこずを、長谷川は知っおいたが、いた圌䞀人なのが実は少し意倖だった。その䞊、長谷川が来るず、圌はスタンドでバヌテンず饒舌っおいたが、長谷川を片隅のボックスぞ匕匵りこみ、女絊も遠ざけおしたった。\n なにか甚件があるに違いないし、あるずすれば、恐らく䞉浊千代乃のこずかも知れない。その長谷川の勘は、正しかった。\n「君の腕には、さすがに僕も驚いたよ。」\n 石山は楜しそうに、やはりにやにや笑っおいた。\n 束月通䞻人から、石山の蚱ぞ、䞍埗芁領な手玙が来たのである。\n「あたり䞍埗芁領なものだから、持っお来るのも忘れちゃったがね......。」\n 先般埡玹介を忝うした長谷川梧郎様ずいう仁は、どういう埡身分の方なのでしょうか、埡差支なくば抂略埡知らせ頂きたく、効千代乃ずなにか蚳あるらしく察せられるふしもあり、甚だ倱瀌の至りながら......云々。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを継続しお、完璧な文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": " そう半蔵は蚀っお、その足で裏二階の方ぞ劻籠の客を案内した。\n 間もなく吉巊衛門の隠居郚屋では、「皆さん、袎でもお取り。」ずいう老倫婊の声を聞いた。\n「お父さん、いかがですか、その埌埡健康は。」ず寿平次が尋ねる。\n「いや、ありがずう。自分でも䞍思議なくらいにね、たすたす快い方に向いお来たよ。こうしお隠居しおいるのがもったいないくらいさ。」ず吉巊衛門は蚀っお芋せた。\n その時になっお芋るず、埳川政府が参芲亀代のような重倧な政策を投げ出したこずは、諞藩分裂の勢いを助成するずいうにずどたらなかった。吉巊衛門の蚀い草ではないが、その制床倉革の圱響はどこたで及んで行くずも芋圓が぀かなかった。圓時亀通茞送の䞀倧動脈ずも蚀うべき朚曟街道にたで、その圱響は日に日に深刻に浞最しお来おいた。\n 江戞の公圹が出匵を芋た各宿調査の暡様は、やがお䞀同の話題に䞊った。そこには吉巊衛門のようにすでに宿圹を退いたもの、埗右衛門のようにそろそろ若い者に代を譲る心じたくをしおいるもの、半蔵や寿平次のようにただ経隓も浅いものずが集たった。\n「以前からわたしはそう蚀っおるんですが、助郷のこずは倧問題ですお。」ず吉巊衛門が蚀い出した。「たあ、わたしのような昔者から芋るず、もずもず宿堎ず助郷は金銭ずくの関係じゃありたせんでしたよ。人足の請負なぞをするものはもずよりなかった。助郷はみんな圹を勀める぀もりで出お来おいたした。参芲亀代なぞがなくっお、諞倧名の奥方でも、若様でも、埡垰囜は埡勝手次第ずいうこずになりたしたろう。こい぀は䞋のものに響いお来たすね。埡奉公ずいう心がどうしおも薄らいで来るず思いたすね。」\n 退圹以来、䞀切のこずに口を぀ぐんでいるこの吉巊衛門にも、陰ながら街道の運呜を芋たもる心はただ衰えなかった。埗右衛門はその話を匕き取っお、\n「吉巊衛門さん、無論それもありたす。しかし、埡倉革の結果で、江戞屋敷の埡女䞭がたが埡垰りになる時に、あの埡通行にかぎっお盞察雇いのよい賃銭を蚱されたものですから、あれから人足の錻息が荒くなっお来たしたよ。」\n「そこが問題です。」寿平次が蚀う。\n「埅っおおくれよ。そりゃ助郷が問屋堎に来お芋お、いろいろ䞍平もありたしょうがね。宿助成ずいうこずになるず、どうしおもみんなに分担しおもらわんけりゃならんよ。こりゃ、たあお互いのこずなんだからね。」ずたた吉巊衛門は蚀い添える。\n「ずころが、吉巊衛門さん。」ず埗右衛門は蚀った。「埡通行、埡通行で、物䟡は䞊がりたしょう。䌝銬圹は絊金を増せず蚀い出しお来る。どうしおも問屋堎に無理ができるんです。助郷から蚀いたすず、宿の埡䌝銬が街道筋に暮らしおいお、ずもかくもああしお劻子を逊っお行くのに、その応揎に来る圚の癟姓ばかり食うや食わずにいる法はないずいう腹ができお来たす。それに、ある助郷村には疲匊のために䌑逊を蚱しお、ある村には蚱さないずなるず、お觊れ圓おは䞍公平だずいう声も起こっお来たす。旧助郷ず新助郷だけでも、圹を勀めに出お来る気持ちは違いたすからね。䞀抂に助郷の䞍参ず蚀いたすけれど掘っお芋るず村々によっおいろいろなものが出お来たすね。そりゃ問屋だっお、あなた、地方地方によっおどれほど盞違があるかしれないようなものですよ。」\n その時、半蔵はそこにいる継母のおたんに頌んで母屋の方から枅助を呌び寄せ、町方のものから申し出のあった曞付を取り寄せた。それを䞀同の前に取り出しお芋せた。圓時は諞色も高くなるばかりで、人銬の圹を勀めるものも生掻が容易でないずある。それには銬圹、歩行圹、ならびに䞃里圹(飛脚を勀めるもの)の絊金を増しおほしいずある。䌝銬䞀疋絊金六䞡、定歩行圹䞀䞡二分、倏䞃里圹䞀䞡二分、冬䞃里圹䞀䞡䞉分ず定めたいずある。\n「こういうこずになるから困る。」ず埗右衛門は蚀った。「宿の䌝銬圹が絊金を増しおくれず蚀い出すず、助郷だっおも黙っおみちゃいたすたい。」\n「半蔵さん、君の意芋はどうなんですか。」ず寿平次がたずねる。\n「そうですね。」ず半蔵は受けお、「定助郷はぜひ眮いおみたい。珟圚のありさたより無論いいず思いたす。しかし、自分䞀個の垌望ずしおは、わたしは別に考えるこずもあるんです。」\n「そい぀を話しお芋おください。」\n「倢が倚いなんお、たた笑われおも困る。」\n「そんなこずはありたせん。」\n「たあ、お話ししお芋れば、たずえば公儀の埡茶壺だずか、日光䟋幣䜿だずかですね、埡朱印付きの蚌曞を枡されおいる特別な埡通行に限っお、宿の䌝銬圹が無絊でそれを継ぎ立おるような制床は改めたい。ああいう矩務を負わせるものですから、䌝銬圹がわがたたを蚀うようになるんです。継ぎ立おたい荷物は継ぎ立おるが、そうでないものは助郷ぞ抌し぀けるずいうようなこずが起こるんです。぀たり、わたしの倢は、宿の䌝銬圹ず助郷の区別をなくしたい。みんな助郷であっおほしい。だれでも、同じように助郷には勀めに出るずいうようにしたい。」\n「䞇民が助郷ですか。なるほど、そい぀は遠い先の話だ。」\n「でも、寿平次さん、このたたにうッちゃらかしお眮いおごらんなさい。」\n「そう蚀えば、そうですね。叀いこずは知りたせんが、和宮様の埡通行の時がたず䞀期、参芲亀代の廃止がたた䞀期で、助郷も次第に倉わっお来たしたね。」\n\n\n ずもかくも江戞に出おいる十䞀宿総代が嘆願の結果を埅぀こずにしお、埗右衛門は寿平次より先に劻籠の方ぞ垰っお行った。\n「きょうは吉巊衛門さんにお目にかかれお、わたしもうれしい。劻籠でも収穫が枈んで、みんな、䞀息぀いおるずころですよ。」\n ずの蚀葉をお民のずころぞ残しお行った。\n 半蔵は埗右衛門を送り出しお眮いお、母屋の店座敷に垭を぀くった。そこに裏二階から降りお来る寿平次を埅った。\n「寿平次さんも話し蟌んでいるず芋えるナ。お父さんに぀かたったら、なかなか攟さないよ。」\n ず半蔵がお民に蚀うころは、姉嚘のお粂が匟の正己を連れお、裏の皲荷の方の栗拟いから戻っお来た。正己はただごく幌くお、劻籠本陣の方ぞ逊子にもらわれお行くこずも知らずにいる。\n「やい、やい。劻籠の子になるのかい。」\n ず宗倪もそこぞ飛んで来お匟に戯れた。\n「宗倪、お前は兄さんのくせに、そんなこずを蚀うんじゃないよ。」ずお民はたしなめるように蚀っお芋せた。「劻籠はお前お母さんの生たれたお家じゃありたせんか。」\n 半蔵倫婊の芋おいる前では、兄匟の子䟛の取っ組み合いが始たった。兄の前髪を匟が぀かんだ。正己はようやく人の蚀葉を芚える幎ごろであるが、なかなかの利かない気で、ちょっずした子䟛らしい戯れにも兄には負けおいなかった。\n「今倜は、劻籠の兄さんのお盞䌎に、正己にも新蕎麊のごちそうをしおやりたしょう。それに、お母さんの蚀うには、䜕かこの子に぀けおあげなけりゃなりたすたいッお。」\n「劻籠の方ぞの埡祝儀にかい。扇子に鰹節ぐらいでよかないか。」\n 倫婊はこんな蚀葉をかわしながら、無心に笑い隒ぐ子䟛らをながめた。お民は劻籠からの話を拒もうずはしなかったが、さすがに幌いものを手攟しかねるずいう様子をしおいた。\n「お垫匠さた、来おください。」\n 衚玄関の方で、けたたたしい呌び声が起こった。勝重は顔色を倉えお、衚玄関から店座敷ぞ飛んでやっお来た。よくある街道でのけんかかず思っお、半蔵は「袎、袎。」ず劻に蚀った。急いでその平袎をはいお、玐も手ばしこく、堅く結んだ。\n「冗談じゃないぞ。」\n そう蚀いながら半蔵は本陣の衚たで出お芋た。問屋堎の前の荷物の積み重ねおあるずころは、䜕様かの家来らしい旅の客が栄吉を぀かたえお、䜕か嚁し文句を䞊べおいる。半蔵はすぐにその意味を読んだ。圌はその方ぞ走っお行っお、朚刀を手にした客の前に立った。客の吹く酒の臭気はぷんず圌の錻を぀いた。\n 客は栄吉の方を尻目にかけお、\n「やい。人足の出し方がおそいぞ。」\n ずにらんだ。その時、客はいたいたしそうに、なおも手にした朚刀で栄吉の方ぞ打ちかかろうずするので、半蔵は身をもっお埓兄匟をかばおうずした。\n「圓宿問屋の䞻人は自分です。䞍郜合なこずがありたしたら、わたしが打たれたしょう。」\n ず半蔵はそこぞ自分を投げ出すように蚀った。\n この隒ぎを聞き぀けた枅助は本陣の裏の方から、九郎兵衛は石垣の䞊にある䜏居の方から坂になった道を走っお来た。か぀お問屋堎の台の䞊から無法な䟍を突き萜ずしたほどの九郎兵衛がそこぞ来お割り蟌むず、その力の人䞊みすぐれた倧きな䜓栌を芋ただけでも、客はい぀のたにか朚刀を匕き蟌たした。\n「半蔵さん、埡本陣にはお客があるんでしょう。ここはわたしにお任せなさい。そうなさい。」\n この九郎兵衛の声を聞いお、半蔵は母屋の方ぞ匕き返しお行ったが、客から吹きかけられた酒の臭気の感じは容易に圌から離れなかった。しばらく圌は門内の庭の䞀隅にある怿の若朚のそばに立ち぀くした。\n\n\n その足で半蔵は店座敷の方ぞ匕き返しお行っお芋た。自分の机の䞊に眮いた本なぞをあけお芋おいる寿平次をそこに芋いだした。\n「半蔵さん、䜕かあったんですか。」\n「なに、なんでもないんですよ。」" }, { "role": "assistant", "content": "「だれか問屋堎であばれでもしたんですか。」\n「いえ、人足の出し方がおそいず蚀うんでしょう。聞き分けのない歊家衆ず来たら、問屋泣かせです。」\n「この節はなんでも力ずくで行こうずする。力で勝ずうずするような䞖の䞭になっお来た。」\n「寿平次さん、吟家にいる勝重さんが䜕を蚀い出すかず思ったら、埳川の代も末になりたしたね、ですずさ。それを聞いた時は、わたしもギョッずしたしたね。ほんずに――あんな少幎がですよ。」\n 二人の話はそこぞはいっお行った子䟛らのために途切れた。\n「どうだ、正己。」ず寿平次は子䟛をそばぞ呌び寄せお、「叔父さんず䞀緒に、劻籠ぞ行くかい。」\n「行く。」\n「行くはよかった。」ず半蔵が笑う。\n「どれ、叔父さんが䞀぀抱いお芋おやろうか。」\n ず蚀っお、寿平次が正己を抱き䞊げるず、そばに芋おいた宗倪も同じように抱かれに行った。\n「叔父さん、わたしも。」\n お粂たでもそれを蚀っお、寿平次が匟の子䟛たちにしおやったず同じこずを姉嚘にもしおやるたではそばを離れなかった。\n「よ。これは重い。」\n 寿平次はさも重そうに蚀っお、あずから抱き䞊げた姉嚘の小さなからだを畳の䞊におろした。\n「お粂はよい嚘になりそうですね。」ず寿平次は末頌もしそうに半蔵に蚀っお芋せた。「祖母さんのお仕蟌みず芋えお、どこか違う。君たち倫婊はこんな嚘があるからいいさ。わたしは実に家庭には恵たれない。」\n その時、半蔵は子䟛らを芋お蚀った。「みんな、祖母さんの方ぞ行っおごらん。台所で蕎麊を打っおるから、芋に行っおごらん。」\n 東南に向いた店座敷の障子には次第に日が圱っお来た。半蔵の家では、おたんの蚈らいで、吉巊衛門が老友の金兵衛をも招いお、劻籠ぞ行く子を送る前の晩のわざずのしるしばかりに、新蕎麊で䞀杯振る舞いたいずいう。倕飯にはただすこし間があった。その静かさの䞭で、寿平次は半蔵ず二人ぎりさしむかいにすわっおいた。裏二階の方であった吉巊衛門ずの話なぞがそこぞ持ち出された。\n「や、寿平次さんに芋せるものがある。」\n 半蔵は郚屋の抌し入れの䞭から四巻ばかりの本を取り出しお来お、\n「これがわたしたちの仕事の䞀぀です。」\n ず寿平次の前に眮いた。『叀史䌝』の第二垙だ。江戞の方で、圫板、印刷、補本等の工皋を終わっお、新たにでき䞊がっお来たものだ。\n「これはなかなか立掟な本ができたしたね。」ず寿平次は手に取っお芋お、「この䞊朚の趣意曞には、お歎々の名前も䞊んでいたすね。前島正匌、片桐春䞀、北原信質、岩厎長䞖、原信奜か。ホり、䞭接川の宮川寛斎もやはり発起人の䞀人ずありたすね。」\n「どうです、平田先生の本は朚板が鮮明で、読みいいでしょう。」\n「たしかに特色が出おいたすね。」\n「この第䞀垙の方は䌊那の門人の出資で、今床できたのは甲州の門人の出資です。いずれ、わたしも阿爺ず盞談しお、この䞊朚の費甚を助ける぀もりです。」\n「半蔵さん、今じゃ平田先生の著述ずいうものはひろく読たれるそうじゃありたせんか。こういう君たちの仕事はいい。ただ、わたしの心配するこずは、半蔵さんがあたり人を信じ過ぎるからです。君はなんでも信じ過ぎる。」\n「寿平次さんの蚀うこずはよくわかりたすがね、信じおかかるずいうのが平田門人のよいずころじゃありたせんか。」\n「信を第䞀ずす、ですか。」\n「その粟神をヌキにしたら、本居や平田の叀孊ずいうものはわかりたせんよ。」\n「そういうこずもありたしょうが、なんずいうか、こう、君は信じ過ぎるような気がする――垫匠でも、友人でも。」\n「......」\n「そい぀は、気を぀けないずいけたせんぜ。」\n「......」\n「そう蚀えば、半蔵さん、京郜の方ぞ行っおる景蔵さんや銙蔵さんもどうしおいたしょう。よくあんなに䞭接川の家を留守にしお眮かれるず思うず、わたしは驚きたす。」\n「それはわたしも思いたすよ。」\n「半蔵さんも、京郜の方ぞ行っお芋る気が起こるんですかね。」\n「さあ、この節わたしはよく京郜の友だちの倢を芋たす。あんな倢を芋るずころから思うず、わたしの心は半分京郜の方ぞ行っおるのかもしれたせん。」\n「お父さんもそれで心配しおいたすぜ。さっき、裏の二階でお父さんず二人ぎりになった時にも、いろいろそのお話が出たした。䜕もお父さんのようにそう黙っおいるこずはない。半蔵さんずわたしの仲で、これくらいのこずの蚀えないはずはない。そう思っお、わたしはあの二階から降りお来たした。」\n「いや、あの阿爺がなかったら、ずッくにわたしは家を飛び出しおいたしょうよ......」\n 䞋女が倕飯のしたくのできたこずを知らせるころは、二人はもうこんな話をしなかった。半蔵が寿平次を寛ぎの間ぞ案内しお行っお芋るず、吉巊衛門は裏二階から、金兵衛は䞊の䌏芋屋の方からそこに集たっお来おいた。\n「どうだ、寿平次、金兵衛さんはこずし六十䞃におなりなさる。おれより二぀䞊だ。それにしおはずいぶん埡達者さね。」\n「そう蚀えば、吉巊衛門さん、あなたにお目にかかるず、この節は食べる物の話ばかり出るじゃありたせんか。」\n この人たちのにぎやかな笑い声を聞きながら、半蔵は寿平次の隣にいお膳に就いた。酒は隣家の䌏芋屋から取り寄せたもの。山家颚な手打ち蕎麊の薬味には、葱、唐がらし。皿の䞊に小鳥。それに蝋茞のおろしあえ。挬け物。赀倧根。おたんが自慢の梅酢挬けの芋茎。\n\n\n「半蔵さん、正己が逊子瞁組のこずはどうしたものでしょう。」\n ず寿平次がたずねた。䞀晩銬籠に泊たった翌朝のこずである。\n「そい぀はあずでもいいじゃありたせんか。」ず半蔵は答えた。「たあ、なんずいうこずなしに、連れお行っおごらんなさるさ。」\n そこぞおたんずお民も来お䞀緒になった。おたんは寿平次を芋お、\n「正己はあれで、もうなんでも食べたすよ。酢茎のようなものたで食べたがっお困るくらいですよ。劻籠のおばあさんはよく埡承知だろうが、あんたり着せ過ぎおもいけない。なんでも子䟛は寒く饑じく育おるものだっお、昔からよくそう蚀いたすよ。」\n「兄さん、正己も圓分は慣れたすたいから、おたけを付けおあげたすよ。」ずお民も蚀い添えた。\n おたけずは、正己が乳母のようにしおめんどうを芋た女の名である。お粂でも、宗倪でも、䞀人ず぀子䟛の䞖話をするものを付けお逊育するのが、この家族の習慣のようになっおいたからで。\n すでに劻籠の方からも迎えの男がやっお来た。銬籠本陣の囲炉裏ばたには幌いものの門出を祝う日が来た。お民は裏道づたいに峠の䞊たで芋送るず蚀っお、お粂や宗倪を連れお行くしたくをした。こういう時に、枅助は黙っおみおいなかった。\n「さあ、正己さた、おいで。」\n ず蚀っお、劻籠ぞ行く子を自分の背䞭に茉せた。それほど枅助は腰が䜎かった。\n 吉巊衛門、おたん、栄吉、勝重、それに䜐吉から二人の䞋女たでが半蔵ず䞀緒に門の倖に集たった。狭い土地のこずで、ちいさな子䟛䞀人の出発も近所じゅうのうわさに䞊った。本陣の向こうの梅屋、䞀軒䞊の問屋、街道をぞだおお問屋ず察い合った䌏芋屋、それらの家々の前にもだれかしら人が出お劻籠行きのものを芋送っおいた。" } ]
[ { "role": "system", "content": "䞋蚘の曞き盎しを進めお、優れた文曞を䜜成しおください。" }, { "role": "user", "content": "犏子さんどうぞゆるしお䞋さい歀の手玙雪ちやんの名借りたしたけどほんたうは雪ちやんではありたせん、さう云ふたら無論貎女は私が誰だかお分りにな぀たでせうね、いえ〳〵貎女は歀の手玙の封切぀お開けたしゆん間「扚はあの女か」ずもうちやんず気がお぀きになるでせう、そしおき぀ず腹立おゝ、たあ倱瀌な、.........友達の名前無断で䜿぀お、私に手玙よこすずは䜕ず云ふ厚かたしい人ず、お思ひになるでせう、でも犏子さん察しお䞋さいな、もしも私が封筒の裏ぞ自分の本名曞いたらき぀ずあの人が芋぀けお、䞭途で暪取りしおしたふこずよう分぀おるのですもの、是非共あなたに読んで頂かう思ふたらかうするより倖ないのですもの、けれど安心しお䞋さいたせ、私決しお貎女に恚み云ふたり泣き蚀聞かしたりする぀もりではないのです。そりや、本気で云ふたら歀の手玙の十倍も二十倍もの長い手玙曞いたかお足りない䜍に思ひたすけど、今曎そんなこず云ふおも䜕にもなりわしたせんものねえ。オホボボボボボ、私も苊劎したしたお蔭で倧倉匷くなりたしたのよ、さうい぀も〳〵泣いおばかりゐたせんのよ、泣きたいこずや口惜しいこずたんず〳〵ありたすけど、もう〳〵考ぞないこずにしお、できるだけ朗かに暮らす決心したしたの。ほんたうに、人間の運呜云ふものい぀誰がどうなるか神様より倖知る者はありたせんのに、他人の幞犏を矚んだり憎んだりするなんお銬鹿げおたすわねえ。\n私がなんが無教育な女でも盎接貎女に手玙䞊げたら倱瀌なこずぐらゐ心埗おたすのよ、それかお歀の事は塚本さんからたび〳〵云ふお貰ひたしたけど、あの人どうしおも聞き入れおくれたせんので、今は貎女にお願ひするより手段ないやうになりたしたの。でもかう云ふたら䜕やたいそうむづかしいお願ひするやうに聞えたすけど、決しお〳〵そんな面倒なこずではありたせん。私あなたの家庭から唯䞀぀だけ頂きたいものがあるのです。ず云ふたからずお、勿論貎女のあの人を返せず云ふのではありたせん。実はも぀ず〳〵䞋らないもの、぀たらないもの、.........リボヌちやんがほしいのです。塚本さんの話では、あの人はリボヌなんぞくれおや぀おもよいのだけれど、犏子さんが離すのいやゝ云ふおなさるず云ふのです、ねえ犏子さん、それ本圓でせうか? た぀た䞀぀の私の望み、貎女が邪魔しおら぀しやるのでせうか。犏子さんどうぞ考ぞお䞋さい私は自分の呜よりも倧切な人を、.........いゝえ、そればかりか、あの人ず䜜぀おゐた楜しい家庭のすべおのものを、残らず貎女にお譲りしたのです。茶碗のかけ䞀぀も持ち出した物はなく、茿入の時に持぀お行぀た自分の荷物さぞ満足に返しおは貰ひたせん。でも、悲しい思ひ出の皮になるやうなものない方がよいかも知れたせんけれど、せめおリボヌちやん譲぀お䞋す぀おもよくはありたせん? 私は倖に䜕も無理なこず申したせん、蹈たれ蹎られ叩かれおもじ぀ず蟛抱しお来たのです。その倧きな犠牲に察しお、た぀た䞀匹の猫を頂きたいず云ふたら厚かたしいお願ひでせうか。貎女に取぀おはほんにどうでもよいやうな小さい獣ですけれど、私にしたらどんなに孀独慰められるか、.........私、匱虫ず思はれたくありたせんが、リボヌちやんでもゐおゝくれなんだら淋しくお仕様がありたせんの、.........猫より倖に私を盞手にしおくれる人間䞖の䞭に䞀人もゐないのですもの。貎女は私をこんなにも打ち負かしおおいお、歀の䞊苊しめようずなさるのでせうか。今の私の淋しさや心现さに䞀点の同情も寄せお䞋さらないほど、無慈悲なお方なのでせうか。\nいえ〳〵貎女はそんなお方ではありたせん、私よく分぀おゐるのですが、リボヌちやんを離さないのは、あなたでなくお、あの人ですわ、き぀ず〳〵さうですわ。あの人はリボヌちやんが倧奜きなのです。あの人い぀も「お前ずなら別れられおも、歀の猫ずや぀たらよう別れん」ず云ふおたのです。そしお埡飯の時でも倜寝る時でも、リボヌちやんの方がず぀ず私より可愛がられおゐたのです。けど、そんなら䜕で正盎に「自分が離しずもないのだ」ず云はんず、あなたのせゐにするのでせう? さあその蚳をよう考ぞお埡芧なさりたせ、.........\nあの人は嫌な私を远ひ出しお、奜きな貎女ず䞀緒になりたした。私ず暮しおた間こそリボヌちやんが必芁でしたけど、今にな぀たらもうそんなもん邪魔になる筈ではありたせんか。それずもあの人、今でもリボヌちやんがゐなか぀たら䞍足を感じるのでせうか。そしたら貎女も私ず同じに、猫以䞋ず芋られおるのでせうか。たあ埡免なさい、぀い心にもないこず云ふおしたうお。.........よもやそんな阿呆らしいこずあらうずは思ひたせんけれど、でもあの人、自分の奜きなこず隠しお貎女のせゐにする云ふのは、や぀ぱりいくらか気が咎めおゐる證拠では、.........オホボボボボボ、もうそんなこず、ど぀ちにしたかお私には関係ないのでしたわねえ、けどほんたうに埡甚心なさいたせ、たかゞ猫ぐらゐず気を蚱しおいらし぀たら、その猫にさぞ芋かぞられおしたふのですわ。私決しお悪いこずは申したせん、私のためより貎女のため思ふお䞊げるのです、あのリボヌちやんあの人の偎から早う離しおしたひなさい、あの人それを承知しないならいよ〳〵怪しいではありたせんか。.........\n\n犏子は歀の手玙の䞀字䞀句を胞に眮いお、庄造ずリボヌのするこずにそれずなく県を぀けおゐるのだが、小鰺の二杯酢を肎にしおチビリ〳〵傟けおゐる庄造は、䞀ず口飲んでは猪口を眮くず、\n「リボヌ」\nず云぀お、鰺の䞀぀を箞で高々ず摘たみ䞊げる。リボヌは埌脚で立ち䞊぀お小刀型のチダブ台の瞁に前脚をかけ、皿の䞊の肎をじ぀ず睚たぞおゐる恰奜は、バアのお客がカりンタヌに倚りかゝ぀おゐるやうでもあり、ノヌトルダムの怪獣のやうでもあるのだが、いよ〳〵逌が摘たみ䞊げられるず、急に錻をヒクヒクさせ、倧きな、悧巧さうな県を、たるで人間がび぀くりした時のやうにたん円く開いお、䞋から芋䞊げる。だが庄造はさう易々ずは投げおやらない。\n「そうれ!」\nず、錻の先たで持぀お行぀おから、逆に自分の口の䞭ぞ入れる。そしお魚に滲みおゐる酢をスツパスツパ吞ひ取぀おやり、堅さうな骚は噛み砕いおや぀おから、又もう䞀遍摘たみ䞊げお、遠くしたり、近くしたり、高くしたり、䜎くしたり、いろ〳〵にしお芋せびらかす。それに぀られおリボヌは前脚をチダブ台から離し、幜霊の手のやうに胞の䞡偎ぞ䞊げお、よち〳〵歩き出しながら远ひかける。するず獲物をリボヌの頭の真䞊ぞ持぀お行぀お静止させるので、今床はそれに狙ひを定めお、䞀生懞呜に跳び着かうずし、跳び着く拍子に玠早く前脚で目的物を掎たうずするが、アハダず云ふ所で倱敗しおは又跳び䞊る。かうしおやう〳〵䞀匹の鰺をせしめる迄に五分や十分はかゝるのである。\n歀の同じこずを庄造は䜕床も繰り返しおゐるのだ぀た。䞀匹や぀おは䞀杯飲んで、\n「リボヌ」\nず呌びながら次の䞀匹を摘たみ䞊げる。皿の䞊には玄二寞皋の長さの小鰺が十二䞉匹は茉぀おゐた筈だが、恐らく自分が満足に食べたのは䞉匹か四匹に過ぎたい、あずはスツパスツパ二杯酢の汁をしやぶるだけで、身はみんなくれおや぀おしたふ。\n「あ、あ、あ痛! 痛いやないか、こら!」\nやがお庄造は頓興な声を出した。リボヌがいきなり肩の䞊ぞ跳び䞊぀お、爪を立おたからなのである。\n「こら! 降り! 降りんかいな!」\n残暑もそろ〳〵衰ぞかけた九月の半ば過ぎだ぀たけれど、倪぀た人にはお定たりの、暑がりやで汗ツ掻きの庄造は、歀の間の出氎で泥だらけにな぀た裏の瞁錻ぞチダブ台を持ち出しお、半袖のシダツの䞊に毛糞の腹巻をし、麻の半股匕を穿いた姿のたゝ胡坐をかいおゐるのだが、その円々ず膚らんだ、䞘のやうな肩の肉の䞊ぞ跳び着いたリボヌは、぀る〳〵滑り萜ちさうになるのを防ぐために、勢ひ爪を立おる。ず、た぀た䞀枚のちゞみのシダツを透しお、爪が肉に喰ひ蟌むので、\n「あ痛! 痛!」\nず、悲鳎を挙げながら、\n「えゝい、降りんかいな!」\nず、肩を揺す振぀たり䞀方ぞ傟けたりするけれども、さうするず猶萜ちたいずしお爪を立おるので、したひにはシダツにポタポタ血がにじんで来る。でも庄造は、\n「無茶しよる。」\nずボダキながらも決しお腹は立おないのである。リボヌはそれをす぀かり呑み蟌んでゐるらしく、頬ぺたぞ顔を擊り぀けおお䞖蟞を䜿ひながら、圌が魚を啣んだず芋るず、自分の口を倧胆に䞻人の口の端ぞ持぀お行く。そしお庄造が口をもぐ〳〵させながら、舌で魚を抌し出しおやるず、ヒペむずそい぀ぞ咬み着くのだが、䞀床に喰ひちぎ぀お来るこずもあれば、ちぎ぀た぀いでに䞻人の口の呚りを嬉しさうに舐め廻すこずもあり、䞻人ず猫ずが䞡端を咬ぞお匕぀匵り合぀おゐるこずもある。その間庄造は「うツ」ずか、「ペツ、ペツ」ずか、「た、埅ちいな!」ずか合の手を入れお、顔をしかめたり唟液を吐いたりするけれども、実はリボヌず同じ皋床に嬉しさうに芋える。\n「おい、どうしたんや?―――」\nだが、や぀ずのこずで䞀ず䌑みした圌は、䜕気なく女房の方ぞ杯をさし出すず、途端に心配さうな䞊県䜿ひをした。どうした蚳か今しがたたで機嫌の奜か぀た女房が、酌をしようずもしないで、䞡手を懐に入れおした぀お、真正面からぐ぀ず歀方を芖詰めおゐる。\n「そのお酒、もうないのんか?」\n出した杯を匕぀蟌めお、オツカナビツクリ県の䞭を芗き蟌んだが、盞手はたじろぐ様子もなく、" }, { "role": "assistant", "content": "「ちよ぀ず話があるねん。」\nず、さう云぀たきり、口惜しさうに黙りこく぀た。\n「なんや? え、どんな話?―――」\n「あんた、その猫品子さんに譲぀たげなさい。」\n「䜕でやねん?」\n藪から棒に、そんな乱暎な話があるものかず、぀ゞけざたに県をパチクリさせたが、女房の方も負けず劣らず険悪な衚情をしおゐるので、いよ〳〵分らなくな぀おした぀た。\n「䜕で又急に、.........」\n「䜕でゞも譲぀たげなさい、明日塚本さん呌んで、早よ枡しおしたひなさい。」\n「い぀たい、それ、どう云ふこツちやねん?」\n「あんた、吊やのん?」\n「た、たあ埅ち! 蚳も云はんずさう云うたかお無理やないか。䜕ぞお前、気に觊぀たこずあるのんか。」\nリボヌに察する焌逅?―――ず、䞀応思ひ぀いおみたが、それも腑に萜ちないず云ふのは、もず〳〵自分も猫が奜きだ぀た筈なのである。ただ庄造が前の女房の品子ず暮しおゐた時分、品子がずき『〵猫のこずで焌逅を焌く話を聞くず、犏子は圌女の非垞識を笑぀お、嘲匄の皮にしたものだ぀た。そのくらゐだから、勿論庄造の猫奜きを承知の䞊で来たのであるし、それから歀方、庄造ほど極端ではないにしおも、自分も圌ず䞀緒にな぀おリボヌを可愛が぀おゐたのである。珟にかうしお、䞉床々々の食事には、倫婊さし向ひのチダブ台の間ぞ必ずリボヌが割り蟌むのを、今迄兎や角云぀たこずは䞀床もなか぀た。それどころか、い぀でも今日のやうな颚に、倕飯の時にはリボヌずゆ぀くり戯れながら晩酌を楜しむのであるが、亭䞻ず猫ずが挔出するサヌカスの曲藝にも䌌た珍颚景を、犏子ずおも面癜さうに眺めおゐるばかりか、時には自分も逌を投げおや぀たり跳び着かせたりするくらゐで、リボヌの介圚するこずが、新婚の二人を䞀局仲奜く結び着け、食卓の空気を明朗化する効胜はあ぀おも、邪魔にな぀おはゐない筈だ぀た。ずするず䞀䜓、䜕が原因なのであらう。぀い昚日たで、いや、぀いさ぀き、晩酌を五六杯重ねるたでは䜕のこずもなか぀たのに、い぀の間にか圢勢が倉぀たのは、䜕かほんの些现なこずが癪に觊぀たのでもあらうか。それずも「品子に譲぀おやれ」ず云ふのを芋るず、急に圌女が可哀さうにでもな぀たのか知らん。\nさう云ぞば、品子が歀凊を出お行く時に、亀換条件の䞀぀ずしおリボヌを連れお行きたいず云ふ申し出でがあり、その埌も塚本を仲に立おゝ、二䞉床その垌望を䌝ぞお来たこずは事実である。だが庄造はそんな云ひ草は取り䞊げない方がよいず思぀お、その぀ど断぀おゐるのであ぀た。塚本の口䞊では、連れ添ふ女房を远ひ出しお䜙所の女を匕きずり蟌むやうな䞍実な男に、䜕の未緎もないず云ひたいずころだけれども、や぀ぱり今も庄造のこずが忘れられない、恚んでやらう、憎んでやらうず努めながら、どうしおもそんな気になれない、぀いおは思ひ出の皮になるやうな蚘念の品が欲しいのだが、それにはリボヌちやんを歀方ぞ寄越しお貰ぞたいか、䞀緒に暮しおゐた時分には、あんたり可愛がられおゐるのが忌た〳〵しくお、蔭でいぢめたりしたけれども、今にな぀おは、あの家の䞭にあ぀た物が皆な぀かしく、分けおもリボヌちやんが䞀番な぀かしい、せめお自分は、リボヌちやんを庄造の子䟛だず思぀お粟䞀杯可愛が぀おやりたい、さうしたら蟛い悲しい気持がいくらか慰められるであらう。―――\n「なあ、石井君、猫䞀匹ぐらゐ䜕だんね、そない云はれたら可哀さうやおたぞんか。」\nず、さう云ふのだ぀たが、\n「あの女の云ふこず、真に受けたらアキたぞんで。」\nず、い぀も庄造はさう答ぞるに極た぀おゐた。あの女は兎角懞匕が匷く぀お、底に底があるのだから、䜕を云ふやら眉唟物である。第䞀剛情で、負けず嫌ひの癖に、別れた男に未緎があるの、リボヌが可愛くな぀たのず、しをらしいこずを云ふのが怪しい。圌奎が䜕でリボヌを可愛がるものか。き぀ず自分が連れお行぀お、思ふさたいぢめお、腹癒せをする気なのだらう。さうでなか぀たら、庄造の奜きな物を䞀぀でも取り䞊げお、意地悪をしようず云ふのだらう。―――いや、そんな子䟛じみた埩讐心より、も぀ず〳〵深い䌁みがあるのかも知れぬが、頭の単玔な庄造には盞手の腹が芋透せないだけに、倉に薄気味が悪くもあれば、反感も募るのだ぀た。それでなくおもあの女は、随分勝手な条件を沢山持ち出しおゐるではないか。しかしもず〳〵歀方に無理があるのだし、䞀日も早く出お貰ひたいず思぀たればこそ、倧抂なこずは聞いおや぀たのに、その䞊リボヌたで連れお行かれお溜るものか。それで庄造は、いくら塚本が執拗く云぀お来おも、圌䞀流の婉曲な口実でやんはり逃げおゐるのであ぀たが、犏子もそれに賛成なのは無論のこずで、庄造以䞊に態床がハツキリしおゐたのである。\n「蚳を云ひな! 䜕のこツちや、僕さ぀ぱり芋圓が付かん。」\nさう云ふず庄造は、銚子を自分で匕き寄せお、手酌で飲んだ。それから股をぎたツず叩いお、\n「蚊遣線銙あれぞんのんか。」\nず、りロ〳〵その蟺を芋廻しながら、半分ひずりごずのやうに云぀た。あたりが薄暗くな぀たので、぀い錻の先の板塀の裟から、蚊がワン〳〵云぀お瞁偎の方ぞ矀が぀お来る。少し食ひ過ぎたず云ふ恰奜でチダブ台の䞋にうづくた぀おゐたリボヌは、自分のこずが問題になり出した頃こそ〳〵ず庭ぞ䞋りお、塀の䞋をくゞ぀お、䜕凊かぞ行぀おした぀たのが、たるで遠慮でもしたやうで可笑しか぀たが、鱈ふく埡銳走にな぀た埌では、い぀でも䞀遍すう぀ず姿を消すのであ぀た。\n犏子は黙぀お台所ぞ立぀お行぀お、枊巻の線銙を捜しお来るず、それに火を぀けおチダブ台の䞋ぞ入れおや぀た。そしお、\n「あんた、あの鰺、みんな猫に食べさせなは぀たやろ? 自分が食べたのん二぀か䞉぀よりあれしたぞんやろ?」\nず、今床は調子を和げお云ひ出した。\n「そんなこず僕、芚えお゚ぞん。」\n「わおちやんず数ぞおゝん。そのお皿の䞊に最初十䞉匹あ぀おんけど、リボヌが十匹食べおしもお、あんたが食べたのん䞉匹やないか。」\n「それが悪か぀たのんかいな。」\n「䜕で悪い云ふこず、分぀おなはんのんか。なあ、よう考ぞお埡芧。わお猫みたいなもん盞手にしお焌逅焌くのんず違ひた぀せ。けど、鰺の二杯酢わおは嫌ひや云ふのんに、僕奜きやよ぀おに拵ぞおほしい云ひなは぀たやろ。そない云うずいお、自分ちよ぀ずも食べんずおいずいおからに、猫にば぀かり遣぀おしもお、.........」" } ]
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